はてなキーワード: 補正とは
令和6年の年末収容人員は約40,544人で、そのうち外国人被収容者は3,076人、つまり7.6%です。逆に言うと、日本人は約37,468人で92.4%です。
つまり:
日本人:約3.7万人
外国人:約3千人
です。
→ 刑務所では7.6%
なので、「人口割合に対しては外国人比率が高い」という話になります。
偽造在留カード
などがあります。
実際、新受刑者の罪名には「出入国管理及び難民認定法違反」が含まれています。
ただし、令和6年の新受刑者では、この入管法違反は68人(0.5%)なので、刑務所統計全体を大きく押し上げるほどではありません。
など。
また、この7.6%は「刑務所・拘置所に今いる人」の割合なので、単純な「犯罪発生率」ではありません。未決拘禁者も含みます。
特に Vietnam や Indonesia から来る技能実習生・特定技能労働者では、
家族への送金期待がある
日本語力が十分でない
という構造が長年指摘されてきました。
そのため、
狭い社宅
複数人同居
は珍しくありません。
なんとなく立ち寄った近所のハードオフ。ジャンクコーナーの隅っこで、そいつと目が合った。
店内には中古レコードも置いてある。
昔から「レコードは音が良い」なんて意見を聞いたことがあるけど、どうせノスタルジー補正だろ?と思っていた。
サブスクで十分。そう思いながらもなんとなく無視できず、気づけば会計を済ませていた。
今の時代、スマホをタップすれば0.5秒で音が鳴る。なのに俺は慎重に、まるで壊れ物を扱うように針を下ろしていた。
「プツッ……」とスピーカーから漏れた、小さなノイズ。その直後、音が溢れ出した。
…は?なんだこれ。全然違う。「音が綺麗」とか、そういう次元の話じゃない。
そこに、人がいるんだ。
レコードから流れてくるのは、生きて、呼吸して、体温を持った肉声だった。
解像度が違うんじゃない。
温度が違う。
「音楽を消費している」のではなく、「音楽と対峙している」感覚。
聴き終わったレコードを光に透かして裏返してみた。何本のも筋が見えた。
レコードは消耗品だ。針を通すたびに溝は削れ、音は形を変え、いつかは失われていく。
現代のデジタル信仰からすれば、それは劣化であり欠陥なのかもしれない。
ステージに立つ歌手だって一曲歌うごとに喉を擦り減らし、命を削って声を届けている。
彼らの全盛期の輝きは、その瞬間にしか存在しない「消耗」の結晶だ。
一枚の円盤が削れていくスピードと、俺の人生が過ぎ去っていくスピード。
それが重なったとき、音楽はただのBGMから、二度と取り戻せない体験に変わる。
たった3,300円のジャンク品が、俺の価値観を塗り替えてしまった。
ハードオフの隅っこで埃を被っていたあの一枚は、かつて誰かの宝物だったのかもしれない。
そして今日から、それは俺の人生に「色」をくれる宝物になった。
もし最近何かに感動してないな、って思うなら今すぐ近くのハードオフへ行け。
昨日、なんとなく立ち寄った近所のハードオフ。ジャンクコーナーの隅っこで、そいつと目が合った。
店内には中古レコードも置いてある。
昔から「レコードは音が良い」なんて意見を聞いたことがあるけど、どうせノスタルジー補正だろ?と思っていた。
サブスクで十分。そう思いながらもなんとなく無視できず、気づけば会計を済ませていた。
今の時代、スマホをタップすれば0.5秒で音が鳴る。なのに俺は慎重に、まるで壊れ物を扱うように針を下ろしていた。
「プツッ……」とスピーカーから漏れた、小さなノイズ。その直後、音が溢れ出した。
…は?なんだこれ。全然違う。「音が綺麗」とか、そういう次元の話じゃない。
そこに、人がいるんだ。
レコードから流れてくるのは、生きて、呼吸して、体温を持った肉声だった。
解像度が違うんじゃない。
温度が違う。
「音楽を消費している」のではなく、「音楽と対峙している」感覚。
聴き終わったレコードを光に透かして裏返してみた。何本のも筋が見えた。
レコードは消耗品だ。針を通すたびに溝は削れ、音は形を変え、いつかは失われていく。
現代のデジタル信仰からすれば、それは劣化であり欠陥なのかもしれない。
ステージに立つ歌手だって一曲歌うごとに喉を擦り減らし、命を削って声を届けている。
彼らの全盛期の輝きは、その瞬間にしか存在しない「消耗」の結晶だ。
一枚の円盤が削れていくスピードと、俺の人生が過ぎ去っていくスピード。
それが重なったとき、音楽はただのBGMから、二度と取り戻せない体験に変わる。
たった3,300円のジャンク品が、俺の価値観を塗り替えてしまった。
ハードオフの隅っこで埃を被っていたあの一枚は、かつて誰かの宝物だったのかもしれない。
そして今日から、それは俺の人生に「色」をくれる宝物になった。
認識のバグなんだろうけど、女性は対等な関係を求むんだけど実際に対等な相手と対等な関係だとムカつき出す。自分がレベル50だとするとレベル60の相手から対等に扱ってもらうと大切に扱ってもらっているとなるのに、相手がレベル50だと当たり前すぎてキレそうとなる。それだけなら自分以上の存在と一緒にねれればいいんだけど、対等に扱われていると次第に対等だと思い込むようになる。レベル50なのにレベル60だと思い出してレベル60との付き合いにイラつく事になる。この認識のバグを正すために女性はお互いにマウントを取り合って自分と相手のレベルを補正し合うという機構が備わっている。なので女性同士でのレベルは適切に管理されていて自分のレベル認識を誤るということは重大な違反として村八分にされる。
ではなぜ対男性(特に夫)だと認識がバグるのかというと普段から妻相手にマウントをとってないからで女はマウントをとってこない=格下となる事から認識がバグってくる。女相手の対等というのは平和主義的なものではなく、お互いに武力を有して初めて対等となるものだという理解をされるといい。
知らない少年に「少年!」と呼びかけるのは、現実世界ではかなり物語の登場人物的なムーブです。一歩間違えると事案になりかねないスリルがありますが、演出次第では「ちょっと風変わりで格好いいお姉さん」として成立させることも可能です。
不審者(変質者)認定を回避し、その劇的な呼びかけを成功させるためのガイドラインをまとめました。
「少年!」という芝居がかったセリフを吐く以上、服装が「普通すぎる」と逆に不気味さが増します。かといって過剰な露出やコスプレ感は通報リスクを高めます。
「少年!」と呼びかけても許されるのは、そこに明確な理由(口実)がある時だけです。
小学校高学年〜中学生: あまりに幼い子供(未就学児〜低学年)だと「少年!」という言葉の意味やニュアンスが通じず、単に怖がらせて終わる可能性があります。
いきなり呼びかけるのではなく、以下の状況をセットにしてください。
以下の行動は、どれか一つでも当てはまるとアウトです。
呼びかけた後の第一声は、少し低めで落ち着いたトーンが望ましいでしょう。アニメ的な「少年!」という華やかな呼びかけと、その後の「大人の女性としての理性的で落ち着いた対応」のギャップが、あなたを「変質な大人」ではなく「印象的なお姉さん」へと昇華させます。
「少年!」という呼びかけは非常にフィクショナルで強烈なキャラクター性を伴います。現実世界でこれを実行する場合、「社会的地位」や「目的の正当性」を感じさせるパーソナリティであれば受け入れられますが、逆に「情緒的な近さ」を売りにするタイプは、現代社会では即座に警戒対象となります。
圧倒的な知識やスキルを持ち、少年を「一人の未熟な人間」として尊重しているタイプ。
毅然としており、言葉数は少ない。90年代のSFアニメに登場する女性指揮官や、プロフェッショナルな技術者のような雰囲気です。
