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2025-03-04

湿布悪者じゃないよ!目覚めよ民たち!

地方限界ナースです。体調壊して休職中いつ戻れるかわからん。間あくとあの戦場に帰れる自信ない。

なんなアホな民たちはここぞとばかりに湿布が悪だーってほざいてる。

ほんとアホな議論だなーと全国の看護師は思ってるんじゃない?

本当にお前ら民が糾弾すべきは地域包括ケア病棟かい姥捨山病棟だよ!

この病棟ってざっくりいうとリハビリ必要な人はこの病棟リハビリとか在宅に必要サービスを整えてから帰ってねーっていう病棟でここに入院すると病院には3万円近い入院費が入ってくる。1日あたりね。で40日過ぎるとこの3万がガクンと下がって2万とかになる。

この3万円の中に治療費も含まれから例えば入院してて肺炎なっちゃったー!てなってもその治療費分は上乗せされないので治療してしまうと病院の損になるからなるべく治療必要ないほんとリハビリする人だけを入院させるんだけども無茶苦茶先生だと家族から今見れないからなんとか入院させてくれないか?とお願いされて入院させたり明らかに入院しなくていいだろ!みたない人を入院させたりする。

都市部病院になってくると入院させてくれないだろーけど地方病院なんてなんとか病床(ベッドのこと)を埋めたくてそんな人まで入院させて病床を埋めてるなんてこともザラである

湿布の過剰な処方はだめだけどそれで入院されないならいいと思わない?内服薬だってそれで入院しないなら自分全然いいと思う。

だってただ認知症家族施設にいれたくないからいっとき病院で見てください!で120万の医療費を使うほうがありえんだろ!

下手すると40日じゃなくてもっといたりするから

本来3割負担なら40万のはずなのに1割だと12万でよくて保険に入っていれば施設代わりの入院プラスになるからね。

ニュースに煽られずもっと違うところに目を向けていかないと。

無駄な処方をなくせじゃなくて無駄入院なくせ!って叫ばないと。

あともう地方病院統合していったほうがいい。

潰れたくないだろうけどモラルハザード的な入院をさせてまで赤字幅を多少縮めたところでそれは国民から集めたお金詐欺的にぶんどってるほかないんだからさ。

目覚めよ!!!民たち!!!

2025-02-22

[]

散歩をしていたら、なぜか法的訴訟に関して会見中の人たちに絡まれ

その人たちが「お前が犯人か?」と私に聞いてきた

「違います」というと、「じゃあなんでお前のような奴がこんなところをこんな時間に歩いているんだ」と言ってきた

私は「私は統合失調症なので、病状のリハビリのために散歩しているだけなのです」と答える

その人たちが「あと数秒で時効なっちまうぞ!」と言い始めた

そして時効の時刻になると、なぜか私はその人たちと一緒に並んで泣くように言われた

さて、帰るか、と歩こうとすると、来た道に外国人たちがいた

なぜか道がぐわぁっと盛り上がり、人が笑いながら飲み込まれていった

「さて、僕たちの意義はなんでしょう?」と道の波にさらわれた人たちが言った

その途端、木構造洞窟のような視覚イメージが出てきて、木の下終端は次の人生意味していた

木の上終端は現在意味していたが、現在へ出ると、なぜか配管工が水道工事をしていた

大好きな愛犬が医療過誤により歩けなくなりました。

タイトルの通り、なぜあん病院に行ってしまったのかと毎日後悔しています。2ヶ月前にいきなり元気がなくなり、かかりつけの動物病院にいったところ軽度の椎間板ヘルニアと診断され安静を指示されたのでケージで安静にさせていたのですが、夜には足にふらつきが出た為、近所にあった椎間板ヘルニアの手術を行なったことのある病院を探しそちらに電話し翌日の診察を依頼しました。

たまたま年末でかかりつけの病院休みだった為そちらに行ってしまったのが最大の間違いでした。

翌日には後肢に麻痺が出て立てなくなっていた為、そちらの病院にて造影剤を用いたレントゲンを行い手術を行いました。

手術に関しては場所特定もわかりやすく手術は成功したと聞かされました。

その後1か月ほど、毎日リハビリを行なっていたのですが、症状がよくならず、再生医療や鍼治療検討するためにいろいろな病院相談していた所もしかしたら椎間板物質が取り切れてない可能性を指摘されMRIでの診断を提案されました。

かかりつけ医からMRI撮影できる病院を紹介頂きMRI撮影したところ、椎間板物質がまだありヘルニアの症状が現在も残っていることがわかり、治す為には再手術が必要なこともわかりました。

2回も連続しての手術、短期間での3度の全身麻酔とかなりリスクは高く、さらにグレード診断は4だった為本来であれば9割は手術により症状が改善する所が、術後の経過が長い為、(この時点で発症から2か月が経過していました。)歩ける可能性はかなり低くなっているが手術はした方が良いとの事で手術をしました。

手術は成功したのですが、やはり発症からの経過時間が長かった為、神経の状態が悪く今後歩ける可能性は低いとの結果を伝えられました。さらに、初回の手術にて開けられた穴が不必要に大きい為、背骨骨折リスクがある事も伝えられました。

初めからMRIなどがある大きい病院に行っていれば今頃歩けていたのかと思うと自分バカさ加減が悔しくて腹が立ってきます

1回目の手術をした病院にそれらの不備を訴えたところ今回の椎間板ヘルニアの手術には自信がなかったや、造影剤での手術ならこんな事もある、取り切れてなかったのは不思議だ、などと言われましたが、最終的には手術ミスを認めて手術費用は返金するとお約束頂いたのでその日は、一度検討する事にし帰宅しました。

ですが、そのお約束いただいた和解案を急に撤回されるなど、かなり納得のいかない対応をされています

本来であれば、椎間板ヘルニアはグレード4までなら手術をすれば9割が症状が改善するのでみなさんは、自分たちと違いMRIがあり手術経験豊富病院で手術してほしいです。

2025-02-21

B型作業所をクビになったという投稿をした増田だけど返信を。

https://anond.hatelabo.jp/20250219153258

今までそこそこ増田として日記を書いてきたけどこんな反響があったのは初めてで嬉しい&不眠で暇なのでコメントブクマに対してお返事を。

職員クズだと思うが、増田の行動も意味不明

やべー職場だってのは最初から認識してるのに

善意が通じると思い続けてるあたりが理解できん

反抗するものにどういう仕打ちをするかなんて想像しなくてもわかるレベル

そのつもりで戦わないから手のひらで転がされてる

申し訳ないけど、あほかって気持ちしかなれんな

そんなの一般職場でも同じ

本文中にも書いた通り、最初はやべー作業所じゃなかった。

やべー職員が入ってきて、差別的な(作業所差別ではないというので俺もそうなのかなあどうなのかなあというところだが)発言や行動をするようになって、変わった。

善意が通じるかどうかというよりは、実は俺も元福祉職であったので、介護施設認知症福祉施設障害者に対して福祉従事者がどれだけ本来立場が弱いものなのかというのを身を持って知っていたので、ラインを越えているのではないかと思うに至ったわけだ。

例えば認知症自傷他害の恐れが有り手足や杖・時には包丁危害を加えようとしてきても手を触れて制止に当たろうとすると即虐待ということになり通報され最悪裁判、となるのが介護現場だ。介護士は暴力に耐えるしかない。俺だって杖で何度も叩かれたし噛みつかれたりもした。

障害者相手にしての振る舞いについても同様、細心の注意が必要だろう。それは善とか悪とかの話じゃなくて職務上の倫理であろう。

まあ、このままなら告発するかもしれませんよ、と告げた時点でクビという仕打ちが待っているかもしれないということは予想していたよ。

でも黙ってられなかったし、本文でも一言も言ってないように後悔してないし、従順障害者で居続けなかったことは作業所に留まりたかったのなら愚かと言えるだろう。

しかし、ある強力な鎮静剤を医師と話し合いのもと使用するのをやめたところ就労意欲が湧き、社会復帰に向けて動き出していたから、別に辞めさせられてもいいと思っての行動だった。

職場でも同じというのは分かるよ。

社内政治があるから、忍耐や見ないフリ、協調、色々必要になってくると思う。ブランクが有るし社会復帰したらそれも課題としてまた降り掛かってくるかもしれない。気をつけるさ。

