「原色」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 原色とは

2026-01-15

絵のコミュニティに属しきれない話

自分、なんというか、絵が「そういう人」が描いたようなのにどうしてもなっちまうんだよなあ

原色は使いすぎないとか、そういう最低限見せるためのルールを調べたり、模写とかして練習したんだが、それでもなんか「そういう人」感が出てしま

(と言うか実際、「そういう人」なんだと思う。親から喋り始めるのが遅かったみたいなこと言われたし。)

それで、何個か創作企画に参加したんだが、その絵のせいで避けられてる気がするんよね。(もちろん、感想の送り合いとか、他の人のキャラの使い方とか、そういうコミュ力センス問題もあるかもだが)。例えば、大抵キャラ描いてメンションしてるのにはRTしてくれる人が、自分だけ「いいね」だけだったり。

それで妙な孤独感を感じることがある。

だったらゲームとか推し活とか別のコミュニティ所属すりゃええやん、と思う人もいるだろうし、創作企画でも他の人にキャラシ描いてもらって小説書く、とかやりようはあるのかもしれんが、それでも絵を描くという形で繋がれないのはどこか寂しかったりする

2026-01-09

anond:20260109223420

5枚目。

----

(ゲーム名が読めなかった)
アメリ
2015年頃発売、10歳以上。大航海時代開拓者となる。原色帆船型の木製コマ、同色の家型コマ、円柱型コマ、それぞれ数色分。
一生どうでしょう 20周年記念Ver. 後編
2016年(たしか)の一番くじA賞。
桃太郎伝説 鬼ヶ島決戦

----

どうぶつの森 あつめてあつめて森のコレクションいっぱいゲーム


邪推だけど、これプチプチに包まれているのは個人売買で買ったりしたやつじゃないかな、と思ったりした。プチプチから出してないのはコレクションであって遊んでいないのかもしれない(中古だけど)。

anond:20260109213242

3枚め、4枚めには重めのボードゲームが多くなさそう。

----

BIG CITY(20周年記念版)
2019年頃発売、13歳以上。街に建物を建てる協力ゲームプラスティック製の建物コマがたくさん。
TICAL(ティカル)
1999年頃発売、10歳以上。ジャングル内の遺跡調査六角形のタイルがたくさん。原色コマが数セット。その中に三角形コマ(ボードに立てるとテントみたいになる)。
GLOOMHAVEN(グルームヘイブン)
2017年頃発売、12歳以上。ファンタジー舞台にした協力ゲーム精巧ミニチュアコマがそこそこいっぱい。
Maracaibo(マラカイボ)
2019年頃発売、12歳以上。カリブ海覇者を目指す。カードがたくさん、原色のミープルが数色、他に同色のキューブがそこそこたくさん。

----

Dead of Winter
2015年頃発売、14歳以上。対ゾンビの協力型ゲームゾンビを描いたコマがたくさん。カードがやっぱりたくさん。そのカードのうち1種類の裏側が虫眼鏡デザイン。そのデザインを配した中型ボード
エルドラドを探して(新版)
2020年頃発売、10歳以上。デッキ構築ゲーム。たくさんのカード。4色の人型コマ
Above and Below(アバブ&ビロウ)
2015年頃発売、13歳以上。地下探検して村を発展させる。人の描かれたカードがたくさん。建物の描かれたカードがそこそこ、黒いダイスが約10個、カラフルキューブが数個。
Yukon Airways(ユーコンアウェイズ)
2019年頃発売、14歳以上。タクシー飛行機運転して金を稼ぐ。水上艇型のコマが4色各1個、カードがたくさん、ダイスが数色各数個ずつ。

----

Dead of Winter ロングナイト
同名のゲーム拡張
OTYS(オーティス)
2017年頃発売、14歳以上。ポストアポカリプス世界で水中ダイビングする。たくさんのトークンと、それを入れる巾着袋。それと小さめの32枚のカード
Dayan's Board Game Cat Convention Wachifield(ニャーニャーニャーの猫会議)
5歳以上。ただのすごろく
Navegador(ナヴェガドール)
2010年頃発売。12歳以上。ポルトガルから長崎までの交易を目指す。紙製のチップがたくさん、木製のチップ原色5色で数種類ずつ。

----

以下は特に説明不要そうなので基本的タイトルのみ表記とする。

桃太郎電鉄 定番! 昭和平成令和ボードゲーム
水曜どうでしょう 原付日本列島制覇
2020一番くじの景品(A賞)。
水曜どうでしょう 対決列島カードゲーム
2015年一番くじの景品(A賞)。

----

実況パワフル野球
2006年発売。
なるほどザワールド ボードゲーム
水曜どうでしょう ボードゲーム世界編~
2015年一番くじの景品(A賞)。
桃太郎電鉄ボードゲーム 大どんでん返しの巻


たぶん次で最後

anond:20260109200252

続き。たぶん1枚めの写真

なお、内容物については全部を記載していない。目立つチップとか特徴的なコンポーネント表記している。これは今後も同じ。

ブリュージュ
2013年頃発売。10歳以上。ブリュージュの発展のために、たくさんの人に協力を依頼していく。人物が描かれたたくさんのカード(160枚以上)、カラーダイスが各色1個くらいつつ5個くらい。人の形をした色とりどりのコマが数個。
ROLL PLAYER
2016年頃発売。10歳以上。RPGキャラメイクだけをしていく。カードがたくさん。色とりどりのダイス金貨のような造形の小さい黄色チップ
The Voyages of Marco Polo(マルコポーロ旅路)
2015年頃発売。12歳以上。マルコポーロのような商人となってベネチアから北京を目指す。青・赤・黄・緑のサイコロ、そしてチップ金銭チップ、それに茶色フタコブラクダコマ
Troyes(トロワ)
2010年頃。10歳以上。中世ヨーロッパ都市経営。青・緑・オレンジ・灰・白のミープル(人型のコマ)がたくさん、それとは別の色のダイスがたくさん。カードが一揃いそこそこたくさん。たぶん拡張セットも近くに入っている。
Colonists(コロニスト)
2018年頃発売。12歳以上。植民地の街作り。青・白・橙・黒のポーン風コマ、紫の司教コマ六角形のタイルがたくさん。
Great Western Trail 北部への道
同名のゲーム拡張

----

NEWTON(ニュートン)
2018年頃発売。12歳以上。発明発見17世紀ヨーロッパを発展させる。青・赤・黄・緑のキューブチップ・人型コマ、丸底フラスコのようなチップカードがたくさん。
IKI(江戸職人物語)
2016年発売。14歳以上。日本橋火事に怯えながら商売する。赤・青・黄などの人型コマ浮世絵風の人物が描かれたカードがたくさん。
Call to Adventure(コール・トゥ・アドベンチャー)
2018年頃発売、12歳以上。英雄の生涯を作り出す。カードがそこそこたくさん。ルーン文字が描かれた小さいチップそれから小さいチップ
Dynasties
Heirate & Herrsche(ダイナスティ):2016年頃発売、12歳以上。ルネサンス時代政略結婚ヨーロッパ都市名が描かれたカード原色な人型コマ
アルルの丘:紅茶貿易
2017年頃発売。同名のゲームの3人拡張セット
Inhabit the earth(インハビット・ジ・アース)
2015年頃発売、14歳以上。動物進化させながら世界を進む。様々な動物が描かれたカードがたくさん。原色チップがそこそこ。

----

SCYTHE(サイズ・風に舞う策謀)
同名のゲーム拡張
SCYTHE(サイズ・彼方よりの侵攻)
同名のゲーム拡張
テラフォーミングマーズ 動乱
同名のゲーム拡張第5弾。
Saltlands
Lost In The Desert Expansion:同名のゲーム拡張
London
2017年頃(日本語版なら2021年頃)、14歳以上。17世紀ロンドン大火災から復興カードがたくさん(100枚以上・主にロンドン地名施設が描かれている)、お金トークン
Viticulture(ワイナリー四季)
2013年頃、13歳以上。トスカーナワイン造り。6色のコマセット(いくつかの種類が同数ずつ)、カードがそこそこ。
Amalfi(アマルフィ)
2020年頃発売、12歳以上。船を運用して商売する。ヨット型のコマエッフェル塔を思わせる塔型のコマ。それぞれ複数個。

----

ブランクワールド
2018年頃発売、12歳以上。大航海時代探検して世界地図を作る。原色の船型のコマ正方形の少し大きめのチップお金を思わせるトークン
テラフォーミングマーズ VENUS NEXT
同名のゲーム拡張第2弾。
Dolphy Five(ドルフィーファイブ)
2020年発売、9歳以上。推しイルカ応援してNo.1にする。イルカ型のコマと透明なダイスゲームマーケット出品作品
商売往来
2019年頃発売、8歳以上。OKAZU Brandのゲーム大阪商人となって稼ぐ。カードがたくさん、チップがたくさん。ゲームマーケット出品作品
ワイナリー四季 拡張
トスカーナ:同名のゲーム拡張
ブラッディ・イン
2105年頃発売、15歳以上。宿屋人殺しして金稼ぎ。人物が描かれたカードがたくさん。小切手型のトークンと鍵型のトークンがそこそこたくさん。

----

村の人生 酒場
同名のゲーム拡張
村の人生 港町
同名のゲーム拡張
村の人生
2011年頃発売、12歳以上。ヨーロッパのある村の発展と世代交代。細かいコマがたくさんあるが、たぶん黒と灰色の巾着袋それぞれ1つずつに入れられて収納されている。
CIVILIZATION 富と名声
同名のゲーム拡張
CIVILIZATION 叡智と闘争
同名のゲーム拡張
クトゥルフキッチン
2019年頃発売。10歳以上。名状しがたい料理を作る。120枚くらいのカード時計型の(1~6まで書かれた)ボードサイコロが4色各6個。

----

SCYTHE フェンリス襲来
同名のゲーム拡張
The Doge Ship(総督の船)
2012年頃発売、12歳以上。ガレー船を造る。原色チップが数個ずつと同色のダイスが1つずつ、ガレー船を描いたカード(オールごとに分割されている)。
Shadows over Camelot(キャメロットを覆う影)
2005年頃発売、10歳以上。アーサー王伝説テーマにした協力ゲーム。白いが台座に原色が割り振られたフィギュア型のコマカードがたくさん、ダイスが少し。
Great Western Trail(グレート・ウェスタントレイル)
2016年頃発売、12歳以上。牛を列車に出荷するまでの道歩き。青・白・赤・黄などのチップ人物の絵が描かれた小さめのチップがたくさん、カード
CIVILIZATION(シヴィライゼーション)
2010年頃発売、13歳以上。担当する文明の発展を後押しする。大きいカードと小さいカード、それぞれたくさん、原色コマが4色2種類で双方そこそこ。青いダイスが2個。


まだ続く、かも知れないけれど明日以降になるかもしれない。

2025-12-30

絵とかの講座受けてて思うこと

絵……に限らず、創作の講座の「こういう時は……こういう風にするべき!」って、2パターンあると思ってて。

A.恐らく人間本能レベルでそうした方が良いというパターン(例 : 原色は使いすぎるとダサいからあんま使わないほうがいい)

B.伝統的に、一種の「文脈」として、こういう時はこうするというルールが受け継がれてるパターン(例 : 上手(かみて)と下手(しもて)で、主人公はこっち、敵はこっちに置くみたいな)

で、Aについては絶対守った方が良いと思うのだが、Bについては、そういった文脈が通じない相手、例えば若い人や海外に向けて売り出すなら、そういうルールを時に破るのも有効じゃねーかなーということを思っている。

※一応、上手と下手については、心臓位置がどうこうといった形でA的な説明を試みてる人もいるのだが、正直説得力に乏しいと思う。

2025-12-19

運が良くなるようなスパイス香り纏う増田住まうとマリオかの粋パスな紆余るなく四眼う(回文

おはようございます

木を隠すなら森の中へ!って言葉あるじゃない、

カレーを隠すのならカレーへ!って。

正にそうなの!

私が最近行きに行って再開して飛び込み前転を決めて入店して行く南インドカレー料理屋さん。

もちろんランチチキンビリヤニを決めに行くために足繁く足繁ってるんだけど、

そのぐらいお気に入り

やっぱりここのビリヤニは私にとって1番だわ!って。

そんな勢いなの!

言葉意味はよく分からいかもしれないけれど、

とにかく凄い自信なの!

そんでね、

その南インドカレー料理屋さんにランチを食べに行った帰り、

私の事務所は私独りなんだけど、

同じフロアの別の部署

まり前私がいた会社の人にバッタリランチ帰りに遭遇すると

わ!今日カレー食べにいったんでしょ!?って、

そりゃもう私のホッツスパイシーランチチキンビリヤニのふんだんに纏ったスパイシー香りも私も纏って帰ってくるもんだから

私が南インドカレー料理屋さんにいったことがバレちゃうのよ!

頭隠して尻隠さずっていうけれど、

このホッツセクシースパイシー香りは隠しきれないの!

でも、

これ幸いか

最近この私の事務所のあるビルの隣か近くに違うインド料理屋さん、

正確にいうと原色看板の出店テンプレートコンサルティングに習って出しているいわゆるインドネパール料理屋さんがオープンして、

たまーに、

おそらくきっと

もの凄い仕込みをしているときタマネギかめちゃ炒めている、

それにともなってビルの壁を貫通してこっちまでいい匂いが伝わってくるスパイシー香りに、

なんかビル全体が薄らスパイスを散らしたような感じなの!

そんで、

だれもカレー屋さんに行った帰りではないのに、

そのスパイシー匂いが充満しているから、

私が一人ランチチキンビリヤニを張り切って帰ってきたとて、

私が纏って帰ってきたそのランチチキンビリヤニのホッツスパイシー香り

隣の近隣のインドネパール料理屋さんのめちゃ仕込みしている香りにかき消されてしまうの。

まり

もう分かるわよね!?

カレーを隠すのならカレーへ!

そう言うことなの、

華麗なるカレーって絶対に言っちゃいたい気持ちだけど、

それを抑えつつ近隣に溢れ出て包まれているスパイシー香りランチチキンビリヤニ香りが隠されてしまうの。

私がお昼ランチのその美味しいチキンビリヤニを張り切って食べに行って帰ってきても、

スパイスの風は吹かずに無風ってわけ。

おかげで、

私のビリヤニ活動が足繁く繁るようにできた再開したって経緯の経緯を説明するとそうなの!

実質、

ほぼ毎日

私はビリヤニランチビリヤニを食べに逝くチャンス到来しまくっているんだけど、

さすがに毎日ビリヤニってわけにもいかないんだけど、

日々毎日私のいる事務所の中はビリヤニチャンスに溢れているわ。

最初ビルに入っている人たちも、

隣の近隣のインドネパール料理屋さんの

スパイシーでホッツなめちゃタマネギを炒める仕込みをしているいい香りちょっと困っていたようだけど、

今はもうそれが日常風景というか、

大将今日もやってるね!って言う感じというか、

そのインドネパール料理屋さんのお店の暖簾を腕押しで押して入店して、

大将今日いいのはいってるかい?ってちょっとこっちもお客として小粋なことをいいたいじゃない。

そのぐらいもう誰もその

スパイシーでホッツでタマネギをめちゃ炒めている匂いになれてきたみたいよ。

私に取ってはそれが好都合で、

ランチチキンビリヤニを張り切って食べに行くことが堂々とできるの。

素敵じゃない?

ゴロッとしたチキンビリヤニチキンを頬張りつつ、

ふわっふわのスパイス香りをふんだんに纏ったバスティライスを含み、

そして、

後半戦はライタをそのバスティライスに掛けての味変。

そしてそして、

今だな前を知らない謎のレモンの皮のお漬物みたいなスパイシーで囓ると苦くて美味しいやつ!

