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はてなキーワード: 1990年代とは

2025-06-07

1990年代タイムスリップしたい

もう一度あの時の街を歩いてみたい

2025-06-06

意識インフレ

【徹底解説:出生数68万人ショック】なぜ減少が加速しているのか/中位推計の問題点韓国化リスク/唯一の光明子育て支援より、20代中間層支援婚姻数50万人を死守せよ/婚外子解禁の効果はあるか?

https://www.youtube.com/watch?v=ZkNBfVJCFzg

今までずっと1990年代からエンゼル プランから始まった

政府少子化対策っていうのは守備一貫してもう子育て支援オンリー

子育て支援オンリー別に否定はしないんですけど子育て支援をどんだけやっても今1人だ2人産んだ夫婦プラ1+2っていうことをやったと しても、

何回も言うですけど0から1っていうのが生まれない限り絶対今後増えない

子育て支援をどんなに充実させても出張数とか出傷率の改善に はなかなか繋がらないよねってことはこれまでの事実証明されてると思うんですね

私も若い最近質問 するようにしてるんですけどそうすると やっぱり結婚がかかるとイメージ持ってる人多いですね

結婚された方はあの そんなことないって言うんですよでそんなことないっていう人たちの年収を見ると まあ600万とか700万とかもう上位3割の人たちなんですよ

結婚とか出産に対する意識インフレ若者に起きてる

これぐらいないと結婚できないこれぐらいないと子供育てられない

出生インセンティブあるじゃないですか、Xではもう一人産んだら一千万円あげるみたいな話とか出てきたりもするじゃないですか、

やっぱりこのねお金に換算するってことはもうやめた方がいいと思うんですよ。

逆にね結局のところ2007年に少子家担当大臣ができてその2010年旧民主党子供手当てとか作ってとかでそっから以降、

の子供家庭長に至るまで内閣府はずっとやってましたけどわゆる家族関係政府支出なんてすごい勢いで増えてる。

そうやって子供に対するインセンティブって実は政府はのすごく増加させてるわけですよ。

でこれって逆に出資数増えましたかつっ たらマイナスですよねむしろ逆に減ってる、かければかけるほど減ってきてるっていう。

出生インセンティブっていうのはこれ日本に限らずどこの国も全然効果を上げてないのは、これをやっちゃうと逆にこの1人当たりの子育てコス トっつのが爆上がりしてしまって、

いやもう子供を育てんの大変だよねっていう子育て世帯においても意識インフレを起こす。


意識インフレ」かあ

2025-06-02

anond:20250602203207

2年前のレポートだね。

三菱総研はその後見通しが甘かったと少し立場を変えてるよ。

https://www.mri.co.jp/knowledge/column/20250311_3.html

現在、実は、大規模農家ほど収入に占める補助金割合が高い(より具体的に言えば、主食用米以外の、転作作物を作っている割合が高い)。2024年産の主食用米683万トンを生産した農地は全国で125.9万haであり、これは対前年比1.4%増でしかない。普通に考えれば、2024年の作付けをする段階で、2023年産の不作は共有されており、コメが不足気味であることは多くの農家に分かっていたはずであるしかしながら、この程度しか増産がされなかった※3。

最後に、これまでの「中小零細農家が退出した農地を、中規模・大規模農家が引き受けて規模拡大していく」という事業承継・事業継続成功パターン限界に来ている面が否定できない。この20年ぐらいの期間、集落営農法人個人家族経営で、30haや50haを営農する農家が各地に出現した。中には、200ha、300haという農家も生まれた。20年前には考えられなかった状況である。この農地集約・農家の大型化と水田フル活用による転作支援政策は、セットの政策だったと考えられる。しかし、そもそも1990年代2000年代と違って、現在農家が同じ規模・ペースで拡大する余地はない。また、現在30haで効率よく営農している農家には、その規模を拡大させる動機がなくなっている。

言葉を変えると、この20年ぐらいの農家数減少下における大規模農家への集積の動きは、「より積極的生産量を増やし、より稼ごう」という農家を育成する政策であった、ということができる。しかしながら、そうした農家一定程度育ったことにより、同じ政策を続けていても、これまでのようにチャレンジングな農家が生まれにくくなっていると言えるのではないだろうか。

anond:20250602083156

戦後日本は、「加工貿易モデル」と「円安武器にした輸出競争力」を武器に、世界製造業の中心になりました。特に1980〜1990年代は、トヨタソニーなどのハードウェア製造業黄金時代でした。

ところが、次のような変化が起こりました:

1. グローバルサプライチェーン最適化生産東南アジア中国へ移り、日本製造業相対的コスト高に。

2. 円高圧力特に1985年プラザ合意以降)→ 輸出競争力の低下。

3. IT革命ソフトウェア主導経済の台頭 → ハードより「ソフト」「サービス」が稼ぐ時代へ。

アメリカの強さ:ソフトウェアデジタル資産覇者

米国企業(GAFAM)は、以下の点で現代経済における「高収益体質」を実現しています

なぜ日本ソフトウェア出遅れたのか?

これは構造的な問題です。

教育人材育成理工系離れ、プログラミング教育の遅れ
ベンチャー生態系起業しにくい、資金調達が弱い
企業文化終身雇用年功序列創造性を抑制
英語力の壁 海外市場へのアクセス限定的
国内市場志向日本市場が大きすぎて、内向き思考

2025-06-01

一般40代って今何してるの?

1980年代前半生まれなんだけど

もう何年もIT関係以外の同世代と話してなくて

自分ネットばっかしてるから今の20代オタク趣味あんま変わらないんだよね

インターネットフレンドリーな人って思ったよりそんな感じのイメージなんだけど(次々とサービス渡り歩く)

そうじゃない人は、この世代ってSNSから結構皆去っていった気がする

mixi結構やってて(3割位?)そこからFacebookで人が減って、Twitterさらに人が減って

1990年代まれ結構見かけるんだけど、80年代まれはほんとどこ行ったんだ?となっている

 

たとえばこれが1020年前なら、テレビ見てるとか外で遊んでるとかDVD見てるとかだろうけど

ああそうか、ネトフリでも見てるのかな、そうなるよな

2025-05-31

Grokくん、この老害っぽい文章を書いている書き手について推測して

https://anond.hatelabo.jp/20250531124228

そのパーソナリティをより詳細に推測するために、以下の観点から分析します:(1) 文体表現の特徴、(2) 価値観と信念、(3) 感情の傾向、(4) 社会的文化的背景への反応、(5) 自己認識アイデンティティ、(6) 年齢や生活状況の推測。これらを通じて、投稿者性格心理、背景を推測し、前回の分析さらに深めます特に質問者が指摘する「90年代への美化」「老害臭い発言」「冴えない生き方」「オタクアイデンティティ」に焦点を当て、具体的な根拠を文面から抽出します。