定型発達にここまで過剰適応すると哀れ

発達障害に見える文章かな?でも違うよ。

診断は受けていないが医師も無いだろうというし(人は誰しも微細な発達的な特性を持ってはいると個人的には思う、それがコップから溢れている人が発達障害として困りごとを抱え障害として認定される、というお話だった)

俺のところにもそう言う会社あるわ。

で、そこの代表は善人ヅラして行政会議かに有識者扱いで出てくるんだけど、どう見てもゴミ屑なんだよな。

行政としちゃ面倒くさい連中を押しつけて片付けてくれるからありがたいんだろうけど、絶対に近寄らないわ。

そこの職員は、代表の下っ端で下位互換みたいなどこかおかしな連中と、苦労して支えている病んでる系の人と二種類しかいなくて、マジこの世の闇だった。

今儲かるビジネスとしてB型作業所は急増中という現状があるみたいね

16000軒あるらしい。20人が定員だとして週5で出てたら作業所には大体350万円ぐらい毎月入るって感じだったかな。

もちろん、誰もが週5で出るわけじゃないからそこまで儲かるわけじゃないだろうし、とにかく利用者を集めるのが大変だから潰れるとこもまあまああるらしいね

このB型作業所ビジネスをやってたうちの代表が何を思って始めたかは知らないが、仕事を辞め引きこもり精神的に病んでいて自殺を考えていた俺を引っ張り出して、B型作業所リハビリさせてくれたという事実人助けに間違いない。感謝している。まあ遵法意識がなく色々ヤッてるという一面はあるが・・・(某掲示板に専用スレがあるぐらい悪評もある人物である。。。)。

クビにしたものの俺の再就職を心から応援してくれて家まで来てくれて、人生相談アドバイスに乗ってくれるという一面もあるしね。

B型職員は未経験でも障害者に対する知識がなくても務められるから、まああんまり高度な人間は務めに来ないだろうだろうね。給料も安いし。

でも、素晴らしい職員の方も居たよ。

最近こういうの読むとすぐ陽性症状では?一応主治医相談した方が良いですよ?みたいなのを考えてしま

まあ躁鬱なので躁状態だった可能性は、俺は俺を客観視出来ないから「分からない」としか言えないんだけど、

医師や訪看に伝えても躁状態を指摘されることはなかったから(客観評価)まあ違うんじゃないかな?

薬を飲み始めてから10年ぐらい経つけど躁や鬱に振れることはもう無くなっているしね。

B型作業所で月15万も貰えないと思う

マジ?正社員で? 闇だなー。

社会復帰頑張れ~

ブランクもあるし年齢もあるしなかなか難しいので難関資格チャレンジ中!

この資格さえあればなんとか・・・なればいいが。ありがとう

処遇改善って奴を入れてるところならサビ管の給料をその額にして良いわけがないんだけど、まぁそういう自覚がないところから手入れが入ってくんだろうね。

まぁ一族経営なら自分らがサビ管取るのが一番丸いか

まぁつまり、吹けば飛ぶような事業所だと思うよ。

 

とはいえちゃんとお行儀の良い事業所に行ってもっと良いB型作業所ライフを!とは思わない。

しろ増田がやってることの方が本来福祉の出口として正解だから応援したい。

 

B型作業所なんてのは社会復帰のとっかかりの第一段部分でしかない。

から、ずっと一段目で座り込まれるより、次のステップへ行っている方が無茶苦茶正しい。

もう帰ってくんなよとは言わないけれども、なるべくなら再会は遠い日にしたいものだ。

その時はより作業やす環境ストレスなくのんびり作業出来たらいいね

サビ管の給料についてはもっとあったかも?ちょっとうろ覚え。まあ本人が回りの低賃金職員配慮して少なめに言ったのかもしれないね

そうなんだよね。

ずっと君はB型レベルじゃないからここに居るのはもったないから歳を取る前に早く社会復帰した方が良い、と言われていたし、

社会復帰がゴールだよね。あくまでも作業所しかB型なんてのはリハビリ施設に過ぎないよね。

でも、不眠の薬として強力な鎮静剤を出されていたこともあって、全般的なやる気や活力(性欲もね)も鎮静されていたという状況が長く、

「このままずっと生活保護でいいか~」って思ってたんだよね。でもその薬を医師相談の上やめてから活力が戻って社会復帰したいと思うようになった。

から今は一般就労するつもりでいる。叶うかどうか分からないけど夢も出来た。社会に出てやりたいことがある。

作業所はもう行かないかな。家族支援者バイトから始めて、一般社会と関わることを俺に望み、勧めてきているし。

週2日ぐらい働きながら資格勉強をするよ。

作業所に通ってた奴とは思えん文章だな というか作業所に告げず福祉事務所に直でチクりに行けばよかったのに

文章大丈夫ありがとう

まあチクりというか相談程度、先に行けばよかったかな。

差別なのかどうかのジャッジ専門家かが教えてくれただろうし。

あと、やっぱり長いこと通ってると情もあったしね。なかなかね。

相談支援員どこ行った/資格とってもうBに行かないってできるなら初めからBに行く必要はないんよ…/法廷代理受領や工賃証明をもらえてないならそれ証拠に県福祉課と県内社協告発しよう

相談支援員てケースワーカー生活保護担当なら居るけど俺個人相談支援員は居ないね

いや、元々社会人やってたけど躁鬱発症でめちゃくちゃになって生活保護ひきこもりから精神科→B型で毎月生活保護収入認定15000円ゲットがてらリハビリって流れで、当時の俺には必要だったのよ。ただずっと生活保護でいいやって思ってたのもあって、長く居すぎたね。8年も無駄にした。

告発←情もあるし潰れたら困る利用者も居るしねえ。それで指導が入ったとしても改善されるかどうか分からないし、もう俺辞めたしまあどうでもいいんだ。

お疲れ様歯科受付やってると生保の人につきっきりの施設の人見て大変だなぁとか思ってたけど、内情もいろいろありそうね。

ありがとう生保の中でもカスは居て医療関係者迷惑をかけてるって話をよく聞く。そちらこそお疲れさま、いつもありがとうだよ。

施設の人も低賃金で余裕ないのかもね。仕方ないのかもなあ。

矢印を自分に向けよう

自己批判か。

まあ俺も場違いだったのかもしれないしいきなり告発を匂わせ(脅しだよね)たり、穏当じゃなかったよね。

これから社会に復帰するに当たって、そこらへんの関係を上手にやらないとまたクビになるね笑

気をつける。そもそも躁鬱だし、危ないよね。自分のためにも何が適切な行動かよくよく考えて生きる必要があるね。でも今回のことは後悔してないよ。

助けを求める?甘ったれるな!自分解決しろ!そんな杜撰施設に8年もいたのが間違いなのだ

一昨年ぐらいまではい施設だったんだよ~色々問題は見え隠れしてたけどトータルでね。

別に誰にも助けは求めてないし解決ももうした。終わった話だ。

甘えというのは生活保護のことかな?まあ、抜け出るために頑張ってるから許してよ。

監督省庁かなんかにチクって、きっちり填めてやるのが礼儀じゃないですかね。舐められたら殺すっていかないと。

生活保護だし障害者だし貧乏だし、社会的弱者にそんな強気になれる根性は正直ない笑

虐待を受けたと思われる(※疑いレベルでも対象障害者を見つけたときは、誰でも(※職員限定とかじゃない)、通報する法的義務(※努力義務じゃない)があるよ(cf,障害者虐待防止法)

じゃあ俺にはその義務があったわけだ。他の利用者さんが虐待を疑われるような事象に晒されてたんだから。それ見ていたわけだから

ももう退所したからな~。

「俺」のお気に入り職員もやば。贈り物も家の行き来も酒酌み交わすのも「俺」には都合がいいけど、事業所職員としてやったらあかん(こういうのを型破りな支援と思ってる職員はだいたい何かやらかすか、すぐ辞める)

