2015-11-01 Sun 17:39
きょう(1日)は、カトリックの祝日“万聖節(全ての聖人と殉教者を記念する日)”です。というわけで、数多の聖人・殉教者の中を取り上げた切手の中から、この1枚を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)
これは、1983年に西ドイツが発行した修道女・エーディト・シュタインの切手です。 エーディト・シュタインは、1891年、ドイツ帝国支配下のブレスラウ(ポーランド名ブロツワフ)でユダヤ人商人の家庭に生まれました。 1904年、13歳の時にユダヤ教を棄教して無神論者になり、1913年以降、エドムント・フッサールに師事。1916年に哲学博士号を取得し、フライブルク大学で教職を得ています。 その後、1922年にカトリックの洗礼を受けましたが、1933年、“ユダヤ人”であることを理由にナチス政権下で教職を追われ、翌1934年、ケルンでカルメル会の修道女となりました。さらに、ナチスの迫害を逃れてオランダに亡命したものの、捕えられてアウシュヴィッツ収容所に移送され、1942年8月9日、ガス室で殺害されています。 1979年6月、祖国ポーランドを訪問した教皇ヨハネ・パウロ2世はビルケナウのアウシュヴィッツ第2収容所跡を訪れ、約50万人とともにミサを行い、強制収容所を「私たちの時代のゴルゴダ」と呼び、アウシュヴィッツで亡くなったコルベ神父を称えるとともに、ビルケナウのガス室で殺害された修道女エーディト・シュタインについて列福のための調査を行う方針を明らかにします。 ところで、エーディトのように、血統としてはユダヤ人だが、信仰上はカトリックの信徒であるという“ユダヤ系カトリック”の例は決して珍しくはないのですが、そうしたユダヤ系キリスト教徒を“ユダヤ人”として認定すべきか否かは、ユダヤ人国家の建前を掲げるイスラエルにおいて激しい論争となっていました。このため、エーディトを“ユダヤ系カトリック”として列福することにはユダヤ人団体から抗議が寄せられています。 一方、カトリックの内部にも、(カトリックの信仰のゆえにではなく)単なる一ユダヤ人としてその他のユダヤ人と同じくガス室で殺害された彼女を“殉教者”と見なしうるかどうかという点で論争がりました。 しかし、最終的に、彼女が“アウシュヴィッツの聖女”として広く知られるようになっていたこともあり、ヨハネ・パウロ2世は、まずは彼女を列福する方針を固め、それにより、1987年、彼女が列福され、さらに、1998年10月11日には列聖されました。 なお、ヨハネ・パウロ2世のポーランド訪問は、彼の企図した通り、ポーランド国内のナショナリズムと反ソ感情させるという結果をもたらし、1980年7月には、政府が発表した食糧品等の大幅値上げに反対し、グダニスク等のバルト海沿岸地方で労働者のストが発生。これが全国に波及する勢いとなったため、政府とグダニスクの連合スト委員会の交渉が行われ、政府は、9月17日、ポーランドでは共産圏として初めて、共産党(ポーランドでは統一労働者党)の統制を受けない独立自主管理労働組合“連帯”が発足します。 しかし、その後、“連帯”の組織が全国的に拡大して急進化したことで、ソ連がポーランドに軍事介入する姿勢を見せるようになったため、1981年12月、ポーランド政府は戒厳令を発令。“連帯”幹部の大半が拘禁され、翌1982年10月には、“連帯”は非合法化され、以後、地下組織として抵抗を続けることになります。 今回ご紹介の切手は、こうした状況の下、1983年1月に東西冷戦の最前線にあった西ドイツが発行したもので、切手には、彼女が1942年にアウシュヴィッツで亡くなったことを示す文言も入っています。これにより、見る人が見れば、ポーランドでの一連の動きの原点なった教皇のポーランド訪問(特にアウシュヴィッツ訪問)のことが連想されるという仕掛けになっているわけです。 なお、このあたりの事情については、拙著『アウシュビッツの手紙』でもまとめておりますので、機会がありましたら、ぜひご覧いただけると幸いです。 *本日開催の拙著『英国郵便史 ペニー・ブラック物語』の刊行記念のトークイベントは、無事、盛況のうちに終了いたしました。お集まりいただいた皆様ならびにスタッフの方々には、この場をお借りして、あらためてお礼申し上げます。ありがとうございました。 ★★★ イベントのご案内 ★★★ ・11月7日(土) 09:30- 切手市場 於 東京・日本橋富沢町8番地 綿商会館 詳細は主催者HPをご覧ください。新作の『アウシュヴィッツの手紙』ならびに『ペニー・ブラック物語』を中心に、拙著を担いで行商に行きます。 会場ならではの特典もご用意しております。ぜひ遊びに来てください。 ★★★ 内藤陽介の新刊 『ペニー・ブラック物語』 のご案内 ★★★ 2350円+税 【出版元より】 若く美しい女王の横顔に恋しよう! 世界最初の切手 欲しくないですか/知りたくないですか 世界最初の切手“ペニー・ブラック”…名前は聞いたことがあっても、詳しくは知らないという収集家も多いはず。本書はペニー・ブラックとその背景にある歴史物語を豊富なビジュアル図版でわかりやすく解説。これからペニー・ブラックを手に入れたい人向けに、入手のポイントなどを説明した収集ガイドもついた充実の内容です。 発売元の特設サイトはこちら。ページのサンプルもご覧いただけます。 ★★★ 内藤陽介の新刊 『アウシュヴィッツの手紙』 のご案内 ★★★ 2000円+税 【出版元より】 アウシュヴィッツ強制収容所の実態を、主に収容者の手紙の解析を通して明らかにする郵便学の成果! 手紙以外にも様々なポスタルメディア(郵便資料)から、意外に知られていない収容所の歴史をわかりやすく解説。 11月11日刊行予定ですが、現在、版元ドットコム、amazon、hontoネットストア、新刊.netの各ネット書店で予約受付中ですので、よろしくお願いします。 ★★★ ポストショップオンラインのご案内(PR) ★★★ 郵便物の受け取りには欠かせないのが郵便ポストです。世界各国のありとあらゆるデザインよろしくポストを集めた郵便ポストの辞典ポストショップオンラインは海外ブランドから国内製まで、500種類を超える郵便ポストをみることができます。 |
|
||
管理者だけに閲覧 | ||
|
| 郵便学者・内藤陽介のブログ |
|