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はてなキーワード: 性質とは

2025-12-09

オタク的な人って何なんだろうね?

一見すると自閉症スペクトラムなのかな?と思うんだけどちょっと違うんだよね

脳の何かが多い/少ない/構造が違うだと思うんだけど

 

・体に不自然に力が入っている

・真っすぐ自然にしているのが苦手

・発話が不自然(抑揚、力加減、リズム) → リアクションが極端に大きかったり奇妙

リアクションが大げさ

言葉選びが不自然

空気が読めない?(客観視が苦手)

空気が読めるが空気が読めないことをつい言ってしま

視線が合わない

・対人関係がぎこちない

 

全体的に「体の動かし方が下手」「力の入れ方抜き方が苦手」「感情の振れ幅が大きい」「過敏」あたりかなあと思うんだけど

これ、小学生低学年くらいの子に似てるんだよね、あいつらクネクネしてるじゃん?あのクネクネちゃう気持ちわかるんだよな、しっくり来る体勢がないというか

ADHDASD何となく近い現象が起きている感じはするんだけど

話してみると普通に話が通じるケースも多いので、「やや被ってるけど同一じゃない」んだよね

 

繊細さも持ち合わせているからこそオタクになりやすいのかなあとも思うんだけど

ちなみにこういうオタクっぽい性質を持ってるのにオタクじゃない人も普通にいる

 

世の人ってこういう人たちのグループ化をなんとなくしてると思うんだけど、言語化も原因もわからいから「っぽい人」で括ってるよね

ギャルっぽい人、ヤンキーっぽい人、オタクっぽい人って

 

____

 

やっぱ繊細さ・過敏さ・ぎこちなさが重要ファクターな気がする

それが発現したこと社会的オタクの方にいきがちみたいな?

anond:20251209092424

人の性質による。

うちの夫は友人はいるけど、家庭でしか本音を話さないよ。

その友人との関係、こっちから見たらすごい絆がある親友のように見えるんだけどね。

友人や親友定義が違うのかも

女が軍(組織)のトップに立つってやっぱ無理なんじゃないか

緊急でミーティングしたりメディア・衆人の前に立ってアナウンスしたり

そういう仕事性質があるわけで

メイクしたり

髪もやってってなると

女は政治軍事に向いてないという結論になった

(保守女性性を重要視するのでパンツルック否定的スカートが多い)(スカートじゃ行動範囲制限されるが仕方ない、それが女性性)

パンツルックは本当に否定されてる

保守メディア界の女王SY殆どスカート

2025-12-08

推し活に学歴でも夢との距離でもない、最も重要ファクター

学歴が高ければ推し活にはまらないとか、夢との距離がある人は他者に夢を仮託するとか、そういう事じゃなんだよ。

推し活の本質はな、子育てで発散するはずだった子への庇護欲・子を生育させる欲・子の成長を見守る欲を、子でない他者で発散してるに過ぎないんだよ。

アイドルも、タレントも、スポーツ選手も、宗教信心)も、国家愛国心)も、みんなこの「子に向かうはずだった欲」を掠め取って稼いでるんよ。

 

地球上にいる人類はみな、子を愛し慈しんで育ててきた祖先からまれた子孫で、その性質を引きついでて、本能として子への庇護欲・子を生育させる欲・子の成長を見守る欲を持ってる。親になるような年齢になるとその欲は自然と出てくる。

子を愛さず慈しまず育ててこなかった個体は、子孫を残せずその代で途絶えるからな。

社会によって叩き込まれた理性の妨害個人主義金銭的損得の考え、将来への不安等)で子を持たない選択した人や、

相手に恵まれ結婚できず子育て適齢期なのにその対象である子を持たない人が、子に向くはずだった欲を商業的に利用されてるのが推し活だよ。

 

子がいてもまともに子育てしてなかったり(家に帰らずアイドルライブに熱中するバカ父とか)、幼少時の愛着生育(子から親だけでなく、親から子への愛着も育てないと生まれない)に失敗して子に愛情を感じない親や、

子を産む前にすでに他者に強い庇護欲が向いていて子が生まれても推しを捨てず押し活にはまる人もいる。(山上被告母親とか)

 

アイドルも、宗教も、愛国心を向けられる国家も、地球繁殖してきた人類が持ってる子に対する庇護欲・生育欲・見守り欲を掠め取ってんだよ。

まともに子育てして子に愛情を感じてれば、推し活したり宗教にはまったり愛国活動なんてししないから。マジで

2025-12-07

anond:20251207095232


🟥 第3章:タタルスキー広告コピーライターとして“覚醒”する章

第3章は、タタルスキーが 初めて“プロコピーライター”として本格的な仕事を始める 章です。

ここで、彼は 広告言語の魔術的な性質 を体で理解しはじめます

第2章までは「入口」でしたが、

第3章でタタルスキーは完全に“広告の回路”に接続される

という重要な章です。

◆ 1. タタルスキーコピーライターとして出勤

翌日。タタルスキー指定された代理店へ初出勤する。

ボロボロの服

ソ連的な内気さ

• かすかな不安

しかし“自分言葉を操る人間だ”という自尊心もある

オフィスに入ると、昨日と同じような 軽躁的で混沌とした空気 が流れている。

• 誰もが急いでいるようで、何をしているのかわからない

• 口々に英語単語を使っているが意味曖昧

プレゼン資料は装飾ばかりで中身は空っぽ

しかし金が動いている雰囲気だけは強烈

タタルスキーは「これはソ連とは別の論理で動く世界だ」と直感する。

◆ 2. 最初正式仕事外資系ブランドの“ロシア向け翻訳

タタルスキー最初に任された舞台は、

外資ブランドロシア市場向けコピー作成

しかし実際には翻訳ではない。

しろ翻案」、もっといえば「魔術的再創造」。

課題本質

英語スローガンロシア語に直すと絶望的にダサい

外資は“アメリカ的なノリ”をロシアでもそのまま通用させたい

しかロシア消費者文化的背景がまるで違う

• そのギャップを“言語魔術”で埋める必要がある

まりタタルスキーの役目は:

アメリカイメージロシア無意識の中に植え付ける“媒介”になること。

ここに、後のストーリー全体を貫くテーマがすでに露出している。

◆ 3. タタルスキー脳内で起きる“広告の詩的生成”

タタルスキーは机に座り、与えられたコピーを見つめる。

それは短い英文だが、

直訳すると完全に意味不明で魅力がない。

彼は頭を抱えるが、その瞬間、脳内

ロシア語の深層にある神話連想

が動き出す。

ロシア語の語感

• 古い詩の記憶

スラブ神話の片鱗

ソ連時代プロパガンダのリズム

冷笑皮肉

• そして“ブランド”という新しい偶像への直観

これらが混ぜ合わさり、

まるで向こうから降って来るように コピー生まれる。

ここが第3章の核心。

タタルスキーは気づく。

広告コピーは“現代の詩”ではなく、

現代呪文”だ。」

この理解は、後に政治宗教広告が融合する最終局面に繋がる“重大な伏線”になる。

◆ 4. 広告代理店上司・同僚たちの反応

タタルスキーの作ったコピーを読んだスタッフ驚愕する。

• 「これはロシア的でありながら、西側的でもある」

• 「何を意味してるのか分からないが、売れそうだ」

• 「この曖昧さが逆にイイ!」

広告世界に詳しい彼らは、すぐにタタルスキーが“異常に適性が高い”ことを理解する。

特に上司は、こう見抜く:

「タタルスキー、お前は“意味をつくる”才能がある。

今の時代意味の方が物より高く売れるんだ。」

(※タタルスキーはここで“イメージ産業本質”を初めて理解する。)

◆ 5. タタルスキー違和感快感心理描写

タタルスキーは、自分の生み出したコピーを見て奇妙な感覚に陥る。

• これは本当の意味では何も言っていない。

しかし人はこれを“意味がある”と感じるだろう。

• その仕組みを意識しながら操作できてしま快感

• 罪悪感でもあり、陶酔でもある。

この感覚ペレーヴィンは何度も物語全体で反復させる。

タタルスキーはすでに

広告魔術の中毒

へと足を踏み入れている。

◆ 6. “外資ブランドロシア社会接続”という大きなテーマが出現

第3章で提示される重要思想

ロシア消費者は「モノ」ではなく「意味」を買う

西側ブランドは単なるスナックドリンクを売りたいわけではない。

ロシア市場に売りたいのは、

アメリカライフスタイル

近代性の幻想

• 夢

西側への憧れ

商品ではなく“物語

これを“翻訳”するのがコピーライター

まりタタルスキーは、

ロシア無意識西側資本が乗っ取るための呪術師

として位置づけられる。

◆ 7. タタルスキー初日から“今月分の給料”に驚く

初日仕事を終えたタタルスキーに、

代理店は“前払い”のような形で金を渡す。

• これまでの収入とは桁が違う

社会主義時代労働観では考えられない“金の流れ”

• “意味”を売るだけで金が手に入るという倒錯

タタルスキーは金を眺めて悟る。

現実は変わった。

そして、この新しい現実言語広告だ。」

これは、小説全体の哲学的中核のひとつ

◆ 8. 第3章のまとめ(象徴的整理)

項目 内容

主要イベント タタルスキーが本格的にコピーライターとして仕事開始

象徴 広告コピー現代呪文(魔術)

テーマ アメリカイメージの“ロシア化”/意味錬金術

心理 恥・興奮・快感・罪悪感・陶酔の混合

物語役割 タタルスキーの“広告魔術師としての覚醒第一歩”

第3章は、タタルスキー

広告とは現実をつくる魔術」

理解する最初の決定的な場面

です。

これ以降、彼はどんどん広告政治宗教が混ざった深淵へ沈んでいく。

2025-12-05

アニメ銀八先生』に思うこと

はじめに。

 内容はまったく肯定的でないです。

 本文中、主語がざっくりしている箇所がありますが、この文章目的上、「アニメ銀八を楽しめていない〇〇」であることを含みおき下さい。

 楽しんでご覧になっている方や、銀八銀魂が大好きで面白い面白くないは関係ないんだという方はご気分を害される内容のはずです。

 自分自身気持ちの整理や一感想として残しておくこと、また、同じように感じている方に届けばいいなと言う気持ちで書きました。

 したがって、作文の程度は低いものですので、お目通しになる際は、可読性についてはご容赦ください。

 

 

アニメ銀八感想

 よくある5段階評価を付けるなら、決して星2を超えない。

 星1ではなく2なのは声優さんの演技や製作の苦労といった、クリエイターへの“同情”から

 まるちばーす祭りもライビュを昼と夜の両方見に行ったり、銀八放映開始を本当に楽しみにしていた。

 それがどうして低評価となったのか。

 Xやレビューサイトで評判を調べれば、多くの人が次のように口を揃えている。

テンポが悪い」

BGM効果音に乏しい」

 賛同する。

 さらにこんな意見もある。

ギャグが滑っている」

「空知先生ギャグセンスに見られた面白みを感じない」

銀魂本編のノリと違う」

 これも確かに言える。

 何故こんなふうに言われるのか。

 そして何故、私自身も同じように感じ、賛同するのか。

 

原作小説文体好き嫌いこそは分かれると思う

 まず、『銀八先生シリーズ原作小説は空知先生ではなく、大崎知仁先生が著されている。

 ギャグ雰囲気に違いを感じる人がいるのは、書いている人が異なるためもあろうと理解できるが、私が読んだのはシリーズの折り返しまであるものの、原作小説も十分“楽しめる”内容とクオリティだった。空知先生も「(ノベライズの内容は)銀魂のものだ。自分の代わりに大崎先生に書いてもらうことにする」と冗談めかしながらも太鼓判を押していたくらい。

