2018-07-06 Fri 09:30
きょう(6日)は、チェコでは“ヤン・フス”の祝日、昨日の“聖キリルと聖メトディウスの日”に続く連休です。というわけで、こんな切手を持ってきました。(画像はクリックで拡大されます)
これは、2015年にチェコが発行した“ヤン・フス処刑600年”の記念切手で、フスの肖像が大きく取り上げられています。 ヤン・フスは、1369年頃、プラハの南南西75kmの地点にあるフシネツで、貧しいチェコ人の家庭に生まれました。1380年代半ばにプラハ大学で学び、1398年には同大教授、1401年に哲学部長、1403年には学長となりました。英国で教会を批判し、聖書による信仰を回復することを説いたウィクリフの教説を知ってその影響を受け、カトリック教会の世俗化を厳しく批判するようになり、1402年からはチェコ語で説教をするようになりました。ちなみに、フスは、一つの記号でそれぞれの音を表すため、チェコ語の綴りに特殊記号(特にハーチェク: č, š, ž, ř, ěなど)を使用し始めた人物でもあります。 フスの説教と教会改革の主張は、ベーメン(ボヘミア)の貴族や民衆に広く受け容れられ、影響力を持つようになりましたが、1411年、対立教皇ヨハネス23世が、ナポリ王ラディズラーオ1世を制圧するための十字軍派遣にあたって、その遠征費用を賄うため、免罪符の売買を始めると、1412年、フスはこれに反論する論文を発表。フスは同論文で「教会の名のもとで剣を挙げる権利は教皇にも司教にもなく、敵のために祈り、罵るものたちに祝福を与えるべきである」「人は真の懺悔によって赦しを得、金では購うことはできない」と主張し、これに刺激を受けたボヘミアの民衆の一部が教皇の教書を焼き捨て、教会の説教の途中で説教者を否定し免罪符を欺瞞と罵ったため、3人が逮捕・斬首される騒擾事件が発生しました。 ローマ教会は一連の騒擾事件を不快とし、教皇代理で大司教のアルビックは、フスに対して教書への反対を止めるように説得を試みます。また、ボヘミア王のヴァーツラフ4世はフス派と反フス派の調停を試みたものの失敗。このため、1414年、神聖ローマ皇帝のジギスムントはコンスタンツ公会議にフスを召還。フスは自説を主張する機会と考えてそれに応じたものの、審問では一切の弁明も許されず、一方的に危険な異端の扇動者であると断じられ、1415年7月6日、焚刑に処せられました。 フス自身は、あくまでもローマ教皇の権威を尊重し、免罪符などの誤りを質して、教会が聖書に基づく信仰に戻ることを求めただけでしたが、彼の思想が“危険思想”として排斥され、フス自身も処刑されたことは、封建領主としての教会やドイツ人に対するチェコ人の不満に火をつける結果となり、1419-36年には、“フス戦争”と呼ばれる大規模な農民一揆が発生しました。 その後、フス戦争がフス派の敗北に終わり、三十年戦争もフス派とプロテスタントの敗北に終わった後、チェコではカトリックが優勢となったため、フスの名も長らく忘れられていましたが、19世紀以降、チェコ人のナショナリズムが高揚する過程で、フスはチェコの民族的英雄とされるようになり、彼の最後の言葉“真実は勝つ(Pravda vítězí)”がチェコ・ナショナリズムを象徴するスローガンとなります。その結果、処刑から500周年の1915年7月6日にはフスとフス派の群像がプラハ旧市街に建立されたほか、チェコスロヴァキアの独立後の1920年、“真実は勝つ”は国の標語に採用されました。 さらに、社会主義体制下の1977年1月1日、改革派の知識人らが人権回復を求めて発表した宣言『憲章77』には、フスの言葉を意識したとみられる「真実に生きる者のために真実は勝つ」という標語が掲げられていたほか、1989年のビロード革命では、ヴァーツラフ・ハヴェル大統領がフスの言葉を踏まえて「愛は憎しみを、真実は虚偽を征服しなければならない」というスローガンを唱えています。 こうした経緯を経て、冷戦終結後の1990年、ローマ教皇ヨハネ=パウロ2世がプラハを訪問し、教会改革者としてのフスを再評価。1999年には、ヴァチカンは「フスに課せられた過酷な死と、その後に生じた紛争に対して、深い哀惜の意を表明する」との声明を発表し、彼に対する完全な名誉回復が行われています。 なお、7月20-22日に東京・錦糸町で開催の全日本切手展では、ことし(2018年)がチェコスロヴァキア独立100周年であることにちなみ、“チェコ切手展”を併催します。同展では、チェコスロヴァキア最初の切手として知られるプラハ城切手の世界的なコレクションの展示をのほか、チェコ美術に関する講演などのプログラムもご用意しております。僕も21日(土)14:30から、8階イベントスペースで「アウシュヴィッツとチェコを往来した郵便」と題するトークイベントを行いますので、よろしかったら、ぜひ遊びに来てください。 ★★★ 全日本切手展のご案内 ★★★ 7月20-22日(金-日) 東京・錦糸町のすみだ産業会館で全日本切手展(全日展)ならびにチェコ切手展が開催されます。主催団体の一つである全日本郵趣連合のサイトのほか、全日本切手展のフェイスブック・サイト(どなたでもご覧になれます)にて、随時、情報をアップしていきますので、よろしくお願いいたします。 *画像は実行委員会が制作したポスターです。クリックで拡大してご覧ください。 なお、会期中の21日、内藤は、以下の3回、トーク・イベントをやります。 13:00・9階会議室 「国際切手展審査員としての経験から テーマティク部門」 14:30・8階イベントスペース 「アウシュヴィッツとチェコを往来した郵便」 16:00・8階イベントスペース 『世界一高価な切手の物語』(東京創元社) ★★★ 近刊予告! ★★★ えにし書房より、拙著『チェ・ゲバラとキューバ革命』が近日刊行予定です! 詳細につきましては、今後、このブログでも随時ご案内して参りますので、よろしくお願いします。 (画像は書影のイメージです。刊行時には若干の変更の可能性があります) ★★ 内藤陽介の最新刊 『パレスチナ現代史 岩のドームの郵便学』 ★★ 本体2500円+税 【出版元より】 中東100 年の混迷を読み解く! 世界遺産、エルサレムの“岩のドーム”に関連した郵便資料分析という独自の視点から、複雑な情勢をわかりやすく解説。郵便学者による待望の通史! 本書のご注文は版元ドットコムへ。同サイトでは、アマゾン他、各ネット書店での注文ページにリンクしています。また、主要書店の店頭在庫も確認できます。 |
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