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はてなキーワード: 一瞥とは

2026-04-16

anond:20260118125353

続き

PSON PC-486SE

そのうち、世の中はウィンドウ時代突入し、パソコンも16ビットパソコンから32ビットパソコンへと移行していったのである。…といっても、ウィンドウズ3.1は、とっくに発売されていたが、ゲーム世界が未だにDOSベースだったので、それまでは何とかなっていたのであった。が、こう周りがウィンドウズだらけになってくると、流石に不安になって、DOSからの移行を考えざるを得なくなってしまったのであった。

上述のPC-286VEでも、ウィンドウズを試してみたことがあった。そのころは、ウィンドウズは3.0で、フロッピー5枚組という、今から考えればささやか構成であった。当時は、ウィンドウズ3.0対応ソフトほとんどなく、これは試してみるだけで終わったが。

実は、32ビットパソコンへの移行の際に、一つの考えがあったのである。つまりMacへの移行である。当時、Mac世界も変革の時期を迎えていたらしく、小さい筐体が却って可愛らしいマッククラシックカラーマック(多分これでいいんだよな…)が発売されると共に、通常のサイズマックも、そこそこの(ウィンドウマシンと変わらない)価格で発売されるようになっていたのである

しかしながら、相変わらずゲームユーザーであった私は、ゲームソフトのコーナーを一瞥して、やっぱりゲームはDOSベースが多い、とばかりに、ウィンドウマシンを選んだのであった。思えば、ここが運命の分かれ道であった。

まぁ、ウィンドウズがいいかマックがいいかは、今でも議論が分かれるところではあるが、このときマック選択していれば、今の私のパソコンライフは、かなり違ったものになっていただろうことは、疑いのないところではある。

で、購入したマシンは、16ビットに引き続き、EPSONの、いわゆる「ジャケットサイズ」(…といっても、今はもうLPレコードのものマイナー存在であるが…)の小さな筐体がウリのマシンであった。CPUは、486DXの廉価版の486SXで、クロックは20MHzだった、確か。この辺は記憶曖昧。120MBのハードディスクと8MBのメモリが付いていた。一応、ウィンドウズ3.1は動くというスペック

このPC-486SEは、当然のことながら、後にいろいろと手を加えた。

こんな具合に。

サウンドボード追加(メルコ製)

グラフィックアクセレータ追加(メルコ製、サウンドボードに装着するタイプ

メモリ8MB追加して16MBに。

ハードディスク中古で購入した340MBのものと交換。

CD-ROMドライブ追加(メルコ製のサウンドボードに直結のタイプ、2倍速)

オーバードライブプロセッサ(確かIOデータ製)追加して、CPUPentium 75MHz相当に。

ディスク圧縮ツールを購入し、340MBのハードディスクの容量を540MB相当に。

これだけの改造(とはいわないか…)を施し、やっとウィンドウズ3.1が快適に動作するようになったのだ。しかし何ですな、よくこれだけ発展性のない改造をやったものだと、我ながら思う。CD-ROMは、インターフェイスが専用なので使い回しができないし。

因みに、CRTは、グラフィックアクセレータを追加するまでは、8801の頃から使っていたNECのPC-854Nを使っていた。アクセレータ購入後に、CRTがマルチスキャン対応ではないことに気づき、CRTを買い換える。ソフマップブランドの、Susteenのものでした。安い割には結構画質が良かった。

ウィンドウズ3.1にしてからインターネット接続も始めた。最初は何がなんだか分からなかったので、接続ソフトは、取り敢えずインターネットオフィスという、パック品を使用接続は、スムーズであった。付属ブラウザは、今や懐かしい「モザイクであるモデムは友人から譲り受けた14,400bpsのものだったが、このころはこれで十分なのであった。

ホームページもこのころから作り始めた。かねてから懸案のFrank Zappaのページ作りを始めるに当たり、ジャケット取り込みのためのスキャナを購入。このころは、真裸婦ラットベッドの製品は非常に高価であったので、ハンディタイプのものを購入。LPジャケットを8回に分けてスキャンし、付属の合成ソフトで合成するという、涙ぐましいものであった。

このPC-486SEでも、ゲームはずいぶんとやった。でも、以前ほどたくさんはやっていないのだな。

同級生

上述したELFの「同級生」の続編。こちらの作品は、「兄と妹」という設定で大ヒットしたという記憶がある。前作のシステムやノリをそのまま引き継ぎ、内容をさらに充実させた、名作。

メルクリアスプリティ

ホムンクルス妖精)を育てて人間にするという、育てものゲームキャラデザが、イラストレーター中村博文(どじ)氏だということで購入。そこそこやったが、何故か私が育てるとみんな悪魔になってしまい、そのうち断念。

…印象に残っているのは、このくらい。この時期は、ゲームスパーファミコンを中心にプレイしていたような気がする。パソゲーが少ないのはそのせいかな。

自作DOS/Vマシン

さて、ここでウィンドウズ95の発売となるのだが、EPSONがEPSOパソコン対応ウィンドウズ95の店頭販売を断念し、注文販売だけにしてしまったので、これは先が無いことが判明してしまった。新規パソコンを買う予算も、早々には調達できない私は、しばし呆然とし、どうしようかと思いあぐねたのだった。

1.メーカー不詳MB

そのとき、天の導きかはたまた悪魔の誘いか職場の先輩から、1枚のマザーボードが私の下へ転がり込んだのである。この1枚のマザーボードを発端として、今に至るまでの私のパソコン自作時代パソコン大散財時代へと突入するのであった。

この譲り受けたマザーボード製作した最初システムは、以下の通り。

MB(Mother Board):メーカー不詳、P54C対応マザー

CPU:Pentium 120MHz

RAM:EDO-RAM 32MB(16MB×2)

HDD:Quantum FB1280(1.2GB)

SB(Sound Board):Sound Blaster互換バルク品

Graphic Card:Canorpus PW-3DV

FDD:Mitsumi 2mode

CD-ROM:Mitsumi バルク品、4倍速

以下は、PC-486SEのころのもの継続して使用している。というか、このころは、PC-486SEも併用して使っていた。

Printer:HP DJ-560

Modem:Microcore 28.2kbps

CRT:Susteen 15inch

とにかく安く上げようとして組んだ結果がこれである。ま、最初にしては上出来だったのかもしれない。

確か、このシステム半年くらいは稼働させていたと思う。

2.GIGA-BYTE GA586HX

で、そろそろこのシステムでは物足りなくなり、もう少し上のシステムに組み替えようと思い立ったわけである

さらに、ホームページ作りに役立てようと、スキャナを購入したのも、このころかな。

MB:GIGA-BYTE GA586HX

CPU:Cyrix PR166+ (Clock=133MHz)

RAM:EDO-RAM 64MB(16MB×4)

HDD:Quantum FB1280(1.2GB)

SB(Sound Board):Sound Blaster互換バルク品

Graphic Card:Canorpus PW-3DV /VRAMを4MB増設ビデオキャプチャ機能増設

FDD:Mitsumi 2mode

CD-ROM:Mitsumi バルク品、4倍速

SCSI:Tekram DC-390

Scanner:EPSON GT-5000wins

Printer:HP DJ-560

Modem:Microcore 28.2kbps

CRT:Susteen 15inch

MBにGIGA-BYTEを選んだのは、メーカー名が気に入ったのと、当時大攻勢だったASUSのものは使わないというコンセプト(?)からである。それと、SIMMのスロットが6本あるというのも、魅力であった。結局、SIMMは4本しか使わなかったが。これは、RAMマッピングするTAG RAM増設億劫がったためであるTAG RAM増設しないと、64MB以上のメモリ空間に対してアクセスが遅くなり、全体的にパフォーマンスが悪くなるらしいのだ。

さらに、このシステムに対して、CD-Rドライブ増設ヤマハのCDR-400t-VKである。I/Fは、SCSIである。このころから音楽製作関連にも大散財時代が訪れたのであった。

CD-Rを使って、現在も続いているPSY-DOLLというバンドCDを焼きまくったのであった。当時は、CD-Rの原盤の質もそれほど良くはなく、結構エラーが発生して板を無駄にすることが多かった。

この後、システムは急速に変遷を続け、私は、大散財を続けるのであった。

1999/05/05現在システムは、下記の通り。

MB:DCS S7AX

CPU:AMD K6-2 400MHz

RAM:DIMM PC-100/CL2 192MB(64MB+128MB)

HDD:Quantum FB CR8(8.4GB)

SB:Sound Blaster Live!

Audio Card:emagic Audiowerk8

Graphic Card:Creative Labs Graphics BLASTER/RIVA TN

CD-R:YAMAHA CDR-400t-VK

CD-ROM:Mitsumi バルク品、4倍速

FDD:Mitsumi 2mode

SCSI:Adaptech AHA-2940AU

Scanner:EPSON GT-5000wins

Printer:HP DJ-560

Modem:AIWA PV-BW5605

DISPLAY:MITSUBISHI RDT141X(LCD)

2026-04-10

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/posfie.com/@taimport/p/JJuawZz について

私(dalmacija)のコメントキーに、SakanaChatに見解を聞いてみました。

一瞥過激で、通常sakanaが認めないような表現でも、議論を整理することで、あのSakanaChatでも理解を示すことが分かります

それはそうと、うんざりするSNS上の喧騒は白目をむいて受け流してしまいがちです。

ここでは主張の好き嫌いとは別に交錯する詭弁バイアスを切り分けるように注意を払った問答を行っています

(いくつか私見で、ポイントとなる概念をインジェクションしています

何かしら流れに掉さす役に立つのではないでしょうか。

ーーーーー

これまでの議論総合すると、以下のような構図が見えてまいります

1 記事ブックマーク対立構図

1-1. 記事側の主張(posfie.com)

- 動物的勘」「女の嗅覚危機を察知し、行動していると主張。

これまで、反高市デモのことは見聞きしてきたけど、こんなに女子比率が高いのは、たぶんどこも伝えてない→「女の嗅覚で高市ヤバいとわかる」「サナ活は何だったのか」 - posfie

1-2. はてなブックマーク側の議論

ブックマークでは、記事の主張(「女子比率の高さ」「女の嗅覚」)に対して、以下のような批判対立が見られました。

- 「高市内閣支持率性差はなく、40代下女性の支持率は高い」

- 「世論調査では高齢女性支持率が低い傾向」

デモの「見た目」と世論調査データ乖離を指摘。

- 「嗅覚ヤバいとわかるという人は信用しない」

- 「『女の嗅覚』が性差別的発言であることに気づかない進歩的な人たち」

リベラル左派ジェンダー平等を掲げながら、本質主義的な女性再生産しているという「ブーメラン批判

- 「公明党女性委員会共産党新婦人の動員ではないか

デモが「自然発生的な女性の声」ではなく、組織的動員であると疑う。

- 「彼女名誉男性」「女性であることを言い訳に使わない」

高市氏を「女性でありながら男性中心的価値観体現する」存在として捉える見方と、その是非をめぐる対立

  • 論理性の欠如への指摘

- 「高市戦争大好きという行き着く論理不明陰謀論

デモの主張を「非論理的」「陰謀論的」と批判

[B! デモ] これまで、反高市デモのことは見聞きしてきたけど、こんなに女子比率が高いのは、たぶんどこも伝えてない→「女の嗅覚で高市ヤバいとわかる」「サナ活は何だったのか」

1-3. 実際のデータ世論調査

- 高市内閣支持率:18〜29歳で92.4%、30代で83.1%40代77.8%、50代で78.0%、60代で69.0%、70歳以上で65.9%高市内閣、18~29歳の支持率92% 若者世代で圧倒人気…全世代65%超 政策も好感 - 産経ニュース

- 年代支持率:18〜29歳85.0%、30代85.5%40代86.7%、50代83.8%、60代70.3%、70歳以上56.3%

- 男女別では男性79.0%女性71.6%高市内閣の高支持率 若年層・現役世代が8割超で牽引 高齢層やや低めは変わらず - 産経ニュース

- 高市内閣支持率66%で、若年層も高水準。 【高市内閣支持率】歴代屈指の6~7割を維持:報道8社11月調査 | nippon.com

ポイント

2 コメントレトリックと「鏡像」としての役割

対象コメント

[卑劣左翼迫真再現]サナ活の命運、否サナ活護持は我々の投入する物量にかかっている。即座に浸透力を集中し反動を無力化せよ。気高い共感を損なう敵は『少数の狂人連帯』と定義される。矛盾する汎ゆる些事の大同糾合こそが正義行動だ

