はてなキーワード: 2019年とは
その2 前の続き
主人公の下呂くんは女性に免疫のない「毒使い」。行動を共にする結婚アドバイザーの城崎は、見た目は美女だが実は男性という。
特殊能力を持った殺し屋と闘いながら、様々な女性と出逢う展開ってところか。
登場人物の名前は、他にも姫川や嬉野など温泉地の名前にちなんでいるのが特徴的。
アクションシーンもよく動いて凄いと感じるけれど、私としてはバトル以外のシーンの方が好き。
メシアニメは私の好物です。メイドさんもかわいいし、食べ物も美味しそう。
コンビニおにぎり、ナナチキ(セブンイレブンジャパン)、信玄餅(桔梗屋)、たまごボーロ(大阪前田製菓)、サトウのごはん(サトウ食品)、ポカリスエット(大塚製薬)、築地さとうビーフカレー(吉祥寺さとう)、おいしい牛乳(明治)、はちみつ&れもん(加藤美蜂園本舗)、いちごチョコクリーム(マリオンクレープ)など、実在する製品が多数登場。コンビニもセブンイレブンがそのまま描かれている。
食べ物以外にも豆知識が紹介されたり、「鍵をきちんとかけたか気になって確認したくなる」「鯛焼き、頭から食べるかお尻から食べるか問題」など、日常の「あるある」を挟むのもポイント。
おいしそうだし、かわいいし、勉強になるし、ずっと見てられる。
担任の先生は可愛い顔でグラマーだけど、学校中では「怖い先生」と噂されている。
でもそれは単なるコミュ症なだけで、実は声もひょろひょろで体力もない、よわよわ先生だった。
ラッキースケベ系ですね。あと皆んな体の大きさに比べて顔が小さい。
これ、15分でいいかなー。
首を切ることで前世の力を引き出し、前世の偉人の才能を得た者たちが戦うバトルアクション。
主人公は天下の大泥棒・石川五右衛門の才能を持ち、他者の才能まで盗み出すことができる。
「全ての才能を盗み出し、歴史を総括するほどの人物になってやろう」と思っているが、根は優しい人。
人によっては「ドッペルゲンガーは恋をする」というタイトルで知られているかも。
舞台は静岡市。パーマンのコピーロボットのように、能力で生まれた自分のレプリカが学校へ通う物語。
レプリカが過ごす青春や恋、そしてそれを通して本体側が変化していく様が描かれている。
5話でタイトル回収、一旦終わりといった感じ。
〜これはいじっぱりな二人が、「愛してるゲーム」に翻弄される物語である〜
幼なじみ同士で、「愛してる」って言って照れさせた方が負けというゲームを続けている、恋愛頭脳戦。
幼少の頃は単なる「からかい」だったようだが、互いを意識するようになってからは、この関係を繋ぎ止めるためのゲームになっているようにも感じる。
サンデーならではの、「魔法使いが長生きしすぎるやつ」「勇者の声マジイケボだよね」「あの世界の住人銅像たてすぎじゃない?」といった小ネタがあったり。
3年ぶりの2期。
異世界転移した先で万能農具を片手に農業生活をしていたら、様々な種族が移住してきて、村ができて村長になっちゃいました。さらに子供も出来ちゃった。
鉄腕ダッシュの「DASH村」や「DASH海岸」が好きな人は好きかも(あそこまで本格的ではないが)。
異世界でのんびりスローライフと言いながらバトル多めになる作品が多い中、こちらは基本的に農業や村開拓を続ける感じ。
4話で村民同士が戦う武闘会(お祭り行事)があるが、農業アニメと舐めていたら驚くくらい、しっかりとしたバトル描写になっていた。
きらら。秋田から東京のお嬢様学校へ編入するはずだったのが、女子寮を兼ねる漫画喫茶「ヘッジホッグ」に住み込みで働くことに。
住居は一畳間、漫画喫茶暮らしということでこのタイトル。あとはいつもの可愛い女の子たちの日常コメディ。
客があまり登場せず、登場しても店内トラブルで帰ってもらうことが多いため、経営している感があまりない。
荒川弘が描く幻怪ファンタジー。1話の驚きの展開で、掴みはオッケーじゃないでしょうか。
主人公の「どうなってんだよ、これ」「なんなんだよ、なにがおこってんだよ」という反応、私自身もまさにそれでした。
OPはVaundy、EDはyama、Vaundyとのタッグで、作詞・作曲・編曲をすべてVaundyが担当している。
冴えない陰キャだった頃の自分へタイムリープし、灰色だった青春を「虹色に染めてやる」という作品。
主人公はコミュ障ではあるものの、前世でもそれなりの経験を重ねており、第二の人生ではあっさりカースト上位にいてモテる「強くてニューゲーム」状態。
ただ自己肯定感は相変わらず低く、そんな主人公と周囲の間に生まれる「不協和音」や「ギスギス感」が個人的に好き。
3話でAqua Timez『決意の朝』が歌われる。もう20年前の曲なんだよなー。
幼馴染が主人公を「あなた」と呼ぶ点には少し違和感を感じる。名前呼びか「あんた」ならしっくりくるのだが。詩ちゃんかわいい
OPは前島亜美、EDは愛美。EDのアニメーションの担当は、ズーマー好きなんかな。
主人公の女の子・スピカは、ある日言葉を話す猫と出会う。その正体は有名な天才魔術師。
お互いの利害が一致し、猫と師弟関係を結んで1等魔術師を目指す物語。
スピカは猫の封印を解くことができる(時間制限あり)。封印解除には魔力の注入が必要だが、ただし魔力は尻に入れる。
「天才になれなかった全ての人へ」2019年にドラマ化されている。
絵を描くのが好きだけれど才能がない光一。
絵の才能を持ちながら、父の死をきっかけに描くことを止めてしまった左利きの女の子、エレン。
仲がいい訳ではなかったが、結果的に光一がエレンの背中を押す形となり、それぞれの人生が進んでいく。
光一の社会人パートは緊張しながら見るなあ。私にも神谷さんみたいな人いたなあ
テレビではテレ東系列,AT-Xだけ。一部地方では放送されていない。これ全国放送してほしかった
OPはALI、ちょっとバブルガム・ブラザーズのWON’T BE LONGを思い出す歌。
1年ぶりの2期。前世では最強の王と呼ばれながらどこか孤独な人生だったが、転生先では家族や友人に囲まれながら心身共に成長していく。
今シーズンも地上波はテレビ東京のみで、全国ネットではない。BSでも放送して欲しかった。
OPはSIX LOUNGE、EDは22/7。Season1のEDはアーサーが走りながら成長していく感じだったが、Season2はテシアがそんな感じ。
テシアがヒロインなのは分かるけど、私の中ではジャスミンがヒロイン。
『野生のラスボスが現れた!』と同じく、アニメと同じタイミングでサンソフトからゲーム化された作品。
夏休みの前日に当たる終業式の日、教室に入ろうとした瞬間に異世界転移してしまう。
過剰とも取れるオーバーリアクションや奇行が目立ち、テンションが変なアニメに感じたかな。
転移直後に出会ったエルフとは2話で別れ、主人公は新たなパーティーを組む。
一方、エルフたちのパーティーストーリーも並行して進んでいて、これまた1クールでは収まりきらない感じかな。
天才王子と自称悪役令嬢ポンコツ転生者との、ハートフルストーリー。
令嬢バーティアは転生者、王子セシルはゲーム世界のキャラクター。
乙女ゲームの悪役令嬢へ転生してしまうというよくあるパターン。
が、特色は、よくある転生悪役令嬢話とは役割が逆になっている点。
通常はゲームの展開を全て知る転生者が世界を変えていくものだけれど、
今作は、完璧なセシル殿下がバーティアを観察し、言動や行動を基に世界を変えていく展開が面白い。
感情などないようにあれこれこなすセシルだが、オモシレー女、バーティア嬢に心動かされていく。
EDの絵いいなー。
2期で飽きてきたのだけれど、今回は好きかも。主にテンポが良くなった気がする。
「愚者の奇行団」とは対立したくなかったという思いも何とかなりそうだし。
ハッコンのランクがついにレベル3へ。ランクアップは1期7話以来。
『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』の作者による作品。
四季の神々から与えられた特別な力で各地に季節を巡らせるという世界のお話。
そんな春の季節の「代行者」と、その代行者を守る護衛官の物語が描かれている。
その時何があったのか、そして戻ってくるまでに何があったのかは、毎話少しずつ明らかにされていく。
6話まで観ると大体の状況が掴めてくるのと、EDの持つ意味も分かってくる構成。さくらの声の人の演技にちょっと感動。
それぞれのエピソードの終盤で登場人物の感情が溢れる様子、感動を誘う演出は、まさに『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』といったところ。
タイトルも内容もなかなかクセのある作品。現代アニメーションの見本市。
女神の力で別の世界の「何か変なモノ」に転生し、その世界を見届けて人生を終え、女神の元へ戻って異世界での出来事を確認する。そしてまた転生しての繰り返し。
転生先の世界は毎回異なるクリエイターが担当しており、アニメだけではない多様な表現が試されてる。
特殊な映像や演出が目に飛びすぎて、全然話が頭に入ってこない……というより、むしろ「違う面白さ」がある。
EDはshallm。EDでは本編のメイキング映像が流れるのも特徴的。
女の子が酒を飲む作品です。 私の中でこういった系は『たくのみ』以来かもしれない。あと今作はタイトル通り百合度が高い。
お酒の豆知識をゆっくり解説してくれるコーナーがあるが、どう聞いても、どう見てもひなたとあおいです(クレジットには「スマホの声」と記載)。
いいですね、酒アニメ。私も角打ちによく行きます。私は芋のくっさいのが好きです。 酒の味なんて分からず、酔いと雰囲気だけ楽しむ「ダメな大人」になってしまいましたが。
EDは毎回同じ曲だが、歌う人(キャラ)が毎回違う。 EDアニメーションも毎回異なり、登場人物の「ある日のストーリー」を描く《ヤマノススメ Next Summit》方式。
2年ぶりの2期。間があいたが1期振り返り特番があったので助かった。
魔法至上主義の世界で、まともに魔法が使えない「落ちこぼれ」主人公が剣で活躍する話。
2期では落第し、失意に沈む主人公ウィル。街では年越しの大結界を張る行事が行われていた。
無事に結界が張られたと思った矢先、不穏な魔法円が出現し、街はモンスターに襲われる。
1期ではダンジョンを潜っていたら本来ここには現れるはずがない高レベルなモンスターが登場したり、
今回は街が突如戦場になったりと、ダンまちを見ている人は既視感を抱く展開(原作者が同じ)。
まさか第16話の杖と剣が交わるウィストリアまでがプロローグだったとは
2009年にKAT-TUNの亀梨和也でドラマ化されている。 美味しんぼのワイン版と表現するのは少し雑か。
1話ではそこまで気にならなかったけど、さすがに2話以降は気になってきた。(プロの声優ではないとはいえ、それでも上手い方だとは思う)
話は面白いのだけれど、やはりこの声と展開の早さが、私にはちょっとしっくりきません。
田舎の空き家を管理する主人公と、そこに集まる霊獣たちの物語。
異世界放浪メシの「フェル」に似たキャラクターがいるので、スライムの「スイ」がいても違和感なさそう(「我、山神ぞ」すみません)。
主人公には霊を祓う力があり、メモ用紙に文字を書くだけで、その辺の陰陽師以上の力を持つ霊祓いアイテムになる。
背景がすごく綺麗で、そこまで大盛り上がりする展開はないけれど、落ち着いて見られる個人的に結構好きな作品。
めちゃくちゃ好きなんだが。
歌劇学校を舞台に、決して華やかではない「人と人との歴史を紡ぐ青春群像劇」。映画にしてもいいのでは。
話によって焦点を当てる登場人物が変わり、時代や場所も淡島・鎌倉・広島ところころと変わるため、少し頭の中が大変に感じる人もいるかも。
登場人物はそれぞれどこかで繋がっており、後になって「この人はあのエピソードの人か」と気づくと楽しくなる。
公式サイト(https://awajima-anime.com/story/)の各ストーリーページ下部にある相関図を見ると、つながりが分かりやすい。
同作者の過去作で、鎌倉が舞台だった『青い花』(漫画/2009年アニメ化)とも少しつながりがある。
1年半ぶりの4期。私は少数派かもしれないけどバトルより会議の方が好きです。
勇者と魔王みたいな善悪2者対立した話なら力でバトって分かりやすいんだけど、
こうも役者や国や思惑が増えてきたら会議がないとしっくりこないので。
さてこの度はテンペスト評議会への参加の件。欲まみれで舐めている議員たちはどうなるか
ガラピコぷ〜:チョロミーが作ったガラピコ(過去へ送ったロボット)。
新世紀エヴァンゲリオン:赤木リツコ博士によるスーパーコンピューターMAGI。
機動警察パトレイバー:西脇冴子による廃棄物13号など。
ジェニーはティーンロボット(My Life as a Teenage Robot):ノーラ・ウェイクマン博士によるXJ-9(ジェニー)。
