2023-04-14 Fri 03:14
きょう(14日)は、インドシナ諸国では伝統的な暦での新年にあたります。というわけで、きょう新年を迎える国のうち、ピーマイ・ラオ(ラオス正月)関連の切手の中からこの1枚を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)
これは、2001年4月13日にラオスが発行した“ルアンパバーン(ルアン・プラバーンとも)の新年”の切手のうち、“プーニュとニャーニュ”の夫婦神と“シンカップ(獅子)”のパレードを取り上げた1枚です。 詳細については、こちらをクリックして、内藤総研サイト内の当該投稿をご覧ください。内藤総研の有料会員の方には、本日夕方以降、記事の全文(一部文面の調整あり)をメルマガとしてお届けする予定です。 ★ 放送出演・講演・講座などのご案内 ★ 4月14日(金) 05:00~ おはよう寺ちゃん 文化放送の「おはよう寺ちゃん」に内藤がコメンテーターとして出演の予定です。番組は早朝5時から8時までの長時間放送ですが、僕の出番は6時からになります。皆様、よろしくお願いします。 4月22日(土) スタンプショウ 2023 於・都立産業貿易センター台東館 毎年恒例、東京・浅草で開催の世界切手祭り・スタンプショウで、22日(土) 11:00から拙著『現代日中関係史 第2部 1972-2022』の出版記念イベントやります。事前予約不要・参加費無料です。親イベントとなる切手展、スタンプショウの詳細は主催者サイトをご覧ください。 4月30日(日) 英秘密情報部(MI6)入門 4月30日(日) 13:00~14:30 よみうりカルチャー荻窪での公開講座です。 映画「007シリーズ」などにも名前が出てくる英秘密情報部(MI6)について、実際の歴史的事件とのかかわりなどを中心にお話します。詳細はこちらをご覧ください。 よみうりカルチャー 荻窪 宗教と国際政治 原則毎月第1火曜日 15:30~17:00 時事解説を中心とした講座です。詳細はこちらをご覧ください。 よみうりカルチャー 北千住 エリザベス女王の現代史 原則毎月第4土曜日 13:00~14:30 エリザベス女王の描かれた切手を手掛かりに、現代史を読み解く講座です。詳細はこちらをご覧ください。 武蔵野大学のWeb講座 「日本の歴史を学びなおす― 近現代編」と「日本郵便150年の歴史」の2種類の講座をやっています。詳細はこちらをご覧ください。 ★ 『現代日中関係史 第2部 1972-2022』 好評発売中!★ 2022年11月に刊行された「第1部1945-1972」の続編で、日中国交”正常化”以降の1972年から2022年までの半世紀の、さまざまな思惑が絡まり合う日中関係の諸問題を、切手とともに紐解いていきます。 * ご予約・ご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、本書の目次をご覧いただけるほか、アマゾン他、各ネット書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。 |
2021-06-14 Mon 02:29
福岡県直方市の住宅街で、きのう(13日)朝、体長1メートルほどのトカゲとみられる生き物が目撃され、およそ7時間後に警察に捕獲されました。捕獲されたのはミズオオトカゲとみられています。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)
これは、1967年にラオスが発行したミズオオトカゲの切手です。 ミズオオトカゲは、インドのアンダマン諸島から東南アジア、中国南部の原生林やマングローブ林など、水辺を中心に棲息するオオトカゲの一種で、大きなものは全長250センチにもなります。黒い体色に淡黄色の斑点が帯状に入ることが多く、頭部は比較的小さく、吻はやや尖っています。 泳ぎが得意で、昆虫やカニ、魚などの生き物のほか、死体も食べ、地中やシロアリの塚などに、1回に約15個の卵を産みます。特に、水田近くに棲息する個体はあぜを壊すカニや作物を荒らすネズミなども食べるため、有益な存在とされています。 皮が革製品に利用されるほか、食用・薬用としても用いられますが、現在のところ絶滅の恐れはないとされています。ただし、森林開発や水田の造成などにより棲息地が減少している地域もあるため、国や地域によっては保護動物に指定されています。また、ペットとしては日本にも輸出されています。 さて、今回の騒動は、13日午前6時10分ごろ、近くの住民から「道路にワニ、もしくはトカゲ1匹がいる」と110番通報があったことから署員が網を持って駆けつけ、側溝に逃げ込んだオオトカゲを出口をふさいで追い込み、最後は署員2人がかりで素手で捕まえたのだとか。今後、オオトカゲは“落とし物”として3ヵ月間保管されることになりますが、飼育方法は検討中だそうです。 ★★★ 全日本切手展のご案内 ★★★ 昨年(2020年)はコロナ禍で中止のやむなきに至った全日本切手展(全日展)ですが、本年は、6月25-27日(金-日) 東京・錦糸町のすみだ産業会館で開催されます。詳細は切手展の公式HPをご覧ください。 ★ 放送出演・講演・講座などのご案内★ 6月14日(月) 05:00~ おはよう寺ちゃん 文化放送の「おはよう寺ちゃん」に内藤がコメンテーターとして出演の予定です。番組は早朝5時から9時までの長時間放送ですが、僕の出番は07:48からになります。皆様、よろしくお願いします。 7月3日(土)~ 武蔵野大学の生涯学習講座 6月5日開講の予定だった下記の講座は、新型コロナウイルス対応の特別措置法に基づく緊急事態宣言の再延長に伴い、開講日(対面授業の初回の日)が7月3日に再延期になりました。詳細が決まりましたら、このブログでもご案内いたしますので、今しばらくお待ちください。なお、対面授業の時間割は、土曜日の同じ時間帯で変更はありません。 13:00~14:30 「日本の郵便150年の歴史 その1 ―“大日本帝国”時代の郵便事情―」 15:15~16:45 「東京五輪と切手ブームの時代 ―戦後昭和社会史の一断面―」 対面授業、オンラインのライブ配信、タイム・フリーのウェブ配信の3通りの形式での受講が可能です。お申し込みを含め、詳細については、こちらをクリックしてご覧ください。(現在は旧日程が掲載されておりますので、ご注意ください) ご不便をおかけしますが、よろしくお願いします。 ★ 『誰もが知りたいQアノンの正体』 好評発売中! ★ 1650円(本体1500円+税) 出版社からのコメント なぜQアノンにみんなハマったのか? ネットならではの引き寄せ構造と、現代格差社会の生んだ分かりやすい解釈。 これは米国だけじゃない! 人はみんなQを求めている!? (笑) * 編集スタッフの方が個人ブログで紹介してくれました。こちらをご覧ください。 ご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、本書の目次をご覧いただけるほか、アマゾン他、各ネット書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。 |
2021-04-14 Wed 03:23
きょう(14日)は、インドシナ諸国では伝統的な暦で新年にあたります。というわけで、きょう新年を迎える国のうち、ピーマイ・ラオ(ラオス正月)関連の切手の中からこの1枚を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)
これは、1966年にラオスが発行した伝統行事切手のうち、正月に飾られる砂の仏塔を描く1枚です。 ラオスや北タイのメコン川流域では、新年に合わせて川岸や川の中洲に、または、川から砂を運んで寺の境内に、仏塔ないしは仏塔をかたどった盛り土を作る風習があります。 川の砂は旧年中の行状を意味しており、川岸や川の中洲で作られる仏塔には、メコンに流して清めようという意味が込められているといわれています。一方、砂の仏塔を、土地への感謝を示すものと位置付けている地域もあり、そうした地域では、寺の境内に仏塔を作ることで、旧年中に寺から足の裏に付けて(結果的に)持ち出していった土をお寺に返すという意味があり、その結果として、徳を積むことにつながるとされています。 今回ご紹介の切手に描かれているのは、完成した砂の仏塔に女性たちが旗やろうそくを刺している場面で、これは、先祖供養の一環として、亡くなった先祖の霊が天国へ行けるように、との意味が込められているそうです。 ★ 放送出演・講演・講座などのご案内★ 4月19日(月) 05:00~ 文化放送の「おはよう寺ちゃん 活動中」に内藤がコメンテーターとして出演の予定です。番組は早朝5時から9時までの長時間放送ですが、僕の出番は07:48からになります。皆様、よろしくお願いします。 4月23日(金) 15:00~ 東京・浅草の東京都立産業貿易センター台東館で開催のスタンプショウ会場にて、拙著『切手でたどる郵便創業150年の歴史 vol.1 戦前編』の刊行記念トークを行います。入場無料・事前予約不要ですので、お気軽にご参加ください。なお、スタンプショウの詳細はこちらをご覧ください 4月24日(土) 倉山塾東京支部特別講演 靖国神社参拝と講演がセットになった有料イベント(参加費は3000円、高校生以下1000円)で、スケジュールは以下の通りです。 14:15 集合 靖国神社 大村益次郎像前 → 参拝(昇殿参拝ではありません)後、講演会場へ移動 15:00 講演会の受付開始 15:30-17:00 内藤の講演(拙著『切手でたどる郵便創業150年の歴史 vol.1 戦前編』の内容が中心ですが、前日のスタンプショウとは内容が異なるので、両方ご参加いただいても問題ありません) * 終了後、懇親会の予定あり(別途予約が必要です) お申し込みなどの詳細はこちらへ。一人でも多くの方のご参加をお待ちしております。 5月15日(土)~ 武蔵野大学の生涯学習講座 5月15日、22日、6月5日、19日、7月3日、17日の6回、下記のふたつの講座でお話しします。 13:00~14:30 「日本の郵便150年の歴史 その1 ―“大日本帝国”時代の郵便事情―」 15:15~16:45 「東京五輪と切手ブームの時代 ―戦後昭和社会史の一断面―」 対面授業、オンラインのライブ配信、タイム・フリーのウェブ配信の3通りの形式での受講が可能です。詳細については、武蔵野大学地域交流推進室宛にメール(lifelong★musashino-u.ac.jp スパム防止のため、アドレスの@は★に変えています)にてお問い合わせください。 ★ 『切手でたどる郵便創業150年の歴史 vol.1 戦前編』4月20日刊行! ★ 2530円(本体2300円+税) 明治4年3月1日(1871年4月20日)にわが国の近代郵便が創業され、日本最初の切手が発行されて以来、150年間の歴史を豊富な図版とともにたどる3巻シリーズの第1巻。まずは、1945年の第二次大戦終戦までの時代を扱いました。今後、2021年11月刊行予定の第2巻では昭和時代(戦後)を、2022年3月刊行予定の第3巻では平成以降の時代を取り扱う予定です。 ご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、本書の目次をご覧いただけるほか、アマゾン他、各ネット書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。 ★★ 内藤陽介の最新刊 『世界はいつでも不安定』 ★★ 本体1400円+税 出版社からのコメント 教えて内藤先生。 地上波では絶対に伝えられない国際情勢の事実をユーモアを交えて解説! チャンネルくらら人気番組「内藤陽介の世界を読む」が完全書籍化! 版元特設サイトはこちら。また、ご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、本書の目次をご覧いただけるほか、アマゾン他、各ネット書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。 |
