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内藤陽介 Yosuke NAITO
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 切手から見る世界と歴史:震災で延期された東宮御婚儀
2023-09-14 Thu 07:30
 潮流社の雑誌『カレント』の2023年9月号が発行されました。僕の連載「切手から見る世界と歴史」は、今回は、関東大震災から100年ということで、この1枚をご紹介しました。(画像はクリックで拡大されます)

      東宮御婚儀・不発行20銭

 これは、関東大震災により不発行に終わった“東宮(皇太子裕仁親王、後の昭和天皇)御婚儀祝典”の記念切手のうち、“東宮仮御所”を描いた20銭切手です。

 詳細については、こちらをクリックして、内藤総研サイト内の当該投稿をご覧ください。内藤総研の有料会員の方には、本日夕方以降、記事の全文(一部文面の調整あり)をメルマガとしてお届けする予定です。

 なお、関東大震災と切手・郵便の関係については、拙著『切手でたどる郵便創業150年の歴史 vol.1 戦前編』でも概要をまとめております。同書につきましては、内藤総研の会員の皆様(無料登録会員を含む)を対象に、こちらでポストカードのオマケ付きでサイン本の販売を行っておりますので、ぜひご登録の上、ご利用いただけると幸いです。


★ 放送出演・講演・講座などのご案内 ★

 9月22日(金) 05:00~  おはよう寺ちゃん
 文化放送の「おはよう寺ちゃん」に内藤がコメンテーターとして出演の予定です。番組は早朝5時から8時までの長時間放送ですが、僕の出番は6時からになります。皆様、よろしくお願いします。

 10月7日(土) 新講座「謀略の世界史」スタート
 原則毎月第1土曜日開催のよみうりカルチャー荻窪での講座です。MI6、CIA、モサドなど各国の情報機関のあらましや、現代史の中で彼らが実際に関与した事件などを幅広くご紹介していきます。詳細はこちらをご覧ください。

 よみうりカルチャー 荻窪
 宗教と国際政治 原則毎月第1火曜日 15:30~17:00
 時事解説を中心とした講座です。詳細はこちらをご覧ください。
 
 武蔵野大学のWeb講座 
 大河企画の「日本の歴史を学びなおす― 近現代編」、引き続き開講中です。詳細はこちらをご覧ください。 

 「龍の文化史」、絶賛配信中です。龍/ドラゴンにまつわる神話や伝説は世界各地でみられますが、想像上の動物であるがゆえに、それぞれの物語には地域や時代の特性が色濃く反映されています。世界の龍について興味深いエピソードなどを切手の画像とともにご紹介していきます。詳細はこちらをご覧ください。


★ 『今日も世界は迷走中』 好評発売中!★

      今日も世界は迷走中

 ウクライナ侵攻の裏で起きた、日本の運命を変える世界の出来事とは!内藤節炸裂。

 * ご予約・ご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、本書の目次をご覧いただけるほか、アマゾン他、各ネット書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。

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 関東大震災100年
2023-09-01 Fri 04:03
 1923年9月1日の関東大震災発生から、ちょうど100年になりました。というわけで、今日はこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      関東大震災返戻葉書 付箋
      関東大震災返戻葉書 表

 これは、大震災翌日の9月2日(消印は3日付)、福井県の武生から被災地の“東京市芝区二本榎(現在の東京都港区高輪1丁目から2丁目あたり)”宛に差し出されたものの、震災のため被災地あての郵便が送達不能となったため、「本郵便物ハ震災ノ為当分配達不能ニ付一先ヅ返戻ス」と事情を説明した武生郵便局の付箋を貼って差出人戻しとなった葉書の表裏です。

 ちなみに、葉書には「天災 謹みて御見舞申上候」との文言が書かれていますので、付箋を持ち上げた状態の画像も貼っておきます。

      関東大震災返戻葉書 裏

 詳細については、こちらをクリックして、内藤総研サイト内の当該投稿をご覧ください。内藤総研の有料会員の方には、本日夕方以降、記事の全文(一部文面の調整あり)をメルマガとしてお届けする予定です。

 なお、関東大震災と切手・郵便の関係については、拙著『切手でたどる郵便創業150年の歴史 vol.1 戦前編』でも概要をまとめております。同書につきましては、内藤総研の会員の皆様(無料登録会員を含む)を対象に、こちらでポストカードのオマケ付きでサイン本の販売を行っておりますので、ぜひご登録の上、ご利用いただけると幸いです。


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 9月8日(金) 05:00~  おはよう寺ちゃん
 文化放送の「おはよう寺ちゃん」に内藤がコメンテーターとして出演の予定です。番組は早朝5時から8時までの長時間放送ですが、僕の出番は6時からになります。皆様、よろしくお願いします。

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 宗教と国際政治 原則毎月第1火曜日 15:30~17:00
 時事解説を中心とした講座です。詳細はこちらをご覧ください。
 
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 あすから全日本切手展(+韓国切手展)
2023-07-14 Fri 01:49
 あす(15日)から17日(月・祝)まで、東京・錦糸町のすみだ産業会館で全日本切手展(全日展。大韓民国建75周年記念・韓国切手展と併催。詳細についてはこちらをご覧ください。)が開催されます。(以下、画像はクリックで拡大されます)

      全日展2023小型印

 上の画像は、今回の全日展の会場内で使われる小型印で、関東大震災後に暫定的に発行された“震災切手”のデザインをアレンジしています。

 本年は、関東大震災から100周年という節目の年にあたっておりますので、全日展でも、震災切手収集・研究の第一人者として知られる鎌倉達敏さんのコレクションを特別出品として招聘いたしました。展示の中には、こんなモノも含まれています。

      震災・9種貼りカバー

 これは、震災切手として発行された9種すべてを貼り、1924年5月14日、横浜から上海あてに差し出された書留便です。押されている消印も、当時の横浜局で使用されていた暫定的なタイプのものです。

 なお、震災切手の詳細については、こちらをクリックして、内藤総研サイト内の当該投稿をご覧ください。内藤総研の有料会員の方には、本日夕方以降、記事の全文(一部文面の調整あり)をメルマガとしてお届けする予定です。

 また、会期中は毎日13時から、内藤が韓国切手展の展示解説を行うほか、16日の15時からは鎌倉さんがご自身の展示について解説してくださいます。さらに、明日(15日)は15時から、7月28日に発売予定の拙著『今日も世界は迷走中』の刊行記念のトークイベントと先行販売も行います。

 一人でも多くの皆様に会場でお会いできるのを楽しみにしております。


★★★ 全日本切手展のご案内  ★★★ 

 7月15-17日(土-月・祝) 東京・錦糸町のすみだ産業会館で全日本切手展(全日展)が開催されます。今回は、会期中3日連続で、内藤が併催の韓国切手展の展示解説を行うほか、トークイベントも行う予定です。時間等は現在、最終調整中ですが、展覧会の情報は全日本切手展のオフィシャルサイトなどで、随時アップしていきますので、よろしくお願いいたします。

      全日展2023・招待券(ブログ用)
 
 *招待券(裏面押印なきものは無効)の画像です。

 会期中、内藤は以下の展示解説とトークイベントを行います。事前予約不要ですので、ぜひご参加ください。

 15日・16日・17日 13:00~ 併催の韓国切手展の展示解説
 15日 15:00 新刊『今日も世界は迷走中』刊行記念講演 

  

★ 放送出演・講演・講座などのご案内 ★

 7月14日(金) 05:00~  おはよう寺ちゃん
 文化放送の「おはよう寺ちゃん」に内藤がコメンテーターとして出演の予定です。番組は早朝5時から8時までの長時間放送ですが、僕の出番は6時からになります。皆様、よろしくお願いします。

 ジョン・F・ケネディとその時代
 7月22日(土)から、毎月第4土曜日開催のよみうりカルチャー北千住での講座です。今から60年前の1963年11月に暗殺をされたケネディ大統領とその時代について、様々な角度から解説をします。詳細はこちらをご覧ください。

 切手・郵便物でみる 朝鮮半島現代史 7月25日開講!
 武蔵野大学の新たな講座(対面式)「切手・郵便物でみる 朝鮮半島現代史」が7月25日にスタートします。詳細はこちらをご覧ください。

 新講座「龍の文化史」 8月9日配信開始!
 武蔵野大学の新たなWeb講座「龍の文化史」が8月9日から配信開始になります。龍/ドラゴンにまつわる神話や伝説は世界各地でみられますが、想像上の動物であるがゆえに、それぞれの物語には地域や時代の特性が色濃く反映されています。今回の講座では、日本の龍を皮切りに、中国、朝鮮、琉球、東南アジア、キリスト教世界など、世界の龍について興味深いエピソードなどを切手の画像とともにご紹介していきます。詳細はこちらをご覧ください。

 よみうりカルチャー 荻窪
 宗教と国際政治 原則毎月第1火曜日 15:30~17:00
 時事解説を中心とした講座です。詳細はこちらをご覧ください。
 
 武蔵野大学のWeb講座 
 大河企画の「日本の歴史を学びなおす― 近現代編」、引き続き開講中です。詳細はこちらをご覧ください。 

★ 『現代日中関係史 第2部 1972-2022』 好評発売中!★

      現代日中関係史2

 2022年11月に刊行された「第1部1945-1972」の続編で、日中国交”正常化”以降の1972年から2022年までの半世紀の、さまざまな思惑が絡まり合う日中関係の諸問題を、切手とともに紐解いていきます。

 * ご予約・ご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、本書の目次をご覧いただけるほか、アマゾン他、各ネット書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。

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 日本、ドイツに勝利
2022-11-24 Thu 06:39
 現在開催中のサッカーW杯カタール大会で、きのう(23日)、日本代表(FIFAランキング24位)がドイツ(同11位)を2-1の逆転勝ちを収める大金星を飾りました。というわけで、ドイツに勝ったことを記念して、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      大戦平和・1銭5厘

 これは、1919年7月1日、第一次大戦での対独講和条約の調印にあわせて発行された”平和記念”の切手のうち、結城素明の原画による鳩を描いた1銭5厘切手です。

 詳細については、こちらをクリックして、内藤総研サイト内の当該投稿をご覧ください。内藤総研の有料会員の方には、本日夕方以降、記事の全文(一部文面の調整あり)をメルマガとしてお届けする予定です。

 なお、日本とドイツが戦った第一次大戦と切手・郵便の関係については、拙著『切手でたどる郵便創業150年の歴史 vol.1 戦前編』でもまとめておりますので、機会がありましたら、ぜひお手に取ってご覧いただけると幸いです。


★ 放送出演・講演・講座などのご案内 ★

 11月25日(金) 05:00~  おはよう寺ちゃん
 文化放送の「おはよう寺ちゃん」に内藤がコメンテーターとして出演の予定です。番組は早朝5時から8時までの長時間放送ですが、僕の出番は6時からになります。皆様、よろしくお願いします。

