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内藤陽介 Yosuke NAITO
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 ミャンマー軍、イオン系列現地法人の日本人幹部ら拘束
2024-07-02 Tue 06:16
 ミャンマー国軍は、6月30日、コメを不当に高い価格で販売したとして、“イオンオレンジ(スーパー大手のイオンとミャンマー企業との合弁会社として2016年に設立)”の笠松洋・商品本部長ら小売企業の関係者計11人を拘束したと発表しました。というわけで、ミャンマー(ビルマ)のコメ関係の切手として、この1枚を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      ビルマ・農耕(1938)

 これは、英領ビルマ時代の1938年11月15日に発行された3アンナ6パイサの普通切手で、水牛による水田耕作が描かれています。

 詳細については、こちらをクリックして、内藤総研サイト内の当該投稿をご覧ください。内藤総研の有料会員の方には、本日夕方以降、記事の全文(一部文面の調整あり)をメルマガとしてお届けする予定です。


★ 放送出演・講演・講座などのご案内 ★

 7月4日(木) 19:00~ 日本ウイグル協会・追悼集会
 東京・四谷のTKPスター貸会議室 四谷2にて開催の緊急特別講演会「7.5ウルムチ虐殺から15年、中国のウイグル政策がどこへ向かうのか」(日本ウイグル協会主催)にて、「ウルムチ虐殺以降の中国のウイグル政策がどこに向かっているのか」と題して、内藤がお話します。参加無料。お申し込みなどの詳細はこちらをご覧ください。

 7月8日(月) 10:00~ ニッポンジャーナル
 インターネット番組「ニッポンジャーナル」に内藤藤がコメンテーターとして出演の予定です。皆様、よろしくお願いします。

 7月12日(金) 05:00~  おはよう寺ちゃん
 文化放送の「おはよう寺ちゃん」に内藤がコメンテーターとして出演の予定です。番組は早朝5時から9時までの長時間放送ですが、僕の出番は6時からになります。皆様、よろしくお願いします。


 ★★★ 全日本切手展のご案内  ★★★ 

 7月13-15日(土-月・祝) 東京・錦糸町のすみだ産業会館で全日本切手展(全日展)が開催されます。今回は、内藤がオスロ合意後のパレスチナ自治政府の郵便史を題材としたコレクションを展示します。展覧会の情報は全日本切手展のオフィシャルサイトなどで、随時アップしていきますので、よろしくお願いいたします。

      全日本切手展2025

★ 7月20日(土) 13:30~  栃木「正論」友の会 第22回講演会 ★
 7月20日 (土) 13:30-15:00(開場13:00)、栃木県護国神社・護国会館(宇都宮市陽西町1-37)で開催の栃木「正論」友の会 第22回講演会にて、「迷走する国際情勢の背景を読み解く」と題してお話しします。会費は2000円。お申し込みは、下記画像のチラシをプリントアウトして、03-3241-4281までFAXでご送信いただくか、 seiron.k★sankei.co.jp (スパム防止のため★を@に変えてご利用ください)に必要事項をお送りください。 皆様のご参加をお待ちしております。

      正論の会・チラシ

 よみうりカルチャー 荻窪
 宗教と国際政治 原則毎月第1火曜日 15:30~17:00
 時事解説を中心とした講座です。詳細はこちらをご覧ください。

 謀略の世界史 原則毎月第1土曜日 13:00~14:30
 MI6、CIA、モサドなど各国の情報機関のあらましや、現代史の中で彼らが実際に関与した事件などを幅広くご紹介していきます。詳細はこちらをご覧ください。

 武蔵野大学のWeb講座 
 大河企画の「日本の歴史を学びなおす― 近現代編」、引き続き開講中です。詳細はこちらをご覧ください。 

 「龍の文化史」、絶賛配信中です。龍/ドラゴンにまつわる神話や伝説は世界各地でみられますが、想像上の動物であるがゆえに、それぞれの物語には地域や時代の特性が色濃く反映されています。世界の龍について興味深いエピソードなどを切手の画像とともにご紹介していきます。詳細はこちらをご覧ください。

 ★ 『切手もの知り図鑑 一番切手50のエピソード』 好評発売中!★

      切手もの知り図鑑 一番切手50のエピソード

 「動物と植物」「科学技術」「社会と文化」「神話/伝説と宗教」の4章立てで、犬、猫、宇宙開発、飛行機、クリスマスといったテーマで、初めて描かれた切手図案にまつわる秘話、思いがけない発行に至る背景に加え、シーラカンスやテレビ、警察官、タトゥー、髑髏といった、あっと驚く意外なテーマの一番切手も登場します!

 * ご予約・ご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、本書の目次をご覧いただけるほか、アマゾン他、各ネット書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。

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 ミャンマー正月
2024-04-14 Sun 07:46
 ミャンマーの伝統的な新年をお祝いする春の正月祭り“TOKYO ダジャン祭り”が、きょう(14日)、東京・江東区の都立木場公園で開催されます。というわけで、今日はこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      ミャンマー・ダジャン(2019)

 これは、2019年4月5日、ミャンマーが発行した“季節の花と年中行事”の切手のうち、セイロンテツボクとビルマカリン(オオミカリンとも)の花と、ミャンマーの伝統的な新年を祝う“ダジャンの水かけ祭り”が描かれています。

 詳細については、こちらをクリックして、内藤総研サイト内の当該投稿をご覧ください。内藤総研の有料会員の方には、本日夕方以降、記事の全文(一部文面の調整あり)をメルマガとしてお届けする予定です。
 

★ 放送出演・講演・講座などのご案内 ★

 4月19日(金) 10:00~ ニッポンジャーナル
 インターネット番組「ニッポンジャーナル」に内藤がコメンテーターとして出演の予定です。皆様、よろしくお願いします。

 4月26日(金) 05:00~  おはよう寺ちゃん
 文化放送の「おはよう寺ちゃん」に内藤がコメンテーターとして出演の予定です。番組は早朝5時から9時までの長時間放送ですが、僕の出番は6時からになります。皆様、よろしくお願いします。

 4月26-28日(金-日) スタンプショウ 2024
 毎年恒例、東京・浅草で開催の世界切手祭り・スタンプショウの会期中、以下の日程でトークイベントを行います。事前予約不要・参加費無料ですので、ぜひご参加ください。なお、スタンプショウの詳細は主催者サイトをご覧ください。

 4月26日(金) 14:30-15:30 「セント・ジョージの龍退治:ソヴリン金貨と切手」
 4月27日(土) 11:00-12:00 『切手もの知り図鑑 一番切手50のエピソード』出版記念講演
 4月27日(土) 12:30-13:30 「加賀・能登と戦後の記念切手」


 4月29日(月・祝) 謀略の世界史 特別編~リヒャルト・ゾルゲ
 毎月第1土曜日に開催している講座、「謀略の世界史」の特別編として、戦前の日本を震撼させたソ連のスパイ、リヒャルト・ゾルゲについてお話しします。詳細はこちらをご覧ください。

 よみうりカルチャー 荻窪
 宗教と国際政治 原則毎月第1火曜日 15:30~17:00
 時事解説を中心とした講座です。詳細はこちらをご覧ください。

 謀略の世界史 原則毎月第1土曜日 13:00~14:30
 MI6、CIA、モサドなど各国の情報機関のあらましや、現代史の中で彼らが実際に関与した事件などを幅広くご紹介していきます。詳細はこちらをご覧ください。

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 大河企画の「日本の歴史を学びなおす― 近現代編」、引き続き開講中です。詳細はこちらをご覧ください。 

 「龍の文化史」、絶賛配信中です。龍/ドラゴンにまつわる神話や伝説は世界各地でみられますが、想像上の動物であるがゆえに、それぞれの物語には地域や時代の特性が色濃く反映されています。世界の龍について興味深いエピソードなどを切手の画像とともにご紹介していきます。詳細はこちらをご覧ください。

 ★ 『切手もの知り図鑑 一番切手50のエピソード』 5月1日刊行!★

      切手もの知り図鑑 一番切手50のエピソード

 「動物と植物」「科学技術」「社会と文化」「神話/伝説と宗教」の4章立てで、犬、猫、宇宙開発、飛行機、クリスマスといったテーマで、初めて描かれた切手図案にまつわる秘話、思いがけない発行に至る背景に加え、シーラカンスやテレビ、警察官、タトゥー、髑髏といった、あっと驚く意外なテーマの一番切手も登場します!

 * スタマガネット内の特設ページにて予約受付中ですので、よろしくお願いします。

 ★ 『今日も世界は迷走中』 オーディオブックに! ★

      今日も世界は迷走中audible

 拙著『今日も世界は迷走中』がAmazonのオーディオブック“Audible”として配信されました。会員登録すると、最初の1冊は無料で聴くことができます。お申し込みはこちらで可能です。

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 ミャンマー国軍と少数民族、“一時停戦”で合意
2023-12-15 Fri 08:09
 中国外務省は、きのう(14日)、ミャンマー北東部のシャン州で国軍と武力衝突を続けていた“ミャンマー民族民主同盟軍(MNDAA)”、“タアン民族解放軍(TNLA)”、“アラカン軍(AA)”の3勢力が、中国の仲介によって一時停戦に合意したと発表しました。というわけで、今日はこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      ミャンマー・パラウン州解放機構軍

 これは、今回の一時停戦に合意したTNLAの母体、“パラウン州解放戦線(PSLF)”の前身にあたる“パラウン州解放機構軍(PSLO)”が1970年代に制作した“切手”です。ただし、PSLOが実際に自らの実効支配地域で住民に対する郵便サービスを提供していたか否かはかなり疑わしく、実態としては、彼らの存在を内外に誇示するためのラベルという性格のものと考えて良いのではないかと思います。

 詳細については、こちらをクリックして、内藤総研サイト内の当該投稿をご覧ください。内藤総研の有料会員の方には、本日夕方以降、記事の全文(一部文面の調整あり)をメルマガとしてお届けする予定です。

 * 昨日(14日)、アクセスカウンターが262万PVを超えました。いつも閲覧していただいている皆様には、あらためてお礼申し上げます。

★ 放送出演・講演・講座などのご案内 ★

 12月18日(月) 10:00~ ニッポンジャーナル
 インターネット番組「ニッポンジャーナル」に内藤がゲスト出演の予定です。皆様、よろしくお願いします。

 12月22日(金) 05:00~  おはよう寺ちゃん
 文化放送の「おはよう寺ちゃん」に内藤がコメンテーターとして出演の予定です。番組は早朝5時から8時までの長時間放送ですが、僕の出番は6時からになります。皆様、よろしくお願いします。

