2019-09-06 Fri 10:32
米国で終身刑を言い渡され収監中のメキシコの“麻薬王”ホアキン・グスマン(通称エルチャポ)が、自身の財産140億ドル(約1兆5000億円)をメキシコ先住民に寄付する意向を示していることが、きのう(5日)までに明らかになりました。というわけで、きょうはメキシコの先住民に関するマテリアルの中から、この1点です。(画像はクリックで拡大されます)
これは、1952年にメキシコで発行された15センタボの印面がついた官製絵葉書で、メキシコ先住民の女性が描かれたディエゴリベラの絵画「オランダカイウと少女」が取りあげられています。 19世紀のペルーの思想家、マヌエル・ゴンサレス・プラダは、当時のペルー先住民の間にカトリックの信仰とスペイン語が定着していることを踏まえ、先住民(インディオないしはインディヘナ)の擁護と文化的、社会的復権を求める社会運動として“インディヘニスモ”を提唱。この運動は、すぐにペルーの枠を超え、ラテンアメリカの各地域に波及しました。 1910年に始まるメキシコ革命の結果、農地改革、労働者の保護など社会主義的な政策が実施され、反米主義を基本とする国民統合が進められましたが、その一環として、人口の1/3を占める先住民の歴史と文化をメキシコのアイデンティティに組みこむため、“普遍的人種”の概念が提唱され、白人至上主義に対する混血人種の優越性が主張されるようになります。 こうした国家の文化政策と連動して“革命の芸術”としてメキシコ壁画運動でした。 もともと、壁画は伝統的なインディオ美術の重要な表現形式であり、非識字者の多い国民への教育的効果も期待できるため、政府は公的施設の壁には革命および自国の歴史・風俗など新生メキシコにふさわしいテーマや普遍的モチーフが、土地固有の画法や西欧の伝統とは異なる画材を使用するなどして国内外の画家により描かれたのです。 その中軸を担った1人が、フリーダ・カーロの夫として知られる画家、ディエゴ・リベラでした。 リベラは、1866年、グアナフアト生まれ。サン・カルロス美術学校を卒業後、スペイン、パリなどで絵画を学び、モンパルナスを拠点にキュビズムに影響を受けた作品で注目されました。1920年、メキシコに民衆のための芸術を興すというダヴィッド・アルファロ・シケイロスの誘いに賛同し、イタリアで壁画を研究した後、1921年に帰国。1957年に亡くなるまで、壁画運動の旗手として公共建築などに多くの作品を描き、その抽象表現主義(特にポロック)やグラフィティなど後の世代に大きな影響を与えました。 さて、メキシコ最大の麻薬組織、シナロア・カルテルのボスだったグスマンは、今年7月、米ニューヨークの連邦地裁で麻薬取引などの罪で終身刑と巨額の罰金の判決を受けて収監中ですが、彼は家族との電話の中で、米政府が全財産を没収しようとしていると主張。「金は米国ではなくメキシコ政府のもの。先住民族コミュニティーに分けてもらいたい」とメキシコのロペスオブラドール大統領に求めたそうです。 ちなみに、グスマンは逮捕前にも貧困層に仕事を与えたり、災害時にはいち早く援助活動を行っていたりしていたため、汚職が蔓延し、職務怠慢が常態化しているメキシコ政府の公務員に対する不満を持つメキシコ人の間には、彼を“義賊”とみなす人も少なくなくないようです。じっさい、彼が逮捕されたときには“抗議デモ”が起きたほか、「3度目の脱獄(グスマンは1993年にグアテマラで逮捕され、有罪判決を受けた後、2001年に脱獄。その後、2014年に逮捕されましたが、2015年に脱獄し、2016年に逮捕さています)頑張れよ」との文言が入ったTシャツが売り出されたり、有名歌手が応援ソングを歌っていたりするのだとか。 現在、メキシコには約70もの先住民がおり、人口約1億2000万のうち3割の4000万人が先住民といわれています。グスマンの財産140億ドルは、メキシコのGDP1兆1500億ドルの1%を超えているわけで、それがばらまかれるとなると、彼が犯したありとあらゆる犯罪をなかったことにして、彼を“義賊”とみなす世論が沸き起こるこ可能性は十分にありそうです。もちろん、“先住民”として寄付を受ける組織・団体の中には、グスマンやその配下の連中の息がかかっているケースも多いでしょうし…。 麻薬戦争の終わりがいっこうに見えない中、メキシコ社会の闇は深いとしかいいようがありませんな。 * 本日(6日)の文化放送「おはよう寺ちゃん 活動中」の僕の出番は、無事、終了いたしました。お聞きいただきました皆様には、この場をお借りして御礼申し上げます。なお、次回の出演は9月27日(金)の予定(仮)です。放送日が近づきましたら、また、このブログでもご案内いたしますので、よろしくお願いします。 ★★ イベントのご案内 ★★ ・インド太平洋研究会 第3回オフラインセミナー 9月28日(土) 15:30~ 於・イオンコンパス東京八重洲会議室 内藤は、17:00から2時間ほど、“インド太平洋”について、郵便学的手法で読み解くお話をする予定です。 参加費など詳細は、こちらをご覧ください。 ★★ 講座のご案内 ★★ 10月からの各種講座のご案内です。詳細については、各講座名をクリックしてご覧ください。 ・よみうりカルチャー 荻窪 宗教と国際政治 毎月第1火曜日 15:30~17:00 10/1、11/5、12/3、1/7、2/4、3/3(1回のみのお試し受講も可) ・武蔵野大学生涯学習秋講座 飛脚から郵便へ―郵便制度の父 前島密没後100年― 2019年10月13日(日) (【連続講座】伝統文化を考える“大江戸の復元” 第十弾 全7回) 切手と浮世絵 2019年10月31日 ー11月21日 (毎週木曜・4回) ★★ 内藤陽介の最新刊 『チェ・ゲバラとキューバ革命』 好評発売中!★★ 本体3900円+税 【出版元より】 盟友フィデル・カストロのバティスタ政権下での登場の背景から、“エルネスト時代”の運命的な出会い、モーターサイクル・ダイアリーズの旅、カストロとの劇的な邂逅、キューバ革命の詳細と広島訪問を含めたゲバラの外遊、国連での伝説的な演説、最期までを郵便資料でたどる。冷戦期、世界各国でのゲバラ関連郵便資料を駆使することで、今まで知られて来なかったゲバラの全貌を明らかする。 本書のご予約・ご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、アマゾン他、各ネット書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。 |
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