 12月24日(土) 13:00~  大英帝国のクリスマス
 英国は、1840年に世界で最初に郵便切手を発行した国で、かつて”日の沈まぬ国”と呼ばれたその広大な領土では、ヴィクトリア女王からエリザベス女王に至るまで、歴代の国王の切手を貼った郵便物が縦横無尽に往来していました。今回は、クリスマスに関する切手・郵便物をピックアップし、それぞれの時代の英国・英領の歴史や社会を読み解きます。お申込などの詳細はこちらをご覧ください。

 よみうりカルチャー 荻窪
 宗教と国際政治 原則毎月第1火曜日 15:30~17:00
 時事解説を中心とした講座です。詳細はこちらをご覧ください。

 武蔵野大学のWeb講座 
 「日本の歴史を学びなおす― 近現代編」と「日本郵便150年の歴史」の2種類の講座をやっています。詳細はこちらをご覧ください。 


★ 『現代日中関係史 第1部 1945-1972』 好評発売中! ★

      現代日中関係史表_第1部

 日本郵趣出版の新レーベル「郵便×歴史シリーズ」の第一弾の企画として、切手という切り口から第二次大戦後の日中関係を読み解く『現代日中関係史』。その第1巻となる本書は、第二次大戦後、わが国が中華人民共和国と国交を樹立(いわゆる国交正常化)する1972年9月以前を取り扱っています。なお、1972年の国交”正常化”以降については、2023年3月に刊行予定の第2巻でまとめる予定です。

 * ご予約・ご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、アマゾン他、各ネット書店での注文ページのリンクがあるほか、主要書店の店頭在庫も確認できます。また、販売元の郵趣サービス社のサイト、スタマガネットの特設サイトサイトでは、本書の内容見本をご覧いただけます。 

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 謹賀新年
2022-01-01 Sat 00:09
      寺ちゃん20211230

      旧版富士鹿・8銭

 あけましておめでとうございます。

 旧年中は郵便学者・内藤陽介の活動にご支援・ご協力を賜り、誠にありがとうございました。本年もよろしくお付き合いください。

 冒頭の画像は、昨年末の12月30日に文化放送の「おはよう寺ちゃん 活動中」に出演した際、スタッフの方に撮影していただいたもので、僕の顔写真としては最新のものです。同番組のスタッフの方には、出演のたびに毎回写真を撮っていただいているのですが、いつもいい感じなので、折に触れて著者近影として使わせていただいております。

 その下には、正月らしいおめでたい題材の切手の中から、今からちょうど100年前の1922年1月1日に発行された“富士鹿切手(旧版)”の8銭切手を置いてみました。

 1920年11月、マドリードで開催された第7回郵便大会議で国際郵便料金の基準も改訂され、書状の基本料金(20グラムまで)は50サンチーム、葉書は30サンチーム、印刷物(50グラムまでごとに)は10サンチームとなり、これに伴い、各種の国内手続きを経て、わが国の外国郵便料金も1922年1月1日から、書状基本料金が10銭から20銭に、葉書が4銭から8銭に、印刷物が2銭から4銭へと、倍額に値上げされることになりました。

 額面が4・8・20銭の切手についてはすでに田沢型切手も発行されていましたが、万国郵便連合の規定に沿った“UPUカラー”には対応していなかったため、あらためて、料金改定初日の大正11年1月1日、外国郵便用に、UPUカラーに対応した3種の切手が発行されました。

 樋畑雪湖が原画を制作した新切手は、富士山と鹿を組み合わせた図案から“富士鹿切手”と呼ばれています。ちなみに、富士山が日本切手に取り上げられたのは、これが最初です。

 一方、鹿は、漢籍では、祖霊の使者とされてきました。特に、詩経の「鹿鳴之什」は、各章首二句が「呦呦鹿鳴、食野之苹」「呦呦鹿鳴、食野之蒿」「呦呦鹿鳴、食野之芩」となっており、呦呦(ゆうゆう)と鹿が鳴き草(苹、蒿、芩)を食むさまを謡うことで祖霊が一族のもとに降臨したことを示し、それを受けて、祖霊に供物を捧げ、音楽を演奏するなど、一族の歓待の意が表現されています。ここから、“鹿鳴”には賓客をもてなす意味が生まれ、明治の“鹿鳴館”の由来にもなりました。

 なお、富士鹿切手は、その後、同一デザインで刷色や用紙、版などを変えて1937年まで発行が続けられています。この辺りの事情につきましては、昨年刊行の拙著『切手でたどる郵便創業150年の歴史 vol.1 戦前編』でもまとめておりますので、機会がありましたら、ぜひお手に取ってご覧いただけると幸いです。

 さて、一昨年は新型コロナウイルスの影響で中止のやむなきに至った全日本切手展ですが、昨年(2021年)は、多くの皆様のお力添えで、2年ぶりに無事、盛況のうち終了することができました。また、8月の世界切手展<PHILANIPPON 2021>での審査員業務も大過なく務めることができました。まずはこの点につきまして、この場をお借りして、あらためてお礼申し上げます。

 現在、僕が実行委員長を仰せつかっている全日本切手展実行委員会では、本年(2022)年7月16-18日(土-月・祝)の3日間、昨年と同じ東京・錦糸町のすみだ産業会館を会場として全日本切手展を開催すべく、準備を進めております。競争出品作品の募集要項・特別規則など(大筋では前年までと変わりませんが、部分的に修正する箇所もございます)が正式に確定しましたら、展覧会のウェブサイト等で発表する予定ですので、今しばらくのご猶予をお願いいたします。つきましては、本年も、皆様のご支援・ご協力をいただけると幸甚に存じます。

 国際切手展については、新型コロナウイルスの状況次第で、現時点では先行き不透明な状態が続いておりますが、前年からの持越しで、8月に予定されているジャカルタのFIP展、11月に予定されているケープタウンのFIP展ではコミッショナーをお引き受けしております。皆様にはいろいろお世話になるかと思われますが、よろしくお願いいたします。

 一方、僕の本業である文筆活動に関しては、まずは、昨年末までに刊行できず越年できなかった『アフガニスタン現代史(仮)』を速やかに形にしなければなりません。ついで、4月20日(わが国の近代郵便の創業記念日)をめどに“切手でたどる郵便創業150年の歴史”シリーズの第3巻(平成・令和編)を刊行すべく準備を進めています。いずれも、近々、このブログでも詳細をご案内できるかと思いますので、よろしくお願いします。

 続いて、5月の連休明けから夏にかけて、1997年の“返還”から25周年を迎える香港の現代史を題材にした書籍(書下ろし)と、「本のメルマガ」および『キュリオマガジン』の連載を基に、沖縄返還50周年に合わせた書籍の刊行を予定しております。また、時期は未定ですが、『ザ・フナイ』で連載中の「こわい切手」の書籍化の話が進んでいるほか、共産中国もしくは日中関係についての書籍のオファーも頂戴しております。

 昨年は、年初の時点では5冊の刊行を目標としていたのですが、最終的に刊行できたのは4冊(『世界はいつでも不安定 国際ニュースの正しい読み方』『切手でたどる郵便創業150年の歴史 vol.1 戦前編』『誰もが知りたいQアノンの正体(みんな大好き陰謀論Ⅱ)』『切手でたどる郵便創業150年の歴史 vol.2 戦後編』)で目標未達に終わりました。とはいえ、年間4冊というのは、2008年(『近代美術・特殊鳥類の時代:切手がアートだった頃 1979-1985』『韓国現代史:切手でたどる60年』『大統領になりそこなった男たち』『年賀切手』)と並んで僕にとっては年間最多記録でしたから、気力・体力・能力の面では、これが限界ということなのかもしれません。しかし、何とかその壁を乗り越えて、最多記録更新に向けて奮闘努力したいと思っています。

 なお、近々、このブログの大幅リニューアルを予定しております。詳細が決まりましたら、あらためてご案内いたしますが、引き続き御贔屓いただけると幸いです。

 原則として、365日24時間営業の零細個人事業主の僕ですが、公の場で皆様にお目にかかる仕事としては、公の場での仕事としては、1月10日の文化放送「おはよう寺ちゃん」への出演が最初の機会となります。

 本年も引き続き、皆様よりのご支援・ご協力を賜りますよう、お願い申し上げます。

 内藤陽介拝


★ 放送出演・講演・講座などのご案内★

 1月10日(月) 05:00~  おはよう寺ちゃん
 文化放送の「おはよう寺ちゃん」に内藤がコメンテーターとして出演の予定です。番組は早朝5時から9時までの長時間放送ですが、僕の出番は07:48からになります。皆様、よろしくお願いします。

 武蔵野大学のWeb講座 2021年12月1日~2022年2月8日
 「日本の歴史を学びなおす― 近現代編その1 ― 黒船来航」

 12月1日から2月8日まで、計7.5時間(30分×15回)の講座です、お申し込みなどの詳細は、こちらをご覧ください。


★ 『切手でたどる郵便創業150年の歴史 vol.2 戦後編』 好評発売中! ★

      切手でたどる郵便創業150年の歴史②表紙 2530円(本体2300円+税)

 明治4年3月1日(1871年4月20日)にわが国の近代郵便が創業され、日本最初の切手が発行されて以来、150年間の歴史を豊富な図版とともにたどる3巻シリーズの第2巻。まずは、1945年の第二次大戦終戦までの時代を扱った第1巻に続き、第二次大戦後の1946年から昭和末の1989年までを扱っています。なお、2022年3月刊行予定の第3巻では平成以降の時代を取り扱う予定です。

 * ご予約・ご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、本書の目次をご覧いただけるほか、アマゾン他、各ネット書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。 

 ★★ 書籍無料ダウンロードを装った違法サイトにご注意ください!★★

 最近、拙著『切手でたどる郵便創業150年の歴史』をPDF化して、無料でダウンロードできるかのように装い、クレジットカード情報を盗み取ろうとする違法サイトの存在が確認されました。

 この種のサイトは多種多様な出版物を無許可で取り扱っているものと思われます。

 内藤および拙著の出版元・販売元ではこのような行為は一切認めておらず、フィッシング詐欺等に巻き込まれる可能性もありますので十分ご注意ください。

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 敬老の日
2021-09-20 Mon 01:54
 きょう(20日)は敬老の日です。というわけで、ご長寿ネタの中から、こんな切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      大正銀婚・8銭

 これは、1925年5月10日に発行された“(大正天皇の)大婚25年”の記念切手のうち、松喰鶴の文様を取り上げた8銭切手です。

 松喰鶴は、松の小枝をくわえた鶴の文様で、松と鶴がいずれも延命長寿の瑞木・瑞鳥であることから、これを組み合わせて二重の吉祥文様としたものです。枝を加える鳥を吉祥文様として描くのは、古代オリエントの含綬鳥文や咋鳥文などが最初で、それが中国に伝わって、花の咲いてる小枝をくわえる鳥を図案化した“花喰鳥文”となり、さらに日本に伝来して和風化して松喰鶴門になったと考えられています。

