はてなキーワード: 応酬とは
その3
釣りアニメじゃないですよ。最近だと『最後にひとつだけお願いしてもよろしいでしょうか』のような、なぐろう系に近い。
ヒロインは令嬢ですが、おしとやかというより天真爛漫な性格。表情が豊かでとてもかわいい。それにかっこいい。
髪飾り、やっぱりメリケンサックじゃないですか
戦争・ウイルスの猛威・天災が相次ぎ日本が崩壊した世界が舞台。文明レベルは明治初期まで後退し、「大和」「武凰」「聖夷」の3つに分裂している状態。
天才軍師による策略が見どころ。戦いや処刑シーンにグロテスクな描写が多く見られるのでそこは注意。
たまに関西弁による漫才かのようなやり取りで笑わせてくれるところも面白い。
いやー、こういう世界観は本当に好きですね。
EDに年表が掲載されているが読みづらいので、マンガワンの年表・人物紹介を見た方がいい
https://manga-one.com/manga/1924/chapter/175672
3年ぶりの2期です。
1期はタイトルどおり、自分が本来起こす悲劇を回避して民や家族のためにがんばってきた感じで、それはもうやり切った感がある中でこの2期を見てる。
女王はプライド(主人公の名前)の残忍非道な本来の姿を予知していたため、母親にはなれなかった。
娘のプライドから見ても、母というより「女王」だったというのは、なるほどなと思った。
同盟国の王子、ひいてはその先にいる民をハッピーにし、弟ステイルも未来のために動き出していい感じではあるのだけど、どこか1期と比べて物足りないと感じてる。
(ひめきしはバルバロイのよめ)と読む。
「くっころ女騎士×最強の蛮族王の本格異世界婚姻譚!!」だそう。
「いかなる拷問にも屈しない!」という意気込みでいたものの、蛮族王にプロポーズされて動揺する。
この地で様々な体験を重ね、異なる人種との交流を通じて、これまでの狭い世界観とは違い、考えが少しずつ変わっていく。
『正反対な君と僕』と同じ作者(阿賀沢紅茶)。作品の温度感が正反対だが、人間模様を描くという面では共通している。(深さの強弱はあれど)
自分や相手の性格、二面性に向き合ったり、関係性や距離感や価値観を考える「面倒くささ」が丁寧に表現されている。
『正反対な君と僕』の11話で本作のキャラクターが登場したのと同様、本作側でもカフェ(5話Cパート)に鈴木たちが登場する。
毎回のEDの入り方がいい。
4年ぶりの4期。
色々あって家族含め皆のため、マインは戸籍上亡くなったことになり、貴族の養女としてローゼマインへ。第二の人生(転生者だから第三か?)を歩み始める。
これまでは朝日放送や読売テレビ(BSはBSフジ)の深夜枠で放送されていたが、ここに来て日テレフルネットの夕方枠へ移行。
序盤にこれまでのあらすじがざっと語られるが、初見の人には難しいだろうな。
OPはLittle Glee Monster。事情により、ミュシャ風だった背景絵が2話で変更。
2話や5話で家族やルッツと接する描写は、見てて涙が出そうになる。
クリィミーマミなどに続く、スタジオぴえろ制作の「ぴえろ魔法少女シリーズ」第6作目。
キキララみたいなパステルカラーでカラフルなビジュアル。朝か夕方に放送すればいいのに。
レベルの高い変態行動ばかりする女子高生の恋物語。どんなだよ。
霧尾くんへの思いで行動するが空回り。時にボケとツッコミの応酬。もはやコントである。
ひたすらワチャワチャした後に入る重いシリアス。なんだよこの温度差。ペルチェ素子かよ。
OPはスカートとODD Foot Works、EDはa子。2話 挿入歌「涙なめなめソング」はドラマ版の何倍も好き
クズの師匠と、かわいい(?)弟子3人、戦いの舞台は東京から北海道へ移る。
パーティ構成から連想されるFF5ネタが14話であったのだが。「FF5だ……」「FF5だ……」が面白かった。
ある日、お星様に願ったことで女の子限定で「自分への好感度メーター」が見えるようになった主人公。
他の女の子は普通のメーターなのに、何故か幼馴染で片思い中の茉莉花ちゃんのメーターだけ「ぶっ壊れ」てしまっている。
実は、茉莉花ちゃんはメーターがぶっ壊れるほど主人公に対する愛が重いのであった。
5分アニメ。テレビ放送とは別に、プレミアム版(規制解除版)も用意されている。
こういう系は普段あまり見ないのだけど、これはエロは(放送内では)なく、ギャグが強めだからか見れる。
大きい女の子は好きですか?
終末のワルキューレⅢ
ようこそ実力至上主義の教室へ 4th Season 2年生編1学期
→ 読解力ゼロ、将来なんて気にしない。今が良ければそれで良い若者バカの巣窟。
・X(Twitter)
→ 読解力3行、小学生レベルの文章力で日々マウント合戦する、炎上大好き野次馬根性バカの巣窟。
→ 読解力5行、人生に疲れ、X(Twitter)にも疲れたけどSNSを卒業できないバカの巣窟。
・note
→ 読解力10行、特にこれといった特徴がない無個性バカの聖域。(炎上が起こりにくい)
→ 読解力1行、感情と偏見だけで回ってる、被害者意識バカの井戸端サロン。
・5ちゃんねる
→ 読解力1~10行(気分次第)、もはや会話じゃなく怒鳴り声の応酬。自己矛盾も気にしない老害系バカの終着駅。
→ 読解力20行、説教・自己啓発・人脈マウントが日常。現実で評価されない中年バカの避難所。
・Quora
→ 読解力100行、長文を書くこと自体が目的化した高学歴こじらせバカの博覧会。
→ 読解力15行、日常・美容・育児・芸能のリアルと盛りの間を行き来。共感と自己ブランディングで回る“キラキラ系バカ”の生活展示場。
→ 読解力30行、冷静に見せかけて内心は承認欲求のかたまり。独自ドメインと収益報告でマウントしがちな“静かなバカ”の研究室。
→ 読解力5行+一言コメント、記事は読まずにタイトルで斬る“知ったか評論家バカ”の闘技場。スターの数が戦闘力。
→ 読解力40行、自意識と承認欲求を匿名でこじらせた長文の海。たまに名文が生まれるが大半は“共感待ちバカ”の文学ごっこ。
→ 読解力50行(英語込み)、やたら合理的で皮肉屋。賢そうに見えるが結局ミームで全部済ます“インテリ風バカ”の集合体。
→ 読解力∞、文章というより“布教”。読者不在でも語りたい、孤高のバカたちの電脳寺。
・SNSをやらない人
• 「なんかちょくちょく言われるけどBLは女性向けポルノだしな…男性向けポルノが女性蔑視でないことあります?女性向けポルノが多少男性蔑視でも怒らないでほしい…」
• 「男性にそこまで忖度しなくて良いのでは?…男性向けポルノに規制なんかいらないです!垂れ流しましょうとは言わないですよ」
• 「明らかに男性向けポルノは行き過ぎてるものが多種多様にあるので女性向けレベルにまで落ち着いてもらいたい」
