2009-12-30 Wed 10:33
きのう(29日)、鳩山首相がニューデリーでインドのシン首相と会談しました。というわけで、きょうは“インドの鳩”の切手です。(画像はクリックで拡大されます)
これは、1979年に発行された第13回国際原子力機関(IAEA)総会の記念切手で、原子力の平和利用の象徴としてオリーブを加える鳩が描かれています。 インドにおける原子力開発の歴史は古く、1945年8月、広島と長崎に原子爆弾が投下され、第二次世界大戦が終結すると、早くも同年12月、インドでは物理学者のホミ・バーバらの働きかけにより、原子力開発研究を行うための民間機関として“タタ基礎研究所”が設立されています。 1947年8月、インドは独立を達成しますが、すでに2か月前の6月にはインド原子力庁が設立されており、翌1948年の原子力法の制定を経て、同年8月には原子力委員会が発足。委員長にはバーバが就任しました。なお、こうした原子力開発のための組織は、1954年に大幅に改編され、原子力庁が原子力省に昇格したほか、タタ基礎研究所の原子力基礎研究部門は独立して原子力研究施設(バーバ没後の1967年にバーバ原子力研究センターと改称)になっています。 インド原子力の父とも呼ばれるバーバのプランでは、インドの原子力開発は、 第1段階 天然ウラン重水炉発電。燃料再処理によるプルトニウム生産 第2段階 プルトニウムを燃焼増殖。途中から重水炉と高速炉にトリウムを装荷し、ウラン233の生産を始める 第3段階 最終的にトリウム・サイクルを確立する という段階を経て進められることになっており、1969年にまず、原子力発電所の1・2号基が稼動しています。ちなみに、現在、インドの原発は17基が稼動しており、バーバのプランの第2段階の最終局面として、2010年までに500MW高速増殖炉を完成させる水準にまで到達しています。 こうした平和利用と並行して、インドは“必要悪”としての核兵器の開発にも早くから取り組み、1974年には最初の核実験も成功させています。 その背景には、1959年から1962年まで3年間続いた中国との国境紛争での屈辱的な敗北に加え、1964年に中国が核実験を行い、さらに、1970年の核拡散防止条約(NPT)発効で核保有国が米英ソ中仏の5ヵ国に限定されたことに対する不満がありました。すなわち、核兵器は究極的には廃絶すべきであるが、現実にインドに脅威を与える国(中国)が核兵器を保有している以上、みずから核武装する権利はインドにもあるはずだ、というスタンスです。 1995年、NPTは条約発効から25年を迎え、無期限延長が決定されましたが、インドにしてみれば、その不平等な性格は全く変化しておらず、しかも核保有国の保有する核兵器についての廃絶の見通しや削減義務が盛り込まれていないという点で、加盟に値するものとは言えません。 今回の訪印で、鳩山首相は、インドのシン首相に包括的核実験禁止条約(CTBT)早期締結を要請したものの、シン首相から「米中両国が署名すれば新たな状況になる」とあっさりかわされたそうですが、上述のような歴史的経緯を考えれば、我らが首相の要請なるものはいかにも能天気で国民として恥ずかしくなりますな。 ★★★ イベントのご案内 ★★★ 下記の日程で、拙著『昭和終焉の時代』の即売・サイン会(行商ともいう)を行います。入場は無料で、当日、拙著をお買い求めいただいた方には会場ならではの特典をご用意しておりますので、よろしかったら、遊びに来てください。 1月10日(日) 切手市場 於・桐杏学園(東京・池袋) 10:15~16:30 詳細はこちらをご覧ください。 ★★★ 内藤陽介の最新刊 ★★★ 総項目数552 総ページ数2256 戦後記念切手の“読む事典”(全7巻) ついに完結! 『昭和終焉の時代』 日本郵趣出版 2700円(税込) 2001年のシリーズ第1巻『濫造濫発の時代』から9年。<解説・戦後記念切手>の最終巻となる第7巻は、1985年の「放送大学開学」から1988年の「世界人権宣言40周年年」まで、NTT発足や国鉄の分割民営化、青函トンネルならびに瀬戸大橋の開通など、昭和末期の重大な出来事にまつわる記念切手を含め、昭和最後の4年間の全記念・特殊切手を詳細に解説。さらに、巻末には、シリーズ全7巻で掲載の全記念特殊切手の発行データも採録。 全国書店・インターネット書店(amazon、bk1、JBOOK、livedoor BOOKS、7&Y、紀伊国屋書店BookWeb、ゲオEショップ、楽天ブックスなど)で好評発売中! * 現在、在庫切れが続いてご迷惑をおかけしております。年明け5日頃には解消される予定ですので、ご了承ください。 |
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