 さて、大正天皇のご成婚は皇太子時代の1900年5月10日であったため、1925年には、一般の銀婚式に相当する“大婚25年”の祝典が行われました。

 わが国最初の記念切手は、大正天皇の父君である明治天皇の“大婚25年”を祝うために1894年に発行されましたので、大正天皇の場合もその先例に倣い、“大婚25年”の記念切手が発行されるのは既定路線として、1924年も後半になると、逓信省はその心積もりで内々に準備を進めていました。

 しかし、1920年に宮内庁から大正天皇の「体調悪化」が公表されて以来、天皇のご病状は一向に好転せず、銀婚式そのものが行えるようになるかどうか不透明な情勢が続き、宮内省は1925年初になっても、“大婚25年”の祝典を行うかどうか、決定しかねていました。結局、1925年1月20日、宮内省は、祝典はなんらかの形式で質素に行うとの方針を決定。これを受けて、ようやく逓信省も記念切手・絵葉書制作の実務作業に着手し、なんとか祝典当日の5月10日に記念切手を発行しています。

 なお、今回ご紹介の切手を含む大正時代の切手については、拙著『切手でたどる郵便創業150年の歴史 vol.1 戦前編』でもいろいろご紹介しておりますので、機会がありましたら、ぜひお手に取ってご覧いただけると幸いです。

 * 昨日(19日)の拉致被害者全員奪還ツイキャスの内藤の出演回は無事終了しました。ご参加いただきました皆様ならびにスタッフの方々にはこの場をお借りしてお礼申し上げます。
 

★ 放送出演・講演・講座などのご案内★

 9月20日(月) 05:00~  おはよう寺ちゃん
 文化放送の「おはよう寺ちゃん」に内藤がコメンテーターとして出演の予定です。番組は早朝5時から9時までの長時間放送ですが、僕の出番は07:48からになります。皆様、よろしくお願いします。

 武蔵野大学のWeb講座 「切手と浮世絵」 配信中です!
 8月11日から10月12日まで、計6時間(30分×12回)の講座です、お申し込みなどの詳細は、こちらをご覧ください。


★ 『世界はいつでも不安定』 オーディオブックに! ★

      世界はいつでも不安定Audible

 拙著『世界はいつでも不安定』がAmazonのオーディオブック“Audible”として配信されました。会員登録すると、最初の1冊は無料で聴くことができます。お申し込みはこちらで可能です。

★ 『誰もが知りたいQアノンの正体』 好評発売中! ★

      誰もが知りたいQアノンの正体 1650円(本体1500円+税)

 * 編集スタッフの方が個人ブログで紹介してくれました。こちらをご覧ください。

 ご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、本書の目次をご覧いただけるほか、アマゾン他、各ネット書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。 

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 虫の日
2021-06-04 Fri 06:10
 きょう(4日)は、6(む)・4(し)の語呂合わせで“虫の日”です。というわけで、こんな切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      震災切手・10銭

 これは、1923年10月25日に発行された震災切手のうちの10銭切手で、太陽と2匹のトンボが描かれています。

 1923年の関東大震災により、東京の印刷局および逓信省とその切手倉庫が全焼。切手に関しては、被災地以外の全国各地の郵便局には当面必要なストックがあったものの、東京から全国への切手の補給が途絶し、数ヶ月後には日本国内の切手在庫が底を突くことが予想されました。

 そこで、9月7日、逓信省は暫定切手の発行を決定。同9日、低額用と高額用の2種類の図案が作成され、翌10日、切手の印刷が発注されます。

 切手は簡易なオフセット印刷で、切手の周囲には切り取り用の点線が印刷されているものの、目打も裏糊もなく、いかにも急ごしらえといった感じで、用紙の調製は兵庫県の三菱製紙高砂工場が、印刷は大阪府の精版印刷(現・凸版印刷)南工場が担当。10月25日、関東大震災後の暫定切手、すなわち、“震災切手”9種が発行されました。

 なお、最初の発注分では需要を賄いきれないと考えた逓信省は、大正12年末、東京府内でも比較的被害が少なかった秀英舎(現・大日本印刷)に暫定切手の製造を委託。その分の用紙は東京・葛飾区の三菱製紙中川工場が調製し、大正13年1月から3月まで、震災切手の製造が続けられています。

 デザインの観点から言うと、今回ご紹介の切手は、世界で初めて、トンボを本格的に描いた切手です。トンボは前にしか進まず、退かないところから、不転退の意志を表す“勝ち虫”として縁起物になっていることにちなみ、この切手でも、不退転の決意で復興に取り組む強い意志を表そうとしたためともいわれていますが、実は、このデザインには下の画像のような“元ネタ”があります。

      田沢型原案(トンボ)

 こちらは、明治から大正への御代がわりを受けて、1913年1月23日から3月15日まで行われた新通常切手のデザイン公募によせられた田沢昌言(印刷局職員)の作品で、桜とトンボがモチーフになっています。最終的に、新デザインの切手には田沢の別の作品が採用されたわけですが、桜とトンボのモチーフは、後に二つに分けて震災切手に受け継がれました。

 ちなみに、日本で最初の昆虫切手は、1916年に発行された裕仁親王(後の昭和天皇)の立太子礼の記念切手のうち、儀式で用いられる空頂黒幘とよばれる冠を取り上げた10銭切手(額面の“拾銭”の両脇に、蝶の紋様が描かれています)ですが、今回ご紹介の田沢の作品が切手に採用されていたら、そちらが最初の昆虫切手になっていた可能性もあったわけです。

 なお、震災切手については、拙著『切手でたどる郵便創業150年の歴史 vol.1 戦前編』でもまとめておりますので、機会がありましたら、ぜひお手に取ってご覧いただけると幸いです。


★ 武蔵野大学の生涯学習講座は開講が再延期となりました ★

 6月5日開講の予定だった下記の講座は、新型コロナウイルス対応の特別措置法に基づく緊急事態宣言の再延長に伴い、開講日(対面授業の初回の日)が7月3日に再延期になりました。詳細が決まりましたら、このブログでもご案内いたしますので、今しばらくお待ちください。なお、対面授業の時間割は、土曜日の同じ時間帯で変更はありません。

 13:00~14:30 「日本の郵便150年の歴史 その1 ―“大日本帝国”時代の郵便事情―」
 15:15~16:45 「東京五輪と切手ブームの時代 ―戦後昭和社会史の一断面―」
 対面授業、オンラインのライブ配信、タイム・フリーのウェブ配信の3通りの形式での受講が可能です。お申し込みを含め、詳細については、こちらをクリックしてご覧ください。(現在は旧日程が掲載されておりますので、ご注意ください)

 ご不便をおかけしますが、よろしくお願いします。


★ 放送出演・講演・講座などのご案内★

 6月7日(月) 05:00~  おはよう寺ちゃん
 文化放送の「おはよう寺ちゃん」に内藤がコメンテーターとして出演の予定です。番組は早朝5時から9時までの長時間放送ですが、僕の出番は07:48からになります。皆様、よろしくお願いします。


★ 『誰もが知りたいQアノンの正体』 好評発売中! ★

      誰もが知りたいQアノンの正体 1650円(本体1500円+税)

 出版社からのコメント
 なぜQアノンにみんなハマったのか?
 ネットならではの引き寄せ構造と、現代格差社会の生んだ分かりやすい解釈。
 これは米国だけじゃない!
 人はみんなQを求めている!? (笑)

 * 編集スタッフからのコメントはこちらをご覧ください。

 ご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、本書の目次をご覧いただけるほか、アマゾン他、各ネット書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。 

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 こどもの日
2021-05-05 Wed 05:01
 きょう(5日)は“こどもの日”です。というわけで、“少年少女”を題材としたマテリアルの中から、こんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      大戦平和絵葉書:少年少女

 これは、1919年7月1日に逓信省が“平和記念”の絵葉書のうち、鏑木清方が原画を描いた「少年少女」に、平和記念の1銭5厘切手を貼り、特印を押したものです。

  さて、第一次大戦に参戦し、戦勝国となった日本は、1919年1月に始まったヴェルサイユ会議に参加し、同年6月28日、講和条約に調印します。これを受けて、同年7月1日が“平和記念日”とされ、全国各地で様々なイベントが催されるとともに、4種セットの記念切手と2種セットの絵葉書が発行されました。

 逓信省は1919年1月から記念切手と絵はがき発行の準備を進め、5月14日までに図案をすべて決定していましたが、報道されている会議の進行状況から、講和条約の調印は8月以降になりそうなので、記念切手の準備は7月半ばまでに完了すればいいと考えていました。ところが、急遽、6月28日の条約調印、7月1日の平和記念日という段取りが決まったため、あわてて、7月1日の切手発行と特印の使用に踏み切っています。

 なお、第一次大戦とわが国の切手・郵便の関係については、拙著『切手でたどる郵便創業150年の歴史 vol.1 戦前編』でもいろいろご説明しておりますので、機会がありましたら、ぜひお手に取ってご覧いただけると幸いです。


★ 放送出演・講演・講座などのご案内★

 5月10日(月) 05:00~  
 文化放送の「おはよう寺ちゃん」に内藤がコメンテーターとして出演の予定です。番組は早朝5時から9時までの長時間放送ですが、僕の出番は07:48からになります。皆様、よろしくお願いします。

 5月15日(土)~ 武蔵野大学の生涯学習講座
 5月15日、22日、6月5日、19日、7月3日、17日の6回、下記のふたつの講座でお話しします。 
 13:00~14:30 「日本の郵便150年の歴史 その1 ―“大日本帝国”時代の郵便事情―」
 15:15~16:45 「東京五輪と切手ブームの時代 ―戦後昭和社会史の一断面―」
 対面授業、オンラインのライブ配信、タイム・フリーのウェブ配信の3通りの形式での受講が可能です。お申し込みを含め、詳細については、こちらをクリックしてご覧ください。

★ 『切手でたどる郵便創業150年の歴史 vol.1 戦前編』 好評発売中! ★

      郵便創業150年の歴史ー1表紙 2530円(本体2300円+税)

 明治4年3月1日(1871年4月20日)にわが国の近代郵便が創業され、日本最初の切手が発行されて以来、150年間の歴史を豊富な図版とともにたどる3巻シリーズの第1巻。まずは、1945年の第二次大戦終戦までの時代を扱いました。今後、2021年11月刊行予定の第2巻では昭和時代(戦後)を、2022年3月刊行予定の第3巻では平成以降の時代を取り扱う予定です。

 ご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、本書の目次をご覧いただけるほか、アマゾン他、各ネット書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。 

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 きょう、立皇嗣の礼
2020-11-08 Sun 01:16
 今上陛下の弟宮、秋篠宮親王殿下が皇位継承順位の第1位にある“皇嗣”のお立場を承継することを、陛下が内外に宣明される“立皇嗣の礼”が、きょう(8日)、行われます。というわけで、きょうはこの切手です、(画像はクリックで拡大されます)

      立太子礼(裕仁・3銭)

 これは、1916年11月3日に発行された皇太子・裕仁親王(後の昭和天皇)の立太子礼の記念切手のうち、黄丹闕腋袍に織り出された“巣の中のオシドリ”の文様が取り上げられています。