ゆるい作業所だったんだよね。

表向きはそういうの禁止されてたけど普通に職員利用者で、例えばうちなんか家族ぐるみの付き合いで焼き肉に行ったりしてた。

前の記事にも書いてたけど、その職員はそういうルールがあっても「自分お気に入り利用者」にならOKと思ってるところのある人だったね。

B型は実際劣悪な環境低賃金合法に働かせるための現代奴隷制度だから

まあ障害者を安い労働力として目を付けて露骨に利用してくる業者は多かったね、実際。

A型レベルポスティングや清掃の仕事が来ても、それは孫請の仕事だったりして中抜き業者が絡んでることとか当たり前にあった。

それでも受けざるを得ない、工賃を得るために。そこは問題点ではあったよね。動ける障害者は時給100円や200円で働かされる。

まあそれが嫌なら、そしてそれ以上の仕事が出来るならA型へ行けばいいわけだけど、これだけB型が増殖してるということはやっぱ問題かもね。

作業所低賃金説明社会参加とのトレードオフだなんて欺瞞持ち出す人がいるんだけど、こんな社会に参加する必要果たしてあるのかって思ってしまう。金だけもらって家でネトゲでもやってた方がまだましだろ。

まあ社会参加っていうけどどんなレベル社会を与えてくれてるの?っていうのもあるよね。

俺なんかだと身体障害者やごく一部の軽い精神障害者しか話あわなかったし、8割型職員と話してた。

労働面ではどうかというとこれもまあ大体のB型はオママゴトだよね。それが社会体験か?と言われればリハビリレベルしか思えない。

とはいえ全国で16000軒ものB型作業所があり、障害者にも居場所として、保護者としても一時保育所としての役割があったんじゃないかな。

そんな作業所税金投入するなら全部潰して障害者に直接金渡せ(俺が週5で出ると18万円作業所に入ってたし)という意見もあるね笑

文章が…境界の人は本当に大変だ。AかBかでよかったのに、全てを丸く収められるグラデーションを作れるわけがないのに。

とてもASD味のある文章

そんなに俺の文章ヤバい

職員クズになりがちなのはその待遇があまりにも酷すぎるのに対して求められる仕事量が半端ないせいでしょ。介護士もだけどお世話になる人に善意ばかり求めるなら待遇改善位代わりに訴えても良いと思うよ。

クズは一部だけ。低賃金なのに倫理観と志高く持ってやってる職員のほうが多かった。

善意を求めるように見えたかな?差別に感じるけどどうなの?って問題提起しただけだよ。

個人配慮善意も求めていない。ただ他の利用者に対しての差別ぽいもの見せられてそれはアカンでしょ、と思ったの。

職員待遇良くしてあげてよって利用者が言ってなんとかなるものなのかなあ。

あと、特定される情報から言えないけど、社長は何の権限も無くて。何も知らない何も分からない人がやってる。現場も見ないし。あ、特定されそう笑

その人に何か言っても何か変わったことなんて一度も無かったよ。どうしようもない。

発覚恐れてるくらいだから利用者の持ち物の検査もしてるだろうな。ちゃん行政にたれ込んでやってほしいけど、現実は次の作業所への横の情報展開怖くてできないよね。

もう作業所へ行く気はないか福祉事務所に話してもいいんだけど、もう終わった話だしねえ。

残った障害者の人々が遠くから願うぐらいしかいね。もう関係ない。

そんな状況下でなにも録音しなかったんか?( ˘ω˘)

記事に書かなかったが、まあ証拠がなかったので福祉事務所に相談に行って「こういう発言なんですけどどうですかね」と聞かせることが出来なかった。

ということもあり、「告発までは行かないが、福祉事務所に相談に行きましょうかね」的なことを伝えた時、「録音も考えてます」とは伝えたよ。

それもやっぱり、こいつはクビにしないと危ない!ってなった一因でもあると思う。

最終的には、職員が誰もいなくなって終わりそう。(実際に人手不足で無くなった事業所がある)

職員と仲よかったからみんなから上層部への愚痴聞いてたけどみんな辞めないんだよね。

やりがいとかがあるのかな。

あら、大変だったな、資格取得と就職活動がんばってくれ

ありがとう

生活保護を抜けて社会復帰して税金納めて社会貢献して出来れば恋人も欲しい!

未来は僕らの手の中!

こんなとこかなー。あー眠れない。

みんなありがとうね。反応が返ってきて嬉しかった。

2025-02-16

性格は明るいが、思い込み勘違いを迂闊に言わないよう、キレやすい妻を刺激しないよう、常に本を読んでいるふりをしていた寡黙な父であった

しかしある正月、「馬鹿なっちゃった~」などと言いだしており、突然に表情豊かな人間に変身していた。いわゆる認知症発症したので、悲しい反面、表面的には面白がってる自分もいた。面白いほうの認知症だった。

けれども医者看護師から認知症ですねえ、と言われると、事実であってもムカッ腹が立った。すっとぼけた間違いはもとからあることなんで、根が変わってませんけど?と家族のよしみで思っていた

リハビリ師は、「この30のイラストの中には全く同じイラストが何ペアかあるので、数をおしえて」みたいな、どうでもいい幼稚園問題をさせ、間違えると認知症だとバカにするのだが、リハビリ師の答えにもまた見落としがあることを、付き添いの孫が指摘している。

たまたま医師患者とか親と子だとかの役割やってるだけで、自分が上だと思って,、自分レッテルはってる人間の浅知恵、と思う。

2025-02-15

anond:20250215093329

この文章信憑性評価すると、以下の点からフィクションである可能性が高いと考えられます

### 1. **記憶喪失の症状が非現実的**

- くも膜下出血などの脳の障害記憶を失うことはあり得ますが、「高校生時代記憶けが残り、その後の記憶が完全に失われる」ケースは医学的に極めて珍しいです。

- 実際の健忘症では、断片的な記憶が残ったり、古い記憶の一部は保持されることが多く、「高校生時代記憶けが完全に残り、それ以降が完全に消える」というのは不自然です。

### 2. **物語構成が作り話に近い**

- 記憶を失った女性が「知らない家で目覚める」「見た目はおばさん、中身は高校生ギャル」といった展開は、フィクション都市伝説的な話によく見られる構成です。

- 記憶が戻る描写も「パンケーキジュースをこぼしたこと」など、感傷的なエピソード効果的に配置されており、小説的な要素が強いです。

### 3. **細かい心理描写リアルすぎるが、不自然な点も**

- 「高校生だった自分記憶は鮮明にあるが、それが事実と異なっていた」という設定は面白いですが、実際には脳の障害によってこのように「まるで異なる人生経験したような偽の記憶が作られる」ことは非常に稀です。

- 記憶がないならば、もっと混乱が強くなるはずですが、文章の展開が比較スムーズすぎる点も作り話の特徴です。

### 4. **結末がフィクション的**

- 離婚して子供と会わず最後に「記憶が少し戻る」という終わり方は、ドラマ物語的なオチがついているように感じます

- 実際のケースでは、記憶障害があったとしてもリハビリ治療が行われ、家族との関係を修復しようとするケースが多いですが、この話では「離れることが子供のため」と断言しており、物語的に綺麗にまとまっています

### **結論**

この文章は、実話をもとにした創作、または完全なフィクション可能性が高いです。

インターネット上の創作話(いわゆる「創作実話」)の一つと考えられます

2025-02-12

chat GPT使うようになってから文章考える力がなくなってる気がする

幾つかキーワード打ち込んで文章生成してもらうのに慣れすぎて、明らかに文章力落ちた気がする。

自力文章考えるリハビリしたほうがいいかなとも思ったんだけど、これがスタンダードになっていくなら積極的に使って生成された文章を手直しする能力を鍛える方が得策なのかな

2025-02-11

anond:20250211141022

オムツはみんな嫌がるので、リハビリパンツがよい

隙があれば尿取りパッドも追加

少しの尿ならポリマー乾かして再利用可能

尿汚れはちょっとあっても、洗濯物が大量に

なるので、防水シーツ必須

うっかりポリマー洗濯すると悲惨

こちらからは以上です

わたし東京に行きたかった

地方に住む30代女には珍しく正規雇用の職に就いてて、同年代平均値程度には貯金もある。上京してもそれなりの仕事を得て暮らしていける自信はある。

でも、東京へは行けない。

我が家には障害者が二人いるからだ。

身体障害者父親は数年前に脳出血を起こしてから足が動かなくなり、歩き方がどんどんおかしくなってる。青信号のうちに横断歩道渡り切ることができないくらい。

まともに働いてこなかったので年金退職金もなく、親戚に紹介してもらった仕事を細々とこなしている。

歩けないので、家族と買い物も旅行もできない。おまけに性格記憶力も年々悪化して、卑屈になり、被害妄想がひどく、自己保身のために平気で嘘をついては相手を嘘つき呼ばわりする。

