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「戦略的コーポレートファイナンス」④



「戦略的コーポレートファイナンス」(中野誠著、日本経済新聞社)より


  [Ⅴ] 揺らぐ企業理論

 コーポレートファイナンスにおける企業価値の定義
 企業価値=株主価値+債権者価値


 「企業価値最大化」命題(Value maximization proposition)

  第1の論点
 企業にとっての財務的な請求権者である株主・債権者の価値を過度に重視することから、他の利害関係者の利害が軽視されるというもの。これは主として、ステークホルダー理論の提唱者から提示される論点

  第2の論点
 短期主義(short termism)や近視眼的な企業行動(myopic behavior)
 短期主義 長期的利益を犠牲にして、短期的利益を過度に追求する姿勢
 直近の四半期EPSを嵩上げするために、正のNPVを内包して本来は実行するべき投資プロジェクトを見送る行動などが、その典型。経営者が投資家、証券アナリストの圧力に屈して、短期的利益を稼ぐような行動に走り、長期的な企業価値を失墜させるとして批判されることがある

  第3の論点
 第1の論点から派生するもの
 現代社会において、企業価値の源泉はカネからヒトへと遷移しているのではないかというもの。カネが相対的に重要であった時代は過ぎ去り、現代では世界中でカネ余りの状態。企業の差別化要因は人的資源やアイデアにあるのではないかという点


  ステークホルダー理論に対するジェンセン教授の批判
 株主債権者だけでなく企業を取り巻く多様な利害関係者の便益を考慮に入れて、企業経営を行うべきだという主張。具体的な利害関係者としては、従業員、顧客、取引先、地域社会、政府、地球環境などが取り上げられる。
 人々の直感に訴える。多様な関係者にとっての「価値」を求めるほうが、なんとなく洗練された解のような気がするかもしれない

 しかし、ハーバード大学のジェンセン教授は、ステークホルダー理論には批判的
 It fails to provide a complete specification of the corporate purposes or objective function.(Jensen[2001])(ステークホルダー理論は、企業の目的を特定できず、また目的関数を与えることもできない)

 経営上の混乱、対立、非効率をもたらし、競争上の失敗に導く可能性もあると指摘


  BSCの考え方
 複数の主体に目配りする経営管理ツールとして、バランスド・スコア・カード(BSC)がある。ハーバード・ビジネススクールのキャプラン教授が提唱している経営管理ツール
 BSCは「財務の視点」だけでなく、「顧客の視点」「学習と成長の視点」「社内ビジネス・プロセスの視点」を主要な目標に掲げている。
 けれども、視点感で対立が生じた場合、どのようにしてトレードオフを解消していくべきかの視点は提供してくれない

  財務の視点
 財務的に成功するために、株主に対してどのように行動すべきか

  顧客の視点
 戦略を達成するために、顧客に対してどのように行動すべきか

  学習と成長の視点
 戦略を達成するために、我々はどのようにして変化と改善のできる能力を維持するか

  社内ビジネス・プロセスの視点
 株主と顧客を満足させるために、どのようなビジネス・プロセスに秀でるできか


  CSV経営という新しい考え方
 近年、脚光を浴び始めているCSV(Creating Shared Value)。ハーバード・ビジネススクールのポーター教授らが提唱
 従来のCSR(Corporate Social Responsibility)は、その基本的性格が社会貢献活動・慈善活動にあり、企業の事業活動・事業戦略との直接的な結びつきは弱い
 CSVは本業に即した形で社会的課題を解決しながら、経済的価値をも追求しようと試みる。社会のニーズや問題に取り組むことで社会的価値を創造し、その結果、経済的価値をも創造するというアプローチ

  共通価値(Shared Value)の考え方
 社会的価値(Social Value)  経済的価値(Economic Value)
              ↓     ↓
           共通価値(Shared Value)
 ①製品と市場を見直すCSV
 社会・環境問題を解決する製品・サービスを提供することで、自社も経済的利益を上げながら、社会的価値を創出しようというもの。環境に優しいハイブリッド・カー(「プリウス」)を社会に提供することで、環境に関する問題解決に貢献。ミドリムシの大量培養技術でバングラディシュの食糧問題・栄養問題を解決しようと挑戦するユーグレナ社

