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内藤陽介 Yosuke NAITO
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 ミャンマーの空軍基地にロケット弾
2021-04-30 Fri 04:41
 今年(2021年)2月1日に発生した軍事クーデターに対して抗議行動が続いているミャンマーで、きのう(29日)、中部のマグウェとメイッティーラ(メイクテーラとも)にある空軍基地がロケット弾などで攻撃されました。この記事を書いている時点では、誰が攻撃したのかはわかっていません。というわけで、きょうはこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      マンダレーからメイッティ―ラ宛

 これは、先の大戦末期の1945年7月8日、マンダレーからメイッティ―ラの英軍駐屯地宛のカバーで、英軍政下で使用された“MILY ADMIN”加刷の切手が貼られています。

 1945年1月、インパール作戦に敗れた日本の第15軍はマンダレー付近のイラワジ川(現エーヤワディー川)の線まで後退。ここで、イラワジ川を防衛線として英軍を撃滅するという強気の作戦(盤作戦)を立てました。
 
 しかし、すでに日本側の損耗は激しかったことに加え、この時期のミャンマー中部は乾季で、制空権を失い、機動力のない日本軍は作戦開始時から不利な状況にありました。そうした中で、2月17日、英第4軍団はチンドウィン川とイラワジ川の合流点の下流で渡河し、第17インド師団と第255インド機甲旅団が第15軍の背後に位置する要衝、メイッティーラへ向けて突進。3月3日、英軍はメイッティ―ラを制圧します。

 その後、日本軍はシャン高原から部隊を派遣してメイッティ―ラ奪還を試みたものの、英機械化部隊の前に大きな打撃を被り、3月28日、メイッティ―ラの奪還を断念。盤作戦は中止され、第15軍はシャン高原へ後退しました。

 さて、日本軍が撤退した地域では、英軍が軍政を施行。郵便に関しては、戦前の切手などに“(英)軍政”を示す“(BRITISH) MILY ADMN”の文字を加刷したものを発行・使用しました。こうした加刷切手は、日本軍が降伏した1945年9月以降はビルマ全土で使われることになりますが、今回のカバーは、日本降伏以前の1945年7月、まだ一部に日本の占領地が残っていた時期の使用例というのがミソです。

 さて、2月1日のクーデター後のミャンマーでは、少数民族の武装勢力がデモ隊を支持して軍の拠点をへの攻撃を繰り返し、軍が空爆などで報復するという状況が続いてます。たとえば、北部のカチン州では、29日までに6日連続で軍による空爆が続いて5000人以上の住民が避難する事態になっていますが、これに対して、28日には武装勢力の攻撃により軍側に40人の死者が発生。すると、軍はより一層の空爆で報復するといった具合で、このまま対立が激化すれば、ミャンマー全土で本格的な内戦に突入しかねない情勢です。

 * 本日(30日)未明、アクセスカウンターが234万PVを超えました。いつも閲覧していただいている皆様には、あらためてお礼申し上げます。 


★ 放送出演・講演・講座などのご案内★

 5月3日(月) 05:00~  
 文化放送の「おはよう寺ちゃん」に内藤がコメンテーターとして出演の予定です。番組は早朝5時から9時までの長時間放送ですが、僕の出番は07:48からになります。皆様、よろしくお願いします。

 5月15日(土)~ 武蔵野大学の生涯学習講座
 5月15日、22日、6月5日、19日、7月3日、17日の6回、下記のふたつの講座でお話しします。 
 13:00~14:30 「日本の郵便150年の歴史 その1 ―“大日本帝国”時代の郵便事情―」
 15:15~16:45 「東京五輪と切手ブームの時代 ―戦後昭和社会史の一断面―」
 対面授業、オンラインのライブ配信、タイム・フリーのウェブ配信の3通りの形式での受講が可能です。お申し込みを含め、詳細については、こちらをクリックしてご覧ください。

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 明治4年3月1日(1871年4月20日)にわが国の近代郵便が創業され、日本最初の切手が発行されて以来、150年間の歴史を豊富な図版とともにたどる3巻シリーズの第1巻。まずは、1945年の第二次大戦終戦までの時代を扱いました。今後、2021年11月刊行予定の第2巻では昭和時代(戦後)を、2022年3月刊行予定の第3巻では平成以降の時代を取り扱う予定です。

 ご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、本書の目次をご覧いただけるほか、アマゾン他、各ネット書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。 

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 昭和の日
2021-04-29 Thu 04:00
 きょう(29日)は“昭和の日”です。というわけで、きょうはこの切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      昭和毛紙・20銭

 これは、1937年4月1日に発行された“昭和毛紙”の富士鹿20錢切手です。

 1935年7月13日、逓信省は、1912年以来使われてきた田沢型切手がオールドファッションになっていたことを踏まえ、1936年度中をめどに普通切手の図案改正を省議決定。その際、図案の選定に関しては、「社寺、風景、國寶トシテ指定ノ名畫及ビ建造物、我國特有品又ハ歴史上著名ノ人物ヨリ選擇スルコト」との方針が確定されました。

 これを受けて、逓信博物館は調査を開始しましたが、図案の考証などの準備に予想外の時間がかかり、新普通切手の具体的な題材決定を行うための“改正郵便切手圖案審査委員会”が発足したのは、昭和11年度末の1937年3月11日のことで、委員会の第1回会合が開かれた時には3月27日になっていました。

 ところで、委員会発足直後の1937年4月1日 1899年以来38年ぶりの郵便料金が改正され、書状基本料金が3銭から4銭に、葉書料金が1銭5厘から2銭に値上げされます。新図案の普通切手は必ずしも郵便料金の値上げと連動する必要はありませんが、やはり、郵便料金前納の証紙という切手の本質を考えた場合、新切手は新料金に対応したものを発行するのが好ましいのは当然です。

 とはいえ、図案改正委員会の発足からまだ日も浅く、実際に新図案の普通切手を発行するまでには相当の時間が必要なことから、とりあえず、逓信省としては、従来からの田沢型・富士鹿・風景・新高額の各普通切手の図案を流用するなどして、急場をしのぐことになりました。

 このうち、外信用の4銭(印刷物)と20銭(書状)については富士鹿切手の、10銭(葉書)は風景切手の実用版をそのまま使い、万国郵便連合の規定に沿ったUPU色に改色して、従来からの大正毛紙(偽造防止のため。着色繊維をすき込んだ用紙)に印刷した“昭和毛紙”の切手が、料金改正初日の4月1日に発行されています。

 富士鹿切手は、日本の象徴としての富士山と鹿を組み合わせたデザインの切手です。

 鹿は、漢籍では、祖霊の使者とされてきた。特に、詩経の「鹿鳴之什」は、各章首二句が「呦呦鹿鳴、食野之苹」「呦呦鹿鳴、食野之蒿」「呦呦鹿鳴、食野之芩」となっており、呦呦(ゆうゆう)と鹿が鳴き草(苹、蒿、芩)を食むさまを謡うことで祖霊が一族のもとに降臨したことを示し、それを受けて、祖霊に供物を捧げ、音楽を演奏するなど、一族の歓待の意が表現されています。ここから、“鹿鳴”には賓客をもてなす意味が生まれ、明治の“鹿鳴館”の由来にもなりました。

 ちなみに、この辺りの事情については、拙著『切手でたどる郵便創業150年の歴史 vol.1 戦前編』でもまとめておりますので、機会がありましたら、ぜひお手に取ってご覧いただけると幸いです。


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 労働安全衛生世界デー
2021-04-28 Wed 04:34
 きょう(28日)は“労働安全衛生世界デー”です。というわけで、こんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      インドネシア・労働安全衛生世界デーFDC

 これは、昨年(2020年)の“労働安全衛生世界デー”にあわせて、新型コロナウイルス対策としてマスク着用を呼びかけるキャンペーンの一環として制作されたインドネシアの“パーソナライズド・スタンプ”(日本のフレーム切手に相当)の初日カバーです。

 労働安全衛生世界デー(別名:国際労災犠牲者追悼日)は、1914年4月28日にカナダで「包括的労働者補償法」が成立したことにちなみ、カナダ地方公務員組合が1984年に制定した“労災犠牲者追悼の日”がルーツです。1996年に国際労働組合総連合 (ITUC) によって国際的な記念日となり、2002年には国際労働機関 (ILO)によって国連の国際デーの一つとなりました。

 さて、インドネシアでは、今回ご紹介の切手のようなタイプのパーソナライズド・スタンプは1000シート単位で制作が可能ですが、インドネシア郵政が正式に発行したものと区別するため、切手の左側にスペースを設け、国名表示と額面、パーソナライズド・スタンプであることを示すマークを入れるようになっています。

 2020年の“労働安全衛生世界デー”にあわせて、安全と衛生の観点から、マスクの着用を呼びかけようというデザインのパーソナライズド・スタンプに関しては、4月12日の時点で、ジャカルタの収集家が以下のようなデザインになるとフェイスブックに画像をあげていました。

      インドネシア・コロナボーガス

 このデザインは、インドネシアのパーソナライズド・スタンプの様式とは異なり、インドネシア郵政が正規に発行する記念切手とほぼ同じスタイルになっていたため、一部では、急遽、新切手が発行されることになったとの噂も流れました。このため、インドネシア郵政は、“労働安全衛生世界デー”の切手は正規の切手ではなく、あくまでも、パーソナライズド・スタンプであるとして噂を明確に否定したうえで、パーソナライズド・スタンプとしての様式に合わせたものとして、冒頭にご紹介のデザインに変更させ、切手の制作を認めました。そのうえで、今回ご紹介の切手に関しても、あくまでパーソナライズド・スタンプであり、正規の記念切手ではないことを改めて強調しています。

 新型コロナウイルスに関しては、世界各国から多種多様な切手が発行されているほか、関連の消印にもさまざまなものがあり、収集のテーマとして多くのコレクターの注目を集めています。それだけに、郵政当局が発行する正規の切手以外にも、今回ご紹介のようなパーソナライズド・スタンプの類や、切手エージェントが制作する“いかがわしい切手”、さらには、完全なボーガス(架空の切手)などもマーケットで売られていたりするので、入手に際しては、それぞれのマテリアルの素性を確認しておくことが重要です。


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 シエラレオネ独立60年
2021-04-27 Tue 01:57
 1961年4月27日に西アフリカ大西洋岸のシエラレオネが英国から独立して、ちょうど60年になりました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      シエラレオネ・1859年

 これは、1859年9月21日に発行された英領シエラレオネ最初の切手です。
 
 現在、シエラレオネ半島と呼ばれている地域は、15世紀にポルトガル人がこの地に上陸し“ライオン山脈”と命名したのが国名の由来です。

 18世紀後半、グランビル・シャープ、トマス・クラークソン、ウィリアム・ウィルバーフォースら奴隷制度廃止主義者は、シエラレオネ半島に解放された奴隷の定住地を作ることを計画。1787年、半島北岸の細長い土地を、先住民テムネ人のトム王とその臣下の首長たちから購入し、最初の移住者をシエラレオネに送り出しました。当初の入植地の名前は、グランビル・タウンです。

 しかし、テムネ人らが移住者に対して敵対的だったことに加え、マラリアなどの病気の蔓延もあり、最初の入植は失敗。1791年、グランビル・シャープの後継者として、アレクサンダー・ファルコンブリッジの指導の下、グランビル・タウンはクライン・タウンと改称して入植地の再建が図られましたが、これも失敗に終わりました。

 その後、1792年にクライン・タウンの跡地はフリー・タウンと再改称され、ようやく、解放奴隷たちの拠点が建設されます。そして、1807年、英本国では奴隷廃止法が成立し、翌1808年、奴隷貿易は廃止されると、同年、フリータウンは英国の直轄植民地となり、奴隷貿易を取り締まる艦隊の基地として発展。1861年までに、英国の支配はシエラレオネ半島全域に及び、英領シエラレオネが形成されます。

 この間、1841年にはフリータウンのグロスター地区に最初の郵便局が設置され、1843年には英本国との定期便が開始されました。1853年にはグロスター地区に英領シェラレオネとして初の中央郵便局が開設されます。当初、郵便局長は他の役職者が兼業していましたが、1857年に専従のスタッフが常勤の局長を務めることになり、1858年、アイザック・フィッツジョンが任命されています。

 これを受けて、それまで切手を使用せず、料金収納印を押すことで対応していた英領シェラレオネでも、独自の切手が準備されることになり、1859年9月21日、ロンドンのトマス・デ・ラ・ルー社製の切手が発行されました。なお、デ・ラ・ルー社は、英領シエラレオネの切手を製造するにあたって、今回ご紹介の切手に採用されたもの以外にも、ヴィクトリア女王の肖像を描く図案のパターンをいくつか作っており、それらは、同時代の香港やセイロン、ジャマイカ等の切手に用いられています。
 
 * 昨日(26日)の文化放送「おはよう寺ちゃん」の僕の出番は、無事、終了いたしました。リスナーの皆様には、この場をお借りして御礼申し上げます。次回は来週月曜日・5月3日に登場の予定です。引き続きよろしくお付き合いください。


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 インドネシア軍、不明潜水艦の乗組員全員死亡を発表
2021-04-26 Mon 04:32
 インドネシア海軍の潜水艦、ナンガラがバリ島北方沖で消息を絶った事故で、同国軍のハディ司令官は、きのう(25日)、53人の乗組員全員が死亡したことを発表しました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      インドネシア・潜水艦(1964)

 これは、1964年10月5日にインドネシアが発行した“艦隊の日”の切手のうち、当時のインドネシア海軍の潜水艦を取り上げた1枚です。

 インドネシア海軍の潜水艦は、1959年、ポーランドから購入した2隻の613型潜水艦(ウィスキー型)が最初です。その後も、インドネシアをめぐる国際環境が緊張したことから、スカルノ政権は東側諸国から潜水艦を追加購入し、最終的には予備部品用を含めて14隻を取得します。今回ご紹介の切手に取り上げられているのは、この時期の潜水艦です。

 しかし、1965年の9・30事件でスカルノが失脚し、後継のスハルト政権が西側へ接近したことに加え、それまでに購入していた潜水艦が陳腐化したこともあり、1972年、ポーランドから購入した最初の2隻は除籍されました。

 1977年4月2日、スハルト政権は、西ドイツのフェロスタール社を代理店として、ホヴァルツヴェルケ=ドイツ造船(HDW)の潜水艦2隻を購入する契約を締結。1981年3月18日に“カクラ”が、同年7月6日に“ナンガラ”が就役しました。

 その後、カクラは1987年、ナンガラは1989年に大規模修理を完了しましたが、その費用が予想以上にかさんだため、西ドイツからの追加建造は断念され、カクラは1993ー97年に、ナンガラは1997-99年にインドネシア国内で近代化改装が行われました。

 ところで、HDWの潜水艦としては、1993年6月2日に就役した韓国の“張保皐”がありますが、韓国海軍は同艦を完成品として輸入した後、大宇造船海洋が、1994年4月30日に就役した2番艦“李阡”と、1995年2月27日に就した役3番艦の“崔茂宣”をノックダウン生産。1996年2月3日に就役した4番艦の“朴葳”以降は大宇造船海洋によるライセンス生産が行われていました。

 この実績をもとに、2000年代以降、大宇造船海洋はカクラとナンガラの大規模な近代化改装を受注。さらに、2017年8月2日に就役の“ナーガパーシャ”、2018年4月25日に就役の“アルデダリ”の新造を受注しました。ただし、大宇造船海洋の技術力については不安視する声もあり、2015年のジェーン海軍年鑑には、今回の事故を起こしたナンガラおよび同型のカクラについて「運用状態は疑問である」と記載されています。