2019-09-08 Sun 02:13
台風15号“ファクサイ”が、7日午後11時現在、小笠原諸島・父島の北北西約250キロを時速30キロで強い勢力を保って北西へ進んでおり、強い勢力を保って北上し、8日夜から9日にかけて関東地方に接近し、上陸する恐れがあるそうです。十分にご注意ください。というわけで、きょうは“ファクサイ”にちなんでこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)
これは、1951年、ラオスが発行した“ラオス女性”を描く切手です。台風15号につけられた“ファクサイ”という名前は、ラオス女性の一般的な名前ということなので、典型的なラオス女性を描いた切手としてこの1枚をご紹介しました。 現在のラオス国家の領域は、かつて“百万頭の象の王国”を意味するラーンサーンと呼ばれており、タイの属領でしたが、1905年までにフランスが保護国化。フランス領インドシナ(仏印)に組み込まれます。 1940年6月、第二次大戦でフランスがドイツに降伏し、さらに、日中戦争下の日本が、同年9月、中国との国境封鎖を求めて北部仏印に軍事進駐すると、タイはフランスに国境紛争を挑み、ラオス(の一部)を自国の“領土”として回復。これに対して、フランスは、自らの支配下に残ったルアンパバーンを強化することで対抗すべく、ルアンパバーン域内各地に小学校を新設するとともに、現地の住民に対して“母なる祖国・フランス”への奉仕を強調しました。このことは、結果的に、現在の“ラオス”という枠組でのナショナリズムを生み出し、ラオス現代史の起点となります。 第二次大戦末期の1945年3月9日、日本軍はいわゆる明号作戦を発動し、フランス植民地政府を武力によって解体。4月7日、日本軍の部隊がルアンパバーンの王宮周辺に姿を現すと、翌8日、国王シーサワーンウォンはラオス王国の建国を宣言。当時はまだ、仏印内にチャンパーサックが存在していたことに加え、一部の地域はタイの支配下に置かれていたため、シーサワーンウォンのルアンパバーン政府がラオス全土掌握したわけではありませんでしたが、それでも、これが現代ラオス国家の原型となりました。 しかし、もともとルアンパバーンでは(最大の敵であるタイに対抗するため)親仏的な傾向が強かったこともあって、1945年8月に日本が降伏すると、シーサワーンウォンは独立を撤回し、仏印への復帰を選択。すると、これに不満を持つ民族主義者はラオ・イサラ(自由ラオス)を結成して反仏闘争を展開します。これに対して、フランスは、1949年、あらためてフランス連合内の立憲君主国としての“ラオス王国”を創設し、シーサワーンウォンを初代国王として即位させました。 これに対して、ラオ・イサラはシーサワーンウォンと妥協する親仏派と、ヴェミンと共闘して抗戦継続祖主張する強硬派に分裂。強硬派は、1950年8月、北東部のサムヌア省を拠点にネオ・ラオ・イサラ政府を樹立。1951年にはホー・チ・ミン率いるヴェトミン等とインドシナ合同民族統一戦線を結成し、抗仏闘争を展開しました。 こうした状況の下、シーサワーンウォンのラオス王国は、自らの正統性をアピールする意図を込めて、従来の仏印切手に代わり、独自の切手発行を開始しました。今回ご紹介の切手もその1枚です。 なお、シーサワーンウォンのラオス王国は1953年11月に完全独立を達成しましたが、ネオ・ラオ・イサラも、ヴェトナムの共産主義者と連携してラオス北部2県を実効支配するなど、ラオスの分裂は続きましたが、1957年にはシーサワーンウォン政府とパテート・ラーオ(1956年にネオ・ラオ・イサラが改称)、中立派の3派による統一政府が樹立され、いったん分裂は解消されることになります。 ★★ イベントのご案内 ★★ ・インド太平洋研究会 第3回オフラインセミナー 9月28日(土) 15:30~ 於・イオンコンパス東京八重洲会議室 内藤は、17:00から2時間ほど、“インド太平洋”について、郵便学的手法で読み解くお話をする予定です。 参加費など詳細は、こちらをご覧ください。 ★★ 講座のご案内 ★★ 10月からの各種講座のご案内です。詳細については、各講座名をクリックしてご覧ください。 ・よみうりカルチャー 荻窪 宗教と国際政治 毎月第1火曜日 15:30~17:00 10/1、11/5、12/3、1/7、2/4、3/3(1回のみのお試し受講も可) ・武蔵野大学生涯学習秋講座 飛脚から郵便へ―郵便制度の父 前島密没後100年― 2019年10月13日(日) (【連続講座】伝統文化を考える“大江戸の復元” 第十弾 全7回) 切手と浮世絵 2019年10月31日 ー11月21日 (毎週木曜・4回) ★★ 内藤陽介の最新刊 『チェ・ゲバラとキューバ革命』 好評発売中!★★ 本体3900円+税 【出版元より】 盟友フィデル・カストロのバティスタ政権下での登場の背景から、“エルネスト時代”の運命的な出会い、モーターサイクル・ダイアリーズの旅、カストロとの劇的な邂逅、キューバ革命の詳細と広島訪問を含めたゲバラの外遊、国連での伝説的な演説、最期までを郵便資料でたどる。冷戦期、世界各国でのゲバラ関連郵便資料を駆使することで、今まで知られて来なかったゲバラの全貌を明らかする。 本書のご予約・ご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、アマゾン他、各ネット書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。 |
2017-03-11 Sat 16:41
「ラオスに融資すれば金利によって利益が得られる」などともちかけ、80代女性にラオスの紙幣300万キープ相当(日本円で4万円弱)を渡して、日本円150万円をだまし取っていた男4人が、きのう(10日)、大阪府警に逮捕されました。男らは、同様の手口で、京都府や兵庫県に住む60-90代の男女約100人から計約1億2000万円をだまし取ったと見られています。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)
これは、2014年7月22日にラオスで発行された1万1000キープ切手で、1984年に発行された国章図案の1キープ切手に新額面を加刷しています。元の額面の1万倍以上の高額加刷ですが、日本円に換算すると146円前後。2013年(今回ご紹介の切手が発行される前年)に僕がラオスを訪れた時の物価では、ミネラルウォーターのペットボトルが2000キープでしたから、1万1000キープ(日本円で146円前後)だと5本半。物価感覚からすると、日本では5-600円といった感じでしょうか。 さて、旧仏領インドシナのうち、現在のラオスの地では、第2次大戦末期の1945年3月、日本軍によっていわゆる明号作戦が発動され、同年4月、日本の影響下でシーサワーンウォン王がラオス王国の独立を宣言しました。 ところが、第二次大戦後、インドシナ支配の復活をもくろむフランスが再進駐してくると、シーサワーン・ウォンは独立を撤回。これに不満を持つ民族主義者は、1945年10月、ラオ・イサラ(自由ラオス)を結成し、従来の仏印ピアストルに代わる新通貨として“キープ”を導入し、自らの支配地域で流通させました。 これに対して、フランスはシーサワーン・ウォンに内政の自治権を与えて懐柔するとともに、ラオ・イサラを攻撃。このため、ラオ・イサラの指導者たちはタイに亡命政府を樹立し、ラオスの地ではふたたび、仏印ピアストルが使用されるようになります。 1946年の第一次インドシナ戦争勃発を経て、1949年にラオスはフランス連合内のラオス王国として名目上独立し、1953年10月22日に完全独立を達成します。これに先立ち、1952年、カンボジア・ラオス・ベトナム国立発券局は独立に向けた移行措置として、仏印ピアストルとキープの両通貨を発行しました。両通貨は等価で、ラオス王国の独立後も1957年まで両通貨併記の紙幣が使われていました。その後、1957年にラオス王国は両通貨併記の紙幣を廃止し、新通貨として“王国キープ(ヴィエンチャン・キープとも)”を導入。以後、1975年まで、王国キープがラオスの法定通貨となります。 1975年12月、王制が廃止され、ラオス人民民主共和国が成立した後も、当初は王国キープが使用されていましたが、内戦中のインフレに対応すべく、1976年6月13日、新通貨として“解放キープ(パテート・ラーオ・キープとも)”が導入されました。新旧通貨の交換レートは1解放キープ=20王国キープです。 しかし、その後も社会的な混乱に伴い急激なインフレが進行し続けたため、1979年12月16日に100分の1のデノミを伴う通貨改革が実施され、現行通貨としてのPDRキープ(ラオス人民民主主義共和国 キープ、国立銀行キープとも)が導入され、現在に至っています。 ちなみに、1979年の現行キープ導入後、1980年のラオスのインフレ率は188.82%(同時期の日本は7.81%)で、その後も20世紀中はおおむね2ケタの高インフレ率を記録していましたが(特に、1985年は114.70%、1999年は128.41%と3ケタを記録しています)、2005年以降のインフレ率はおおむね5-7%程度に収まっています。 今回ご紹介の切手が発行された2014年のインフレ率は5.50%でしたから、この切手も、急激なインフレに対応するためというよりは、純粋に、郵便局の在庫不足を補うため、インフレで使い道がなくなり、大量に余っていた低額切手を持ち出して加刷したものと思われます。なお、加刷には“2014年3月5日”の日付が表示されていますが、これが何を意味するのかは調べきれませんでした。 当初、改値加刷は機械で印刷されることも検討されましたが、現場スタッフの間では手押し加刷の方が望ましいという声が強かったため(おそらく、印刷所からの大量の横流しを恐れたものと思われます)、1枚ずつ、手押しの印が押されました。ちなみに、手押し加刷に要した経費は、加刷用の印顆の製作費や人件費など、米ドル換算で580ドルでした。また、加刷に使用された台切手の額面合計は米ドル換算で 41.13でしたが、加刷切手の額面合計は28万6675.80ドルと大幅に上昇しました。 なお、加刷切手の製造は、2014年9月4日に終了し、それにあわせて、ラオス当局は、加刷に用いた印顆を公開の場で焼却するセレモニーを行い、以後、新たな加刷切手の製造はないことを国民の前でアピールしています。 ★★★ ブラジル大使館推薦! 内藤陽介の『リオデジャネイロ歴史紀行』 ★★★ 2700円+税 【出版元より】 オリンピック開催地の意外な深さをじっくり紹介 リオデジャネイロの複雑な歴史や街並みを、切手や葉書、写真等でわかりやすく解説。 美しい景色とウンチク満載の異色の歴史紀行! 発売元の特設サイトはこちらです。 ★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★ 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインよろしくポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。 |
2016-09-17 Sat 11:54
