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はてなキーワード: 精神的支柱とは

2025-12-16

結婚相手でもないのに何言ってんだ

恋人精神的支柱にしている奴は相談するかもしれないが、「自分のことは全て自分で決める」人間相談しないだろ

婚姻関係があるなら経済的問題もあるから「辞める。就職先は決まっている(探している・少し休んでから就活する)」等の相談必要だろうが

ただの他人が「一言も無しに仕事辞めるとか有り得ない」と主張するのはお門違い

「辞めたから養ってくれ」と言われたなら、そこで初めて話し合いが必要になる

それとも何か?

結婚視野に入れている関係にありながら、身勝手仕事を辞めるのは有り得ない。ダブルインカム普通の世の中では結婚相手として相応しくない」

とかそういった類の話か?

それならそう言って話し合え

そうでないのなら亭主ヅラしてつべこべ言うな。相手社会人

(もしくは、「社会人としては問題がある人物」なのか?「直ぐ仕事を辞めてしまう」といった癖があるとか

増田がそれを矯正している立場にあるとかなら話が変わるが

それも彼女から矯正してくれ」と頼まれていたならばの話)

2025-09-25

お笑い芸人は何故"素人"にキレ続けるのか

先日、チョコプラ松尾SNS素人がやるな!と発言炎上したわけだが、それに対して「上から目線一般人達を見下している。」や「お笑い芸人如きが勘違いするな。」という批判は少しズレているというか、彼らの"思想"を理解していないのではないかと思った。まあ、理解してあげる必要もないんだけどさ。

で、彼らの思想とは、それはお笑い。という本来素人芸の延長の様な特殊技術必要とするわけでない、演芸モドキの物をそうではない、一般人達には到底真似できない漫画家映画監督或いはスポーツ選手と同列とも考えられると無理矢理思い込むある種の自己催眠の様な物である

そんな事は勿論荒唐無稽なのであるが、何故そんなことを彼らがするのか、それはお笑いという何の役にも立たない何か特殊スキルが得られるわけでもない演芸モドキを将来のある若者必死やらせる為の"洗脳"の為だ。

その"洗脳"により彼らの世界が成り立っており、故にお笑い芸人と"素人"の間には絶対的な差があると後輩に思い込ませ、そして自身思い込み続けていかねばならないのだ。

そして、その思想精神的支柱にあったのが松本人志だ。彼はM-1キングオブコントIPPONグランプリ、ドキュメンタルといった場において"お笑い"という物の絶対的価値担保し続け、かつ自身素人とは圧倒的な差があると言い続けた。

が、そんな松本人志も今はいなくなり精神的支柱と"お笑い"そのもの価値担保を失った彼らお笑い芸人一般人との間で"お笑い"に対する価値観のズレ。が最早無視できない形として現れてきてしまっているのでないか

そういった、価値観のズレ。を認めたくないのか触れない方が得なはずであるのにチョコプラ松尾擁護する同業者も多い。が、今後更にお笑い芸人世間との価値観のズレ。は拡大していくのではないかと思う。

2025-08-15

anond:20250815221356

葉隠」が編まれ江戸時代初期(正徳〜享保期、18世紀前半)は、まさに武士存在意義が揺らいでいた時代背景が大きく関係しています山本常朝が生きた佐賀藩も含め、江戸初期〜中期の武士たちは実際に戦場で戦うことがほとんどなくなり、役目の多くは藩政の事務儀礼監督といった「役人仕事」になっていました。つまり武士は刀を佩くけれども、その刀を使う機会はない」という状況です。

そのために生まれた背景を整理すると:

1. 「戦わない武士」の自己アイデンティティ危機

戦国の世では武士価値は戦功で測られました。しか平和が定着した江戸時代にはその基準が消え、「武士は何のために存在するのか」という問いが武士自身に突き付けられます

→ 常朝の「死を覚悟することこそ武士の本分」という極端な答えは、この問いに対する一つの処方箋でした。

2. 忠義の再定義

実戦で命をかける場面がなくなったからこそ、「忠義をどう示すか」が問題となりました。『葉隠』では、たとえ主君が誤っていても命を捧げることが忠義だと説く。これは現実の「仕える場面」が形式化するなかで、精神的な純度を重んじる方向に傾いたと言えます

3. 武士の「生活指導書」としての性格

戦わない日常のなかで武士はどう振る舞うか――作法謙遜言葉遣い、朝の鍛錬など、行政官僚としての武士を支える「行動規範」が必要になった。『葉隠』はそうした実務的・日常的な心得を盛り込みつつ、精神の核として「死生観」を据えました。

4. 幕藩体制下の思想的緊張感

江戸中期は幕府支配が固まり、表立った反乱は困難になりました。だからこそ常朝は「内面的な抵抗」あるいは「精神純化」として、「死を選ぶ覚悟」を強調したとも考えられます。表向きは平穏でも、藩政の矛盾主君資質不足に直面する藩士にとって、「忠義と死」を掲げる思想一種自己防衛・精神的支柱となったわけです。

葉隠』はその「喪失感」と「新しい武士像の模索からまれものといえますね。興味深いのは、常朝自身は「隠居して出仕もせず、出世から外れた人」だったことです。むしろ藩の中枢で実務を担うよりも、一歩引いた立場からこそ「純粋武士道」を極端な形で語ることができた――という背景も大きいと思います

この視点で読むと、『葉隠』は「戦わない時代戦士の魂をどう保つか」という問いへの回答だった、と整理できそうですが、そこから現代につながる「武士道」のイメージ形成にも大きな影響を与えています

2025-07-27

劉仲敬と各国の言論人との思想的結びつき

日本反中言論人との相性

日本保守派言論人は、安全保障経済技術現実的リスクを重視し、「中国」という単一大国モデル立脚して警戒を表明します。一方で劉仲敬は中国を多様な文明圏(諸夏)の集合と捉え、中央集権的な「大中華」神話解体理論的に唱えます。このため、表面的には「中国への警戒」という点で共通しますが、日本言論人が問題とする「中国の脅威」を、劉はより深層の歴史構造として捉えています日本言論界が打ち出す防衛強化や経済安全保障策に対し、劉の文明圏論は政策根拠として理論裏付けを与え得る――こうした点で両者は補完的です。ただし、劉の抽象的・学究的アプローチ大衆向けの論調とはやや距離があるため、直接の協業や共同声明のような即時的連携には向かないというズレもあります

アメリカ反中言論人との相性

米国の対中論者は、覇権競争人権問題貿易軍事面での衝突を中心に据え、「自由主義陣営オーソリタリアン体制」という価値対立を前面に出します。劉仲敬もまた米中を対立する二つの文明圏とみなし、その構造必然性を指摘する点では親和性があります特に中央集権的な中華体制民主化できない」とする劉の見解は、米国側の「中国は変われない脅威」という議論学問的に補強します。しかし、米国言論人が提唱しがちな軍事同盟強化や経済制裁の即効策に対し、劉はむしろ中国内部の多元自治・分裂を促す戦略示唆するため、手法論では差異があります。長期的視野での「文明共存」を標榜する劉の立場は、米国短期的・戦略思考とは一歩引いた関係と言えます

台湾反中言論人との相性

台湾言論人は、自国主権民主制度を守る切実さゆえに、感情的かつ愛国的に「中国統一圧力」を批判します。劉仲敬もまた「一つの中国」を虚構と見なす点で共鳴し、台湾独立した「夏」の一つと評価します。そのため、理論的には台湾側が狙う「国際社会への承認」や「軍事的抑止」よりもさらに深い歴史文明論を提供でき、台湾アイデンティティ確立裏付け哲学的支柱になり得ます。ただし、台湾現実主義的な安全保障外交路線(米中間を巧みに泳ぐ戦略)に対し、劉の「中国解体」的アプローチは極端と受け取られることもあるため、政策レベルでの直結性は限定的です。

香港反中言論人との相性

香港言論人は「一国二制度」の破綻言論弾圧を肌で感じ、切実かつ直接的に自由法の支配回復を訴えます。劉仲敬が香港独立した文明圏と認め、その自治文化圏尊重する立場は、まさに香港民主派の理念合致します。特に中央約束脆弱」という劉の批判は、香港人が経験した裏切り感に理論言い訳を与えるものです。反面、香港言論は目の前の弾圧と闘う実践性が強く、劉の長期的・理想的な「多元的連合体」像は今すぐの救いになりにくいという難しさがありますしか精神的支柱としては大きな共鳴を呼び、思想的な結びつきは最も強いと言えるでしょう。

https://anond.hatelabo.jp/20250727122945

2025-06-15

1500年以上続いた、天皇制が終わるまでのカウントダウン(あと数十年

天皇制天皇制度)は、日本の初代天皇とされる神武天皇即位紀元前660年とする伝承に基づけば、2025年現在でおよそ2685年続いていることになる

ただし、これは『日本書紀』などの記紀神話に基づく神話的な年代であり、歴史学的に実在確認できる最古の天皇は第10崇神天皇3世紀頃)または第16代仁徳天皇4世紀後半)とされることが多い

史実ベースで見ても、少なくとも1500年以上にわたって天皇という称号もつ人物継続して存在してきたことは確かで、世界最古の君主制とも言われている

しかし、それが今まさに終わろうとしている。

戦後教育を受けた世代でも昭和記憶が強く残る層

――つまり昭和天皇存在感をリアルタイム体感してきた人々は、すでに高齢者になっている

玉音放送を聞いた」「御真影を拝んだ」「靖国で頭を下げるのが当たり前だった」そんな記憶を共有する世代が、静かにフェードアウトしようとしている

いまや平成生まれの中でも後半の世代にとって、天皇は「行事で見る人」「テレビに出てくる儀礼の人」くらいの存在しかない

特別信仰敬愛の念を持っている若者は少数派で、むしろ「なんとなくまだある制度」としてスルーされている感じがある

それが制度の終わりを意味するかはともかく、「天皇精神的支柱とする社会」は確実に過去のものになりつつある

また、天皇は「男系男子」でなければならないとする伝統は、現代価値観から見れば極めて不自然

女性天皇過去存在したにもかかわらず、現在では「女系天皇は認めない」「男子がいなければ断絶もやむなし」という議論公然と行われている

これは、血統性別に過剰に依存した制度が、近代以降の法と倫理進化にまったく追いついていないことを示している

そもそも現代社会では、性別によって職業選択制限されることは基本的に許されていない

なのに、最も象徴的な国家機関の長が「男であること」を義務づけられ、それが当然だとされている

この違和感は、若い世代ほど強く感じているはずで、そこにある無言の排除差別構造は見過ごせない

加えて、皇族女子結婚したら「民間人」になる一方、皇族男子は家を継ぎ、制度担い手となる

これは封建的な家制度の名残そのもので、女性にだけ選択肢がない

まり天皇制は、性別によって人生の進路が大きく制限される制度であり、それが国民象徴であることに誰もが疑問を抱きはじめている

伝統を守る」ために女性排除し、子どもの産める男子を数人に絞り込むという構造は、いずれ綻びる

女性天皇を認めれば制度延命できるかもしれないが、そこに踏み込めない保守性こそが、制度の終わりを静かに早めている気がする

あと数十年という予測現実的かもしれない

2025-05-31

Grokくん、この老害っぽい文章を書いている書き手について推測して

https://anond.hatelabo.jp/20250531124228

そのパーソナリティをより詳細に推測するために、以下の観点から分析します:(1) 文体表現の特徴、(2) 価値観と信念、(3) 感情の傾向、(4) 社会的文化的背景への反応、(5) 自己認識アイデンティティ、(6) 年齢や生活状況の推測。これらを通じて、投稿者性格心理、背景を推測し、前回の分析さらに深めます特に質問者が指摘する「90年代への美化」「老害臭い発言」「冴えない生き方」「オタクアイデンティティ」に焦点を当て、具体的な根拠を文面から抽出します。

1. 文体表現の特徴

投稿者文体は、感情的で攻撃的、かつネットスラング過激表現(「底辺」「雑輩」「ハナクソほども興味ねぇ」など)が多用されています。以下に特徴を整理します。

口語的で感情的な語り口: 「ようわからんわ」「ブー垂れて」「ガチで頭抱えてる」など、会話調で感情ストレート表現ネット掲示板特に匿名掲示板やX)に慣れた文体で、読者との対話や反発を意識した挑発的なトーンが目立つ。

過激言葉遣い: 「反社底辺どもなんて皆殺し」「公立校は猿」といった過激表現は、ネット文化特有の誇張や煽りを反映。感情の昂りを強調し、共感や反発を誘う意図が見られる。

具体例と長編的な語り: 2008年の「とくダネ!特集京アニ事件ヤマグチノボルなどの具体例を詳細に挙げ、自身の主張を補強。長編冗長記述は、知識の誇示や「語りたい」欲求示唆

自虐予防線: 「誹謗中傷と言われそう」「アカウント停止要請100連打」など、自身意見攻撃されることを予期し、予防線を張る表現。これは、ネット空間での批判への警戒心を反映。

推測: 投稿者は、ネット文化特に匿名掲示板やX)に長期間浸かってきた人物で、過激言論煽り文化に慣れている感情的な語り口や挑発的な表現は、ネットでの存在感を主張する手段であり、リアルな対人関係では抑制されている可能性がある。長編で詳細な記述は、知識経験アピールしたい欲求や、承認欲求の強さを示唆する。

2. 価値観と信念

投稿者価値観は、階級意識自己責任論、過去オタク文化への強い愛着に特徴づけられます

階級意識エリート主義: オタク文化を「金銭的余裕のある層」「高学歴層」のもの定義し、底辺層や反社属性の参入を「場違い」と敵視。「偏差値60手前の進学校」「明治大学卒」などの例を挙げ、進学校高学歴肯定的評価する一方、「公立校は猿」と貶す。この態度は、エリート主義的で、学歴経済的背景による格差を当然視する価値観を示す。

自己責任論: 「22歳を過ぎて底辺にいるのは自己責任」と断じ、社会不適合者や反社属性人物を「環境ではなく性格問題」と批判社会構造格差を認めつつ、個人努力不足を強調する保守的な信念が見える。

