「人間の器量」①
「人間の器量」(福田和也著、新潮社)より
西郷隆盛の無私
西郷は至誠の人であるとともに、権謀の人でもありました。
開明的な斉彬の薫陶を受けた西郷が、開国に反対のわけがありません。
けれども、開国を否定する攘夷のエネルギーを利用して、幕府を徹底的に追い詰め、その挙げ句に倒してしまった。
そして倒幕が成功した途端、方針を大転換して全面的に開国し、近代化政策を推進した。
勇猛果敢な薩摩健児を引き連れて、東北諸藩を平定し、明治国家を発足させましたが、いざ新国家が誕生してみれば、最大の功労者であるはずの薩摩健児たちのほとんどが、新知識を身につけているごく一部の者を除けば、新時代には無用の存在になってしまったのです。
自分が彼らを欺いた事を、西郷は誰よりもよく知っていました。
それは徳義に反することだが、社稷を守るためには仕方がなかった。
行き場のなくなった彼らに自らの身を与え、彼らとともに滅んでしまう事にした、そう私は考えています。
西郷のためには何千人といふ人が死んで居るのであるけれども、西郷を怨むといふ者はない。今でも神様のやうに思つている。つまり少しも私といふことがない。始終、人のため国家のためといふ一念に駆られて居つたからこそさういふ風に世人からも言はれて居るのだと思ふ。結局は人の信用である。その信用が七十年後の今日豪も変らぬ処に大西郷の姿を窺ふべきである。 (牧野伸顕『松濤閑談』)
>>西郷の器の大きさに少しでもあやかりたい