今年に入ってから夜中のトイレに失敗する回数が増えた。足が動かないので間に合わないらしい。

リハビリにも通っているんだから、家の中で足を引きずって歩くのをやめてくれと怒ったら、

「うるせえ!うるせえ!」と怒鳴りながら自室のドアをバンバン開け閉めされて恐怖だった。

おまえがうるせえよ。

妹は精神障害者手帳持ちのいわゆるメンヘラ。不満をギリギリまで溜め込んで突然爆発するタイプ

体調管理がまったくできず、薄着で出かけて風邪をひいたり、まともに食事をとらずに空腹で倒れるというセルフネグレクトな一面もある。

障害者雇用で働く職場でも厄介者扱いされており、「周りが聞こえるように悪口を言ってくる」などと病んでは欠勤しがち。

フォトショイラレ勉強すら途中で投げ出すのに、在宅勤務で絵を描く仕事がしたいとか夢みたいなことを口にしている。

過去に二日間家に帰らず警察沙汰になったことがあるので、不機嫌だったり落ち込んでるときに何をしでかすか分からなくて怖い。

外食中にほとんど料理を残すので、「食べたくないなら最初にそう言いなよ」とやんわり言ったら突然キレて皿を真っ二つに割りやがった。

妹ながら付き合いきれない。

障害者が二人いるんだから、私と母で面倒を見ていくしかない。正確に言えば、介護を中心に担っているのは母ひとりだ。

母は本当に、障害者二人から不満の捌け口にされているように思う。

衣服介護用品の買い出し、病院の付き添い、薬の管理までこなしているのに、父も妹も平気で母を困らせて、きつく当たり散らす。

特に父親は母がいなければ洗濯掃除も何もできないのに、オムツを履いてくれと懇願されれば「うるせえ馬鹿女!」と怒鳴りつける。

父親おねしょした後に隠した下着や布団を引っ張り出し、洗っているのは母なのに。

妹は妹で不機嫌なときは口を聞かない、食べない、部屋に引きこもって出てこないなど私や母を不安にさせる行動を繰り返す。

他責思考が強く、周りが自分に冷たいのが悪いと言わんばかりの悲劇のヒロインポジションを維持しようとする。

当の母親ストレスの影響か血圧180というバグった数値を叩き出し、高血圧の薬を飲みながら父と妹のお世話に奔走している。

こんな家族を置いて、どうやって家を出ていけばいいのだろう。

私も日中フルタイムで働いているので、母の代わりとなって介護を担うことは難しい。せいぜい家にお金を入れて、泣きながら弱音を吐く母の話し相手になることしかできない。

しかし数年後には母も年老いて今より働けなくなるだろうし、高血圧の症状が悪化するかもしれない。

もし母が倒れたら、障害者二人の世話は誰がするのだろう。私しかいないんじゃないか東京で働きたいなんて、夢を見ている場合じゃないだろう。

一方で弟は就職と同時に上京し、仕事お金で苦労しつつも、可愛い彼女同棲中だという。

来年ミラコスタ結婚式やるから!」と言われて、呆れて笑ってしまった。足の悪い障害者メンヘラ精神障害者を連れて、私と母のふたりで、どうやって舞浜まで来いと言うのだろうか。

近頃は私も毎日うっすら体調が悪く、「頑張る」よりも「諦める」選択が増えている。東京なんてはるか遠い夢の国だ。

今朝も父親おねしょをして布団をビチョビチョにしたので、これから汚れた布団を捨てに行く。父親も一緒に捨てられたらいいのに。

2025-02-03

俺の腰痛戦記

10年くらい前から慢性的腰痛持ちだった。

我慢できないほどではないが、腰が重い、ずっと誰かに押されてるような感覚

座り仕事中、何時間もそんな状態が続く感じだった。

そして、4年ほど前、コロナ禍になって1年ほど経ったころにぎっくり腰をやった。

そこから半年ほど1時間も続けて座れない状態が続いた。

そこで色々対策した。

結果的に今では腰痛ほとんどなく過ごせている。

子育てのような「腰痛持ちには地獄作業連続もこなしている。

同じく腰痛に苦しむ人用にやったことと効果体感シェアしてみる。

やったこと1:ストレッチ

効果10点中1点

ストレッチは2年くらいかなり真剣に続けた。

1日2回、朝晩15-30分ずつ程度。

腰痛が酷い頃は、朝晩両方入浴して、そのあとにストレッチしていた。

オガトレ等の有名youtuberメニューの中から、よさそうなもの、合ってるものを組み合わせてメニューを膨らませていったら、20分以上かかるようになった。

結果的に、2年くらいほぼ毎日続けたが、腰痛が良くなった感覚はなかった。

しろ、合わないメニューを試すと、丸一日腰が痛くて仕方なかった。

柔軟性もほとんど向上しなかった。

朝の入浴は腰痛効果があったが、どうしても日中眠くなったり、疲れやすかった。

副交感神経が優位になるとか、そういうことだったのだと思う。



やったこと2:整形外科

効果10点中0点

自己ストレッチの前に、もちろん医者にもいった。

座っていることが苦痛なのに、予約時間から平気で1~1.5時間くらいの待ち時間があった。

ジジババの通院がくそ多い。

痛みで通院していて、待ち時間に安いパイプ椅子に座って余計腰が痛くなって帰宅した。

そして、結局、リハビリでもストレッチ実践しつつ、「家でこれをやって」とメニューを教えてもらうだけなので、ストレッチと同様に役立たずだった。

通院に時間がかかる分、自己ストレッチ以下のコスパタイパだった。

やったこと3:整骨院

効果10点中5点

自分一人では伸ばせないところを伸ばしてもらい、一人でのストレッチ整形外科以上の効果を感じた。

それと、インナーマッスル重要性の指摘されたのだが、目からうろこだった。

増田腰痛の原因は筋肉不足と。

実際、コロナ禍で運動不足になったり、リモートワーク中にぎっくり腰をやったので、その通りだったのだと思う。

コロナさえなければジムに行ったり、運動習慣はある方だったから、盲点だった。

EMS(電気インナーマッスル鍛える機械)があるところはおすすめ

ただし、続けて通院するには金と時間がかかるので、もったいなくて最悪の状況を抜けたら辞めた。


やったこと4:筋トレ

効果10点中7点

整骨院で「インナーマッスル運動不足です」と言われてからジム通いを再開した。

コロナ前までは、数年のジムでの筋トレ経験もあったから、いわゆるベンチプレス等のBig3メニューを中心に始めた。


いたことに、昔は出来てたデッドリフトが全くできなかった。

そもそも姿勢が取れない。

身体が固すぎる。

5年前の1/3程度しか上げられない。

それと、プランクも全くできなかった。

30秒が精いっぱい。

それにもかかわらず、ベンチプレススクワットだけは5年前と同じくらい上がるんだ。

身体バランスが崩れていた。

「なるほど、これが運動不足や体のバランスが崩れか」と得心した。

そこからジムに通って、デッドリフトや腹筋等を軽い重量でやり続けた。

これを2、3か月続けると身体ちょっとずつ柔らかくなるんだ。

ストレッチではほとんど柔軟性なんて変わらなかったのに!