 さて、今回事故を起こしたナンガラは、2021年4月21日、バリ海での魚雷実弾発射訓練で失敗の報告をした後に消息を絶ったため、インドネシア政府は、シンガポールおよびオーストラリアの支援を得て、捜索活動を行っていましたが、艦内の酸素が切れる24日には付近の海域から潜水艦の一部分とみられる物体を発見。さらに、25日になって、潜水艦が3つに分裂した状態で海底に沈没しているのが確認されたことから、ハディ司令官の発表となりました。

 謹んで、亡くなられた方々の御冥福をお祈りします。


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 お菓子の切手:騎士団の島の伝統菓子
2021-04-25 Sun 10:42
 ご報告が遅くなりましたが、大手製菓メーカー(株)ロッテのウェブマガジン『Shall we Lotte(シャル ウィ ロッテ)』での僕の連載、「お菓子の切手」の最新記事がアップされました。きょう(25日)はアンザック・デイでもありますので、記事で取り上げた切手の中から、この1枚をご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

      マルタ・ココナッツ・ラミントン

 これは、2020年にマルタで発行された“マルタの伝統料理(お菓子)”の切手のうち、ココナッツ・ラミントンを取り上げた1枚です。
 
 地中海のほぼ中央に位置するマルタ島は、アフリカ大陸にも近いため、すでに紀元前4000年以上前から人々が定住し、地中海の交通・貿易の中継地点となっていました。紀元前1000年頃にはフェニキア人が渡来し、その後、カルタゴ、ローマ、アラブ、スペインの支配を経て、1530年、聖ヨハネ騎士団(後のマルタ騎士団)の所領となります。さらに、1798年、ナポレオン・ボナパルトの軍隊に占領されましたが、間もなく英国がフランス軍を追い出し、ナポレオン戦争の終了後、英国の領土となりました。

 第二次大戦後は独立運動が本格化し、1964年9月21日、英連邦王国自治領マルタ国として独立。1974年には英連邦加盟のマルタ共和国となり、現在に至っています。

このように、さまざまな勢力が行き交った土地柄を反映して、マルタでは豊かな食文化が形成されてきました。今回ご紹介の切手は、その一端を広く内外に紹介するため、2020年7月9日に3種セットで発行された切手の1枚です。

 切手に取り上げられた“ココナッツ・ラミントン(マルタ語ではPasta Roza bil-Gewz tal-Indi)”のラミントンというのは、もともと、 四角く切ったスポンジケーキをチョコレートソースでコーティングし、乾燥ココナッツをまぶしたお菓子で、1896-1901年にオーストラリア・クイーンズランド州総督を務めたラミントン卿のシェフが考案したのが名前の由来ともいわれています。

 第一次大戦中の1915年4月25日、現在のトルコ北西部、ダーダネルス海峡北岸のガリポリ半島に展開するオスマン帝国軍戦線を突破するため、英本国の部隊とともに、ANZAC(オーストラリア・ニュージーランド軍団)が半島南端に上陸しました。オスマン帝国側の激しい抵抗にあい、英本国軍とANZACは1916年1月9日にはガリポリ半島から撤退せざるを得なくなりましたが、この間、マルタ島はANZACの補給基地となり、多くのオーストラリア兵が滞在。この時のオーストラリア兵との交流を通じて、マルタにもラミントンが初めてもたらされます。

 マルタにとってラミントンはもともと外来のお菓子でしたが、次第にマルタ風にアレンジされ定着しました。なお、マルタの“ココナッツ・ラミントン”は、オーストラリア式にスポンジケーキをチョコレート・コーティングしてココナッツをまぶすのではなく、バニラケーキもしくはバターケーキをイチゴ・シロップに漬けてココナッツをまぶしています。

 ちなみに、ラミントン卿はお菓子のラミントンを口にして「ひどいぼさぼさした羊毛のようなビスケット」との感想を漏らしたそうですが、マルタのラミントンはシロップに漬け込むという製法のためしっとりした食感になっているのが特色です。

 * 昨日(24日)の倉山塾東京支部特別講演は、無事、盛況のうち終了いたしました。お聴きいただいた皆様、さらに拙著をお買い求めいただいた皆様、開催の労を取っていただきましたスタッフの方々には、あらためて、この場をお借りして、お礼申し上げます。

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 明治4年3月1日(1871年4月20日)にわが国の近代郵便が創業され、日本最初の切手が発行されて以来、150年間の歴史を豊富な図版とともにたどる3巻シリーズの第1巻。まずは、1945年の第二次大戦終戦までの時代を扱いました。今後、2021年11月刊行予定の第2巻では昭和時代(戦後)を、2022年3月刊行予定の第3巻では平成以降の時代を取り扱う予定です。

 ご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、本書の目次をご覧いただけるほか、アマゾン他、各ネット書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。 

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 4都府県に緊急事態宣言
2021-04-24 Sat 04:28
 菅義偉首相は、きのう(23日)、新型コロナウイルスの感染再拡大が続く東京、大阪、京都、兵庫の4都府県に対し、特別措置法に基づく緊急事態宣言を出すことを決定しました。4都府県に対する緊急事態宣言は昨年4月今年1月に続いて3度目で、期間は今月25日から5月11日までの17日間。これを受けて、東京都の小池百合子知事は都独自の感染防止策として、20時以降、店頭などの照明を消すよう各業界団体などを通じて要請すると表明しました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      英国・ダッズアーミー(消灯せよ)

 これは、2018年6月26日に英国で発行された『ダッズ・アーミー(Dad's Army)』の切手のうち、第4シーズン第7話の「その灯りを消せ」を題材にした1枚です。

 『ダッズ・アーミー』は1968年から1977年まで英国BBCテレビで放送されていたコメディ・ドラマで、第二次大戦中の1944年4月、連合軍のノルマンディー上陸作戦を控えた時期のドーバー海峡沿岸が舞台です。

 当時、英国ではナチス・ドイツの侵攻に備えて、民兵組織の“ホームガード(郷土防衛隊)”が結成され、17歳から65歳までの男性の義勇兵が参加していました。もっとも、物語の舞台となった地域では、若者の多くは既に戦場に動員されていたため、実際にホーム・ガードに参加したのは、年齢制限で兵役に引っかからなかった“大人たち”ばかりでした。

 彼らは、物資が不足する中、不屈の気概を持って難局を乗り切ろうとするのですが、いかんせん、素人部隊で体力の衰えも目立つことから、気合が空回りしてさまざまな騒動を巻き起こします。

 そんなある日、マナリング大尉率いる小隊がドーバー海峡沿岸の警備に勤しんでいると、美貌の女性記者、ウィンターズが取材にやってきます。マナリングはたちまち彼女に心を奪われ、ウィルソン軍曹ら他の隊員たちも色めき立つのですが、実は、彼女はドイツのスパイでした。そうとも知らないマナリングに対して、司令部からスパイを炙り出すよう命令が出されて…。

 というのが、物語のあらすじです。

 さて、今回の非常事態宣言に際して、小池都知事は、都は20時以降、街灯などを除き、商店街のネオンや店舗の照明を消灯するよう業界団体などに求めたことについて、人の流れを抑制するためと説明しています。しかし、当然のことながら、照明の有無とコロナウイルスの感染拡大とは全く無関係なわけですし、また、防犯上の理由から閉店後も照明をつけたままにしている店も多いわけで(そうでないところは、当然、営業時間外には照明を消しているでしょうし)、戦時中の灯火管制よろしく、科学的な根拠もないまま消灯を求めるというのは、正直なところ、理解に苦しむ話です。

 まぁ、喜劇というものは、まじめな登場人物のドタバタ劇が見る者の笑いを誘うわけで、実際の当事者として喜劇の登場人物と同じ体験をしたいという人はなかなかいないでしょう。『ダッズ・アーミー』の隊員たちよりも年上、御年68の都知事閣下の思い付きで、無理やり、後世の人々から見たら喜劇の舞台に何度も付き合わされるのはホント、勘弁してほしいですね。

 * 昨日(23日)のスタンプショウでの内藤のトークイベントは、無事、盛況のうちに終了いたしました。お聴きいただいた皆様、さらに拙著をお買い求めいただいた皆様、開催の労を取っていただきましたスタッフの方々には、あらためて、この場をお借りして、お礼申し上げます。(huskyblueさんに撮影していただいた写真も貼っておきます)

      スタンプショウ2021講演


★ 放送出演・講演・講座などのご案内★

 4月24日(土)  倉山塾東京支部特別講演
 靖国神社参拝と講演がセットになった有料イベント(参加費は3000円、高校生以下1000円)で、スケジュールは以下の通りです。
 14:15 集合 靖国神社 大村益次郎像前 → 参拝(昇殿参拝ではありません)後、講演会場へ移動
 15:00 講演会の受付開始
 15:30-17:00 内藤の講演(拙著『切手でたどる郵便創業150年の歴史 vol.1 戦前編』の内容が中心ですが、前日のスタンプショウとは内容が異なるので、両方ご参加いただいても問題ありません)
 * 終了後、懇親会の予定あり(別途予約が必要です)
 お申し込みなどの詳細はこちらへ。一人でも多くの方のご参加をお待ちしております。

 4月26日(月) 05:00~  
 文化放送の「おはよう寺ちゃん 活動中」に内藤がコメンテーターとして出演の予定です。番組は早朝5時から9時までの長時間放送ですが、僕の出番は07:48からになります。皆様、よろしくお願いします。

 5月15日(土)~ 武蔵野大学の生涯学習講座
 5月15日、22日、6月5日、19日、7月3日、17日の6回、下記のふたつの講座でお話しします。 
 13:00~14:30 「日本の郵便150年の歴史 その1 ―“大日本帝国”時代の郵便事情―」
 15:15~16:45 「東京五輪と切手ブームの時代 ―戦後昭和社会史の一断面―」
 対面授業、オンラインのライブ配信、タイム・フリーのウェブ配信の3通りの形式での受講が可能です。詳細については、武蔵野大学地域交流推進室宛にメール(lifelong★musashino-u.ac.jp スパム防止のため、アドレスの@は★に変えています)にてお問い合わせください。

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      郵便創業150年の歴史ー1表紙 2530円(本体2300円+税)

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 筥崎宮がコロナで閉鎖
2021-04-23 Fri 02:02
 福岡市東区の筥崎宮で職員らの新型コロナウイルス感染が相次いだため、きのう(22日)から境内が閉鎖され、当面参拝ができなくなりました。筥崎宮によると、記録に残っている限り、境内が閉鎖されるのは今回が初めてのことだとか。というわけで、筥崎宮にちなんで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      青色勅額

 これは、先の大戦末期の1945年4月1日付の発行告示が出された“青色勅額”の切手です。

 1945年4月1日、書状の基本料金が7銭から10銭に値上げされたのにあわせて、元寇の際、亀山上皇が“敵国降伏”の文字を書いたとされる、筥崎宮楼門(伏敵門)の額(勅額)をデザインした切手が発行されることになりました。まさに、本土決戦も辞せずという空気の中で、“神風”にすがろうという、当時の日本国民の心情を反映したようなデザインの切手ですが、終戦前後の混乱の中で数奇な運命をたどることになります。

 当初、この切手は、ここに紹介しているように、淡青色で印刷されるはずでした。しかし、切手を発注した通信院(逓信省は、昭和18年に戦時下の行政機構の簡素化によって通信院に改組)と印刷局との連絡の不備から、通信院の指示した淡青色ではなく、灰色で切手が印刷されてしまいます。しかも、たび重なる空襲で印刷局は罹災し、勅額切手は配給前に原版もろとも大半が焼失していました。このため、印刷局は、通信院との連絡もままならないまま、罹災を免れたごく一部の完成品をとりあえず、愛知・岐阜の両県と東京市内の一部の郵便局へ発送します。

 一方、切手を受け取った郵便局の側では、慢性的に切手が不足していたこともあり、さっそく、勅額切手の発売を開始。本来、切手の発行は官報や逓信公報で告示するのですが、当時は印刷物の遅刊が日常茶飯事でしたし、発行されていたとしても末端までは届かないことも珍しくありませんでした。このため、現物の切手を目の前にした現場の郵便局が、その切手の発行の告示はすでに出されているものと考えるのも自然なことでした。

 ところが、灰色の勅額切手の発売を知った通信院は困惑します。なにしろ、予定とは異なる刷色の切手が、告示もなしに流通してしまったのですから。

 そこで、通信院は5月18日になって「昭和二十年五月一日ヨリ左ノ十銭郵便切手ヲ発行セリ」とする日付を戻した遡及告示を出して事態を取り繕おうとします。ちなみに、告示では、切手の刷色は現実に流通している灰色ではなく、淡青色とされていましたが、幸か不幸か、灰色の勅額切手はほとんどが焼失していたため、当局としては、既定の方針どおり、淡青色の切手を急いで製造し、灰色の勅額切手については、その存在をごまかそうとしたわけです。

 さて、印刷局は空襲で罹災していたため、切手の印刷は凸版印刷板橋工場に委託され、その際、版式は凸版から簡易なオフセットに変更され、目打の加工も省略されました。一方、逓信院(5月19日、通信院から改称)の委託を受けた凸版印刷では、急ピッチで作業を行い、8月までに淡青色の勅額切手を製造し、各地に発送します。

 こうして、切手発行の準備が整い、いざ発売という時になって、8月15日の玉音放送となり、“敵国”ではなく、日本の降伏が発表されました。

 この事態に逓信院は狼狽。“敵国降伏”の文字は新たな支配者となる連合軍(米軍)を刺激するに違いないと危惧した逓信院は、急遽、米軍の進駐前に勅額切手をすべて処分することを決定。8月24日付で勅額切手の発売停止を指示します。

 もっとも、深刻な切手不足という状況の下では、すでに切手を購入していた一般利用者が切手を使用することを禁止するわけにもいかないので、一般の手持分については、なるべく、他の切手と交換することとされ、郵便物に貼られているものについては、切手を剥ぎ取って“料金収納”と表示したり、“敵国降伏”の文字部分を塗りつぶしたりすることが行われました。

 こうして、8月30日にマッカーサーが厚木に到着した時には、勅額切手は処分されて郵便局の窓口から姿を消しており、淡青色の勅額切手は一枚も使われず、灰色の勅額切手も記録には残らず、逓信院は勅額切手をなかったことにして安堵するはずでした。

 ところが、事態は思わぬ方向に展開します。

 進駐軍の米兵の中には切手の収集家が少なからずおり、彼らは、郵便局だけではなく、切手商や闇市などで日本切手を買い集めていました。そうした中に、郵便局ではすでに発売が停止されていた勅額切手が灰色・淡青色を問わず、相当数、転がっていたのです。

 もっとも、彼らは勅額切手を“鬼畜米英”撃滅のためのものとは考えず、日本降伏の記念切手と誤解し、これを“サレンダー・スタンプ”と呼んでもてはやしていました。皮肉なことに、勅額切手は、本来想定されていたのとは全く逆に、米兵のコレクションを飾るものとして彼らの人気を集めることになります。

 さて、こうして勅額切手が米兵たちの間で認知されていくなかで、米国スコット社のカタログ編集部に2色の勅額切手が届けられました。同社の切手カタログは、全世界の切手を網羅していることで知られ、その権威は世界中の収集家から認められていました。

