2020-05-06 Wed 02:49
2018年に米国のトランプ政権が経済制裁を再開して以降、深刻な物価高騰が続いているイランで、おととい(4日)、通貨単位を1万分の1に切り下げ、現行のイラン・リヤールに代わり、新通貨の“トマーン”を導入する貨幣銀行法改正案が国会で可決されました。というわけで、きょうはこの切手です。(画像はクリックで拡大されます)
これは、1885年、ガージャール朝(カージャール朝とも)支配下のイランで、国王ナーセロッディーン・シャー(在位1848-96)の肖像を描く5フラン切手(1882年発行)に、1トマーンの額面と“OFFICIEL”の文字を加刷して発行された切手です。ペルシャ/イランの切手で、トマーンの額面が表示された切手はこれが最初です。 ペルシャの伝統的な通貨単位としてのトマーンはモンゴル語の万を意味する“トゥメン”に由来するもので、1トマーン金貨に対して、その1万分の1の銅銭がディナール(1トマーン=1万ディナール)と設定され、その中間の銀貨として、リヤールやケラーンが設定されていました。 1779年に成立したガージャール朝は、1798年、1トマーンの8分の1、すなわち、1250ディナールに相当する銀貨としてリヤール(旧リヤール)を導入。旧リヤールは1825年まで使用されていましたが、1825年、1トマーンの10分の1、すなわり1000ディナールに相当する銀貨としてケラーンが導入されます。その後、インフレの進行もあって、19世紀後半にはディナールはほとんど使われなくなっており、代わりに、50ディナールに相当する単位としてシャーヒー、4シャーヒーに相当する単位としてアッバーシーが使われるようになります。ちょっと複雑なので、トマーンとの関係で整理しておくと、以下のようになります。 1トマーン=10ケラーン=50アッバーシー=200シャーヒー=1万ディナール 1ケラーン=5アッバーシー=20シャーヒー=1000ディナール 1アッバーシー=4シャーヒー=200ディナール 1シャーヒー=50ディナール ちなみに、1870年にガージャール朝が最初に発行した切手の額面は、1シャーヒー、2シャーヒー、4シャーヒー、8シャーヒーの4種類でした。 ところで、ナーセロッディーン・シャーは欧化政策を進めましたが、その一環として、1881年から一時期、通貨ケラーンに関して、対外的な呼称を“フラン”に変更し、その100分の1(=1/5シャーヒー=10ディナール)を“サンティーム”としています。今回ご紹介の加刷切手の台切手である1882年の切手は、そうした通貨の変更が反映して、5フラン(5ケラーンと等価)と表示されています。 その後、郵便料金の改正により、新額面の切手が必要になったため、1882年に発行された切手に新額面を加刷した切手が発行されましたが、その際、偽加刷切手が出回ることを防ぐため、正規の加刷切手には“OFFICIEL”の文言も加刷されました。英語のOFFICIALに相当する単語(今回ご紹介の切手のOFFICIELはフランス語)が加刷された切手は、官公庁が差し出す郵便物に貼るための公用切手というのが一般的で、今回ご紹介したイランの事例はかなり特殊です。 1925年、ガージャール朝に代わって成立したパフラヴィー朝は、当初、ガージャール朝時代の通貨制度を踏襲しましたが、1932年、ケラーンの名称をリヤールに変更するとともに、トマーンをリヤールに吸収するかたちで実質的に廃止しました。ただし、一般国民の間では、その後も現在に至るまで、10リヤールを意味する語としてトマーンは生き残っていました。 2010年代にインフレが深刻化したイランでは、2016年12月7日にも、イラン中央銀行がデノミの実施と新トマーン貨の導入を提案しましたが、この時は実現しませんでした。しかし、2018年以降のハイパーインフレの進行により、再びデノミ論議が沸き起こり、昨年(2019年)提出された貨幣銀行法の改正案が、今回、国会で通過したというわけです。 なお、イランでは、国会を通過した法案は、イスラム法学者6名と一般法学者6名で構成される“監督者評議会”に送られ、その承認を得なければならないとされています。監督者評議会の中には、現在、一般国民の間では10リヤールを意味する語としてトマーンが定着しており、デノミを実施するにしても“トマーン”の復活は混乱を招くとして慎重論もあるようで、今後、新通貨の名称については、トマーン以外のものに修正される可能性もあるのだとか。ちなみに、監督者評議会が今回の法改正をそのまま承認した場合には、2年程度で新トマーンが導入される予定です。 ★★ 内藤陽介の最新刊 『日韓基本条約』 ★★ 本体2000円+税 出版社からのコメント 混迷する日韓関係、その原点をあらためて読み直す! 丁寧に読むといろいろ々発見があります。 本書のご予約・ご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、本書の目次をご覧いただけるほか、アマゾン他、各ネット書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。 |
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