NHKラジオ中国語講座のテキストの3月号が刊行になりました。僕が担当している連載「外国切手の中の中国」では、今回は、チャイナ・マネーをあてこんだカリブ海諸国の切手を取り上げて見ました。その中から、こんな1枚をご紹介しましょう。(画像はクリックで拡大されます)
これは、カリブ海の小国、セントビンセントが1997年に発行した小平の追悼切手です。
日本が経済大国になるに従って、日本の収集家めあての“いかがわしい切手”が次々と発行されるようになったのは良く知られていますが、同様の現象は、近年経済発展の著しい中国に関しても観察されます。
このような、チャイナ・マネー目当てに“中国”を題材とした切手の発行は、いまからちょうど10年前の1997年、小平の逝去と香港返還という2つの事件をきっかけに最初のピークを迎えます。
毛沢東の死後の1978年末、彼に対する異常な個人崇拝がもたらした文化大革命の反省を踏まえて、中国共産党第11期中央委員会第3次全体会議は「個人の宣伝は控える」ことを決定。個人の顕彰のための記念間や記念碑、伝記や文集などは可能な限り控えることとされました。
こうしたこともあって、生前の毛沢東がさかんに切手に登場していたのに対して、最高権力者としての小平は、生前、切手に一度も姿を現しませんでした。
中国が小平の肖像の入った切手を発行するのは、の没後1周年にあたる1998年2月のことでしたが、この間、本家の中国が小平の切手を発行しなかったことで、切手で外貨を稼ごうとする国がその隙をついて、さまざまな小平追悼の切手を発行しています。
今回取り上げている切手もその一例で、セントビンセントおよびグレナディーン諸島(以下、セントビンセント)が発行したものです。
セントビンセントは、その国名のとおり、カリブ海に浮かぶ火山島のセントビンセント島と珊瑚礁のグレナディーン諸島からなる英連邦の一国です。首都はキングスタウンで、人口は11万7000人(2004年)。観光とバナナの栽培、漁業が産業の中心で、GDPは3億3900万ドル(2002年)という小国です。
毛沢東がモスクワ訪問以外ほとんど外国に出たことがなかったのに対して、小平は若い頃のフランス留学を含めて、日本や欧米諸国を歴訪しましたが、それでも、セントビンセントに立ち寄った記録はありません。また、この国の人口構成は、アフリカ系が66%、混血が19%、東インド人が6%、カリブ先住民2%、その他7%となっており、中国系の住民が全くいないわけではないにせよ、その社会的な影響力はきわめて限られています。
こうしたことから考えても、この切手は、小平とは縁もゆかりもないカリブ海の小国が外貨目当てに発行したものといってよいでしょう。
この手の切手は、いずれも、その切手が発行された国で郵便に使われることはほとんどありません。それゆえ、切手収集家の間では、郵便料金前納の証紙という切手本来の役割に照らして、限りなくラベルに近い“いかがわしい切手”として忌避されることもしばしばです。
もっとも、切手という小窓を通して、世界が中国をどのように見ている/見てきたのか、という点に注目している僕にとっては、“いかがわしい切手”の題材は、彼らが中国のどこに商品価値を見出しているのかを教えてくれる資料ともいえるわけで、そういう視点から、一度じっくり眺めてみるのも悪くはないかな、と思っています。(お金を出して集める気には、あんまりなりませんけれど)
中国関連の“いかがわしい切手”は現在までに膨大な種類が発行されており、その全体像を把握することはなかなか困難ですが、今回の記事では、その一端をご紹介してみました。ご興味をお持ちの方は、是非、ご一読いただけると幸いです。
なお、2005年4月号から2年間にわたって続けていた「外国切手の中の中国」は、今月号をもって無事、ゴールとなりました。いままでご愛読いただきました皆様には、この場をお借りして、お礼申し上げます。
ありがとうございました。