2020-12-12 Sat 09:44
米ホワイトハウスは、10日(現地時間)、モロッコの国王、ムハンマド6世がトランプ米大統領との電話会談で、イスラエルとの国交正常化で合意したと発表しました。トランプ政権が仲介したイスラエルとアラブ国家の国交正常化合意はアラブ首長国連邦(UAE)、バハレーン、スーダンに続いて4カ国目です。というわけで、きょうはこの切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)
これは、2000年にイスラエルが発行したモロッコ国王、ハサン2世(ハッサン・ドゥ)の追悼切手です。 ハサン2世は、1929年7月9日、アラウィ―朝のスルターン、ムハンマド5世の長男としてラバトでに生まれました。ラバトの王立大学で高等教育を受け、フランスのボルドー大学で法学の学位を取得しました。1956年、ムハンマド5世によるフランスとの独立交渉に同行した後、モロッコ軍の幕僚長に就任し、リーフでの反仏闘争でベルベル人軍隊を指揮しました。同年11月18日、モロッコが正式に再独立すると、翌1957年、ムハンマド5世はスルターンから国王(マリク)となり、ハサンは王太子となり、1961年、ムハンマド5世の崩御を受け、ハサンがハサン2世としてモロッコ国王に即位しました。 国王としてのハサン2世は、政党や封建官僚との権力協力を拒否。議会制度は一応機能していましたが、しばしば、国王が自ら解散権を行使したほか、選挙の際には国王派の政党を重視するなど、その治世はきわめて権威主義的でした。1999年7月23日に崩御。長男のサイディ・ムハンマド王太子が現国王、ムハンマド6世として即位しています。 さて、もともとモロッコにはアラブ世界最大のユダヤ人/ユダヤ教徒コミュニティがありましたが、1948年のイスラエル建国後、当時の国王ムハンマド5世は、他のアラブ諸国に倣い、イスラエルとの国交を拒み、イスラエルに対する対決姿勢を鮮明いにしていました。 1961年に即位したハサン2世は、対外強硬姿勢を示すことで独裁体制に対する国民の不満を逸らす政策を採り、アラブ諸国の一員として、建前としてはイスラエルを承認しないという方針を維持して、“パレスチナとの連帯”を強調する一方で、水面下ではイスラエルとも緊密な関係を構築。1965年にカサブランカでアラブ連盟会議が開催された際には、ひそかにモサドの工作員を招待していたことが確認されています。 その後も、ハサン2世はイスラエルの諜報機関との関係を強化。1965年10月29日、左派系の反王制・民主活動家のメフディー・ベン・バルカがパリで“失踪”した事件では、モサドとCIA、フランスの諜報機関の協力を得たモロッコの工作員3名(うち1人は後に内務大臣に昇進)がベン・バラカを殺害したことが、後に明らかになりました。 また、1975年、ハサン2世はスペイン領西サハラの領有権を主張して“緑の行進”を敢行しますが、その際にもイスラエルの諜報機関から多大な協力を得ています。 こうしたこともあって、1981年にフェズで開催された第12回アラブ諸国サミットでは、以下のような議長国として“フェズ提案”を採択させました。 (1)1967年に占領されたアラブ・エルサレムを含むアラブの全占領地からのイスラエルの撤退 (2)1967年以降のアラブ占領地内におけるイスラエルの入植地の撤去 (3)聖地におけるあらゆる信仰及び宗教的儀式の自由の保障 (4)パレスチナ人の唯一正当な代表であるPLO指導下におけるパレスチナ人民の自決権及び永久に消滅することのない不可譲の民族的権利行使の確認並びに祖国への帰還を希望しないすべての者に対する補償 (5)西岸及びガザ地区を数か月を限度とする暫定期間、国連の監督下に置くこと (6)エルサレムを首都とする独立パレスチナ国家の建設 (7)国連安保理は、独立パレスチナ国家を含むすべての域内国家の平和を保障すること (8)国連安保理は、上記諸原則の尊重を保障すること フェズ提案は、(国連安保理が)すべての域内国家の平和を保障することとして、パレスチナ独立国家樹立などの基本的な主張は崩していないものの、イスラエル国家の存在をアラブ側が事実上承認するものでしたが、1982年、イスラエルがレバノン侵攻を行ったため、結果的に頓挫してしまいました。 その後もモロッコはイスラエルと水面下での交渉を続け、1986年、ハサン2世はイスラエル首相のシモン・ペレスと直接会談を行い、中東和平を実現しようと試みましたが、アラブ諸国の反対が強く、実現しませんでした。こうしたこともあって、1999年にハサン2世が崩御した際にはイスラエルは弔意を示し、その流れに沿って、翌2000年には今回ご紹介の切手を発行しました。 現国王のムハンマド6世は、父王であるハサン2世の対イスラエル政策をさらに進め、ユダヤ系モロッコ人のアンドレ・アズレイを政府顧問として採用し、経済成長のためにイスラエルとの関係を強化しただけでなく、イスラエルとパレスチナの紛争の調停に際しては、イスラエル政府ともコネクションのあるユダヤ系モロッコ人のサム・ベン・シトリットを特使として派遣しています。 近年では、イスラム原理主義過激派勢力のテロ対策やイラン問題などもあり、モロッコとイスラエルは共に関係の緊密化を志向していることが公然の事実となっており、今年(2020年)1月には、モロッコはイスラエルから4800万ドルの武器を購入する契約を締結。さらに、8月のUAEとイスラエルとの関係正常化から間もない9月には、米国のトランプ大統領がラバト・テルアヴィヴ間の直行便の開設を希望すると発言していたこともあり、両国の国交正常化は時間の問題とみられていました。なお、今回の国交正常化の“代償”として、モロッコはアメリカに対して、西サハラ問題に関するモロッコの主張を認めさせていたことも注目すべき点かと思われます。 ちなみに、パレスチナ問題に対するモロッコの姿勢については、拙著『パレスチナ現代史 岩のドームの郵便学』でもまとめておりますので、機会がありましたら、ぜひお手に取ってご覧いただけると幸いです。 * 昨日(11日)の文化放送「おはよう寺ちゃん 活動中」の僕の出番は、無事、終了いたしました。リスナーの皆様には、この場をお借りして御礼申し上げます。なお、年内の出演は今回が最後で、次回は年明け1月8日(金)の予定です。本年も1年間、放送にお付き合いいただきありがとうございました。来年も引き続きよろしくお付き合いください。 ★ 内藤陽介の最新刊 『日本人に忘れられたガダルカナル島の近現代史』 ★ 本体1600円+税 出版社からのコメント 【中国の札束攻勢にソロモン諸島は陥落寸前!】 日本軍の撤退後、悲劇の激戦地は いかなる歴史をたどり、 中国はどのように浸透していったのか 本書のご予約・ご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、本書の目次をご覧いただけるほか、アマゾン他、各ネット書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。 |
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