はてなキーワード: Justiceとは
児ポ法改正の攻防を、警察・弁護士・研究者から取材した。その経験から断言する。
2010年と今では、CSAM捜査の精度が、構造的に変わっている。
英国の「VTuber逮捕」拡散の件、ここで一度きちんと書いておく。
何が変わったか。
NCMEC(米国・行方不明児童搾取児童センター)、IWF(英国インターネット監視財団)、Project VIC等が運用する既知CSAM画像ハッシュデータベースは、2010年代を通じて飛躍的に拡充された。
アップロードや所持の段階で、実在児童の被害画像が機械的に特定される。
FATF勧告、Visa/Mastercardのアクワイアラー監督、決済プラットフォームのコンプライアンス強化により、CSAM販売・購入の金銭的痕跡の追跡精度が劇的に上がった。
Apple、Google、Meta、Microsoftがクラウド・送信トラフィックでハッシュ照合を実行する。
実在児童の被害画像の検出から始まり、その捜査の過程で、被疑者のデバイス全体が押収・解析される結果として、漫画やイラストも証拠物件に含まれる。
だが2010年頃に比べれば、「漫画一枚で恣意的に逮捕」という事案の発生確率は、構造的に大きく下がっている。
なぜなら、警察が大量のリソースを投じて家宅捜索・デバイス押収・国際法務手続きを動かすには、事前に蓄積された具体的・客観的な手がかりが必要だからだ。
匿名通報や個人の好みだけでは、現代の警察は動かない。動けない。
リソース不足、手続き厳格化、人権訴訟リスクが、それを許さない。
私が2011年頃に取材したスウェーデンのシモン・ルンドストロム事件——
漫画翻訳家が、元妻の「彼はペドファイルだ」という通報を受けたスウェーデン警察に家宅捜索され
実在児童被害の証拠が一切出なかったにもかかわらず、所持していた日本の漫画を理由に起訴・有罪判決を受けた。
最終的に最高裁で無罪になったが、スウェーデン司法の汚点として記録される事案だ。
当時、私はこの事件を「警察の捜査着手判断が甘かった」「個人的怨恨による通報を裏取りなく受理した」と批判的に取材した。
この種の冤罪パターンは、2010年代前半までは確かに存在した。
(a) 実在児童被害コンテンツの捜査の過程で、漫画類が同時に発見・押収された(「漫画が逮捕の理由」ではなく、「漫画も押収物に含まれていた」)
(b) 商業的・継続的な大量制作販売活動の全体が捜査対象となり、その内訳に漫画類が含まれていた
(c) 拡散ナラティブそのものが、当事者または周辺アクターによって意図的に「漫画一枚で逮捕」と縮減されている
Coroners and Justice Act 2009 Section 62の運用も同様だ。
過去判例(2011年・約3,000点、2018年・約2,000点以上、2024年・大量)を見れば
だから、海外発「漫画が理由で逮捕」のニュースは、まず疑うのが現代のジャーナリスティックな基本動作だ。
これが認知の歪みだ。
そして、認知の歪みを構造的に増幅する装置が、今回の英国VTuber事件で複数稼働した。
第二の波:元都議のKら拡散者による「英国規制ディストピア」フレームの増幅(5月1日)
第三の波:「友人」を名乗るアカウントによる保釈書類公開(5月3日)。
第四の波:Kiwi Farms系コミュニティによる「実は本人がペドファイル系作品の長年の支援者だった」という対抗ナラティブ(5月5日)
にもかかわらず、それぞれの波が押し寄せるたびに、私たちは「これで真実がわかった」と錯覚する。
ここで、今回の拡散の主役の一人について明確に書いておく。
これは私の主観的評価ではない。事実関係としてそう判定できる根拠がある。
1:今回の件で、信憑性が確定していない段階の話を「事実」として拡散した。
一次情報は本人の自己申告のみで、英国警察の公式声明も主流メディアの裏取り報道もなかった。
2:作品実態(toddlercon=幼児的キャラのポルノを継続販売していた事実)への言及を完全に欠落させ「自分が描いたイラストを所持していたという理由で」と中立化して提示した。
3:これが最も重要だが、過去、不正確な情報を流布している点を指摘したフォロワーをブロックすることで対応してきた。
私自身、複数回にわたって彼の発信の事実誤認を指摘した結果、ブロックされて現在に至る。
検証可能な事実誤認の指摘に対して、議論ではなくブロックで応じる発信者はジャーナリスティックな批判検証のサイクルから自らを切り離している。
元都議という肩書がその発信に権威を与えるなら、その権威は誤用されている。
私が8月刊行予定の新著では、こうした認知の戦場の構造を扱う。
CSAM捜査の現代的精度、国際金融規制との連動、プラットフォームのスキャン体制、これらを正確に踏まえずに、海外の表現規制を語ることはできない。
正確に踏まえないままの拡散は、表現の自由を守るどころか、規制推進派に弾薬を提供し
規制レジームを強化する自滅的フィードバックループを生む。
最後に書いておく。
X現アルゴリズムは、検証された情報も検証されていない情報も、エンゲージメント効率だけで等価に拡散する。
むしろ感情を煽る未検証情報の方が、慎重な検証記事より速く遠くへ届く。
「英国は北朝鮮」「独裁政治そのもの」というフレーズが80万ビューを獲得する。
だから、規制推進派に「表現の自由派は児童保護にすら反対する連中」という弾薬が無償で供給される。
これは敵失ではない。自殺点だ。
誰がフレームを作り、誰がそれを増幅し、誰が結果として規制レジームを強化するのか。
この件私もデマだと思ってたんですが
暇の尊師があまりにデマだと言い張るので彼が恥をかくといいなあという気持ちで最近は本当だったらいいなあと思い始めています。そんな理由でいいのか
VTuberのMimi Yanagi氏が、イラストの所持を理由にイギリスで逮捕されたという騒動について、現在出回っている情報を整理しました。
情報の真偽については議論が続いていますが、何が根拠となり、どこに不透明さが残っているのかを客観的な視点でまとめています。
今回の騒動は、Mimi Yanagi氏の友人であると主張するThe Goon氏が、本人の許可を得て「保釈書類」を公開したことがきっかけです。
主な主張の内容は以下の通りです。
1. 逮捕は事実であり、原因は自身のコミッションの所持である。
2. 根拠法はイギリスの「Coroners and Justice Act 2009 Section 62」とされる。
3. 現在は保釈中だが、SNSの使用や投稿内容に厳しい制限がかかっている。
現状の争点:信ぴょう性と懐疑論
この情報はコミュニティ内で広く拡散されていますが、100パーセント確定と断定するにはまだ早い段階にあります。
本人の代理を名乗る人物が具体的な書類を提示している点や、実際にイギリスの法律(Section 62)が「実在しない児童の性的画像(漫画やCGI)」を処罰対象としている事実は、情報の信ぴょう性を支える要素となっています。
一方で、BBCなどの主要メディアで一切報道されていない点や、提示された書類がデジタル編集で偽造可能であるという指摘もあります。また、ネット上の活動履歴と逮捕時期の矛盾を疑う声もあり、警察の公式発表や裁判記録といった「第三者による検証」はまだ行われていません。
公開された書類によれば、被疑者には以下のような厳しい条件が課せられているとされています。
1. 指定された名前(あるいは本名)以外でのソーシャルメディア使用の禁止。
2. 成人向けコンテンツ(NSFW)の投稿禁止。全年齢対象(SFW)のみ許可。
3. 捜査への協力と、デバイスやアニメ関連グッズ等の押収への同意。
これらの条件が事実であれば、本人が公に詳細を語れない理由の一つとなります。
情報源の不確かさについて
もう一つの重要な懸念点は、情報発信者であるThe Goon氏とMimi Yanagi氏の関係性です。
「本人の許可を得た友人」という立場は、現時点では彼ら自身の主張のみに基づいています。共通の知人による証言や過去の交流記録など、客観的に二人の関係を証明する材料は乏しいのが現状です。もしこの関係性が偽装であれば、書類自体の信頼性も大きく揺らぐことになります。
まとめ
今回の騒動は、イギリスにおける「創作物に対する法執行の厳しさ」という実在のリスクを浮き彫りにしました。しかし、この特定の事件が真実かどうかについては、依然として「当事者の主張ベース」の域を出ていません。
安易にデマと決めつけることも、逆に100パーセント真実と信じ込むことも避け、今後の追加情報や公的な記録の有無を冷静に待つ必要があるでしょう。表現の自由に関わる重要なテーマを含んでいるだけに、慎重な見極めが求められます。
Seattle Journal for Social Justice
His Feminist Facade: The Neoliberal Co-option of the Feminist
Movement
Anjilee Dodge and Myani Gilbert
フェミニズムはミソジニーによって取り込まれてきた。本論文は、女性解放運動が、操作と強制を通じて、いかに家父長制的かつ資本主義的な利害によって植民地化されてきたかを論証する。
この主張を示すために、本論文では、フェミニズム運動が家父長制および資本主義のイデオロギーによって植民地化されていく過程を、年代順に分析する。まず、第2波フェミニズム運動の展開と、そこで対立するフェミニズムの立場が出現し、売買春およびセックスワークを思想的概念として、セクシュアリティと性暴力をめぐって争った、いわゆる「セックス・ウォーズ」を示す。次に、新自由主義の到来と、それがフェミニズムの思想形成に果たした役割をたどる。第三に、本論文は、世界的な性産業ロビーが、売買春の全面的非犯罪化を提唱することを通じて、いかに自らをフェミニズムとして表象しているかを明らかにする。最後に、ワシントン州の政治とその力学に焦点を当て、世界的な性産業が、自らの利害を代弁させるために、フェミニズムを前面に掲げた非政府組織(NGO)に投資している実例として検討する。