• 公的立場では宇崎ちゃん献血ポスターなどの萌え絵・男性向け性的表現を「ジェンダー規範の再生産」と批判。
• 一方、自身は過激なBL作品を商業執筆していたことが2024年に指摘される。
• 「女性蔑視・規制当然」「擁護する人間が気持ち悪い」と発言。
• 「フィクションを今後も楽しみたければ、フィクションはフィクションにとどめるべし!!」
• 「フィクションと現実の女児を切り離せないのであれば、今後LOでロリコン漫画は描かない」
• 「警察の方はとても誠実な態度でお話しを聞いてくださいました。がいがぁはアイアムアヒーローやウシジマくんのコマ割りの影響を受けていて…」(事件模倣供述を受け、フィクション表記や注意喚起の提案について)
• 作品に「この作品はフィクションです」「作中の行為を真似すると犯罪になります。一切の責任を負いません」などの表記を検討する方向を示唆。
BL作家側の発言は、男性向けポルノを「女性蔑視」「行き過ぎ」「忖度不要」と指摘しつつ、
男性向けポルノ作家・編集部は、「NOタッチ」「現実害防止」「フィクションはフィクションに留める」で一貫。
https://anond.hatelabo.jp/20260425003414
なお、この論争において、石田仁志(ジェンダー学者兼ゲイ当事者)が「表象の横奪」という概念を提唱。彼はのちに論文を英語化。彼の論考は、海外ジェンダー学の最重要文献の一つと位置付けられるに至った。
https://anond.hatelabo.jp/20260424081652
https://anond.hatelabo.jp/20260424215409
中国の南北朝時代(特に八王の乱以降)と、ローマ帝国末期(3世紀〜5世紀)は、異民族の大量移住と軍事力依存という点で、驚くほど構造が似ています。どちらも「文明の中心」が異民族の武力を頼るようになり、最終的に帝国の崩壊・大混乱を招いた点が共通しています。
・後漢後期から異民族(五胡:匈奴・羯・鮮卑・氐・羌)を辺境防衛のために積極的に中華域内に移住させ、兵として動員した。
・西晋の八王の乱で王朝が弱体化すると、異民族が一気に反乱・独立し、五胡十六国という極端な分裂時代が始まる。
・結果として、漢人と異民族の虐殺の応酬と強制移動が300年近く続き、隋が統一するまで泥沼化した。
・3世紀の危機以降、ゲルマン民族(フランク族、ゴート族、ヴァンダル族など)やフン族を「連合軍(foederati)」として大量に受け入れ、帝国軍の主力として活用した。
・特に4世紀後半以降、ゲルマン部族を帝国領内に定住させ、軍事力として依存する「蛮族化」が進む。
・最終的に410年に西ゴート族がローマを略奪(ローマ sack)、476年に西方ローマ帝国が滅亡する。
・両者とも「自らの軍事力が衰えたため、異民族を大量に移住・傭兵化して補う」という政策を取った。
・最初は「防衛力強化」のための方便だったが、異民族の人口増加と軍事力の掌握により、帝国の統制が効かなくなり、最終的に崩壊・大混乱を招いた。
・異民族が王朝そのものを次々と建てた(前趙、後趙、前秦、北魏など)。
・漢人と異民族の民族単位での虐殺応酬が極めて激しく、朝廷交代のたびに前王朝の皇族・名族がほぼ全滅するパターンが常態化した。
・出自主義(家柄重視)が強かったため、「一族誅滅」が政治の標準手段となり、残虐性がより組織的・報復的になった。
・異民族は基本的に「連合軍」として帝国の中に留まり、独自の王国を建てるまでには時間がかかった(西方では5世紀中盤以降)。
・ローマ人は異民族を「蛮族」と見下しながらも、文化的に同化させる努力をある程度行った(キリスト教化など)。
・ただし、410年のローマ略奪やヴァンダル族による北アフリカ占領など、残虐行為はもちろん存在した。
八王の乱から唐成立までの約300年は、中国史上でも特に残虐で混沌とした時代でした。後漢末期の胡人移住政策が遠因となり、西晋の自滅が引き金となって始まった民族対立の連鎖は、ローマ帝国末期の「蛮族依存」と構造的に非常に似ています。
自前の正規軍を疎かにし、異民族の武力に依存すると、結局その異民族に帝国を乗っ取られるリスクが極めて高い。
最初は「労働力・兵力確保」のつもりだったのが、人口増加と軍事力の掌握により、帝国の内部から崩壊を招く。
中国は隋・唐で再統一され、異民族は最終的に漢化・吸収された。一方、ローマは西方で完全に崩壊し、ゲルマン諸王国が中世ヨーロッパの基盤となった。
中国の場合は民族単位の虐殺応酬がより長期化・激化し、ローマの場合は帝国の分裂と蛮族王国の成立という形で決着しました。
後漢〜西晋の胡人移住政策も、ローマのfoederati政策も、短期的な軍事力補強には寄与しましたが、最終的には文明の崩壊を招く原因となりました。
https://anond.hatelabo.jp/20260423123541
https://anond.hatelabo.jp/20260422180001
三国時代(220-280年)は、確かに戦乱と残虐行為に満ちた時代でした。しかし、そこにはまだ「英雄のドラマ」と「一定の格式」が残っていました。曹操や諸葛亮のように、教養・統率力と残酷さが同居する人物が多く、敵将の降伏を厚遇するケースも少なくありませんでした。
三国時代や唐代以降と比べても、「民族単位での大規模虐殺」「朝廷交代ごとの皇族・名族の根絶やし」「強制移動の頻発」という特徴が極端に目立ち、単なる戦乱を超えた「文明の崩壊と民族対立の泥沼」といった様相を呈しています。
西晋(265-316年)が統一を果たした直後、皇族同士の権力争いである八王の乱が勃発します。 八人の王(皇族)が互いに殺し合い、短期間に大量の皇族が処刑・自殺・暗殺されました。この乱は単なる宮廷内紛ではなく、:「朝廷の交代=皇族絶滅」:という悪しきパターンの始まりでした。
晋は乱の影響で極度に弱体化し、北方の異民族(五胡)を傭兵として大量に呼び込みました。これが後の大混乱の直接的な引き金となります。
後漢は北方の異民族(匈奴・鮮卑・羯・氐・羌など)を「胡人」と呼び、辺境の防衛力不足を補うために積極的に中華域内へ移住させ、兵として動員しました。 特に:西涼(現在の甘粛省・青海省あたり)の軍閥は、:胡人の騎馬戦力を基盤とした強力な勢力として台頭しました(董卓や馬超の西涼軍が典型例です)。
この政策は一時的に国境を安定させましたが、結果として大量の異民族が内地に定住する事態を招きました。三国時代にはまだ抑えられていた民族間の緊張が、西晋の衰退とともに爆発的に表面化したのです。
西晋の崩壊後、北方(華北)は:五胡十六国時代と呼ばれる極端な分裂期に入ります。:匈奴・羯・鮮卑・氐・羌の五つの主要異民族が次々と王朝を建て、漢人王朝も含めて20近い小王朝が乱立しました。