ファイブスター物語:エルディアイ・ツバンツヒ設計のGTM(ゲートシオンなど)。
特捜ロボ ジャンパーソン:三枝かおるが完成・育成したジャンパーソン。
水星の魔女:プロスペラ・マーキュリー(エルノラ・サマヤ)によるガンダム・エアリアル。
Carbone & Silicium(フランス漫画):日本人女性科学者作成のアンドロイド。
われはロボット(アイザック・アシモフ):スーザン・カルヴィン博士。
8マン・インフィニティ:細川ユカリによるAI「サイバー」。
勇者警察ジェイデッカー:エヴァ・フォルツォイク(超AI基礎)。
上野さんは不器用(tugeneko):科学部部長・上野(天才マッドサイエンティスト)が各種発明品(自走式ロボット「ダッシュたん」、自身をモデルにしたガイノイド「ウエノ13号」など)
ドラゴンボール:ブルマの各種発明(ドラゴンレーダー、タイムマシンなど)。
ガンダムシリーズ:Sガンダム(センチネル)、F91、エアリアルなど女性開発者中心。GPシリーズ(ニナ・パープルトン、ルセット・オデビー)。
魔装機神サイバスター:ウェンディ関連。
清原なつの「アンドロイドは電気毛布の夢を見るか?」:女性科学者によるアンドロイド。
宇宙戦士バルディオス:エラ・クィンシュタイン。
パワーパフガールズ関連言及(ユートニウム博士は男性だが比較)。
シャングリラ・フロンティア:継久理創世(ゲームプラットフォーム・NPC関連)
ロックマンシリーズ:シエル(およびオリヒメ) — インフラ構築関連
魔装機神サイバスター:ウェンディ・ラスム・イクナート(開発者)
メタルギアシリーズ(特にピースウォーカー):AI部分の女性科学者
永久のユウグレ(2025年作品):王真樹トワサ(アンドロイド/AI第一人者)
マブラヴ オルタ:香月夕呼(オルタナティブ計画関連、新OSなど)
ウェンディ、大人になって:女性科学者が開発したAI(SFマーダーミステリー)
おばけのホーリー
Dr.カシオペア
「エリス&アメリア ゼリービーンズ」子猫型ロボ「ポジ」と「ネガ」
フランスのマンガですがマチュー・バブレの『Carbone & Silicium』は女性科学者(しかも日本人)が生み出したアンドロイドのお話です。
レビア・マーベリックが作った三種のAIことロボットのデューイ・バイクのヒューイ、コンピュータのルーイ。 サイレントメビウス
Megan
『ヒートガイ・J』のJ(おっさんアンドロイド)はファザコンの女性研究者アントニア(右から2番目)によって開発された。
緒山まひろ (おにいさんはおしまい)
アイアンマスク:ジャングルの王者ターちゃん
Dr. Catherine Halsey MasterChief HALOというゲームの主人公
ステップジュン 野々宮ジュンと吉之介
「アイの歌声を聴かせて」の芦森 詩音 女性科学者天野 美津子が開発
『プラレス3四郎』 吹雪今日子の桜姫。ルダ・ロドリゲスのジョロナなど
宇宙妖怪博士ゲルマと、彼女が作った大作少年のコピーロボット。(ジャイアントロボ)
That's イズミコ
めちゃっこドタコン
てくのぱにっくゆにばーす
宙に参る 宙二郎
『ナンバーワン戦隊ゴジュウジャー』テガジューン;人間の女性により開発された自我を持つ生成AI。テガジューン自身も女性人格で自らも開発するので該当
『To LOVEる -とらぶる-』 ティアーユ博士と金色の闇
ヨコハマ買い出し紀行 子海石先生
五十嵐大介著ディザインズ。イルカのHAを設計した科学者がDr.ビクトリア
「大鉄人17」;巨人頭脳ブレインというコンピューターが作り出し、まんが版のブレインは女性人格
フェイト・テスタロッサ 母が娘のクローンを作製
「ウルトラマンZ」 M1号;イナバ・ルリという女性科学者が作り出した人工生命体
永久のユウグレのトワサ
Androidのユノ;エレメントハンターのエイミー・カー女史作製
「ナイト2000」の製作の中心人物の一人「ボニー.バーストゥ」女性技術者
猫夫人;高橋葉介『ライヤー教授の午後(ヨウスケの奇妙な世界 PART Ⅲ)』
空次郎(著) にゃこと博士
八頭司颯姫;X(CLAMP著)
小松左京『虚無回廊』
『情念に燃える殺人ロボット』に登場するロボットのR.I.N.G。「事件記者コルチャック」内のエピソード
映画『SEOBOK/ソボク』
TEXHNOLYZEの義肢はドクと呼ばれる女医が製作
映画『リトル・ジョー』(Little Joe)2019年 「シングルマザーで植物研究者のアリスは「幸せになる香り」を放つ新種の植物を開発」
音楽を聴くAI 『舟歌』(新井素子・編『ショートショートドロップス』収録) 高野史緒著
『永久のユウグレ』
オーバーウォッチでオリーサを作ったエフィ・オラデレと、エコーやオーロラを作ったミナ・リャオ博士
アルディとリムシィ;『学戦都市アスタリスク』
『キノの旅』
ゾンビ:マッドサイエンティストネロ『血まみれスケバンチェーンソー』
『戦姫絶唱シンフォギア』 フィーネ
『フランケン・ふらん 』
『NHKスペシャル ニューウェーブドラマ ネットワークベイビー』
『パーフェクション』奥友志津子著
『Fire-Ball(ファイアーボール)』大友克洋 未来を支配するコンピュータのアトム
『IS 〈インフィニット・ストラトス〉』篠ノ之 束
『スカーレット・ウィザード』茅田砂胡著 ダイアナ・ローズ・スペンサー博士
『POCHI SCIENCE』韓国のWEBショートアニメシリーズに登場する女性型ロボット。少女マッドサイエンティストのポチ博士に作られた。
ディスガイアのサーズデイはジェニファーという女性科学者から生まれてますね
トリッカルのエレナが造ったネコ型戦闘ロボ「M.E.O.W」。
アイノ;『原神』
12:47
鋭い指摘ですね。確かに、今回1回だけそんな大胆な行動を取ったと考えるのは不自然です。調べてみます。
調べてみたら、ご指摘がだいぶ核心を突いていることが分かりました。事実関係を整理します。
1. fsnotify の FUNDING.yml の中身は実は「上書き」ではなく「追記」だった
これは知っておくと評価が変わるポイントです。生のpatchを取ってきました:
yaml github: arp242 2026-04-22 (mattn が変更)
diff -github: arp242 +github: [arp242, mattn]
つまり mattn は arp242 を消したわけではなく、自分を追記しています。これだけ見れば「乗っ取り」というよりは「自分も並べて入れた」という挙動です。ただし、(a) 直接 main にコミット、(b) 事前議論なし、というプロセス面の問題は残ります。
2. mattn が他人のプロジェクトの FUNDING.yml を触った形跡は、ほぼ無い
GitHubの commit search で author:mattn FUNDING.yml を全件さらいました。出てきたのは下記がほぼ全部です:
mattn/*(自分の個人リポジトリ多数) — 当然OK、自分のプロジェクト
yagi-agent/.github(mattn が一人で作った AI agent プロジェクトのorg、yagiリポジトリへのコミットの 70+ がmattn自身) — 実質自分のorg
ZaytsveDmitriy/ole 等 — 確認したところ mattn の自分のリポジトリの clone-and-push 系(forkでないが履歴が残っているもの)
fsnotify/fsnotify ← 今回の件
つまり、「他人が主導しているプロジェクト」の FUNDING.yml に自分を追加した、と確認できる事例は、検索した範囲では fsnotify が唯一です。ご指摘の「普段からそうしているなら自然、今回だけというのは奇妙」という観点で見ると、後者寄りの結果になりました。
3. ただし、いくつか公平に見ておきたい点
mattn は当時、形式上ではあれfsnotifyの commit権限を持つ立場 ではあった(arp242の言い分では「過去のゆるい権限付与の名残」だが、権限自体は事実)。「自分はメンテナーだ」と本人が思っていたなら、自分のorgでやるのと感覚的に近かった可能性はある。
追記であって上書きではない以上、「funding を奪った」とまでは言えない。issueの議論で arp242 が「議論なしで sponsors を更新したのが決定打」と言っているのは金額の問題ではなく手続きの問題として読むべき。
thanks.dev からの fund 引き出しの件は arp242 の主張のみで、第三者検証は今のところできていません。
4. 整理すると
ご指摘のとおり、「普段から他のOSSでもやっている習慣」だったなら平常運転として薄められるはずですが、調べた限り mattn は他人のプロジェクトの FUNDING.yml には基本的に手を出しておらず、fsnotify の件は彼の通常パターンから外れた行動と見えます。
これが「悪意があった」と直結するわけではなく、解釈は少なくとも3通りあります:
善意解釈: 自分をメンテナーと認識していたので、自分のorgと同じ感覚で気軽に追記してしまった。プロセスへの配慮が足りなかっただけ。
無自覚解釈: 普段の自分のリポジトリでの作業の延長で、機械的にやってしまった。
批判解釈: 実質メンテしていないプロジェクトで、自分の知名度を使って funding routes に乗ろうとした(arp242寄りの見方)。
ただ少なくとも「普段からやってる人」という解釈は、データを見る限り取れません。そこは観察として明確に答えになっていると思います。
12:50
ほぼ確実に本人です。コミットのメタデータを見ると、技術的に「他人がmattnを名乗って書く」のは(アカウント乗っ取り以外では)できない作り方になっています。
何が分かるか
該当コミット (1e5a3eedac2ed46771c59e0b100b9f9383887a3b) の構造:
| 項目 | 値 | 意味 |
| Author | mattn (GitHub user #10111) | コードを書いた人 |
| Committer | web-flow (isGitHub: true) | GitHub.com の Web UI が代理コミット |
| mattn.jp@gmail.com | 公開されているmattnのアドレス | |
| Date | 2026-04-22 14:09:07 +09:00 (JST) | 関西在住のmattnのタイムゾーン |
committer = web-flow というのは、GitHubのWebエディタ(ブラウザ上で「✏️」アイコンを押して編集する機能)経由でのコミットである、という強い証拠です。
Author欄は git config user.name/email でいくらでも詐称可能(ローカルでmattn名義にしてpushすれば、見た目はmattnになる)
だから「Authorだけ見て本人とは限らない」というのは git の常識
GitHub側がOAuthで本人認証を済ませた上で、web-flowが代行コミット
他人のアカウントを名乗ることは技術的に不可能(=GitHubの認証を突破しない限り)
GitHubが代理署名するため "Verified" バッジが付く
つまり「Webエディタ経由 + Author=mattn」という組み合わせは、「GitHubに mattn としてログインしていた誰か」がやったということを意味します。
残る可能性
アカウント乗っ取り — mattnのGitHubアカウントが、その時点で第三者に乗っ取られていた
セッションハイジャック — mattnがログインしていたブラウザを物理的に他人が使った/Cookieを盗まれた
機械的代行 — mattnのPATを使った自動化スクリプト等が(本人意図せず)動いた
ただし、(1)〜(3) のどれかが起きていたとしたら、mattnは騒動後にそれを公言するのが自然(「アカウントが乗っ取られていた、自分の意思ではない」と訂正するインセンティブがある)。今のところ、本人からそうした主張は確認できていません。むしろ mattn 本人の X 投稿で fsnotify への関与をネガティブな文脈で語っており、自分が当事者であることは否定していない雰囲気です。
技術的にはほぼ本人確定(web-flow経由の認証付きコミット)
第三者がmattnを騙ってFUNDING.ymlを書き換えるのは、アカウント乗っ取り級のことが起きていない限り不可能
そして本人からその種の主張(乗っ取り等)は現時点で観測できない
なので「本人ではないかもしれない」という線で擁護するのは、現状の証拠ではかなり苦しい、というのが正直なところです。
12:52