 よみうりカルチャー 荻窪
 宗教と国際政治 原則毎月第1火曜日 15:30~17:00
 時事解説を中心とした講座です。詳細はこちらをご覧ください。

 謀略の世界史 原則毎月第1土曜日 13:00~14:30
 MI6、CIA、モサドなど各国の情報機関のあらましや、現代史の中で彼らが実際に関与した事件などを幅広くご紹介していきます。詳細はこちらをご覧ください。

 武蔵野大学のWeb講座 
 大河企画の「日本の歴史を学びなおす― 近現代編」、引き続き開講中です。詳細はこちらをご覧ください。 

 「龍の文化史」、絶賛配信中です。龍/ドラゴンにまつわる神話や伝説は世界各地でみられますが、想像上の動物であるがゆえに、それぞれの物語には地域や時代の特性が色濃く反映されています。世界の龍について興味深いエピソードなどを切手の画像とともにご紹介していきます。詳細はこちらをご覧ください。


★ 『龍とドラゴンの文化史』 12月26日発売!★

      龍とドラゴンの文化史・帯なし

 辰年にちなんで、中国 の龍を皮切りに、 日本 、朝鮮、琉球、東南アジア、キリスト教世界など、世界の龍について、そのベースとなる文化史や興味深いエピソードなどを切手とともにご紹介します。

 * ご予約・ご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、本書の目次をご覧いただけるほか、アマゾン他、各ネット書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。


★ 『今日も世界は迷走中』 好評発売中!★

      今日も世界は迷走中

 ウクライナ侵攻の裏で起きた、日本の運命を変える世界の出来事とは!内藤節炸裂。

 * ご予約・ご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、本書の目次をご覧いただけるほか、アマゾン他、各ネット書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。

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 ミャンマー国軍、非常事態宣言を半年延長
2022-02-02 Wed 08:52
 きのう(1日)、ミャンマー軍事政権トップのミンアウンフライン総司令官は、2021年2月1日のクーデターから1年になるのを機に国民向けに演説し、クーデター後に1年間の予定で発動した非常事態宣言の半年間延長を発表しました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      ミャンマー・伝統衣装(2021)

 これは、2021年12月8日、クーデター後のミャンマーで発行された“インワ王朝(アヴァ王朝)時代の伝統衣装”の切手です。

 詳細については、こちらをクリックして、内藤総研サイト内の当該投稿をご覧ください。なお、内藤総研の有料会員の方には、本日夕方以降、記事の全文(一部文面の調整あり)をメルマガとしてお届けする予定です。


★ 放送出演・講演・講座などのご案内 ★

 2月7日(月) 05:00~  おはよう寺ちゃん
 文化放送の「おはよう寺ちゃん」に内藤がコメンテーターとして出演の予定です。番組は早朝5時から9時までの長時間放送ですが、僕の出番は07:48からになります。皆様、よろしくお願いします。

 2月15日(火) 19:00~ 内藤陽介×掛谷英紀オンライントークイベント
 掛谷英紀先生と2022年の“世界”を語る『読書人』のオンラインイベントです。お申し込みなどの詳細は、こちらをご覧ください。

 武蔵野大学のWeb講座 2021年12月1日~2022年2月8日
 「日本の歴史を学びなおす― 近現代編その1 ― 黒船来航」

 12月1日から2月8日まで、計7.5時間(30分×15回)の講座です。お申し込みなどの詳細は、こちらをご覧ください。


★ 期間限定の無料サービス、ぜひご活用ください! ★

      世界はいつでも不安定・表紙カバー

 2月1日から3月31日まで、拙著『世界はいつでも不安定 国際ニュースの正しい読み方』(ワニブックス)が電子書籍版アマゾン・アンリミテッドの対象になっております。期間中、アマゾンKindle Unlimited会員限定ですが、無料で読み放題となりますので、この機会に、ぜひ、こちらをクリックしてご活用ください。

★ 『切手でたどる郵便創業150年の歴史 vol.2 戦後編』 好評発売中! ★

      切手でたどる郵便創業150年の歴史②表紙 2530円(本体2300円+税)

 明治4年3月1日(1871年4月20日)にわが国の近代郵便が創業され、日本最初の切手が発行されて以来、150年間の歴史を豊富な図版とともにたどる3巻シリーズの第2巻。まずは、1945年の第二次大戦終戦までの時代を扱った第1巻に続き、第二次大戦後の1946年から昭和末の1989年までを扱っています。なお、2022年3月刊行予定の第3巻では平成以降の時代を取り扱う予定です。

 * ご予約・ご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、本書の目次をご覧いただけるほか、アマゾン他、各ネット書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。 

 ★★ 書籍無料ダウンロードを装った違法サイトにご注意ください!★★

 最近、拙著『切手でたどる郵便創業150年の歴史』をPDF化して、無料でダウンロードできるかのように装い、クレジットカード情報を盗み取ろうとする違法サイトの存在が確認されました。

 この種のサイトは多種多様な出版物を無許可で取り扱っているものと思われます。

 内藤および拙著の出版元・販売元ではこのような行為は一切認めておらず、フィッシング詐欺等に巻き込まれる可能性もありますので十分ご注意ください。

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 ミャンマー代表選手、日本政府に保護要請
2021-06-17 Thu 10:26
 サッカーワールドカップ(W杯)アジア2次予選に参加するため、日本に滞在していたミャンマー代表のピエリアンアウン選手が、きのう(16日)、軍事政権下のミャンマーへの帰国を拒否し、日本政府に保護を求めました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      ビルマ・第2回東南アジア競技大会(サッカー等)

 これは、1961年11月12日、ラングーンで開催された第2回東南アジア競技大会(当時の大会名称は東南アジア半島競技大会)に際して、開催国のビルマ(当時)が発行した記念切手のうち、サッカーと棒高跳び、砲丸投げを描く切手で、ビルマとしては最初のサッカー切手になります。

 現在のミャンマーの地に西洋式のサッカーを伝えたのは、1870年代から1920年代にかけて現地で活動していた英国人ジャーナリストのジェームズ・ジョージ・スコットとされています。

 1930年代以降、サッカーは英領ビルマで最もポピュラーなスポーツの一つとなり、独立前年の1947年にはビルマサッカー協会が結成されます。同連盟は1952年にはFIFAに加盟。東南アジア競技大会では、今回ご紹介の切手の題材となった第2回大会で準優勝となった後、1965年の第3回大会から1973年のシンガポール大会まで5連覇、アジア競技大会では1966年および1970年の2大会で連覇するなど、かつてのビルマはアジアの強豪国の一つとして知られていました。

 しかし、1970年代以降、ネ・ウィン軍事政権下での経済停滞の影響や事実上の鎖国政策による対外思案の制限などにより、ビルマのサッカーは長い低迷期に入ります。

 その後、2011年の民政復帰を経て、ようやく、サッカー再建も図られるようになり、2016年の東南アジアサッカー選手権ではベスト4に入るなど、近年は徐々に復活の兆しも見えていました。

 ところが、2020年以降、新型コロナ禍の影響や、本年3月の軍事クーデターへの抗議の意思を示すなどの理由から、有力選手が代表チームへの参加をあいついで拒否。このため、今回、日本で行われたW杯アジア予選に派遣された代表チームも二線級の選手を中心に構成され、その結果として、5月28日の日本戦では0-10、6月11日のキルギス戦では1-8、同15日のタジキスタン戦では1-4と、いずれも大敗しています。また、今回、保護を求めたピエリアンアウン選手は、5月28日の日本戦では国歌斉唱の際、軍事政権への抗議の意思を表す3本指を掲げている姿が報道され、注目を集めていました。

 くしくも、日本とミャンマーの試合があった5月28日には、出入国在留管理庁が、国内のミャンマー人がクーデターによる情勢不安を理由に日本にとどまることを希望する場合、在留や就労を認める緊急避難措置を開始。同選手は他のミャンマー選手とともに16日深夜に関西空港から帰国の途につくことになっていましたが、空港で日本政府に保護を求め、近く難民認定を申請する見通しだそうです。 


★★★ 全日本切手展のご案内  ★★★ 

 昨年(2020年)はコロナ禍で中止のやむなきに至った全日本切手展(全日展)ですが、本年は、6月25-27日(金-日) 東京・錦糸町のすみだ産業会館で開催されます。詳細は切手展の公式HPをご覧ください。

      全日展2021・アイキャッチ


★ 放送出演・講演・講座などのご案内★

 6月21日(月) 05:00~  おはよう寺ちゃん
 文化放送の「おはよう寺ちゃん」に内藤がコメンテーターとして出演の予定です。番組は早朝5時から9時までの長時間放送ですが、僕の出番は07:48からになります。皆様、よろしくお願いします。

 7月3日(土)~ 武蔵野大学の生涯学習講座
 7月3日・10日・17日・24日・31日、8月7日の6回、下記のふたつの講座でお話しします。 

 13:00~14:30 「日本の郵便150年の歴史 その1 ―“大日本帝国”時代の郵便事情―」
 15:15~16:45 「東京五輪と切手ブームの時代 ―戦後昭和社会史の一断面―」
 対面授業、オンラインのライブ配信、タイム・フリーのウェブ配信の3通りの形式での受講が可能です。お申し込みを含め、詳細については、こちらをクリックしてご覧ください。


★ 『誰もが知りたいQアノンの正体』 好評発売中! ★

      誰もが知りたいQアノンの正体 1650円(本体1500円+税)

 出版社からのコメント
 なぜQアノンにみんなハマったのか?
 ネットならではの引き寄せ構造と、現代格差社会の生んだ分かりやすい解釈。
 これは米国だけじゃない!
 人はみんなQを求めている!? (笑)

 * 編集スタッフの方が個人ブログで紹介してくれました。こちらをご覧ください。

 ご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、本書の目次をご覧いただけるほか、アマゾン他、各ネット書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。 

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 改正国民投票法が成立
2021-06-12 Sat 05:51
 改憲の是非を問う国民投票の利便性を向上させるため、駅や商業施設でも投票できる「共通投票所」の導入など、公選法に規定済みの7項目を新設した改正国民投票法が、きのう(11日)、参院本会議で成立しました。というわけで、国民投票関連の切手の中からこの1枚です。(画像はクリックで拡大されます)

      ミャンマー・国民投票(2008)

 これは、2008年5月9日にミャンマーが発行した憲法改正のための国民投票の記念切手で、投票する人々が描かれています。

 1962年のクーデター以降、ビルマはネ・ウィン将軍率いるビルマ社会主義計画党(BSPP)が政権を握り、独自の社会主義政策を採る軍事独裁国家でした。ネ・ウィンは1981年に大統領職を辞するものの、1988年まで軍事独裁体制を維持し、社会主義政策の失敗により経済状況は悪化の一途をたどりました。