こんな充実したランチ

ここのビリヤニはやっぱりいいなぁって思いつつ。

私はこのビリヤニ験担ぎにNIKKEのガチャ運とかが日常運勢が良くなるラッキーアイテムとしてランチチキンビリヤニを崇拝してたんだけど、

そのことをすっかりもう美味しいビリヤニを食べたって満足感だけで充分!って勢いで忘れていたの。

本当に験担ぎラッキーアイテムとしての

朝の情報番組で、

可愛い動物たちのアニメキャラクターがどの木にいる動物が登り切るのが速いか

まりその動物の1位だった人が今日運勢がいい!って

動物木登り占いってあれで、

コアラが1位で今日ラッキーアイテムビリヤニ!って行っていたかはもう見逃しちゃったけれど、

前回食べたランチチキンビリヤニから今日までの運勢普通だったわ。

NIKKEのガチャ運はせっせと貯めたソーシャルポイント1000ポインツで回す100連ガチャではSSRのニケが通常なら2機当たる計算なんだけど1機しかこなくって、

まあこれは計算数字の誤差内ね。

あと地味に当たりそうで当たらない一般募集チケットを回したら、

な!なんと!

SSRアルカナきたわよ!

アルカナ3凸!きたこれ!

NIKKEのガチャって当たって嬉しいけれど、

狭い期間に偏って同じニケが連続して当たりがちなあの現象なに?

この確率の揺らぎの波は誰にも解明できないスピリチュアルなことだわ。

でも、

やっぱりラッキーランチチキンビリヤニ幸運のお守りとしてめちゃ験を担げちゃってるじゃない?って。

私にとってのこのランチチキンビリヤニ神社幸運パワースポットなのよ!

今日もまた験担ぎラッキーランチチキンビリヤニを食べに行くわ!

初詣もここに来ようかしら?

しか新年は1日から営業だって

ちょうど良くない?

うふふ。


今日朝ご飯

チーズレタスサンドしました。

シャキッとしたレタス感がレタス味決まってて美味しくてまるで私と同じ朝のフレッシュさだわ。

今日フレッシュに頑張れそう!

みずみずしいレタスの元気もいいわよね!

タマゴづいていたけれどたまのレタスもいい感じ!

デトックスウォーター

ピンクグレープフルーツを1玉マーケットで買ってきたので、

半分切って果実からマジ搾り果汁を加える

ホッツピンクグレープフルーツウォーラー

入れた瞬間の柑橘フレッシュな感じがいいわね。

温かく仕上がったホッツを飲んで温活

今日スタートよ!


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

2025-12-18

マッチングアプリ出会った男性たちの備忘録

今、マチアプで彼氏を作った女性増田がバズっているので私も書いてみる。なお、現状彼氏はおらず、ただマチアプで複数人男性に会っただけの状況なので、何の面白みもないかもしれない。とはいえあの増田女性現在彼氏さんの情報については伏せているので、同じといえば同じかも?

個人的にはあの増田女性は至ってまともな(むしろいい女に入る)部類の女性だと思っているのだが、

コメ欄Twitterともに大荒れしているので、世間(というかインターネット)と自分認識が大きく乖離しているのでは?と思い投稿した次第。

情報には身バレ防止のために多少のフェイクを入れている。

投稿スペック

年齢:アラサー

仕事営業職+副業バイト

年収トータルで400万くらい

学歴大卒(Fラン)

身長:160〜165

体重:55〜60

見た目:自分で言うのは烏滸がましいが、「美人」と言われ続ける人生だった。(2年前くらいまで?)

ただ今の会社入社してからは社内に美女が多すぎてあまり言われた覚えがない。ここ2年で体重が激増したのもあるかも。無整形。歯列矯正済み。

住居:ひとり暮らし

アプリを使うに至った経緯

長年付き合っていた彼氏と別れたことが一番大きな理由。別れた理由関係ないので割愛する。

結婚願望はないし子どもがほしいとも思っていないが、周りがどんどん結婚していくので焦りのようなものがある。

生涯独身宣言するには気が早いと思ったこと、彼氏ができたら(結婚子どもについての)価値観が変わるかもしれないと考えたこと、逆に「生涯独身でいい!」に振り切れるならそれでもいいと思ったことが第二の理由

使用しているアプリ名は伏せる。知りたい人は調べてほしい。

そのアプリを選んだ理由としては

・友人からのすすめ

・事前のやり取り不要メリットを感じたか

デート時間デート場所もすべてアプリが決めてくれるので会うまでの時短可能から

デート場所原則カフェなのでいきなりご飯に行くよりコストカットできるから

レポートが出力されるので自分客観視できるかもと思ったか

以上である

から順に動機として大きいものになっている。

現状

7人の男性にお会いした。全員とLINE交換はしている。

うち、2回会った人が2人、2回目の約束をしている人が2人、連絡を取るのを辞めた人が4人。

以下、一人ずつどんな人だったかを書いていく。

かなり長くなってしまった。

1人目

年齢:30代、5個上

年収:600万〜800万

学歴高卒

見た目:しょうゆ顔イケメン。肌がきれいファッションはヤリラフィをもうちょっとマイルドにした(ヤリラ原色彩度ガッツリ下げた)感じ。

住居:隣県の実家住み

1回目

アプリ指定カフェで1時間程度。

コミュ力高い陽キャ。話が弾み楽しい時間だった。

かなりアクティブスポーツアクティティなど幅広くチャレンジしている印象。

会計は割り勘。コーヒー1杯なので600円くらい。

LINE交換を求められて解散

2回目

ご飯に行こうと誘われ平日夜に2回目の予定を立てる。

会う直前に待ち合わせ場所指定されたのがまさかファミレスで正直かなり引く。

いざ着いたらすぐ近くの雰囲気の良いお店を予約してくれていたらしくそちらへ移動。

じゃあ普通に予約してくれてたお店の前に待ち合わせで良くなかったか違和感1

美味しい料理を食べながら楽しく会話するも、ちょこちょこ「ん?」と思う発言が。違和感2

夕飯は1万円弱だったが、お相手が出してくれたので「2軒目は私が出しますね」と言ってご馳走になる。そのまま2軒目へ。

2軒目に着いてから恋愛観についてより深掘りするような話。

相手交際前にセックスをしておきたいと主張。

私は交際前のスキンシップ断固拒否派。

真面目すぎる、かわいいねと笑われて肩を抱かれ手を繋がれた。

1軒目で「ん?」と思った言動伏線回収された。アウトアウトアウト。エロがるな、ちんこ仕舞え。

顔が良くても無理なもんは無理。ヤリモクに用は無い。

会計は7000円くらい。私が支払い、お店を出る。

朝まで一緒にいたいと言われるが、お断りして解散

以降、連絡は来ていないしコチラからもしていない。

2人目

年齢:30代、3個上

年収:忘れた。私よりは多い。

学歴高卒

見た目:爽やかイケメンカジュアルファッションがよく似合っていておしゃれだった。

住居:隣県の実家住み

1回目

アプリ指定カフェで1時間半くらい。

とにかくめちゃくちゃ気遣いのできる人だった。

自然と奥の席に座らせてくれたり、セルフサービスのお水を持ってきてくれたり。

ブランチ時間帯の待ち合わせで、お相手はお昼を食べていなかったらしく、サンドイッチを注文していた。

初デートで齧り付くもの食べてすみません…」と言っていたのが何か印象的だった。

仕事の話や地元友達の話、趣味の話などで盛り上がる。

私は2枚重ねのパンケーキを注文するも、1枚しか食べられなかったので半分食べてもらった。

会計は5000円弱?(ドリンク×2、フード2品)

2500円出そうとしたら断られ、「悪いです」と言ったら500円だけ受け取ってくれた。

そこで解散かと思いきや、ちょっと散歩しませんかと言われ近くのショッピングモールグルグルする。

初回の時間が長いのは気疲れするので早く解散たかったが、奢ってもらっていたのと、隣県から来てくれている手前すぐには切り出せず、30分くらい経ったあたりで「予定があるので」と言ってLINEを交換して解散した。

2回目

まだ会っていないが、お相手が誘ってくれたので日程調整中。毎日ラインのやり取りをしている。

3人目

年齢:同い年

年収:1000万〜1500万

学歴早慶上智

見た目:垢抜けない雰囲気服装スーツのためファッションセンスは分からず。

住居:県内ひとり暮らし

1回目

アプリ指定カフェで1時間半程度。

良く言えば落ち着いた喋り方、悪く言えば消極的な喋り方をする人だった。

1人目2人目に比べて盛り上がりはしないものの、地元が同じ県であること、引っ越してきて日が浅いことなど、境遇が似ていて親近感があった。

仕事でもプライベートでも世界中を飛び回っているらしく、色んな国の話を聞くのが面白かった。

アニメの話にも花が咲いた。

会計は2000円程度で、お相手キャッシュレス決済だったため、1000円渡すも「いらないです」と返されたのでありがたくご馳走になった。LINEを聞かれたので交換して解散

2回目 

1回目に会ったときにお互いにインド料理が好きだと判明していたので、LINEで「インド料理食べに行きませんか」と言われ平日夜に日程を決める。予約も済ませてくれた。

何品か頼んでシェアをしたが相手8:私2くらいの量を食べていたと思う。私が自分の分を取り皿に分けると、お相手が「あと全部食べていいですか?」「もう食べないですか?」と聞いてくるので「いいですよ」と言ってしまった。

話は旬のアニメの話で盛り上がった。他には地元の話や年末年始ことなど。

料理がとにかく美味しく、いいお店だねと言い合った。

会計8000円弱。食べた量が全然違うという認識だったが一応4000円差し出す。「いらないです」と受け取ってもらえなかったので大人しくご馳走になった。

お店の前で解散解散後、ご馳走様でしたと改めてLINE。向こうからありがとうございましたと返ってきたが、何となくこのままフェードアウトかなと思っている。

大変申し訳ないが、異性としてときめく部分があまりない。

気の置けない男友達にはなり得ても、恋愛には発展しないかなぁと思うと奢らせてしまったのが非常に申し訳ない。

4人目

年齢:同い年

年収:忘れた

学歴早慶上智

見た目:メンタリストDaiGoにソックリ。

1回目

事前情報として「高評価メンバーです!」と表示されており(そう表示される人が初めてだったこともあって)期待感爆上がり。

メッセージ過去一丁寧でウキウキで待ち合わせ場所に向かう。

しかし、お会いした瞬間からコミュニケーションに若干の違和感。会話が噛み合わないような……?

そう思いながら席に着席。

会話は相手側がインタビュアーのように質問を沢山してくれるので都度都度答えつつ、私も同じ質問を返した。

しかしコチラから質問に対しては曖昧な回答や別の質問が返ってくる状態質問質問で返すな。

例えば

私「ミステリー好きなんですよね?(プロフに書いてあった)どんな本読みますか?私も好きで!」

相手「(私)さんはミステリーが好きなんですね。僕も普通に読みますよ。面白かったミステリーありますか?」

こんな調子がずっと続く。おかげで相手のことが全くわからなかった。

MBTIや恋愛観の話をした際に、雑学を話してくれたのは聞いていて面白かったが、間に挟まる「自分正義感が強い」「自分は器用だから何でもできる」といった自己主張の強さもどうしても気になってしまった。

1時間半くらい話したあと、自分ドリンク代を払って解散

LINEで「次も会いたい」と来ていたが、お返事はしていない。

5人目

年齢:2個下

年収:忘れた。私よりはあった。

学歴日東駒専

見た目:初々しい感じ。服装カジュアルな感じ。おしゃれではないが清潔感のある格好。

1回目

アプリ仕様上、前日にならないと相手プロフィールが分からないのだが、2個下と表示されたのを見て「えっ!」と思った。

比較的年齢層高めのアプリと聞いていたので、まさか年下の男性とマッチすると思わなかったのだ。

メッセージで「年上ですみません💦嫌だったらキャンセルするので言ってください」と送ると「2個なんて誤差です!」と返してくれたので会うことにした。

(ちなみに前日キャンセルキャンセルする側が2000円支払う必要がある)

会話内容仕事についてが主だった。

沢山質問をしてくれたのでついつい喋りすぎてしまったなぁという反省

この方も地元が一緒だったので地元の話もした。

入店から1時間カフェが閉店だったので私が支払いを済ませて退店。1500円くらい。

LINEを聞かれたので交換したが、解散後に1ラリーしてやり取りはしなくなった。

6人目

年齢:5個下

年収:忘れた

学歴:専門卒

見た目:初々しい感じ。襟付きのシャツを着ていた。

1回目

まさかの2人連続で年下。しかも5個下。

犯罪に手を染めているような気がしてヒヤヒヤした。

5人目と同じように「年上だけど大丈夫ですか?」と送るも「気にしません!」と返ってくる。

アプリ指定カフェへ。二人でブランチを注文した。

話の内容は学生時代のことや過去恋愛ことなど。

私はボケるのが好きなのでツッコミをしてくれると嬉しいのだが、バシバツッコミをしてくれるのでかわいくて仕方なかった。今まで出会った方の中で一番気楽に話せるなぁという印象。

恋愛価値観もすごく合うなと感じたがとにかく年齢差に抵抗があり曖昧な返事をしていると、臆せずグイグイ来てくれてなおさら悪いことをしている気持ちになった。

男子校出身専門学校もほぼ男子だった故に女性に対する理想が歪んでいる……みたいなことを言っていた。

同校出身友達は女の人に踏まれたい願望があると常々言っているとか。その歳で目覚ましいな。

あっという間に2時間くらい経っており、私が支払いを済ませて退店。3500円くらい。

LINEを聞かれたので交換。その際に「また会いたいって言ったら会ってくれます!?」とキラキラした目(に見えた)を向けられタジタジになってしまった……私は弱い。

2回目

解散後にすぐ2回目の打診があったので今月中に会う予定。

ただ、時間を置いた現在は「これ逆に私が騙されている側か!?」と迷走している。

仮に次に連れて行ってくれる場所ぼったくりバーだとしても「払います…」と思えるくらいには癒やしをもらった気がする(遠い目)

7人目

年齢:1個下

年収:忘れた

学歴日東駒専

見た目:髪型が独創的。端的に言って垢抜けていない。

1回目

まさかの3連続で年下!義務的に「年上ですけど大丈夫ですか?」と送るも前2人と同様に「気にしないです」と返ってくる。

正直印象が薄い。

仕事趣味学生時代ことなど当たり障りのないプロフィールを話した気がする。

沢山質問してくれたので、話しつつ質問を返し……の繰り返し。

正直、もう6人と同じような話をしているせいで新鮮みがない。

また、お相手の声が小さく一部聞き取れない部分がありあやふやな部分も出てくる。

1時間くらい話してカフェを退店。私が支払い。1500円くらい。

LINE交換を求められたので交換する。翌日に「来週プラネタリウム行かない?」と来ていたが、全く印象に残らない人だったので2回目に行く気にならず未読無視申し訳ない。

以上が備忘録

このアプリのサブ目的であったレポート評価点は現時点で4.3/5と良い評価をいただいていてありがたい限り。まぁ彼氏できなきゃ何の意味もないけし鵜呑みにするのもどうかと思うが。

レポート更新されるのが面白くて2ヶ月くらいで一気に7人に会ったが、予定の都合上、年内にこれ以上新しい人に会うのは難しそうだ。年明けに再挑戦予定。

4人目以降あたりから「どんな人が来るんだろう」「どんな仕事してる人なんだろう」みたいな興味も出始めて、アプリ目的が変わりつつある。

初めましての人と話すのが面白い、みたいな。

年明けから本来恋愛軌道修正したい。

ちゃごちゃ書いてたらこんな時間やないかい。

終わり。

2025-12-10

ランチビリヤニタイム幸せ増田真魚世話脚でむいたに槍日珍等(回文

おはようございます

Suicaのペンギン卒業ちゃうって次名前は何になるのってもう世間では大騒ぎしていて、

次の新しい名前はTeppeiらしいわよ。

水原一平さんよろしくIppeiじゃなくてよかったわねって思いつつ、

いっぺい借りれ!って誰かにどんと背中を押されそうな勢いもつきそうだけど、

新しいキャラクターが次ペンギンからブタになったら

SuicaじゃなくてSubutaって名前にして町中華流行り待ったなし!ってところだったのに。

私は新しいSuicaの次のマスコットブタさんが良いなって思っていたのに残念。

そんなことを思っていたら、

最近何か私に欠けていたものが何かあるようで思い出せなかったんだけど、

そうれはあれよ!