第2波フェミニズムは、女性差別を社会全体の構造問題として捉え、家父長制・資本主義・人種差別などを一体の抑圧として考えていた。
その立場から、ポルノグラフィや売買春は女性に対する制度的暴力として批判されていた。
一方第3波、第4波フェミニズムの一部は、構造的抑圧の分析よりも、個人の選択・自己決定・性的自由を重視する方向に進んだ。
そのため、フェミニズム内部で「セックスワーク」擁護派と、反ポルノ・反売買春派との対立が深まった。
セックス・ポジティブ派やクィア理論は、個人の性的自由や主体性を重視したが、その結果、階級・人種・労働・制度的差別といった構造的問題が見えにくくなった。
著者は、こうした流れが、新自由主義の個人主義・市場主義と結びついているとみる。新自由主義は、自由市場、規制緩和、商品化を重視する考え方であり、その中で性産業は拡大しやすくなった。
また、「本人が選んだなら正しい」という考えが強まり、売買春も「選択した仕事」として語られるようになったが、この見方は、貧困、暴力、人種差別、教育格差などの背景を見えにくくする。
論文はさらに、性産業ロビーがフェミニズムの言葉を利用し、「女性解放」「人権」「自由」などを掲げながら、自らの利益を正当化していると批判する。
その具体例として、Eros Foundation、COYOTE、SWOP などが挙げられ、著者は、こうした団体が女性保護よりも性産業側の利益を守っているとみる。合法化・非犯罪化で利益を得るのは、女性よりも買春者や業者だというのが著者の立場である。
結論として著者は、フェミニズムは本来、最も周縁化された女性たち、とくに有色人種女性、先住民女性、低所得女性を中心に考えるべきであり、必要なのは合法化ではなく、教育・住居・医療・仕事・地域支援などの社会的支援だと論じている。
https://digitalcommons.law.seattleu.edu/cgi/viewcontent.cgi?article=1813&context=sjsj
公開処刑はどのような娯楽だったのだろう、のようなことを思う
なかなか参考になりそうな公開処刑について書かれた本が見つからない
ここらへんの本が気になるが高価だし邦訳されていないし
The Hanging Tree: Execution and the English People 1770-1868
Seeing Justice Done: The Age of Spectacular Capital Punishment in France
Singing the News of Death: Execution Ballads in Europe 1500-1900 (The New Cultural History of Music)
もっと手に入りやすくてできれば日本語の本をまずは探したいものだ
「いつの時代も人間はこんなもんだ」という仄暗い気分を慰めたいのかもしれない だとすれば最初から自分が持っている思いを読書で補強したいのだろう 後ろ向きすぎる、よくないことだ 気分転換のために別の話題に興味を向けた方がいいかもしれない 積んでた日本神話の初学者向けの本とかさあ ゲームとか漫画とかで日本神話触れてこなかったからとっつきにくくてしゃーない 女神転生とか大神とかサクナヒメやったことなし
しかし日本の昔の時代がどうだったかについて探すと公開処刑というより晒し首についての情報になってしまうんだよなあ
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ギロチンについての日本語の本はまあまああるが……刊行が古めだからちょっと入手しづらいか
石打ち、公開絞首刑、ギロチンなどで娯楽性がどのように変わったかという観点で調べるのは面白いかもしれない……ちょっと不謹慎な問の立て方か
不謹慎な、人にとっては嫌な気分になる問いをパズル的に考えて、素朴な感覚からくる結論とパズルと解いた結果の結論が違ったものになる様子を面白がる癖……場合によっては悪癖だなこれは……が自分にはあるのかもしれない
フリードマンの答えはおそらく
彼にとって問題はこうです。
もし「結果」を正義の基準にすると、Justice = f(Observed Outcome) になります。
しかし
ババ・メツィア30bの引用は鋭い。しかしフリードマンはこう切り返すでしょう。
彼の区別は
後者は市場の自由を保障する枠組みです。ここで彼はFriedrich Hayekと共鳴します。
タルムードが批判するのは後者に近い、と彼は解釈するかもしれません。
フリードマンはこう言うでしょう。
彼は国家を通じた倫理の強制を警戒します。しかし彼は貧困救済を否定しません。
✔ 無関心ではない
✔ 結果も無視していない
と考えます。
彼の大恐慌解釈(シュワルツとの研究)は明確です。大恐慌は市場の失敗ではなく、中央銀行の失敗。
つまり
という循環を警戒します。
あなたが示した核心
もし「結果の正義」を政府が実現しようとすれば、権力を強めることで、自由が失われます。
そして彼にとって自由は単なる手段ではなく、道徳的価値そのものです。
実は接点はあります。
あなたの三点:
✔ 安定したルール
第三についてはこう言うでしょう。
もしフリードマン的枠組みで答えるなら
あなたの議論は市場神格化ではありません。むしろ制度と倫理の緊張を正面から扱っています。
台湾は3期連続で民進党が政権をとり蔡英文や頼清徳とかいうスーパー有能国際的人材が総統を務めるアジアで最もリベラルな政権であることをバカウヨは理解できず応援してるってこと。
アジア初の同性婚合法化、先住民の権利拡大、ジェンダー平等教育義務化、LGBの軍隊服務許可、死刑執行凍結、移民・難民の人権促進、Transitional Justice推進(国民党独裁との和解)等々、日本で言えば「れいわ」か「社民」をバカウヨが必死で推してるようなもんだ🤣。
しかも民進党は「吸収」と「独立」の間の細い線の上を歩む「現状維持路線」を歩むことで中国との微妙な関係を破壊しないように政権を維持している。
そこで頭の悪い猿がイキってちゃぶ台ひっくり返すようなこと言った訳だから1番迷惑被ったのは台湾だろう。だから、今回の高市イキリ騒動で台湾政府高官から一言も声明がないのは必死で堪えてるとしか思えないんだが。何言ってもどこかの方向を刺激してしまうからね。
横だけど
Plato Republic 443で検索すれば普通にギリシャ語原文と、それにパラグラフ単位で対応した英訳が見つかりますね
443c~444aまでが一続きの台詞であり、そのうち「正義とは」と語り始めているのが443dからで、そのめちゃくちゃ長い一文の序盤を意訳したものだからだということがわかります
443d
that justice is indeed something of this kind, yet not in regard to the doing of one's own business externally, but with regard to that which is within and in the true sense concerns one's self, and the things of one's self — it means that a man must not suffer the principles in his soul to do each the work of some other and interfere and meddle with one another, but that he should dispose well of what in the true sense of the word is properly his own, and having first attained to self-mastery and beautiful order within himself, and having harmonized these three principles, the notes or intervals of three terms quite literally the lowest, the highest, and the mean,
443e
and all others there may be between them, and having linked and bound all three together and made of himself a unit, one man instead of many, self-controlled and in unison, he should then and then only turn to practice if he find aught to do either in the getting of wealth or the tendance of the body or it may be in political action or private business, in all such doings believing and naming the just and honorable action to be that which preserves and helps to produce this condition of soul, and wisdom the science
444a
that presides over such conduct; and believing and naming the unjust action to be that which ever tends to overthrow this spiritual constitution, and brutish ignorance, to be the opinion that in turn presides over this.”