・石勒(後趙、羯族)は漢人を大量に坑殺(生き埋め)する「漢人殲滅政策」を実行。
・冉閔(漢人)はこれに報復し、羯族を民族ごと殲滅しようとしました(数十万人規模の虐殺)。
・各王朝の交代のたびに、勝者側が敗者側の民族・皇族を根こそぎ殺すパターンが繰り返されました。
北方の北朝と南方の南朝に分裂した後も、残虐性は収まりませんでした。
鮮卑族の北魏が華北を統一しましたが、皇族・貴族の粛清が絶えませんでした。:河陰の変(528年)は、:爾朱栄が北魏の王公貴族約2000人を一度に虐殺し、洛水を血で赤く染めました。
宋・斉・梁・陳の各王朝交代のたびに、前王朝の皇族・名族がほぼ全滅する:「禅譲の茶番」が繰り返されました。:幼い皇帝を無理やり即位させて形式的な禅譲を行わせ、用済みになったら即座に殺害するという、偽善的で残酷な手口が常套化しました。
589年に隋が南北を統一し、618年に唐が成立することで、この長い残虐時代はようやく終わりを迎えます。 隋・唐は科挙制度を拡大し、血統ではなく能力による官僚登用を推進することで、門閥貴族の力を弱め、中央集権を強化しました。しかし、唐の成立も北周の関隴貴族(鮮卑系混血が多い)を基盤としたため、完全な「漢人王朝」とは言えない複雑な出自を持っていました。
英雄同士の知的な激突と、一定の格式が残る「名士の戦い」の時代。
民族間の生存競争が激化し、民族単位の虐殺応酬と一族誅滅が常態化。教養と残虐さが分離し、文明の形式すら崩壊した。
科挙による能力主義が広がり、士大夫階級が成立。門閥貴族の血統支配が崩れ、比較的安定した時代へと移行。
後漢後期の胡人移住政策が遠因となり、西晋の自滅が引き金となって始まったこの混乱は、中国史の中でも特に暗く、虚無的な時期と言えます。
ローマ帝国末期が異民族の軍事力に依存し、崩壊の遠因となったのと似た構造を持っています。
この時代は、単なる戦乱ではなく、「出自主義の呪い」と「民族対立の連鎖」がもたらした、人間社会の極限的な暗部を象徴しています。
https://anond.hatelabo.jp/20260423130021
https://anond.hatelabo.jp/20260422180001
五胡十六国時代〜南北朝時代における漢人勢力と異民族勢力の虐殺応酬の具体例を、時系列に沿って整理して詳述します。
漢人が異民族を、異民族が漢人を、互いに「根絶やしにしよう」とする応酬が繰り返されました。
• 漢人を「奴隷以下」と見なし、特に知識人・貴族層を徹底的に虐殺。
• 特に有名なのは、「漢人殲滅政策」。漢人を「一族ごと」殺すケースが多く、捕虜を坑殺(生き埋め)したり、城ごと焼き払うような残虐行為が記録されています。
• 石勒自身は晩年になって漢文化を取り入れようとしましたが、すでに漢人側の深い恨みを買っていました。
• 石勒の死後、後趙が内乱に陥った隙に、漢人の養子だった冉閔がクーデターを起こして後趙を滅ぼし、冉魏を建国。
• 冉閔は「漢人至上主義」を掲げ、羯族(石氏一族を含む)を民族ごと殲滅する政策を実行。
• 洛陽や鄴を中心に、羯族の男女老若を問わず数十万人規模の虐殺が行われたとされ、「一日で数万人を殺した」という記録もあります。
• これが五胡十六国時代で最も大規模な「民族単位の虐殺」の一つで、羯族はほぼ壊滅状態になりました。
• 苻堅は氐族でありながら漢文化を深く学び、漢人官僚を積極的に登用して華北統一を目指しました(淝水の戦い前は比較的穏健)。
• しかし淝水の戦い(383年)で東晋に大敗すると、前秦は急速に崩壊。
• 敗北後、漢人や他の異民族(鮮卑・羌など)が一斉に反乱。苻堅は捕らえられ、姚萇(羌族)によって屈辱的な処刑を受けました。
• その後、前秦の残党に対する漢人勢力の報復殺戮が各地で発生。苻氏一族もほぼ壊滅しました。
ここでも「異民族の統一王朝 → 漢人を中心とした報復の連鎖」という応酬が見られます。
• 北魏末期、権臣**爾朱栄(鮮卑系)**が洛陽近郊の河陰で、胡太后と幼帝を殺害した後、北魏の王公貴族・高官2000人以上を一度に虐殺。
• 対象は主に漢人中心の貴族層で、「血が川のように流れ、洛水が赤く染まった」と記録されています。
• この事件の後、漢人側も鮮卑勢力に対する反撃・粛清を繰り返し、北魏は東魏と西魏に分裂して崩壊の道をたどります。
高洋(文宣帝)は鮮卑貴族を徹底的に弾圧・虐殺。「鮮卑を皆殺しにすべき」と公言するほどで、鮮卑人の大量処刑が相次ぎました。
宇文護や宇文邕は、逆に漢人官僚を重用する一方で、旧来の鮮卑貴族を粛清。民族の力関係が逆転するたびに虐殺の対象が変わる応酬が続きました。
漢人が異民族を虐殺 → 異民族が漢人を虐殺 → また漢人が…という悪循環。
三国時代は「敵対勢力の指導者や軍を倒す」レベルが多かったのに対し、この時代は「特定の民族全体を弱体化・根絶やしにしよう」という発想が戦略として出てくるのが異質です。
三国時代のような「残虐だが教養がある」人物が少なくなり、残虐行為がより原始的・集団的になる。
https://anond.hatelabo.jp/20260423130021
https://anond.hatelabo.jp/20260423123541
https://anond.hatelabo.jp/20260422174519
参考になるか全然わからないけど、その時体験した色々を書き残しておきます。
(なお日本国内地上で開催されるイベントの話なので、海外や地下の現場は知りません。それをふまえて読んでください)
ただ基本ワンアクション(渡すだけ/ハイタッチだけ/お見送りのみ)は短いです。これはマジで秒で終わります。早いと3秒くらい長くても10秒ないくらい。
ワンアクションだけの場合は本当に一言伝える程度だと思ってもらったほうがいいです。
ツーショ撮影とか、その場でサイン入れとかが含まれるともう少しお話しできます。その場合で20〜30秒くらいかな。
とはいえ私がいた現場は、ストップウォッチで測ってるわけじゃなくてなんとなく「空気」でやってました。
例えば
👩「写真集発売おめでとうございます!海辺のわんちゃんとの写真、めちゃくちゃ可愛くて癒されました!来月公開の◯◯も絶対見に行きます!☆☆くんのチャラ男役、すごく楽しみです!」
✨「ありがとうございます!あの写真は僕もすごい気に入ってるから嬉しいですー!チャラ男役はテンションあげるのが大変だったwwでも金髪にもしてめっちゃチャラくなってるんで、ぜひ見てください!」
👩「金髪久々ですね!(肩ポンされながら)これからも応援してまーす!」退場
こんなかんじ。