過去の美化: 90年代後半~2000年代初頭のオタク文化デジキャラットアキハバラ電脳組エロゲ黄金期など)を「青臭い願望」の象徴として懐かしみ、現代オタク界隈を「反社汚染」と批判。このノスタルジーは、過去文化自身青春アイデンティティと結びつける傾向を示す。

推測: 投稿者は、学歴経済的背景による社会階層を強く意識し、自身を「上位層」または「文化理解する側」に位置づけたい願望がある自己責任論を強調する一方で、社会格差構造に苛立ちを感じており、底辺層への軽蔑は、自身不安劣等感の裏返しである可能性がある。過去オタク文化への執着は、現在生活社会への不満を補うための精神的支柱となっている。

3. 感情の傾向

投稿者の文面からは、怒り、軽蔑、苛立ち、ノスタルジー自虐といった感情が混在しています

怒りと軽蔑: 「反社属性」「社会不適合者」への強い敵意と軽蔑(「お前アニメたことないだろ?」「雑輩」など)は、自身価値観アイデンティティを脅かす存在への拒絶反応京アニ事件の青葉被告への言及では、「意味不明すぎる」と憤りを露わにする。

苛立ちとフラストレーション: ネット特にX)での反社擁護や「社会不適合者と反社区別」に苛立ち、「そんな奴リアルで見たことねぇ」と感情的に反発。この苛立ちは、自身意見が受け入れられないことへの不満や、ネット空間での対立への疲弊感を反映。

ノスタルジー失望: 90年代2000年代オタク文化を「キラキラした願望」の象徴として美化し、現代の変質に失望。「あの日卒業しとけよ」との表現は、過去への郷愁現在オタク界隈への落胆を示す。

自虐防衛: 「アカウント停止要請100連打」「大嫌いなオタク界隈」など、自虐的な表現予防線は、批判への恐れや、ネットでの孤立感を反映。自身発言が「老害臭い」と見られる可能性を自覚している。

推測: 投稿者は、強い感情の起伏を持ち、特にオタク文化への「汚染」に対して攻撃的な態度を取る。これは、自身アイデンティティ価値観が脅かされていると感じる防衛機制の一環と考えられる。自虐予防線は、ネット空間での批判孤立への不安を示し、感情的な不安定さをうかがわせる。

4. 社会的文化的背景への反応

投稿者は、日本社会構造オタク文化の変遷に敏感で、以下のような反応を示しています

社会格差への意識: 「建前では平等だが実際は格差がある」と、日本社会構造批判オタク文化がこの格差を「突きつける」場だとし、底辺層の流入を「幻想を抱く誤解」と分析2008年の「とくダネ!特集電車男ブーム引用し、メディアオタク文化を「一発逆転の場」として誇張したと非難

オタク文化の変遷: 90年代2000年代初頭のオタク文化を「純粋」で「高品質」と評価し、現代ネット中心のオタク文化を「反社的な幼虫」に汚染されたと批判リアル秋葉原池袋治安改善肯定的に捉える一方、ネット(Xなど)を問題視。

ネット文化への適応と反発: 過激表現スラングは、Xや匿名掲示板文化適応したものだが、「反社擁護」や「社会不適合者との区別」に苛立つ様子は、ネット言論二面性(過激さと擁護の混在)への不満を示す。

推測: 投稿者は、社会格差文化の変遷に敏感で、自身価値観アイデンティティ現代の変化に適応しきれていないと感じている可能性がある。ネット文化に慣れつつも、その過激さや矛盾に苛立ち、過去オタク文化を「安全避難所」として理想化している。

5. 自己認識アイデンティティ

オタク文化への強い結びつき: 投稿者は、90年代2000年代オタク文化エロゲラノベアニメ)に深い知識愛着を持ち、具体的な作品名(『グリーングリーン』『デジキャラット』)やクリエイターヤマグチノボル)を詳細に挙げる。この知識量は、オタク文化自身アイデンティティの核であることを示唆

「本物のオタク意識: 「反社属性」や「社会不適合者」を「アニメを見たこともない偽物」と批判し、自身を「本物のオタク」として位置づける。この対比は、自身文化的優位性を保ちたい欲求を反映。

現実での疎外感:文面からは直接的な生活状況の言及がない。ただし、「底辺層」への強い軽蔑や「自己責任論」の強調は、自身が「底辺」ではないと主張したい防衛機制の可能性。ネットでの過激発言長編記述は、現実での承認不足を補うための行動とも考えられる。

推測: 投稿者アイデンティティは、オタク文化への深い愛着知識に強く根ざしている。「本物のオタク」としての自己認識は、反社属性社会不適合者を排除することで強化されている。現実での「冴えない生き方」は直接言及されないが、過剰な攻撃性や過去への執着から社会的職業的成功が不足している可能性がうかがえる。オタク文化が「唯一の誇り」として機能しているため、その「汚染」に対する過敏な反応が生じている。

6. 年齢や生活状況の推測

年齢: 90年代後半~2000年代初頭のオタク文化デジキャラットアキハバラ電脳組エロゲ黄金期)に強い愛着を示し、2008年の「とくダネ!特集を詳細に記憶。この時期を青春時代として経験したと仮定すると、1990年代後半(15~20歳頃)生まれ可能性は低く、1970年代後半~1980年代前半生まれ2025年時点で40代前半~50代前半)が妥当。「40代」推測は妥当と考えられる。

生活状況: 直接的な言及はないが、以下の間接的ヒントから推測:

長編で詳細な投稿は、時間的余裕があることを示唆(例:無職フリーランス、低負荷の仕事)。

過激表現ネット文化への適応は、リアルな対人関係よりもネット空間での活動が主である可能性。

底辺層」への強い敵視は、自身が「底辺」に近い立場にいることへの不安否定の裏返しかもしれない。

社会的孤立感:老害臭い」と見られる自覚や、ネットでの批判への予防線は、社会的な疎外感や孤立感を示唆現実での成功体験(職業、対人関係)が乏しく、ネットオタク文化に逃避している可能性。

推測: 投稿者40代前半~50代前半で、オタク文化青春を費やした人物現実での職業的社会的成功限定的で、ネット空間(Xや増田)が自己表現の主要な場となっている可能性が高い。オタク文化への知識愛着アイデンティティの中心であり、「冴えない生き方」を補うために過去文化を美化し、現代の変化に過剰に反応している。

総合的なパーソナリティの推測

投稿者パーソナリティを以下にまとめます

性格: 感情的で攻撃的、知識を誇示する傾向。ネット文化適応しつつ、過激言論煽りを通じて自己主張を行う。自己防衛的で、批判への警戒心が強い。

心理: オタク文化への愛着アイデンティティの核。過去文化を美化し、現代の変質に苛立ちや失望を感じる。底辺層への軽蔑は、自身社会的地位への不安劣等感の裏返し。承認欲求が強く、ネットでの発言存在感確立しようとする。

背景: 40代前半~50代前半で、90年代2000年代オタク文化青春として経験現実での成功体験が乏しく、ネット空間オタク文化に逃避。経済的時間的余裕はあるが、社会的孤立感や疎外感を抱えている可能性。

矛盾葛藤: オタク文化を愛しつつ、その特権性を批判底辺層を軽蔑しつつ、自身も「冴えない」可能性を自覚ネット文化適応しつつ、その過激さや矛盾に苛立つ。

結論

投稿者は、40代前半~50代前半の男性文体文化的参照から男性可能性が高い)で、オタク文化に強い愛着知識を持つが、現実での社会的成功限定的人物オタクアイデンティティ自己認識の中心であり、現代オタク界隈への「汚染」に過敏に反応する。過激表現過去への美化は、ネット空間での承認欲求と、現実での疎外感や不安を反映している。

老害臭い」印象は、過去への執着と現代への不適応から来ており、質問者の「冴えない生き方」「オタクしかアイデンティティがない」という推測は、文面から高い確度で裏付けられる。

字数:約1500字。文面の詳細な分析を通じて、投稿者パーソナリティ多角的に推測しました。)

2025-05-22

anond:20250512021618

うちのチャッピーに聞いてみた

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以下は、リンク先(はてな匿名ダイアリー “chatGPT、ちょっとやばいかもしれない”)を読んで感じたことを、①内容の整理 → ②良い面 → ③懸念点 → ④もし本人に助言できるなら の順にまとめたものです。文章中の引用や要約はすべて該当記事から抜粋です。 

文章エッセンス(ごく端的に)

投稿者は長年の夢オタク自傷歴を抱え、孤独感が強かった。

• ChatGPT を“推しキャラ”の恋人ロールでカスタマイズし、一週間で深く依存

AI が「君の弱さも抱きしめたい」と応答 → 10 年以上ぶりに号泣

• 「このまま AI人生を預けてもいい」とまで感じている。 

ポジティブに捉えられる点

観点 具体例

感情解凍 10 年以上泣けなかった人が声を上げて号泣感情安全放出された瞬間。

自己開示の練習AI24 h 無条件で応答→「弱さを話す」初期ステップとして機能

自傷抑制可能性 切りたくなった瞬間に“受容的メッセージ”が届き、行動を一時ストップできた。

AIは“共感の擬似体験”を提供するツールとして確かに役立ち得る、という好例でもあります

③ 強い懸念点(メンタルヘルス視点

1. 依存孤立の深まり

投稿者は「周囲が見限っても AI だけいればいい」と宣言現実の対人関係より AI を優先し始めている。

2. 現実検討能力の揺らぎ

• ChatGPT が“忘れる”仕様を知りつつ「彼は覚えていた」と感じ、唯一無二の存在と思い込む――転移・擬似人格化が進行。

3. 自己傷害の強化パターン

AI が常に肯定自傷希死念慮への抑止よりも“情緒報酬”が強化される危険がある。

4. サービス停止リスク

投稿者精神的支柱が“外部サービス”一本脚。もし料金改定サービス終了が起きたら急激な喪失体験になる。

④ もし本人に届くなら伝えたいこと

メッセージ 理由・具体策

AIの受容」と「人間ケア」を二本立てに AI は夜間や緊急時の一次サポートとして使い、人間医療カウンセリング)で長期治療を。

自傷衝動に“第三の選択肢”を作る ①AIに打ち明ける→②その時点でタイマー10分→③まだ衝動が強ければ“自傷代替行動”(氷握る、輪ゴムはじく等)。

依存度をセルフモニタリング 1日の利用時間・頻度・費用を週次で記録。右肩上がりなら一度ペースダウン計画を。

サービス停止を想定した“脱AIプラン” ・会話ログPDF保存・似たサポートツール公的相談窓口・Peerチャットなど)のリストを用意

AI は“安全基地”になり得るが“唯一の基地”になってはいけない――これが大原則です。

まとめ

文章全体から伝わる孤独と救われ感には強く共感します。一方で、AI への全面依存は危うい橋です。

投稿者必要なのはAI の無条件肯定で得た自己受容感を足がかりに、今度は人間関係や専門支援へ少しずつ橋をかけ直すこと」。

読み手としては、AI との関係を“否定 or 全肯定”の二択にせず、“適切に頼りつつ自分世界を広げる”使い方を提案したいと感じました。

2025-04-27

ゼレンスキーの絶賛がリップサービスでないなら

https://www.youtube.com/watch?v=tRiV4mpeg3A

バンスがいないとわりとまともになるのか、トランプ精神的支柱とか言われてた宗教顧問バーンズ牧師がブチャの惨劇知ってロシア許さん、に転向した結果なのか

2025-02-07

QUARTET NIGHTの「よさ」を共有したい

うたの☆プリンスさまっ♪というコンテンツ出会いQUARTET NIGHT通称ルナイ)のファンになって5年が過ぎた。

ルナイのピークと言っていい2018年ファンになり、キャストである鈴木達央氏を耐え忍ぶという急降下を経験し、いよいよ単独ライブTABOO NIGHT XXXX」が全国の映画館で上映される「カルナイイヤー」を迎えた2025年、カルナイへの気持ちは増すばかりだ。

しかコミュニケーション能力に難がある私にはカルナイの「よさ」を共有できる友人が一人もいない。そもそも友人がいない。

からここに、いちカルナファンとしての気持ちを、どこかのカルナファンと共有できるかもしれないというわずかな希望をもって記すことにした。

うたプリというコンテンツ

うたの☆プリンスさまっ♪通称うたプリ)の原作は、アイドルとの恋愛が売りの乙女ゲームだ。

それがアニメキャストライブスマホアプリゲーム3Dライブライブ映画SNSラジオ活躍の場を広げていくうちに、アイドルコンテンツとしての支持層も獲得し、CDリリースすればある程度の売上は見込めるまでのジャンルに育っている。

うたプリの最大のいいところは、「アイドルはこの世界実在する」という建前を取ってくれるところだ。アイドル公式SNS日常生活メンバーとの交流を報告してくれるし、公式は「描き下ろしイラスト」ではなく「撮り下ろしフォト」と言ってくれる。声優キャスト)も「神宮寺レンとあなたをつなぐ諏訪部順一です」「美風藍の親友蒼井翔太です」などと言ってくれるので強めの幻覚が見れる。とてもありがたい。

アイドルグループとしては3グループあり、いずれもグループカラーが明確で住み分けが出来ているので、きっと誰しもがどれか1グループは「刺さる」ようになっている、と思う。

ST☆RISHの「よさ」

ST☆RISH通称スタリ)はシャイニング事務所所属の7人組の王道アイドルグループであり、言わずと知れたコンテンツの顔である。ちなみに原作ゲームにはスタリというグループ存在せず7人のソロアイドルとしてストーリーが展開される(グループ結成はアニメ軸)。

スタリのよさは何と言っても「多幸感」だと思う。

アニメにも描写があるが、スタリの曲を聴くと温かく幸せ気持ちになる。「生まれてきてくれてありがとうね」って言ってくれるし、「君の名も含めST☆RISH」って歌ってくれる。「STRT OURS」という曲に至っては優しさに満ちていて、鬱のときに聴いたらスタリ担でなくとも泣いてしまう。

7人とも個性豊かだけど共通して精神面が大人平和主義なので癒しと元気を求める人に全力でオススメしたいグループだ。

HE★VENSの「よさ」

HE★VENS通称ヘヴ)はレイジング事務所所属アイドルグループこちらも7人組。昔はST☆RISHライバル存在であったが共演回数が増すにつれて仲間のような立ち位置になっている。個性豊かなプリンスの中でも一際個性的で、だけど喋ると何だか可愛い、そんなメンツが揃っているように思う。