 ②バリュー・チェーンを強化するCSV
 ネスレに代表されるように、サプライヤーの育成を通じて安定的調達、流通効率化、環境負荷低減などを目指すもの

 ③拠点地域を支援する産業クラスターを強化
 地域社会における職業訓練サービスの提供などにより、地域を強化する活動を指す


  ジェンセン教授の“Enlightened value maximization” 長期の財務的な企業価値創造を企業の目的関数に設定すべきだと主張
ステークホルダーに対して最低限の便益を与えなくては、企業は長期間にわたって存続することはできない


  長期株主優遇の潮流
 フランスの会社法では、2年間株式を継続して保有した場合、2倍の議決権が付与される。長期的な視点から企業を評価してくれる「株主の声」を経営に反映することがその狙い

  オックスフォード大学のメイヤー教授
 株主のコミットメントの深度(投資した資本の領だけでなく、コミットメントの期間(投資した期間)に応じて議決権を付与すべきだという提案。しかも、株式保有期間は事後的に図るのではなく、株主は事前に保有を意図する期間を登録することを求めている。
事前登録の効果
「第1に、保有期間の登録により保有期間を遡ってではなく、将来予想される保有期間に比例させて、株主に議決権行使に基づく支配権を付与できる。第2に、保有期間の登録により、企業買収における財産権移転の決定権を対象会社の長期的なビジョンにコミットしている株主にのみ付与し、コミットしていない株主を意思決定の過程から排除することができる。」(『ファーム・コミットメント』メイヤー著、2014年)
 コミットメントの時間軸を重視する考え方。日本でも「経営の時間軸」に関する議論が始まっている

  トヨタ自動車のAA株
 2015年7月に「AA型種類株式」を発行。5年経過するまでは売却ができない優先株式

 背景・目的(出処:トヨタ自動車ホームページ)
 ・中長期で保有いただくことを前提とした議決権のある譲渡制限付き種類株式の発行
 ・中長期での成長を目指すトヨタの経営の意思を株式市場へ発信
 ・中長期で株式を保有する株主を「会社にとって重要なパートナーとなり得る存在」とするコーポレートガバナンス・コード原案に沿った取組み

 3つの特徴
 第1 普通株式と同等の議決権が付与
 第2 発行後5年以降は次の3つの選択肢から、自分の行動を決定することが可能
 ①普通株式に転換(1対1)の上、普通株式として保有
 ②AA型種類株式のまま継続保有
 ③発行価格で取得請求をすることで換金する
 第3 長期保有を促進する利回り 初年度0.5%、以降1.0%、1.5%、2.0%、2.5%、以降2.5%で一定
 調達した資金は「中長期視点での研究開発投資」に向けられる。それにフィットした「中長期株主層の形成」を狙っている。時代は短期的なゲインを求める投機マネーではなく、長期的視野を持つ資金提供者を求めているのかもしれない。日本を代表する企業の取り組みゆえに、今後の波及的展開が注目される



  企業価値の源泉は「ヒト」「見えざる資産」
 FANGsと呼ばれるアメリカ企業群。Facebook、Amazon、Netflix、Googleの頭文字を取った略称。2016年4月1日時点での各社の時価総額:Facebook3,303億ドル、Amazon2,818億ドル、Netflix452億ドル、Google(Alphabet Inc.)5,298億ドル。株式じか総額が日本一のトヨタ自動車1,718億ドル(1ドル=112円換算で19.3兆円)
 FANGsの中国版として“BAT”。Daidu、Alibaba、Tencent。“BAT”は中国におけるインターネット関連事業から、金融決済等にも事業を展開
 これらの企業は、有形固定資産への投資ではなく、人材への投資、研究開発への投資など、「見えざる資産」への投資という方向にシフトしている。あるいはストックとしての資産ではなく、将来キャッシュフロー創出力へと企業価値評価の要因がシフトしてきていると解釈するべきかもしれない
 「カネ」や「モノ」も大切。しかし現代社会においては、希少性という意味では、ヒト、アイデア、革新性などの「見えざる資産」あるいは将来キャッシュフロー創出力にその座を奪われつつあるのかもしれない。財務的な評価、医師けってする際には、このような新しい潮流も強く意識する必要がある