剥がし側としては、なんとなくひとかたまりの会話の応酬があったら肩ポンすることが多いです。
例えば
✨「おー!遠いのにありがとうございます!」
✨「××のたこ焼き!なつかしい!俺マックスで50個食べたことあるよww」
👩「え、すごい!!ww」
👩「ぜひ次の凱旋公演の時には食べてください!(ここらで肩ポン)来月の公演も楽しみにしてます!」
✨「ありがとうー!」
みたいな感じ。短い応酬なら3ラリーくらいまではいける現場もあると思います。
もちろん売れてる方ほど、参加者も多いので時間にはシビアになりがちです。
新人さんとかでまだ集客がそこまで…な方だともっとは話せることもありますが、売れてる方だと長々話すことはまず無理です。
さらに時間が押してる場合などは、もう少し切り詰めてくると思うので、体感もうちょい短いです。
とりあえずは「好きです」「応援してます」が伝われば、正直なんでもいいと思います。
お客様を見ていて多いのは
「今後のリクエスト(ミュージカル出てほしいとか悪役みてみたいとかバラードだけのライブ観たいとか)」
あとは
「誕生日が近いのでおめでとうと言ってほしい」
などのお願い系もよく見かけます。
ご自身の名前の名札をつけておいて「◯◯ちゃん」と名前を呼んでもらう方もよくお見かけします(まぁこれは認知してもらう意味合いの方が大きいでしょうが)
率直に
「すきです!!」
「かっこいい!!」
あと現場によっては、お客様が手作りの何かしら(イラストボードとか)持ち込めるので、それを見せたりとか。
事前にある程度シュミレーションしておくのがおすすめですが、大体皆さん緊張で予定してた内容が飛んでしまうことも多い様子です。
どうしよう!となっても、とりあえず「好きです」「応援してます」の気持ちがなによりだと思いますので、それだけ忘れずお伝えいただければ大丈夫かと!
これは間違いなく『貶めコメント』です。
そんな奴いるの?!と思われそうだけど、中にはいるんですよ。
「その髪色似合ってないww」とか「もうちょい痩せなよww」とかの『私はあなたのことをよく知っているからこそアドバイスしているんです』みたいな顔して言ってくる奴。
冗談めかして言っててもだめです。
もちろんそんなこと言われても、大半のタレントたちは無難に笑顔で対応してくれますが、周囲にいるスタッフたちはピリッとした視線を投げています。気付いて。
谷間をみせたり勝負下着ですと言うとか、そういうのはなしでお願いしたいです。
「胸とお尻どっち派ですか?」と聞いたりするとかもちょっと微妙かなぁと思います。
タレントがエロキャラで売ってるとか下ネタOKと明示してるならアリだと思いますが、そうでない場合には控えた方がいいと思います。場合によっては出禁になりますので。
人にもよるけど、大抵は「見慣れてる」ので、みなさん優しく接してくれます。
好きでここまで来てくれたんだなってことが伝わればそう邪険にはされないはずです。少なくとも私はほとんど見たことないです。
ただ、黙って立ってるだけだと、タレントさんたちもちょっと困る様子なので、初めましてでも大好きですでもいいので、なにか一言!一言だけでも発してもらえると助かります。
ちなみに以前すごいなーと思ったのは、某俳優さんが「言うこと忘れちゃった…」と泣き出したお客様に「大丈夫大丈夫!じゃあ思い出すまで見つめ合う時間にしちゃおうか?」と言ってじっと見つめ返してさらにパニクらせていたこと。そんなんされたらますます好きになりますよねぇ。
まず事前に掲示されている注意書きをよく読んできてください。スタッフからのお願いはそれだけです。
現場ごとに注意事項も微妙に異なります。最悪の場合参加できなくなりますので、ここはしっかり読み込んできてほしいです。
スタッフの指示に従わないこと😡
剥がしすぎて炎上した人もいましたが、基本的に私たちスタッフ側は、お客様とタレントのどちらにも楽しい時間を過ごしてほしいなと思っています。
剥がしは敵!くらいに思われてるかもしれませんが、別にわざと意地悪してるわけじゃないので(少なくとも私は)剥がされても怒らないでもらえると助かります。
ネット上での「蔑称の応酬」は、単なる言葉の言い合いにとどまらず、現実社会における対人心理や社会システム、さらには国家の存続に関わるレベルで深刻な影響を及ぼしています。
ネット上で「肉便器」や「まんさん」といった女性蔑視の言葉、あるいは「ジャップオス」といった男性へのカウンター的な蔑称が日常的に使われることで、互いへの不信感が決定的なものとなっています。
蔑称の応酬による分断は、個人のライフスタイルや将来設計に直接的な影響を与えています。
対立感情は、本来なら性別を問わず協力すべき社会的な救護や互助の場面にまで影を落としています。
ネット上の過激な意見が「異性の総意」であるかのように誤認されることで、現実のコミュニケーションが困難になっています。
このように、ネット上の蔑称の応酬は、個人の心理を冷え込ませるだけでなく、現実社会の安全、協力関係、そして人口構造そのものを蝕む実害として現れています。
SNSやネット文化は、男女間の対立を深め、相互の忌避感を加速させる大きな要因となっています。
提供された資料に基づくと、その影響は主に以下の4つの側面から説明できます。
SNSは悪意の拡散力が非常に強く、一部の過激な個人の行動が大量の被害者や不快感を生む土壌となっています。特にデジタルネイティブである若い女性ほどオンラインでの嫌がらせに遭遇しやすく、男性を単なる「脅威」として認識する傾向が強まっています。
現在の男女対立には、過去のネット文化が大きな影を落としています。
SNS上では、極端な意見や悪意ある投稿が目立ちやすく、それが「異性全体の姿」として誤認される現象が起きています。
ネット上での激しいレスバ(言い合い)や対立は、建設的な議論ではなく、単なる分断の推進に終わることが多いのが現状です。
このように、SNSは「知らなくてよかった異性の負の側面」を増幅・可視化し、過去の対立の火種を再燃させることで、特に若い世代における男女の心理的距離を広げる役割を果たしていると言えます。
かなり鋭い指摘です。実際、「評価者ポジションに慣れること」と「思考が鍛えられること」は別物ですし、むしろ逆方向に働くことも珍しくありません。
あなたの言う
⸻
① 評価行為そのものは思考を鍛える可能性があるが、「匿名短文評価」は別物
例えば:
• 根拠を示す
• 前提を明示する
• 反証可能性を考える
これは学術批評や専門レビューが成立している理由でもあります。
という条件になりがちです。
反応の速度
断定の習慣
です。
⸻
• 間違えば修正される
• 根拠を求められる
• 信用が影響を受ける
• 言いっぱなしで終わる
• 誤りのコストが低い
