2009-05-03 Sun 22:24
雑誌『東亜』の2009年5月号ができあがりました。3ヶ月に1回のペースで僕が担当している連載「郵便切手の歴史に見る台湾の独自性」では、今回は国共内戦時代の話を取り上げましたので、その中から、こんなマテリアルをご紹介します。(画像はクリックで拡大されます)
![]() これは、国共内戦下の1949年2月、台湾で発行された加刷切手で、台切手の額面3円が3000円に改定されています。 中国国民政府(以下、国府)による接収直後の台湾では、当初、日本統治時代の旧台湾銀行券(日本円と等価)が流通していました。国民党政権は、1946年に旧台湾銀行と台湾貯蓄銀行、三和銀行を接収・合併し、新たに台湾省営の“台湾銀行”を設立し、同年5月22日から、旧台湾銀行券と等価の“台幣”(1949年6月以降の“新台幣”と区別して“旧台幣”と呼ぶ)を発行・流通させましたが、住民の間では台幣よりも旧台銀券に対する信用が厚く、旧台銀券から台幣への交換はスムースには進みませんでした。 そもそも、国府が大陸で使用されていた法幣(国府の法定通貨)を台湾で流通させず、旧台幣を発行した背景には、日中戦争が終結するや国共内戦が再燃するという混乱の中で、大陸経済が極端に疲弊し、法幣の信用が失墜していたという事情がありました。国府にしてみれば、自らの戦後復興ならびに共産党との内戦の資金源として、新たに獲得した台湾の価値を維持しておくためには、台湾を大陸の経済的混乱から隔離しなければならず、台湾内で法幣を流通させるわけにはいかなかったのです。 通貨制度が異なれば、当然、切手も別のものとなるわけで、その意味では、1945-49年の国共内戦の時期でさえ、中国中央政府は本土と同一の切手を台湾で使用することができなかったといってよいでしょう。このことは、今回の連載で一貫してお話ししているように、いわゆる“一つの中国”が歴史的には全く根拠のないデタラメでしかなく、台湾が(少なくとも郵便という面では)いままで一度も“中国”に組み込まれたことはなかったことの何よりの証拠といってよいでしょう。 さて、共産党との内戦に追われていた国府には台湾に良質の人材を配置する余裕はなかったこともあって、台湾に進駐してきた外省人には“十官九貪”とよばれたほど貪官汚吏が多かったようです。じっさい、復興に使われるべき工場施設や備蓄されていた米や砂糖を投機のために上海や南京に売り飛ばすことが横行し、「1年の豊作で3年食べられる」といわれた台湾で、日本統治下では戦争末期にもなかったほどの深刻なコメ不足が発生しています。島から逃げ出す犬(強圧的ではあったが規律のあった日本人)と入ってくる豚(無規律で腐敗・無能が蔓延する外省人)を並べ、「犬は人間を守ることはできるが、豚はただ喰って眠るだけだ」と記した風刺画が各所に貼られたのは、この時期のことです。これに対して、外相人の官吏は本省人(第2次大戦以前からの台湾居住者)の“奴隷根性”を批判。両者の溝は深まるばかりでした。 こうした状況の中で、本省人の不満が爆発したのが1947年の2・28事件(台湾大虐殺)でした。大陸から大規模な軍隊を投入して3月末までに“暴徒”を鎮圧し、体制に批判的な市民を徹底的に弾圧した国府は、同年7月10日には孫文の肖像を描くオリジナル・デザインの切手を発行しています。切手に描かれている孫文の肖像は、大陸で発行されていた切手と同じですが、周囲のフレームは大陸のものが梅花模様であるのに対して、台湾のものは南洋の植物となっています。こうしたところから、口先でどのように美辞麗句を並べようと、台湾は大陸とは異質の存在であるという認識が透けて見えるように思えるのは僕だけではないでしょう。 さて、1947年末まで、法幣と旧台幣の交換は年に数回の調整を行う固定相場制でしたが、1948年1月以降、両者は変動相場制に移行します。この間、法幣と旧台幣の交換相場は、台湾からの“輸入”を有利に進めたい国府の政策的措置により、一貫して、実際の経済力に比べて旧台幣の価値を過小評価したものとなっていました。この結果、国共内戦による大陸のハイパーインフレは台湾経済を直撃することになります。 さらに、1948年8月、大陸ではついに法幣制度が破綻し、国府は新通貨として金円を発行しました。混乱の中で、大陸からの逃避資金が台湾に流入し、台湾のインフレはますます加速していきます。 こうした状況の中で郵便料金も目まぐるしく値上げされ、新料金に対応するために従来の切手に新額面を加刷した切手も盛んに発行されました。今回ご紹介している切手も、そうした状況に対応して発行された1枚です。 その後、共産党との戦いに敗走を続ける国府の台湾移転が現実のものとなりつつあった1949年6月15日、台湾省政府は「台湾省幣制改革法案」、「新台幣発行弁法」を布告し、旧台幣4万円を新台幣1円とするデノミネーションを実施します。これが、現在でも台湾で流通しているNTドル(新台幣)のルーツです。ちなみに、国府が正式に台北に移転したのは、それからおよそ2ヵ月後の12月7日のことでした。 ★★★ 内藤陽介の最新刊 ★★★ 異色の仏像ガイド決定版 全国書店・インターネット書店(アマゾン、bk1、7&Yなど)・切手商・ミュージアムショップ(切手の博物館・ていぱーく)などで好評発売中! ![]() 300点以上の切手を使って仏像をオールカラー・ビジュアル解説 仏像を観る愉しみを広げ、仏教の流れもよくわかる! * おかげさまで出足が好調で、3日夕方の時点でアマゾンおよび7&Yでは品切れとなっているようで、ご迷惑をおかけしております。ざっと検索をかけたところ、bk1、本やタウン、ジュンク堂などには在庫があるようですので、お求めの際には、そちらをご利用いただけると幸いです。 |
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