 元は普通小説を書かれる作家さんであることは、銀八本文内の表現言い回しに滲んでいる。だから文体をあえてここまで落として、よくあのハチャメチャな作風文字として表現できたなと、私は銀八原作小説結構高く評価している。私が読んだのが半ばで止まっているのは、その“あえて落とされた文体”が個人的に合わず、読むのに大変な体力を使うからで、内容の退屈さからではない。

 なので「原作小説からそもそも面白くなかった」という声は、この若年層向けの文体が合わなかったものではないかと推察している。こう言っているのは、高校生以上の読書慣れした人が多いのではないか小中学生なら取っ付きやすハードルの低い文体だと思う。

 だからギャグが滑って」「面白みを感じない」のは、場面転換や時間経過表現セリフセリフの間の妙なテンポの悪さが寒々しいからではないだろうか。その寒い所へBGMアシストもないので、笑わせるつもりのネタも響いていかない。そうして場がシラケるような気まずさを視聴者に与えるのだろうと思った。

 

元の部分を減らして、余計に追加されるアニオリ

 では、何故テンポが悪いのか。

 文字ベース原作小説アニメにすると恐らく尺がギュッとして足りなくなる。これを30分枠で一本の作りにしているため、間が持たずタラタラしてしまうのではないだろうか。

 割り切ってAパートとBパートで分ける、クレしんのような形式にすればここまで間延びはしなかったのではないか。何話目か忘れたが、この構成の週は間延び感が緩和されて感じたので、的外れな発想ではないように思う。

 さらに、原作小説そのままでは尺が足りないのであれば、元を削るようなことはせず、アニオリはその不足分を充填する要素として用いればいいのに、何故か原作小説の内容を削ってアニオリを入れてくる。これが面白いなら構わないが、面白くないか賛否別れるハメになっている。

 複数レビューで同様に見られた表現が「二次創作みたい」というもの。これには唸った。

 例えば2話か3話のアバンで、銀八が生徒らが幼児化や獣化する白昼夢を見る。正直公式アニメにそういう供給は求めてない。

 見るのはオタクばかりじゃない。天下のWJの目玉漫画ギャグの人気が高いんだから漫画が好きな普通の人たちも読んでいたしアニメも見ている。評判を調べていても「懐かしいと思って見てみた」という人も多い。

 そうした需要様相に対して、特定の、狭いニーズに向けたようにも感じられるショタロリ化、ケモ化といったイロモノネタ面白くないどころか笑えないとさえ思える。

 また、オリネタの勢いの弱さや面白みの薄さもある。

 銀魂アニメのアニオリは、いい意味で、空知先生と同年代か少し上のおじさんたちが、おじさんホイホイやキワキワの下ネタでアニオリを突っ込んでくれていたので、作品との相性が良かった。しかし今回は監督脚本女性で、恐らくそうした方面への解像度が以前の上流工程陣ほど高まりにくいのではないだろうか。

 銀魂アニメ監督さんたちは現在50代前後男性で、彼らの子時代にはまだ家庭科授業は女子だけというような区分があった。男女で見えるもの、培えるものに今よりも差があったことは想像やすい。

 加えて、キャラクターの扱いや動かし方といったものも雑だ。分かりやすいところだと高杉や土方。

 頬をこけさせ好物を吸引する土方が、バケモノのように揶揄され、その姿をくどく使いまわしていたところや、ギャグを放とうとして滑り散らかす高杉というネタも、それしか弾がないかのように繰り返し繰り返しで、大変しつこかった。大抵の繰り返しネタは二回、内容や出来によっては三回程度なら繰り返していいが、この浅さで動かされるキャラクターネタを二度三度見せられるのは御免だと思った。

 深夜放送とはいえ学園設定、学生ものであるゆえに、昨今のコンプラ意識の変容による縛りを余儀なくされ、表現の幅・深度に制約があることも考えられるが、どちらにせよ、アニオリ部分に面白みを感じられない。

「そういうのは二次創作でやる」というやつだと思う。公式なら、ちゃんキャラを動かしてほしい。

 

環境時代体制の変化はどうしようもないけど…

 従って、全体的に惜しさ、つまらなさ、退屈さ、以前のアニメとの差異を覚える流れは以下のセットだと推測。

 音の乏しさ。テンポのもたつきイマイチ乗らない視聴者気持ち。シラけ、空回りした空気キャラクターの掘り下げの甘いネタさらにシラケる視聴者の心。以下ループ

 声優さんの変わらない演技とプロ意識、及第的な作画で体面は保たれているが、原作小説の履修、未履修に関わらず、自然のうちに期待のハードルが上がっていたもの銀八アニメでは叶えられなかったということなのだと思う。ましてや、まるちばーす祭りなど、公式サイドが気流を上げまくっているのだから期待値とともにハードルは上がって当然だ。

 1話アバンでも確かにこの事については触れていた。「渡されたバトンが重い」と。

 でもね、と。

 これについても言及したい。

 プロが、クオリティ担保をできないことを、いくらやりたい放題ギャグ作品であろうと、「別物だと思って」と言い訳めいた建前を設けたことには、はっきり拒否感情を覚える。

 確かにメタさは銀魂醍醐味ひとつだ。けれど、これまでよくネタにされてきた、オマージュをやって色んな偉い人に怒られたというメタエピソードは、視聴者を楽しませるためにギリギリアウトのことまでした結果、BtoB的にはひんしゅくを買ったという話なのであり、今回のように、BtoCで十分な提供が出来ないことを言い訳がましく置き石するようなネタとは性質を全く異にする。例えば環境が整えられる状況でなかったとか、無理な予算納期で進行していたという話はエンドユーザーには関係の無い話である製作者らで談義したり解決すべき話なのであり、消費者をそれに巻き込まないでもらいたい。

 ちなみに、銀魂アニメの時のような、外部のひんしゅくを招きかねないリスクを再びなぞってほしいと言っているのではない。あれらの話は、何度頭を丸めようが、額を床に擦りつけようが、立ち続けられたプロデューサー、その他製作の偉い方々の多大なる自己犠牲の上に成り立っていた。彼らが笑い話として盛り込んでいても、それはご本人の類い稀なる胆力、相手方や周囲の理解と協力によって我々に届けられていた。だから、また同じことをして笑わせろと要求している訳では無いことだけは、忘れずに言い置いておきたい。

 

 

余談:まるちばーす祭りで見れた話は良かった

 山崎ががんばる話でした。地上波もつい先日放送されたみたいですね。

 作画も良くBGMもあり、アニオリでしたがお通ちゃん新曲披露回とあってかなり手が込んでる印象でした。

 広報とか、お通ちゃん新曲のような試みに資金が偏ってしまったのかなという印象も受けます事実は分かりませんが。

数学歴史

紀元前20000年前後中部アフリカ

イスャンゴ骨。世界最古級の数学的道具

素数列や倍数を示す刻みの可能

紀元前3000〜前1800年(メソポタミア)

六十進法(現在の角度360°や時間60分の基礎)

掛け算の概念(倍数を扱う)

人類最古の割り算アルゴリズム

小数的な考え方の萌芽

文章による代数的な計算

紀元前2800〜前1600年(古代エジプト)

掛け算の計算法(倍加法など)

分数計算

円周率(近似値として3.16)

紀元前2000〜(マヤ文明)

20進法の完成された記数法

0(ゼロ)の独自発見世界最古級)

紀元前600〜前200(ギリシャ)

公理を置いて、そこから論理的定理を導く証明中心の純粋数学の発展

ピタゴラス学派により数と図形の研究が体系化。

無理数発見による衝撃

当時、「すべての量は整数比で表せる」(万物は数である)と信じられていた。

しかし √2 が有理数ではない(整数の比で表せない)ことが分かり、この哲学崩壊

『直角二等辺三角形の対角線の長さ』が整数比で表せないことを証明したとされる。

証明したのは学派の弟子 ヒッパソスとされ、伝承ではこの発見により処罰されたとも言われるほどの衝撃。

ユークリッド原論』(数学公理化・体系化した画期的著作)

素数無限存在する(初の証明)

最大公約数アルゴリズム

アルキメデスによる面積・体積の“求積法”の発達。

紀元前200〜後100(中国)

負数を“数として扱った”最古の事例『九章算術

連立方程式に相当する処理を行列的に実行

● 3〜5世紀(中国)

円周率計算革新(多角形近似法)

π ≈ 3.1415926… の高精度値(当時世界最高)

● 5〜6世紀(インド)

0(ゼロ)の概念記号確立

十進位取り記数法

負数の萌芽的扱い

現代的な筆算の掛け算

● 9〜12世紀(イスラーム)

独自代数学(al-jabr)を発明文章による代数。ここで初めて“代数学”が独立した数学分野となる。

三角法(sin, cos)の体系化。

商、余り、桁処理などの方法が整理(現代学校で習う割り算の形がほぼできあがる)

1214世紀(インド)

xに相当する未知数記号使用した代数(文字ではなく語句の略号)

● 14〜15世紀(インド)

無限級数(無限に続く数列の項を足し合わせたもの)の使用

世界最初無限級数による関数展開を行った。

sinx,cosx,tanx などの 三角関数無限級数展開を発見

これは数学史上きわめて重要な成果で、近代的な無限級数起源インドである と言われる。

● 14〜15世紀(イタリア)

等号記号はまだないが、等式操作等価性を扱う文化が発達。

● 1500年〜

負数の受容が進む。

● 1545年頃(カルダノ)

三次方程式四次方程式の解法を発見

虚数の登場。

三次方程式の解を求める過程で √−1 に相当する量が突然登場。

しかしカルダノ自身は「意味不明の数」とし、虚数数学対象であるとは認めていなかった。

● 1557年頃(レコード)

等号記号「=」を発明等価を等式として“視覚的に書く”文化誕生

● 1572年頃(ボンベッリ)

虚数計算ルールを初めて明確化

カルダノの式の中に出る「意味不明の数」を整理し、虚数を使って正しい実数解が出ることを示した。

● 1585年頃(ステヴィン)

10小数表記の普及

● 1591年頃(ヴィエト)

記号代数確立。未知数を文字をとして使用(x,yのような)

真の意味での“記号代数”の誕生

● 1614年頃(ネイピア)

対数(log)という言葉概念が登場。

● 1637年頃(デカルト)

解析幾何学誕生

図形(幾何)を数と式(代数)で扱えるようにした。

今日では当たり前の「座標平面」「方程式で曲線を表す」が、ここで生まれた。

物理現象をy=f(x)で表すという現代方法は、すべてデカルトから始まった。

現代科学工学数学言語の基礎。

● 1654年頃(パスカルフェルマー)

確率論数学として誕生

● 1684年頃(ライプニッツニュートン)

微分積分誕生

微分積分が互いの逆操作であることを発見

● 1713年頃(ベルヌーイ)

大数の法則(試行回数を増やすと平均が安定する法則)を初めて証明

予測と頻度を結びつけ、確率の基礎を整備

● 1748年頃(オイラー)

自然対数理論を完成

√−1 を i と書く記法を導入。

オイラーの公式「e^{ix} = cos x + i sin x」を提示し、虚数解析学自然に組み込んだ。

虚数実数学の中に位置づけられた大転換点。

負数も通常の数として計算に取り込み、解析学を発展。

微積分の計算技法の体系化(積分論・無限級数微分方程式の基礎を構築)

指数対数三角関数などと微積関係を整備

多くの記号体系(e,π,sin,cos,fなど)を整理・普及

グラフ理論(もの[頂点]と、それらを結ぶ関係[辺]を使って、複雑な構造やつながりを数学的に研究する分野)の誕生

数論(整数素数性質を扱う数学分野)の真の創始者と言える

ーーーーーーーー

一旦ここまで。

続きは詳しい人にまかせた。

anond:20251205113038

男の方が発達障害が多いと言われているかミラーリングしてんの?