 明治以前の皇室では、皇位の継承についての明確な規定はなく、直系の皇子のみならず、皇族宮家の中から皇太子が指名されることもあったため、立太子礼は、誰が皇太子(=次期皇位継承者)であるのかを内外に明らかにするうえで重要な意味を持っていました。なお、歴史的に見ると、皇位継承順位1位の皇族が、天皇の子である場合だけでなく、兄弟やその他の親族である場合も、“皇太子”と称されることが一般的です。

 ご在位中の天皇の弟宮が皇位継承順位1位とされたのは18例ありますが、そのうち、“皇太弟”の称号が与えられたのは3例のみで、大半は“皇太子”の称号が使われています。したがって、秋篠宮殿下に関しても“皇太子”として“立太子礼”が行われてもおかしくはないのですが、現行の皇室典範では、皇位継承順位1位の皇族が天皇の弟宮である場合の称号が定められていないため、今回は先例にない“皇嗣”の称号が作られ、“立皇嗣の礼”が儀式の名称となりました。

 さて、1889年、「大日本帝国憲法」と同時に公布された「皇室典範」は、第一条で「大日本國皇位ハ祖宗ノ皇統ニシテ男系ノ男子之ヲ繼承ス」、第二条で「皇位ハ皇長子ニ傳フ」と明確に規定し、皇位は原則として天皇の第一皇子に継承されることが正式に決定されました。この結果、第一皇子は生まれながらにして皇太子となることが確定したので、立太子礼の意味合いも明治以前とは異なり、一定の年齢に達した時に行う、いわば元服や成年式に近い性格のものになりました。

 この「皇室典範」に基づき、1899年11月、さっそく、嘉仁親王(後の大正天皇)の立太子礼が行われましたが、この時は儀式の詳細については先例に従うとして明確な規定がなく、1909年になって、ようやく、儀式の詳細を定めた「立儲令」が定められます。裕仁親王の立太子礼は、この「立儲令」に沿って行われた最初の儀式で、大正天皇の大礼後、親王16歳の1916年11月3日(=明治節)に行われました。

 記念切手の図案制作を担当した樋畑雪湖は、当初、壺切剣(皇太子の象徴として、立太子礼に際して天皇から皇太子に親授される相伝の秘宝)を題材とすることを考えましたが、剣が宮中の秘宝であることに加え、写生に関しても宮内省からの許可が下りなかったため、皇太子が儀式の際に見につける服装から題材が選ばれます。

 具体的には、儀式に際して皇太子がお召しになる黄丹闕腋袍に織り出された文様の、巣の中のオシドリを中央に配し、周囲には天皇の礼服である黄櫨染御袍から取られた桐の文様が配された図案となっています。ちなみに、天皇は、即位礼のみならず、立太子礼に際しても、この服を着用することになっており、黄櫨染御袍と黄丹闕腋袍の組み合わせは皇位継承の象徴として、切手にも取り上げられました。

 また、中央の文様部分は、黄丹闕腋袍にちなみ、黄色と赤を組み合わされた刷色となっています。今回ご紹介の3銭切手は、この黄色と赤の2色刷ですが、同時に発行された同図案の1銭5厘切手に関しては、裕仁親王の将来を祝福する意味をこめて、周囲の部分は若草をイメージさせる緑色で印刷されています。今回は、御年54歳の秋篠宮殿下の話題ですので、“若草”というのもどうかと思い、3銭切手を選んでみた次第です。


★ 11月11日(水) 八重洲・イブニング・ラボに内藤登場★

 11月11日(水) 経済評論家、上念司さんの八重洲・イブニング・ラボに内藤が登場します。会員限定のイベントですので、手続き方法などの詳細はこちらでご確認の上、ぜひ会員登録の上、お申し込みください。よろしくお願いします。(宣伝文句がかなり大げさで、ちょっとビビってますが・笑)


★ 11月12・19日(木) InterFM 897:The Road 出演します ★

 11月12日(木)と19日(木) 17:30 InterFM 897の番組、嘉衛門 Presents 「The Road」!に内藤が出演し、“知られざる切手の世界”についてお話します。詳細はこちらをご覧ください。皆様よろしくお願いします。


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 出版社からのコメント
 【中国の札束攻勢にソロモン諸島は陥落寸前!】
 日本軍の撤退後、悲劇の激戦地は
 いかなる歴史をたどり、
 中国はどのように浸透していったのか

 本書のご予約・ご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、本書の目次をご覧いただけるほか、アマゾン他、各ネット書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。 

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 明治神宮鎮座100年
2020-11-01 Sun 00:20
 1920年11月1日に明治神宮が鎮座して100周年になりました。というわけで、きょうはストレートにこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      明治神宮鎮座3銭

 これは、1920年11月1日に発行された“明治神宮鎮座紀念”の3銭切手です。

 1912年に明治天皇が崩御された際、そのご遺体は京都の伏見桃山陵に葬られましたが、東京でも、都内に神宮を建設したいとの運動が自然発生的に発生。実業家の渋沢栄一、東京市長の阪谷芳郎らによる有志委員会が組織され、代々木御苑に神宮を建設する建設案が作られました。

 神社造営の用地として白羽の矢が立てられた代々木御苑は、もともとは肥後藩藩主・加藤家の別邸があった土地で、1640年以降は彦根藩藩主・井伊家の下屋敷となっていたところ、維新後の1874年、明治政府が買い上げて南豊島御料地となっていました。敷地面積は22万坪(約73ヘクタール)です。

 有志委員会は政府の実力者とも折衝を重ね、1913年には衆議院で神宮建設の建議が両院で可決。これを受けて、同年末、政府は閣議によって原敬内務大臣を長とする神社奉祀調査会を設置しました。

 さらに、1914年4月、昭憲皇后(明治天皇の皇后)が崩御されると、政府は大正天皇の裁可を受け、同年7月までに、社号を明治神宮、社格を官幣大社とすることを内定。同年12月、帝国議会は神宮造営を大正4-9年度の6年間の継続事業として、当初の総予算345万7000円を可決しました。

 実際の造営作業は、1915年5月1日、内務省告示で官幣大社明治神宮の創建を発表した後、同年10月3日に地鎮祭が行われてスタート。当時は第一次大戦中の好景気だったこともあり、建設資材は高騰し、関係者はその調達に苦労したそうですが、全国から1万1129名の国民が労働奉仕に参加し、当初予定より1年遅れの1920年11月1日、鎮座祭が行われ、翌2日には大正天皇の名代として皇太子裕仁親王(のちの昭和天皇)が行啓なさいました。

 なお、明治神宮の造営以前、周囲は現在の御苑一帯を除いては畑がほとんどで、荒れ地のような景観でしたが、造成工事が始まると、日本全国はもとより、植民地の樺太(現サハリン)や台湾、満洲(中国東北部)、朝鮮などからも境内に植えるための樹木が奉納されます。その数は365種類10万本。こうして、もともとは人工林として出発した“神宮の森”でしたが、その後、東京の気候にあわない樹木が枯れるなどして、ほぼ自然林に近い状態となり、現在は247種類17万本の緑が生い茂っています。

 さて、明治神宮の鎮座に際して記念切手を発行することは、1920年7月初めに正式に決定され、7月7日、図案の政策を担当する樋畑雪湖が造営中の拝殿と本殿を取材して資料用の写真を撮影しました。

 切手の図案としては、中央左寄りに拝殿が描かれ、その奥に本殿の屋根だけが見えています。また、前景の松は拝殿の階段左右に植え付けられたものです。

 切手周囲の文様は、本殿内陣の壁代の紐の地紋に施された三重襷を元にしています。壁代は、もともとは貴族の邸宅で目隠しのために用いられていた帳で、御簾の内側に垂らされ、これを上方に掲げるために紐が付けられています。

 一方、三重襷は、斜線を交差させた中に菱を入れ、さらにその中に花菱や四つ菱を入れた文様で、もともとは、公卿の夏の日常着の文様として使われることが多かったのですが、明治神宮では壁代の紐の地紋として採用されました。

 また、記念切手には四隅に“鎮座紀念”の文字を篆書体で入れ、大日本帝国郵便の文字と額面は下部に配されています。図案の下には“明治神宮”の画題と“大正九年十一月”の発行年月が表示されているが、これは、日本切手としては初めてのことでした。さらに、この切手は外国郵便に関しては中国大陸宛のものにしか使用できなかったため、欧文の表示は不要と考えられたのか、額面数字は漢数字のみで算用数字や“錢”を示すSNなどの表示も入っていません。


★ 文化放送「おはよう寺ちゃん 活動中」 出演します!★

 11月6日(金)05:00~  文化放送の「おはよう寺ちゃん 活動中」に内藤がコメンテーターとして出演の予定です。番組は早朝5時のスタートですが、僕の出番は6時台になります。皆様、よろしくお願いします。


★ 内藤陽介の最新刊 『日本人に忘れられたガダルカナル島の近現代史』 ★

      日本人に忘れられたガダルカナル島の近現代史カバー 本体1600円+税

 出版社からのコメント
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 日本軍の撤退後、悲劇の激戦地は
 いかなる歴史をたどり、
 中国はどのように浸透していったのか

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 きょうから全日展(+ポーランド切手展)
2019-07-13 Sat 01:22
 かねてご案内の通り、きょう(13日)から、東京・錦糸町のすみだ産業会館で全日本切手展(全日展)が開催されます。(以下、画像はクリックで拡大されます。

      全日展2019ポスター

 今回は、全国の収集家の皆さんによる競争出品に加え、日本とポーランドの国交樹立100周年を記念し、駐日ポーランド共和国大使館並びにポーランド広報文化センターのご後援の下、“ポーランド切手展”を併催するほか、2015年にシンガポールで開催のFIP世界展で金賞を受賞した山田祐司さんによる特別展示「田沢切手」などの企画展示を行います。ポスターのデザインもそのことをイメージして、右側には、田沢切手の最高額面である1円切手(下の画像)をデザインしました。

      田沢・旧毛1円

 さて、今回展示される山田コレクションの中でも、最大の目玉といえば、やはりこの1点でしょうか。

      青島軍事8枚ブロック

 これは、いわゆる青島軍事切手の未使用8枚ブロックです。
 
 1904-05年の日露戦争に際して、将兵の差し出す軍事郵便は無料の扱いとなっていました。しかし、日露戦争後も、日本軍の部隊は中国大陸や朝鮮半島に駐留し続けたため、そうした部隊の郵便物に関して、逓信省が無料利用の廃止を主張したのに対して、軍当局は従前どおり無料郵便の継続を求めていました。そこで、両者の妥協として、1910年12月1日以降、当時の国内書状基本料金用の3銭切手に“軍事”の文字を加刷した軍事郵便証票(これが、いわゆる“軍事切手”です)を、将校以外の軍人に1人1ヵ月2枚(=封書2通分)、無料で交付するという制度が始まりました。

