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内藤陽介 Yosuke NAITO
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 米国史上2人目のカトリックの大統領
2021-01-21 Thu 02:26
 昨年11月の米大統領選挙で当選したジョー・バイデン氏(以下、敬称略)が、現地時間の20日(日本時間21日未明)、正式に大統領に就任しました。カトリックの米国大統領就任は、1961年のジョン・フィッツジェラルド・ケネディ(以下、JFK)以来、60年ぶり2人目(ちなみに、アイルランド系であることもJFKと同じ)です。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)

      米・ケネディ(2017)

 これは、2017年2月20日に米国で発行されたJFK生誕100周年の記念切手です。ちなみに、トランプ前大統領の就任式は2017年1月20日に行われましたので、この切手が発行されたのは、それからわずか1ヶ月後のことです。バイデンが政治活動委員会“米国の可能性(American Possibilities)”を設立し、2020年の大統領選挙への出馬を検討している可能性があると報じられたのは2017年6月1日のことでしたから、この切手が発行された時点では、当時のトランプ新大統領も、まさか、4年後に2人目のカトリックの大統領が誕生するとは全く想像していなかったのではないかと思います。

 さて、米国の建国神話では、信仰の自由を求めてメイフラワー号で英国から逃れてきたピルグリム・ファーザーズがプリマスに入植したのが合衆国のルーツになったとされており、そこから、米国は、プロテスタントの白人がみずからの信仰を守るために建国した国であるから、WASP(=White:白人、 Anglo-Saxon:アングロ・サクソン、 Protestant:プロテスタント)が国家の指導層を独占するのは当然という考え方が長らく常識とされていました。

 このため、カトリックはなかなか二大政党の大統領候補になることができず、1928年の選挙に、ようやくアイルランド系のアルフレッド・スミス(アル・スミス)が民主党の候補として出馬したものの、秋の本選挙では共和党のフーバー候補に惨敗しています。

 その後、1960年の大統領選挙では、同じくアイルランド系のJFKが当選し、カトリックとして初の米国大統領となりましたが、その後は再び、二大政党の大統領候補は2人ともプロテスタントという時代が長らく続きました。

 1970年代以降になると公民権運動の影響もあってWASPの社会的影響力は徐々に低下していったにもかかわらず、カトリックの信徒が二大政党の大統領候補になれなかった背景としては、1970年代以降、人工妊娠中絶の是非が米国の国論を二分する政治的な争点となっていたという事情があります。ちなみに、JFKの時代には、宗派を問わず、人工妊娠中絶は悪というのが大多数の米国人の共通認識でしたので、この問題が争点になることはありませんでした。

 すなわち、1970年3月、妊娠中であった未婚女性ノーマ・マコービーと、彼女に中絶手術を行い逮捕された医師などが原告となり、母体の生命を保護するために必要な場合を除き妊娠中絶手術を禁止したテキサス州法が違憲であるとして、テキサス州ダラス郡の地方検事ヘンリー・ウェイドを相手取って訴訟を起こします。その際、マコービーは身元が露見しないよう、“ジェーン・ロー”の秘匿名を名乗ったため、一連の裁判は“ロー対ウェイド裁判”と呼ばれました。

 ロー対ウェイド裁判は、1973年1月22日、連邦最高裁が7対2でテキサス州の中絶法を違憲とする判決を下したことで決着しましたが、その間、1972年の大統領選挙に際して、民主党の候補指名を争っていたジョージ・マクガヴァンに関して、彼がマサチューセッツ州予備選挙に勝利した後、ジャーナリストのボブ・ノバークが、匿名の上院議員の発言「人々はマクガヴァンが恩赦、妊娠中絶および麻薬の合法化に賛成していることを知らない」を紹介。マクガヴァンは「恩赦、妊娠中絶および麻薬」の候補者として知られるようになり、民主党の候補指名は獲得したものの、選挙戦で大きなダメージを受けて現職のリチャード・ニクソンに敗れました。