アシェット・コレクションズ・ジャパンの週刊『世界の切手コレクション』2016年9月14日号が先週、発行されました。僕が担当したメイン特集「世界の国々」のコーナーは、今回はラオスの特集(2回目)です。その記事の中から、この1点をご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)
これは、2006年に発行された第2タイ=ラオス友好橋開通の記念切手です。 第2タイ=ラオス友好橋は、ノーンカーイ(タイ)=ヴィエンチャン(ラオス)間の友好橋に次いで、両国国境のメコン川に架けられた2本目の橋で、 ムックダーハーン(タイ)=サワンナケート(ラオス)間の2050mを結んでいます。基本構造は多径間連続ラーメンPC箱桁橋ですが、中間地点に仏教の“合掌”をモチーフとして取り入れるため、一部はエクストラドーズド橋となりました。日本のODA融資資金の円借款ローン(約80億円)により、三井住友建設が施工し、2006年12月20日に開通。これにより、ヴェトナム、ラオス、タイ、ミャンマーの国々を結ぶ東西経済回廊が完成しました。今回ご紹介の切手では、日本の支援に感謝する意味を込めて、“合掌”の部分の上方に日章旗が描かれているのも良いですね。 さて、『世界の切手コレクション』9月14日号の「世界の国々」では、ラオス内戦とパテート・ラーオについてまとめた長文コラムのほか、辻政信の失踪の地として知られるジャール平原、ワット・セーンの釈迦牟尼仏、バーシー・スー・クワンの儀式、伝統的な稲作の風景、日本の援助によるポンプ式井戸の切手などもご紹介しております。機会がありましたら、ぜひ、書店などで実物を手に取ってご覧いただけると幸いです。 なお、「世界の国々」の僕の担当回ですが、次回は、来週水曜日(21日)発売の9月28日号でのニカラグアの特集(2回目)になります。こちらについては、発行日以降、このブログでもご紹介する予定です。 ★★★ トークイヴェントのご案内 ★★★ 拙著『リオデジャネイロ歴史紀行』の刊行を記念して、東京・青山の駐日ブラジル大使館で下記の通り、トークイヴェントを開催いたします。ぜひ、ご参加ください。 ・日時 2016年9月23日(金)18:00~20:00(17:30受付開始) ・会場 駐日ブラジル大使館 セミナー・ルーム 〒107-8633 東京都港区北青山2丁目11-12 (地図はこちらをご覧ください) ・参加費 無料 ・定員 30名(申込多数の場合は先着順) * 9月19日(月)までに、お名前・ご連絡先・ご所属を明記の上、電子メール、ファックス等で下記宛にお申し込みください。(お送りいただいた個人情報は、大使館へ提出する以外の目的には使用しません) 申込先 えにし書房(担当・塚田) 〒102-0074 千代田区九段南2-2-7-北の丸ビル3F Tel. 03-6261-4369 Fax. 03-6261-4379 電子メール info★enishishobo.co.jp (スパム防止のため、★の部分を半角@に変えてご送信ください) なお、トークヴェベント終了後、20:30より近隣のブラジルレストラン「イグアス」にて懇親会を予定しております。(イグアスの地図はhttp://tabelog.com/tokyo/A1306/A130603/13048055/ をご覧ください) 会費は、『リオデジャネイロ歴史紀行』1冊の代金込みで6500円(書籍不要の場合は5000円)の予定です。参加ご希望の方は、トークイベントお申し込みの際に、その旨、お書き添えください。なお、懇親会のみの御参加も歓迎いたします。 ★★★ ブラジル大使館推薦! 内藤陽介の『リオデジャネイロ歴史紀行』 ★★★ 2700円+税 【出版元より】 オリンピック開催地の意外な深さをじっくり紹介 リオデジャネイロの複雑な歴史や街並みを、切手や葉書、写真等でわかりやすく解説。 美しい景色とウンチク満載の異色の歴史紀行! 発売元の特設サイトはこちらです。 * 8月6日付『東京新聞』「この人」欄で、内藤が『リオデジャネイロ歴史紀行』の著者として取り上げられました! ★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★ 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインよろしくポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。 |
2016-04-08 Fri 18:35
きょう(8日)は、お釈迦様の誕生を祝う“花まつり”の日です。というわけで、恒例のお釈迦様ネタの1枚を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)
これは、2003年のバンコク世界切手展に際してラオスが発行した記念切手で、ルアン・パバーンにあるワット・セーンの釈迦牟尼仏立像が取り上げられています。ちなみに、実際の仏像と像を収める祠はこんな感じでした。 ワット・セーンはワット・セーン・スーク・ハラムともいい、ルアンパバーンのサッカリン通りにあり、1718年に建立されました。寺名の“セーン”はラオ語で10万の意味ですが、これは、建立に際してキン・キッサラート王によりメコン川から取られた10万個の石が用いられたことによるという説が有力ですが、ほかにも、建立に際して10万キップの寄付があったからとか、本堂の壁面の装飾の蓮が10万あるためという説もあります。仏陀入滅2500年の記念事業として1957年に大修理が行われ、現在の姿になりました。 切手に取り上げられた仏像は巨大な立像ですが、釈迦の身体的特徴とされる三十二相のうち、正立手摩膝相(直立したとき手先が膝に触れるほど長く、哀れみの思いが深く大きいことを意味しています)、足下安平立相(扁平足。足の裏が凹凸がなく平らで、地面を歩くとき足裏と地面とが密着しており、慈悲の平等を意味しています)などが強調された造形となっています。 なお、拙著『切手が伝える仏像』では、今回ご紹介の切手を含め、世界のさまざまな仏像切手をご紹介しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。 ★★★ 講座のご案内 ★★★ ・よみうりカルチャー荻窪 「宗教と国際政治」 4月から毎月第1火曜の15:30より、よみうりカルチャー荻窪(読売・日本テレビ文化センター、TEL 03-3392-8891)で講座「宗教と国際政治」がスタートします。ぜひ、遊びに来てください。詳細は、こちらをご覧いただけると幸いです。 ★★★ 内藤陽介の新刊 『ペニー・ブラック物語』 のご案内 ★★★ 2350円+税 【出版元より】 若く美しい女王の横顔に恋しよう! 世界最初の切手 欲しくないですか/知りたくないですか 世界最初の切手“ペニー・ブラック”…名前は聞いたことがあっても、詳しくは知らないという収集家も多いはず。本書はペニー・ブラックとその背景にある歴史物語を豊富なビジュアル図版でわかりやすく解説。これからペニー・ブラックを手に入れたい人向けに、入手のポイントなどを説明した収集ガイドもついた充実の内容です。 発売元の特設サイトはこちら。ページのサンプルもご覧いただけます。 ★★★ 内藤陽介の新刊 『アウシュヴィッツの手紙』 のご案内 ★★★ 2000円+税 【出版元より】 アウシュヴィッツ強制収容所の実態を、主に収容者の手紙の解析を通して明らかにする郵便学の成果! 手紙以外にも様々なポスタルメディア(郵便資料)から、意外に知られていない収容所の歴史をわかりやすく解説。 出版元のサイトはこちら。各書店へのリンクもあります。 インターネット放送「チャンネルくらら」にて、本書の内容をご紹介しております。よろしかったら、こちらをクリックしたご覧ください。 ★★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★★ 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインよろしくポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。 |
2015-08-18 Tue 12:50
きのう(17日)夜、バンコク中心部のエーラーワン廟前で爆弾テロとみられる大きな爆発があり、これまでに外国人8人を含む少なくとも22人の死亡が確認され、多数が負傷する惨事となりました。亡くなられた方のご冥福をお祈りするとともに、被害を受けられた方には心よりお見舞い申し上げます。というわけで、きょうは“エーラーワン”に関連して、この1枚を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)
これは、1974年にラオスで発行されたインドラの切手です。本来であれば、タイの切手を持ってきたかったのですが、適当なモノが思い浮かばなかったのと、現在の国名でいうタイとラオスの地域は伝統的な文化・宗教という面ではほぼ一体化していますので、今回はご容赦ください。 インドラは古代インド神話の最強の神で、馬車または白象に乗り、金剛杵を持って大地に雨を降らせ、恵みを与えるとされています。仏教へは“帝釈天”として取り込まれ、釈迦の修業時代から彼を助け、その説法を聴聞しました。ちなみに、現在のラッタナコーシン王朝を開いたラーマ1世は、1784年、王都バンコクの建設にあたって、インドラの降臨を仰いだとされており、それゆえ、バンコクの正式名称ではインドラの名前も登場しています。 今回の事件現場の名前である“エーラーワン(サンスクリットではアイラーヴァタ)は、インドラの乗物とされる白い象のことで、神話では、冥界まで鼻を伸ばし、吸い上げた水を空に向けて吹き上げて雲を作り、インドラがそれを雨へと変えるとされています。タイやラオスなど東南アジアでは、今回ご紹介の切手にみられるように、3首の姿で描かれるのが一般的です。 ところで、少しややこしいのですが、事件現場となっている“エーラーワン廟”は、旧エーラーワン・ホテル(現グランド・ハイアット・エラワン・バンコク)前に建てられたことからこの名がつけられましたが、廟の祭神はインドラではなく、ヒンドゥーの最高神とされるブラフマー(プラ・プロム)です。ブラフマーの乗物は象ではなく、水鳥ハンサですから、廟の中の像もエーラーワンには乗っていません。 廟は、1953年に着工したエラワンホテルの建設工事に際して、当初、事故が多発したため、占星術に通じた海軍少将ルワン・スウィチャーンペートの勧めにより、敷地内に建立されたもので、以後、工事は順調に進み、無事、ホテルは開業にこぎつけました。このことから、エーラーワン廟のブラフマー像は「願い事がかなう神様」として、日々、多くの参拝者を集める場所となってきました。 報道された画像を見る限り、ご本尊の像そのものには大きな打撃はなかったようですが、そういう場所に爆弾を仕掛けるなんて、何とも罰当たりな話です。犯人一味には厳しい神罰が下り、一日も早く、善男善女が集う、エーラーワン廟本来の姿に戻ってほしいものですな。 なお、古代インドの神々と仏教の関係については、拙著『切手が伝える仏像』でもいろいろと解説しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。 * 昨日、カウンターが155万PVを超えました。いつも閲覧していただいている皆様には、この場をお借りして、お礼申し上げます。 ★★★ 内藤陽介の最新刊 『日の本切手 美女かるた』 好評発売中! ★★★ 税込2160円 4月8日付の『夕刊フジ』に書評が掲載されました! 【出版元より】 “日の本”の切手は美女揃い! ページをめくれば日本切手48人の美女たちがお目見え! <解説・戦後記念切手>全8巻の完成から5年。その著者・内藤陽介が、こんどは記念切手の枠にとらわれず、日本切手と“美女”の関係を縦横無尽に読み解くコラム集です。切手を“かるた”になぞらえ、いろは48文字のそれぞれで始まる48本を収録。様々なジャンルの美女切手を取り上げています。 出版元のサイトはこちら、内容のサンプルはこちらでご覧になれます。ネット書店でのご購入は、アマゾン、boox store、e-hon、honto、YASASIA、紀伊國屋書店、セブンネット、ブックサービス、丸善&ジュンク堂、ヨドバシcom.、楽天ブックスをご利用ください。 ★★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★★ 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。 |