 さて、第一次大戦で山東半島に出兵した日本軍は、戦後もかの地に駐留を続けたため、当然のことながら、現地の兵士たちには軍事切手が支給されることになります。

 ところが、1921年、青島の守備隊となった日本軍の兵士に支給する軍事切手が間に合わなかったため、いわゆる支那加刷切手(中国各地に日本が設置していた郵便局で使用するため、“支那”の文字を加刷して発行されていた切手)に、“軍事”の文字を加刷した暫定的な切手が支給されました。これが、青島軍事切手です。

 青島軍事切手は1921年4月から6月半ばまで、青島、坊子、高密、張店鉄山で使用されたことが確認されているほか、青島済南間の鉄道郵便で使用された例も報告されています。その後、正規の軍事切手が支給されたため、青島軍事切手の使用はごく短期間に終わりました。

 青島軍事切手は、未使用の単片でも珍品ですが、今回の山田コレクションに展示されている8枚ブロックは現存1点、まさに横綱級の逸品です。

 このほかにも、山田祐司さんのコレクションは珍品が多数含まれており、非常にパワフルなコレクションとして有名です。ぜひ、この機会を逃さず、会場にお越しいただけると幸いです。


★★★ 全日本切手展のご案内  ★★★ 

 7月13-15日(土-月・祝) 東京・錦糸町のすみだ産業会館で全日本切手展(全日展)ならびにポーランド切手展が開催されます。全日本切手展のフェイスブック・サイト(どなたでもご覧になれます)にて、随時、情報をアップしていきますので、よろしくお願いいたします。

      全日展2019ポスター

 *画像は実行委員会が制作したポスターです。クリックで拡大してご覧ください。


★★ 内藤陽介の最新刊 『チェ・ゲバラとキューバ革命』 好評発売中!★★

      チェ・ゲバラとキューバ革命 表紙カバー 本体3900円+税
 
 【出版元より】
 盟友フィデル・カストロのバティスタ政権下での登場の背景から、“エルネスト時代”の運命的な出会い、モーターサイクル・ダイアリーズの旅、カストロとの劇的な邂逅、キューバ革命の詳細と広島訪問を含めたゲバラの外遊、国連での伝説的な演説、最期までを郵便資料でたどる。冷戦期、世界各国でのゲバラ関連郵便資料を駆使することで、今まで知られて来なかったゲバラの全貌を明らかする。

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 戦艦「加賀」進水式の絵葉書
2017-03-24 Fri 23:18
 おととい(22日)就役した海上自衛隊最大の護衛艦「かが」について、きのう(23日)、中国外務省の華春瑩報道官が「(旧日本海軍の空母)加賀は第二次大戦中、米軍に撃沈された。日本は歴史の教訓をくみ取るべきだ。加賀の再現は、軍国主義の復活を意図しているのではないことを希望する」とコメントしたそうです。というわけで、きょうはこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      戦艦『加賀」進水式絵葉書

 これは、1921年の戦艦「加賀」の進水式の記念絵葉書に切手を貼り、記念の印を押した記念品です。

 加賀は日本海軍が計画した“八八艦隊”の1隻が建造が計画されたもので、1919年1月、川崎造船所に建造が命じられました。起工は1920年7月19日で、1921年11月17日、大正天皇の名代として伏見宮博恭王以下、10万人ともいう観衆が見守る中で進水式が行われました。今回ご紹介の葉書は、この時に作られたものです。

 ところが、ワシントン海軍軍縮条約に従い、主力艦の保有数が制限されたため、建造計画は頓挫。重防備ではあったものの低速であった加賀は廃が決定され、同型艦の「土佐」が豊後水道にて射撃実験の標的として使用されたのに続き、同様の処分が行われるのを待つばかりとなっていました。

 しかし、1923年9月1日に関東大震災が発生。横須賀海軍工廠で改装中だった「天城」が大破したため、急遽、その代替として加賀は空母へ改造することとなり、同年12月13日、横須賀海軍工廠で空母への改装工事が開始。1928年に空母として竣工しました。

 その後、加賀は1932年1月の(第1次)上海事変に出動した後、1933-35年、佐世保鎮守府での大改装を経て、1937年に始まる支那事変(日中戦争)では南京、広東爆撃に参加しました。

 大東亜戦争では、1941年12月8日の真珠湾攻撃に参加したのを皮切りに、ラバウル攻撃、ポートダーウィン攻撃、 ジャワ島南方での米艦船攻撃 等に参加しましたが、、1942年6月のミッドウェー海戦で敵の爆弾3発を受け大破炎上し、沈没しました。

 ちなみに、海上自衛隊の護衛艦のうち、旧日本海軍の艦船と同じ艦名の船は今回の「かが」が初めてというわけではなく、これまでにも「いせ」、「ひゅうが」などの先例がありますが、それらをもってただちに“軍国主義の復活”というのはあまりにも短絡的でしょう。少なくとも、東シナ海で乱暴狼藉の限りを尽くしている国に“軍国主義”とは言われたくはないですな。

 まぁ、「いざというときには、ご自慢の空母(ということになっている鉄屑)遼寧でどうとでもなるんじゃないですか?」と件の報道官には訊いてみたいものです。

  * さきほど、アクセスカウンターが177万PVを超えました。いつも閲覧していただいている皆様には、あらためてお礼申し上げます。

★★★ ブラジル大使館推薦! 内藤陽介の『リオデジャネイロ歴史紀行』  ★★★ 

       リオデジャネイロ歴史紀行(書影) 2700円+税

 【出版元より】
 オリンピック開催地の意外な深さをじっくり紹介
 リオデジャネイロの複雑な歴史や街並みを、切手や葉書、写真等でわかりやすく解説。
 美しい景色とウンチク満載の異色の歴史紀行!
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 建国記念の日
2015-02-11 Wed 11:11
 私事で恐縮ですが、昨年末から郵趣サービス社のオンラインショップ“スタマガネット”で連載中のコラム「日ノ本切手美女かるた」が、読者の方からの反響が予想よりもはるかに大きいということで、急遽、『日の本切手美女かるた』の題名で書籍化が決まりました。刊行予定日は3月25日です。というわけで、今日(11日)は建国記念の日でもありますので、同書の事前プロモーションを兼ねて、記紀神話がらみの切手の中から、この1枚を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      新高額切手(10円)

 これは、1924年に発行された神功皇后の10円切手です。

 記紀神話に登場する神宮皇后の三韓征伐の物語は、皇后の夫、仲哀天皇が九州南部の豪族、熊襲を征討しようとした際に、シャーマンの術にすぐれていた皇后に「西の方に国有り。金銀を本と為て、目の炎耀く種種の珍しき寶、多に其の国に在り。吾今其の国を帰せ賜はむ」(西方に金銀財宝の豊かな国がある。それを服属させて与えよう)との神託が下ったところから始まります。

 ところが、天皇はこの神託を信じなかったため、神の怒りにふれて急死。そこで、天皇を葬った後、皇后が再び神意を問うと、さらに「この国は皇后の御腹に宿る御子が治めるべし」との託宣がありました。そこで、皇后は妊娠中でしたが、遠征中に出産とならないよう、卵形の美しい石を2個、腰のところにつけて呪いとし、出産を後らせることを願い、住吉三神を守り神として軍船を整えて新羅に遠征し、百済・高句麗ともどもこれを平定して凱旋。帰国後、無事に誉田別命(後の応神天皇)を出産しました。

 明治時代の『尋常小学国史』では、皇后の三韓征伐や、その後、百済から多くの人々が渡来して日本に学問・技術などを伝えたことは「神功皇后の御てがらに基づきしなり」と教えられていました。じっさい、1895年に日清戦争に勝利するまでの大日本帝国は、実際に自分たちが朝鮮半島を支配できるとは考えていなかったでしょうから、当初は神功皇后に関しても、三韓征伐の軍事的な成功というより、西方から富と技術をもたらした文明開化の先駆者というイメージの方が強かったのではないかと思います。

 1878年、イタリア出身のお雇い外国人、エドアルド・キヨッソーネは印刷局の女性職員をモデルに、紙幣の原画として西洋の貴婦人を思わせる容貌の神功皇后の肖像を描いていますが、当時の日本社会には、それを違和感なく受け入れる雰囲気がありました。じっさい、キヨッソーネの神功皇后像は好評で、明治10年代には何度も紙幣に採用されています。その後、明治20年代に入り、行き過ぎた欧化主義に対して国民の批判が強まると、彼女の肖像も紙幣から外され、菅原道真、武内宿禰、藤原鎌足、和気清麻呂など、歴史上の天皇の忠臣が紙幣に登場するようになりました。

 1908年、キヨッソーネによる神功皇后像は突如切手の顔として復活します。いわゆる旧高額切手です。

 すでに1905年、第2次日韓協約で韓国の外交権を接収し、韓国を保護国化していた日本は、1907年のハーグ密使事件(ハーグの万国平和会議に韓国皇帝の密使が現れて各国代表に韓国の独立を訴えた事件)を理由に韓国皇帝を退位させ、その内政権も手中に収めていました。

 神功皇后像が切手において復活したのも、こうした時代背景の下で、あらためて、伝説の三韓征伐のヒロインとしての彼女の存在にスポットライトがあてられたからと考えるのが自然でしょう。

 ところで、1923年9月の関東大震災で印刷局が罹災し、旧高額切手の原版が焼失したため、翌1924年12月1日、神功皇后という題材はそのままに、デザインを変更した“新高額切手”(今回ご紹介の切手です)が発行されました。

 ちなみに、新旧の高額切手のデザインでは、特に皇后の髪型が大きく異なっています。すなわち、旧高額切手では皇后は長い髪をそのまま垂らしていますが、新高額切手では髪を結いあげたスタイルです。これは、皇后が出征前にその成否を占った際、海水に髪を浸して髪が二つに割れるという吉兆が出たため、そのまま髪を結って船に乗り込んだという『日本書紀』神功皇后巻の記述に合わせたものです。また、肖像の周囲には、古墳の壁画などに見られる直弧紋と呼ばれる文様も配されています。

 こうした変更について、当時の逓信省は「考古学的考証を加えたため」と説明しましたが、単純なルックスという点でいえば、やはりキヨッソーネの原画による旧高額切手の方が美人じゃないでしょうかねぇ。もちろん、歴史的考証も大事ではありましょうが…。

 さて、以前の記事にも書きましたが、天孫降臨や神武東征などの記紀神話は、それがそのまま歴史的事実であるとは考えられません。ただし、そういうレベルでいえば、『聖書』の記述なんかも歴史的事実としては認めがたいわけで、欧米のキリスト教世界で(信じるか信じないかは別の問題として)『聖書』の物語をたしなみとして国民に教えているのであれば、わが国でも民族の物語としての記紀神話を日本人の大半が常識として共有しているのが本来の姿でしょう。

 したがって、僕に言わせれば、歴史の授業ではなく、国語の授業で、小学生のうちから徹底的に記紀神話を教え込むべきだと思うのですが、そういうことを言うと、左巻きの人たちは「戦前の皇国史観が大日本帝国の侵略戦争を支える役割を果たした」などと主張して反対するんでしょうな。困ったものです。