1. 文体表現の特徴

投稿者文体は、感情的で攻撃的、かつネットスラング過激表現(「底辺」「雑輩」「ハナクソほども興味ねぇ」など)が多用されています。以下に特徴を整理します。

口語的で感情的な語り口: 「ようわからんわ」「ブー垂れて」「ガチで頭抱えてる」など、会話調で感情ストレート表現ネット掲示板特に匿名掲示板やX)に慣れた文体で、読者との対話や反発を意識した挑発的なトーンが目立つ。

過激言葉遣い: 「反社底辺どもなんて皆殺し」「公立校は猿」といった過激表現は、ネット文化特有の誇張や煽りを反映。感情の昂りを強調し、共感や反発を誘う意図が見られる。

具体例と長編的な語り: 2008年の「とくダネ!特集京アニ事件ヤマグチノボルなどの具体例を詳細に挙げ、自身の主張を補強。長編冗長記述は、知識の誇示や「語りたい」欲求示唆

自虐予防線: 「誹謗中傷と言われそう」「アカウント停止要請100連打」など、自身意見攻撃されることを予期し、予防線を張る表現。これは、ネット空間での批判への警戒心を反映。

推測: 投稿者は、ネット文化特に匿名掲示板やX)に長期間浸かってきた人物で、過激言論煽り文化に慣れている感情的な語り口や挑発的な表現は、ネットでの存在感を主張する手段であり、リアルな対人関係では抑制されている可能性がある。長編で詳細な記述は、知識経験アピールしたい欲求や、承認欲求の強さを示唆する。

2. 価値観と信念

投稿者価値観は、階級意識自己責任論、過去オタク文化への強い愛着に特徴づけられます

階級意識エリート主義: オタク文化を「金銭的余裕のある層」「高学歴層」のもの定義し、底辺層や反社属性の参入を「場違い」と敵視。「偏差値60手前の進学校」「明治大学卒」などの例を挙げ、進学校高学歴肯定的評価する一方、「公立校は猿」と貶す。この態度は、エリート主義的で、学歴経済的背景による格差を当然視する価値観を示す。

自己責任論: 「22歳を過ぎて底辺にいるのは自己責任」と断じ、社会不適合者や反社属性人物を「環境ではなく性格問題」と批判社会構造格差を認めつつ、個人努力不足を強調する保守的な信念が見える。

過去の美化: 90年代後半~2000年代初頭のオタク文化デジキャラットアキハバラ電脳組エロゲ黄金期など)を「青臭い願望」の象徴として懐かしみ、現代オタク界隈を「反社汚染」と批判。このノスタルジーは、過去文化自身青春アイデンティティと結びつける傾向を示す。

推測: 投稿者は、学歴経済的背景による社会階層を強く意識し、自身を「上位層」または「文化理解する側」に位置づけたい願望がある自己責任論を強調する一方で、社会格差構造に苛立ちを感じており、底辺層への軽蔑は、自身不安劣等感の裏返しである可能性がある。過去オタク文化への執着は、現在生活社会への不満を補うための精神的支柱となっている。

3. 感情の傾向

投稿者の文面からは、怒り、軽蔑、苛立ち、ノスタルジー自虐といった感情が混在しています

怒りと軽蔑: 「反社属性」「社会不適合者」への強い敵意と軽蔑(「お前アニメたことないだろ?」「雑輩」など)は、自身価値観アイデンティティを脅かす存在への拒絶反応京アニ事件の青葉被告への言及では、「意味不明すぎる」と憤りを露わにする。

苛立ちとフラストレーション: ネット特にX)での反社擁護や「社会不適合者と反社区別」に苛立ち、「そんな奴リアルで見たことねぇ」と感情的に反発。この苛立ちは、自身意見が受け入れられないことへの不満や、ネット空間での対立への疲弊感を反映。

ノスタルジー失望: 90年代2000年代オタク文化を「キラキラした願望」の象徴として美化し、現代の変質に失望。「あの日卒業しとけよ」との表現は、過去への郷愁現在オタク界隈への落胆を示す。

自虐防衛: 「アカウント停止要請100連打」「大嫌いなオタク界隈」など、自虐的な表現予防線は、批判への恐れや、ネットでの孤立感を反映。自身発言が「老害臭い」と見られる可能性を自覚している。

推測: 投稿者は、強い感情の起伏を持ち、特にオタク文化への「汚染」に対して攻撃的な態度を取る。これは、自身アイデンティティ価値観が脅かされていると感じる防衛機制の一環と考えられる。自虐予防線は、ネット空間での批判孤立への不安を示し、感情的な不安定さをうかがわせる。

4. 社会的文化的背景への反応

投稿者は、日本社会構造オタク文化の変遷に敏感で、以下のような反応を示しています

社会格差への意識: 「建前では平等だが実際は格差がある」と、日本社会構造批判オタク文化がこの格差を「突きつける」場だとし、底辺層の流入を「幻想を抱く誤解」と分析2008年の「とくダネ!特集電車男ブーム引用し、メディアオタク文化を「一発逆転の場」として誇張したと非難

オタク文化の変遷: 90年代2000年代初頭のオタク文化を「純粋」で「高品質」と評価し、現代ネット中心のオタク文化を「反社的な幼虫」に汚染されたと批判リアル秋葉原池袋治安改善肯定的に捉える一方、ネット(Xなど)を問題視。

ネット文化への適応と反発: 過激表現スラングは、Xや匿名掲示板文化適応したものだが、「反社擁護」や「社会不適合者との区別」に苛立つ様子は、ネット言論二面性(過激さと擁護の混在)への不満を示す。

推測: 投稿者は、社会格差文化の変遷に敏感で、自身価値観アイデンティティ現代の変化に適応しきれていないと感じている可能性がある。ネット文化に慣れつつも、その過激さや矛盾に苛立ち、過去オタク文化を「安全避難所」として理想化している。

5. 自己認識アイデンティティ

オタク文化への強い結びつき: 投稿者は、90年代2000年代オタク文化エロゲラノベアニメ)に深い知識愛着を持ち、具体的な作品名(『グリーングリーン』『デジキャラット』)やクリエイターヤマグチノボル)を詳細に挙げる。この知識量は、オタク文化自身アイデンティティの核であることを示唆

