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内藤陽介 Yosuke NAITO
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 世界漫郵記:ゴア④
2013-01-29 Tue 10:49
 『キュリオマガジン』2013年2月号が出来上がりました。僕の連載「郵便学者の世界漫郵記 インド西海岸篇」は、前回に引き続き、ゴアの4回目。今回は、第二次大戦中の交換船の寄港地としても知られるモルムガオ港にスポットを当てました。その記事で使ったモノの中から、この切手をご紹介します。(以下、画像はクリックで拡大されます)

        シヴァージー即位300年

 これは、1974年にインドが発行したシヴァージー即位300年の記念切手です。        

 ゴアを支配したポルトガル人が、現在のモルムガオの地に要塞化された港の建設を始めたのは、1624年のことでした。

 ポルトガル以前にこの地を支配していたビジャープルのスルタン(イスラム系の地方君主)は失地回復の機会を虎視眈々と狙っており、しばしばモルムガオに攻撃をしかけました。また、新興勢力のオランダが徐々にポルトガルの覇権を脅かすようになり、1640年から43年にかけて、モルムガオもオランダに占領されています。

 何とか、オランダ軍を追い払ったポルトガル人でしたが、1683年にはヒンドゥーの王を戴くマラーター王国が攻めてきました。

 マラーター王国は、アラビア海に面したインド西部、ムンバイを中心とする現在のマハーラーシュトラ州の地域を拠点として、マラーター族の指導者、チャトラパティ・シヴァージーが1674年に建国した国家(今回ご紹介の切手はそこから起算して300年になるのを記念して発行されました)で、ヒンドゥー教を精神的な支柱として、イスラム王朝のムガル帝国に抵抗していました。

 建国の王、シヴァージーは1680年に亡くなり、後を継いだ息子のサンバージーの猛攻により、1683年にはモルムガオも陥落寸前に追い込まれます。ところが、アウラングゼーブ帝ひきいるムガル帝国の軍勢がマラーター王国に対する攻撃を強めたことから、サンバージーの軍もモルムガオからの撤退し、辛くもポルトガルの支配が維持されることになりました。

 なお、現在のモルムガオの街区は、マラーター王国の脅威が去った後の1685年以降、イエズス会士を中心に建設されたものがベースとなっています。

 さて、「郵便学者の世界漫郵記」ですが、2012年1月号から14回続いたインド・西海岸篇は今回で終了し、次回・2013年3月号からは新たにインドネシア篇がスタートします。引き続きのご愛顧をよろしくお願いいたします。


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