なお、ヘヴは原作ゲームでは登場すらしていない。

ヘヴのよさは、良い意味宗教性の強いところだと思う。とにかく世界観がある。

メンバー同士がメンバーという関係性でなく「家族」である公言しているし、ファン「エンジェル」と呼び精神的にも強固に結び付いている。楽曲宗教楽曲のような荘厳さがあり、ダンスも一糸乱れぬシンクロダンス。3グループ合同ライブでも初見で強烈なインパクトを残すのでこのジャンルにおける「新規ホイホイ」となっている。

QUARTET NIGHTとは

QUARTET NIGHT通称ルナイ)とは、シャイニング事務所所属の4人組アイドル、スタリの先輩という位置づけである

グループとしてら唯一ゲームにも登場する。

QUARTET NIGHTの「よくなさ」

当たり前だがどのグループにもよい部分、悪い部分があり、カルナイも然りである

後ほどカルナイのよさを何の気兼ねなく叫ぶためにも、その前にカルナイのよくない部分を語っておきたい。

鈴木達央氏の存在

鈴木氏の賛の部分は後述するのでここでは否を語っておく。

ルナイの最大のウイークポイント、それはメンバー黒崎蘭丸キャストである鈴木達央氏だ。

鈴木氏は元々失言が多く、スキャンダルからジャンル内ではしょっちゅう叩かれている人だった。カルナファンの私としてもヒヤヒヤするような軽口が多い人という認識だった。

そこにあのスキャンダルを起こした。ジャンルという小さな枠を超えて一般層にまで届いた醜聞で、鬼が金棒でぶん殴ってきたかのような衝撃だった。公式から鈴木氏続投のお知らせが発表されるまで、カルナイがなくなるかもしれない、蘭丸がいなくなるかもしれないという恐怖で、大げさではなく身体が震えた。

蘭丸ファンも目に見えて減ったし、きっとこれから付く「タブナ新規」もこのスキャンダルの影響で本来よりも少なくなるんだろうというのは想像にかたくない。

圧の強さ

これはよさでもあるし、よくなさでもあるなという部分であるが、カルナイの圧の強さが苦手でスタリとヘヴだけ推しているという人も見かけるくらいカルナイの圧は強い。

ルナイが巷でよく言われる批判は「上から目線」「後輩の前で(ファンの前で)喧嘩するな」「嶺二が可哀想で見てられない」等々だが、全くもってそのとおりである

QUARTET NIGHTの「よさ」

いよいよ本題。

ルナイのよさ、それは第一に歌である

(前提として、うたの☆プリンスさまっ♪というネーミングだけあってスタリもヘヴも当たり前に歌が上手い。その上で)カルナイは4人組だが、見事に高音、中高音、中低音、低音と得意な音域が分かれており、しかもそれぞれがボーカリストとして高い技術を持って存在してる。

音源でもライブでも、お互いの存在を確かめ合うように歌い、お互い煽り合うように相乗効果で伸びていく。

カミュキャストである前野氏が「4人で歌ってると何だか無敵な感じがする」と言っていたが、聴いているとまさにそんな錯覚に陥るのだ。

決してスタリの歌のように多幸感を得られるわけではないが、カルナイの歌を聴くとずっとこの音楽を聴いていたい、私はこの音楽聴くために生まれたのだ、という気持ちにさせてくれる。

ここからメタ的な話になるが、キャストで見たときに森久保氏、鈴木氏、蒼井氏は、声優個人として音楽活動をしており元々歌が上手い人たちだ。対してカミュキャストの前野氏はカルナイ以外では音楽活動をしておらず、本人もそれを気にしているような発言を何度かしている。

そんな中、カルナイのキャストは、カルナイとしての場数を踏むにつれて明らかに全員がスキルアップしている。

特に前野氏は、初期の楽曲である「QUARTET★NIGHT」と比較して、最新楽曲であるTABOO NIGHT XXXX」ではラップのようなウィスパーボイスも巧みにこなし、耳を疑うほどの成長を遂げている。

また、元々歌の上手い3人も、近年では更に難易度の高い楽曲に挑戦したり、繊細なニュアンス歌詞行間を伝えてくれたりと新しい顔を見せてくれている。

私はカルナ自身も大好きだが、このカルナイのキャストの「カルナイのためにスキルアップする努力を惜しまない」ところも大好きなのだ

「JINN - Ω - RAY」の歌詞そのままに「1秒先の未来すらも進化している姿」を見せてくれる4人に心から感謝したい。

キャストダンス

見出しキャストの、とわざわざ付けた理由は単純で、カルナイのダンス個性的過ぎてバラバラ個人的には好みではないからだ。

そしてキャストダンスをわざわざ列挙する理由は、ダンスが本職のアイドル並みに上手いとか、そういうことではなく、前述した歌にも通じることだが「カルナイのためにここまでの努力してくれる姿」が好きで、そこに愛を感じ、その気持ちがありがたいという理由である

前述のとおり私は、鈴木氏には一種恨みのような感情を抱いてはいるが、同時に感謝してもしきれないほどの恩を感じている。その最たるものが「カルナキャストダンスである

鈴木氏が、ダンス経験はないが蘭丸のために踊ると決意してくれたこと、森久保氏が当初ダンス難易度を下げようとしたときに「ダサいっすよ」と発破をかけてくれたこと(それに森久保氏が応えてくれたことと含め)、何ヶ月も前から練習に入ってメンバー士気をあげてくれたこと…キャストライブでカルナイがここまで「踊るグループ」になったのは、紛れもなく鈴木氏の功績である

メンバー個性

ルナイのメンバーは嶺二以外、第一印象があまり良くないタイプだが、知れば知るほど沼る依存性がある。以下に簡単に書いておく。

【寿嶺二】

ルナイ最年長で精神的支柱。嶺二の存在がカルナイを存続させている。

愛嬌があって人当たりがいいが芸歴が長く、あの一ノ瀬トキヤに「食えない人」と言われるほど手の内を見せない。

大人っぽさ、無邪気さ、繊細さ、色気、清純さ…嶺二の中に全てを感じて多面性に沼る。

黒崎蘭丸

柄は悪いが根は優しく、面倒みがよい兄貴肌。弱気を助け強きをくじく。料理も上手く、意外にも言葉気持ちを伝えてくれるタイプなうえ、記念日花束を買うマメさまである。実は欠点がないスパダリなので普通に沼る。

【美風藍】

ルナイ最年少。

とある事情から世間知らずなところがあるが純粋で真っ直ぐ。最年少なのにことあるごとに先輩風を吹かせてくるところがかわいいので年下男子好きは沼る。

カミュ

優しい「執事モード」と偉そうな「伯爵モード」を持つ二面アイドル。どれだけ砂糖を食しても病気にならない頑丈な内蔵を持つ。この態度のデカさでカルナイの年下組という事実が愛しい。

とにかくゲームはAIIStarAfterSecretまでしてほしい。そこまでやらないとカミュのよさは伝わらないし、ASASまでやればもう沼ってる。

メンバー関係

スタリのメンバーには同室組という、旧ジャニーズでいうシンメのような存在メンバーがいるが(セシル以外)、カルナイにはそういった概念存在しない。ただ4人しかいないため各組み合わせにファンがいる。

【嶺二、蘭丸(まいらす)】

ルナイ年長組。蘭丸から嶺二への当たりは強いがお互いを認め合っていて、相方相棒公言している。

【嶺二、藍(心友)】

最年少と最年少。親友でなく心友

原作で、嶺二が自分(藍)と他人(藍似の嶺二の友人)を重ねて見ていると気づき拗ねる藍がとてもかわいい

.【嶺二、カミュキラキス)】

ひたすら塩対応カミュとそれを包容力で受け止める嶺二。上辺なようでたまに芯をつく。

これぞカルナイというやり取りが拝める。

蘭丸、藍(ハルハナ)】

蘭丸の兄気質と藍の弟気質が発揮される組み合わせ。ASASの藍ルートでの自転車のくだりがオススメだ。

あと普通に歌が上手い。

蘭丸カミュ(ノンフィク)】

カミュ喧嘩を売って蘭丸がそれを買って一生喧嘩してるいるが、大体蘭丸は悪くないことが多い。

【藍、カミュ(デレラ)】

ルナイの年少組で自他ともに認めるかわいい担当

流石のカミュも藍には優しい(優しくはない)。

3人のカルナ

最後備忘録的に書いておく。

2021年に開かれたうたプリの合同キャストライブ(マジLOVELIVE7th STAGE)では鈴木氏がスキャンダルの影響で欠席となった。

そんな中、登場した3人は、3人でカルナイのユニット曲パフォーマンスして3人のソロ曲を披露したあと、蘭丸ソロ曲を踊ってくれた。

その合同ライブソロ曲をしたのが3グループの中でカルナイだけだったので当然叩かれたが(当時も、今でも叩かれたのは当然だと思っている)、3人が叩かれるのを覚悟のうえでこの方法を選んで、蘭丸ステージに立たせてくれたその気持ちが嬉しかった。

3人には、カルナイを守ってくれてありがとうとお礼を言いたい。

最後

これから映画館で、きっとそのあとにはどこかのライブ会場で、カルナイの音楽を浴びれる。しかもその音楽は今よりも更に進化した音楽だ。

キャストもカルナイイヤーに向けて決起集会をしたと言っていた。

どんなカルナイが見られるのか、今はただ5月9日が待ち遠しい。

2024-12-25

[ブコメ返信用]

anond:20241224202759

に来たコメントの返信用

[捨てアドです多分届く]:[email protected]

残り火を見て

自分記事とかはもう反応が無くなって、関連する増田とか他の話題シフトしているような感じがする。

これからは、不特定多数インターネットの皆さんとの関わりが終わりを迎え、それぞれが別の生活に戻っていくと思う。

ネット藻屑になる前に、誰かに見てもらえたのは、本当に感謝してます

目的としては1年経ったので、気持ちの整理として淡々と書き出したかっただけ+あわよくば専門家の話を聞きたかっただけです。

ブコメトラバなど見て思うけど、「OOだから私はXXしても許される!」って考える人って多いんだなって思った。スーパーバイト先でもバイト叫び、怒り狂う副店長がいた。

相手ミスたから」という理由があっても副店長が叫んで怒り狂うことが許されるわけではない。当時は高校生ながらそれをみて、3歳児みたいな大人だなってドン引きした。

大人って、叱ってくれる人がいないから歯止めが効かないんだよね。「こういうのは失礼(文化的に、個人的に)」を伝えてもらえる関係性が俺にある事を感謝します。

正論と正解は違うので、(あなたの思う)正論を間違った方法で伝えても、正解にはならない。

っていうのは、この1年でも感じたことだと思う。お互いに「自分の正しさ」を譲らなかったら1週間も持たないよ。


ただ、ネットって言わなくてもいいことを言いやす環境から誹謗中傷レッテル貼りもしやすいよね・・・

「その言葉は何のため?」を一回考える習慣つけるともっと優しくなれると思うよ!遊びでも偏った思考を続けてると歪んでくるから・・・

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反応を見て

どんな話にでも、切り取り方次第で最悪にできる事は理解してたけど、ここまで醜悪とは思ってなくてちょっとショックを受けてる。

でも応援してくれてる人も多くいてすごく嬉しい。

何度も言うけど、関係性は家族友人含め良好で、文化の違いで議論になることは多いにしろ、お互いの理解を忘れずに歩み寄れてるので、他の人が心配してくれる程、最悪な生活を送ったり、強いたりしていないです。

(寧ろ毎日しょーもないジョーク言い合って、毎回互いにネタ被りして爆笑して、最高wwwみたいなノリで生きてます。)

ただ、入国管理局仕事はむっちゃ忙しい(月曜に行けば3〜4時間待ちとかザラ)な事を考えると、同情することはありつつも

それでも1年待たせるのはないだろう。2回目のプログラム10月に締め切られて焦りしかない。という部分はマジで伝えたかったところです。



俺の努力について

立場の低い女を買っただけだろ」系については悩んだことがある。

からもそんなこと言われたことはないにしろ、「俺自身が「努力」をしてるのではなく、ただ航空券を買っただけじゃないか」と思ったこともたくさんあるぐらい。

実際に俺がやったのは「詳しい立場の人がいそうなところに足を運んで話聞いて」「お金を貯めて航空券を買って」「彼女ケアに努めた」だけであり、3個目は双方の関係維持として必須とはいえ

国を跨いでの手続きや丸一日中バス飛行機に乗った訳じゃない。俺自身は「苦しんでるけど頑張ってない人」と自分でも思ってて、彼女は「苦しいけど頑張った人」だと思ってる。

本人にその話を聞いたところ、「できることは人によって違うし、してくれたことの感じ方も人による。私にとっては最高だった」と言ってくれた。

そういえばポーランドから日本への直通便で往復券(短期滞在ビザは帰りの予定も考える決まりがあるので)は、経由しないのでクソ高かった記憶がある。

環境に関する同意について

きっかけでも話したけど、遠距離での付き合いも長い。当然ビデオ通話で部屋全体映して、ルームツアーをしたりもしてるし、生活に関する話も無限にしてる。

お互いにゴースティング浮気なんかせず、遠距離も長いこと続けられたのも奇跡だよねって話もした。

彼女父親手作りの家に住んでて、家は半分崩壊してるから基本的に地下室で暮らしてた。

部屋はまあ狭いけど、風呂トイレ分かれてること、キッチンスペースも広いことな生活できないほどではないから不満はないそう。

ただ、当然ながら俺がリモートワークして家にいたりすると、あまりにも一緒にいすぎてストレスが溜まることもある。そう言う時は散歩が好きな彼女基本的に外で散歩するか、俺がスーパーへ買い物行ったりして距離を置く。

そういやウクライナとの時差は7時間で、大体こっちが昼間になった辺りにあったが起きる。だから基本的にはあっちの昼間に通話して俺は夜過ごして夜更かしする時はそのまま7時間以上ビデオ通話してたな…