日替わり定食ランチ

ここ最近寒くって外に出るのも億劫になるお弁当作ってランチ事務所デスク旅館の朝食に出てくる青い固形燃料を燃やしてコトコトと煮る豚汁とともに頂くって感じで食べていたの。

本当に寒いからお昼出るのが億劫なのね。

でも私は久しぶりに出たの!

湖の湖面の氷の厚さは18センチメートル

よし!

これぐらいの厚さならまだスノーモービルが出せる!

もっと昔とかは湖の氷が30センチメートルもあって、

ぜんぜんそんなスノーモービルを走らせるとか問題なかったぐらいだけど、

私も湖の氷がスノーモービルの重さで割れちゃって湖に落っこちゃうのは嫌なのでそこは超慎重よ!

そんで、

私はスノーモービルを走らせて雪原、

いや氷の氷原といっても言い過ぎではない過言ではないぐらいの勢いでランチを目指して出発したの!

私が長らく求めていたランチ

そうよ!

ビリヤニランチ

つ!遂に久しぶりにビリヤニにありつけることが出来たわ!

乃木坂46の40枚目のシングルタイトルが「ビリヤニ」だったか

直後だと絶対乃木坂46の40枚目のシングルビリヤニに引っ張られて来た人なんだな!って思われたら恥ずかしいので、

そろそろ落ち着いてきた頃合いなので

はいつも行っている南インド料理屋さんに行ったの!

頼むのはいつも「ランチビリヤニ一択から

お店のお姉さんは私が過去写真を見返してみて1年半ぶりぐらいの来店だったのに、

ランチビリヤニですか?って先回っていってくれたので、

私は間髪入れずに危機一髪ないきおいで、

はいランチビリヤニ大盛り、スパイシーで!」って頼んだの。

スパイシーって言葉が通じる店員さんと通じない店員さんが居るので、

今回はスパイシーチャンス到来私はちょっとよりスパイスの効いたスパイシービリヤニに注文をつけたの!

いよいよ私の目の前にやって来たビリヤニ

豊かなスパイス香りを全部お米にふわりと纏った感じで、

一口いれると、

スパイスの風が身体の中を駆け巡るの!

ああ!これがビリヤニビリヤニたるビリヤニのためのビリヤニわ!って

いまここにビリヤニ宣言

右手の拳を高く突き上げて私はモグモグ美味しくビリヤニを食べるの!

聞いて!

私の前のお客さんもランチビリヤニ

私もランチビリヤニ

私のあとに入ってきたお客さんもランチビリヤニ

わ!

ランチビリヤニスリセブンよ!

こんなやっぱりここのお店のビリヤニの美味しさにみんな気付いちゃった感じなのかも!

もちろん、

私はお店に入店する際の飛び込み前転を忘れずにして入店したことを言い忘れちゃいそうになるぐらいもうビリヤニに驀地なの!

ビリヤニスロット目押ししてもなかなかビリヤニスリセブンは達成出来ないのでなかなかこれは凄いことかも知れないわ!

私あと気付いちゃったの!

インドネパール料理屋さんって

なぜか共通点があってそれが上手く言語化出来ていなかったんだけど、

共通インドネパール料理屋出店コンサルティングの同じ出店テンプレートに倣って習った出店の仕方してる

どこにでも似たようなインドネパール料理屋さんって

サラダに掛かっているあの謎ドレッシング共通じゃない?

その、

出店テンプレート系とその出店テンプレートにそぐわない表の看板原色びかびかのやつを掲げていないひっそりとしたなんか地味なお店との違いを発見したの!

私が足繁く繁きまくりまくりすてぃーで通っているこのお店は後者の出店テンプレートに倣ってないお店の方。

こっちの方がなんとなく、

日本米のカレー炒飯ビリヤニとして出している確率ゼロパーセントなのよね。

ちゃんともちろん、

バスティライスホールスパイスもそのままぶち込んでいるタイプの限りなくなんか本格的なそれを感じさせるの。

私レヴェルのビリヤニ好きでも

これぐらい分かるわ!ってぐらい、

その出店テンプレートのお店とそうじゃないお店とでは、

雲泥の差がありまくりまくりすてぃーなの!

あと、

ライタももちろんついてくるし、

デザートヨーグルト小鉢じゃないのよ。

ちゃんと途中で味変出来るようにビリヤニスパイスの纏ったバスティライスの上にかけて食べるとまたさっぱりしてこれが一回食べると病みつきになるほどヤミーなの!

あとこれは名前を知らない謎のレモンの付け合わせのような漬物

囓ったら苦いのそして酸っぱいのそしてレモンの酸味!

なにこれ!?

目が覚めるようなこれだけでもう日本に無い味のしょっつるってなに?って聞いちゃいそうなほどこのレモンの苦い付け合わせのお漬物みたいな謎の食べ物も添えてあって美味しいの!

あと思ったんだけど

出店テンプレートのお店にお馴染みのあのサラダに掛かってくるオレンジ色の鮮やかなソースもこのお店では見たことないわ!

これサービスですって、

甘い甘いお米の何かのお粥?のデザートをいただいちゃったときは、

これまた名前の分からない謎インドデザートに舌鼓をぽんぽんと、

いやもう一個おまけにポン!打ちたい美味しさだったのね。

まあ甘すぎたけれど。

せっかくなので美味しくいただいたわ。

日替わり定食探検家としては

日替わり定食ではないけれど

ランチビリヤニも私の日替わり定食冒険家の魂を揺さぶスパイスの風が身体の中を駆け巡っていく味わい。

ナンカレーを載せて食べる効くスパイスとはまた違う効き方をするビリヤニは最高だったわ!

目を閉じても感じるこのビリヤニスパイシーな風!

ああ!幸せすぎるわ!

ビリヤニの具に海鮮の蛸が入ってないのに多幸感

物価高騰のせいもあってか、

私がこのお店で初めてビリヤニという食べ物を知った時の価格から結構値上がっちゃって、

いまはおおよそ倍ぐらいの値段になっちゃってるけど、

気軽にインド旅行に行けると思ったら激安じゃない?

この際、

ビリヤニの値段にケチっていたら野暮ってものよね。

インドことわざ

お祝いのビリヤニケチるのなら豪華なサリーケチりなさい!って

正にそうだと思うわ!

まりにも、

美味しすぎてお店に長居しすぎて、

湖の氷が薄くなってそれを忘れちゃってスノーモービルをぶっ飛ばして湖面の氷が割れ

スノーモービルごと落っこちゃったって救助されたってことは内緒にしておくわ!

そのぐらい充実したランチビリヤニタイムだったってことよ!

うふふ。


今日朝ご飯

生コッペペンのもちろんタマサラダたっぷり挟んである私のお気に入り一品のやつよ!

タマゴ感満載でお送りする私の朝食ストーリー

良い物語を綴れそうよ!

そのぐらいやっぱり私にはタマゴが必要なのかもしれないわ!

美味しいタマゴは元気の源よ!

デトックスウォーター

もうすっかり寒い朝が当たり前なこんな世の中ポイズンなんて言わないけれど、

寒いけれど朝いつも温かく飲み頃の70℃の温度タイマー沸きしている、

朝のホッツ白湯ストレートウォーラー

ああ!

温まるわ身体の芯から

これ飲んで温活温活

よーし!

今日も頑張るわよ。

風邪引かないように寒さに負けている場合じゃないわ!


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

2025-11-15

三次元うっすら嫌い

美女でもイケメンでも、小鼻から上唇までの鼻周辺が嫌い。頬骨とエラも嫌い。

汗っぽさ、脂っぽさ、産毛、ヒゲ、デキモノも嫌い。

そしてその辺加工してある写真気持ち悪さ。まぁ加工写真で一番キモいの目だけど。

コミュニケーションを伴う現実人間関係では顔なんて個体判別できればなんだっていいんだけど、顔の良さを売りにしてる商売は無理。

ジャニーズ好きの人とか本当に相容れない。そういう話題の時は必死で気配消して石になってる(余計なこと言わんように)。

そんな訳で2.5次元ミュージカルが心底嫌い。

好感度マイナス状態テニミュ見に行って、「物理法則」と「顔面」の限界があるお遊戯会を嫌ってほど体感した。そしてブロマイド販売ブラインド商法。あっ無理。無理無理。超絶無理。

衣装クオリティは高いので、モデルに着せて【衣装主体】の写真集とかにしてくれた方がいいのにな。顔主体の方が売れるのは分かってんだけどさぁ、三次元人間の顔、加工前も加工後も嫌いなんだよ。

そんな訳で、また好きな作品ミュージカルに穢されて、作者がミュージカル激推しになってグッズがミュージカル系ばっかりになって、あぁもうすぐファン辞めるんだろうな自分、となっている。

友人たちは一応「ミュージカルに誘わない」と気を使ってくれてるけど、それでもたまに「これなら楽しめるかも」と提案してくれたりする。数年に一度とかのことなので行くけども、毎回「このナルシスト達のコスプレお遊戯会にこんな金額出してまで……!?」とショックを受けている。

シリアス系のシナリオだと特に役者悲劇のヒロインしがちで自分酔いドン引きかつ、衣装バキバキ原色(アニメゲーム原作準拠)でちぐはぐでもう苦痛。苦行。ギャグならまだ楽しめる気もするけど。コント見るノリで。

そして苦行に耐えたところで「どうだった?」の感想には「楽しかった」以外はない。礼儀です。マナーです。でも一言追加する「次はもういいかな」。

個人的にはパチンコ筐体になるよりしんどい

まぁ文句言ったけどnot for meというだけです。

三次元人間の顔好きな人とはなかなか相容れない。

2025-11-03

原色の服を着てるのって女子小学生BBAだけだよな

まりBBAの知能は小学生並み!

2025-09-10

絵が「そういう人」の感じになってしまう話

人気エントリVtuberファンアートの話で思い出した……と言っても、言うほど関係いかもだが、自分デジタルで描いて色塗りとかはちゃんとやるんだけれども、なんというか、完成品が「そういう人」が描いたような絵にどうしてもなっちまうんだよなあ

原色は使いすぎないとか、そういう最低限見せるためのルールを調べたり、模写とかして練習したんだが、それでもなんか「そういう人」感が出てしま

それで、何個か創作企画に参加したんだが、その絵のせいで避けられてる気がするんよね。(もちろん、感想の送り合いとか、他の人のキャラの使い方とか、そういうコミュ力センス問題もあるかもだが)

それで妙な孤独感を感じることがある。

だったらゲームとか推し活とか別のコミュニティ所属すりゃええやん、と思う人もいるだろうし、創作企画でも他の人にキャラシ描いてもらって小説書く、とかやりようはあるのかもしれんが、それでも絵を描くという形で繋がれないのはどこか寂しかったりする

AI話題になってることもあって、「下手でも良いかAIよりも貴方の絵が欲しい!」って言ってる人が多いが、多分自分はここには当てはまらないんだろうなーってなる

まあ、絵の才能がどうしてもない人もいるってことだけ覚えていてくれたら嬉しい

2025-08-29

Cutie Honey UniverseOPEDを語る

書いた経緯

「何が嫌いかより何が好きかを語れよ」って空耳が聴こえたため

OPED死ぬほど好き

なんなら元祖のあの「変わるわよ」のOPとタメはるぐらい好き

好きな理由は主に本編が好きなため

本編を手短に理解してもらう手順を紹介します以下に沿って実施してください

映画グリッドマンユニバース主題歌uni-verse 」 を検索して聞く

公式MV公開してるので何回か聞いて脳内再生余裕にしてください

曲が脳内再生できるようになったら何でもいいので永井豪作品画像をハメて脳内MAD作成

ハニーじゃなくマジンガーデビルマンハレンチ学園バイオレンスジャックなんでもOK

歌詞シンプルなので「何にだってなれた」でサバト悪魔変身充てても「ビッグバン~」におっぱいミサイル発射を充てても何でもいい

もちろんハニーなら尚いい

脳内MAD再生余裕になったところで画像VHSダビング

3倍で

100回ぐらい再生してノイズ交じりにする

擦りきれると困るのであんまり多くないほうがいい

ノイズ部分を着色補正する

絵心ある人はセル画原色塗り。絵が描けない人は生成AI任せでおk

AIは白黒をニューラルネットワーク着色する方ではなく生成AIグラビア画像の色の濃い感じで)

映像完成したので次に音声

予算アニメ声優の声の質量頼みでキャラクターを浮かび上がらせるので、ゲームキャラ演技のこってり感を盛る

坂本真綾如月ハニーを充てる

メタトロンジャンヌ怠惰じゃないほう)のカマトト感で「いやあんまいっちんぐ」をたっぷりの抑揚つけて

田中敦子シスタージルを充てる

杉本執拗に追う鶴見中尉に「衛宮さんちの今日ごはん」の嫁キャスのLOVE横溢を足すけど本人自覚してなくてLOVE漏れるたび無意識自覚を避けるためかつ周囲から気取られないため声のドスが深まってる感じで

ハニーとジルの間に割って入る堀江由衣を充てる

坂本真綾との対談番組坂本真綾フリーク発言を本人に直接ぶつけまくる堀江由衣をそのままにシャルロットコルデーで

初代のままの早見団兵衛

ハニーにねっちょりセクハラして「いやあんまいっちんぐ」と言わせるやり取りをしっかり再生

この部分の再現度最終回感動度合いが違うキーキャラ

困ったら何とかしてくれる釘宮理恵

物語の転換点で要所に置いて喋らせとけば大体まとまる、いつものくぎゅ

本編映像と音声が揃ったのでOPEDを聞く

アニメ本編の公式はないのでアーティストが出してるMV聴く

OPA応P 「愛がなくちゃ戦えない」

EDはLuz 「 SISTER

歌詞でハニー連呼してるのいいよね

これぞアニソンって感じ

EDを歌われていたニコ動歌い手Luzさんが8月19日に逝去されたそう

冥福をお祈りいたしま

正直ハニーEDしか知らないのでED作詞作曲してる奏音69さんのSNS上の弔辞あたりを読んでください

その他連絡事項

前回お気持ちを書きなぐったとき能登麻美子ワンマンショーを引きずった状態で2クール新曲を聞いたため、ああなった

最後まで視聴したら2クール目は薄味だったのでOPEDそんなに邪魔じゃありませんでした

反応してくれた人たちへ

ごめんね

2025-08-11

anond:20250810233849

原動機ぐらいしか原が付くものが無かったのならともかく(電気みたいに。ただし電卓もまた過ちを犯している)

原野付き住宅とか原色塗装用具付模型とか(←各自適切なものに置き換えてください)なんぼでも他の可能性があった時代

自然略称を付けたもの

そもそも自転車だったのが(オートではない)バイクに変わってこんがらがってるし

2025-06-23

anond:20250623202511

お化けの絵だよ」

 いつか竹一が、自分の二階へ遊びに来た時、ご持参の、一枚の原色版の口絵を得意そうに自分に見せて、そう説明しました。

 おや? と思いました。その瞬間、自分の落ち行く道が決定せられたように、後年に到って、そんな気がしてなりません。自分は、知っていました。それは、ゴッホの例の自画像に過ぎないのを知っていました。自分たちの少年の頃には、日本ではフランス所謂印象派の画が大流行していて、洋画鑑賞の第一歩を、たいていこのあたりからはじめたもので、ゴッホゴーギャンセザンヌルナアルなどというひとの絵は、田舎中学生でも、たいていその写真版を見て知っていたのでした。自分なども、ゴッホ原色版をかなりたくさん見て、タッチ面白さ、色彩の鮮やかさに興趣を覚えてはいたのですが、しかし、お化けの絵、だとは、いちども考えた事が無かったのでした。