 切手収集の世界では、同じ図案の同じ額面の切手であっても、刷色や版式が異なれば、まったく別の切手として扱われます。したがって、同じ10銭の勅額切手といっても、凸版印刷で灰色のものと、オフセット印刷で淡青色のものとでは、全く別の切手という扱いになります。

 このため、スコット社では調査を開始しましたが、淡青色のものはともかく、灰色の切手に関しては、どうしても、切手発行の告示を発見することができませんでした。逓信院が告示を出していない以上、当然のことなのですが…。

 このため、不審に思ったスコット社は、GHQを通じて「灰色の勅額切手には発行の告示が出されていないようだが、これは正規に発行された切手なのだろうか。カタログ編集上の資料なので回答してほしい」と日本政府に照会します。

 事ここに至り、もはや日本政府も事実をうやむやにすることができなくなり、1945年12月20日付で、灰色の勅額切手は「四月一日ヨリ発行セリ」という八ヶ月遅れの告示を出し、ようやく、一連の勅額切手騒動も落着しました。

 ちなみに、拙著『切手でたどる郵便創業150年の歴史 vol.1 戦前編』では、1945年の終戦前後の混乱が切手や郵便に与えた影響もいろいろまとめております。機会がありましたら、ぜひお手に取ってご覧いただけると幸いです。


★ 放送出演・講演・講座などのご案内★

 4月23日(金) 15:00~ 
 東京・浅草の東京都立産業貿易センター台東館で開催のスタンプショウ会場にて、拙著『切手でたどる郵便創業150年の歴史 vol.1 戦前編』の刊行記念トークを行います。入場無料・事前予約不要ですので、お気軽にご参加ください。なお、スタンプショウの詳細はこちらをご覧ください

 4月24日(土)  倉山塾東京支部特別講演
 靖国神社参拝と講演がセットになった有料イベント(参加費は3000円、高校生以下1000円)で、スケジュールは以下の通りです。
 14:15 集合 靖国神社 大村益次郎像前 → 参拝(昇殿参拝ではありません)後、講演会場へ移動
 15:00 講演会の受付開始
 15:30-17:00 内藤の講演(拙著『切手でたどる郵便創業150年の歴史 vol.1 戦前編』の内容が中心ですが、前日のスタンプショウとは内容が異なるので、両方ご参加いただいても問題ありません)
 * 終了後、懇親会の予定あり(別途予約が必要です)
 お申し込みなどの詳細はこちらへ。一人でも多くの方のご参加をお待ちしております。

 4月26日(月) 05:00~  
 文化放送の「おはよう寺ちゃん 活動中」に内藤がコメンテーターとして出演の予定です。番組は早朝5時から9時までの長時間放送ですが、僕の出番は07:48からになります。皆様、よろしくお願いします。

 5月15日(土)~ 武蔵野大学の生涯学習講座
 5月15日、22日、6月5日、19日、7月3日、17日の6回、下記のふたつの講座でお話しします。 
 13:00~14:30 「日本の郵便150年の歴史 その1 ―“大日本帝国”時代の郵便事情―」
 15:15~16:45 「東京五輪と切手ブームの時代 ―戦後昭和社会史の一断面―」
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 アース・デイ
2021-04-22 Thu 00:39
 きょう(22日)は“アース・デイ”です。というわけで、地球を描いた切手の中から、この1枚を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      関東局始政30年・1銭5厘

 これは、1936年9月1日に発行されたのが“関東局始政30年”の記念切手のうち、北東アジアの地図が描かれた地球と鳩を取り上げた1銭5厘切手です。

 1905年9月5日、日露戦争の講和条約として結ばれたポーツマス条約により、日本はロシアが租借していた遼島半島の一部をロシアに変わって租借する権利を獲得しました。これが、いわゆる関東州です。

 中国でいう“関東”とは、本来、山海関(万里の長城)の東側の意味で、本来なら東北部(満洲)全体を指す歴史的な言葉ですが、日本の租借地としての関東州の領域は、遼島半島の普蘭店北方の長陽寺会付近から貔子窩東方の碧流河付近にいたる線より南の地域で、付近の島々を加えると、その面積は約3万平方キロでした。

 この地域は丘陵地帯のため産業は発達しませんでしたが、海岸線の出入が多く、天然の良港に恵まれていました。清朝は半島の先端に位置する旅順を北洋艦隊の基地とし、1898年にこの地を租借したロシアも、それを継承して旅順を軍事都市化します。

 また、ロシアは、在来の漁村であった青泥窪をもとにダルニー市を建設。ここを自由港としました。以後、ダルニー市はこの地域の政治・経済の中心地となり、日本の支配下で大連と改称された後も繁栄は続きました。

 さて、日露戦争の結果、ロシアからこの地域の租借件を引き継いだ日本は、1905年10月、遼陽に“関東総督府”を設置。この地域の統治に着手します。この関東総督府は、満洲軍総司令部が日本に帰国した後の残留部隊を統率する機関でもあったため、関東州では軍政が敷かれていました。

 軍政を廃して、通常の植民地支配が行われるようになったのは1906年9月1日からのことで、それにあわせて、遼陽の関東総督府は廃止され、“関東都督府”が旅順に置かれます。

 都督府は民政部と陸軍部から構成され、関東州の行政だけでなく、満鉄付属地(日本の国策会社・南満洲鉄道株式会社が主な駅周辺で統治していた治外法権地帯)の行政や、日本の治外法権に基づいた満洲各地の警察業務、満鉄付属地に駐留する鉄道守備隊の統率なども行いました。このため、関東都督は陸軍の将官(大・中将)から任じられ、外務大臣・陸軍大臣・参謀総長の監督を受けるという複雑な官制となっていました。

 その後、1919年の勅令で関東庁官制が公布され、関東都督府は“関東庁”に改組され、本庁は大連に移転します。以後、軍人でなくても関東長官に就任できることになりましたが、そのかわり、満洲に駐留する軍隊を統率するための機関として、別に関東軍司令部が設けられることになりました。ちなみに、後に張作霖の爆殺事件や満洲事変を起こした“関東軍”は、このときの官制改革で関東都督府陸軍部から独立したことで、正式に発足したものです。

 こうして、関東州は日本の大陸政策の拠点としての地位を築いていったわけですが、1932年に満洲国が建国されると、満洲国が満鉄付属地の施政権を接収したこともあって(ただし、1937年までは一部、日本による“治外法権”が残っていた)、関東州のあり方も変容を迫られます。その結果、1934年、日本政府は満洲国の首都であった新京(現・長春)に内閣総理大臣の監督する“関東局”を設置。関東庁は、その監督下に置かれることになり、関東庁長官は、満洲国駐留の日本の全権大使が任命することとされました。

 今回ご紹介の切手は、いままで述べてきたような関東州の統治が始まってから(関東都督府の設置から起算して)30周年にあたるのを記念して発行されたもので、関東局の郵政事業を管轄していた関東逓信局によって企画されました。ただし、切手を発行する権限は、当時の日本では逓信省(後の郵政省)にしか認められていなかったため、形式上、この記念切手も逓信省が発行した体裁を取っています。ただし、実際には関東逓信局で切手を制作し、発売も関東局の管内に限られていました。

 切手全体の構図は、勝利のシンボルである月桂樹と平和のシンボルである鳩、そして発展・繁栄のシンボルである旭光が満洲国のエリアと関東州、朝鮮半島を取り囲むものとなっています。このデザインには、これらの地域が日本の支配によって平和と繁栄を享受しているのだということを示す意図が込められていると見てよいでしょう。

 なお、1945年以前の日本切手とその歴史については、拙著『切手でたどる郵便創業150年の歴史 vol.1 戦前編』でもいろいろまとめておりますので、機会がありましたら、せひお手に取ってご覧いただけると幸いです。


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 4月23日(金) 15:00~ 
 東京・浅草の東京都立産業貿易センター台東館で開催のスタンプショウ会場にて、拙著『切手でたどる郵便創業150年の歴史 vol.1 戦前編』の刊行記念トークを行います。入場無料・事前予約不要ですので、お気軽にご参加ください。なお、スタンプショウの詳細はこちらをご覧ください

 4月24日(土)  倉山塾東京支部特別講演
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 15:00 講演会の受付開始
 15:30-17:00 内藤の講演(拙著『切手でたどる郵便創業150年の歴史 vol.1 戦前編』の内容が中心ですが、前日のスタンプショウとは内容が異なるので、両方ご参加いただいても問題ありません)
 * 終了後、懇親会の予定あり(別途予約が必要です)
 お申し込みなどの詳細はこちらへ。一人でも多くの方のご参加をお待ちしております。

 4月26日(月) 05:00~  
 文化放送の「おはよう寺ちゃん 活動中」に内藤がコメンテーターとして出演の予定です。番組は早朝5時から9時までの長時間放送ですが、僕の出番は07:48からになります。皆様、よろしくお願いします。

 5月15日(土)~ 武蔵野大学の生涯学習講座
 5月15日、22日、6月5日、19日、7月3日、17日の6回、下記のふたつの講座でお話しします。 
 13:00~14:30 「日本の郵便150年の歴史 その1 ―“大日本帝国”時代の郵便事情―」
 15:15~16:45 「東京五輪と切手ブームの時代 ―戦後昭和社会史の一断面―」
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 チャドの現職大統領が陣没
2021-04-21 Wed 02:21
 おととい(19日)、チャドの大統領選挙で7選が発表されたばかりのイドリス・デビ大統領が、きのう(20日)、同国北部における反政府勢力との前線で負傷し、亡くなりました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      チャド・1990年の政変1周年

 これは、1991年にチャドが発行した“自由と民主主義の日”の記念切手です。

 1960年にフランスから独立したチャドでは、南部出身のキリスト教徒、フランソワ・トンバルバイが初代大統領に就任しましたが、トンバルバイはチャド進歩党の一党独裁体制を敷き、強権支配を行ったため、1965年、南部ゲラ州で大規模な反乱が発生。1969年にはグクーニ・ウェディひきいる北部のムスリムがチャド民族解放戦線(FROLINAT)を組織して武装蜂起しました。さらに、1971年以降、隣国のリビアが北部国境地帯、アオゾウのウラン鉱脈をめぐって、FROLINATを支援し内戦に干渉します。

 1973年、チャド国軍はリビア軍に敗れ、アオゾウを失陥。リビアの圧力に屈し、領土奪還を事実上断念したトンバルバイは、国内の不満を抑え込むため、反対派の粛清やヴォドン(ヴードゥー)への改宗強制など、従来以上に強圧的な独裁政治を行いましたが、1975年4月13日、軍事クーデターにより失脚し、殺害されました。

 クーデター後、フェリックス・マルーム元参謀総長を議長とする最高軍事評議会が政権を掌握。一方、FROLINAT内部はグクーニ・ウェディ派とイッサン・ハブレ派に分裂し、内戦は3派の争いとなります。

 1978年1月、リビアの支援を受けたハブレ派がチャド北部を制圧すると、同年8月、マルーム政権は、ハブレを首相として政権内に取り込みましたが、翌1979年、マルーム派とハブレ派が衝突。このため、周辺諸国の調停により、マルームは辞任。シャワ暫定政権を経て、グクーニが大統領に就任し、ハブレは陸軍相として政権に加わるという妥協が成立しました。

 しかし、1980年3月、新政権内の主導権争いからハブレ派とグクーニ派の内戦が再燃。ここに、リビアが介入し、同年12月、リビアの支援を受けたグクーニ派が首都ンジャメナを制圧します。ところが、ウラン鉱脈を持つチャドにリビアが勢力を拡大することを懸念した米国のレーガン政権は、親リビア派のグクーニ政権を転覆させるべく、ハブレ派を水面下で支援。この結果、事態収拾のため、1981年11月、アフリカ統一機構の平和維持軍がチャドに派遣され、リビア軍が撤退すると、1982年6月にはハブレが大統領に就任しました。

 これに対して、リビアはハブレ政権を承認せず、1983年6月、グクーニ派を支援してチャド領内に再侵入したため、米仏とザイールは政府軍を支援して応戦。1984年9月にはフランスとリビアの間で休戦合意が成立し、北緯16度線以北はリビア軍の占領下に置かれます。

 ところが、この結果に不満のグクーニ派が、1986年、リビア軍を攻撃すると、同年12月、政府軍は16度線を越えて進軍し北部チャドを奪回。1987年9月に休戦が成立し、1994年、紛争地アオゾウの帰属は国際司法裁判所の裁定で最終的にチャド領とされました。

 この間、ハブレ政権は反政府勢力に対して、民族浄化など、広範な残虐行為を行い、ヒューマン・ライツ・ウォッチが2001年に発見した政治警察“文書管理・保安局”の文書によれば、1208人が殺されたり拘禁中に死亡したほか、1万1208人が人権侵害の被害を受けたとの記録が残されています。

 1987年の停戦後、ハブレ政権の圧政に対するチャド国民の不満は次第に鬱積していきましたが、1989年4月、ついに、大統領側近によるクーデター未遂事件が発生。この事件で、いったんスーダンに亡命を強いられた政権軍事顧問のイドリス・デビは、リビアの支援を受けて、反ハブレ派を糾合して愛国救済運動(MPS)を結成。1990年9月、MPSは首都ンジャメナに侵攻してハブレを追放し、デビみずから暫定大統領に就任します。そして、12月1日の選挙を経て、同4日、デビは正式に大統領に就任しました。今回ご紹介の切手は、この大統領選挙の実施から1周年を記念して発行されたものです。

 さて、大統領に就任したデビは、1996年、2001年の大統領選で再選するのですが、1996年3月末に施行のチャド憲法では、大統領の3選は禁止されていましたので、普通に考えれば、2001年の選挙にデビは出馬できないはずです。ところが、デビは、1990年12月の大統領就任は憲法施行以前なので、3選禁止の対象には含まれないと強弁。そのうえで、“2期目”の任期中の2004年5月には憲法を改正して大統領の再選規定を撤廃。これにより、2006年、2011年、2016年の選挙では政権側が露骨な選挙不正を行い、デビは当選を重ねます。さらに、2018年4月には再び憲法を改正して、3選禁止規定を復活させる一方、大統領の任期を1期6年としていました。

 2004年の再選規定撤廃後、デビとMPSによる腐敗や圧政が目立つようになると、クーデター未遂や軍幹部・国軍兵士の離反等が相次ぎ、2005年頃より反政府武装勢力の活動も活発化。2008年2月には、反政府勢力が一時的に首都のンジャメナを制圧しました。また、欧米諸国はデビをベラルーシのルカシェンコと同等の独裁者と見なしています。

 こうした中、今年(2021年)4月11日には、野党勢力がボイコットする中で大統領選挙が行われましたが、これに合わせて、リビアに逃れて活動していた反政府武装勢力の“チャド変革・調和戦線”が国境を越えてチャド領内に侵入。17日には変革・調和戦線の2つの部隊が首都ンジャメナを目指して南進している様子が確認されたため、英国政府がチャド在留の英国民に速やかな国外への退避を呼びかけ、ンジャメナの米国も職員に出国を命じていました。

 これに対して、チャドの国営メディアは、4月19日、デビの7選を発表するとともに、国軍が変革・調和路線の戦闘員少なくとも300人を殺害し、150人を拘束知ったことを発表。これを受けて、デビは前線を視察中(一部、前線で戦闘部隊を直接指揮している時に、との報道もあります)、反政府勢力の攻撃を受けて負傷。そのまま戦場で亡くなったとのことです。