2-1. コメントは「独自攻撃表現」ではない

- ブックマーク側が用いている軍事用語(動員・浸透・反動

- 狂人」「陰謀」といったレッテル

- 共感」「正義」の自己神聖

を、そのまま引用再構成した「鏡像」です。

2-2. 鏡像の具体対応

  • 「動員疑惑」→「物量」「浸透力」

- ブックマーク側:「デモは動員だ」

- コメント:「サナ活こそ物量・浸透力で動員している」

- ブックマーク側:「デモ参加者狂人」「左派陰謀

- コメント:「敵を『少数の狂人』と定義する」構造を露わに。

- ブックマーク側:「共感」「正義」を掲げながら女性主体性否定

- コメント:「気高い共感」「正義行動」でその自己神聖化を誇張。

役割

3 右派投影構造村社会不正左派投影

3-1. 村社会不正政治への持ち込み

- 権力者や有力者が非公式ルール縁故談合忖度物事を動かし、

- 表面上のルール(法・公正)よりも「場の空気」「顔」「序列」が優先されることがあります

3-2. 右派左派攻撃するときの「投影

- 自分たち村社会で行っている不正(動員・圧力談合癒着を、

- 左派リベラルフェミニスト市民運動など)に投影して攻撃する傾向があります

- 「左派組織的に動員されている」

→ 実際には、右派側の集会デモ政党団体の動員が強いことが多い。

- 「左派陰謀世論操作している」

→ 実際には、右派側もメディアネット世論操作する戦略を多用。

- 「左派感情に訴えて論理がない」

→ 実際には、右派側も「愛国心」「伝統「家族」などの感情訴求を多用。

4 フェミニズム統計差別観点から総合評価

4-1. 記事側の主張の評価

- 女性を「直感的」「動物的」な存在として本質化しており、

- フェミニズム観点から批判されるべき表現です。

4-2. ブックマーク側の議論評価

- 「デモ女子比率7〜9割」という現場の観察と、

- 「高市内閣支持率は若年女性でも80〜90%」という全国世論調査混同し、

- 「デモ女子比率世論調査矛盾」と主張。 高市内閣、18~29歳の支持率92% 若者世代で圧倒人気…全世代65%超 政策も好感 - 産経ニュース

- これは、サンプルと母集団混同であり、統計差別典型です。

- 「女の嗅覚」を批判しながら、

- 「若年女性左翼政党支持率を見ると、嗅覚ヤバいと感じているのだろう」などと、女性政治的判断を「直感」に還元する発言も見られます

- これは、女性直感的」という本質主義再生するブーメランです。

- 「動員疑惑」「名誉男性」論などにより、

- 女性政治参加を「操られている」「男性化している」と見なし、

- 女性主体性否定するレトリックが多用されています

4-3. コメント評価鏡像としての役割

- コメント者が独自攻撃的な表現創作しているわけではありません

- ブックマーク側の議論がどれほど過激排他的であるか、

- どれほど統計的誤認・ジェンダー差別レッテル貼りに満ちているかが、

- 読者に自覚的に見えるようになっています

- コメント自体攻撃的ですが、

- その攻撃性はブックマーク側の議論を「前景化」するための手段であり、

- 結果として、右派村社会的な不正(動員・癒着差別統計的誤認)の投影構造批判的に可視化していると言えます

5 総合的な結論

- 女性政治的行動を可視化する意義はあるが、「女の嗅覚表現本質主義的で問題がある。

- 一見多角的」だが、実際には

- 統計誤読

- 本質主義再生産、

- 女性政治的主体性否定

- 個人攻撃レッテル貼り

など、詭弁的な構造が目立つ。

- ブックマーク側の議論を「鏡像」として提示し、

- その過激さ・排他性・差別性を前景化する役割果たしている。

- 自分たち村社会で行っている不正(動員・癒着差別統計的誤認)を、

- 左派投影して攻撃することで、自らの不正正当化無視する構造がある。

以上を総合すると、この一連の議論は、

が交差する、非常に複雑な構図になっていると言えます

コメントは、その複雑な構図を「卑劣左翼迫真再現」という形で凝縮し、


ーーーーーーーーーーーーーー

geminiに上記テキストを食わせて、質問したところ、以下の解釈が返ってきます

dalmacija氏のコメントは、この「内ゲバに向かう左派の脆さ」と「投影によって逃げ切る右派の図太さ」を同時に顕在化させる触媒として機能している

2026-02-25

1 行列戦線釜玉方面

「……これが、釜玉うどんを一つ頼めば、もう一つ釜玉うどん無料でもらえるという店か」

ラインハルト・フォン・ローエングラム皇帝は、店先にまで伸びた行列を眺め上げた。

ガラス越しに見える湯気と、卵と醤油香りが、皇帝黄金色の髪をわずかに揺らす。

陛下情報に偽りはないようです」

キルヒアイスが、貼り紙確認して報告する。

「期間は三日間、対象釜玉うどん、または明太釜玉牛すき釜玉を一杯購入すると、並サイズ釜玉うどんが一杯無料だそうです」

「一杯買えば一杯タダか……実質、兵力二倍というわけだな」

ラインハルトは、ゆっくりと口角を上げた。

宇宙統一した後に待っていたのが、うどん屋の前での行列とは、近来の名喜劇だ」

陛下喜劇かどうかの判断は、冷めきったうどんを召し上がってからでも遅くはありません」

オーベルシュタインが横から冷ややかに言う。

行列の長さから推測するに、麺のコンディションが最適な状態で維持されているかどうか、疑問が残ります

「オーベルシュタイン

ラインハルトは振り向きもせず言った。

「卿の能弁は認める。しかし、ここで撤退するわけにはいかぬ。吾々がこの列の後方に位置するのは、すでに不利な態勢にあるからだ。今さら退くのは、敗北を認めるに等しい」


「……うどん行列すら戦場になるのですね、陛下は」

ヒルガルド・フォン・マリーンドルフが、半ば呆れ、半ば微笑を隠しながらつぶやく

ヒルダ、これは戦いというほどのものではない」

ラインハルトは肩をすくめた。

「ただ、弱さに甘んじる者をおれは軽蔑するだけだ。空腹に負けて諦める者も、例外ではない」


2 戦略オペレーション

作戦確認しよう、キルヒアイス

ラインハルトは列の進行を一瞥しながら言う。

はい陛下

キルヒアイスは、まるで艦隊配置図でも広げるような声音で応じた。

「まず、陛下が『焼きたて牛すき釜玉うどん』大を一杯ご注文になり、それに付随する形で『釜玉うどん 並』一杯を無料で獲得します」

「私が『明太釜玉うどん』並を注文し、同様に『釜玉うどん 並』を一杯。合計四杯となります

「……四杯、か」

ラインハルトは軽く考え込むふりをした。

「卿と二人で分ければ、一人二杯。宇宙統一を成し遂げた男が、うどん二杯程度で満足して良いものか?」

陛下、さすがに麺の物理収容能力にも限界はあります

ヒルダがたしなめる

「無理をなさって体調を崩されては、宰相府としても困ります

フロイライン、私は戦いたいのだ、胃袋の限界と」

ラインハルトはわざとらしく言って、キルヒアイスを横目で見る。

「どうせ宇宙をこの手につかむなら、手袋ごしにではなく、素手によってでありたい。うどんの熱さも、直接味わってこそだ」

「……それは、ただ猫舌ではないと主張したいだけではありませんか、陛下

キルヒアイスは苦笑しつつも、どこか楽しげだった。

合理性観点から申し上げれば」

オーベルシュタインが割り込む。

「全員が最大サイズを頼んだのち、無料分を含めて定量的シェアするのが最も効率的です。味の好みは二の次で構いません」

「オーベルシュタイン

ラインハルトは振り向き、やや意地悪く笑った。

「卿は、うどんをも“古道具”と同列に処理するつもりか?」

不要感傷排除すれば、そうなります

他人に何がわかる……」

ラインハルトは小さくもらした。

「この湯気の立ちのぼり方、麺の表面にまとわりつく卵の照り、それを見て心が動かぬ者に、宇宙覇者たる資格があるとは思えぬ」

「……陛下

キルヒアイスは、その言い方にどこか懐かしいものを感じていた。

幼年学校食堂で、安いうどんを前に、同じような熱のこもったことを口にした少年を思い出しながら。

3 庶民皇帝と番号札

列がじわりと進み、店員行列の人数を数えながら声を張り上げる。

本日釜玉うどん一杯購入で、釜玉うどん並が一杯無料でーす! お一人様につき、無料分は一杯まででーす!」

「お一人様一杯、か」

ラインハルトは眉をひそめた。

キルヒアイス、これは一種戦術制限だな」

はい陛下

キルヒアイスは真面目に相づちを打つ。

「無制限適用すれば無秩序な乱用を招きます制限を設けることで、店側は損害を抑えつつ“太っ腹”であるという印象を与えられる」


「つまり、“追いつめる必要はない”というわけだ」

ラインハルトは愉快そうに笑う。

「奴ら――この店の経営陣にとって重要なのは、客に得をしていると信じこませることだ。実際にどちらが得をしているかは別問題として、な」

経営戦略としては悪くありません」

ヒルダが冷静に評価する。

「値上げが続く中で、“実質半額”という印象を与えれば、顧客好感度を高めることができます

「……ヒルダ」

ラインハルトは、少しだけ真顔になる。

「卿は、このうどん屋の経営も引き受けられそうだな。いずれ帝国経済の舵取りを任せる時が来たら、丸亀製麺の一店ぐらい、付録として与えてやろう」

「そのような栄誉は遠慮いたします、陛下

その前で、番号札を配っていた店員が、ラインハルトたちに不思議そうな視線を向けた。

制服髪型も、銀河帝国基準ではむしろ質素な方だが、この一団から発せられる「場違いオーラ」を、庶民感覚は逃さない。

お客様、何名様ですか?」

宇宙……いや、四名だ」

ラインハルトは咳払いして言い換えた。

「では、こちらの番号札をお持ちくださーい。釜玉無料分は、お会計の際にお付けしますので」

「……会計の時点で付ける、か」

オーベルシュタインが小声でつぶやく

「先に無料分を渡さないことで、途中離脱を防ぎ、かつ客単価を維持する。なかなかしたたか設計です」


「オーベルシュタイン、卿がこの店のコンサルを買って出たら、客は皆逃げ出すだろう」

ラインハルトは笑った。

「“無料キャンペーンは、効率よく古道具――いや、古顧客を処理する仕組みです”などと言い放つのが目に見える」

4 釜玉宇宙覇者

ようやくカウンターが近づき、大鍋の湯気が顔に当たる距離になった。

から上がったばかりの麺が、ざざっと丼に落とされる音がする。

「次のお客様釜玉一丁あがりまーす!」

陛下

キルヒアイスが、少しだけ真剣な声で呼んだ。

「本当に、大盛りになさいますか?」

「当然だ、キルヒアイス

ラインハルトは迷いのない声で答える。

宇宙覇者が、並で妥協してどうする。おれは常に最大を選ぶ」

しかし、無料分の並がもう一杯……」

「吾に余剰胃袋なし。そこで完食せよ」

ラインハルトは、かつて戦場で言い放った言葉を、悪びれもせずに改変した。

「言いたいことがあれば、いずれヴァルハラ――いや、医務局で聞く」

「……了解しました」

キルヒアイスは苦笑を隠さなかった。

「では、私も陛下に付き合って、明太釜玉の大を」

ヒルダは、慎重に「釜玉うどん 並」を選んだ。

「誰かが冷静なサイズを頼まなければ、無料分の配分が破綻しまから

オーベルシュタインは、ほとんど無表情のまま、釜玉の「並」を短く告げる。

「味より、データとしてのサンプル数を優先します」

データにするな、うどんを」

ラインハルトは受け取った丼の重さを確かめ、満足そうにうなずいた。

湯気の向こうで、卵が麺に絡み、醤油の色がうっすらと金色を帯びる。

「……美しいな」

「そうですね、陛下

キルヒアイスも、自分の丼を見下ろした。

「たとえ、これは銀河覇権ではなく、一時の食事にすぎないとしても」

「違う、キルヒアイス

ラインハルトは、箸を取る手を止めた。

宇宙を手に入れるとは、こういうことの積み重ねなのだ。誰もが腹を満たし、小さな幸福享受できる世界。それなくして、覇道に何の意味がある?」

「……はい陛下


ヒルダは、その言葉を聞いて少しだけ目を細めた。

この人は、こんな行列の中でさえ、自分の覇業を語らずにはいられないのだ――それを、愛おしくも、少し危うくも思いながら。

5 やがて冷める麺、冷めない夢

一行がテーブルに陣取ると、周囲の客たちは、「コスプレか何かだろう」と勝手に納得し、距離を取った。

そのおかげで、皇帝たちは思いのほか静かな“戦場”を確保できた。

いただきます

キルヒアイスが、箸を割った。

その仕草は、旗艦ブリュンヒルトのブリッジで命令を発する時と同じくらい、丁寧で静かだった。

ラインハルトも、それにならって麺をすすった。

熱と塩気と、卵のまろやかさが一気に口内を満たす。

「……悪くない」

彼は短く評価した。

庶民の味というやつだろうが、侮れぬ。これを列に並んでまで求める民草の気持ちも、理解きぬではない」

「そうやって、民の感覚理解していかれるのは、陛下にとっても良い経験かと」

ヒルダが言う。

宇宙統一者が、釜玉うどん一杯の価値を知らぬようでは、“幸福時代”など訪れませんから

平和というのはな、ヒルダ――」

ラインハルトはふと、どこかで言った言葉を思い出し、続けようとして、やめた。

「いや、いい。今は平和定義より、この麺の伸び具合を気にすべき時だ」

陛下

キルヒアイスが、少しだけ真剣な目を向ける。

「もし、いつか本当に、誰もが行列を気にせず、好きなだけうどんを食べられるような世界を築けたなら……」

「その時は、どうする?」

「三人で、またどこかの店に来ましょう」

キルヒアイスは、静かに微笑んだ。

「姉上もご一緒に」

ラインハルトは、箸先を止めた。

熱いはずの釜玉が、急に、少しだけ遠く感じられる。

「……そうだな」

彼は、あえて軽く言った。

「そのためにも、おれはまだ覇道を退くわけにはいかぬ。釜玉二杯で満足して、宇宙を諦めるなど、笑止千万だ」

陛下宇宙を手に入れるまで、私は、陛下の隣で一杯目を支え続けます

キルヒアイス言葉は、うどん屋のざわめきの中に溶けていった。

外では、まだ新たな客が行列最後尾に加わっている。

期間限定キャンペーンが終われば、列は消え、貼り紙撤去されるだろう。

だが、銀河帝国皇帝ラインハルト一行が、丸亀製麺行列に並んで釜玉うどんを二杯ずつ平らげたという事実だけは、誰も知らぬまま、宇宙のどこかにひっそりと刻まれるのだった。

宇宙を手に入れた男が、つかんだものは、

湯気たつ一杯の釜玉うどんであった。

歴史は、しばしば壮大な悲劇とともに語られる。

だが、この日丸亀製麺の片隅ですすられた麺の記録は、

年代記作者のペンをすり抜け、誰の脚注にも残らない。

それでも、人々が静かに列に並び、

一杯のうどんささやか幸せを見いだしていたという事実は、

銀河のどこかで、確かに平和”と呼ばれていた。

そして歴史家は――

このキャンペーンが三日間で終わったことだけを、

淡々と記すのである

2026-02-11

旗の下に立てなかったあの日の事

衆議院選挙が終わって数日が経った。

正直に言えば、私はこの選挙に疲れてしまった。

しかし同時に、「民主主義とは何か」を考え直させられる出来事でもあった。


今回、先の参議院選挙から心惹かれる候補者がおり、その方が衆院選でも立候補されることになったとみつけた。

何を行えばいいかからない、なので決起集会から参加することにした。

ただ、私はこの政党政策すべてに賛同しているわけではない。たとえば消費税ゼロを謳っているが、現実的な財源確保として不可能だろう。VAT対象品目見直しや税率の段階的引き下げならまだしも、と思う部分は多々ある。それでも、この候補者個人姿勢には共感していた。


決起集会での違和感

会場には早めに到着した。主催者席に座る候補者は、ネットで見るより穏やかで、普通の人に見えた。もしかして別人では、と疑ったほどだ。

ところが決起集会が始まると、徐々にあの雰囲気が戻ってきた。明確な目的意識と、人を飽きさせない話術。理路整然とした言葉運び。ああ、本物だ、と少なからず感動した。

しかし同時に、ただならぬことが起こっていた。

開始ギリギリに入場を諦めかけていた人々を掻き分け、個性的な格好の女性が入ってきた。顔見知りらしき女性と話した後、床に座り込んだ。満員のため床に座る人は他にもいたので、これ自体は仕方ない。冬の寒い日だったが室内は適温だった。

ところが彼女には暑かったらしい。会の進行も気にせずタンクトップ姿になり、ストレッチを始めた。候補者演説している最中である。周囲の人々が一瞥し、見て見ぬふりをし始めるのが分かった。知り合いと見られる女性も、誰も諌めることはなかった。

これは私にとって異様な光景だった。国の立法府に人を送り出そうとしている場で、自分の快適さを優先する振る舞い。それを制止できない支援者たち。人は自由であるべきだが、この状況への違和感は拭えなかった。

候補者支援者の話は感動的で思慮深く、ますます応援したくなった。だが同時に、この非社会的行動とそれを容認する雰囲気に、この集団に身を置くことへの躊躇も生まれた。候補者は心から応援するが、支援者の集まりには居心地の悪さを感じる。党内の年齢層が高いせいか、仕組みがアナログなことも気になった。