「本物のオタク意識: 「反社属性」や「社会不適合者」を「アニメを見たこともない偽物」と批判し、自身を「本物のオタク」として位置づける。この対比は、自身文化的優位性を保ちたい欲求を反映。

現実での疎外感:文面からは直接的な生活状況の言及がない。ただし、「底辺層」への強い軽蔑や「自己責任論」の強調は、自身が「底辺」ではないと主張したい防衛機制の可能性。ネットでの過激発言長編記述は、現実での承認不足を補うための行動とも考えられる。

推測: 投稿者アイデンティティは、オタク文化への深い愛着知識に強く根ざしている。「本物のオタク」としての自己認識は、反社属性社会不適合者を排除することで強化されている。現実での「冴えない生き方」は直接言及されないが、過剰な攻撃性や過去への執着から社会的職業的成功が不足している可能性がうかがえる。オタク文化が「唯一の誇り」として機能しているため、その「汚染」に対する過敏な反応が生じている。

6. 年齢や生活状況の推測

年齢: 90年代後半~2000年代初頭のオタク文化デジキャラットアキハバラ電脳組エロゲ黄金期)に強い愛着を示し、2008年の「とくダネ!特集を詳細に記憶。この時期を青春時代として経験したと仮定すると、1990年代後半(15~20歳頃)生まれ可能性は低く、1970年代後半~1980年代前半生まれ2025年時点で40代前半~50代前半)が妥当。「40代」推測は妥当と考えられる。

生活状況: 直接的な言及はないが、以下の間接的ヒントから推測:

長編で詳細な投稿は、時間的余裕があることを示唆(例:無職フリーランス、低負荷の仕事)。

過激表現ネット文化への適応は、リアルな対人関係よりもネット空間での活動が主である可能性。

底辺層」への強い敵視は、自身が「底辺」に近い立場にいることへの不安否定の裏返しかもしれない。

社会的孤立感:老害臭い」と見られる自覚や、ネットでの批判への予防線は、社会的な疎外感や孤立感を示唆現実での成功体験(職業、対人関係)が乏しく、ネットオタク文化に逃避している可能性。

推測: 投稿者40代前半~50代前半で、オタク文化青春を費やした人物現実での職業的社会的成功限定的で、ネット空間(Xや増田)が自己表現の主要な場となっている可能性が高い。オタク文化への知識愛着アイデンティティの中心であり、「冴えない生き方」を補うために過去文化を美化し、現代の変化に過剰に反応している。

総合的なパーソナリティの推測

投稿者パーソナリティを以下にまとめます

性格: 感情的で攻撃的、知識を誇示する傾向。ネット文化適応しつつ、過激言論煽りを通じて自己主張を行う。自己防衛的で、批判への警戒心が強い。

心理: オタク文化への愛着アイデンティティの核。過去文化を美化し、現代の変質に苛立ちや失望を感じる。底辺層への軽蔑は、自身社会的地位への不安劣等感の裏返し。承認欲求が強く、ネットでの発言存在感確立しようとする。

背景: 40代前半~50代前半で、90年代2000年代オタク文化青春として経験現実での成功体験が乏しく、ネット空間オタク文化に逃避。経済的時間的余裕はあるが、社会的孤立感や疎外感を抱えている可能性。

矛盾葛藤: オタク文化を愛しつつ、その特権性を批判底辺層を軽蔑しつつ、自身も「冴えない」可能性を自覚ネット文化適応しつつ、その過激さや矛盾に苛立つ。

結論

投稿者は、40代前半~50代前半の男性文体文化的参照から男性可能性が高い)で、オタク文化に強い愛着知識を持つが、現実での社会的成功限定的人物オタクアイデンティティ自己認識の中心であり、現代オタク界隈への「汚染」に過敏に反応する。過激表現過去への美化は、ネット空間での承認欲求と、現実での疎外感や不安を反映している。

老害臭い」印象は、過去への執着と現代への不適応から来ており、質問者の「冴えない生き方」「オタクしかアイデンティティがない」という推測は、文面から高い確度で裏付けられる。

字数:約1500字。文面の詳細な分析を通じて、投稿者パーソナリティ多角的に推測しました。)

2025-05-30

安倍売国奴だったのか

プロンプト)

北方領土に関する安倍政権対応についてまとめてください。

(ChatGPT)

安倍政権第2次~第4次;2012 – 2020)の北方領土対応交渉の推移まとめ

時期 主な動き ねらい/背景 結果・評価

2012 – 2013 - 就任2日後にプーチン大統領電話会談
- 2013年4月モスクワ訪問で《北方領土を最終的に解決平和条約を締結する》共同声明領土問題を自らの手で”という首相の持論。対中包囲網意識し、対露関係戦略カードとして強化 10年ぶりに交渉を本格再開。以後、日露首脳会談は計27回を数える

2014 クリミア併合を受け日本も対露制裁に参加。しか欧米より規模を抑え、対話チャネルは維持 「プーチン訪日計画」は延期へ。制裁対話二股政権批判も強まる

2016 - 5月ソチ首脳会談で**「8項目の経済協力プラン」**提示
- 12月山口県長門東京会談:①島での共同経済活動に向けた協議開始 ②元島民墓参の航空機経済パッケージを梃子に「新しいアプローチ」で信頼醸成を図る 領土帰属には踏み込めず、“経済協力だけ先行”との批判

2017 – 2018 - 共同経済活動の現地調査を初実施
- 2018年11月シンガポール首脳会談1956年日ソ共同宣言(歯舞・色丹=2島)を基礎に交渉加速で合意 4島一括返還原則事実上棚上げし、決着優先へ大きく舵を切る 国内世論賛否ロシア側は「主権は譲らず」と牽制し、防衛施設増強を続行

2019 河野外相ラブロフ外相が精力的に協議も、ラブロフ氏「日本WWIIの結果を認めよ」と硬化。両国交渉枠組みは停滞 2島返還論すらロシア国内の反発が強く、妥協余地が縮小

