2019-02-13 Wed 07:30
ご報告がすっかり遅くなりましたが、アシェット・コレクションズ・ジャパンの週刊『世界の切手コレクション』2019年1月30日号が発行されました。僕が担当したメイン特集「世界の国々」のコーナーは、今回はウガンダ(と一部ギニア)の特集です。その記事の中から、この1点をご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)
これは、1979年にウガンダで発行された英女王即位25周年の記念小型シートで、余白に当時の大統領、イディ・アミンの肖像が入っているのがミソです。 アミンの正確な出生地・生年月日は不明ですが、一般に、英保護領時代の1925年頃、コボコもしくはカンパラで生まれたとされています。 幼い頃、父に捨てられ、母方の家庭で育てられたこともあり、ボンボのイスラム学校で初等教育を受けたのみでしたが、1946年、英植民地軍の王立アフリカ小銃隊に炊事係として雇われると、その巨躯を生かし部隊内の体育大会で活躍して注目を集め、植民地軍の中尉にまで昇進しました。 1962年に独立したウガンダは、旧保護領時代にも存続していたブガンダ王国に対しては、大幅な自治権を認め、連邦の地位を与えていました。これに対して、独立時の首相、ミルトン・オボテは、中央集権志向の強いウガンダ人民会議を基盤としていたため、次第に、中央政府とブガンダ王国の対立が深まります。そうした中で、1963年、ウガンダは共和制に移行し、ブガンダ王ムテサ2世が形式的な君主としての大統領に就任しました。 独立以前、中尉の階級だったアミンは、独立後、オボテにより国軍副司令官に抜擢されます。このため、彼はオボテに忠誠を誓い、政治資金工作の一環として、金と象牙の密輸を行っていました。1966年、オボテが自らも密輸に関与していたことが発覚し、議会で追及されると、逆上したオボテは反対派閣僚を逮捕した打だけでなく、憲法を停止して連邦制を廃止。大統領にしてブガンダ国王のムテサ2世はこれに強く反発し、連邦政府に対して首都からの退去を求めましたが、オボテはアミンに王宮を襲撃させ、ムテサ2世を追放しました。 これを機に、オボテは大統領に就任してウガンダ人民会議による一党独裁体制を敷き、アミンは国軍参謀総長に昇進します。 オボテは、アミンが掌握する国軍を背景に強権的な政策を進め、1967年には憲法を改正して大統領権限を強化するとともに、連邦制を廃止。1969年には政党を禁止して、本格的に野党支持者の弾圧を開始し、社会主義路線を採択して、身分や土地を基盤とする特権の一掃を呼びかける“庶民憲章”を発表しました。そして、1970年には国内の主な企業と銀行の株の60%を国有化しました。 ウガンダ人民会議の一党独裁を容認した西側諸国でしたが、1970年の主要企業の国有化と東側諸国への接近には危機感を抱き、1971年1月、オボテが英連邦首脳会議のためシンガポール訪問中だった機会をとらえ、アミンを支援して軍事クーデターを起こさせ、オボテを追放します。 西側諸国の支持を得たアミンは、1971年、大統領に就任。当初、アミンはブガンダと和解するため、1969年にロンドンで客死したムテサ2世の遺体をウガンダに運んで国葬を行ったほか、主要企業の株式の政府保有分を49%に引き下げるなど、穏健な国家運営を行っていました。 しかし、1972年2月、アミンは突如、ユダヤ系の国外退去を命じ、イスラエルと国交を断絶。さらに、同年8月には、英保護領時代に入植したインド系住民を国外に追放します。当時、ウガンダの卸小売業や医療関係はインド系が中軸を担っていたため、国内の流通は麻痺状態に陥り、医療関係も大きな打撃を受けました。この他にも、オボテ支持を疑われた国民に対する弾圧も苛烈をきわめ、1979年までに約30万人(40万人説もあり)が虐殺され、農業生産も激減し、国民生活は困窮しました。 こうした所業のゆえに、アミンは“黒いヒトラー”、“アフリカで最も血にまみれた独裁者”怖れられ、西側諸国はアミンを激しく非難します。このため、アミンは反イスラエル・反西欧の急先鋒であるリビアのカダフィやコンゴの独裁者、モブツと接近。東ドイツの諜報機関に協力し、ソ連からは巨額の武器支援を受けていました。 1978年、アミンは、オボテの亡命先であり、長年にわたり国境問題を抱えるタンザニアに侵攻しましたが、タンザニア軍はウガンダ軍を撃退しただけでなく、首都カンパラまで攻めこみます。 この敗戦を機に、アミンに対する国民の不満が爆発。1979年、反体制派のウガンダ民族解放戦線が武装蜂起すると、国軍もこれに呼応したため、4月13日、アミンは失脚し、リビア経由でサウジアラビアへ亡命。 民族解放戦線のユスフ・ルレが後継大統領に就任しました。その後のアミンはサウジアラビアで余生を過ごし、2003年、ジッダの病院で亡くなっています。 さて、『世界の切手コレクション』1月30日号の「世界の国々」では、独裁者アミンについてまとめた長文コラムのほか、エンデベ空港、コーヒーの切手などもご紹介しています。機会がありましたら、ぜひ、書店などで実物を手に取ってご覧ください。 なお、「世界の国々」の僕の担当ですが、今回のウガンダ(と一部ギニア)の次は、1月30日発売の2月6日号でのメキシコ、2月6日発売の同13日号でのブルガリア、本日(13日)発売の同20日号でのスーダン(と一部ギニアビサウ)の特集となっています。これらについては、順次、このブログでもご紹介する予定です。 ★★ 内藤陽介の最新刊 『チェ・ゲバラとキューバ革命』 2月25日発売!★★ 本体3900円+税 【出版元より】 盟友フィデル・カストロのバティスタ政権下での登場の背景から、“エルネスト時代”の運命的な出会い、モーターサイクル・ダイアリーズの旅、カストロとの劇的な邂逅、キューバ革命の詳細と広島訪問を含めたゲバラの外遊、国連での伝説的な演説、最期までを郵便資料でたどる。冷戦期、世界各国でのゲバラ関連郵便資料を駆使することで、今まで知られて来なかったゲバラの全貌を明らかする。 本書のご予約・ご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、アマゾン他、各ネット書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。 |
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