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内藤陽介 Yosuke NAITO
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 シベリアでの赤化洗脳工作
2017-01-13 Fri 12:04
 きのう(12日)、外務省はあらたに外交文書24冊を一般公開しましたが、それにより、戦後、旧ソ連が抑留した日本軍捕虜を徹底した共産主義の思想教育で洗脳しようとした「赤化工作」の実態がかなり具体的に明らかになりました。というわけで、今日はこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)

      シベリア抑留・1948(赤化) 
      シベリア抑留1948(赤化・裏)

 これは、第二次大戦後、シベリアに抑留されていた日本人男性が差し出した葉書で、1948年2月15日にウラジオストクを経由し、日本到着後、3月11日にGHQの検閲を受け、静岡県の宛先まで届けられています。

 いわゆるシベリア抑留者と日本との通信に使われた専用往復葉書(捕虜郵便用の料金無料葉書)については、さまざまタイプがあることが知られていますが、これはそのうちのタイプ3と分類されているモノ(右下に“No87”の表示がある)の往片です。

 1945年8月9日、ソ連は、日ソ中立条約を一方的に破棄し、満洲北朝鮮、千島、樺太に侵攻。捕虜となった旧日本兵に対して、ソ連側は「トウキョウ、ダモイ」すなわち東京へ帰還(ダモイ)させると甘言を弄して彼らをシベリア鉄道の貨物列車に詰め込み、東はカムチャッカ半島のペトロパブロフスクから西はウクライナのクタイス、北は北極圏のノリリスクから南は中央アジア・ウズベキスタンのタシュケントやフェルガナまで、およそ2000ヵ所にも及ぶ収容所へと移送しました。

 ソ連があらゆる国際法規を無視して(たとえば、対日参戦に際してソ連が署名していたポツダム宣言には、連合国の捕虜となった日本兵を本国へ早期帰還させることがはっきりと規定されています)日本人を抑留し、強制労働を課したのは、ドイツとの戦争で荒廃しきった自国の経済復興のため、奴隷同然の安価な労働力が必要だったためです。

 収容所では、十分な食糧も与えられないまま重労働を課せられ、過重なノルマを達成できなければ容赦なく食事を減らされました。また、医療・衛生環境もきわめて不十分でしたから、過酷な自然環境とあわせて、多くの犠牲者が出るのも当然でした。厚生労働省が把握しているだけでも約56万1000人の日本人が抑留され、6万人が亡くなったといわれています。

 また、ソ連当局による洗脳工作と恣意的な反ソ分子の摘発と拷問、密告の奨励など、抑留者たちは、肉体だけでなく、精神的にもきわめて過酷な環境に置かれ続けました。

 日本人捕虜に対する思想・洗脳工作の一環として、ソ連当局は、満洲から略奪してきた奉天(現・瀋陽)の満洲日日新聞社の活字と用紙を用いて(ただし、最初期は略奪資材が使えなかったため、印刷物としての品質はきわめて粗悪でした)、1945年9月15日から1949年12月30日まで、週3回、タブロイド判の『日本新聞』を全629号刊行しました。

 敗戦によって武装解除されたにもかかわらず、旧軍の秩序とそれに付随するさまざまな特権を維持しようとしていた将校・下士官への不満を募らせていた下級兵士の中には、“日本軍国主義”批判を展開する『日本新聞』の内容に対して一定の理解を示す者もあり、ソ連側は、そうした日本人捕虜を横断的に組織するためのメディアとして『日本新聞』を活用。1946年5月25日、同紙を使っての輪読・勉強会としての“日本新聞友の会”の結成を呼び掛けました。“友の会”では、ソ連側との交渉のやり方や編集部との連絡方法などが具体的に示され、“友の会”やこれを母体とする“民主グループ”は必然的に収容所内での主導権を握ることになります。