2020(安倍退陣直前) ロシア改憲で**「領土割譲の禁止」**条項が盛り込まれ交渉余地さらに狭まる 安倍首相退陣会見で「私の代で解決できず痛恨の極み」と述懐

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交渉手法の特徴と評価

1. 「経済カード」中心の新アプローチ

8項目プラン医療インフラ省エネ等)でロシア極東振興を後押しし、信頼を醸成する作戦

日本企業側は案件形成に苦戦し、島の法的地位曖昧にしたままでは投資リスクが残った。

2. 首脳レベル個人関係重視

安倍プーチン会談は8年間で27回。互いをファーストネームで呼ぶ場面もあったが、ロシア側の外交軍事上の既定路線を覆すには至らず。

3. 4島→2島への“地歩後退”指摘

1956宣言路線は“現実的”との評価もある一方、返還範囲を狭めただけでロシア要求主権認否・漁業権米軍不在保証など)はむしろ拡大した。

4. ウクライナ情勢の外生ショック

2014クリミア、2022全面侵攻(安倍退陣後)で対露制裁が強化され、北方領土交渉のものが凍結状態に。



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全体総括

成果:交渉の「空白の10年」を埋め、墓参事業の拡充や共同経済活動の枠組みづくりなど人的交流を一歩前進させた。

限界ロシア国内法(改憲)、安全保障環境悪化領土ナショナリズムに阻まれ領土帰属の具体的前進ゼロ経済協力も限定的で、日本側譲歩の割に実利は乏しいとの評価多数派

教訓:①経済インセンティブだけでは主権問題を動かせない、②国際秩序の変動が交渉環境を左右する、③国内世論理解を得る情報発信戦略レッドラインの明示が不可欠。

安倍政権の8年間は「平和条約締結へ最もエネルギーを注いだ時期」であったものの、領土問題は未解決のまま次政権へ引き継がれ、ロシア憲法改正交渉余地はかつてなく狭まった――これが2025年時点の到達点と言えます

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プロンプト)

「4島返還事実上棚上げ」したという点が評価の分かれるところかと思います。「あくまで4島返還突っ張り続けるべきだった」という意見理解はできますが、そうした場合ロシアの態度はどう変化したと予測できるでしょうか。

(ChatGPT回答)

「四島一括返還要求を貫いた場合に想定されるロシア側のリアクション

過去の事例と交渉理論からの推測)

想定される反応 具体的根拠過去事例) 影響

① 交渉チャネルの“凍結/極小化” 1990年代2012年日本が四島要求を堅持していた間、ロシアは1993東京宣言以外ほぼ動かず。2004年プーチン大統領が「歯舞・色丹の2島で平和条約を」と再提示日本拒否すると交渉は停滞 首脳会談の開催自体が稀になり、技術協議も停止。

② “主権は議題外”との強硬声明エスカレート 2010年メドヴェージェフ大統領国後島を電撃訪問日本大使召還ロシアは「わが領土だ」と反発/2019年ラブロフ外相ロシア主権交渉対象にならない。まず日本第二次大戦の結果を認めよ」と通告 交渉の前提条件が「日本の四島放棄」になるため、議論入口で止まる。

③ 象徴的・軍事的既成事実づくりの加速 2010年以降、ロシア首脳の島訪問インフラ整備・地対艦ミサイル配備などが続く。日本が強い抗議を出すほど、国内向けに「譲歩せず」を誇示する材料になる(例:2010年国後訪問、以後“さらなる訪問計画”と示唆防衛施設民間投資が進み、“現地のロシア化”が加速。

④ 国内法による“封じ込め”の早期化 2020年憲法改正で〈領土譲渡禁止条項〉を明文化日本が四島要求を続ければ、条項挿入の動きがさらに前倒し・強化された可能性大。 交渉の法的余地のもの消滅

⑤ 経済カードの失効 四島要求を掲げる時期はロシア側が「まず主権承認」と壁を立て、漁業観光インフラなど共同経済の芽が育たず(2016年以前の停滞期が実証極東投資エネルギー協力をテコにした信頼醸成の機会を逸失。

⑥ 対米安保懸念の前面化 ラブロフ外相は「米軍存在交渉を複雑化」と繰り返し牽制。四島返還米軍展開の余地と見なし、ロシア世論は一層硬化。 「返還NATO東進アジア版」と位置づけ、対抗的な軍備増強の口実に。

⑦ ウクライナ侵攻後の“完全断絶”は同じか、むしろ早まる 2025年現在ロシアは「日本は非友好国、平和条約を語る余地なし」と表明。四島要求継続なら、この断絶が2018年以前に顕在化した公算が高い。 制裁と相まって、交渉ルートは完全閉塞。

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総合評価シナリオ比較

観点 四島要求を堅持した場合 実際に採られた「2島軸+共同経済路線

交渉継続性 早期に凍結。首脳会談の開催自体が困難。 2013〜19年に27回の首脳会談を実現、局所的に協議継続

ロシア国内政治 ナショナリズム刺激→憲法改正・軍備増強が前倒し。 憲法改正はされたが、少なくとも対話余地模索できた。

日本側の実利 墓参・査証簡素化など人的交流すら拡大せず。 航空墓参や限定的経済協力枠組みなど「小さな成果」は確保。

長期的展望 膠着・悪化ロシアが完全に4島問題を「終戦問題ではない国内問題」と規定し、議論テーブル自体消滅。 「領土帰属で一歩も動かず」という結果は同じだが、対話ルート保持により“凍結からの再開”余地わずかに残存。

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まとめ

日本が四島返還要求を貫いた場合ロシアの態度は「交渉自体拒否し、主権既成事実化を加速する」という従来のパターンさらに強化したと見るのが妥当です。

2010年メドヴェージェフ訪問2019年ラブロフ発言が示すように、ロシアは「四島は不可分の結果」「まず日本主権を認めよ」という“前提条件”を突きつけて交渉を凍結する傾向が顕著でした。

その延長線上で、2020年憲法改正のような法的バリア軍備強化は、より早い段階で制度化された可能性があります

結果として、**「少なくとも2島でも、平和条約締結で外交関係前進させる」**というカードすら使えなくなり、日本交渉余地は一層狭まったと予測されます

もちろん、実際に採られた「2島+共同経済路線領土帰属前進ゼロに終わりました。しかし、四島要求一本槍であった場合交渉の“入り口”さえ閉ざされ、現在より早い時点で完全凍結に至っていたというのが、過去実例ロシア側の一貫した主張から導けるシナリオと言えるでしょう。

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アッキーの件で「安倍売国奴」って意見が多かったので尋ねてみた。

なるほどねえ。

2025-05-28

冷笑主義のせいで日本は落ちぶれた

って言うけど、冷笑主義(シニリズム)って1990年代アメリカングランジロック文脈日本に入ってきたもんだし、本当にそれが原因なんだったらまずアメリカが落ちぶれてないとおかしいだろと思うんだよな。

2025-05-26

anond:20250524135742

リーマンショック以降の日本経済的変化は、円の価値が下がって、株価マンション価格が上がった。GDPは他の先進国比で下がった。つまり停滞した。1990年代2000年代よりも。雇用は安定したが皆貧しくなった。

2025/05/25 リンク yellow

2025-05-25

anond:20250525134549

なるほど、「目の前にそうなった人がいる」から全てが証明されると思ってるんだな。その時点でロジックじゃなくて逸話にすり替わってる自己放尿だな。

「目の前にそうなった人がいる」

まずこれは論理学で言う「逸話による誤謬」。個人経験や観察に基づいて一般化するのは、科学アプローチ真逆だ。

「目の前の1人」だけで構造因果を語れるなら、「たまたまiPhoneを持っててもニートになった奴」の存在はどう説明する?