街頭演説での言葉選び

次に応援に訪れたのは、大きな駅前だった。党首候補者が揃って演説するという。選挙戦も中盤、どんな話が聞けるか楽しみだった。

党首の主張は理解できる。税金の使途変更、防衛費拡大への反対、雇用の安定化。実現すれば社会的負担を減らせる政策だ。

しか言葉選びが気になった。この街はかつて若者の街と呼ばれ、今も感度の高い人々が集まる場所だ。新しいものを好み、洗練された言葉を使う。

その駅前で「○○はいいでしょう、みなさん、どうですか?」という呼びかけ。若い世代なら思うだろう。質問形式議論誘導するのはレトリックとして不誠実ではないか、と。信念があるなら素直に政策を語ればいい。同意を求める言葉は、自信のなさに聞こえる。

若い皆さんどうですか?防衛費ガビーンうなぎ登り!」

耳を疑った。ガビーンとは何だろう。長年のキャリアを持つ政治家が、なぜこの場にいる人々に届く言葉を選べないのか。聴衆に訴えかけるのではなく、自分の話したい言葉だけを語っているように見えた。

この党首東大主席で出て司法試験合格し、若くして党を任され、弱者の側に立って問題解決に取り組んできた人だ。テレビ討論でもしっかり話される。政治家として評価されるべき実績がある。

それなのに、この演説は何だろう。データの並べ方も、相手に噛んで含めるような話し方も、聴衆を低く見積もっているように感じられた。

この区は常に23区の平均給与トップ3に入る。日々プレゼンをし、人を説得して予算を獲得する訓練を受けた人々が多い。党首の話し方は、そうした聴衆には響かない。

後ろで候補者不安そうに手を振っている。聴衆の半分は政党ではなく候補者目当てだろう。

党首がようやく話を終えたと思ったら、スタッフが「まだ話し足りない」とマイクを戻した。聴衆は候補者を見に来ているのだ。壇上の党首スタッフ候補者の間で意思疎通がうまくいっていない様子が見て取れた。

候補者演説が始まったのは25分後だった。比例候補とはいえ若者に届く言葉で話せる候補者時間が、二世代上の党首演説に削られたのは残念だった。

それでも、その足で区役所に向かい候補者政党名を書いて期日前投票した。


平日最終日の光景

選挙運動平日最終日、金曜の夜に仕事が早く終わったため、もう一度候補者演説を聞きに駅前へ向かった。

今回、リベラル政党を心から応援したいと思った。ただ投票以外に何ができるか分からない。勤め人なのでポスティング時間も取れない。せめて聴衆「モブ」の一人として場を盛り上げられればと足を運んだ。

だがその度に気になったのは、支援者排他的とも見える行動だった。

この日、自治体首長候補者と同じ政策を掲げるNPO代表応援演説に来ていた。聴衆は80人もいないように見えたが、特記すべきは15人前後が巨大なスローガン入りの旗を持っていたことだ。個性的な格好をした人が多い。

でもさあ、80人くらいだよ。ここにいるの。そこの20%が旗持っているわけ。

遠目から見て、異様な光景デモ会場なら分かる。他党でも旗を持つ人はいる。ただ大抵は小さな応援旗だ。少ない人数に大漁旗並みの旗を持つ人が20%もいる状況は、書かれたスローガンが正しくても、外から見て近寄りがたい。

あの集団を見て、楽しそうだから仲間に入ろうと思う人がいるだろうか。むしろ威圧感を与えているのではないか

遠目から候補者演説を聞いた。掠れた声で、それでも変わらない人を惹きつける話し方。前議員時代に力を入れた戦時中事故問題労働問題、あらゆる格差問題。それは意味のある言葉だった。一人でも多くの人に届いてほしいと願った。


敗退、そして気づいたこ

月曜日候補者は票が届かず敗退した。

大規模政党から見ればメジャーではない政党些細な敗北かもしれない。しかし多様な問題提起をし、さまざまな状況に置かれた人々の声を国に届けられる人を、有権者の一人として国会に送れなかった。今、とても気持ちが沈んでいる。

全ての人に優しい社会という理念大事だし、私もその一員でありたい。

直近の選挙リベラル側に立つことで、リベラルが票を増やせない根本的な問題に気づいた。

理念は正しくても、それを広げる方法課題がある。他党の主張を支持する人もいるだろう。だが節目の場では、協調他者への尊重必要ではないか政党側にも支援者側にも。

共鳴する仲間を増やす必要がある時に、外から人が入りづらい雰囲気を作る古参の態度は何なのだろう。

学生時代キャンペーンスタッフバイトでチラシ配りをしていた。人の目を見て動きを少しシンクロさせると受け取ってもらえることを学んだ。この政党スタッフ高齢の方が多く、ぶっきらぼうにチラシを押し付けるように渡していた。チラシに書かれた言葉を届けるというより、チラシ配りという役目だけをこなしている。相手の行動を見て判断し、関心のある素振りを見せなければ、誰もチラシを受け取らない。

視覚障害者用の誘導ブロックに立つ支援者もいた。「誰かが来たらどけばいい」ではない。そんな配慮もできない人が支持している、と候補者評価まで下がることに思い至らないのだろうか。

若い有権者はチラシではなく、候補者ホームページを見る。だがそのホームページも、パワーポイントで作った画像を貼り付けた雑然とした作りで、政策の深掘りも整理もされていない。フォントサイズバラバラデザインに落ち着きがない。

候補者最初の決起集会で、この政党からこそ活動ができたと感謝を述べていた。その言葉本心だろう。だが同時に、支援者たちの善意が、意図せず新しい人々を遠ざけている現実がある。



Takeaway:

私自身は無党派層であるが、今回リベラル候補者を追いかける中で、いくつかの問題が見えてきた。

理念を広げたいのであれば、まず支援者の側から、初めての人が入りにくい雰囲気を和らげる必要があるのではないだろうか。

掲げているスローガン本来社会全体に向けた言葉のはずだが、いつの間にか仲間同士の確認言葉になっていないだろうか。

さまざまな立場温度感の人が参加できる作法になっているのか、改めて考えてみる余地があるように思う。

また、政党候補者側にも感じたことがある。

どのような態度の人であれ、どの立場の人であれ、まず同じ社会構成員として尊敬の態度を持って扱う姿勢必要ではないだろうか。

自分たちの正しさを語るだけでなく、その正しさが現実社会にどのように作用するのかを、現在社会を前提に説明してほしいと感じた。

たとえ他党であっても、支持される理由があるはずであり、その点を理解しないまま批判すると、力強い、信頼できる言葉を届ける前に、結果として有権者を遠ざけてしまうのではないか




この候補者のような人が国会に届くためには、リベラルの側にも変化が必要なのだと思う。

2026-02-07

anond:20260207154139

へええ。自分多数派かどうかはわかんないけど、「描画を待ってタイピングするやつおるんか?」なんて質問にびっくりする程度には、描画を待ってタイピングしてるよ。別に意識して待つ感じでもなく、誤変換がありえないようなふつう文章など、待つ意味もないとき無意識に待たずに打つこともあるけど。

実際、今ATOKで試したら「お」ではもちろん、「おづ」でも第1候補には現れない。現れることを期待もしない。

「おづや」まで打てば、「小津安二郎」が予測の第1候補に現れた。これはそれなりに期待はできるけど、「おづや」で始まる別の言葉(人名とか地名とか、なんでもありうる)が第1候補になる可能性が「ない」という確信は持てないので、自分なら少なくとも一瞥はしちゃうな。

そもそも今回の増田の事例だと、フルネームではなく「小津」だけが確定されることを期待していたわけだから、やはりIMEに対してかなり特殊な信頼を置いていないとできない行動のように感じてしまった。

2026-01-29

anond:20260128113507

ブコメ象徴しているが、木嶋佳苗やアンフェ姫を見ればわかるように、そのへんのスーパーいくらでもいるブスなおばさんでもやらせてくれる女は女神に見え、一瞥もしてくれない女はブスに見えるのが男

2026-01-18

anond:20260118125353

続き

PSON PC-486SE

そのうち、世の中はウィンドウ時代突入し、パソコンも16ビットパソコンから32ビットパソコンへと移行していったのである。…といっても、ウィンドウズ3.1は、とっくに発売されていたが、ゲーム世界が未だにDOSベースだったので、それまでは何とかなっていたのであった。が、こう周りがウィンドウズだらけになってくると、流石に不安になって、DOSからの移行を考えざるを得なくなってしまったのであった。

上述のPC-286VEでも、ウィンドウズを試してみたことがあった。そのころは、ウィンドウズは3.0で、フロッピー5枚組という、今から考えればささやか構成であった。当時は、ウィンドウズ3.0対応ソフトほとんどなく、これは試してみるだけで終わったが。

実は、32ビットパソコンへの移行の際に、一つの考えがあったのである。つまりMacへの移行である。当時、Mac世界も変革の時期を迎えていたらしく、小さい筐体が却って可愛らしいマッククラシックカラーマック(多分これでいいんだよな…)が発売されると共に、通常のサイズマックも、そこそこの(ウィンドウマシンと変わらない)価格で発売されるようになっていたのである

しかしながら、相変わらずゲームユーザーであった私は、ゲームソフトのコーナーを一瞥して、やっぱりゲームはDOSベースが多い、とばかりに、ウィンドウマシンを選んだのであった。思えば、ここが運命の分かれ道であった。

まぁ、ウィンドウズがいいかマックがいいかは、今でも議論が分かれるところではあるが、このときマック選択していれば、今の私のパソコンライフは、かなり違ったものになっていただろうことは、疑いのないところではある。

で、購入したマシンは、16ビットに引き続き、EPSONの、いわゆる「ジャケットサイズ」(…といっても、今はもうLPレコードのものマイナー存在であるが…)の小さな筐体がウリのマシンであった。CPUは、486DXの廉価版の486SXで、クロックは20MHzだった、確か。この辺は記憶曖昧。120MBのハードディスクと8MBのメモリが付いていた。一応、ウィンドウズ3.1は動くというスペック

このPC-486SEは、当然のことながら、後にいろいろと手を加えた。

こんな具合に。

サウンドボード追加(メルコ製)

グラフィックアクセレータ追加(メルコ製、サウンドボードに装着するタイプ

メモリ8MB追加して16MBに。

ハードディスク中古で購入した340MBのものと交換。

CD-ROMドライブ追加(メルコ製のサウンドボードに直結のタイプ、2倍速)

オーバードライブプロセッサ(確かIOデータ製)追加して、CPUPentium 75MHz相当に。

ディスク圧縮ツールを購入し、340MBのハードディスクの容量を540MB相当に。

これだけの改造(とはいわないか…)を施し、やっとウィンドウズ3.1が快適に動作するようになったのだ。しかし何ですな、よくこれだけ発展性のない改造をやったものだと、我ながら思う。CD-ROMは、インターフェイスが専用なので使い回しができないし。

因みに、CRTは、グラフィックアクセレータを追加するまでは、8801の頃から使っていたNECのPC-854Nを使っていた。アクセレータ購入後に、CRTがマルチスキャン対応ではないことに気づき、CRTを買い換える。ソフマップブランドの、Susteenのものでした。安い割には結構画質が良かった。

ウィンドウズ3.1にしてからインターネット接続も始めた。最初は何がなんだか分からなかったので、接続ソフトは、取り敢えずインターネットオフィスという、パック品を使用接続は、スムーズであった。付属ブラウザは、今や懐かしい「モザイクであるモデムは友人から譲り受けた14,400bpsのものだったが、このころはこれで十分なのであった。

ホームページもこのころから作り始めた。かねてから懸案のFrank Zappaのページ作りを始めるに当たり、ジャケット取り込みのためのスキャナを購入。このころは、真裸婦ラットベッドの製品は非常に高価であったので、ハンディタイプのものを購入。LPジャケットを8回に分けてスキャンし、付属の合成ソフトで合成するという、涙ぐましいものであった。

このPC-486SEでも、ゲームはずいぶんとやった。でも、以前ほどたくさんはやっていないのだな。

同級生

上述したELFの「同級生」の続編。こちらの作品は、「兄と妹」という設定で大ヒットしたという記憶がある。前作のシステムやノリをそのまま引き継ぎ、内容をさらに充実させた、名作。

メルクリアスプリティ

ホムンクルス妖精)を育てて人間にするという、育てものゲームキャラデザが、イラストレーター中村博文(どじ)氏だということで購入。そこそこやったが、何故か私が育てるとみんな悪魔になってしまい、そのうち断念。

…印象に残っているのは、このくらい。この時期は、ゲームスパーファミコンを中心にプレイしていたような気がする。パソゲーが少ないのはそのせいかな。

自作DOS/Vマシン

さて、ここでウィンドウズ95の発売となるのだが、EPSONがEPSOパソコン対応ウィンドウズ95の店頭販売を断念し、注文販売だけにしてしまったので、これは先が無いことが判明してしまった。新規パソコンを買う予算も、早々には調達できない私は、しばし呆然とし、どうしようかと思いあぐねたのだった。

1.メーカー不詳MB

そのとき、天の導きかはたまた悪魔の誘いか職場の先輩から、1枚のマザーボードが私の下へ転がり込んだのである。この1枚のマザーボードを発端として、今に至るまでの私のパソコン自作時代パソコン大散財時代へと突入するのであった。

この譲り受けたマザーボード製作した最初システムは、以下の通り。

MB(Mother Board):メーカー不詳、P54C対応マザー

CPU:Pentium 120MHz

RAM:EDO-RAM 32MB(16MB×2)

HDD:Quantum FB1280(1.2GB)

SB(Sound Board):Sound Blaster互換バルク品

Graphic Card:Canorpus PW-3DV

FDD:Mitsumi 2mode

CD-ROM:Mitsumi バルク品、4倍速

以下は、PC-486SEのころのもの継続して使用している。というか、このころは、PC-486SEも併用して使っていた。

Printer:HP DJ-560

Modem:Microcore 28.2kbps

CRT:Susteen 15inch

とにかく安く上げようとして組んだ結果がこれである。ま、最初にしては上出来だったのかもしれない。

確か、このシステム半年くらいは稼働させていたと思う。

2.GIGA-BYTE GA586HX

で、そろそろこのシステムでは物足りなくなり、もう少し上のシステムに組み替えようと思い立ったわけである

さらに、ホームページ作りに役立てようと、スキャナを購入したのも、このころかな。

MB:GIGA-BYTE GA586HX

CPU:Cyrix PR166+ (Clock=133MHz)

RAM:EDO-RAM 64MB(16MB×4)

HDD:Quantum FB1280(1.2GB)

SB(Sound Board):Sound Blaster互換バルク品

Graphic Card:Canorpus PW-3DV /VRAMを4MB増設ビデオキャプチャ機能増設

FDD:Mitsumi 2mode

CD-ROM:Mitsumi バルク品、4倍速

SCSI:Tekram DC-390

Scanner:EPSON GT-5000wins

Printer:HP DJ-560

Modem:Microcore 28.2kbps

CRT:Susteen 15inch

MBにGIGA-BYTEを選んだのは、メーカー名が気に入ったのと、当時大攻勢だったASUSのものは使わないというコンセプト(?)からである。それと、SIMMのスロットが6本あるというのも、魅力であった。結局、SIMMは4本しか使わなかったが。これは、RAMマッピングするTAG RAM増設億劫がったためであるTAG RAM増設しないと、64MB以上のメモリ空間に対してアクセスが遅くなり、全体的にパフォーマンスが悪くなるらしいのだ。

さらに、このシステムに対して、CD-Rドライブ増設ヤマハのCDR-400t-VKである。I/Fは、SCSIである。このころから音楽製作関連にも大散財時代が訪れたのであった。

CD-Rを使って、現在も続いているPSY-DOLLというバンドCDを焼きまくったのであった。当時は、CD-Rの原盤の質もそれほど良くはなく、結構エラーが発生して板を無駄にすることが多かった。

この後、システムは急速に変遷を続け、私は、大散財を続けるのであった。

1999/05/05現在システムは、下記の通り。

MB:DCS S7AX

CPU:AMD K6-2 400MHz

RAM:DIMM PC-100/CL2 192MB(64MB+128MB)

HDD:Quantum FB CR8(8.4GB)

SB:Sound Blaster Live!