  読者へのメッセージ

第1 「自分の頭で考えれば解が見つかる」。複雑だったり、新規性が高かったりしても、1つずつ思考ステップを踏んで行けば、問題は解決可能。すぐにインターネットで調べて、安易な回答で満足しているようでは、差別化はできない。
基本的理論を知らずして実務に携わる時代は過去の話で、既に終焉を迎えつつある。「大学で教える内容くらい知らないと役に立たない」というのが、世界の現状

第2 “You are what you learn.”「あなたの精神は学びから形成されている」現代では、「人間は学ぶために生きている」のではないか。役に立つ、立たないにかかわらず、知的に興味深い事柄を学ぶことこそが、生きること。


  ブックガイド
 初めてコーポレートファイナンスを学ぶのに最適な書籍
 『コーポレート・ファイナンス入門』(2004年、砂川伸幸、日経文庫)
 『コーポレート・ファイナンスの考え方』(2013年、古川浩一他、中央経済社)

 コーポレートファイナンスを本格的に学ぼうとする読者向け。欧米のMBAの定番テキスト。理論的な解説だけでなく、具体的なデータが満載
 『コーポレート・ファイナンス第10版』(2014年、リチャード・ブリーリー他、、日経BP)
 『コーポレートファイナンス第2版』(2014年、ジョナサン・パーク他、丸善出版)

 日本企業の事例をベースとして学びたい人向け
 『日本企業のコーポレートファイナンス』(2008年、砂川伸幸他、日本経済新聞出版社)

 リスクとリターンの国債比較分析
 『業績格差と無形資産-日米欧の実証研究』(2009年、中野誠、東洋経済新報社)

 インベストメント・マネジメントないしは金融理論を重視したテキスト
 『ファイナンス論-理論から応用まで-』(2010年、大村敬一、有斐閣)

 企業価値評価
 『はじめての企業価値評価』(2015年、砂川伸幸他、日経文庫)
 『新・企業価値評価』(2014年、伊藤邦雄、日本経済新聞出版社)

 グローバル・ビジネスの生きた教科書
 Financial Times


>>企業理論を把握した上で、企業価値の源泉である「ヒト」や「見えざる資産」の大切さを考えてゆきたい

「戦略的コーポレートファイナンス」③



「戦略的コーポレートファイナンス」(中野誠著、日本経済新聞社)より


  [Ⅳ] 資本市場との付き合い方をどうするか

 MM(モジリアーニとミラー)第1命題:法人税がない場合、資本構成は企業価値には影響しない

 MM第2命題:法人税がない場合、借入れを行っている企業の株式の期待収益率は、市場価値で示されたD/Eレシオに比例して増加する

 Re(株式資本コスト)=Ra(総資産の期待収益率)+(Ra-Rd(負債コスト))×D/E(財務レバレッジ)

 法人税があるケースの修正MM第1命題
タックスベネフィットを考慮
企業価値が高まる裏側では、税引後WACCが法人税率(t)の分だけ低下している

 WACC=Ra=(Rd(1-t)×D/(D+E)+(Re×E/(D+E))

 法人税があるケースの修正MM第2命題
法人税がある場合も、株式資本コストは財務レバレッジに比例して上昇
ただし傾きは(1-t)分だけ緩やかになるのが、法人税がない場合との違い

 Re=Ra+(Ra-Rd)×(1-t)×D/E
 法人税が存在するケースでは、負債の節税効果によって、負債コストの面でベネフィットが存在。また、株式資本コストの上昇幅も抑制。そのため、少しだけWACCが低下し、企業価値が高まる