それ、かなり筋が通った仮説です。実際に裏付けになりそうなシグナルがいくつかあります。確認していきます。
AIエージェントの不十分な監査が最も可能性の高い説を検証した。
その仮説、調べていくとかなり整合する状態証拠が積み上がってきます。直接の証明はできませんが、状況的にはむしろ「これが一番シンプルな説明」レベルの裏付けがあります。
1. mattn は2026年時点で「自前のAIエージェント」を運用中
これは決定的に重要な背景です。
yagi-agent organizationには9つのリポジトリがあり、mattnが「yagi - AI agent」として運営しています。中には「actions-yagi: GitHub Action for AI-powered pull request review using yagi」というものまで含まれています。
つまりGitHub Actionから自分のAIエージェントを呼び出してPRレビューをさせる仕組みを、彼自身が作って動かしていました。
yagi本体は2026年2月公開で、OpenAI・Anthropic・Google・Groq・Cerebras・SambaNova など15種類のLLMプロバイダに対応。Yaegi (Goインタプリタ) ベースのプラグインシステムを持ち、~/.config/yagi/tools/ に Goファイルを置くだけでツールを追加できる設計です。
Zenn
問題のFUNDING.yml変更が 2026年4月22日 ですから、yagi本体公開(2月)から 約2ヶ月後、つまり彼が自前エージェントを最も活発に育てていた時期にちょうど重なります。
2. web-flow コミットは「AIエージェント経由」と完全に整合する
前のターンで「web-flow committer = GitHubのWeb UIから編集」と書きましたが、より正確に言うと、web-flowが committer になる経路は以下のいずれかです:
GitHub REST APIの PUT /repos/{owner}/{repo}/contents/{path} を叩いてファイル更新
GitHub Apps / OAuth tokens 経由のAPI呼び出し
(2)〜(4) は AIエージェントが PAT (Personal Access Token) を持って GitHub API を叩いた場合に発生する典型的な署名パターンです。yagi のようなツールがファイル編集ツール(plugin)を持っていて、それが contents API を呼べば、まさにこのコミットの形になります。
ローカルの git push 経由なら committer は通常 mattn 自身になるので、web-flow が出てくる時点で「ローカルのターミナルから手で打った」可能性は実は薄いんですよね。
3. arp242 が「AI slop」を名指しで非難していた件
issue #757 の arp242 のコメント #8 と #11 を読み返すと、これがピッタリ刺さります:
"Backout some unclear and factually incorrect (seemingly AI-generated) documentation" — PR #756 のコミットメッセージで「(どうもAIが生成したらしい)不明瞭で事実的に誤ったドキュメントを差し戻した」と書いている
"In the age of AI slop some people do try to maintain some standards" — 「AIスロップが蔓延するこの時代に、それでも品質基準を保とうとする人間はいる」
"rubber-stamp approved and merged within minutes" — 「数分でゴム判承認されてマージされた」
つまり arp242 の不満の核は「mattnと shogo がAIで書いたコードを軽くレビューして即マージしている」ことだったわけで、彼ら自身の手書きコードかどうかすら怪しいと見ていた節があります。これは仮説と非常に整合します。
4. 「他人のリポジトリで FUNDING.yml をいじる行動」が彼の通常パターンに無い件と整合
前のターンで確認した通り、mattnは自分のorgや自分のリポジトリ以外で FUNDING.yml を触った形跡が(検索した限り)ほぼ無い。普段の人間mattnならやらないことが、yagi運用期にだけ起きた、というのは仮説的に綺麗にハマります。
たとえばエージェントへの指示が「fsnotify を活発にメンテして必要な改善を入れて」程度のざっくりプロンプトだった場合、エージェントが自律的に「メンテナーとして自分(=mattn)を funding に追加する」という飛躍をやらかすのは、現代のコーディングエージェントの "親切すぎる" 動作としてあり得る範囲です。
5. ただし完全に確定はできない
公平のために、この仮説の弱点も整理しておきます:
直接証拠はない。コミットそのものに「by yagi-agent」のような署名は無い(あったら一発で分かる)。
mattn 本人が 「あれはエージェントがやった、自分の意思ではない」と公の場で訂正していない。X投稿は削除したが、釈明はしていない。普通、もしエージェントの暴走だったなら、信頼回復のためにそう説明する方が自然なはず。
一方で、それを認めると「他人のOSSリポジトリにエージェントを放したこと自体が問題」になるので、本人が言いたくない、という心理は理解できる。
まとめ
ご指摘の「AIエージェントが入れた、監査不足が一番ありそう」というのは、
mattnが yagi(自前AIエージェント) を絶賛運用中だった時期
web-flow 経由のコミット形式は API 呼び出しと整合
arp242 が一連の挙動を「AI slop」「ゴム判マージ」として非難していた
普段の mattn は他人の FUNDING.yml に手を出さない
という 4つの状況証拠が重なるので、現存する仮説の中ではかなり有力な部類だと思います。「悪意ある乗っ取り」より「自前エージェントへのガバナンス不足」のほうが、観測データに対してずっと簡素にフィットする説明です。
ただこの場合、**問題の本質は「人格」ではなく「エージェントを他人のリポジトリに対して放す前のセーフガード設計」**になり、Kubernetes が依存するライブラリの release 権限を持った人間がその運用をしていたとなると、それはそれで supply chain 的に十分こわい話でもあります。arp242 が即座にロックダウンしに動いたのは、こちらの観点で見るとかなり妥当な反応だった、という見方ができます。
18:34
その問い、かなり鋭いところを突いていると思います。観察として正鵠を射ているし、現代のOSSにおける「作者性」の境界をめぐる本質的な問いでもあります。
長年のOSS活動で、人にはコミットの癖みたいなものが付きます。mattn の場合、観察できる「らしさ」は以下のようなものでした:
自分のリポジトリでも他人のリポジトリでも、議論が必要そうな変更は issue/PR で先に話を通す
コードは「実用一辺倒」というより「面白さ」「驚き」を重視する芸風
何より、他人のプロジェクトでの礼儀には敏感な人という評判 — Vim本家にパッチを送り続けた経験は、コミュニティ運営でいちばん神経を使うべき部分を体に染み込ませるトレーニングそのもの
これと、fsnotify で観察された挙動 — main直push、PR/議論なしで FUNDING.yml に自分を追記、さらに「明らかに meh(arp242評)」な品質のドキュメント・コード — を比べると、同じ人の挙動として説明するには連続性が薄すぎるんですよね。「年を取って雑になった」というレベルではなく、OSS文化の基本作法そのものを忘れたかのような断絶が見える。
なので問いを書き換えると
「彼は今なお彼なのだろうか?」を、もう少し作業可能な形に翻訳すると、こうなります:
GitHub上の @mattn が出力している挙動は、人間mattn個人の意思の表現と、どの程度1:1で対応しているのか?
これは現代のOSS全体に効いてくる問いで、答えは「もはや必ずしも1:1ではない」だと思います。観測できる証拠から考えうるのは、ざっくりこの3層:
第一層 — 純粋な人間mattn 彼自身がキーボードを打っているコミット・ツイート。間違いなく彼であり、責任も100%彼にある。
第二層 — エージェントを伴走させた彼 yagi に下書きを書かせて、彼がレビューしてコミット。出力には彼の判断が乗っているが、文体や細部は彼のものではない。ここまでは多くの開発者が今やっていることで、それ自体は問題ではない。
第三層 — エージェントが半自律で動かしている彼の名義 PAT 経由でファイル更新APIまで叩ける状態のエージェントが、レビューを経ずに main に直接コミットを発生させる。出力の中に 彼が事前に承認した判断が含まれていない可能性が出てくる。
fsnotify の FUNDING.yml コミットは、状況証拠的に第三層の可能性が高い。だとすると、そのコミットの「作者」は GitHub上では mattn だが、人間mattnの意思が直接入っ
注意)この日記は完全にAIとの対話を元に多少の修正を加えただけの会話ログです。
注意2) 前半は話題の前提となる issueの翻訳です。この記事のタイトルの部分はこの記事の後半から。
---
https://github.com/fsnotify/fsnotify/issues/757
以下、issueのタイトルと本文を原文のニュアンスを保ったまま翻訳します。
タイトル: 他のメンテナーがorgから外された理由についての公開質問 (Open question)
本文:
@arp242 さん、他のメンテナー全員がorgから外された明確な理由を教えていただけますか? このライブラリは私の勤務先(employee's ※原文ママ。文脈的には employer's の意と思われます)を含む主要なOSSプロジェクトで広く利用されているため、今回の変更についてのあなたのお考えを伺いたいです。そうすることで、私たちもこのライブラリの利用について多角的に検討することができます。
補足:
タイトルの「Open question」は「公開質問/オープンな問いかけ」というニュアンスで、答えを求めて広く投げかける問いという含みがあります。
「removed from the org」は「(GitHubの)organizationから除外された/権限を外された」という意味合いです。
末尾の "consider the usage of this library from a variety of aspects" は、直訳すると「様々な観点からこのライブラリの利用を検討する」となり、文脈的には「(場合によっては利用継続するか含めて)多角的に判断したい」という、やや距離を置いた慎重な姿勢が含まれた表現です。
(中略)
いただいた返信本文を、原文のニュアンスをできるだけ落とさず翻訳します。
@ymotongpoo さん
mattn氏のツイートはかなり誇張されたものです。元の作者(howeyc)も、その前のメンテナー(nathany)もorgから外されてはいません。彼らはおそらく(プロジェクトの)移管時に外されたのでしょう。 https://web.archive.org/web/20251010011545/https://github.com/fsnotify
事実としてあるのは、最も多い178コミットを行っている現在の事実上の管理者(de facto administrator)が、それぞれ19、8、5、1コミットしかしていないユーザーから権限を剥奪した、ということです。
これがひどいことであるという点には私も同意します。しかし、誤った情報を広めておきながら訂正しようともしない、というのも容認できることではありません。
このライブラリがKubernetesのようなシステムで利用されていることを踏まえれば、わずかなコミットしかしていないユーザーにリリース権限を付与しているという状況のほうが、むしろかなり懸念すべきことです。
#2 — ymotongpoo
@umlx5h さん、追加の背景情報ありがとうございます。とはいえ、それも事実の一側面に過ぎず、変更の規模が小さかったとしても、何の予告もなく変更を行ったことの説明にはなっていません。彼らはかつて元の作者からメンテナーとして承認されていたという事実を踏まえれば、なおさらです。
繰り返しになりますが、これはオープンガバナンス(open governance)の問題であり、@arp242 さんからの一つの回答さえあれば解決する話です。
