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内藤陽介 Yosuke NAITO
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 切手に見るソウルと韓国:月の「玉兎」伝説
2019-09-13 Fri 00:38
 『東洋経済日報』9月13日号が発行されました。僕の月一連載「切手に見るソウルと韓国」は、今回は、きょう(13日)が旧暦8月15日の中秋節(韓国では秋夕)ですので、こんな切手をご紹介しました。(画像はクリックで拡大されます) 

      韓国・月兎

 これは、1980年7月10日に発行された民画シリーズ第2集のうち、玉兎(アジアに広くみられる伝説の“月のウサギ”)をモチーフにした1枚です。

 月に玉兎がいるとの伝説はアジア全域で見られますが、その元になったのは、以下のような仏教説話です。

 その昔、猿、狐、兎の3匹が、山の中で力尽きて倒れているみすぼらしい老人に出逢いました。老人を助けるため、猿は木の実を集め、狐は川から魚を捕り、それぞれ老人に与えましたが、何も採ってくることができなかった兎は、自分の非力を嘆き、老人を助けるため、自ら火の中へ飛び込み、自分の体を老人に差し出しました。これを見た老人は、帝釈天としての正体を現し、兎の捨て身の慈悲行を後世まで伝えるため、兎を月へと昇らせて不老不死としました。これが、月に兎の姿が見える理由であり、その周囲には、兎が自らの身を焼いた際の煙の影も見えるとされています。

 これとは別に、古代の朝鮮では、兎は雌のみで雄のいない動物で、月を見て身ごもり、口から子を産むという俗説も信じられていました。これは、韓国語では、漢字の“兎”と“吐”がどちらも“ト”と読むことに由来するものと考えられています。また、仏教が伝来する以前の古代中国では、月には蟾蜍(ヒキガエル)が棲んでいるとの伝承もあったため、高句麗時代の壁画の中には、これを容れて、雄の蟾蜍が臼をつく雌の玉兎を眺めている図が描かれたものもあるそうです。

 ところで、日本では玉兎は餅をついていると考えられてきましたが、中国では、仏教説話の内容が道教にも取り込まれ、玉兎は不老不死の仙薬を調合しているとされています。

 朝鮮半島でも、かつては玉兎がついているのは不老不死の薬とされてきました。たとえば、朝鮮王朝時代の文人、尹善道(1587-1671)は「白露輝きて清き月昇る 鳳凰楼遥かなりて清光を誰に与うるや 玉兎の搗きたる薬を豪客に与えん」との誌を詠んでいます。

 これに対して、現在の韓国では、日本同様、玉兎が餅つきをしているとされていますが、あるいは、これも日本統治時代以降のことではないかと推測されます。

 そもそも、日本の餅が蒸かしたコメをついて作るのに対して、朝鮮半島の伝統的な餅は米粉を水で溶いたものを捏ねて作る(基本的に臼は使わない)もので、日本語でいうと、餅よりも団子に近いものです。

 ちなみに、朝鮮半島で穀物の精白や製粉のために伝統的に使われてきた臼は、足踏みで行うテディルパンア、水車を利用するムルレバンア、牛馬を利用するヨンジャパンア、石のひき臼のメットルなどで、杵を使う場合は、ほとんどが棒状の竪杵でした。

 一方、日本で一般に連想される槌状の横杵(打杵)は江戸時代から使われるようになったもので、朝鮮半島では、主に日本統治時代以降、使われるようになりました。現在でも、韓国のイベントで餅つきが行われる場合、臼を使わず、板の上に餅を置いて横杵でつく(というより叩くといったほうが良いかもしれません)光景が見られるのは、そうした歴史的経緯によるものでしょう。あるいは、韓国で月の兎が餅をつくというイメージが広がったのも、日本統治時代のことだったのかもしれません。

 さて、今回ご紹介の切手は、月明かりに照らされた桂の木の下、つがいの兎が竪杵(棒状の杵)で臼をついている図が取り上げられています。

 民俗学では、杵で臼をつくという動作は性行為の象徴と理解されることが多く、また、食べ物とも関連することから生産と豊穣にも結び付けられています。ここから、二匹の兎が臼をつくさまは、夫婦愛の隠喩とも理解され、家族のきずなを確認する秋夕の題材としてもふさわしいものとされるようになったのでしょう。

 
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