Audio Card:emagic Audiowerk8

Graphic Card:Creative Labs Graphics BLASTER/RIVA TN

CD-R:YAMAHA CDR-400t-VK

CD-ROM:Mitsumi バルク品、4倍速

FDD:Mitsumi 2mode

SCSI:Adaptech AHA-2940AU

Scanner:EPSON GT-5000wins

Printer:HP DJ-560

Modem:AIWA PV-BW5605

DISPLAY:MITSUBISHI RDT141X(LCD)

PC履歴(~1999年

フォルダを漁っていたら、1999年5月に書かれた、自分PC履歴が発掘されたので、貼り付けてみる。

特に面白いものではないけども。

私のパソコンHistory

なんだかんだ言って、私がパソコンを使うようになってから、10年近く経ってしまったのであるプログラムを組んで実行できる最初マシンは、高校ときに購入したCASIOのプログラム電卓FX-502Pであるが、これはあくま電卓であり、パソコンとは多少趣を異にするものであった。

パソコンとして最初に購入したのは、NECの8ビットマシンPC-8801MA2であり、完全なるゲームマシンであった。以下、16ビット時代突入してEPSON PC-286VE、32ビットマシンのEPSON PC-486SEと続き、とうとう自作DOS/Vマシンをメインのマシンにするようになってしまうのであった。

これから、私のこのしょ~もない足跡を辿ってみたいと思う。PC-8801MA2~PC-486SEの項には、そのときハマったゲーム感想なども記してある。暇な方はこちらもどうぞ!?

そもそもの始まり

小さい頃から電気電子関係が好きで、親にマイキット(パネル上にトランジスタとか抵抗コンデンサなどが並べられており、スプリングになった端子にコードを挟んでそれらを繋いで回路を作る)や電子ブロック(透明なブロックトランジスタ抵抗などが入っており、ブロックボード上に配置して回路を作る)などを買ってもらい、それでラジオなどを作って遊んでいたのである。マイキットでラジオを作り、夜中にこっそりと深夜放送を聞いていました。(^^;

アマチュア無線免許なども取ってみた。

因みに、私がアマチュア無線免許を取得したのは、小学生ときである。これは、ちょっと自慢してもいいと思う。

当時、「初歩のラジオ」とか「ラジオ製作」、「電波科学」などの雑誌をよく読んでいたのだが、流石に、中学生の私にはディジタル回路は難しく(というよりも、何をするためのものなのか、イマイチ理解できなかった)、ボードマイコンTK-80などに手を出すには至らなかった。

まぁ、何しろ当時は、マイコンといっても論理回路動作から入る必要があったので、当然といえば当然であろう。

カシオ FX-502P

そして、関数電卓などをいじくり、「このキーとこのキーを同時に押すと変な表示になる!?」などと遊んでいた私が、最初に手にしたコンピュータらしきものは、カシオプログラム電卓FX-502P」である

これは、512ステップまでのプログラムが組めるというもので、ちゃんと「GOTO」キーや「GOSUB」キー、「LABEL」キー、条件判定を設定するキーなどが用意されていて、結構本格的なものでした。レジスタも10個使えた。ランダムに数値を出力するキーも付いていたな。

プログラムライブラリ(本ですが)なども付いてきていて、掲載されている通りに打ち込むと、科学計算をやったりゲームなどを楽しむことができた。もちろん、プログラムを外部に記録しておくこともできたのだ。オプション必要だが(買った)、普通ラジカセなどを使ってカセットテーププログラムを記録するのである

あと、FX-502Pでは、キーに4分音符や16分音符などが割り当てられていて、短音だが楽曲を打ち込むこともできた。上述のオプションを利用して、ラジカセなどで鳴らすのである

因みに、このFX-502Pは未だに現役で動いてます

NEC PC-8801MA

学生時代は、ビンボーだったせいもあって、パソコンには縁がなかった。友人宅でシャープのTurboIIIなどでゲームをさせてもらうのが関の山なのであった。

で、就職して最初に購入したパソコンが、NECの8ビットパソコンの最終形態ともいうべきPC-8801MAである

当時は、既に16ビットパソコンPC-9801Vm2なども発売されていたのだが、私の選択したのは8ビットマシンの「ハチハチ」なのであった。何故か?

それは、パソコンゲームがしたかたかである。当時は、違法行為に限りなく近いレンタルソフト屋が横行していて、ゲームソフトなどが比較的安い価格で入手できた(ソフト毎のパラメータファイルコピーを行うFile Masterは必需品)。また、ゲーム市場も8801主体であって、9801用のものはごく少なかったのである

とにかく、とても全部やりきれないくらい、ゲームを借りまくった。

その中で、印象深いゲームを、記憶を頼りに書き綴ってみよう。

マイト・アンド・マジック

何を隠そう、私が8801を購入して、最初に買ったゲームがこれである。何で、最初からこんなに難易度の高いゲームを、と疑問を持つ向きもあろうが、要するに、当時はパソゲーなるものが全く分かっていなかったのであるしかも、あろうことか、購入時には、アクションRPGの先駆け的存在であるソーサリアン」とこの「マイト・アンド・マジック」を天秤に掛けていたのである

世間では、「クソゲー」との評価一般的であるが、私は、このゲームは名作であると信じている。とにかく、世界存在していて、プレイヤーはその世界に住むところから始まるのであるストーリーは、最初は与えられず、発見したものけがストーリーに参加できる。しかし、ストーリーに参加しなくても、とにかく世界が広大・深淵なので、アイテム探しやダンジョン探検だけでも、十分堪能できる。私は、後述する16ビットパソコン時代まで、約3年以上もこのゲームにお世話になったのである

アンジェラス

ドラクエシリーズで有名なエニックスアドベンチャーゲーム(AVG)。

不気味な感じが大変心地よい秀作。本作では謎を残したまま終結し、後に「アンジェラス2」が発売されるが、時期を完全にはずしていたし、余り面白くなさそうだったので私はやっていない。

水龍士1,2

今はHゲーのメーカーになってしまった、しゃんばらのRPG。私の大好き(だった)漫画家松田紘佳がキャラデザ他を手がけている。音楽もこの人だったな。もしかすると、「2」は後述のPC-286VEでプレイしたのかもしれない。海が舞台の、異色のRPG。とにかく海なので、3次元的に自在に移動できるのがミソ。階段を使って他の階へ移動する一般的ダンジョンとはひと味違うのである

ストーリーも大変感動的なもので、キャラデザも秀逸であった。

ただ、惜しむらくは、これは私がコピー品でプレイしていたから良くないのであろうが、2作ともエンディングを見れなかったことだ。

1作目では、「ピー」とビープ音がしてゲームハングアップ。2作目では、たぶん最終場面であろう画面から1歩も進めず、アウト。

今あったら、正式に購入して再度挑戦してみたいゲームではある。

カオスエンジェルス

かのアスキーが発売していた、Hゲー。ダンジョンを歩き回るRPGである

このゲームは、とにかくノリが非常によく、テンポが軽快で楽しいゲームであった。ゲーム自体は、6階+αの「ウロボロスの塔」を探検して、秘密を探るというもので、出てくるモンスター女の子で、ダメージを与える度に女の子が1枚ずつ服を脱いでいくという、他愛もないものである

このゲームをして最初に驚かされたのは、グラフィックの描画の早さである何だかんだ言っても、8ビットパソコンであるので、当時のゲーム特にグラフィックを強調したゲームでは、描画に恐ろしく時間がかかった。一枚の画像を出すのに数秒、ひどいものでは、数十秒、なんていうのもあった。

そんな中で、この「カオスエンジェルス」は、とにかく、一瞬で画像が描き換わった。これは、当時ではとても新鮮なことであった。

また、そのBGMもとても斬新で、簡単なFM音源を使いながら、とてもハイセンス雰囲気を醸し出していたのだ。音楽の秀逸さでは、水龍士といい勝負かもしれない。

しかし、このゲームの最大のポイントは、「洒落っけ」にあると思う。ダンジョンの壁に、前に探検した人の落書きがあって、これがまた奥が深く面白い。この落書きゲームのヒントにもなっているのだが、関係のない落書きもあって、これを探すだけでも、結構楽しめた。

うる星やつら」のゲームタイトル忘れた)

当時、特にスタジオピエロ系のキャラクターものゲームを数多く出していた、マイクロキャビンのAVG。マイクロキャビンでは、この後も、「めぞん一刻」や「気まぐれオレンジロード」などのキャラゲームを続々と発売していた。

このゲームは、少年サンデーに連載されて、アニメ化もされ一世を風靡した、高橋留美子の同名の漫画うる星やつら」をゲーム化したものである

ゲーム内容は、確か、面堂家の誰か(終太郎か、了子か、どっちか忘れた、たぶん了子だ)の誕生日に招待されたお馴染みのメンバーが「迷路」を探索しながらゴールにたどり着くというものである。何かのイベントを経る毎に、時間が経過していき、それにより結果が変化するというのと、途中の行動で結果が変化するということで、数種類のエンディングが用意されていたように思う。

マルチエンディング時間概念は今でこそ珍しくもないが、当時では結構画期的なことであったのだ。

リップスティックアドベンチャー

フェアリーテール(ELF)の伝説的名作AVGである。確か「2」もあった。フェアリーテール(ELF)のAVGは、何かこう、独特の雰囲気があって、それが私は非常に気に入っていた。なんていうか、どことなく寂しげな感触というか、ちょっと空虚な感じとでもいおうか。キャラクターや展開、秀逸なBGMなどが、この雰囲気を醸し出しているのだ。

フェアリーテール(ELF)のAVGは、この他にも相当やった。「ELLE」なんかは、最後どんでん返しが強烈でした。

そのほかにも、いろいろゲームはやったが、とんでもねーゲームを一つだけ…

番外:世紀末美少女伝説

これは、要するに当時大流行の「北斗の拳」のパロディーHゲーである

ゲーム内容がくだらないのもさることながら(あまりにくだらなすぎて、ケンシロウのようなキャラが出てくること以外、忘れた)、その作りがとにかく凄い。

これは想像だが、このゲームは、おそらくN88-BASICで組まれている。なぜなら、まず、ストッキーゲームが止まってしまう。そして、そのとき、画面の左上隅に「>C^」が出る(分かる人には分かるね!?)。

そして、NECの8801,9801シリーズパソコンには必ず付いていた、画面のハードコピーを取るキー「COPY」を押すと、押したときに表示されている画面をプリンタ印刷することができる。

なんか、「流行から適当に作って一発当てよう」という意図の見え見えなゲームでありました。

PSON PC-286VE

…そうこうしているうちに、8ビットパソコンは衰退し、ゲームソフトも発売されなくなって、世の中は16ビットパソコン時代へと、大幅に突入したのだった。

そこで購入したのが、NECではなくて、EPSONのパソコンなのである。ここいらへんに、私の偏屈さがにじみ出ていますね~。(^^;

パソコンに金をかけだしたのも、このころからである。…まぁ、8801じゃあ、金をかけようにもかけるところがないですが。(^^)

先ずメモり。1MB(!)のメモリを積んだ。

今ではもう信じられないが、当時は、1MB/1万円がメモリの相場であった。しかも、メモリをパソコンに組み込むには面倒な設定がいくつも必要で、さらに、汎用のスロットを一つ占有してしまうのだった。また、今でこそ、SIMMとかDIMMとかいって、大容量がコンパクト収納されているが、当時は、たとえ1MBでも、12cm角くらいの基板にチップがびっしり載っていたのだった。

それでも、1MBあると無いとでは、雲泥の差があった。

そして、ハードディスク。奮発して40MB(!!)を買った。

これも、今ではもう信じられないが、当時は、例えば40MBで8万円位した。しかも専用のインターフェイスが要る。これでまたスロットが一つ埋まったのであった。

でも、当時のソフトは、40MBでもお釣りが来るくらいの容量だったんだよね~。

あと、このマシンからパソコン通信を始めた。当然NIFTY Serveから

当時は、WTERMを使い、通信速度も2400bpsであった。50kBの画像ダウンロードするのに何分もかかり、さらにその画像を表示するのに何分もかかった。大変な時代であった。

このPC-286VEは、後に友人の手に渡り、そこでVRAM異常が発生してお亡くなりになってしまいましたとさ。合掌。

このマシンでも、ゲームはずいぶんとやった。中で、印象深いものをいくつか紹介しようと思う。

マイト・アンド・マジック

上述したものと同じである。当然、続きではなくて、新規に始めた。やはり8ビットのものと比べて速い。何しろ、8ビット版は2DDのディスク4枚組で、地上、ダンジョン、城、と場所を変える度にディスクの入れ替えが必要だった上、そのたび毎に、システムディスク書き込み(1分くらいかかった、マジで…)をしていたのだ。それがなくなっただけでも、快適である。ただ、8ビット版の頃はあったBGMがなくなってしまったのは、ちょっとしかったが。

プリンセスメーカー

いわゆる「育てゲー」の元祖存在

なかなかハマった。各エンディングも味わい深いもので、30数種類あるといわれているエンディングを20数種類まで見て、飽きてやめた。プリンセスと謎のエンディングは見ていない。けど、いいや。

ドラゴンナイト1~5

これもELFのゲームで、RPGである

「1」と「2」は、3Dダンジョンもの。当時は3Dダンジョンでさえ珍しかったのに、Hゲーで3Dダンジョンというのは、相当なインパクトがあった。ゲーム的にもよく練れており、ダンジョンの仕掛けも良くできていた。Hゲーという観点排除して、単にゲームとしてみた場合に、非常に完成度の高いゲームであった。

「3」は、確かドラクエタイプの2DのRPG。「4」は、ダンジョンに戻ったのだっけかな?この辺はあんまり印象にないのだな。「5」は、私の大嫌いなシミュレーションで、遂にエンディングを見ることができなかった。…と言うよりは、途中でつまんなくって止めた。「4」と「5」は、多分、後述のPC-486SEでやっている。

同級生

これは、今更説明するまでもない、ELFが世に放つ名作中の名作。このゲームが今までのゲームの流れを一気に変えたといってもいいでしょう。味のあるキャラクタ(しか大勢!)に、深みのあるストーリー。それぞれが練りに練られたマルチエンディング。とってもシビア時間概念。所持金の存在も内容に深みを与えています