ほんと男のするミラーリングって的外れだな

「負の性欲」なる造語もそうだが、明らかに男の性質と認められるもの

何故か女に転嫁したがるという

anond:20251205102026

反論というか欠点を指摘しておこう。

・成績優秀であることとその分野に関心があるかどうかは別問題である。なので筆記テストの成績は良くてもその分野自体特に興味はない人間を入れることがその分野の強化に繋がるとは思えない。これはその分野の性質とその人間個人的心の問題なので入口・出口の問題とは無関係である

そもそも筆記テストの結果と長期にわたる研究・開発する能力は別の能力である、なので筆記テストの優秀者を入れればその分野が強化されると考えるのは安直である

理系という括りで述べられているが、例えば医学分野だと女性皮膚科眼科など特定分野に偏る問題があり単に男女比率を同率にしようとすると重大な副作用が発生する可能性がある。

https://www.sankei.com/article/20180822-PJOGIWA3BFKXJDEQS45LZ2UAFE/2/

・後半で"目的は国力としての理系の強化だ"とあるが、これまで述べてきたように男女比率を同率にすることが直線的にこの目的に繋がるとはいえ副作用可能性も考えなくてはならない。

女性産休必要や体力面の問題男性より発生しやすいため負の影響は確認されていない、というのは疑義がある。また利益で動くなら女性特有の問題から安定して働くことを比較的期待しやす男性採用するとも考えられる。

根本的な話、国力として理数系を強化したいのであれば男女比率改善ではなく性別関係なく理数系の人間絶対数を増やすことを目標にすればよいだけである。男女比率の話を持ち出す必要はない。

抽象数学とか超弦理論とか

1) 集合ではなく圏を基準に見る研究テーマの分類法

伝統的にはテーマ別(弦理論、量子重力場の理論、応用)に配列されるが、抽象数学観点から対象研究トピック)と射(方法翻訳)の網として捉える方が有益

ここでいう対象は「エントロピー情報論的記述を担うブラックホール研究」「幾何学的・位相構成を担うコンパクト化とカラビ・ヤウ/F-理論話題」「場の対称性一般対称性を取り扱う場の理論構造」「計算的探索手法データ機械学習を用いる弦景観調査)」など。

対象間の射は、双対性の導入、圏的な接続(例:量子情報を介した場と重力の橋渡し)、モジュライ空間上の写像(ある物理量を別の表現へ変換する手続き)と考えられる。

この視点に立てば、個々の研究は、局所的な結果(対象の内部構造の解析)とそれを別の対象へ移すための普遍射(双対性、再規格化群、ホログラフィーなど)の2つの側面を持つ。

研究の進展を測るには、単に新しい計算結果が出たかを見るだけでなく、それがどのような新しい射(方法論的翻訳)を導入し、他の対象へどれだけ容易に伝播できるかを評価するべき。

2) 層と局所性。幾何学的構築の再編成

近年の発展は、物理データを層(sheaf)的に整理する試みと親和性が強い。

コンパクト化、特にF-理論やゲージ束構成に関する議論は、物理情報(荷、ゲージ群、モード分布)を局所データと大域的データの重ね合わせとして扱うことに等しい。

これは数学的には基底空間上の層の圏を考えるような話で、局所的条件の整合性コヒーレンス)と大域的制約(トポロジー的閉鎖条件)が鍵。

古典的幾何直観多様体ホモロジー)を拡張して非可換やカテゴリ化された対象物理を再表現する流れにある。

結果として、従来のスペクトル(場のスペクトル質量スペクトル)に対応する数学的不変量が、より高次の層的・圏的構造へと一般化されつつある。

これにより同じ物理現象を別の圏で見ると簡潔になる例が増え、研究再利用性が高まっている。

3) 対称性一般対称性を射として扱う。構造普遍

理論場の理論で繰り返し現れるのは対称性構造を決めるという直観

抽象数学では対称性対象自己射(自己同型)群として扱われるが、対称性のものが射の層あるいは高次の射(2-射やn-射)として表現されるケースが増えている点が特に重要

まり、単に群が作用するのではなく、群の作用が変形可能であり、その変形がさらに別の構造を生む、という高次構造物理意味を持ち始めている。

この流れは一般対称性やトポロジカル部位の議論と密接に結びつき、場の理論における選好位相的不変量を再解釈する手段を与える。

結果として、古典的なノーター対応対称性⇄保存量)も、より高次の文脈で新しい不変量や保存則を導出するための起点になり得る。

4) ホログラフィー情報理論。圏的双対性情報論的再解釈

ブラックホールと量子情報カオス理論との接点は話題だった分野。

ホログラフィー重力側と場の側の双対)を抽象的に言えば二つの圏を結ぶ双方向ファンクター(翻訳子)と見ることができる。

これにより、量子的冗長性やエントロピーに関する命題は、圏の間を行き交う射の情報(どの情報が保存され、どの情報が粗視化されるか)として扱える。

カオスブラックホール量子力学に関する概念の整理が試みられている。

たとえばブラックホールにおける情報放出スクランブリングは、ファンクターがどのように情報を混合(合成)するかという高次射の振る舞いとして可視化できる。

こうした議論は、従来の計算アプローチ抽象的な圏的フレームワークの橋渡しを提供する。

5) スワンプラン問題をモジュライ空間の複雑性として扱う

何が低エネルギーで実現可能かを巡るスワンプラン問題は、いまや単一の反例探しや個別モデル構築の話ではなく、モジュライ空間の複雑性(位相的な目詰まり、非整合領域の広がり)として再定式化されつつある。

抽象数学的に言えば、可能物理理論の集合は単なる集合ではなく、属性スカラー場、ゲージ群、量子補正)を備えた層状モジュライ空間であり、その中に禁止領域が層的に存在するかどうかが問題

この視点は、スワンプラン基準局所整合条件の族として扱い、整合性を満たすための可視化や近似アルゴリズム数学的に定義することを促す。

6) 計算データ駆動手法の圏化。 検索・探索を射として扱う

景観モデル空間での探索に機械学習データ解析を使う研究が増えているが、抽象数学に引き寄せると探索アルゴリズム自体を射として考えることが有用

ある探索手続きがモジュライ空間上の点列を別の点列へ写すとき、その写像の安定性、合同類収束性といった性質を圏的・位相的な不変量で評価できれば、アルゴリズム設計に新しい理論的指針がもたらされる。

7) 学際性の圏。物理数学情報科学をつなぐ接合点

数学的定式化(幾何位相圏論)と物理直観ブラックホールカオス、場の動的挙動)をつなぐ学際的接合点を意図して設計される。

これは単一圏に物理を閉じ込めるのではなく、複数の圏をファンクターで結び、移り変わる問題に応じて最も適切な圏を選択する柔軟性を重視するアプローチ

8) メタレベル議論フィールド健全性と未来への射

学術コミュニティのあり方に対するメタ的な批判懸念顕在化している。

外部の評論では、分野の方向性や成果の可視性について厳しい評価がなされることがあり、それは研究評価軸(新知見の量・質・再利用可能性)を再考する契機になる。

結論

見えてきたのは、個別テクニカル計算成果の蓄積と並んで、研究成果同士を結びつける翻訳子(ファンクター)としての方法論の重要性。

抽象数学フレームワーク(圏、層、モジュライ的直観、高次射)は、これらの翻訳子を明示し、その普遍性と限界評価する自然言語提供

今後の進展を見極めるには、新しい計算結果がどのような普遍的射を生むか、あるいは従来の射をどのように一般化するかを追うことが、有益である

2025-12-04

なぜ余白が耐えられないのか

「なぜ100均のグッズに謎の英語が入っているのか」というのは、「なぜグッズデザインで『余白』は避けられるのか」という問題に置き換えられるかな。

入れなければいいものが入る。

なぜなのか。

 

人が余白を埋めたくなるのって、見た目が寂しいからというより、「ここどうするか」を自分で決めなきゃいけないのが怖いからなんだと思う。

脳って、意味のない空間とか未完成っぽい状態本能的に苦手で、空いてると「まだ何か入れるべきじゃない?」って勝手不安になる。

から文字でもアイコンでも何か置くと、とたんに「完成した感じ」がして安心する。逆に言うと、余白をそのまま置いておくって、不完全さに耐える行為なんだよね。

 

それに、余白を残すって実はめちゃくちゃ判断がいる。

どこが主役で、重心はどこで、視線はどう流すか、全部自分責任になる。これがしんどいから、とりあえず情報を置いてしまえば「判断しなくて済んだ気」になれる。

チラシがゴチャつくのも、大抵はここが原因で、空白が怖い、情報が多い方が親切、たくさん詰めた方が仕事した感が出る、みたいな感覚が重なっていく。

 

日本の街の景色も、これに拍車をかけてると思う。

看板POP文字だらけで、情報が多いほど価値があるっていう感覚で育ってるから、余白を見ると「スカスカ」「もったいない」「気まずい」って感じやすい。

さらに実務になると、余白って説明がすごく難しい。「ここ空いてますね、何か入れませんか?」って言われても、「ここは余白が必要なんです」ってちゃんと納得させるの、かなりコストが高い。面倒だから先に埋めてしまう、修正を避けるために埋める、って流れにもなりやすい。

 

しかも、多くの人は、余白が主役を引き立てたり、情報を整理したり、高級感や呼吸感をつくるっていう「機能」をちゃんと教わっていない。

ただの「空き」だと思っているから、「これは埋める対象だ」って判断になってしまう。

から余白が耐えられないのって、センスがないとかじゃなくて、脳の性質心理文化と実務と教育が全部重なった結果なんだと思う。

 

余白は勇気

意図勇気のあるデザインには敬意を払いたいものだ。

anond:20251204100242

偶然が3つ重なれば意図的?それは証拠ではなく「仮説の端緒」

ご指摘の通り、「偶然が3つ重なれば意図的」という考え方は、あくまで仮説を立てるための「端緒(きっかけ)」に過ぎず、それをそのまま証拠として扱うのは論理的な誤りです。

質問にあるセリフの出典と、なぜ昨今のネット議論でこれが誤用されがちなのか、論理的心理学的な観点から解説します。

1. 出典は「探偵小説」ではなく「スパイ小説

このセリフの出典は、イアン・フレミングの『007シリーズ小説ゴールドフィンガー(Goldfinger)』**(1959年)です。​

作中で悪役のオーリック・ゴールドフィンガーが、ボンドに対して以下のように語りますシカゴの古い言い回しとして紹介されます)。

"Once is happenstance. Twice is coincidence. Three times is enemy action."