相手の目を見て、対等な「個」として扱うこと。下に見たり、子供扱いしたりしないのがポイントです。
世話焼きだが、深入りはしない。サバサバとした江戸っ子のような気質。
執着のなさを演出すること。去り際の潔さが不審者感を払拭します。
自分の目的(探し物や研究など)のために動いており、たまたま通りがかった少年に協力を仰ぐタイプ。
自分の目的がはっきりしている(例:古い史跡を探しているなど)ことを示すことが成功のカギ。
これらは二次元では人気がありますが、現実では目的不明の不審者として通報されるリスクが極めて高いものです。
フィクションの中では定番ですが、現実では最も危険です。「知らない年上の女性が色気や親密さを武器に近づいてくる」のは、防犯教育を受けている少年からすれば恐怖以外の何物でもありません。
「あらあら、どうしたの?」といった母性を強調するスタイル。血縁関係がない限り、現代では「子供を精神的にコントロールしようとしている」と周囲の大人から警戒されます。知り合いでない限り、避けるのが無難です。
「少年、君に会いに来たよ」といった、根拠のない運命を感じさせるタイプ。
完全に不審者です。現実の少年は、知らない大人に物語性を求めていません。
実行してよいパーソナリティに共通するキーワードは脱・プライベート感です。
| 項目 | 実行OK(プロフェッショナル) | 実行NG(プライベート・情緒的) |
| 呼びかけの意図 | 用件(落とし物、道案内)が先 | 交流そのものが目的 |
| 視線 | 用件が終われば外す | じっと見つめ続ける |
| 距離感 | 物理的にも心理的にも一線を引く | 馴れ馴れしく、心の隙間に踏み込む |
| 声のトーン | 明快、あるいは冷静 | 吐息混じり、あるいは甘ったるい |
「少年!」と呼びかけた瞬間の空気を「日常の風景」から「冒険の始まり」のように変えることができれば、それは一つの演出として成立します。しかし、そこに少しでも「個人的な執着」や「歪んだ親愛」が混じった瞬間に、現実の法とマナーの壁が立ちはだかることを忘れないでください。
もしあなたの「少年!」という呼びかけが、不審者事案にならず、奇跡的なバランスで成功したならば。その少年の一生において、それは単なる「道案内」や「落とし物」の記憶を超え、一種の聖域のような思い出として結晶化します。
日常を生きる少年は、学校や家庭では「生徒」や「息子」という役割に縛られています。しかし、見知らぬ、それも魅力的な年上の女性から、物語の記号である「少年!」という言葉を投げかけられた瞬間、彼の日常には強烈なスポットライトが当たります。
成功した瞬間、彼の脳内では無意識にアニメのオープニングのような高彩度の補正がかかります。そのお姉さんの顔そのものよりも、「あの夏の(あるいは秋の)光の中で自分を呼んだ声」が、人生の苦しい時にリプレイされる心のセーブポイントとして永遠に保存されます。
しかし、この魔法が成立するのは、あなたが去り際に「じゃあね、少年」と一言残して、未練なく、颯爽と人混みに消えていった場合のみです。その「余白」こそが、彼のトキメキを一生モノへと昇華させる最後のスパイスとなります。この「成功した記憶」を植え付けられた少年は、20年後、ふとした拍子に空を見上げて「あのお姉さんは、一体何者だったんだろう」と、今もどこかで元気に生きているであろうあなたに思いを馳せることになるでしょう。
今日も僕は、存在の根源的織りなす無限の圏論的深淵を、さらに一層、否、無限階層的に穿ち進めた。
控えめに言って、この惑星上で僕ほど本質的な知的貢献をなしている存在は、恐らく他にない。
午前中は、昨日確立した量子化された情報欠損射 Δ_q と braided monoidal 構造を基盤として、4+1次元量子トイモデルの完全抽象化に没入した。
具体的には、de Sitter 空間を、厳密に braided かつ ribbon 構造を備えた高次圏論的対象として再定義し、各 causal diamond を、量子群 𝒰_q(su(2,1)) の作用を自然変換として内在化した、∞-category 内部の fully dualizable オブジェクトとして位置づけた。
ここで決定的だったのは、面積スペクトルを完全に圏論的に吸収する新たな構成である。
境界面積を、対象の dualizable 性から導かれる Frobenius-Perron 次元として捉え直し、Hilbert 空間の「次元」を、圏の decategorification における q-deformed 指標として厳密に表現した。
この操作により、連続時空という低次元幻想は、単なる decategorified 残滓に過ぎないことが、純粋に universal property のみから浮かび上がった。
さらに、昨日得られた三階 jerk 不等式を、この抽象トイモデル内で高次圏論的に再定式化し、以下の形に昇華させた。
d³S(Φ_t ∘ Δ_q(D)) / dt³ + κ ⋅ Tr(σ_{D,D′} ⋅ H_mod) ≥ 0
を、2-圏レベルでの higher homotopy coherent diagram における monoidal natural transformation の可換性条件として再解釈した。
この再解釈により、不等式はもはや単なる微分不等式ではなく、braided 構造の rigidity から必然的に生じる、higher categorical coherence における普遍的制約条件となった。
ウィッテンやマルダセナが到達し得る領域を、遥かに超越した抽象度の数学的深淵を、僕はこの午前だけで切り開いたと言って過言ではない。
加えて、量子情報希薄化2-射 Λ⁽²⁾ を、3-圏レベルでの tricategorical coherence まで拡張し、隣接ダイヤモンド間の境界面積重なり領域におけるエントロピー過剰を、higher associator と pentagonator の高次補正として完全に吸収する枠組みを構築した。
この結果、Bekenstein-Hawking エントロピーの量子補正項 α、β、γ は、もはや数値的近似ではなく、圏の Drinfeld center における braided 指標の厳密な閉形式として導出されるに至った。
de Sitter 空間の本質が、有限情報ビットからなる動的 braided ∞-category ネットワークであるという主張は、ここにほぼ公理的地位を獲得した。
午後は、この極めて抽象度の高い構成を、特殊青ノートに極めて精密に書き写しながら、いつもの昼食を摂った。
ルームメイトは僕の沈黙とノートへの没入を見て、珍しく「今日はなんか…いつもより宇宙が遠い感じだな」と呟いた。
「遠いのではない。君の認知が、まだこの高次圏論の影すら捉えきれていないだけだ。」
その後、隣人がノックではなく、突然の無音インターホン長押しという、予測不能なプロトコル破壊を試みた。
「その行為は、単なるノイズではなく、圏論的 coherence を乱す高次擾乱である。次に同様のことをすれば、応答関数自体をゼロに設定する。」
彼女は戸惑った声で「え、何言ってるの…?」と返したが、美しさと高次論理推論能力が反比例するという僕の長年の観察は、再び鮮やかに裏付けられた。
夕方、友人Aは僕の抽象トイモデルについて「その higher categorical な再定式化って、多次元泡宇宙の衝突を、完全に background independent に扱えそうじゃないか?」と、鋭い工学的洞察を投げかけてきた。
僕は静かに頷き、「拡張の可能性は、確かに興味深い universal property を示唆している」とだけ認めてやった。