2015-07-12 Sun 22:45
北朝鮮を訪問中のラオスのセンヌアン国防相らラオス人民軍幹部が、昨日(11日)、北朝鮮側の人民武力部長(国防相)として朝鮮人民軍の朴永植大将と会談したことが公表されました。北朝鮮の人民武力部長については、今年5月、当時の人民武力部長だった玄永哲が粛清されたとみられていたものの、北朝鮮当局はこの件について対外的にノーコメントの立場を取っていましたが、今回の一件で、人民武力部長の交代が公式に確認されたことになります。というわけで、きょうは、この事実を明らかにするきっかけとなったラオス人民軍にちなんで、こんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)
これは、2009年にラオスで発行されたラオス人民軍創建60周年の記念切手のうち、前線で指揮を執るカイソーン・ポムウィハーンを取り上げた1枚です。 旧仏領インドシナのうち、現在のラオスの地では、第2次大戦末期の1945年3月、日本軍によっていわゆる明号作戦が発動され、同年4月、日本の影響下でシーサワーンウォン王がラオス独立を宣言しました。 ところが、戦後、インドシナ支配の復活をもくろむフランスが再進駐して第一次インドシナ戦争が勃発すると、シーサワーン・ウォンは独立を撤回。これに不満を持つ民族主義者はラオ・イサラ(自由ラオス)を結成しましたが、フランスはシーサワーン・ウォンに内政の自治権を与えて懐柔するとともに、ラオ・イサラを攻撃。このため、ラオ・イサラの指導者たちはタイに亡命政府を樹立して抵抗を続けました。 その後、ラオ・イサラの指導者はシーサワーン・ウォンと妥協し帰国する者と、あくまでも妥協を拒否する強硬派に分裂し、後者のスパーヌウォン王子らは1950年8月、北東部のサムヌア省を拠点に左派のネーオ・ラーオ・イサラ(ラオス自由戦線)政府を樹立。1951年にはホー・チ・ミン率いるヴェトミン等とインドシナ合同民族統一戦線を結成し、抗仏闘争を展開します。その際、自由戦線側の軍事組織として、1950年に創設されたのがパテート・ラーオで、これが、現在のラオス人民軍の直接の母体となりました。 ところで、パテート・ラーオの創設以前、ラオス内にはさまざまな軍事勢力がありましたが、その中で、インドシナ戦争の中軸を担ったヴェトナムが後押ししていたのが、ヴェトナム人の父親を持ち(母親はラオス人)、ハノイ大学で学び、ヴェトナムで半植民地運動に参加して1949年にはインドシナ共産党に入党していたカイソーン・ポムウィハーンでした。カイソーンは、後にラオス人民革命党の書記長となり、1975年12月2日、王政が廃止されてラオス人民民主共和国が建国されると、初代首相を兼任し、1992年に亡くなるまで、独裁者としてラオスに君臨するようになります。 それに伴い、パテート・ラーオの創設以前、カイソーンが1949年1月20日に創設された(とされる)ラーサウォン隊で司令官を務めていたことがクローズアップされ、同隊こそがラオス人民解放軍の前身であるというのが、ラオス国家の公式な歴史観となりました。今回ご紹介の切手も、ここから起算したため、2009年に“60周年記念”として発行されたというわけです。 まぁ、北朝鮮でも、歴史的な事実としては朝鮮人民軍の創建は1948年2月8日であるにもかかわらず、金日成から金正日への権力世襲の過程で、満州での金日成の抗日武装闘争の経歴が誇張して宣伝されるようになった結果、1978年以降、朝鮮人民軍のルーツは“朝鮮人民革命軍”(金日成の抗日遊撃隊)であるとして、建軍記念日も朝鮮人民革命軍が結成されたとされる1932年4月25日(ただし、これは北朝鮮当局がそう主張しているだけであって、資料的な裏付けはありません)に変更されていますからねぇ。独裁国家というのは、似たようなことを考えるものだと言えばそれまでですが。 なお、1975年の革命以前、ラオス王国は韓国と国交があり、北朝鮮とは国交がありませんでしたが、革命後のカイソーン政権は韓国と断交し、北朝鮮と国交を樹立します。しかし、韓国との関係が完全に途絶したわけではなく、1988年のソウル五輪にはラオスは選手団を派遣しており、1995年には韓国とも国交を回復。現在、南北双方と国交関係があります。ちなみに、現在、ラオス最大の民間企業は、自動車販売などを手掛ける韓国資本のKOLAOグループです。 ★★★ 全日本切手展+韓国切手展のご案内 ★★★ 7月17-19日(金ー日) 東京・錦糸町のすみだ産業会館で全日本切手展(全日展)ならびに日韓国交正常化50周年記念・韓国切手展が開催されます。詳細は、主催団体の一つである日本郵趣連合のサイト(左側の“公式ブログ”をクリックしてください)のほか、フェイスブックのイベントページ(全日展はこちら、韓国切手展はこちら)にて、随時、情報をアップしていきますので、よろしくお願いいたします。 *画像は全日展実行委員会が制作したチラシです。 なお、内藤は、会期中の18日(土)11:00より、韓国切手展の展示解説を、16:00より「切手と郵便に見る韓国現代史と日本」と題する記念講演を行いますので、皆様、是非、遊びに来てください。 ★★★ 内藤陽介の最新刊 『日の本切手 美女かるた』 好評発売中! ★★★ 税込2160円 4月8日付の『夕刊フジ』に書評が掲載されました! 【出版元より】 “日の本”の切手は美女揃い! ページをめくれば日本切手48人の美女たちがお目見え! <解説・戦後記念切手>全8巻の完成から5年。その著者・内藤陽介が、こんどは記念切手の枠にとらわれず、日本切手と“美女”の関係を縦横無尽に読み解くコラム集です。切手を“かるた”になぞらえ、いろは48文字のそれぞれで始まる48本を収録。様々なジャンルの美女切手を取り上げています。 出版元のサイトはこちら、内容のサンプルはこちらでご覧になれます。ネット書店でのご購入は、アマゾン、boox store、e-hon、honto、YASASIA、紀伊國屋書店、セブンネット、ブックサービス、丸善&ジュンク堂、ヨドバシcom.、楽天ブックスをご利用ください。 ★★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★★ 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。 |
2015-03-06 Fri 23:13
ことし(2015年)は、1955年3月5日の日本=ラオス国交樹立60周年ということで、これにあわせ、今月4日から7日まで、ラオスのトンシン首相が訪日しており、きょう(6日)は、安倍首相とも会談しました。というわけで、こんな切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)
これは、1965年3月30日にラオスが発行した“各国の援助(に感謝)”の切手のうち、日本の援助として、農村でのポンプ式の井戸が描かれています。 第二次世界大戦末期の1945年3月、日本軍が明号作戦を発動してフランス軍を制圧。これに伴い、同年4月、日本の影響下でシーサワーンウォン王がラオス独立を宣言しました。 ところが、戦後、インドシナ支配の復活をもくろむフランスが再進駐して第一次インドシナ戦争が勃発すると、国王シーサワーンウォンは独立を撤回。これに不満を持つ民族主義者はラオ・イサラ(自由ラオス)を結成し、いわゆる第一次インドシナ戦争の一環として、フランスに対する独立闘争が続けられました。 その後、シーサワーンウォンのラオス王国は、1953年10月22日に完全独立を達成。翌1954年にジュネーヴでインドシナ停戦協定が調停され、全外国軍隊のラオス王国からの撤退、パテート・ラーオ軍の中南部10県からの撤収と北部2県への結集と軍事的中立等が決められました。 これを受けて、1955年3月5日、わが国はラオスと国交を樹立。1957年には、岸信介首相が日本の要人として初めてラオスを訪問しました。以後、わが国はラオスに対してさまざまな援助を行っていますが、その一環として、かつてはラオス各地でポンプ式井戸の掘削を支援。これにより、ラオス国民の水環境は大きく改善されました。今回ご紹介の切手は、そのことへの感謝の意を示すために発行されたものです。 さて、今日の会談では、両国首脳は、ラオスへの日本のインフラ開発支援や両国間の投資促進などを通じて経済関係を強化する方針で一致したほか、安全保障分野やテロ対策での連携も確認し、共同声明に署名しました。共同声明には「テロに屈せず世界の平和と安定に共に貢献していく」との一文も明記されており、これは、“イスラム国”を自称する犯罪者集団・ダーイシュを意識したものとみられていますが、昨日(5日)、韓国で駐韓米国大使が暴漢に襲われた事件などもあっただけに、ますます重みを増す文言となりましたな。なお、東アジアの一部の国々とは異なり、ラオスのトンシン首相は、日本の“積極的平和主義”を支持するとも明言しており、今回の首相の訪日を機に、両国の友好関係が深まることが期待されます。 ★★★ よみうりカルチャー荻窪の講座のご案内 ★★★ 毎月1回(原則第1火曜日:3月31日、4月7日、6月2日、7月7日、8月4日、9月1日)、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で下記の一般向けの教養講座を担当します。(下の青い文字をクリックしていただくと、よみうりカルチャーのサイトに飛びます) ・イスラム世界を知る 時間は15:30-17:00です。 次回開催は3月31日で、途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。 ★★★ 内藤陽介の最新刊 『日の本切手 美女かるた』 3月25日発売! ★★★ 税込2160円 【出版元より】 “日の本”の切手は美女揃い! ページをめくれば日本切手48人の美女たちがお目見え! <解説・戦後記念切手>全8巻の完成から5年。その著者・内藤陽介が、こんどは記念切手の枠にとらわれず、日本切手と“美女”の関係を縦横無尽に読み解くコラム集です。切手を“かるた”になぞらえ、いろは48文字のそれぞれで始まる48本を収録。様々なジャンルの美女切手を取り上げています。 本書のご注文はこちら(出版元の予約受付サイトです)へ。内容のサンプルはこちらでご覧になれます。 ★★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★★ 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。 |
2014-10-29 Wed 21:39