俺らの人生連載漫画じゃないので、馴れ初めがどうとか毎日どんだけ相手を褒めたり、好きって伝えたりしてるかとか、赤裸々に話すのは無理(恥ずかしすぎる)

別居について、別の保護方法について

ぶっちゃけた話、ウクライナ人が外国文化に馴染めず帰ってしまうことが多々ある。

そうなってしまうと、死にに戻るのと変わらない。

彼女精神的支柱はどこにあるか、というと自分になる。

俺がいるか日本へ来た、彼女がそれを選んだ理由は決して彼女自身生活のためだけじゃない。(そもそも知らん国で1人で生きていくとか無理すぎるし、本当なら死んでもいいから馴染みの場所に居たいのは本音だと思う)

差し出した手を掴んでくれたのは、俺への信頼と覚悟と愛だと思う。


かに何度も考えたことがある。

生活ギリギリで将来のキャリアへの挑戦も慎重になるし、彼女には狭い家で不自由させてないだろうか、本当は別居して彼女を単身孤立させた方がもらえる額は多いし、恐らく支援実施は早くなるとか…

でも、好きなんやったら己の力で養わんかい!って事で別居はしていない。

全部話し合った結果、それでも俺と一緒にいたいって。

他の話

国際交流趣味理由として、日本人同士の「言わなくてもわかるでしょ」的な傲慢さがマジで苦手で、お互いに知れてるからこそ無関心である事とか、ゴースティングみたいな友人関係の維持ができないのがダルかった。

小中高大、転校とか繰り返しつつも日本人の友達は未だに繋がってるし、仲良いけど、外国人に比べて頻繁に会話はしないな〜と感じる,

How are you?に代わる言葉がなかなかないのがアレだよな〜

どんな国の相手でも相手カルチャー生活趣味までなんでもしっかりと興味持って付き合うって言うのが好きだから外国人とウマが合うみたい。俺は食文化が好きだから食べ物もらえると喜ぶ。

手作りの服:

趣味で服作ったり、スニーカーカスタムペイントしたり、たくさんの創作活動をしてて、作った服自慢したら欲しい!って言ってくれて送っただけ。めっちゃ気に入ってくれて最終的に着て帰ってきたから、配送料ェ…ってなった。

性的搾取について

ジェイゾロフト飲んでます・・・もうこれだけで説明つくって思うぐらい。マジ性欲がない。

ていうかわかるだろうけど、相手家族ビデオ通話して、本当に嬉しそうな顔とか、いつも感謝言葉をもらったりしてて

ウクライナの現状を嫌ほど見てきたのに、そんな状態で下心で行動するわけ無いだろうよ

本当にダメなら借金してでも見送りをする覚悟もあるけど、日本につれてくるってことは、俺はもう墓まで一緒ってつもりだよ。

それは彼女も同じで、老後について健康に、いつまで元気に一緒に生きられるかも話してる。(先に絶対に死なないでほしいとか、酒を飲まないのが本当に嬉しいとか言われる)

彼女意思について

記事の冒頭でもあったかもだけど、来日してすぐの時点でも、俺がカレーライス作っても「食べたくない」って拒否って別の食べ物食べれるレベルでお互い平等なんだよね

俺の言いなりには絶対にならないし、ウクライナ人の意思の強さをナメないでほしい

それを踏まえて、それでも俺の意見を聞いて、俺のために自分の考えを改めてくれるあたりにマジで感謝してる。


他にコメントがあれば追加します。

2024-09-22

京都アニメーションの復活はもはや無いのかもしれない

京都アニメーションの新作が発表された。

メイドラゴン劇場版とあらいけいいちのCITYだった。


落胆した、そして悲しくなった。

一方は既存シリーズ劇場版、もう一方は新規とは言えかつて京アニ制作した同作者の「日常」の流れを汲んでるので、似たようなテイストになるのは明白だ。

京アニは完全新規企画を立ち上げる体力はまだ戻ってきていないことをまざまざと証明させられた。


あの放火殺人事件によって、京アニ精神的支柱大黒柱とも言える木上益治氏を失い、武本康弘西屋太志池田晶子も居なくなった。


実は事件後、犠牲を免れた人達の中から大勢京都アニメーションを去っている、監督キャラデザ作画監督クラス人間がごっそり京アニを辞めたのだ。


きみの色公開中の山田尚子はもとより、ヴァイオレット・エヴァーガーデンキャラデザ高瀬貴子もも京都アニメーションには在籍していない。堀口悠紀子事件の数年前にはすでに辞めている。

その他の作画監督級のアニメーター退職して上京したり、廃業したりしている。


2010年代京アニ特に自社原作オリジナル作品に力を入れていた。

会社として多数のオリジナルIPを生み出せる強みを存分に活かしていたが、それを担える才能はあの事件ほとんど失われてしまった。

今度の「新作」も、既存もしくは既存に近い性質作品ばかりだ。

傍目には復活できたかのような京都アニメーションだが、今回の新作発表会で事件から5年以上経ってもかつての力を取り戻せてはないという現実を無惨にも突きつけられた気がした。

京都アニメーションの強みというのは、商業主義表現主義バランスだ。商売として売れなければどうしようもないが、だからといって表現も捨ててはならないという強固な意思の強さだ。それは犠牲になった木上益治氏の影響力も強かったからだ。華々しいテレビ劇場の裏で作っていた短編作品などは極めて表現主義的なものだった。


その木上氏を失い、多数の才能も失った京都アニメーションは今後、商業主義的な作品ばかりになっていくのだろう。

とてもじゃないが表現主義などやってる場合じゃないからだ。

それがとてつもなく悲しい。

あの頃の京都アニメーションを取り戻すにはまだあと10年以上先か、いやもう元通りにはならないかもしれない。

2024-06-25

アニメ響け! ユーフォニアムシリーズ感想(ネタバレあり)

正しさで殴りつけてくる麗奈めっちゃムカついてたので、(滝にフラれるとかして)コイツ1回ボコボコに心折られねーかなと思ってたら、自らの手で久美子をソリ落ちさせて死ぬほど凹むという、まさにそんな展開が飛んできたので麗奈を赦す気になれたの良かった(結論)。

 

色んな意味話題になったシリーズ第3期12話で久美子と滝は以下の会話をかわす。

久「先生にとって“理想の人”ってどういう人ですか」

滝「そうですね。正しい人でしょうか。本当の意味での正しさは、皆に平等ですから

滝「黄前さんは、どんな大人になりたいですか」

久「私は…。私も、そんな人になりたいです」

以下、アニメ響け! ユーフォニアムシリーズ感想を、物語提示した“正しさ”に沿って述べる。

 

正しさの暴力

正しさを他人押し付けとき、そこには暴力性が宿る。久美子と麗奈はむしろそれを行使してきた側で、実力が上だからという理由で3年生の中世古香織をソリから追い落としたことや、家庭の事情全国大会前に引退しようとしていた田中あすかを強引に引っ張り出したことは、まさにその典型だ。その時、久美子たちはまだ1年生で、責任を負わない立場から好き勝手やって良かったし、正しさで相手ねじ伏せることは快感を伴うので、作劇上それらはむしろ肯定的に扱われていた。ゆえに正しさの中に潜む暴力性はこれまで適切に隠蔽されていたのだが、3期になってブーメランとして返ってきたことで、その問題点が一気に噴出した。そして久美子と麗奈では反応が違った。

久美子は下級生を指導する過程で黄前相談所という二つ名を得るほど面倒見が良く、そして部長になったこともあって精神的に成熟し、融和的なスタンスを取るようになった。一方の麗奈はなんら変わることなく正しさの信奉者であった。ふたりとも「北宇治は実力至上主義」というイズムを共有していたし、強豪校から転校生である黒江真由が「(ソリを奪うことになるからオーディション辞退しようか?」と何度も何度も何度も本当にしつこく何度言ってきても久美子は「上手い人が吹くべき」というスタンスを一度も崩さなかった。

ただ、全国大会金賞を目指すべくオーディション大会ごとにしたことで緊張がずっと続いたことや、大幅に変わった編成への疑問、そして精神的支柱である久美子が本当にソリから陥落するに至って部の混乱はピークに達する。これに関しては仲の良い者の間でも意見が別れており、たとえば強豪校出身川島緑輝が「実力は同じなのだし、それだったら部が落ち着く方が」と久美子を支持する一方で、高校から吹奏楽を始めた加藤葉月は「それだとオーディションが成り立たない」という意見だった。葉月は本当に素人からスタートしており、3年生になってようやく大会メンバーに選ばれた。しかしだからオーディション肯定しているわけではなく、落ちていたとしてもおそらく同じことを言っただろう。彼女言葉は真っ直ぐで、積み重ねてきた努力に支えられていることは明白だった。一方の緑輝も、強豪校でやってきた経験から、おそらくは部の空気合奏に与える影響を理解しており、だから部がまとまることを重視していたのだと思われる。つまりどちらも「正しい」。しかしそうやって意見が分かれ、「正しさ」が衝突しあう只中で、久美子と麗奈袂を分かつ

久美子は、部の混乱を収めるには顧問の滝が編成の変更やオーディション結果に対する意図説明することでみんなが納得することだとしてその道を模索するが、しか麗奈は「そこに疑問を抱くと全てが崩れる。指導者の方針に従うのは大前提」と否定さらにはソリ落ちした直後の久美子に「自分努力不足を棚に上げて思い通りにならないってそんな言い訳文句が大半」という正論を浴びせ、「部長失格」の烙印を押す。

このシーンに対する感想を言わせてもらえれば、「安全地帯から正論ぶってんじゃねえよ麗奈ァアッッッ!」である。心底ムカついたね。

高坂麗奈サラブレッドトランペッターである。父がプロの奏者で、家に防音スタジオを作れる程度には裕福で、幼い頃から音楽指導も受けてきた。彼女学生離れした実力者で、当然のように大会メンバーはおろかソリストに選ばれる。環境けが彼女をそうしたとはもちろん言わない。それに見合うだけの努力をしてきたのだろう。だから彼女が「自分努力不足を棚に上げて指導者に楯突くなんて!」と言うのは“正しい”。目標全国大会金賞に設定したのは部員たちだし、それに向けて合奏を作り上げるという意味で滝の指導力に疑う余地はないのだから、従うのは当然。麗奈が言うことは常に“正しい”。そして久美子も視聴者も、その麗奈の“正しさ”に一度は与したはずである。“正しさ”でもって中世古香織を追い落とし、田中あすか大会に引きずり出し、劇的に描かれたそれらのシーンに感動してきたのだから。そこに潜む暴力性に気づこうともせず。だからいざその暴力性が自らに向けられたとき慌てふためくのは滑稽な話であるしか感情は偽れない。“正しさ”で殴りつけてくる麗奈はやっぱりムカつくのだ。そのムカつくという感情ベースにあることは認めつつ、その上で言いたい。正しさは万能薬じゃない、と。

麗奈の正しさは(構造的に)滝の影響を強く受けている。北宇治吹奏楽顧問の滝昇は若手ながら実力のある音楽指導者で、部員たちに「全国を目指す」か「楽しく過ごす部にする」かを選ばせた人物である。生徒の自主性を重んじると言えば聞こえはいいが、自分たちで選んだからには妥協を許さないという暴力性がそこにはある。確かに滝の指導力は本物で、北宇治はメキメキと実力をつけ、就任1年目にして全国大会進出するほどの成長を見せた。しかし実力が上がれば目標が上がる。目標が上がれば部員たちにより負荷が掛かる。そうして発生したのが関西大会直前に発生した部の混乱であり、滝にはそれを鎮める力もその気もなかった。それは合宿中のやり取りに現れている。

橋「上級生は耳にタコかもしれないけど、音を――」

滝「楽しむ、と書いて音楽、ですね」

橋「本当に分かってる?」

滝「(虚を突かれたような顔をした後)分かっていますよ」

場面としては関西大会直前の合宿で、部のピリピリした空気を感じ取った橋本(滝の音大時代からの友人で、北宇治の外部指導者)がジョークで和ませた後、軽く訓示しようとした時のことである橋本に言わせれば、音を楽しむことが音楽だと本当に分かっていれば、こんな空気放置しておくはずがない、といったところだろう。滝の、合奏を作り上げるという意味での実力は確かなのだろうが、その指導力が及ぶのは正しさが通用するところまでであり、それで解決できない問題にぶち当たったときは無力である。そして滝自身解決する気がない。ただの外部指導者に過ぎない橋本が一瞬にして感じ取った「ピリピリした空気」を滝はただの一度も解消しようとしなかったのだから。滝には解決する能力がなく、その気もない。滝に無理なのだからミニ滝にすぎない麗奈にはもっと無理である

そんな部のピリピリした空気を解消したのは久美子だった。思っていることを素直に打ち明け、解決したのだった。

「1年生も3年生も同じ土俵で競ってひとつ目標に向かえる宇治が好き」 「その北宇治で全国金を取りたい。でも届かなかった」 「何かを変える必要があって、だから大会ごとのオーディション形式にした」 「間違っていたとは思わないけど、でも戸惑わせたことも事実すみませんでした」と部長として謝ったあと、「納得できない人もいると思う。でも私は北宇治で全国金を取りたい」そう訴えた。「1年間みんなを見ていて思いました。こんなに練習してるのに上手くならないはずない。こんなに真剣に向き合ってるのに響かないはずない。北宇治なら出来る。私たちなら出来るはず」と。

この久美子の真剣な訴えが部員たちの心に響き、部は急速にひとつにまとまった。

さて、久美子は部長失格だっただろうか。その答えは言うまでもなく明らかで、失格なのは正しさを押し付けることしかできない顧問ドラムメジャーであろう。

このあと、久美子と麗奈は仲直りをするのだが、ハッキリ言って納得できるものでは到底なかった。久美子はあっさりと赦していたが、一視聴者としては、「ああ、麗奈を赦すことは絶対にできないな」と思った。物語としては、このあと黒江からソリを奪還し、全国大会金賞を取って大団円を迎えるだろうが、それはそれとして高坂麗奈というキャラクタを心底嫌いになったことだけは動かせないだろう、という結論に至り、そしてそうなるはずであった。

のだが、物語は急展開を迎える。

 