「『二つの悪は二つの正義を作らない(Two wrongs don’t make two rights.)』とでもいうべき原理が重要です。チョムスキーの主張はその逆。『どちらも悪いのだから互いに相手を責められない』という理屈は、一見誠実ですが、どちらの悪も許してしまっている。つまり、自己批判の倫理的根拠をも掘り崩しているのです。『米国よ、ロシアを裁く資格があるのか』という主張は結局、強国が他国を抑圧するという悪を容認しあう『悪のなれ合い』です」
「ハマスの民間人虐殺に憤るイスラエル国民の間では、自軍によるガザ住民虐殺を当然の報いと見る者も多い。自国の戦争犯罪が敵のそれで帳消しにされるという論理は、それぞれの悪を相乗的に積み重ねることを合理化する危険な詭弁です」
「この倒錯的な『二悪が二正を作る』論は、実は我々人間が陥りやすい落とし穴です。とりわけ戦争責任論をめぐる議論に、この自己正当化欲求が典型的に表れています」
――いわゆる「勝者の裁き」批判ですね。
「そうです。第2次大戦後のニュルンベルク裁判や東京裁判に対して、ドイツや日本からいまだに上がり続けています。これは、『何人も自己の事件の裁判官たりえず』という法原理に反する、という手続き的欠陥の指摘というよりも、『連合国の国々も植民地支配や侵略を行ってきたし、原爆や無差別爆撃という戦争犯罪も犯したのに、なぜ我々だけ断罪されなければならないのか』という実体的な不満です。敗戦国の私たちに強い心理的訴求力を持つ言説ですが、極めて自壊的です」
「裁く側の二重基準を、裁かれる側が批判するのは正しい。ただ、『お前らが裁かれないなら我々も許される』という二悪二正論に開き直る者は、公正な裁きが依拠する政治道徳原理の規範性を否定しているのです。『勝者の正義』の欺瞞(ぎまん)を真に正そうとするなら、この原理を尊重し自らの悪を認めたうえで、相手を裁き返さなければならないのです」
「弱き者は強き者が作る秩序に従え、という『力の論理』に迎合するシニシズムをこれ以上、広げないためには、ウクライナ戦争もガザ戦争も、正義が回復されるかたちで終結させなければなりません」
――力の支配ではなく、法の支配によって実現すべき「正義」とは、いったい何でしょう。
「その前に、法とは何か、そして法は正義とどう絡むのか、考えてみましょう。すなわち『悪法も法なのか』という問題です。これをめぐっては、法実証主義と自然法論の伝統的な対立があります。前者では、法を実定法に限定し、正義とは切り離します。そのため、それぞれの社会の価値観に基づく法が制定され、調停不能に陥って『文明の衝突』を招きかねません。一方で後者は、客観的正義たる自然法に反するものは法ではない、と主張します。こちらはこちらで、無政府主義を呼び込みかねません」
「私はどちらでもなく、『法は正義への企てである』と規定します。法は正義を真摯(しんし)に追求している限りにおいて法たり得る、という立場です。その意味では国際法も、世界正義への企てだと捉えます」
「それでは『正義』とは何でしょうか。一口に正義といっても、それを全体利益の最大化と見なす功利主義や、個人の自由や権利を絶対視するリバタリアニズムなど、その具体的基準に関し、様々な思想が対立競合しています。ただ、これらはすべて『正義の諸構想(conceptions of justice)』です。様々な立場が競合できるのは、それらに通底する共通制約原理があるから。それが『正義概念(the concept of justice)』です」
「私が考える正義概念の規範は、『普遍化が不可能な差別は禁止する』です。分かりやすく言えば、『得するのが自分だからいい』『損するのが他者だからいい』という要求や行動を排除せよ、ということです。この規範は『自分の行動や要求が、他者と視点や立場を反転させても正当化できるかどうか吟味しなさい』という、反転可能性テストも要請します」
「この正義概念は、何が最善の正義構想かを一義的に特定はしませんが、およそ正義構想の名に値しないものを排除する消極的制約原理として強い規範的な統制力をもちます。それは『正義のレース』の優勝者を決める判定基準ではなく、このレースへの参加資格をテストするものです」
「他者の負担にただ乗りするフリーライダーや、ご都合主義的なダブルスタンダードは、この厳しいテストが課すハードルを越えられません。外国人に正当な権利を保障せずに労働力を搾取する。民主主義や人権を掲げてイラクに侵攻しながら、専制的首長国家のクウェートやサウジアラビアとは友好関係を維持する。ハマスの戦争責任は問うのに、イスラエルの蛮行は座視する――これらは明確に正義概念に反しています」
「自らの正義構想に照らして正当性(rightness)がないと見なす政治的決定でも、共通の正義概念に照らして公正な政治的競争のルールに従ってなされたのなら、正統性(legitimacy)あるものとして尊重しなければならない。このルールを保障するのが『法の支配』です。立憲主義とは、この『法の支配』の理念を、成文憲法のなかに具現化するものです」
「正義の諸構想が国内社会以上に鋭く分裂し対立する国際社会においても、『正義概念』の共通原理に基づいて、安全保障体制や法秩序が築かれる必要があります。例えば、人道的介入をうたいながら大国の友好国か敵対国かによって選別的に武力行使を発動するのでは、正統性を調達することはできないのです」
「米国はバイデン政権時代、イスラエルの戦争犯罪を追及する国際刑事裁判所(ICC)がネタニヤフ首相らへの逮捕状を発行したことを強く非難しました。一方で、ロシアが報復措置まで取ったプーチン大統領への逮捕状は正当とし、自らはICCに加盟していないにもかかわらず、各国に逮捕への協力を求めました。このあからさまな二重基準は、誰の戦争犯罪であれ厳正に裁くというICCに託された国際法の使命をおとしめるものです」
されど国連 夢の断片を回収し修復を
――世界正義を貫徹し、実現するには、どのような具体的措置が必要ですか。
「世界では今、欧州連合(EU)のような『超国家体』や、巨大多国籍企業や国際NGOなどの『脱国家体』の存在感が増しています。しかしどちらも、民主性や説明責任の欠如といった欠陥を抱えている。私は、やはり主権国家を中心にしたシステムを再評価すべきだと考えます」
「国内で至上の権力をもつ危険物である主権国家は、個人の人権を保障するという責任を果たすことによってのみ承認され、存在し得ます。世界は『諸国家のムラ』であり、その基本原理は、国力格差にかかわらず平等に扱う『主権対等原則』です。もちろん、これは一つの虚構です。しかし虚構だからこそ、巨大な力の格差という現実を補正し、大国の横暴に抗する規範として意義を持ちます。このムラでは、どの国も他の国に依存せずには生き残れない。国際法というおきてを破った国は、この互酬性ネットワークから村八分の制裁が科されるからです」
「国連は現在、様々な欠点があるとはいえ、国際的正統性を調達し、諸国家や超国家体、脱国家体などが連携し調整を図る上で、最も広範な包含力を持ちます。もちろん、戦勝国支配の残滓(ざんし)である常任理事国の拒否権を制約するなど、安保理改革は必須です。そのための国連憲章改正にも、5大国は拒否権を行使できます。でもそれは結局、自分たちの国際的威信を低下させ、軍事力・経済力以上に重要な正統性調達力というソフトパワーを毀損(きそん)することになる。他の国々が団結して非難の声を上げれば、国際的圧力に耐え続けることは難しいはずです」
「先ほど私は『国連の夢は破れた』と言いました。人類が自らに加えた殺戮(さつりく)と迫害の罪業はあまりに巨大で、それを克服する試みは20世紀中に達成できなかった。21世紀の四半世紀が過ぎても、克服できていません。しかし、夢は消えたわけではない。破れた夢の断片を再回収し、修復し、より強靱(きょうじん)なものに再編する――その地道な努力を続けなければなりません。私たちに、他に選択肢はないのです」
井上達夫さん
いのうえ・たつお 1954年生まれ。95年から2020年まで東京大学大学院法学政治学研究科教授を務め、現在は東京大学名誉教授。「法という企て」「現代の貧困」「世界正義論」「立憲主義という企て」「普遍の再生」「規範と法命題」「ウクライナ戦争と向き合う」「悪が勝つのか?」など著書多数。
| 01 | 人見クリス(1期生) | 2018/06/26 契約解除 |
| 02 | 魔乃アロエ(5期生) | 2020/08/31 卒業 |
| 03 | シビア(HololiveCN) | 2020/11/18 卒業 |
| 04 | アティア(HololiveCN) | 2020/11/19 卒業 |
| 05 | 黒桃影(HololiveCN) | 2020/11/21 卒業 |
| 06 | ドリス(HololiveCN) | 2020/12/05 卒業 |
| 07 | 夜霧(HololiveCN) | 2020/12/20 卒業 |
| 08 | ロサリン(HololiveCN) | 2020/12/27 卒業 |
| 09 | 桐生ココ(4期生) | 2021/07/01 卒業 |
| 10 | 潤羽るしあ(3期生) | 2022/02/24 契約解除 |
| 11 | 九十九佐命(Council) | 2022/07/31 卒業 |
| 12 | 夜空メル(1期生) | 2024/01/16 契約解除 |
| 13 | ときのそらの友人A(スタッフ) | 2024/06/30 退職 |
| 14 | 湊あくあ(2期生) | 2024/08/28 卒業 |
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| 16 | セレス・ファウナ(Council) | 2025/01/04 卒業 |
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| 18 | 紫咲シオン(2期生) | 2025/04/26 卒業 |
| 19 | 七詩ムメイ(Council) | 2025/04/28 卒業 |
| 20 | がうる・ぐら(Myth) | 2025/05/01 卒業 |
| 21 | 春先のどか(スタッフ) | 2025/09/30 退職 |
| 22 | 火威青(ReGLOSS) | 2025/10/03 卒業 |
| 23 | 天音かなた(4期生) | 2025/12/27 卒業 |
2018年6月以降の7年半で、合計23名がホロライブプロダクションからいなくなった。
直近2年間では12名が離脱しているが、これは同期間にホロライブへ加入した者の合計人数²と同じである。
また、投稿日時点において所属タレント一覧³に名前があり、卒業・配信活動終了¹・退職のいずれにも該当しない者は、合計66名である。
¹ 「配信活動終了」について/Regarding the “Conclusion of Streaming Activities”|カバー株式会社 公式note
² hololive Justiceの4名、hololive DEV_IS FLOW GLOWの5名、holoANの3名
🌟エコノミクス⭐️プリキュア — The Invisible Hands of Justice!
