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内藤陽介 Yosuke NAITO
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 試験問題の解説(2008年7月)-7
2008-08-07 Thu 11:31
 昨日に引き続き、都内の某大学でやっている「中東郵便学」の試験問題の解説です。今日は、「この郵便物(画像はクリックで拡大されます)について説明せよ」という問題を取り上げてみましょう。

      ジェッダ(オスマン帝国)

 これは、紅海に面したアラビア半島の港町、ジェッダからエジプト宛に差し出された郵便物です。貼られているのは、1908年に発行されたオスマン帝国の1ピアストル切手で、1909年11月17日のオスマン帝国の消印が押されています。

 イスラムの二大聖都、メッカ・メディナを含むアラビア半島・紅海沿岸のヒジャーズ地域は、第一次大戦以前はオスマン帝国の支配下にありました。このため、この郵便物が示しているように、ヒジャーズ地域では主権者としてのオスマン帝国が郵便局を設置し、郵便サービスを提供するというのが自然な姿になります。

 ただし、オスマン帝国が最初の切手を発行したのは1863年のことでしたが、ヒジャーズにおいてオスマン帝国が近代い郵便制度を実施するのは1870年代以降のことです。これは、郵便という西洋的な制度を聖地に持ち込むことへの躊躇や、郵便を通じて異教徒が(間接的とはいえ)聖地と自由に接触し得るようになることへの懸念があったためとも考えられるが、確かなことはわかっていません。

 この間、1865年6月には、当時、紅海航路の汽船を運行していたエジプトがジェッダに郵便局を開設し、エジプト本土と同様の切手を発売して、ヒジャーズから域外宛郵便物の取扱を開始しています。このサービスは、汽船の主な利用者であったエジプト人巡礼者の便宜をはかることを目的に行われたものです。

 本来、ジェッダ発着の郵便物に関してはジェッダの主権者であるオスマン帝国郵政が取り扱うべきで、エジプト郵政(国際的には形式的な宗主国のオスマン朝からは自立した存在とみなされており、オスマン帝国とは別に独自の切手も発行しています)の活動は、現在の視点からすれば、越権行為といえます。しかし、現実の問題として、オスマン帝国がジッダ発着の外信便を取り扱っていない以上、エジプト郵政がジェッダに郵便局を開設し、汽船の利用者を念頭に外信を取り扱ったのも無理からぬことでありました。実際、ジェッダにおけるエジプト郵政の活動は、ジェッダ発着の外信便を取り扱うのみで、ジェッダを拠点にヒジャーズ域内の業務を取り扱うわけではなく、あくまでも便宜的な色彩の濃いものであったことがうかがえます。

 一方、ジェッダでのエジプト郵政の活動に刺激を受けたオスマン帝国郵政は、ようやく1870年代初頭になってジェッダとメッカに郵便局を開設し、ヒジャーズの主権者として自前の郵便活動を開始しましたが、その後も、ジェッダにおいては、一般の商人や巡礼者などはエジプト郵便局を好んで利用し、オスマン朝郵便局の利用者はトルコ系の兵士などに限られていたといわれています。

 このように、ジェッダにおいてオスマン朝郵政とエジプト郵政とが併存している状況の中で、1874年10月、外国郵便物を取り扱うための国際機構として一般郵便連合(現在の万国郵便連合の前身)が創設され、エジプトとオスマン朝は原加盟国としてこれに参加。この結果、同連合の境域内宛の郵便料金は発信国の切手によって納入することが定められ、ジェッダにおけるエジプト郵政の活動はその根拠を失い、オスマン朝郵政はヒジャーズの発着の郵便物を取り扱う責任が生じました。

 これを受けて、ヒジャーズにおけるオスマン朝の郵便網の整備も急速に進められ、1875年には、メディナ、ターイフ、ヤンブー、アブハ、クンフダなどの主要な郵便局とその周辺の小規模な郵便局が相次いで開局ます。そして、これらの郵便局の活動が軌道に乗ったことで、ジェッダのエジプト郵便局も1881年10月30日限りで閉鎖され、ヒジャーズにおけるオスマン朝の郵便主権もようやく確立されました。以後、1916年に“アラブ叛乱”が発生するまで、ヒジャーズの郵便は主権者であるオスマン朝の郵政が担当していくことになります。

 試験問題の解答としては、切手を発行し、郵便局を設置して郵便サービスを提供することは(少なくともこの時代は)その地域の主権者が行うべき行政サービスであることを明らかにした上で、オスマン帝国支配下のジェッダでは、当然のことながら、オスマン帝国の切手が使われていたことを説明することが基本になります。その際、エジプト郵政の活動についても触れられていれば、文句のつけようはありません。

 さて、1週間にわたって続けてきた“試験問題の解説”と銘打ったコーナーは、とりあえず、本日で終了です。授業とは関係のない皆様もお付き合いいただきまして、ありがとうございました。

 明日(8日)からは平常通りの内容に戻りますので、よろしくお付き合いください。

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