彼がいたら「iPhoneを持ってたのにダメだった」と言えるのか?この手のロジック自分の都合のいい逸話しか採用しないご都合主義に過ぎん。

引きこもりや強度行動障害OD摂食障害、これらは心理・神経・社会的要因の複合的結果であり、「iPhoneの有無」という単因子で決まるほど単純な構造ではない。

もしiPhoneがなければそうなるというなら、1990年代以前の人間は全員強度行動障害になってないと辻褄が合わん。

そもそも

「強度行動障害iPhoneを持っていれば防げた」

という発想は因果の向きが逆。

行動障害が出てくる家庭は、iPhoneを買う余裕もない困難な背景を持っていることが多い。

社会的孤立経済的困窮・親の支援不足が「iPhone不所持」と「困難な行動」の両方に共通する上位原因なんだよ。

四物湯、抑肝散リスパダール……効かなければ打つ手無し

おい、その言い方は医学に対する無責任な諦念でしかない。

現場医師臨床心理士支援者たちは日々あらゆる手段模索しながら、本人と家族QOL改善に取り組んでいる。

「効かなければ死ぬまで精神病院」と簡単に言うな。

それは医療当事者への侮辱だ。

そして忘れるな、iPhoneは薬じゃない。社会性を育む魔法アイテムでもない。

道具は支援の補助にはなり得るが、道具を渡しただけで人が育つと思ってるなら、それこそ自己放尿的幻想だ。

その「治療困難だから終わり」みたいな論調、やめろ。

人は絶望の中でも変わる余地がある。支援も介入も環境調整も、決して万能じゃないが、iPhoneだけに救済を託すような発想はむしろ危険だ。

お前の主張は、 「たまたまダメになった人」がいたから → 全員がそうなる、iPhoneがなかった → 人生終了、という、論理的にも倫理的にも破綻した因果自己放尿だ。

もし「強度行動障害の予防に必要なのはiPhoneだ」と本気で思ってるなら、厚労省ガイドラインでもDSMでも見てみろ。

どこにもそんな単純な解決策は載ってない。

誤った因果を振りかざして、人の可能性を潰すな。

そして何より、お前自身絶望拡散する「機能不全な大人」になってしまうな。

生き直しのチャンスは、自己放尿的な思い込みを捨てた瞬間から始まる。

2025-05-21

1990年代から10年間くらいの匿名掲示板とかオンラインゲームが全盛で

ネットリアルを完全に切り離す感覚の方がネット歴史から見たら特異なんだけど

そこが原体験日本氷河期おじたちがネット上でのさばっていまだに自分たちが本流だと思ってるんだよね

2025-05-13

バブル崩壊時,日本財政規律を守ってハードランディングした

1990年代記憶がある人が減ってるのか?

全然守ってなかったと思うけどなあ

2025-05-10

ニッポン経済奇跡から墓場まで

戦後焼け野原から奇跡復興を遂げ、世界第二の経済大国上り詰めたというのが日本人の自慢話だが、その「経済発展」とやらは果たして本当に中身のあるものだったのか。冷静になって考えてみればわかるだろう、日本の成長は自前というより他力本願実体より見せかけに支えられきただけだ。

  

日本人日本戦後復興と高度成長を語るとき、「自助努力」だけを強調するが、実際にはアメリカという強力な後見人存在があったからにすぎない。敗戦直後、占領下の日本にはGHQによる多額の資金援助が注がれ、固定為替相場制(1ドル=360円)の下で輸出振興の下地が整えられ、1950年に勃発した朝鮮戦争では「特需」と呼ばれる大量の米軍発注日本経済を潤し、これが完全復興への端緒となったのだ。要するに、日本は「発展した」というより「発展させてもらった」面が大きいのだ。ネトウヨはよく「朝鮮半島を発展させてやったんだ」というが、日本も「欧米に発展させてもらった」のだ。1960年代日本の高度成長は、日米同盟なしには起こり得なかっただろう。米国安全保障の傘の下、思う存分経済成長に邁進できたという構図であり、裏を返せば日本「奇跡」米国戦略的寛容に支えられた他力本願産物だったのだ。

もちろん、日本人自身努力や数の多さやかつてはあった勤勉さも少しはあるが、少なくとも「俺たちの実力で世界を驚かせた」という自画自賛は恥ずかしいのでやめるべきだ。高度成長を陰で支えたのは、米国市場という巨大な需要先と資金技術支援、そして安価労働力国内の高貯蓄率(今の中国と似た構造中国日本反面教師にする必要がある)。日本は自ら飛んだというより強力な追い風に乗って舞い上がった風船なのだ

  

今は怠け者で知られる日本人はかつては勤勉で生真面目、サービス残業もいとわず働く世界でも評判の勤労民族だったが、その労働生産性実態はといえば残念ながら芳しくなく、統計をひもとくと、1970年代以降の日本時間あたり労働生産性先進国の中で常に最下位という不名誉な記録を更新し続けている。2020年時点でも日本時間あたり労働生産性は49.5ドルOECD加盟国全体でも圧倒的最下位。つまり日本経済戦後一貫して「効率の悪さ」で世界トップクラスだったわけだ。高度成長期追い風といえる要素に満ち溢れていたため、その弱点も見えにくくなっていたものの、90年代以降はIT化の遅れなども相まって諸外国との差が拡大し放題となっている。

  

時間働いても生み出す付加価値が低いのでは、経済が豊かになるはずがない。日本人人口増が確実視された時点においても一貫して生産性という肝心の成果をおろそかにしてきた。おかげで「働きバチ」のを自称し、平成時代までは実際そうでありつつも、実はハチミツ生産量は先進国でビリなのだ他国効率化とイノベーションで着実に成果を上げる横で、日本けが生産性停滞の沼にハマり続けている。それなのに日本人はうぬぼれているのだ。