「では、こんなのは、どうかしら。やっぱり、お化けかしら」

 自分本棚から、モジリアニの画集を出し、焼けた赤銅のような肌の、れいの裸婦の像を竹一に見せました。

「すげえなあ」

 竹一は眼を丸くして感嘆しました。

地獄の馬みたい」

「やっぱり、お化けかね」

「おれも、こんなお化けの絵がかきたいよ」

 あまり人間を恐怖している人たちは、かえって、もっともっと、おそろしい妖怪うかいを確実にこの眼で見たいと願望するに到る心理、神経質な、ものにおびえ易い人ほど、暴風雨の更に強からん事を祈る心理、ああ、この一群の画家たちは、人間という化け物に傷いためつけられ、おびやかされた揚句の果、ついに幻影を信じ、白昼の自然の中に、ありありと妖怪を見たのだ、しかも彼等は、それを道化などでごまかさず、見えたままの表現努力したのだ、竹一の言うように、敢然と「お化けの絵」をかいしまったのだ、ここに将来の自分の、仲間がいる、と自分は、涙が出たほどに興奮し、

「僕も画くよ。お化けの絵を画くよ。地獄の馬を、画くよ」

 と、なぜだか、ひどく声をひそめて、竹一に言ったのでした。

 自分は、小学校の頃から、絵はかくのも、見るのも好きでした。けれども、自分かいた絵は、自分綴り方ほどには、周囲の評判が、よくありませんでした。自分は、どだい人間言葉を一向に信用していませんでしたので、綴り方などは、自分にとって、ただお道化の御挨拶みたいなもので、小学校中学校、と続いて先生たちを狂喜させて来ましたが、しかし、自分では、さっぱり面白くなく、絵だけは、(漫画などは別ですけれども)その対象表現に、幼い我流ながら、多少の苦心を払っていました。学校の図画のお手本はつまらないし、先生の絵は下手くそだし、自分は、全く出鱈目にさまざまの表現法を自分で工夫して試みなければならないのでした。中学校はいって、自分油絵の道具も一揃そろい持っていましたが、しかし、そのタッチの手本を、印象派の画風に求めても、自分の画いたものは、まるで千代紙細工のようにのっぺりして、ものになりそうもありませんでした。けれども自分は、竹一の言葉に依って、自分のそれまでの絵画に対する心構えが、まるで間違っていた事に気が附きました。美しいと感じたものを、そのまま美しく表現しようと努力する甘さ、おろかしさ。マイスターたちは、何でも無いものを、主観に依って美しく創造し、或いは醜いもの嘔吐おうとをもよおしながらも、それに対する興味を隠さず、表現のよろこびにひたっている、つまり、人の思惑に少しもたよっていないらしいという、画法のプリミチヴな虎の巻を、竹一から、さずけられて、れいの女の来客たちには隠して、少しずつ、自画像制作に取りかかってみました。

 自分でも、ぎょっとしたほど、陰惨な絵が出来上りました。しかし、これこそ胸底にひた隠しに隠している自分の正体なのだ、おもては陽気に笑い、また人を笑わせているけれども、実は、こんな陰鬱な心を自分は持っているのだ、仕方が無い、とひそかに肯定し、けれどもその絵は、竹一以外の人には、さすがに誰にも見せませんでした。自分のお道化の底の陰惨を見破られ、急にケチくさく警戒せられるのもいやでしたし、また、これを自分の正体とも気づかず、やっぱり新趣向のお道化と見なされ、大笑いの種にせられるかも知れぬという懸念もあり、それは何よりもつらい事でしたので、その絵はすぐに押入れの奥深くしまい込みました。

 また、学校の図画の時間にも、自分はあの「お化け手法」は秘めて、いままでどおりの美しいものを美しく画く式の凡庸タッチで画いていました。

 自分は竹一にだけは、前から自分の傷み易い神経を平気で見せていましたし、こんどの自画像安心して竹一に見せ、たいへんほめられ、さらに二枚三枚と、お化けの絵を画きつづけ、竹一からもう一つの

「お前は、偉い絵画きになる」

 という予言を得たのでした。

 惚れられるという予言と、偉い絵画きになるという予言と、この二つの予言馬鹿の竹一に依って額に刻印せられて、やがて、自分東京へ出て来ました。

 自分は、美術学校はいたかったのですが、父は、前から自分高等学校にいれて、末は官吏にするつもりで、自分にもそれを言い渡してあったので、口応え一つ出来ないたちの自分は、ぼんやりそれに従ったのでした。四年から受けて見よ、と言われたので、自分も桜と海の中学はもういい加減あきていましたし、五年に進級せず、四年修了のままで、東京高等学校受験して合格し、すぐに寮生活はいりましたが、その不潔と粗暴に辟易へきえきして、道化どころではなく、医師に肺浸潤診断書を書いてもらい、寮から出て、上野桜木町の父の別荘に移りました。自分には、団体生活というものが、どうしても出来ません。それにまた、青春の感激だとか、若人の誇りだとかい言葉は、聞いて寒気がして来て、とても、あの、ハイスクールスピリットかいものには、ついて行けなかったのです。教室も寮も、ゆがめられた性慾の、はきだめみたいな気さえして、自分完璧かんぺきに近いお道化も、そこでは何の役にも立ちませんでした。

 父は議会の無い時は、月に一週間か二週間しかその家に滞在していませんでしたので、父の留守の時は、かなり広いその家に、別荘番の老夫婦自分と三人だけで、自分は、ちょいちょい学校を休んで、さりとて東京見物などをする気も起らず(自分はとうとう、明治神宮も、楠正成くすのきまさしげの銅像も、泉岳寺の四十七士の墓も見ずに終りそうです)家で一日中、本を読んだり、絵をかいたりしていました。父が上京して来ると、自分は、毎朝そそくさと登校するのでしたが、しかし、本郷千駄木町の洋画家、安田太郎氏の画塾に行き、三時間も四時間も、デッサン練習をしている事もあったのです。高等学校の寮から脱けたら、学校の授業に出ても、自分はまるで聴講生みたいな特別位置にいるような、それは自分のひがみかも知れなかったのですが、何とも自分自身で白々しい気持がして来て、いっそう学校へ行くのが、おっくうになったのでした。自分には、小学校中学校高等学校を通じて、ついに愛校心というもの理解できずに終りました。校歌などというものも、いちども覚えようとした事がありません。

 自分は、やがて画塾で、或る画学生から、酒と煙草淫売婦いんばいふと質屋左翼思想とを知らされました。妙な取合せでしたが、しかし、それは事実でした。

 その画学生は、堀木正雄といって、東京下町に生れ、自分より六つ年長者で、私立美術学校卒業して、家にアトリエが無いので、この画塾に通い、洋画勉強をつづけているのだそうです。

「五円、貸してくれないか

 お互いただ顔を見知っているだけで、それまで一言も話合った事が無かったのです。自分は、へどもどして五円差ししました。

「よし、飲もう。おれが、お前におごるんだ。よかチゴじゃのう」

 自分拒否し切れず、その画塾の近くの、蓬莱ほうらい町のカフエに引っぱって行かれたのが、彼との交友のはじまりでした。

「前から、お前に眼をつけていたんだ。それそれ、そのはにかむような微笑、それが見込みのある芸術家特有の表情なんだ。お近づきのしるしに、乾杯! キヌさん、こいつは美男子だろう? 惚れちゃいけないぜ。こいつが塾へ来たおかげで、残念ながらおれは、第二番の美男子という事になった」

 堀木は、色が浅黒く端正な顔をしていて、画学生には珍らしく、ちゃんとした脊広せびろを着て、ネクタイの好みも地味で、そうして頭髪もポマードをつけてまん中からぺったりとわけていました。

 自分は馴れぬ場所でもあり、ただもうおそろしく、腕を組んだりほどいたりして、それこそ、はにかむような微笑ばかりしていましたが、ビイルを二、三杯飲んでいるうちに、妙に解放せられたような軽さを感じて来たのです。

「僕は、美術学校はいろうと思っていたんですけど、……」

「いや、つまらん。あんなところは、つまらん。学校は、つまらん。われらの教師は、自然の中にあり! 自然に対するパアトス!」

 しかし、自分は、彼の言う事に一向に敬意を感じませんでした。馬鹿なひとだ、絵も下手にちがいない、しかし、遊ぶのには、いい相手かも知れないと考えました。つまり自分はその時、生れてはじめて、ほんものの都会の与太者を見たのでした。それは、自分と形は違っていても、やはり、この世の人間の営みから完全に遊離してしまって、戸迷いしている点に於いてだけは、たしか同類なのでした。そうして、彼はそのお道化意識せずに行い、しかも、そのお道化悲惨に全く気がついていないのが、自分本質的に異色のところでした。

 ただ遊ぶだけだ、遊びの相手として附合っているだけだ、とつねに彼を軽蔑けいべつし、時には彼との交友を恥ずかしくさえ思いながら、彼と連れ立って歩いているうちに、結局、自分は、この男にさえ打ち破られました。

 しかし、はじめは、この男を好人物まれに見る好人物とばかり思い込み、さすが人間恐怖の自分も全く油断をして、東京のよい案内者が出来た、くらいに思っていました。自分は、実は、ひとりでは、電車に乗ると車掌がおそろしく、歌舞伎座はいりたくても、あの正面玄関の緋ひの絨緞じゅうたんが敷かれてある階段の両側に並んで立っている案内嬢たちがおそろしく、レストランはいると、自分の背後にひっそり立って、皿のあくのを待っている給仕のボーイがおそろしく、殊に勘定を払う時、ああ、ぎごちない自分の手つき、自分は買い物をしてお金を手渡す時には、吝嗇りんしょくゆえでなく、あまりの緊張、あまりの恥ずかしさ、あまり不安、恐怖に、くらくら目まいして、世界が真暗になり、ほとんど半狂乱の気持になってしまって、値切るどころか、お釣を受け取るのを忘れるばかりでなく、買った品物を持ち帰るのを忘れた事さえ、しばしばあったほどなので、とても、ひとりで東京のまちを歩けず、それで仕方なく、一日一ぱい家の中で、ごろごろしていたという内情もあったのでした。

 それが、堀木に財布を渡して一緒に歩くと、堀木は大いに値切って、しかも遊び上手というのか、わずかなお金で最大の効果のあるような支払い振りを発揮し、また、高い円タクは敬遠して、電車バスポンポン蒸気など、それぞれ利用し分けて、最短時間目的地へ着くという手腕をも示し、淫売婦のところから朝帰る途中には、何々という料亭に立ち寄って朝風呂はいり、湯豆腐で軽くお酒を飲むのが、安い割に、ぜいたくな気分になれるものだと実地教育をしてくれたり、その他、屋台牛めし焼とりの安価にして滋養に富むものたる事を説き、酔いの早く発するのは、電気ブランの右に出るものはないと保証し、とにかくそ勘定に就いては自分に、一つも不安、恐怖を覚えさせた事がありませんでした。

 さらにまた、堀木と附合って救われるのは、堀木が聞き手の思惑などをてんで無視して、その所謂情熱パトスの噴出するがままに、(或いは、情熱とは、相手立場無視する事かも知れませんが)四六時中、くだらないおしゃべりを続け、あの、二人で歩いて疲れ、気まずい沈黙におちいる危懼きくが、全く無いという事でした。人に接し、あのおそろしい沈黙がその場にあらわれる事を警戒して、もともと口の重い自分が、ここを先途せんどと必死のお道化を言って来たものですが、いまこの堀木の馬鹿が、意識せずに、そのお道化役をみずからすすんでやってくれているので、自分は、返事もろくにせずに、ただ聞き流し、時折、まさか、などと言って笑っておれば、いいのでした。

 酒、煙草淫売婦、それは皆、人間恐怖を、たとい一時でも、まぎらす事の出来るずいぶんよい手段である事が、やがて自分にもわかって来ました。それらの手段を求めるためには、自分の持ち物全部を売却しても悔いない気持さえ、抱くようになりました。

 自分には、淫売婦というものが、人間でも、女性でもない、白痴狂人のように見え、そのふところの中で、自分はかえって全く安心して、ぐっすり眠る事が出来ました。みんな、哀しいくらい、実にみじんも慾というものが無いのでした。そうして、自分に、同類の親和感とでもいったようなものを覚えるのか、自分は、いつも、その淫売婦たちから、窮屈でない程度の自然好意を示されました。何の打算も無い好意押し売りでは無い好意、二度と来ないかも知れぬひとへの好意自分には、その白痴狂人淫売婦たちに、マリヤ円光現実に見た夜もあったのです。

 しかし、自分は、人間への恐怖からのがれ、幽かな一夜の休養を求めるために、そこへ行き、それこそ自分と「同類」の淫売婦たちと遊んでいるうちに、いつのまにやら無意識の、或るいまわしい雰囲気を身辺にいつもただよわせるようになった様子で、これは自分にも全く思い設けなかった所謂「おまけの附録」でしたが、次第にその「附録」が、鮮明に表面に浮き上って来て、堀木にそれを指摘せられ、愕然がくぜんとして、そうして、いやな気が致しました。はたから見て、俗な言い方をすれば、自分は、淫売婦に依って女の修行をして、しかも、最近めっきり腕をあげ、女の修行は、淫売婦に依るのが一ばん厳しく、またそれだけに効果のあがるものだそうで、既に自分には、あの、「女達者」という匂いがつきまとい、女性は、(淫売婦に限らず)本能に依ってそれを嗅ぎ当て寄り添って来る、そのような、卑猥ひわい不名誉雰囲気を、「おまけの附録」としてもらって、そうしてそのほうが、自分の休養などよりも、ひどく目立ってしまっているらしいのでした。

 堀木はそれを半分はお世辞で言ったのでしょうがしかし、自分にも、重苦しく思い当る事があり、たとえば、喫茶店の女から稚拙手紙をもらった覚えもあるし、桜木町の家の隣りの将軍のはたちくらいの娘が、毎朝、自分の登校の時刻には、用も無さそうなのに、ご自分の家の門を薄化粧して出たりはいったりしていたし、牛肉を食いに行くと、自分が黙っていても、そこの女中が、……また、いつも買いつけの煙草屋の娘から手渡された煙草の箱の中に、……また、歌舞伎を見に行って隣りの席のひとに、……また、深夜の市電自分が酔って眠っていて、……また、思いがけなく故郷の親戚の娘から、思いつめたような手紙が来て、……また、誰かわからぬ娘が、自分の留守中にお手製らしい人形を、……自分が極度に消極的なので、いずれも、それっきりの話で、ただ断片、それ以上の進展は一つもありませんでしたが、何か女に夢を見させる雰囲気が、自分のどこかにつきまとっている事は、それは、のろけだの何だのといういい加減な冗談でなく、否定できないのでありました。自分は、それを堀木ごとき者に指摘せられ、屈辱に似た苦にがさを感ずると共に、淫売婦と遊ぶ事にも、にわかに興が覚めました。

 堀木は、また、その見栄坊みえぼうのモダニティから、(堀木の場合、それ以外の理由は、自分には今もって考えられませんのですが)或る日、自分共産主義読書会かいう(R・Sとかいっていたか記憶がはっきり致しません)そんな、秘密研究会に連れて行きました。堀木などという人物にとっては、共産主義秘密会合も、れいの「東京案内」の一つくらいのものだったのかも知れません。自分所謂「同志」に紹介せられ、パンフレットを一部買わされ、そうして上座のひどい醜い顔の青年からマルクス経済学講義を受けました。しかし、自分には、それはわかり切っている事のように思われました。それは、そうに違いないだろうけれども、人間の心には、もっとわけのわからない、おそろしいものがある。慾、と言っても、言いたりない、ヴァニティ、と言っても、言いたりない、色と慾、とこう二つ並べても、言いたりない、何だか自分にもわからぬが、人間の世の底に、経済だけでない、へんに怪談じみたものがあるような気がして、その怪談におびえ切っている自分には、所謂唯物論を、水の低きに流れるように自然肯定しながらも、しかし、それに依って、人間に対する恐怖から解放せられ、青葉に向って眼をひらき、希望のよろこびを感ずるなどという事は出来ないのでした。けれども、自分は、いちども欠席せずに、そのR・S(と言ったかと思いますが、間違っているかも知れません)なるものに出席し、「同志」たちが、いやに一大事の如く、こわばった顔をして、一プラス一は二、というような、ほとんど初等の算術めいた理論研究にふけっているのが滑稽に見えてたまらず、れい自分のお道化で、会合をくつろがせる事に努め、そのためか、次第に研究会の窮屈な気配もほぐれ、自分はその会合に無くてかなわぬ人気者という形にさえなって来たようでした。この、単純そうな人たちは、自分の事を、やはりこの人たちと同じ様に単純で、そうして、楽天的なおどけ者の「同志」くらいに考えていたかも知れませんが、もし、そうだったら、自分は、この人たちを一から十まで、あざむいていたわけです。自分は、同志では無かったんです。けれども、その会合に、いつも欠かさず出席して、皆にお道化のサーヴィスをして来ました。