これは衝撃だった。

他の種目でも実感するが、筋トレは"うまくやれば"柔軟性を上げられる。

すると、フォームもどんどんまともになって、半年もすれば重量が再開した時の倍になった。

そのころには腰痛ほとんど感じなくなった。

まり重いものを持つのは怖いので、重量よりも回数を重視して筋トレした。

ただ、筋トレの弱点は腹筋を鍛えにくいことだった。

プランクは楽しく無さすぎる。

やったこと5:フットサルバスケ等のスポーツ

効果10点中9点

これも絶大に良かった。

運動不足」を自覚してから、楽しく運動生活に取り入れるように社会人サークルネットで探して色々参加した。

ジム筋トレだと中々腹筋等のインナーマッスルが鍛えづらい。

プランクだと地味で怠い。

その点、フットサルバスケ等のスポーツ自然体幹を使う。

どんどんインナーマッスルがついて、姿勢が良くなった。

肩や首のコリもとれた。

社会人サークルに入って、友達も増えた。

やったこと6:パーソナル・トレーニング

筋トレが出来なさすぎるときには、パーソナルトレーニングを受けた。

特にジム経験が無い人やフォームおかしい人にはパーソナルお勧め

一回5000円くらいなので、安くはないが、まあ治療費を考えれば、2,3万円分くらいお願いしてフォームを仕込んでもらうのが良い。

特に良かったのは、資格持ちの人。

アスレチックトレーナー(AT)という資格は、主に身体を治すための筋トレ資格

この人たちは身体機能おかしいかどうか、そしてどこがおかしいのが原因か、悪いところをどう直すか指導してくれる。

ゴールドジムとかのマッチョ系のトレーナーより、AT資格もちのトレーナー腰痛持ちには頼りになる。

あとはこういう人たちはプランク以外の体幹トレーニングも色々教えてくれる。

やったこと7:朝一のスクワット

効果10点中10

ストレッチの代わりに朝にスクワットやランジみたいなトレーニング自重でやるようにした。

せいぜい2,3分

ジム通いをしてるので、自重トレーニングなんて屁みたいなもの

それにストレッチと比べたら所要時間が超短い。

たった自重スクワットとランジを10回やるだけで、腰の不安感が大きく違う。

他にやったこと:

1.グルコサミン等のサプリ効果も実感しないし、飲み忘れ等で自然消滅した。

2.サポーターコルセット:お世話になったけど根本的な解決にはならない

3.ランニング:割と良い。スポーツが嫌だったり、出来ないときには代替策に多少なる。

まとめ:

結局、運動が一番効いた

しかも、慢性的解決

腰で困ってる人の参考になれば。

2025-01-31

よくよく考えたら介護士って社会に対して何も生産してないな

事故などで怪我した若年者のリハビリとかしてる人は未来への助けになってるけど、老人介護してもその老人自身はもう何も生み出さな

2025-01-29

anond:20250129065322

清掃なんか余計病むのに勧めるんだ

清掃はリハビリワークじゃないし重労働

そういう誰でも受かりそうな仕事ほど

ルールでがんじがらめで上下関係も厳しく常識よりもツテが最強

ロクな経歴じゃない連中が集まってるんだから普通に仕事するより難易度

 

ドロップアウトした人間ができる優しい仕事じゃない

 

働かないことだと思うよ

2025-01-26

心の日光消毒をしよう

あと腰痛リハビリをやっとこう

2025-01-25

anond:20250125114956

医者から言ってもらうとか、あるいは介護じゃなくてリハビリやぞって感じで説得するとかかなあ

2025-01-22

2020年大学生になった人間自分語りと、言いたいこと

2020年大学生になった。もう入学した頃にはすげーコロナ禍で、せっかく見つけた下宿に、ただ家賃を払う半年間が続いた。

授業は全部オンデマンドZoom。誰かと話す時間はなかった。

半年経って後期が始まると、週に1回だけ対面授業ができた。その1回だけのために下宿に住んだ。すげーバカバカしかった。内容は論文とかレポートの書き方とかだけで、よく話す人こそいれ、友達はできなかった。

サークルは、運良くとあるサークルに入ることができたが、自由参加自由退出みたいなサークルだったので歓迎会とかもなかった。2年になったとき、別のもっと密度のあるサークルに入ったけど、結局変わんなかった。どこに入っても、誰も歓迎会を開こうとか言わなかった。

2年になって、そこそこ対面の授業が出てきたから本格的に下宿に住んだ。まあ第二外国語の授業が一個増えただけだったけど。

3年になって、恋人ができた。でも別に大学で知り合ったわけじゃなくて、もともとフォロワーだった人が、たまたま京都に住んでただけだった。ゼミが始まって、友達らしい関係の人はできた。

3年の1月バイトで倒れた。うつだった。1年間休学した。やっと出来た友達らしい関係の人たちはみんな卒業した。恋人とは別れた。恋人うつの一因になっていたことを否定しきれなかったからだった。恋人は、端的に言えば、交通機関がお得になる手帳を持っていて、自分に対する当たりが不安定で、終いには怖くなってしまった。

せめて次の年に一つでも楽をしようと、卒論だけ書いた。大変だったけど、もともと何かを書いたり作ったりするのは嫌いじゃなかったので、いいリハビリになった。うつじゃねえかよと言われるかもしれないが、単位をとれるだけ学校に出席する余裕はなかったし、実家から遠く離れた下宿一人暮らしは無理だった。スーパーに入るだけで動機がした。卒論のために机に向かうのは、せいぜい週に1時間が限度だった。だんだん回復はしていいたが、1年かけて1万字。それまでの自分は、レポートをだいたい1時間で1000文字書いていたから、相当なスローペースになっていた。

でもパソコンをするのは好きだった。YouTubeとかニコニコに曲を投稿して。全然有名にはなれなかったけど、ハネたときは嬉しかった。マイクラでも無心で作業してた。

4年になって、就活をした。前の年までうつになっていたとは思えないくらハードスケジュールをこなした。でも自分を認めてくれる会社はなかった。ガクチカなんてない、友達もいない、意味わかんない理由で1年休学。休学中にがんばった作曲も、「再生数少なすぎ、そんなんじゃガクチカにならない」って否定された。少なくともオマエ様の企業説明動画よりは再生されてたぞ。ずっと吐きそうだった。周りを争うのは、自分より一年早く生まれてきただけで、自分よりも経験豊富で、サークルの歓迎も受けて、ガクチカも十分にある人たち。2001年に生まれたことをあれほど呪った日々はない。なんとか内定を1つだけとって、そこに決めた。決めざるを得なかった。

ただのアホだと思ってくれてかまわないが、単位制度勘違いしていて、4年の今、楽とかできないめちゃくちゃギリギリ状態だ。今季で落とせる単位は1個だけ。誰も相談に乗ってくれないから、単位についてずっと勘違いしていたし、学校サポート組織みたいなもの存在も知らなかった。だから、4年の後期にもなってテスト2つ、レポートも4つくらい抱えてる。

今も学校に話せる相手は誰もいない。たぶん、抗うつ薬をもらってる薬剤師のほうが自分のことを理解してる。

自分大学生活について思うところはないかと言われれば嘘になる。じゃなきゃこんなの書いてない。でも、これを見てる高校生受験生増田がいれば、これだけは言っておきたい。どれだけ大学デビューってバカにされようと、大学しかできないことをやったほうがいい。自分はそれが出来なかった。出来なかったことをものすごく後悔してる。だからサークルに入れ。軽音でもなんでもやれ。ヤリサーはたぶんもうない、しらんけど。

あと未成年飲酒はするなよ。周りがどんだけ未成年飲酒してても流されるなよ。ちゃんとハタチになって飲む酒が一番美味いぞ。タバコはもっての他だ。大麻は論外だ。噂が聞こえてきたら離れろ。

2025-01-12

もう3年くらいニートしてるんだけど

出かけるのは通院とスーパー程度

親と医療従事者としか話してない

リハビリのために何かおすすめ活動ある?