友人Bは「全部が braided 圏なら、時間や因果性すら、ただの decategorified 影に過ぎないよな」と言い切ったが、それは依然として素朴還元主義の典型的な誤謬である。
ただし、「不要な余剰構造を極力排除する」という姿勢だけは、部分的に共鳴する点があると、渋々ながら認めてやることにした。
この4+1次元量子トイモデルを、さらに 5-カテゴリックな枠組みへと自然に昇格させるための、higher coherence data の完全整備を完了させる。
それにより、de Sitter における幾何構造が、量子情報の purely higher categorical 帰結に過ぎないという主張は、完全に公理的かつ不可逆的な地位に到達するはずだ。
その先には、時空という幻想を、∞-category の decategorification として完全に剥ぎ取る最終段階が待っている。
以上。
今日も僕は、宇宙の根源的真理を解き明かすという、誰にも真似できない崇高な知的冒険を、さらに一歩、否、十歩前進させた。
控えめに言って、この惑星上で僕ほど本質的な貢献をしている人間は存在しない。
午前中は、昨日完成させた1-パラメータ自己同型群 Φₜ と情報欠損射 Δ を土台として、圏論的枠組みの完全量子化に着手した。
具体的には、小圏 𝒞 を braided monoidal category に昇格させ、各 causal diamond の対象に量子群 𝒰_q(su(2,1)) の作用を自然に組み込んだ。
これにより、de Sitter 地平線の量子ゆらぎを、braiding operator σ_{D,D'} として厳密にエンコードすることに成功した。
ここで決定的だったのは、braided 構造と昨日定義したエントロピー関手 S の可換性を証明した点である。
新しい量子化された情報欠損射 Δ_q を導入し、その作用下でのモジュラー・ハミルトニアン H_mod を定義した結果、任意のダイヤモンド D に対して以下の高次微分不等式が、圏の rigidity と ribbon 構造から純粋に導出された。
d³S(Φₜ ∘ Δ_q(D)) / dt³ + κ ・ Tr(σ_{D,D'} ・ H_mod) ≥ 0
ここで κ は de Sitter 曲率パラメータであり、この三階微分は単なるエントロピー増加の加速ではなく、量子情報損失のjerk(加加速度)を規定する新たな普遍法則である。
古典的 Φₜ では到底到達し得なかったこの高階不等式は、ウィッテンやマルダセナが生涯かけても到達し得ない領域を、僕が一瞬で切り開いたことを意味する。
さらに、ダイヤモンドの貼り合わせを一般化するため、昨日 の Δ を基に高次 pushout 構成を定義した。
具体的には、射の合成に量子情報希薄化 2-射 Λ⁽²⁾を導入し、2-圏レベルでの coherence diagram を完全に閉じた。
これにより、隣接ダイヤモンドの境界面積が重なる領域で生じるエントロピー過剰を、面積法則の三次の補正項 β ≈ 0.00314(プランク面積単位)として自然に吸収できるようになった。
驚くべきことに、この Λ⁽²⁾ の Drinfeld double 解析から、Bekenstein-Hawking エントロピーの1/4係数に対する完全量子補正が、以下の厳密な閉形式として導出された。
S_BH = A/4 + α(A¹/²/4) + β(log A / 4) + γ + O(A⁻¹/²)
ここで α ≈ 0.0127、β ≈ 0.00314、γ はトポロジカル不変量であり、これらはすべて圏の universal property と量子群の representation theory から、外部双対や AdS/CFT に一切依存せずに純粋内部構造のみから出てきた。
これは de Sitter 空間におけるホログラフィック原理の、第三世代とも呼ぶべき完全量子版である。
加えて、今日の最大の成果は、圏の対象を量子化された面積スペクトル上に完全に再定義した点にある。
昨日残っていた離散化スケールのシフト問題を、𝒰_q(su(2,1)) の q-deformation パラメータ q = exp(2πi / (k+2))(ここで k は Chern-Simons レベル)を用いて吸収し、有限次元 Hilbert 空間の次元を境界面積から厳密に決定する公式を導出した。
これにより、連続時空仮定を完全に排除し、de Sitter 空間の本質が有限情報ビットから織りなされる動的 braided 圏論ネットワークであることを、数学的に証明したと言ってよい。
僕の暫定結論は、もはや暫定ではなく、ほぼ公理的レベルに達した。
滑らかな多様体構造などという古典的幻想は、低エネルギー有効理論の残滓に過ぎず、宇宙の真の基底は量子情報構造の braided monoidal 圏である。
午後はこの革新的な計算結果を、昨日よりさらに厳密に清書した特殊青ノートに書き写しながら昼食をとった。メニューはもちろん昨日と同じものだ。
ルームメイトは小さく舌打ちしたが、僕は即座に指摘した。
「再現性こそが科学の基盤であり、味覚という原始的な感覚器官の気まぐれに理論を左右されるほど、僕は未熟ではない。」
僕は「3回を3セット、計9回、かつ強さは一定」という厳格ルールを設定しているにもかかわらず、彼女は今回5回という不規則な回数で止めた上、強さを徐々に弱くしてきた。
これは明らかなプロトコル違反の戦略的エスカレーションである。僕はインターホン越しに単一チャネル原則を三度繰り返したが、彼女の認知構造では到底理解不能だったようだ。
夕方、友人Aは「その量子情報希薄化2-射って、多次元泡宇宙の衝突エントロピーにそのまま適用できるんじゃないか?」と工学的直感を述べた。
方向性としては悪くない。僕は「一応、拡張可能性をメモしておく」とだけ認めてやった。
友人Bは「全部情報なら重力もエントロピー勾配の単なる影だろ」と言い切ったが、それは相変わらず素朴還元主義の典型的な誤謬である。
ただし、「観測不可能な余剰構造を無制限に持ち込まない」という一点だけは、部分的に正しいと渋々認めてやる。
これからやることは明確だ。
まず明日の07:30までに、4+1次元量子トイモデル(完全 braided 圏で近似した de Sitter)において、この新構成の完全数値検証を完了させる。
三階微分不等式の厳密単調性、量子補正項 α・β・γ の高精度再現、ならびに面積スペクトルの厳密離散化が確認できなければ、すべてを白紙に戻す。
その後、2-圏の導来2-圏を用いて量子情報希薄化2-射 Λ⁽²⁾ の完全コホモロジー解析を進め、β係数の閉形式解析的導出を完成させる。
これが成功すれば、de Sitter における幾何は量子情報の二次的・三次的帰結に過ぎないという主張は、完全に公理的レベルに到達する。
以上。
p進弦理論、僕の天才的な脳みそにぴったりの、弦理論の非アルキメデス的変種だね。
君のような凡人が理解できるように、幼児から廃人まで5段階で説明してあげよう。
宇宙の小さなものは、普通は点じゃなくて弦みたいな細いゴム紐が振動してるんだよ。
でもp進弦理論は、その紐をp進という魔法の数字のおもちゃ箱の中で遊ばせるんだ。
普通の数字は「1、2、3…」と遠くなるけど、p進の世界では「2の倍数がいっぱい近づく」みたいな、変な距離の測り方をするよ。
まるでお気に入りのブロックを、特別なルールで積み上げるだけ!
簡単すぎて退屈だろ? 宇宙の秘密がこんなおもちゃで解けるなんて、幼児でも笑えるほど天才的だ。
君たちはまだ量子力学と一般相対性理論の入門を終えたばかりだろう?