 なお、今回のデビの陣没を受けて、チャド議会は解散され、今後、デビの息子のマハマト・デビ率いる軍事評議会が18ヵ月間、統治を行うことが発表されており、このままいくと、今後も、デビ一族による国政の私物化はそのまま維持されることになります。


★ 放送出演・講演・講座などのご案内★

 4月23日(金) 15:00~ 
 東京・浅草の東京都立産業貿易センター台東館で開催のスタンプショウ会場にて、拙著『切手でたどる郵便創業150年の歴史 vol.1 戦前編』の刊行記念トークを行います。入場無料・事前予約不要ですので、お気軽にご参加ください。なお、スタンプショウの詳細はこちらをご覧ください

 4月24日(土)  倉山塾東京支部特別講演
 靖国神社参拝と講演がセットになった有料イベント(参加費は3000円、高校生以下1000円)で、スケジュールは以下の通りです。
 14:15 集合 靖国神社 大村益次郎像前 → 参拝(昇殿参拝ではありません)後、講演会場へ移動
 15:00 講演会の受付開始
 15:30-17:00 内藤の講演(拙著『切手でたどる郵便創業150年の歴史 vol.1 戦前編』の内容が中心ですが、前日のスタンプショウとは内容が異なるので、両方ご参加いただいても問題ありません)
 * 終了後、懇親会の予定あり(別途予約が必要です)
 お申し込みなどの詳細はこちらへ。一人でも多くの方のご参加をお待ちしております。

 4月26日(月) 05:00~  
 文化放送の「おはよう寺ちゃん 活動中」に内藤がコメンテーターとして出演の予定です。番組は早朝5時から9時までの長時間放送ですが、僕の出番は07:48からになります。皆様、よろしくお願いします。

 5月15日(土)~ 武蔵野大学の生涯学習講座
 5月15日、22日、6月5日、19日、7月3日、17日の6回、下記のふたつの講座でお話しします。 
 13:00~14:30 「日本の郵便150年の歴史 その1 ―“大日本帝国”時代の郵便事情―」
 15:15~16:45 「東京五輪と切手ブームの時代 ―戦後昭和社会史の一断面―」
 対面授業、オンラインのライブ配信、タイム・フリーのウェブ配信の3通りの形式での受講が可能です。詳細については、武蔵野大学地域交流推進室宛にメール(lifelong★musashino-u.ac.jp スパム防止のため、アドレスの@は★に変えています)にてお問い合わせください。

★ 『切手でたどる郵便創業150年の歴史 vol.1 戦前編』 好評発売中! ★

      郵便創業150年の歴史ー1表紙 2530円(本体2300円+税)

 明治4年3月1日(1871年4月20日)にわが国の近代郵便が創業され、日本最初の切手が発行されて以来、150年間の歴史を豊富な図版とともにたどる3巻シリーズの第1巻。まずは、1945年の第二次大戦終戦までの時代を扱いました。今後、2021年11月刊行予定の第2巻では昭和時代(戦後)を、2022年3月刊行予定の第3巻では平成以降の時代を取り扱う予定です。

 ご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、本書の目次をご覧いただけるほか、アマゾン他、各ネット書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。 

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 郵便創業150年
2021-04-20 Tue 01:08
 明治4年3月1日(1871年4月20日)にわが国の近代郵便が創業してから、きょう(20日)で150周年になりました。というわけで、きょうはこんなモノをご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

      龍48文シート

 これは、1871年4月20日、郵便創業時に発行された日本最初の切手である龍文切手のうち、48文切手のシートです。当然のことながら、僕の私物ではなく、本日付で刊行の拙著『切手でたどる郵便創業150年の歴史 vol.1 戦前編』で図版として使用すべく、編集部を通じて、ある方から画像をご提供いただいたものです。

 さて、日本の近代郵便は東京=大阪間で開業しましたが、当初、その料金は差出地から直近の宿駅までを5匁(当時は18.7グラム)ごとに100文として、そこから距離に応じて100文単位で刻みが上がり、最も距離の離れた東京=大阪間は1貫500文(1貫は1000文)でした。

 また、書状の重さが5匁を越える場合には、5匁ごとに1通の半額分が追加される計算で、48文の切手はそのために必要だったのですが、48文という額面については、若干の説明が必要かもしれません。

 江戸時代まで通貨は、基本的には、金貨と秤量貨幣(貴金属としての品位・量目を検査・計測して用いる貨幣)の銀、それに、銭(銅銭)の3種類でした。

 このうち、金貨と銀の交換レートは、公定相場では、金1両(小判1枚)=銀60匁(224.4g)=銭4000文で、金貨に関しては、補助貨幣として分と朱があり、1両=4分、1分=4朱という勘定になっていました。

 この計算だと、1朱=250文ですが、じっさいに銭を250枚持ち歩くのは不便なので、麻や藁などで100文ごとに括った緡(さし)がつくられています。そして、緡の状態になっている銭に関しては、手数料・紐代込で96枚の銭が括られていれば、100文とみなすという慣例がありました。なお、96文は、金貨が4進法で1両が銀60匁であったことをふまえ、4と6の公倍数のうち、100を越えず、100に最も近いことから選ばれた値です。

 これがいわゆる九六勘定で、48文は、緡1本をばらした時の半額、すなわち、当時の人々の感覚としては、100文の半分でした。ちなみに、明治元(1868)年頃の物価は、コメ1升が500-1000文、もり蕎麦が20-24文です。

 横1列8枚の5段組、計40面という龍文切手のシート構成は、上記のような通貨制度に対応したもので、100文切手の場合、40枚の額面合計4000文は1両に相当しています。同様に、200文切手のシートは2両に、500文切手のシートは5両に相当し、48文切手のシートは1両の半分、すなわち、2分になります。シートを縦1列、5枚分で切り取れば、48文切手で250文相当、ずなわち1朱に相当し、横1列、8枚分で切り取れば400文相当、すなわち1両の10分の1として、銀6匁という勘定です。

 ちなみに、わが国の郵便創業前後の状況については、拙著『切手でたどる郵便創業150年の歴史 vol.1 戦前編』でもまとめておりますので、機会がありましたら、ぜひお手に取ってご覧いただけると幸いです。

* 昨日(19日)の文化放送「おはよう寺ちゃん」の僕の出番は、無事、終了いたしました。リスナーの皆様には、この場をお借りして御礼申し上げます。次回は来週月曜日・26日に登場の予定です。引き続きよろしくお付き合いください。


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 4月23日(金) 15:00~ 
 東京・浅草の東京都立産業貿易センター台東館で開催のスタンプショウ会場にて、拙著『切手でたどる郵便創業150年の歴史 vol.1 戦前編』の刊行記念トークを行います。入場無料・事前予約不要ですので、お気軽にご参加ください。なお、スタンプショウの詳細はこちらをご覧ください

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 4月26日(月) 05:00~  
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 カイロ近郊で列車脱線、約100人負傷
2021-04-19 Mon 03:27
 エジプト北部、トゥーフ(カイロ北方33キロの都市)近郊のサンダンフール駅付近で、きのう(18日)、カイロ発マンスーラ行きの列車が脱線し、日本時間19日朝の時点で、少なくとも11人が死亡、98人が負傷しました。というわけで、亡くなられた方の御冥福と、負傷者の方の御快癒をお祈りしつつ、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      エジプト・鉄道会議(1852)

 これは、1933年1月、カイロ北西のヘリオポリスで開催された“国際鉄道会議”に際してエジプトが発行した記念切手のうち、1852年の蒸気機関車を取り上げた1枚です。

 1825年に世界最初の蒸気機関車鉄道として英国のストックトン・アンド・ダーリントン鉄道が開業して以来、欧米各地で鉄道建設が本格化する中で、1833年、エジプトのムハンマド・アリー・パシャはスエズ-カイロ間の鉄道建設を構想しました。しかし、この構想は実現することなく、1848年、ムハンマド・アリー・パシャは崩御。その後、後継のアッバース・パシャがエジプト初の標準軌鉄道を造るため、1851年に英国のロバート・スチーブンソンとコンタクトを取り、ようやく、エジプトの鉄道建設事業が始まりました。

 こうして、1854年、エジプト最初(というよりも、オスマン帝国域内およびアフリカ大陸でも最初)の鉄道がアレクサンドリア-カフル・イッサ(地中海沿岸の都市)間が開業し、今回ご紹介の切手に取り上げられた蒸気機関車が運転を開始しました。アッバース・パシャは同年崩御しましたが、建設工事は後継のサイード・パシャによって継続され、1856年にはアレクサンドリア - カイロ(現ラムセス駅)間の鉄道が全通。以後、エジプト国内の鉄道網が整備されていくことになります。

 さて、エジプトでは、近年、鉄道事故が多発しており、この1ヵ月以内だけでも、今回の事故を含めて3件の重大事故が発生しています。特に、3月26日には、上エジプトのソハグ県タフタ(カイロの南方460キロ)で、少なくとも32人が亡くなり、165人が負傷する大事故が発生したばかりでした。 


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 ラウル・カストロ、引退を表明
2021-04-18 Sun 03:31
 キューバで、16日(現地時間)、5年ぶりの共産党大会が開幕。党トップのラウル・カストロ中央委員会第一書記(以下、ラウル)は「党第一書記としての私の任務は、重責を終えた満足感と祖国の未来への信頼とともに終える。命尽きるまで一人の革命戦士として、ささやかな貢献を続ける覚悟で戦う」と述べ、引退の意向を表明しました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      キューバ・教皇キューバ訪問(2012)

 これは、2012年にキューバが発行した“教皇ベネディクト16世キューバ訪問”の記念切手で、教皇と並ぶラウルが取り上げられています。

 ラウルは、1931年6月3日、カストロ3兄弟の末子として ビランで生まれました。兄のフィデルと共にハバナで教育を受け、ハバナ大学では社会科学を専攻。フィデルと共に反バティスタの学生運動に参加していましたが、兄よりも早く共産主義に傾倒し、1953年には、ヨーロッパを旅行中にKGBの工作員と接触しています。

 キューバ革命の原点とされる1953年のモンカダ兵営襲撃にはフィデルとともに参加し、逮捕・投獄。1955年に恩赦で釈放された後、メキシコに亡命し、アルゼンチン出身のエルネスト・“チェ”・ゲバラと知り合い、ゲバラをフィデルに引き合わせました。

 1956年12月、フィデル、ゲバラとともにグランマ号でキューバに再上陸。一行は、すぐにキューバ軍に発見されて攻撃を受け、シエラ・マエストラ山中でのゲリラ戦を展開することになります。

 1958年3月10日、ラウルは第二東部戦線の指揮官に就任。8月以降、フィデルとともに、キューバ島東部、オリエンテ地方の中心地であるサンティアゴ・デ・クーバを目指して進軍を開始し、11月20-30日のグィサの戦闘では、政府軍に死者116名、負傷者80名の損害を与えて、勝利を収めました。

 1958年12月29日、ゲバラ率いるシロ・レドンド第8部隊がキューバ島中部の要衝、サンタ・クララを攻略し、革命側の勝利が決定的になると、1959年1月1日、バティスタはドミニカ共和国に亡命し、キューバ革命が達せられます。一方、カストロ兄弟も、同日、サンティアゴ・デ・クーバを完全制圧したうえで、首都ハバナへ向けて進軍を開始。1月8日、人々の歓呼の中を鹵獲した戦車に乗ってハバナに入城しました。

 革命後のラウルは、ゲバラとともに、旧バティスタ政権幹部の処刑を指揮・実行。1959年10月には国防大臣に就任し、以後、2008年までその地位にとどまりました。

 1959年のミサイル危機(キューバ危機)後はソ連との関係強化を強く主張し、中ソ対立に関しては明確に親ソ反中の立場を取り、ソ連も帝国主義の一国にすぎないとして(中国に親和的な)独自路線を主張するゲバラと対立。ゲバラがキューバを去った後、1965年10月、革命以来の政権党であった社会主義革命統一党がソ連の意を汲んで“キューバ共産党”へと改組されると第2書記に就任し、政権内でフィデルに次ぐ地位を確立しました。

 1976年、革命後最初の憲法が制定され、フィデルが国家元首に相当する国家評議会議長に就任すると、ラウルは同第一副議長に就任。1997年の党大会で、正式にフィデルの後継者に指名されます。ちなみに、この間の1991年にソ連が消滅したことにより、キューバは中国との関係を改善したため、ラウル政権時代のキューバは基本的に親中路線を採ることになりました。
 
 2006年7月31日、フィデルが腸の手術を受けた後、党・政府におけるその職務を代行。2008年2月19日にフィデルが引退を発表すると、国家評議会議長に選出。さらに、2011年4月の党大会で、フィデルが党中央委員会第一書記を正式に辞任したことをうけて、後任の第一書記に就任しました。今回ご紹介の切手は、その翌年の2012年、キューバの守護聖人とされる“カリダデルコブレ聖母像”が1612年に発見されてから400年周年を記念するという名目で、教皇ベネディクト16世がキューバを訪問したことを記念して発行されたものです。

 2013年2月24日、国家評議会議長に再任されものの、この任期満了となる2018年での引退を明言し、副議長にはミゲル・ディアス=カネルを任命。2017年9月のハリケーン・イルマの影響で人民権力全国会議の選挙は遅延しましたが、2018年4月19日には、予定通り、ディアス=カネルに国家評議会議長の地位を譲って勇退しました。

 一方、党務に関しては、2016年4月16日に開幕した前回党大会で第一書記に留任したものの、やはり、その任期満了をもって引退することを明言。今回の引退表明はその言葉を実行に移したもので、革命以来60年以上にわたる“カストロ時代”が正式に終わりを告げることになりました。

 なお、フィデルとラウルのカストロ兄弟とゲバラによるキューバ革命とその時代については、拙著『チェ・ゲバラとキューバ革命』でも詳しくご説明しておりますので、機会がありましたら、ぜひお手に取ってご覧いただけると幸いです。
 

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 シリア独立記念日
2021-04-17 Sat 03:01
 きょう(17日)は、いまから75年前の1946年4月17日にシリアからフランス軍が撤退し、シリア共和国の完全独立が達成されたことにちなみ、シリアの独立記念日(撤退記念日)です。というわけで、この切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      シリア・独立記念日(2011)

 これは、2011年4月17日にシリアが発行した独立記念日の記念切手です。

 現在のシリア共和国に相当する地域は、第一次大戦後、フランスの委任統治下に置かれていましたが、1936年9月、「批准後3年間の暫定期間をおいてから、委任統治を終了させる」としたフランス・シリア条約が結ばれます。ただし、同条約では、3年後のシリア独立を定める一方で、「戦時の際にはシリアはフランスに協力し、空軍基地を提供するほか、シリア内にフランスが軍事拠点を維持する権利を認める」との項目も設けられていました。

 1936年末、シリア議会は同条約を承認し、1937年1月から条約の定める“暫定期間”に入ったとしましたが、フランス議会は同条約を承認せず、独立問題は宙に浮いた状態になってしまいます。さらに、第二次大戦勃発直前の1939年5月、フランスはフランス・シリア条約の破棄を一方的に宣言。同年9月、第二次大戦が勃発すると、シリアの独立は棚上げにされてしまいました。

 1940年6月のフランス降伏当初、シリアはヴィシー政府の支配下に置かれましたが、1941年6月、英国に支援されたドゴール派の自由フランス軍がシリア・レバノンに進攻し、シリア・レバノンは自由フランスの支配地域となりました。