 
 なお、3月25日刊行予定の拙著『日の本切手美女かるた』では、神宮皇后については、旧高額切手を主役に取り上げました。実物ができあがりましたら、ぜひ、お手に取ってご覧いただけると幸いです。


 ★★★ 講座「切手と郵便物に刻まれた“終戦”」(2月20日)のご案内 ★★★ 

       ミズーリの消印

 2月20日13:00~14:30、愛知県名古屋市の栄中日文化センターで、「切手と郵便物に刻まれた“終戦”」と題する講座を行います。

 2015年は第二次世界大戦の終戦から70周年にあたります。終戦の年の1945年はあらゆる意味で社会が激変した年ですが、その影響は切手や郵便物にもさまざまな痕跡を残しています。今回の講座では、当時の切手や郵便物を読み解いていくことで、一般の歴史書では見落とされがちな終戦の諸相を、具体的なモノの手触りとともに明らかにしてみたいと思っています。

 詳細は、こちらをご覧ください。(画像は、日本の降伏文書調印が行われた米軍艦ミズーリ号から降伏文書調印日に差し出された郵便物の一部分です) 

 
 ★★★ よみうりカルチャー荻窪の講座のご案内 ★★★

 毎月1回(原則第1火曜日:3月3日、3月31日)、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で下記の一般向けの教養講座を担当します。

 ・イスラム世界を知る 時間は15:30-17:00です。

 次回開催は3月3日で、途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


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 「韓国/北朝鮮」の出発点を正しく知る!
 日本からの解放と、それに連なる朝鮮戦争の苦難の道のりを知らずして、隣国との関係改善はあり得ない。ハングルに訳された韓国現代史の著作もある著者が、日本の敗戦と朝鮮戦争の勃発から休戦までの経緯をポスタルメディア(郵便資料)という独自の切り口から詳細に解説。解放後も日本統治時代の切手や葉書が使われた郵便事情の実態、軍事郵便、北朝鮮のトホホ切手、記念切手発行の裏事情などがむしろ雄弁に歴史を物語る。退屈な通史より面白く、わかりやすい内容でありながら、朝鮮戦争の基本図書ともなりうる充実の内容。

 本書のご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、アマゾン他、各電子書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。

 *8月24日付『讀賣新聞』、韓国メディア『週刊京郷』8月26日号、8月31日付『夕刊フジ』、『郵趣』10月号、『サンデー毎日』10月5日号で拙著『朝鮮戦争』が紹介されました!


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 最初の“前島密”切手
2015-02-05 Thu 22:43
 昨日(4日)は、日本の“郵便の父”と称される前島密が1835年2月4日(天保6年1月7日)に生まれてから、ちょうど180年の日でした。というわけで、1日おくれですが、前島密に絡めて、こんな切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      郵便創始50年(10銭)

 これは、1921年4月20日に発行された「郵便創始50年」の記念切手のうち、当時の逓信省の庁舎を描いた10銭切手で、敷地の一部に立っていた前島密の銅像もしっかり描かれています。その部分を拡大した画像を下に貼っておきましょう。

      郵便創始50年(10銭・部分)

 前島密の顔がきちんと識別できる前島切手としては、1927年発行の万国郵便連合加盟50年の記念切手が最初ですが、図案の一部に副次的要素として前島が登場する前島切手まで含めると、今回ご紹介のものが最初の切手となります。なお、前島本人は今回ご紹介の切手が発行される以前の1919年に亡くなっていますので、存命中の人物は切手に取り上げないという原則には適っています。

 さて、切手に取り上げられた逓信省の庁舎は、1910年3月、東京府京橋区木挽町(現在の中央区京橋)に完成したもので、地上3階・地下1階で総煉瓦造で、当時の東京府内では最大規模を誇る建物でした。

 前島の銅像は、1915年10月、彼の傘寿を記念して費用が集められ、翌1916年7月に序幕式が行われました。作者は新海竹太郎で、台座の設計者は伊藤忠太郎。地面よりの像の頂点までは6mの高さがあり、台座の表面には「男爵前島密君」の文字が、裏面には壽像記が、それぞれ、刻まれています。

 その後、1923年の関東大震災で逓信省庁舎が全焼したため、逓信博物館(当時は牛込見附内にありました)の玄関前に移設されます。戦争中は金属回収令により、あやうく回収され溶解されるところでしたが、終戦のために回収を免れ、逓信博物館の玄関前に横倒しのまま放置されていましたが、その後、新潟県上越市池部の前島記念館に移設され、現在に至っています。


 ★★★ イベント「みんなで絵手紙」(2月8日)のご案内 ★★★

      狛江絵手紙チラシ・表     狛江絵手紙チラシ・裏

 2月8日(日) 10:00-17:00に東京・狛江のエコルマホールにて開催のイベント「みんなで絵手紙 見て、知って、書いて、楽しもう」のトークイベントに内藤陽介が登場します。内藤の出番は13:30-14:15。「切手と絵・手紙」と題してお話しする予定です。是非、遊びに来てください。主宰者サイトはこちら。画像をクリックしていただくと、チラシの拡大画像がごらんになれます。


 ★★★ 講座「切手と郵便物に刻まれた“終戦”」(2月20日)のご案内 ★★★ 

       ミズーリの消印

 2月20日13:00~14:30、愛知県名古屋市の栄中日文化センターで、「切手と郵便物に刻まれた“終戦”」と題する講座を行います。

 2015年は第二次世界大戦の終戦から70周年にあたります。終戦の年の1945年はあらゆる意味で社会が激変した年ですが、その影響は切手や郵便物にもさまざまな痕跡を残しています。今回の講座では、当時の切手や郵便物を読み解いていくことで、一般の歴史書では見落とされがちな終戦の諸相を、具体的なモノの手触りとともに明らかにしてみたいと思っています。

 詳細は、こちらをご覧ください。(画像は、日本の降伏文書調印が行われた米軍艦ミズーリ号から降伏文書調印日に差し出された郵便物の一部分です) 

 
 ★★★ よみうりカルチャー荻窪の講座のご案内 ★★★

 毎月1回(原則第1火曜日:2月3日、3月3日、3月31日)、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で下記の一般向けの教養講座を担当します。

 ・イスラム世界を知る 時間は15:30-17:00です。

 次回開催は2月3日で、途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


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 「韓国/北朝鮮」の出発点を正しく知る!
 日本からの解放と、それに連なる朝鮮戦争の苦難の道のりを知らずして、隣国との関係改善はあり得ない。ハングルに訳された韓国現代史の著作もある著者が、日本の敗戦と朝鮮戦争の勃発から休戦までの経緯をポスタルメディア(郵便資料)という独自の切り口から詳細に解説。解放後も日本統治時代の切手や葉書が使われた郵便事情の実態、軍事郵便、北朝鮮のトホホ切手、記念切手発行の裏事情などがむしろ雄弁に歴史を物語る。退屈な通史より面白く、わかりやすい内容でありながら、朝鮮戦争の基本図書ともなりうる充実の内容。

 本書のご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、アマゾン他、各電子書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。

 *8月24日付『讀賣新聞』、韓国メディア『週刊京郷』8月26日号、8月31日付『夕刊フジ』、『郵趣』10月号、『サンデー毎日』10月5日号で拙著『朝鮮戦争』が紹介されました!


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 年賀状のスタンプ
2015-01-05 Mon 11:11
 例年のことですが、“郵便学者”という看板を掲げて生活している関係から、僕は毎年、年賀状には干支にちなんだ切手・スタンプを取り上げることにしています。もっとも、ただ単に干支の切手・スタンプを持ってくるだけではつまらないので、①できるだけ他の人が使いそうにないモノ、②その年の仕事の予告編になりそうなモノ、③可能な限り、干支を取り上げた年賀切手は除く、という基準で選んでいます。きょう(5日)は仕事始めでオフィスで僕の年賀状をご覧になるという方もあると思いますので、今回の年賀状のスタンプについて簡単に解説いたします。(画像はクリックで拡大されます)

      平和記念特印

 これは、いまから96年前の1919年、第一次世界大戦の講和条約調印を記念して用いられた特印(特殊通信日付印)の図で、この年の干支であり、平和の象徴でもある羊の顔が大きく取りあげられています。

 元日のご挨拶でも少し触れましたが、現在、日本切手を題材とした書籍の原稿を書いておりますので、今回は日本関連のマテリアルの中から、最もインパクトのある羊ネタということで、あえて切手ではなく、この特印の図を持ってきました。また、今年1年、皆さまが平和にお過ごしになれますようにとの意味合いも込めたつもりです。

 さて、第1次大戦に参戦し、戦勝国となった日本は、1919年1月に始まったヴェルサイユ会議に参加し、同年6月28日、講和条約に調印します。これを受けて、同年7月1日が“平和記念日”とされ、全国各地で様々なイベントが催されるとともに、4種セットの記念切手が発行されました。

 逓信省は1919年1月から記念切手と絵はがき発行の準備を進め、5月14日までに図案をすべて決定していましたが、報道されている会議の進行状況から、講和条約の調印は8月以降になりそうなので、記念切手の準備は7月半ばまでに完了すればいいと考えていました。ところが、急遽、6月28日の条約調印、7月1日の平和記念日という段取りが決まったため、あわてて、7月1日の切手発行と特印の使用に踏み切っています。

 今回ご紹介の特印は、塚本靖と樋畑雪湖の協議によって制作されたもので、1919年7月1日から1ヵ月間、1・2等局(郵便物の集配を行わない局と季節限定で開局される局を除く)と特に指定された3等局の計614局で使用されました。この印を押して実際に差し出された郵便物の一例を下に画像として貼っておきましょう。

      平和記念(米宛葉書)

 この葉書は、大戦平和記念切手のうち、結城素明のデザインした鳩とオリーブの4銭切手を貼って日光から米国宛に差し出された葉書です。消印の日付欄のうち、月の部分が見えないのですが、特印の使用期間は1919年7月の1ヵ月間だけですので、7月23日に差し出されたものとわかります。

 なお、例によって、年賀状の投函は年末ぎりぎりになってしまいましたので、まだお手元に届いていない方もあるかと思います。(ちなみに、拙宅には、明らかに昨年の御用納め以前に投函されたと思しき、オフィスからの年賀状が昨日の夕方にも何通か届きました)

 早々に賀状をお送りいただきながら、僕の賀状がまだ届いていないという方々におかれましては、今しばらくお待ちいただきますよう、伏してお願い申し上げます。


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      狛江絵手紙チラシ・表     狛江絵手紙チラシ・裏

 2月8日(日) 10:00-17:00に東京・狛江のエコルマホールにて開催のイベント「みんなで絵手紙 見て、知って、書いて、楽しもう」のトークイベントに内藤陽介が登場します。内藤の出番は13:30-14:15。「切手と絵・手紙」と題してお話しする予定です。是非、遊びに来てください。主宰者サイトはこちら。画像をクリックしていただくと、チラシの拡大画像がごらんになれます。