 このため、1988年3月12日、ラングーン工科大学(YTU, 現:ヤンゴン工科大学)付近の喫茶店で学生と地域の有力者の息子らとの口論から学生デモが発生。これを鎮圧しようとした治安部隊の発砲により、学生側に死者が発生したことで、ネ・ウィン退陣と民主化を求める大衆運動が全土に波及し、同年7月、ネ・ウィンはBSPP議長を退かざるを得なくなりました。

 その後、同年9月18日に国軍最高司令官ソウ・マウン率いる軍部がクーデターにより政権を掌握。ソウ・マウンは総選挙の実施を公約するとともに、国民統一党を結成して体制維持を図ります。一方、アウンサンスーチーら民主派は国民民主連盟 (NLD) を結成したものの、アウンサンスーチーは選挙前の1989年に自宅軟禁されました。なお、軍政側が国号を現行のミャンマー連邦に変更したのは、1989年6月18日のことです。
 
 さて、1988年クーデター時の公約通り、1990年5月27日、総選挙が実施されると、NLDと民族政党が圧勝。しかし、軍政は選挙結果に基づく議会招集を拒否して民主化勢力を弾圧し、その後も軍政が継続しました。

 2007年10月12日、ソー・ウィン首相が亡くなると、後任の首相に就任したテイン・セインは軍政主導の政治体制の改革を開始。その一環として、2008年5月10日、新憲法案についての国民投票が実施されます。投票直前の3日には大型サイクロンが発生して大きな被害が出ていましたが、軍政は一部地域を覗いて、10日に憲法草案に関する国民投票を強行。その結果、92.4%の賛成を得て、新憲法が採択されました。ちなみに、今回ご紹介の記念切手は、投票日前日の9日に発行されています。

 2008年憲法は複数政党制を認めていたものの、2院制の人民代表院と民族代表院の議席のうち、4分の1は国軍司令官が指名する軍人議席に充てられていました。この軍人議席には、軍籍を離脱して親軍政党を組織した候補者が獲得した議席は含まれませんから、実質的に、国軍支持派が過半数を占めるには選挙で残りの3分の1を獲得すればよいことになります。

 2008年憲法下での最初の総選挙は2010年11月に実施され、総選挙の終了後、アウンサンスーチーの自宅軟禁も解除されます。テイン・セインは、翌2011年3月30日、総選挙の結果を受けて召集された連邦議会の議決を経て大統領に就任し、軍政時代の国家平和発展評議会 (SPDC) は解散し、その権限は新政府に移譲され、民政復帰が実現します。

 2015年11月8日には、民政復帰後では初めてとなる総選挙が実施され、アウンサンスーチーを党首とするNLDが圧勝。2008年憲法では、配偶者が外国人の場合は大統領に就任できないため、英国人と結婚している彼女は大統領になれないため、2016年3月10日の連邦議会では、側近のテイン・チョーが大統領候補に指名され、54年ぶりの文民政権が復活しました。一方、アウンサンスーチーは、憲法に規定のない国家顧問に就任するとともに、外務大臣、大統領府大臣を兼任して政権の実権を掌握していました。

 こうした背景の下、2020年11月に実施された総選挙では、アウンサンスーチー率いるNLDが改選476議席の8割を超す396議席を獲得し、ミャンマー国軍系の最大野党、連邦団結発展党(USDP)は33議席に留まります。

 もっとも、NLD政権は少数民族武装勢力との和平協議を進展させることができなかったことから、事前予測では与党の苦戦が予想されていました。また、選挙は新型コロナウイルス禍が深刻な最中に実施されましたが、これについても、選挙の延期を主張するUSDPの反対を押し切り、街頭演説を大幅に制限して敢行されたほか、西部ラカイン州に住む多数のロヒンギャは不法移民として選挙権が認められなかったり、少数民族政党が地盤とする一部地域の投票が治安上の問題を理由に取り消されたため、100万人以上が投票権を剥奪されるなど、選挙の公正性をめぐる懸念の声も挙がっていました。

 こうした状況をとらえ、選挙結果を不服とする軍部は、裏付ける証拠はほとんどないにも関わらず「不正選挙が行われた」と主張。総選挙後の初の議会が開かれるはずだった2021年2月1日軍事クーデターを起こし、ウィンミン大統領やアウンサンスーチー国家顧問を拘束。軍出身のミンスエ第一副大統領が大統領代行(暫定大統領)に就任したうえで、憲法417条の規定に基づいて1年間を期限とする非常事態宣言の発出を命じる大統領令が発せらて、ミン・アウン・フライン国軍総司令官に立法、行政、司法の三権が委譲されます。ミン・アウン・フラインは直ちに国家行政評議会を設立し、自ら議長に就任。これに対して、各地でクーデターに抗議するデモが相次ぎ、国際社会も軍事政権を厳しく非難していることは周知のとおりです。


★ 放送出演・講演・講座などのご案内★

 6月14日(月) 05:00~  おはよう寺ちゃん
 文化放送の「おはよう寺ちゃん」に内藤がコメンテーターとして出演の予定です。番組は早朝5時から9時までの長時間放送ですが、僕の出番は07:48からになります。皆様、よろしくお願いします。

 7月3日(土)~ 武蔵野大学の生涯学習講座
 6月5日開講の予定だった下記の講座は、新型コロナウイルス対応の特別措置法に基づく緊急事態宣言の再延長に伴い、開講日(対面授業の初回の日)が7月3日に再延期になりました。詳細が決まりましたら、このブログでもご案内いたしますので、今しばらくお待ちください。なお、対面授業の時間割は、土曜日の同じ時間帯で変更はありません。

 13:00~14:30 「日本の郵便150年の歴史 その1 ―“大日本帝国”時代の郵便事情―」
 15:15~16:45 「東京五輪と切手ブームの時代 ―戦後昭和社会史の一断面―」
 対面授業、オンラインのライブ配信、タイム・フリーのウェブ配信の3通りの形式での受講が可能です。お申し込みを含め、詳細については、こちらをクリックしてご覧ください。(現在は旧日程が掲載されておりますので、ご注意ください)

 ご不便をおかけしますが、よろしくお願いします。


★ 『誰もが知りたいQアノンの正体』 好評発売中! ★

      誰もが知りたいQアノンの正体 1650円(本体1500円+税)

 出版社からのコメント
 なぜQアノンにみんなハマったのか?
 ネットならではの引き寄せ構造と、現代格差社会の生んだ分かりやすい解釈。
 これは米国だけじゃない!
 人はみんなQを求めている!? (笑)

 * 編集スタッフの方が個人ブログで紹介してくれました。こちらをご覧ください。

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 ミャンマーの空軍基地にロケット弾
2021-04-30 Fri 04:41
 今年(2021年)2月1日に発生した軍事クーデターに対して抗議行動が続いているミャンマーで、きのう(29日)、中部のマグウェとメイッティーラ(メイクテーラとも)にある空軍基地がロケット弾などで攻撃されました。この記事を書いている時点では、誰が攻撃したのかはわかっていません。というわけで、きょうはこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      マンダレーからメイッティ―ラ宛

 これは、先の大戦末期の1945年7月8日、マンダレーからメイッティ―ラの英軍駐屯地宛のカバーで、英軍政下で使用された“MILY ADMIN”加刷の切手が貼られています。

 1945年1月、インパール作戦に敗れた日本の第15軍はマンダレー付近のイラワジ川(現エーヤワディー川)の線まで後退。ここで、イラワジ川を防衛線として英軍を撃滅するという強気の作戦(盤作戦)を立てました。
 
 しかし、すでに日本側の損耗は激しかったことに加え、この時期のミャンマー中部は乾季で、制空権を失い、機動力のない日本軍は作戦開始時から不利な状況にありました。そうした中で、2月17日、英第4軍団はチンドウィン川とイラワジ川の合流点の下流で渡河し、第17インド師団と第255インド機甲旅団が第15軍の背後に位置する要衝、メイッティーラへ向けて突進。3月3日、英軍はメイッティ―ラを制圧します。

 その後、日本軍はシャン高原から部隊を派遣してメイッティ―ラ奪還を試みたものの、英機械化部隊の前に大きな打撃を被り、3月28日、メイッティ―ラの奪還を断念。盤作戦は中止され、第15軍はシャン高原へ後退しました。

 さて、日本軍が撤退した地域では、英軍が軍政を施行。郵便に関しては、戦前の切手などに“(英)軍政”を示す“(BRITISH) MILY ADMN”の文字を加刷したものを発行・使用しました。こうした加刷切手は、日本軍が降伏した1945年9月以降はビルマ全土で使われることになりますが、今回のカバーは、日本降伏以前の1945年7月、まだ一部に日本の占領地が残っていた時期の使用例というのがミソです。

 さて、2月1日のクーデター後のミャンマーでは、少数民族の武装勢力がデモ隊を支持して軍の拠点をへの攻撃を繰り返し、軍が空爆などで報復するという状況が続いてます。たとえば、北部のカチン州では、29日までに6日連続で軍による空爆が続いて5000人以上の住民が避難する事態になっていますが、これに対して、28日には武装勢力の攻撃により軍側に40人の死者が発生。すると、軍はより一層の空爆で報復するといった具合で、このまま対立が激化すれば、ミャンマー全土で本格的な内戦に突入しかねない情勢です。

 * 本日(30日)未明、アクセスカウンターが234万PVを超えました。いつも閲覧していただいている皆様には、あらためてお礼申し上げます。 


★ 放送出演・講演・講座などのご案内★

 5月3日(月) 05:00~  
 文化放送の「おはよう寺ちゃん」に内藤がコメンテーターとして出演の予定です。番組は早朝5時から9時までの長時間放送ですが、僕の出番は07:48からになります。皆様、よろしくお願いします。

 5月15日(土)~ 武蔵野大学の生涯学習講座
 5月15日、22日、6月5日、19日、7月3日、17日の6回、下記のふたつの講座でお話しします。 
 13:00~14:30 「日本の郵便150年の歴史 その1 ―“大日本帝国”時代の郵便事情―」
 15:15~16:45 「東京五輪と切手ブームの時代 ―戦後昭和社会史の一断面―」
 対面授業、オンラインのライブ配信、タイム・フリーのウェブ配信の3通りの形式での受講が可能です。お申し込みを含め、詳細については、こちらをクリックしてご覧ください。

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      郵便創業150年の歴史ー1表紙 2530円(本体2300円+税)