「負債活用で価値が生み出せるのであれば、多くの企業がレバレッジをどんどん高めるはずではないのか?」というもの。実際にはここでは想定していない倒産コストの存在のため、過度な負債利用には歯止めがかかり、最適な資本構成に落ち着くものと考えられる。要するに、負債を活用すると節税効果で少しだけ得をするが、あまりに負債依存度を高めると倒産確率も高まってしまうので、両者のバランスによって企業は最適資本構成を決めているのではないか、という考え方。この説明は「トレードオフ理論」と呼ばれており、より現実的な説明だと考えられている


  欧米6ヵ国のアナリストレポートに示された数値
 日付     金融機関      対象企業          Rf   MRP Rf+MRP

 2015/9/15 Societe Generale  LVMH(仏)        2.0%  5.0% 7.0%
 2015/7/30 HSBC         Glaxo Smith Kline(英) 3.5% 3.5% 7.0%
 2015/6/8  JP Morgan       Tesla Motors(米)     1.8% 7.5% 9.3%
 2015/4/20 HSBC         Telefonia(スペイン)    3.5% 5.5% 9.0%
 2015/2/18 Commerzbank    Bayer(独)         1.5% 4.0% 5.5%
 2015/2/17 ICBPI          Pirelli(伊)         2.1% 5.0% 7.1%

 156本のアナリストレポートを精査し、RfとMRPの数値を集計
 Rfは3%前後、MRPは5%前後が平均値、両者合計(Rf+MRP)の平均値は8%台
 ⇒平均的な企業の株式資本コストは8%前後

  全体的な傾向
 新興国のMRPが高水準、先進国は低水準
 ベトナム10.3%、中国8.1%、インド、インドネシア、トルコ、ロシア、ブラジル約8%
 ⇒国債を買わずに株式を買うことのリスクは大きく、それに伴って投資家が求めるプレミアムも高い
 日本5.3%、アメリカ5.4%、ドイツ5.4%


  日本のヒストリカルMRP年次MRPの時系列平均値
 1960年~1972年15.8%
 1960年~2015年6.1%
 1980年~2015年4.3%
 日本に関しては、さきほどのサーベイ調査に基づくMRPが5.3%、ヒストリかる・アプローチに基づくMRPが4.3%、企業財務で4%~6%のレンジの数値が用いられているのは、適切な対応だと考えてよい

  米国のMRP(『コーポレートファイナンス第2版』(久保田他訳、丸善出版、2014年))
 1926年~2009年5.7%
 1959年~2009年3.7%
 先進国では株式市場に参加する投資家が増加してリスク分担が容易になった点、金融革新によって分散化リスクが減少した点などにより、株式保有のリスクが減少し、結果的に投資家が要求するプレミアムが減少したものと解釈することができる


  株式ベータの決定要因
 第1 事業リスク 高いほど株式ベータは高い
 第2 費用構造  固定費の割合(対変動費)が高いほど株式ベータは高い
 第3 資本構成  財務レバレッジが高いほど株式ベータは高い
 同一業界で競争している2つの企業でも、財務レバレッジ水準が異なれば、株式ベータは変わってくる

  個別企業の株式ベータは常に一定ではない
 ベータは変動する
 事業ポートフォリオの大幅な入れ替えがあれば、事業リスクが変動する
 売上や利益のボラティリティが変化すると、当然株式ベータも変化する

  低下するフィリップス社のベータ
 2015年の売上構成:ヘルスケア事業46%、コンシューマー・ライフスタイル事業23%、ライティング事業31%
 半導体事業、携帯電話事業、液晶パネル事業、音響機器事業を売却、世界シェア首位の照明部門を分離する意向も表明⇒「総合ヘルスケア企業」へ。2015年度のヘルスケア事業の売上高109億ユーロにまで成長。事業ドメインの転換が株式ベータの低減にも顕在化。
 一般に、医療、医薬品セクターの企業は「低ベータ」。これらのセクターの業績は経済一般の動きとは連動が低いから。景気の良い悪いで、通院回数を増減することはない。病院も景気変動で患者への治療方針を変更することはない。ヘルスケア事業への事業領域転換を反映して、フィリップス社の株式ベータも低減していることが想像できる

 近年、M&A&Dが盛んになっているため、各社の事業ポートフォリオはダイナミックに変化。事業の多様性が増えたり、減ったりする。

  増資をすると株価は下がるのか?

