2021-03-31 Wed 02:20
1921年3月31日にオーストラリア空軍が設置されて、ちょうど100年になりました。というわけで、オーストラリア空軍に関する切手の中からこの1枚です。(画像はクリックで拡大されます)
![]() これは、1976年に英領ソロモン諸島が発行した“ソロモン諸島への初飛行50周年”の記念切手のうち、オーストラリア空軍のウィリアム大佐の操縦により、ソロモン諸島に初めて飛来した飛行艇デ・ハヴィランドDH50Aが描かれています。 オーストラリア空軍のルーツは、第一次大戦直前の1914年3月、オーストラリア陸軍の航空部門として設立された“オーストラリア飛行軍団(AFC)”に求められます。 第一次大戦が勃発すると、AFCも大英帝国の一員として参戦し、ドイツ領ニューギニアの攻略戦や中東戦線、西部戦線にも投入されました。 大戦が終結すると、AFCはいったん解散し、飛行学校のみが残されましたが、1920年にはオーストラリア航空軍団として再編。そして、これが1921年3月31日にオーストラリア空軍として独立します。なお、現在の正式名称である“王立オーストラリア空軍(英語: Royal Australian Air Force、 RAAF)”となったのは、同年6月21日、英国王ジョージ5世から王立(Royal)の称号が下賜され、8月31日付で正式に改称が行われてからのことです。 さて、1926年10月、創立まもないオーストラリア空軍のウィリアム大佐は、今回ご紹介の切手に描かれたデ・ハヴィランドDH50A飛行艇を操縦して、オーストラリアからニューギニア、ソロモン諸島、ニューヘブリデス(現ヴァヌアツ)、ニューカレドニア、フィジー、サモアをめぐる周遊飛行に出発。同31日には英領ソロモン諸島北西端のショートランド島に寄港しました。これが、現在のソロモン諸島国家の領域に飛行機が飛来した最初の事例で、今回ご紹介の切手は、ここから50周年になるのを記念して発行されたものです。その後、ウィリアム大佐は、ギゾ、ツラギに停泊。ツラギでは部品交換を行い、11月23日、次の目的地であるニューヘブリデスに向かっています。 なお、南太平洋の交通の要衝としてのソロモン諸島とオーストラリアとの関わりについては、拙著『日本人に忘れられたガダルカナル島の近現代史』でもまとめておりますので、機会がありましたら、ぜひお手に取ってご覧いただけると幸いです。 ★ 文化放送「おはよう寺ちゃん」 出演します!★ 4月5日(月)05:00~ 文化放送の「おはよう寺ちゃん 活動中」に内藤がコメンテーターとして出演の予定です。番組は早朝5時から9時までの長時間放送ですが、僕の出番は07:48からになります。皆様、よろしくお願いします。 ★★ 内藤陽介の最新刊 『世界はいつでも不安定』 ★★ ![]() 出版社からのコメント 教えて内藤先生。 地上波では絶対に伝えられない国際情勢の事実をユーモアを交えて解説! チャンネルくらら人気番組「内藤陽介の世界を読む」が完全書籍化! 版元特設サイトはこちら。また、ご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、本書の目次をご覧いただけるほか、アマゾン他、各ネット書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。 |
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