 自由フランスは、1941年9月27日にシリアの、同年11月26日にレバノンの、それぞれ“独立”を布告。このうち、レバノンに関しては、1943年にフランス軍が撤退して完全独立が達せられたものの、シリアに関しては英仏軍が駐留を継続し、完全独立は先延ばしにされました。

 このため、1944年1月 シリア議会は「フランスの委任統治を承認しない」と宣言。米英の支持を得て“シリア共和国”として枢軸側に宣戦布告するとともに、国際連盟創設のためのサンフランシスコ会議にも代表を派遣し、“戦勝国”としての立場を確保しようとします。

 さらに、1945年5月8日、ドイツが降伏すると、シリアでもフランス軍の撤退を求めて独立運動が本格化。これに対して、シリアの“独立”は、あくまでもフランス委任統治下での“自治”と強弁していたフランスは、5月29日、ダマスカスを空爆し、独立派の指導者を逮捕し、独立運動を力ずくで抑え込もうとしました。

 このため、サンフランシスコ会議に出席中だったシリア自治政府代表は、シリアの独立を連合諸国の首脳に訴えます。これを受けて、英国がシリア独立を支持し、他の参加国もこれに同調したため、最終的に、フランスは独立運動の鎮圧を断念。1946年2月、国連がフランス軍の撤退を決議し、4月17日、フランス軍はシリアから完全に撤退。シリア共和国の完全独立が達せられました。

 さて、2011年1月、テュニジアでジャスミン革命が発生し、それがエジプトなどへ波及すると、シリアでも、3月15日、シリア各地の主要都市でアサド政権に対する抗議デモが発生し、治安部隊と衝突。現在では、これが現在まで続くシリア内戦の発端とされています。

 ただし、3月26日にアサド政権が政治犯200名を釈放したことに加え、今回ご紹介の切手が発行された独立記念日(4月17日)を経て、同19日には1962年以来の非常事態法(戒厳令)が撤廃されるなど、政権側が一定の譲歩を示したこともあって、当初、騒乱は短期間で収束するものとみられていました。

 しかし、その後も抗議行動は収まらず、4月22日にはシリア全土で数万人規模のデモが発生。これに対して、治安部隊の発砲により全国で少なくとも70人以上が殺害されると、抗議行動はさらに拡大し、5月1日には、シリアは反政府勢力が掌握する南部と、アサド政権の支配下の北部に分裂し、事実上の内戦状態に突入します。

 なお、シリアの騒乱が国際的に“内戦”と認定されたのは、2011年12月、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)が「シリアは事実上の内戦状態である」としたのが最初です。また、アサド政権としては、2011年3月以来の騒乱について、あくまでも“対テロ戦争”であり、内戦ではないというのが基本的なスタンスです。

 ちなみに、シリア内戦は各国がそれぞれの思惑から介入したことで複雑な様相を呈しつつ泥沼化していったわけですが、その一端については、拙著『世界はいつでも不安定』でもまとめておりますので、機会がありましたら、ぜひお手に取ってご覧いただけると幸いです。


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 4月19日(月) 05:00~  
 文化放送の「おはよう寺ちゃん 活動中」に内藤がコメンテーターとして出演の予定です。番組は早朝5時から9時までの長時間放送ですが、僕の出番は07:48からになります。皆様、よろしくお願いします。

 4月23日(金) 15:00~ 
 東京・浅草の東京都立産業貿易センター台東館で開催のスタンプショウ会場にて、拙著『切手でたどる郵便創業150年の歴史 vol.1 戦前編』の刊行記念トークを行います。入場無料・事前予約不要ですので、お気軽にご参加ください。なお、スタンプショウの詳細はこちらをご覧ください

 4月24日(土)  倉山塾東京支部特別講演
 靖国神社参拝と講演がセットになった有料イベント(参加費は3000円、高校生以下1000円)で、スケジュールは以下の通りです。
 14:15 集合 靖国神社 大村益次郎像前 → 参拝(昇殿参拝ではありません)後、講演会場へ移動
 15:00 講演会の受付開始
 15:30-17:00 内藤の講演(拙著『切手でたどる郵便創業150年の歴史 vol.1 戦前編』の内容が中心ですが、前日のスタンプショウとは内容が異なるので、両方ご参加いただいても問題ありません)
 * 終了後、懇親会の予定あり(別途予約が必要です)
 お申し込みなどの詳細はこちらへ。一人でも多くの方のご参加をお待ちしております。

 5月15日(土)~ 武蔵野大学の生涯学習講座
 5月15日、22日、6月5日、19日、7月3日、17日の6回、下記のふたつの講座でお話しします。 
 13:00~14:30 「日本の郵便150年の歴史 その1 ―“大日本帝国”時代の郵便事情―」
 15:15~16:45 「東京五輪と切手ブームの時代 ―戦後昭和社会史の一断面―」
 対面授業、オンラインのライブ配信、タイム・フリーのウェブ配信の3通りの形式での受講が可能です。詳細については、武蔵野大学地域交流推進室宛にメール(lifelong★musashino-u.ac.jp スパム防止のため、アドレスの@は★に変えています)にてお問い合わせください。

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 明治4年3月1日(1871年4月20日)にわが国の近代郵便が創業され、日本最初の切手が発行されて以来、150年間の歴史を豊富な図版とともにたどる3巻シリーズの第1巻。まずは、1945年の第二次大戦終戦までの時代を扱いました。今後、2021年11月刊行予定の第2巻では昭和時代(戦後)を、2022年3月刊行予定の第3巻では平成以降の時代を取り扱う予定です。

 ご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、本書の目次をご覧いただけるほか、アマゾン他、各ネット書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。 


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 沖縄切手モノ語り⑨
2021-04-16 Fri 01:45
 ご報告が遅くなりましたが、『本のメルマガ』第784号が配信されました。僕の連載、「沖縄切手モノ語り」は、今回はこの切手について取り上げました。(画像はクリックで拡大されます。)

      沖縄・100円加刷

 これは、1952年6月16日に発行された“100円加刷”の切手です。

 1952年4月1日の琉球政府発足に伴い、実態はともかく、形式上、“琉球(当時は本土復帰以前の奄美を含む)”域内の市民(米軍の軍人・軍属を除く)は琉球政府の統制に従うことになり、1952年4月1日以降、郵便に関しても、琉球在住の“外国人”は琉球政府の郵便機関を使用しなければならないというルールが厳格化されることになります。

 ところで、1952年4月1日時点での琉球政府は、琉球列島に本籍ないしは住所を有する日本国民は“琉球人”としており、それ以外の者から、米軍の軍人・軍属とその家族を除いた者を“外国人”としていました。このため、沖縄県に本籍がない日本国民であっても、戦前から琉球に居住し続けている者や、(対日降伏文書が調印された)1945年9月2日以降、琉球に移住し、継続居住している者(その多くは海外からの引揚者でした)も“琉球人”に含まれていました。

 ところで、1950年6月の朝鮮戦争勃発1951年9月のサンフランシスコ講和条約を経て、“琉球”地域では米軍基地の建設工事が激増。これに伴い、日米両国のみならず、フィリピン、台湾などからも建設請負会社とそのスタッフが大量に琉球に到来しましたが、彼らの中には、琉球側の制度の不備もあって、“不正入域(不法入国)”の状態になっている者も少なくありませんでした。また、工事スタッフは、一般市民に対して、広義の“米軍関係者”という印象を与えることも少なくなく、そこから、本来は正規の米軍要員にしか認められていない特権を不正に行使する例もままあり、その中には、たとえば、工事現場に隣接した米軍の軍事郵便局から、祖国宛の小包などを差し出す事例も含まれていました。

 このため、あらためて、“外国人”について制度的に整備する必要に迫られた米民政府(琉球政府の上部組織)は、1953年1月、布令第93号「琉球列島出入管理令」を発し、琉球列島居住者および米軍要員以外の外国人の出入国手続き、外国人登録制度、不正入域者の処罰に関する規定を成文化します。

 その後、1953年の琉球列島出入管理令の改訂版として、1954年2月11日に公布された法令第125号では、“外国人”は、①本籍が沖縄県にあっても住所が日本本土にある者、②琉球列島に本籍、住所を有する琉球住民および米軍人・軍属ならびにその家族以外のすべての者、と定義され、琉球列島に居住しながらも琉球の戸籍を有しない他府県出身者(引揚者を含む)も“外国人”として扱われることになります。

 琉球在住の“外国人”が琉球政府の郵便機関を使用するという、一見、当たり前の指令は、こうした“外国人”をめぐる制度を整備していく過程で発せられたものでした。

 さて、琉球在住の外国人の数が増加し、彼らが全て琉球政府の郵便局を使うようになると、当然のことながら、そのための切手、特に外国郵便用の高額切手が必要になります。ちなみに、1952年4月1日時点での琉球域内および日本本土宛の書状基本料金(20グラムまで)は3円(B円)でしたが、米国宛のエアメールの料金は30円でした。また、書留料金は、琉球域内宛は10円だったのにたいして、日本本土宛ならびに外国宛は30円でした。したがって、米国宛に書留のエアメールを出せば、それだけで60円の料金が必要になる勘定です。

 これに対して、当時、琉球で発行されていた通常切手は5円切手が最高額で、エアメール用の航空切手も30円が最高額でした。

 そこで、琉球政府の発足に伴い、普通切手のデザインを一新するのに合わせて、50円や100円という高額切手を新たに発行することが計画されたのですが、調製に時間がかかるため、1952年6月16日、とりあえず、首里城正殿を描く既存の2円切手の額面を抹消し、“改訂 100円”と加刷した切手が1万枚(100シート)のみ発行されました。これが、いわゆる“100円加刷切手”です。

 ちなみに、100円加刷の発行に先立ち、1952年1月、日本本土宛の航空小包の取扱が始まったことをうけて、その料金に相当する10円の切手が必要になった時も、当初、琉球郵政は正刷切手を用意できなかったため、50銭切手に“改訂 10円”と加刷した切手を向春印刷所(社長・嘉味田朝春)で調製して発行していましたので、100円加刷は、この10円加刷の版を流用して加刷が行われました。

 100円という額面は、当時の琉球域内宛の書状基本料金の33倍。単純な比較はできませんが、仮に、現行の書状基本料金の84円を33倍すると2774円になるから、その100面シートともなれば27万7400円とかなりの高額です。

 このため、切手の販売も那覇中央郵便局ほか琉球内の主要7局に限定され、1953年1月20日に正刷の100円切手が発行されると、加刷切手は同年3月1日限りで発売停止となりました。この間、郵便に使用されたのは約8000枚と推定されており、未使用の切手は2000枚程度しか残されていません。(このうち、1シート=100枚は、琉球郵政庁が保管していました)

 このように、100円加刷切手は発行数・残存数ともに非常に少ないので、沖縄切手の中では特にカタログ評価の高い1枚となっています。


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 TAX
2021-04-15 Thu 01:37
 所得税の確定申告は今日(15日)までですが、皆さんは無事に済まされましたか?今年は、昨年に続き、新型コロナウイルス禍のため、〆切が一月延期されたのですが、僕はようやく先ほど書類を仕上げて、今年もまた〆切ギリギリの提出となりました。というわけで、毎年恒例“TAX”ネタとして、この切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      ソロモン諸島・TAX印

 これは、1962年2月16日、英領ソロモン諸島の首府、ホニアラから英国の商船“チュンキン(重慶)号”によってロンドンまで運ばれたカバーですが、当時のソロモン諸島から英本国宛の基本料金が3ペンスだったにもかかわらず、1ペンス分の切手しか貼られていなかったため、郵便料金(=郵税)を意味する“TAX”の文字の入った円形の不足印を押し、2ペンスが不足していることが書きこまれています。

 ソロモン諸島の郵便史の基本文献であるプラウドの The Postal History of the British Solomon Islands and Tonga によると、このカバーに押されている不足印は、1950年4月27日から1961年11月3日までの使用例が確認されているとのことですが、この印の次に使用された角型の不足印の最初期使用例は1963年7月24日とされていますので、この間、1年9ヵ月弱の空白期間があります。今回ご紹介のカバーは、その空白期間の1962年2月の使用例ですから、プラウドのデータを更新するものとなりました。

 このカバーを運んだチュンキン号は、1950年、香港を拠点とするスワイヤー・グループ(太古集團)のチャイナ・ナヴィゲーション社の発注により、スコットランドで建造されました。もともとは、香港-インドネシア間の商船として使用することが計画されていましたが、インドネシア独立戦争のため香港-インドネシア間の航海には使用できず、1950ー52年の間は、マルセイユからパナマを経て南太平洋を結ぶ路線に用いられました。極東地域での初航海は1952年のことです。その後、貨客船として各地の航海に用いられていましたが、老朽化のため、1980年、バルセロナで解体されました。

 一方、カバーに貼られている切手は、エリザベス2世の即位を受けて、1956年3月1日から発行が開始された女王の肖像入りの風景図案切手の1枚で、ソロモン諸島北部、サンタイサベル島周辺の伝統的なカヌーが描かれています。

 なお、この切手が発行された1950年代から1978年の独立を経て現在にいたるまでのソロモン諸島とその歴史については、拙著『日本人に忘れられたガダルカナル島の近現代史』でも詳しくまとめておりますので、機会がありましたら、ぜひお手に取ってご覧いただけると幸いです。


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 ラオス正月
2021-04-14 Wed 03:23
 きょう(14日)は、インドシナ諸国では伝統的な暦で新年にあたります。というわけで、きょう新年を迎える国のうち、ピーマイ・ラオ(ラオス正月)関連の切手の中からこの1枚を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      ラオス・正月の仏塔

 これは、1966年にラオスが発行した伝統行事切手のうち、正月に飾られる砂の仏塔を描く1枚です。

 ラオスや北タイのメコン川流域では、新年に合わせて川岸や川の中洲に、または、川から砂を運んで寺の境内に、仏塔ないしは仏塔をかたどった盛り土を作る風習があります。

 川の砂は旧年中の行状を意味しており、川岸や川の中洲で作られる仏塔には、メコンに流して清めようという意味が込められているといわれています。一方、砂の仏塔を、土地への感謝を示すものと位置付けている地域もあり、そうした地域では、寺の境内に仏塔を作ることで、旧年中に寺から足の裏に付けて(結果的に)持ち出していった土をお寺に返すという意味があり、その結果として、徳を積むことにつながるとされています。

 今回ご紹介の切手に描かれているのは、完成した砂の仏塔に女性たちが旗やろうそくを刺している場面で、これは、先祖供養の一環として、亡くなった先祖の霊が天国へ行けるように、との意味が込められているそうです。


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 日本最初のゴルフ切手
2021-04-13 Tue 01:28
 ゴルフの海外男子メジャーのマスターズは、きのう(11日)、米ジョージア州のオーガスタ・ナショナルGC(7475ヤード・パー72)で最終ラウンドが行われ、松山英樹選手が通算10アンダーで日本人として初の男子メジャー制覇を果たしました。というわけで、松山選手の偉業をたたえて、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      雲仙・ゴルフ場

 これは、1953年11月20日に発行された“雲仙国立公園”の切手のうち、雲仙ゴルフ場から見た雲仙主峰を取り上げた5円切手で、日本最初のゴルフ切手として知られています。
 
 701年に行基が開いたとされる雲仙の温泉は、江戸時代初期、島原藩初代藩主の松平忠房の命により湯宿が置かれたことで温泉地としての本格的な開発が始まり、早くから、シーボルトらにより海外へも紹介されていました。幕末の開国後、長崎が上海航路の蒸気船に対する石炭の供給地となると、雲仙も上海租界の欧米人の保養地として繁栄します。

