2022-01-18 Tue 09:29
米連邦捜査局(FBI)の元捜査官や歴史家ら約20人で構成する研究チームは、きのう(17日)までに、「アンネの日記」のアンネ・フランク一家が1944年8月、オランダ・アムステルダムの隠れ家で発見されたのは、ユダヤ人公証人のアーノルト・ファンデンベルフが自分の家族を守るために密告したことによる可能性が極めて高いと発表しました。というわけで、きょうはこんなモノを持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)
これは、1942年8月3日、ドイツ占領下のアムステルダムから、モノヴィッツ(モノヴィツェ)のアウシュヴィッツ第3収容所に隣接していたイーゲー・ファルベン社(以下、IGファルベン)監査部宛の書留便で、1941年に発行された鳩と数字のデザインの20セント切手が貼られています。 アウシュヴィッツ収容所のうち、ビルケナウの第2収容所がユダヤ人等の虐殺に力点を置いていた“絶滅収容所”の性格が強かったのに対して、第1収容所から約7キロ東のモノヴィッツにあったIGファルベンの工場に隣接して第3収容所は、収容者の安価な労働力を工場に動員するための施設でした。 IGファルベンは、第一次大戦後の1925年、ドイツの6大化学工業会社であるバーディッシュ・アニリン・ウント・ソーダ工業(現バスフ=BASF)、フリードリヒ・バイエル染料(現バイエル)、アグファ(現アグファ・ゲバルトの前身)、ワイラー・テル・メール化学、グリースハイム・エレクトロン化学工業、ヘキスト染料(現ヘキスト)の合同により生まれたトラストで、社名のIGは“利益共同体”の意味です。本社はフランクフルト・アム・マインにあり、資本金は11億マルクでした。 ヒトラー政権が誕生する以前の1932年頃からナチスに接近し、ヒトラーが政権を掌握した後は、4ヵ年計画庁に技術者として多くの人材を送り込み、政権との関係を強化。1939年の第二次大戦勃発以降は戦争にも積極的に協力し、ユダヤ人の大量虐殺に使われた毒ガス、ツィクロンBは子会社のデゲッシュがパテントを有していました。 IGファルベンとアウシュヴィッツとの密接な関係は、1941年1月、同社の役員だったオットー・アンブロスが現地を視察し、アウシュヴィッツ東郊のソワ川とヴィスワ川の合流地点に、700万マルクを投じて年間3万トンの生産能力を有する合成ゴム工場BUNAを建設することを決定したところから始まります。ちなみに、アウシュヴィッツ第1収容所でツィクロンBの人体実験が行われたのは、1941年9月のことでした。 工場の建設は、私企業としてのIGファルベンの経済活動として進められましたが、ドイツ政府はこの計画を積極的に支援し、該当する土地から住民を退去させること、第1収容所から8000-1万2000人の労働者・作業員を派遣することを決定。3月下旬には、IGファルベンと収容所を管理していた親衛隊との間で協議が行われ、IGファルベンが未熟練労働者1人につき3マルク、熟練労働者1人につき4マルクを支払うこと、収容者の労働時間についても、夏季は1日10-11時間、冬季は1日9時間とすることが決められました。 これを受けて、1941年4月7日、アウシュヴィッツ第1収容所の収容者たちを動員してのBUNAの建設作業が始まり、1942-44年にかけて、IGファルベンのほか、クルップやシーメンスなど、ドイツを代表する大企業の製造プラントなどに付随して、大小あわせて40の収容施設が作られ、多くの収容者が過酷な労働に従事させられました。これが、モノヴィッツの第3収容所です。 さて、今回ご紹介のカバーは、そのモノヴィッツ宛にドイツ占領下のアムステルダムから発信されたもので、“C”の文字が入った印が押されていることから、“経由地のケルンで開封・検閲されていることがわかります。 1940年5月15日に降伏したオランダでは、17日にドイツの占領行政が始まり、28日、合邦前の最後のオーストリア首相で1939年10月からはポーランド総督府副総督を務めていたアルトゥル・ザイス=インクヴァルトが“占領地オランダの国家弁務官”として赴任。同弁務官の下、ハーグに置かれたドイツ政府占領行政機関が直接に統治しました。この間、ウィルヘルミナ女王や首相は英国へ亡命しましたが、郵便を含むオランダ官僚機構はそのまま残されており、オランダ人官僚の多くはドイツの占領行政に協力的でした。 なお、この辺りの事情については、拙著『アウシュヴィッツの手紙 改訂増補版』でもまとめておりますので、機会がありましたら、ぜひお手に取ってご覧いただけると幸いです。 ★ 放送出演・講演・講座などのご案内★ 1月24日(月) 05:00~ おはよう寺ちゃん 文化放送の「おはよう寺ちゃん」に内藤がコメンテーターとして出演の予定です。番組は早朝5時から9時までの長時間放送ですが、僕の出番は07:48からになります。皆様、よろしくお願いします。 2月15日(火) 19:00~ 内藤陽介×掛谷英紀オンライントークイベント 掛谷英紀先生と2022年の“世界”を語る『読書人』のオンラインイベントです。お申し込みなどの詳細は、こちらをご覧ください。 武蔵野大学のWeb講座 2021年12月1日~2022年2月8日 「日本の歴史を学びなおす― 近現代編その1 ― 黒船来航」 12月1日から2月8日まで、計7.5時間(30分×15回)の講座です。お申し込みなどの詳細は、こちらをご覧ください。 ★ 『切手でたどる郵便創業150年の歴史 vol.2 戦後編』 好評発売中! ★ 2530円(本体2300円+税) 明治4年3月1日(1871年4月20日)にわが国の近代郵便が創業され、日本最初の切手が発行されて以来、150年間の歴史を豊富な図版とともにたどる3巻シリーズの第2巻。まずは、1945年の第二次大戦終戦までの時代を扱った第1巻に続き、第二次大戦後の1946年から昭和末の1989年までを扱っています。なお、2022年3月刊行予定の第3巻では平成以降の時代を取り扱う予定です。 * ご予約・ご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、本書の目次をご覧いただけるほか、アマゾン他、各ネット書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。 ★★ 書籍無料ダウンロードを装った違法サイトにご注意ください!★★ 最近、拙著『切手でたどる郵便創業150年の歴史』をPDF化して、無料でダウンロードできるかのように装い、クレジットカード情報を盗み取ろうとする違法サイトの存在が確認されました。 この種のサイトは多種多様な出版物を無許可で取り扱っているものと思われます。 内藤および拙著の出版元・販売元ではこのような行為は一切認めておらず、フィッシング詐欺等に巻き込まれる可能性もありますので十分ご注意ください。 |
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