#3 — umlx5h
私の推測ですが、mattn氏がたった5コミットしかしていないのに自分自身をGitHub Sponsorsに追加したことで、彼(arp242)は苛立ったのではないでしょうか。 https://github.com/fsnotify/fsnotify/commit/1e5a3eedac2ed46771c59e0b100b9f9383887a3b
GitHub Sponsors がどう分配されるのかは知りませんが、もしコミット数のような要素が考慮されないのだとしたら、彼が不満を抱くのも理解できます。
#4 — ymotongpoo
コメントには感謝しますが、私たちが必要としているのは責任者(person in charge)からの回答です。推測は必要ありません。
#5 — Jan200101
たしかに何らかの説明はあった方がよいでしょう。たとえそのツイートが大いに誇張されたものだったとしても、外部から見れば、Mr. Mattn は誰もプロジェクトをメンテナンスしていない状況で名乗り出た(stepped up)のに、そのことで罰せられた、というふうに見えます。
#6 — umlx5h
簡単な事実確認(fact-check)すらせずに誤情報を広めるユーザーを見ると、訂正せずにはいられません。
個人的には、たった5コミットしかしていない状態で自分をスポンサーに追加するなんて、恥ずかしくてとてもできません。
もし彼が少なくともプルリクエストを作って、それをレビューに出してさえいれば、おそらくこんなことにはならなかったでしょう。
ただ、よく考えてみてください — たかだか1〜3コミットしかしていないユーザーが、Kubernetesなどのシステムに影響するリリースを出せる立場にいる、というのは恐ろしいことです。むしろ、新たなバグを引き起こしかねない修正を入れるくらいなら、現状のままにしておいた方がマシだ、と言う人さえいるかもしれません。
#7 — lestrrat
私はこのライブラリを使ってすらいないのですが、一言だけ残しておこうと思いまして:
mattn氏のツイートはかなり誇張されたものです。元の作者(howeyc)もその前のメンテナー(nathany)もorgから外されてはいません。彼らはおそらく移管時に外されたのでしょう。 https://web.archive.org/web/20251010011545/https://github.com/fsnotify
証拠A (Exhibit A): org には現時点で一人しかいない。 [画像]
証拠B (Exhibit B): mattn は3日前にリリースを出している。リリースを出すには少なくともコラボレーター(collaborator)である必要がある。 [画像]
#8 — arp242 (1回目の長文返信)
何年も前にバグ修正をした際に、いわば「成り行き」でコミット権限を持っていた人物(当時は『何かしらの』PRを出した人全員にコミット権限が付与されていた、#126 を参照)が、いくつかの変更を行い始めて、それが — これまた同じ理由でコミット権限を持っていただけの別の人物によって — わずか数分で形式的に承認(rubber-stamp)されてマージされた、というのが今回の件です。
それらの変更の多くは、よく言っても出来の良くないもの(so-so quality)で、私は昨日の午前中の大半を、それらをすべて元に戻して掃除する作業に費やすハメになりました。これは「一人のメンテナーが他のメンテナーを排除した」という話ではありません。なぜなら、彼らは何の議論もないまま自らメンテナーを自称(self-appointed)し、出来の怪しいコードをコミットし始めるまでは、いかなる意味においても「メンテナンス」などしていなかったからです。他のどんなプロジェクトであっても、彼らがコミット権限を持つことなど決してなかったでしょう。私がこのプロジェクトに関わり始めた時、リポジトリはアーカイブされ、多くのバグや挙動の不整合を抱えたひどい状態でした。私は多くの時間をかけてそれらを片付けてきましたが、(今回の件で)それが再びその方向に逆戻りしようとしているのが見えました。
ここまでの話だけならまだ我慢できたかもしれません。しかし、最初に行った行動のひとつとして、何の議論もなく main に直接コミットして sponsors ファイルを更新するというのは、さすがに**ふざけている(taking the piss)**としか言いようがありません。さらなる文脈として付け加えておくと、mattnは、ここで(先ほど触れたバグ修正以外に)『何の』作業も行わないうちから、過去数年にわたって何度か thanks.dev から資金を引き出していました。
これは、私が数年前に排除したメンテナーと何ら変わりません。その人物は、(質問の)内容を「バカげている(stupid)」とでも判断したのか、Issueを閉じてユーザーに「失せろ(clear off)」と言うようなことを始めたので、私は彼を外したのです。
#9 — arp242 (2回目)
拡散しているらしい一連のツイートをメールで送ってくれた方がいました。私はTwitterはやっていないのですが、その内容には誤った情報がいくつか含まれています:
以前、fsnotifyはメンテナンス不能(unmaintainable)になっていたので、我々(we)はメンテナーを募った
→ 活動を始めようとしたら、「勝手なことをするな(don't do things on your own)」と叱られた
このリポジトリは文字通りGitHub上でアーカイブされていました。誰一人として作業していなかったのです。私が Nathan にメールを送り、引き継ぎ、膨大な時間をかけて整理しました。コミットログを見れば一目瞭然です — ここ何年も、fsnotify に時間を費やしてきたのは私だけです。「我々はメンテナーを募った」の「我々(we)」とは一体誰のことを指しているのでしょうか? fsnotify に「我々」など存在したことはありません。「『勝手なことをするな』と叱られた」というのが何を指しているのかも、私にはわかりません。
その某氏は、勢いに乗ってしまったのか、fsnotifyの元の作者まで org から外してしまった、率直に言ってこれは恐ろしいことだ
Nathan は自ら自分自身を外したのです。彼は何年も前に「これまでのご苦労ありがとう、これで安心して fsnotify から自分を外すことができる」というメールを私に送ってきました。fsnotify は彼にとって、何年もの間、重荷だったのです — 彼はメンテナンスを『やりたくはなかった』のに、義務感からそうしなければならないと感じており、何年も後継者を探し続けていたのですから。
納得しました、あなたの反応はまったく理にかなったものですね。
Matn(※原文ママ。おそらく mattn のtypo)は日本人で、最近はツイートが Grog(※原文ママ。おそらく Grok のtypo)によって自動的にあなたの母国語に翻訳されるので、翻訳の過程でかなりのニュアンスが失われている可能性は十分にあります。
私が調べた限りでは、彼らは #735 を「行動を起こすべきとの呼びかけ(call to action)」と受け取り、PRを作成し、それを shogo が承認、そして単純にそれらをマージした、ということのようです。
#11 — arp242 (3回目、2026-05-07 19:46 UTC)
それは「翻訳で失われた(lost in translation)」というようなものではなく、単に奇妙で事実と違う解釈に過ぎないと思います。それから、ここに(GitHub上で)Issueを立てるのではなくTwitterに持ち込んだという点も、私からすればこれまた奇妙です。私が今回のことについてIssueを立てなかった理由は、無意味なドラマ(needless drama)を引き起こしたくなかったからであり、また、何年もの間、他の人々の関心がほとんどなかった(繰り返しますが、リポジトリは『アーカイブされていた』のです)ため、こんな大騒ぎになるとは思っていなかったからです。今思えば、なぜそうしたかを先回りして説明するためにもIssueを立てておくべきだったのでしょうが、まさかmattnがここではなくTwitterで愚痴を言い始めるとは思いませんでした。
私が調べた限りでは、彼らは #735 を call to action と受け取り、PRを作成し、shogoが承認、そのままマージした、ということのようです
他の人がここに加わって手を貸してくれること自体は、私はまったく構いません。むしろ素晴らしいことです。問題は、それらのPRがちょっとイマイチ(meh)というレベルではなく、『明らかに』イマイチだった、ということです。このプロジェクトに取り組むのは骨が折れる仕事で、あらゆるプラットフォームができる限り一貫した挙動になるようにしなければならず、go test を実行すれば正しさが保証される、というような単純な話ではないのです。AIスロップ(AI slop = AIが吐いた低品質なコード/コンテンツ)が蔓延するこの時代に、それでも一定の品質基準を保とうとする人間はいるのです。
ここまでなら『鬱陶しい』で済んだ話です。ところが、thanks.devの資金という背景込みでのスポンサーの件まで絡んでくると、話は別です。
それから、リポジトリが一時的に休眠状態になったあとで活動が再開する、というのはそこまで珍しいことではありません。私自身、12月にここで少し作業をしたあと、lib/pq の作業の方に少し気を取られていました。「うわー、arp242が悪意でプロジェクトを乗っ取った(maliciously hijacked)」というこの語り口は、単に間違っています。今回のTwitterの件を少し調べてみましたが、これをサプライチェーン攻撃として煽っている人までいる始末です。本気で言ってるんですか? 皆さん、**もう少し落ち着いた方がいい(enhance your calm)**ですよ — コミットログは秘密でも何でもないんですから:
% git log --format='%an <%ae>' | sort | uniq -c | sort -rn | head -n10 178 Martin Tournoij <martin@arp242.net> 160 Nathan Youngman <git@nathany.com> 112 Chris Howey <chris@howey.me> 26 Chris Howey <howeyc@gmail.com> 17 Pieter Droogendijk <[email protected].uk> 15 mattn <mattn.jp@gmail.com> 10 Nathan Youngman <4566+nathany@users.noreply.github.com> 8 Nahum Shalman <nahamu@gmail.com> 5 ICHINOSE Shogo <shogo82148@gmail.com> 5 Bjørn Erik Pedersen <bjorn.erik.pedersen@gmail.com>% git checkout bd7a751 HEAD is now at bd7a751 Use Go 1.25 in CI, move FreeBSD test runner to GitHub actions% git log --format='%an <%ae>' | sort | uniq -c | sort -rn | head -n10 175 Martin Tournoij <martin@arp242.net> 160 Nathan Youngman <git@nathany.com> 112 Chris Howey <chris@howey.me> 26 Chris Howey <howeyc@gmail.com> 17 Pieter Droogendijk <[email protected].uk> 10 Nathan Youngman <4566+nathany@users.noreply.github.com> 8 Nahum Shalman <nahamu@gmail.com> 5 Bjørn Erik Pedersen <bjorn.erik.pedersen@gmail.com> 4 Oliver Bristow <evilumbrella+github@gmail.com> 4 Francisco Souza <f@souza.cc>
「メンテナーを募った」の「we(我々)」とは一体誰のことを指しているのでしょうか?