 明治4年3月1日(1871年4月20日)にわが国の近代郵便が創業され、日本最初の切手が発行されて以来、150年間の歴史を豊富な図版とともにたどる3巻シリーズの第1巻。まずは、1945年の第二次大戦終戦までの時代を扱いました。今後、2021年11月刊行予定の第2巻では昭和時代(戦後)を、2022年3月刊行予定の第3巻では平成以降の時代を取り扱う予定です。

 ご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、本書の目次をご覧いただけるほか、アマゾン他、各ネット書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。 

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 ミャンマー、国軍への抗議デモで死者100人超
2021-03-28 Sun 03:13
 2月1日に軍事クーデターが発生したミャンマーで、きのう(27日)の“国軍の日”にあわせて、各地でクーデターに抗議するデモが相次ぎ、この記事を書いている時点で、治安部隊の発砲などで114人の死亡が報告される惨事となりました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      ミャンマー・国軍の日(1995)

 これは、1995年にミャンマーで発行された”国軍の日”の記念切手で、当時の首都、ラングーン(現ヤンゴン)市内の風景と国軍の徽章が描かれています。

 1941年12月8日、日本が英国に宣戦を布告すると、同16日、ビルマ独立を目指すアウンサンと同志たちは日本軍の南機関の支援を得て、バンコクにビルマ独立義勇軍を創設。日本軍と共に英国と戦い、1942年3月にラングーンを陥落させ、7月にはビルマから英国勢力を駆逐することに成功しました。これに伴い、ビルマ独立義勇軍はビルマ防衛軍に改組され、バー・モウを中央行政府長官とする日本軍政時代がスタートします。さらに、1943年8月1日、バー・モウを首相とするビルマ国が誕生するとアウンサンは国防相となり、ビルマ防衛軍はビルマ国民軍に改組されました。

 しかし、アウンサンは次第に、日本の強い影響下に置かれていたビルマ国の独立国としての地位に疑問を持つようになり、さらに、インパール作戦の失敗などで日本の敗色が濃厚と判断したことから、日本からの離反を決意。1944年8月1日、独立1周年の演説でビルマの“独立”はまやかしだと発言した後、8月後半にはビルマ共産党、人民革命党と提携して“反ファシスト組織”を結成します。

 1945年3月、北部でビルマ国軍の一部が日本軍に対し決起すると、アウンサンは、反乱軍に対抗するためとの名目でビルマ国民軍をラングーンに集め、同27日、日本軍に対する戦闘を開始しました。これが、現在のミャンマーの“国軍の日”の由来で、今回ご紹介の切手は、その50周年を記念して発行されたものです。

 ちなみに、アウンサンらの蜂起を受けて、“反ファシスト組織”に属する他の勢力も各地で一斉に蜂起。連合国とも呼応した抗日運動が開始され、5月にはラングーンを制圧。6月15日には対日勝利が宣言され、第二次大戦後の独立につながっていくことになります。

 さて、昨日の“国軍の日”にあわせて、首都ネピドー郊外では中露印などの代表を招いての記念式典が開かれ、国軍の軍事パレードも行われました。クーデターを主導したミン・アウン・フライン総司令官は、アウンサンスーチー率いるNLDが与党として圧勝した昨年11月の総選挙では不正があり、国軍が全権を掌握するしかなかったと述べ、クーデター後、各地で起きている抗議デモを「不適切な暴力行為」と呼び、徹底排除する姿勢を鮮明にする一方、“自由で公正な総選挙”を実施し、権限を引き渡す方針を改めて表明しました。

 一方、抗議デモは、最大都市ヤンゴンや第2の都市マンダレーなどをミャンマー各地で行われ、北西部のサガイン地域では10万人超がデモに参加したと報告されています。デモ隊の一部は、国軍を“テロリスト”として非難し、国軍への抵抗を(1945年の武装蜂起に重ね合わせて)“反ファシスト革命”と言い表す動きも広がりつつあるようです。なお、治安部隊の発砲などで、昨日のヤンゴンでは27人が死亡し、1歳の幼児がゴム弾で目を撃たれて負傷。また、“アメリカンセンター”の施設も銃撃されました。国軍の弾圧による死者は、26日の時点で累計328人に達していましたので、累計で400人を超えたことになります。

 あらためて、これまでに亡くなられた方々の御冥福を心よりお祈りいたします。


★ 文化放送「おはよう寺ちゃん」 出演します!★

 3月29日(月)05:00~  文化放送の「おはよう寺ちゃん 活動中」に内藤がコメンテーターとして出演の予定です。今回から、番組は大幅にリニューアルされ、早朝5時から9時までの長時間放送となりますが、僕の出番は07:45からになります。皆様、よろしくお願いします。


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 ミャンマー・シャン州などで一斉襲撃
2019-08-16 Fri 02:13
 ミャンマー中部マンダレー周辺や北東部シャン州で、きのう(15日)、国軍技術学校や軍の検問所など5ヵ所が一斉に少数民族武装集団の襲撃を受け、国軍によると、兵士や警官ら計15人が殺害されたそうです。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      ビルマ・シャン州3セント

 これは、1943年10月1日に発行されたシャン地方切手の1枚で、現地の荷馬車が描かれています。

 シャン地方はタイ・ラオス・中国に隣接する高原地帯で、第二次大戦中、旧英領ビルマの一部として日本の占領下に置かれていました。この地域に住むシャン人は、インドシナ半島に広がっているタイ系諸族の1つで、シャンはタイの旧称シャムの転訛です。

 シャン地方のうち、モンパンとケントンの2州に関しては、英国によって奪われたタイの失地として、1943年8月に調印された「『マライ』及『シャン』地方ニ於ケル『タイ』国領土ニ関スル日本国『タイ』国間条約」により、タイに返還されましたが、残りのシャン地方の所属は未定のままでした。

 これに先立ち、同年8月1日、ビルマでは軍政が廃止され、バーモを首班とするビルマ国が独立しましたが、シャン地方に関しては、タイならびに中国と接する戦略上の要衝であるとの理由から、日本軍が引き続き軍政を継続。このため、シャン地方では、独立ビルマとは別の郵政機関を組織する必要が生じ、今回ご紹介しているような独自の切手が発行されたというわけです。

 なお、シャン地方切手は10月1日に発行されましたが、その直前の9月25日、「『シャン』地方等ニ於ケル『ビルマ』国領土ニ関スル日本国『ビルマ』国間条約」が調印され、モンパン、ケントンの2州を除くシャン州(現在の南北シャン、ワーに加え、カヤ州がその範囲に相当する)は条約調印から90日以内に独立ビルマの領土に編入されるものとされ、1944年11月1日、すでに発行されたシャン地方切手にビルマ文字を加刷したものが、ビルマ全土で使用されることになりました。

 さて、1945年、日本軍の撤退とともに、英国はビルマを再占領して軍政を施行。さらに同年10月には、インドのシムラに避難していた英ビルマ政庁が復帰し、英国による植民地支配が復活しましたが、アウンサンを総裁とするパサパラ(反ファシスト人民自由連盟、AFPFL)は、英国との交渉を通じて、1947年1月、ビルマ独立を認めさせました。

 ところで、英領ビルマは、大きく分けて、“辺境地区(高原・山岳地帯を中心とした地域で、英領ビルマ政庁による間接統治がなされていた行政区域)”と“管区ビルマ(平野部を中心とした地域で、英領ビルマ政庁が直接的に統治責任を負った行政区域)”の2つの部分から成り立っていましたが、このうち辺境地区のカレン族(上記のカヤー族の一民族)などは、アウンサンのビルマ行政参事会代表団とは別にロンドンに代表団を派遣し、カレン族の独立国家樹立を目指していました。その背景には、長年の民族的対立に加え、ビルマ族が、植民地支配下で比較的優遇されていたカレン族を潜在的なスパイと見なして、彼らを弾圧したという事情があります。

 このため、ロンドンから帰国したアウン・サンは、1947年2月12日、シャン州の州都タウンジーの東方にあるパンロン(ピンロンとも)で、辺境地域(管区ビルマ外)の少数民族の代表らと会談。独立後、少数民族に自治権を与えることを約束し、辺境地域と管区ビルマを合わせた“英領ビルマ”の全域を、連邦制国家として独立させるとのパンロン協定の調印に成功します。

 しかし、この協定に調印した少数民族の代表は、シャン、カチン、チンの3民族に限られており、カヤー、カレン、モン、アラカンからは、カヤーとカレンから数名のオブザーバーしか認められていませんでした。このため、“連邦制”に反対するカレンは、1947年4月の制憲議会選挙をボイコットします。これに対して、連邦政府は、独立後、パンロン協定で保障された諸民族の自治権を事実上剥奪するとともに、シャンやカレンに認められていた独立後10年目以降の連邦からの離脱権を剥奪。このため、少数民族による独立闘争が展開されていました。

 政府と少数民族武装勢力(16組織)との対立は、2015年に「全土停戦」協定が成立したことで鎮静化するかに思われましたが、その後も、カチン独立軍(KIA)、トーアン人のタアン/パラウン民族解放軍(TNLA)、中国系コーカン人のミャンマー民族民主同盟軍(MNDAA,コーカン軍)、ミャンマー西部ラカイン州の少数民族武装勢力のアラカン軍(AA)などで構成される“北部同盟”が政府軍との戦闘を継続。ことし7月、シャン州で大量の薬物が押収されたことへの報復として、今回、北部同盟に属するTNLAなど3組織がロケット弾を使った攻撃を仕掛けたというわけです。


★★ 内藤陽介の最新刊 『チェ・ゲバラとキューバ革命』 好評発売中!★★

      チェ・ゲバラとキューバ革命 表紙カバー 本体3900円+税
 
 【出版元より】
 盟友フィデル・カストロのバティスタ政権下での登場の背景から、“エルネスト時代”の運命的な出会い、モーターサイクル・ダイアリーズの旅、カストロとの劇的な邂逅、キューバ革命の詳細と広島訪問を含めたゲバラの外遊、国連での伝説的な演説、最期までを郵便資料でたどる。冷戦期、世界各国でのゲバラ関連郵便資料を駆使することで、今まで知られて来なかったゲバラの全貌を明らかする。

 本書のご予約・ご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、アマゾン他、各ネット書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。

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 世界の切手:ミャンマー
2018-06-09 Sat 01:55
 アシェット・コレクションズ・ジャパンの週刊『世界の切手コレクション』2018年6月6日号が発行されました。僕が担当したメイン特集「世界の国々」のコーナーは、今回はミャンマー(と一部アンティグア・バーブーダ)の特集です。その記事の中から、この1点をご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)