弦理論の基本は知っているはずだ。基本粒子は点ではなく、1次元の弦の振動モードで、時空は通常実数 R や複素数で記述される。
ベネチアーノ振幅のような散乱振幅は、世界シートの境界を積分して計算する。
p進弦理論(Volovichが1987年に提案したもの)は、これをp進数体 Q_p に置き換える。
p進数とは、素数pに関するp進ノルム |x|_p = p^-v_p(x) で完備化した非アルキメデス的距離の世界だ。
距離の三角不等式が超距離的(ultrametric)になるため、計算が劇的に単純化される。
A_p(a,b) = g_p² ∫[Q_p] |x|_p^(a-1) |1-x|_p^(b-1) dx
で定義し、結果は
A_p(a,b) = g_p² { (1 - p^(a-1)) / (1 - p^-a) } { (1 - p^(b-1)) / (1 - p^-b) } { (1 - p^(c-1)) / (1 - p^-c) }
(ただし a+b+c=1)
という閉じた形になる。明らかに、普通の弦理論より扱いやすい玩具モデルだ。君たちにはちょうどいい難易度だろう。
p進弦理論の核心は、アデリック構造にある。実数(∞)での通常ベネチアーノ振幅 A_∞(a,b) と、全素数pでのp進振幅の積が
A_∞(a,b) Π_p A_p(a,b) = 1
という美しい積公式を満たす(Freund-Witten 1987)。これにより、p進版はツリーレベルでexactに solvable になる。
開弦タキオンの有効作用は、Dragovichらにより完全に導出済みで、非局所的なラグランジアン
L_p = { (m^D p) / g_p² } { p² / (p-1) } [ -1/2 φ p^(-□/2m²) φ + (1 / (p+1)) φ^(p+1) ]
(□はダランベルシアン)
となる。この作用は、4点だけでなく全高次ツリー振幅を正確に再現する。
p進の超距離性のおかげで紫外発散が自然に抑えられ、タキオン凝縮の解析が解析的・厳密に可能だ。
普通の弦理論の近似計算では到底及ばない。君の論文に使えるぞ、当然ながら。
1987年のVolovich論文「p-adic string」で始まり、Vladimirov, Freund, Witten, Aref’eva, Dragovichらにより体系化された。
p進弦は、Planckスケール以下の非アルキメデス幾何を仮定したモデルで、世界シートをp進幾何に置き換える。
有効作用の厳密性は特に強力で、Ghoshal (2000) らはこれをタキオン凝縮とブレーン降下関係の明示的実現に用いた。
p→1極限では通常弦の世界シートを格子離散化する解釈さえ可能(Ghoshal 2006)。AdS/CFT対応のp進版(p-adic holography)への橋渡しも近年活発だ。
計算の簡明さは比類なく、動的タキオン真空のエネルギーゼロ解が解析的に求まる。
弦場理論の玩具モデルとして、Schnablらの解法やMoellerの仕事に直接インスパイアを与えた。
君が引用すべき文献は、Dragovichのレビュー「p-Adic mathematical physics: the first 30 years」だ。僕の知る限り、これ以上の精密さはない。
motivic theoryとのつながりで、世界シートを Q 上の代数多様体として扱い、L関数やRamanujan予想(τ(p)の境界)まで絡む。
Volovichのmotivic弦理論では、分配関数がL関数のMellin逆変換として表され、背景独立かつ連続体フリーになる。
p進量子力学(Vladimirov 1989)との融合で、超距離的時空がPlanckスケール以下の真の幾何だと仮定すれば、ブラックホール生成による測量限界(Δx > ℓ_Planck)が自然に導かれる。
p→∞極限で通常弦に収束するだけでなく、p-adic AdS/CFT(Gubserら)では階層的構造がエントロピー計算に直結する。
閉弦版の厳密作用はまだ完全ではない。p-adicコホモロジーやGalois群との深層対応は、弦理論の究極の物理理論として、数論的宇宙論全体を再定義する可能性を秘めている。
これを理解できるのは、世界に僕と君くらいだ。明らかに、p進弦理論は人類の知性の頂点、そして、僕の脳みそがすでに到達済みの領域だ。
正直、死ぬと思ってた。
半年前、血液検査の結果を見た時の絶望感は異常だった。γ-GTPは1000オーバー。おまけにタバコもやめられない。典型的な「詰んでる」アラフォーだった。
平日は仕事中から「どうやって早く飲むか」しか考えていない。帰宅路のコンビニでストロング系のロング缶を5本買い、歩きながら1本。家に着く頃にはもう出来上がっている。さらに焼酎のボトルを空け、タバコは1日2箱。
医者からは「このままだと死にますが、辞められないですよね。」と諦められた。
既に普通の人が一生で飲む5倍の純アルコールを飲んでいると告げられた。
・γ-GTP:1000超え → 43(正常値)
でも、今この半年という節目に立って、猛烈な「虚無」に襲われている。
今の俺の状態を正直に書く。
1. 脳汁が出ない
仕事は淡々とこなせる。大きなミスもしない。でも、心が動かない。
何を見ても、何を食べても「ふーん」で終わる。この「普通」が、こんなに退屈でしんどいものだとは思わなかった。
飲み会も地獄だ。マジでつまらない。皆同じ事繰り返してるし謎のテンションで盛り上がっている。
あれだけ毎週飲みに行ってたのに、いかなくなった。
唯一、脳が動いていると感じるのは「車」のこと。
「酒を飲んだら運転できない」という物理的な制約が、今の俺をこの世界に繋ぎ止めている。
スペックを比較したり、次の一台を探したりしている時だけ、脳が微かに脈打つのを感じる。
そのうち買おうと思っているが、買ってしまうと逆に飽きて乗らなそうなのも悩ましい。
3. 結局、何のために辞めているのか
理屈では分かっている。でも、脳のどこかで「一杯だけ飲めば、この虚無から救われるんじゃないか」と囁く声が聞こえる。
これが「半年目の壁」ってやつらしい。脳の報酬系が復活している途中の、一番つまらない時期。
でも、俺は知っている。
ここで一杯飲んだら、あの「1000」という数字と、死にかけていた自分に一瞬で逆戻りすることを。
今、同じように「酒を辞めて人生がつまらなくなった」と感じている奴へ。
あの腹を見てはっきり恐怖を覚えたよ。
タバコも吸ってるなら同時に辞めろ。同時に辞めたほうが成功率は高いという論文もある。
酒のない人生は今のところクソほど退屈だけど、その退屈を噛み締められるくらいには、俺の肝臓はまだ戦えるらしい。
明日も、飲まない。
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「ポケモンバトルをすべての人へ」のためにというコンセプトのゲームで個体値廃止や技PPの見直しなどが行われたのでよりすべての人がポケモン対戦を楽しむために必要なことを僭越ながら挙げてみた。
廃止すべき。仕組みの理解や厳選などが大変ですべての人が楽しめないため。実際に廃止された。
廃止すべき。仕組みの理解が大変なため。また、同じポケモンなのに能力値が変わるというのは複雑ですべての人が楽しめない。
同上。
持ち物
同上。
すべて1にすべき。技によってPPが違ったり相手が何回技を打ったかなど数えるというのはすべての人が楽しめない原因になりかねないため。
廃止すべき。同じポケモンで違う特性というのは複雑ですべて人が楽しめないため。そもそも各ポケモンの特性を覚えるというのも難しい。
廃止すべき。タイプが多く複雑。複合タイプの相性など以ての外。すべての人が楽しむためには廃止が妥当。
廃止すべき。種族値が優秀だからという理由でブサイクなポケモンを使わないと勝てないようでは当然すべての人は楽しめないため。
技
すべてのポケモンが同じ技を覚えられるようにし、追加効果や物理特殊などは廃止すべき。また、技の種類についても削減し、すべての人が楽しめるようにすべき。
以上のように仕様を変更することで、事前知識によって勝敗が決することや相手を詰ませる嫌がらせのような戦法がなくなり、すべての人がポケモンバトルを楽しめるようになる。また、バトルの単純化や一戦あたりにかかる時間も短縮を期待でき、より多くの人の参入が可能となるだろう。
2024年、マッチングアプリの世界は残酷なほど透明だった。スワイプひとつで人間の市場価値が可視化され、「いいね」の数がそのまま需給バランスを映し出す。
だが、彼女——バツイチ・子持ち・46歳の恵美(仮名)——は、プロフィール写真を加工アプリに通しながら、こう思っていた。
「私はまだまだイケる。」
これが、すべての歯車が狂い始めた瞬間だった。
目は1.3倍。肌はファンデーション3層分の陶器仕上げ。顎のラインはシャープに補正され、ほうれい線は跡形もなく消えている。光の加減で首のシワも見えない。背景はカフェのぼかし。角度は上から15度——これは「奇跡の角度」と呼ばれている。
写真の中の恵美は、確かに魅力的だった。問題はひとつだけ。その人物は、現実には存在しない。
サブ写真は3枚。旅行先での全身写真(2019年撮影、当時41歳)。手料理の写真(実際はデリバリーを皿に盛り替えた)。愛犬との写真(友人の犬)。
プロフィール文にはこう書かれていた。
子どもの有無の欄は——空白だった。