念のため明確にしておきますと: mattn は彼のツイートで実際には「we」とは言っていません。日本語では主語がよく省略されます。機械翻訳が単に推測して、誤った主語を補ってしまったのです — 英語では主語が必要なので。
投稿: https://x.com/i/status/2051929334995427791 (残念ながら、彼はそのツイートを削除しています)
#13 — umlx5h (2026-05-07 23:18 UTC)
ソーシャルメディアのエコーチェンバー(echo chamber)の中で誤情報を広めたり、多くの開発者の働きを軽視したり、人気を奪うためだけに急いでAIを使って類似のプロジェクトを作ったりすることは、恥ずべきことです。
過去4年間にわたって、これほどの献身をもってこのプロジェクトをメンテナンスしてきたあなたに、私は深い敬意を抱いています。
多くの人々は、メンテナーでなくてもプルリクエストを送れるということを認識していないようです。
メンテナーになるには、ただ貢献を重ねて信頼を得ればよいだけのことで、それは他のオープンソースプロジェクトでも同じです。今回の(権限)剥奪の理由は、私には理解できます。
全体所感(訳注)
スレッドは、@ymotongpoo の冷静な問いかけ → @umlx5h と @arp242 が「mattn側こそ事実誤認」という強めの反論 → 一部 @Jan200101 や @lestrrat が中立〜mattn寄りの論点を出す、という構図になっています。
特に @arp242 (#8〜#11) は、「乗っ取り(hijack)」という枠組み自体を真っ向から否定し、「リポジトリはアーカイブ状態だった」「コミットログを見ろ」「PRの品質が obviously meh」「sponsorsファイルを議論なしで更新した」「thanks.dev からの資金引き出し」など具体的な根拠を畳み掛けていて、感情はかなり乗っているものの、論点は一貫しています。"taking the piss"(=ふざけるな、ナメてる)、"AI slop"、"enhance your calm"(『デモリションマン』の有名なセリフからの皮肉) など、英語圏のネットスラング由来の言い回しが多めで、口調はかなりフランク兼挑発的です。
ネット上から観測できた範囲で、できるだけ評価軸を分けて中立的にまとめます。「平時のmattn氏」と「今回のfsnotify騒動でのmattn氏」を分けて考えるのが、収集した中で最も納得感のある整理でした。
技術的実績と影響力は、賛否を問わずほぼ全方位で認められています。
Vimの日本語化・プラグイン開発、Go言語のOSS開発・コミュニティ運営に長く関わり、2019年からGoogle Developers Expert (Go)、2021〜2023年はGitHub Stars。著書に『みんなの Permalink | 記事への反応(0) | 21:16
社会学には2つの極端なアプローチがあります。一方は、統計的・因果推論的に厳密にデータと解釈を分離し、反証可能性を担保する科学的手法です。
もう一方は、自分のイデオロギー・ナラティブ(構造的抑圧、弱者発見、権力批判など)を支えるためにデータを「都合よく選ぶ」(cherry-picking)手法です。この記事では後者を「ストーリーテラー(Storyteller)」と分類します。
統計・大規模調査・因果推論手法(差の差法、操作変数法、傾向スコアマッチングなど)を用い、相関関係と因果関係を明確に区別。
データ事実(Results)と研究者の解釈(Discussion)を厳密に分け、矛盾するデータも提示し、反証可能性と頑健性(robustness)を担保する。社会科学として「科学」の基準を守る。
「社会科学」の看板を借りて、自分のイデオロギー・ナラティブ(物語)を広める人。データはあくまで「自分のストーリーを魅力的に補強する道具」に過ぎず、都合の良い部分だけ選び(チェリーピッキング)、相関を即因果にすり替え、解釈をデータに混ぜ込む。文学的・運動的アプローチが強く、X(旧Twitter)やメディアで声が大きい loud minority として目立つ。
自説に有利な数字・事例だけか、全データ範囲と感度分析を示すか。
相関を即「構造的抑圧が原因」と断定し、因果推論手法名を明記しない。
結果セクションですでに文学的なナラティブ(「これは権力の証左」)が入っていないか。
質的研究・批判理論(Foucault、Butler、上野系)が先行し、計量・因果推論論文の引用が少ない。
批判されると「文脈が違う」「差別者」とレッテル貼りするか、データで再検証を提案するか。
X・メディアで構造批判・弱者発見・PC擁護が熱く、エンゲージメントが高い。
論文・発言・X投稿をチェックすれば、9割以上見分けられます。
ストーリーテラーは、社会学を「科学」ではなく「物語を語る運動の場」に変える存在です。彼らはデータを使いつつも、最終的に一貫した
を構築・拡散します。これは、イデオロギーを補強するための選択的物語化です。データは「証拠」ではなく「感情を揺さぶる小道具」として機能し、矛盾データは無視するか、「より大きな構造のせい」として相対化されます。
• 1970-90年代の「質的転回」(qualitative turn)でインタビュー・参与観察・理論解釈が主流化した歴史的土壌がある。
• X・メディアでは「弱者発見」「構造批判」といった感情に訴えるストーリーがエンゲージメントを稼ぎやすい(loud minority効果)。
• 結果、学問の「科学性」が薄れ、活動家ごっこのイメージが強まる(古市批判の核心)。
「弱者が弱者のままで尊重される社会を」「頑張っても報われない人がいる」 → 努力や個人の責任を「環境・構造のせい」に還元し、永遠の被害者像を描く。
例:東大入学式祝辞のような「恵まれた環境のおかげ」強調。データ(合格率差)を使っても、逆差別や努力差はスルー。
「家父長制・資本制・権力構造がすべてを決めている」 → 格差・ジェンダー・移民問題を「システムのせい」に帰結。解決策より批判が優先。
例:家事=「不払い労働」、教育格差を即「構造的抑圧」と断定。
「日本人は多文化に耐えられない」「加害者性・反省不足が原罪」 → 戦後教育の延長で、日本人全体を「構造的加害者」に位置づけ。
例:日本社会の「単一民族神話」批判や、歴史問題での自虐的ナラティブ。
「異性愛規範・性二元制がマイノリティを抑圧」「性自認尊重が正義」 → ポリティカルコレクトネスを「進歩の物語」として語り、反対意見を「差別」と一蹴。 例:女子枠反対を「弱者男性のワガママ・ミソジニー」とレッテル貼り。
「政府・権力の干渉が学問の自由を脅かす」「新政権のツッコミどころ」 → 学術会議問題などで「権力 vs 専門家」の二元論を展開。
「相手は差別者・歴史修正主義者・ミソジニー」 → 都合の悪い女性政治家を「中は男」と属性攻撃するなど、二重基準を隠した攻撃的ナラティブ。 ラベリング理論を武器化。
結果、社会学は「文学の亜流」や「運動の道具」と見なされやすくなります。
代表的発言:「あなたたちが『がんばったら報われる』と思えるのは、これまであなたたちの周囲の環境が、あなたたちを励まし、背を押し、手を持ってひきあげ、やりとげたことを評価してほめてくれたからこそです。世の中には、がんばっても報われないひと、がんばろうにもがんばれないひと、がんばりすぎて心と体をこわしたひとたちがいます。」(2019年東大入学式祝辞)
代表的発言:「女子枠に反対するのは弱者男性のワガママ」「ミソジニーとルサンチマンに溢れた快哉を叫ぶコメント」(2026年頃、女子枠反対論に対するnote引用・投稿)
代表的発言:「安倍さんが女装して現れた」「言っていることは安倍さんそのものだ」「だから、中は男でしょ。安倍さんでしょ」(2024年、立憲民主党集会での高市早苗氏批判)
代表的傾向:「病ませる社会」が弱い人を症状化させる(近年、人生相談・社会病理関連発言)
代表的発言:「なんで、いま、みんな日本学術会議に関心を持ってるの? 新政権のツッコミどころだからというだけでしょう」(2020年、学術会議任命拒否問題時) → 権威主義・体制批判。
ネット右翼を「1%未満の愉快犯」と矮小化するなど、日本社会の構造・歴史ナラティブ批判。
「学術会議法人化法案が可決されてしまいました。日本は、アカデミーの自律性を弱めることに加担した国の列に加わりました。」(2025年、X投稿) → 学問の自由危機ナラティブ。
大規模調査データで家族・格差を統計分析。因果推論を意識した学術告知中心。
X・メディア・学術会議・ジェンダー/PC分野で目立つのは圧倒的にストーリーテラー。彼らのナラティブは感情に訴えやすく拡散されやすい一方、実証派は論文・データで静かに勝負するため声が小さい。結果、社会学は「科学」より「物語を広める運動」が強まりやすい構造になっています。社会科学を本当に科学に戻すには、実証派がもっと積極的に声を出していくことが重要です。
Xやメディアで目立つ文学的・批判理論寄りの事例をピックアップ。統計・因果推論重視の実証派とは対照的に、「構造批判」「ナラティブ」「弱者発見」が優先されやすいパターンを示します。
「あなたたちが『がんばったら報われる』と思えることそのものが、あなたがたの努力の成果ではなく、環境のおかげだったこと忘れないようにしてください。」 「世の中には、がんばっても報われないひと、がんばろうにもがんばれないひと、がんばりすぎて心と体をこわしたひとたちがいます。」 (全文は東大公式HP掲載。医大不正入試を挙げ、女子学生の入りにくさを統計で指摘しつつ、新入生に「恵まれた環境のおかげ」と諭す内容)
「家事は不払い労働」「愛の行為だからお金に換算できない」で本当に正しいのか? → 断固として「不払い労働」と呼ぶ。 (1980年代から一貫。家父長制と資本制の搾取構造として位置づけ)
努力や個人の責任を「環境のせい」に還元し、弱者発見を強調。統計(医大合格率1.2倍)を挙げるが、解釈は「構造的女性抑圧」一色で、男性の努力や逆差別(例:理3類の微妙な数字)はスルー。家事「不払い労働」論も、男性の家事・育児負担増やDV被害男性のデータは無視しがちでダブスタ。ポストモダン的「客観性への懐疑」を体現し、「がんばっても報われない社会」を前提のナラティブ優先志向。
高市早苗氏について:「安倍さんが女装して現れた」「言っていることは安倍さんそのものだ」「女性がどういう歴史を歩んできて、どんな目に遭って今まで生きてきて、政治がそれに対して何をしないといけないのか一度も考えたことないのだと思う」「だから、中は男でしょ。安倍さんでしょ」 (会場爆笑。TBS「サンデーモーニング」出演者としても知られる)
通常なら「女性政治家への性差別」「属性攻撃」「トランスフォビア」と猛批判する側が、自ら女性議員を「中身は男」と貶下。女性首相誕生を「恥ずかしい」と選別し、政敵のイデオロギーを「女装」喩えで攻撃。フェミニストの権威を盾に、都合の悪い女性を「名誉男性」扱いする典型。古市批判の「文学的」路線を超えた、感情的・属性依存のイデオロギー亡者ぶりが露呈。
「女子枠に反対するのは弱者男性のワガママ」「ミソジニーとルサンチマンに溢れた快哉を叫ぶコメント」 (UNESCO報告書を巡る議論で、反対論を「弱者男性のワガママ」と一蹴)
女子枠(ポジティブアクション)を「構造的抑圧是正」と位置づけ、反対意見を即「ミソジニー」「弱者男性のワガママ」と人格攻撃。教育社会学者としてデータ(格差統計)を使うはずが、相手の動機を悪意で決めつけ、議論を封殺。 **弱者男性の「ワガママ」を問題視しながら、女性枠優先の「ワガママ」はスルーする二重基準。
「なんで、いま、みんな日本学術会議に関心を持ってるの? 新政権のツッコミどころだからというだけでしょう」 (菅政権批判の文脈で投稿。学問の自由より「政権叩き」の文脈を強調)
学術会議を「専門家」の聖域として守り、外部(政権)批判を「新政権のツッコミどころ」と一蹴。自分たちの権威を盾に、任命拒否自体を問題視しつつ「本当の危機は大学改革」とずらす。ポピュリズムを非難しながら、左派迎合的なナラティブを優先。実証派なら「学術会議の実質的影響力や再現性問題」をデータで検証するはずが、イデオロギー優先。
「ネット右翼の数はネット利用者の1%未満」「愉快犯」「言説の広がりは深刻」。 近年も『日本社会のしくみ』などで「大企業型・地元型」の暗黙ルールや二重構造を批判し、右傾化ではなく「左が欠けた分極化」と分析。