2025-01-08

パワハラ告発された当人だが刺されるかもしれないと怯えている

何年か前にうちの部署新人が入ってきた。

新人といっても中途採用で、年齢はアラサー、それまでにも仕事はしていたという。

業務内容はもちろん教えないといけないが、社会人であれば身に着けているはずの電話応対、メールの送受信は何の問題もないだろう、と思っていた。

しか

電話で「〇〇って書いてあるのはどういう意味か?」と問い合わせてきた客に「書いてあるままの意味です。」と答えて怒らせる。

メール取引先に送ったと思ったら、「送ります」という一文と添付ファイルだけで、署名も、宛名も入っていない。

というのを見て、おやおや、これはやばい、と思った。

メールは、宛名を入れて、自分名前を書いて、どういう用件なのか文章を書いて、署名を入れて送るものだ、と見本を作って渡した。

電話応対も、相手が聞いてきたことがわからなかったり、自分で答えられなさそうだったら保留にして誰か周りに聞く、ということを教えた。

こんな状態だもんで、社会人マナーを教えるところからまり、うちの部署特有業務なんて多分ほとんど覚えられなかった。

こいつは正社員だが、どう見てもパートで来てくれているおばちゃんのほうがよほど仕事ができた。

どうやら仕事をしてもうまくいかないことが続くからか(あたりまえ体操)、

休みがちになってきたので上司からこいつの仕事をやるように言われた。

正直、半人前以下の仕事量だったので、増えたところで負担にも思わなかったのを覚えている。

そしてある日、肩代わりしていたこつの仕事相手から、わりと理解のできないことを言われたので、

(うちの部署主催する講習の案内をしたところ、複数人出席したいといわれたので、席を用意して待っていたのに、結局誰一人受けに来なくて、

なんならほかにその講習を受けたいといっていた人がいたのに、こっちの相手先に案内して席が埋まってしまったので他を泣く泣く断った案件だった。

なのに、来年も開催する講習会に出席したいといわれて、さすがに他の希望者もいるなかで今年希望者全員が欠席した相手先に確約は難しい、といったら、

それはおかしい、とキレだした案件

どう上司に報告したらいいもんだかと考えあぐねていたところ、たまたまその日は出勤していたヤツが相手から聞きつけたようで

相手先困ってましたよ!なんで相手先の立場になって考えてあげられないんですか?」

と言ってきたので、なにいってんだこいつ、と思いつつ

「じゃああなたあなたの思う回答を相手にすれば?もともとはあなた仕事だし。」

と返したら、なにかが琴線に触れたのか

「〇〇さん(私)が対応した仕事なのになんで私が答えないといけないんですか?!おかしい!!」

とのことだった。

いや、知らんがな。

まあ、なんで自分他人仕事のしりぬぐいをしないといけないのか、ということで怒ったのだろうと想像つくが、

いやそもそもは私もあんたの仕事のしりぬぐいをしているんだが。

久々に出勤してきてそのしりぬぐいを目の当たりにして、感謝するどころか怒ってくる神経に、私の理解範疇を超えてしまった。

その日、上司には、こいつの仕事の肩代わりをしてるのに怒ってきたので、もうこいつとは職務上、コミュニケーションをとることはできない、ということを伝えた。

それについては了解してくれたので、肩代わりしている仕事はそのまま続けてほしいといわれた。

理不尽だがそれに関しては職務命令なので呑むしかなかった。

その日からこいつと喋った記憶はない。

暫くしたらいよいよ病休を取得することになり、視界からは消え去っていた。

これでようやく平穏が訪れたと思っていた頃、ある日、人事に呼びだされた。

目的は「こいつが病休から復帰した際の支援の参考にするため」のヒアリングがしたい、と告げられたが、いまだ病休取得中で、復帰のめども立っていないのに復帰したとき支援をする、という名目が明らかにおかしかった。

そして、やはり想像通り聞かれた内容は、職務上ではどのようにこいつと接していたか、周りの人たちがどういうふうに対応していたか、という、

こいつ自身仕事への取り組み方が主眼ではなく、その周りの人たちの対応を聞いてくる時点で、ああ、パワハラの有無を調べる目的を隠しているんだろうな、と察した。

そしてそれを希望したのは、病休をとっているヤツであるだろうことも。

人事には、基本的にこいつとは私語をすることはまずもってなかったこと、職務上の関わりも、明らかにおかしなことをしているときや明らかに誤っていることの指摘をしたことはあるが、

それも、謎の逆ギレ案件の日を境にコミュニケーションをとることすらなかった、ということを告げた。

人事も、やっぱりそうだよな、と言っていた。

ちなみに、私以外にもパワハラ嫌疑をかけられている人はいたらしいが、勿論、パワハラはなかったという結論に落ち着いたと聞いている。

そしていま、そろそろ復職に向けてリハビリ勤務を開始するらしい。

おそらくだが、いわゆるの適応障害発症して、抑うつ傾向にあったようだが、逆ギレのあの姿を見て、躁っぽくなる要素もあるだろうと思っている。

そのときにもしかしたらまたキレられるかもしれないし、なんなら刺されるかもしれないとひそかに怯えている。

というか、なんでこっちがおびえないといけないのかも理解不能なので、さっさと辞めさせてほしいが、こういうのはなかなか難しいらしい。

一発殴ってくれたらいっそのことそれこそ一発退場させられるのに。

とりあえず、こちからコミュニケーションを取ることはしないままでいくのは変わらないが、なにか自衛する手段がないか考える日々である

2025-01-05

仕事始めだけど今週は働かない

エクセル開いたり閉じたりして仕事してるフリする。

今週はリハビリだな。

兄妹で一生暮らして行こうと思った

 兄の俊(しゅん)と妹のひかりは、物心ついた頃から常に寄り添って生きてきた。どこへ行くのも一緒、何をするのも一緒。そんな二人の姿を、両親は微笑ましく見守っていた。だが、ふたり小学高学年になった頃、父が突然病に倒れ、わず半年後に母までもがあとを追うように逝ってしまった。それから二人は、自然と「離れられない存在」になった。

 両親を失った悲しみは大きかったが、幼いながらに俊は「ひかりを守らなくては」という強い責任感を抱くようになった。祖父母の家に引き取られることも検討されたが、当時すでに高齢であった祖母は、自分介護祖父に頼るような状況だった。親類たちが話し合った末、兄妹はそれぞれ違う親戚の家に預けられることになる――そんな話が出かかったとき、俊は拒否したのだ。

ひかりと離れたくない」と何度も口にした。その言葉を聞いていたのは、親戚会議にかり出されていた母の妹、すなわちふたりにとっての叔母だった。叔母はまだ若く未婚だったが、かつて姉から「何かあったら子どもたちを頼むね」と言われていたこともあり、思い切って二人を引き取る決意をしてくれた。そして兄妹は、叔母と同居しながら暮らすことになった。

 叔母の家はそれほど広くはなかったものの、兄妹にとっては心安らぐ唯一の場所だった。叔母は仕事を掛け持ちして大変そうではあったが、二人に温かい食事と布団のある生活を与えてくれた。それでも幼いふたりにとっての心の支えは、お互いの存在に尽きる。俊は「ひかりが心細くないように」と言い、勉強生活も精一杯頑張った。ひかりは「俊兄(しゅんにい)が頑張るなら私も」と言って、家事を手伝ったり、叔母の負担を減らそうとした。

 そんな生活のなかで、兄妹は互いを「大事家族」としてさら意識するようになった。もちろん血の繋がった兄妹である以上、それは当然かもしれない。だが、親を失ったという喪失感と同時に、兄妹の存在は「これから人生を一緒に歩むパートナー」のような意味合いを帯びていた。俊は「どんなことがあっても、俺がひかりを守る」と胸に誓い、ひかりは「何があっても俊兄の味方」であり続けると決めていた。

 高校に進学し、思春期を迎えたふたりは、それぞれに新しい友人関係や将来の夢を見つけはじめた。俊は社会科教師を目指し、ひかりデザイン関係仕事を志すようになる。学校行事部活アルバイトなどに忙しくなってくると、自然と二人で過ごす時間は減った。それでも家に帰れば、叔母とともに夕飯を囲む時間があり、「今日学校でこんなことがあった」「来週は文化祭で準備が大変」などと気軽に報告し合う。お互いに別々の道を歩むようでも、その根底には「兄妹は同じ屋根の下で生きている」という安心感があった。

 ところが、俊が大学受験を迎えるころ、叔母が体調を崩して入院してしまった。無理を重ねていたのか、検査入院から長期入院に切り替わり、兄妹だけで生活を回さなければならなくなる。一人暮らしならまだしも、当時高校2年のひかり浪人が決まってしまった俊に、家計を支える術は限られていた。バイトを増やしたい俊と、学業との両立に不安を抱えるひかり。そんなとき、親戚からは「一時的に親戚の家に預ける」という案がまたしても浮上した。

 しかし俊は強くそれを拒否した。「自分たちでなんとか生活していくからひかり勝手に離れ離れにしないでほしい」と。幸い、叔母が借りていたアパート家賃比較的安く、親戚からの援助とわずかながらの遺産で賄うことができるという見通しもあった。兄妹は何度も相談し合い、親戚たちを説得し、最終的には「ひとまず様子を見よう」という結論にこぎつけた。

 そんな生活のなかで、兄妹は改めて「ずっと一緒に暮らしていこう」と誓い合う。血の繋がりがあるから離れたくない、という単純な話ではない。俊は「自分大人になって、いずれ結婚して家族を持つことになったとしても、ひかりのことは最後まで見守りたい」と考えるし、ひかりも「自分が何をするようになっても、俊兄のことを支えたい」と思っていた。「夫婦になるわけでもないのに、一生一緒にいるなんて…」と世間から不思議がられるかもしれない。でもそれがふたりの揺るぎない思いだった。