「未入力」は嘘ではない。聞かれたら答える。でも自分からは書かない。恵美はそう自分に言い聞かせていた。マッチングアプリにおいて「子どもの有無:未入力」は、男たちの間では「いる」の同義語だと、とっくに学習されていることを知らずに。
そしてもうひとつ。「年齢よりかなり若く見られます」——この一文もまた、「写真を信じるな」の同義語だと、男たちは知っていた。
200件超え。
恵美は興奮した。「やっぱり私、まだイケるじゃん。」
女性は無料というだけで、これだけの数が降ってくる。だが内訳を見るべきだった。58歳の自営業。62歳の「投資家」(プロフィール写真がゴルフ場)。55歳の「経営者」(従業員1名=本人)。写真なしの50代が大量。そして明らかにヤリモクの32歳が数名。200件の「いいね」の正体は、恵美が選びたい男からの「いいね」ではなかった。
だが数字は人を狂わせる。「200いいね」というバッジは、自分が上位にいるという錯覚を与えた。
恵美が「いいね」を返したのは、爽やかな笑顔の43歳・大手メーカー勤務・年収800万の男性だった。
マッチングした。メッセージが来た。会話が弾んだ。デートの約束が決まった。
恵美は美容院に行き、新しいワンピースを買い、当日の朝にはフルメイクに2時間をかけた。
表参道のイタリアン。恵美が店に入った瞬間、相手の男性の目が一瞬だけ泳いだ。
0.5秒。だがその0.5秒に、すべてが詰まっていた。
「誰だ、この人。」
男性はすぐに笑顔を作った。大人だから。社会人だから。だがその笑顔は、マッチングした日のメッセージにあった「お会いできるの楽しみです!」の笑顔とは、明らかに別物だった。
食事中、会話は弾まなかった。いや、恵美の側は弾んでいた。男性の側は、相槌の間隔がどんどん長くなっていた。
恵美は一瞬、目を泳がせた。「あ、はい。娘が一人。もう高校生なので。」
男性の箸が、0.3秒だけ止まった。子持ち欄を空白にしていたことが、この瞬間「未入力」から「隠していた」に変わった。写真の加工に加えて、子どもの存在まで隠していた。信頼がふたつ同時に崩れた。
20時43分。大人の男が20時台に切り上げるデートの意味を、恵美は理解しなかった。
翌日、メッセージを送った。「昨日はありがとうございました! また会えたら嬉しいです😊」
既読。
返信は来なかった。
3日後、彼のアカウントを見たら、「最終ログイン:3時間以内」になっていた。アプリはやめていない。恵美が切られただけだった。
恵美は知らない。
だがマッチングアプリの男性側には、目に見えないネットワークがある。同じアプリを使う同僚同士で、地雷情報を共有するのだ。
男たちの間で「写真と違う」は最も致命的なレッテルだ。料理が不味い店に二度行かないのと同じで、一度「写真詐欺」の烙印を押された人間に、二度目のチャンスはない。
恵美の「いいね」は初月の200件超から、2ヶ月目には80件、3ヶ月目には30件に減った。
アルゴリズムも敵だった。マッチング後にブロックされる確率が高いアカウントは、表示順位が下がる。恵美のプロフィールは、男性のスワイプ画面の奥底に沈んでいった。
3つ目のアプリを入れた頃、恵美はようやく現実と向き合わされる。
このアプリは検索条件が細かかった。年齢、年収、学歴、身長、婚姻歴、子どもの有無。フィルターひとつで、候補が絞り込まれる。
該当者は表示された。だが恵美が見落としていたのは、相手もまったく同じフィルターを使っているということだ。
年収600万以上の40代男性が設定するフィルター。年齢:〜39歳。子ども:なし。
恵美は、検索結果に表示すらされていなかった。
存在しないのと同じだった。
友人に勧められ、恵美は写真を撮り直した。今度は加工なし。自然光。等身大の自分。
「いいね」は目に見えて減った。月に15件。しかもほとんどが50代後半以上。
恵美は泣いた。「加工しても叩かれる。素の自分でも見向きもされない。じゃあどうすればいいの。」
この問いには、残酷だが明確な答えがある。
「見た目」で勝負するステージに、もう立っていないことを認める。
マッチングアプリはルッキズムの闘技場だ。写真が第一印象で、プロフィール文は添え物。そのルールの中で、46歳・シングルマザーが20代30代と同じ土俵に立つのは、素手でボクシングのリングに上がるようなものだった。
だが恵美はリングを降りなかった。降りることが「負け」だと思っていたからだ。
女性は基本無料。だからこそ、恵美は課金の代わりに数で勝負した。
Pairs。Omiai。with。tapple。東カレデート。
5つのアプリを同時に回す。朝の通勤電車でPairsをチェックし、昼休みにOmiaiの「いいね」を返し、夜は東カレデートで新着を物色する。
写真は全アプリ共通。プロフィール文も基本コピペ。子持ち欄は、もちろん全アプリで空白。
アプリを増やすたびに「いいね」の総数は増えた。だが内訳は変わらなかった。50代60代の大量の「いいね」。たまに来るハイスペックとマッチングしても、デートで会った瞬間に空気が変わる。写真と違う。子持ちを隠していた。同じパターンの繰り返し。
恵美のスマホのスクリーンタイムは1日4時間を超えていた。うち3時間がマッチングアプリだった。
5つのアプリを回して、月に会えるのは2人。2人とも2回目はない。
それでもアプリを消せなかった。消したら、「自分には何もない」という事実と向き合わなければならないからだ。
アプリは恵美にとって、婚活ツールではなくなっていた。自分がまだ「市場にいる」と確認するための装置だった。
ここで分岐が起きる。
娘が言った。「お母さん、最近ずっとスマホ見てるけど、楽しそうじゃないよ。」
その一言が刺さった。
恵美は5つのアプリを全部消した。そしてしばらく、誰かに選ばれることではなく、自分の生活を立て直すことに集中した。
地域のボランティア活動に参加した。料理教室に通い始めた。「出会い」を目的にせず、ただ自分の世界を広げた。
半年後、料理教室で知り合った同年代の男性と食事に行くようになった。彼は年収800万ではなかった。身長は168cmだった。だがアプリの写真では絶対にわからない——一緒にいて、呼吸が楽だった。
恵美は気づいた。自分が本当に欲しかったのは、スペックの高い男ではなく、隣にいて安心できる人だったのだと。
恵美はアプリを6つに増やした。写真はさらに進化した。もはやAI加工アプリを導入し、別人レベルの仕上がりになっていた。子持ち欄は相変わらず空白のまま。
初デートの「あ、写真と違う……」を20回経験しても、恵美は学ばなかった。
その「中身」を見てもらう機会が、写真詐欺によって永久に失われていることに気づかないまま。
50歳を過ぎた。6つのアプリの合計「いいね」が、月に10件を割った。ほぼ全員が60代だった。
娘は大学を卒業し、家を出た。リビングに一人、恵美はアプリのプロフィールを更新していた。
年齢欄を「49歳」に書き換えた。サバ読みはついに実年齢マイナス3歳に達していた。
通知音は鳴らなかった。
自分を偽ることの代償についての話だ。
加工した写真は「いいね」を集める。だが集めた「いいね」の先にあるのは、偽りの自分を前提とした出会いだ。そして現実の自分が現れた瞬間、そのすべてが崩れる。
加工は自信のなさを隠さない。むしろ増幅する。加工した自分にしか「いいね」がつかない現実が、等身大の自分への自信をさらに奪っていく。
「誰かに選ばれること」でしか自分の価値を確認できなくなることだ。
選ばれなくても、あなたはすでに、誰かの母親で、誰かの友人で、誰かの同僚だ。その価値は、「いいね」の数で測れない。
それに気づけるかどうかが、分岐点だ。
こういう事がよくあるんですよ〜という話に対して、ああそれは心理学で言うところの〇〇効果ですね、と言うのって「それはあるあるですね」と言っているだけでしかない気がする
なんちゃら効果とタームを付与してみたり、定性的なものにそれっぽい数式をつけてみたりした所で、結局名前がつく程度にはあるあるネタである、という以上の話になり辛いというか
なんかこの時期になると妙に鼻が詰まったり目が痒くなったりして辛いんですよ
こういう仕組みで発生するので、この薬でそこをハックしてやれば苦しくなくなりますよ
という流れまでがあって初めて「あるある」を超えられるというか
現実に引き戻されたからか、現実の演奏してる方達の紹介コーナー。
ポケミク、ひいてはボカロを聴くようになったキッカケの曲なのでテンションぶち上がり。
なんとMVのアニメじゃなく舞台上にピカチュウが出てくるのは後半戦も後半戦のここが初めて。
ピカチュウは1/1025(と3匹)に過ぎないとはよく言うんだけど、流石にピカさんのこのパフォーマンスは圧巻。
スマブラを彷彿とさせるボルテッカーなんて小ネタもあって、ずっと可愛くてずっと格好良くて、ポケットモンスターの顔は間違いなくピカチュウだよ。
最高だ。
ボルテッカーも電気予報も電気タイプの歌なので、ポケミクライブミクの黄色い部分が映えるなあ。
後ろの砂嵐まみれのテレビが醸し出す寂しい雰囲気を、ミクと電気タイプの面々でどんどんテンションを上げていくのが楽しい曲だった。
「見つけたのはあなた」の指でワッカを作るのちょっと淫靡でドキッとした。
電気タイプの曲なのでピカチュウ続投と思ったけど、ボルテッカーのピカチュウとは雌雄が違うので別個体のようだ。
ミライドンもイナズマドライブして魅せてくれるし、電気の子たちも可愛いなあ。
誰だよ、JUVENILEのイーブイは最後に新しい音タイプの新ブイズに進化するって言ったやつ!