 平均的には増資の公表は株価の下落をもたらす
 第1 「マーケット・タイミング仮設」
 経営者は自社の株価の動向を見て、株価が高い時(タイミング)を見計らって増資をする
 第2 1株当たり利益(EPS)の希薄化(dilution)

  常識を疑え! 「希薄化」対「濃縮化」

 調達資金の投資先収益率が既存事業よりも高い場合
 非常に有望な事業で利益率が20%⇒会社全体のROEは10%と20%の平均値15%にまで上昇
 既存株主にとってのROEは希薄化されるのではなく、逆に「濃縮化(concentration)」される

 増資に対する株価反応は調達資金の使途・期待利益率によって異質である


  財務レバレッジと株式ベータの関係性

 株式ベータの決定要因は大別すると3つ
 第1 事業リスク
 第2 企業の費用構造(固定費と変動費の割合)
 第3 資本構成(財務レバレッジ)

 1.貸借対照表からスタート
 A(資産)=D(負債)+E(株主資本)

 2.WACCからのベータ表現
 (1)Ra=(D/(D+E))Rd+(E/(D+E))Re
 (2)βa(資産ベータ)=(D/(D+E))βd(負債ベータ)+(E/(D+E))βe(株式ベータ)
 (3)βe=(1+D/E)βa-(D/E)βd

  レバレッジとベータの線形表現
 資産ベータ(βa)は事業特性によって決まるため、レバレッジの影響を受けないので一定の値となる。また、負債リターンが市場ポートフォリオとほとんど連動しない(すなわちβd=0)と仮定すると

 (4)βe=(1+D/E)βa

 (4)式から、株式ベータは財務レバレッジ(D/E)が高まると線型に上昇することが分かる
 ⇒積極的なペイアウト政策を取ることで財務レバレッジが上昇すると株式ベータが上昇
 ⇒株式ベータの上昇は自社の株式の変動性が高まる=株主の期待する株式リターンも高くなることを経営トップは認識しておくべき


>>株式資本コスト、WACC、Rf、MRP、株式ベータ等について、個別企業毎に考えてゆきたい

「戦略的コーポレートファイナンス」②



「戦略的コーポレートファイナンス」(中野誠著、日本経済新聞社)より


  [Ⅱ] ペイアウトか成長投資か

 MM(Miller and Modgliani)配当無関連命題:ペイアウトは株主の富に影響しない
 =配当として現金が流出する分だけ、会社内部に残存する価値は低下する

 シグナル効果で事業資産評価が上方改訂される場合

 無配のAmazon We inted to retain all future earnings to finance future growth and, therefore, do not anticipate paying any cash dividends in the foreseeable future.
出所:Amazon社ウエブサイト、Investores Relationのパートより


  保有現金使徒の選択肢

                 設備投資
                  R&D投資
     リスクテイク投資  M&A投資
                 海外投資
 現金 ペイアウト      配当
                 自社株取得
     現金保有継続


  アップル社だって悩んだペイアウトと現金保有

 詳細を精査してみると、そのほとんどは「corporate security」です。他社の株式を大量に購入しています。おそらくは、先端的な技術開発力のあるベンチャー企業に出資をしているのでしょう。ありは、「ファブレス経営」に協力してくれている生産工場への出資なども含まれていると想像できます。
 同時に注目すべきは、3番の項目「Proceeds from sales of marketable securities」です。アップルは市場性ある有価証券を大量に購入しつつ、同時に売却もしています。技術開発力の高いベンチャー企業、生産協力工場などに出資するとともに、ダイナミックに投資のポートフォリオを入れ替えている点が想像されます。

