「17歳のための世界と日本の見方」
「17歳のための世界と日本の見方」(松岡正剛著、春秋社)より
十字軍は、イスラム勢力から聖地エルサレムをキリスト教圏に取り戻すための闘いをおこす戦士の軍団です。イスラム教徒たちを一掃して、キリスト教文化圏を拡張するための戦争のための軍隊です。そのころのキリスト教もまた軍事的な色合いを非常に強めていたので、異教徒を屈服させてキリスト教世界の政治・経済社会に組み込んでいくということは、ある意味で当たり前の組織戦略だったともいえます。
十字軍は十一世紀の終わりから十三世紀の終わりまで、七回にわたって送られました。最初のころは聖地エルサレムをめぐって、取ったり取られたりの攻防が続きますが、第四回目以降ともなると、経済拡大や領地拡大を目的とするあからさまな侵略戦争へと変貌していきます。しかし結果的には、キリスト教世界の拡大という目的は果たされず、十字軍は失敗に終わり、それが教皇や教会の権力が衰えていく要因にもなっていきます。
ただ、ヨーロッパにとって大きな成果があったのは、イスラムという大きな敵と戦うことによって、ヨーロッパにはじめて連帯感がもたらされたということでした。このとき、ヨーロッパがヨーロッパというものを意識しはじめたんです。
どういうことかわかりにくいかもしれませんが、それまでヨーロッパは王国とか帝国といったひとつの、あるいはいくつかのアイデンティティであらわせるようなものではなく、無教の都市や都市国家が群雄しているような状態だったんですね。しかもそこには都市貴族と教会と国王と、それと世俗的な土地とつながった領主たちのようなリーダーがいて、それらがばらばらに活躍していた。
それが十字軍によって初めて重なっていったんですね。おそらくイスラム軍の侵入を阻んだトゥール・ポワティエの戦いのときもヨーロッパはかつてなかった連帯感をもったことでしょう。しかし十字軍はそれ以上にヨーロッパの結束を強めた。というのも、聖地奪還を大義名分とした戦争をおこしたことによって、ヨーロッパという領域とキリスト教世界とがほぼぴったりと重なっていくことになったからです。
>>今日のヨーロッパの連帯感の原点は十字軍