2009-02-11 Wed 17:22
今日は建国記念日です。というわけで、記紀神話がらみのネタのなかから、こんな1枚をもってきました。(画像はクリックで拡大されます)
これは、1955年用の年賀切手として1954年12月20日に発行された“加賀起上り”です。 “加賀起上り”のルーツについては諸説ありますが、一般に、江戸時代の享保年間(1716-35)の頃、加賀八幡宮の社前に住む老人が“八幡さん(祭神の応神天皇 )”はお誕生のみぎりに緋色の錦に包まれたという故事から着想を得て、それをかたどって張り子の起上りを作り、土産物として参拝客に売ったのが始まりといわれています。したがって、考えようによっては、この切手は天皇を取り上げた1枚ということもできそうです。 応神天皇は記紀に登場する第15代の天皇で、別名は誉田別尊。神功皇后が三韓征伐から凱旋して帰る途中の201年(仲哀天皇9年)に宇瀰(現・福岡県糟屋郡宇美町)で生まれたとされています。彼の御代には百済から多数の渡来人が日本に学問・技術などを伝えたとされており、のちに、神功皇后とともに八幡神に付会され、皇祖神や武神として各地の八幡宮に祭られるようになりました。 応神天皇は、いわゆる倭の五王のうちの“讃”ではないかとも考えられており(異説もありますが)、実在の天皇としては最古の存在ともいわれています。ただ、伝えられている彼の伝記では、天皇として即位したのが71歳の時で、さらに亡くなったときには100歳を超えていたとされていて、この記述をそのまま信じるというのはなかなか無理がありそうです。その意味では、神話と歴史の境界線上にある人物といってよいでしょう。 ところで、この切手は、西ドイツ(当時)から輸入したばかりのゲーベル社製の最新鋭グラビア印刷機を使って印刷されています。この印刷機は4色刷の性能を持つものですが、この切手に関しては、試験的な運用ということで2色刷で製造されました。そして、この切手の成功を受けて、以後、日本の切手は本格的なカラー時代に突入していくことになります。 なお、この切手についての詳細は、拙著『年賀切手』でも詳しくご紹介しています。正月の時季はとっくに過ぎてしまいましたが、機会がありましたら、ぜひ、ご一読いただけると幸いです。 ★★★ 内藤陽介の最新刊 ★★★ 誰もが知ってる“お年玉”切手の誰も知らない人間ドラマ 好評発売中! 『年賀切手』 日本郵趣出版 本体定価 2500円(税込) 年賀状の末等賞品、年賀お年玉小型シートは、誰もが一度は手に取ったことがある切手。郷土玩具でおなじみの図案を見れば、切手が発行された年の出来事が懐かしく思い出される。今年は戦後の年賀切手発行60年。還暦を迎えた国民的切手をめぐる波乱万丈のモノ語り。戦後記念切手の“読む事典”<解説・戦後記念切手>シリーズの別冊として好評発売中! 1月15日付『夕刊フジ』の「ぴいぷる」欄に『年賀切手』の著者インタビュー(右上の画像:山内和彦さん撮影)が掲載されました。記事はこちらでお読みいただけます。 もう一度切手を集めてみたくなったら 雑誌『郵趣』の2008年4月号は、大人になった元切手少年たちのための切手収集再入門の特集号です。発行元の日本郵趣協会にご請求いただければ、在庫がある限り、無料でサンプルをお送りしております。くわしくはこちらをクリックしてください。 |
2月11日の建国記念の日は、(史実はともかく)神武天皇の即位した日として、天皇を象徴とするわが国にとってきわめて妥当な設定ではないかと思います。
ただ、毎年の恒例行事で「戦前に逆戻りする」などとヒステリックに反対する団体がいることに閉口します。 個人の記念日なら大騒ぎして喜ぶ人もいるのに、建国記念の日の不遇ぶりは残念でなりません。私も学校でも「嘘ででっち上げた祝日だ」と先生から言われた記憶があります。 #1385 コメントありがとうございます
sanriofever 様
歴史学的な事実として確認できることと、民族の物語としての神話を共有することとは別の次元の話のはずです。記紀神話に食ってかかる人には、熱心なクリスチャンの前でも、旧約聖書のキリスト生誕の物語なんてでたらめで、クリスマスを祝うなんておかしい、とクレームをつけるのでなければ平仄が取れないように思うのですが…。 |
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