アシェット・コレクションズ・ジャパンの週刊『世界の切手コレクション』2014年10月29日号が、先週、刊行されました。僕が担当しているメイン特集「世界の国々」のコーナーは、今回はラオスの特集です。その記事の中から、こんなモノをご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)
これは、1952年、フランス連合内のラオス王国として発行された切手で、ヴィエンチャンのワット・ホー・パケオが描かれています。ちなみに、現在のワット・ホー・パケオの実際の外観はこんな感じです。 現在のラオス国家の領域は、かつて“百万頭の象の王国”を意味するラーンサーンと呼ばれていました。16世紀後半、ラーンサーンの王であったセーターティラートは、王都ヴィエンチャンを建設するとともに、新都に王室の守護寺院としてワット・ホー・パケオを建立。旧都ルアンパバーンから本尊のエメラルド仏(実際には濃緑色の硬玉でできています)を移して都としての体裁を整えました。 しかし、17世紀末、ラーンサーンの王国は、ルアンパバーン、ヴィエンチャン、チャンパーサックに分裂。彼らは対立・抗争を繰り返しながら徐々に弱体化し、1779年にシャム(現タイ)のとの戦争に負けて、その属領となってしまいます。この過程で、ヴィエンチャンのエメラルド仏はシャムに持ち出され、1784年、現王朝(ラッタナコーシン朝)の始祖であるラーマ1世がバンコクの王宮付属寺院であるワット・プラケーオにエメラルド仏を移しました。これがバンコクのエメラルド寺院のルーツです。 1885年以降、すでにヴェトナムを掌中に収めていたフランスは漢族ホー(太平天国の残党といわれている武装集団)の襲撃から、タイの属国であったラーンサーンを守ることで、彼らの信頼を獲得。そのうえで、1893年、ラーンサーン地域の領有権を主張して砲艦外交を展開し、1905年までにラオスの全地域を保護国化しました。 このため、1940年6月、第二次大戦でフランスがドイツに降伏し、さらに、日中戦争下の日本が、同年9月、中国との国境封鎖を求めて仏領インドシナ北部に軍事進駐すると、タイはフランスに国境紛争を挑み、ラオス(の一部)を自国の“領土”として回復しました。 これに対して、フランスは、自らの支配下に残ったルアンパバーンを強化することで対抗すべく、ルアンパバーン域内各地に小学校を新設するとともに、現地の住民に対して“母なる祖国・フランス”への奉仕を強調。このことが、結果的に、現在の“ラオス”という枠組でのナショナリズムを生み出し、ラオス現代史の起点となりました。 さて、『世界の切手コレクション』10月29日号の「世界の国々」では、日本との関係も深いルアンパバーン国王シーサワーンウォンとその生涯や、メコン川周辺の自然と文化、内戦時代のパテート・ラーオとその切手などもご紹介しております。機会がありましたら、ぜひ、書店などで実物を手に取ってご覧いただけると幸いです。 なお、本日発売の11月5日号では、「世界の国々」はニカラグアにフォーカスを当てておりますが、こちらについては、来週水曜日に、このブログでもご紹介する予定です。 ★★★ トークイベントのご案内 ★★★ ・11月1日(土) 14:30- 全国切手展<JAPEX> 東京・浜松町で開催される全国切手展<JAPEX>会場内で、拙著『朝鮮戦争』のトークイベントを予定しております。よろしかったら、ぜひ遊びに来てください。なお、詳細は主催者HPをご覧いただけると幸いです。 ★★★ インターネット放送出演のご案内 ★★★ インターネット放送・チャンネルくららにて、10月8日より、内藤がレギュラー出演する新番組「切手で辿る韓国現代史」が毎週水曜日に配信となります。青字をクリックし、番組を選択していただくとYoutube にて無料でご覧になれますので、よろしかったら、ぜひ、ご覧ください。(画像は収録風景で、右側に座っているのが主宰者の倉山満さんです) ★★★ よみうりカルチャー荻窪の講座のご案内 ★★★ 10月から、毎月1回(原則第1火曜日:11月4日、1月6日、2月3日、3月3日、3月31日)、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で下記の一般向けの教養講座を担当します。 ・イスラム世界を知る 時間は15:30-17:00です。 次回開催は11月4日で、途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。 ★★★ 内藤陽介の最新刊 『朝鮮戦争』好評発売中! ★★★ お待たせしました。約1年ぶりの新作です! 本体2000円+税 【出版元より】 「韓国/北朝鮮」の出発点を正しく知る! 日本からの解放と、それに連なる朝鮮戦争の苦難の道のりを知らずして、隣国との関係改善はあり得ない。ハングルに訳された韓国現代史の著作もある著者が、日本の敗戦と朝鮮戦争の勃発から休戦までの経緯をポスタルメディア(郵便資料)という独自の切り口から詳細に解説。解放後も日本統治時代の切手や葉書が使われた郵便事情の実態、軍事郵便、北朝鮮のトホホ切手、記念切手発行の裏事情などがむしろ雄弁に歴史を物語る。退屈な通史より面白く、わかりやすい内容でありながら、朝鮮戦争の基本図書ともなりうる充実の内容。 本書のご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、アマゾン他、各電子書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。 *8月24日付『讀賣新聞』、韓国メディア『週刊京郷』8月26日号、8月31日付『夕刊フジ』、『郵趣』10月号、『サンデー毎日』10月5日号で拙著『朝鮮戦争』が紹介されました! ★★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★★ 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。 |
2014-05-17 Sat 16:49
ラオス北東部のシエンクワーン県で、けさ(現地時間17日06時15分頃)、ドゥアンチャイ・ピチット副首相兼国防相夫妻や国会議長ら少なくとも18人を乗せたラオス空軍機(アントノフ74型)が墜落。副首相兼国防相ら少なくとも5人の死亡が確認され、女性1人を含む3人の生存者が見つかったものの、現時点では詳細は不明だそうです。というわけで、シエンクワーン県にちなんでこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)
これは、1961年にパテート・ラーオが発行した切手で、ジャール平原で国旗を掲げるパテート・ラーオの兵士が描かれています。 ラオス北東部、ヴェトナムのゲアン省と接するシエンクワーン県のうち、アンナン山脈の北端に位置する平原には、紀元前500-後800年に古代モン・クメール族が使っていた石壺 が散らばって埋められています。1930年代にこの地を発掘調査したフランス人考古学者は、石壺(jars)にちなんで、この地を“ジャール平原”と命名。後に、この地名は平原全体を指す言葉としても使われるようになりました。 旧仏領インドシナのうち、現在のラオスの地では、第2次大戦末期の1945年3月、日本軍によっていわゆる明号作戦が発動され、同年4月、日本の影響下でシーサワーンウォン王がラオス独立を宣言しました。 ところが、戦後、インドシナ支配の復活をもくろむフランスが再進駐して第一次インドシナ戦争が勃発すると、国王シーサワーン・ウォンは独立を撤回。これに不満を持つ民族主義者はラオ・イサラ(自由ラオス)を結成しましたが、フランスはシーサワーン・ウォンに内政の自治権を与えて懐柔するとともに、ラオ・イサラを攻撃。このため、ラオ・イサラの指導者たちはタイに亡命政府を樹立して抵抗を続けました。 その後、ラオ・イサラの指導者はシーサワーン・ウォンと妥協し帰国する者と、あくまでも妥協を拒否する強硬派に分裂し、後者のスパーヌウォン王子らは1950年8月、北東部のサムヌア省を拠点に左派のネオ・ラオ・イサラ政府を樹立。1951年にはホー・チ・ミン率いるヴェトミン等とインドシナ合同民族統一戦線を結成し、抗仏闘争を展開しました。 シーサワーン・ウォンのラオス王国は、1953年11月に完全独立を達成しますが、ネオ・ラオ・イサラも、ラオス北東部のサムヌア省を拠点に、ヴェトミンと連携してラオス北部をほぼ支配。そして、翌1954年にジュネーヴでインドシナ停戦協定が調停されると、①全外国軍隊はラオス領内から撤退する、②ネオ・ラオ・イサラ軍は中南部10県から撤収し北部2県に結集する(=北部2県の実効支配は認める)、③国際休戦監視委員会による停戦監視を行う、ことが決められました。 その後、1957年にはシーサワーン・ウォン政府とパテート・ラーオ(1956年にネオ・ラオ・イサラが改称)、さらに中立派の3派による統一政府が樹立されましたが、1958年に発足した親米右派のプイ・サナニコーン政権は左派系の政治家を追放したため、パテート・ラーオ派の兵士が王国軍から集団脱走。1959年にはスパーヌウォン自身が一時政府に軟禁され、パテート・ラーオ軍と政府軍の間で内戦が勃発します。 その後、1960年8月9日、落下傘部隊の司令官コン・レーが、右派政権に対するクーデターを起こして首都ヴィエンチャンを制圧。スワンナ・プーマを首班とする中立派政権を樹立します。 しかし、プーマは政権にパテート・ラーオを取り込もうとしたため、ノーサヴァン率いる軍の親米派が米国とタイの支援を受けて反攻。タイがラオスへの物資輸送を凍結したこともあって、プーマ政権は1960年12月には崩壊し、プーマ自身もカンボジアに亡命し、親米派のブン・ウムが首相となりました。ただし、プーマは首相辞任を拒否し、1961年2月にはカンボジアから帰国してジャール平原のカンカーイでコン・レー軍と合流して抵抗。3月9日からの戦闘では、パテート・ラーオと中立派の連合軍がノーサヴァン率いる親米派に大打撃を与え、首都ヴィエンチャンは陥落寸前に追い込まれた。 今回ご紹介の切手は、こうした状況の下で、パテート・ラーオ側が発行した切手で、ジャール平原の兵士たちを描き、同地での勝利を表現したものです。ちなみに、内戦の勃発に伴い、パテート・ラーオ側は王国政府の正統性を認めないという立場から従来の切手の使用を拒否し、自らの支配地域においては独自の切手を発行していましたが、指導者のスパーヌウォンが王族であったこともあり、自分たちこそが“ラオス王国”の正統な後継者であるとの意を込めて、切手の国名表示は“ラオス王国”を意味する“ROYAUME DU LAOS”としていました。 さて、親米派が危機に陥ったことで、1961年1月に発足したばかりの米ケネディ政権は、「もしラオスが共産主義者の手に落ちたら、タイ、カンボジア、南ヴェトナムに信じられないほどの大きな圧力をもたらすであろう」との“ドミノ理論”のアドヴァイスを前任者のアイゼンハワーから受けていたこともあって、米軍のラオス出動準備を発令。第7艦隊がシャム湾に急派され、ヴィエンチャンからも近いタイ国内のウドーン空軍基地内に秘密裏にヘリコプター部隊用の基地が設置されました。その上で、3月23日、ケネディは「ソ連や北ヴェトナムに支援されたラオス共産軍の大攻勢に対して、米国はラオスの中立を守るため何らかの対応策を取る」と述べ、ラオスへの軍事介入を示唆します。 4月に入ると、ラオスの隣国、タイのサリット政権から「航空管制システムを確立するために」との要請を受けたことを理由に米空軍の先遣隊がドーンムアンに到着。さらに、フィリピンのクラーク空軍基地から第509要撃飛行隊からF-102戦闘機もドンムアンに派遣され、自力での防空が難しかったタイ空軍の防衛力を補完しています。 