【 沢木耕太郎:一瞬の夏 】
「一瞬の夏」(沢木耕太郎著、新潮文庫)を読了した。「映画を撮りながら考えたこと」(是枝裕和著、ミシマ社)で、本作の「私ノンフィクション」に影響を受けたとの記述がきっかけ。
本作には、先行する小説があった。昭和48年の「クレイになれなかった男」(「敗れざる者たち」文藝春秋刊所収)。それから7年後の昭和55年から56年にかけて、朝日新聞紙上に連載で発表されたのが本作だという。
本作の解説で、柳田邦男はこう記している。
「『一瞬の夏』という作品は、実作の仲間から見たとき、次のような意味で実現的似てるであり、実験的であるがゆえに、刺戟的であったのである。
(1)不確かなもので充ち満ちている現代において、事実に徹する一つの方法として、自分の眼で見たものだけを信じて、その範囲内で書いたとき、どこまで書けるか。
(2)作家自身がいつも現場に同席し、あるいは事件の核心にかかわりあうような状況に身を置くことによって、作品中に「私」が登場することが必然性を持つ「私フィクション」の可能性。
(3)“年期”とはかかわり合いのない感性や心象風景への傾斜が大きな比重を占める「青春ノンフィクション」とでもいうべき分野の可能性。
沢木さんは、『クレイになれなかった男』の最後を、こう結んでいた。
「以前、ぼくはこんな風にいつたことがある。人間には?燃えつきる″人間とそうでない人間の二つのタイプがある、と。
しかし、もっと正確にいわなくてはならぬ。人間は、燃えつきる人間と、そうではない人間と、いつか燃えつきたいと望みつづける人間の、三つのタイプがあるのだ、と。
望みつづけ、望みつづけ、しかし、?いつか″はやってこない。内藤にも、あいつにも、あいつにも、そしてこの俺にも・・・・・・」」
昭和55年、1980年に入ったばかりの1月、沢木耕太郎は「ひとりだけの徒弟修業」(「路上の視野」文藝春秋刊所収)にこう記している。
「そして10年。悪戦の末、どうにかいくつかのルポルタージュを書き上げてきた。しかし、気がついてみると、再び『調べても書けない』という地点に佇んでいる自分を発見せざるを得なくなっていた。調べても書けない。いや、もっと正確にいえば、調べたことを書きたくないという思いが強くなってきてしまったのだ。(中略)この80年代に、もう一度たぅたひとりだけの『徒弟修業』が必要とされているかもしれない」
1979年秋、28歳で芸能界を去る決意をした歌姫・藤圭子に、沢木耕太郎がインタヴューを試みた。聞き手と語り手の「会話」だけで紡がれた、異形のノンフィクション。この「流星ひとつ」が実際に出版されたのは34年後の2013年10月。2013年8月22日の藤圭子の自殺直後だった。「藤圭子という女性の精神の、最も美しい瞬間」を、宇多田ヒカルに知ってもらうためだった。
80年に入ったばかりの、調べたものを書きたくないという沢木耕太郎の思い。そこには藤圭子へのインタヴューが存在したのは間違いなかろう。
(参考)
http://tsuru1.blog.fc2.com/blog-entry-17.html
<感想>
柳井CEOの「自分の人生はこうだった。一生かけてこれをやった」と言えることと、燃えつきたいと望みつづけるだけで終わらないことは、同じことを言っているように思われる。?燃えつきる″人間になりたいと思う。
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元証券マンが「あれっ」と思ったこと
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「春に散る」(沢木耕太郎著、朝日新聞出版)
昨日、掲題書を読了した。
以下は掲題書(第13章「自由と孤独」)より。
『「頭がいいか悪いかを判断するのは簡単なことです。ポイントはその人に考える習慣があるかどうかです。逆に言えば、考える習慣を持っている人を頭のいい人と言うんです」
「天才的なスポーツ選手というのは無限に考える力を持っている人です。ただ、そのプロセスを言語化できない人もいます。だから、一見すると、愚かなようにしか思えない。しかし、秀れたスポーツ選手は、練習のときにも、すごいスピードで頭をはたらかせているんです」