かつて豊かだった国は、「欲望のディストーション」によって市場が歪み、人々が“貨幣の呪い”に囚われてしまった。
そこに現れたのが、五つの「理念のクリスタル」を宿す少女たち──。
⸻
アダム・スミスの精神を継ぐ、やさしさと理性のバランスガール。
特技は「インビジブル・ハンド・ヒーリング」で、対立した人々を調整する。
⸻
巨大なハンマー“ダス・キャピタルブレイカー”で悪徳資本を粉砕。
⸻
💙理性の風!キュアケインズ!
冷静沈着なブレーンタイプ。
金融嵐を収束させる「フィスカル・ウィンド・リカバリー」で仲間を支援。
⸻
💚調和の智!キュアセン!
「みんなが“できる力”を持つ世界を!」
⸻
⸻
最終ボスは「ゼロ・サム・クイーン」──他者の損失を快楽とする存在。
⸻
よくきたな。おれは██████だ。おまえは今、六法全書という名のタルサドゥーム謹製のクソ分厚いマニュアルを前にして、そこに書かれた小難しい言葉の羅列に脳髄を焼かれ、「殺人未遂罪」などという訳の分からん概念に頭を抱えているのだろう。その甘ったれた疑問は、おまえがまだ法というものを、結果だけをなぞるだけの腰抜けのゲームだと勘違いしている証拠だ。いいか、今からおれが、真の男が遵守すべき唯一の法・・・・・・MEXICOの荒野の掟・・・・・・について、おまえの頭蓋に直接インストールしてやる。
まず、匿名ダイアリーにこの疑問を書きなぐった腰抜け。おまえの着眼点は悪くない。だが、おまえは本質を完全に見誤っている。「殺そうとして、たまたま死ななかったら罪が軽くなるのはおかしい」。その通りだ。そんなことは、MEXICOの酒場でテキーラを呷っているガキでも理解できる。問題はそこから先だ。おまえは「未遂罪はいらない」などと、論点のすり替えという名の腰抜けライドショーに乗り込もうとしている。ふざけるな。問題は罪の名前などではない。おまえの行動の「意思」そのものを裁く魂のガッツが、現代の法から完全にスポイルされているという、この一点に尽きるのだ。
いいか、よく聞け。この世界の全ては、「やったか、やらなかったか」ではない。「やろうとしたか、やろうとしなかったか」で決まる。これができなければ、おまえは他人に裁き
を下す資格すらない。
おまえが、憎き仇敵の心臓めがけてマチェーテを振り下ろしたとする。その瞬間、おまえの罪はR.E.A.Lになる。おまえの魂は、相手を殺すという決断を下し、その意思は肉体を通じて行動として世界に発露した。これで全てだ。これが完全な「殺人」という名のグーパンチなのだ。
その後、たまたま通りかかったスーパードクターが神業のような手術でそいつの命を繋ぎ止めたからといって、おまえの振り下ろしたマチェーテの罪が軽くなるのか? なるわけがないだろうが。それはただのL.U.C.Kだ。偶然だ。おまえの預かり知らんところで行われた、他人のファインプレーに過ぎん。おまえがサッカーの試合で相手の足をへし折るような悪質なタックルをかましてレッドカードを喰らった後、相手チームのメディカルスタッフが超人的な応急処置でそいつをすぐにピッチに復帰させたからといって、おまえのレッドカードがイエローカードに変わるか? 変わるわけがない。タックルをした、その行動の意思こそが全てだからだ。
匿名ダイアリーの腰抜けは、「未遂は『やっぱやめた』みたいなパターンでしか適用できない」などと寝言を言っている。それは未遂ですらない。ただの脅迫だ。あるいは、決断を下せない腰抜けの逡巡だ。真の男の行動に「やっぱやめた」などという選択肢はない。引き金を引くと決めたら引く。マチェーテを振り下ろすと決めたら振り下ろす。その行動の結果が、たまたま医者という名のデウス・エクス・マキナによってねじ曲げられただけなのだ。タルサドゥームの法は、その神の気まぐれのような偶然を、「情状酌量」などという耳触りのいい言葉でコーティングし、罪の本質から目をそらさせようとしている。
この結果主義という名の病は、社会全体を腐らせる。なぜなら、「死ななければセーフ」「バレなければオーケー」という、腰抜けの発想を助長するからだ。やがておまえたちの社会は、本気で誰かを殺そうとした人間の魂の罪悪よりも、たまたま死んでしまったという「結果」の重さばかりを問うようになる。それは魂の法ではない。ただの事後処理マニュアルだ。そんな世界では、誰もが行動の意思に責任を持たなくなり、ただ無味乾燥な判例を積み重ねるだけの砂漠になる・・・・・・END・・・OF・・・JUSTICE・・・・。
おれが言いたいことは以上だ。殺人未遂罪という言葉のトリックに騙されるな。おまえが怒りを向けるべきは、その罪名ではない。行動の根源にある「殺意」という名の魂のガッツを軽んじ、偶然という名のサイコロの出目に裁きを委ねる、タルサドゥームの腰抜けシステムそのものだ。わかったら、匿名ダイアリーでくだらない同意を求めていないで、おまえ自身の魂の法に従って行動しろ。さもなくば、おまえは誰からも裁かれることなく、ただ静かに、自分の腰抜け根性によって殺されるだけだ。
I have a dream that one day on the red hills of Georgia, the sons of former slaves and the
sons of former slave owners will be able to sit down together at the table of brotherhood.
I have a dream that one day even the state of Mississippi, a state sweltering with the heat
of injustice, sweltering with the heat of oppression, will be transformed into an oasis of
I have a dream that my four little children will one day live in a nation where they will not
be judged by the color of their skin but by the content of their character.
I have a dream that one day, down in Alabama, with its vicious racists, with its governor
having his lips dripping with the words of "interposition" and "nullification" -- one day right
there in Alabama little black boys and black girls will be able to join hands with little white
(Verse 1 / Diggy-MO'風)
Yo 昔々 その遥か昔
育ったBoyは武闘派StyleでElectric
腹減ったら “黍団子(ギビダンゴ)” 片手に
「ついてきなキミ 俺の旅路」
Dog, Monkey, Pheasant──Join the synergy!
悪を討つぜ! 桃太のスキルで!
(Verse 2 / Bro.Hi風)
チェケラ!鬼退治は任しとけ
宝ごっそり Peaceに戻し
村人ハッピー 叫べ “おかえり!”
俺らのBeatで島が揺れる
鬼の城もBreakin’ down with flare
伝説超えたら “昔話” Back!
悪を討つぜ! 桃太のスキルで!
語り継げよ 千年先まで
https://posfie.com/@OOEDO4/p/YBDER0d#c14792609
ここの論調だと悲しい悪役を殺すのは勧善懲悪ではない、とかスカッとジャパンは勧善懲悪じゃない、と言われている。
かんぜん-ちょうあく【勧善懲悪】
善良な人や善良な行いを奨励して、悪者や悪い行いを懲こらしめること。▽「善ぜんを勧すすめ悪あくを懲こらす」と訓読する。「懲悪勧善ちょうあくかんぜん」ともいう。
辞書の定義だと悪役が完全な悪でなければいけないというものではない。
善を勧め、悪を戒める倫理規範や、因果応報を説く思想はさまざまな社会集団や宗教でみられるが、本項では物語の類型としての「勧善懲悪」を中心に扱う。
勧善懲悪の文学様式は、時代劇や多くのハリウッド映画、スーパー戦隊シリーズなどのシナリオにおける典型的パターンである。これは善玉(正義若しくは善人)と、悪玉(悪役・悪党・搾取する権力者など)が分かれており、最後には悪玉が善玉に打ち倒され、滅ぼされたり悔恨したりするという形で終結する。一般にはハッピーエンドとされる形で物語は終幕を迎えるパターンである。悪としてよく扱われるのが、一般に強大な権力を保持し、正義を好まない人物や組織である。対象は作品によって異なるが、その時代や特定勢力を風刺していたり、または架空に作り上げたりと行った場合が多い。
Wikipediaでも同様。
Yoshihiro Mochizuki
Japanese Language Lecturer
How does your work engage with DEI topics? Could you share a particular story related to your work in DEI?