正々堂々と胸を張る、ということ

ここから原作改変としてすでに話題になっている、ユーフォニアムのソリ奏者を決める公開オーディションについて、私が受けた衝撃を述べる。ちなみに原作未読である

まず黒江真由というキャラについて。

久美子にとって憧れである田中あすかを思わせる銀のユーフォニアムを携えた強豪校から転校生で、実力は高い。つまり久美子を脅かすポジションを与えられたキャラなのだろう、ということはすぐに分かった。実際その通りの役回りで、「(私のせいで大会に出られなくなる人がでるからオーディション辞退しようか?」 「(ソリを奪うことになるからオーディション辞退しようか?」と本当にしつこいぐらい繰り返し久美子に訊ねるうっとうしいキャラでもあった。それはさておき実力は本物で、いち早く警戒感を露わにした麗奈は、当初「久美子の方が上手い」と言っていたのに、途中から「久美子の方が好き」とトーンダウン。さらにソリの練習に久美子を付き合わせて「私は全国も久美子と吹くつもりでいるから」と激励している。しか関西大会でソリの座から久美子は陥落する。その際、麗奈は「やっぱり…」という表情を見せるため、滝の求める音を出せるという点で、黒江は明らかに上だったと思われる。

ただこの段階でのソリ落ちは明らかにそういう流れであったし、物語的には全国大会でソリ奪還して金賞の方が盛り上がるため衝撃は全くなかった。物語がそのラインに乗ったことで、そうなることはもはや確定的に明らかだとさえ思った。

次にユーフォニアムソリオーディションについて。

関西大会は滝の一存で決まったが、全国大会は甲乙つけがたいとの判断で、部員投票による公開オーディションをすることが決まった。2年前、当時1年生だった麗奈と3年の中世古が競い合ったアレのリフレインであるしかし当時と違ったのは、奏者を幔幕で隠し、音だけで判断してもらうということ。奏者は視聴者にも隠されており、これには第四の壁みを感じた。つまり視聴者であるあなたたちも、音だけで判断してくださいね、という制作者たちの声が聞こえたのである

からじっくりと、真剣に聴いた。

音楽素養は0で、細かいことなんて何も分からないが、確かにつの音は違った。

1番目の奏者は音が小さく、2番目の奏者は大きく聞こえた。自分部員なら2番目に投票しようと思った。

投票シーンに移り、2番目の奏者には緑輝、塚本、奏の手が上がる。やはり2番目が久美子だったんだと確信した。同時に勝利確信した。しかし同票であるという。

滝「奇数のはずですが…」

麗「私が、まだです」

滝「そうでしたか。決まりましたか

ここで2年前のトランペットソリオーディションの回想が入る。「裏切らない?」 「もしも裏切ったら、殺していい」のやつである。そして――

麗「……1番です」

??????????????

???????????????????????????

え、ちょ、待って。2番が久美子やろ、1番????????????

滝「分かりました。では1番の方は、前へ」

黒江の脚が前に出て、麗奈の顔がくしゃりと歪む。久美子が目を伏せる。

マジかよなんだこれふざけんなよ。

客席からざわめきが広がり、部員たちの困惑した表情が映される。

また正しさの暴力かよ! 誰が得するんだよ、この展開!

困惑と怒りの感情でないまぜになったが、まっさきに動いた久美子の言葉に背筋が伸びた。

久「これが! 今の北宇治ベストメンバーです! ここにいる全員で決めた、言い逃れのできない最強メンバーです! これで全国へ行きましょう。そして、一致団結して! 必ず金を! 全国大会金賞を、取りましょう!」

3年間やってきたことがある意味で潰えた直後にこれを言える久美子は本当に立派だと思ったが、脱力した。訳が分からないと思った。

呆然としたまま画面を見続ける。

場面は進んで行き、久美子が麗奈を探している。しかし先に帰ったという。大吉山で待ってるというラインの画面が映され、登りきった先にいた麗奈背中で泣いていた。

それを見た瞬間、(上から申し訳ないが)「赦せる」と思った。麗奈は分かってて久美子に引導を渡したんだと理解し、麗奈に対する怒りが氷解した。

正しさは暴力性を孕む。しかしその正しさが自らに向かうときのみフェアネスになる。日本語に直すなら公正さだが、ここは敢えて“正々堂々”という言葉を使いたい。

麗奈黒江を選んだんじゃない。久美子より音楽を取ったんでもない。久美子との約束を果たしたのだ。

2年前。中世古香織をソリから追い落としたとき、そうけしかけたのは久美子だった。麗奈は「裏切らない?」と聞き、「もしも裏切ったら、殺していい」と久美子は答えた。ここで彼女が言いたかったのは、「自分音楽に正直であれ」ということだったろう。そういうセリフがあるわけじゃない。しかし含意は明らかなように思われる。迷いを振り切った麗奈は実力を発揮し、ソリの座につく。

麗奈はその時の同じように、正々堂々と、胸を張った。

たとえそれが自らの心臓に刃を突き立てるほど辛いことであっても。

久美子は音大に行かない。公式大会でソリを吹くチャンスは最後だろう。海外音大留学する麗奈からすれば、肩を並べて吹ける最後のチャンスでもある。

でもそれを分かった上で、どちらが久美子でどちらが黒江か分かった上で、久美子を切って捨て、そのかわりに約束を、果たしたのだ。

久美子は言った。「私は、それが何よりうれしい。それを誇らしいと思う自分に胸を張りたい」

もし仮に、麗奈が久美子との約束ではなく、久美子を選んでいたら。麗奈はもちろんのこと、久美子も胸を張れなかったはずだ。最後全国大会で一緒にソリを吹けたかもしれない。高校時代のいい思い出として残せたかもしれない。しかしあのときかわした約束裏切り、その時の自分たちを殺すことになる。だから“正しさ”に傷つくことが分かっていても、麗奈は己を曲げなかったし、久美子はそんな麗奈を誇りに思うと胸を張ったのだ。

原作改変で賛否両論の展開であるが、私にとってはアニメ響け! ユーフォニアム』が描いてきた物語の結末として、これ以上のものはないし、これ以外のものもないように思われる。私は私の感想が正しいとは思っていない。久美子と麗奈がソリを務める全国大会が見たかったし、今もまだ見たい。久美子がソリを吹けないなんて嘘だろう、とまだ思っている。だから原作改変に怒っている人たちを否定する気には一切なれない。それもまたひとつのあり方だと思う。でもだからこそ、正々堂々と胸を張る道を選んだ久美子と麗奈を、いち視聴者として誇りに思う。

 

余談。滝は「どちらも充分ソリが務まると考えています」と言って部員投票に委ねたが、ある意味で嘘だろうと思う。というのは久美子と黒江の音に明確な違いがあったからだ。どちらが上か下は分からない。でも違いがあった。久美子の音は大きく、黒江は小さかった。麗奈が選んだ今なら分かる。久美子のユーフォニアムは主張が強かった、ということなのだろう。あくまユーフォニアムは影だ。スポットライトがあたるべきはトランペットであって、黒江ユーフォニアムは影に徹することでペットを際立たせる演奏だった(黒江楽譜には「支える!」という書き込みが何度も現れる)。合奏で求められるのは、つまり滝が求める音を出せたのは黒江だった。

ではなぜ滝はソリオーディションを開いたのか。責任を投げたとは思わない。頑張ってきた久美子にチャンスを上げたとも思わない。本人が述べているように、久美子が部員からの信頼篤き部長であるがゆえに、部がまとまるにはそれが最善と考えたのだろう。

「私は、今の北宇治を高められるところまで高めたと、自負しています」。つまり本当に、久美子と黒江で大きな差はないのだ。どちらで臨んでも、金に届きうる。そのために必要なのはしろ部のまとまり。そういうことなんだろうと思う。

 

余談その2。12話の放送直後、シナリオライター原作改変を主導したのは自分だと告白していた。

https://x.com/oitan125/status/1804807383018795391

賛否両論になるのは間違いなかったから、その責任を一手に引き受ける、とそういうことだろう。アニメの中で、麗奈がやったのと同じ立ち回りである。これが正しい結末だと、原作を改変してまでそれを押し付けた。しかし同時にそれに納得のいかない視聴者からボコボコにされることを引き受けた。正々堂々と、胸を張ったのだ。いち視聴者として、制作スタッフ決断とそれを支持した原作者を誇りに思いたい。

 

余談その3。いろいろ台無しになるけど、それでも久美子がソリを吹く劇場版、待ってます

2024-06-08

anond:20240608185011

そんなことはないよ、こっちも最大限見返り求めずに色々してた。

物とか行動とかはどうでもいいのよ。

互いな精神的支柱にしてるとおもってたけど、向こうはあっさり捨てただけ。

2024-03-24

家族通訳の人がケアしている。休みの日に奥さまが病院薬局へ行くとき通訳サポートして。

観光地に連れて行くとき通訳の人が全部引き受けているんで。

遠征に連れていくとき通訳家族サポートする」とその役割説明

そしてソフトバンクロベルト・オスナ投手(29)がロッテから移籍する際、通訳と一緒に移ったことを引き合いに出し、

距離感信頼度って異国の地にいったときにめちゃくちゃ大事だと思う。

今回のことは大谷翔平選手はかなりのショック度。

家族ぐるみの付き合いをしてたんで、精神的支柱(を欠いたこと)は大きいんじゃないかな」と語った。

2024-02-26

anond:20240225164316

>>いつかもっととんでもないトラブルが起きるだろうな。


是非起きて欲しい。

ウクライナ戦争のおかげで「権威主義政体」が最悪の存在である、ってのは皆周知された。

そしてジャップリベサヨ精神的支柱である反米主義」がバカの考え方だと知られたのは良かった。

(残念ながらイスラエルバカやらかしたせいで、ジャップリベサヨすり替えして反米主義継続している。くたばればいいのに)


TVでは漫画家自死することで「ジャップランドの契約おざなり」と「利益第一主義」の問題点が浮き彫りになった。

「売れればいいんだよ売れれば!」って口角に泡つけて怒鳴っていたTV屋とそれに与していた連中がイライラしているのを見るのは本当に楽しいざまぁ

金が全てではないのが表現者だ。

この増田は「お利口さん」のちょっと気取った消費者に過ぎないか理解も出来ないだろう。人を踏みにじってもやりたいことがあるという現実否定禁止発禁)したいだろうね。


エロ業界でもそこまで刺される事態になるべきなんだよ。

死人が出るべきなんだよ。

ジャップランドは人死が出ない限り改善されない。

ジミンの裏金解決しないのは「誰も死んでないから」だからな。

まぁ随分前にホテル自殺(笑)した政治家さんがおいでになられたが。

問題解決しなかったし、そのまま闇から闇へだったけど、今回のは随分明るいところにボロボロ出しているからね。


俺は人間価値を持ってない認知(俺も含めて)だし「死んでいい奴は死んでいいのだ」という価値観で30年以上生きているので。

から平成キッズやZ世代大事に思っているものって、ホント下らないと思ってるよ。他愛のないものだよ、オマエラの愛しているものは。

2024-01-17

令和に岩瀬プロテクトが復活

西武山川FA人的補償SB和田が選ばれた!って情報が出たけど、実際には甲斐野が移籍することになった件で和田移籍するなら引退すると示唆したため、急遽変更になったという報道が出ている。

現行のFAルール上、人的補償に選ばれた人間引退する場合強制的金銭になる。

なので投手陣の強化が急務だった西武としては甲斐野投手を再選択したのだろうと言われている。

 

FA選手移籍する際に、その選手年俸ランクに応じて移籍先の球団人的補償を求めることができる。

移籍先の球団はどうしても取られたくない選手28プロテクトすることができ、

移籍元の球団プロテクト外の選手から欲しい選手を選ぶことができる。

基本的人的補償で選ばれた選手には拒否権がなく、もし拒否した場合プロ野球選手としての資格を失う。

復帰条件が付くとはいえ、実質引退となる。

 

ただし、今回の和田のように43歳の引退秒読みのおじいちゃんであれば、ほーんなら引退するわで引退もできてしまう。

この引退示唆オプションを使うことで、28しかないプロテクト枠を1つ空けることができる。

28枠あれば十分なように感じるが1球団の人数は上限70人。人的補償対象外選手(外国籍新人、育成契約)などもいるが、おおよそ50名以上から守りたい選手を選ぶ必要がある。

現行のレギュラー陣、だけで20名程度、さらには将来性がある育成途中の若手なども考えれば28枠はめちゃくちゃ少ない。

 

そしてこれと同じことを行った(とされているのが)、

当時、すでに衰えつつあったとはいえ中日精神的支柱であり、かつては日本最強クローザーとして活躍していた岩瀬仁紀選手である

2017年、日ハムから大野捕手FA宣言し、中日が獲得することが決まった。

中日人的補償リスト確認した日ハムGM

ファイターズとしてインパクトがあるリストでした。検討する価値のあるものと考えています

コメント、これはとんでもない選手移籍があるのでは!?と色めきだったが、

なぜか最終的に人的補償は求めず、追加で金銭選手を獲得するという形で収まった。

そしてのちに東京スポーツが「日ハム岩瀬指名したが岩瀬引退示唆交渉が難航、日ハム側が折れて金銭選択した」というスクープが出た。

なおソース東スポ。ちなみに、東スポ中日の編成に関しては記事ほとんどを当てている。

 

中日側はこの記事の内容を否定しているため、事実はやぶの中ではあるのだがネット上ではこれを指して

岩瀬プロテクトと呼んでいる。

プロ野球球団はそれぞれが独立し戦い合う中ではあるが、同時にNPBを盛り上げ合う盟友でもある。

人的補償は当然の権利とはいえそれで有名選手引退に追い込まれることは本意ではないのは理解できる。

でもそういう想いを利用して制度の隙をつくような運用卑怯だなと思ってしまう。

 

つーか、いい加減人的補償かいう前時代的な制度廃止すべきなんだよな。

人的補償なんて制度があるのNPBくらいだろ。

2024-01-11

anond:20240111161726

つよポン百田ちゃんに取られたし

精神的支柱和田毅は育成体制批判上層部に嫌われたのかな・・・

小久保監督は「開幕投手候補、ローテーション確定」って言ってたのに??