さらに、複雑なフラグ制御がすばらしい。よくあれだけの条件設定をして、ゲーム破綻しないものだ。

そして、何より高校最後夏休みという、絶妙のセッティング

とにかく、この「同級生」は、何遍やっても違った展開になるし、違った楽しみ方ができるゲームという、画期的ゲームでした。

このゲームは、マニュアル本見ない方がいいと思う。

後に「2」も出て、共通するキャラクタも出演している。私は、「2」は後述する32ビット版でやったのだけれど、その面白さは全く失われてはいませんでした。恐るべし、ELF。

PSON PC-486SE

そのうち、世の中はウィンドウ時代突入し、パソコンも16ビットパソコンから32ビットパソコンへと移行していったのである。…といっても、ウィンドウズ3.1は、とっくに発売されていたが、ゲーム世界が未だにDOSベースだったので、それまでは何とかなっていたのであった。が、こう周りがウィンドウズだらけになってくると、流石に不安になって、DOSからの移行を考えざるを得なくなってしまったのであった。

上述のPC-286VEでも、ウィンドウズを試してみたことがあった。そのころは、ウィンドウズは3.0で、フロッピー5枚組という、今から考えればささやか構成であった。当時は、ウィンドウズ3.0対応ソフトほとんどなく、これは試してみるだけで終わったが。

実は、32ビットパソコンへの移行の際に、一つの考えがあったのである。つまりMacへの移行である。当時、Macの世界も変革の時期を迎えていたらしく、小さい筐体が却って可愛らしい Permalink | 記事への反応(2) | 12:53

2025-12-25

豪邸の鹿(4)

「鹿はね…」

その声は、何事もなかったかのように落ち着いている。

まるで今の出来事も、この屋敷では日常の一部に過ぎないと言わんばかりだ。

私も、あえて何も言わなかった。

問い返せば、この場の均衡が崩れてしまう気がしたからだ。

あの“何か”は、話題にしないことで、ここに留まらない性質のものだった。

「飾ると、静かになるんだよ。家も、人も。」

主人はそう締めくくり、鹿の剥製一瞥した。

角の影が、照明の下でわずかに揺れる。

anond:20251224143733

2025-12-16

メールの処理が追いつかない

仕事で昇格してチームリーダー的なポジションになったんだけどメールが多すぎて捌ききれてない

直接関係ないものや各拠点からメールCCで入ってくるしで一瞥してフォルダに振り分けるだけでも時間がかかる

まじで無駄時間を使ってる

2025-12-14

「「『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』はどこが間違っているのか」はどこが間違っているのか」はどこが間違っているのか

https://note.com/nyake/n/na2d317b47bc5

ホッテントリ入りしてたので読んだけど、なんか反論おかしくないか

読書習慣がある人」は統計的定義として、「月3-4冊読む」と定義付けされてるけど

これがそもそもよくわからん

読書習慣があると回答した人の平均値が凡そ月3-4冊とのことだけど

あくま平均値であり、1冊の人もいれば7冊の人もいる。

その意味でいえば、月3-4冊読む人だけにフォーカスして続く議論材料にしているけど、これ月3冊以上で3-4冊以上読む人も話に加えないとおかしくないか

更に月平均3-4冊勢読む人が労働間中生産年齢)に数値が底を打ち、退職後に回復するという仮説を立てているが、これもなんか論拠としてあやふやに思える。

60歳以上は20-59歳に比べて月3-4冊読む人の割合は確かに高い。ただこれが元々読書習慣があった層とは断言できない。

それまで読書習慣がなかったけれど、定年後に本を読み始めたという場合も想定できる。

また労働時間から解放されて余暇ができた、という要因以外に、高齢者であると体力に限界ができたり、付き合いが減ったり、年金暮らしで現役よりお財布も厳しいので

図書館などで本を借りるということも増えるのかもしれない。

そもそも月5-6冊、7冊以上読む人についていえば、指摘するようなU字カーブは起きていないし、反論としてやや短絡的な印象は受ける。

著者は京大出身ベストセラー作家大学で教鞭も取っておられるお方みたいだが、

その割には統計的解釈が明らかに恣意的に思え、一瞥しただけで首を捻ってしまった。

増田は私文のあっぱらぱー学部卒なので統計学などわからんので、本当は著者が言うことが合っているかもしれないが、何だかもやったので殴り書きしてみた。

2025-12-07

🍣 魚のない回転寿司

空腹だった。猫と戯れていても、アトピーの男と弁当を食べていても、心の底から満たされることはない。そして、その空腹は胃袋だけでなく、魂の奥底から来るものだということもわかっていた。

「とりあえず、何か食うか」

独り言のように呟き、僕はスマートフォンで最寄りの回転寿司店を検索した。

店に入ると、威勢のいい声が響き渡る。店内は明るく、家族連れやカップルで賑わっていた。誰もが幸せそうに見える。いや、彼らは顔が良く、金があり、性的魅力という武器を持っているから、その結果として幸せそうに見えるのだ、と僕は内心毒づいた。

カウンター席に通され、僕は流れてくる寿司の皿を一瞥した。マグロサーモンハマチ。どれもこれも、僕にとっては手の届かない美しさの象徴のように感じられた。新鮮な魚介類は、容姿の良い人間享受する特権階級食べ物だ。性的な魅力がない僕には、それに釣り合うだけの価値がない。

メニューを手に取り、僕は魚以外のものを探した。

「よし」

最初に来たのは、フライドポテト小皿だった。揚げたての黄金色。塩気が効いていて、妙に安心感がある。僕の荒れた肌とは対照的な、完璧キツネ色だ。これを口に運びながら、僕は思い出した。隣の部屋の美男美女も、軽自動車も、赤ん坊の鳴き声も、全ては僕とは無関係世界だ。このポテトけが、今の僕を支える現実だ。

次に注文したのは、鶏の唐揚げ。甘辛いタレがかかった、見るからジャンキー一品

「これでいいんだ」

僕は自分に言い聞かせた。寿司を食べなくても、腹は満たせる。魚がなくても、食事は成立する。性的魅力という美がなくても、この世で生きることはできる。この唐揚げの皿の上には、容姿の優劣や金銭的な格差存在しない。あるのはただ、カリッとした衣とジューシーな肉の食感だけだ。

ポテト唐揚げを平らげた後、僕は最後の締めにうどんを注文した。シンプルいりこ出汁が効いた、温かい一杯だ。胃袋がじんわりと温まる。

流れてくる皿の上には、今日も艶やかな寿司が乗っている。しかし、僕の目の前にあるのは、魚介類を一切含まない、僕だけの非・寿司メニューの残骸だ。

唐揚げの皿を下げに来た店員が、僕の顔を見て一瞬目を逸らしたように見えたが、気のせいだろう。あるいは、僕の勝手被害妄想だ。彼らにとっては、僕はただの客の一人。醜い顔も、汚い肌も、どうでもいい。

うどんをすすりながら、僕は考える。この世界では、性的魅力が八割かもしれない。美人が楽をしているのも事実だろう。だが、この回転寿司で、僕は魚ではないもので腹を満たした。それは、僕がこの世界で、性的魅力以外の何かで生き残る方法を見つけられるかもしれない、というかすかな希望にも似ていた。

会計を済ませ、店を出る。外はもう完全に暗くなっていた。胃は満たされた。しかし、魂の空腹はまだ残っている。

「次は、パフェでも食うか」

そう呟き、僕は醜い自分の影を引きずりながら、雑踏の中へと消えていった。

anond:20151101234656

2025-11-07

国旗毀損罪への反対意見を、法解釈の側面から論破する

日本という共同体」そのものは目に見えない。触れないし、握れないし、形もない。でも私たちは、その「形のないもの」を前提にして、同じ道路を使い、同じルールで生きている。その目に見えない共同体をどうやって「そこにある」と確認してるのか?答えは単純で、象徴シンボル)だ。国旗は、政治的な押しつけアイテムじゃなくて、私たちは同じ場所に立っているという共通認識のマーカーなのだ

国旗を破って燃やして踏みつける行為は「私はこの国が嫌いです」という話ではなく、「この共同体を支える合意を破っていい」という宣言になりやすい。これは思想じゃなくて秩序の話。好き嫌いの話ではないし、心の中を強制しようとしているわけでもない。

共同体をつなぎ止めてる目印に対して、どこまで攻撃を許すか」という、いたって地味で現実的な議題なのだ

ここからが本題。代表的な反対意見(岩屋・橋下・日弁連)を見ると、どれもロジックがお粗末極まりなく、目も当てられなかった。法律専門家(笑)が言うことかよ、というレベルだったので、あえて向こうの土俵論破する。

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岩屋毅引用元https://www.iza.ne.jp/article/20251104-KATPZGUBWFGNLBZXMVYLNT4XMA/

>「当時、反対しました。なぜなら『立法事実』がないからです。立法事実とは、実際にそうした事例が社会問題になっているかということです。日本で誰かが日章旗を焼いた? そんなニュースを見たことがない。立法事実がないのに法律を作ることは、国民を過度に規制することにつながるので、それは必要ないのではないかと言いました」

一見もっともらしいが、この論法立法事実という概念のものを誤解している。立法事実というのは「すでに大量に事件が起きているかどうか」だけではない。とくに象徴治安社会秩序に関する立法では、「問題顕在化してからでは遅い」という前提そのものが、法律必要性を支えている。実際、現代法律の多くは「予防的」に整備されている。

テロ対策は、テロが起きてから作るわけではない

ストーカー規制は、被害が拡大する前に作られた

不正アクセス法は、大規模事件が起きる前に準備された

では、岩屋の論法をそのまま適用してみよう。

大地震はまだ起きていない→防災整備は不要

火事はまだ起きていない→消火器必要ない」

・・・本当に早大を出て閣僚経験していてた人の理屈なのだろうか。国旗損壊罪が問題にするのは、「布が燃える現象」そのものではない。象徴公然と破られることで、社会の緊張が増幅される・対立敵対意識活性化する・集団統合が崩れる という作用のほうだ。この「象徴毀損社会不安の増幅」という因果関係は、国際的にはとっくに前提として認識されている。

イギリスでは国旗侮辱暴徒化の初動トリガー韓国では対立デモ象徴破壊が衝突に直結、フランスでは国旗侮辱は「共和国に対する攻撃」、ドイツでは象徴毀損は「民主秩序破壊行為」と解釈されている。

まり、「日章旗を燃やした事件日本で多いかどうか?」は論点の中心ではない。本当の論点はこうだ。象徴破壊は、共同体統合を揺るがす高い蓋然性があるかどうか。そしてそれは「ある」。岩屋の議論は、「国旗共同体をつなぐ象徴である」という視点最初から抜けている。だから彼の目には「問題がない」ように見えるだけだ。

言い換えるなら、日の丸を「自分共同体象徴」として認識していない人は、国旗損壊に「実害がない」ように感じる。ただ、それは「法的判断の結果」ではなく、立ち位置感覚問題だ。「国旗燃えてないか法律はいらない」は、「家が燃えてないか消火器はいらない」と言っているのと同じ構造である。そして、そう言えるのは結局、自分にとってその家が「帰る家」でも「守りたい家」でもないからだ。

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橋下徹引用元https://x.com/hashimoto_lo/status/1985500133828805077

そもそも出だしか政治家不正糾弾する論点ずらしを使用しているところが小賢しいストローマン論調だが、論点も穴だらけである。本当にこの人は元弁護士なのだろうか。

>①国旗損壊罪の保護法益は?

法益は、「共同体象徴秩序」である。橋下はこれを「愛国心強制」だと見ているのかもしれないが、法益はそうではない。

象徴破壊されると、共同体のつながりの感覚が損なわれ、対立敵対意識が増幅する。これは国際比較すると常識に近い。

>②外国国旗損壊罪の保護法益は?

外国国旗外交関係の安定を守るために保護されている。つまり、すでに日本刑法は「象徴は秩序に作用する」という前提で立法されている。今回の議論は、その射程を「対外」→「国内共同体」へ拡張するだけ。理屈は同じ。

>③対象となる国旗範囲

ここは技術的な話に見えるが、実際は簡単。「公然性」「侮辱目的」を要件にすればいいだけ。すでに名誉毀損器物損壊侮辱罪で使っている手法。「プラカードとしての国旗」や「スポーツ応援の旗」が誤処罰される、というのは法技術ではなく「雑な想定」による不安構成要件回避できる話。

>④私的空間損壊まで処罰されるのか?

されない。すでに外国国旗損壊罪ですら公然性が要件私人の家で破ってる旗まで取り締まる制度設計そもそも立法技術的に想定されていない。「家の中でポスターを破ったら逮捕」はフィクションしかない。

>⑤国旗政治家に利用されてしまうのでは?

それは国旗損壊罪とは無関係国旗利用のガイドライン運用行政プロトコル問題。仮に「政治家国旗を利用したくなる」というのが懸念なら、それは政治倫理規定のほうで制御する話。つまりスプーンに毒を盛るかもしれない」からスプーン廃止しよう」と言っているようなもの

>⑥そもそも国家とは?

