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内藤陽介 Yosuke NAITO
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 ちすじの黒髪
2015-07-27 Mon 14:09
 ご報告が遅くなりましたが、7月15日付で刊行の(公財)日本近代文学館の館報『日本近代文学館』第266号に、「ちすじの黒髪」と題するコラムを寄稿しましたので、以下、その全文を転載いたします。(画像は、エッセイの題材となった1966年の趣味週間切手「蝶」です。クリックで拡大されます)

      蝶(藤島武二)

 今年の3月、『日の本切手 美女かるた』と題する拙著を上梓した。

 内容は、明治以来、日本で発行された“美女”を描く切手の中から48点を選んで、そこに、いろは47文字(+ん)のそれぞれで始まる読み札をつけた“かるた”形式のエッセイ集だ。このうち、“く”の札については、鳳(与謝野)晶子の『みだれ髪』のなかから「くろ髪の千すじの髪のみだれ髪 (かつおもひみだれおもいみだるる)」を持ってこようとすぐに思いついたが、それに対応する切手はどうしようかと大いに頭を悩ませた。

 こういう時は、やはり『みだれ髪』の初版本を手元に置いて考えたい。とはいえ、東京新詩社が明治34(1901)年に刊行した『みだれ髪』の初版の実物を入手しようと思えば、数十万円単位、下手をすると7桁の買い物になるから、ちょっと手が出ない。そこで、日本近代文学館の名著複刻全集の1冊として、昭和43(1968)年に刊行されたレプリカを探し出してきて入手した。

 名著複刻全集がオリジナルをかなり忠実に再現したつくりになっているであろうことは、以前、ふとした拍子に入手した夏目漱石の『吾輩ハ猫デアル』のレプリカで経験済みだった。なにしろ、オリジナル通りにフランス装のアンカットになっていて、発行記念の“青銅紙刀”までついていたほどだから。

 さて、『みだれ髪』の表紙画は木版画で、ハープのデザインされた口絵をめくると、「表紙畫みだれ髪の輪郭は戀愛のハートを射たるにて、矢の根より吹き出でたる花は詩を意味せるなり」との説明文がある。なお、この表紙画では、書名が“みだれ髪”ではなく“ミだれ髪”となっていることも、恥ずかしながら、復刻版を実際に手に取ってみて初めて気が付いた。

 藤島武二のデザインした表紙画は、千々に乱れる黒髪を、緑色に縁どられた桃色の髪が神話のメドゥーサさながらにうねっているデザインで表現している。もちろん、これはこれで完成されたデザインで、僕も大好きなのだが、表紙の木版画を手に取ってじっくりと眺めていたら、ふと、藤島の作品の中では、切手にも取り上げられた「蝶」の方が、あるいは、『みだれ髪』のイメージを忠実に再現しているのではないかとも思うようになった。

 「蝶」は、『みだれ髪』の刊行から3年後の明治38(1904)年9月22日から11月13日まで、東京・上野公園で開催された第9回白馬会展覧会に出品された作品で、昭和41(1966)年の切手趣味週間の切手に取り上げられた。

  『みだれ髪』(のレプリカ)の表紙の上に「蝶」の切手を置いてみると、なるほど、二人の少女の横顔はよく似ているが、『みだれ髪』の表紙の少女が接吻を待っているかのような風情であるのに対して、「蝶」の少女は実際に花に唇を寄せ、蜜を吸っている。

  「蝶」の画面では乳首こそ描かれていないもものの、胸元を大胆にははだけた「蝶」の少女からは、何とも言えない色香が漂ってくる。まさに、これこそ「やは肌のあつき血汐にふれも見でさびしからずや道を説く君」の“やは肌”そのものではあるまいか。ある意味、元祖“着エロ”の世界と言えるかもしれない。

 ところで、『みだれ髪』の表紙の少女の髪の毛の線は木版特有のベタッとした刷り上がりになっているが「蝶」の切手では、髪の毛の部分には、その質感を出すために局式凹版という特殊な印刷方式が用いられている。

 局式凹版は日本の印刷局が開発したことからその名がつけられた。紙幣などに用いられる彫刻凹版の細かい画線を手工的な彫刻によって行うのではなく、写真的に画線を形成し、腐食によって凹画線を得た版を用いてグラビア印刷機で凹版印刷を行うというもので、通常の凹版よりもツヤがあり、インクの盛り上がりが良く、細線に線切れがないなどの特徴があるので、まさに、髪の毛の表現には最適だ。切手を発行した郵政省や印刷局も、「蝶」という作品における“髪”の重要性を十分に認識していたということなのだろう。

 今回の一件に限らず、やはり、実際に印刷物としての本や切手を手元に置いて眺めていると、いろいろなことが見えてくるものだ。どれほど精巧なデジタル・データであっても、実物が発するオーラにはかなわない。 
 (以上転載終わり)
    
 なお、拙著『日の本切手 美女かるた』では、今回ご紹介の「蝶」の切手だけでなく、『みだれ髪』初版本の表紙を取り上げた20世紀デザイン切手も合わせてご紹介しておりますので、機会がありましたら、お手に取ってご覧いただけると幸いです。


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        税込2160円

 4月8日付の『夕刊フジ』に書評が掲載されました!

 【出版元より】
 “日の本”の切手は美女揃い!
  ページをめくれば日本切手48人の美女たちがお目見え!
 <解説・戦後記念切手>全8巻の完成から5年。その著者・内藤陽介が、こんどは記念切手の枠にとらわれず、日本切手と“美女”の関係を縦横無尽に読み解くコラム集です。切手を“かるた”になぞらえ、いろは48文字のそれぞれで始まる48本を収録。様々なジャンルの美女切手を取り上げています。

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