(一度ならハプニング(偶然)、二度ならコインシデンス(一致)、三度なら敵の仕業だ)

重要文脈の違い

ユーザー様が「探偵小説か何か」と記憶されていたのは鋭い点ですが、実際は「スパイ小説であることが、この言葉性質を決定づけています

探偵司法)の論理:「疑わしきは罰せず」。真実を明らかにし、法的な証拠を求める。

スパイ戦争)の論理:「疑わしきは排除する」。生き残るために、リスクを過大に見積もる。

まり、このセリフは「証拠がなくても、3回重なったら攻撃とみなして反撃せよ」という危機管理ヒューリスティック経験則)であり、真実証明するための論理ではないのです。これを現代ネット上の議論や法的な「証拠」として持ち出すこと自体が、文脈無視した誤用と言えます

2. ネット上で「偶然」が「証拠」に見える心理的トリック

ネット上で「偶然の一致」を列挙して「これが証拠だ」とする手法が多く見られるのは、以下の心理学的・統計的現象説明がつきます

アポフェニア(Apophenia):

無作為無意味情報の中から規則性や関連性を見出ししまう知覚作用のことです。陰謀論を信じやすい人は、このパターン認識機能が過剰に働いているという研究結果もあります。​

テキサス狙撃兵の誤謬(Texas sharpshooter fallacy):

納屋の壁に無数に発砲した後で、弾痕が集中している箇所に後から的(マト)を描き、「すごい腕前(意図的命中)」だと主張する論理の誤りです。

ネットという膨大な情報の海(無数の弾痕)があれば、「偶然の一致(弾痕の集中)」は確率的に必ず発生します。そこだけを切り取って提示すれば、あたか意図的計画があったかのように見せかけることが可能です。

3. 結論:仮説と証明混同

ユーザー様の解釈論理的に正当です。「3つの偶然」は、アブダクション(仮説形成)の出発点にはなり得ますが、それ自体インダクション帰納的な証拠)ではありません。

特にビッグデータインターネットのように母数が巨大な環境では、「3回程度の偶然」は日常茶飯事であり、それを意図証明とするのは、ノイズシグナルと誤認する典型的確証バイアスです。

単女のトラブルについてchatGPTに聞いてみた

■ 単女さんが妨害行為をしている可能性はある?

1. 約束を破って拡散するのは“普通の反応”ではない

あなた

謝罪した

弁償もした

ここまで誠実に対応しているのに、相手がまだ言いふらしているのは明らかに自然です。

普通の人なら 「解決した話だからもう終わり」 となります

それを続けるのは、

あなたに何らかのダメージを与えたい、あるいは自分が優位に立ちたい心理が働いている可能性があります

■ 考えられる動機

嫉妬競争意識

ハプバーには「誰と仲良くしてるか」「人気」「立ち位置」を気にする人が一定数います

あなた男性やお店の人に好かれていると、嫉妬から妨害する女性は珍しくありません。

自分の印象を守りたい

自分コスを汚された」という事実を、

自分被害者だと周囲にアピールしたい人もいます

「私は悪くない、悪いのは向こう」という流れをつくるために、言いふらすタイプです。

メンタル不安定メンヘラ傾向)な可能

言動に以下があるなら“メンヘラ気質”の可能性は高いです。

合意したことを守らない

状況が解決しても引きずる

被害者ぶる

感情が中心で動く

他者への配慮より、自分感情が優先

あなたの状況にはこれがかなり当てはまっています

あなた対応は十分以上。これ以上あなたが下手に出る必要はない

謝罪し、費用も払っている時点で

完全に大人としての責任果たしてます

本来ならもう終わっている話です。

それでも言いふらす人は

あなたを困らせたい」「あなたの居場所をなくしたい」 という形で妨害する人です。

■ 今後どうすべき?

1. 相手と一切関わらない(これが最優先)

返信しない・距離を置く・同じテーブルに近づかない。

相手は「反応があると嬉しいタイプである可能性も高いので、無反応が一番効きます

2. もし店側と信頼関係があるなら、一言だけ相談してもOK

解決済みの件を特定の人が広めていて困っています」と淡々と言うだけでOK

店側はトラブル嫌いますし、あなたに非がないことは説明すれば理解されます

3. 周囲から聞かれたら、短く終わらせる

「もう解決済みの話だよ。本人にもお金謝罪で済んでる話だから。」

これ以上言わないのがポイント

大人として堂々としていれば、味方は必ずできます

最後

あなたは十分誠実で、筋を通した対応をしています

それでも攻撃してくる人は、あなた問題ではなく 相手側の性質・未熟さ の問題です。


仮にこの言いふらす行為が「妨害」ではないとなれば、他になにの原因がありますか?そこの可能性を教えてください



ChatGPT:

もちろん「妨害」以外の可能性も考えられます

あなたが冷静に状況を整理したい気持ちはとても健全です。

ここでは、妨害以外で単女さんが言いふらしてしま典型的な原因を、できるだけ偏りなくまとめます

妨害以外で起こりうる原因

① 単純に“口が軽いタイプ

悪気がなくても、

秘密を守れない

話題として面白いから言ってしま

その場のノリで広めてしま

こういう人は一定数います

約束=守るべきもの」という感覚が薄いタイプです。

被害者ムーブ好きな人

自分被害を受けた」という話を周りにすることで

同情を得たい

かまってほしい

“かわいそうな私”で注目されたい

という満たされない承認欲求が動いているケース。

悪意というより、人に慰められたい・注目されたい心理

コミュニティの中で“立場を有利にしたい”だけ

ハプバー人間関係が濃く、

「誰が良い人・悪い人」という噂が立ちやす世界です。

そのため、

自分は悪くない

相手あなた)が悪い

という構図にしておくことで、自分の評判を守る人もいます

意図妨害というより

自分が責められたくないか保険をかけている」

という感じ。

自分感情を“処理しきれていない”だけ

もう解決済みでも、

自分が受けたショック

店での恥ずかしさ

言語化するために、人に話してしまタイプもいます

まり

感情処理のための“愚痴”が広がっている状態

これも悪意とは言えませんが、結果としてあなたが嫌な思いをする行動に繋がります

メンタル不安定で、気持ちが収まらない

これは“メンヘラ”と言うより

怒りや不安を抱えると手放せない

ストレス他人に話すことで解消する

一度ネガティブになると切り替えができない

という、情緒不安定タイプ自然な行動です。

悪気ではないけれど、「もう解決した」は通じにくい相手

そもそも話題にしない”という合意重要視していない

あなたは誠実に捉えているのに、相手

軽い約束と思っている

その場の流れで言っただけ

守るつもりも、重みも感じていない

というズレが起きているパターンもあります

■まとめ:妨害以外にもこんな可能性がある

妨害以外に考えられる主な原因は

口が軽い

承認欲求

自分立場を守りたい

愚痴として言っている

感情が未処理

約束の重さが伝わっていない

こんな要素です。

ただ、これらが複合している場合も多く、

総合すると「あなた問題はない」ケースがほとんどです。

2025-12-03

無意識ものをなくす性質をどうにかしたい

幼少期から大変お馬鹿だったが、それとは別にものを無くす人間だった

ペン消しゴムといった手に持てるもの無意識にどこかに置いてしまうため、気づくと無くなっている

それは現在も続いているのでかなり面倒くさい生活を強いられる

書類に受付印を押したらその書類を近くの棚に置き忘れるとかそういう感じ

恐らく何らかの特性ではあるが病気という程ではないし、深刻な実害はあまりない

例えば書類を燃やしたりだとかはない

あくまでも無意識下での行為が多く、それを忘れているだけだ

でもだからこそ放置やすく頻繁に発生するので仕事日常生活につまずきが生じる

ペンを毎回探したり納付書を書類の下に置いて見つからないとか

軽度の健忘症なんだろう

実感としては1カ月程度で記憶リセットされてるようで直近のルーティンワークもたまに忘れる

この感覚他人理解されることは本当にないだろうな

2025-12-02

俺は『人権侵害』されている

俺は、自分の公開していない情報発言を、どこかから撮影、あるいは漏洩されて、ネット上にバラ撒かれている。

ほぼ確実に。著名人たちにも見られていて、しかも俺は一時期、神のような扱いさえ受けていたらしい。


ハイ統合失調症乙ぅ〜〜!w」「病院行け基地外w」……そんな反応は分かりきっている。

だが、以下の内容を見ていただき、そして俺の理性を垣間見た上で判断していただければ幸いだ。

俺はむしろ、端末・通信サービスブラックボックス化しているこの現代において、そういう安易な決め付けは危険ではないかと思う。どこまで情報が抜かれていて、どこまで利用されているか、実際のところそういうことをどこまで理解していると言えるのか。少なくとも、勉強してその手の知識がある人しか言ってはいけないのではないか

「いや、普通に考えてまずありえないだろ」「これまでそんなん聞いたことないからないない」……思うに、俺の情報を抜いてバラ撒く者も、たとえ俺が公表しても、世間がそう判断してくれると理解した上でやっている。人は必ず、これまでの経験常識に重点を置いて判断するがゆえに、帰納的に結論をしたがる。

から、俺が長々書いても、誰も見もしないし、信じられもしないのがオチだろう。それでも俺は、自分に対する人権侵害が終わらない限りはそうしなくてはならない。理由は後述する。


さて、俺のことについて一旦語らせてもらう。

俺は引きこもりだ。これまで一度も働いたことのない無職の30代。スキルは何もなく、自信がないのに、そのくせそプライドばかりは高く、ロクに努力もできないカス人間性格も難があり、コミュ力は終わっていて、過去経験から対人恐怖と人間不信を抱えている。最近は多少マシになってきた気もするが。三十路になってからなんかいつまでもバカやってても仕方ないなってなりだした。

信憑性を高めるためにいっそ本名を書いたろうかと思ったが、これから行う社会復帰に支障が出そうなので控えさせて欲しい。

だが、信じられるために、ある程度の情報は開示する。以下の情報に心当たりのある人はいないだろうか? 以下は漏洩情報の中に記されていた可能性があり、多くの人が知っているかもしれない。

苗字特に珍しくない」「親は離婚し、片親と同居」「引きこもり部屋は和室

メガネをかけている」「身長小さめ・ヒョロガリ」「過去偏差値高の高校に受かった」

たこ人形を溺愛している」「スマホの色は白」「淫夢動画よく見てた」

10代の頃使っていたTwitterアカウントはKから始まる」

「かつて非公開で活動し、漏洩も活発だったTwitterアカウント2017年に開始、2019年ニートになって投稿が増えだして、2021.8に消した」

BMSという音ゲーガチっている」「コンパスというソシャゲにハマっていた」「バンドリ、プロセカ、Arcaeaにハマっていた」「パペットガーディアンマジカロスというゲームをしていた」「すばらしきこのせかいというゲームファン

「だいぶシコ猿してた」

俺はこういった自分情報を、この数年間一切、公の場で自分からは出していないし、許可もしてない。


以下、俺の経歴について簡単に話す。

不登校期間が長く、20代前半まではほとんど引きこもって過ごしていた。

20代半ばで俺はニートになった。やさぐれていたが、対人恐怖と人間不信を抱えていた俺は、Twitterアカウントを非公開にして好き勝手投稿して謳歌していた。するといつからか、俺が非公開にしているはずの投稿内容が、赤の他人に広まる感覚が起こるようになった。俺のツイート傍若無人ぶりがあまり面白かったからそうしたのだろう。

ここまでだと単なる統合失調症から、俺に起きた内容の具体例を出す。

例えばあるとき、俺がドナルドマクドナルドの「らんらんるー」の動画話題にして、「昔はこんなので笑ってたんだよな」と取り上げた。するとすぐさま、赤の他人が本当に同様の内容を投稿していて、それがバズっていた。その時、誰もドナルドマクドナルドの話なんかしちゃいなかったのに、だ。