「そうです。ボクサーは自由なんです。リングに上がったボクサーは、相手を叩き伏せて意気揚々とリングを降りることもできれば、叩き伏せられてセコンドにかつがれながら降りることもできる。どちらも、すべてひとりで決断し、決定した結果です。リング上のボクサーは無限に自由です。しかし、ボクサーは無限に自由であると同時に、無限に孤独なんです。ボクサーは、リングに上がれば、ただひとりで敵と向かい合わなくてはならないからです。それはとても恐ろしいことです。たとえ事前にいくら情報を手に入れていたとしても、グラヴとグラヴを合わせてみなければ、相手がどういうボクサーかはわかりません。戦いに赴くボクサーは、未知の大海に海図も持たずに小船で乗り出していく船乗りのようなものなんです。無限に自由でいて、無限に孤独。それがボクサーの本質です。でも、それはボクサーだけのものじゃない。人間というものは本質的に無限に自由でいて無限に孤独なものなんだと私は思います。ボクサーは大観衆の眼の前で、しかも一時間足らずの試合時間の中で、その人間の本質を見せてくれているんです」
「リングに上がった二人のボクサーは、どちらがより自由に振る舞えるかを競い合っていると言ってもいいかもしれません。ボクサーは、リングの上で相手よりさらに自由であるために、日夜、必死にトレーニングを積んでいるんです」』
<感想>
「人間というものは本質的に無限に自由でいて無限に孤独なものなんだ」という。私も、自由であるために、考える習慣を身に着けて、トレーニングを積んで行きたいと思う。
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「旅する力 沢木耕太郎 深夜特急ノート」(沢木耕太郎著、新潮文庫)より
平成23年5月1日発行
第5章 旅の記憶
旅は人を変える。しかし変わらない人というのも間違いなくいる。旅がその人を変えないということは、旅に対するその人の対応の仕方の問題なのだろうと思う。人が変わることができる機会というのが人生のうちにそう何度もあるわけではない。だからやはり、旅には出ていった方がいい。危険はいっぱいあるけれど、困難はいっぱいあるけれど、やはり出ていった方がいい。いろいろなところに行き、いろいろなことを経験した方がいい、私は思うのだ。
>>旅以外でも変わることができる機会があるならその機会を捉えてゆきたい
『「愛」という言葉を口にできなかった二人のために』(沢木耕太郎著、幻冬舎)より
クライマックスの、船上におけるダンスパーティーのたとのシーンでも、新聞記者がプリンセスを宿舎の宮殿まで送り届けた車の中における別れのシーンでも、ついに二人の口から「愛」という言葉は発せられない。だからこそ、最後の記者会見でプリンセスに「スクープ」の写真を返したあとで、ひとり立ち去る新聞記者の靴音の響きが哀切に聞こえてくることになる。
『ローマの休日』のような、「愛」を口に出せなかった二人についての映画がいつまでも好まれるのは、いかに多くの人が「愛」を口に出せなかった二人についての映画がいつまでも好まれるのは、いかに多くの人が「愛」にできなかった経験を持つかということを物語っている。「愛」を口にできなかった二人について映画は、「愛」を口にできなかった彼、あるいは彼女のために存在する。
あのとき口にできていれば・・・・・・。
誰にもそうした記憶の一つ、二つはあるように思える。
確かに、口にできていたら、状況は大きく変っていただろう。その「愛」を受け入れられたら受け入れられたで、受け入れられなかったら受け入れられなかったで、二人の関係を大きく動かすことになり、人生の道筋を変えることになったかもしれない。
だが、ひとたび実際に口に出したとすれば、「あのとき口にできていれば・・・・・・」という甘美な記憶は失われることになる。
間違いなく、「愛」という言葉は状況を切り拓き、新しい関係を作り出す。しかし、仮にその「愛」が成就したとしても、それが最終的なハッピーエンドに結びつくとは限らない。成就した「愛」は変容するからだ。姿や形を変え、それが「愛」であったかどうかということすら不分明になるほど色褪せてしまうことが少なくない。一方、成就しなかった「愛」は色褪せることなく、むしろ年を経るごとに鮮やかなにすらなっていく。
人生においては、「愛」という言葉を口にできないまま別れてくいくというのは格別珍しいことではないだろう。焦がれるというほど強烈な思いを抱かなくとも、淡い行為を抱きながらその行為を態度にも口にも出せないまま別れるということはさらによくあるように思える。