 そうした中で、雲仙の馬の放牧地で“棒を振って遊ぶ外国人”の姿を目にした長崎県はゴルフに興味を持つようになり、外国人(長崎在住者および香港・上海からの訪日客)観光客誘致の手段としてゴルフ場の建設を構想。1912年、県は、雲仙の地権者47人から土地の無償提供の申し出を受け、グラバー邸で知られるトーマス・グラバーの息子、倉場富三郎の協力も得てゴルフ場を造成し、1913年8月14日、雲仙ゴルフ場がオープンしました。なお、提供された土地の面積では18ホール作ることができなかったため、9ホールを2回まわるというスタイルとなっています。

 雲仙ゴルフ場は、日本のゴルフ場としては、神戸ゴルフ倶楽部(1903年)、横屋ゴルフアソシエーション(1904年)、ニッポン・レース・クラブ・ゴルフィング・アソシエーション(NRCGA、通称・横浜根岸コース、1906年)に続いて4番目の開場でしたが、日本人が発起人となり開発したゴルフ場としては最初の事例です。また、一般的にゴルフ場でプレイをするには、本人が会員となるか、会員と同伴もしくか会員からの紹介が必要とされていますが、雲仙ゴルフ場は会員制度を取らず、誰でも気軽に予約し、プレイが可能な“パブリック・コース”として、日本最古のゴルフ場でもあります。

 開業時に地元の地権者と県が結んだ貸与契約では、長崎県は2011年まで土地を無償で利用できることになっていましたが、1999年度以降は毎年約5000万円の赤字経営となっていたため、2006年、地権者らを株主とする“雲仙ゴルフ場株式会社(旧雲仙ゴルフ場レストラン株式会社、1973年設立)が受け皿となってゴルフ場の管理・運営を移管することになり、現在にいたっています。

 * 昨日(12日)の文化放送「おはよう寺ちゃん」の僕の出番は、無事、終了いたしました。リスナーの皆様には、この場をお借りして御礼申し上げます。次回は来週月曜日・19日に登場の予定です。引き続きよろしくお付き合いください。

★ 放送出演・講演・講座などのご案内★

 4月19日(月) 05:00~  
 文化放送の「おはよう寺ちゃん 活動中」に内藤がコメンテーターとして出演の予定です。番組は早朝5時から9時までの長時間放送ですが、僕の出番は07:48からになります。皆様、よろしくお願いします。

 4月23日(金) 15:00~ 
 東京・浅草の東京都立産業貿易センター台東館で開催のスタンプショウ会場にて、拙著『切手でたどる郵便創業150年の歴史 vol.1 戦前編』の刊行記念トークを行います。入場無料・事前予約不要ですので、お気軽にご参加ください

 5月15日(土)~ 武蔵野大学の生涯学習講座
 5月15日、22日、6月5日、19日、7月3日、17日の6回、下記のふたつの講座でお話しします。 
 13:00~14:30 「日本の郵便150年の歴史 その1 ―“大日本帝国”時代の郵便事情―」
 15:15~16:45 「東京五輪と切手ブームの時代 ―戦後昭和社会史の一断面―」
 対面授業、オンラインのライブ配信、タイム・フリーのウェブ配信の3通りの形式での受講が可能です。詳細については、武蔵野大学地域交流推進室宛にメール(lifelong★musashino-u.ac.jp スパム防止のため、アドレスの@は★に変えています)にてお問い合わせください。

★ 『切手でたどる郵便創業150年の歴史 vol.1 戦前編』4月20日刊行! ★

      郵便創業150年の歴史ー1表紙 2530円(本体2300円+税)

 明治4年3月1日(1871年4月20日)にわが国の近代郵便が創業され、日本最初の切手が発行されて以来、150年間の歴史を豊富な図版とともにたどる3巻シリーズの第1巻。まずは、1945年の第二次大戦終戦までの時代を扱いました。今後、2021年11月刊行予定の第2巻では昭和時代(戦後)を、2022年3月刊行予定の第3巻では平成以降の時代を取り扱う予定です。

 ご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、本書の目次をご覧いただけるほか、アマゾン他、各ネット書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。 


★★ 内藤陽介の最新刊 『世界はいつでも不安定』 ★★

      世界はいつでも不安定・表紙カバー 本体1400円+税

 出版社からのコメント
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 ヴォストーク1号打ち上げ60年
2021-04-12 Mon 02:06
 1961年4月12日、ソ連が世界初の有人宇宙衛星船“ヴォストーク1号”の打ち上げに成功してから、ちょうど60年になりました。というわけで、こんなモノをご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

      ソ連・宇宙飛行士の日(1964)

 これは、1964年にソ連が発行した同年の“宇宙飛行士の日”の官製記念絵葉書(印面付き)で、“4月12日 宇宙飛行士の日”の文字と宇宙空間を飛ぶ人工衛星が描かれています。

 ソ連空軍のパイロットだったユーリ・ガガーリンは、1961年4月12日午前9時7分、ヴォストーク3KA-2(ヴォストーク1号)でバイコヌール宇宙基地を飛び立ち、地球を1周した後、10時25分に逆噴射をかけて大気圏に再突入。高度7000mからパラシュートで降下し、無事帰還を果たしました。

 ガガーリンの帰還とともに、ソ連当局は“人類初の有人宇宙飛行”を国威発揚と東側諸国の団結の手段として大々的に宣伝。モスクワではガガーリンの帰還を祈念する大規模なパレードが行われ、ニキータ・フルシチョフがクレムリンで自らガガーリンにソ連邦英雄の勲章を授与するセレモニーも行われています。

 その後、1968年にガガーリンが亡くなるまで、ソ連国家は彼を広告塔として利用し続けましたが、その一環として、1962年4月9日、毎年4月12日を“宇宙飛行士の日”に指定。各種の記念行事が行われていました。なお、1991年末のソ連崩壊後も、“宇宙飛行士の日”は現在のロシア国家に継承され、モスクワでは大規模なパレードも行われています。また、ヴォストーク1号の打ち上げから50周年にあたる2011年には、国連総会により、毎年4月12日を“世界宇宙の日”とする決議が採択されました。

 さて、本年(2021年)は、ヴォストーク1号の打ち上げ60年にしてソ連崩壊30年という年回りになりますので、昨年5月まで『本のメルマガ』に連載していた「スプートニクとガガーリンの闇」を元に、秋頃になにか書籍を1冊刊行ということで、準備を進めています。詳細が固まりましたら、このブログでもご案内いたしますので、よろしくお願いします。
 
 
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 河上肇賞をいただきました!
2021-04-11 Sun 03:14
      河上肇賞・授賞式

 私事で恐縮ですが、昨年11月、拙稿「東京五輪の郵便学」が藤原書店主催の第16回河上肇賞に選ばれ、きのう(10日)、その授賞式に出席して正賞の盾を頂戴してきました。(写真は、審査員の橋本五郎さんから盾を受け取っているところです)

 河上肇賞は、明治から昭和にかけて、学者・文人・ジャーナリストとして幅広く活動した河上肇(1879-1946)の歿60年を機に創設された賞で、同賞の募集要項によると、「2万字-20万字の日本語による未発表の単著論文(一部分既発表でも可)」で、「経済学・文明論・文学評論・時論・思想・歴史の領域で、狭い専門分野にとどまらない広い視野に立ち、今日的な観点に立脚し、散文としてもすぐれた作品」が対象になるとされています。作品の募集は2005年以来毎年行われており(ただし、本年=2021年が最終年)、毎年8月末が〆切です。

 2001年から2009年にかけて上梓した拙著『解説・戦後記念切手』(全7巻別冊1)は、公園切手を除く昭和・戦後の全記念特殊切手について、切手発行の経緯やデザイン、当時の人々の評判などの情報を網羅的にまとめた“読む事典”です。ただ、事典という性格上、『解説・戦後記念切手』は、個別の切手についての解説はそれぞれ別個の独立した項目としており、書籍としては、いわば逐条解説集のようなスタイルとなっていました。

 そこで、『解説・戦後記念切手』の完結後、同書の蓄積を元に、個々の切手についての情報を組み合わせることで、切手という切り口から、昭和・戦後史を再構成していこうと考えました。その最初の成果としてまとめたのが、2011年の『年賀状の戦後史』です。

 受賞作の「東京五輪の郵便学」は、その第2弾として、1964年の東京五輪を中心とした“所得倍増”と切手ブームの時代の諸相について、海外の諸国の日本へのまなざしも含めて、まとめたものです。

 じつは、この企画については、2014年の東京五輪(1964年)50周年のタイミングにあわせて出版を準備していたのですが、原稿を半分ほど書いたところで、刊行予定だった出版社の担当者が退職してしまい、計画が頓挫していたままになっていました。

 そこで、2020年の五輪開催にあわせて、書きかけの原稿を完成させて書籍として刊行したかったのですが、五輪の開催そのものが2021年に延期されてしまったこともあり、なかなかうまくいきませんでした。

 ところで、2014年以降、毎年7ー8月は全日本切手展国際展があり、なかなか原稿執筆のためのまとまった時間が取れないことが多かったのですが、幸か不幸か、昨年(2020年)はコロナ禍のため全日本切手展が中止になっただけでなく、7-8月には国際展の開催もなしということで、思いがけず時間に余裕ができました。

 そこで、2021年に延期された五輪のタイミングに合わせて、ともかくも、書きかけのままになっていた「東京五輪の郵便学」を完成させようと考え、8月31日が〆切の河上肇賞に応募してみたというわけです。

 応募に際しては、まぁ本賞の受賞は難しいでしょうが、運よく最終選考に残れば、候補作のリストが発表されるときに“郵便学”という語が表に出るのでプロモーションとしての効果はあるだろうし、なにより、ともかくも原稿を最後まで書ききってしまえば、なんらかのかたちで2021年の五輪開催にあわせて書籍を出せるのではないかというくらいの軽い気持ちでしたので、実際に本賞受賞という結果を知らせていただいたときには、ちょっと驚きました。

 なお、受賞後の藤原書店との打ち合わせでは、本年の五輪開催についても状況がいまいち読み切れないことに加え、1964年の東京五輪だけでなく、1970年の大阪万博までウィングを広げて1960年代の高度成長期全体を俯瞰する内容にしたほうが、“切手を通じた戦後史の再構成”というテーマとしては、より重厚な作品に仕上がってよいのではないかということになりました。そこで、受賞作の題名にある“東京五輪”にとらわれず、じっくり腰を落ち着けて、これから大幅な加筆作業に取り掛かろうかと考えています。

 なお、末筆になりましたが、今回の受賞に関して、藤原良雄社長をはじめ主催者の藤原書店の皆様、審査をご担当いただいた諸先生方、ならびに、お世話になったすべての方々にお礼申し上げ、簡単ではありますが、受賞のご挨拶とさせていただきます。


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 英国のフィリップ殿下、薨去
2021-04-10 Sat 02:10
 英国のエリザベス女王の夫君、エディンバラ公フィリップ殿下が、きのう(9日)、ロンドン郊外のウインザー城で薨去されました。99歳の大往生です。というわけで、きょうはこの切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      ガーナ・フィリップ殿下来訪(1959)

 これは、1959年11月24日にガーナが発行した”フィリップ殿下ガーナ訪問”の記念切手で、ガーナの国章と殿下の肖像を組み合わせた図案になっています。

 もともと、1959年11月にはエリザベス女王ご夫妻が独立後まもないガーナを訪問する予定でしたが、女王のご懐妊(1960年2月19日にアンドルー王子を出産)という事情がったため、殿下がお一人での訪問となり、記念切手も殿下の肖像のみが取り上げられることになりました。

 さて、昨日亡くなったフィリップ殿下(以下、敬称略)は、1921年6月10日、ギリシャ王国の第2代国王ゲオルギオス1世の4男アンドレアスとバッテンベルク家(英語名:マウントバッテン家)出身のアリキ(英語名:アリス)の長男として、イオニア諸島のコルフ島(ケルキラ島)で生まれました。1922年のクーデターで国王コンスタンティノス1世が退位を余儀なくされると、国王の弟でフィリップの父であるアンドレアスは革命政府から死刑を宣告されたため、英海軍の軍艦によりギリシャを脱出してパリに逃れました。

 その後、フィリップは1928年に渡英。1939年に海軍兵学校を卒業し、士官候補生として英海軍に入隊し、第二次世界大戦に従軍しました。大戦中は戦艦「ラミリーズ」、「ヴァリアント」を経て、1942年7月には先任将校として駆逐艦「ウォーリス」で勤務し、1943年7月のシチリア上陸作戦を支援しました。その後、駆逐艦「ウェルプ」 に異動し、1945年9月2日の対日降伏文書調印時には東京湾に停泊していました。

 第二次大戦後の1947年2月には英国籍を取得。その際、英国での軍務を継続するため、母の実家の家名である“マウントバッテン”を姓として選択し、国教会に改宗するとともに、“ギリシャ王子およびデンマーク王子”の地位を正式に放棄しました。

 1947年11月20日、英国王ジョージ6世の第1王女エリザベスと結婚。これにより“殿下”の称号が与えられ、エディンバラ公爵、メリオネス伯爵とグリニッジ男爵の爵位を得ました。

 結婚後もフィリップは軍務を続け、軍歴を重ね、1952年には海軍中佐に昇進しましたが、同年2月6日、ジョージ6世が崩御し、エリザベス2世が英国王として即位したため退役。以後、王配として女王の活動を支え、王室の日常をテレビで公開するなど、王室の”近代化”に努めました。

 このほか、世界自然保護基金の初代総裁、王立技芸協会の会長、ケンブリッジ大学やエディンバラ大学、ソルフォード大学などの総長などを務めましたが、2017年8月、全ての公務から引退していました。

 謹んでご冥福をお祈りします。


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 ヨルダン国王、混乱の収束を宣言
2021-04-09 Fri 09:49
 今月3日、ヨルダン当局が、国家を不安定化させたとして元皇太子のハムザ王子を自宅軟禁下に置き、元閣僚ら少なくとも16人を拘束していた問題について、きのう(8日)、アブドゥッラー2世国王は国営テレビの演説で「反乱の芽は摘み取った」と述べ、事態は収束したとの認識を示しました。というわけで、きょうはこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      ヨルダン・スタンプレス(1953)

 これは、1953年6月30日、ヨルダンで使用されていた暫定的な料金収納印が押されたアンマン市内便のカバーです。

 第一次中東戦争の結果、1949年6月、トランスヨルダンはヨルダン川西岸地区と東エルサレムを併合し、新国家“ヨルダン・ハシミテ王国”の建国を宣言します。

 しかし、パレスチナ人の中には、ヨルダンへの併合を潔しとしない者も少なくなかったうえ、戦争を通じて大幅に版図を拡大したヨルダンに対して周辺アラブ諸国は大いに反発。1951年7月20日、国王アブドゥッラー1世はエルサレムのアクサー・モスクで金曜礼拝の最中に暗殺され、息子のタラールが第2代国王として即位しました。

 ところが、1952年8月11日、タラールは精神疾患を理由に議会によって廃位されてしまい、王位は息子のフサインによって継承されました。ただし、当然のことながら、すぐにはフサイン新国王の肖像切手は手配できません。