 好きだったからなのです。自分には、その人たちが、気にいっていたからなのです。しかし、それは必ずしも、マルクスに依って結ばれた親愛感では無かったのです。

 非合法自分には、それが幽かにしかったのです。むしろ、居心地がよかったのです。世の中の合法というもののほうが、かえっておそろしく、(それには、底知れず強いものが予感せられます)そのからくりが不可解で、とてもその窓の無い、底冷えのする部屋には坐っておられず、外は非合法の海であっても、それに飛び込んで泳いで、やがて死に到るほうが、自分には、いっそ気楽のようでした。

 日蔭者ひかげもの、という言葉があります人間の世に於いて、みじめな、敗者、悪徳者を指差していう言葉のようですが、自分は、自分を生れた時からの日蔭者のような気がしていて、世間から、あれは日蔭者だと指差されている程のひとと逢うと、自分は、必ず、優しい心になるのです。そうして、その自分の「優しい心」は、自身でうっとりするくらい優しい心でした。

 また、犯人意識、という言葉もあります自分は、この人間の世の中に於いて、一生その意識に苦しめられながらも、しかし、それは自分の糟糠そうこうの妻の如き好伴侶はんりょで、そいつと二人きりで侘わびしく遊びたわむれているというのも、自分の生きている Permalink | 記事への反応(1) | 20:27

anond:20250623202234

 自分は、金持ちの家に生れたという事よりも、俗にいう「できる」事に依って、学校中の尊敬を得そうになりました。自分は、子供の頃から病弱で、よく一つき二つき、また一学年ちかくも寝込んで学校を休んだ事さえあったのですが、それでも、病み上りからだで人力車に乗って学校へ行き、学年末試験を受けてみると、クラスの誰よりも所謂「できて」いるようでした。からだ具合いのよい時でも、自分は、さっぱり勉強せず、学校へ行っても授業時間漫画などを書き、休憩時間にはそれをクラスの者たちに説明して聞かせて、笑わせてやりました。また、綴り方には、滑稽噺こっけいばなしばかり書き、先生から注意されても、しかし、自分は、やめませんでした。先生は、実はこっそり自分のその滑稽噺を楽しみにしている事を自分は、知っていたからでした。或る日、自分は、れいに依って、自分が母に連れられて上京の途中の汽車で、おしっこ客車通路にある痰壺たんつぼにしてしまった失敗談(しかし、その上京の時に、自分は痰壺と知らずにしたのではありませんでした。子供の無邪気をてらって、わざと、そうしたのでした)を、ことさらに悲しそうな筆致で書いて提出し、先生は、きっと笑うという自信がありましたので、職員室に引き揚げて行く先生のあとを、そっとつけて行きましたら、先生は、教室を出るとすぐ、自分のその綴り方を、他のクラスの者たちの綴り方の中から選び出し、廊下を歩きながら読みはじめて、クスクス笑い、やがて職員室にはいって読み終えたのか、顔を真赤にして大声を挙げて笑い、他の先生に、さっそくそれを読ませているのを見とどけ、自分は、たいへん満足でした。

 お茶目

 自分は、所謂お茶目に見られる事に成功しました。尊敬される事から、のがれる事に成功しました。通信簿は全学科とも十点でしたが、操行というものだけは、七点だったり、六点だったりして、それもまた家中の大笑いの種でした。

 けれども自分の本性は、そんなお茶目さんなどとは、凡およそ対蹠たいせき的なものでした。その頃、既に自分は、女中下男から、哀かなしい事を教えられ、犯されていました。幼少の者に対して、そのような事を行うのは、人間の行い得る犯罪の中で最も醜悪で下等で、残酷犯罪だと、自分はいまでは思っていますしかし、自分は、忍びました。これでまた一つ、人間特質を見たというような気持さえして、そうして、力無く笑っていました。もし自分に、本当の事を言う習慣がついていたなら、悪びれず、彼等の犯罪を父や母に訴える事が出来たのかも知れませんが、しかし、自分は、その父や母をも全部は理解する事が出来なかったのです。人間に訴える、自分は、その手段には少しも期待できませんでした。父に訴えても、母に訴えても、お巡まわりに訴えても、政府に訴えても、結局は世渡りに強い人の、世間に通りのいい言いぶんに言いまくられるだけの事では無いかしら。

 必ず片手落のあるのが、わかり切っている、所詮しょせん、人間に訴えるのは無駄である自分はやはり、本当の事は何も言わず、忍んで、そうしてお道化をつづけているより他、無い気持なのでした。

 なんだ、人間への不信を言っているのか? へえ? お前はいクリスチャンになったんだい、と嘲笑ちょうしょうする人も或いはあるかも知れませんが、しかし、人間への不信は、必ずしもすぐに宗教の道に通じているとは限らないと、自分には思われるのですけど。現にその嘲笑する人をも含めて、人間は、お互いの不信の中で、エホバも何も念頭に置かず、平気で生きているではありませんか。やはり、自分の幼少の頃の事でありましたが、父の属していた或る政党有名人が、この町に演説に来て、自分下男たちに連れられて劇場に聞きに行きました。満員で、そうして、この町の特に父と親しくしている人たちの顔は皆、見えて、大いに拍手などしていました。演説がすんで、聴衆は雪の夜道を三々五々かたまって家路に就き、クソミソに今夜の演説会の悪口を言っているのでした。中には、父と特に親しい人の声もまじっていました。父の開会の辞も下手、れい有名人演説も何が何やら、わけがからぬ、とその所謂父の「同志たち」が怒声に似た口調で言っているのです。そうしてそのひとたちは、自分の家に立ち寄って客間に上り込み、今夜の演説会は大成功だったと、しんから嬉しそうな顔をして父に言っていました。下男たちまで、今夜の演説会はどうだったと母に聞かれ、とても面白かった、と言ってけろりとしているのです。演説会ほど面白くないものはない、と帰る途々みちみち、下男たちが嘆き合っていたのです。

 しかし、こんなのは、ほんのささやかな一例に過ぎません。互いにあざむき合って、しかもいずれも不思議に何の傷もつかず、あざむき合っている事にさえ気がついていないみたいな、実にあざやかな、それこそ清く明るくほがらかな不信の例が、人間生活に充満しているように思われます。けれども、自分には、あざむき合っているという事には、さして特別の興味もありません。自分だって、お道化に依って、朝から晩まで人間をあざむいているのです。自分は、修身教科書的な正義とか何とかい道徳には、あまり関心を持てないのです。自分には、あざむき合っていながら、清く明るく朗らかに生きている、或いは生き得る自信を持っているみたいな人間難解なのです。人間は、ついに自分にその妙諦みょうていを教えてはくれませんでした。それさえわかったら、自分は、人間をこんなに恐怖し、また、必死のサーヴィスなどしなくて、すんだのでしょう。人間生活対立してしまって、夜々の地獄のこれほどの苦しみを嘗なめずにすんだのでしょう。つまり自分下男下女たちの憎むべきあの犯罪をさえ、誰にも訴えなかったのは、人間への不信からではなく、また勿論クリス主義のためでもなく、人間が、葉蔵という自分に対して信用の殻を固く閉じていたからだったと思います。父母でさえ、自分にとって難解なものを、時折、見せる事があったのですから

 そうして、その、誰にも訴えない、自分孤独匂いが、多くの女性に、本能に依って嗅かぎ当てられ、後年さまざま、自分がつけ込まれる誘因の一つになったような気もするのです。

 つまり自分は、女性にとって、恋の秘密を守れる男であったというわけなのでした。

[#改頁]

第二の手記

 海の、波打際、といってもいいくらいに海にちかい岸辺に、真黒い樹肌の山桜の、かなり大きいのが二十本以上も立ちならび、新学年がはじまると、山桜は、褐色のねばっこいような嫩葉わかばと共に、青い海を背景にして、その絢爛けんらんたる花をひらき、やがて、花吹雪の時には、花びらがおびただしく海に散り込み、海面を鏤ちりばめて漂い、波に乗せられ再び波打際に打ちかえされる、その桜の砂浜が、そのまま校庭として使用せられている東北の或る中学校に、自分受験勉強もろくにしなかったのに、どうやら無事に入学できました。そうして、その中学制帽の徽章きしょうにも、制服ボタンにも、桜の花が図案化せられて咲いていました。

 その中学校のすぐ近くに、自分の家と遠い親戚に当る者の家がありましたので、その理由もあって、父がその海と桜の中学校自分に選んでくれたのでした。自分は、その家にあずけられ、何せ学校のすぐ近くなので、朝礼の鐘の鳴るのを聞いてから、走って登校するというような、かなり怠惰中学生でしたが、それでも、れいのお道化に依って、日一日とクラスの人気を得ていました。

 生れてはじめて、謂わば他郷へ出たわけなのですが、自分には、その他郷のほうが、自分の生れ故郷よりも、ずっと気楽な場所のように思われました。それは、自分のお道化もその頃にはいよいよぴったり身について来て、人をあざむくのに以前ほどの苦労を必要としなくなっていたかである、と解説してもいいでしょうがしかし、それよりも、肉親と他人故郷と他郷、そこには抜くべからざる演技の難易の差が、どのような天才にとっても、たとい神の子イエスにとっても、存在しているものなのではないでしょうか。俳優にとって、最も演じにくい場所は、故郷劇場であって、しかも六親眷属けんぞく全部そろって坐っている一部屋の中に在っては、いかな名優も演技どころでは無くなるのではないでしょうか。けれども自分は演じて来ました。しかも、それが、かなりの成功を収めたのです。それほどの曲者くせものが、他郷に出て、万が一にも演じ損ねるなどという事は無いわけでした。

 自分人間恐怖は、それは以前にまさるとも劣らぬくらい烈しく胸の底で蠕動ぜんどうしていましたが、しかし、演技は実にのびのびとして来て、教室にあっては、いつもクラスの者たちを笑わせ、教師も、このクラス大庭さえいないと、とてもいいクラスなんだが、と言葉では嘆じながら、手で口を覆って笑っていました。自分は、あの雷の如き蛮声を張り上げる配属将校をさえ、実に容易に噴き出させる事が出来たのです。

 もはや、自分の正体を完全に隠蔽いんぺいし得たのではあるまいか、とほっとしかけた矢先に、自分は実に意外にも背後から突き刺されました。それは、背後から突き刺す男のごたぶんにもれず、クラスで最も貧弱な肉体をして、顔も青ぶくれで、そうしてたしか父兄のお古と思われる袖が聖徳太子の袖みたいに長すぎる上衣うわぎを着て、学課は少しも出来ず、教練や体操はいつも見学という白痴に似た生徒でした。自分もさすがに、その生徒にさえ警戒する必要は認めていなかったのでした。

 その日、体操時間に、その生徒(姓はい記憶していませんが、名は竹一といったかと覚えています)その竹一は、れいに依って見学自分たちは鉄棒練習をさせられていました。自分は、わざと出来るだけ厳粛な顔をして、鉄棒めがけて、えいっと叫んで飛び、そのまま幅飛びのように前方へ飛んでしまって、砂地にドスンと尻餅をつきました。すべて、計画的な失敗でした。果して皆の大笑いになり、自分も苦笑しながら起き上ってズボンの砂を払っていると、いつそこへ来ていたのか、竹一が自分背中をつつき、低い声でこう囁ささやきました。

「ワザ。ワザ」

 自分震撼しんかんしました。ワザと失敗したという事を、人もあろうに、竹一に見破られるとは全く思いも掛けない事でした。自分は、世界が一瞬にして地獄業火に包まれ燃え上るのを眼前に見るような心地がして、わあっ! と叫んで発狂しそうな気配を必死の力で抑えました。

 それからの日々の、自分不安と恐怖。

 表面は相変らず哀しいお道化を演じて皆を笑わせていましたが、ふっと思わず重苦しい溜息ためいきが出て、何をしたってすべて竹一に木っ葉みじんに見破られていて、そうしてあれは、そのうちにきっと誰かれとなく、それを言いふらして歩くに違いないのだ、と考えると、額にじっとり油汗がわいて来て、狂人みたいに妙な眼つきで、あたりをキョロキョロむなしく見廻したりしました。できる事なら、朝、昼、晩、四六時中、竹一の傍そばから離れず彼が秘密を口走らないように監視していたい気持でした。そうして、自分が、彼にまつわりついている間に、自分のお道化は、所謂「ワザ」では無くて、ほんものであったというよう思い込ませるようにあらゆる努力を払い、あわよくば、彼と無二の親友になってしまいたいものだ、もし、その事が皆、不可能なら、もはや、彼の死を祈るより他は無い、とさえ思いつめました。しかし、さすがに、彼を殺そうという気だけは起りませんでした。自分は、これまでの生涯に於おいて、人に殺されたいと願望した事は幾度となくありましたが、人を殺したいと思った事は、いちどもありませんでした。それは、おそるべき相手に、かえって幸福を与えるだけの事だと考えていたからです。

 自分は、彼を手なずけるため、まず、顔に偽クリスチャンのような「優しい」媚笑びしょうを湛たたえ、首を三十度くらい左に曲げて、彼の小さい肩を軽く抱き、そうして猫撫ねこなで声に似た甘ったるい声で、彼を自分の寄宿している家に遊びに来るようしばしば誘いましたが、彼は、いつも、ぼんやりした眼つきをして、黙っていました。しかし、自分は、或る日の放課後、たしか初夏の頃の事でした、夕立ちが白く降って、生徒たちは帰宅に困っていたようでしたが、自分は家がすぐ近くなので平気で外へ飛び出そうとして、ふと下駄箱のかげに、竹一がしょんぼり立っているのを見つけ、行こう、傘を貸してあげる、と言い、臆する竹一の手を引っぱって、一緒に夕立ちの中を走り、家に着いて、二人の上衣を小母さんに乾かしてもらうようにたのみ、竹一を二階の自分の部屋に誘い込むのに成功しました。

 その家には、五十すぎの小母さんと、三十くらいの、眼鏡をかけて、病身らしい背の高い姉娘(この娘は、いちどよそへお嫁に行って、それからまた、家へ帰っているひとでした。自分は、このひとを、ここの家のひとたちにならって、アネサと呼んでいました)それと、最近女学校卒業したばかりらしい、セッちゃんという姉に似ず背が低く丸顔の妹娘と、三人だけの家族で、下の店には、文房具やら運動用具を少々並べていましたが、主な収入は、なくなった主人が建てて残して行った五六棟の長屋家賃のようでした。

「耳が痛い」

 竹一は、立ったままでそう言いました。

「雨に濡れたら、痛くなったよ」

 自分が、見てみると、両方の耳が、ひどい耳だれでした。膿うみが、いまにも耳殻の外に流れ出ようとしていました。

「これは、いけない。痛いだろう」

 と自分大袈裟おおげさにおどろいて見せて、

「雨の中を、引っぱり出したりして、ごめんね」

 と女の言葉みたいな言葉を遣って「優しく」謝り、それから、下へ行って綿とアルコールをもらって来て、竹一を自分の膝ひざを枕にして寝かせ、念入りに耳の掃除をしてやりました。竹一も、さすがに、これが偽善の悪計であることには気附かなかったようで、

「お前は、きっと、女に惚ほれられるよ」

 と自分の膝枕で寝ながら、無智なお世辞を言ったくらいでした。

 しかしこれは、おそらく、あの竹一も意識しなかったほどの、おそろしい悪魔予言のようなものだったという事を、自分は後年に到って思い知りました。惚れると言い、惚れられると言い、その言葉はひどく下品で、ふざけて、いかにも、やにさがったものの感じで、どんなに所謂「厳粛」の場であっても、そこへこの言葉一言でもひょいと顔を出すと、みるみる憂鬱伽藍がらんが崩壊し、ただのっぺらぼうになってしまうような心地がするものですけれども、惚れられるつらさ、などという俗語でなく、愛せられる不安、とでもいう文学語を用いると、あながち憂鬱伽藍をぶちこわす事にはならないようですから、奇妙なものだと思います

