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「企業のリアル」①


「企業のリアル」(田原総一朗×若手起業家、プレジデント社)より
(2014年7月2日第1刷発行)


  まえがき

 僕は年を取って柔軟な思考力を失ってしまったせいか、ニューズを聞くだけでは、彼らのビジネスモデルや、それが生み出す新しい価値についてよくわからないところがあった。しかしポスト・ホリエモンを知るのに、そこは避けて通れない道だ。

 だから僕は自分の恥をさらすことをいとわず、懸命に話をきいた。

 本書は、僕と彼らの真剣勝負のドキュメンタリーである。

  田原総一朗


 日本発のスマートフォンアプリ「LINE」。2014年4月、ユーザー数は四億人を突破し、今や台湾、タイ、インドネシア、スペインなど、世界に広がっている。支持されたきっかけは、文字では伝わりにくい様々な感情をイラスト化したスタンプにある。日本を代表するITサービスへ成長したLINEはいかに誕生したのか。

  第一章 儲けを追わずに儲けを出す秘密  LINE社長 森川享

1967年、神奈川県生まれ。89年に筑波大学卒業後、日本テレビに入社。99年、青山学院大学大学院国際政治経済学科でMBA取得。2000年、ソニー入社。03年、ハンゲームジャパン(現LINE)入社。07年、同社社長就任。11年「LINE」をスタート。13年4月、ゲーム事業を分離し、社名を「LINE」に変更。同社社長に就任。


 どうして差別化がマイナスになるの? 
 「人が何をほしがるか」を考えなくなるんです



  目指したのは「スマホの水」

森川  水のようなサービスをつくりたかったのです。水って要らない人がいないですよね。スマホにおける水は、コミュニケーションです。その分野でトップになろうと試行錯誤しているうちに生まれたのがLINEでした。

田原  松下幸之助さんの水道哲学に近いね。幸之助さんは、水道をひねると水が出てくるように、みんなに家電を行き渡らせるという考えを持っていた。LINEは、まさしく水だ。ところで、LINEはすぐできたの?

森川  いえ、そのころはネット上だけで出合えるツールが流行っていたので、最初は僕たちの意識もそちらに向いていました。ところが、11年に東日本大震災が起きた。最初は自社のツールを使って社員の安否確認をしていたのですが、フェイスブックやツイッターの方が使いやすく、結局はそれで連絡をとり合うようになりました。そうした経験を通して、求められているのは、いまこのタイミングに身近な人、大事な人としっかりコミュニケーションをとれるものだろうと確信。それからLINEのプロトタイプをつくってリリースしたという流れでした。


  会議なし、仕様書もなし

森川  インターネットのビジネスが成熟してくると、人は機能よりデザインや気持ちよさでサービスを選ぶようになるという確信を持っています。なので、アイデアが出たら仕様書をつくるのではなく、まずデザイナーに絵を描いてもらいます。それをいじりながら、「これ、いいよね」とか「こうしたら使いやすいよね」となったところで、初めてエンジニアのほうに渡すというやり方をしています。


森川  ユーザーが求めているものと企業が求めているものがずれると、当然、ユーザーは離れていきます。そこをどれだけイコールにできるかがチャレンジ。それをやり続ければ、つぶれることはないです。


森川  僕たちの目的はユーザーさんを増やすこと。もちろんサービス継続のために必要な部分だけは収益モデル化していますが、ユーザーの方がいやがるような収益モデルをやるつもりはないんです。実際、LINEで広告はやっていないですし。

田原  あっ、そうなんですか。広告で儲けてるのかと思ってた。

森川  厳密に言うと、企業の方がユーザーの方とコミュニケーションをするツールとして「公式アカウント」というものがありまして、それは企業の方にお金をいただいています。ただ、ユーザーが登録しないとコミュニケーションがとれないし、企業から送るメッセージも月に二本とか一本という形になっています。つまり、ユーザーの人が見たくないものを見せられるということはないわけです。

田原  そうすると、いま売り上げの内訳はどうなっているのですか。

森川  ゲームやスタンプといったコンテンツの売り上げが大きいです。企業広告の要素がある公式アカウントの売り上げはそれほど大きくない。

田原  他社の話ですが、フェイスブックはどうですか。あそこは上場して、収益化を考え始めたという印象があるんだけど。

森川  そうですね。僕は筑波大学出身なのですが、フェイスブックを使うと、画面に「筑波大学卒業の方へ」っていう広告が出てきます。僕のプロフィールを見て出してくるわけですが、それって気持ち悪いですよね。ビッグデータの時代になると、行動や属性をマイニングされて、それを収益モデルに活かすことになるのでしょうが、使う側からするとプライバシーが守られているのかどうか、不安が残るでしょう。


  経営哲学の源はジャズの即興精神

田原  フェイスブックのユーザー数は11億人。LINEは急速に伸びていますが、まだ差がある。いずれフェイスブックを抜くつもりですか。

森川  抜きたいなと思います。ただ、闘うという意識はないです。

田原  それもおもしろい。闘わないで、どうやって勝つの?

森川  闘うことが目的ではないですから。そこが目的になると、ユーザーの求めるものから離れちゃうじゃないですか。とにかくシンプルに、ユーザーが求めるものをつくり続けるだけです。


森川  音楽でもクラシックより、ジャズのインプロビゼーション(即興)に近いと思っています。


  対談を終えて

  無料なのに広告をとっていないのがすごい

 LINEはスタートしてから3年経たずに、利用者が4億人を突破した。今や日本だけでなく、台湾、インドネシア、ブラジル、ロシアなど世界中で使われているという。もともとITサービスは当たると一気に広がるものだが、それにしてもLINEの成長スポードはすごい。

 今回驚いたのは、LINEに広告はないということだ。ITにかぎらず、無料で使えるサービスに広告はつきものだ。ところが、森川さんは、「企業が収益化を考えると、ユーザーはそれに気づいて離れていく。だからいま広告はやっていない」と言う。こうした姿勢がユーザーを惹きつけ、結果的に収益の増大につながっている。儲けようとしないほうが、かえって儲かる。それがいまのビジネスのトレンドなのだろう。


>>確かに、ユーザーが求めているものと企業が求めているものをイコールにできれば、それがビジネスになるに違いない


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