 さらに、ヨルダン川西岸地区の併呑によって従来よりも大量の切手が必要になっていたこともあり、ヨルダン国内では切手の需給が逼迫します。

 このため、1953年5-6月、郵便の需要の多かった首都のアンマンとエルサレムでは、切手に代えて“料金収納済み”の印を郵便物に押すことで対応していました。今回ご紹介の郵便物はその実例です。

 その後も、ヨルダンでは過去に発行された切手の在庫をかき集め、各種の加刷を施したりすることで急場をしのいでいましたが、1954年2月9日、ブラッドバリー・ウィルキンソン社製の新たな普通切手が発行されたことで、ようやく切手不足も解消されることになりました。

 ちなみに、ヨルダン国家成立時の諸事情については、拙著『パレスチナ現代史 岩のドームの郵便学』でも詳しくまとめておりますので、機会がありましたら、ぜひお手に取ってご覧いただけると幸いです。


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 花まつり
2021-04-08 Thu 02:34
 きょう(8日)は、お釈迦様の誕生を祝う“花まつり”の日です。というわけで、毎年恒例、お釈迦様ネタの1枚を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      中国・タンカ(2014)

 これは、2014年5月18日に中国が発行した“タンカ”の切手の1枚で、中央に描かれた釈迦は、左手をひざの上に置き、右手を垂らして地を指す降魔印(触地印)と呼ばれる印相(手の形)をとっています。

 タンカは、もともと、チベット仏教の僧侶が村々を回って仏教の教えや釈迦の生涯などを人々に説くために仏画や曼荼羅を伝記などを掛軸として軸装し、持ち運びしやすくしたもので、現在では、チベット仏画の掛軸を総称する言葉となっています。

 今回ご紹介の切手は、チベットが自国の領土であることを誇示しようという中国政府のプロパガンダの一環として、北京の故宮博物院に収蔵されているタンカの名品を取り上げたものです。

 ところで、この切手が発行された2014年には、チベット人画家、テンジン・リグドゥが、伝統的なタンカの形式を用いた作品“My world is in Your Blind-spot(私の世界はあなたの死角にある)”を発表しているので、ご紹介したいと思います。(下の画像)

      テンジン・リグドゥ:My world is in Your Blind-spot

 リグドゥは、1982年、ネパールの首都、カトマンドゥで亡命チベット人家庭(両親は1960年代にチベットから脱出)に生まれました。1999年からインドのチベット・タンカ芸術学校やカトマンドゥの寺院などでタンカを学んだ後、2005年米コロラド大学などで絵画と芸術史を学びました。現在はニューヨーク在住で、2010年に劉暁波がノーベル平和賞を受賞した際には、リチャード・ギアが彼の作品を授賞式で披露したことで世界的にその名が知られるようになりました。ちなみに、リグドゥ本人は一度もチベットの地に足を踏み入れたことはありません。

 2014年の作品、「私の世界はあなたの死角にある」は、伝統的なタンカの手法を用いて、炎に包まれる釈迦の姿を描いたもので、切手のタンカと同じく、釈迦は降魔印の印相で描かれています。

 悟りを得る前の釈迦がガヤー村(現ブッダガヤー)の菩提樹の下で瞑想にふけっていると、魔物が次々と現れて修行を妨害しましたが、地の神は釈迦に加勢し、魔物はことごとく降伏されました。降魔印はその時の姿を表現したものです。

 2008年3月10日以降、中国政府の支配に反発するチベット人がチベット自治区ラサで抗議活動を開始。抗議活動は、周辺の四川、青海、甘粛各省のチベット族居住地域にも波及し、同14日には地方政府機関や商店などが破壊される大規模な“暴動”に発展しました。これに対して、中国政府は治安部隊を動員し、200人以上を殺害して“暴動”を鎮圧しましたが、この騒乱を契機として、中国の圧政を世界に発信するため、抗議の焼身自殺を行うチベット人が急増します。

 チベットの状況について、多少なりとも関心のある人なら、炎に焼かれながら、魔物を追い払うべく降魔印の印相をとる釈迦の姿を見て、すぐに、抗議の焼身自殺を敢行するチベット人の姿を連想することでしょう。

 伝統的なタンカでは、中国絵画の影響もあって、15世紀以降、背景には緑と青を基調とした風景を描くのが主流となっていましたが(今回ご紹介の切手のタンカはその典型)、リグドゥは、そうした中国の“影響”が中国によるチベット植民地化の端緒になったとして、これを拒否し、「私の世界はあなたの死角にある」の背景は、金地にウチェン体(書体のひとつ)のチベット語経文で埋め尽くしています。

 チベット人としてのアイデンティティと中国に対する抵抗の意思が明確に示された作品ですが、そうした政治的な意図を抜きにしても、絵画作品として非常に美しく、特に、釈迦の身体を焼き尽くす炎の表現は実に見事です。


★ 放送出演・講演・講座などのご案内★

 4月12日(月) 05:00~  
 文化放送の「おはよう寺ちゃん 活動中」に内藤がコメンテーターとして出演の予定です。番組は早朝5時から9時までの長時間放送ですが、僕の出番は07:48からになります。皆様、よろしくお願いします。

 4月23日(金) 15:00~ 
 東京・浅草の東京都立産業貿易センター台東館で開催のスタンプショウ会場にて、拙著『切手でたどる郵便創業150年の歴史 vol.1 戦前編』の刊行記念トークを行います。入場無料・事前予約不要ですので、お気軽にご参加ください

 5月15日(土)~ 武蔵野大学の生涯学習講座
 5月15日、22日、6月5日、19日、7月3日、17日の6回、下記のふたつの講座でお話しします。 
 13:00~14:30 「日本の郵便150年の歴史 その1 ―“大日本帝国”時代の郵便事情―」
 15:15~16:45 「東京五輪と切手ブームの時代 ―戦後昭和社会史の一断面―」
 対面授業、オンラインのライブ配信、タイム・フリーのウェブ配信の3通りの形式での受講が可能です。詳細については、武蔵野大学地域交流推進室宛にメール(lifelong★musashino-u.ac.jp スパム防止のため、アドレスの@は★に変えています)にてお問い合わせください。

★ 『切手でたどる郵便創業150年の歴史 vol.1 戦前編』4月20日刊行! ★

      郵便創業150年の歴史ー1表紙 2530円(本体2300円+税)

 明治4年3月1日(1871年4月20日)にわが国の近代郵便が創業され、日本最初の切手が発行されて以来、150年間の歴史を豊富な図版とともにたどる3巻シリーズの第1巻。まずは、1945年の第二次大戦終戦までの時代を扱いました。今後、2021年11月刊行予定の第2巻では昭和時代(戦後)を、2022年3月刊行予定の第3巻では平成以降の時代を取り扱う予定です。

 ご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、本書の目次をご覧いただけるほか、アマゾン他、各ネット書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。 


★★ 内藤陽介の最新刊 『世界はいつでも不安定』 ★★

      世界はいつでも不安定・表紙カバー 本体1400円+税

 出版社からのコメント
 教えて内藤先生。
 地上波では絶対に伝えられない国際情勢の事実をユーモアを交えて解説!
 チャンネルくらら人気番組「内藤陽介の世界を読む」が完全書籍化!

 版元特設サイトはこちら。また、ご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、本書の目次をご覧いただけるほか、アマゾン他、各ネット書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。 

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 切手でたどる郵便創業150年の歴史 vol.1 戦前編
2021-04-07 Wed 00:24
 以前からご案内しておりました拙著『切手でたどる郵便創業150年の歴史 vol.1 戦前編』(日本郵趣出版 奥付上の刊行日は2021年4月20日)の現物ができあがりましたので、一言、ご挨拶申し上げます。(画像は表紙カバーのイメージ。クリックで拡大されます)

      郵便創業150年の歴史ー1表紙

 本年(2021年)は、明治4年3月1日(1871年4月20日)にわが国の近代郵便が創業され、日本最初の切手として龍文切手が発行されてから、150周年の節目の年にあたっております。

 そこで、この機会に、日本切手150年の歴史を振り返るとともに、そこから日本の社会と郵便の歴史についても考えてみようということで企画されたのが、本書を含む「切手でたどる郵便創業150年」シリーズです。

 その第1巻となる本書では、雑誌『郵趣』2018年4月号から2021年3月号に連載した拙稿「日本切手150年の歩み~郵便創業150年に寄せて」を元に、大幅に加筆したうえで、前史として江戸時代の飛脚について簡単にまとめるところから、明治4年の郵便創業を経て、昭和20(1945)年の敗戦までの日本切手史の歴史について扱いました。

 全体の構成としては、時代ごとのボリュームとして明治時代が全体の半分を占めることから、明治時代については、①黎明期(郵便創業から日も浅く、切手製造にもさまざまな変化が生じた手彫切手の時代。~1875年)と②発展期(西洋の技術が導入され、安定した切手製造が行われるようになった小判切手以降の時代。1876~1911年)の2章に分けたうえで、ついで③大正期(1912~26年)、④昭和戦前期(1926~45年)の各章をあわせた4章立てとし、原則として見開き単位で、それぞれの切手の物語をまとめました。

 なお、本書の制作にあたっては、数多くの収集家の方々ならびに関係機関等のご協力を得て、切手や郵便物はもとより、原画類などのアーカイブ資料等も豊富に掲載しております。あらためて、この場をお借りして、ご協力いただいた全ての皆様にお礼申し上げます。

 今後、「切手でたどる郵便創業150年」シリーズは、昭和戦後期(1946~89年)を扱った第2巻、平成以降(1989~2021年)を扱った第3巻を続けて刊行していく予定です。

 本書を通じて、150年にわたって蓄積されてきた日本切手の数々が、そのまま日本近現代史の証言者となっていることを、ひとりでも多くの方にご理解いただければ、筆者としてこれに勝る喜びはありません。

 つきましては、書店などで本書を見かけられましたら、ぜひ、お手に取ってご覧いただけると幸いです。また、この記事をお読みの方で、ご自身の関連するメディアなどで本書をご紹介いただける場合には、資料等をお送りいたしますので、本ブログ右側のメールフォームにて、お気軽にご連絡ください。

 なにとぞよろしくお願い申し上げます。

 *本書の「愛国切手」の項目については、後藤斉「寄付金つき切手の生みの親 土井英一」に多くを依拠しています。編集上の事情で、参考文献のデータとしては他の資料とともにシリーズ第3巻に記載しますが、「愛国切手」についての研究はあくまでも後藤氏が業績がベースになっていますので、その旨、ご了承ください。


★ 放送出演・講演・講座などのご案内★

 4月12日(月) 05:00~  
 文化放送の「おはよう寺ちゃん 活動中」に内藤がコメンテーターとして出演の予定です。番組は早朝5時から9時までの長時間放送ですが、僕の出番は07:48からになります。皆様、よろしくお願いします。

 4月23日(金) 15:00~ 
 東京・浅草の東京都立産業貿易センター台東館で開催のスタンプショウ会場にて、拙著『切手でたどる郵便創業150年の歴史 vol.1 戦前編』の刊行記念トークを行います。入場無料・事前予約不要ですので、お気軽にご参加ください

 5月15日(土)~ 武蔵野大学の生涯学習講座
 5月15日、22日、6月5日、19日、7月3日、17日の6回、下記のふたつの講座でお話しします。 
 13:00~14:30 「日本の郵便150年の歴史 その1 ―“大日本帝国”時代の郵便事情―」
 15:15~16:45 「東京五輪と切手ブームの時代 ―戦後昭和社会史の一断面―」
 対面授業、オンラインのライブ配信、タイム・フリーのウェブ配信の3通りの形式での受講が可能です。詳細については、武蔵野大学地域交流推進室宛にメール(lifelong★musashino-u.ac.jp スパム防止のため、アドレスの@は★に変えています)にてお問い合わせください。

★ 『切手でたどる郵便創業150年の歴史 vol.1 戦前編』4月20日刊行! ★

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 日米豪印仏の共同訓練“ラ・ペルーズ”はじまる
2021-04-06 Tue 03:05
 インド東方のベンガル湾で、きのう(5日)、わが国の海上自衛隊と米豪印仏の海軍による共同訓練“ラ・ペルーズ”が始まりました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      ソロモン諸島・ラペルーズ(1971)

 これは、1971年1月28日に英領ソロモン諸島が発行した“航海者とその船”の切手のうち、今回の共同訓練の名前の由来となったラ・ペルーズ伯ジャン=フランソワ・ド・ガロー(以下、ラ・ペルーズ)と彼の船“ブッソール”を描く1枚です。

 ロシアのクルーゼンシュテルン、英国のブロートンとともに世界三大航海士の一人とされるラ・ペルーズは、1741年8月23日、フランス南部のアルビ近郊で生まれました。1754-63年の七年戦争に従軍してイングランドと戦い、西インド諸島でイングランドのフリゲート艦エアリアルを撃破して、若くして准将に昇進しました。

 その後も北米でイングランドとの海戦に参加していましたが、1785年、国王ルイ16世から太平洋探検を命じられ、ブッソール号とアストロラブ号を率いて、同年8月1日、ブレストを出航。ホーン岬からスペイン領チリへ入り、イースター島、ハワイ諸島を経て、1786年6月、アラスカに上陸し、セント・イライアス山の周囲を探検しました。

 その後、南下して北カリフォルニア沿岸から太平洋を横断してマカオに到達。さらに、1787年4月9日、マニラで補給を行った後、台湾島沖から日本海に達し、ヨーロッパ人として初めて宗谷海峡を通過します。このため、ヨーロッパでは、宗谷海峡はラ・ペルーズが発見したとして、“ラ・ペルーズ海峡”と命名されました。

 宗谷海峡を抜けた後は、樺太からカムチャッカやアラスカの沿岸を経て南太平洋へ向い、1787年12月にサモア諸島に到達。そこから、オーストラリアのボタニー湾に至ったものの、すでに同地には英国艦隊が到達していたため、1788年3月10日、ニューカレドニア島、サンタクルーズ諸島、ソロモン諸島、ルイジアード諸島、そしてオーストラリア西岸と南岸を目指して出航しましたが、その途中で消息を絶ちました。

 ちなみに、16世紀以降、ソロモン諸島を含む南太平洋での西洋諸国の探検活動については、拙著『日本人に忘れられたガダルカナル島の近現代史』でもまとめておりますので、機会がありましたら、ぜひお手に取ってご覧いただけると幸いです。
 
 * 昨日(5日)の文化放送「おはよう寺ちゃん」の僕の出番は、無事、終了いたしました。リスナーの皆様には、この場をお借りして御礼申し上げます。次回は来週月曜日・12日に登場の予定です。引き続きよろしくお付き合いください。

★ 文化放送「おはよう寺ちゃん」 出演します!★

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 切手に見るソウルと韓国:名刹・内蔵寺
2021-04-05 Mon 00:58
 ご報告が遅くなりましたが、『東洋経済日報』2021年3月12日号が発行されました。僕の月一連載「切手に見るソウルと韓国」は、今回は、3月5日に全羅北道井邑市の名刹、内蔵寺での放火事件の直後の号でしたので、この切手をご紹介しました。(画像はクリックで拡大されます)