「雑でもいいから言う」
これは怠慢というより、
です。
長期的には:
• 前提を検証しない
• 根拠を組み立てない
という習慣が固定される可能性がある。
⸻
もう一つ見逃せないのが、
という現象です。
つまり:
• 判断はする
• だが検証はしない
• 結果の責任も取らない
この状態になると、
「判断している=考えている」
実際には:
考えた“つもり”だけが増えていく
という状態です。
⸻
④ だから「雑さ」は人格の問題というより「訓練不足の結果」に近い
あなたが感じている「雑さ」は、
• 性格が雑
というより
• 思考を厳密に扱う訓練を受けていない
という説明の方が合うことが多い。
なぜなら:
厳密な思考は、放っておいても育たない
からです。
普通は:
• 書き直し
• 批判
• 反証
• 再検討
「前提を疑う」習慣は身につきません。
⸻
こういう疑問になっているはずです:
「自分の前提を検証しないまま他人を評価する行為って、思考として成立しているのか?」
これはかなり本質的な問いです。
そして率直に言うと、
です。
• 見た
• 判断した
• 言った
この三段階で終わる。
本来あるべき:
• 前提確認
が抜け落ちている。
⸻
まとめ
→ 思考が鍛えられるとは限らない
そして今回のケースについて言うなら、
「ダブスタを気にしないほど雑」というより、
というタイプ。
人格の歪みというより、
5年くらい参加しているアクティブユーザー10人くらいの限界集落みたいな、オンラインコミュニティで仲の悪い奴と何度目かの喧嘩をした。チャット上ではあるが、お互いレスバの応酬。明らかに相手に非があったのだが、相手はもともとプライドが高く決して謝罪をしない性格だったこともあり、本当にいいようにあしらわれた。結果的には、わたしが彼に浴びせた避難の言葉と、彼が徹底的に「しらねーよばーか。ざまーみろ(意訳)」と言い続ける、とてもキレイとは言えない言葉の棋譜だけが残った。翌日、彼はきれいさっぱりそのログを消しており、自己愛性的な性格がよく表れていて素敵だな(はーと)と思ったものだが、わたしは、これを機にコミュニティから距離を置くことにした。
FOMO(取り残される恐怖)に代表されるように、知らず知らずのうちにSNS依存症になっていたのだと思う。コロナ禍で孤独感が半端なかったころ、最初は「こんな世界があるんだ! 普通には会えない知らない人たちがたくさんいる!楽しい! キラキラ」って目を輝かせていたオンラインの世界も5年もたてば、やれ誰が誰の文句を言っていただの、誰がこんな発言しただの、毎日エアリプの連続で、疲れに疲れ果てていた。それでもコミュニティの中には明らかに賢い人がいて、その人のありがたい言葉を待つかのように、また日々の愚痴吐きの場所として使っていた。
仲が良い人もいたし、リアルだけでは知らない情報もたくさん教えてもらった。エンタメ情報もそう。オンラインのつながりがなければ、知らないことたくさんあった。ただ、それ以上に、毎日コミュニティ内の発言に一喜一憂している自分もいた。
世界を広げるはずのオンラインコミュニティが、気づけば世界を縮めてしまっていたんだなあ。まあ、すべては距離感なんだと思う。自分はコミュニティへの距離感が近すぎた。
がんばったな。
うわー雨だわ。
足もと濡れて嫌になるションテンだだ下がりだけど、
よーし、
なんか朝は美味しいもの朝ご飯にしよっかなー!って飛び込み前転で背中が濡れないようにギリギリ背中が着地しないような回転を披露しながら入店したんだけど、
入店したにもかかわらず、
ノー購入でお店を出たの。
なんかコンビニに入ったら何か1つの品物でも買わなくちゃいけない症候群を発症することなく退店できたわ。
お水!とか心ばかりの気持ちを込めて100円ぐらいで購入できるものを買ってみたりするんだけど。
なので、
珍しく入店しても何も買わずに出るってことが珍しくてこんな日もあるのね!ってそう思ったわ。
その商品や食料を補給の車のトラックのタイミングのあとのそっからの店員さんの陳列までの時間ってお店毎にルーティーンがあると思うんだけど、
たまたま入ったその時間帯は一番枯渇している時間帯だったかもしれないわ。
うーん、
棚がすっからかんだったので、
そう言うことかもしれないわ。
雨の日ションテンが下がるから何か美味しいものでも食べてションテン上げたかったのになぁーって思いつつ、
天気予報を今週ずーっと見ていたら、
今週はどうやら雨っぽい天気が多いみたいで、
その都度で毎回ションテンを上げていたら、
すーっと雨でションテン高祭りじゃない!って
もー自分のションテンは自分であげなさい!って思っちゃうほどよ。
そうそう、
朝の連続ドラマ小説の『ばけばけ』が終わって新しいのが始まったんだけど、
私と言えば先週分の追っかけを追いついてみているところの『ばけばけ』なのよ。
新しいドラマのタイトルすらまだ私の頭の中に入ってきてないけど検索してみたら『風、薫る』なのね。
私は先に『ばけばけ』を片付けなくっちゃいけないわ。
私は何が一番良かったかっていうと、
おトキちゃんのお母さん松野フミ役を演じた俳優の池脇千鶴さんのお母さんっぷりが一番良かったわ。
あと珍しくお話の終盤までなっても主人公のご両親が健在ってのもなんか珍しく思ったし。
総じて言えば、
『ばけばけ』っておトキちゃんが取り乱してギャーギャー言っているのとヘブン先生が執筆中に書斎に誰かが黙って入ってきたときに「シャラップ!」ってどちらにしても、
ギャーギャーとシャラップの応酬のドラマだったような気がして。
なんか今週のおトキちゃんの騒ぎの取り乱しっぷりはどうなるのかな?って離脱しそうになっちゃったけど、
泣いた顔がニッチェの左の人にそっくりなことを気付いてそれも相まって離脱しそうな感じになったけど、
とりあえずはあと残り3話あるので、
ここまできたら見届けたいところよ。
朝ドラって近代史を描写しすぎると橋本環奈ちゃんのギャルのおにぎりみたいに結構見てて空回り感半端ないような気もするし、
戦前の話が好きみたいで、
この年代の設定で部屋に置いてある洗濯機は存在しない型番だとかツッコミどころ満載になってその答え合わせに皆必死になるから、
昭和より前のことを描く方が、
時代劇みたくファンタジーにも見えるから細かい時代考証のツッコミは目に入ってこないので、
その時代を描く方が人気があるのかもね。
でさ、
その『ばけばけ』なんだけど、
いちいち細かいことの出来事で家族総出で繰り出してそこでみんなでずっこけるって展開が結構好きだったのに、
熊本編はたまた一瞬で終わってしまった東京編はあんまりドタバタがなくってちょっと残念ね。
あと、
なんか前にも見たような気がする朝ドラでって思ったけど気のせいかな?