As a Japanese language teacher at the University of Michigan, my journey in DEI education has been a profoundly enriching experience that reaches far beyond the classroom. In 2023, I had privilege of speaking at various conferences and teacher training workshops, including delivering a keynote address at the fourth Northwest Conference on Japanese Pedagogy hosted by the University of Washington. This milestone allowed me to advocate for the profound importance of DEI and social justice in Japanese language education.
Through these experiences, I have come to a profound realization: while children and students often readily embrace DEI principles, having grown up in an era where these concepts are more ingrained in education, our primary focus must be on the education of adults, particularly educators themselves.
During my presentations and workshops, I have engaged with educators, many of whom have decades of experience. They raise questions that sometimes reveal unconscious biases or microaggressions. Yet, they openly admit feeling out of touch with the ever-evolving landscape of diversity and inclusion. They express genuine concerns about their ability to relate to and support students from diverse backgrounds.
This interaction spotlights a substantial challenge faced by educators today, a reminder that the world is in constant flux, and it is our shared responsibility as educators to adapt alongside it. These encounters are what drive my passion for DEI education. My work extends beyond the classroom, aiming to bridge the gap between theory and practice, guiding fellow educators toward inclusivity, understanding, and social justice.
As we move forward, it is imperative to recognize that fostering diversity, equity, and inclusion is not solely the responsibility of students but a collective endeavor that starts with us, the educators.
In conclusion, my journey in Japanese language education has taught me that the true power of DEI education lies in its ability to transform educators. This transformation, in turn, shapes a more inclusive future for our students. Embracing DEI principles enriches not only our teaching but also our society as a whole. Together, as a community of educators dedicated to diversity, equity, and inclusion, we take significant strides toward creating a more just and inclusive world, one classroom at a time.
あなたの仕事はDEIのテーマとどのように関わっていますか?DEIに関する具体的なエピソードがあれば教えていただけますか?
ミシガン大学で日本語教師としてDEI教育に携わってきた私の歩みは、教室の枠をはるかに超えた、非常に豊かな経験でした。2023年には、ワシントン大学主催の第4回北西日本語教育学会議での基調講演をはじめ、様々な会議や教師研修ワークショップで講演する機会に恵まれました。この節目を通して、日本語教育におけるDEIと社会正義の深遠な重要性を訴えることができました。
これらの経験を通じて、私は深い認識に達しました。それは、DEI の原則が教育に深く根ざした時代に育った子供や学生は、多くの場合、積極的に DEI の原則を受け入れますが、私たちが主に重点を置くべきは、大人、特に教育者自身の教育であるということです。
プレゼンテーションやワークショップを通して、私は教育者の方々と交流してきました。その多くは数十年の経験を持つ方々です。彼らは、時に無意識の偏見やマイクロアグレッションを露呈するような疑問を投げかけます。しかし同時に、彼らは常に進化を続ける多様性と包摂性という状況に疎外感を抱いていることを率直に認めています。多様な背景を持つ生徒たちと関わり、サポートしていく能力について、真摯な懸念を表明しています。
この交流は、今日の教育者が直面する重大な課題を浮き彫りにし、世界は常に変化し続けており、教育者としてそれに適応していくことが共通の責任であることを改めて認識させてくれます。こうした出会いが、DEI教育への私の情熱を駆り立てています。私の仕事は教室にとどまらず、理論と実践のギャップを埋め、他の教育者を包摂性、理解、そして社会正義へと導くことを目指しています。
今後、多様性、公平性、包括性を育むことは学生だけの責任ではなく、私たち教育者から始まる共同の取り組みであることを認識することが不可欠です。
最後に、日本語教育に携わってきた経験を通して、DEI教育の真の力は教育者を変革する力にあることを学びました。この変革は、ひいては生徒たちにとってよりインクルーシブな未来を形作ります。DEIの原則を受け入れることは、私たちの教育だけでなく、社会全体を豊かにします。多様性、公平性、そしてインクルージョンに献身する教育者のコミュニティとして、私たちは共に、一つ一つの教室から、より公正でインクルーシブな世界の創造に向けて大きく前進していきます。
もっちりんだ 🇺🇸 🇯🇵 🏳️🌈
@mochiey
学部からのお達しで、私のこのページ、もうすぐ消えることになったので、よかったら消える前に読んでくださ~い。
https://x.com/mochiey/status/1912156111953662160
もっちりんだ 🇺🇸 🇯🇵 🏳️🌈
@mochiey
Teaching Professor of Japanese Language | University of Michigan 🇺🇸生活・Podcasts・日本語教育・人権 (LGBTQ+, フェミニズム), etc. Posts are my own. 他のSNSも 全て
@mochiey
でやってます。
すごく軽いね。もうすこしなんかないの?学問の自由とか言うことはないの?
大変申し訳ないのですが、これは消されて当然だし
6分
大学のサイトからDEIのページを消さないと、というより大学からDEIを排除しないと連邦政府からの支援金がもらえなくなるからね。
こういう報いを受けても仕方ないのでは。だって何一つ書いていないんだもの。
「profound importance」「profound realization」「shared responsibility」「transform educators」など、抽象度の高いフレーズばかりで、具体的な教育実践が見えません。
例:「どんな学生に、どのような教材を用いて、どういった変化が見られたのか」といった具体的な成果・実例が欠如。
「教育者と話して無意識のバイアスに気づいた」ことを語っていますが、どんな内容だったのか、どういう改善に繋がったのか、事例がないため説得力が弱い。
そもそもこの文章では、DEI(Diversity, Equity, Inclusion)を日本語教育の中でどう具体的に扱うのかが一切記述されていません。
たとえば「教材に出てくる名前や職業を見直した」「LGBTQの観点を授業で扱った」などの実施例が欠落。
トランプがカネを出さないというのは極めて至極まっとうで、この文章で人が感動することも共感することも同情することも理解することもない。
なに言ってるんだ。そのアカウント名もふざけている場合じゃないだろう。
あと大学もお金をもらわなくても大丈夫なんだから、大学にお金を出さなくてもいいのかも。
日本も見習うべきですね。
社会が性犯罪やセクハラの扱いを変える、又は被害者を守る事に対してアンチフェミは「男性が虚偽の告発に悩まされる!」「冤罪が発生しまくる!」と反対しています。彼等ほど熱心ではないものの、一般男性もこうした恐れから女性の証言を真実ことに消極的になりつつあります。こうした疑念は一定の正当性はありますが、そのような「女性は嘘をつくw」という蔑視姿勢が女性の口を塞ぎ日本における性犯罪の莫大な暗数に繋がってる事も事実です。「日本における性犯罪件数」と女性が実感するソレはあまりに乖離し過ぎている。
また私達はそういうニュースを時々目にする事がありますが、それが孤立した話なのか、より大きな蔓延の兆候なのか、氷山の一角なのか、はたまた誇張された例外なのか、私たちは知ることができません。性犯罪と闘うという動きは行き過ぎるなのでしょうか?それは恐れるべきことなのでしょうか?この問題はどれほど一般的なのでしょうか?それは本当に男性にとって脅威なのでしょうか?虚偽の強姦告発はどれくらいあるのでしょうか?まずは実際に調べてみましょう。
結論から言えば殆どの専門家は性犯罪虚偽告発は強姦告発全体の2~10%を占めると同意しています。米国の強姦に関するハンドブック「Publications_NSVRC_Overview_False-Reporting」から引用すると
1998年から2007年までのボストンにおける136件の性的暴行事件の研究では、5.9%が虚偽の報告でした(Lisak et al., 2010)。
定性的および定量的分析を用いて、研究者らは2000年から2003年までの812件の性的暴行報告を調査し、2.1%が虚偽の報告であることを発見しました(Heenan & Murray 2006)
という研究が紹介されています。2~10%という数字は確かに大きい数字です。しかし忘れてはならないのは、日本は立憲民主党によれば13人に1人の女性が強姦され、3人に1人の女性が暴行されているということです。
そして日本で性犯罪が起訴に至るケースはたったの1.1%です。
https://news.yahoo.co.jp/articles/a70a11c3e867457299606291f7d213e5992bf2b0