      ビルマ国・独立の文字

 これは、1943年8月1日、日本軍政下のビルマで発行された“独立記念”の切手のうち、1セント切手の無目打ペアです。

 1941年12月の日英開戦後、1942年5月末までにビルマ全土をほぼ制圧した日本軍は、英国の支配下で投獄されていた独立運動の闘士、バーモ(バモオ)を行政府長官兼内務部長官として、8月1日、ビルマ中央行政府を樹立します。その際、日本軍はビルマ独立は戦勝後の予定とし、即時独立を認めませんでした。また、ビルマ国民には軍政への協力を要求する一方で、批判的な民族主義者や若いタキン党員の政治参加を抑圧したこともあって、ビルマ側の不満が鬱積していきます。

 このため、戦況が悪化する中で、ビルマにより一層の戦争協力を求めるための見返りを用意する必要に迫られた日本政府はビルマ独立の方針を具体化し、1943年3月10日に『緬甸独立指導要綱』を決定。同年8月1日、軍政を廃止し、バーモを首班とするビルマ国としての独立を承認しました。ただし、独立と同時に、日本ビルマ同盟条約が締結され、ビルマは連合国へ宣戦布告することになり、日本軍の駐留はその後も終戦まで続けられることになります。

 今回ご紹介の切手では、ビルマ語で“独立”の文字を彫刻する場面が描かれていますが、ビルマ語を表記するためのビルマ文字は、ビルマのモン族が使っていた文字をベースに11世紀後半、ビルマ語に転用されるようになったもので、子音を表す基本字母の周囲に母音記号と声調を組み合わせた構造となっています。この地域では、かつて、紙の代わりにタラバヤシの葉を用いていたため、直線を使うと葉が避けてしまうため、曲線を中心とした字形で、左から右へと綴ります。また、ビルマ語以外にもサンスクリットやパーリ語などの表記にも用いられます。

 さて、『世界の切手コレクション』6月6日号の「世界の国々」では、第二次大戦の勃発後、日本占領時代を経て1948年の独立にいたるまでのビルマ近代史についてまとめた長文コラムのほか、第二次大戦中の日本軍の捕虜収容所の郵便物ロンジースカート緑の孔雀の切手などもご紹介しています。機会がありましたら、ぜひ、書店などで実物を手に取ってご覧ください。

 なお、「世界の国々」の僕の担当ですが、今回のミャンマー(と一部アンティグア・バーブーダ)の次は、6月6日に発売予定の6月13日号でのイスラエルの特集です。こちらについては、発行日の6月13日以降、このブログでもご紹介する予定です。
 

★★★ 近刊予告! ★★★

 えにし書房より、拙著『チェ・ゲバラとキューバ革命』が7月刊行予定です!
 詳細につきましては、今後、このブログでも随時ご案内して参りますので、よろしくお願いします。

      ゲバラ本・仮書影

(画像は書影のイメージです。刊行時には若干の変更の可能性があります) 

 なお、当初、『チェ・ゲバラとキューバ革命』は、2018年5月末の刊行を予定しておりましたが、諸般の事情により、刊行予定が7月に変更になりました。あしからずご了承ください。


★★ 内藤陽介の最新刊 『パレスチナ現代史 岩のドームの郵便学』 ★★

      パレスチナ現代史・表紙 本体2500円+税

 【出版元より】
 中東100 年の混迷を読み解く! 
 世界遺産、エルサレムの“岩のドーム”に関連した郵便資料分析という独自の視点から、複雑な情勢をわかりやすく解説。郵便学者による待望の通史!

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 ミャンマーで大地震
2016-08-25 Thu 10:40
 きのう(24日)、イタリア中部ペルージャ付近でマグニテュード6.2、ミャンマーでもマグニテュード6.8の大地震が発生し、いずれも大きな被害が出ています。このうち、イタリアに関しては日本のメディアでも盛んに報じられていますが、ミャンマーについては報道があまりないようですので、きょうはこの1枚を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      ミャンマー・パガン遺跡(2012)

 これは、2012年10月1日、ミャンマーが発行した第2回TELSOM-ATRC指導者研修の記念切手で、今回の地震で大きな被害が出たバガン(パガンとも)遺跡が取り上げられています。ちなみに、切手の発行名目となったTELSOMは“電気通信・情報産業高級実務者会合”、ATRCは“ASEANテレコム規制委員会”の欧文略称です。

 切手に取り上げられたバガン遺跡は、ミャンマー中央部、マンダレー地方域のエーヤワディー川(イラワジ川)中流域の東岸の平野部一帯にあり、カンボジアのアンコール遺跡、インドネシアのボロブドゥールとともに、世界三大仏教遺跡のひとつとされています。

 ビルマ最初の統一王朝とされるバガン朝のアノーヤター王は、1057年、南方のモン族のタトゥン王国の都モッタマを制圧し、パーリ語で書かれた三蔵の経典を取り戻したほか、仏教僧や職人を王都バガンに招来して上座部仏教の国教化を進めました。この結果、バガンは仏教研究の国際的な中心地となり、1287年にフビライと対立して王朝が滅ぼされるまでの間に、3000を超える仏塔のほか、数多くの寺院等が建立されました。

 さて、今回のミャンマーの地震ですが、震源はバガンの約30キロ南にある町チャウク近郊で、震源の深さは84キロで、タイのバンコクやインドのコルカタでも揺れが確認されたそうです。また、この記事を書いている時点で、少なくとも3人の死亡が確認され、200基近くの仏塔が損壊したとミャンマー政府は発表しています。今回ご紹介の切手には、バガン遺跡中最大の寺院とされるダマヤンヂー寺院が大きく取り上げられていますが、同寺院を含め、切手に描かれている仏塔などにも被害が出ているかもしれません。

 イタリア・ミャンマー両国の地震で亡くなられた方のご冥福をお祈りし、被災者の方には心よりお見舞い申し上げるとともに、被災地の復旧・復興が一日も早く進むことをお祈りしております。


★★★ ブラジル大使館推薦! 内藤陽介の『リオデジャネイロ歴史紀行』  ★★★ 

       リオデジャネイロ歴史紀行(書影) 2700円+税

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 リオデジャネイロの複雑な歴史や街並みを、切手や葉書、写真等でわかりやすく解説。
 美しい景色とウンチク満載の異色の歴史紀行!
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 * 8月6日付『東京新聞』「この人」欄で、内藤が『リオデジャネイロ歴史紀行』の著者として取り上げられました!

       リオデジャネイロ歴史紀行(東京新聞)


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 1962年以来の文民政権
2016-03-31 Thu 14:14
 ミャンマーで、きのう(30日)、与党・国民民主連盟(NLD)が擁立したティンチョー大統領の就任式が行われ、1962年のネ・ウィン将軍による軍事クーデター以来、54年ぶりに文民政権が発足しました。というわけで、きょうはこの切手です(画像はクリックで拡大されます)

      ビルマ・1962年革命10周年

 これは、ビルマ連邦時代の1972年に発行された“革命評議会10周年”の記念切手です。

 1948年の独立当初から、連邦からの独立を求める民族勢力(麻薬産業を背景とした北部シャン州と、独立志向の強いカレンなど南部諸州が中心)、中国での国共内戦に敗れた後、ビルマ北部に流入した国民党の残党、共産党勢力などが入り乱れて、政権は不安定な状態にありました。

 こうした中で、彼らとの武力闘争を経て次第に力を蓄えた国軍は、ネ・ウィン将軍の下、1962年3月2日、軍事クーデターを決行。ネ・ウィンは“ビルマ式社会主義”を掲げ、ビルマ社会主義計画党を結成。革命評議会議長に就任しました。今回ご紹介の切手は、このときの革命評議会成立から10周年になるのを記念して発行されたものです。

 その後、1974年にビルマ連邦社会主義共和国憲法が制定されると、ネ・ウィンは大統領に就任。1981年に大統領職をサン・ユに譲った後も、ビルマ社会主義計画党議長として国政に君臨しました。

 ネ・ウィンの時代、ビルマは外交面では厳正な中立政策を採り、ビルマ共産党や各地の少数民族民兵組織との内戦において、諸外国の介入を防ぐ一方、その鎖国主義的な政策の結果、ビルマ経済は停滞し、ビルマは世界の最貧国に転落します。

 このため、1988年8月には国民の不満が爆発した民主化要求デモが発生。ネ・ウィンはその責任を取るかたちで党議長を辞任しましたが、同年9月18日に政権を離反したソウ・マウン率いる軍部のクーデターにより、国家法秩序回復評議会(1997年11月、国家平和発展評議会に改組)が全権を掌握。以後、同国では2011年3月30日の民政移管まで軍事政権が続きました。

 なお、民政移管後の初代大統領に就任したテイン・セインは、中将の階級を持つ元軍人で、軍事政権下では2007年以降、首相を務めていたという経歴の持ち主であったため、純粋な文民出身の大統領としては、ティンチョー新大統領は、1964年のクーデターで失脚したウー・ヌ以来ということになるわけです。


 ★★★ 講座のご案内 ★★★

 ・よみうりカルチャー荻窪 「宗教と国際政治」
 4月から毎月第1火曜の15:30より、よみうりカルチャー荻窪(読売・日本テレビ文化センター、TEL 03-3392-8891)で講座「宗教と国際政治」がスタートします。ぜひ、遊びに来てください。詳細は、こちらをご覧いただけると幸いです。
 

 ★★★ 内藤陽介の新刊  『ペニー・ブラック物語』 のご案内 ★★★ 

       ペニーブラック表紙 2350円+税

 【出版元より】
 若く美しい女王の横顔に恋しよう!
 世界最初の切手
 欲しくないですか/知りたくないですか

 世界最初の切手“ペニー・ブラック”…名前は聞いたことがあっても、詳しくは知らないという収集家も多いはず。本書はペニー・ブラックとその背景にある歴史物語を豊富なビジュアル図版でわかりやすく解説。これからペニー・ブラックを手に入れたい人向けに、入手のポイントなどを説明した収集ガイドもついた充実の内容です。

 発売元の特設サイトはこちら。ページのサンプルもご覧いただけます。


 ★★★ 内藤陽介の新刊  『アウシュヴィッツの手紙』 のご案内 ★★★ 

       アウシュヴィッツの手紙・表紙 2000円+税

 【出版元より】
 アウシュヴィッツ強制収容所の実態を、主に収容者の手紙の解析を通して明らかにする郵便学の成果! 手紙以外にも様々なポスタルメディア(郵便資料)から、意外に知られていない収容所の歴史をわかりやすく解説。