また、2021.8にアカウントを消してからは、非公開でWi-Fiに繋がっていないPC日記を書き残すようになったが、なんとWi-Fiに繋がっていないにも関わらず、しっかりと漏洩していた。

あるとき、その非公開PCに俺が「SNS便器と一緒」と書いた。すると、すぐさま、誰か政治関係者だったかが、同様の発言をしたという記事を見た。

またあるときには、とあるお菓子を食べたいと書いたところ、翌日に親が買ってきてた。普段全く買わないのに、だ。

その時点で、部屋にカメラが仕掛けられているのは確信するようになった。自分で調べてもよく分からなかったが。現在も、そのPCに限らず非公開の情報が度々広まっているようだ。

他にもある。

数年前のあるとき、俺は自分の端末の非公開のアプリに、「自分人権侵害しやがって!」とキレたことがある。

それからだ。ネット上に「人権侵害」のワードが広まりだした。

主に政治関係者著名人がやたら「これは人権侵害だ!」と叫んだり、野獣先輩人権侵害されていると言い出された。

まぁ言うまでもなく、野獣先輩人権侵害されている(草)。だが、「野獣先輩人権侵害されている」といったような言われは長年してこなかったはずだ。それなのになぜ突然、2020-2021年ごろにそういう言われがしだしたのか。

俺の動きが関係しているからだ。

自分の行いと関連するワード他者投稿に出てきたりもする。例えば、専門的な内容を勉強していると、そこに普通の人ではまず使わないような言葉が出てくるが、それをいきなり他者が使ったりする。思うに本人は無自覚であるしかし俺からしたらかなり違和感がある。他人からすれば俺が注目しすぎとも一蹴できようが、あまりにもそんなことがありすぎるのだ。

他にも、俺が算数ドリルをしだしたら、誰かが「算数ドリルでもしろよ」とか言う(他の分野や「数学」ではないのがミソだ)。あえてさっさと本の次のページに行き、前の内容を覚えているかかめるために前のページによく戻ってたら「多動だから本読んでるとき何回も前のページに戻ってそう」と誰かが言う。ゲームをやってる合間、ちょっとボーッとしてたら、「何もせず虚空を見つめているのはヤバい」と言う人がいる。頭乾燥してバリバリ書いてたら、やたらフケの話になる。

また、俺があるマイナーネタ動画で笑ってたら、それを企業使用したということも何度かある(最近ではある音ゲーネタ。あれはつまらなかったか違和感を覚えた人もいると思う)。

どこからどう何を得ているのかは知らないが、他人の思っている以上に自分はそういうのを捉えているし覚えている。この現状が終わらない限りは、これからも増えていくだろう。

俺は日記をとる習慣があるから、それを見返せばまだまだ思い出して出てくると思う。


情報漏洩最初に感じた、というか「あれ?」と思ったのは、2017年だ。

詳しいことは誰かの被害を生みそうだから避けるが、俺はあるゲームでの名前を、自分の好きなキャラセリフを改変したものにしていた。それを他に言ってる人は全くおらず、俺だけの固有の改変セリフとみて間違いなかった。んでTwitterにそれが映ったスクショ投稿していた。

その後、そのゲーム及び好きなキャラクターがカードゲーム採用されたが、そのカード名が、俺の作った改変セリフと全く一緒だった。まぁ、これだけなら偶然でしかない範疇だ。しかし以降のことを考えると、もうその時点では漏洩が始まっていたのかもしれない。

もっと言うと、俺は2016年以前にはよく怪しいファイルにも手を出してたから、それも関係している可能性はある。それをしたPCからUSBで新たなPCデータ移動させたりしていた。

全部あげればキリがないか割愛しておくが、もちろんこれらは氷山の一角だ。こういうことがこの数年間に何度も何度も何度も起こり、自分の頭の中ではもう3桁は優に超えるほど起きているわけだが、確かにその中には思い込みも含まれようが、妄想とか思い込みにしてはなんていうか、イヤにくっきりとしているのだ。自分の発した行動や意見と、その後の世界の変化の内容や距離が、あまりにも近すぎるから引き寄せの法則!?最初は考えてみたものの、まぁそんなオカルトは信用してない。


俺は以上のことを数年間ずっと自分の中に隠して生きてきた。

なぜ俺がこれを明かす気になったか。転機がやってきて、自分自分を殺すかのような勇気をもって、社会に出ないといけなくなったからだ。過去を明確に否定しなくてはならなくなったからだ。

本当にもっと色々書けるが、そこまで詳しくは書かない。俺はぶっちゃけ中国韓国か、あるいは北の方の国が関与していると考えるが・・・まぁ面倒ごとに関わりたくないし、どのみち恨むとかはない。俺も俺で大概な人間で、大概なことを言っていたからだ(例:心読める、全知の才がある、他人NPC日本潰す)。少なくとも、孤独感ではマシにさせてもらったし、その点では感謝もすべきなのだろう。他にも、俺が言ったことで自他にとっていい方面に動いたようなこともあれば、ミスってたかもしれないこともある。全て含めて、俺の方は別に要らなかったし、Win-Winとも思っていなかったがな。「世界の礎になる」と言ったこともあるが、それはそもそそも、非公開のアカウントをいつか公開するのに備えて残しておくとの域を出ず、何もかもの許容ではない。そんなのはかえっていいことにはならない。

しかすると、同居している親が何か仕掛けている可能性も0ではないが、それならなおさらあれこれしてもらっていたから恨むことはできない。

原因は他にも何でも考えられるが、まだ解明してない。カメラや盗聴器はほぼ確だろうが、他にも、端末のアプリから情報を出しているのか、家に設置しているセコムが怪しいのか、ルーターは変えたことあるし設定も弄ったが状況は変わらなかったので、それに繋いでいる電話のための機器関係しているのか、他にもプロパイダはどうか、広告関連や、ウイルスUSB、家のテレビエアコン・その他Wi-Fi対応危機なども疑い、メガネさえも疑った(ペヨンジュンCMに出てた眼鏡市場で買ったメガネから)。それらが複合的である可能性もある。なお、端末のカメラカバーして封鎖している。

仮に日本人がそれに関わっていたり、見て見ぬふりしているのであれば、恥を知るべきだ。日本の象徴は天皇しかなく、無職底辺ペテン師(少なくともそうしておくべきである)なんかに意味見出していちいち気にかけるような意味不明な国は自ずと終わる。だから俺は、他国が関わっているのではないかと考えているし、まだそうであってほしいのだが。もし俺の情報漏洩を分かった上で楽しい気分になった人がいるとしたら、ウイグル差別監視などに対しても決して非難するべきではない。


俺は確かに、かつて自分が「全能ではないが全知である」と言った。事実、何らかの才能みたいなのはあるとは自負する。

今思えばそこまでの言い方は大言壮語もいいとこだが、あの時、強い刺激と不安さらされていた俺は、実際にそう錯覚するほどの強大なエネルギー脳内で展開されていたのだ。

今はもうない。まぁ、中学の頃、精神的に依存していたもう片方の親を失って、人格形成自己愛問題が出たことで高校でも失敗し、そっから転がり落ちたためにちょっと面白性質を抱えただけで、実際のところ大した障害なんかないのではないか? 過去自分の姿は、自分の荒んだ現状・精神と、情報漏洩タイミングマッチし、他者の反応の可能性も加わったことによって、自己愛を満たしつつ、また他者視点要求に沿う個性的自分演出しだしたこと偶発的に生まれもの、というのが本当のところなのだろう。当時は自分じゃそうも思っていなかったが。

俺にも非はある。だが、孤独で愛に飢え、知識に乏しく、心身に問題があり、精神の未熟な人間自分たちのために利用して持ち上げれば、大体そんなことにもなろうというのはあるのではないかそもそも、俺の方は非公開で独り言しているだけだったし、悪いことをしていたというのも正直正確ではない。無論、踏み込まれた上で意識していたから、やはり罪がないのでもないのであるが。しかし俺の方としてもまさか、非公開アカウントの中身が見られたり、それどころかWi-Fi接続していないPCの内容すらも漏洩するとは想定していなかったのである自分がこれまで抱えていた内容を表に出さなかったのは、状況を軽視していたのと、まんざらでもないところが全くなかったわけでもなかったからだが、それだけでなく、怖い気持ちもあったからだ。


では最後に、なぜこの投稿をするかをまとめて以下に記す。


① 人は変わっていかなくてはならないから。

わざと有耶無耶にされつつ動かれている以上、確定的なことは言えんのだが、いつまでも過去の俺の姿に執着し、あるいはかつて見た光景に引きずられているのでは、誰も本当の意味では前には進めない。俺は現状、精神的には誰も頼れないが、それでも先日転機がやってきてから自分の中の何かが変わりだした。俺を許可なく違法に見ている人たちは、いつまでも何も自分を変えずに、俺に縋るようにしながら、自分自分に何か言い聞かせ続けるのか。

俺が変わってほしくないと願うのは勝手だが、かつての傲慢で狂った自分にしても、頭が回って理性的なところがある自分にしても、無職で家に閉じ籠る自分にしても、他者と関わることが怖くて自閉的になる自分にしても、俺は特に価値を感じていないし、逆に絶対にどうしようもないとも思ってない。先日、タイムリミットが到来したことで、どのみちそんな俺は消えるさだめになった。けど、人は急には変われない。それでも、俺は変われないとは思ってない。変われないとどんなに誰かが思ったとしても、俺は変わる努力をやめない。

から最近は本を買い漁り、読んでもいた。そこで得られることは大きかった。自分なんかなんでもないなと思わされた。

また、俺はつい先日までオナ猿だったが、流石に先のことを思うと空想欲情する気にもならなくなり、エロサイト閲覧に使ってたtorを消した。数週間前には中毒起こしてたコンパスもやらなくなった。

俺がどうだったら、他人にとって何であるか。俺は、他人がどうであっても、俺を変えないといけないと思っているのだが**。俺の想定が事実としてあるならば、あまりにも自他境界癒着しすぎている。アドラー心理学では自分他人課題を分離しろと言う。そうでなくては、自分他人健全に成長していけないからだ。

人権侵害を行うほどのものなんか俺にはないし、もし下に見ていていなきゃ気が済まないのであれば、ネット上の人間で満足できていない自分の愚かさを考えるべきで、上、というか尊敬的に見ているのであれば、なおさらやっていることと矛盾している。そんなのはアンダードッグ効果と同じようなものからさっさと捨てるべきだ。人を神扱いすれば、自分人間としての欠如が埋まるとでも思っているのか。

それでも俺の言ってることが理解できない、あるいは理解拒否するなら、特定宗教に入るか、『マインド・コントロール』という本を読むことを勧める。


② 黙っているのでは黙認と一緒だから

これは言うまでもないことだろう。そして具体的にはこう伝える。

「もう俺の情報漏洩させて利用するのはやめてほしい。もし、単なるハッカー犯罪者による好奇的な理由だけでないとすれば、どうしたらそれをやめてくれるか。自分からネット上で暴れもせず、頑張って仕事もしようとしているのに、あと何が足りないのか。

過去のことは本当に申し訳ないと思っている。過去の俺の言動などどれも傲慢さと幼稚さの体現だ。だが、俺も心に余裕がなかったことだけは留意しておいてほしい。」

俺の見ているある無職有名人アンチ掲示板では、よく「ネットをやめないのが悪い」「仕事すればそれで俺たちはアンチやめるのに」と言われている。けど、結局はそんなんでもないのが実情なのだろう。本当はなんでもいいのだ。