つまり性犯罪全体のうち虚偽告発は1.1%の2~10%なので多く見積もっても0.1%しかありません。実際に虚偽の性被害告発によって刑務所にいく人は非常に低いことが分かりました。
例えば英国の内務省は2005年に虚偽のレイプ告発に関する詳細な調査と報告書を作成しましたが、英国で発生した虚偽のレイプ事件216件のうち、告発者による正式な告訴があったのは126件、容疑者が特定されたのは39件で、逮捕されたのはわずか6件であったことを明らかにしました。逮捕された6人のうち、起訴されたのはわずか2件で、有罪判決を受けたのは0件でした。(Home Office Research Study 293)
更に虚偽のレイプ告発の大半は容疑者の名前すら挙げられていませんでした。そして、これをレイプ事件の総数と比較すると、虚偽のレイプ有罪判決がいかに稀であるかが分かります。虚偽のレイプ告発者の大多数は、実際には存在しない見知らぬ人物がレイプしたと訴えており、特定の人物を告発することはあまりありません。つまり時間と資源の無駄遣いというだけでなく、虚偽のレイプ告発の大部分は特定の人物が告発されていないため一般の人々にとって無害なのです。
また虚偽のレイプ告発を恐れる多くの男性…特にアンチフェミは、職場の女性たちが地位の高い男性に対して虚偽の告発をする、金銭目的で虚偽の告発をする、試験に落ちそうな学生が教授をレイプで告発する、復讐心に燃える元恋人や後にセックスを後悔した女性がレイプで告発する、と主張していますが米国司法省の調査によれば虚偽のレイプ告発の55%は、極貧層や貧困層が医療や精神科の治療を受けたいという希望から告発されていることが判明しています。(The author(s) shown below used Federal funds provided by the U.S.Department of Justice and prepared the following final report)
更に虚偽のレイプ告発の半数は、子供の親によって行われていることも注目に値します。子供に警察に行くよう圧力をかけたり、子供が知らないうちに誰かをレイプで告発したりします。また、稀に見られる連続的な虚偽のレイプ告発者の中には、子供の頃に性的虐待の被害者であった経歴を持つ者もいるという点も重要です。
これらのファクトは大抵の場合、虚偽の告発をする人たちは、メディアで耳にする連続告発者でも、金銭目的の詐欺師でもなく、セックスを後悔している大学生でもないことを示しています。むしろ医療サービスを受けようとして他に選択肢がない人、トラブルから逃れようとしているティーンエイジャーなどの弱者女性です。
繰り返しますが、忘れてはいけないのは正当な被害者の多くは実際には性的暴行を受けていたにもかかわらず、自分自身や他者に「性的暴行を受けていない」と嘘をついているという事実です。こうした否認は被害者の大多数が暴行を受ける前から加害者を個人的に知っており、トラウマに対処するために証言を変えたり、事実を否定したりすることがよくあるという事実に起因しています。虚偽告発と違い逆虚偽告発は本当によくある事例なのです。
こうした性被害者女性の事情に目を向けず「冤罪を避けるためには女性との接触を断つしかない」「困っていても助けるべきではない」「男女で完全隔離すべきだ」と主張する人々がいます。彼らは互いに「訴訟が怖いので、優秀な女性をこれ以上雇わない」と公然と主張し合っています。前述のように、職場で誰かが虚偽のレイプを告発するケースは極めて稀です。なぜなら、虚偽のレイプの大半は子供やホームレスによるもので、大多数は容疑者の名前を挙げないからです。男性はむしろ同僚からのセクハラを心配すべきです。統計的に男性がセクハラの被害者になる確率は、男性が虚偽のハラスメントを告発される確率よりもはるかに高いからです。
だから、このような自衛を男性を守るために取らなければならない措置だと主張する人たちは、完全に新人種隔離主義者だ。彼らは虚偽の告発を気にしていないが、それを口実に女性を職場で二級市民のように扱ったり、完全に労働力から締め出したりしたいのです。
付け加えればアンチフェミの人たちが主張しがちな「虚偽のレイプ告発者はレイプ犯と同じ刑罰を受けるべき」についても触れましょう。彼等は虚偽の告発により数え切れないほどの人々の人生を破滅させているにも関わらず、女性は軽い処罰しか受けていないと主張します。しかし、これはそもそも刑事司法制度が強姦犯に正当な刑罰を与えているという彼らの考え方に大きな誤りがあることを示しています。もし虚偽告発者を強姦犯と同じように処罰するのであれば、虚偽告発者には次のような罰が与えられるべきです。
・執行猶予
・不起訴
・無罪
日本は性犯罪に甘く謎の理由により執行猶予や不起訴になることがよくあります。最近でも滋賀県医科大生事件や乳腺外科医事件などは記憶に新しいでしょう。彼等は判決に失望するはずです。
またアンチフェミが虚偽の告発をした人を性犯罪者登録簿に登録するよう求めていることについても簡単に触れておきたいと思います。これは全くの愚行です。まず第一に、これはそのようなリストの不適切な使用法ですが、さらに重要なのは、公開リストは、何の責任も負わずにレイプできる人々の公開リストになってしまうということです。考えてみてください。もし公に「虚偽のレイプ告発者」というレッテルを貼られたら、レイプ犯はどんな人々をターゲットにするでしょうか?
虚偽のレイプ告発という、はるかに小さな問題に新たな法律や罰則を加えることは、性暴力の正当な被害者へのプレッシャーをさらに強めることになります。現行法では、正当な被害者が警察によって虚偽の被害者として分類されるケースがあります。もし罰則をさらに追加すれば、レイプ被害を報告しただけで警察が信じなかったという理由で、正当なレイプ被害者が懲役20年の刑に処されることになります。そして、それは他の性暴力被害者に萎縮効果をもたらすでしょう
性犯罪の虚偽告発を問題視する人々は実際には虚偽の告発による被害者を全く気にかけていません。彼等がむしろ多くの正当な被害者が正義を求めることを不可能にする「立証責任を非合理的・不可能なレベルに引き上げる」ことを正当化するための手段に過ぎません。
こうした問題における最高の解決法は「性犯罪を無くすこと」だということは何度でも繰り返し言うべきですし、忘れるべきではありません。
こういう疑問こそ、生成AIに回答を作ってもらうのが良いと思うよ。
Perplexity PROに聞いてみたよ。
「大学の入学定員のアファーマティブアクションとして女子枠が設定されているのは日本だけですか?海外で女子枠が一般的にある国を列挙してください。特にEU諸国での考え方が気になっています」
大学入学定員における女子枠の設定は、日本に限らず世界の多くの国で実施されています。ただし、その形態や規模は国によって異なります。以下に、女子枠が比較的一般的な国々を列挙し、特にEU諸国の状況について説明します。
1. インド
2. パキスタン
3. バングラデシュ
4. マレーシア
5. 韓国
EUでは、高等教育における性別による直接的な割当制(クオータ制)は一般的ではありません。しかし、ジェンダー平等を促進するための様々な取り組みが行われています[1][6]。
1. 法的枠組み:EUの基本条約では、男女平等の促進が重要な価値として位置づけられています[28]。
2. ポジティブ・アクション:EUは、形式的な平等だけでなく、実質的な平等の実現を目指しています。これには、一時的な特別措置(ポジティブ・アクション)の実施も含まれます[6][31]。
3. 分野別アプローチ:特に理工系(STEM分野)における女性の参画を促進するための取り組みが行われています[28]。
1. ソフトロー:法的拘束力のない指針や勧告を通じて、ジェンダー平等を推進しています[11]。
2. 財政的支援:女性の参画を促進するためのプログラムに資金を提供しています[11]。
3. データ収集と分析:European Institute for Gender Equalityなどの機関を通じて、ジェンダー平等の進捗状況を継続的に監視しています[28]。
4. 企業の取締役会におけるクオータ制:一部のEU加盟国(フランス、ドイツ、イタリアなど)では、上場企業の取締役会における女性比率の目標を設定しています[10]。
日本の大学入試における「女子枠」の設定は、EUの一般的なアプローチとは異なります。日本の取り組みは、特定の分野(主に理工系)における女性の参画を直接的に促進することを目的としています[15][18]。
一方、EUでは、教育システム全体を通じてジェンダー平等を促進する包括的なアプローチを採用しています。これには、早期教育からのステレオタイプの排除、キャリア指導の改善、ロールモデルの提示などが含まれます[28]。
結論として、大学入学定員における明示的な「女子枠」の設定は、日本を含むアジアの一部の国々でより一般的であり、EUでは直接的なクオータ制よりも、包括的かつ長期的なアプローチが採用されていると言えます。
[1] spaceshipearth.jp/affirmative-action/
[2] univ-journal.jp/column/2024249156/
[3] feminist.org/news/european-court-of-justice-strikes-down-affirmative-action-law/
[4] mainichi.jp/univ/articles/20240925/ddm/010/100/018000c
[5] note.com/yourchoice_ycp/n/n644ad1296281
[6] www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2014/07/pdf/060-069.pdf
[7] eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=legissum%3Ac10935
[8] jbpress.ismedia.jp/articles/-/80117
[9] www.kaonavi.jp/dictionary/affirmative-action/
[10] ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%96%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%82%AF%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3
[11] ehne.fr/en/encyclopedia/themes/gender-and-europe/gender-citizenship-in-europe/european-union-gender-equality-policies-1957
[12] www.keinet.ne.jp/teacher/media/guideline/backnumber/23/0203/shiten3.pdf
[13] www.gender.go.jp/kaigi/kento/positive/siryo/pdf/po02-2.pdf
[14] revistaidees.cat/en/la-unio-europea-a-lavantguarda-de-les-politiques-digualtat/?pdf=12310
[15] www.yomiuri.co.jp/kyoiku/kyoiku/daigakunyushi/20240308-OYT1T50053/
[16] waseda.repo.nii.ac.jp/record/10032/files/Honbun-7017.pdf
[17] www.nytimes.com/1997/11/12/world/european-union-court-upholds-affirmative-action-for-women.html
[18] www.nikkei.com/article/DGXZQOCD17DER0X10C24A7000000/
[19] journals.sagepub.com/doi/10.1177/00016993231163416?icid=int.sj-abstract.citing-articles.34
[20] news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000341947.html