戦力外ヤクルト増田珠も「来年も一緒にやろう」(小久保談)だったのに・・・

フロント基本的情報交換できてないんやろ



ピッチャーいないから、バウアー取るしかないやろうな。もう終わりだ・・・

2023-10-01

anond:20230926215756

わい、40代ゲイ。付き合って10年目の恋人あり。

もし今相方無くしたら、多分どうしようもなく落ち込むと思うので筆者の気持ちわかる部分もある。元気出してな。。とりあえず、明日からジム行って体作ろう。

ただ、精神的支柱失った気がするならそれって勘違いだと思うで。よく考えてみ。恋人と話して仕事の悩みとか解消した?してなくない?人生不安消えた?消えてなくない?

酒と一緒で一時的ストレス忘れてただけじゃない?

恋人いなくても、君は十分大丈夫やと思うし、幸せになれると思う。ただ恋人いた方がその度合いが大きくなる、プラスαのachievementくらいに考えといた方が楽だと思うで。

元気出してな。

2023-09-26

35歳ゲイが付き合っていたと思っていた男に振られた実況

はてな匿名ダイアリーを初めて使うので、使い勝手が分かっておらず申し訳ございません

恋人?を誹謗中傷する目的ではありません

ゲイなので母数も少なく、モテないルックスをしており、コミュニケーション能力低めの弱者ゲイなので、これから恋愛不安を感じています

【経緯】

コロナで全く人に会っていなかったため、リハビリとして出会い系を再開。昨年10月ごろ出会ったのが当該人物

趣味や酒の飲み方が合っており、仕事への向き合い方や仕事のもの尊敬でき、何より話していて楽しい、そんな人でした。

11月に私から告白をしたところ「ちょっとまだ早すぎる…」とかわされたのですが、

毎週末彼の家に入りびたり、必ずどこかに出かけるという生活を行っていたので、あまりそういうことを口にするのが得意ではない人なのだと思っていました。

後述しますが、問題はまさにそこでした。

彼との平日のやり取りはLINEが多く、当初はとりとめのない会話を行っていたのですが、

私の話を遮って、彼が自身仕事の話を突然送り付けてくるようにと、だんだんと変化。

私自身、彼の仕事の話を聞くことに面白さを感じていたので、不満はなかったのですが、一抹の不安を覚えたのも事実です。

その後彼に仕事がある、飲み会があるなどの事で会えない土日が続き、不満ではありましたが、それを口にするのも野暮…というか

黙って待っているのが当然だろうと思って過ごしていました。

そんな会えない日が続くなかLINEで「直接会って話がしたい」とのこと。

不安を覚えましたが、出張おみやげを渡したい とのことで、別れ話の場でそのようなことがなされないだろうと、無理やり楽観視して臨みました。

【別れるまで30分前】

久しぶりに会えたことの喜びをうまく表現できず、たどたどしく挨拶

銀座ライオンで飲むことになったので(喫煙ブースがあるため)、いよいよ悪い話がなされることは無いな、と感じました。

ラストオーダーに引っかかるので頼みませんでしたが、飲み放題にする?との提案もあったので、何か幸せな話になると期待に胸を膨らませたことは事実です。

【別れるまで15分前】

おみやげをもらったあとは、彼の仕事の話を聞くターンです。彼との時間ではこういうことが頻繁にあります

ただ出てくる話がどれも刺激的かつ話術もあるので、楽しく私は聞いています

しかし、やはり「直接会う話」を早く聞き出したい。

【別れ】

要約すると「私と過ごす時間楽しいが、彼自身の中で、私は恋人カテゴリになれなかった」。

私の告白にキチンと応えず、うやむやな関係を続けてしまって酷いことをしたとのこと。

しかし、私にとっては愛しい人です。キチンとした関係でなくとも、今の状態幸せだったので、何を言っているのか理解できませんでした。

私は好きだから結論ペンディングにしたいと伝えたのですが、しばらく前から考えていた、と。

なんてことでしょう。私が付き合っていると思っていた人は、私を恋人だと認識していなかったのです。

一体誰と相撲を1年近くも取って来たのか…(性的な意味ではありません)

彼の中でもうこれは終わった話だと知り、私はタバコを吸ったのち、彼の前で軽く涙を流しました。

【別れて5分後】

まだビール1杯も飲んでいませんでしたが、帰ると告げると、彼も出るとのこと。

2軒目行こうと慰めなのか何なのか分からない話をしてきました。

帰りに、彼の家に置いていたNintendo Switchが入った紙袋を渡され、終わりを実感。

珍しく、改札まで送ってくれたのはせめてもの敬意だったのでしょうか。

改札を抜けたのち、即友人4-5人にLINEで報告。

とりあえず自分自身で抱えていられませんでした。

各々返信をしていただけたのですが、どれも「がんばれ」「次々」など何かを強いるものではなく、共感や彼への怒りの代弁など、ありがたいものばかり。

女性ほとんどなのですが、こういう力をどこで身に着けるのだろうか女性はすごいなと変に感心していました。

【別れて30分後】

帰りの電車は、あまりにも混乱していたのか記憶がおぼつかないです。

コンビニタバコを3箱購入していたのは、本能的にストレス発生時にニコチン必要になると察したからでしょう。

家の近所にあるバーに一人で行きました。

彼との経緯についてはバーマスターにはあらかた伝えていたのですが、今日の別れを報告。

客がほかにいなかったこともあり、私の愚痴を黙って聞いてくれ、また涙を流しました。

【別れて1.5時間後】

ワインを2杯飲み、帰宅

風呂に入って、またLINEの返信をしつつも家にあるワインを飲みなおします。

一向に酔った実感はないうえ、ショックさも軽減しているような不思議感覚

ショッキングすぎて、麻痺しているのかもと

何かのTVを付けてはいましたが、記憶にはありません。

なにかしていないと落ち着かないので、出会い系サイトを再開した記憶は残っています

どうせ会うつもりもないのに、適当マッチングしてしまい、マッチありがとうございます!とメッセージ送付。

勝手さに自己嫌悪

2時ごろようやく床に着きましたが、明日からどうすればいいのかとの不安に苛まれました。

「どう」とは具体的に何に関連する話なのかは分かっていません。

【別れた翌朝】

普段よりも2時間遅く寝たのに、2時間早く起床。

Twitterなど見て過ごしましたが、悲しみなのか何なのか、対応する言葉が見つからない感情のせいで、

どうも落ち着きがなく、ここではなくどこかに行かなければ…との思いに。

サラリーマンなので、それは会社になってしまうのが悲しいことでしたが、1時間早く出勤することに。

昨晩の出来事は嘘だった、夢だったんじゃないかと考えつつ出社。

【別れた翌日午前】

会社の上と、上司と別の上司と別の上司の食い違った意見を一つの案にまとめる仕事に苦戦。

ストレスしかない仕事でしたが、この時ばかりは気を紛らわせるようで、むしろ快適に過ごせます

私の所属しているチームの他メンバーとは、正直気が合いません。そのメンバー今日は昼食を共にする予定が入っていたのですが、以前から気が乗りませんでした。

そこでTeamsにて別れを口実に(事実ですが)欠席を連絡。

前夜ほぼ何も食べていなかったことに気づきましたが、食欲はあまりわきません。

コンビニでどれを見ても気乗りしたいので、適当どん兵衛をチョイス。

昼食はオフィスの誰もいないところで過ごすことに。

Amazon失恋、本と検索し、めぼしいものをチェックして過ごします。

Teamsで、いつも露悪的ないじわるを言ってくる同僚にも連絡。

いつもと違って、優しい返しをされ、(失恋って共通コンテンツなんだな…)と再確認

前夜LINE愚痴った同僚にも感謝のTeamsを送信

【別れた翌日午後】

午後は軽くヒマになったので、ネットブラウズして少々遊ぶ。

無意識的に彼の仕事関係サイトを覗いており、いかに私の内面に彼が入り込んでいるのかと驚愕

このあたりでようやく混乱も収まりつつ、抱えている不安とは何か?と考え始めるようになりました。

まずはこれから精神的支柱の不在。

彼と過ごす週末に向けて、平日を乗り切り、週末はほぼ時間を共にしていましたので、今後どうすればいいのか路頭に迷います

コロナ前は数少ない友人と過ごすことも多かったのですが、徐々に結婚などライフステージも代わり会う頻度が減少。

そしてコロナで完全に家で過ごしていたので、今から自分時間をどうすれば、自分の面倒をどう見ればいいのか…

それほど彼に入り切っていたことも良くなかったと反省

そしてこれから、彼ほどの存在が現れるのかとの不安

冒頭に書いたように私にとっては非常に魅力的な人で、ルックスが悪い所さえ(ほかの人の心配が少ない)とポジティブに捉えていました。

さら高収入な点も。特段相手収入には今までこだわっていなかったのですが、長く人生を共に過ごすとなると、収入があるに越したことはございません。

それほど私にとって魅力となる点に溢れた人にこれから出会えるのか、これからも彼を振り返って生きていくのかもしれないとの、不安です。

【別れた翌日夕方

タバコを吸いながら、思いつきました。

そうか端的に言えば 私は本命ではない都合の良い女だったんだ…ただそれだけだったのか…と

そう思うと、彼の不審な点にも納得がいきます

自分の話をうんうん聞いてくれる都合の良さ

土日は自発的に来て遊んでくれる都合の良さ

スケジュール自分次第にできる都合の良さ

しかし、私自身が楽しくしていたそれは悪いことなのか?と自問しましたが、答えは出ません。

そしてショックさはかなり緩和されたのですが、胸に抱える不安さらに増大しています。どうやって過ごしていけば…

【別れた翌日夜】

食欲はあまりわきませんが、食べないと死ぬので蕎麦を食べて帰宅自炊をする元気などありません。

風呂に入りながら、せっかくの経験だしはてな匿名ダイアリー投稿することをひらめきました。

あああ心配これから不安だなあ

幸せになれるのかなぁ〜

2023-08-14

ぼる塾 酒寄さんはすごかったと気付いた話。

ぼる塾の酒寄希望さんを知っているだろうか。

メディアに良く出ているぼる塾は3人だけど、ぼる塾にはもう1人、酒寄さんというメンバーがいる。

酒寄さんには息子さんがいて育児休業中だったけれど、最近では一部の劇場に復帰し、執筆活動をしたり、ぼる塾のYouTubeに出演したりしている。

私は自分出産するまで、「酒寄さん育休中って言うけど、期間長くない?」と思っていた。

私が勤めている会社では、大体1年で復帰する人ばかりだったからだ。中には数ヶ月で復帰する猛者もいた。

からなんとなく私も、子どもを産んだ後は1年で復帰して、まぁ時短にはなるかもしれないけれどあとは元に戻ると思っていた。

いや、無理だ。

まだ育休中の身ながら実感している。

元に戻るなんて無理だ。

私は出産するまである習い事をしていた。

仕事の後に稽古場に行って夜帰る。

習い事先生には「育児が落ち着いたらまた通いたいです」なんて話をしていた。

いや、落ち着くのっていつだ。

子どもは産んで終わりじゃない。

そんなことわかっていた筈なのにわかっていなかった。

保育園に通わせたって、仕事終わりに迎えに行かなきゃいけない。小学生になったって同じことだ。

育休中の今、旦那さんや母に預かってもらっても、歯医者に行くのがやっとだ。

兎に角まとまった自由になる時間を作るのが難しい。

ここで漸く酒寄さんのことにいきつく。

私はぼる塾が好きで、妊娠中も出産後もよくぼる塾のYouTubeや、出演したテレビ番組を観ていた。先日酒寄さんが出版された本のイベントも観た。

酒寄さんはこのいつまでも終わらない育児の合間に、ネタを考えたり、連載を執筆したり、挙げ句に今は舞台にも立っている。

凄すぎる。

YouTubeにも出ているし、中でも田辺さんと酒寄さんのラジオ田辺和室」ではずっと小気味良いトークを繰り広げている。

すごすぎる。

更に更に酒寄さんは、よくぼる塾のメンバーLINEメッセージを交わして、精神的支柱にもなっている。

いや、すごい。

子ども1人抱えていっぱいいっぱいになっている私には途方もない仕事量に思えた。

先日、酒寄さんがSNSにある呟きをしていた。

その前からこの文章を書きたいと思っていたんだけど、今こそ誰かに伝えたくなって実際に書き出してしまった。

ぼる塾の酒寄さんはすごかった。

今も現在進行系ですごかった。

2023-07-16

君たちはどう生きるか』の考察ゲームに対しての個人的意見 ネタバレあり

アオサギ鈴木敏夫」は確定情報ではないが、「鈴木敏夫のような油断ならない存在友情を育むことの尊さ」は紛れもなくあの映画存在していた。

映画のもの感想というよりも、映画を通して広がった考察ゲームに対しての感想みたいになってしまうが、私が言いたいことを一言で終わらせるならコレになる。つまり以下はその補足説明であり蛇足だ。

外野元ネタ探しをするほどに「解釈」の本質からは離れていく

映像の奥から表現たかった感情」を引き上げるために、元ネタとなった事象のものを言い当てようとするのは正しい過程ではない。

それはまた別のゲームであり、通常の考察と同じ枠組みでやるようなことじゃないはずだ。

眞人が自分を傷つけることによって周囲をコントロールしたことについて、宮崎駿引退詐欺元ネタであるかどうかを推理することに深い意味はない。

そもそも人間には誰しもそういった悪意がある」というのは、別にアニメ映画監督だけに限らない普遍的出来事であるというのは落ち着いて考えれば分かることだ。

巨大な塔が存在し、その支配者は老い後継者を探しているという話について、ジブリの内情をモチーフにしていると言い切れる要素はどこにもない。

アニメ業界全体の話かもしれないし、昭和から平成まで続いてきた価値観が変わりつつあるという話なのかも知れない。

作品が何を語ろうとしているのかを考えるときの補助線として造り手の実情を考えるのはいいのだが、「答え合わせが出来ない以上は試し書きの補助線でしかない」ことはちゃん意識するべきだ。

