2021-01-30 Sat 01:00
『東洋経済日報』2021年1月15日号が発行されました。僕の月一連載「切手に見るソウルと韓国」は、今回は、2021年最初の掲載でしたので、干支にちなみ、この1枚をご紹介しました。(画像はクリックで拡大されます)
![]() これは、1989年9月4日に韓国が発行した現代美術シリーズ第6集の切手のうち、韓国のゴッホともいわれた李仲燮の代表作「白い牛」を取り上げた1枚です。 朝鮮の伝統絵画の画題としては、牛は農村の象徴として描かれることが多いのですが、今回ご紹介の「白い牛」は、「自らは誰も攻撃はしないが、触れれば直ちに反撃して怒りを吐き出す」という牛の性質に着目し、これを抵抗の象徴として描いた作品とされています。 李仲燮は、日本統治時代の1916年9月16日、現在は北朝鮮の支配下にある平安南道平原で富農の末息子として生まれました。母方の実家がある平壌の鐘路普通学校で学んだ後、1929年、京城(現ソウル)に出て、五山高等普通学校に入学し、イェール大学に留学経験のある美術教師、任用璉から美術の指導を受けました。 1936年、東京帝国美術学校西洋画科に入学しましたが、1年で中退し、当時の日本では最も自由な雰囲気で知られた文化学院に転校。文化学院在学中の1938年、自由美術協会の展覧会に5点を出品し入選し、協会賞を受賞。1943年には美術創作協会(1940年に自由美術家協会から改称)第7回絵画展に「望月」3部作を出品し太陽賞を受賞しました。また、同年、親族のいた元山に帰国。翌1945年5月、文化学院時代から交際していた山本方子と元山で結婚します。 1945年8月の解放後、元山はソ連軍の占領下に置かれ、李は元山師範学校美術教師の職を得たものの1週間で辞し、鶏を育て、鶏を描くことに熱中します。 1950年6月、朝鮮戦争が勃発すると、同年12月10日、母親を残し、妻子と共に脱北。1951年1月頃、全羅南道の和順を経由して、済州島の南部に位置する漁港、西帰浦に逃れました。西帰浦では、里長の宋泰株・金順福夫妻の家に11ヶ月ほど滞在し、カニを題材とする作品などを残しています。 1951年12月、李は家族とともに済州を去って釜山に移り、煙草の銀紙を使った銀紙画の制作を開始しましたが、生活苦もあって、岳父の死を機に、1952年7月、妻子を日本に送り、自らは釜山に残って創作活動に専念することにしました。 1953年には2週間ほど東京に滞在して家族と再会しましたが、その後、韓国に戻り、同じく北朝鮮から逃れてきた工芸家の劉康烈の紹介で、統営の螺鈿漆器伝習所の講師の職を得て、1954年6月頃まで、制作に没頭しています。 切手に取り上げられた「白い牛」は、この時期に制作された「牛」の連作のひとつで、強い骨格を露にして尾を振る牛の躍動感が印象的な作品。日本統治時代から解放後の分断と朝鮮戦争の激動の時代、そして、自らの貧困に抵抗する意思が結実した作品と評価されています。 その後、ソウルに移った李は、1955年1月、美都波画廊で個展を開催。その準備の過程で、妻の方子が日本で本を買って李に送り、李はそれを韓国で販売して利益を得て制作費および生活費に充てるつもりでしたが、仲介業者が李に代金を支払わなかったため、かえって借金が膨らみます。また、個展は成功し、出品作品も20点ほど売れたのものの、集金は上手くいかず、経済的にはますます困窮していきました。 起死回生を狙った李は、1955年4月、大邱の米国公報院画廊でも個展を開催しましたが、残った作品が猥褻物と見なされて撤去されたことに衝撃を受け、以後、精神に異常をきたし、拒食症に陥ってしまいます。 その後、病院を転々としつつも、1955年末からソウルの貞陵で画家の韓黙ら芸術家との共同生活を送りつつ、「帰らざる河」など最後の作品群を残しましたが、栄養失調と肝炎のため、1956年9月6日、ソウルの大韓赤十字病院で亡くなりました。 一方、海外では李の銀紙画などの独創性が高く評価され、ニューヨーク近代美術館では、「白い牛」を含む彼の作品3点が研究保存対象に決定されましたが、生前の李がその吉報を知ることはありませんでした。 李が亡くなった後の1957年、彫刻家の車根鎬が墓碑を建立し、1960年には釜山で初の遺作展が開かれましたが、この時点では、李仲燮の名は“知る人ぞ知る”レベルでした。しかし、1972年にソウル現代画廊(現・ギャラリー現代)で開催された17周追慕展を機に急速に再評価の機運が高まり、以後、彼をテーマにした映画、演劇などが相次いで制作され、韓国の美術および国語教科書にも取り上げられるなど、韓国現代美術の巨匠として知られるようになりました。 ★ 文化放送「おはよう寺ちゃん 活動中」 出演します!★ 2月5日(金)05:00~ 文化放送の「おはよう寺ちゃん 活動中」に内藤がコメンテーターとして出演の予定です。番組は早朝5時のスタートですが、僕の出番は6時台になります。皆様、よろしくお願いします。 ★ 内藤陽介の最新刊 『日本人に忘れられたガダルカナル島の近現代史』 ★ ![]() 出版社からのコメント 【中国の札束攻勢にソロモン諸島は陥落寸前!】 日本軍の撤退後、悲劇の激戦地は いかなる歴史をたどり、 中国はどのように浸透していったのか 本書のご予約・ご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、本書の目次をご覧いただけるほか、アマゾン他、各ネット書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。 |
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