 出版元のサイトはこちら。各書店へのリンクもあります。

 インターネット放送「チャンネルくらら」にて、本書の内容をご紹介しております。よろしかったら、こちらをクリックしたご覧ください。


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 ミャンマーで全土停戦合意
2015-03-31 Tue 23:30
 1948年の独立以来、政府と少数民族武装勢力(16組織)との対立が続いているビルマ(ミャンマー)で、きょう(31日)、「全土停戦」協定(案)の合意が成立し、関係者が文書に調印しました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

       ビルマ・ユニオンデー(1972)

 これは、1972年にビルマで発行された“ユニオン・デー25周年”の記念切手で、独立記念塔を背景に、ビルマ連邦を構成する主要民族が描かれています。

 ビルマは、8大部族(カチン族、カヤ―族、カイン族、チン族、モン族、ビルマ族ラカイン族シャン族)とそのサブグループとしての135民族で構成される多民族国家ですが、人口の半数以上はビルマ族が占めています。

 第2次大戦中の1943年8月1日、ビルマではバーモを中心とする親日政府が独立を宣言しましたが、1945年、日本軍の撤退とともに、英国はビルマを再占領して軍政を施行。さらに同年10月には、インドのシムラに避難していた英ビルマ政庁が復帰し、英国による植民地支配が復活します。

 このため、アウンサンを総裁とするパサパラ(反ファシスト人民自由連盟、AFPFL)は、ビルマの完全独立達成のため、イギリス側と交渉を開始。1947年1月、ロンドンでのアウンサン=アトリー協定の締結にこぎつけ、イギリス政府にビルマ独立を認めさせました。

 この間、ビルマ国内では、独立“ビルマ”の範囲をめぐって、さまざまな対立がありました。

 すなわち、英領ビルマは、大きく分けて、“辺境地区(高原・山岳地帯を中心とした地域で、英領ビルマ政庁による間接統治がなされていた行政区域)”と“管区ビルマ(平野部を中心とした地域で、英領ビルマ政庁が直接的に統治責任を負った行政区域)”の2つの部分から成り立っていましたが、このうち辺境地区のカレン族(上記のカヤー族の一民族)などは、アウンサンのビルマ行政参事会代表団とは別にロンドンに代表団を派遣し、カレン族の独立国家樹立を目指していました。その背景には、長年の民族的対立に加え、ビルマ族が、植民地支配下で比較的優遇されていたカレン族を潜在的なスパイと見なして、彼らを弾圧したという事情があります。

 このため、ロンドンから帰国したアウン・サンは、1947年2月12日、シャン州の州都タウンジーの東方にあるパンロン(ピンロンとも)で、辺境地域(管区ビルマ外)の少数民族の代表らと会談。独立後、少数民族に自治権を与えることを約束し、辺境地域と管区ビルマを合わせた“英領ビルマ”の全域を、連邦制国家として独立させるとのパンロン協定の調印に成功します。

 今回ご紹介の切手の題材となった“ユニオン・デー”は、このパンロン協定調印の記念日で、1948年の独立後も、ビルマにとって最も重要な記念日として位置付けられてきました。

 しかし、この協定に調印した少数民族の代表は、シャン、カチン、チンの3民族に限られており、カヤー、カレン、モン、アラカンからは、カヤーとカレンから数名のオブザーバーしか認められていませんでした。このため、“連邦制”に反対するカレンは、1947年4月の制憲議会選挙をボイコットします。これに対して、連邦政府は、独立後、パンロン協定で保障された諸民族の自治権を事実上剥奪するとともに、シャンやカレンに認められていた独立後10年目以降の連邦からの離脱権を剥奪。このため、少数民族による独立闘争が展開されるようになったわけです。

 さて、今回の停戦合意は各組織指導者の承認(署名)を受けて成立することになっており、ティンセイン政権としては、今年11月に予定されている総選挙に向け、“民主化”の成果を内外にアピールしたいという思惑があります。しかし、実際には、現在なお、カチン州やシャン州の一部では政府軍による空爆を交えた戦闘が続いているだけでなく、シャン州のコーカン地区では、ことし2月に武装組織が国軍の拠点を攻撃し(その背後には黒幕として中国がいると見られています)、戒厳令が発令されるなど、現実には和平への道のりは相当に困難というのが大方の見方です。

 いずれにせよ、停戦が実現すれば、ビルマ現代史上の重大事件となることは間違いないわけで、今後の推移に注目したいところです。


 ★★★ イベントのご案内 ★★★

 ・4月4日(土) 09:30- 切手市場
 於 東京・日本橋富沢町8番地 綿商会館
 詳細は主催者HPをご覧ください。新作の『日の本切手 美女かるた』を中心に、拙著を担いで行商に行きます。 会場ならではの特典もご用意しております。ぜひ遊びに来てください。

 ・4月25日(土) 11:00-12:00 スタンプショウ
 於 東京都立産業貿易センター台東館(浅草) 特設会場
 出版記念のトークを行います。入場は完全に無料ですので、ぜひ、遊びに来てください。スタンプショウについての詳細はこちらをご覧ください。

 ★★★ よみうりカルチャー荻窪の講座のご案内 ★★★

 毎月1回(原則第1火曜日:4月7日、6月2日、7月7日、8月4日、9月1日)、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で下記の一般向けの教養講座を担当します。(下の青い文字をクリックしていただくと、よみうりカルチャーのサイトに飛びます)

 ・イスラム世界を知る 時間は15:30-17:00です。

 次回開催は4月7日で、途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


 ★★★ 内藤陽介の最新刊  『日の本切手 美女かるた』 3月25日発売! ★★★ 

         日の本切手 美女かるた・表紙 税込2160円

 【出版元より】
 “日の本”の切手は美女揃い!
  ページをめくれば日本切手48人の美女たちがお目見え!
 <解説・戦後記念切手>全8巻の完成から5年。その著者・内藤陽介が、こんどは記念切手の枠にとらわれず、日本切手と“美女”の関係を縦横無尽に読み解くコラム集です。切手を“かるた”になぞらえ、いろは48文字のそれぞれで始まる48本を収録。様々なジャンルの美女切手を取り上げています。

 出版元のサイトはこちら、内容のサンプルはこちらでご覧になれます。ネット書店でのご購入は、アマゾンboox storee-honhontoYASASIA紀伊國屋書店セブンネットブックサービス丸善&ジュンク堂ヨドバシcom.楽天ブックスをご利用ください。


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 アウンサン将軍生誕100年
2015-02-13 Fri 13:47
 ビルマ(ミャンマー)独立の英雄、アウンサン将軍が、1915年2月13日に生まれてから、きょうでちょうど100年です。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

       ビルマ・独立20年

 これは、1968年1月4日に発行された“ビルマ独立20年”の記念切手で、農作業の様子を天から見下ろすかのように、アウンサンの肖像が取り上げられています。アウンサンの肖像を取り上げた切手としては、1948年1月6日に発行の独立記念切手がありますが、今回ご紹介のモノは、それに次ぐ2番目のアウンサン切手です。

 アウンサンは、1915年2月13日、ビルマ中部ナッマウ生まれ。生家は独立運動家として有名で、ラングーン大学在学中に学生自治会の機関誌編集担当になり、1936年、 当時のイギリス植民地支配を批判する記事を掲載したことが問題視され、退学処分を受けます。しかし、このことは学生らの強い反発を招き、全学ストライキが発生。大学側は処分を撤回しました。

 その後、1938年にはラングーン大学学生会と全ビルマ学生連合の委員長に選ばれ、同年10月、独立運動組織「われらビルマ人連盟」に参加。1940年8月まで総書記として活動し、反英ストライキなどを指導したほか、1939年8月15日のビルマ共産党結成に際しては、創立メンバーの一人として、初代書記長に就任しています。

 1940年、英国官憲の逮捕状が出たためアモイを経て日本に亡命。翌1941年2月、日本の資金援助と軍事援助の約束を取り付けてビルマに戻り、“30人の志士”と呼ばれる同志とともに中国の海南島へ出国し、日本軍の“南機関”の下で軍事訓練を受けました。

 1941年12月8日、日本が英国に宣戦を布告すると、同16日に、アウンサンと同志たちは南機関の支援を得てバンコクにビルマ独立義勇軍を創設。日本軍と共に戦い、1942年3月にラングーンを陥落させ、7月にはビルマから英国勢力を駆逐することに成功しました。これに伴い、ビルマ独立義勇軍をビルマ防衛軍に改組され、バー・モウを中央行政府長官とする日本軍政時代がスタートします。さらに、1943年8月1日、バー・モウを首相とするビルマ国が誕生するとアウンサンは国防相となり、ビルマ防衛軍はビルマ国民軍に改組されました。

 しかし、アウンサンは次第に、ビルマ国の独立国としての地位に疑問を持つようになり、さらに、インパール作戦の失敗などで日本の敗色が濃厚と判断したことから、日本からの離反を決意。1944年8月1日、独立一周年の演説でビルマの独立はまやかしだと発言した後、8月後半にはビルマ共産党、人民革命党と提携して“反ファシスト組織”を結成します。

 1945年3月、北部でビルマ国軍の一部が日本軍に対し決起すると、アウンサンは、反乱軍に対抗するためとの名目でビルマ国軍をラングーンに集め、同27日、日本軍に対する戦闘を開始。“反ファシスト組織”に属する他の勢力も一斉に蜂起し、連合国とも呼応した抗日運動が開始され、5月にはラングーンを制圧。6月15日には対日勝利を宣言しました。

 第二次大戦後は、ビルマ支配の復活を目論む英国に対して、1946年1月、アウンサンは軍を去って反ファシスト人民自由連盟(AFPFL)総裁に就任し、英本国政府との交渉をはじめとする独立問題に専念。9月には英領ビルマ政府の行政参事会議長に任命され、国防と外務を担当し、1947年1月27日、彼は英国首相クレメント・アトリーと、1年以内の完全独立を約束する“アウンサン・アトリー協定”に調印。4月に行われた制憲議会選挙では、彼の率いるAFPFLは202議席中196議席を獲得し圧勝します。

 しかし、独立を目前に控えた1947年7月19日、政敵であり前首相のウ・ソオの一味だとされる実行犯によって、6人の閣僚とともに暗殺され、32歳5ヶ月の若さで亡くなりました。

 第二次大戦の勃発から日本の占領時代を経て、戦後のビルマ連邦成立にいたるまでの“アウンサン将軍の時代”は、切手や郵便の面でも面白いものがいろいろとあるので、いずれ、まとめてみたいと前々から思っています。今年は戦後70年でもあるし、ちょうどいいタイミングかもしれませんね。