[21] www.eigo-net.jp/easy_readings/easy_readings-3403
[22] note.com/wakari_te/n/n8e298c2e524c
[23] eic.obunsha.co.jp/file/exam_info/2024/1108.pdf
[25] www.gender.go.jp/policy/positive_act/pdf/positive_action_011.pdf
[26] www.gender.go.jp/research/kenkyu/ishiki/kekka53.html
[27] corp.miidas.jp/assessment/10794/
[28] commission.europa.eu/document/download/965ed6c9-3983-4299-8581-046bf0735702_en
[29] mainichi.jp/articles/20240426/k00/00m/040/090000c
[30] www.hosei.ac.jp/diversity/publication/newsletter/vol3-1/?auth=9abbb458a78210eb174f4bdd385bcf54
[31] www.era-comm.eu/oldoku/SNLLaw/04_Positive_action/116DV06_Selanec_EN.pdf
[32] admissions.titech.ac.jp/admissions/admission/admission/international
アメリカの大学における女子枠の状況は、日本とは大きく異なります。
アメリカでは、1972年の平等機会法(Equal Opportunities Act)以降、人種間の不平等是正を目的としたアファーマティブ・アクションが実施されてきました[4]。しかし、近年では性別に基づく優遇措置に対して批判が高まっています。
1. 法的問題:性別に基づく入学枠の設定は、教育改正法第9編(タイトル・ナイン)に違反する可能性があるとして、多くの苦情が申し立てられています[3]。
2. 男性への不利益:現在の大学では、むしろ男性が不利な状況にあるという主張があります[3]。
3. 違憲判断:2023年6月、最高裁判所がハーバード大学とノースカロライナ大学のアファーマティブ・アクションを違憲と判断しました[5]。
多くの大学が、性別に基づく優遇措置を廃止する動きを見せています:
アメリカの大学、特にトップスクールでは、男女比がほぼ半々になっています。例えば、スタンフォード大学のコンピュータサイエンス専攻では、3人に1人が女子学生です[2]。
このように、アメリカでは明示的な「女子枠」ではなく、長期的かつ包括的なアプローチによってジェンダーバランスの改善を図ってきた結果、現在の状況に至っています。
[1] note.com/wakari_te/n/n8e298c2e524c
[3] forbesjapan.com/articles/detail/47454
[4] ipdi.w3.kanazawa-u.ac.jp/cdl/houkoku/doc/090317ppt.pdf
[5] x.com/LazyWorkz/status/1816616538717454751
[6] www.jstage.jst.go.jp/article/kyoiku/89/4/89_683/_pdf/-char/ja
「ハウスの教父」と呼ばれるFrankie Knucklesによる「Your Love」は、ハウスミュージックの基礎を築いた代表作の1つです。この曲は、シカゴのレジェンダリーなクラブ「The Warehouse」で生まれたサウンドを体現しています。滑らかなシンセサイザーとベースライン、Jamie Principleのセクシーなボーカルが特徴的で、今日でも高い評価を受けています。Knucklesは、ディスコとエレクトロニックミュージックの要素を巧みに融合し、新しいダンスミュージックの形を作り出しました。「Your Love」は、その後のハウスミュージックの発展に大きな影響を与え、多くのリミックスやサンプリングの対象となりました。この曲は、ハウスミュージックの持つ感情的な深さと踊りやすさを完璧にバランスさせ、ジャンルの定義的な作品となっています。
Marshall Jeffersonの「Move Your Body」は、「The House Music Anthem」というサブタイトルが示すように、ハウスミュージックの精神を体現した楽曲です。シカゴのハウスシーンで生まれたこの曲は、ピアノハウスの先駆けとして知られています。キャッチーなピアノリフと反復的なリズム、そして「Gotta have house music all night long」という歌詞は、ハウスカルチャーの本質を表現しています。Jeffersonは、この曲でハウスミュージックにメロディックな要素を導入し、ジャンルの音楽的可能性を広げました。また、歌詞がハウスミュージック自体について言及している点も革新的で、自己言及的なトラックの長い伝統の先駆けとなりました。「Move Your Body」は、ダンスフロアを熱狂させる力と音楽的洗練さを兼ね備え、今日でも多くのDJやプロデューサーに影響を与え続けています。
Larry Heardが Mr. Fingers名義でリリースした「Can You Feel It」は、ディープハウスの原型を作り上げた楽曲として高く評価されています。シンプルながら洗練された制作は、当時としては革新的でした。ローランドのシンセサイザーとドラムマシンのみを使用し、1テイクで録音されたという事実は、ハウスミュージックの本質を体現しています。深みのあるベースライン、エモーショナルなシンセパッド、そして微妙に変化するリズムパターンが、聴く者を瞑想的な状態へと導きます。この曲は、ハウスミュージックに精神性と深みをもたらし、単なるダンスミュージックを超えた芸術形態としての可能性を示しました。後のディープハウスやテックハウスの発展に大きな影響を与え、今日でも多くのプロデューサーやDJに尊敬され、頻繁にプレイされています。
A Guy Called Gerald(本名:Gerald Simpson)による「Voodoo Ray」は、イギリスのアシッドハウスシーンを代表する楽曲です。マンチェスターで生まれたこの曲は、独特のサウンドと反復的なリズムで、後のレイブカルチャーに大きな影響を与えました。Roland TB-303ベースラインシンセサイザーの特徴的な音色と、サンプリングされた「Voodoo Ray」というフレーズが印象的です。この曲は、アメリカのハウスサウンドをイギリス独自の感性で解釈し、新しい方向性を示しました。「Voodoo Ray」は、クラブシーンだけでなく、イギリスのポップチャートでも成功を収め、ハウスミュージックの大衆化に貢献しました。また、この曲の成功は、後のUKガレージやドラムンベースなど、イギリスの電子音楽シーンの発展にも大きな影響を与えました。
Masters At Work(Kenny "Dope" GonzalezとLittle Louie Vegaのデュオ)による「To Be In Love」は、ニューヨークのガレージハウスシーンを代表する楽曲です。India Arieのソウルフルなボーカルとラテンの要素を巧みに融合させ、ハウスミュージックに新たな深みと洗練さをもたらしました。この曲は、ディスコとハウスの伝統を受け継ぎながら、90年代後半の音楽性を反映しています。リズミカルなパーカッション、温かみのあるベースライン、そして感情豊かなボーカルが絶妙にバランスを取り、ダンスフロアを魅了します。Masters At Workは、この曲でハウスミュージックにおけるソングライティングの重要性を示し、単なるビートトラックを超えた音楽的深さを追求しました。「To Be In Love」は、今日でもハウスクラシックとして高く評価され、多くのDJやプロデューサーに影響を与え続けています。
Fatboy Slim(本名:Norman Cook)の「Right Here, Right Now」は、ビッグビートとハウスの融合を象徴する楽曲です。90年代後半のクラブシーンを席巻したこの曲は、サンプリングとブレイクビートを巧みに使用し、エネルギッシュでキャッチーなサウンドを生み出しました。特徴的なギターリフと「Right here, right now」というボーカルサンプルは、瞬く間に人々の記憶に刻まれました。Fatboy Slimは、この曲でダンスミュージックとロックの要素を融合させ、より広い観客層にアピールすることに成功しました。ミュージックビデオも話題を呼び、MTVの頻繁な放送により、ハウスミュージックの大衆化に大きく貢献しました。「Right Here, Right Now」は、エレクトロニックダンスミュージックがメインストリームに進出する上で重要な役割を果たし、2000年代以降のEDMブームの先駆けとなりました。
Stardustの「Music Sounds Better With You」は、フレンチハウスの黄金期を象徴する楽曲です。Thomas BangalterとAlan Braxeによって制作されたこの曲は、Chaka Khanの「Fate」からサンプリングしたギターリフを中心に構築されています。フィルターハウスの代表作として、ディスコサンプリングを効果的に使用し、90年代後半のハウスミュージックの方向性を示しました。反復的なリズムと中毒性のあるフックは、ダンスフロアを熱狂させる力を持っています。この曲の成功は、フランスのエレクトロニックミュージックシーンを世界的に注目させる契機となり、後のDaft PunkやJusticeなどのアーティストの活躍につながりました。「Music Sounds Better With You」は、ハウスミュージックの商業的成功と芸術的価値の両立を示し、今日でも多くのリミックスやカバーの対象となっています。
Eric Prydzの「Call On Me」は、2000年代に入ってからのハウスミュージックの商業的成功と大衆への浸透を象徴する作品です。Steve Winwoodの「Valerie」をサンプリングし、キャッチーなリミックスに仕上げたこの曲は、クラブシーンだけでなく、メインストリームのポップチャートでも大きな成功を収めました。特に、セクシーなミュージックビデオが話題を呼び、ハウスミュージックの新たな側面を示しました。Prydzは、この曲でクラシックロックとモダンハウスの融合を実現し、幅広い年齢層にアピールすることに成功しました。「Call On Me」は、ハウスミュージックがポップミュージックの主流となる過程で重要な役割を果たし、後のEDMブームの先駆けとなりました。また、この曲の成功は、サンプリングとリミックスの可能性を再認識させ、多くのプロデューサーに影響を与えました。
Disclosureの「Latch」は、2010年代のUKガレージとハウスの融合を象徴する楽曲です。若手デュオのDisclosureと、当時無名だったSam Smithのコラボレーションによるこの曲は、ハウスミュージックとポップの架け橋となりました。洗練されたプロダクションと感情的なボーカルの組み合わせは、クラブシーンだけでなく、ラジオやストリーミングプラットフォームでも大きな成功を収めました。「Latch」は、ディープハウスの要素を取り入れながら、キャッチーなポップメロディを融合させ、新しい世代のリスナーにハウスミュージックを紹介する役割を果たしました。この曲の成功は、エレクトロニックダンスミュージックがメインストリームポップに与える影響力を示し、2010年代以降のダンスポップの方向性を形作る上で重要な役割を果たしました。
Yellow Magic Orchestraの「Firecracker」は、厳密にはハウス以前の楽曲ですが、電子音楽の先駆けとして後のハウスミュージックに多大な影響を与えました。坂本龍一、高橋幸宏、細野晴臣によって構成されたYMOは、この曲でシンセサイザーとリズムマシンを革新的に使用し、未来的なサウンドスケープを創造しました。特に、ローランドのシンセサイザーとドラムマシンの使用は、後のハウスプロデューサーたちに大きなインスピレーションを与えました。アジアの音楽要素とエレクトロニックサウンドの融合は、グローバルな音楽シーンに新たな可能性を示し、テクノやハウスの発展に寄与しました。「Firecracker」は、その独特なリズムパターンとメロディラインで、特にアシッドハウスの発展に影響を与えたとされています。