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 2月20日13:00~14:30、愛知県名古屋市の栄中日文化センターで、「切手と郵便物に刻まれた“終戦”」と題する講座を行います。

 2015年は第二次世界大戦の終戦から70周年にあたります。終戦の年の1945年はあらゆる意味で社会が激変した年ですが、その影響は切手や郵便物にもさまざまな痕跡を残しています。今回の講座では、当時の切手や郵便物を読み解いていくことで、一般の歴史書では見落とされがちな終戦の諸相を、具体的なモノの手触りとともに明らかにしてみたいと思っています。

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 スコットランド、英国に残留
2014-09-19 Fri 23:13
 世界中の注目を集めていた英北部スコットランドでの、英国からの独立の賛否を問う住民投票は、結局、独立反対派が多数を占め、スコットランドは英国に残留し、“連合王国”の枠組は維持されることになりました。というわけで、英国の一部としてのスコットランドということで、こんなマテリアルを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      皇太子(裕仁)御帰朝・絵葉書

 これは、1921年9月3日、印刷局内朝陽會が制作した“皇太子殿下(=裕仁親王。後の昭和天皇)御帰朝記念”の絵葉書に、御帰朝記念の切手を貼り、発行当日の記念印を押したものです。このとき朝陽會が発行した絵葉書は3種類あるのですが、今回は、そのうち、皇太子の肖像と外遊ルートを描いたモノで、英国の部分では、イングランドのポーツマスとロンドン、スコットランドのエジンバラが記されています。(下に、葉書の該当部分を拡大して貼っておきます)

      皇太子(裕仁)御帰朝・絵葉書(部分)

 第一次大戦に際して、日本は日英同盟に基づいてドイツに宣戦を布告し、ヨーロッパ列強がアジアに目を向ける余裕を失った隙に乗じて、山東半島の膠州湾ドイツ租借地ドイツ領南洋群島を占領。さらに、建国後まもない袁世凱の中華民国に“二十一ヶ条の要求”をつきつけます。これに対して、大戦中こそ、欧米列強は日本の行動を黙認していたものの、大戦の終結と同時に、彼らは異議を唱えるようになります。その急先鋒となったのが、グアム・フィリピンを領有し、太平洋地域で日本を仮想敵国とみなしていた米国でした。

 ところで、日本の躍進を支えた日英同盟は、1902年に締結された当初は、帝政ロシアを仮想敵国としてスタートしましたが、その後、日露戦争での日本の勝利に伴い、主要な仮想敵国はドイツへと変化します。さらに、第一次大戦を通じて、帝政ロシアは革命によって崩壊し、ドイツも敗北すると、同盟じたいの存在理由は希薄になっていました。

 こうした情勢の変化を見て取った米国は、日本の脅威を殺ぐため、日英の離間を画策しようとすることになります。

 一方、日本側は自国の繁栄の礎となっていた日英同盟を、大戦後も維持しようと考えていました。そして、そのための宣伝活動として考え出されたのが、1921年3月から9月にかけて行われた皇太子・裕仁皇親王の訪欧だったわけです。

 古今東西、皇族(王族)は自国民にとってのスターであると同時に、対外的にも重要な広告塔の役割を担っています。イギリスのダイアナ元皇太子妃が、生前、世界的な人気を誇っていたのはその何よりの証拠といってよいでしょう。裕仁親王も、そうした広告塔の役割を期待され、同盟国イギリスの王室と友誼を通じ、日英両国の絆を内外にアピールすることで、英国国民の間に日英同盟存続の世論を喚起するために訪欧することになりました。

 さて、1921年5月7日、ポーツマス近くのワイト島で英国入りした裕仁親王は、5月17日にロンドンを中心としたイングランドでの公式日程を終え、ケンブリッジなどを経て、翌21日にスコットランドのエディンバラに到着しています。

 親王のスコットランドご訪問は、スコットランドの豊かな自然が親王の心を和ませるとともに、スコットランドの大貴族であるアソール公爵に親王の接遇を委ねることで“英国貴族”を知ってもらおうとの英国政府の意図によって企画されたものでした。このため、当初、親王の接遇に難色を示していた公爵に対して、英国政府は、首相のロイド・ジョージ自らが親王を接遇するよう、強く説得しています。

 親王はエディンバラで公立慈善病院や王立高等学校等を訪問された後、パース近郊にあるアソール公の居城に滞在。5月23日に行われた舞踏会では、領内の村人達が普段着姿で参加して公爵夫妻とステップを踏み、最後には一同でスコットランド民謡「オールド・ラング・サイン」(蛍の光)を歌うという光景に非常に感銘を受けたと自ら語っておられます。

 その後、親王はイングランドに戻ってマンチェスターを訪問し、ロンドンを経由して、5月30日、ポーツマスを出港し、次の訪問地であるフランスに向かいました。

 こういうエピソードを見ると、やはり、イングランドとスコットランドが共にあってこその“英国”なのだという印象を僕などは持ちますね。もちろん、スコットランド独立派の方々には相応の言い分があることも了解はしておりますが、今回の投票結果には(外国人が余計なお世話だと言われるかもしれませんが)、まずはホッとしたという人が僕を含めて多かったのではないかと思います。


 ★★★ よみうりカルチャー荻窪の講座のご案内 ★★★

 10月から、毎月1回(原則第1火曜日:10月7日、11月4日、1月6日、2月3日、3月3日、3月31日)、よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)荻窪で下記の一般向けの教養講座を担当します。(詳細はそれぞれ講座名をクリックしてください)

 ・現代コリア事情 時間は13:00-14:30です。

 ・イスラム世界を知る 時間は15:50-17:00です。

 初回開催は4月1日で、講座は途中参加やお試し見学も可能ですので、ぜひ、お気軽に遊びに来てください。


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 お待たせしました。約1年ぶりの新作です!

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 第一次世界大戦開戦100年
2014-07-28 Mon 08:23
 今日(28日)は、1914年7月28日、前月末のサライェヴォ事件以降、極度の緊張関係にあったオーストリア=ハンガリー帝国(以下、オーストリア)とセルビアとの間で、オーストリアがセルビアに宣戦布告し、第一次大戦が勃発してから100周年の日に当たります。というわけで、この切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      大戦平和10銭

 これは、1919年7月1日に発行された“平和記念”のうち、最高額面の10銭切手で、岡田三郎助の原画による鳩とオリーブが描かれています。

 第1次大戦に参戦し、戦勝国となった日本は、1919年1月に始まったヴェルサイユ会議に参加し、同年6月28日、講和条約に調印します。これを受けて、同年7月1日が“平和記念日”とされ、全国各地で様々なイベントが催されるとともに、4種セットの記念切手が発行されました。

 逓信省は1919年1月から記念切手と絵はがき発行の準備を進め、5月14日までに図案をすべて決定していましたが、報道されている会議の進行状況から、講和条約の調印は8月以降になりそうなので、記念切手の準備は7月半ばまでに完了すればいいと考えていました。ところが、急遽、6月28日の条約調印、7月1日の平和記念日という段取りが決まったため、あわてて、7月1日の切手発行に踏み切ったというわけです。

 さて、今週末の8月1日から3日まで、東京・錦糸町のすみだ産業会館で開催予定の全日本切手展(全日展)では、1894年にわが国最初の記念切手(いわゆる“明治銀婚”)が発行されてから今年で120年になるのを記念して「記念切手発行120年」の企画展示を行います。展示では、郵政博物館のご協力により、今回ご紹介の“大戦平和”の原版も展示されますので、ぜひ、ご来場の上、原版の実物をご覧いただけると幸いです。

        
 ★★★ トークイベントのご案内 ★★★ 

 8月2日(土) 14:00より、東京・錦糸町のすみだ産業会館で開催の全日本切手展(全日展)会場内で、新著『朝鮮戦争』の刊行を記念して、トークイベントを開催することになりました。(画像は表紙のイメージ。細かい部分で、若干の変更があるかもしれません)

      朝鮮戦争・表紙

 トークそのものの参加費は無料ですが、全日展への入場料として、3日間有効のチケット(500円)が必要となります。あしからずご了承ください。皆様のお越しを心よりお待ち申しております。
 

 ★★★ 『外国切手に描かれた日本』 電子書籍で復活! ★★★

      1枚の切手には 思いがけない 真実とドラマがある

    外国切手に描かれた日本(表紙)     外国切手に描かれた日本(ポップ) 
    光文社新書 本体720円~

 アマゾン紀伊国屋書店ウェブストアなどで、6月20日から配信が開始されました。よろしくお願いします。(右側の画像は「WEB本の雑誌」で作っていただいた本書のポップです)


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 昭憲皇太后100年祭
2014-04-11 Fri 14:21
 1914年4月11日に明治天皇の皇后・昭憲皇太后の崩御が公表されてから(実際に亡くなったのは4月9日)、きょう(11日)でちょうど100年になります。というわけで、きょうはこの切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

       明治神宮鎮座

 これは、1920年に発行された“明治神宮鎮座”の記念切手です。

 後に明治天皇の皇后となる一条勝子は、嘉永2年4月17日(西暦1849年5月9日)、従一位左大臣・一条忠香の三女として生まれました。女御として入内したのは、慶応3年6月28日(1867年7月27日)のことで、同年12月、大政奉還が行われ、翌慶応4年8月27日(1868年10月12日)、睦仁親王が天皇として即位。元号が明治と改められると、明治元年1月28日(1869年2月9日)、すでに宮中に入っていた勝子が、美子と名を改めた後、皇后として冊立されました。

 皇太后という称号は、本来、“天子の母親”を意味する言葉です。昭憲皇太后の場合は病弱のため子がなく、明治天皇の側室・柳原愛子の生んだ嘉仁親王が後に大正天皇として即位しました。このため、本来、大正天皇にとっての“皇太后”は柳原愛子ということになります。ただし、昭憲皇太后は後に嘉仁親王を養子としていますので、この点では“天皇の母親”という意味で皇太后とするのは誤りとは言えません。

 一方、宮中の序列としては、皇太后よりも皇后の方が格上ですから、故人については生前の最高位で呼ぶという慣例からすると、昭憲皇太后というのは不適切で、昭憲皇后というのが正しいということになります。実際、昭和天皇の皇后であった香淳皇后は今上陛下との関係でいうと“皇太后”ですが、香淳皇太后とは言いませんし、昭和天皇の母親にして大正天皇の皇后である貞明皇后についても事情は同じです。

 ところが、1914年の皇太后(この時点では、先帝が崩御した後の“今上天皇の母親”という立場なので“皇太后”で問題はない)崩御の際、当時の宮内大臣だった波多野敬直が、皇太后の追号を本来の“皇后”とせず“昭憲皇太后”として大正天皇に上奏し、それが御裁可となってしまいました。明らかな誤りですが、「綸言汗のごとし」で、いったん、天子の御裁可を受けたものを変更することはできないため、以後、“昭憲皇太后”という称号が定着することになりました。