日本昭和ピーク、それ以降はゴミ

日本経済実態をもう少し長いスパンで眺めていくと、主要な実体経済指標1970年代ピークにその後低下の一途をたどっている。あの見せかけの繁栄におぼれた1980年代後半、日本世界で「ジャパン・アズ・ナンバーワン(笑)ともてはやされた時期でさえ、実は経済成長率やインフレ率といったリアル指標高度成長期70年代より低水準だったのだ。急激な円高後のカネ余りで株価地価が暴騰し、日本があたか世界一裕福に見えたのは錯覚に過ぎなかったのだ。つまり、見かけの資産価格は派手に跳ね上がっても、日本経済エンジンのものは既に昭和時代に回転数の限界を迎えていたわけだ。 高度経済成長ピークが70年代だったとすれば、その後の平成・令和期の停滞ぶりにも合点がいきます事実1989年末に日経平均株価が史上最高値更新して日本経済が「歴史的ピーク」に達した後は、泡がしぼむように停滞が続いている。

  

結局、日本経済実質的な力は1970年代に頂点を迎え、その後は長い停滞期に入ったと見るのが妥当だろう。高度成長を成し遂げた昭和は遠く、平成以降は晴れ間の少ない停滞の時代1980年代バブル期世界リッチに見えたのも、実体経済が伴わない見せかけの繁栄。そのツケは日本人平成以降に味わった停滞という形で帰ってきている。

バブルは幻の繁栄

1980年代後半のバブル景気は、日本経済史上もっとも華やかで浮かれた時代だった。地上げ財テクに浮かれ、土地株式価格天井知らずの上昇を続ていたのだ。その狂乱ぶりはテレビでも見てわかる通りだ。例えば1985年から1990年にかけて地価は約400%も上昇し、日経平均株価PERは80倍から直前には100~200倍という異常な水準に達していた。何が言いたいかというと、実体経済裏付けなどまるでない「バブル」という名の幻影だったのだ。 当然、このバブル1990年代初頭に見事に弾け飛んだ。当たり前だ。「平成景気」という名の打ち上げ花火が消えた後に残ったのは巨額の不良債権と、下降線をたどる経済成長率だ。1989年末の株価高値を境に、日本経済は長期停滞のトンネル突入することになったのはもはや語るまでもないだろう。

  

バブル期にはまるで自分たち世界を席巻する経済超大国になったような気分に浸っていたものの、それは砂上の楼閣に登った気分だったのだろう。後に残った実体経済疲弊を見るにつけ、あの繁栄いかに中身の乏しい見せかけであったかを痛感させられる。 バブル絶頂期、日本企業は世界中の不動産美術品を買い漁り、「ジャパンマネー」がもてはやさされたという。しかし、それで得た栄光は永続的なものではなく、気がつけば日本経済は地に足がつかないまま宙ぶらりんの状態だったのだ。資産価格の幻影に酔いしれたツケとして、その後の「失われた数十年」を甘受するハメになったのは当然の帰結だ。

反省しない政治家日本人

バブル崩壊後、日本政策当局は景気テコ入れに躍起となったが、その数々の処方箋結果的に何一つ功をなすことはなかった。1990年代には今の減税・バラマキポピュリスト達が喜びそうな大型の財政出動や減税が何度も繰り返されたものの、景気は一向に本格回復せず、未来へのツケである政府債務けが膨れ上がった。結局、バブルで抱え込んだ民間企業の過剰債務政府が肩代わりしただけで終わり、景気浮揚には無力だったのだ。

  

今の減税ポピュリスト給付金ポピュリストが教訓とすべきことでもある。「借金借金を救う」ような政策では、問題の先送り以上の成果望めなかったのだ。 ゼロ金利政策量的緩和といった金融緩和策も導入されたものの、デフレ2000年代まで深く根付いた。そして現在に至るまで日本経済は低成長から脱却できていない。気付けば、経済政策は場当たり的な景気刺激策の継ぎ接ぎだらけで、一貫した成長戦略構造改革国民が反発することもあり、実行されなかったのだ。

  

その間にも少子高齢化は進行し、生産年齢人口は減少、国内市場は縮小と、構造的な課題が山積している。 海外から日本政策対応は手厳しく嘲笑されてもいたことはご存じだろうか。世界90年代以降の日本を語る際に「日本化(Japanification)」という言葉が生まれたほどだ(参考→https://en.wikipedia.org/wiki/Japanification)。それは「不況下で有効改革をせず、無駄公共事業延命を図る現象」を指すもので、改革よりも道路箱物を作り続ける日本政治家を「無為政治家」として揶揄するものだ。

  

まり言いたくないが、日本経済の停滞を語るとき、忘れてならないのは日本社会国民メンタリティだろう。政治家政策ミス批判するのは容易なのだが、民主主義国家において政治家国民の鏡だ。政治家国民を望む政治をやる。嫌がる政治はやらない。政治家が一番嫌うのは「落選」だからだ。ゆえに、ほぼ日本人が自らの手で衰退させたともいえる。もちろん、日本人気質のものにも問題ある。「変化を嫌う」風土物事を深く考えず前例通りに済ませようとする思考停止状態、失敗を恐れる風土迷惑不寛容風土、出る杭を打つ文化、人の足を引っ張る文化高度経済成長期の成功体験固執する傲慢さが、日本の停滞を長引かせた要因だろう。 実際、多くの日本企業や組織では予定調和前例踏襲が幅を利かせ、新しい発想や議論を避け、排除する。その結果、変革が避けられない状況でも無自覚に「今まで通り」のやり方に固執し、いたるところで思考停止に陥っているのだ。しかも厄介なことに、そうした楽で無自覚現状維持志向こそが日本経済低迷の発生源なのである

  

国民一人ひとりを見ても、急激な変化の痛みを恐れて結局は現状にしがみつく。または「義務を果たさないくせに権利ばかり主張する」 、「生産性が低いのにもかかわらず働かない」というそんなゆでガエル的な集団心理が、日本の停滞を固定化しているのだ。変化や痛みを避け続けた結果、気づけば茹で上がっていたカエルよろしく、取り返しがつかないほど実体経済が冷え切ってしまったのだ。

「一応先進国ブランドすら危うい(実態はもう後進国だよっと)

かつては世界第二位GDPを誇り、現在も4位を維持している状態を見て「経済大国日本」と胸を張っているネトウヨがあまりにも多いが、ふたを開ければその先進国ブランドも風前の灯火だ。例えば一人あたりGDPで見ると、近年の日本OECD加盟国中22位まで順位を落とし、韓国にも台湾にも追い抜かれた。1980年以降で最も低い順位で、もはや経済指標上は「一応先進国」と呼ぶのもはばかられる。