      韓国・内蔵寺

 これは、1972年12月10日に韓国が発行した国立公園シリーズ第3集の“内蔵山国立公園(内蔵寺)”の切手です。

 放火事件のあった内蔵寺は、636年、霊隠祖師が創建し、当初は霊隠寺と呼ばれていました。周囲は全羅北道の名山として知られる内蔵山国立公園の中にあります。

 内蔵山は、智異山・月出山などとともに、湖南地方(全羅道など)の5大名山の一つとして知られ、500年以上前の朝鮮王朝の時代から紅葉の名所として知られてきました。今回ご紹介の切手では、紅葉が始まった時期の山々を望む内蔵寺の境内が取り上げられています。なお、内蔵山は、紅葉の時季だけでなく、春には緑の山麓に咲く桜やつつじ、夏には山の緑、冬には雪景色など、年間を通じて楽しめる景勝地です。

 内蔵山は最高峰の神仙峰(763m)をはじめ9の峰で構成されており、望海峰(679m)の西南に突き出た蓮池峰(670m)の山中には湖南平野南部を潤す東津江の水源があります。また、蓮池峰に雲が立ち込めれば雨が来るという話が伝えられています。

 寺の山門である一柱門から先の境内には、かつては50を超える大伽藍がありました。ちなみに、一柱門から大雄殿の方へ向かうのとは別に、右に分かれた小道を上がっていくと、“古内蔵寺址”として地方記念物第73号に指定されている碧蓮庵があります。碧蓮庵は、660年に幻海禅師が創建した寺で、古くはこちらが内蔵寺と呼ばれていました。

 実は、現在の内蔵山は、古くは霊隠寺にちなんで霊隠山と呼ばれていたのですが、朝鮮王朝時代、山の中に隠されたものが無尽蔵にあるということから内蔵山と呼ばれるようになり、それに伴い、霊隠寺も内蔵寺に改称され、もともとの内蔵寺は白蓮庵と改称されたという経緯があります。白蓮庵は僧侶たちの学堂として使われていましたが、朝鮮王朝時代の書家、秋史・金正喜が碧蓮庵への改称を勧め、自ら扁額を書いたそうです。

 内蔵寺は、1592年、豊臣秀吉の朝鮮出兵の際に焼失しましたが、全州史庫から山中の金仙渓谷にある洞窟の“龍窟”に隠されていた『朝鮮王朝実録』は危うく難を逃れました。

 その後、寺は再建され、1768年には、全羅南道長興郡の宝林寺が廃寺になったことを受け、高さが1メートルほどの“朝鮮銅鐘”が内蔵寺の観音殿に移されます。この銅鐘は、現在、全羅北道の有形文化財に指定されており、今回の火災でも無事でした。

 1950-53年の朝鮮戦争では寺は再び全焼。戦後の1958年にはとりあえず大雄殿が再建され、その他の建物も1970年代までに再建されており、今回ご紹介の切手にも、この時に再建された伽藍が取り上げられています。

 ところが、2012年10月、漏電による火災で大雄殿が再び全焼し、堂内の仏像・仏画も焼失。井邑市の予算と市民の寄付など計25億ウォンが投入され、2015年7月に復元されたばかりでした。

 今回の火災ですが、道警察庁によると、容疑者の僧侶は、3月5日午後6時30分ごろ、内蔵寺の大雄殿にガソリンをまいて放火。最近、容疑者は寺の関係者たちとトラブルを起こしており、この日も事件現場の大雄殿内でいさかいがあったそうです。また、逮捕当時、容疑者は酒に酔った状態でした。

 放火により、大雄殿は全体が炎に包まれて全焼しましたが、消防によって、5日午後7時53分ごろ、大きな火は鎮火。人命被害はなく、山火事にも広がることもありませんでした。

 僧侶が自らの寺に火をつけた事件としては、日本では、1950年7月2日、林承賢による金閣寺放火事件が有名で、三島由紀夫『金閣寺』や水上勉『五番町夕霧楼』など文学作品の題材にもなっています。まぁ、放火事件そのものは不幸な出来事ではあるのですが、現在、世界的にも高い評価を得ている韓国映画界の中から、今回の事件を題材に秀れた作品が生まれてくるとしたら、それはそれで、怪我の功名ということになるのかもしれません。

 * 本日(5日)未明、アクセスカウンターが233万PVを超えました。いつも閲覧していただいている皆様には、あらためてお礼申し上げます。 

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 HAPPY EASTER!
2021-04-04 Sun 04:14
 きょう(4日)はイースター(復活祭)です。というわけで、こんな切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      ヴァティカン・イースター(2020)

 これは、2020年2月14日にヴァティカンが発行した同年のイースターの記念切手で、ローマのヴィットリオ・エマヌエーレ2世橋近くの壁に描かれたストリート・アートが取り上げられています。

 切手に取り上げられた“壁画”は、ドイツの画家、ハインリッヒ・ホフマン(1824-1911)の「キリスト昇天」を元に、キリストの胸の部分に“JUST USE IT”の文字が入った心臓の絵を組み合わせたもので、現代美術家のアレシア・バブロウが制作しました。

 ヴァティカンの切手・コイン政策の担当者、マウロ・オリヴィエリは、ある日、スクーターでローマ市内を移動中、たまたま見かけた“壁画”に強く惹かれるものを感じ、すぐにスクーターを停めて携帯で撮影(ネット上にその画像が公開されていますので、下に貼っておきます)。それを2020年のイースター切手の原画にすることを思いついたそうです。

      ヴァティカン・イースター(2020・元の絵)

 ただし、その時点では、ヴァティカン側に作者などについての情報が全くなかったため、オリヴィエリはローマ市内のストリート写真を数多く手がけている写真家のリタ・レスティフォに情報収集を依頼し、“壁画”の作者が現代美術家のアレシア・バブロウであることをつきとめ、バブロウから作品使用の許諾を得ています。そのうえで、“壁画”の雰囲気を損なわないよう、ラテン語でイースターを意味する“PASQUA”の文字や国名、年号、額面などの要素を加えて、切手の発行が実現しました。

 バブロウは2013年からストリート・アートを手掛けており、“JUST USE IT”の文字が入った心臓のモチーフは、今回の壁画以外にも用いられています。批評家からは、マリーナ・アブラモヴィッチとバンクシーをミックスしたような作風と評されることもあるようです。


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 台湾で特急脱線、50人死亡 
2021-04-03 Sat 02:19
 台湾花蓮県北部の大清水トンネル直前で、きのう(2日)、線路わきの土手から無人のトラックが落下して、交通部台湾鉄道管理局(台鉄)が運行する特急列車・太魯閣号と接触。一部の車両がトンネルの壁に衝突して先頭車両は縦半分になるほど大破し、運転士ら乗務員2人を含む50人が死亡し、146人が重軽傷を負い病院に運ばれました。50人という死者数は、1961年に嘉義県で死者48人を出した列車とバスの衝突事故を上回る、台湾史上最悪の鉄道事故となりました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      国立公園・タロコ10銭

 これは、1941年3月10日に発行された“次高タロコ国立公園”の切手のうち、太魯閣号の名前の由来ともなっている太魯閣峡を取り上げた1枚です。

 “次高タロコ国立公園”の切手は、内地の国立公園切手に倣い、当時、日本が統治していた台湾の国立公園も切手に取り上げてほしいとの要望に応えて発行されたものです。当時、台湾には国立公園が3カ所ありましたので、切手は、“大屯・新高 阿里山国立公園”と“次高タロコ国立公園”の2組に分けたうえ、各組4種ずつ、計8種発行されました。

 切手の原画となった写真は、1940年2-3月に、逓信省のカメラマン、鈴木登良吉が現地に出張して撮影したもので、今回ご紹介の切手には、3月17日午前、太魯閣峡の深水温泉付近で、立霧渓(塔格利渓とも)支流のトウサイ渓岸から望む風景が取り上げられています。
 
 なお、“次高・タロコ国立公園”は、日本の敗戦によりいったん廃止されましたが、1986年に旧国立公園のうちのタロコ地区が“太魯閣国家公園”に、1992年に雪山(日本の敗戦に伴い、次高山から改称)地区が“雪山国家公園”にそれぞれ指定され、現在にいたっています。

 今回事故を起こした特急列車の太魯閣号は、2007年2月の春節に際して臨時特急として台北-花蓮間で運転が開始され、同年5月8日から正式に営業運転(平日3往復、土休日4往復)がスタートしました。車両は、日本の日立製作所が製造しています。現在は、員林もしくは樹林から台北を経由して花蓮もしくは知本を結ぶ路線を走っており、今回の事故は、樹林駅から台東駅に向かう途中、和仁駅と崇徳駅間で発生しました。

 列車の命名にあたっては一般公募が行われ、“曙光/AURORA”、“飛魚/FLYING FISH EXPRESS”なども有力視されていましたが、沿線に景勝地として知られる太魯閣国家公園があることに加え、北京語、台湾語、客家語、先住民の言語、英語、日本語などの各言語での表記・発音が容易であることから、最終的に“太魯閣号”が採用されたそうです。

 あらためて、亡くなられた方の御冥福と負傷された方の一日も早い御快癒を心よりお祈り申し上げます。


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 “香港民主の父”ら7人に有罪判決
2021-04-02 Fri 11:34
 香港の裁判所は、きのう(1日)、2019年の逃亡犯条例改正案に反対するデモをめぐり、“香港民主の父”とも呼ばれた李柱銘氏、民主派の香港紙「蘋果日報」の創業者、黎智英氏天安門事件の追悼集会(毎年開催)の主催者、李卓人氏ら民主派7人に対し、違法な集会を組織・参加した罪で有罪判決を言い渡しました。これに対して、米国務省のプライス報道官は「米国は香港の基本的自由と民主的制度に対する中国の執拗な攻撃を非難し続ける」と強調しています。というわけで、きょうはこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      香港・米総領事館(1997)

 これは、“返還”直前の1997年2月21日、香港の米国総領事館から、米太平洋国防軍の野戦郵便局経由で米国宛に送られた郵便物で、国内郵便扱いとして、32セント切手が貼られています。

 現在の米国の対香港政策は、1990年に香港特別行政区基本法(基本法)が制定され、1997年の“返還”以降、50年間は、“一国二制度”の下、英国時代の制度を踏襲する“高度な自治”が維持される(=社会主義政策を実施しない)ことが制度的に決められたことを受けて、1992年に成立した米国香港政策法(政策法)が基本になっています。

 すなわち、米国の政策法は、基本法で規定された一国二制度が50年間維持されるという大前提の下に作られていますので、“返還”以前と同様の米香関係を続けていく、すなわち、香港に対して中国本土には与えていない優遇措置を与えるためには、一国二制度は守ってもらわないと困るというのが、基本的な立場です。

 たとえば、関税やヴィザに関して、香港は、中国には認められていない優遇措置が認められています。

 また、一応、名目上は中国大使がいるため、米国務省は“香港大使”というポストを置いていませんが、香港の総領事は大使級のポストと位置付けられていて、香港総領事は本国の東アジア担当国務次官補に直属の人事です。ちなみに、中国本土の総領事は、成都と広州と上海の瀋陽に置かれていますが、彼らは、北京の米国大使の部下という位置づけです。一方、香港も米国に“大使館”は置けませんが、中国とは別に“中国香港”という形式を取って、ワシントンとニューヨークとサンフランシスコに独自の経済貿易代理を置くことが認められています。このように、米国の認識では、あくまでも香港と中国は“(実質的に)別の国”だったわけです。

 したがって、近年、中国が香港に対して統制を強め、ついに、昨年(2020年)、「香港国家安全維持法」(国安法)を導入して“一国二制度”を骨抜きにしたのであれば、米国としても、政策法の大前提が崩れたため、香港との関係を全面的に見直さなければならず、“一国二制度”の維持を強く求めるのも当然のことといえます。

 なお、近年の米香関係については、拙著『世界はいつでも不安定』も1章を設けてまとめておりますので、機会がありましたら、ぜひお手に取ってご覧いただけると幸いです。


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 照ノ富士が大関返り咲き
2021-04-01 Thu 05:33
 日本相撲協会は、きのう(31日)、春場所で3度目の優勝を飾った関脇照ノ富士の大関昇進を全会一致で承認しました。平幕以下に落ちて大関に返り咲くのは、1977年初場所後に昇進した魁傑以来2人目、十両以下に落ちて大関に復帰するのは史上初の快挙です。というわけで、“奇跡の復活”にちなんで、こんな切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      モンゴル・バンコク展(2013)

 これは、2013年8月2日、タイのバンコクで開催された世界切手展<Thailand 2013>に際してモンゴルが発行した記念切手で、1999年に発行された開眼観音の切手に切手展のロゴと、旧額面(1000トゥグルグ)を抹消して新額面(1500トゥグルグ)に変更する加刷が施されています。

 ガンダン寺の名で知られるガンダン・テクチェンリン僧院は、チベット・モンゴル仏教の総本山として1838年に第5代活仏のボグド・ジェブツンダンバによってウランバートルの高台に建立されました。

 ガンダン寺の開眼観音は、もともと、ボグド・ハーンとして知られる第8代活仏が1914年に盲目となった際、その治癒を祈って建立されました。当時の像は、約20トンの銅、45キロの金、56キロの銀、500個の宝石が使われ、高さ28メートル。世界最大の仏像とたたえられ、内部にはおびただしい数の経典が収められていました。

 ところで、ボグド・ハーンは、1911年の辛亥革命を機にモンゴルが清朝から独立宣言した際、モンゴル諸侯に推戴されてモンゴルの皇帝(ハーン)として即位したことに伴う尊称で、それ以前の彼は“聖人様”を意味するボグド・ゲゲーンの称号で呼ばれていました。

 しかし、モンゴルの独立を認めない中華民国は、1919年、モンゴルに侵攻。ボグド・ハーンを退位させ、私邸に軟禁します。これに対して、1921年、ソ連赤軍の支援を受けたモンゴル人民党(後にモンゴル人民革命党)のダムディン・スフバートルによる独立闘争の結果、モンゴルが再独立すると、ボグド・ハーンは推戴されて皇帝に復位。ただし、再独立後の政府の実権はスフバートルらが掌握しており、ボグド・ハーンの権限は以前に比べて大幅に制限されました。

 1924年4月、ボグド・ハーンが亡くなると、コミンテルンの指導を受けたモンゴル人民革命党は、同党による一党独裁の社会主義国を宣言。同年11月26日、ソ連の衛星国としてのモンゴル人民共和国が誕生し、活仏の転生も否定されてしまいました。これに対して、1939年、やはり中国からの独立を宣言していたチベット政府は、1932年生まれのジャンペルナムドゥル・チューキゲンツェンを第9代活仏として認定。モンゴルの社会主義政権はこれを頑なに否定していましたが、社会主義政権崩壊後の1990年、当時のオチルバト大統領からの照会に対し、チベット亡命政府のダライ・ラマ14世が改めてジェプツンダンパ9世として認定し、モンゴルの活仏は復活しました。

 さて、社会主義政権下のモンゴルでは仏教寺院の大弾圧が進められました。ガンダン寺も1937-38年にかけて観音堂などが破壊され、観音像は、1938年10月、ソ連赤軍第17連隊によって倒され、レニングラードに持ち去られてしまい、その後、行方不明となりました。なお、ガンダン寺の宗教活動は、1944年に再開を許されたものの、社会主義政権の崩壊まで、厳しい管理下に置かれていました。

 切手に取り上げられた観音像は、社会主義政権崩壊後の1990年に再建が企画され、1996年に完成したもので、エルデネト鉱山で採掘された銅に金メッキが施されており、モンゴル独立の象徴となっています。

 なお、モンゴルの仏像切手については、拙著『切手が伝える仏像:意匠と歴史』でもいろいろ解説しておりますので、機会がありましたら、ぜひ、ご覧いただけると幸いです。


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