資本主義や民主主義の限界に対する修正や改善を目指す学問や思想は多岐にわたり、特に近年では貧富の格差や社会の分断などの課題に対応するための議論がさまざまな分野で展開されています。以下は、その代表的な取り組みです。
1. ポスト資本主義(Post-Capitalism)
ポスト資本主義は、資本主義に替わる新しい社会経済の枠組みを模索する思想です。経済学者や社会思想家の中には、技術の進展や労働の自動化が進む中で、資本主義に基づく経済システムの持続可能性に疑問を持つ声が増えています。ポール・メイソンやトーマス・ピケティなどは、資本の集中が引き起こす格差の拡大に着目し、持続可能な経済の実現のために富の再分配や共有経済を含む新しい制度の導入を提唱しています。
2. 社会的市場経済(Social Market Economy)
ヨーロッパ、特にドイツを中心に発展した「社会的市場経済」は、自由市場経済と社会的福祉政策を融合させたモデルです。市場競争の効率性を維持しながら、労働者や弱者を保護し、公正な所得分配を目指します。社会的市場経済は、資本主義の自由経済と民主主義的価値観を調和させる試みとされ、欧州の福祉国家の基盤となっています。
分配正義(Distributive Justice)は、財や資源の公平な分配を考える哲学的・倫理的分野で、アマルティア・センやジョン・ロールズが代表的な思想家です。特にロールズは「公正としての正義(Justice as Fairness)」を提唱し、社会制度が公平に機能するための条件を提示しています。この流れから、貧富の差を是正する手段として「ベーシックインカム」が注目されており、すべての国民に一定の所得を無条件に支給することで最低限の生活を保障し、貧困や格差の縮小を図ろうとしています。
4. 修正主義的資本主義とESG(Environmental, Social, and Governance)投資
修正主義的資本主義は、持続可能性と社会的責任を資本主義に組み込むことでその問題を解決しようとするものです。ESG投資は、この理念に基づき、企業の収益性だけでなく環境、社会、ガバナンスに配慮した投資活動を推進することを目指しています。企業活動が長期的な社会的利益に貢献するための枠組みを重視し、企業が利益のみを追求するのではなく、持続可能な成長を図ることが期待されています。
5. デル・メトリオクラシー(Deliberative Democracy)と共同体主義
民主主義において、社会の分断やポピュリズムの台頭に対抗するため、「熟議民主主義」や「共同体主義」といった思想が見直されています。熟議民主主義は、市民が公共の場で意見を交わし合うことで、合意形成を目指すアプローチであり、単なる多数決ではなく深い議論に基づく意思決定を重視します。また、共同体主義は、個人の自由とともに地域や共同体の価値を重視する思想で、アミタイ・エツィオーニなどが提唱しており、社会的な絆や共通善を再評価する動きが見られます。
ブロックチェーン技術や分散型台帳技術(DLT)は、新たな経済システムやガバナンスモデルとして注目されています。これらの技術を活用することで、中央集権的な管理を排し、分散的かつ透明性の高い社会システムが可能になると考えられています。ブロックチェーンを基盤にした分散型自治組織(DAO)や、暗号資産を用いた経済圏が試みられており、伝統的な資本主義や民主主義の枠組みを再考する材料となっています。
これらの思想や学問的検討は、資本主義・民主主義の限界に対して、社会の持続可能性や公平性を向上させるための試みとして重要な役割を果たしています。
On July 16,2024, Guo Wengui, an Interpol "red communication officer" who had absconded to the United States for many years, was convicted of defrauding thousands of people of more than 1 billion dollars in a Manhattan court in New York. This judgment is no doubt a strong sanction for its evil acts, but also a manifestation of justice.
Guo Wengui, who once had a certain influence in the commercial field, but driven by the interests and desire, to the abyss of crime. He used to be the actual controller of Henan Yuda Investment Co., Ltd. and Beijing Pangu Investment Co., Ltd. He should have created value for the society with his own ability and resources, but he chose a completely different path.
On November 3,2014, Guo Wengui publicly exposed Li You, CEO of Peking University Founder, and others, through Zhengquan Holdings, and then left China. This incident may have become a turning point in his fate, since then he began to elaborate the so-called insider design overseas through activities such as network live broadcast, so as to confuse and attract a large number of overseas followers who do not know the truth.
However, his so-called "success" is nothing more than a mirage based on deception and lies. Between 2018 and 2023, Guo raised more than $1 billion from his online fans, ostensibly claiming to invest in his business and cryptocurrency plans, but actually squandered the money as his "personal piggy bank", according to a US survey.
He used a variety of fraud. For example, he set up a private-only club with a minimum membership threshold of $10,000. Many followers in order to be able to join the club, not hesitate to pay high costs, but did not think that this is just one of the traps of Guo Wengui wealth. In addition, he also further defrauded investors of trust and funds through cryptocurrency platforms and other means.
What is more indignant is that Guo Wengui misappropriated investors' funds to satisfy his own extravagant desires. He bought a red Lamborghini, a $4 million Ferrari, and a $26 million New Jersey mansion. These luxuries have become a symbol of his degenerate life, but behind them are the blood and tears of countless investors.
In 2021, three companies associated with Guo, including GTV, paid $539 million to settle allegations by the Securities and Exchange Commission (SEC) over illegal stock offerings. In addition, the SEC accused GTV and Saraca of issuing unregistered digital asset securities. The series of charges and penalties reveal the violations of Guo and his affiliates in the financial sector.
Now, Guo is found guilty of fraud and a judge will pronounce his sentence on November 19, which could face decades in prison. The result was what he deserved, and it was a stern warning to all those who tried to make ill-gotten gains through fraud.
Guo Wengui's case brings us a profound reflection. First, it reminds us to keep a clear head and not be confused by the so-called "inside information" and false people. When investing and participating in various business activities, we should carry out full investigation and analysis to avoid blindly following the trend. Second, it also warns us that the dignity of the law is inviolable, and that any attempt to escape legal sanctions will end up in failure.
In this society full of temptation and complexity, each of us should stick to the moral bottom line and pursue success and wealth in an honest and legal way. Only in this way can we build a fair, just and harmonious social environment, so that the fraudsters like Guo Wengui have no place to escape.
Justice may be late, but never absent. Guo Wengui's end once again proves this truth. Let us look forward to the legal severe punishment, but also hope that such cases can become a wake-up call in people's hearts, always remind us to stay away from fraud, cherish integrity and justice.