 さらに、1947年3月から4月にかけて、ハバロフスク地区の各収容所の民主グループの幹部57人を集めて約1ヵ月にわたりハバロフスク地区代表者会議が開催されます。徹底的な“学習”によって洗脳・思想改造された参加者は、活動分子(アクティブ)として収容所に戻り、所内につくられた反ファシスト委員会のメンバーとして“民主化”の名の下に、ソ連当局の意に沿わない“反動分子”や“ファシスト”の摘発に狂奔しました。摘発され、吊るし上げの対象となれば、食事の量を減らされたり、より過酷な重労働を課せられたりするため、多くの捕虜たちは面従腹背で“民主化運動”をやり過ごし、ときには、密告によってわが身を守るしかなかったことは、多くの抑留体験者の手記などによって広く知られています。

 今回ご紹介の葉書は、まさに、そうした収容所内の環境を反映したもので、以下のような文面がつづられています。(原文はカタカナ書きですが、読みやすさを考えて、漢字かな交じりに直しました)

 しばらくでした。皆様も元気のことと思います。私も至極元気で丸々と太って、毎日楽しくそして愉快に仕事をしております。
 そちらの様子は手紙によってはっきりわかっております。なぜそのようにつらいのか、苦しいのか、私はまた戦争はいかに悪いものかをはっきりと知りました。そして人間としての、正しい、生きがいのある本当に幸せな生きる道を知り、働く者の世の中でなければ、少しの人数の金持ちだけがうまいことをしている世の中では、働く者はいつまでたっても生活が楽にならず、幸せは絶対に来ないのです。この国の人は幸せな、そして私たちをこのように親切にしてくれます。では元気で頑張ってください。

 この葉書の差出人が、心底、ここに書かれているように思っていたのか、それとも、生き延びるために洗脳されたふりをしていたのかは定かではありませんが、ソ連当局としては、収容所で洗脳した捕虜たちが、帰国後、日本に共産主義勢力を扶植するための尖兵となることを期待していました。

 シベリアからの葉書は、日本到着後、検閲の対象となりましたが、今回ご紹介の葉書のように、占領日本の現状や資本主義体制を批判する内容の葉書などは、ソ連が米国による対日占領政策をどのように国民に説明しているのか、ソ連による洗脳工作がどの程度(元)捕虜の間に定着しているのか、さらに、元捕虜のうち日本における反米親ソ勢力の活動家(となる可能性が高い者)は誰かといった点で、東西冷戦が進行していく中で、重要な情報をもたらすものとなりました。

 一方、1947年後半以降、1949年8月11日に「引揚者の秩序保持に関する政令」(引揚者が船長や引揚援護局長の指示に従う義務を定め、違反者には1年以下の懲役もしくは1万円以下の罰金を科すことが定められていました)が公布されるまでの間、ソ連からの引揚船が入港した舞鶴や各地の引揚特別列車の停車駅などでは、“赤い帰還者”による騒擾事件が頻発。彼らの多くは、抑留体験を通じて、ソ連の意に背いた行動をとると帰国を取り消されて再びシベリア送りになると信じ込まされていた偽装共産主義者(表面だけ赤いという意味で“赤カブ”とも呼ばれました)だったとさていますが、そうした実情を知らない日本国民は当惑するばかりで、占領当局と日本政府は共産主義者が全国に拡散していくことへの警戒を強めることになります。

 さらに、1949年1月23日に行われた第24回衆議院総選挙では、吉田茂ひきいる保守系の民主自由党が264議席を獲得して大勝した一方で、日本共産党がそれまでの4議席から35議席へと劇的に躍進。ドッジラインの強行による深刻な経済不況の到来により労働運動は激化し、下山・松川・三鷹の三大事件が発生し、共産党の関与が疑われていた時期でもあり、「真の指導者(アクティブ)は港において早期に見付けられる事を防ぐために、蔭に潜み郷里において世論を基礎として潜かに活動する事を(ソ連に)許可された」 との認識の下、占領当局と日本政府は帰還した元捕虜を監視対象としていました。

 その際、ソ連を賛美し、日本の状況を否定的に述べていたり、アクティブであると推測されるような内容の葉書を書いたりした人物(今回ご紹介の葉書の差出人もその1人でしょう)は、当局の要注意人物のリストに加えられ、帰国後も苦難の日々を歩むことになったことは想像に難くありません。

 なお、シベリア抑留者の郵便については、拙著『ハバロフスク』でもその概要をまとめておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。


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