米国の強硬姿勢を受けて、1961年5月3日、ラオス国内では3派の停戦合意が成立。同月6日から、タイを含む関係14ヵ国会議がジュネーヴで開かれ、米ソ両国が“ラオス人により選ばれた政府の下での、中立で独立したラオス”を支援することで合意し、6月23日、中立派のプーマを首班とする連合政府が発足し、内戦はいったん収束しました。 しかし、翌1962年5月には、パテート・ラーオが、ラオス北西部の親米派5000の軍が駐留していたナムターを攻略。このため、5月11日、米国が第7艦隊をシャム湾に派遣し、5月15日には海兵隊1800人をタイに派遣すると、パテート・ラーオが攻撃を止めて親米派と妥協するなど、その後も、ラオスの内戦は1975年まで間欠的に続いていくことになります。 なお、ジャール平原といえば、日本では、1961年に謎の失踪を遂げた辻政信が最後に確認された場所と行った方が通りが良いかもしれません。ノモンハンやガダルカナルなどで陸軍の参謀だった辻は、敗戦後の数年間を国内外で潜伏したのち、戦記を発表してベストセラー作家となり、1952年以降、衆議院議員(4期)、参議院議員(1期)を歴任しました。参議院議員在任中の1961年4月、北ヴェトナムでホーチミンと会うことを目的として東南アジアを外遊。ラオス入りした後、仏教の僧侶に扮してラオス北部のジャール平原へ単身向かった後、行方不明となり、1968年7月20日付で死亡宣告が出されています。 ★★★ 講座「世界紀行~月一回の諸国漫郵」のご案内 ★★★ 東京・江東区亀戸文化センターで、5月から毎月1回、世界旅行の気分で楽しく受講できる紀行講座がスタートします。美しい風景写真とともに、郵便資料や切手から歴史・政治背景を簡単に解説します。受講のお楽しみに、毎回、おすすめの写真からお好きなものを絵葉書にしてプレゼントします! 詳細は、こちらをご覧ください。 ★★★ 内藤陽介の最新作 『蘭印戦跡紀行』 好評発売中! ★★★ 日本の兵隊さん、本当にいい仕事をしてくれたよ。 彼女はしわくちゃの手で、給水塔の脚をペチャペチャ叩きながら、そんな風に説明してくれた。(本文より) 南方占領時代の郵便資料から、蘭印の戦跡が残る都市をめぐる異色の紀行。 日本との深いつながりを紹介しながら、意外な「日本」を見つける旅。 出版元特設ページはこちらです。また、10月17日、東京・新宿の紀伊國屋書店新宿南店で行われた『蘭印戦跡紀行』の刊行記念トークの模様が、YouTubeにアップされました。よろしかったら、こちらをクリックしてご覧ください。 ★★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★★ 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。 |
2014-04-14 Mon 22:46
きょう(14日)は、インドシナ諸国では伝統的な暦で新年にあたります。というわけで、きょう新年を迎える国のうち、昨年、実際に僕が訪ねたラオスの切手の中からこの1枚を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)
これは、1966年にラオスで発行された伝統儀礼の切手で、バーシー・スー・クワンの光景が描かれています。 ラオスに限らず、インドシナでは仏教の伝来以前からあった土着の精霊信仰が残っており、人間には32の魂(クワン)が宿っていると考えられています。クワンは、新年や誕生、結婚、就職、旅行などの節目の時に体外に出ようとしますが、クワンが体外に出るとその人間は不幸になるので、クワンが出ないように(あるいはクワンを呼び戻す)儀式を行う必要があります。 それが、バーシー・スー・クワンです。バーシーとは手首に巻きつける白い木綿の糸(ヴィエンチャンでは黄色、ピンク、オレンジ色なども使われるそうです)のことで、人々は、お互いに相手の手首にバーシーを結びクワンに守って貰えるよう祈りを捧げます。切手に描かれているのは、まさにバーシーを結びつけている場面です。 なお、切手の背後に置かれている捧げものは“パー・クワン”と呼ばれているもので、式台の中央にはバナナの葉と各種の花で飾った塔を置き、その周囲に米、お菓子、果物等が飾られています。儀式の後、それらは、参加者に振舞われます。 新年度・新学期のスタートとしては、ちょっと時間がたってしまいましたが、この1年皆様に幸ありますようにということで、こんな切手をご紹介したという次第です。 * システムの不具合で画像がなかなかアップできず、更新が遅くなりま、ご愛読者の皆様にはご迷惑をおかけしました。この場をお借りして、お詫び申し上げます。 ★★★ ポスタル・メディアと朝鮮戦争 ★★★ 4月19日(土)14:00から、東京・水道橋の日本大学法学部三崎町キャンパス本館2階 第2会議室(以前ご案内していた会場から変更になりました)にて開催のメディア史研究会月例会にて、昨年(2013年)夏、バンコクで開催された世界切手展<Thailand 2013>に出品した“Korea and the Cold War 1945-1953”の内容を中心に、切手や郵便物などによって朝鮮戦争とその時代を再構成しようとする試みについてお話しします。 なお、メディア史研究会はまったく自由な研究会で、会員以外の方でも気楽にご参加いただけますので(もちろん、無料)、よろしかったら、ぜひ、遊びに来てください。 ★★★ 講座「世界紀行~月一回の諸国漫郵」のご案内 ★★★ 東京・江東区亀戸文化センターで、5月から毎月1回、世界旅行の気分で楽しく受講できる紀行講座がスタートします。美しい風景写真とともに、郵便資料や切手から歴史・政治背景を簡単に解説します。受講のお楽しみに、毎回、おすすめの写真からお好きなものを絵葉書にしてプレゼントします! 詳細は、こちらをご覧ください。 ★★★ 内藤陽介の最新作 『蘭印戦跡紀行』 好評発売中! ★★★ 日本の兵隊さん、本当にいい仕事をしてくれたよ。 彼女はしわくちゃの手で、給水塔の脚をペチャペチャ叩きながら、そんな風に説明してくれた。(本文より) 南方占領時代の郵便資料から、蘭印の戦跡が残る都市をめぐる異色の紀行。 日本との深いつながりを紹介しながら、意外な「日本」を見つける旅。 出版元特設ページはこちらです。また、10月17日、東京・新宿の紀伊國屋書店新宿南店で行われた『蘭印戦跡紀行』の刊行記念トークの模様が、YouTubeにアップされました。よろしかったら、こちらをクリックしてご覧ください。 ★★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★★ 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。 |
2014-02-03 Mon 22:30
きょうは節分です。というわけで、鬼と戦う場面を取り上げた切手の中から、この1枚です。(画像はクリックで拡大されます)
これは、1969年にラオスが発行した航空切手で、ラオス版『ラーマーヤナ』のうち、羅刹(鬼神)の王トッサカン(ヒンドゥーの『ラーマーヤナ』ではラーヴァナ)と鳥王サダーユ(『ラーマーヤナ』ではジャターユ)の格闘場面が取り上げられています。 『ラーマーヤナ』の物語では、トッサカンが主人公ラーマ王子の婚約者シーダ妃(『ラーマーヤナ』ではシーター妃。実は、トッサカンの娘)を奪うため、魔術師マーリーチを黄金の鹿に化けさせ、2人の前に出現させます。その鹿の姿に魅了されたシーダが鹿を捕えるようラーマに頼むと、ラーマは彼女の願いを聞いて鹿を追って森の中へと入っていきますが、ラーマが彼女の傍を離れた隙をついて、トッサカンは彼女をさらって逃走しようとします。 その際、たまたま近くの樹上で眠っていたサダーユが彼女の叫び声で目を覚まし、トッサカンに襲いかかったというのが、切手に取り上げられた場面です。サダーユに対してトッサカンは弓矢で応戦しつつ逃げ去ろうとしましたが、サダーユは追いかけてその背中に傷を負わせます。これに対して、トッサカンは剣でサダーユの翼を切り裂き、トッサカンは瀕死の状態となりますが、最後の力を振り絞ってラーマに事件を知らせ、息を引き取りました。以後、物語は、シーターを取り戻すためのラーマの戦いを軸に展開していくことになります。 切手では、シーダ妃の姿は描かれていませんが、昨年、ルアンパバーンの劇場で見たパフォーマンスでは、下の画像のように、トッサカンの傍にシーダ妃が控えていました。 なお、ラーマーヤナに題材を取った芸術・芸能とそれにまつわる切手については、拙著『タイ三都周郵記』や『蘭印戦跡紀行』でもいくつかご紹介しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。 ★★★ 予算1日2000円のソウル歴史散歩 ★★★ 毎月1回、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で予算1日2000円のソウル歴史散歩と題する一般向けの教養講座を担当しています。次回開催は2月4日(原則第1火曜日)で、ついで、3月4日に開催の予定です。時間は各回とも13:00~14:30です。講座は途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。 ★★★ 内藤陽介の最新作 『蘭印戦跡紀行』 好評発売中! ★★★ 日本の兵隊さん、本当にいい仕事をしてくれたよ。 彼女はしわくちゃの手で、給水塔の脚をペチャペチャ叩きながら、そんな風に説明してくれた。(本文より) 南方占領時代の郵便資料から、蘭印の戦跡が残る都市をめぐる異色の紀行。 日本との深いつながりを紹介しながら、意外な「日本」を見つける旅。 出版元特設ページはこちらです。また、10月17日、東京・新宿の紀伊國屋書店新宿南店で行われた『蘭印戦跡紀行』の刊行記念トークの模様が、YouTubeにアップされました。よろしかったら、こちらをクリックしてご覧ください。 ★★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★★ 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。 |
2013-08-05 Mon 08:29
世界切手展<Thailand 2013>も後半戦に突入ですが、僕は今回、コミッショナーでもなければ審査にタッチしているわけでもありませんので、比較的、時間に余裕があります。そこで、パルマレスまでの合間を利用して、思い切ってバンコクを抜け出し、現在、ラオスの首都ヴィエンチャンに来ています。バンコクへは今夜の夜行列車で戻りますので、せっかくなら現地にいるうちにと思い、この切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)