 ★★★ 講座「切手と郵便物に刻まれた“終戦”」(2月20日)のご案内 ★★★ 

       ミズーリの消印

 2月20日13:00~14:30、愛知県名古屋市の栄中日文化センターで、「切手と郵便物に刻まれた“終戦”」と題する講座を行います。

 2015年は第二次世界大戦の終戦から70周年にあたります。終戦の年の1945年はあらゆる意味で社会が激変した年ですが、その影響は切手や郵便物にもさまざまな痕跡を残しています。今回の講座では、当時の切手や郵便物を読み解いていくことで、一般の歴史書では見落とされがちな終戦の諸相を、具体的なモノの手触りとともに明らかにしてみたいと思っています。

 詳細は、こちらをご覧ください。(画像は、日本の降伏文書調印が行われた米軍艦ミズーリ号から降伏文書調印日に差し出された郵便物の一部分です) 

 
 ★★★ よみうりカルチャー荻窪の講座のご案内 ★★★

 毎月1回(原則第1火曜日:3月3日、3月31日)、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で下記の一般向けの教養講座を担当します。

 ・イスラム世界を知る 時間は15:30-17:00です。

 次回開催は3月3日で、途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


 ★★★ 内藤陽介の最新刊  『朝鮮戦争』好評発売中! ★★★ 

        朝鮮戦争表紙(実物からスキャン) 本体2000円+税

 【出版元より】
 「韓国/北朝鮮」の出発点を正しく知る!
 日本からの解放と、それに連なる朝鮮戦争の苦難の道のりを知らずして、隣国との関係改善はあり得ない。ハングルに訳された韓国現代史の著作もある著者が、日本の敗戦と朝鮮戦争の勃発から休戦までの経緯をポスタルメディア(郵便資料)という独自の切り口から詳細に解説。解放後も日本統治時代の切手や葉書が使われた郵便事情の実態、軍事郵便、北朝鮮のトホホ切手、記念切手発行の裏事情などがむしろ雄弁に歴史を物語る。退屈な通史より面白く、わかりやすい内容でありながら、朝鮮戦争の基本図書ともなりうる充実の内容。

 本書のご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、アマゾン他、各電子書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。

 *8月24日付『讀賣新聞』、韓国メディア『週刊京郷』8月26日号、8月31日付『夕刊フジ』、『郵趣』10月号、『サンデー毎日』10月5日号で拙著『朝鮮戦争』が紹介されました!


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 メダンのプリズナー
2013-07-12 Fri 12:43
 インドネシア北スマトラ州メダンの刑務所で、きのう(11日)、刑務所内で頻繁に起こる停電と水不足に腹を立てた受刑者が大規模な暴動を起こし、約200人が脱走。事態の収拾のため約700人の警官と兵士が動員され、メダン市内では脱獄した受刑者らの捜索が夜を徹して行われているそうです。というわけで、“メダンのプリズナー”に絡めて、こんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

     タイ捕虜収容所葉書・タイプ2(スマトラ宛)     タイ捕虜収容所葉書(タイプ2・スマトラ宛裏面)

 これは、先の大戦中の1944年6月2日、当時ビルマ領内のターマカンにあった泰俘虜収容所第3分所からスマトラ・メダンの女性専用の抑留所宛に差し出された葉書とその裏面です。“スマトラ軍抑留所検閲済”の印が到着時に押されていますが、裏面には1945年8月13日の書き込みがありますので、あと数日で葉書を受け取った女性抑留者は解放されたものと思われます。
 
 第二次大戦中、“泰俘虜収容所”に収容されていた連合国籍の捕虜たちには、検閲作業の効率化をはかるため、あらかじめ、ある程度の文面が印刷された葉書が支給されていましたが、その文面や形式などにはさまざまな形式のものがあることが知られています。

 今回ご紹介のモノは、そのうちのタイプ2と呼ばれているもので、最も基本的なタイプ1の後に使用が開始されたもので、やや薄手の白紙に印刷されています。

 タイプ1の場合、葉書の表面は2色刷りでしたが、タイプ2の表面は黒一色刷で、葉書の上部にはフランス語で捕虜郵便であることを示す“SERVICE DES PRISONNIERS DE GUERRE”の表示が新たに入れられ、「郵便はがき」の日本語表示は外されています。捕虜の通信は一定の条件の下で無料扱いとなるが、そのためには郵便物にフランス語で捕虜の通信であることを明記しなければなりません。タイプ1の葉書では、そうした表示がなかったため、タイプ2の葉書では改善が図られたものと思われます。

 また、日本語での「俘虜郵便」、「泰俘虜収容所」ならびに検閲印の押印欄や差出人の情報や宛名欄の英文表示のデザインなどもタイプ1とは異なっている。なお、収容所名の記入欄には、泰俘虜収容所をそのまま訳したためか、英文で“Thailand”との表示が印刷されていますが、“泰俘虜収容所”の分所はビルマやインドシナにも置かれており、実際には差出地がタイ国内に限定されるものではありません。

 裏面の通信蘭は、“IMPERIAL JAPANESE ARMY”の題字の下に、日付を記入する欄が設けられた。その下にあらかじめ印刷されている文面は以下の通りである。

  あなたの手紙(と   )をありがたく受け取りました。
  健康状態は(良い ふつう 悪い)です。
  病気で入院しています。
  賃金をもらって働いています。(月給を受け取っています)
  働いていません
  (     )によろしくお伝えください。

 捕虜としての収容期間が長引き、捕虜宛に本国からの郵便物や小包が届くこともあったため、それらの受信状況を相手に知らせるための一文が追加されている点もタイプ1との大きな違いとなっています。

 さて、今回の葉書では、差出地の収容所名の個所では、差出人が記入した“SANATORIUM(療養所)”の文字が棒線で抹消されています。裏面を見ると、差出人の健康状態は“良い”ことになっていますが、検閲を慮って、あるいは、葉書を読む妻を心配させまいとして、実態とは異なる記述をしたということなのかもしれません。

 なお、泰俘虜収容所の郵便に関しては、拙著『タイ三都周郵記』でまとめておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。
 

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 毎月1回、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で予算1日2000円のソウル歴史散歩と題する一般向けの教養講座を担当しています。開催日は7月30日、9月3日(原則第1火曜日)で、時間は各回とも13:00~14:30です。講座は途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


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 ビルマに郵便システム輸出へ
2013-05-19 Sun 17:19
 総務省と日本郵便が、郵便番号制度や物流網の整備などの“日本型郵便システム”を新興国や途上国に売り込むことになりました。その第一弾として、ミャンマー(ビルマ)郵便電信公社への導入が検討されており、明日(20日)、同国のミャト・ヘイン情報通信技術相が訪日し、新藤義孝総務相と会談して協力を確認するそうです。というわけで、きょうは“日本”の文字の入ったビルマ切手ということで、こんなモノを持ってきました。(画像はクリックで確認されます)

       シャン加刷切手カバー

 これは、日本占領下のビルマで、1944年9月16日、シャン地方切手にビルマ文字を加刷した5セント切手を貼ってラングーン宛に差し出されたカバーです。切手が貼られている切手つき封筒は、1943年7月1日、戦前の英領時代のジョージ6世図案の印面を×印で抹消して発行されたものです。

  シャン地方はタイ・ラオス・中国に隣接する高原地帯で、第二次大戦中、旧英領ビルマの一部として日本の占領下に置かれていました。

 シャン地方のうち、モンパンとケントンの2州に関しては、イギリスによって奪われたタイの失地として、1943年8月に調印された「『マライ』及『シャン』地方ニ於ケル『タイ』国領土ニ関スル日本国『タイ』国間条約」により、タイに返還されましたが、残りのシャン地方の所属は未定のままでした。

 これに先立ち、同年8月1日、ビルマでは軍政が廃止され、バーモを首班とするビルマ国が独立しましたが、シャン地方に関しては、タイならびに中国と接する戦略上の要衝であるとの理由から、日本軍が引き続き軍政を継続。このため、シャン地方では、独立ビルマとは別の郵政機関を組織する必要が生じ、“大日本帝国郵便・シャン”と表示された独自の切手が発行されました。これがシャン地方切手です。

 シャン地方切手は10月1日に発行されましたが、その直前の9月25日、「『シャン』地方等ニ於ケル『ビルマ』国領土ニ関スル日本国『ビルマ』国間条約」が調印され、モンパン、ケントンの2州を除くシャン州(現在の南北シャン、ワーに加え、カヤ州がその範囲に相当)は条約調印から90日以内に独立ビルマの領土に編入されることになりました。これを受けて、1944年11月1日、すでに発行されたシャン地方切手にビルマ文字を加刷し、以後、ビルマ全土で使用することになりました。

 今回ご紹介のカバーは、こうした状況の下で1945年2月16日に差し出されたもので、消印の地名表示は不鮮明ですが、“THONZE”のように見えます。

 ところで、今回のビルマへの日本型郵便システムについて報じた記事の中には「ミャンマーでは郵便物が途中でなくなり、数割があて先に届かないという。消印を押したり配達地に仕分けたりするのは職員の手作業なので時間がかかり、郵便番号を書く習慣も浸透していない。」という文章がありました。まぁ、たしかに、かの国の郵便局員のモラルが決して高くはなく、郵便の自動化が遅れていることも事実でしょうが、押印もすべて手作業というのはホントですかねぇ。(少なくともかつては)ビルマでも機械印が使用されていたという実績もありますので、現状で機械印が使われなくなっているということであれば、それは軍政時代の社会の停滞を象徴的に表しているということなんでしょうな。


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 泰緬鉄道、ビルマで復活
2012-12-30 Sun 14:32
 第2時大戦後、ながらく廃線となっていた泰緬鉄道のビルマ(ミャンマー)領内のルートに、ビルマ政府が新たに鉄道と幹線道路を建設する計画であることが、きのう(29日)、明らかになったそうです。というわけで、きょうはこんなモノを持ってきました。

        パヤトンズPOWカバー

 これは、1943年、ドイツ占領下のオランダ・ハーレムノルトからムイデンを経て、泰緬鉄道のビルマ側建設現場宛に近くのシュウヨウショに届けられたカバーです。カバー下部の“No3Gr”の書き込みは名宛人がビルマ側にあった泰俘虜収容所第3分所の管理下に置かれていたことを、また、カバー上部の108の書き込みは、宛先がビルマ側起点のタンビュザヤから108キロの地点にあったパヤトンズ・キャンプであることを示しています。

 戦後、旧泰緬鉄道は維持管理コストがかかりすぎることもあって、ビルマ側の全線とタイ側の国境から3分の2にあたる一部のレールが撤去され、現在では、タイ国鉄のナムトク線、ノン・プラドック=ナムトク間のみが継承されています。このうち、タイ領内の部分に関しては、車をチャーターすればとりあえず鉄道の跡をたどることは不可能ではないのですが、三仏塔峠から先は、国境から2キロ以内までの一時入国しか認められていない状況が長らく続いていました。