 アップルの投資CF構成項目の詳細
 (2014年9月28日-2015年9月26日)
                           単位:100万ドル
1 Purchases of marketable securities         -166,402
  (市場性ある有価証券の購入)ほとんどは「corporate security」
2 Proceeds from maturities of marketable securities 14,538
  (市場性ある有価証券の売却)
3 Proceeds from sales of marketable securities    107,447
4 Payments made in connection with business     -343
  Acquisitions, net
5 Peyments for acquisition of property, plant     -11,247
  and equipment(設備投資)
6 Payments for acquisition of intangible assets     -241
7 Other                              -26
  Cash used in investing activities            -56,274


 [Ⅲ] M&Aに挑む時

  M&Aのベネフィット


 第1に「スピーディな事業展開・規模拡大」が可能になります。内部成長によってゼロから自社で事業展開する場合と比べると、M&Aでは「時間を買う」ことが可能です。
 
 第2のベネフィットは、「事業ポートフォリオの転換」です。本業の成熟化、競争激化、技術革新などによって、事業ポートフォリオの転換を余儀なくされる企業も少なくありません。事業構造の変更なしでは生存さえ危ぶまれます。その際、異業種企業を買収することが1つの選択肢となってきます。この対応の事例としては、富士フイルムが当てはまります。同社は写真用銀塩フィルムがデジタル化への荒波にもまれ、「本業消失」の危機を迎えました。そうした中で、富士ゼロックスの子会社化、医薬品会社の富山化学工業の買収などを経て、液晶フィルム、医療機器、医薬等を手がける企業へと転換を果たしつつあります。

 M&Aのベネフィット
●迅速な規模拡大、迅速な海外展開、「時間を買う」
●事業ポートフォリオの転換
●経営効率の向上
●範囲の経済、シナジー効果

 M&Aのコスト
●高値の買収(自信過剰、情報不足)
●経営者の帝国建設、私的利益追求
●M&A後の統合コスト


 M&Aの価値創造効果の判断基準

買収金額 ≦ 被買収企業の      M&Aによって創造される
       ≧ 将来CFの      + 将来CFの
          割引現在価値合計   割引現在価値合計

  現金買収によるリスク増幅効果
 平均リスク5%=現金(リスク=0%)+既存事業(リスク=10%)
 平均リスク10%=M&A先事業(リスク=10%)+既存事業(リスク=10%)


  M&A&Dの“D”

 近年、「選択と集中」の必要性から、M&AにDを加えて議論をすることが増えています。一般に、事業売却・事業撤退全般を指してダイベスティチャー(Divestiture)という言葉が用いられています。ダイベスティチャーには、複数の形態があります。その代表的なものが、①スピンオフ、②エクイティ・カーブアウト、③アセット・セールの3つです。

 第1のスピンオフとは、ある企業が2つ以上の企業に分かれ、分離された部分の株式を旧会社株主にその持ち分に応じて割り当てるものです。

 第2のエクイティ・カーブアウトとは、日本でいうところの「子会社上場・公開」にあたります。

 第3のアセット・セールとは、文字どおりの資産売却と営業譲渡のことです。


  「のれん」の会計処理
 日本基準
・20年以内で毎期均等額を費用処理
・価値が大きく下がった場合は減損処理

 IFRS(国際会計基準)
・毎期の費用処理はしない
・価値が下がった場合、一気に減損処理

「のれん」の会計処理が違っても、キャッシュフローは変わらない。

 企業価値=株主価値+債権者価値


  [Ⅳ] 資本市場との付き合い方をどうするか

 MM
(モジリアーニとミラー)第1命題:法人税がない場合、資本構成は企業価値には影響しない

 MM第2命題:法人税がない場合、借入れを行っている企業の株式の期待収益率は、市場価値で示されたD/Eレシオに比例して増加する


  個別企業の株式ベータは常に一定ではない

 増資に対する株価反応は調達資金の使徒・期待利益率によって異質である


  企業価値の源泉は「ヒト」「見えざる資産」

 有形固定資産への投資ではなく、人材への投資、研究開発への投資など、「見えざる資産」への投資という方向にシフトしています。あるいはストックとしての資産ではなく、将来キャッシュフロー創出力へと企業価値評価の要因がシフトしてきていると解釈するべきかもしれません。