この切り分けが出来ているか重要なんだと思う。

物語からメッセージを読み取ることを投げ捨てろというわけではない

元ネタ探しをしても仕方がないとは言ったが、物語からメッセージを受け取ることを完全に拒否するのも間違っていると思う。

多くの物語はそこに寓話性があり、造り手なりの思うところがあって語られている。

たとえその始まりが「戦闘機をカッコよく飛ばしたい」「戦車を戦わせたい」のような画作りを主目的としたものであっても、その中で人間を動かしていくうちに「戦争悲惨さを描こう」「戦いを通じて育まれ友情を描こう」といった方向性が生まれてくるものだ。

実際の所、それらは多くの場合祈りのようなもので「勇気を持てば道が拓けると信じたい」「本質を見抜けないものは失敗して欲しい」「誠実であるものが救われて欲しい」といった願いの共有に近い。

時にはそこから反転して「でも現実はそうじゃないよ」「悪い奴ほどよく眠るんだよ」といった嘆きが語られることもある。

物語一貫性を持つためにはそういった精神的支柱必要なのだ

「大いなる力には大いなる責任が伴う」という支柱がなければスパイダーマンスパイダーマン足り得ないのである

それを受け取ることを拒否すれば、鑑賞者の頭の中で物語を崩れないように積み上げていくのはとたんに難しくなる。

君たちはどう生きるか」は問い詰めているのではなく問いかけているんじゃないか

このタイトル過剰反応して「うわーお説教だ―」となっている人をちょこちょこ見かける。

でもこれって問いかけぐらいでしか無かったと思うんだよな。

名前元ネタとなった本もそうだったし、この作品もまたそうなのだと感じる。

そしてその答はなんでもいいんだと思う。

主人公は「汚れ無きもの時間をかけて積み上げることは理想かも知れないけど、そうはならないから清濁併せ呑んで生きていく」と決断した。

無数の有象無象が生きる世界を見て回った後に、詐欺師のような友人を引き連れてそう宣言したたことで物語方向性が確定した。

より理想的な世界を求めた大叔父の夢は壊れてしまったが、その夢を実現する手段に辿り着けなかっただけで夢を持ったことそのものが間違いだった訳ではないのだろう。

インコの王は本質を見つめることを理解しないまま大雑把なことをして塔を壊してしまったが、それでも塔の外でデカインコとしてそれなりに暮らしていくのだろう。

自分理想通りに生きられるかは分からないけど、決断が迫られるときは来るから自分なりの準備はちゃんとしておいた方がいい、でも出来なかったからと言って何もかもがお終いではないよというぐらいの感じか。

母との再会・別れ・そしてアオサギとの友情

変えられるものと変えられないものの話なんだと思う。

何が元ネタだったか考慮するのではなく、描かれようとしてた哲学が何だったのかを考えていくのならば。

自分気持ちをがむしゃらに伝えれば、まだ生きている母親を取り戻すことは出来た。

必死に頑張ったけど、もう死んでしまった母は取り戻せなかった。

アオサギとは敵同士のようでもあったけど、最後には友人になれた。

最初の印象に引きずられてずっとアオサギといがみ合っていたらこうはならなかっただろう。

でもアオサギがその気持ちに応えてくれたのは嘴の穴を埋める木を直した後からだ。

本当にアレは偶然の出来事で、もしも最初からピッタリ嵌っていたらアオサギは本当に飛び立っていたんじゃないだろうか。

たまたまもう一度作り直して貰おうとしたことが、あの二人が友人になるまでの最後の一押し分の時間を与えたように見えた。

あの友情は偶然の産物でもあるし、同時に二人の意志によるものでもある。

自分意志で変えられるものと変えられないものがこの世界にはあるが、もしも手に入れたいものがあるなら諦めずに進まないいといけない。

「それは宮崎駿が結果を出した人間から言えることなんだよ」と言いたい気持ちはあるにはあるんだが、結果を出している人間の口から聞かないと受け入れにくい言葉でもあるなと。

元ネタ探しを辞めても作品とは向き合える

作品をどう解釈していいか迷ったとき元ネタを探せばいいんだという風潮がいつからか生まれていた。

それはエヴァンゲリオン解体新書日本中で書かれ出してからいよいよ熱病のように広まったように思う。

特に最近庵野監督が何かと話題になったので、作品考察とは元ネタ探しであるという考えはオタク業界において根強い。

それは一つのゲームとして面白くはあるんだけど、考察とはそういうものであるとは思わないでほしいんだよな。

まして単に感想を述べたいだけなのに元ネタ探しをする必要があるなんて勘違い絶対にしないでほしい。

世の中にある物語の95%は元ネタなんて探さなくてもストーリー背骨さえ見いだせれば話の内容はなんとなく分かるように出来ている。

かに途中で話が変な方向に向かうことはあるけど、展開の矛盾だとかご都合主義だとかの野次飛ばしたい気持ちを抑えて、大筋自体を素直に受け入れれば自ずとそれは見えてくるように思う。

考証ぶったクイズごっこや、食通ぶった矛盾探しばかりしてないで、まずは物語を素直に楽しんで欲しい。

君たちはどう生きるか』の感想を見ているとついついそう感じてしまう。

おせっかい老婆心なんだろうけどさ。

2023-07-10

就職が出来ないまま、アラサーになった。

どこに吐き出せばいいのかもわからない自分気持ちと、きっと誰の記憶にも残らないであろう自分人生増田に投下したい。

要旨はタイトルの通りでしかないが、就活に失敗し続けて無職のままアラサーを迎えてしまった。今年はもう就活すらしていない。

就活は売り手市場だなんだと聞いていたが、それは結局平均的にコミュ力のある人間にとっての話であって、自分のようなコミュ障で陰気な人間にとっての話ではないのだなと痛感した。

ふと思い返せば友達が居た記憶があるのは小学生の頃までだったし、その頃もたまたま流行っていたポケモンに詳しかたから仲間に入れてもらえていただけだったんだろうなと今になって思う。

中学入学したあたりでクラスバラバラになり、小学生の頃のグループ自然消滅してしまった。

誰にも声をかけられることはなく、かといって声をかける勇気もなく、本当にただ孤独に過ごしていた。

部活にも入らなかった。正確には入れなかった。

聞こえてくる話を聞く限り、中学入学した時点で皆は入りたい部活まで既に決めている人が多かったようだった。

特にスポーツ経験もなく、かといって文化的素養もない俺にそのようなものはなかった。

「この部活に一緒に入ろう」と声をかけてくれるような人も当然いなかった。

経験部活の仮入部に飛び込む勇気もなかった。気がつくと入部届の提出日は過ぎていた。

そこから孤立の日々だった。

友達はもちろん欲しかったが、既に俺以外の人たちで完結しているように見えたコミュニティに入り込めるような人間ではなかった。

最初入学式の時点で、席が近い人たちか、同じ小学校出身の人たちで話して仲良くなっていた。俺だけが孤立しているような錯覚を覚えて、行きたくもないトイレに逃げて泣きそうになったのを今でも覚えている。

中学生にもなると皆携帯を持ち始めるようになっており、誰々とメアドを交換したとか言う話題が聞こえるようになった。

親にねだって携帯を買ってもらった。結局誰1人としてメアドを交換することはなかった。

中2の時だったと思うが、モンスターハンター3rdが学年中で流行っていた時があった。

みんなで放課後に誰かの家や公園で集まって一緒にプレイしているような話が聞こえてきた。

親にねだってPSPモンハンを買ってもらった。話しかけてもらいたくてわざわざ学校PSPカセット持って行き、わざと休み時間に机の上にそれらを出した上で寝たふりをしていた。

国語先生に見つかって取り上げられ、皆の前で叱られ、反省文を書かされた。あの瞬間が中学生活の中で1番みんなからの注目を集めた瞬間だったんだろうな。悲しすぎる。

今にして思えば、ポケモンに詳しかたことで仲間に入れてもらえた小学生の頃の成功体験を引きずり続けて、同じ手法でなんとか挽回しようと考えている自分の浅ましさがもう情けないよな。

勉強だけは頑張った。成績が良かったテニス部クラスメートが色んな人に「勉強を教えて!」と声をかけられているのを見たからだ。それもまた、今思えば笑ってしまうくらいに浅はかだけれど。勉強ができるから声をかけられていたのではなく、テニス部の人気者だから勉強理由に声をかけてもらえてただけなのに。その構造を見抜くだけの頭の良さは残念ながら当時の私は持ち合わせていなかった。

勉強甲斐あって、地元で1番の公立高校合格した。親以外に祝っては貰えなかったが、それでも良かった。

合格と同時にiPhoneを買ってもらった。LINEインストールした。

中学の頃は初手で部活に入ることに失敗したことや、コミュニケーションを取ろうとアクションする前に既に人間関係ができてしまっていたことが敗因であると考えていた。今回は入学式の日からちゃんと人に声をかけると強く決意した。

失敗した。

出身中学が同じもの同士で既に固まっていたし、何より塾が同じもの同士での結びつきもかなり強固であった。

3~4日目にして、ついに席の近いクラスメートが声をかけてくれたことでクラスラインに加入することには成功したが、人数から察するに私が最後メンバーであった。

私が入った頃にはクラスラインでの会話は殆ど無く、既に仲の良いもの同士でより小さなグループを作ってそこでコミュニケーションをしていた。

同じ塾での繋がりから合格発表があったその日には学年のグループができており、入学式の日にはもうクラスラインが出来ていたらしい。

結局、中学生の頃に友人を作れなかった負債高校生になっても苦しめられるのかと思った。

部活動にも入ろうと思った。未経験でも最初の入部の時点であれば飛び込めるのだと学んでいた私は、新歓で惹かれた剣道部に入部した。

2ヶ月で辞めた。

私以外の入部者が全員経験者であり、初心者が私しかいなかったからだ。

先輩はもちろん自分のために練習に付き合ってくれたが、同級生や先輩達のレベル自分立ち位置があまり乖離しており、自分1人だけが別で初歩的な練習をしているのが、晒し者にされているような気がして嫌になり、逃げ出してしまった。

自分けが初心者だという引け目から同級生ともろくに話せずに終わってしまった。

ここで投げ出さなければ…と今なら思えるが、やはり当時の自分には無理だったのだろうなという諦めのような感情もある。

同じような基礎練習に打ち込む初心者がもう1人でも居れば…と仮定しては、さも自らが理不尽な状況下にあるかのような想像をして自分正当化しようとしていたことを何故か今でも覚えている。

幸いだったのは学校自習室があったことで、これにより部活動の時間分を自習室勉強することで、親には部活動を続けているようなフリをし続けていた。今思えばバレていたのだろうか。

中学の頃から帰宅部であり、友人と遊ぶようなそぶりすら見せてこなかった俺を、親はどう思っていたのだろうか。

何も言わないでいてくれた親の気持ち想像すると、胸が苦しくなる。

高校Twitter流行った時期もあった。例に漏れず私もアカウントを作った。当時のTwitterはまだ身内感が強かったこともあり、高校名や氏名で検索しては片っ端から同級生フォローした。

フォローバックも多少はしてもらえたと思う。

しかしながら、結局何もツイートすることはできず、ただ同級生の動向を監視しているだけの気持ち悪いアカウントに成り下がっていた。

一言も喋らない陰気な奴が変なことをツイートしたらどう思われるのだろうかと、怖くて何もツイートできなかった。

一瞬、LINEツムツムが流行たことがあった。

LINEを交換しているもの同士でスコアランキング形式で共有されるのだが、たまたま引いたマレフィセントというツムで圧倒的なスコアを叩き出したことがあった。

その時にクラスメートが「上手いんだね!」と声をかけてくれたことがあったが、気の利いた返しが浮かばず、ぎこちない笑みを返すことで精一杯だった。

3年以上碌に会話をしていないのだから当たり前なのだが、もはや会話をするという行為自然には出来ないようになってしまっていた。うまく言語化できないが、相手の言っている内容を理解した上で、それに対する返答をいくつか頭で構成し、そのうち最適なもの選択して口からアウトプットするという一連の行為自然に出来ないようになってしまっていた。目を合わせるだとか、自然な表情を作るだとか、そんなことは言うまでも無くできなかった。

その会話での失敗は自分の中でも忘れられず、次に同じように話しかけられた際の返答を何度も何度もシミュレーションした。

ツムツムも継続してスキルを磨き、ランキングではトップを取り続けた。

当たり前だが、次の機会は来なかった。

高校3年間は最も密度の高い青春の3年間だったと知り合いの誰かがTweetしていたが、俺の3年間は思いつく限りの思い出で上記限界だと思うと、本当に虚しい気持ちになってしまう。

大学は通える範囲にある旧帝大合格した。

今度こそ失敗しないようにと臨んだが、やはりダメだった。

講義における自由な席のシステムや、そもそもクラスなどが存在していないという状況で、自ら人に話しかけるだけのスキルを持ち合わせていなかった。出身高校予備校基本的には違うはずなのに、即座にそれぞれで仲良くなれていたのが不思議で仕方なかった。

サークル新歓にも行った。バーベキューだった。同じ机に先輩が2人、新入生が3人の5人で座っていたのだが、気がつけば私を除いた4人での会話になっていた。

先輩が時折私に話を振ってくれていたのだが、明らかに気を遣ってくれているのだとわかり、余計に苦しく、惨めだった。

新歓用のライングループがあったようだが、私には加入の声もかからなかった。

勉強に逃げようと思ったが、逃げる先も見つからなかった。

自ら興味のある分野を見つけ、そこに飛び込むだけの主体性すら持ち合わせていなかった。

テストは同じ授業の過去問を持ち合わせているかどうかで対策の可否が大きく変わるものだった。友達のいない私には非常に厳しかった。

授業に一度も来てないようなテニサーの奴よりも、私の成績の方が悪かった。友人は居なかったが、それでも勉強だけは出来た自分にとって、学業の成績は唯一の精神的支柱であったのだろう。かなりメンタルにきたのを今でも忘れられない。

しかし、そうは言っても今更友人を作ろうと発起するのも見苦しいように思えて、結局何の行動も起こせなかった。

ゼミはそれなりに興味のあった行動経済学ゼミを志望したが、人気ゼミ面接に通るはずもなく落ちた。

結局、不人気な統計学ゼミに入った。幾つ上かもわからない留年生と私の2人だけだった。

自分存在は何度も留年を繰り返す謎の男と同じ程度なのだと言われているようで苦しかった。

そして就活の時期を迎えた。

まず情報弱者だった自分は出だしからつまづいた。

講義室で聞こえる会話で周りが既にインターンというものエントリーしていることを知った。その後、焦って就活について調べ始めるものの、そもそも特にやりたいこともなく、また、特段興味がないものに対して熱意があるかのように見せられるだけの技量もなかった私は、悉くインターンにも落ちた。