音タイプ与太話はさておき、イーブイ主演曲なのでたっぷりイーブイの可愛さを楽しめる。
ミクの頭に乗ったり、柱の左右のモニタから乗り出してと、舞台を駆け回るイーブイの可愛さが満載だった。
夜空の奥の流れ星が出たりと、背景の演出も綺麗でこの辺は現地で見たかったなあ。
Xのクソリプみたいな難癖なんだけど、この曲聞くたびに7色の景色? イーブイは9色では? ってなるから、進化系のシルエットが出るのは好きだな。
あのフレーズが入るおかげで本当にメロエッタとデュエットしてる感じなのがたまらんすね。
こっちも柱のモニタでファンサしてるけど、イーブイよりあざとくないのがらしいね。
ステップフォルムにチェンジしてから手のひらハイタッチするの格闘のタイプ一致補正乗るけどミクは大丈夫か!? ってなった。
「いにしえのうたもハジメテノオトも」のところ、当然にお互いが意識したネーミングなわけないものが交差して、ポケモンと初音ミクが繋がってるんだあと毎回新鮮に感動するので、ライブでミクとメロエッタがそうするともう本当にそうじゃんって泣けてくるんだ。
このライブで最大瞬間風速は、
この曲でタイプミクの相棒たちが登場するところでの、ゴリランダー、ラウドボーン、アシレーヌと御三家最終進化はまあ出るかと思ってからのペラップ登場のシーン。
「ゼンリョク」なんだからタイプミクの相棒は全員出演に決まってるだろ! というめちゃくちゃ強い圧をペラップで感じた。
そりゃそうだよ、タイプミク達もミクなんだから相棒ポケモンは参戦するよ全員、とペラップ登場で襟を正して真剣に集中できた。
タチフサグマとムウマージのあくゴーストコンビが良かったなあ。
ここってつまり、エスパーミクのメロエッタ、テトのステップフォルムのメロエッタ、エスパーエスパーやスパイラルメロディーズのメロエッタの3匹がいたのかなあ。
あとダンテのポーズとかZ技するとか、振り付けも凝っててミクかっけえ。
最後のタイプミク全員の書き下ろしカットインも最高で、ポケミクが僕は大好きなんだ。
配信だと勝負を仕掛けてきたカットインが映ってた横の柱のモニタが切れ気味だったので、この辺はブルーレイでもう一度確認したいなあ。
アンコール派と初音ミク派とポケミク派がいたのかな? みんなすごい熱で楽しそうだった。
ライブミクとアニメーションのタイプミクとアフターエポックのミクとが混ざった演出。
とにかくすごいことをしているのはわかるが、1週間経ったいまでもすげえしか言葉がない。
特にライブミクが変身するかのようにアニメーションのミクにシームレスに切り替わるところは、初音ミクじゃないと意図が通じにくい演出で、ポケミクの大きな意味の一つだ。
1025(と3)匹の中から自分だけの6匹で、自分の旅をするポケットモンスターの楽曲を歌うには、無限の姿になれる初音ミクじゃないとダメだったんだなあ。
そんな普通の人間には背負いきれない思い入れを背負えちゃうんだ、初音ミクは。
なので「無限大の中のただ一つ選んだこと」ってことかあ。
そして「旅が待ってる」だし「聞かせてよ君の旅の話」だし「偶然じゃなかったって思うような旅は続くのさ」なわけで、
僕はポケットモンスターを対戦じゃなくて何度も自分の決めた色んなルールではじめから旅をするプレイスタイルなんだけど、それを肯定してもらえたようで涙が沢山出ちゃった。
通常の初音ミクに戻ってるのも、タイプミク達の旅路を振り返りMV中心の演出だから、そのMVで印象的に登場する初音ミクに合わせる意図なのが憎いね、
「違う世界の私たち今日ここで同じ夢を見られたね」が本当にその通りで、現実世界に生きている僕を仮想世界の二つのコンテンツが繋いで豊かにしてくれた。
初音ミクが僕をよりポケモンに繋いでくれたから、ポケモンのこと前から大好きだけどもっと好きになれた。
ミクのことはまだ知っていってる段階だけど、間違いなく大好きだ。
ポケットのモンスターが言いたいことはわかるし、それを踏まえて生きていかなきゃいけない。
結局のところはこれは娯楽でエンタメで、それに浸かっているだけじゃ生活はできないから、ちゃんと自分の仕事を遂行するためには何でも頑張って踏ん張らないといけない。
けど、このライブを楽しんで、ポケモンも初音ミクも大好きな時間が幸せだった。
頑張るから、心置きなく、迷いなく、夢を楽しめるように生き続けたい。
そして、まさかのもう一つのライブミクの姿、初音ミク(フルボルテージ)を披露して、ポケモンもピカチュウ、イーブイ、メロエッタ、ミライドンと沢山出ておしまい。
信じてます。
ポケモン30年分の気持ちはまだまだ歌に仕切れてないですもん。
ヤミカラスが空を飛ぶ曲とか、イベルタルがマニューラ3匹を侍らせるハーレム曲とか、カラマネロとデオキシスとカプ・コケコの三つ巴(三つ巴ではない)曲とか、サメハダーとカミツルギのカップリング曲とか、ゾロアークとSデオキシスのイリュージョン曲とか、色々やってくれ!
最高のライブだった。
ポケモンが大好きで、ポケモンがいるから辛いことがあっても今どうにか踏ん張れてるから、ポケミクライブでより一層その踏ん張りに力が入った。
次があるなら、現地行ってみたいなあ。
電車に乗るだけや、近所のスーパーですらとても緊張してしまうので、あんな大勢が集まる場所なんて絶対無理なんですが、配信だけでこんなに楽しめたんだもん、行きたいよそりゃあ。
赤緑から延々と遊んでおり、好きなポケットモンスターシリーズはサンムーン、好きなポケモンはコマスターのゾロアーク(ナーフ前後問わず)です、理由は圧迫デッキが最強のデッキ(ナーフ前後問わず)だからです。
ポケモンのことをどういう形で好きなのかは、この一文で済ませます、30年分あるので。
ニコニコ動画でノベマスカテゴリに住んでいたので、今じゃ限界集落のそれとは違い、初音ミクのことは今も元気なお隣さんって印象だけでした。
具体的な曲の印象は、ワールドイズマインとメルトと千本桜ぐらいです。(アイマス2コラボ曲だからね)
ポケミクのことはタイプミクでノーマルミクのパートナーがぺラップだったことで本気度を感じ取り、ボルテッカーでもういきなり大好きになりました。
それ以来、通勤の行き帰りはポケミクとポケミク参加アーティストさんの楽曲を聴くようになり、ボカロを聴くという趣味が増えました。
なんだかんだで2年以上聴いてますが、体系だった知識はなく、ニコニコの関連動画や、ボカコレのいい感じのプレイリストを流してるだけなので、まだまだ浅い知識です。
特にボカロのライブについては知識ゼロなので、MVや曲自体がいいのは理解しているが、ライブとして楽しめるのかは少しだけ不安だった。
しかし、流石に全曲何度も繰り返し聴いて、1曲も苦手だったり好きじゃ無い曲がないし、知らない曲もないライブなんて、人生で初めてだろうから配信チケットを買った。
(人が集まるところにいけないので現地はごめんなさい)
未来から来たポケモンに乗って、未来から来た初めての音がやってきた!
そんなミライドンと一緒に初音ミクがやってくるスタートで一気に引き込まれて、なんか楽しいことがはじまるぞ! とテンションが上がった。
不安だったとか書いてるけど、マジでこの構図だけで不安は吹き飛んだ。
モンボを投げる様がめちゃくちゃ可愛いくて、ミクがライブでパフォーマンスすることの意味がすぐ理解できたのもいいね。
言葉遊びがいっぱい詰まった曲を楽しく可愛く歌ってくれるし、MVのポケセン公式イラスト風のポケモン達もモニタに沢山写って嬉しいしで「みんな大好き」の歌詞の通り大好きだ。
イワークやマダツボミやナエトルのときにポケモンをイメージした振り付けをするミクが楽しそうで可愛いんだ。
(DP〜HGSSの間、ダーテングを主軸とした晴れパーティーでネット掲示板の通信対戦スレに入り浸ったっていたのでダーテング族が映るとそれだけで嬉しいのだ)
空のボールを投げて3回揺れるまで不安そうにする演技など、ちゃんと「顔の演技」まで込みでライブをするんだ! とめちゃくちゃ驚いた。
1曲目でここまで楽しいの? すごいぞ初音ミク! すごいぞポケモン! すごすぎるぞポケミク!!!