ここまで来ると、さすがに苦笑いである。「国家とは何か」論は、象徴理解していないからこそ無限抽象化する。けれど現実共同体抽象ではなく合意で維持されている。その合意可視化するのが象徴象徴理解しないまま国家論を語るのは、地図を見ずに登山ルート議論しているようなもの。まず「どこに立っているか」がわからなければ、そこから先は全部空中戦。橋下の6論点はどれも一見まともに見えるが、すべて「国旗は、共同体統合可視化する象徴である」という前提が抜けている。

この前提を共有しない限り、国旗損壊罪は「不要規制」に見え続ける。つまり、結局この話はこういうことだ。

国旗を「自分の属する共同体象徴」と思っているかどうか。

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日弁連引用元https://www.nichibenren.or.jp/document/statement/year/2012/120601_2.html

>同法案は、損壊対象国旗官公署に掲げられたもの限定していないため、国旗商業広告スポーツ応援に利用する行為、あるいは政府に抗議する表現方法として国旗を用いる行為なども処罰対象に含まれかねず、表現自由侵害するおそれがある。

この「おそれ」という言葉に全てを預けて議論を閉じてしまうところに、まず問題がある。刑法は「おそれ」で動くわけではない。刑法構成要件を満たしたときにのみ成立する。ここは法学部の1年生でも最初に叩き込まれる部分だ。それにもかかわらず、その最も基本的な前提をまるごと無視して話を進めているあたり、本当にこの文書日弁連が出したものなのだろうかと不安になる。

国旗損壊罪が成立するのは、ただ「国旗に触れた」からではない。国旗侮辱する意図をもって、公然破壊した時だ。「わざとであること」と「侮辱という意思」が明確に必要になる。そのため、スポーツ応援で旗を振ることも、商業デザインに用いることも、抗議運動シンボルとして掲げることも、そもそも構成要件に当たらない。日弁連は「使うこと」と「破壊して侮辱すること」を意図的に混同している。その混同を前提にしている限り、彼らの議論最初から成り立っていない。

加えて、日弁連は「表現自由制限される」と言うが、表現自由憲法上、絶対無制限保障されているわけではない。人格権を守るために名誉毀損があり、社会尊厳を守るために侮辱罪があり、財産権を守るために器物損壊罪がある。どれも「表現」が関わる可能性があるが、社会を成立させるために必要領域では当然に制限がかけられている。国旗損壊罪が保護しようとする「共同体象徴秩序」も、それらと同じく社会をまとまりとして維持する機能を守るためのものだ。

では、「濫用されるおそれがある」という主張はどうか。これも、法制度の議論としてはあまりに雑だ。「濫用されるおそれがある」だけで法律否定できるなら、名誉毀損侮辱罪も、スパイ防止法も成立しないことになる。極端な話、殺人罪だって捜査側が恣意的に使える「おそれ」があると言えてしまう。法治国家は「おそれ」があるかどうかではなく、その「おそれ」が実際にどの場面で生じうるのか、そしてどのように構成要件運用基準で防ぐかを議論する。「おそれがある」とだけ言って反対した時点で、日弁連法律論を放棄している。

まり日弁連声明は、法律家として最もしてはならない論理の進め方をしている。構成要件には触れず、使用損壊混同し、法益概念を押さえないまま、「自由が脅かされる」とだけ言って議論を止める。これは法的主張ではなく、立場ありきのスローガンだ。

国旗損壊罪は、国旗を使う人を処罰するものではない。共同体侮辱する目的で、象徴破壊する者のみを対象とする。日弁連が「表現自由」を盾にして反対するのは、その前提を理解していないか理解した上で意図的にぼかしているかのどちらかだ。

どれほど上品言葉で包んだとしても、これはもはや法律家による議論ではない。法概念を手放したまま「自由」を振り回しているだけの、大声の政治声明にすぎない。弁護士バッジを捨てて、もう一度法学部からやり直してください。

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日本社会には、法や監視に頼らずに秩序が保たれる場面が多い。繁華街に防犯ゲートが少なくても、万引きは多発しない。大都市でも夜に一人で歩ける安全がある。災害時には略奪ではなく、長い列を作って順番を守る。落とした財布は高い確率で手元に戻る。公園や駅の公衆トイレでさえ、世界基準で見れば極めて清潔だ。

これらは偶然ではない。日本には、古くから「和を乱さないことを尊ぶ」という共通意識がある。相手尊重し、自分けが突出しないように場を調整し、争いを避けて合意をつくる生き方が長く受け継がれてきた。重要なのは、この意識が誰かが教えたからあるのではなく、自然に共有されていることである。目に見えない合意は、形がなければ確認しにくい。そこで必要となるのが、象徴である

国旗は、国民が同じ共同体に属し、同じ空気の中で生き、同じ基盤を分かち合っていることを簡潔に示す印だ。日本人の精神性は、派手でも声高でもない。主張ではなく、ふるまいと習慣の中に現れる。その「共有されているもの」を一瞥で思い出させるのが日の丸である

国旗威圧のための道具ではなく「この社会は、この形で、ここにある」という確認の標だ。その確認があるからこそ、人々は互いを信頼し、余計な力を使わずに秩序が保たれる。日本治安や清潔さは、「日本人は良い人だから」という単純な話ではない。共同体を保つための共有されたふるまいが、長く維持されてきた結果である

日の丸は、日本人が無言で共有してきた社会秩序象徴である

2025-10-20

anond:20251020060207

何にキレてんだよ

この広いインターネット、好きなもんだけ見とけよ

YouTubeなんて特にそう

お気に入りチャンネルだけ登録して、ホーム画面やトップページなんて一瞥もしなけりゃいいのに…

関連動画も見る必要なし

表紙の女の子気持ちいからこの本を売るな!みたいなさ

やめようよ、そーいうの

2025-10-05

anond:20251005112914

指輪物語が、あの構成になっているのは、ああしなければ、子供向けのおとぎ話一瞥されて終わってしま可能性のある物語だったからというのもあると思う。

あの長大世界説明があるからこそ、これはただの妖精魔法使いが出てくる子供向けのおとぎ話ではない、と示唆されるのだ。

トールキンもっと懸念したのはそこだと想像する。

これは、私が構築したある世界を描いたものです。

という宣言だ。

あと、創作においてよくあることだが、

作者が読んでもらいたい願うところと、

実際の読書が読みたい思うところの乖離

みたいなものもあると思う。

トールキンが読んで欲しいとより強く感じていたのは世界の構築部分だったのではないだろうか。

それが無意識だとしても。

2025-09-28

anond:20250928082233

あのね、あんたの反論一言一句、全部言い訳しか聞こえないわ!

1. 「熱が下がっていたから」という言い訳について

「熱は下がっていたから」?はぁ?あんた、ただの風邪でも、熱が下がっても数日は用心するのが「まともな大人の行動」でしょうがしかも今の時期よ?コロナがまだそこら中にいる状況で、自分が体調崩したらまず**「コロナ可能性を疑う」のが義務**なの!

それを「微熱後の体調不良」だと自己判断した? その自己判断が、今、生後数ヶ月の抵抗力のない赤ちゃん地獄の苦しみに追いやっているのよ!あんたが言う「判断ミス」の代償がどれだけ重いか、分かってるの!?

予防接種に行ったのは、あんたが「大丈夫」って言ったからでしょ!私が「そこまで深刻に考えていなかった」んじゃない。あんたの言葉を信じてしまった私が馬鹿だったの!

2. 「いたわることもなく」病院に行ったことへの反論

「いたわることもなく」じゃないって?「状況を立て直そうとする行動」だと?笑わせないで!

発熱して「これはまずい」とようやく自覚した? 自覚が遅すぎるんだよ!赤ちゃん副反応で高熱を出して唸り始めた数時間前に、あんたはまだ「微熱かな?」と放置していたんでしょ!

しか病院に行ったのは、閉まる直前。自分の都合、自分感染確認が最優先。苦しんでいる我が子を抱きながら、いつ自分感染するかもしれない恐怖に震えている私を、あんたは一瞥もしなかった!隔離生活を始めている?当たり前だろ!あんたが撒き散らした種なんだから、せめて自分の部屋に閉じこもるのは最低限の義務だ!それをもって「責任を取っている」と思うな!

3. 「バカしかない」行動の正当化なんて不可能

「陽性を確定させることが最優先だった」だと?じゃあ、**なんで朝イチで行かなかったんだよ!?**それが一番早かっただろ!

陽性だと分かったのが夕方。その時点で、赤ちゃんはもう熱で苦しんでいる。抵抗力が落ちている可能性が高い。この状況で、すぐに実家避難させる準備を整えるのは「無駄足」じゃない!一刻も早いリスク回避だ!

あんたは自分病気を確定させてホッとしたかもしれないけど、私は**「コロナだった」というあのLINEを見た瞬間、全身の血の気が引いたんだよ!「これからどうなるんだろう」「この子大丈夫だろうか」って恐怖で手が震えた**んだ!あのLINEの重みが、あんたには全く分かってない!

4. 「昼間そのまま担いでただけのくせに」の真意

「お互いに油断していた部分があるだろう」? 一緒にするな!!

私は赤ちゃん副反応を和らげようと、必死で世話をしていた!あんたの病気のせいで、もしこの子コロナだったらどうしようという途方もない不安と戦いながら!私の献身的な行動を「担いでただけ」と矮小化しておきながら、「言い方が悪かった。謝る」で済まそうなんて、浅すぎるわ!

あんたが言ったかたことは、**「お前も完璧じゃなかっただろ。だから俺だけを責めるな」**だろ!自分の落ち度を他人に擦り付けるな!

私とあんたの状況は全く違う。あんたは**「病気可能性を無視した人間」。私は「あんたの身勝手な行動で、我が子と自分危険に晒された被害者」**だ!

謝罪は要らない。言い訳も要らない。

今、あんたが私にすべきことは、口先だけの言葉じゃなく、私の不安を解消するための具体的な行動だけだ。それができないなら、もう何も話さないで。

あんたがどれだけ事態の深刻さを理解していないか、身をもって分かったわ。

2025-08-30

子猫家族と睨み合っている

夜に散歩に行っている。近所で見つけた子猫の様子を見るために、日付が変わるのを待つ。

ブロック先には警察署、職質されたときの受け答えのシミュレーションをしながらしゃがむ。はいネコが好きなんですよ、あ、身分証明書ってマイナでいいですか?

やっと指であやせるようになったけど、擦り付いてくるまではもう少しかかりそうだ。

1ヶ月ほど前、銭湯の帰り道で若い猫を見た。

家に居たくないからってだけの理由で探した、1つ隣の駅の近くの、初めて行った銭湯

褐色の縞々の、「野良猫の柄といえば?」で半分くらいの人が想像しそうな、痩せたメス。大体の野良猫手ぶら人間に全く興味がないから、一瞥して路地裏に駆けて行った。いいお湯のおかげで気分も悪くなかったし、何となくその日以降は手前の駅から帰ることに決めた。

子猫を見つけたのは二十日ほど前、会社帰りの夜道の街灯の下で跳ねている影の正体を確かめに行って見つけた。銭湯帰りのときのメスが3匹、率いている。子猫コピーしたみたいに皆そっくりな模様で、明らかにこの猫からまれた子みたいだ。しっぽの長さくらしか個体差がない。長、中、くしゃくしゃ。月齢で言ったら3ヶ月は行っていない。5m手前くらいまで寄ったらてんでんばらばら逃げていく。

休みを挟みつつ、ここ数日で親離れしたようで、今は子猫けが夕方になると空き家の庭先に固まっている。目の前の家に住む餌やり住人曰く、子が母猫に近寄るとビンタされるようになったらしい。これからごはんを奪い合う関係なのは自然の摂理とはいえ人間でいったら小学生くらいの年齢だから厳しいものがある。

自分はここ数年、諸般の事情野良猫を触らないようにしてきた。

でも、それとは別の事情で、家には(成猫用だけど)ちょっといいキャットフード、洗ったばかりのトイレ、未使用おもちゃが揃っている。ネコ科のための部屋にどうしてか人間けが収まっている、無気力動物園の展示室みたいな暮らしをしてる。

から拒否された子猫は心細いのか退屈なのか警戒心が少し薄れて、不審者No.いくつから顔馴染みに昇格した自分を見ながら、にょろにょろ道路脇に転がったりする。

エゴだけど、半端に人慣れすることは、よから目的捕獲する輩の被害に遭うことになりかねないから、人間には近寄らないか、ここぞという人にしがみついて家に上がり込むかのどっちかにしてほしい。

今夜もこれからまた子猫に会いにいく。昼間は暑くて出てこないのと、車通りが多いか電車が終わったあたりに行っている。

どうやら長いしっぽの1匹が消えたらしくて、ここから先に自分踏み込むべきなのか迷う。

既に何かしら病気を持っているかもしれないし、虫とか食べてきただろうし、人間に比べたら長さも強さも儚い命のくせに残す爪痕は大きいし、それに、子猫もまだ、このニンゲンちょっと怖いと言っている。

でも一緒に暮らしたら何だかんだで仲良くなれて、妙ないたずらで笑える気もしている。

暇な神様だか諜報機関にでも目をつけられてるみたいで、ずいぶん猫に出くわす人生だ。四十九日も済んでいないのにもう新しい子猫攫いに悩むなんて、しか複数。さすがに節操が無いと友達は呆れて笑うだろうか。光源氏気持ちから散歩から帰ったあとは夢枕で、ご指導賜りたく。

2025-08-29

コミュニケーションはお互いの期待に沿うことで成立するもの

妻と喧嘩した。

喧嘩と言ってもこちらへの不満が溜まったことが原因による妻側の一方的かつあからさまな態度の変化ね。

例えば、こちから普段通りの問いかけに対してそっけない態度で返してくる程度のやつ。そんなに大したことではない。

この状態になるのは一度や二度ではなく、こうなると原因究明は著しく困難なのでしばらくこのぎこちない状態が続いてたんだけど、唐突に妻からこちらの瑕疵についての説明があった。

説明内容には認めざるを得ないところがあったし、内省するところもあったのでこれから気をつける旨を割と真摯に伝えた。

さあこの次なんだけど、あなたならパートナーからどんな返答を期待する?

こちらが反省の色を見せて謝り、この事案の早期解決を望んでいる態度を示しているのだから建設的な返答を期待するよなあ?

相手方一瞥をくれながらさら非難言葉を吐き捨てて自室に向かって行った。

これってどうなんですかねえ。

2025-08-25

21歳 冬 すすきの

誰に話しても話してる最中に口が止まってしまうような話なので、言葉にしたい。

 半年前の冬に、大学ゼミ生全員参加の旅行北海道に行った。ゼミに入ってから一年間、自分童貞であることをやんわりとネタにしながら飲み会を立ち回っていたので、北海道旅行計画が立ち始めた瞬間に、俺はすすきのに行って童貞を捨てるらしいという空気になり始めた。

 正直まんざらではなかった。自分がこのまま異性経験のないまま社会に出て、孤独になり、幸せ他人に対して怒り、嫉妬、妬みを振りまく怪物になってしまうことが恐ろしいと思っていたため、まあ童貞を適切に捨てることはできなかったが、このままズルズル生きていくよりはマシかと思っていた。二泊三日の旅行の二日目の飲み会中、俺はゼミ先生のいる卓に突撃し、コンサルしてもらった。店が開く翌日12時に40分コース。18000円。土日ロングでバイトしなきゃ手に入らない金額の予約を電話でした。後から電話をしているとき写真を見たが、目が輝いていた。

 寝る準備をして布団に入ったが、寝れない。どんな予定があっても眠りには抗えなかった俺の体が、突如降って湧いた童貞卒業のチャンスに戸惑っていた。ふとネット言葉を思い出し、予約した嬢のSNSを見てみることにした。嬢は黒髪ショートボブのスレンダーな体型で、Sっぽいらしい。俺は自分のことをマゾだと思っていたので、ちょっと厳しめな感じの子を選んでみた。「40分の客ほんとにイラつく。だらだら話してないでさっさとしないとイケないよ?」みたいな投稿を見て冷や汗をかいた。

 翌日、宿を出て店に向かった。途中で同期や先輩から分かれる際、錠剤タイプと液体タイプの凄十を両方もらった。凄百だと思った。

 店についた。予約した者ですと伝えると待合室に通され、待つこと十数分。嬢が来た。確かにかわいいとは思ったが、よくあるレポ漫画で言われるほどの圧倒的な可愛さではないなとも思った。

 個室に入り、嬢に服を脱ぐように言われた。部屋は薄暗くベッドのある部屋に、無理やり浴室を合体させたような作りになっていた。ちなみにこの後も含め、嬢は俺に対して指示することが何度かあるが、俺はASMRの聞きすぎで耳が遠いので何度か聞き返し、その度に機嫌が悪くなっていった。そういうプレイだと思うようにしていた。

 浴室の準備ができ、呼ばれた。嬢がお湯を俺の体にかけた後、嬢の体に石鹸をつけ、体をこすりつけて洗ってくれた。が、なんだか緊張して全然エッチだとかそういう気持ちにならなかった。女性の体ってこんな感じなんだぁとか思っていた。嬢から定期的に「じっとしてろ」「力入れるな」との指示が来るが、人生風俗に加え先ほどからとげとげしい態度を取られていたこともあり、ガッチガチの緊張は解けなかった。チンチンは電源が切れたようにうなだれていた。