これは、王制時代のラオスで1959年に発行されたタート・ルアンの切手です。ちなみに、きのう(4日)、僕が実際に見てきたタートルアンはこんな感じでした。 タート・ルアンは、ラオスの国章にも描かれている仏塔で、ヴィエンチャンの、というよりもラオスのシンボルとして、切手にも何度か取り上げられています。もともと13世紀初頭に建てられたクメール様式の仏塔で、その後、廃墟になっていたものを、ルアンパバーンからヴィエンチャンに遷都したラーンサーン王国のセーターティラート王の命で1566年に改修したのが直接のルーツです。 度重なる戦乱で何度も破壊され、現在の塔は1930年代の大修復後のもので、外壁の一辺は85mの正方形、その中に60mの正方形の土台があり、その上に塔が立っているという構造です。あいにく、塔の内部に入ることができず、周辺から外観を眺めるだけでした。実物のタート・ルアンは前身これすべて金ぴかという感じでしたが、切手を見ると中心となる大仏塔の周囲の塔は金色ではありませんので、金ぴかになったのは最近のことなのかもしれません。そういえば、タイ・チェンマイの古刹ワット・スワンドークも、1973年の切手では石肌が見える渋いつくりなのに、現在は金ぴかですからねぇ。日本人の感覚としては、時代を経て少しくすんで来たり、色が落ちて素材の地肌が自然と出ていたりする方が、味があって良いと思うのですが、そのあたりは美意識の差ということなんでしょう。 なお、ワット・スワンドークに関しては、拙著『タイ三都周郵記』でも取り上げておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。 ★★★ 内藤陽介の最新作 『蘭印戦跡紀行』 好評発売中! ★★★ 日本の兵隊さん、本当にいい仕事をしてくれたよ。 彼女はしわくちゃの手で、給水塔の脚をペチャペチャ叩きながら、そんな風に説明してくれた。(本文より) 南方占領時代の郵便資料から、蘭印の戦跡が残る都市をめぐる異色の紀行。 日本との深いつながりを紹介しながら、意外な「日本」を見つける旅。 * 出版元特設ページはこちらをご覧ください。 ★★★ 予算1日2000円のソウル歴史散歩 ★★★ 毎月1回、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で予算1日2000円のソウル歴史散歩と題する一般向けの教養講座を担当しています。次回開催は9月3日(原則第1火曜日)で、時間は各回とも13:00~14:30です。講座は途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。 ★★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★★ 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。 |
2013-08-03 Sat 10:01
きょうは土用の丑の日(二の丑)です。現在、世界切手展<Thailand 2013>に参加のため、バンコクにいる僕としては、当地の日本料理屋に行けば、もちろん、日本風のウナギの蒲焼なりうな重なりを食べることができるわけですが、それでは、ちょっと芸がないので、なにかこちらで“ウナギ(の仲間)”でも探してみようかと思っています。というわけで、きょうはこんな切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)
これは、1967年にラオスで発行された“スパイニー・イール”の切手です。 スパイニー・イールは和名では“トゲウナギ”と訳されます。これは、外見がウナギのように見えることからつけられた名前ですが、生物学的にはウナギ目ではなく、ウナギに似た体型の熱帯魚という位置づけです。切手に描かれているのは、スパイニー・イールのうち、“タイヤトラック・スパイニーイール”と呼ばれるもので、これは黒褐色の網目模様がタイヤの跡のように見えることに由来しています。 スパイニー・イールの棲息地は一般にはタイとされていますが、タイ=ラオス国境のメコン川にも棲息しているわけで、ラオスの切手に取り上げられたのもそうした事情を反映したものと思われます。 さて、世界切手展<Thailand 2013>も、昨日(2日)、無事にスタートしました。今回は純然たる出品者としての参加ですので、6日のパルマレスまでは特にこれといった用事もありませんので、きょうは夕方から、寝台列車でタイ=ラオス国境のノンカイ駅まで行き、明朝、メコン川を越えてラオスに行ってこようかと思っています。川を渡るとき、橋の上から今回ご紹介して切手の魚が見られればラッキーですが、まぁ、難しいでしょうね。 <オマケ> せっかく、土用の丑の日にタイにいるのですから、切手とは関係ないのですが、タイのウナギネタということで、こんな写真もご紹介します。 これは、2007年にチェンマイのワット・チャイモンコンを訪れた際、寺院に面したピン川でタンブン用のウナギ(左)を買って、川に放してやったところを撮影してもらったものです。 タンブンとはタイ語で“徳を積むこと”の意味で、寺院や僧侶への寄進や喜捨が代表的な行いですが、寺院などでとらわれの小動物を買って、解放してやっても良いとされています。このため、タイではそれなりの規模の寺院には、タンブン用の鳥やウサギなどを売っている人たちもいます。 こうした習慣を見ると、「捕らえられた小動物を放しても、すぐにそうした“商売人”が捕まえてきて、また別の人に売るのだから意味がないじゃないか」とか「彼らの行為は動物虐待なのだから彼らから小動物を買うのは悪事に加担することだ」といった批判をする外国人が時々いるようです。まぁ、理屈としては正しいのかもしれませんが、そもそも信仰心なんて常に不条理かつ非合理的なわけで、あんまり“正論”を振り回すのは野暮というものではないでしょうか。なにより、地元の人たちは、何百年も前から、タンブンとして小動物を放すことで心の平安を得ているのですから、そうした上から目線のエセ動物愛護主義者の連中には、余計なお世話だと言ってやりたいですな。 さて、僕は子供の頃から鰻の蒲焼が大好物で(なにせ、誕生日にはケーキよりも蒲焼が良いという変なガキでした)、これまでに食べてきた蒲焼の枚数は、軽く数百枚にはなるのではないかと思います。そこで、タンブン用のウナギが売られているのを見つけた時には、おもわず、いままでの罪滅ぼしを兼ねて、売られていたウナギを買って放してやったというわけです。 ちなみに、タンブンでは放してやる動物によって“ご利益”の質が違うのですが、ウナギを放してやると健康面でのご利益があるのだそうです。いままで、生死に関わる大病・大怪我をしたことがないのは、この時のタンブンのおかげなのかもしれません。 なお、2007年にチェンマイを訪れた漫郵記は、拙著『タイ三都周郵記』でも詳しくまとめておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。 ★★★ 内藤陽介の最新作 『蘭印戦跡紀行』 好評発売中! ★★★ 日本の兵隊さん、本当にいい仕事をしてくれたよ。 彼女はしわくちゃの手で、給水塔の脚をペチャペチャ叩きながら、そんな風に説明してくれた。(本文より) 南方占領時代の郵便資料から、蘭印の戦跡が残る都市をめぐる異色の紀行。 日本との深いつながりを紹介しながら、意外な「日本」を見つける旅。 * 出版元特設ページはこちらをご覧ください。 ★★★ 予算1日2000円のソウル歴史散歩 ★★★ 毎月1回、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で予算1日2000円のソウル歴史散歩と題する一般向けの教養講座を担当しています。次回開催は9月3日(原則第1火曜日)で、時間は各回とも13:00~14:30です。講座は途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。 ★★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★★ 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。 |
2012-11-06 Tue 14:30
アジア欧州会議(ASEM)首脳会議が、きのう・きょう(5・6日)の日程で、ラオスの首都・ヴィエンチャンで開催されています。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)
これは、1978年12月2日にラオスで発行されたナショナル・デーの記念切手です。 現在のラオスの地は、1893年以降、フランス領インドシナの一部としてフランスの保護国下に置かれていました。第二次大戦末期の1945年3月、いわゆる明号作戦が発動されると、同年4月、日本の影響下で名目上の独立を達成しました。 戦後、インドシナ支配の復活をもくろむフランスが再進駐して第一次インドシナ戦争が勃発すると、国王シーサワーンウォンは独立を撤回しますが、これに不満を持つ民族主義者はラオ・イサラを結成し、タイに亡命政府を樹立して抵抗しました。 こうした状況の下、1949年、フランス本国が外交・国防の決定権を有するというかたちでフランス連合内にラオス王国が発足すると、ラオ・イサラ亡命政権は親仏派とベトミン共闘派に分裂し、左派のスパーヌウォン王子らは1950年8月、パテート・ラーオ政府を樹立。1951年にはホーチミン率いるヴェトミン等とインドシナ合同民族統一戦線を結成し、抗仏闘争を展開しました。 その後、1953年10月22日にラオス王国は完全独立を達成し、翌1954年にジュネーヴでインドシナ停戦協定が調停され、全外国軍隊のラオス王国からの撤退、パテート・ラーオ軍の中南部10県からの撤収と北部二県への結集と軍事的中立等が決められました。 これを受けて、1957年、ラオス王国政府とパテート・ラーオの統一政府が樹立されましたが、1958年に発足した親米右派のサナニコン政権は左派系の政治家を追放・弾圧。このため、パテート・ラーオ派の兵士が王国軍から集団脱走し、1959年にはパテート・ラーオ軍と王国軍の間で内戦が勃発。翌1960年には中立派がクーデターを起こし、3派による内戦に突入しました。 さらに、ラオスの内戦には、1960年代半ばからアメリカと南北ベトナムが介入。米軍はラオス山間部が北ヴェトナムへの物資輸送を行うホーチミン・ルートになっているという理由で空爆を行います。さらに、1971年2月、米軍がヴェトナム戦争での局面打開をねらい、右派の支援と称してラオスに侵攻すると、ラオス内線はヴェトナム戦争の一部に組み込まれました。 その後、1972年、インドシナ紛争に関するパリ和平会談を受け、ラオスでも王国政府とパテート・ラーオとの交渉が行われ、翌1973年、ラオス和平協定が成立。翌1974年、三派合同の暫定国民連合政府が成立しました。 1975年4月30日、サイゴンが陥落し、ヴェトナム戦争が終結すると、翌5月1日、ラオスでも首都ヴィエンチャンで大規模な反右派住民デモが発生し、右派系の政府・軍関係者が国外に脱出した。5月21日にはアメリカ国際開発局ビルがデモ隊に占拠され、アメリカもラオスからの撤収を余儀なくされました。そして、同年12月1日、ルアン・パバーンで開催された全国人民代表者会議で国王の退位が承認され、王制の廃止と共和制への移行が宣言。カイソーン・ポムウィハーンを国家主席とするラオス人民民主共和国が誕生しました。今回ご紹介の切手は、そうした共産政権発足から間もない時期のナショナル・デーの記念切手です。 ちなみに、カイソーン・ポムウィハーンは1992年に亡くなるまでラオスの最高権力者として君臨しましたが、晩年には、東西冷戦の終結とともに、ラオスでも改革開放路線が採用されることになり、同年7月、ラオスはヴェトナムとともに ASEAN にオブザーバーとして参加。1997年7月に正式加盟を果たしています。 なお、かつてのラオスでは、フランス製の精巧な凹版仏像切手を多数発行していましたが、その一部については、拙著『切手が伝える仏像』でもご紹介しておりますので、機会がありましたら、ぜひ、ご覧いただけると幸いです。 ★★★ イベントのご案内 ★★★ ・11月10日(土) 11:00- 全国切手展<JAPEX> 東京・池袋で開催される全国切手展<JAPEX>会場内で、拙著『喜望峰』刊行記念のトークイベントを予定しております。よろしかったら、ぜひ遊びに来てください。なお、詳細は主催者HPをご覧いただけると幸いです。(展覧会の入場料はかかりますが、入場後、トークへはどなたでも無料でご参加いただけます) ★★★★ 内藤陽介の最新刊 ★★★★ 『喜望峰:ケープタウンから見る南アフリカ』 いままでなかった喜望峰とケープタウンの物語 美しい風景とウンチク満載の歴史紀行!! アマゾン、セブンネット、版元ドットコム、楽天ブックス、e-hon、hmv、honto、JBOOK、livedoor BOOKSなどで好評発売中! なお、本書をご自身の関係するメディアで取り上げたい、または、取り上げることを検討したい、という方は、是非、ご連絡ください。資料を急送いたします。 ★★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★★ 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。 |
