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内藤陽介 Yosuke NAITO
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 切手歳時記:はつかり
2020-10-08 Thu 00:25
 公益財団法人・通信文化協会の雑誌『通信文化』2020年10月号が発行されました。僕の連載「切手歳時記」は、今回は、この切手を取り上げています。(画像はクリックで拡大されます) 

      北斎・落雁図(1946)

 これは、1946年9月15日に発行された“はつかり”の1円30銭切手です。

 きょう(8日)は七十二候の“鴻雁来(こうがんきたる)”。秋分を過ぎて二十四節気が寒露に変わると、つばめなどの夏鳥が南へ帰るのと入れ違いに、春に北へ帰って行った冬鳥が再びやってくる頃とされ、その年に初めて渡ってきた雁は初雁と呼ばれます。

 古今集に収められた紀友則の「秋風に はつかりがねぞ 聞こゆなる 誰がたまづさを かけて来つらむ」にある“はつかりがね”は“初雁が音”のこと。秋風に乗って聞こえてくる初雁の声を耳にして、遠い北国から、いったい誰の手紙(消息)を携えて来たのかという内容ですが、雁と手紙の結びつきは『漢書』蘇武伝の故事にさかのぼります。

 前漢の天漢元(紀元前100)年、蘇武は使者として匈奴に派遣されました。当時、匈奴の単于(君主)の下には、漢の元将軍で匈奴に降っていた虞常がいましたが、虞常は同じく匈奴に降って重用されていた衛律を殺して帰国しようと画策。しかし、この目論見は失敗し、匈奴に滞在していた蘇武も抑留されました。その後、蘇武の抑留生活は19年もの長きに及びましたが、この間、彼は手紙を雁の足に結びつけて放ち、本国との連絡を取ろうとしたといわれています。

 ここから、便りや手紙を意味する語として“雁書”ないしは“雁使”という言葉が生まれ、雁は通信の象徴になっただけでなく、秋空に飛来する雁、特に初雁は懐かしい人の消息をもたらす使いとされてきました。

 時代は下って、1878年8月30日から11月9日まで、明治天皇が北陸・東海道を巡幸されたときのことです。

 道中の9月26日の夕刻5時半ごろ、悪天候のなか、糸魚川の行在所に御一行が到着されたところ、巡幸中の天皇の身を案じ、皇后(昭憲皇太后)が東京の赤坂仮皇居で詠まれた御歌「はつかりをまつとはなしにこの秋は 越路のそらのながめられつつ」が届けられました。このエピソードは戦前の日本人には広く知られていて、明治天皇と昭憲皇太后の遺徳を伝えるために造営された聖徳記念絵画館には、「初雁の御歌」と題する鏑木清方の壁画も展示されています。

 今回ご紹介の切手に“はつかり”が取り上げられたのも、おそらく、そうした事情を踏まえてのことでしょう。なお、1円30銭とは半端な額面ですが、当時の書状料金30銭と速達ないしは書留料金の1円を合算した金額に相当しています。

 ところで、この切手の元になった“はつかり”は葛飾北斎の手になるものです。北斎は1849(嘉永2)年に亡くなりましたが、彼が80歳だった1841(天保12)年に作られた「鳥羽絵」という長唄があります。ちなみに、題名の鳥羽絵は、鳥羽僧正の作と伝えられる「鳥獣人物戯画」の系譜を汲む略画体の戯画のことで、北斎も数多くの作品を手掛けました。

 件の長唄には「思ふ御方のお声はせいで 上がるお客の面憎や」に続いて「わたしゃはじめてそんな事 聞いて嬉しき初雁の 文にも釘のにぢり書」との一節があります。思う男の声はせず、代わりに登楼してくる客が憎らしいという遊女の心情を歌った後、男の気持ちを知って嬉しくなり、男からの初めての手紙(初雁の文)をもらい、喜んで開けてみたら、金釘流のひどい悪筆(釘のにぢり書)にぎょっとしたというオチで、鳥羽絵の題名につながる滑稽さを歌ったものですが、生来の悪筆に悩まされてきた僕にとっては身につまされる話ではありますね。


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