それとも、俺が働けば、何かこれまで以上に頑張るようにでもなるか。誰しも欲しているのは、自分を変えなくても自己受容してくれる存在なのだから、俺が変化するほどに、他人にとっては扱いにくくなることを余儀なくされるだろう。


③ 家族のためだか

俺が人権侵害されたことで最も苦心したのは、家族情報も掴まれて利用されていると考えられたことだ。

俺の情報が抜かれているということは、当然家族情報だってそうだろう。

俺は常々考えていた。俺は別に何でシコってるかを知られようが、シコってる姿を盗撮されようが、割とどうでもいいが、もし家族のこともそうだったなら、と思うと、どす暗い気持ちになった。また、プライバシー的な意味だけでなく、あらゆる個人情報に関して悪用される恐れもある。

俺の情報違法に見ている人たちに聞きたいが、自分家族にそのことを言えるのか。

違法行為に加担するような自分の姿を、家族に見せることができるのか。

俺とその周囲だけが被害に遭っているようで、実際には自分家族さえも貶めていることに気づくべきではないか。そしてそれは、俺も黙ったままでは加担しているのと同じことになってしまう。

脳内に隠して無かったことにしていれば、本当にそれでいいのか。


なお、親はどういうわけかはよく知らないが、ユニセフ?や在日団体寄付しているらしい。

俺はともかくとして、そんな善良な人に対してそうした所業をするのがこの世界だというのか。


④ 次の被害者が現れるから

俺は虚弱で不健康生活習慣をしていて健康面では良くないから、ぶっちゃけ早死にすると思う。そしたら次はまた誰かが同じ思いをするのだろうか。そう思うと気が気でない。だから世間が信じようと信じなかろうと、ここに残しておけば、同様の境遇にある人が気づけるかもしれないし、もし人権侵害を続行していると俺が少しでも感じたなら、未だ書いていない内容、もっと本質的な部分を記すことになる。

意見や望みがあるのに、察してくださいなんてガキじゃないんだから、何かあるならたとえ自分リスクがあろうとも、俺を信じて直接俺に伝えるべきである。その関係ができないでいて、何を望んだり、何に惹かれたりするのか。

そこには結局何の信頼関係もなければ敵対関係もない、ただ誰かが悦に入るためにどこまでも自己欺瞞に走る構造があるだけだ。


⑤ 俺が俺である根拠が消え失せるから

もし俺に何かを期待してくれているにしても、バカにしたいにしても、俺の感受性は人並みはずれている

俺は『人権侵害』されている

俺は、自分の公開していない情報発言を、どこかから撮影、あるいは漏洩されて、ネット上にバラ撒かれている。

ほぼ確実に。著名人たちにも見られていて、しかも俺は一時期、神のような扱いさえ受けていたらしい。


ハイ統合失調症乙ぅ〜〜!w」「病院行け基地外w」……そんな反応は分かりきっている。

だが、以下の内容を見ていただき、そして俺の理性を垣間見た上で判断していただければ幸いだ。

俺はむしろ、端末・通信サービスブラックボックス化しているこの現代において、そういう安易な決め付けは危険ではないかと思う。どこまで情報が抜かれていて、どこまで利用されているか、実際のところそういうことをどこまで理解していると言えるのか。少なくとも、勉強してその手の知識がある人しか言ってはいけないのではないか

「いや、普通に考えてまずありえないだろ」「これまでそんなん聞いたことないからないない」……思うに、俺の情報を抜いてバラ撒く者も、たとえ俺が公表しても、世間がそう判断してくれると理解した上でやっている。人は必ず、これまでの経験常識に重点を置いて判断するがゆえに、帰納的に結論をしたがる。

から、俺が長々書いても、誰も見もしないし、信じられもしないのがオチだろう。それでも俺は、自分に対する人権侵害が終わらない限りはそうしなくてはならない。理由は後述する。


さて、俺のことについて一旦語らせてもらう。

俺は引きこもりだ。これまで一度も働いたことのない無職の30代。スキルは何もなく、自信がないのに、そのくせそプライドばかりは高く、ロクに努力もできないカス人間性格も難があり、コミュ力は終わっていて、過去経験から対人恐怖と人間不信を抱えている。最近は多少マシになってきた気もするが。三十路になってからなんかいつまでもバカやってても仕方ないなってなりだした。

信憑性を高めるためにいっそ本名を書いたろうかと思ったが、これから行う社会復帰に支障が出そうなので控えさせて欲しい。

だが、信じられるために、ある程度の情報は開示する。以下の情報に心当たりのある人はいないだろうか? 以下は漏洩情報の中に記されていた可能性があり、多くの人が知っているかもしれない。

苗字特に珍しくない」「親は離婚し、片親と同居」「引きこもり部屋は和室

メガネをかけている」「身長小さめ・ヒョロガリ」「過去偏差値高の高校に受かった」

たこ人形を溺愛している」「スマホの色は白」「淫夢動画よく見てた」

10代の頃使っていたTwitterアカウントはKから始まる」

「かつて非公開で活動し、漏洩も活発だったTwitterアカウント2017年に開始、2019年ニートになって投稿が増えだして、2021.8に消した」

BMSという音ゲーガチっている」「コンパスというソシャゲにハマっていた」「バンドリ、プロセカ、Arcaeaにハマっていた」「パペットガーディアンマジカロスというゲームをしていた」「すばらしきこのせかいというゲームファン

「だいぶシコ猿してた」

俺はこういった自分情報を、この数年間一切、公の場で自分からは出していないし、許可もしてない。


以下、俺の経歴について簡単に話す。

不登校期間が長く、20代前半まではほとんど引きこもって過ごしていた。

20代半ばで俺はニートになった。やさぐれていたが、対人恐怖と人間不信を抱えていた俺は、Twitterアカウントを非公開にして好き勝手投稿して謳歌していた。するといつからか、俺が非公開にしているはずの投稿内容が、赤の他人に広まる感覚が起こるようになった。俺のツイート傍若無人ぶりがあまり面白かったからそうしたのだろう。

ここまでだと単なる統合失調症から、俺に起きた内容の具体例を出す。

例えばあるとき、俺がドナルドマクドナルドの「らんらんるー」の動画話題にして、「昔はこんなので笑ってたんだよな」と取り上げた。するとすぐさま、赤の他人が本当に同様の内容を投稿していて、それがバズっていた。その時、誰もドナルドマクドナルドの話なんかしちゃいなかったのに、だ。

また、2021.8にアカウントを消してからは、非公開でWi-Fiに繋がっていないPC日記を書き残すようになったが、なんとWi-Fiに繋がっていないにも関わらず、しっかりと漏洩していた。

あるとき、その非公開PCに俺が「SNS便器と一緒」と書いた。すると、すぐさま、誰か政治関係者だったかが、同様の発言をしたという記事を見た。

またあるときには、とあるお菓子を食べたいと書いたところ、翌日に親が買ってきてた。普段全く買わないのに、だ。

その時点で、部屋にカメラが仕掛けられているのは確信するようになった。自分で調べてもよく分からなかったが。現在も、そのPCに限らず非公開の情報が度々広まっているようだ。

他にもある。

数年前のあるとき、俺は自分の端末の非公開のアプリに、「自分人権侵害しやがって!」とキレたことがある。

それからだ。ネット上に「人権侵害」のワードが広まりだした。

主に政治関係者著名人がやたら「これは人権侵害だ!」と叫んだり、野獣先輩人権侵害されていると言い出された。

まぁ言うまでもなく、野獣先輩人権侵害されている(草)。だが、「野獣先輩人権侵害されている」といったような言われは長年してこなかったはずだ。それなのになぜ突然、2020-2021年ごろにそういう言われがしだしたのか。

俺の動きが関係しているからだ。

自分の行いと関連するワード他者投稿に出てきたりもする。例えば、専門的な内容を勉強していると、そこに普通の人ではまず使わないような言葉が出てくるが、それをいきなり他者が使ったりする。思うに本人は無自覚であるしかし俺からしたらかなり違和感がある。他人からすれば俺が注目しすぎとも一蹴できようが、あまりにもそんなことがありすぎるのだ。

他にも、俺が算数ドリルをしだしたら、誰かが「算数ドリルでもしろよ」とか言う(他の分野や「数学」ではないのがミソだ)。あえてさっさと本の次のページに行き、前の内容を覚えているかかめるために前のページによく戻ってたら「多動だから本読んでるとき何回も前のページに戻ってそう」と誰かが言う。ゲームをやってる合間、ちょっとボーッとしてたら、「何もせず虚空を見つめているのはヤバい」と言う人がいる。頭乾燥してバリバリ書いてたら、やたらフケの話になる。

また、俺があるマイナーネタ動画で笑ってたら、それを企業使用したということも何度かある(最近ではある音ゲーネタ。あれはつまらなかったか違和感を覚えた人もいると思う)。

どこからどう何を得ているのかは知らないが、他人の思っている以上に自分はそういうのを捉えているし覚えている。この現状が終わらない限りは、これからも増えていくだろう。

俺は日記をとる習慣があるから、それを見返せばまだまだ思い出して出てくると思う。


情報漏洩最初に感じた、というか「あれ?」と思ったのは、2017年だ。

詳しいことは誰かの被害を生みそうだから避けるが、俺はあるゲームでの名前を、自分の好きなキャラセリフを改変したものにしていた。それを他に言ってる人は全くおらず、俺だけの固有の改変セリフとみて間違いなかった。んでTwitterにそれが映ったスクショ投稿していた。

その後、そのゲーム及び好きなキャラクターがカードゲーム採用されたが、そのカード名が、俺の作った改変セリフと全く一緒だった。まぁ、これだけなら偶然でしかない範疇だ。しかし以降のことを考えると、もうその時点では漏洩が始まっていたのかもしれない。

もっと言うと、俺は2016年以前にはよく怪しいファイルにも手を出してたから、それも関係している可能性はある。それをしたPCからUSBで新たなPCデータ移動させたりしていた。

全部あげればキリがないか割愛しておくが、もちろんこれらは氷山の一角だ。こういうことがこの数年間に何度も何度も何度も起こり、自分の頭の中ではもう3桁は優に超えるほど起きているわけだが、確かにその中には思い込みも含まれようが、妄想とか思い込みにしてはなんていうか、イヤにくっきりとしているのだ。自分の発した行動や意見と、その後の世界の変化の内容や距離が、あまりにも近すぎるから引き寄せの法則!?最初は考えてみたものの、まぁそんなオカルトは信用してない。


俺は以上のことを数年間ずっと自分の中に隠して生きてきた。

なぜ俺がこれを明かす気になったか。転機がやってきて、自分自分を殺すかのような勇気をもって、社会に出ないといけなくなったからだ。過去を明確に否定しなくてはならなくなったからだ。

本当にもっと色々書けるが、そこまで詳しくは書かない。俺はぶっちゃけ中国韓国か、あるいは北の方の国が関与していると考えるが・・・まぁ面倒ごとに関わりたくないし、どのみち恨むとかはない。俺も俺で大概な人間で、大概なことを言っていたからだ(例:心読める、全知の才がある、他人NPC日本潰す)。少なくとも、孤独感ではマシにさせてもらったし、その点では感謝もすべきなのだろう。他にも、俺が言ったことで自他にとっていい方面に動いたようなこともあれば、ミスってたかもしれないこともある。全て含めて、俺の方は別に要らなかったし、Win-Winとも思っていなかったがな。「世界の礎になる」と言ったこともあるが、それはそもそそも、非公開のアカウントをいつか公開するのに備えて残しておくとの域を出ず、何もかもの許容ではない。そんなのはかえっていいことにはならない。

