淡き初恋をめぐる遺稿?
【 石原慎太郎:遠い夢 】
以下は、最晩年の石原慎太郎の遺稿「遠い夢」からの一部抜粋。
「湘南に入ってこれからどうするの、だってもう海軍なんて無くなるんでしょ。よかったわ。あなたはとにかく無駄死になんてことはしないんでしょう。それだけでも私はいいわ」
言うと彼女は立ち止まり確かめるように私を見上げてきた。
「だって何時か私あなたと二人してあの建物に行かされてあのお骨の箱の中に実は紙切れ一枚しか入ってないんだと聞かされた時、私がもしあなたのお嫁さんだったらどうしたらいいだろうかと思って家に帰っても泣いてしまったわ。本当よ」
立ち止まり見詰めてくる彼女にどう応えていいかわからず思わず手を延べ彼女の片手を握っていた。気が付けばあれが初めての彼女との肌と肌の触れ合いだった。そして彼女はその手を拒んで解こうとはせず私も放しはしなかった。
私の手の内に彼女のあの小さな手の温もりに預けて今何かをもっと伝えたいと思ったができなかった。
「これは今さらあなたにお伝えしても詮無いことでしょうが、姉の命はもうあと少しですな。意識が混濁してしまっていて、相手が誰かは良くわからない。それが突然私に手を差し出し願うように言うんです。耳を澄ませて良く聞くとかろうじてあなたの名前でした。その時僕は思い出しましたよ。彼女が昔嬉しそうに僕だけに打ち明けた秘密をね。国民学校の頃偶然出会った二人が人気の無い屋敷町を長い事手を繋いだまま歩いたんですってね。釣りをしている人のいた富士見橋の上も勇気を出しそのまま歩いて過ぎたって。あなたを求めて差し出した手を握り返してやりながら、僕はあなたを装っていろいろ嘘をついてやりました。姉の事は子供の頃から好きで好きでたまらなかったとね。違いますか」
「いやその通りだよ」
「あれは出過ぎた真似だったけれど、僕にはあのまま死んで行く姉が何とも哀れでしてね。家の銀行を守るため好きでもない男をあてがわれて、あなたには正面に切って好きだと言えはしなかった。だからこの僕があなたに代わってね、許してくどさい」
「いやありがとう。それは君が僕に代わって書いてくれた最初で最後のラブレターだよな」
参考:https://www.bookbang.jp/article/727748
<感想>
石原慎太郎の遺稿は、少年と少女の淡き初恋をめぐる「遠い夢」。
老齢になってまで、青春らしさを失うことが無かった大学の偉大な先輩に相応しい、素晴らしい文章だった。
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元証券マンが「あれっ」と思ったこと
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