「回想十年」
「回想十年 新版」(吉田茂著、毎日ワンズ)
いわゆるハル・ノートのこと
さてこのハル・ノートには、「Tentative and without commitment」と明記し、「Outline of proposed basis for agreement between the United States and Japan」となっていた。すなわちこれは「試案」であり、「日米交渉の基礎案」であるといっている。
実際の肚のなかはともかく、外交文書の上では決して「最後通牒」(ultimatum)ではなかったはずだ。私は改めて東郷外務大臣を訪ね、牧野伯の言葉を伝えると同時に、執拗にハル・ノートの右の趣旨をいって、注意を喚起した。
私の記憶では、政府はハル・ノートの訳文に多少手を加え、国民感情を刺激するようなニュアンスをもったものにして、それを枢密院に回付したとのことであった。私はたしかに当時そのように強く印象づけられているが、しかし今それを確証づけるような資料は見出せない。ただ誰のメモランダムだったか忘れたが、それを見るとハル・ノートにあった前述の「Tentative and without commitment」が抜いて書かれてあった。いずれにしても、私の強い印象は、当時の無謀な軍閥一部の策謀に関する私の憤懣を証することにはなるであろう。
>>都合の良いように手が加えられることもあるので要注意