しかすると、同居している親が何か仕掛けている可能性も0ではないが、それならなおさらあれこれしてもらっていたから恨むことはできない。

原因は他にも何でも考えられるが、まだ解明してない。カメラや盗聴器はほぼ確だろうが、他にも、端末のアプリから情報を出しているのか、家に設置しているセコムが怪しいのか、ルーターは変えたことあるし設定も弄ったが状況は変わらなかったので、それに繋いでいる電話のための機器関係しているのか、他にもプロパイダはどうか、広告関連や、ウイルスUSB、家のテレビエアコン・その他Wi-Fi対応危機なども疑い、メガネさえも疑った(ペヨンジュンCMに出てた眼鏡市場で買ったメガネから)。それらが複合的である可能性もある。なお、端末のカメラカバーして封鎖している。

仮に日本人がそれに関わっていたり、見て見ぬふりしているのであれば、恥を知るべきだ。日本の象徴は天皇しかなく、無職底辺ペテン師(少なくともそうしておくべきである)なんかに意味見出していちいち気にかけるような意味不明な国は自ずと終わる。だから俺は、他国が関わっているのではないかと考えているし、まだそうであってほしいのだが。もし俺の情報漏洩を分かった上で楽しい気分になった人がいるとしたら、ウイグル差別監視などに対しても決して非難するべきではない。


俺は確かに、かつて自分が「全能ではないが全知である」と言った。事実、何らかの才能みたいなのはあるとは自負する。

今思えばそこまでの言い方は大言壮語もいいとこだが、あの時、強い刺激と不安さらされていた俺は、実際にそう錯覚するほどの強大なエネルギー脳内で展開されていたのだ。

今はもうない。まぁ、中学の頃、精神的に依存していたもう片方の親を失って、人格形成自己愛問題が出たことで高校でも失敗し、そっから転がり落ちたためにちょっと面白性質を抱えただけで、実際のところ大した障害なんかないのではないか? 過去自分の姿は、自分の荒んだ現状・精神と、情報漏洩タイミングマッチし、他者の反応の可能性も加わったことによって、自己愛を満たしつつ、また他者視点要求に沿う個性的自分演出しだしたこと偶発的に生まれもの、というのが本当のところなのだろう。当時は自分じゃそうも思っていなかったが。

俺にも非はある。だが、孤独で愛に飢え、知識に乏しく、心身に問題があり、精神の未熟な人間自分たちのために利用して持ち上げれば、大体そんなことにもなろうというのはあるのではないかそもそも、俺の方は非公開で独り言しているだけだったし、悪いことをしていたというのも正直正確ではない。無論、踏み込まれた上で意識していたから、やはり罪がないのでもないのであるが。しかし俺の方としてもまさか、非公開アカウントの中身が見られたり、それどころかWi-Fi接続していないPCの内容すらも漏洩するとは想定していなかったのである自分がこれまで抱えていた内容を表に出さなかったのは、状況を軽視していたのと、まんざらでもないところが全くなかったわけでもなかったからだが、それだけでなく、怖い気持ちもあったからだ。


では最後に、なぜこの投稿をするかをまとめて以下に記す。


① 人は変わっていかなくてはならないから。

わざと有耶無耶にされつつ動かれている以上、確定的なことは言えんのだが、いつまでも過去の俺の姿に執着し、あるいはかつて見た光景に引きずられているのでは、誰も本当の意味では前には進めない。俺は現状、精神的には誰も頼れないが、それでも先日転機がやってきてから自分の中の何かが変わりだした。俺を許可なく違法に見ている人たちは、いつまでも何も自分を変えずに、俺に縋るようにしながら、自分自分に何か言い聞かせ続けるのか。

俺が変わってほしくないと願うのは勝手だが、かつての傲慢で狂った自分にしても、頭が回って理性的なところがある自分にしても、無職で家に閉じ籠る自分にしても、他者と関わることが怖くて自閉的になる自分にしても、俺は特に価値を感じていないし、逆に絶対にどうしようもないとも思ってない。先日、タイムリミットが到来したことで、どのみちそんな俺は消えるさだめになった。けど、人は急には変われない。それでも、俺は変われないとは思ってない。変われないとどんなに誰かが思ったとしても、俺は変わる努力をやめない。

から最近は本を買い漁り、読んでもいた。そこで得られることは大きかった。自分なんかなんでもないなと思わされた。

また、俺はつい先日までオナ猿だったが、流石に先のことを思うと空想欲情する気にもならなくなり、エロサイト閲覧に使ってたtorを消した。数週間前には中毒起こしてたコンパスもやらなくなった。

俺がどうだったら、他人にとって何であるか。俺は、他人がどうであっても、俺を変えないといけないと思っているのだが**。俺の想定が事実としてあるならば、あまりにも自他境界癒着しすぎている。アドラー心理学では自分他人課題を分離しろと言う。そうでなくては、自分他人健全に成長していけないからだ。

人権侵害を行うほどのものなんか俺にはないし、もし下に見ていていなきゃ気が済まないのであれば、ネット上の人間で満足できていない自分の愚かさを考えるべきで、上、というか尊敬的に見ているのであれば、なおさらやっていることと矛盾している。そんなのはアンダードッグ効果と同じようなものからさっさと捨てるべきだ。人を神扱いすれば、自分人間としての欠如が埋まるとでも思っているのか。

それでも俺の言ってることが理解できない、あるいは理解拒否するなら、特定宗教に入るか、『マインド・コントロール』という本を読むことを勧める。


② 黙っているのでは黙認と一緒だから

これは言うまでもないことだろう。そして具体的にはこう伝える。

「もう俺の情報漏洩させて利用するのはやめてほしい。もし、単なるハッカー犯罪者による好奇的な理由だけでないとすれば、どうしたらそれをやめてくれるか。自分からネット上で暴れもせず、頑張って仕事もしようとしているのに、あと何が足りないのか。

過去のことは本当に申し訳ないと思っている。過去の俺の言動などどれも傲慢さと幼稚さの体現だ。だが、俺も心に余裕がなかったことだけは留意しておいてほしい。」

俺の見ているある無職有名人アンチ掲示板では、よく「ネットをやめないのが悪い」「仕事すればそれで俺たちはアンチやめるのに」と言われている。けど、結局はそんなんでもないのが実情なのだろう。本当はなんでもいいのだ。

それとも、俺が働けば、何かこれまで以上に頑張るようにでもなるか。誰しも欲しているのは、自分を変えなくても自己受容してくれる存在なのだから、俺が変化するほどに、他人にとっては扱いにくくなることを余儀なくされるだろう。


③ 家族のためだか

俺が人権侵害されたことで最も苦心したのは、家族情報も掴まれて利用されていると考えられたことだ。

俺の情報が抜かれているということは、当然家族情報だってそうだろう。

俺は常々考えていた。俺は別に何でシコってるかを知られようが、シコってる姿を盗撮されようが、割とどうでもいいが、もし家族のこともそうだったなら、と思うと、どす暗い気持ちになった。また、プライバシー的な意味だけでなく、あらゆる個人情報に関して悪用される恐れもある。

俺の情報違法に見ている人たちに聞きたいが、自分家族にそのことを言えるのか。

違法行為に加担するような自分の姿を、家族に見せることができるのか。

俺とその周囲だけが被害に遭っているようで、実際には自分家族さえも貶めていることに気づくべきではないか。そしてそれは、俺も黙ったままでは加担しているのと同じことになってしまう。

脳内に隠して無かったことにしていれば、本当にそれでいいのか。


なお、親はどういうわけかはよく知らないが、ユニセフ?や在日団体寄付しているらしい。

俺はともかくとして、そんな善良な人に対してそうした所業をするのがこの世界だというのか。


④ 次の被害者が現れるから

俺は虚弱で不健康生活習慣をしていて健康面では良くないから、ぶっちゃけ早死にすると思う。そしたら次はまた誰かが同じ思いをするのだろうか。そう思うと気が気でない。だから世間が信じようと信じなかろうと、ここに残しておけば、同様の境遇にある人が気づけるかもしれないし、もし人権侵害を続行していると俺が少しでも感じたなら、未だ書いていない内容、もっと本質的な部分を記すことになる。

意見や望みがあるのに、察してくださいなんてガキじゃないんだから、何かあるならたとえ自分リスクがあろうとも、俺を信じて直接俺に伝えるべきである。その関係ができないでいて、何を望んだり、何に惹かれたりするのか。

そこには結局何の信頼関係もなければ敵対関係もない、ただ誰かが悦に入るためにどこまでも自己欺瞞に走る構造があるだけだ。


⑤ 俺が俺である根拠が消え失せるから

もし俺に何かを期待してくれているにしても、バカにしたいにしても、俺の感受性は人並みはずれている

anond:20251202093946

日本中国の反乱の差異については正解だが、後半については賛同しかねるね。

 

強い統制が必要なのは、単に広くて多いから。国民性質は事後的だろう。

2025-12-01

anond:20251201104925

人間個人社会関係相互接続しており、別ではない。 

 

人間個人が変われば、構築される社会関係が変わるし

構築されている社会関係が違えば、形成される人間個人性質は変わる

 

卵と鶏ですらない、ただの同一の存在であって、片方が無かったらとかあったらとか、そういう考察無意味だ。

なるほどな

働かなくてもよくなってからも狂わないような性質の人は、すでにもうずっと無職でのほほんと生きているんだよな

から「あーはよリタイアしてーよー、そんでダラダラすごすんだー」て口癖や脳内思考癖の人は、たぶん一生そういって生きてくんだろうなぁ(いっかいリタイアしても結局また就職してそんなこといってる)

なるほどなー

旦那と週一で仲良ししてるけど、この幸福感はなかなか人に言える性質のものはてなに書く

2025-11-30

anond:20251130133244

観て面白くなければ批判をすればいい。

映画はその性質上、短期間にその批判が集中するというだけ。

批判しろ沈黙しろ、周りをキョロキョロ見回して自分の反応を決めようという奴はダサい

2025-11-29

下品な悪い人間にはこう見えたよという話(私信

differentialです。

この使い方が良くないのは知ってるが、下品バカなので良くない方法も使う。しかたがない…

まぁ、私が悪くて下品バカなのは、誰よりも私が一番よく知っていることなのでしょうがないけれど、私のブコメも悪くて下品な私なりの思いがあってのことなので、それを記します。

大変だろうと思うし頑張ってほしいのは本当

頑張ってほしい、と〆た。

元のnoteの方は、楽に今のハイクラスな社会的立場を得ているように書いているが、当然本人の強い意志努力などがあってのことだと思うので、その強い意志で乗り越えられると思ってそう書いた、まぁこんな場末で描いたところで伝わらないと思うけどね。

意志の強さは、人に努力継続させ成功させやすくする良い要素ではあるが、その良い要素はスイッチの入り方を間違えると思い込みの強さや独善さなどに現れてしまうことがよくある。にんげんだからね。noteでの文章冒頭3/4ぐらいはその思いの強さと思いこみの激しさで突っ走っている。なので、読んだ私は、(あーマイナススイッチ入っちゃった優等生さんなのかなー、大変だよなー頑張れー)と思ったのでそう書いています

子分離ができない人、出来る人

頑張れよとは思うものの、ここから先は自分体験ベースになってしまうが、親子分離ができないタイプの人っぽく見えたので、危ういなとも思ったのだ。子供定型発達か非定型か、ということ以前の話。