 俊が大学に入り、ひかり高校卒業して社会に出る頃、叔母はようやく退院し、以前ほどではないが仕事に復帰できるまでに回復した。叔母は「これ以上はあなたたちに甘えてばかりいられない」と言い、少しずつ家事を手伝ってくれるようになる。そんな日常の中で、俊は大学教職課程を取りながら塾講師アルバイトをし、ひかり専門学校で学んだデザインを生かして小さな会社就職した。それぞれが忙しいながらも、帰る場所は同じ。アパートの一室に三人、それは決して余裕のある暮らしではなかったが、食卓に並ぶ料理と、暖かい団欒があった。

 俊が成人を迎えた頃、ひかりも働き方を変え、在宅でのデザイン仕事ができるようになった。家にいる時間が増えたひかりは、叔母の身の回りの世話をしつつ、兄の帰りを待つ。そんな生活を続ける中で、二人は改めて「将来」に対して具体的な話をする機会が増えた。たとえば、もし叔母がいなくなってしまったら、自分たちはどんな家に住もうか。結婚したいと思うような相手ができたらどうするか。あるいは二人でお金を出し合って、もっと広い家を借りるか。口に出して話してみると、いろんな可能性と、それに伴う不安が見えてくる。

「でも、最終的にはやっぱり兄妹で暮らしていこう」と、ふたりとも同じ答えにたどり着くのだった。世間には「自立」の形がたくさんあるし、親元を離れ、パートナーを見つけて世帯を持つのがいわゆる一般的生き方だとされている。でも兄妹にとっては、「二人で乗り越えてきた時間」こそが何よりも大切だった。あのとき、父も母もいなくなったのに二人で支え合った。その記憶があるからこそ、離れることの怖さをひしひしと感じてしまう。

 俊は叔母の病室で過ごした幼い日の光景をよく思い出す。「困ったときはいだってひかりと一緒だった」と。ひかりはそんな兄を見て、幼いころの俊を思い出す。「小さな体なのに、いつも盾になってくれた」。お互いに頼り合いながら、それでも相手のためならどこまででもがんばれる。それは兄妹という血の繋がりを超えた、まるで共依存とも言える深い結びつき。だが、二人にはそれが自然で、幸せだと感じられるのだから仕方ない。

 兄妹のあいだには時折、遠慮がないからこそぶつかり合う喧嘩生まれる。俊は几帳面でまじめだが、気が乗らないときは部屋を散らかすタイプでもある。一方のひかりはいつも明るく優しいが、締め切りが近づくとピリピリしがちで、料理洗濯を後回しにしてしまう日も多い。そんなとき、俊はイライラを隠さず口調がきつくなるし、ひかりも負けじと口ごたえする。怒鳴り合いになり、時には涙がこぼれることもある。

「なんでこんなに疲れてるのに、あんたを気遣わなきゃいけないの!」 「俺だって好きでこんな生活してるわけじゃない!」

 冷たい言葉が飛び交った後、ふたりは罪悪感に苛まれる。大事存在にこそ、甘えやわがままをぶつけてしまう。それでも少し冷静になれば「お互い様だよね」と思える。家を飛び出してひとりになっても、結局は「兄妹が一緒にいる安心感」に惹かれて戻ってくる。それが二人にとっての日常だった。

 そんな積み重ねの末、ある日の晩。アパートの小さなテーブルに向かい合って座り、お茶を飲みながら、改まって言葉を交わした。

「やっぱり、これから先もずっと一緒に暮らして行きたいよね」 「うん。私もそう思う」

 少し先の将来を想像すると、不安も多い。収入問題、進路の問題、万が一の病気怪我特に、家庭を持つ可能性がゼロとは言えない俊にとっては、パートナーになる女性が兄妹の特殊関係をどう受け止めてくれるかもわからない。ただ、ふたりは「それならそれで、そのときに話し合おう」と割り切っていた。あらゆる困難は、一つひとつクリアしていけばいい。俊にもし大事な人ができたなら、それを受け入れたうえでひかりの居場所を守りたいし、ひかり恋人ができて結婚したいと思うなら、それはそれで幸せ応援したい。けれど、どんな形であれ「兄妹」という存在はずっと続くのだから、それを否定する必要はない。むしろ心の支えとして大切にしていきたい、そう二人とも考えていた。

 やがて大学卒業した俊は教員採用試験合格し、地元公立中学校で働くことになる。社会人として一歩踏み出した俊は、多忙な日々に追われながらも、自分中学生だったころのつらさや迷いを忘れずに生徒に向き合うようにしている。ひかりフリーランスでのデザイン業に本腰を入れ、少しずつではあるが収入も安定してきた。アパートは狭いままだが、それでも二人にとっては十分に温かく、心地よい場所だ。叔母は退院後も通院やリハビリを続けていたが、今は別の場所に小さな部屋を借り、時々アパートに顔を出しに来る程度の距離感になった。

 ある休日、兄妹はリビングで向かい合って座り、ふと笑みをこぼす。朝食を終えて食器を洗い、掃除をしたあと、コーヒーを飲みながらテレビを見る。気兼ねのない何気ない時間。「いつか、もっと広いところに引っ越して、二人の好きなものをたくさん置ける部屋にしたいね」「そうだね。自分で稼いだお金で、ちゃん家具を買ったりしてね」。そう語り合いながら、「でも、今のところも結構気に入ってるんだよね」などと笑い合う。そこにはもう、かつてのような悲壮感はない。ただ、兄妹として互いを労わり、必要としているだけだ。

「ねえ、俊兄。いずれ結婚ってことになったら、どうなるの?」 「わからないなあ。…でも、ひかりとの暮らしを捨てる気はないよ。そこは絶対、譲れない」

 きっと将来は予測不可能出来事が起こるだろう。仕事がうまくいかいかもしれないし、思わぬ病気にかかるかもしれない。恋愛結婚の縁があるのかもまだわからない。けれど、最終的にたどり着く答えは同じだ。「兄妹で一生暮らしていこう」と。周囲からどんな目で見られても、兄妹にとってはそれが一番自然で、一番落ち着く選択肢なのだ

 もしかすると、両親を失った幼いころの寂しさを埋めるために、こうして固く結びついてしまったのかもしれない。あるいは、自分たちなりに「家族の形」を再構築しようとする必死の想いが、長い年月を経てこういう形になったのかもしれない。でも、いま兄妹が互いに支え合って笑顔でいられるのなら、その理由なんてどうでもいいのだろう。

 お互いがそれぞれに人生を歩み、その先にある未来で何があっても、手を取り合えばなんとかなる。ふたりはそう信じて、これからも生きていくのだ。一緒に暮らすことが、何よりの支えであり、かけがえのない幸せの形だと知っているから。

2024-12-24

anond:20241224180152

あの時、靴を頂いた者です。貴方の靴を履くために義足を付けてリハビリを頑張りました。

今私の足元で輝いているのはあの時の靴です。

本当にありがとうございました

2024-12-22

おかあさんが手術する

おかあさんが手術する 入院する リハビリ時間がかかるものだそうで、3週間弱入院する

弟と父の誕生日クリスマス正月 ぜんぶ入院

命の危険はない手術だとわかってはいるけど心配

整形外科で足に金属を入れるんだ サイボーグカーチャン

トーチャンは家事できるけど猫の面倒を見ないといけないか実家に帰ってきた 猫はカーチャンのベッドを好き勝手している 今年買ってあげたドラム式洗濯機を父はぶんぶんぶん回している 1回ごとに槽洗浄をするけどそんなにするもんなのか?