 竹一が、自分に耳だれの膿の仕末をしてもらって、お前は惚れられるという馬鹿なお世辞を言い、自分はその時、ただ顔を赤らめて笑って、何も答えませんでしたけれども、しかし、実は、幽かすかに思い当るところもあったのでした。でも、「惚れられる」というような野卑な言葉に依って生じるやにさがった雰囲気ふんいきに対して、そう言われると、思い当るところもある、などと書くのは、ほとんど落語若旦那のせりふにさえならぬくらい、おろかしい感懐を示すようなもので、まさか自分は、そんなふざけた、やにさがった気持で、「思い当るところもあった」わけでは無いのです。

 自分には、人間女性のほうが、男性よりもさらに数倍難解でした。自分家族は、女性のほうが男性よりも数が多く、また親戚にも、女の子がたくさんあり、またれいの「犯罪」の女中などもいまして、自分は幼い時から、女とばかり遊んで育ったといっても過言ではないと思っていますが、それは、また、しかし、実に、薄氷を踏む思いで、その女のひとたちと附合って来たのです。ほとんど、まるで見当が、つかないのです。五里霧中で、そうして時たま、虎の尾を踏む失敗をして、ひどい痛手を負い、それがまた、男性から受ける笞むちとちがって、内出血みたいに極度に不快に内攻して、なかなか治癒ちゆし難い傷でした。

 女は引き寄せて、つっ放す、或いはまた、女は、人のいるところでは自分をさげすみ、邪慳じゃけんにし、誰もいなくなると、ひしと抱きしめる、女は死んだように深く眠る、女は眠るために生きているのではないかしら、その他、女に就いてのさまざまの観察を、すでに自分は、幼年時代から得ていたのですが、同じ人類のようでありながら、男とはまた、全く異った生きもののような感じで、そうしてまた、この不可解で油断のならぬ生きものは、奇妙に自分をかまうのでした。「惚れられる」なんていう言葉も、また「好かれる」という言葉も、自分場合にはちっとも、ふさわしくなく、「かまわれる」とでも言ったほうが、まだしも実状の説明に適しているかも知れません。

 女は、男よりも更に、道化には、くつろぐようでした。自分がお道化を演じ、男はさすがにいつまでもゲラゲラ笑ってもいませんし、それに自分も男のひとに対し、調子に乗ってあまり道化を演じすぎると失敗するという事を知っていましたので、必ず適当のところで切り上げるように心掛けていましたが、女は適度という事を知らず、いつまでもいつまでも自分にお道化要求し、自分はその限りないアンコールに応じて、へとへとになるのでした。実に、よく笑うのです。いったいに、女は、男よりも快楽をよけいに頬張る事が出来るようです。

 自分中学時代に世話になったその家の姉娘も、妹娘も、ひまさえあれば、二階の自分の部屋にやって来て、自分はその度毎に飛び上らんばかりにぎょっとして、そうして、ひたすらおびえ、

「御勉強?」

「いいえ」

 と微笑して本を閉じ、

「きょうね、学校でね、コンボウという地理先生がね」

 とするする口から流れ出るものは、心にも無い滑稽噺でした。

「葉ちゃん眼鏡をかけてごらん」

 或る晩、妹娘のセッちゃんが、アネサと一緒に自分の部屋へ遊びに来て、さんざん自分にお道化を演じさせた揚句の果に、そんな事を言い出しました。

「なぜ?」

「いいから、かけてごらん。アネサの眼鏡を借りなさい」

 いつでも、こんな乱暴命令口調で言うのでした。道化師は、素直にアネサの眼鏡をかけました。とたんに、二人の娘は、笑いころげました。

そっくりロイドに、そっくり

 当時、ハロルド・ロイドかい外国映画喜劇役者が、日本で人気がありました。

 自分は立って片手を挙げ、

諸君

 と言い、

「このたび、日本ファンの皆様がたに、……」

 と一場挨拶を試み、さらに大笑いさせて、それからロイド映画がそのまちの劇場に来るたび毎に見に行って、ひそかに彼の表情などを研究しました。

 また、或る秋の夜、自分が寝ながら本を読んでいると、アネサが鳥のように素早く部屋へはいって来て、いきなり自分の掛蒲団の上に倒れて泣き、

「葉ちゃんが、あたしを助けてくれるのだわね。そうだわね。こんな家、一緒に出てしまったほうがいいのだわ。助けてね。助けて」

 などと、はげしい事を口走っては、また泣くのでした。けれども、自分には、女から、こんな態度を見せつけられるのは、これが最初ではありませんでしたので、アネサの過激言葉にも、さして驚かず、かえってその陳腐、無内容に興が覚めた心地で、そっと蒲団から脱け出し、机の上の柿をむいて、その一きれをアネサに手渡してやりました。すると、アネサは、しゃくり上げながらその柿を食べ、

「何か面白い本が無い? 貸してよ」

 と言いました。

 自分漱石の「吾輩は猫である」という本を、本棚から選んであげました。

「ごちそうさま」

 アネサは、恥ずかしそうに笑って部屋から出て行きましたが、このアネサに限らず、いったい女は、どんな気持で生きているのかを考える事は、自分にとって、蚯蚓みみずの思いをさぐるよりも、ややこしく、わずらわしく、薄気味の悪いものに感ぜられていました。ただ、自分は、女があんなに急に泣き出したりした場合、何か甘いものを手渡してやると、それを食べて機嫌を直すという事だけは、幼い時から自分経験に依って知っていました。

 また、妹娘のセッちゃんは、その友だちまで自分の部屋に連れて来て、自分れいに依って公平に皆を笑わせ、友だちが帰ると、セッちゃんは、必ずその友だちの悪口を言うのでした。あのひとは不良少女から、気をつけるように、ときまって言うのでした。そんなら、わざわざ連れて来なければ、よいのに、おかげで自分の部屋の来客の、ほとんど全部が女、という事になってしまいました。

 しかし、それは、竹一のお世辞の「惚れられる」事の実現では未だ決して無かったのでした。つまり自分は、日本東北ハロルド・ロイドに過ぎなかったのです。竹一の無智なお世辞が、いまわしい予言として、なまなまと生きて来て、不吉な形貌を呈するようになったのは、更にそれから、数年経った後の事でありました。

 竹一は、また、自分にもう一つ、重大な贈り物をしていました。

お化けの絵だよ」

 いつか竹一が、自分の二階へ遊びに来た時、ご持参の、一枚の原色版の口絵を得意そうに自分に見せて、そう説明しました。

 おや? と思いました。その瞬間、自分の落ち行く道が決定せられたように、後年に到って、そんな気がしてなりません。自分は、知っていました。それは、ゴッホの例のPermalink | 記事への反応(1) | 20:25

人間失格

 私は、その男写真を三葉、見たことがある。

 一葉は、その男の、幼年時代、とでも言うべきであろうか、十歳前後かと推定される頃の写真であって、その子供が大勢の女のひとに取りかこまれ、(それは、その子供の姉たち、妹たち、それから、従姉妹いとこたちかと想像される)庭園の池のほとりに、荒い縞の袴はかまをはいて立ち、首を三十度ほど左に傾け、醜く笑っている写真である。醜く? けれども、鈍い人たち(つまり、美醜などに関心を持たぬ人たち)は、面白くも何とも無いような顔をして、

可愛い坊ちゃんですね」

 といい加減なお世辞を言っても、まんざら空からお世辞に聞えないくらいの、謂いわば通俗の「可愛らしさ」みたいな影もその子供の笑顔に無いわけではないのだが、しかし、いささかでも、美醜に就いての訓練を経て来たひとなら、ひとめ見てすぐ、

「なんて、いやな子供だ」

 と頗すこぶる不快そうに呟つぶやき、毛虫でも払いのける時のような手つきで、その写真をほうり投げるかも知れない。

 まったく、その子供の笑顔は、よく見れば見るほど、何とも知れず、イヤな薄気味悪いものが感ぜられて来る。どだい、それは、笑顔でない。この子は、少しも笑ってはいないのだ。その証拠には、この子は、両方のこぶしを固く握って立っている。人間は、こぶしを固く握りながら笑えるものでは無いのである。猿だ。猿の笑顔だ。ただ、顔に醜い皺しわを寄せているだけなのである。「皺くちゃ坊ちゃん」とでも言いたくなるくらいの、まことに奇妙な、そうして、どこかけがらわしく、へんにひとをムカムカさせる表情の写真であった。私はこれまで、こんな不思議な表情の子供を見た事が、いちども無かった。

 第二葉写真の顔は、これはまた、びっくりするくらいひどく変貌へんぼうしていた。学生の姿である高等学校時代写真か、大学時代写真か、はっきりしないけれども、とにかく、おそろしく美貌の学生であるしかし、これもまた、不思議にも、生きている人間の感じはしなかった。学生服を着て、胸のポケットから白いハンケチを覗のぞかせ、籐椅子とういすに腰かけて足を組み、そうして、やはり、笑っている。こんどの笑顔は、皺くちゃの猿の笑いでなく、かなり巧みな微笑になってはいるが、しかし、人間の笑いと、どこやら違う。血の重さ、とでも言おうか、生命いのちの渋さ、とでも言おうか、そのような充実感は少しも無く、それこそ、鳥のようではなく、羽毛のように軽く、ただ白紙一枚、そうして、笑っている。つまり、一から十まで造り物の感じなのである。キザと言っても足りない。軽薄と言っても足りない。ニヤケと言っても足りない。おしゃれと言っても、もちろん足りない。しかも、よく見ていると、やはりこの美貌の学生にも、どこか怪談じみた気味悪いものが感ぜられて来るのである。私はこれまで、こんな不思議な美貌の青年を見た事が、いちども無かった。

 もう一葉の写真は、最も奇怪なものである。まるでもう、としの頃がわからない。頭はいくぶん白髪のようである。それが、ひどく汚い部屋(部屋の壁が三箇所ほど崩れ落ちているのが、その写真にハッキリ写っている)の片隅で、小さい火鉢に両手をかざし、こんどは笑っていない。どんな表情も無い。謂わば、坐って火鉢に両手をかざしながら、自然に死んでいるような、まことにいまわしい、不吉なにおいのする写真であった。奇怪なのは、それだけでない。その写真には、わりに顔が大きく写っていたので、私は、つくづくその顔の構造を調べる事が出来たのであるが、額は平凡、額の皺も平凡、眉も平凡、眼も平凡、鼻も口も顎あごも、ああ、この顔には表情が無いばかりか、印象さえ無い。特徴が無いのだ。たとえば、私がこの写真を見て、眼をつぶる。既に私はこの顔を忘れている。部屋の壁や、小さい火鉢は思い出す事が出来るけれども、その部屋の主人公の顔の印象は、すっと霧消して、どうしても、何としても思い出せない。画にならない顔である漫画にも何もならない顔である。眼をひらく。あ、こんな顔だったのか、思い出した、というようなよろこびさえ無い。極端な言い方をすれば、眼をひらいてその写真を再び見ても、思い出せない。そうして、ただもう不愉快イライラして、つい眼をそむけたくなる。

 所謂いわゆる「死相」というものだってもっと何か表情なり印象なりがあるものだろうに、人間からだに駄馬の首でもくっつけたなら、こんな感じのものになるであろうか、とにかく、どこという事なく、見る者をして、ぞっとさせ、いやな気持にさせるのだ。私はこれまで、こんな不思議な男の顔を見た事が、やはり、いちども無かった。

[#改頁]

第一の手記

 恥の多い生涯を送って来ました。

 自分には、人間生活というものが、見当つかないのです。自分東北田舎に生れましたので、汽車をはじめて見たのは、よほど大きくなってからでした。自分停車場ブリッジを、上って、降りて、そうしてそれが線路をまたぎ越えるために造られたものだという事には全然気づかず、ただそれは停車場の構内を外国遊戯場みたいに、複雑に楽しく、ハイカラにするためにのみ、設備せられてあるものだとばかり思っていました。しかも、かなり永い間そう思っていたのです。ブリッジの上ったり降りたりは、自分にはむしろ、ずいぶん垢抜あかぬけのし遊戯で、それは鉄道のサーヴィスの中でも、最も気のきいたサーヴィスの一つだと思っていたのですが、のちにそれはただ旅客線路をまたぎ越えるための頗る実利的な階段に過ぎないのを発見して、にわかに興が覚めました。

 また、自分子供の頃、絵本地下鉄道というものを見て、これもやはり、実利的な必要から案出せられたものではなく、地上の車に乗るよりは、地下の車に乗ったほうが風がわりで面白い遊びだから、とばかり思っていました。

 自分子供の頃から病弱で、よく寝込みましたが、寝ながら、敷布、枕のカヴァ、掛蒲団カヴァを、つくづく、つまらない装飾だと思い、それが案外に実用品だった事を、二十歳ちかくになってわかって、人間のつましさに暗然とし、悲しい思いをしました。

 また、自分は、空腹という事を知りませんでした。いや、それは、自分が衣食住に困らない家に育ったという意味ではなく、そんな馬鹿意味ではなく、自分には「空腹」という感覚はどんなものだか、さっぱりわからなかったのです。へんな言いかたですが、おなかが空いていても、自分でそれに気がつかないのです。小学校中学校自分学校から帰って来ると、周囲の人たちが、それ、おなかが空いたろう、自分たちにも覚えがある、学校から帰って来た時の空腹は全くひどいからな、甘納豆はどう? カステラも、パンもあるよ、などと言って騒ぎますので、自分は持ち前のおべっか精神を発揮して、おなかが空いた、と呟いて、甘納豆を十粒ばかり口にほうり込むのですが、空腹感とは、どんなものだか、ちっともわかっていやしなかったのです。

 自分だって、それは勿論もちろん、大いにものを食べますが、しかし、空腹感からものを食べた記憶は、ほとんどありません。めずらしいと思われたものを食べます。豪華と思われたものを食べます。また、よそへ行って出されたものも、無理をしてまで、たいてい食べます。そうして、子供の頃の自分にとって、最も苦痛な時刻は、実に、自分の家の食事時間でした。

 自分田舎の家では、十人くらいの家族全部、めいめいのお膳ぜんを二列に向い合せに並べて、末っ子自分は、もちろん一ばん下の座でしたが、その食事の部屋は薄暗く、昼ごはんの時など、十幾人の家族が、ただ黙々としてめしを食っている有様には、自分はいつも肌寒い思いをしました。それに田舎の昔気質かたぎの家でしたので、おかずも、たいていきまっていて、めずらしいもの、豪華なもの、そんなものは望むべくもなかったので、いよいよ自分食事の時刻を恐怖しました。自分はその薄暗い部屋の末席に、寒さにがたがた震える思いで口にごはんを少量ずつ運び、押し込み、人間は、どうして一日に三度々々ごはんを食べるのだろう、実にみな厳粛な顔をして食べている、これも一種儀式のようなもので、家族が日に三度々々、時刻をきめて薄暗い一部屋に集り、お膳を順序正しく並べ、食べたくなくても無言でごはんを噛かみながら、うつむき、家中うごめいている霊たちに祈るためのものかも知れない、とさえ考えた事があるくらいでした。

 めしを食べなければ死ぬ、という言葉は、自分の耳には、ただイヤなおどかしとしか聞えませんでした。その迷信は、(いまでも自分には、何だか迷信のように思われてならないのですが)しかし、いつも自分不安と恐怖を与えました。人間は、めしを食べなければ死ぬから、そのために働いて、めしを食べなければならぬ、という言葉ほど自分にとって難解で晦渋かいじゅうで、そうして脅迫めいた響きを感じさせる言葉は、無かったのです。