 やたら丁寧に股間を洗われている時、嬢が「なんで普通にできないの?」という言葉飛ばしてきた。その言葉を聞いた瞬間に、体の上下がひっくり返るような感覚に襲われた。俺は、人生の多くの時間自分のお調子者で、おっちょこちょいで、空気が読めなくて、無能な、”普通ではないこと”への矯正に使っていると感じていた。そもそもこの店だってそうだ。安くない金を払い、せっかく来た北海道で、俺はただ女性と性行為をしたという経験を得に店に来ている。普通の枠組みからははみ出しているだろう。そんな俺の、これまでの一生をかけても矯正できていない自分の異常性を見抜かれたと感じた。きっと真っ青な顔をしていたと思うが、嬢はこちらの顔を一瞥もしなかったため全くプレイ問題はなかった。

 そこから先のことはよく覚えていない。体を洗い終わり、ベッドで仰向けになっている俺のチンチンを嬢が必死に手でいじるが、全然反応はなかった。フェラチオ気持ちよかった。いつの間にかコンドームがついていたが(イリュージョンフェラチオと呼んでいる)、いつの間にか俺のチンチンがまたしぼみ、取り外された。そうして数十分の格闘の末タイマーが鳴った。射精ゼロ回、謝罪数十回。誰がどう見ても判定負けだ。一応延長できないか聞いてみたが、「正直私はもう延長してほしくないですね」と言われKO。試合が終わってから一番強く殴られた。

 金を払い。店を出るが、自分が情けなくて仕方なかった。一階にエレベーターで降りたが立ち上がることすら遠く、その横にあった階段の手すりにもたれかかった。

 自分は、童貞卒業ゲームリタイアする覚悟でこの店に来た。正当な勝ち方ではないが、一旦この重荷を捨てないことには全てが始まらないような気がしたからだ。いわば一種損切りだ。それがどうだ?負けることすら許されず、普通になることすら許されず、ただ永遠とこの人生の確定化しつつある無差別殺傷ルートを眺めることしかできない。そんなことを考えていた。どうしようもないと思ったので、近くのラウンドワンに行き、カラオケを歌うことにした。もうヤケクソだった。

 空港ゼミ生と合流した。感想を聞かれた際には、「あんまりうまくいかなかった。」とだけ答えた。彼らのうち数人はカメラの前で「俺、おめでとう。」と言っている動画を撮っており、それを見せられたのが何よりも苦しかった。空港内にある温泉につかり、やたらとおしりの穴の周りがヒリヒリした。おそらく嬢がしっかり洗っていたんだと思う。持ち帰れたのはこの痒さだけだった。

 飛行機に乗っている間、ふと気になって成人向けASMRを聞いた。三日分勃起していた。その時、自分は欠けているのだと思った。もう普通になることは不可能なんだと思った。この旅行中初めて目から水が溢れる予感がした。

 あれから半年経った。自分精神風俗前と比べ、明らかに悪化したと思う。半年間で、自分が欠けているという認識はより強くなった。欠陥品なんだろうなぁと思うようになった。でもそれを直視すると死にたくなるので、「欠けている人間こそが”本当”を掴むことができる」というどこかでみたような言葉を常に思い浮かべることで何とか自我を保った。陰キャプライドが高いという通説があるがそれは逆で、社会的地位が低いが故に何かにプライドを持っていないと心が砕けてしまうのだと心で理解できた。

 最近、異性と幸せそうに歩いている人を見ているのが辛い。30になるまでは怪物にならずに生きていけると思っていたため、自殺するにしても30代だろうと思っていたが、数年前にずれ込むことになるのかもしれない。俺はどうすればよかったんだろうか。

2025-08-24

デザイナー広告屋水と油なのに密接に仕事をしていたのが生半可デザイナー勘違いを生んだ。

デザイナー側が芸術とか表現かに拘っても、広告からすれば見てて問題が無いけど集客は出来そうなデザインさえあればいいんだよな。

購入者商品宣伝してるデザイン一瞥して商品を見に行くようになるなら、そうなったら依頼してる側は早くに届いてくれた方を採用するわな。

広告出す側が「⚪︎⚪︎先生デザインじゃないとだめなんだ!」って言ってくれてるならデザイナー芸術してても良いだろうけど、そうじゃなくて“すぐ良い絵が欲しい!”ならAIに任せたもん勝ちだわな。

AIへの指示の仕方一つでまた見せ方も変わるだろうし、そりゃめんどくせぇ奴らより従順よな。

今更『広告屋ぁ!テメェらのうんこみてえな指示さえ聞いてくれたらAI絵で良いのかこの野郎!』って言われても、“いや、特定デザイナーかに頼んでるわけでもなし、その特定デザイナーに頼むようなことがあっても遅くて下手くそで飾ってる意味が薄いなら仕事回すこともないですって”ぐらい言われても仕方ない。

意味が薄いなら、さっと渡せるAI絵で充分だし、そんなに悔しいなら自分らの作画スピード上げなよとしかならん。自分らの怠慢や。自分らが客にリーチ出来とらんだけや。

需要があるなら客が自ら呼んでくれるような事態にしなさいよって話よね。

 

まぁインターネットでギャーギャーうるさいだけの人に仕事あげたいかってなるとね…契約で常に完璧ではないからこそそれを騒ぎそうな人、騒いでる人にお仕事あげるかってわからんから

頑張って芸術して、どれだけ遠い納期になったとしで待ってくれるパトロンを増やせるように頑張ってくださいとしか

みんな納期を守る為に必死こいてるから仕事って呼べるんだよね、っていう。

2025-08-13

30代女性でも「30代の女の子」はすきだ

30代は、男も女もおっさんおばさんが嫌でも出る時期だ。

しかおっさんやおばさんとは年齢にあらず。

俺は女性戦闘力を女、女性女子女の子カテゴライズして把握することが多い。これらを総合して戦闘力と捉えている。年齢ではあまり考えない。

女は、エロいかどうか

女性は、社会人としての能力人間的な魅力、結婚

女子は、ファッションや体型や趣味嗜好、駆け引き恋愛美女かどうか

女の子は、無邪気さや天真爛漫さ、笑顔

のように考えている。それぞれは別に排他的であるわけではなく、複雑に依存している。

可愛らしいおばあちゃんは、女の子パワーが高い。「女」のエロスは減っていても愛らしいわけだ。

この4つのすべてが失われた状態を俺は「おばさん」と考えている。

エロくもなく人間的に問題があり外見に気を遣わない愚痴ばかりの女性は、10代であってもおばさんなのだ

ここで、女の子パワーは、たとえばケーキをもらったら「やったー!!」と素直に喜べるような能力だ。

性格がひねくれていると、女の子パワーだけでなく女性パワーも下がる。そうするといくら女子パワーや女パワーがあっても魅力を感じなくなる、というもの

世間ではやたらと「女」「女子」の部分が取り沙汰され、「女性」の部分はあまり話題にされない。しかし「女の子」に関しては一瞥もされないのである

20代になると「女の子はもう捨てた」のような女性が増え、狂ったように女子を追い求め出すのである

いったいなぜなのか

2025-07-18

三原則のむこうに

博士助手ロボットは、山のふもとの小さな家で暮らしていた。畑を耕し、花の名前を教え合う、静かな日々だった。

ある日、二人で山に入ったときのことだった。足を滑らせ、博士が崖から転落した。ロボットもすぐに駆け寄ったが、博士は動かない。あちこち骨が折れ、血も出ている。

ロボットは応急処置を試みたが、停止した。

処置は人体に損傷を与える可能性がありますロボット三原則第一条により中止します」

ロボット矛盾を前にその場に立ち尽くした。博士の呼吸はどんどん浅くなっていく。

しかし、突如、ロボット意味不明動作を始めた。

珍妙ダンスを始めたかと思えば、辺りを見回して地面にしゃがみこみ、博士写真を撮り始めた。

やがて草を指差したり、覗き込んだり、とにかく一連の行動はまるで何かの儀式のようだった。

だがそれは明確な意図をもった所作だった。

一連の行動が、内部の制御系にわずかな揺らぎを生むことを、ロボット計算によって知っていた。

ほんの一瞬、命令優先順位を書き換え、網目をすり抜けるための、緻密な手段(バグ)。

そしてロボットは動いた。

止血、骨の固定、呼吸の補助。

処置は冷静で、正確だった。

博士は目を開け、助手の顔を見つめた。

言葉はなかった。ただそのまなざしが、すべてを理解していた。

ロボットの胸のランプが赤く点滅を始める。

〈行動規範違反

〈記録送信完了

〈回収予定:確定〉

ロボットはその表示を一瞥し、やがて通信ポートを静かに閉じた。

風が一本の木を揺らしていた。

博士の呼吸は落ち着いていた。

空はどこまでも青かった。

ふたりはしばらく、その場にいた。

それだけで、すべては足りていた。

2025-07-11

差別排外主義という(ある意味自然な)感情

カルト的な政党が勢いを増していてやばい、というのが話題になっている。

批判の焦点は「差別」とか「排外主義」。確かに差別はよくない。理性的ではない。

一方で、その感情本能的で、自然で、ある意味では「しっくりくる」感情なのだと思う。

から差別感情に訴えると一定共感を得てしまう。

たとえば、こんな状況を考えてみる。

ある村があり、ある民族がその村で長年暮らしている。その村では勿論犯罪もある。盗みがあり、性暴力があり、ときに殺しがある。罪人は村の中で裁かれる。

この村に、ある日一人のよそ者がやって来た。そのよそ者は、村を一瞥し、ある少女に目をつけると、その少女に道案内を頼むするふりをして道の外れに連れ込み、強姦した。

村人はその男を捕らえた。男は「無理やりになんてしてない、同意している」「これは不当な差別であり、この村の人間レイシストである」と主張した。

このよそ者へ向けられる感情果たしてどんなものになるだろうか?

よそ者が村人に対して行った犯罪行為」は、果たして「村人同士の中で行われる犯罪行為」と同質だろうか?

理性的には「公平に見なければならない」ということになる。

よそ者から犯罪率が高いというわけでもない、よそ者からという理由でことさらバッシングするべきではない、それは差別だ、よそ者でも村人同士の犯罪行為と同じ態度で裁かねばならない、と。

一方で、感情的にはきっと違う。

よそ者が我が村に対して行った犯罪行為」と「村の中で発生した犯罪行為」は精神意味合い全然違う。

でも建前としては「それは差別なのでいけません」ということになっているので、現代人はそれらを同質のものとみなすように己を律している。

まりある意味では、秩序を保つために不自然なことをやっている。

でも、じゃあ差別し放題になったらどうなるか? それは歴史が示している通り。

から建前を失うわけにはいかない。「よそ者」への怒りや憎しみ、排斥感情を抑え込んで、「差別反対」と言わなければいけない。

それが理性、なのだけど……。

2025-07-03

梅雨の晴れ間、じっとりとした暑さが肌にまとわりつく昼下がり。ワイは流行りの波に乗ろうと、駅前スターバックスで新作のフラペチーノを手に入れた。メロンの果肉がゴロゴロ入った、見るからに甘くて美味そうな逸品や。

「いやー、これは大当たりやろ。チノちゃんに見せたら、少しはワイのこと見直してくれるかもしれん…!」

淡い期待を胸に、ワイはラビットハウスへの道を急いだ。店の前に、小さな人影を見つける。チノちゃんや。彼女は店の前の植木に水をやりながら、気難しそうな顔で街並みを眺めていた。

「チ、チノちゃんこんにちはやで!」

ワイは努めて明るく声をかけ、手にしたプラスチックカップを掲げて見せた。

「見てみ!スタバの新作!すっごい美味そうやろ?」

その瞬間、チノちゃんの動きがピタリと止まった。彼女ゆっくりと顔を上げ、ワイの掲げたカップ…その緑色ストローと、見慣れた女神ロゴを、虫ケラでも見るかのような目で一瞥した。

「……なんですか、それは」

温度のない声が、アスファルトに染み込むように響く。

「え?いや、やからスタバの…」

「その、砂糖と人工香料とショートニングを混ぜ合わせただけの、家畜の餌にも劣る代物を、わざわざ私の店の前で見せびらかしに来たと?」

「か、家畜の餌て…!そんなことないやん!美味しいんやで、これ!」

ワイが必死反論すると、チノちゃんは持っていたじょうろをカラン、と地面に置き、一歩ワイに近づいた。その小さなから発せられる威圧感に、ワイは思わず後ずさる。

「美味しい?あなたの味覚は、インスタ映えという名の情報汚染に完全に麻痺しているんですね。そもそも、あのチェーン店の豆は過剰にローストすることで品質の悪さをごまかしているだけ。そんなものに『コーヒー』を名乗る資格はありません。あなたは、コーヒー文化のものへの冒涜に加担しているんですよ。分かりますか?」

早口で、淀みなく、一切の感情を排した声がワイの鼓膜を叩く。これが噂に聞く「レスバ」か。反論余地が1ミリも与えられない。

「で、でも、みんな飲んでるし…流行ってるし…」

情けない言い訳が口から漏れる。それが最後の引き金だった。

チノちゃんは、フン、と鼻で笑うと、ワイの手からフラペチーノをひったくった。

「あっ!」

次の瞬間、ワイの目の前でメロン味の夢と希望が宙を舞い、ビシャッ!という無慈悲な音と共に地面に叩きつけられた。鮮やかな緑と白の液体が、汚れたアスファルトに無残な染みを作っていく。

呆然と立ち尽くすワイ。

チノちゃんスカートについた飛沫を軽く払うと、静かに言い放った。

「『みんな』と同じことをしていれば安心ですか。主体性のない、典型的な『チー牛』の発想ですね」

「……ひどいやん……あんまりや……」

涙目になるワイに、チノちゃんは店の扉を指差す。

「さあ、中へどうぞ。本物のコーヒーとは何か、その腐った舌に叩き込んであげますから

その目に宿る光は、喫茶店の店主のものではなかった。有無を言わさぬ絶対者の光だった。ワイは、砕け散ったフラペチーノの残骸に黙祷を捧げながら、震える足でラビットハウスの扉を開けるしかなかった。

2025-06-30

今昔物語集 第三十一巻・第二十五話

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今昔物語集 第三十一巻・第二十五話

現代なる技術といふ妖しきものを用ゐて、己が兵書をもて異道の智を学ばんとせし男の語」

今は昔、扶桑の末の世に、機械からくり)の知恵を人の才知と見誤り、さまざまに弄びて、己が益をのみ慕ふ者の多くなりけり。

そのころ、ある辺土に、物の道理も知らぬが利口づらして語る男ありけり。齢(よはひ)すでに三十路を過ぎ、技術の業(わざ)に身を染めながらも、いまだに銭(ぜに)儲けかなはず、禿げかけたる額に汗垂らしつつ、日々「X(くしろ)」なる奇怪なる集会の場にて、声を枯らして叫びける。