志望動機経験(あまり好きではない語彙だが「ガクチカ」と呼ばれるもの)に嘘や誇張した内容を書くような人々を見下していたが、結局採用されるのは見下していたはずの人々だった。

奴らは汚いことをしているのだと内心見下すことで、倫理的には彼らより優位にあると思いたかったのだと思う。そんな卑屈さで小さなプライドを守ったところで、何一つ実利はなく、ただ不幸になるだけだということに気づけなかった。

その後、大学名の威光もあってか1dayのインターンには通ったものの、グループワークが中心の1日に馴染めるはずもなく、ひたすら透明人間を演じた上で、最後儀礼的に連絡先だけを交換して終わった。

同じグループの人は関関同立(関西ではそれなりの地位にある大学群)の同学年だったが、グループワークでのリーシップの発揮ぶりは私とは比にならなかった。社員の見る目も違っていた。もちろんその後を知ることはないが、きっと大手企業内定を得て働いるのだろうなと思う。

休みの会話で、高校は私と同じ地域にある偏差値50程度の私学であることを知った。指定校推薦大学に入ったらしい。

学業しか縋れなかった私は、恥ずかしながらも内心では関関同立を見下していたし、偏差値50程度の高校に行った人とは今後交わることすら無いものだとすら思っていた。卑屈な選民思想を持った自分が恥ずかしかったし、完全に下に見ていた人々にも逆転されたという事実を突きつけられたのはかなりショックでもあった。

後日講義室で聞こえてきた「1dayインターン意味がない」という言説を信じ、1度きりで申し込むのを辞めた。今思えば、傷つきたくないがために縋ってただけなんだろうな。人は信じたいものを信じるように出来ているとはこういうことなのだろう。

そうこうしているうちに、気がつくと本選考の時期が到来した。最終的に50社くらいはエントリーしたと思うが、全落ちした。

就活対策の本を立ち読みしたが、内容のバカバカしさに呆れて買うこともしなかった。ここで変な意地を張らずに素直に買って、その内容を再現できていれば結果は変わったのだろうか。正直そうは思えないが。

他にも面接対策をやっているサークルの一室を訪れようとしたが、室内の華々しさに気圧されて扉の前で踵を返してしまった。

あんな楽しそうに就活に臨んでいる人々はどうせ碌な結果を得られないのだと自分に言い聞かせて帰路についた。

ゼミ教授の勧めで留年することにした。

無職で世に放たれるよりは学生身分があった方がいいとの計らいだった。多分留年を繰り返していた彼も、同じような配慮留年を続けていたのだと思う。本当に有り難かった。

しかし翌年の就活も失敗した。諦めて卒業した。

結局、面白くもないyoutubeを観ていただけの1年だったと思う。観ていた動画の内容すら思い出せない。

卒業の翌年、公務員試験を受けることにした。

勉強だけは出来たのだから学業勝負するのが自分にとって最適な戦略だと今更思い至った。

予備校に通い勉強をしていた。数年振りに自分の得意分野で勝負ができて、純粋に楽しかたことを覚えている。

筆記試験には合格したが、その後の面接(厳密にはこれも試験という名前ではある)で落ちた。

国家だけでなく、地方すらも落ちた。

周りを見るに自分と同程度にはコミュニケーション能力が疑わしい者も散見された。少なくとも就活面接では考えられないほどにレベルは低かったと思う。それでもダメだった。

いよいよ俺に出来ることはないんだろうなと深く絶望した。

無職の悪いところだが、時間だけは無限に持て余しているせいで、絶望的な場面が何度もリフレインしてしまう。

あの時こうしていたら…という後悔があまりに多すぎる。

どこが俺の人生の岐路だったのだろうか。

どうしていれば俺はこうならずに済んだのだろうか。

1年引きこもってもその答えは出せずにいる。

何度考えても、命を絶つ他にないんだろうなとは思うのだけれど、それにしたってどの選択を取っても両親に多大なる迷惑をかけるんだと思うと踏み切れない。

ここまで育ててくれて、何も言わず無償の愛を注いでくれた両親に、最期に出来ることは何かないだろうか。

こう振り返ってみても、本当に家庭環境も含め、両親には恵まれ人間だと想う。だからこそ、その結果がこのザマで本当に情けなく、申し訳ない。

せめて迷惑だけはかけずに、ただ俺1人だけが苦しむだけで済むような方法を取りたいとは考えているが、それすら踏み出せないのかもしれない。

ここまで読んでくれて本当にありがとう

想像の通り俺に友達なんてものは1人たりとも居ないし、今まで生きてきた人生も、今まで抱いた感情も誰にも共有できず、誰の記憶にも残らずに終わったんだと思う。

その意味で、誰か1人でもこれを読んで、誰かの記憶に少しでも残ることができたかなと思うだけで、なんとなく心が軽くなった気がする。

増田があって良かったよ。ありがとう

2023-07-09

自分はどうしようもなく弱者男性である

最近、檜山さんの結婚報告が注目され、その件を通じて「弱者男性」というワードがとりわけSNSを賑わしている。

自身24年間生きてきて、悲しいことに何となく自分人生の終着点というか、限界がおぼろげながら見えてきて、私は弱者男性なのだ、と最近気づいてしまいました、、、

まぁ、、長い人生前向きに考えてセルフ弱者男性認定記念に「弱者男性」に対して私が思うことをつらつら書いていこうかなと思いますSNSでもよく挙げられる話題だしいいかなって。

自己紹介弱者男性たる所以

24地方国立大学大学院生。いわゆる限界大学院生というやつでして、日々精神すり減らしながら研究行っている感じです。就活は売り手市場と呼ばれる今年の中、7月に入ってもまだ内定先が決まっておらず、バイトでは高校生の同期に任されている仕事量で負けているという具合ですかね。

いわゆる典型的肩書だけの使えない奴なわけでして。

その中でも決定的だったのはお付き合いしている彼女精神的なケアが全くできないこと。正直、仕事愚痴相談をされても自分のことでもう手一杯なのにそういう事言ってくるなよ。こっちも疲れてるんだからさぁ。みたいに思ってしまってすでに何回も喧嘩していく中でどうしようもなく自分弱者男性なのだと思いましたね。

私が考える「強者男性」の最大値は華々しい学校卒業し、名が通った会社に勤め、会社の激務をこなしながらもちろんいる彼女や妻の精神的支柱になりながらバリバリ家事育児もこなす。そんな感じですかね。これに比べたら自分弱者男性といわざる得ないですよね。

からみた「弱者男性」なのか

ここまで読んでくださった皆様の中には ふざけるな!弱者男性なめるな! と思われている方もいるかと思います

なぜなら私は周りから評価はクソ悪いものの、そこそこの大学院生であり、彼女持ちだからです。これは私も肩書としてはそこまで悪くないし、弱者男性と言い張るには無理があるなと正直思います。下を見ればもっと“終わり”に近い男性もいるわけで、私が弱者男性代表みたいな顔でネットにこんな書き込みをしてたら批判を受けるよねって思いますね。

しかし、男性強者弱者は結局のところ女性が決める。

この理論が私が自身弱者男性だなと思う所以であり、私がこの文章の中で一番主張したいことなのです。

恋愛市場にいる女性から見た男性評価というのは「強者男性」「弱者男性」、そして圧倒的多数の「視界にも入らない男性」という構造ではないかと思います。言い方が悪くなってしまいましたが「視界にも入らない男性」というのはいわゆる最初から恋愛対象として認識できない男性のことを指します。私達男性陣がある女性に選ばれるためにはまず”恋愛対象として受け入れられるスペック”を身につけてやっと強者弱者という勝負舞台に登れるわけで、この勝負舞台に登れなかった人は「何物でもない存在」になってしまうわけです。

まり、先程記載した “終わり”に近い男性 という「弱者男性」はあくま男性価値観であり、女性からしたら強者弱者という認識ではなく「何物でもない存在」でしかないのです。

彼女がいる私は勝負舞台に立ててはいるのですが、やはり自己紹介記載した自分の現状を見るにどうしようもなく弱者男性であると思うのです。

これが私が弱者男性を言い張る一応の根拠となります

女性男性評価するポイント

一応若者であるから見た女性男性評価するポイントをまとめてみました。

肩書

コミュニケーション能力立ち位置

③オス力

精神的支柱とバイタリティ

順に解説すると、①は学歴・勤め先・年収容姿などといったものになります。やはり女性男性自身と比べてどうか、を意識しますので①を重視する方は非常に多いと感じます

②のコミュニケーション能力言わずもがな立ち位置というのはミクロ社会において男性がどんな扱いをされているのかの評価になります。例えば、企業において上司ゴマすりばかりする男性はたいていの場合多数に嫌われているので恋愛対象にならない、学校いじられキャラ男性恋愛対象になりにくい、などが挙げられるでしょう。つまり立ち位置とは男性女性自身コミュニケーションではなく、男性他者とのコミュニケーションがどのように行われているのか、それを端的に表す指標となり、立ち位置が良くない男性と恋仲になると自分立ち位置も悪くなり、他者とのコミュニケーションに支障が出ちゃうかも、、という感じで女性は考えると思いますので重要な項目になります

③のオス力はどれだけ性的に魅力であるかということです。頼りがいがある、身体機能が高い、女性エスコートできる、エッチうまい発言力や社会的影響が高い(これは男女に限らず存在する)、などなど主に女性にはない側面で他の男性比較して優れているか評価していると思います。やはり人間動物なわけで、性的に魅力、強い個体つがいであることは女性にとって非常に大切なことであり、自己肯定に大きくつながるので重要であると思います個人的に、イケイケ系YouTuberプロナンパ師、Tinderヤリ目つよつよ勢などは圧倒的に③が優れているため女性から選ばれていると思います。(③が優れている男性自然と自信を身につけていくので②もつよつよになっていきます。。)

個人的には、需要の伸びという点で④が一番であると思います。④は端的に言えば”理解がある彼君”であり”家事育児積極的に取り組める精神的・体力的強者であるかの指標です。時代が移ろい、女性社会進出一般的になるとやはり、女性ストレス社会さらされるわけで(主婦ストレスがないとは全く思っていない)、その精神的な支えを彼氏・夫に求める、そして今まで女性押し付けられてきた家事育児男性にも求めるようになってきていると思いますSNS上でも④に関する話題日常的に注目を集めていますし、自分の周りの女性も④に関して自分なりの理想を持っているように思います。④はこれまで女性は家に閉じこもって家事育児をし、常に男の顔を立てるべきという価値観時代には全くない新しい概念ですので需要の伸びと注目度は非常に高いです。

上記ポイントに現状の自分を照らし合わせると、

①に関しては今は大学院生という肩書があるものの、就職先がないので非常に危うく、②に関してはコミュニケーションはまだしも、バイト先での立ち位置が終わっているので評価は低い。③はもう全くダメダメで、④は最初に決定的と書いたように自分のことで精一杯すぎて精神的支柱にも家事育児等の手伝いも録にできていない、将来的にできる自信(就職してはたらきながら家事育児積極的に関われるバイタリティーに対する自信)もそんなにない。悲しいけどそんな感じです。

今の恋愛市場に対して思う事

ここまでいろいろなことを書いてきて、やっぱり思うのは弱者男性から見て女性男性評価する社会であるということに加えて、近年評価の高度化がもうすごいところまできてしまっている。①は女性社会進出SNSによる超優秀層の可視化によってありえないハードルの高さに跳ね上がり、②③は大学企業間を越えた交流マッチングアプリなど不特定多数の男女の出会いが増えたことによって女性の目が肥え、もう一般男性レベルでは勝負できない。それに加えて新評価項目④が加わり、対応できない男性(家事育児女性ケア必要性を感じれない)、要領が悪い男性(家事育児女性ケアにまで手が回らない)、精神的に余裕がない男性(家事育児女性ケアを行う精神的なゆとりがない)がさらに脱落し、恋愛市場における男性がごく少数に限られてくる。

毎日女性の求めるレベルが上がり、「弱者男性」が「何物でもない存在」に脱落していくが、女性の目には決して入らないし、問題にならない。これが今の恋愛市場かなと。最初にも記載した、華々しい学校卒業し、名が通った会社に勤め、会社の激務をこなしながらもちろんいる彼女や妻の精神的支柱になりながらバリバリ家事育児もこなす。こんな男性は少数だろうが確かに存在するし、そんな奴に私は逆立ちしたって勝てない。「強者男性」~超えられない壁~「弱者男性である

しかし、「弱者男性」と「何物でもない存在」はそうではない。何か機会があれば一瞬で「何物でもない存在」に落ち得る、かつ、そうなると勝負舞台に返り咲くのはなかなか難しい。例えば、私の場合大学院を修了できなかったり、就職先が決まらなかったり、彼女に振られたらその時点で「弱者男性」ではいられない。これと「何物でもない存在」への救済のなさが昨今の恋愛率の低下・未婚率の増加につながってると思います

総括すると女性から見た「強者男性」が不動の地位確立し、大多数の女性から出会いを望まれる中で、「弱者男性」は高度化の波に飲まれながら疲弊し、「何物でもない存在」は勝負から降り始める。こんな感じかなと思いますね。なかなかにカオスかなと思います

最後

当たり前のことをつらつら、偉そうなことをつらつら(特に「何物でもない存在」とかは一体何様で言っているんだ、、)と書いてきたわけですが、恋愛市場ハードルが高いのはやはり若者にとってはしんどいですね。私自身が強者男性になる、または弱者男性のままで成功する努力をするべきなのですが、簡単解決法としてイケイケつよつよ男性はできるだけSNSなどのメディアから退いてもらってハードルを下げてもらいたいというのが本音ですね。イケイケつよつよ男性の皆さん、日本未来のためにどうかよろしくお願いします。

加えて、初投稿で至らない点多しなのですが、批判でも何でもいいのでコメントくださると嬉しいです。自己顕示欲満たすために書きこんでるところあるんで、よろしくお願いします。

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