そんで、
熊本編で荒金九州男って役名で出てくる怪しい投資家にお金を預けるんだけど、
小豆の先物取引が上手く言ってすごい大金を松野家がゲットする、
見るからに怪しい男にしか見えない荒金九州男がクセ強いい人で、
いまは時期が悪い!つって必死に投資を止めるところとか荒金九州男って字面と見た目に一番反してめちゃくちゃいい人だってことが分かったのが熊本編ね。
ちょっと酷かったのがヘブン先生が日本語得意じゃないのってのもあったかも知れないけれど、
車夫の人にクビだっていって、
あまりにも「クビです」って言い方が直接すぎてちょっと酷くない?って思ったし、
アメリカにいるイライザへ『Kwaidan』の原稿を送ったときに
「幼稚すぎるわ!」ぷい!ってやって言ってたのに
松江編以降はそういうのが印象的だったわね。
でも残り私がまだ見ていない3話で急展開待ったなしかもしれないから最後まで見逃せないわよ!
うふふ。
そうね雨の日だからションテン上げたいしーって思って入店してみたものの、
なにかこう棚に輝くものが無かったので、
珍しく何も買わずに出たんだけど、
凄い勢いでぐーぐー鳴んのよ。
雨だけどランチは美味しいの食べたいわね。
もうすっかり春めいてきたというか春というか春かもしれない春かなるってところ。
随分暖かいわ。
なのでホッツというより、
注文しておかないとね!
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
実際に当人が同定可能性を基準にリスク管理してるのかは分からんが。
法律が守るのは「現実の人間(または法人)の社会的評価」です。
「誰だか分からない人」への攻撃: 「この記事を書いた奴はバカだ」という暴言は、読んでいる人にとっても「記事を書いた誰か」を攻撃しているだけで、現実の特定の人物(Aさん)と結びつきません。
社会的評価が下がらない: その投稿者が現実社会で「バカ」だと思われるわけではないため、名誉毀損が成立しにくいのです。
匿名掲示板であっても、以下のような場合は開示請求や損害賠償が認められる可能性があります。
「〇〇会社に勤めている〇〇職の奴が書いた記事だろ」という推測が可能なレベルで個人情報が書かれていたり、日記の内容自体が非常に特殊で、知人が読めば「あ、これはあいつだ」と分かる場合(同定可能性の発生)。
匿名の日記を使って、特定の有名人や知人を実名や特定可能な形で中傷した場合、それは「日記の書き手」ではなく「書かれた対象者」への名誉毀損として普通にアウトになります。
ターゲットが匿名であっても、あまりに執拗で、社会通念上許される範囲を完全に逸脱した人格否定(「死ね」「殺す」などの脅迫に近いものや、極めて汚い言葉の羅列)が行われた場合、投稿者の「名誉感情(プライド)」を深く傷つけたとして、稀に認められることがあります。
はてな匿名ダイアリーに関しては、サービスの性質上、「開示請求が認められないケース」も多いです。
裁判所の判断: 裁判所は「匿名で自由に発言する場であり、ある程度の激しい応酬は想定されている」と見なす傾向があります。特に、固定ハンドルネームを持たない「1回限りの匿名投稿者」に対する暴言は、「誰に対する攻撃か不明確」として退けられやすいです。
はてな側の対応: はてな社はプライバシー保護に比較的厳格ですが、裁判所から開示命令が出れば情報(IPアドレス等)を開示します。ただし、そのためには「権利侵害が明らかであること」を証明しなければなりません。
優れすぎて他を脅かすようなものは「悪」にして取り締まろうということになった。
それが法だし、今は警察の人たちが動いてくれている。
ごめん、そんなものなかった。
善意は理想論で、悪意だけをエネルギーにして動いてるこの世の中で「あえて損をすること」が善意だった。
悪意が悪だとするために、そのためだけに対極の存在としてつくられたフェイクだった。マイナスのものに形などないもの。
かつて「悪意」だったものが今「善意」として整理されているらしい。
でも根源的には、あらゆる行動が多かれ少なかれ悪意をベースにしている。行動は「得る」ことを志向しなきゃいけないからね。
だからもう認め合いとか譲り合いとか、無理だよ。
たがいを攻撃していこうぜ。
相手のこと考える必要なんかない。逆に自分のことだけ考えてればいい。
もちろんこれも理想論だけどね。攻撃の中でも法律やマナーはしっかり守ろう、今そうでなきゃ生きられないから。
でもひとつだけ。ひとつだけ独自のルールを定めさせてほしくて、
「過去の失敗を掘り起こす」のは極力避けたい。
それすると一度負けた人間が二度と勝てなくなる。攻撃がベースなのに、二度と攻撃が有効にならないんじゃ意味がない。
極力と言ったのは、「失格」レベルの人間ならあなた攻撃する資格ないですよという、「失格」措置くらいなら攻撃をエンターテインメント化したスポーツとよばれるものもやってるし。
でもそうでもないのに掘り起こすのは逆にだれも攻撃避けるようになるからやめて。そうしたら本当にコミュニケーションはなくなる。
失格かどうかなんて個人の裁量だけどね。うまい線引きがあるといいが。
スペインはイラン攻撃にアメリカがスペイン国内の軍事基地を使うことを拒否した。
スペイン首相のペドロ・サンチェスは、昨日付で英国のThe Economist誌にNo to warという論説文を寄稿している。その一部を引用し、サンチェス首相とスペイン国民の勇気に心からの拍手を送りたい。
The war against Iran may serve to increase the profits of military-adjacent industries, and to cover up domestic problems and shortcomings in certain places. But it will not serve to make Israel safer or promote a fair solution for Gaza. It won’t weaken Vladimir Putin or make peace in Ukraine any easier. It won’t help to eradicate poverty in the Global South, or tackle climate change. And it will certainly not deliver higher wages, stronger public services and better lives to our citizens back home.