 一方、ロー対ウェイド判決の後、プロチョイス(中絶権利擁護派)であることは“リベラル”の証として、民主党政治家にとっては一種の踏み絵となります。彼らの認識では、プロライフ(中絶反対派)のカトリックは“女性の敵”となるので、選挙戦においては、カトリックの候補者は中絶問題を語らない(ほかの争点を作る)ことが基本戦略となりました。

 こうした背景の下、2004年の大統領選挙では、3人目のカトリック候補として、ジョン・ケリー(祖先は、チェコ・モラヴィア地方南部、ホルニボネソフ出身のアシュケナジム)が民主党の指名を獲得。ケリーは、ロー対ウェイド判決後初のカトリック候補として、カトリックのみならずプロテスタント保守派から、中絶非合法化を実現する候補として期待を集めましたが、結果的に、そのことが足かせとなってリベラル層の票を取りこぼし、現職のブッシュJrに敗れました。
 
 続く2008年の大統領選挙では、民主党のバラク・オバマ陣営の副大統領候補として、今回、大統領に就任したジョー・バイデンが指名されましたが、この時の選挙では、イラク戦争の是非が最大の争点になり、中絶問題が大きな争点にならなかったため、オバマ・バイデン陣営が勝利を収めました。

 ところで、オバマ政権時代の2013年、ローマ教皇に選出されたフランシスコは、中絶は絶対悪との従来からの立場は堅持しつつも(人工中絶はヒットマン(殺し屋)を雇う行為と同じ、中絶は人権ではない、などの発言)、柔軟な姿勢も見せるようになります。

 もともと、人工妊娠中絶を“道徳的な悪”とみなしていたカトリック教会では、中絶を行った信者は教会から破門され、この処分を解除できるのは司教(教区をまとめるエリアマネージャーに相当)以上に限定するというのが大原則でした。ところが、フランシスコは、2015年12月から2016年12月までを“慈しみの特別聖年”としたうえで、「中絶は罪のない命を終わらせることであり、重大な罪である」が、「同じように、神の慈しみが届かない罪、心から悔い改めて神父に許しを求めたときに拭い去れない罪は存在しない」、「この悔悛の旅において悔い改める者をすべての神父が導き、支え、慰めんことを」と祈り、「人工妊娠中絶の罪を犯した者たちを許す権限をすべての神父に与える」として、この1年間は、司教だけでなくすべての神父が人工妊娠中絶の罪を許すことができると発表。さらに、特別聖年が終わった後も、神父の権限はそのまま維持されています。(もちろん、この“規制緩和”により、中絶の罪を許されたカトリック信者が、実際に教会における信徒の交わりに戻るか否かは微妙ではあるのですが…)

 これを受けて、カトリック、特に米国のカトリックの間では“リベラル派”が台頭。彼らは、“道徳性(morality)”の観点から、大統領のトランプの資質を攻撃します。これと併せて、彼らは、宗教的な罪(sin)を、①道徳的に間違っている、②道徳的に間違っていると認識している、③様々な選択肢の中で自由に選ぶ(その結果として罪を犯す)、に分類したうえで、人工妊娠中絶をしている人の多くは殺人をしていると考えていないので、③に該当すると主張。③の罪に関して、神は自覚的に道徳的な間違いをした①や②の罪とは別の裁きの仕方をするから、その意味で、人工妊娠中絶は邪悪(evil)だが、罪(sin)としては軽度であるとのロジックを導き出します。

 今回の選挙戦では、バイデンはこのロジックを援用することで、カトリックでありながらプロチョイスという立場を主張。それが有権者の一定の理解を得られたことで、選挙戦での勝利につながったというわけです。

 ちなみに、宗教保守派としての福音派を支持基盤としていたトランプは「自分は強固にプロライフだが、例外は3つある。強姦、近親相姦、母親の生命を守るためだ。ロナルド・レーガンと同じ立場だ」と主張する穏健派で、レイプや近親相姦による妊娠であっても一切の中絶を認ないプロライフ強硬派とは一線を画す立場でした。


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