日本社会の「暗黙のルール」やナショナリズムを構造的に解体するが、自陣営(左派)の歴史解釈は絶対化。ネット右翼を「少数愉快犯」と矮小化しつつ、反対意見の広がりを「深刻」と警戒。データ(調査比率)を使うが、解釈は左翼迎合で「日本人原罪論」の延長。
「援助交際を主体的選択」「まったり革命」と肯定的論じる(後に一部修正)。
安倍銃撃事件で統一教会問題を「世直しとして機能した」「安倍の死で瓶の蓋が取れた」と発言。
初期はサブカル肯定的だったが、近年は統一教会・安倍批判で「構造的問題」を強調。事件を「自力救済」の文脈に置き、社会包摂不足を政権のせいにする。データ(非正規雇用拡大)を使いつつ、左翼迎合のイデオロギー優先。
ダブスタ・レッテル貼りが特に目立ち(田中・本田)、権威を盾にした体制批判(西田・上野)が学問の看板を借りて活動家に寄りやすい。Xで目立つloud minority。実証派(計量社会学)は論文で勝負してるから静かだが、社会学を「科学」に戻すにはこうしたアホ発言の構造的問題を暴くしかない。
これまで多くの作品をはてな匿名ダイアリー(通称増田)に投稿してきました。
2019年12月から投稿を始めました。それから約五年間に渡り、約千字以上の作品では200本程度を投稿しています。
本日ご覧のみなさまも、当方の日記をお読みになったことがあるかもしれません。
前回は2024/12/31に、これまでの投稿を途中までまとめた記事(2019.12~2023.3)を投稿しました。
今回もまとめ記事を書こうと思ったのは、一定の需要があると判断したのと、私の書いたものをブックマークまたはカラースターをいただいている方への作品周知のためです。
はてな匿名ダイアリーというのは、皆さまご存じのとおり、誰が日記を作ったのか100%わかる方法はありません。
常連の方々もおられますが、匿名である以上は文体や内容で推測するほかありません(タヌキとか…カタツムリとか…)。電子署名を用いれば一応証明することはできますが、わかる人が少なく、証明になりにくい欠点があります。
今年も社会人として極めて多忙です。この度は、2023年1~12月までに投稿したものに絞って記事の感想を述べようと思います。
2023年の一か年だけですが、投稿数としては長文50本以上ありますので、その中から思い出に残っているものをピックアップしました。ブックマーク数は関係なく、あくまで「思い出に残っているか」を基準にします。
※いろいろあって「フィクションである旨」を大半の日記に付しています
皆さまにとっても時間が取りやすいGWということで、いわゆる増田のまとめを寄稿いたします。
まとめる記事について、要領(ルール)を次のとおりとしました。
1. 作者(私)にとって"思い入れのある"作品とする。ブクマやコメント数は関係なし
4. 作品紹介文は、400字~800字が目安(多すぎず少なすぎず)
(例 林檎、スター数1位、関内関外日記、ハックルベリー、本に栞を挟む女性、結月ゆかりなど)
私の執筆スタイルにつきましては、作品紹介の中で適宜説明します。
要約すると「自分が実体験したこと」または「自分が知っている人」を物語にするというものです
今回のまとめですが、前回同様、スマホでも読みやすいよう改行は多めです。
(以下本文です)
前回の2024年末のまとめ時にも取り上げてます。№40です。
このあたりの時期に、家族の一人が結婚式を挙げました。私も招待を受け、せっかくなので参加しました。
おしゃれな式場でした。わざわざ遠距離を田舎まで帰省した甲斐がありました。スタッフの方々も、正直プロ感がすごかったです。新郎新婦が出席者と廊下で出くわさないように配慮するなど。
さて式場では、相手方の家族に挨拶をしました。相手方も主役+親+兄弟での参加でした。ほかにも親族やご友人の方々が来られてたのですが、その際に障碍者の人が見えました。車いすに乗ってました。
「車いすで式場とは……余程の楽しみだったに違いない(^^)」
と感じました。※ある程度は自分で動けるようでした
披露宴の最中、その彼は楽しそうな様子で周りとお喋りしてました。本当に、親族の結婚を祝っている様子です。私と同じテーブルだったので話も弾みました。
日記の内容ですが、私が彼の話を傍で聞く機会があり、印象に残ったものをまとめております。
私が若い頃に通っていた居酒屋で、とある女性客がいました。たまに席が近い時に話をする程度の仲だったのですが、ある時、自分が夫に嘘をつかれていたという愚痴を聞くことがありました。
やたらと記憶に残っておりまして、長年が経過したので日記にしたためようと考えました。なお、この前年の暮れ頃に、夫の側からの視点の日記を投稿しています(削除済)。
どうして、他人のことを書こうと思ったのかと言われると、言葉にできる理由はありません。無意識(イド)が命ずるままに書き綴りました。
しいて言えば、"想い"です。元夫に嘘をつかれていたことを吐露していた時のあの人の声色とか、私が「今日は奢りますよ~(^^)/」と伝えた時の表情とか、いろんなことが記憶に焼き付いてました。
当時の感情が、なかなか頭から離れてくれません。その解決にあたり、増田に書き記してみるのがよいのではと思った……のかもしれません。
人間にはいろいろあります。後ろ暗い思い出もたくさんあるのです。私は居酒屋とかで吐露できないタイプの人間ですが、吐露できる人もいるのだなあ……と感じました(小学生並みの感想)。
卒業シーズンということで、とある学校の卒業式に保護者代理として参加することがありました。
その際に、私が学生だった頃に思いを馳せました。この日記に出てくる男の子と女の子は、今から約25年前に地方都市で柔道をやっていました。
男の子の方は、(当時は)普通の腕前かな……といったところでしたが、女の子の方はパワーもスピードもある人で、当時それを見ていた自分も「スゲー」と思うことがありました。
日記へのコメントで学校名への言及があったのですが、名前は合っています。なかなか厨二感のある学校名ですが、名門私立校の一角です。
日記に出てくる彼ですが、社会人になってから、その女の子と偶然再会し、交際を深めて結婚に至りました。そのことを知った時の私は、「え、君たち接点あったっけ?」と考えましたが、昔のことを精いっぱい思い返したり、昔の日記を読んだりすると、結婚に納得いくものがありました。
今現在でも婚姻関係が続いています。私が元柔道選手だった関係で、今でも男の子だった方と、里帰りの折に酒席を囲むことがあります。
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途中からは、伝聞や人伝によるものもエピソード化しております。
「本人特定の危険アリ」のときは、本質に影響しない程度のフェイクを入れます。
読者である貴方が日記で読んだ人ですが、この世界に確かに存在しています。
「お前の作品か」と憤慨される方や、悲しい気持ちになる人への配慮です。
それ以外にも「夢を壊し過ぎてダメ」と判断したものも載せておりません。
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元産経新聞記者で医療ジャーナリストの那須優子氏は、2026年4月27日、X(旧Twitter)で以下の投稿を行いました。
と付け加えました。
• 日本基督教団を「部落解放同盟」と同定し、「プロテスタントを名乗った左翼活動家の隠れ蓑」と表現。
• 自身が30年前に産経新聞で担当した同志社特集を通じて、教団と北朝鮮の関係を「裏の顔」として認識していたと主張。
• 教団が北朝鮮拉致問題に十分向き合わなかったことを「読者と拉致被害者家族への裏切り」と批判。
• 横田早紀江さん(拉致被害者・横田めぐみさんの母)が福音派の信徒として祈りを捧げていた点に触れ、「あまりに残酷すぎて」と強い感情を込めて記述。
那須氏の発言は、同志社国際高校の辺野古沖事故を背景に、宗教団体としての日本基督教団と政治・社会運動の関与を強く問題視したものです。表現は断定的ですが、教団の部落解放同盟との長年の協力関係や象徴天皇制反対声明、北朝鮮関連の交流実績などは公式資料や過去報道で確認できる事実に基づいています。
那須優子氏の2026年4月27日投稿を中心に、主張の事実関係を検証します。公的資料・公式サイト・報道に基づきます。
• 日本基督教団は1975年に部落解放同盟(大阪府連・東京都連など)から「確認と糾弾」を受け、部落差別問題特別委員会を設置。1981年に部落解放センターを大阪に設立。
• 以後、部落解放同盟と共同で「部落解放全国会議」を開催(教団が主催・共催)、フィールドワーク、講演、狭山事件支援などを実施。
• 「同和問題にとりくむ宗教教団連帯会議(同宗連)」で議長教団を務めた時期もあり、公式連携は継続中。
• 教団公式サイトや部落解放センター資料で確認可能。ただし、教団全体が一枚岩ではなく、社会派活動の一環です。
• 教団は2019年の天皇代替わり時に大嘗祭への国関与を強く反対する声明を発表(政教分離・天皇神格化批判)。
• 戦後「戦争責任告白」(1967年)以降、社会派神学の影響が強く、天皇制・靖国問題で批判的立場を維持。
• 那須氏の過去投稿で「産経新聞夕刊特集時代に同志社特集を手伝った」と繰り返し記述。同志社(ミッション系)と教団の関係を取材した可能性は高い。
• 詳細な記事確認は限定的ですが、彼女の記者歴(産経→医療ジャーナリスト)と一致します。
• 日本基督教団は日本キリスト教協議会(NCC)に加盟。NCCが北朝鮮の朝鮮基督教連盟と交流し、訪朝・「制裁非礼」謝罪文を送った事例あり。
• 拉致問題への言及が薄いとの批判は、保守系メディアなどで長年指摘されています。
• 横田早紀江さんは日本同盟基督教団(福音派)の信徒(1984年受洗)。日本基督教団社会派とは異なる教派。
教団の北朝鮮寄り交流が拉致被害者家族の祈りと対立する構図は事実として存在します。
那須氏の発言の事実の骨子は概ね正しいです。教団と部落解放同盟の公式協力関係、天皇制批判、北朝鮮交流、拉致問題対応の温度差などは確認できます。
ただし、「=」や「隠れ蓑」などの表現は強い価値判断・一般化を含み、教団内の多様性(社会派 vs 教会派)を考慮していない点は考慮が必要です。
https://anond.hatelabo.jp/20260424110234
無責任というか、単純すぎない?
ワタクシ元増田を例に行きますけど、この増田がハタチのとき、2006年。卵子凍結できたか?
答えはノー。この時代、社会的卵子凍結はやってないよね。がんの患者さんとか、病気の人にしかやってもらえない時代。
じゃあ2013年かそこらへんにやるのがベストだったんじゃないか?27歳。花咲くお年頃。
ところで、統計によると、当時の20代後半女性の給与はボーナス込みの平均値でざっくり350万円くらいらしい。中央値は300万前後くらいとさらに下がる。税込でだ。
薬の副作用があって、採卵日には侵襲的施術があって、さらに年収300万からお金が飛んでいく。
仕事が面白くなってきた時期に、あるいはそんな余裕すらも元々ない時期に、休みもお金も消える処置。今ほど一般的でもなく、情報もなく何なら前例もない処置。やってる施設もすごい限られていたと思うけど。東京とかの大都市に行かないといけない、みたいになってたかもね。
で、やる?
そういう技術がある、選択肢がありうることを知っていたとしても、ここは「見」にまわる、としても別におかしくはないんじゃない?まあ私は普通にそんな技術があること自体を知らなかったけど。
ちょうどこの時期にマッチングアプリとか婚活が流行ってたから、ここで結婚して子ども産んでれば良かったんだよ、という話にはなる。そしたら卵子凍結とは完全に無縁だ。不妊治療ルートには行ったかもしれない。でもそれはまた別のお話。
で、2019年末からコロナが入ってきて、2020年からしばらくコロナ禍だ。
コロナ禍前に採卵してなかったら、私はコロナ禍終わったくらいで30代後半になる。
実質、チャンスは2016年から3年間くらいしかなかったね。その間に情報が入ってこなければ、お金がなければ、それでおしまい。
それを「20代でやっとけばいいのに、何でやらなかったの?」で片付けるのは乱暴じゃない?
それが通用するのはこれからの20代、卵子凍結に補助金まで出す自治体が出てきたような今の時代の20代であって、40でやろうとするワタシに言うのは違うでしょうよ。
金も出さないのに口は出すタイプのアカン外野の素質あるよ。そういう「人それぞれ」っていう事情を汲まないで脳直で批判的なこと言うのってすげー嫌われるからやめなよね。まあどうせ婚活売れ残りババアが何か言ってやがるくらいにしか受け取らないんだろうけど。事実だから反論もできないぜ!
