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「艦長たちの太平洋戦争」



「艦長たちの太平洋戦争」(佐藤和正著、光人社NF文庫)より


 
 孫子の兵法<戦艦「大和」艦長・松田千秋少将の証言>



「山本長官のやった戦さは、あれは素人の戦さですよ」


 二千年前、孫子が、「彼を知らず、己を知らずして戦う者は百戦百敗す」と教えた不動の大原則を無視した痴人の空想か、さもなければ、何万分の一かの成算を願望する大博打作戦と断定しても過言ではないでしょうね。

 私はかねてから、真珠湾攻撃は日本の敗戦の端緒であると主張してきたんだが、その理由はこういうことなんだ。

 まず、開戦のとき、真珠湾を奇襲して敵の戦艦多数を沈座させたことが、大戦果であるかのように宣伝されていますね。あれば、あくまで沈座であって撃沈ではないということです。大戦果どころか、事実はまったくこれに反し、予想されていた太平洋戦争の様相を一変させて、日本の敗戦の最大原因となったんだな。その理由を逐一、あげてみましょうか。

 まず第一は、宣戦なき奇襲によって米海軍のトラの子戦艦の多数が大破されたことは、全アメリカ国民を憤激させて、「リメンバー・パールハーバー」という標語のもとに、ただちに総力戦体制に立ち上がらせたことです。これに反して日本国民ならびに戦争当事者は、この見かけだけの大戦果と、南方海域での若干の戦果に酔って、「米英くみしやすし」という安易な気持になったことだね。そして総力戦体制にうつったのは、戦況がようやく厳しさを増してきた一年以後だったということです。

 第二は、沈座したアメリカの戦艦は、まもなく浮上修理され、戦力を回復して戦線で活躍できたこと。

 第三は、日本海軍が、もっとも重視しなければならなかった敵空母に、一指も触れなかったということ。

 第四は、飛行機では戦艦に致命傷をあたえることができない、とする米海軍伝統の思想を一変させ、「航空戦で海上作戦は決定できる」ことをアメリカ側に教えてやったことだね。このことは、民間航空機の生産能力と、民間パイロットの数が日本の十倍もある米国の思うツボにはまったものになったわけだよ。民間パイロットは、短期間の軍事訓練で、ただちに軍用機パイロットに転化できるからね。

 以上の結果、太平洋戦争を航空戦としたのは、じつに真珠湾攻撃に、その原因があるといわねばならんのだ。したがって、「大和」以下主力艦を中核として、放水雷航空の総合戦力により、制空権下の艦隊決戦を企図していた日本海軍伝統の作戦計画が、一朝のうちに瓦解してしまったんだな。しかも、これに基づいて永年にわたって巨額の国費を投じ、苦心して整備してきた必勝軍備も、連年の猛訓練で鍛えあげた戦闘術も、まったく発揮することができなくなってしまったわけですよ。

「大和」以下の強力な戦艦は無用の長物と化したし、新鋭空母は敵機の餌食に終わったし、水雷戦力を誇る駆逐艦は局地戦用の砲艦となったり、潜水艦もまったくその活動を封じられて、輸送船による海上輸送、とくに南方と内地との間の戦争必需物資が完全に途絶してしまったのも、元といえば、真珠湾攻撃が根本的な原因であったといえるわけだ。



>>山本連合艦隊司令長官の真珠湾攻撃は素人の大博打だったのだろうか


 
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