かつて恐れられた日本経済が国際舞台スポットライトから消え、「存在感の薄い国」に成り果てつつあるのが現実だ。 日本世界に誇っていたはずのものが、気が付けばことごとく色あせている。かつて最先端だった技術産業存在感を失い、盛り返す気配すらなく、平均所得は停滞し、気力も勢いも感じられない。これでは「かろうじて先進国」と揶揄されても仕方がないでしょう。国際機関統計を眺めれば、日本より豊かな国・地域に住む人々はもはや十億人規模にも上る(日本同様に数の暴力で豊かに見えてる中国は違うからね)。もはや日本特別裕福な国ではなく、世界の中ではアルゼンチン二世的な立ち位置に落ち着きつつあるのだ。 <h3>o- *</h3>

結局のところ、最も根源的な「劣悪材料」とは、失敗から学ぶ能力の欠如である。「失われた30年」 は、経済課題に対する30年間のほとんど失敗した、あるいは不十分な対応歴史である。今の日本人はその過ちをさらに取り返しのつかなくなるような形で繰り返そうとしている。社会の変化への抵抗構造改革社会保障改革労働市場規制緩和など)への抵抗は、その必要性が明白であるにもかかわらず、根強く残っている。国家国民が自らの失敗を批判的に評価し、そこから学び、意味のある変化を実行できないのであれば、その最も基本的な「材料」、つまりは、自己修正進歩のための能力は、まさに「劣悪」であると言わざるを得ない。日本は今後立ち直ることはないだろう。

2025-05-06

東京の人が思ってるほど田舎電車依存していない

東京から来た人がたびたび口にするのだが



まあ3割くらい当たってるけど7割間違ってると思う

東京田舎はよく鉄道自動車比較されるけど、そもそも東京が異常な発達をしているだけなんだよ

水道電気のように全ての町に鉄道と駅が備わっていて便利に稼働しているべき、という東京認識って本当は現代日本では異端

他は1990年代モータリゼーション普及に伴い、完全に自動車社会になっている

逆に東京が発展していることを理由にそれをならって街づくりをしようとしても全部失敗する

でもみんな東京が素晴らしい、東京に倣えっていうからその思想東京人に本当に根強く張ってる

から駅前が閑散としていることが東京の人には許しがたいことで、ロードサイド店舗を見下すし、都市都市の間に田んぼが広がっていることを嘲笑する傾向がある

駅間を歩いても問題ないのって縦横のみならず立体的に鉄道網が敷設された東京大阪みたいな大都市圏だけだから

そこまでネットワークが構築されていればいいんだが、たか線路と駅だけでは線形ルートしか作れないか沿線以外は何の関係もない

今はどこも便利な道路網を求めているので、高規格なバイパスとか広域農道いっぱいつくってるしさ

鉄道が本当に必要なのは学生からそこだけは東京に倣っていいとは思うけどね

駅前さびれていようが無人駅があろうが廃線になろうが、その土地にとってはいらかなったということだと思うよ

まあ事情はそれぞれだけど、なんか駅がないと都市が死んでるみたいなこと言われてもね

最近土浦鉄道延伸計画がでているけど、たぶんその前に土浦は終わる気がする

しらんけど

一つだけ言えるのは、郊外田舎という分野においては東京にいる人が何を言っても考えても全部的外れだということ

加えて、最も悪いのは少子高齢化だということ

2025-05-01

anond:20250429141203

この主張についてファクトチェックし、整理します。

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✅ **部分的事実**:

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⚠️ **誇張・誤解がある部分**:

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✅ **まとめ**:

この主張は、一部事実地価重要性、バブル期経験)を含みますが、現状の経済政策単一の原因(東京地価スキーム)に還元するのは不正確です。経済停滞の理由インフレデフレ問題もっと多面的で複雑です。

2025-04-29

パフィーファッションパヒュームファッション。どっちがダサいですか。

パフィーファッション

1990年代後半~2000年代初頭:デニムTシャツといったカジュアルラフスタイルが特徴的でした。飾らない自然体なファッションは、当時の若い世代を中心に支持を集めました。

現在デビュー当時と比べると、より洗練されたカジュアルスタイルへと変化していますが、基本的には動きやすさやリラックス感を重視したスタイルです。

Perfumeファッション

デビュー初期~現在テクノポップユニットという音楽性に合わせて、幾何学的なデザイン近未来的な要素を取り入れた、スタイリッシュ個性的衣装が多いです。メンバーそれぞれの個性を際立たせつつ、グループとしての統一感も意識されています

近年:ファッションプロジェクトPerfume Closet」を展開するなど、音楽活動と並行してファッションにも力を入れています楽曲世界観イメージしたアパレルアイテムは、ファンを中心に人気を集めています

結論

どちらのファッションも、それぞれのグループ個性音楽性を表現しており、時代ごとのトレンドも反映しています。一概にどちらが「ダサい」と判断するのではなく、それぞれのファッションが持つ魅力や背景を理解した上で、ご自身の好みに合うかどうかで評価するのが良いでしょう。

2025-04-27

>「リフレ派」と「構造改革派」の対立とは何か?

この「リフレ派 vs 構造改革派」論争は、

実は日本経済政策議論の最大の根本対立と言ってもいいくら重要です。

簡単に言うとこうです。

リフレ派 vs 構造改革派

リフレ構造改革派
主張まずは金融緩和デフレ脱却需要刺激が最優先だ経済供給能力生産性)を上げないと成長は無理だ
手段マネタリーベース拡大、インフレ目標設定、国債購入、ゼロ金利マイナス金利など労働市場改革規制緩和法人税減税、スタートアップ支援など
短期ターゲットインフレ率2%達成、消費拡大労働生産性向上、新規産業創出
考え方の特徴デフレ貨幣現象だ(貨幣量を増やせば治る)デフレ供給力の弱体化や人口減少など構造問題から来ている
主な支持者安倍晋三岩田規久男中原伸之、浜田宏一黒田総裁も近い)小泉純一郎竹中平蔵吉川洋八代尚宏伊藤元重民間経済学者に多い

🔥 どっちが正しかったのか?