2012-10-17 Wed 16:23
今月12日、サッカー日本代表のGK川島永嗣選手がフランス戦で好セーブを連発したことに対して、フランスの国営テレビ「フランス2」の13日夜に放送された番組で、川島選手の腕が4本ある合成写真を映し、司会者が「福島(第1原発事故)の影響ではないか」と揶揄する発言をしていたことが判明。パリの日本大使館が抗議し、テレビ局側がおわびを表明するとともに、フランス訪問中の玄葉光一郎外相に対して、ファビウス外相が謝罪するという出来事がありました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)
これは、1974年にラオスで発行されたサラスヴァティーの切手です。当時のラオス切手は旧宗主国のフランスで製造されていましたので、フランス製の4本腕の画像ということで持ってきました。 仏教はインド亜大陸各地に拡大していく過程で、さまざまな土着の要素を取り込んでいきました。 その典型とされるのが、①天衆(梵天や帝釈天、四天王、吉祥天、金剛力士など)、②龍衆(龍王や龍神、蛇神など)、③夜叉(古代インドの悪鬼神の類を指すが、仏法に帰依して護法善神となったもの)、④乾闥婆(水精女アプサラスの夫で、帝釈天に仕える半神半獣の奏楽神団)、⑤阿修羅(古代インドの戦闘神)、⑥迦楼羅(金翅鳥、ガルーダ)、⑦緊那羅(音楽の神)、⑧摩睺羅迦(身体は人間で首は大蛇の音楽の神)の八部衆です。これらは、仏教以前の古代インドの神々が仏教に帰依し、仏法を守る護法神となったと位置づけられており、“天部諸尊”と総称されます。 このうち、わが国では弁財天として知られる神は、古代インドで聖なる川とされていた“サラスヴァティー川”の化身、サラスヴァティーがその原型です。流れる川のイメージから、言葉・弁舌、知識、音楽など“流れるものすべて”の女神となりました。仏教には“弁才天”として取り込まれましたが、日本では同音の“弁財天”とも表記され(弁天と略されることもある)、財宝の神としての性格も持つようになりました。像として表現される際には、今回ご紹介の切手のように、4本の腕を持ち、2本の腕には、数珠とヴェーダ、もう1組の腕にヴィーナと呼ばれる琵琶に似た弦楽器を持つ姿が一般的です。 さて、仏教の変化観音や天部諸尊、ヒンドゥーの神々の中には、今回のサラスヴァティーのように、その特殊な能力を示すために、多面多臂の(顔や腕が多数ある)姿で描かれるケースが少なくありません。したがって、今回の合成写真でも、日本人の川島選手を東洋の神仏になぞらえて、ポジティヴなコメントがついたのであれば、今回のような騒動になることもなかったのではないかと思います。もっとも、番組の司会者の問題発言とは別に、件の写真を作った人物は、そういう意図だったのかもしれませんがね。 ちなみに、この件に関して、当の川島選手は「嫌な思いをする人がたくさんいると分かってくれればいい」と話しており、関係者の謝罪をもってすべてを水に流すつもりのようです。さすがに、「4本の腕を持つサラスヴァティーは、“流れるものすべて”の象徴だから…」というコメントはなかったようですが…。 なお、多面多臂ののさまざまな仏像を取り上げた切手については、拙著『切手が伝える仏像』でもいろいろとご紹介しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧頂けると幸いです。 ★★★ T-moneyで歩くソウル歴史散歩 ★★★ ・よみうりカルチャー荻窪 10月30日、12月4日、1月29日、2月5日、3月5日 13:00-14:30 8月の韓国取材で仕入れたネタを交えながら、ソウルの歴史散歩を楽しんでみようという一般向けの教養講座です。詳細につきましては、青色太字をクリックしてご覧いただけると幸いです。皆様のご参加を心よりお待ちしております。 ★★★★ 内藤陽介の最新刊 ★★★★ 毎秋恒例、切手紀行シリーズの第5巻は、10月25日に発売です! 『喜望峰:ケープタウンから見る南アフリカ』 いままでなかった喜望峰とケープタウンの物語 美しい風景とウンチク満載の歴史紀行!! ただいま、アマゾン、hmvなどでご予約受付中! なお、本書をご自身の関係するメディアで取り上げたい、または、取り上げることを検討したい、という方は、是非、ご連絡ください。資料を急送いたします。 ★★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★★ 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。 |
2010-07-14 Wed 22:43
今日はパリ祭の日です。というわけで、昨年に続き“仏”の掛詞で、フランスがらみの仏像切手のなかから、こんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)
これは、1958年にラオスの首都・ビエンチャンからパリ宛に差し出された航空便で、1953年に発行の涅槃仏の切手が貼られています。ラオスが1953年に発行した航空切手の6種セットはいずれも仏像を取り上げており、パリで印刷されました。したがって、今回のカバーに貼られている切手は、パリからビエンチャンに運ばれた後、パリへと里帰りしてきたといってよいでしょう。 ブッダガヤで悟りを得た釈迦は、古代インドの最高神ブラフマーの勧め(梵天勧請)により、自らの悟りを人々に説いて回ることを決意。各地で説法を行って多くの弟子たちを獲得していきました。 しかし、80歳を過ぎた釈迦は旅の途中で病に倒れ、沙羅双樹の下で入滅。これにより、彼は、生死の輪廻から解放(解脱)された、完全な涅槃の境地に入ったとされました。 涅槃像は釈迦入滅の状態を表現したもので、“寝釈迦”、“寝仏”などとも呼ばれることもあります。右手を枕とするか、もしくは頭を支える姿で、頭は北向き、顔は西向きとされるのが一般的です。 なお、今回ご紹介のマテリアルをはじめ、涅槃仏を取り上げた切手については、拙著『切手が伝える仏像』でもいろいろとご紹介しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。 ★★★ 内藤陽介の最新刊 ★★★ 総項目数552 総ページ数2256 戦後記念切手の“読む事典”(全7巻) ついに完結! 『昭和終焉の時代』 日本郵趣出版 2700円(税込) 2001年のシリーズ第1巻『濫造濫発の時代』から9年。<解説・戦後記念切手>の最終巻となる第7巻は、1985年の「放送大学開学」から1988年の「世界人権宣言40周年」まで、NTT発足や国鉄の分割民営化、青函トンネルならびに瀬戸大橋の開通など、昭和末期の重大な出来事にまつわる記念切手を含め、昭和最後の4年間の全記念・特殊切手を詳細に解説。さらに、巻末には、シリーズ全7巻で掲載の全記念特殊切手の発行データも採録。 全国書店・インターネット書店(amazon、bk1、JBOOK、livedoor BOOKS、7&Y、紀伊国屋書店BookWeb、ゲオEショップ、楽天ブックスなど)で好評発売中! |
2010-04-05 Mon 23:46
メコン川の異常な水位低下への対応を協議するための、タイ、ラオス、カンボジア、ベトナムの流域4ヵ国首脳会議が、きょう(5日)、タイ中部ホアヒンで開催されました。というわけで、きょうはこの1枚です。(画像はクリックで拡大されます)
これは、1967年1月18日、前年(1966年)9月の大水害の被災者救援のためにラオスが発行した寄付金つき切手の1枚で、冠水するビエンチャン空港が描かれています。 メコンデルタ地域の洪水災害は、5月末から12月始めまでの雨季に集中し、地域によって若干異なるものの、おおむね9-10月にピークを迎えるというパターンになっています。このうち、1966年の大水害は、近代史上最大の流域被害を出したもので、このときは、首都ビエンチャン市内の全域が冠水しました。 さて、チベットに源流があり、中国を経て東南アジア地域に流れ込むメコン川の水位は、今年に入ってから過去30年で最低レベルにまで下がり、流域各国では水運や漁業、農業用水取水などに大きな影響が出ています。このため、タイ、ラオス、カンボジア、ベトナムの各国では、中国が1990年代後半以降、相次いで完建造した4つのダムがメコン川の水位に影響を与えているとの見方が一般的で、住民の間には中国への反発が広がっています。 これに対して、中国は「水位低下は地球規模の気候変動に伴う雨量の減少が原因」と反論していますが、ダムの放水量などのデータを公開しておらず、ダムと水位低下の関連は解明されていません。まぁ、中国のことですから、内々に「ダムのおかげで下流域の水害も減っているではないか」くらいのことは言っているかもしれませんな。 きょうの会議には中国もオブザーバーとして参加しましたが、援助や貿易関係を通じて影響力を強める中国への遠慮から、参加各国は中国に対しては強い姿勢を取れず、水資源管理のための協力強化をうたった共同宣言を採択し、流量や水質の維持のために各国間の情報交換システムを作るとしたものの、中国のダムについての直接の言及もありませんでした。 わが国でも近年、山間部の水源地域の土地を中国系資本が買いあさっていることが問題視されていますが、今回のメコン川の問題などを聞くと、巨額の援助をしてきた側でありながら、中国に対しては弱腰になりがちな日本政府の姿勢ともあわせて、とても他人ごととは思えません。 かつて、「日本では水と安全はタダ」といわれていましたが、このうちの安全が、近年、決してタダではなくなりつつあるのは周知のとおりです。この先、水までもがそうならないとは言い切れないことに、大いなる不安を感じるのは僕だけではないはずです。 ★★★ 内藤陽介の最新刊 ★★★ 総項目数552 総ページ数2256 戦後記念切手の“読む事典”(全7巻) ついに完結! 『昭和終焉の時代』 日本郵趣出版 2700円(税込) 2001年のシリーズ第1巻『濫造濫発の時代』から9年。<解説・戦後記念切手>の最終巻となる第7巻は、1985年の「放送大学開学」から1988年の「世界人権宣言40周年年」まで、NTT発足や国鉄の分割民営化、青函トンネルならびに瀬戸大橋の開通など、昭和末期の重大な出来事にまつわる記念切手を含め、昭和最後の4年間の全記念・特殊切手を詳細に解説。さらに、巻末には、シリーズ全7巻で掲載の全記念特殊切手の発行データも採録。 全国書店・インターネット書店(amazon、bk1、JBOOK、livedoor BOOKS、7&Y、紀伊国屋書店BookWeb、ゲオEショップ、楽天ブックスなど)で好評発売中! |
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