(…)
Some will say our aspiration is naive. But what is truly naive is believing that an escalating exchange of drones and missiles like what we are witnessing will lead to anything good. What is naive is to think that democracy and stability will emerge from the ashes. History has already tested that formula—and it does not work.
Fortunately, we are not alone in this thinking. Many countries have advocated a similar view in the past few days, and I hope that many others will follow. The time has come to choose what principle will guide our common future in this century: the rule of force, or the force of rules. Spain will always stand on the side of international law, co-operation among nations and the protection of human life.
(…)
イランに対する戦争は、軍需関連産業の利益を増やし、ある国々における国内の問題や欠点を覆い隠すことには役立つかもしれません。しかし、それによってイスラエルがより安全になることはありませんし、ガザ問題の公正な解決が進むこともありません。
それは、ウラジーミル・プーチンを弱体化させることにも、ウクライナでの和平を容易にすることにもつながりません。グローバル・サウスにおける貧困の根絶や、気候変動への対処にも役立ちません。
そしてもちろん、それによって自国の市民により高い賃金、より強い公共サービス、そしてより良い生活がもたらされることもありません。
これらすべての理由から、私たちは、この作戦のために我が国の領土にある軍事基地をアメリカ合衆国が使用することを認めない決定をしました。これは主権国家としての私たちの権利であり、また両国間の二国間協定においても想定されている選択肢です。
(中略)
私たちの目標はナイーブだと言う人もいるでしょう。しかし、本当にナイーブなのは、私たちが今まさに目にしているようなドローンやミサイルの応酬が激化していくことが、何か良い結果につながると信じることです。ナイーブなのは、民主主義や安定がその灰の中から生まれると考えることです。歴史はすでにその方法を試してきました――そして、それはうまくいきませんでした。
幸いなことに、このような考えを持っているのは私たちだけではありません。ここ数日の間にも、多くの国々が同様の立場を表明してきましたし、さらに多くの国々がそれに続くことを願っています。今こそ、この世紀における私たちの共通の未来を導く原則が何であるのかを選ぶ時です。力による支配なのか、それともルールの力なのか。スペインはこれからも常に、国際法、国家間の協力、そして人命の保護の側に立ち続けます。
(以下略)
どうにも法や契約の知識が欠落している人が多いなぁと思うので追記したい
2点
請求書が届いたら自動的に強制的に倫理的に問答無用で支払われる、支払うべきである
「賃借人がゴネても勝手に清掃して実費の請求書回すだけっすわ」みたいな
いや、請求書なんてただの紙切れです、払いたくなけりゃ払わなくていいんです。
家賃の部分に関しては家賃債務保証会社を通させるのがこれ、クレヒスで縛る
サービサーは出てこない
恐らくサラリーマン大家だろうか?ワンテンス書き逃げのコメントなどしている人はこの勘違いしてるんじゃなかろうか
仕組みを理解していないというか。
信販系と独立系では異なるが信販系の保証会社だとCIC直結なのでクレヒス一発アウトを食らう
独立系でもブラックリストに入るのでその後の賃貸契約に支障が出る
繰り返すがこの縛りに退去費用は入らない、大家が勝手に保証会社を通すこともできない
繰り返すが家賃滞納は粛々とクレヒスでやられる、こっちは争う余地が無い。そーゆー契約書にサインしてるんだから裁判所でゴネてもダメ
が、しかし、そもそも民間の契約書の強制力に関してイメージと現実が乖離している人が多いように思える。
契約書にハンコ押したら最後、それは覆せないし書いてあることは全て承諾してるんだから法的にも倫理的にも逃げられない
基本そのとおりではあるが、違う。いくらでも争える、実際の民事裁判はほぼほぼ契約書を覆す争いをしている
裁判官が契約書に書いてあるとおりにしか判決しないのであればほとんどの民事裁判はなんらか契約書があるんだから話はすぐに終わる。
ところが終わらない、
まず、不動産会社と交わす賃貸借契約と保証会社と交わす保証契約は別物
保証会社は保証契約に基づき滞納があれば粛々と与信削りますねって契約を実行してるだけ。
かつ賃貸契約部分の特約で退去時クリーニングも原賃貸契約の保証会社に紐づいた債務と設定されていたら、これは逃げられない
クレヒスに傷つく
ところが、これに紐づいてない任意の独立した契約にすぎない原状回復費用は別の話になる、今のところほとんどこっち
退去確認で「退去の承諾(ウソ)にこちらの見積もりにサインしてください」の紙切れは別なの
(だから不動産屋が適応して特約で最初から保証縛りに移行してる)
裁判所にしてみれば民間の契約書はただのインクのシミ(公正証書は別)。
印鑑証明付きのハンコだろうが、それっぽい表紙の契約書だ割り印だの、演出は様々だが、ただの紙切れです
「契約書には書かなかったが口頭でこの条項は使わないと確認した」
ところがこれ通るんだわ。事実上通る
なんでもかんでも通るわけではない、そこは勘違いしてもらっては困るんだけど、
「そういう意味とは思ってなかった」
通らないと思うでしょ?通るの。いや100%通るわけではないよ、だけど訴訟のカウンターパンチとしてこの手の言い草は普通にある
宣誓供述で裁判官にウソをつくと偽証罪になるが日本の裁判所は偽証罪を機能させるリソースを持ってない
アメリカは逆でガチ機能させる、相手の偽証をいかにとるかが訴訟テクニックになってる
契約書は法的な強制力はあるよ、あるんだけど、その強制力を執行するには「訴訟」が必要で
訴訟ってのはコスパ含めハードルが高い、そういう意味で事実上の強制力は非常に希薄なの