 さて、明治天皇と昭憲皇太后(皇后)を祭神として祀る明治神宮の造営工事は1916年から始まり、全国から延べ10万人もの青年団が奉仕して1920年に完成となりました。今回ご紹介の切手はそれに合わせて発行された1枚です。

 神宮の造営以前、周囲は現在の御苑一帯を除いては畑がほとんどで、荒れ地のような景観が続いていたそうです。造成工事が始まると、日本全国はもとより、植民地の樺太(現サハリン)や台湾、満洲(中国東北部)、朝鮮などからも境内に植えるための樹木が奉納されました。その数は、実に365種類10万本。こうして、もともとは人工林として出発した“神宮の森”だったが、その後、東京の気候にあわない樹木が枯れるなどして、ほぼ自然林に近い状態となり、現在は247種類17万本の緑が生い茂っています。

 なお、日本の切手と皇室については、拙著『皇室切手』でもいろいろと解説しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


 ★★★ ポスタル・メディアと朝鮮戦争 ★★★

 4月19日(土)14:00から、東京・水道橋の日本大学法学部三崎町キャンパス本館2階 第2会議室(以前ご案内していた会場から変更になりました)にて開催のメディア史研究会月例会にて、昨年(2013年)夏、バンコクで開催された世界切手展<Thailand 2013>に出品した“Korea and the Cold War 1945-1953”の内容を中心に、切手や郵便物などによって朝鮮戦争とその時代を再構成しようとする試みについてお話しします。

 なお、メディア史研究会はまったく自由な研究会で、会員以外の方でも気楽にご参加いただけますので(もちろん、無料)、よろしかったら、ぜひ、遊びに来てください。


 ★★★ 講座「世界紀行~月一回の諸国漫郵」のご案内 ★★★ 

亀戸講座(2014前期)・広告

 東京・江東区亀戸文化センターで、5月から毎月1回、世界旅行の気分で楽しく受講できる紀行講座がスタートします。美しい風景写真とともに、郵便資料や切手から歴史・政治背景を簡単に解説します。受講のお楽しみに、毎回、おすすめの写真からお好きなものを絵葉書にしてプレゼントします!

 詳細は、こちらをご覧ください。


 ★★★ 内藤陽介の最新作 『蘭印戦跡紀行』 好評発売中! ★★★

 『蘭印戦跡紀行』広告

 日本の兵隊さん、本当にいい仕事をしてくれたよ。
 彼女はしわくちゃの手で、給水塔の脚をペチャペチャ叩きながら、そんな風に説明してくれた。(本文より)

 南方占領時代の郵便資料から、蘭印の戦跡が残る都市をめぐる異色の紀行。
 日本との深いつながりを紹介しながら、意外な「日本」を見つける旅。

 出版元特設ページはこちらです。また、10月17日、東京・新宿の紀伊國屋書店新宿南店で行われた『蘭印戦跡紀行』の刊行記念トークの模様が、YouTubeにアップされました。よろしかったら、こちらをクリックしてご覧ください。


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 田沢型切手100年
2013-08-31 Sat 10:37
 1913年8月31日に、いわゆる田沢型切手(昔は“田沢切手”と呼んでましたな)が発行されて、今日でちょうど100年です。というわけで、きょうはこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

       大白初日印

 これは、大正天皇の御真影が印刷された絵葉書に、田沢型の1銭5厘および3銭切手を貼り、発行初日の大阪中央局の消印を押して作った記念品です。

 1912年7月30日、重度の尿毒症で危篤状態にあった明治天皇が崩御。ただちに皇位継承のための践祚の儀が行われ、皇太子・嘉仁親王が新天皇として即位され、元号は「大正」と改められました

 強烈なカリスマ性を持った明治天皇が亡くなり、その大葬に際して、学習院院長・乃木希典が夫人とともに殉死したことで、多くの国民は、一つの時代の終焉が強烈に印象づけられましたが、同時に、政府の側では、この代替わりに際して、いかにして明治天皇の権威を損なうことなく、新天皇としての大正天皇のイメージを国民に速やかに浸透させていくか、という問題を抱え込むことになりました。

 新天皇の即位を内外に誇示するための公式の行事としては、即位礼と大嘗祭をあわせた大礼がありますが、大礼は諒闇(服喪期間)が明けた後でなければ行うことはできません。しかも、大正天皇の場合には、1914年4月に明治天皇の皇后であった昭憲皇太后が崩御されたため、即位の礼の実施時期は1915年までずれ込んでいます。これは、新天皇の即位を宣伝する国家的イベントとしては、あまりにタイミングが遅すぎるといえましょう。

 このため、政府としては、大礼とは別に、大正新時代の到来を国民に対して印象づける措置を取る必要に迫られました。その一つとして目をつけられたのが、日常的に用いられる通常切手です。

 元号が明治から大正に変わった頃の通常切手は菊切手でした。

 菊切手は、日露戦争を間近に控えた1899年、いわゆる“臥薪嘗胆”の時代背景の下で産み落とされました。その後も、菊切手は、日露戦争を経て日本が朝鮮を併合し、関税自主権を回復して悲願の不平等条約撤廃をなしとげた明治の末年にいたるまで、10年余にわたって国民生活に深く浸透し使用されていました。良くも悪くも、時代を象徴する切手として国民の間に定着していたといえましょう。

 したがって、切手を発行している大日本帝国の側に、新天皇の即位にあわせて人心を一新する意図があるなら、明治天皇のイメージが染み付いた菊切手に代わる新しいデザインの切手を発行することを計画するのが自然な発想といえましょう。

 こうしたことから、逓信省は、1913年1月23日から3月15日までの期間で新通常切手のデザインを一般から懸賞公募。577点の応募作品の中から、一等に選ばれた田沢昌言(印刷局職員)の手になるアール・ヌーヴォー調の作品を新通常切手の図案として採用することになりました。ちなみに、田沢がこのとき受け取った賞金は200円(当時の葉書料金は1銭5厘)です。田沢のデザインした切手は、彼の名にちなみ“田沢型切手”と呼ばれており、額面によっては、昭和十年代半ば頃まで使用されました。

 菊切手のデザインが、菊花紋章を強調するあまりに、料金前納の証紙という切手本来の性質からすれば、主役であるべき額面を示す数字を脇役の位置に追いやっていたのに対して、田沢型切手は額面の数字が格段に目立つようになっているのが最大の特徴です。ややうがった見方かもしれませんが、田沢型のデザインは、実用性を重視することで切手上における菊花紋章の地位を相対的に低下させ、結果として、偉大なる明治の重圧から解放された新時代の到来を象徴するものとして受け入れられたのかもしれません。

 さて、田沢型切手の第1号として、書状基本料金用の3銭と葉書料金用の1銭5厘の2種類が発行されたのは、1913年8月31日、すなわち、大正天皇の誕生日(天長節)のことでした。

 ここで、大正時代の天長節について若干の補足的な説明をしておくと、大正天皇の実際の誕生日は1879年8月31日でしたが、この日は、学校の夏休み期間中と重なるなど時期的に不都合が多くあったため、1913年7月16日に発せられた勅令第259号により、2ヵ月後の10月31日を“天長節祝日”と定め、各種の記念行事は実際の天長節ではなく、天長節祝日に行うこととしました。ただし、1913年に関しては、この勅令が発せられたのが、天長節の直前であったため、各種の記念行事は8月31日に行われています。この結果、大正時代の天長節関連行事は、1912-13年には8月31日に、1914-26年は10月31日に行われるという変則的な状況となりました。

 さて、切手の発行日に話を戻すと、最も需要の見込まれる1銭5厘と3銭の切手が本来の天長節である8月31日に発行されたことで、他の額面の切手が出揃わなくとも、政府サイドとしては、とりあえず、新たな天長節にあわせて“新切手”が発行されたという体裁を整えたことになります。

 さらに、この2種につづき、5厘、1銭、2銭、4銭、5銭、10銭、20銭、25銭、1円の9種類の切手は、2ヵ月後の10月31日、すなわち、翌年から天長節祝日となる日に発行されています。

 このような日程が組まれた背景には、新たに発行される田沢切手を大正天皇と結び付けることで、日常の身近なところで、新時代の到来を国民に実感させるという政府の意図があったことはいうまでもありません。その意味では、装飾的で、それじたいは何の意味も持たないかのように見える田沢切手もまた、国家のメディアとして、新天皇の存在を国民に浸透させる役割を付与されていたとみなすことができましょう。

 なお、このあたりの事情については、拙著『皇室切手』でも詳しくご説明しておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。

 
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 大正改元100年
2012-07-30 Mon 09:48
 1912年7月30日に明治天皇が崩御され、大正天皇が践祚されてから、きょうでちょうど100年です。ロンドン五輪の柔道男子66キロ級の海老沼匡とアーチェリー女子団体の銅メダルも取り上げたい話題ではあるのですが、きょうばかりは、100年に一度を優先ということで、こんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

       大正改元(葉書)

 これは、大正改元の詔書の文言を印刷した葉書に5厘切手を貼り、大正元年7月31日の消印を押した記念品です。実際には、はがきに切手を貼って紀念押印した後、余白に詔書の文言を刷り込んだのかもしれませんが…。

 さて、印刷されている詔書の文言では「明治四十五年七月三十日以後ヲ改メテ大正元年トナス(原文では“為ス”ですが、まぁご愛嬌でしょう)」とありますので、これを素直に読めば、明治45年7月30日イコール大正元年7月30日ということになります。改元の詔勅は、発せられた瞬間に、同日の初めに遡って有効となりますから、制度上は、1912年7月30日午前0時の時点から大正元年はスタートしています。

 現実の問題としては、明治天皇の崩御は7月30日の午前0時43分(実際は29日の午後10時43分だったのを、儀式・国務の都合で2時間遅らせて発表したといわれています)で、崩御の第一報が発表されたのは午前1時過ぎでした。当時の消印の時刻表示は、午前0-5時の次の刻みは午前5-6時です。したがって、理論上は、明治天皇の崩御を受けて、すぐに年号表示を変更すれば、大正元年7月30日午前5-6時の消印が存在していてもおかしくはないのですが、実際に僕自身がこれまでに確認できた限りでは、西暦1912年7月30日の消印の年号はことごとく明治45年で、大正元年のモノは見たことがありません。

 考えられる可能性としては、現場の郵便局では、7月30日に消印の年号表示を変更する通達等が出るのを待って、翌日から大正元年の消印を使い始めたということなのかもしれません。ちなみに、今回ご紹介の消印の時刻は、午前6-7時ですから、30日の時点で大正元年の消印が使われていないのだとしたら、31日に日付が変わった時点で年号表示が大正元年に変更されたと考えるのが自然なように思いますが、さて、いかがなものでしょう。

 どなたか、詳しい事情をご存じの方は、ぜひともご教示いただけると幸いです。

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 僕が日本コミッショナーを仰せつかっているアジア国際切手展 <SHARJAH 2012> の作品募集要項が発表になりました。国内の応募〆切は8月3日です。くわしくはこちらをご覧ください。


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