 つまり自分には、人間の営みというものが未いまだに何もわかっていない、という事になりそうです。自分幸福観念と、世のすべての人たちの幸福観念とが、まるで食いちがっているような不安自分はその不安のために夜々、転輾てんてんし、呻吟しんぎんし、発狂しかけた事さえあります自分は、いったい幸福なのでしょうか。自分は小さい時から、実にしばしば、仕合せ者だと人に言われて来ましたが、自分はいつも地獄の思いで、かえって、自分を仕合せ者だと言ったひとたちのほうが、比較にも何もならぬくらいずっとずっと安楽なように自分には見えるのです。

 自分には、禍わざわいのかたまりが十個あって、その中の一個でも、隣人が脊負せおったら、その一個だけでも充分に隣人の生命取りになるのではあるまいかと、思った事さえありました。

 つまり、わからないのです。隣人の苦しみの性質、程度が、まるで見当つかないのです。プラクテカルな苦しみ、ただ、めしを食えたらそれで解決できる苦しみ、しかし、それこそ最も強い痛苦で、自分の例の十個の禍いなど、吹っ飛んでしまう程の、凄惨せいさんな阿鼻地獄なのかも知れない、それは、わからない、しかし、それにしては、よく自殺もせず、発狂もせず、政党を論じ、絶望せず、屈せず生活のたたかいを続けて行ける、苦しくないんじゃないか? エゴイストになりきって、しかもそれを当然の事と確信し、いちども自分を疑った事が無いんじゃないか? それなら、楽だ、しかし、人間というものは、皆そんなもので、またそれで満点なのではないかしら、わからない、……夜はぐっすり眠り、朝は爽快そうかいなのかしら、どんな夢を見ているのだろう、道を歩きながら何を考えているのだろう、金? まさか、それだけでも無いだろう、人間は、めしを食うために生きているのだ、という説は聞いた事があるような気がするけれども、金のために生きている、という言葉は、耳にした事が無い、いや、しかし、ことに依ると、……いや、それもわからない、……考えれば考えるほど、自分には、わからなくなり、自分ひとり全く変っているような、不安と恐怖に襲われるばかりなのです。自分は隣人と、ほとんど会話が出来ません。何を、どう言ったらいいのか、わからないのです。

 そこで考え出したのは、道化でした。

 それは、自分の、人間に対する最後求愛でした。自分は、人間を極度に恐れていながら、それでいて、人間を、どうしても思い切れなかったらしいのです。そうして自分は、この道化の一線でわずかに人間につながる事が出来たのでした。おもてでは、絶えず笑顔をつくりながらも、内心は必死の、それこそ千番に一番の兼ね合いとでもいうべき危機一髪の、油汗流してのサーヴィスでした。

 自分子供の頃から自分家族の者たちに対してさえ、彼等がどんなに苦しく、またどんな事を考えて生きているのか、まるでちっとも見当つかず、ただおそろしく、その気まずさに堪える事が出来ず、既に道化の上手になっていました。つまり自分は、いつのまにやら、一言も本当の事を言わない子になっていたのです。

 その頃の、家族たちと一緒にうつした写真などを見ると、他の者たちは皆まじめな顔をしているのに、自分ひとり、必ず奇妙に顔をゆがめて笑っているのです。これもまた、自分の幼く悲しい道化一種でした。

 また自分は、肉親たちに何か言われて、口応くちごたえした事はいちども有りませんでした。そのわずかなおこごとは、自分には霹靂へきれきの如く強く感ぜられ、狂うみたいになり、口応えどころか、そのおこごとこそ、謂わば万世一系人間の「真理」とかいものに違いない、自分にはその真理を行う力が無いのだから、もはや人間と一緒に住めないのではないかしら、と思い込んでしまうのでした。だから自分には、言い争いも自己弁解も出来ないのでした。人から悪く言われると、いかにも、もっとも、自分がひどい思い違いをしているような気がして来て、いつもその攻撃を黙して受け、内心、狂うほどの恐怖を感じました。

 それは誰でも、人から非難せられたり、怒られたりしていい気持がするものでは無いかも知れませんが、自分は怒っている人間の顔に、獅子しよりも鰐わによりも竜よりも、もっとおそろしい動物の本性を見るのです。ふだんは、その本性をかくしているようですけれども、何かの機会に、たとえば、牛が草原でおっとりした形で寝ていて、突如、尻尾しっぽでピシッと腹の虻あぶを打ち殺すみたいに、不意に人間のおそろしい正体を、怒りに依って暴露する様子を見て、自分はいつも髪の逆立つほどの戦慄せんりつを覚え、この本性もまた人間の生きて行く資格の一つなのかも知れないと思えば、ほとんど自分絶望を感じるのでした。

 人間に対して、いつも恐怖に震いおののき、また、人間としての自分言動に、みじんも自信を持てず、そうして自分ひとりの懊悩おうのうは胸の中の小箱に秘め、その憂鬱、ナアヴァスネスを、ひたかくしに隠して、ひたすら無邪気の楽天性を装い、自分はお道化たお変人として、次第に完成されて行きました。

 何でもいいから、笑わせておればいいのだ、そうすると、人間たちは、自分が彼等の所謂生活」の外にいても、あまりそれを気にしないのではないかしら、とにかく、彼等人間たちの目障りになってはいけない、自分は無だ、風だ、空そらだ、というような思いばかりが募り、自分はお道化に依って家族を笑わせ、また、家族よりも、もっと不可解でおそろしい下男下女にまで、必死のお道化のサーヴィスをしたのです。

 自分は夏に、浴衣の下に赤い毛糸のセエターを着て廊下を歩き、家中の者を笑わせました。めったに笑わない長兄も、それを見て噴き出し、

「それあ、葉ちゃん、似合わない」

 と、可愛くてたまらないような口調で言いました。なに、自分だって真夏毛糸のセエターを着て歩くほど、いくら何でも、そんな、暑さ寒さを知らぬお変人ではありません。姉の脚絆レギンスを両腕にはめて、浴衣の袖口から覗かせ、以もってセエターを着ているように見せかけていたのです。

 自分の父は、東京用事の多いひとでしたので、上野桜木町に別荘を持っていて、月の大半は東京のその別荘で暮していました。そうして帰る時には家族の者たち、また親戚しんせきの者たちにまで、実におびただしくお土産を買って来るのが、まあ、父の趣味みたいなものでした。

 いつかの父の上京の前夜、父は子供たちを客間に集め、こんど帰る時には、どんなお土産がいいか、一人々々に笑いながら尋ね、それに対する子供たちの答をいちいち手帖てちょうに書きとめるのでした。父が、こんなに子供たちと親しくするのは、めずらしい事でした。

「葉蔵は?」

 と聞かれて、自分は、口ごもってしまいました。

 何が欲しいと聞かれると、とたんに、何も欲しくなくなるのでした。どうでもいい、どうせ自分を楽しくさせてくれるものなんか無いんだという思いが、ちらと動くのです。と、同時に、人から与えられるものを、どんなに自分の好みに合わなくても、それを拒む事も出来ませんでした。イヤな事を、イヤと言えず、また、好きな事も、おずおずと盗むように、極めてにがく味あじわい、そうして言い知れぬ恐怖感にもだえるのでした。つまり自分には、二者選一の力さえ無かったのです。これが、後年に到り、いよいよ自分所謂「恥の多い生涯」の、重大な原因ともなる性癖の一つだったように思われます

 自分が黙って、もじもじしているので、父はちょっと不機嫌な顔になり、

「やはり、本か。浅草の仲店にお正月獅子舞いのお獅子子供かぶって遊ぶのには手頃な大きさのが売っていたけど、欲しくないか

 欲しくないか、と言われると、もうダメなんです。お道化た返事も何も出来やしないんです。お道化役者は、完全に落第でした。

「本が、いいでしょう」

 長兄は、まじめな顔をして言いました。

「そうか」

 父は、興覚め顔に手帖に書きとめもせず、パチと手帖を閉じました。

 何という失敗、自分は父を怒らせた、父の復讐ふくしゅうは、きっと、おそるべきものに違いない、いまのうちに何とかして取りかえしのつかぬものか、とその夜、蒲団の中でがたがた震えながら考え、そっと起きて客間に行き、父が先刻、手帖をしまい込んだ筈の机の引き出しをあけて、手帖を取り上げ、パラパラめくって、お土産の注文記入の個所を見つけ、手帖の鉛筆をなめて、シシマイ、と書いて寝ました。自分はその獅子舞いのお獅子を、ちっとも欲しくは無かったのです。かえって、本のほうがいいくらいでした。けれども、自分は、父がそのお獅子自分に買って与えたいのだという事に気がつき、父のその意向迎合して、父の機嫌を直したいばかりに、深夜、客間に忍び込むという冒険を、敢えておかしたのでした。

 そうして、この自分の非常の手段は、果して思いどおりの大成功を以て報いられました。やがて、父は東京から帰って来て、母に大声で言っているのを、自分子供部屋で聞いていました。

「仲店のおもちゃ屋で、この手帖を開いてみたら、これ、ここに、シシマイ、と書いてある。これは、私の字ではない。はてな? と首をかしげて、思い当りました。これは、葉蔵のいたずらですよ。あいつは、私が聞いた時には、にやにやして黙っていたが、あとで、どうしてもお獅子が欲しくてたまらなくなったんだね。何せ、どうも、あれは、変った坊主ですからね。知らん振りして、ちゃんと書いている。そんなに欲しかったのなら、そう言えばよいのに。私は、おもちゃ屋の店先で笑いましたよ。葉蔵を早くここへ呼びなさい」

 また一方、自分は、下男下女たちを洋室に集めて、下男のひとりに滅茶苦茶めちゃくちゃにピアノのキイをたたかせ、(田舎ではありましたが、その家には、たいていのものが、そろっていました)自分はその出鱈目でたらめの曲に合せて、インデヤンの踊りを踊って見せて、皆を大笑いさせました。次兄は、フラッシュを焚たいて、自分のインデヤン踊りを撮影して、その写真が出来たのを見ると、自分の腰布(それは更紗さらさの風呂敷でした)の合せ目から、小さいおチンポが見えていたので、これがまた家中の大笑いでした。自分にとって、これまた意外の成功というべきものだったかも知れません。

 自分は毎月、新刊少年雑誌を十冊以上も、とっていて、またその他ほかにも、さまざまの本を東京から取り寄せて黙って読んでいましたので、メチャラクチャラ博士だの、また、ナンジャモンジャ博士などとは、たいへんな馴染なじみで、また、怪談講談落語江戸小咄こばなしなどの類にも、かなり通じていましたから、剽軽ひょうきんな事をまじめな顔をして言って、家の者たちを笑わせるのには事を欠きませんでした。

 しかし、嗚呼ああ、学校

 自分は、そこでは、尊敬されかけていたのです。尊敬されるという観念もまた、甚はなはだ自分を、おびえさせました。ほとんど完全に近く人をだまして、そうして、或るひとりの全知全能の者に見破られ、木っ葉みじんにやられて、死ぬる以上の赤恥をかかせられる、それが、「尊敬される」という状態自分定義でありました。人間をだまして、「尊敬され」ても、誰かひとりが知っている、そうして、人間たちも、やがて、そのひとりから教えられて、だまされた事に気づいた時、その時の人間たちの怒り、復讐は、いったい、まあ、どんなでしょうか。想像してさえ、身の毛がよだつ心地がするのです。

 自分は、金持ちの家に生れたという事よりも、俗にいう「できる」事に依って、学校中の尊敬を得そうになりました。自分は、子供の頃から病弱で、よく一つき二つき、また一学年ちかくも寝込んで学校を休んだ事さえあったのですが、それでも、病み上りからだで人力車に乗って学校へ行き、学年末試験を受けてみると、クラスの誰よりも所謂「できて」いるようでした。Permalink | 記事への反応(1) | 20:22

2025-05-28

anond:20250527141405

普通黄色が明るすぎるんだよな。

からちょっと暗めの黄色にしたりとか工夫がいる。

重機とかもかっこいいけどオレンジがかってたりするからな。

赤色青色原色でもそれなりに見える。

このあたりが黄色のハンデになるんだろうな。バランスが難しいというか。

まあ黄色差し色にするとかっこいいんだけどな。

2025-04-20

氷河期世代理不尽

私は氷河期世代である

地方旧帝文系卒。

超優秀な学生や強力なコネを持つ学生でも無ければ、一部上場企業などには就職できるチャンスのなかった世代である

ほぼ運ゲー

私は運が良かった。

なんとか上場企業就職できて結婚子供2人。20年前に東京本社に転勤。低金利真っ只中で、23区内にマンションを購入。

今は年収1千万を越えている。

が、税金社会保障費で4割持って行かれる。

子供は嫁に似てアホなので、アホアホ私大しか入学できず。

その学費と家のローンを除いてしまえば、正味生活費部分は、年収200万の非正規雇用のそれとたいして変わらないはずだ。

過去の、国や都からの様々な補助は一切貰えていない。

所得の額面だけで判断されてしまうからね。

海外旅行なんて新婚旅行の時だけ。パスポートはとっくに期限切れ。

国内旅行の余裕も無い。

近所の生保世帯は楽しそうに家族温泉に行っているのにね。

米が高いから、最近スパゲティ蕎麦などの麺類ばかり。

蛋白質はもっぱら安い冷凍輸入肉から摂取

酒も煙草もやらないし、グルメでもない。

読書図書館書店巡り、年一の帰省くらいだ、楽しみは。

もうこの際、退職して生活保護でも受けようかなとわりと真剣に考えたが、親兄弟が存命で、住宅金融資産があるため、そもそも生活保護対象になりえない。

から高校無償化とかされても、もはや我々世代には全く響かない。

教育法人への公金注入みたいなものでしょ。

バカみたいに払っている税金が、バカみたいなことに使われてしまう。

もうウンザリだ。

人に投資するよりも、河川が氾濫しないような国土整備に使ってくれ。

この30年で会社はどんどん大きくなり、いつのまにかグローバル企業になってしまった。

従業員外国人も増えた、というか、私の上司アメリカ人だ。

創業100年を越える日本会社なのにね。

最近要職に就いてしまったせいで責任だけは増した。

昇給若者世代に手厚く、40-50代はほぼ据えおきだ(弊社の場合だが)。

人事部説明によると、若い世代給料を良くしないと、優秀な新卒採用できないのだそうだ。

から、我々世代は昇進しても収入ほとんど増えない。

仕事では今や英語AI必須で、生活の空き時間はそのための勉強に消費される。

テレビなんて全然見ていない。

見る余裕もない。

ラジオのほうを良く聞くかな。「ながら」でいろいろ出来るから

夜は疲れ果てて寝るだけ。

Youtube見始めると止まらないので、スマホにはなるべく触れないようにしている。

こんな世代の我々に対して、与党野党も、70歳まで働けという。

「働きたい労働者だっている」」」のだそうだ。

バカ言え。

奴隷が喜んで働くわけないだろ。

昔みたいに50歳で定年退職して、余生を楽しみたいよ。

医療が発達し、栄養状態が良くなったせいで、80を過ぎても生きねばならなくなってしまった。

70歳まで働いたとして、やっと自由が手に入る頃には、体も脳もうすっかり衰えてしまっているだろう。

そしておそらく、我々世代は65歳になっても年金を貰えまい。

23区とはいえ、近所の商店街シャッター通りとなっていて寂れている。

東京ですら、町行く人々は茶色か黒い服を着たヨレヨレの年寄りばかり。

華やかなのは渋谷とか下北沢とか、若者が集う街だけです。

電車や夜の繁華街は太った欧米人原色ファッションアジア人ばかり。

百貨店店員外国人には接客するくせに、我々には見向きもしない。

夜ともなれば肌の浅黒い外国人男性たちが近所の公園に集まりスマホ片手にぶらぶらしている。

少し、話が逸れた。

とにかく言いたいことは、もはや我々世代は疲れきってしまっているということだ。

いまごろリスキリングだの労働市場流動化だの、遅過ぎる。

夫婦別姓問題とか、真剣にどうでもいい。

極端な話、世界大戦レベルクライシスでも起こって、地球上の全てがリセットされることを希望している。

トランププーチン核ミサイルの発射命令ボタンを押してくれないかな、と最近は密かに願っていたりする。

が、親兄弟子供たち(例えアホであっても)が苦しむ姿は見たくない。

から、痛い思いをせずに、幸福感に包まれながら安らかに死ねる薬を無償で配布してくれ。

私が政治に言いたいことは、それくらいだ。

2025-03-23

この連休乗り鉄日記(2日目)