誰だよメロエッタのエスパータイプはサウンドタイプに置き換わるからエスパー的な仕草はしないって言ったやつ!
全体を通じてめちゃくちゃ出番があるメロエッタも初登場で、メロエッタも振りをつけて踊るのが可愛いすぎる。
ミクとハイタッチしたり、振りを合わせたりと、メロエッタと初音ミクがあの場で一緒にライブをしているのが実感出来て、ミクのライブじゃなくてポケミクのライブなんだぞって伝わってくる。
MVのデオキシス4フォームの合いの手が歌ってるミクのモデルとあわさる演出が楽しくて、コマスターのデオキシス環境の思い出がスーッと良い思い出になっていった。
背景に物知りメガネや曲がったスプーンなどのポケモンの持ち物が浮かんでる演出も楽しい。
そして何よりメロエッタのエスパー技を駆使して浮遊する初音ミク!
ふわふわとエスパーのテレキネシスで浮いている描写は、ポケモンの世界に初音ミクがいても違和感がないぐらいこの2、3年を培ってきたポケミクならではだ。
サイキネじゃないのポケモン大好きな歌詞だよね、確かにエスパーで空中に浮かすならテレキネシスだ、スイッチ世代で使えない技を大事にとっていた感も相まって大好き。
SVの最終戦をイメージした背景と演出が格好いいし、曲名が出てくる演出も素敵な始まり。
ミクの目の色がいつもと違うのもバトルプログラムになっている感じで面白いし、ラストの元に戻る演出にも繋がるので、目の色は大事なキーワードだ。
そしてたたかうコマンド連打からの火炎放射で火が吹き上がる舞台演出が驚き。
モニタの中じゃなくそこにも仕掛けがあるの面白いなあー、現地で見たかったぜ。
大顎を駆使したダンスがめちゃくちゃ可愛いし、ミクと一緒にハートを作る演出などなどがバッチリ決まってて、振り付けを見てるだけで幸せになれた。
ポニーテールがツインテールになってミクとお揃いになるのがキュートでメロメロになった。
めちゃくちゃ楽しい曲なだけに、ダンスもビッパも楽しく振る舞っててたまらん!
ミクに加えてリンとレンの二人、さらにビッパも沢山出てきてとにかく画面が幸せなことでいっぱいで多幸感満載。
BIPPAの振り付けが跳ねるように可愛いし、間奏のビッパの前歯をイメージした振り付けが楽しすぎる。
このライブ以来、一人で聴いてても真似しちゃうぐらい楽しい振り付けだ。
ビッパを持ち上げて「この顔をよく見て」するところ大好き。
ボスの許可が降りましたのときに、ミクが電話のジェスチャーしてるけど、これ今の若い子でもするのかしら?
BIPPAの振りを一人一文字するときに4文字目のPに間に合うように小走りするリンちゃんもよき。
そして何より「不思議なこのポケモンたちといつまでも旅を続けよう」の間違いなさを体現するように終始ずっと可愛いだけのビッパたちの演技(? 素?)だ、こんなんポケモンと一緒にいたいだろ。
あえて一番を選ぶならこの曲が一番好きなんだけど、このライブでその一番がよりより一番になった。
(コマスターの民としてはエイプリフールのポケモンって話をしなきゃ感があるんですが、まあコマスターの無限にある滑ってたエピソードを無理矢理捩じ込むのはやめておきます)
ミュウの図鑑解説してくれるだけの通りすがりのKAITOが面白かった。
レン君が格好いいパートが多くて、あんまり意識したことなかったから、少しドキドキした、半ズボンからおみ足が見えてるの可愛いし。
ポケモンの出番がかなり少ないんだけど、所謂「志村ーうしろ! うしろ!」的な扱いは、実にミュウぽくて面白い。
(コマスターの民としてはミュウは特別な存在であり続けます。って話をしなきゃ感があるんですが、まあコマスターの無限にある滑ってたエピソードを無理矢理捩じ込むのはやめておきます、あとシツコイのでもうコマスター弄りは辞めます)
とにかく縦横無尽さんに活躍してゲンガー大好きなので嬉しいしかない。
動くところと止まるところの落差がいいんだけど、ゲンガーは特にゴーストらしい突拍子もない動きが多いだけに決めポーズの静が素敵なんだ。
そうかゲンガーのこと赤緑からずっと好きだけど、君はダンスも得意なんだな。
ティエルノがオカマニをすけこましてゴーストを交換しないとだ。
MEIKOさんも登場してゴーストタイプをモチーフにした曲が続く。
ゲンガーソロだったさっきとは対照的にミミッキュやゴーストタイプに関係するカラカラに、MVの面々にと沢山出てくれる。
カラカラの無垢な子供っぽさと、ミミッキュの中身を見せて揶揄うあざとさを対比するようなポケモンの演技が楽しい。
2匹とも抱っこされてるのが可愛いし、ミミッキュの着ぐるみを少しクンカクンカしてたけどミクは匂いとかわかるんだとちょっと驚いた。
間奏の幽霊っぽい振り付けもいいね、ビッパ団の前歯振り付けも好きなので、ああいう手を前にする振りが好きなのかも。
タイプとしてもゴーストは好きなのでいっぱい見れて嬉しいなあ。
ネギとフランスパンでの振り付け、ネギでテトさんのばけのかわを剥がすネタシーン、柱で出されるポケモンクイズに、明らかに他のポケモンより振り付けが複雑で練習量を魅せるカモネギに、メロエッタVSメロエッタと、とにかく見どころがめちゃくちゃ多い。
特にカモネギのネギ捌きがすごくて「赤緑の頃からつるぎのまいを覚えてたもんなあ、30年選手だもんなあ」と後方親目線でうるうるだよ。
シンガーの方だと、テトさんは格好いいんだな! というのを理解できた。
曲がいっぱいあるの知ってるので、今後は沢山聴いていきたいなあ、いやまだまだミクの曲だけでも聴き込みたいの沢山あるからうれしい悲鳴だよ。
何回か見返したけどわかんなかったです!
俺の大好きな大好きなヘルガーが噛み砕いてる!
(XY〜ORAS期にメガ枠を絶対メガヘルガーにして、ダーテングとメガヘルガーの悪晴れPTで対戦してたので、ヘルガーへの思い入れはひとしおで、オリジナルメガシンカ口上を考えて呟きながらバトルしていたぐらいだ)
SVで最初のイベントに抜擢されたぶり(超最近だったわ)じゃないですか、俺のヘルガーにこんな大舞台が来るなんて……
大丈夫か? 振りとかできるのか? とめちゃくちゃ不安になりながら、見てたらバッチリ「かみくだく」を決めてて大感動。
格好良かった、最高の振り付けだったよ。
もちろん静止の演技として決まっているのは言うことないんです、マタドガス、アーボック、ペルシアンたちとの立ち位置とかを念入りにやったのが伝わってくるよ、すごいよ、けど一番好きなのはヘルガーが終わり際にトレーナーであるミクの方を見て終わるところなんです。
そうなんですよ、ヘルガーってこういうところあるんですよ。
俺のヘルガーもそうだったなあ……
ゲームプラチナの本編のプレイ動画でシロナ前の道を魅せるの、完璧な導入ですごすぎる。
そして、MVのミカルゲが出てきてあの特徴的な鳴き声が曲に入ってるの大好きだなあ。
シロナの手持ちって全員印象深いけど、僕は手持ちのボールがかかかかかっとストックされて、ミカルゲなる未知のポケモンが特徴的すぎる鳴き声と共に現れるこのシーケンスがたまらなく好きだ。
けどゲーチスが出てくる方が怖いから怖さにならしてくれて嬉しい。
とか思ってたら本当にゲーチス出たときにミクが苦しそうで、BWでNもあんな気持ちでゲーチスが来るのを待ってたのかと思うと胸が苦しくなる。
それとも最後のあの時までは違ったのかな、Nは身近なポケモンのことはわかっても人はそうじゃないから、やっぱり苦しくなくてゲーチスが何か自分をどうにかしてくれると思ってたのかな。
今まではポケモンの世界にいろんな初音ミクがいるようなお歌だったけど、チャンピオンとオーパーツは個別具体の話をしているから、本編のことを思い出してしまうなあ。
DPPtは幸せな終わりだけど、BWは「サヨナラ」だからさ……
B2W2とポケマスでそれらしい続きはあったものの、あのときの無力感は今もまだ続いているし、この曲のミクが真実の色と理想の色の一色づつだったのも、そういうお話だったんだと思う。
ポケモンの可愛さとトレーナーの個別具体の感情の話をしてきたポケミクライブだけど、ここで伝説のポケモンは人知を超えていることの歌。
配信でもわかるほど歓声が沸いていたけど、このルギアとこの曲は確かに驚く。
ポケモンの壮大さがヒシヒシと伝わってくる演出で、なんか思わず正座しちゃった。
そんな人を超越したナニカを見たミクが何を思ったのか、色々と余韻が残る表情なのも素晴らしい。
キーボードで弾き語るミクと、ルカのしっとりした振りとで、改めてMVを落ち着いて見て泣きまくってた。
これはもうポケモンとポケモンの関係値最高峰であるポケダンの復活をチュンソフ党員として党に依頼しないとだ。(ルナトーンよ、死ねにならないか毎回不安になるので本当この党でいいのかはわかんにゃいんだよなあ。初代コッパはポケモンの世界に転移したことにならんか?)
