来週の土・日、8月6・7日に東京・大手町のていぱーく(逓信総合博物館)で開催のサマーペックス にて、「大日本帝国の終焉」と題するコレクションを展示します。今回のサマーペックスは、会期初日が8月6日ということで、広島の原爆60周年を前面に押し出した企画展示になっていますが、僕の作品は、より一般的な歴史的背景を理解してもらうための概説として、1945年を中心に、終戦前後の日本の状況を切手や郵便物でたどっています。
で、これからしばらく、イベントそのもののプロモーションを兼ねて、今回の作品に使う予定のものをいくつかご紹介したいと思います。
初回の今日は、いわゆる勅額切手とその使用例です。
1945年4月1日に郵便料金が値上げされた(書状の基本料金は7銭から10銭になった)のにあわせて、元寇の際に亀山上皇が「敵国降伏」の文字を書いたとされる筥崎宮の拝殿の額(通称・勅額)を図案とする10銭切手が準備・発行されました。まさしく、“神風”を期待する戦争末期の精神状態が反映されていたといってよいでしょう。
切手は5月に入って出回りはじめましたが、まもなく、8月15日の終戦となります。降伏したのは敵国の鬼畜米英ではなく、自分たちということになったわけです。このため、この切手が進駐軍を刺激することを恐れた日本の郵政は、急遽、8月24日付でこの切手の発売を停止。公衆手持分については、郵便物に貼られた場合には、ここに示す葉書のように、この切手を剥がして“料金収納”の表示を行ったり、“敵国降伏”の文字部分を墨で塗りつぶしたりして対応しました。
もっとも、この勅額切手に関しては、進駐軍の兵士の中には、日本が降伏したことの記念切手と勘違いする者も少なかったようで、彼らはこの切手を“サレンダー・スタンプ”と呼んでもてはやしたようです。
この話は、切手をかじったことのある人の間ではポピュラーなものですが、案外、一般には知られていないようなので、簡単にご紹介しました。
なお、勅額切手については、、僕の『反米の世界史 』でも少し触れていますが、現在発売中の雑誌『郵趣 』や近刊予定の『郵趣研究』(くわしくは発行元の財団法人・日本郵趣協会 にお問い合わせください)に詳しい記事が出ていますので、ご興味がある方はご一読ください。