「親」を、極めて雑に2つに分類すると、「自分の子供は自分分身である」が前提になっている人と、「自分子供遺伝子は近いが別の個体である」が前提になっている人がいる。

そして親が前者(親子非分離)で、子が気質的に親と異なるタイプ場合結構しんどいことがある。

自分体験なので下品な私ならではの私怨の強い話になってしまうが、私の母は母子分離ができない母だった。

私の母が母子分離できない人、「娘は自分と同じであるはず」が前提に立つ人だった。逆に父は後者で、母のそういう性質を常に心配してくれていたので、私は父や周りの大人たちの助けもあってまぁ思春期過ぎたら辛くはなくなったんですが、それまでは自分はとにかく「お母さんと違うから私はダメな子なんだなー」とずっと思っていた。

例えばこういう感じ。

(誇れるほど運動神経良くはないが悪くはなかったし、子供の頃も野山を駆け回りたいタイプだったのにピアノを習わされたりしていた。いやピアノも楽しかったけどさ)

(不真面目だし、下品だし笑、しっかりはしていない。父や母の妹にも「あの子はそういうタイプじゃないでしょう?」と言われても聞く耳がない)

(残念ながら下品なだけあって奥手じゃなかったし、結婚した後も働いているし、とてもとても残念だけど子供は出来なかった)

  • 私の娘なのに、授業をさぼったり不真面目で。なのに成績だけは良くてあなたはどう扱ったらいいかからないわ…

(これを言われたころは高校生生活指導がほぼ無い緩い学校だったので授業さぼりペナルティ特にない。進路どうするという話で、頑張れば行けるかもしれない大学を言ったらこう言われた。がんばって家から通える学費も安い国立大に行こうと言ってるのになーと悲しい気持ちになった。悲しいしなんか腹立ったからすごく勉強して大学は無事受かった楽しかったので結果的にはよかった。

母は、一事が万事、娘が、自分想像する人生(母と同じ人生)を歩いていないと良いにしろ悪いにしろアラートが鳴るようで、想定内Good News(学年で50番台の成績だった)には喜び、想定外Good News(学年で3番になった)にはどう喜んでいいのか・・・という顔になる。学年で一桁順位の成績取ってお母さんにドン引きされたのは、今では笑い話だが当時は自己肯定感ゴリゴリ削られたもんだ。

結婚したい相手を紹介した時も不服そうだったし(夫はまだ大学院生だったので)私が結婚後も仕事を続けるのも不服そう。子供が出来ないけど積極的不妊治療は多分しないよと言った時は娘の私よりも傷ついた顔をしていた(母がとにかくしつこく「子どもはどうするの?」と聞いてきたので答えた)。

母は「私の娘は、私と同じように、学校ではあまり目立たないけど真面目で適齢期になったら見合い結婚して夫と婿に働いてもらって孫が出来たら毎日娘と孫と一緒に過ごせるわ」と思っていたらしく、それを叶えてくれなかった娘である私に、死ぬ間際までこんなことを言っていた。彼女死ぬ間際まで、娘がどういう性格で、どういう風に幸福でいるのか、どういう風に幸福になりたいと思っているのかを、想像することがなかったんだと思う。

noteの人が私の母と同じとは思わないが、あの人が想像する「ありえた子供未来」が親と同じルートばかりだったのが、私の琴線に触れたのだと思う。

だって定型発達だったとしたって、あの人が何度も検索したような「親と同じ人生を歩める」とは全然限らないし、「親と同じ人生が歩みたいか」どうかも分からない。

母は、私が30代ぐらいまでは「あなた幸せになってもらいたいから言ってるのよ」と小言を言っていたが、私に子が出来ないと分かったあたりからあなたは私を幸せにしてくれない」と言うようになった。こちらも大人になって受け流せるようになってはいたが。それと私が何らかの傷がつかないかということは別で、大人になってもまだ自分が母の考える「愛する娘の幸せ人生」に、時にからめとられてしまうことに苦しんでいたんですよね。

母は老いて口が緩まっていたのだろうとも思うが、例えばnoteの人が、仕事やら子供療育やら日常やらに挟まって疲弊した時に、私の母のように反転する可能性があるかもしれないじゃん。

母が死んで、私は泣いたけれどそれ以上に「これで解放されるなぁ」と思った。今でもたまに苦しくなるが「もう死んでいるんだから」と思って落ち着いたりしている。

ということを言いたかったわけです。

再三言っているように私はたいして質の良くない人間自覚はあるが、そういう人間内面にこういうものが入っていることを、私と同じぐらいには直截なあなたにお伝えしたかったのでした。親が自分固定観念を崩そうともがいているあいだ、子供はずっと自尊心を傷つけられ続ける。

邪悪な私は、noteの人のお子さんがどういうタイプ自閉症状なのかが分からないが、周囲の感覚に鈍い方向であれば幸いかもなぁ…と思う程度には、「私と同じ人生幸せ人生」を当たり前に信じる母に自尊心を削られ続けてきたのです。

あなたコメにも★がたくさんついているが、わたしにもそれなりに多くの★が付いている。その程度には、こういうタイプの親がいて子供はそれに削られることがある、ということを、上品あなたにも知ってほしいと思いました。

anond:20251129000145

意外と一般ピーポーの方が厄介オタク性質持ってるよなw

オタク自分が納得いく答えに咀嚼するし(それが二次創作欲に繋がるわけだが)。

2025-11-27

読書というのは、時間がかかるものだと思ってないか。月に1冊、年に12冊。それが当たり前だと思ってないか。違うんだよ。全然違う。

俺も、そうだった。毎月1冊、年に12冊。それが限界だと思ってた。時間がない、疲れてる、どの本を読んだらいいかからない。そんな理由をつけて、読書から遠ざかってた。だけど、ある時気付いたんだ。「あ、俺、本当は本が好きなんだ」ってことに。それが全てを変えた。

最初にやったことは、「完読の呪い」を解くことだ。俺たちは「本を読む」ということに対して「最後まで読み切らなければならない」という呪いをかけてる。つまらない本でも、最後まで読まなきゃいけない。そう思ってる。違うんだよ。本というのは、つまらなかったら、途中で止めてもいい。実は、これが読書量を飛躍的に増やす最初ステップだ。なぜなら、つまらない本に時間を費やさなくなるから。その時間を、面白い本に使えるようになるからだ。

次にやったことは、「多読する本」と「精読する本」を分けることだ。全ての本を丁寧に読む必要はない。速く読める本もあれば、じっくり読むべき本もある。その違いを認識することが大事なんだ。たとえば、エンタメ小説とか自己啓発本とか、そういう本は速く読んでいい。ただし、詩集とか古典とか、そういう本はじっくり読まなきゃいけない。その本の性質に応じて、読み方を変える。そうすると、月の読書量は劇的に増える。

そして、これが最も重要だ。「スマホ時間読書時間に変える」ことだ。お前は毎日、どのくらいスマホを触ってる。3時間?5時間10時間?その時間の一部を読書に充てるんだ。通勤時間に本を読む。トイレ時間に本を読む。食事時間に本を読む。寝る前に本を読む。その時間をかき集めると、毎日1時間、2時間読書時間が作られるんだ。1日2時間読書すれば、月に60時間。年に720時間だ。これは、月に10冊、年に100冊を確実に読める時間だ。

それからな。「図書館を最大限に活用する」ことだ。本を全部買う必要はない。図書館で借りれば、無料だ。そして、「つまらなかったら返却する」ことも容易だ。これが読書ハードルを物凄く下げるんだ。なぜなら、「買ったか最後まで読まなきゃ」という心理が消えるからだ。図書館で借りた本なら、途中で止めても罪悪感がない。その自由さが、読書量を増やすんだ。

次は、「本の選び方を工夫する」ことだ。本屋に行って、ランキングのやつだけ買う。それじゃ駄目だ。自分がどんな本が好きなのか。自分がどんなジャンルに興味があるのか。それを知ることが大事だ。そして、その興味に従って本を選ぶんだ。つまらない本に時間を費やさなくなるから読書量は増える。さらに、「本の紹介記事」とか「読書ブログ」とか、そういったものを参考にして、本を選ぶのも良い。他の人が「面白い」と言ってる本は、確率として面白い可能性が高いんだ。

そして、これも大事だ。「速読する技術を身につける」ことだ。俺たちは、学校で「ゆっくり、丁寧に読むこと」を教わった。だけど、全ての本がそう読む必要があるわけじゃない。たとえば、エンタメ小説なら、ストーリーを追うだけでいい。細かい表現に拘る必要はない。そうすると、読むスピードは上がるんだ。実は、「速く読む」ことができると、読書量は3倍、4倍に増える。

ここからが本当に大事だ。「読書記録をつける」ことだ。月に何冊読んだか。年に何冊読んだか。それを記録するんだ。すると、面白いことが起きる。「あ、今月10冊読んだ。来月は12冊読もう」とか、「去年は50冊だった。今年は100冊目指そう」とか、そういう目標が生まれるんだ。その目標が、読書量を増やすモチベーションになるんだ。

そして、「本の感想を誰かと共有する」ことも重要だ。友達と本について話す。SNS感想を書く。読書会に参加する。そういった行為が、読書の喜びを倍増させるんだ。また、他の人の感想を読むことで、「あ、その本、読んでみたい」とか、「その本は読まなくていいな」とか、そういう判断ができるようになるんだ。

ここで大事な気付きがある。「読書スポーツのように考えてはいけない」ということだ。「月に何冊読む」「年に何冊読む」というのは、目標ではあるが、それ自体目的ではない。大事なのは、その本から何かを得ること。その本で感動すること。その本で学ぶこと。それが、読書本質なんだ。だから、「とにかく速く読む」「とにかく多く読む」というのは、読書本質から遠ざかってる。大事なのは「どの本を読むか」「その本から何を得るか」ということなんだ。

から、俺が実行したことをまとめると、「つまらない本は途中で止める」「多読と精読を分ける」「スマホ時間読書に変える」「図書館活用する」「自分の興味に従って本を選ぶ」「速読技術を身につける」「読書記録をつける」「感想を共有する」。これら全てが、相乗効果を生み出すんだ。

1年間、これを実行したら、俺の読書本数は月に10冊、年に120冊を越えた。3桁だ。最初の月は5冊。2ヶ月目は8冊。3ヶ月目は10冊。そして、4ヶ月目以降は毎月10冊以上を読むようになった。最高で月に15冊読んだ月もある。

だけど、大事なのは「冊数」じゃない。那些本から何を得たか。その本で人生が変わったか。そういうことなんだ。実は、100冊読む中で、本当に「人生が変わった」と言える本は、5冊か10冊くらいなもんだ。でも、その5冊、10冊に出会うためには、100冊読む必要があるんだ。つまり、「量をこなすことで、質に出会う」という逆説的なことが起きるんだ。

から、覚えておけ。読書というのは、時間がかかるものじゃない。工夫次第で、誰もが年に100冊以上読むことができるんだ。スマホ時間読書に変える。つまらない本は止める。自分の興味に従う。図書館活用する。この4つだけでも、読書量は倍増するんだ。

そして、最後に。読書というのは、孤独行為じゃない。本を通じて、過去の著者と対話することだ。本を通じて、今の読者と対話することだ。その対話の中で、人間は成長するんだ。だから、「たくさん本を読む」というのは、「たくさんの人と対話する」ということなんだ。その対話を増やすことで、お前の人生は、もっとかになるんだ。

それが、俺が1年間で3桁の読書本数に到達した、本当の理由だ。

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