 今回明らかにされた鉄道再生計画は、少数民族武装勢力の新モン州党やカレン民族同盟とビルマ政府との停戦協定委が結ばれたことで可能になったもので、計画では、旧泰緬鉄道のほぼ全線が再建される見通しだそうです。すでに、今月中旬からルートの現地調査は始まっており、モン州の州都モールメン(モーラミャイン)周辺には貿易港を整備する計画もあるのだとか。実現の暁には、ぜひとも、現地を訪ねてみたいものです。

 なお、泰緬鉄道の建設に動員された捕虜たちの郵便については、拙著『タイ三都周郵記』でも1章を設けて解説しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。

 *本日未明、カウンターが115万PVを越えました。いつも閲覧していただいている皆様には、この場をお借りして、改めてお礼申し上げます。

 【世界切手展BRASILIANA 2013のご案内】

 僕が日本コミッショナーを仰せつかっている世界切手展 <BRASILIANA 2013> の作品募集要項が発表になりました。国内での応募受付は2月1―14日(必着)です。詳細はこちらをご覧ください。


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 ラカイン州で非常事態宣言
2012-06-11 Mon 23:31
 ビルマ(ミャンマー)西部のラカイン州で、ムスリム(イスラム教徒)と仏教徒の衝突が激化し、6月だけで17人が死亡したことを受け、きのう(10日)、テインセイン大統領は州全域に非常事態宣言を発令しました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

        ラカイン女性

 これは、1990年に発行されたビルマの民族衣装シリーズ(普通切手)のうち、ラカイン族の民族衣装姿の女性が描かれています。なお、これと同じ図案の普通切手が1974年に発行されていますが、今回ご紹介のモノは、正式な国号がミャンマーになったことを受けて、切手の国名表記もビルマからミャンマーに変更して発行されました。

 ビルマ西海岸、ベンガル湾に面したラカイン州の地域は、もともと、ラカイン族の王朝であるミャウウー王朝の支配下に置かれていましたが、1785年、ビルマ人のコンバウン王朝に降伏し、その属国となりました。その後、英国が東南アジアに進出していく過程で、1824年、第1次英緬戦争が勃発すると、ラカイン州族の居住地域は“アラカン”として英国へ割譲されます。さらに、アラカンは英領インド帝国の一地方になり、ビルマが英領インド帝国から分離されて別の直轄植民地になると、英領ビルマの一地方に編入されました。

 第2次大戦後の1948年、ビルマが独立すると、アラカンはビルマ連邦の一部となりましたが、早くも1950年代には分離・独立運動が活発化します。このため、1974年、ネ・ウィン政権は、アラカン地区からラカイン州を構成し、地域の多数派のラカイン族に名目上の自治権を与えました。

 一方、この地域は、バングラデシュと隣接していることもあり、少なからぬムスリム系住民の“ロヒンギャ”が居住していますが、彼らもまた、バングラデシュとの国境地域でイスラム国家の樹立を目指す反政府活動を展開しており、ビルマ政府の弾圧により、多くの難民が発生しています。

 こうした背景の下、先月末、仏教徒の少女がムスリムとみられる集団に乱暴・殺害される事件が発生すると、これに対する報復として仏教徒の集団が6月3日にバスを襲撃し、ムスリム10人が殺害されました。すると、反発したムスリムらが8~9日、仏教徒の民家400軒に放火するなど暴動を起こし、仏教徒ら7人が死亡。衝突は州都シットウェにも拡大し、治安部隊が出動し暴徒に向けて発砲する事態となっていました。

 今回の非常事態宣言はこうした状況を受けてのことですが、今後の状況いかんによっては、現政権が進めている“民主化”や“国民統合”が妨げられる可能性も否定できないだけに、今後の動向が注目されるところです。

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 28年ぶりの訪日
2012-04-21 Sat 21:29
 ビルマ(ミャンマー)のテイン・セイン大統領が、同国の国家元首として28年ぶりに来日しました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

        ヘンザダ加刷

 これは、いわゆる太平洋戦争初期の1942年5月に発行された“ピーコック加刷”切手です。

 日中戦争下において、いわゆるビルマ・ロードが蒋介石政権にとって重要な物資補給路となっていたため、日本側はビルマ・ロードによる米英の対中支援を遮断するためにさまざまな策を講じました。その一環として、ビルマの独立運動を支援することが計画され、1941年2月、陸軍大佐・鈴木敬司を長とする“南機関”が樹立され、独立の志士、アウンサンらとともに、ビルマ独立計画が動きだすことになります。

 同年12月8日、日本がイギリスに宣戦を布告すると、同月28日、アウンサンを中心とする140名のビルマ独立義勇軍が(BIA)がバンコクで編成されました。BIAは日本軍とともにビルマに進撃し、彼らが前進していくにつれ、多くの義勇兵たちがこれに参加しました。

 こうして日本軍とBIAは1942年3月7日、ヤンゴン(ラングーン)を占領し、4月末までに、ペグー、トングー、レパダウン、アラウンミョー、イェナンジョン、ロイコー、ラシオ、及びマンダレーの各地を占領します。

 こうした状況の下で、1942年5月、ビルマ南部のイラワジ川周辺のデルタ地帯では、BIAを中心とした治安維持委員会管理下のヘンザダで、開戦以前の英領ビルマ切手にビルマの国鳥であるクジャクを加刷してジョージ6世の肖像を抹消した切手が発行されました。これが、いわゆる“ピーコック加刷切手”で、今回ご紹介のモノはヘンザダ局で加刷された1枚です。

 さて、現在訪日中の大統領ですが、今日(21日)の夕方、野田首相と会談。会談後、その結果、首相は、1987年以降凍結していた円借款の25年ぶりの再開や、同国向け債権約5000億円のうち3000億円の返済免除、インフラ整備の支援などを盛り込んだ共同声明を発表したほか、ラングーン郊外の経済特区ティラワの開発計画策定に向けた覚書に署名しました。

 ビルマでは、現在なお、BIAに対する日本の支援や日本占領下でのバーモ(バモオ)政権の独立などの体験が、結果的に、戦後の独立に大きな役割を果たしたという認識があります。もちろん、日本によるビルマ占領は、基本的には、日本の国益のために行ったことであり、ビルマ人にとって外国人による占領体験が歓迎されざるものであるとはいえ、占領時代のプラスの面も公平に評価してくれているのは日本人として嬉しいことです。

 ビルマの民主化については、現時点では形式的なものにすぎないとの批判があることも事実ですが、ともかくも先日の選挙が粛々と行われたように、大きく逆行することはないでしょう。少なくとも、軍事政権を国際的に孤立化させた結果、中国と軍事政権との関係が強化され、中国がミャンマーの利権を独占してきたという状況が変化することが、わが国とって好ましいものであるのは言うまでもありません。その意味でも、今回の日本の支援が、結果的に良い方向に向かってほしいものですな。


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 (毎月第4火曜日)13:30~15:30

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 アウン・サン・スー・チー当選
2012-04-02 Mon 12:14
 きのう(1日)投開票が行われたミャンマー連邦議会の補欠選挙で、野党・国民民主連盟(NLD)を率いる民主化運動指導者アウン・サン・スー・チーが当選したほか、NLDが(彼らの独自集計によれば)補選対象45議席のうち44議席を獲得し、圧勝する見込みです。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

        QVラングーン消

 これは、ラングーン(ヤンゴン)で使用された英領インド切手です。

 イギリスによるビルマ植民地化の端緒となった第一次英緬戦争が1824年に勃発すると、イギリスはヒチンス大尉をラングーン駐留部隊のための郵便を取り扱う責任者に任命。マドラスまたはカルカッタ経由での本国との通信を開始しました。ただし、この時点では、郵便印にビルマ域内の地名の表示はなく、当時のビルマ域内からの差出であることを特定するためには差出人による書込みによるしかありません。

 ビルマ域内からの郵便物であることが郵便印によって各印できるようになるのは1834年以降のことです。初期の印には地名の表示はありませんが、料金支払い済みを示す“Paid”ないしは“Bearing”の字体などにより区別することが可能です。

 1854年、インドで全土を対象とした最初の切手が発行されると、それらの切手はビルマにも持ち込まれて使用されるようになり、翌1855年11月からは、局名を記号で表した消印(たとえば、ラングーンはB156)も使用されています。

 その後、第3次英緬戦争により、1886年、コンバウン王朝が滅亡してビルマ全土は英領インド帝国に併合。以後、1937年に英領ビルマが本国のビルマ省とインド・ビルマ大臣により、インドとは別個に支配されることになるまで、ビルマでは無加刷の英領インド切手が使用されました。

 さて、NLD圧勝という結果に終わった今回の選挙に関しては、補選の議席数は全体の6.5%にすぎず、現政権へのダメージは最小限にとどまるものとみられています。とはいえ、選挙そのものは比較的まともに行われたようで、3人のスタッフが選挙監視に参加した日本外務省の佐々山拓也南東アジア第1課長は「選挙そのものは平穏に行われたようだし、大きな混乱なく終了しつつある」と話しています。また、ともかくも、アメリカやEU諸国も、今回の選挙が自由かつ公正に実施された場合、過去20年間にわたって続けてきた経済制裁を一部解除する可能性を示していましたので、おそらく、制裁解除の方向に向かうことになるのでしょう。これにより、軍事政権を国際的に孤立化させた結果、中国と軍事政権との関係が強化され、中国がミャンマーの利権を独占してきたという状況が変わるのなら、それはそれで一歩前進といえなくもありません。

 ただし、(一部とはいえ)制裁解除となると、これまで、軍事政権の正統性について疑義を唱えるという立場から、1989年に軍事政権が採用した国名のミャンマーではなく、それ以前のビルマをかの国の国名として使い続けるという一部メディアの表記も変更されることになりそうです。

 このブログでも、これまでは、主としてビルマという国名表記を使ってきましたが、これは、軍事政権云々ということもさることながら、ブログで取り上げる切手やカバーの地名表示は圧倒的に“ビルマ”が多いため、それにあわせて、ミャンマーやヤンゴンより、ビルマやラングーンと書く方が分かりやすいと考えていたためです。

 まぁ、ミャンマーは書き言葉、ビルマの元になったバマーは話し言葉で、文字としての表記は同じだということですから、今後もビルマで押し通してもいいのでしょうが、さて、どうしたものですかねぇ。ちょっと悩むところですな。
 
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