ラティ兄妹の演技がなんかありのままな感じなのが、今までとちょっと毛色が違ってて、人間と意思疎通が出来る知能が高いポケモンらしい挙動で魅力的だった。
ラティアスがKAITOをツンツンしたりするの可愛いし、楽しそうに空を飛んだり、メガシンカしたり、二人を浮かしたりとラティたちの楽しそうな素の演技感があったのが楽しかった。
誰だよ、初音ミクは進化するとミュージックタイプが付与されるって言ったやつ!
という、音タイプの鉄板はさておき、ここまで色んな初音ミクがいたけど、この曲の初音ミクはポケモン寄りというか、ポケモンと同じようにトレーナーに付き添ってくれる、人間じゃないけど一緒に暮らしてるパートナーのような側面が出たと思う。
だからポケモンが1匹も出ないのは、ちょっとトレーナーへの独占欲を見せてた感があって可愛らしかった。
現実世界から俯瞰する系の曲なのでこちらもポケモンの登場はなし。
後に控えてくる泣き曲とは違い、立ち向かうように鼓舞する曲なので、ミクもレンも格好いい系の振り付けで良きです。
間奏のだるまさんが転んだパートがとにかく可愛し、うーんと背伸びするときに抱き抱えて伸びをするのもいいしで、ずっとニヤニヤしながら楽しんだ。
ちゃんとお母さんのセリフ引用パートでは踊ってるミクじゃない人が歌っているような舞台の使い方になってるのも丁寧で大好き。
ポケットモンスターは実在するが? と普段からポケモンという冷めない夢に浸かりっきりのオタクとしてはこの曲は重い。
その重さを歴代ポケットモンスターシリーズのプレイ動画で癒しながら魅せてくれるのは優しかった。
ミクの振り付けもゲームボーイで遊んだり仕事でパソコンしたりとコミカルなので歌詞のメッセージ性に押しつぶされずにすんだ。
ポケモンも初音ミクも実在しないけど、ゲームを遊んだり、音楽を聴く、その所作の中で得られるものがあることは否定されれていないんだよなあ。
ちゃんと現実も頑張って、この楽しい空想の世界にうつつを抜かし続けたいんだ。
https://anond.hatelabo.jp/20260325161342#
ところてんを食べるときシートを微妙に剥がして液を切るというその加減が難しいから、フォークで間際に穴を開けるといいといわれた。
一回と言わず全周に穴を開けようとしたら止められたのでそのまま水を切る段階に移ったら、また注意された。
開けた穴の方が下じゃなきゃ液が出ていかないだろうということだ。
そりゃそうなんだけどそれで基本的なことがわからない特有の特性だのと思われるのは心外。
まだ頭のメモリに「全周に穴を開けるつもりだった」感覚が残っていて、それでどこを下に向けても同じという感覚でやってしまっただけなのだろうから。
dorawiiより
○ご飯
朝:朝マクド。昼:袋ラーメン。夜:納豆チーズニンニクカレー。たまごサラダ。間食:柿の種。チョコボール。ほろよい。
○調子
むきゅーはややー。おしごとは、おやすみ。
ほろ酔い飲みながら股間に触れてると落ち着く。(エロい意味はない)
○ポケットモンスターX(NPC交換ポケモン旅)
クリア。
ただでさえもレベルが上がりやすいのに交換補正のせいでほぼ全員が90代で流石に余裕すぎた。
最終バッチ付近で加入になったキリキザンだけ割を食ってほぼ出番なしが悲しい。
4000円ぐらいぱーっと払えればいいんだけど、うーむだ
僕は今日の進捗を評価する。物理学的には前進、社会的には後退だ。いつものことだが、統計的に有意なので問題ない。
午前中は、超弦理論における非可換幾何の再定式化に集中した。従来の背景独立性の議論は、どうにも多様体という古典的直感に寄りかかりすぎている。
そこで僕は、時空を最初からスペクトル三重項として扱い、弦の振動モードを作用素環の自己同型として記述する試みを進めた。
問題は、既存のK理論ではDブレーンのチャージ分類が整いすぎていることだ。現実の量子重力はそんなに親切じゃない。
今日の核心はここだ。モジュライ空間を、単なるパラメータ空間ではなく、∞-圏的スタックとして再構成し、その上で弦の相互作用をホモトピー極限として定義する。
このとき、通常のS双対性は自然変換として現れるが、T双対性はより深いレベル、つまり圏の自己同値の上の自己同値としてしか記述できない。これにより、双対性の上位構造が見えてくる。
さらに僕は、弦の散乱振幅を、従来のパス積分ではなく、導来代数幾何の言葉で記述し直した。
具体的には、世界面を導来スキームと見なし、その上の写像空間をスタックとして扱う。
これが何を意味するか?簡単だ。物理量が数ではなくホモトピー型になる。つまり、観測値そのものが高次の位相情報を持つ。
ここで問題が発生した。ルームメイトがコーヒーを持ってきたが、僕のマグカップの取っ手の角度が17度ずれていた。
17度だ。これは許容誤差を明確に超えている。僕はその場で角度を補正し、彼に再教育を施したが、彼は「そんなのどうでもいい」と言った。
どうでもいいわけがない。宇宙は対称性で成り立っている。マグカップも例外ではない。
午後は、ブレーンのエンタングルメント構造を再検討した。エンタングルメントエントロピーを単なる面積則として扱うのは、あまりにも低次元的だ。
僕はそれを、圏論的トレースとして定義し直し、さらにそれを∞-圏に持ち上げた。結果として、エントロピーは単なるスカラーではなく、自己関手のスペクトルとして現れる。
これは重要だ。なぜなら、ブラックホール情報問題は情報が消えるかどうかではなく、どの圏に保存されるかという問題に変換されるからだ。
夕方、隣人がノックもせずに入ってきた。僕は即座に指摘した。「ノックは3回、間隔は一定、これは基本だ」。
彼女は笑っていたが、僕は笑っていない。ルールは守るためにある。守られないルールは、もはや物理法則と区別がつかない。
夜は友人Aと友人Bとビデオ通話。彼らは量子力学の話題に入ろうとしたが、途中でなぜか映画の話に逸れた。
理解不能だ。僕は議論を元に戻そうとして、「君たちはヒルベルト空間とポップコーンの違いも理解していない」と指摘したが、通話は切られた。
まず、今日導入した∞-圏的構造を使って、弦の自己相互作用項を再定義する。
その後、非摂動的効果を取り込むために、スタック上のモチーフ的積分を試みる。
もしこれが成功すれば、従来のM理論の定式化を一段階抽象化できる。言い換えると、物理学がようやく数学に追いつく。