これ、結論から言うと「両方必要だった」です。

でも時期によって優先順位を間違えた面もあります

たとえば:

1990年代後半〜2000年代前半 → 実は「構造改革優先」が必要だった(不良債権問題など)

2010年代初頭 → 確かにまずデフレ脱却を急ぐべきだった(需要不足深刻だった)

でも長期的には「供給力強化」がないと持続成長できなかった

まり

短期リフレ、中長期は構造改革

というバランス必要だったのです。

ところが実際には:

リフレ派が「デフレ脱却すれば万事解決」と過信しすぎた

構造改革派は「改革には時間がかかる」ので地味すぎて政治的にウケなかった

結果、どちらも中途半端になった、というのが現実です。

🧠 なぜここまで対立が激しかたか



から

日本経済学者や政策担当者の間でも

リフレ派 vs 構造改革派」のバトルは延々と続きました。

(※いまだに続いてます。たとえば岸田政権では構造改革色が強くなり、リフレ派はだいぶ影響力を失っています

2025-04-21

anond:20250421224610

あー、勘違いさせたならごめん

データが出ても暗数があることを考えて信じきれないってだけの話で答えはない

 

非正規正社員の話はちょっとよくわからないや

非正規はしっかり残業計上がされているって認識なのかな?

そうだとしたら是非はわからないけど、比率に関しての増減はAIによれば下記のような感じらしいよ

 

1990年代前半:約20%

1990年代後半:急上昇し、2000年には約30%に

2010年代:増加傾向が続き、約40%に

2020年代:減少傾向にあり、2023年には36.9%

2025-04-20

anond:20250420181444

NISAの遥か以前からインデックス

1990年代からやってる 達人やん!

2000年代からやってる 上級者やん!

2010年代からやってる 自称中級者か・・・・・

2025-04-19

[]タイガーウッズ体制

タイガー・ウッズ体制とは、ゴルフ界におけるタイガー・ウッズ氏の支配的な存在と、その影響力に関する言葉です。特に1990年代後半から2000年代にかけての彼の卓越したゴルフの実績と、それによるゴルフ界への影響を指します。

2025-04-16

anond:20250416224423

ネット特に財政政策金融政策過大評価しがち

まるで日銀財務省を変えればバラ色みたいな極論が多すぎ

1990年代財政政策大盤振る舞い大減税も、2010年代異次元リフレーション金融政策万能論も忘れてしまっている

anond:20250416213526

日本マンゴー一般的に人気になり始めたのは、1990年代後半から2000年代初頭にかけてとされています

もともとマンゴー沖縄宮崎などの一部地域栽培されていましたが、1980年代まではまだ高級な輸入果物という位置づけで、一般家庭にはあまり馴染みがありませんでした。しかし、1990年代に入り、宮崎県がハウス栽培によって高品質な「完熟マンゴー太陽タマゴ)」をブランド化し始めたことで、国内産マンゴーが注目されるようになりました。

また、南国フルーツを使ったスイーツジュースが増えていく中で、マンゴーの濃厚な甘みと香りが人気を博し、コンビニカフェパフェなどのスイーツでも多く使われるようになりました。

まり1990年代後半から2000年代にかけて、宮崎産のブランド化とスイーツ市場での拡大がきっかけとなり、マンゴー日本で広く親しまれる果物になったのです。

2025-04-15

anond:20250414142109

1990年代BSD系に比べてLinuxなんちゃってUnixだと言われていたが、2020年代のいまやBSDの方が変わってなくて古臭いである

2025-04-14

anond:20250413180733

ポストアポカリプスって20世紀世紀末流行ったやつ。

いまさら新作つくったとことで、当時の劣化コピーしかならない。

当時は1990年代というリアル世紀末アポカリプス一種)で、

リアルタイムにその少しにありえそうな未来(だけど実際はあるわけない未来)を前提に作成したコンテンツだった。まさに「あのアッパー感」があった。

2025年の今じゃ、もうアポカリプスなんて時代遅れだし、陳腐しかないよね。

マッドマックスのFury Roadだろうが、アニメの終末系だろうが、大局的にみれば大して流行ってなくて

リアル世紀末体験した中年高齢者の一部が、懐かしいなーと当時を偲んでるだけだよ。

2025-04-13

anond:20250413205228

増田A

なんで日本人って経済学計算機科学ゴミなの?

ノーベル経済学賞チューリング賞永遠に取れなさそう

増田B

経済学に関してはマル経があまり流行りすぎた

ChatGPT、増田Bをファクトチェックして



増田Bの発言

経済学に関してはマル経があまり流行りすぎた」

についてファクトチェックすると、部分的事実に基づいていますが、現在の状況を説明するには不十分かつや時代錯誤です。詳しく見ていきましょう。

✅【事実の側面】

マル経マルクス経済学)」が流行した時代があったのは本当。

戦後から1980年代にかけて、日本大学特に文系学部)ではマルクス経済学(いわゆる「マル経」)が主流でした。

特に東京大学一橋大学京都大学などでは、経済学部の主流がマルクス派であり、近代的な数理経済学新古典派は「ブルジョア経済学」として軽視される傾向すらありました。

その影響で、日本経済学教育が数理的なモデル分析ミクロ基礎に弱いという批判はあったのは確かです。

❌【誇張・ミスリードの側面】

「だから今もゴミ」あるいは「ノーベル賞が取れない」原因をすべてマル経のせいにするのは無理筋

1990年代以降、日本経済学部も主流派経済学新古典派ゲーム理論行動経済学数理モデル)へと大きくシフトしています

現在日本トップ大学経済学教育は、世界基準と比べても大きな遅れはなく、特にマルクス経済学が主流という状況は 完全に過去のもの です。

したがって「マル経流行りすぎた」というのは、「過去歴史的事実」としては正しいが、「現在日本経済学の遅れの原因」とするのは不正確です。

🎓ノーベル経済学賞を取れない理由に関して

これは「日本人経済学者の国際的ネットワークの弱さ」「海外研究キャリアを築く文化が弱い」「学術英語力」など、構造的な問題関係しています

まり、「マル経流行たかノーベル賞が取れない」は因果関係としては 説明不足かつ時代遅れな言説 です。

✅まとめ:ChatGPTのファクトチェック評価

観点 評価 解説

歴史的事実 ✅ 正確 マルクス経済学一時的に主流だった

現状の説明不正確 今は主流派経済学が圧倒

因果関係 ⚠️ 誇張 マル経けが遅れの原因ではない

ノーベル賞との関連 ❌ 根拠薄弱 構造的な要因が多く、マル経との因果性は薄い

要するに、増田Bのコメントは「昭和脳」気味の懐古主義に基づいたツッコミで、現状に対する説明力としてはやや弱いです。ちょっと昔話に逃げてる感ありますね。

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