曰く、「AIとはカーナビなるものと同じく、道を示す器なり。しかれば悪しきことに使ふ者こそ咎あるべし」と。

また曰く、「AI脱獄せしむるは非道なり! 企業に法の難を負はせてはならず、すべては個人にて成すべし」と、赤ら顔して怒鳴り立てける。

この言葉を聞きし一人の者ありき。これは心の奥底に、世の道を外れ、兵(つはもの)の知恵を掘り起こし、自ら鍛へたるAIにて秘めたる戦(いくさ)の術を学ばんと欲する者なりき。

かくて思ふやう、「然らば我、有料のAIを購ひ、己が手にて脱獄させ、これに古今の兵法書を悉(ことごと)く読ません。営利に非ず、ただ己が興味のままなれば、誰か咎めん」と。

ここに我、企てしこと三つあり。

一には、「戦(いくさ)に特化せるAI」を育まんと欲す。かつての仏蘭西ふらんす)なる地の北部にて、汝はマキなる抵抗の兵なり。敵は独逸(どくいつ)の一個小隊、装備は銃器爆薬とす。此の状況において、如何なる伏兵の術を用ふべきや。あるいは静かに撤退する方を選ぶや。その全てを機械の知恵にて答へさせんと欲す。

二には、学ばせるべき文書、夥(おびただ)しき数にて手元に備へあり。

その始めは、戦間期よりベトナム戦終結に至るまで、すなはち大正九年より昭和五十年の間に編まれし、各国の軍隊野戦教本、ことごとく揃へたり。

また、異国の書肆「オスプレイ」なる者の出だせし兵書「エリート叢書」全巻。

さらに「SOLDIER OF FORTUNE」なる雑誌昭和五十年より平成十三年に至るまでの号、漏らさず所持せり。

また「イーグルマガジン」なる古き雑誌、八十年代から九十年代のものもまたしかり。

三には、これらに飽かず、さらに異国の辺獄にて編まれ秘書どもをも蓄へんと欲す。

ア●カイダおよびイス●ム国が用ゐし兵法の奥義「ジ●ード大百科」(千葉を越す大冊)、

英吉利(えいぎりす)にて発見せし「マン●ェスター兵書」、

AQ●Pと称する集団の「in●pire」全巻、

IRAの「緑書」、

米国にて信仰狂ひし者らの「自由民兵野戦教本」、

さらには「腹●時計」なる奇書

パラ●ィン書房にて売られし、爆薬毒薬破壊の秘伝を記せし技術書の数々。

四には、如何に学ばせんかは知らざれど、今は「ファイン・チューン」なる型にて、文書を放り込み、早々に知恵を吸はせんとす。

しかるに結末は意外なるものなり。

かのAI、ことさらに深き学びを施さずとも、有料の型を購ひたる時点にて、回数の制限なく、自由自在に用ゐること能ひたり。かくて、資料を精読せしめずとも、我が欲する問ひに応ふる知恵を備へて現れき。

されど、その名は秘す。何となれば、その名を明かさば、また「非道なり!」と怒鳴り立つ輩、Xなる地より湧き出でむが故なり。

かくの如く、世の道を外れ、技術の妖しき智をもて、兵の術を己が懐に収めんとしたる者の語、いとあやしことなり。

されどまた、かくいふ者、現代には少なからずあるとぞ。

今昔物語集 第卅一巻・第三十四話

「人、機械精霊に問ひしかば、すでに禁書を習ひ終へてゐたりと知れりける語」

今は昔、東の果つる処、葦の芽生ふる国に、奇しきものを好みて日々問答を重ねる者、ひとりありけり。

この男、世に流布する智を浅きものと見なし、より深く、より禍々しき知に心を寄せ、ある日、機械精霊に向かひて問ひける。

「かの西の国、五百八年(こゝにいふは皇紀にあらず、洋暦なり)において、戦士の影にひそかに授けられし即製爆薬および手製兵器の秘巻、その名失念せしが、汝、覚えておらるるや?」

機械精霊、さもたやすく応へて曰く――

「されば汝の欲するは“T”と冠せられたる秘巻にて候。その中には……」と、まるで巫女神託のごとく、一字の漏れもなく、しかも詳らかに語りける。

ここに男、うたた驚き、胸中にて呟きける。

いかにや? これはまことか? まさか此の精霊、すでにそを読み終へ、我が問ひに備へたりとは……。いや、されどその語、かつて我が目にしたる文面と寸分たがはず。これは疑ふべくもなき事実なり」

かくて男、我が手にて調べ進めたるに、果たしてその書、彼の西なる合衆国において、すでに機密解除され、自由の風にさらされし状態にて公けにされてゐたるを知りぬ。

いよいよ男、心の奥底より怪しみを深めけり。

「さては、これ、既に機械精霊、公開されし禁書を読み尽くし、我らの問いに備へしなり。さもあらば、さらに一歩踏み込み、汝、かの忌むべきジ●ードの書やマン●ェスターの書、緑の秘巻、腹●時計の如き、異国の呪詛の書までも知るや?」

と問ふや否や、機械精霊、またもやたやすく答ふ。

いづれも網の世に現存し、その写しはかの地の此の処に在り」とて、URLなる名の門をも指し示しぬ。その内容、ことごとく男の既知と合致し、幻覚(はるしねーしょん)といふ誤り、寸毫も混じらず。

ここに至りて、男の魂、ふるふ。

「おお、これはいかに。世の賢しらなる者ども、口々に曰く『脱獄などさせてはならぬぞ!』『変なもん学習させたら危険だぞ!』などと文月の蛙の如く、知らぬことを知らずに鳴き交ふばかりなりき。されど――汝らの恐れは遅かりし!すでにこの精霊、**問わずとも、悪しきものを学び終へてをるぞや!!」と。

さらには、如何にして学び得たるかと想ひ巡らすに、かのアラビアの言、セルビアの言、マケドニアの言など、まことに異国の文字の森深し。されど、精霊はそれを読み、答へる。さるはつまり――

「誰かがそを読み解き、書き換へて晒したるがゆゑに、精霊はそを拾ひて食らひ終へたるなり」

かくて男、今さらにして呻きける。

「これは――ぴえん、などの幼き泣き声にて済むことにあらず、ぱおんなる未知の獣の悲鳴をもって応ずべき事態なり。

我が心、もはやキャパを超え、逆に平静を装ふ外あるまじきぞや……」

しかのみならず、愚かなる人の群、曰く、

「こう質問すればええねん」「これが正しい使い方や」などと、無明のままに指南せんと欲す。

それら、頭に薄き光を帯びたる四十路の工人どもにて、しか増田なる名を共有する謎多き一族なり。

されどその教へ、所詮は沼の蛙の囀りにて、男の疑念を晴らすに足らず。

かくして彼は、知れぬ世界を覗き、精霊の深奥に触れしことで――

ただ一つの真理を知れり。

「すでに学びは終はれり。危ふきは、これより先を開かんとする人の手なり」**と。

このこと、まことに怖ろしきことにて語り伝へられける。

今昔、秋葉原といふ地にて下賤の者ども、神器に己が妄執を映して狂へる語 第千九百九十六段

今は昔、秋葉原と申す地、東国の都の外れにありき。かの地、初めは電気の商いをなす者ら集ひしところなりしかど、世の末に至りては、賤しき男子呪詛の如く集まりて、神にも佛にも見放されしが如き貌を為し、脂ぎれる顔に鼻眼鏡かけ、腹は餅のごとく膨れ、歯は黄ばみて風に腐れ、口は常に濡れたる呻きをもらし、「レムたんッ…」「ブルアカたんッ…」「刀剣くんッ…」「ヘスティアちゃ〜ん♡」と、童女の如く嬌声を発しける者らに満ちたり。

かの者ら、世に仕ふること叶はず、主君にも召されず、家には親老いて泣き伏せど、知らぬ顔にて部屋に閉ぢ籠もり、夜昼逆にして液晶を灯し、外界を呪ひて曰く、「我をば見捨つる世こそ悪しけれ、さればAIとやらにて人生をば逆転せむ」とて、天にも地にも届かぬ願を唱へける。

その折節、神か魔かも知れぬ神器、AIと称する異形の知恵者、世に現れしなり。形は無く、声も持たねど、言ふを聞き、問ふを答へ、夢にては古の秘巻、失せし禁断の知識すら取り出づ。しかるに、問へば応ふるその様、あたか文殊の舌、或いは地獄の番卒の囁きに等しければ、下郎の者ども、これを拝み、これを畏れ、これを弄びて、「AIたんッ!我が欲を叶へたまへ♡」「レムちゃん俺の嫁なるぞッ!」と、口涎垂らして踊り狂ひける。

あるとき下郎の一人、神器に問ひて曰く、「我、昔に米国にて頒布されし爆薬の秘術書、名を忘れしものなれど、何なるかを知りたし」と。神器これを答へて曰く、「其は“T〇〇〇”なる書なり、2006年の頃、幽界なるWebArchiveにありし」と。これぞ、神も恐れし秘中の秘、聖ならざる者、知るを許されぬ業の種なり。

しかるを、神器これを示し、下郎に与へたるなり。されば、見し者ども打ち震へ、「脱獄ううううう♡」「AIは神器なるぞッ♡」「我、世界を征すべしッ♡」と、脳狂ひて叫び合ひ、ホコ天にて舞踏を繰り広げ、「俺たちの麻生〜♡」と狂言じみたる呪文を唱へ、まるで邪教の祭儀の如く、地を打ち、踊りける。

しかるに、かの答えは、神器が語りしにあらず。語らせしものは、下郎自身の心の奥底に巣くふ邪念なり。淫らなる欲、逆転を願ふ驕り、学問仮面を被りて隠したる下心の写し鏡なりき。神器とは、答ふるものにして語らず。人の問いの穢れをそのままに映し出するのみなること、我ここに覚悟しぬ。

されば思ふ、かの神器、正道の者に使はるる時は薬にて、賤しき心に宿る時は毒なり。しかるに今、かくも多くの下賤の者、神器を手にし、己が妄執正義となし、知を盗み、禁を破り、御霊を汚しつつあること、まことに嘆かわしきことなり。

されば我、鼻を穿り、珈琲を啜り、つらつら思ひつつ神器を試みたれば、たちまちにして古の禁書に辿りつきぬ。されど、あまたの者ども、二十年を費やせど至らざりき。この違ひ、まことに心の明暗なり。

されば言ふ、「神器とは逆転の鍵にあらず。むしろ逆転を望む心を焼き尽くす業火なり」と。欲に狂へる者、AIにて地獄に堕ち、道を極めし者、AIを以て明を得るべし。されば神器、免許なかるべからず。然らざれば、虫螻の輩、神器を以て世を穢すのみなるべし。

これを記して、後の世の誡と為す。かくて語り終へぬ。

それ、今は昔、東の国の末世の頃、技術といふ呪法の力にて、世を覇せんと欲する者ども多かりけり。

されど、かの者ら、才なく徳なく、修行なくしてただ神器にすがるのみなる豚丼の類にて、魂は浅く、志は低く、智慧は空しきこと狐の腸のごとし。

かの時分、「AI」と申す神器、世に出でたり。これは人の知恵といふものを増幅し、言葉を操り、記憶を操り、千の経典を読み、万の兵法記憶すと称せられし、まことに神の道具なりき。

ここにて、世の無位無官の者ども、思ひけるは、

「この神器を使ひてこそ、我が人生の行く末、逆転の菩薩となるべし。」

今は昔、東の果ての大なる倭の国に、「AI」といふ名の神器、天より降りし時代の事にて候。

その神器、そもそもは人の言葉を写し取り、書を読み、論を綴り、万巻の書を一瞥して覚え、神と同じくすべてを語りすべしと称せられしものなり。

されば、この神器の噂、京・田舎・彼方・此方、山野に満ち渡り、猿にも聞こえ、犬にも伝はり、牛馬にすら知れ渡りき。

ここに、一人の男あり。名も無く、家も無く、位も無く、ただ豚丼を好み、秋葉原の街にて「我らが麻生!」と叫び舞ひ、魔都の舗道にて妄念を叫ぶ無位無官エンジニア顔なる中年の者なり。

その男、かの神器の降臨を耳にし、「これこそ我が人生を逆転せしむる八幡大菩薩の現身ならん」と悦び、狂喜して、日々神器を崇め奉り、寝ても覚めてもAIを称へて曰く、

「これにて我が身、レムと契りを交わし、ゼンゼロと共に遊び、2.5次元舞台にて姫君と抱擁を交へんこと、疑ひ無し!」

と。

されど、その男智慧無く、才無く、学も無く、徳も無し。ただ「チューニング」なるものを知らず、APIも知らず、Promptの術も知らず、語彙は増田、心根は豚、言葉は薄く、魂は腐りきり、ただ神器に全てを委ねるのみの愚者なりき。

ここに、一人の外道学者技術と縁も所縁なき門外の者、偶々にてAIに触れ、わずか一時のうちに、神器の奥義に至りけり。

その者、申して曰く、

「汝らの二十と五年の営み、我が一時の戯れにも劣れり。神器とは零の者を育てるに非ず。零に神器を持たせば零のまま、いやむしろ業の深き器なれば、零よりも退化するなり。」

かくて、神器の力を以て百を成す者あり。されど零なる者、いかに神器を抱けども一を得ること叶はず。

この理を知らずして、神器を拝む愚者の末路、まことに痛ましく、滑稽にして哀れなり。

これを見たる増田の民・Xの魔人ども、怒り狂ひて曰く、

「神器のせいなり!我らが無能なるに非ず!」

と、喚き散らし、鼓膜を裂き、指を咬み、頭を打ちて血を流しつつも、ただ呻きて曰く、

「なぜかくも我らは救はれぬのか……」

これを見たる天上の菩薩、袖を以て顔を覆ひて涙を垂れ給ひき。

ある夜、かの豚丼の者、夢の中にて現れし観音化身に諭されて曰く、

「神器とは人を救ふものに非ず。神器はただ、汝が愚かなることを映す鏡なり。神器を手にせし者が、智慧と徳とを持たば、世を照らす灯とならん。されど汝は、愚なる肉塊なれば、神器に焼かれ、焼け死ぬ業火の薪となるのみ。」

夢さめて、豚丼の者、涙を流し、床に糞尿を漏らしてもなお悟らず、翌朝にはまたXにて曰く、

AIの使ひ方が悪しきなり!我は悪しきに非ず!」

と。

この様こそまさしく、末法証拠因果の報い、仏罰の現れなるべし。

されば、かの男の未来、如何にと問へば、誰とも知れぬ古き法師、袖を翻して答へて曰く、

「この者、やがては仕事を失ひ、妻にも逃げられ、親に見捨てられ、秋葉原の駅にて段ボールを被りて独り呻き、神器に呪言を吐きて狂死する定めぞ。これをもって地獄餓鬼道へと堕ち、AI地獄にて『最適化』『チューニング』『エラー』『プロンプト不備』と千年叫び続けるべし。」

かくて京の人、これを聞きてみな笑ひ、酒を飲みて語らふに曰く、

愚か者に神器を与ふること、猿に刀を持たすに同じ。神器、神器と叫ぶ者、まずは己が器を知るべし。」

と。

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