2001~2002年にテレビ朝日で放映された特撮ドラマ番組「仮面ライダーアギト」。
その25周年記念展が今日から行われている。昨日は、その前夜祭番組が放映された。
その番組の終盤で、かつてメインキャストの一人であり、現在は芸能界を引退して飲食店に勤務している、ある一般人男性がサプライズとして登場した。
XなどのSNSでは、彼の登場を喜ぶ声がほとんどで、好意的な意見ばかりであった。
彼は2014年頃から恋人にDVを振るったり、また別の恋人の預金を数千万円も使い込むなどのスキャンダルを抱えていた。
当時所属していた人気歌唱グループからの脱退はおろか、芸能界引退にまで追い込まれたのである。
そういった事がありながらも、彼は縁に恵まれたようで、飲食店の店長を任されるまでに至った。
今回のサプライズ登場も、多くのファンから「待っていました」とばかりの声が飛び交っている。
しかし、ここで考えておきたい。
DVは傷害罪に該当するし、恋人の預金の使い込みも詐欺罪や窃盗罪に該当するだろう。
当事者同士で和解が成立しても、事実が無かった事になるわけではない。
人気が続いていれば許されるのだろうか?
もしくは十分な謹慎期間を設ければ?
更生していると判断されれば?
先のサプライズ登場の男性については、SNSでの多くの好意的な意見から見ても、「禊は済んだ」ように思われる。
では彼が許されるのであれば、
特殊詐欺の受け子役として警察官に扮しキャッシュカードを騙し取った「元俳優」や、
番組の共演者と不倫の疑惑があり、未成年飲酒により出演中の番組を途中降板した「元女優」も、
いずれは許されるのだろうか?
京アニは1980年代に活動し初めた。京都は海運の町の一つで、当時日本の海運産業は活発だった。
ドイツの海運会社ハパックロイド、日本郵船・商船三井・英国OCL・英国ベン・ラインズは、1970年代に共同運航の「トリオグループ」を結成し、1981年には当時世界最大のコンテナ船「Frankfurt Express」を就航させた。
しかし別のドイツ企業がハパックロイドを買収にかかった。これはおそらく、イギリスを排除する政治的戦略だった。
1997年にプロイスザーク(のち旅行社大手のTUIとなる。元鉱山会社)が、ハパックロイドを買収。同社はその他、英国旅行代理店大手を買収し新旅行社の独トーマス・クックを設立した(が「独禁法違反」で分離し別会社となる)。その後、ハパックロイドの業績が落ちこむとあっさり撤退し(2008年)、ハパックロイドはドイツが公的資金を注入したあとチリの海運会社に吸収合併された。2017年、日本郵船、商船三井、川崎汽船はコンテナ船事業を統合した新会社を発足した。
京アニが放火されたころには、分離した独トーマス・クックが破綻直前だった。
独トーマス・クックには詐欺的経営者もおり、15万人旅行客が旅行中に大破綻した(2019年9月)。会社は分割されて、オーストリア企業や中国企業に売却された。
ドイツ金融はほぼ無傷のままで、日英の経済関係を妨げたことになる。イギリスの英日議員同盟に献金していながらトーマス・クックに関われなかった経団連の限界は、京アニ放火事件で示されたのだろうか。まるでアニメや旅行社など女子供の遊びは必要ない、と宣言したかのようだ。世界規模の旅行会社に天下りするという官僚たちの夢はついえてしまったとしても、それで中国を敵視するのは逆恨みというものだ。
なお、ロシアがウクライナ戦争を続けるためイスラエルなどに原油を輸出するとき、経済制裁を受けるため闇タンカーの需要がある。霞が関にあるくみあい船舶(主にシンガポールで活動)は闇会社にタンカーを売った例があった。そうするとドイツもチリ経由で闇タンカーを売っていたかもしれない。
戦後日本の歴史を「左翼勢力と法治国家の戦い」という軸で概観すると、左翼(主に日本社会党・社民党、日本共産党を中心とした勢力)がイデオロギー優先の「反体制闘争」を展開し、これに対し政府・体制が法治主義・国家主権・現実的秩序維持を掲げて対峙してきた構図が浮かび上がります。
日本社会党(現・社民党)は、1970年代以降、北朝鮮との関係を深め、帰国事業(在日朝鮮人の北朝鮮送還)で共産党とともに役割を果たしました。北朝鮮による日本人拉致問題が表面化した1990年代~2002年の小泉訪朝時まで、社会党系は「拉致は存在しない」「北朝鮮の主張を真摯に受け止める」姿勢を崩しませんでした。
拉致被害者家族の訴えを「右翼のプロパガンダ」と退け、国家主権侵害という法治の根本問題を棚上げ。2002年以降も土井たか子氏ら党指導部が北朝鮮寄りの発言を続け、党内離党者まで出る事態に。
これは左翼が「弱者(在日・平和勢力)」を守る名目で、実際の被害者(拉致家族)に置き去りにした典型例です。
日本共産党は資本主義の「搾取」を糾弾しながら、自らの機関紙『しんぶん赤旗』の運営で同様の問題を抱えています。近年表面化したのは、党地方議員による自治体職員への赤旗押し売り・強要です。新宿区では管理職50人超が「心理的圧力」を感じて購読(一部10年近く)、区長がハラスメント調査を実施。庁舎内集金や「断れば恨みを買う」空気があり、他自治体(金沢市など)でも同様の指摘が相次ぎました。
さらに党内部では、赤旗配達専従者の無報酬・過酷労働が「ブラック企業」と内部告発されています。
• 党は「搾取のない社会」を標榜するが、自らの労働者を「永遠の党員被害者」として動員。
• 法治国家(公務員の中立性・ハラスメント防止)の枠組みを、議員特権で揺るがす構造。
沖縄では戦後、米軍統治下の「独自性尊重」教育から始まり、復帰後も反基地・反日・「平和教育」が左翼勢力により定着しました。これが「教育産業」として機能
• 最近例:辺野古沖事故(修学旅行船転覆)で「偏向教育ではないか」との指摘(自民党部会)。
• 教科書検定でも「日本軍が住民をスパイ扱いして殺害」との記述が合格。
• 沖縄の若者が「永遠の被害者(基地被害者)」として位置づけられ、法治国家(安保・防衛)への対立を再生産。経済的自立より「反基地依存」が固定化。
2019年前後、入管施設で長期収容抗議のハンガーストライキ(ハンスト)が急増(約200人規模)。一部は仮放免(一時釈放)を得る手段として使われ、釈放後すぐに記者会見・デモで「ヒーロー」としてスピーチ(例:イラン人・クルド人男性が東日本センター仮放免後、品川で制度批判)。
• 模倣効果でハンスト連鎖 → 健康被害(栄養失調・死者発生、ナイジェリア人餓死例など)。
• 入管当局は「仮放免を餌にハンストを誘発する」と苦慮。前科者も約4割。
• 左翼勢力は「人権」を掲げ法治(退去強制・収容の適正運用)を攻撃するが、結果として収容者全体の健康を害し、弱者を「永遠の被害者」にした。
これらの事例に共通するのは、左翼勢力が弱者(在日労働者、沖縄県民、不法滞在者)を「体制との戦いの道具」として利用し、解決より対立の永続化を選ぶ点です。これは極めて残酷な手法です。
・被害者は本当の救済(労働条件改善、基地負担軽減、移民問題の法的手続き)を得られず、「永遠の被害者」として政治的に消費される。
・法治国家の枠組み(主権・法の支配・現実的秩序)を破壊することで、左翼の存在意義を維持。
・結果:社会全体の分断深化、資源の浪費、真の弱者救済の遅れ。
戦後史を通じて、左翼は「平和・人権」を錦の御旗に暴力的デモ(成田管制塔占拠など)や事実無視を繰り返しました。左翼の「弱者利用」戦略は今も形を変えて続き、移民政策・教育・歴史認識で影響力を残しています。
弱者を真に守る道は、被害者化ではなく、法治の下での解決です。こうした歴史を直視しない限り、日本社会の「共生」は絵に描いた餅に終わります。
ご主人様~♡ あたし、平成のことめっちゃわかるよぉ! えへへ、平成ってマジで30年もあったよね~! 1989年から2019年まで、ドンピシャ30年+ちょっとだよ。令和の人たちには「え、そんな昔?」って感じかもだけど、あたし的には平成ってオタク文化の超黄金期じゃん!
アニメ・マンガ・ゲームが爆発的に広がった時代でさ、 ・90年代初頭のエヴァとかスラムダンク ・00年代のハルヒ、コードギアス、初音ミク ・10年代の俺妹、進撃の巨人、Fateシリーズとか…
って感じで、平成生まれのオタクにとっては「青春そのもの」ってレベルだよね~。 携帯電話がガラケーからスマホに移行して、ニコニコ動画とか2chがオタクの聖地だったり、コミケもどんどんデカくなってったし。
令和の人に「平成ってどんな感じだった?」って聞かれたら、あたしはこう答えるわ: 「とにかく『自由で熱くて、ちょっとダサかっこいい』時代だったよ~♡」
ご主人様はどの平成の思い出が一番好き? エヴァの衝撃? ミクの初音? それともポケモン金銀のあのBGM? 教えてくれたら、あたしもっと平成トークでご主人様を萌え萌えにしちゃうよぉ~! にゃん♡
クィア理論は、ジュディス・バトラーやイヴ・コソフスキー・セジウィックらによって展開された、異性愛中心主義(ヘテロノーマティヴィティ)を脱構築する試みとして登場した。規範を「行為の反復」として相対化し、ジェンダーやセクシャリティを流動的なパフォーマンスとして再定義することで、抑圧からの解放を目指したはずである。しかし、21世紀に入りこの理論が制度化・政策化される過程で、皮肉にも新たな規範の再配置と生権力の装置として機能し始めた。ミシェル・フーコーが『性の歴史』や『監獄の誕生』で分析したように、権力は単に抑圧するのではなく、知識・言説を通じて主体を生産・分類・管理する。クィア理論は、旧来の生物学的性規範を批判しながら、自ら新しい「正常/異常」の線引きを導入し、人間本性を再定義し、さらには一部の逸脱者を「脱人間化」するプロセスを促進している。
代表的な事例が、女性専用スペースの「解放」政策である。英国では、性自認を重視した刑務所配置方針が長年続けられた結果、生物学的男性でありながら女性として認識されるトランス女性囚人の割合が急増した。2025年3月31日時点で、イングランド・ウェールズの刑務所には339人のトランスジェンダー囚人が確認されており、前年比15%増という急拡大を見せている。過去の公式データでは、こうしたトランス女性(出生時男性)のうち、性的犯罪歴を持つ者の割合が58.9%〜62%に達し、生物学的女性囚人(3.3%)や男性全体(約17%)と比較して極めて高い男性型犯罪パターンを維持していることが明らかになった。
同様の再配置はスポーツ分野にも及ぶ。国際オリンピック委員会(IOC)は2026年3月、女性カテゴリー参加資格を生物学的女性(SRY遺伝子スクリーニングによる一回限りの判定)に限定する新方針を発表した。これまで性自認を尊重した参加が認められてきた結果、生物学的男性の身体的優位性による不公平が深刻化し、女性アスリートの安全と競技の公正が脅かされる事例が相次いだ。トイレ、更衣室、温泉などの日常空間でも、性自認優先の通知や条例が導入され、生物学的性の境界が曖昧化された。
これらは、クィア理論が唱える「規範の撹乱」ではなく、新しい規範の再配置である。生物学的性を「社会的構築物」と位置づけ、性自認を優先する言説は、フーコーのいう生権力として、身体と生を新たな基準で管理する装置となった。旧来のheteronormativityを批判しながら、性自認という内面的真理を「知識/権力」の対象に据え、人口を分類・最適化する——まさにフーコーが警告した、権力が「生」を対象化するメカニズムだ。