反響がいただけたので、anond:20250322200443の続き。

_____

2025/3/22(2日目)

興奮であまり深く眠れず、6時前には起床。

ホテルバイキングには開始時から待ち、カレー和食と十分に食う。

コーヒートイレちゃんと済まし、2日目は7時半前の愛知環状鉄道から

路線単線と複線がしょっちゅう切り替わり、複線用地もちゃんとわかる。

ひたすら高架で見晴らしもよい。

名鉄クロスしては川を越え、簡単な造りの車庫。

東名などと絡んではトヨタ本社が広い。

シャトル列車の走る名鉄との並走区間を越えて、都市部から一気に山に囲まれ田畑ギャップ

ただ乗るのも飽きてきたので、今日wikipedia見て、各駅や路線をより知ろうとする。

四郷のマンション瀬戸口空き地貨物予定地だったのか。

八草から先では、万博の影響で上下線のホーム長が違う駅も。

立体で高蔵寺に進入し、対面の中央線は新しい315系。

勝川からは、いわくつきの城北線

調べてた通り、一般道をしばし歩くことに。

入口ではまたもSuicaが使えないことを知り、ホーム階にあがっては中央線にどう繋がるのか不思議に思う。

駅までの距離を伸ばす一因である車庫には車両は無い。

ホームにはちょうど折り返しがやってくる。

休日とはいえ、1時間毎の便なのに6人しか降りてこないのか。

時間があるので、それらを写真に撮っては、ホームそばまで複線で来るレールや名二環を見渡す。

乗れば、緑の看板が並走するほど都市部なのに、単行気動車がすれ違いもしない頻度で走る不思議さ。

こちらもやはり見晴らしはよく、JCTの絡まりもこの距離で見られるのは嬉しい。

名鉄上小田井駅が見えては、その先に接続用だったらしい立体が上下に分かれる。

そして貨物線上の枇杷島駅に入り、16分はあっという間。

ちなみに運賃は割高なので乗り通す客は少なく、どんどん入れ替わる。

現金精算しては自動改札なので、降車証明書をもらう。

すぐ乗り換えての名古屋では「しらさぎ」を見る。

中央線で行程をほぼ戻っては、金山も懐かしく見ての大曽根

見上げる位置には、ゆとりーとライン

階段から改札もなく中に入れば、ほぼバスな車体を転回所に撮り、両サイドのレールもよく見ておく。

車内は最前列に陣取り、今回は車窓よりも運転の様子を見る。

本当にハンドルから手を離して指差し喚呼してる!

しかし車内は特殊機構を感じない。

普通バス程度は揺れがある。

名鉄を越えるなどでは、鉄道に無いような高低差が珍しい。

最高速度は60km/hで、カーブごとに制限をくらう。

あとはさすがバスであり、細かく停まる印象だが、ドームがあったりして一区画でも乗る人がいる。

そして、小幡緑地先の切り替え作業

これが見てみたかったのだ。

運転手がハンドルの両サイドにあるレバー上下に振ると、側面下部からゴンゴンガイドの収まった音がする。

そして運転手はハンドルをとり、教習所みたいなS字カーブ一般道へと入る。

一般道入ってすぐの停留所で降りて引き返す。

名二環を越える下り道は長く、庄内川もあって遠くまで見渡せる。

ちなみに、本質的バスなので、途中下車は車内を通るのがかなり面倒だった(他の客に倣い、中降りして前に回り込んでタッチする)。

専用区間だけでも連結バスにすればよいのにと思うが、特殊な規格だから改修もままならないのだろう。

そして、砂田橋から地下鉄

地下鉄新規区間だが、車窓は無いので乗ってるだけ。

名古屋地下鉄10分毎が多くてやる気がなく思ったが、名城線に乗る人数を見たら妥当か。

本山から東山線で、こちらは混んでて5分毎。

一社からは高架となり、こちらでも名二環が目立つ。

藤が丘は引き上げ線で入れ換える形で車庫にもつながっているようだ。

そしてまたの特殊車両であるリニモに乗るため、地下に降りる。

構内はLED的な白い明るさが、未来性を感じさせる。

自動運転だし、元は万博用の見世物でもあったわけで、妥当な装飾か。

一方で、ジブリパークの案内が目立ち、乗客若い女の人や外国人が多い。

ちなみに、リニアなので車体は浮いてるはずだが、浮遊感みたいなものは無かった。

でも新交通にしては明らかに速いし、それでいて静かなのはよい。

万博公園は有名だが、長久手古戦場にもアクセスできるのは近づいてから知る。

公園に近づけば観覧車が迎える。

ジブリ的な建物は遠景として一応撮り、車内は一気に人が減る。

車庫は万博駅につながっている。

八草も引き上げて折り返しなのね。

八草では12時前なので、申し訳なさで親へのメールをこなし、2度目の愛知環状鉄道

少し乗ってはついでの名鉄瀬戸線。

尾張旭で緩急接続するイメージだったが、かなり昔から昼間は各停だけだったのね。

そしてすぐに尾張瀬戸は櫛形駅の平面移動で外に。

瀬戸物の街であり、少し歩いてみると川の両端に陶器屋が並んでいる。

奥に行くと工芸館とかあるらしいね

ロードバイクも見かけ、自転車乗るにもいい暖かさとなってきたなあと思う。

脚が慣れてないが、また自転車で遠くに出かけたくなってくる。

折り返しては、尾張旭では折返線が両面に。

喜多山は高架化の途中で、追い抜きも無いのに2面4線が保たれている。

守山自衛隊前では、ゆとりーとラインを見る。

そして矢田川を越えて、再びの大曽根では、商店街イベント紹介もあった。

名古屋城が近づくと地下へ入って栄町

シンプルな2面2線で、封鎖された避難口らしきもみつける。

と、そもそも名古屋城を見たことが無いのに気づき名城線で近くに移動する。

地上に出れば、瀬戸線が走っていたお掘りが目の前に!

ブラタモリで見たやつだ。これは嬉しい。

そして道路にも、名古屋固有の乗り物である基幹バス

さらに、この歴史的建物は何かと思って調べたら、市役所なのか!これまた豪華。

横丁なる食事から天守閣へと近づき、有料区画に入るか悩むが、耐震性で天守閣に入れない代わりに500円とリーズナブルなので入ってみる。

(昨日もだが、乗り鉄なのか観光なのか旅の目的が定まってないな。)

中は有料区域ながら、まるで普通公園みたいな人の多さに出店の多さ。

そして14時となり暑いくらいで上着も脱ぐ。

石積を積み直すコツコツさを傍らに、出店には縁日な遊びやゴザもあり、早咲きながらも桜らしきがありですっかり花見みたい。

さる軍団まで来てた。

西の丸からシャチホコある天守閣をそんな桜とともに一枚。

西南隅にある櫓をじっと見ては正門から内へ。

まずは御殿が占めていて、回り込んでは天守閣

しかに入れないことを確認しては、エレベーターまで付いてたことを知る。

手ぬぐいとか渋い品目のショップを見ては、現在のメインである本丸御殿にも入る。

十何人かまとめてずつの入りでしばし並び、荷物建物にぶつけぬようロッカーまで準備する念の入れよう。

カメラは可だったので何枚か撮ったが、金箔に描かれたふすま絵やら、立体に作られた装飾やらで、造詣ないゆえ理解はできずもひたすらすごいって感じで過ごす。

その解説で、「こけら」って木くずのことを言うから、「こけら落とし」になることを知る。

あと、太い松の切り株の輪切りに大谷サインが書かれてたのが印象的。

そして御殿を外から一枚撮っては北側(開かずの門)から出て、水の張るお掘や大きな石。

武将握手会してるなど皆が楽しむ様子も見て、名古屋城をあとにする。

市役所から基幹バス体験

黄色く塗られた道を右レーンながらも真っすぐ出る不思議さ。

料金は均一の後払いなのね。

しかし、ほどなく桜通大津から普通レーンとなり、普通バスと変わらなくなる。

駅前では結局混んで時間かかったし。

でも名古屋駅のバスターミナルは初めてだった。

あおなみ線へは北東端から西端への乗り換え。

晩飯を豪華にするべく昼間はパンひとつ我慢してたが、耐えきれずおにぎりに手を出す。

改札上には、コンサートらしきでノンストップ臨時列車が出る旨の案内。

そっか、デフォルトが少ないのは、フレキシブルに便数を増やすからなのね。

おにぎりを慌てて食って乗れば、近鉄としばし並走しつつ、両方の車両区を上から見下ろせる。

路線の起こりである貨物列車ともすれ違う。

ノンストップとうたっているが、港湾部までは60km/hくらいでわりとゆっくり

東山線の車庫を見て、南荒子には貨物ターミナル

工場から港湾へと移り変わり、名港トリトンもこんなところから見れるだなんて。

野跡手前で降りる車庫線。

そして、金城ふ頭に着くが、キッチンカーが出るほどの人の並び。

反対側にはレゴランドで、原色ブロックが付いたような建物モールである

ノンストップ便の帰りは回送なのね。

と一通り見ては、まさかこんなに人が多いとは思ってなかったが、せっかくなのでリニア鉄道館にも若者たちの間を抜けて近づく。

わりと平たい建物には、券売機の横にある案内によると、記念車両が並んでいるようである

外にも、N700のA改造車が3両分置いてあり、これは中に入らずとも見られる。

トリトンを撮り直しては、日陰となったベンチでここまでの日記を書き出す。

そうして場に馴染んでの帰りはイベントと逆方向だが、他の会場があるのでそれなりに混む。

それでも名古屋駅には明るいうちに帰れて、帰りも行程を復習できた。

のぞみ」は18時前の発。

終わってみると、あっという間だった。

昨日と違って、道中で知識も追ったので飽きも無かった(ようやく楽しみ方がわかってきた頃に、旅は終わるものだ)。

しかし、さすがに眠い

パン炭酸切符を買っては、改めて謎のフリークエンシーに驚きつつ、すぐの新幹線に乗り込む。

眠気に耐えつつここまでの日記を打ち直して、暗闇でもあるので目を閉じる。

静岡通過から寝て、小田原で案内放送が入っては、パンフで名古屋城のことを復習。

そしてここで、こうやって毎回、旅日記文字データに起こしているのだから増田に投げて反応もらいたいなと思い

占いにも「自分の得意分野を活かして、他の人にはできない価値を人に提供することで、大きな満足感が得られるでしょう」とあったのだ)、

昨日書いた分から個人情報を消したバージョンを作り、地下鉄内で調整を加え、最寄り駅に着いては送信

20時すぎにはアパートに到着。

少ない荷物をばらし、増田さら修正してると目もさえてくる。

寝るのは23時半頃になってしまう。

2025-03-18

センスのないVRCのアバター改変

アクセギミック無秩序にジャラジャラ付けてるのは言うまでもなく

モデル本体デフォルメリアルバランスとズレてる髪の毛や服。キプみたいなデフォルメアバターに細い髪の毛や、細かすぎる装飾やハイライトの入る服装とかガチャついてて妙。

付け足した服や髪や小物と、アバター自体の、シェーダーで付けてる輪郭線のバラつき。アバターに太めの輪郭線付いてるのに髪の毛に輪郭線入ってないと浮いてて妙、逆もそう。

アバターと服で暗闇での見え方がガチャついてるのとかもどうにかならないか

髪や服や肌やアクセカラートーンがバラついてるのもアレ。いろんな色が混ざってたり、明暗濃淡バラついてたりとかさ。原色鮮やか複数色も妙。

完成!のツラでシェーダー側だけで色変えてて焼き込みしてないのも論外。使ってないphysborn残しっぱなしとかはそれ以前の話。テクスチャ圧縮も。

とはいえコンセプトハッキリさせて、させていたとしてもそれに合わせた改変をしてないように見えるのが白けるのであって、乳をまろび出したい!という強い意志のある改変は何よりも尊くはある。

2025-01-26

[]

ファイヤーエムブレム エンゲージをクリアした。

なんだかんだ楽しんで遊んだ。バトル面は最高。それ以外はひどい。特にシナリオは合わない。

FE遊んだことなかったたので難易度ノーマルにした。プレイ時間は132時間ぐらい。

難易度ノーマルのせいもあると思うけど、楽だった。

  • 寄り道しまくったり、遭遇戦で使ってないキャラレベル上げしたりしてたせいもあって楽だった。
  • ラスボスも楽だった。全体を通してのMVPはパネトネとクロエ。時点がユナカ、リュールあたり。
  • たいへんだったステージDLC神竜の章、その最初ぐらいだけかも。狭い通路で詰まるし、フリーズさせられて移動できなくなるし、チキの祝福で一発で倒せなくなるしで。

ストーリー王道っぽい感じだけど、シナリオがあまりにも合わない。端的に言ってひどい。


UIも使いづらい。とっても使いづらい。


バトル面は最高。面白い。

  • 個人スキルクラス毎のスキル指輪・腕輪の組み合わせがとても面白い。
  • 錬成や刻印で色々考えることがあるのもよかった。
  • 速さと重さの兼ね合いがあって、値段の高い武器を装備させても体格と合わないで避けない追撃出さないになったりで、軽い武器を鍛えたりとか。
  • ダイサンダ用に威力だけのクソ重たいサンダー作ったり、必殺出すことだけや避けることだけを考えた武器作ったり楽しかった。

その他思ったたこと。

  • 味方と敵のターンが明確に分かれててスパロボみたいだなと思った。
  • お金が足りくなる。アンナさんで稼いだけど、金ノ異形兵で得られるお金10倍でも良いと思う。
  • 晶石も全然足りない。散策面倒くさいんだし、1回の戦闘で今の10倍ぐらい得られてほしい。
  • ボイスいらない。
  • 指輪磨き、あれなんだよ。どういう流れであれ入れることになったんだろう。
  • キャラデザも苦手。原色バリバリな感じとか合わない。
  • エンゲージビームには笑っちゃってなんか負けた感ある。

仲間はヴァンドレ以外は一通り使ってみた。スキルはみんなだいたい悩んだら再移動か星玉だった。

----



これで終わり。晶石集めたり、オンラインだったりはやらない。ハードルナやらないかな。他のゲームやる。

シナリオ面は全然合わなかったけど、ゲームとしてはとても面白かった。

2025-01-15

「アレな人の絵」からいい加減卒業したい

たまに創作企画に参加するんだけど、自意識過剰かもだが明らかに避けられてんなーって思うタイミングがあるんよ。

で、まあコミュニケーションの下手さとかもあるかもだが、何より考えられるのが、絵が「ちょっとアレな人の絵」だからだと思うんよ。下手とかではなく「アレ」っぽい。

というか事実ワイは「アレ」なんよな多分。親から言葉話し始めるのが周りの子と比べて遅かったみたいなこと言われたし。

そういう絵から抜け出すにはどうすればええんかなーと思ってる。模写とかはちょいちょいやってるし、講座動画とか見て「原色使わない」「エアブラシは使い方に気をつける」くらいのNGポイントは押さえてるんだが、それでもできた絵がなんか「アレ」なんよなあ。「アレ」と描く絵についての研究とかないんだろうか。

2024-11-23

anond:20241123205708

今って中途半端リアル調キャラって手抜きCG感半端なくてダサ見えするよな

AAAタイトルみたいな光源やシェーディング凝ったすごいフォトリアル系と見比べると一昔前のゲームのグラに見える

具体的には2010年代韓国の大作MMORPGくらいの見栄え感

まだアニメ調を極めた方がカッコいいPV作れると思う、例えばこんな風に、まあこれは格ゲーじゃなくアクションゲーだけど

https://www.youtube.com/watch?v=A5XzswSZHDI

まあバーチャ動画に関しては原作リスペクトなのか色が原色系すぎる所や、音楽が低音の抜け落ちた軽い音な所も、ちょっと浮いてる感を醸し出してる

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん