2021-07-15 Thu 01:47
2016年7月15日、トルコでレジェプ・タイップ・エルドアン政権に対するクーデター未遂事件が起きてから、ちょうど5年になりました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)
これは、2016年7月16日のクーデター鎮圧を受けて、同年8月5日、トルコが発行した“7月15日 殉教者の日(祖国よ、汝は偉大なり)”の切手で、トルコ地図を背景に、事件当日の写真をフィルム風にコラージュした図案になっています。 1923年に発足したトルコ共和国は、ムスタファ・ケマルの導入した厳格な政教分離政策(ライクリッキ原則)を国是としてきました。ケマルは1938年に亡くなりましたが、彼の死後も、“建国の父”としての権威は絶大で、トルコ国内ではケマル批判は現在なおタブーとなっています。 ところが、トルコは国民の90%以上がムスリムですから、ライクリッキ原則を貫徹しようとすれば、社会的な摩擦は避けられません。 このため、国軍が“世俗主義の守護者”となり、イスラム勢力の伸長を力尽くで抑え込んできたというのが、20世紀末までのトルコの基本的な構造でした。 これに対して、2003年3月9日、「軍部の政治介入をやめさせて、トルコを“先進的な民主国家”にする」との公約を掲げて、政権を獲得したのがAKP(公正発展党)のエルドアンです。ちなみに、当時のトルコでは、大統領は形式的な元首だったため、当初、エルドアンは政治的実権を持つ首相に就任しました。 エルドアン政権は、2003年以降、徹底した政教分離というトルコ共和国建国の理念に対して、イスラム色の強い政策を推進するとともに、憲法改正を行って大統領の権限を大幅に拡大したうえで、2014年の大統領選挙に出馬して当選。世俗派の牙城である軍の権限を縮小するなどの政策を進めます。そのことは、人口の90%以上を占めるムスリムの国民から歓迎される一方、世俗派の守護者だとする軍は、政治のイスラム化は受け入れられないとして、政権と対立していました。 こうした状況の下、2016年5月5日、与党・公正発展党党首で首相のアフメト・ダウトオールがエルドアンと対立して辞任を表明し、エルドアンによる強権体制の強化が懸念されるようになります。 そこで、2016年7月15日、エルドアンが休暇のため、リゾート地マルマリスに滞在していた隙をついて、トルコ軍の一部反乱勢力が蹶起。イスタンブールのボスポラス海峡に架かるボスポラス大橋とファーティフ・スルタン・メフメト橋、アタテュルク国際空港などが部分的に封鎖され、フルシ・アカル参謀総長がアキンジ空軍基地で身柄を拘束されました。 さらに、反乱側は、エルドアンの身柄を拘束すべく、滞在先のホテルに乗り込んだものの、その直前にエルドアンは間一髪ホテルから退避。マルマリスでは反乱勢力と大統領側の治安部隊、地元警官隊との間で銃撃戦が発生しました。 その後、反乱勢力は“祖国平和協議会”と称し、テレビや電子メールを通じ、権力を掌握したと発表。自らをトルコ正規軍より上に立つ存在であると主張しましたが、マルマリスからイスタンブールに向かっていたエルドアンはスマートフォンのテレビ電話アプリFaceTimeを利用してCNNトルコに出演。国民に対して、クーデターに抗議して広場や空港に集まるよう呼びかけます。さらに、トルコ政府は、今回の事件は軍の一部が指揮系統から外れ、民主的に選出された政府を打倒する試みであり、トルコの民主主義に対する攻撃であるとして、国際社会に対してトルコ国民との連帯を要請します。 日付が変わって16日未明、イスタンブールのアタテュルク国際空港に到着したエルドアンは、一連の政権転覆の試みは、在米トルコ人のイスラム説教師のフェトフッラー・ギュレンを支持する一派によるものであると断定。これに対して、反乱勢力はアンカラの大統領府付近で空爆を行ったものの、一般市民に多数の負傷者を出してしまいます。一方、正規軍は反乱勢力が大統領府外に展開した戦車に対し、F16戦闘機による空爆を実施し、16日正午までに反乱を鎮圧しました。 クーデター鎮圧後、エルドアン政権は反対派に対する大規模な粛清を開始。クーデターに関与したとされる軍関係者、司法関係者7500人以上が拘束され、警察官約7900人、地方の知事や首長30人を含む公務員8700人が解任されています。そして、2020年11月26日、トルコの裁判所はクーデター未遂事件をめぐり、元空軍パイロットら337人に対し殺人や憲法違反、エルドアン大統領の暗殺未遂などの罪で終身刑を言い渡しました。 事件が起きた2016年当時、米国のオバマ政権は、「エルドアンによる“秩序の回復”には人権侵害の恐れがある」として、エルドアンを批判し、トルコ政府がクーデターの黒幕と名指ししたフェトフッラー・ギュレンの引き渡しを要求すると、それを拒否。この結果、米国との関係は冷却化します。 これに対して、事件当初からロシアは「エルドアン支持」を鮮明にしていたため、エルドアンは、米国の支持が得られなかったことを逆手に取ってNATOと米国から堂々と距離を取りはじめ、(特にシリア問題に関して)ロシアとの連携を強化。ロシアの支援を受けて、シリアでのISとクルド人勢力“ロジャヴァ”を排除するための軍事介入に踏み切りました。 この間、トルコ国内では、「クーデター未遂事件は米国の謀略である」などとする陰謀論が拡散しましたが、トルコ政府はこれをあえて放置することで、国内の政治基盤の強化に活用しています。 たとえば、2020年7月15日の「民主主義と国民連帯の日(クーデター未遂事件鎮圧の記念日)」の大統領演説で、エルドアンは次のように語っています。 「(クーデターを企てたメンバーが)もし十分な力を備えていたら、この議会議事堂を迷わず跡形もなく破壊したであろうことを、あなた方に確信していただきたい。彼らがもし十分な力を備えていたら、大統領と首相をはじめ、選ばれたすべての指導者を迷わず殺していたであろうことを、確信していただきたい」 「7月15日は、この地で我々が生き、何世紀にもわたり存亡をかけて繰り広げてきた一連の戦いの最終ラウンドである。その背後では大きな計算が動いており、それが現実のものとなれば歴史的な転換期が訪れる。自らの利益のためにトルコを炎に投げ込むつもりでいる狂信者に対し、あくまでも、7月15日の夜にそうだったように、必要とあらば我が国民と一致団結して、この祖国、民主主義、独立を守り続ける」 さらに、シェントプ国会議長も、クーデター未遂事件は、トルコが世界で発言力を持ち、既存の世界秩序の不正に抗議する力を持つようになったことに起因するとしたうえで、「経済、防衛産業、エネルギーの自給自足の努力、教育、医療、対外政策、それ以外にもさらに多くの分野でトルコがどんどん力をつけたことが、7月15日のクーデター企てが起きた本来の理由である。どのクーデターの目的および主要な出発点も、トルコが一勢力として台頭すること、独自の政策を打ち出すこと、世界の利害関係者の標的ではなく主体になることを妨害することにある」と発言。7月15日のクーデター未遂(鎮圧)は、現在のエルドアン政権にとっての正統性の大きな根拠となっています。 なお、この辺りの事情については、拙著『世界はいつでも不安定』でも詳しくまとめておりますので、機会がありましたら、ぜひお手に取ってご覧いただけると幸いです。 ★ 放送出演・講演・講座などのご案内★ 7月19日(月) 05:00~ おはよう寺ちゃん 文化放送の「おはよう寺ちゃん」に内藤がコメンテーターとして出演の予定です。番組は早朝5時から9時までの長時間放送ですが、僕の出番は07:48からになります。皆様、よろしくお願いします。 ★ 『世界はいつでも不安定』 オーディオブックに! ★ 拙著『世界はいつでも不安定』がAmazonのオーディオブック“Audible”として配信されました。会員登録すると、最初の1冊は無料で聴くことができます。お申し込みはこちらで可能です。 ★ 『誰もが知りたいQアノンの正体』 好評発売中! ★ 1650円(本体1500円+税) * 編集スタッフの方が個人ブログで紹介してくれました。こちらをご覧ください。 ご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、本書の目次をご覧いただけるほか、アマゾン他、各ネット書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。 |
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