>>現金をペイアウトするか成長投資するか、それが問題だ

「戦略的コーポレートファイナンス」①




「戦略的コーポレートファイナンス」(中野誠著、日本経済新聞社)より
2016年8月10日 1版1刷


  まえがき

 多くの人々が関心を寄せる経営上の重要論点を中心として、企業財務ではどのように考えるのかをシンプルに解説しています。
 コーポレートファイナンスの思考枠組み・知識の獲得を通じて、企業の戦略や経営が見えるという効果を実感していただければ幸いです。


  ファイナンスの2つの領域

①コーポレートファイナンス 本書が扱う領域
 ・事業投資の意思決定
 ・資金調達の意思決定
 ・ペイアウトの意思決定

②インベストメント・マネジメント
 ・リスクと投資家の選好
 ・ポートフォリオ選択の理論
 ・証券市場の均衡価格
 

  コーポレートファイナンスの3つの領域

事業サイド
①事業投資の意思決定
 プロジェクトの評価
 経営資源の配分
 事業ポートフォリオの検討

資本市場サイド
→②資金調達・資本構成の意思決定
  負債・資本比率の決定
  資金調達の方法

←③ペイアウトの意思決定
  ペイアウト割合の決定
  配当・自社株取得の選択


  CFOの位置づけ

          CEO
     ・会社の方向性の決定
     ・リーダーシップ
     ・最終的な決断

    COO              CFO
事業オペレーション      企業経営全般に
  全体を統括        税務の視点から目配り
               ・事業投資の意思決定
               (経営資源の配分)
               ・資金調達・資本構成の意思決定
               ・ペイアウトの意思決定
               ・投資家とのコミュニケーション(IR)


[Ⅰ] なぜ、日本企業の利益率は低いのか?

 最近のテータとして、伊藤レポート(2014)が2012年の国際比較データを示しています。日本は全体で5.3%です。それに対して、米国は22.6%、欧州は15.0%です。日本企業のROE水準は欧米の3分の1、4分の1ですから、「ローリターン」であることは紛れもない事実です。日本企業の収益性、リターンは低いのです。

 日本は世界38ヵ国中、利益率の時系列ボラティリティが最も低いのです。
 低収益性だけに目を奪われていては、事の本質を見誤ります。


  日本企業はローリスク=ローリターン 

 日本に関してコメントするならば、従来はROEやROAの水準の低さだけが指摘されてきました。けれどもリスクの低さまで考慮に入れるならば、リスク調整済リターンは決して低くありません。リターンを向上させようとすれば、それに見合ったリスクを許容しなくてはなりません。リスクは一定のままに、リターンだけを向上させていくのが困難なのは、ファイナンス理論の指摘を待つまでもないわけです。


  中期経営計画の目標ROEは、事業リスクに応じて変えるべき

  目標ROEの設定方法


 資本資産価格モデル(Capital Asset Pricing Model:通称CAPM)は、以下のとおり定式化されています。

  株式期待収益率=Rf(リスク・フリー・レート)+β(株式ベータ)×MRP(株式市場リスク・プレミアム)

  株式市場リスク・プレミアム=(市場ポートフォリオの期待投資リターン)-(リスク・フリー・レート)


 会社全体の平均リスク=1/2(現金比率)×0%(リスク)+1/2(投資プロジェクト比率)×15%(リスク)=7.5%

 持ち主によってキャッシュの経済的価値は異なることもある


>>個別企業のリスクを考えた目標ROEの設定が必要であろう

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