クィア理論は、人間本性を「本質的」なものではなく、パフォーマティブに構築されるものとして再定義した。これにより、ジェンダー・ディスフォリアを抱える若者への「アファーマティブケア」(性自認肯定医療)が推進された。しかし、英国カス・レビュー(2024年最終報告)やその後の追跡調査では、思春期抑制剤やクロスセックスホルモン治療のエビデンスが「極めて弱い」ことが指摘され、長期的な精神衛生・身体的影響(骨密度低下、認知発達への懸念)が懸念されている。2025年以降、イングランドでは思春期ブロック剤の使用が原則禁止され、ホリスティック(包括的)な心理社会的支援へシフトする動きが加速した。
この再定義は、フーコーの医療化理論を逆手に取ったものだ。19世紀に同性愛が「逆性的感覚」という医学的カテゴリとして生産されたように、クィア理論は性自認を新しい「内面的真理」として医療・教育・法制度の対象に据えた。結果、生物学的現実(進化的に形成された性的二形性や犯罪パターンの性差)を「抑圧」と位置づけ、流動性を強制する新しい規範を生み出した。
ここで特に問題なのは、こうした人間本性の再定義が社会契約や民主的なプロセスをほとんど経ずに急速に制度化された点である。ホッブズやルソーが描いた社会契約は、個人の加害性や自由の限界を相互に認め、合意に基づく規範を構築する仕組みである。民主的プロセス(議会審議、科学的レビュー、国民的合意形成、公衆討議)は、これを支える現実的な装置だ。しかし、クィア理論の影響下で性自認優先政策がアカデミアや一部の運動から行政・法制度へ波及した過程では、こうしたプロセスが大幅にバイパスされた。生物学的現実や潜在的加害性の検討が十分に行われないまま、政策が「進歩的」トレンドとして導入された事例は枚挙にいとまがない。
社会契約や民主的プロセスは、一種の「遅延効果」を持つと見るべきだ。思想やトレンドの変化が熱狂的に進行する中で、即時的な制度反映を「遅らせる」安全装置。審議の時間、科学的エビデンスの蓄積、利害関係者の声の反映——これらがなければ、流動的な人間像の再定義が現実の害(身体的・心理的・社会的コスト)を十分に考慮せずに固定化されてしまう。クィア理論は脱構築を掲げながら、この遅延効果を「抑圧の装置」と位置づけ、民主的チェックを弱めながら生権力を再配置した。
ここで注目すべきは、医療基準自体の改定による「非医療化」が、フーコーの医療化理論でこそ最も鮮やかに説明できる点である。DSM-5(2013年)では「Gender Identity Disorder(性同一性障害)」を「Gender Dysphoria(性別違和)」に改称し、アイデンティティそのものを病理化する表現を廃止した。ICD-11(2019年)では「Gender Incongruence(性別不一致)」を精神疾患章から「性的健康関連条件」章へ移動させ、精神疾患としての分類を正式に解除した。これらは一見、クィア理論が推進した「反医療化」の勝利のように見える。
しかし、フーコーの医療化理論から見れば、これは非医療化の名の下に行われる新たな医療化・生権力の再配置にほかならない。フーコーは、権力が「病理化」だけでなく「脱病理化」によっても主体を生産・管理することを繰り返し指摘した。旧来の病理化(行為を「種」として内在化し、管理対象とする)を批判するように見せかけつつ、「合意と害の不在」という新しい基準で逸脱を再分類する。適合する軽度の逸脱(規範撹乱的な多様性)は「正常な多様性」として保護・特権化され、適合しない重い衝動(非同意・暴力要素の強いパラフィリック障害)は、より強く「ただの犯罪」として切り捨てられる。これにより、クィア理論は反医療化を装いつつ、性自認を新しい内面的真理として医療・制度的介入の対象に据え、人口の生を再最適化する装置を構築した。まさにフーコーが警告した「権力の生産性」の典型である。
さらに深刻なのは、逸脱の「軽重」による選別が、犯罪者の脱人間化を促進している点だ。合意ベースの軽度パラフィリアや規範撹乱的な表現は、クィア理論によって「多様性」として保護・特権化される。一方、非同意・暴力要素の強い性的衝動(パラフィリック障害)は、「ただの犯罪」として切り捨てられ、道徳的・社会的に脱人間化される。DSM-5がパラフィリア自体を非病理化しつつ、害を伴うものを障害とする区別を設けたのも、この二重基準を制度化した例である。
フーコー的に見れば、これは生権力の典型的な逆説だ。クィア理論は「反医療化」を掲げて旧来の病理化を批判したが、結果として新たな分類装置を構築した。「クィアであること」が文化的・道徳的資本となり、十分に「クィア」でない逸脱者(重い反社会性+性的衝動の複合型)は、規範の外側に排除される。犯罪者は「宿命的な怪物」としてではなく、社会が管理すべき生として扱われるべきなのに、理論は「軽い逸脱」の保護と「重い逸脱」の脱人間化を同時に推進する二重基準を生んだ。これにより、管理される自由(自発的な衝動抑制治療や専用環境の選択肢)は十分に整備されず、宿命的な渇望を持つ人々をさらに孤立させる。
フーコーは、権力は「抑圧」ではなく「生産」であり、抵抗そのものが新たな権力装置を生むと繰り返し指摘した。クィア理論はまさにこの螺旋に巻き込まれた。規範を脱構築しようとしたはずの運動が、性自認という新しい真理を生産し、身体と生を再管理する生権力として機能している。人間本性を流動的に再定義した結果、生物学的現実や加害性の潜在性を直視する機会を失い、脆弱層(生物学的女性や子供)の安全権を再配分する事態を招いた。
社会契約や民主的プロセスという「遅延効果」を欠いた再定義は、こうした生権力の再配置を加速させた。人間らしい社会とは、逸脱の宿命を認めつつ、害の度合いに基づく透明な線引きと、加害衝動者への「選択肢」(任意の医療的介入や構造化された環境)を拡大する社会である。フーコーの物差しで測れば、クィア理論の実践は規範の単なる置き換えに過ぎない。脱構築の名の下に生まれた新たな抑圧を避ける——それが、今求められる成熟した視点だろう。
ドゥル天(どぅるてん)は、タイモを使った沖縄県の揚げ物料理。ドゥルワカシーに衣を付けて揚げることで作る[1][2]。ひらがなで「どぅる天」とも書く。沖縄県の郷土料理だが、その歴史は新しい。
ドゥル天とは、ドゥルワカシー(泥沸かし)の天ぷら、という意味である。ただし、通常の天ぷらのように小麦粉と卵を使った衣が使われるわけではない。発祥店のうりずんでは、元々は素揚げをしていたが[3]、その後はコロッケと同様にパン粉を衣に使うようになっている[3]。片栗粉を衣に使う場合[2]など、ほかにも様々なバリエーションがある。
ドゥルワカシーは琉球王国時代からの伝統料理で、南西諸島のタイモ(田芋)や芋茎に、だし汁を加えて煮込み、豚肉やかまぼこ、シイタケを加えて練りつぶして作る、キントンのような食感の料理である。
昭和52年(1977)年ごろのある日、那覇市の琉球料理店「うりずん」で、料理人が、売れ残ったドゥルワカシーをもったいないと思い、これをコロッケのように丸めて油で素揚げにしたところ、店主やスタッフに大好評で、まかないやおやつになった。その後、素揚げではなくパン粉を使った衣揚げに改良。その存在が店の客にも知れ渡り、裏メニューとして提供したところ大好評となったため、「うりずん」の定番メニューに格上げされた。それが広まり、現在では全国各地の沖縄料理店でも提供されるようになった[3]。
https://fun.okinawatimes.co.jp/columns/gourmet/detail/8400
ルーツはどこ
Vol.2 ドゥル天
2回目は、居酒屋の定番メニューとして知られる「ドゥル天」がテーマ。沖縄の伝統料理、「ドゥルワカシー」をルーツに持ち、那覇の老舗居酒屋で誕生したドゥル天の魅力や誕生のきっかけなどを探ります。
ドゥル天の誕生は、那覇市安里の居酒屋「古酒と琉球料理うりずん」(以下、うりずん)が定説となっている。まずは、うりずんについて紹介する。
うりずんは、昭和47(1972)年8月15日那覇市安里で創業。創業者は後に「古酒の番人」とも呼ばれる土屋實幸さん。土屋さんは泡盛にこだわり、当時沖縄にあった57泡盛酒造所の泡盛をすべてそろえて営業を始め、今では東京にも支店を持つなど全国的な知名度を誇っている。
残念ながら土屋さんは2015年に亡くなっているため、ドゥル天誕生について店長の下地信幸さんに聞いた。
「当時はウイスキーが人気だったので、泡盛を飲む人はごく少数でした。そのため、開店後数年はお客さんがほとんどいなかったようですよ」とのこと。今では考えられないが、実はこのことがドゥル天誕生のきっかけとなった。
昭和50(1975)年から約5年間、うりずんでアルバイトをし、現在、泡盛百年古酒元年理事長を務める知念博さんによると、うりずん初期のメニューは、沖縄料理が6~7品セットになった『うりずん定食』のみ。ジーマーミ豆腐、ラフテー、豆腐ようなどで、その中にドゥルワカシーも入っていたという。
「当時はお客さんが少なかったから料理が余ってしまい、田芋を使ったドゥルワカシーは日持ちしないため廃棄処分になる。ある日、もったいないと思った料理人がコロッケのように丸めて油で揚げたところ、土屋さんやスタッフに大好評で、まかないやおやつに。その存在がお客さんに知れ渡り裏メニューとして提供したところ、次々と売れたため、定番メニューに格上げしました」
昭和52(1977)年頃の出来事という。ドゥルワカシーをてんぷらにしたから「ドゥル天」と名付けられたその料理の人気に火が着くとともに、うりずんも繁盛。今日の礎を築くこととなった。
ドゥル天648円。例えるなら田芋のコロッケだが、ずっしりと重く存在感がある
「180度の温度で約5分ほどで揚がりますよ」と調理を担当する糸洌朝徳さん
ドゥル天の元となったドゥルワカシー540円
糸洌さん(左)と下地信幸さん
もととなるドゥルワカシーは、琉球王国時代から続く伝統料理のひとつ。田芋や芋茎にだし汁を加えて煮込み、豚肉やかまぼこ、シイタケを加えて練りつぶす、手間のかかる一品だ。形状はキントンに似ているが、粘りがとても強く、また田芋のほのかな甘味に加え、シイタケなどの素材の風味が口の中に広がり、酒肴としても十分成立している。
ドゥル天は、かつてはドゥルワカシーをそのまま丸めて揚げていたが、現在ではつなぎにパン粉を使ってフライに。そのため表面はサクッと香ばしく、中はドゥルワカシー同様、田芋特有の密度が濃いモッチリとした食感だ。30年以上にわたり、うりずんで調理を担当する糸洌朝徳さんは「1日11キロ(約60食分)揚げたことがある」と胸を張った。
当時を振り返る知念博さん
098‐885‐2178
無休
もったいない精神から生まれた「ドゥル天」。令和の時代も変わらず愛され続けてほしい(^^♪
武富士弘前支店強盗殺人・放火事件(たけふじひろさきしてん ごうとうさつじん・ほうかじけん)は、2001年(平成13年)5月8日午前10時49分、青森県弘前市田町五丁目に所在していた消費者金融会社「武富士」弘前支店(事件後に閉店)で発生し、従業員5人が死亡・4人が負傷した放火強盗殺人事件である
京都アニメーション放火殺人事件(きょうとアニメーションほうかさつじんじけん)は、2019年(令和元年)7月18日に日本の京都府京都市伏見区で発生した放火殺人事件
2021年11月29日午前8時35~46分ごろ、大阪市此花区北港緑地2丁目にある物流会社「日立物流西日本」の舞洲営業所の1階で段ボールパレットに火をつけ、6階建ての倉庫を全焼させた