そうした状況を描いた作品は、まるでかつて「愛」という言葉を口にできなかった二人のために存在するかのように、彼らを過去に引き戻し、過去の記憶を呼び起こす。
おそれく、これからも、「愛」という言葉を口にできない二人が登場する映画はいくつも作られることになるだろう。見る人の心の奥に、「自分のあのとき口にできていたら・・・・・・」という甘美な記憶が眠っているかぎり、いつもまでも。
>>変容しない「愛」というのは存在しないのだろうか
「流星ひとつ」(沢木耕太郎著、新潮社)より
五杯目の火酒
「手術は・・・・・・」
「五年前。手術前のビデオがあれば、あたしも見たいんだ。違うんだ、ほんとに」
「見たら、あたしの悩みがわかってくれると思うよ。だから、この五年間、苦労してきたんだもん。みんなが持っているあたしのイメージと、歌のイメージと、それもうすっかり変ってしまったあたしの声を、どうやって一致させるかってことを・・・・・・。可哀そうなあたし、なんてね」
「みんなは前の声で歌った歌を知っているわけ。それをこの声で歌わなければならないところに、無理があったわけ。みんなの持っているイメージから、そう離れるわけにいかないでしょ?まったく違う、新しい歌を歌うのなら、まだいいんだ。でも、どんな場合でも、何曲か歌う場合には、初期の頃の曲を歌わないわけにはいかなんだよね。それがつらかった。そういう歌を、この、喉に引っ掛からない声で歌うのが、ね」
「少し、わかってきたような気がする。あなたが引退しなければならなかった理由が、少し・・・・・・」
「この五年、歌うのがつらかった」
「いつでも?どんなときでも?」
「うん・・・・・・」
「一生懸命歌ってきたから、あたしのいいものは、出しつくしたと思うんだ。藤圭子は自分を出しつくしたんだよ。それでも歌うことはできるけど、燃えカスの、余韻で生きていくことになっちゃう。そんなのはいやだよ」
「あたしはもういいの。出せるものは出しきった。屑を出しながら続けることはないよ。やることはやって。だから、やめてもいいんだよ」
「一度どこかの頂上に登っちゃった人が、そのあとどうするか、どうしたらいいか・・・・・・。あの<敗れざる者たち>っていう沢木さんの本の中に出てきたよね」
「あたしは、やっぱり、あたしの頂に一度は登ってしまったんだと思うんだよね。ほんの短い期間に駆け登ってしまったように思えるんだ。一度、頂上に登ってしまった人は、もうそこから降りようがないんだよ。一年で登った人も、十年がかりで登った人も、登ってしまったら、あとは同じ。その頂上に登ったままでいることはできないの。少なくとも、この世界ではありえないんだ。歌の世界では、ね。頂上に登ってしまった人は、二つしかその頂上から降りる方法はない。ひとつは、転げ落ちる。ひとつは、ほかの頂上に跳び移る。この二つしか、あたしはないと思うんだ。ゆっくり降りるなんていうことはできないの。もう、すごい勢いで転げ落ちるか、低くてもいいからよその頂に跳び移るか。うまく、その傍に、もうひとつの頂があればいいけど、それが見つけられなければ、転げ落ちるのを待つだけなんだ。もしかして、それが見つかっても、跳び移るのに失敗すれば、同じこと。<敗れざる者たち>に出てくる人たちは、みんな、跳び移れないで、だから悲しい目にあっているわけじゃない?」
「ぼくはね、あそこで、<敗れざる者たち>って本で言いたかったのは、しようがないよなあ、ってことだったんだ。ほんとにしようがないよなあ、って。あんなにボロボロになるまでやらなくてもいいのに・・・・・・でも、しようがないよなあ・・・・・・それが、あなたたちの宿命なら・・・・・・しようがないよなあ、ってことを書きたかっただけなんだ。ぼくはね、あなたに、やっぱり、歌いつづけるより仕方ないような、まあ、そういう言い方をすれば、宿命みたいのを感じてたんだ。だから・・・・・・」
「ほんとは感動してるのさ。あなたの潔さに感動してるんだよ。でも、ぼくはあなたの歌が好きだから、まだ歌っていてほしいんだろうな、きっと。だから、難癖をつけている」
「あなたは、勇敢にも、どこかに跳び移ろうとしているわけだ」
「うん」
「どこへ跳ぶの?」
「女にとって、いちばん跳び移りやすい頂っていうのは、結婚なんだよね。それが最も成功率の高い跳び移りみたい。でも、あたしにはそれができそうにもないし・・・・・・」
「勉強しようと思うんだ、あたし」
>>手術から五年、余韻で生き続けることなく、選んだのは潔い引退だった