多分何にもすることないけど何かあった時のためにバーチャンちに正月行くのは免除してもらった

トーチャンは流石に行く カーチャン側のジーバーは亡くなってるからある意味楽だ

病院ナースステーションになにか付け届けをするべきなんだろうか 死んだばーちゃんの時は個包装でちょっといいお煎餅買ってったけど…

なんか受け取ってくれない病院もあるみたい…

でも年末年始面倒見てもらうんだから持っていきたい…迷惑だろうか…

お見舞いもコロナ対策で身内だけしかだめとか厳しいから…どうしよう…

なんか考えることいっぱいある

猫はなんもわかってない トーチャンは鈴懸に苺大福買いにいってる なんでだ

(追記 12/24)

ブクマコメがみんな優しくてびっくりした。ありがとう

おかあさんの手術は終わった。終わった日は痛み止めのせいか吐いちゃってて辛そうだったけど、次の日にはもう歩いてた。整形外科医ってすげー これ見たら子供はみんな整形外科医になりたがると思った。

とーちゃんは鈴懸をお見舞いにもっていっておかあさんから顰蹙を買っていた。餅は保存食だけど、苺大福は生ものだよな。

付け届けは病院勤めの知り合いたちに聞いてみたら「受け取ってる」「絶対にうけとらない婦長がいる」「ほんとうはダメだけど受け取ってる」「一律ダメ」とかいろいろだった。まだちょっと考えるよ。

猫はほんとになんにもわかっていないっぽい。ストレスフリーみたいでなによりだ。

早く退院にならないかな。M-1とか、クリスマスの約束とか、録画しておいてる。バッテリィズが面白かった話をしたい。

2024-12-19

下手なAI以下の対応しかできない人間かあ

もはや趣味領域だな

あるいは何かのリハビリかもしれない

2024-12-17

オタク男性こそマッチングアプリを使いまくるべき

オタクの人こそマッチングアプリを使いまくるべきだと思うんだよね。ここでいうオタクというのは、オタク趣味さえあれば人生それでいいし他に何もいらないと達観してる人ではなく、かといってオタク趣味だけど恋愛とか飲み会とかも問題なくこなせるオールラウンダーな人でもなく、高校時代特に異性との対人関係問題が生じて、その感覚大人になった今でも引き継いでしまっていて、異性と普通に会話することができずオタク趣味で楽しむしかないと選択肢制限されてるような状態の人。

これはマッチングアプリを使って恋愛をしてハッピーになろうという話ではなく、マッチングアプリを使ってリハビリをしようという話。まあ厳密にいえば目的外利用になるから本気で婚活してる人にとっては迷惑なのかもしれないけど、まずは他人心配より我が身の心配だ。それにもしあなたリハビリを完遂して、恋愛とか結婚とかしてみようかなという気分になれたなら、結果的には婚活女性人生を助けることができるかもしれない。

マッチングアプリには他では代替が難しい以下の利点がある。



目標日常生活で異性と会話する時に緊張しないようになること。異性との対人関係スムーズに構築できるかどうかというのは、とにかく場数と礼儀重要で、見た目とか人間性とかほとんど関係ない。だからマッチングアプリを使って異性と会話する機会を作りまくって高校時代に負った傷のリハビリをするのだ。

そのための手順を書いていく。

1. マッチングアプリ登録する

最初にやることはマッチングアプリ登録してプロフィールを作ること。ここでは以下の点に注意する。

今なら生成AI相談に乗ってもらうのがいいかもしれない。

2. マッチングする

目的は異性と会話することなので、相手は選ばない。趣味が被ってる必要も全くない。常識がありそうな雰囲気の人なら誰でもいい。人気がないくらいの人の方がマッチングやすい。男性だったら年上女性とはマッチングやすい。特に30代↑の女性分別がついて落ち着いてきているので、高校時代に酷い目にあっていまだに異性のイメージとして深く刻まれている無敵の女子高生とは全然違う生き物だと思っていいかおすすめ。ここで躓くようなら写真を変える。あなたの見た目が悪いのではなく、99%写真撮り方が悪い。

3. メッセージ交換する

だいたいマッチング後にはテキストでのメッセージ交換が始まる。ここが一番疲れるがとにかく頑張る。このフェーズはいかに当たり障りのない話題を続けられるかなので、天気の話とか出身地の話とか好きなものの話とか、とにかく当たり障りのない話題一定期間続ける。ほぼ機械作業。2週間くらい続けられれば十分。今なら生成AI相談に乗ってもらうのがいいかもしれない。

4. 会う予定を立てる

2週間くらいメッセージ交換できたら会いませんかと言ってみる。会えませんと言われたら素直に諦めるだけ。特定相手へのこだわりは捨てる。こちらがやりたいのはリハビリなのだ。ただ、会うとしてもカフェで少しだけ話してみるとかだと意味がないので、食事か、お酒が飲めるならお酒飲みながらにすると2時間弱くらい会話できる。

5. お店を決める

お店は男性が決めよう。当然だけどサイゼリアではダメだ。これ以降のフェーズで最も重要なことだが、相手をいい気分にさせることだけを考える。それ以外のことは考えない。そもそもこちらのリハビリに付き合ってもらうのだから、せめて相手には普段食べない美味しい食事を楽しんでもらおう。

と言っても、高級店に行く必要はない。簡単なのは食べログの有料会員になることだ。点数が3.4~3.8くらいで価格帯が一人当たり5000~8000円くらいのお店にしょう。このクラスのお店であれば味は間違いがなく、かといって高級店のような緊張感もない。テーブル席の場合は隣の席との感覚が狭すぎるお店や、上品で静かそうなお店は話す時に緊張するので避けよう。カウンターの方が気楽。コースではなくその場で注文スタイルの方が望ましい。会話目的だとコースだと量が多すぎるし、注文する時に会話できる機会がなくなる。

料理が美味しいというのは本当に重要で、もし話題に困ったら「これ美味しいね!」で済むし何度でも使える。

6. 会って会話する

異性と会って会話する。

とにかく最初のうちはめちゃめちゃ緊張すると思うが、ここでも相手にいい気分になってもらうことだけを考える。それ以外のことは考えない。特に礼儀には最大限気を付ける。

面白いことを言う必要はないし、自分のことは聞かれない限り話さなくていい。自分のことを話す場合絶対に自慢気にならないようにする。

相手仕事とか趣味とか聞いて興味を示せばいい。相手の言うことにいちいち反応する。絶対相手意見否定してはいけない。「でも〜」は禁止。今だけはホストになったと思う。美味しい料理があれば初期値がすでに高いので、特別なことは何もしなくていい(だからサイゼリアでは難易度が爆上がりする)。

とにかくただただいい気分になってもらうことだけを考える。話すことに困ったら目の前にある料理美味しいと言っとけばなんとかなる。

もしいよいよ話すことがなくなってしまっても、とにかくニコニコと機嫌良さげにしていれば大丈夫

7. 会った後

会った後はもしまた会いたければ会えばいいし、会いたくなければ連絡を断つ。ただ、だいたいの相手婚活目的なので、友達としてまた会いたいというのは失礼だからやめた方がいい。特に今まで異性と関わりが少なかった人は、連絡を断つことに罪悪感を感じたりするかもしれないけど、自分が酷い人間であるということを学ぶのも一つの勉強だ。

最近婚活日記とか読んでて思うこと

こんなこと書いても共感得られないと思うけどさ

自分のために色々してくれる人を好きになるのは、ある意味当然なんだよ

気を遣ってくれたり、一緒に遊んでくれたり、何か買ってくれたり、そんなことを重ねていけば、そりゃ好きになるよな

だって自分の「得」になるんだもの

そんな中でさ

「愛してる」「大好き」とか言っても、空々しいんだよ

そうじゃなくてさ

相手がこっちになにもしてくれなくてもさ

例えば相手病気になってさ

寝たきりになってさ

遊んでくれない、働いてもくれない、何も買ってくれない

そんな状況でも「愛してる」「大好き」って言ってさ

見捨てずにさ

看病したり、リハビリに付き合ったり、介護したりさ

そういうことができるのが、本当に好きってことなんじゃないの?

愛してるってそういうことじゃないの?

まり俺、増田本音を書いたことないけどさ

婚活とかで会て、良い相手結婚できたとかさ

なんか白々しいんだよな

なんていうか、「相手エゴ自分エゴ合致しただけ」じゃんって思っちゃうんだよ

そんなのさ、別に奇跡でもなんでもない

平凡な、なんか大きなトラブルがあったら崩れるような関係だよなって思う

まあそうならないように結婚という法的に厳しい契約を結ぶんだろうけど

あいいんだよ

そういう平凡な幸せで十分って思ってる人がほとんどだろうし

そこに文句言っても仕方ない

その人の自由なんだから

でも俺はそういうの、いらないんだよ

そういうの、なんか妥協だなって思うから

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