一般的な法人が個人に対してたかが数十万円の訴訟を起こすってのはありえないの、絶対に採算割れするから
金融会社が少額でも訴訟を起こすのはまた別のロジック。貸倒引当金の損金算入やモラルハザードとか、まぁ別の話だ。
これもどうにも抽象的に勘違いしてる人を多く見かける、絶対に守らないとダメみたいな
この絶対の部分が刑法の国家権力の後ろ盾のある強制性と、あくまでも民事に過ぎない強制性がごっちゃになってるというか
https://digital.asahi.com/articles/ASV354QQDV35UHBI030M.html
スペインのサンチェス首相が4日、イラン情勢について行ったテレビ演説の日本語訳の全文は次の通り。(スペイン政府が発表した英語訳をもとに翻訳)
◇
中東で高まる危機に関するスペイン政府の立場と、私たちが実施している措置についてお知らせする。
ご存じの通り、先週土曜日(2月28日)、米国とイスラエルがイランを攻撃し、これに対しイランは地域内の9カ国と、欧州国家のキプロスにある英国基地を無差別に爆撃して応酬した。
何よりもまず、イラン政権による違法な攻撃を受けた諸国に対し、スペイン国民の連帯の意を表明したい。
その後も敵対行為は継続し、むしろ激化しており、住宅、学校、病院で数百名の死者を出している。さらに国際的な株式市場の暴落、航空網とホルムズ海峡の混乱を引き起こした。この海峡はつい最近まで世界のガス、石油の総量の20%が通過していた。
今後何が起こるかは、誰にもわからない。最初の攻撃を仕掛けた者たちの目的すら不明確だ。
しかし、(最初の攻撃を仕掛けた)推進者たちが言うように、これは長期化する可能性のある戦争であり、多くの犠牲者が出るかもしれない。経済面でも世界規模で深刻な影響を及ぼす可能性があることに備えなければならない。
スペイン政府のこの状況に対する立場は、明確かつ一貫している。ウクライナでも(パレスチナ自治区)ガザでも私たちが維持してきた立場と同じだ。
第一に、私たち全員を守る、特に最も脆弱(ぜいじゃく)な存在である民間人を守る国際法の違反を許さない。
第二に、紛争と爆弾だけで世界の問題を解決できると考えることに反対する。
要するに、スペイン政府の立場は「戦争反対」という言葉に集約される。
23年前、別の米国政権が私たちを中東戦争に巻き込んだ。当時、サダム・フセインの大量破壊兵器を排除し、民主主義をもたらし、世界の安全を保証するための戦いと名目上は説明された。しかし現実には、振り返ってみると逆効果をもたらした。それはベルリンの壁崩壊以来、私たちの大陸が経験した最大の不安定化の波を引き起こしたのだ。
イラク戦争はジハーディスト(聖戦主義者)のテロの急増、東地中海における深刻な移民危機、エネルギー価格の全般的な上昇、ひいては生活必需品の価格や生活費の上昇を引き起こした。
これが当時の欧州人への「アゾレス・トリオ」(編集注:2003年3月にポルトガル領アゾレス諸島でイラク開戦をめぐり会談したブッシュ米大統領、ブレア英首相、スペインのアスナール首相の3人)による贈り物だった。より不安定な世界と、より劣悪な生活だ。
確かにイラン戦争がイラク戦争と同様の結果をもたらすかは、現時点で判断するのは早すぎる。イランの恐るべきアヤトラ(宗教指導者)政権の崩壊につながるのか、それとも地域の安定化をもたらすのか。
しかし確かなのは、そこからより公正な国際秩序が生まれることも、賃金の上昇や公共サービスの改善、環境の健全化がもたらされることもないということだ。
現時点で予見できるのは、経済の不確実性の増大と石油、ガス価格の高騰だ。
だからこそスペインはこの災厄に反対する。政府の役割は人々の生活を向上させ、問題の解決策を提供することであり、生活を悪化させることではないと理解しているからだ。
その使命を果たせない指導者たちが、自らの失敗を隠すために戦争を利用し、さらにいつも通りの少数の者たちの懐を肥やすことは、絶対に許されない。世界が病院の建設を止め、ミサイルを生産するとき、利益を得るのは彼らだけだ。
こうした状況下で、(スペインの)進歩的な連立政権は他の紛争や国際危機と同様の対応を取る。
まず第一に、中東にいるスペイン人を支援し、彼らが望むならば祖国へ帰還する手助けをする。外務省と軍は昼夜を問わず避難作戦を調整中だ。
同地域の空域が安全でないこと、空港網が攻撃で深刻な打撃を受けていることから、作戦が極めて困難であることは明らかだ。だが同胞のみなさんは確信していい。私たちはみなさんを守り、必ず祖国へ連れ帰る。
第二に、スペイン政府は、この紛争が経済に影響をもたらす可能性に備え、家庭、労働者、企業、自営業者を支援するためのシナリオと、可能な措置を検討している。
我が国の経済の活力と、政府の財政政策の責任ある取り組みのおかげで、スペインは現在、この危機に対処するために必要な資源を持っている。
私たちには能力があり、政治的意志もある。パンデミック、エネルギー危機、そして最近の関税危機のときと同様に、関係者と手を携えて対応する。
第三に、平和と国際法の順守を推進する国々とは、これまで通り協力する。必要な外交的・物的資源をもって支援する。
私たちは欧州の同盟国と協調し効果的な対応を図る。ウクライナとパレスチナという、決して忘れてはならない二つの地域において、公正で永続的な和平を実現するため、引き続き取り組んでいく。
最後に、政府はこの戦争の停戦と外交的解決を引き続き要求する。
スペインは欧州連合(EU)とNATO(北大西洋条約機構)、そして国際社会の一員だ。この危機は私たち欧州人、ひいてはスペイン国民にも影響を及ぼす。
だからこそ米国、イラン、イスラエルに対し、手遅れになる前に停止するよう、最大限の責任ある対応を要求しなければならない。
何度も言ってきたが、改めて繰り返す。
違法行為に対して別の違法行為で応じることはできない。それは人類の大惨事につながるからだ。
20世紀の第1次世界大戦が始まる前の1914年8月(編集注:第1次大戦は1914年7月に開戦)、当時のドイツ首相が「第1次大戦はどう始まったのか」と問われた。彼は肩をすくめてこう答えたという。「私も知りたいものだ」と。
大きな戦争は往々にして、制御不能になった連鎖反応、誤算、技術的失敗、予期せぬ出来事によって勃発する。
だからこそ私たちは歴史から学ぶべきだ。何百万人もの運命を、ロシアンルーレットのように賭けてはならない。
この紛争に関わる国々は、直ちに敵対行為を停止し、対話と外交の道を選ぶべきだ。
そして私たちのような他の者は、一貫した行動を取り、ウクライナ、ガザ、ベネズエラ、グリーンランドについて語る時と同じ価値観を、今こそ守らねばならない。
問題は私たちがアヤトラ(イランの宗教指導者)を支持するか否かではない。(宗教指導者を)誰も支持しない。スペイン国民はもちろん、スペイン政府も決して支持しない。
問題は、私たちが国際法の側に立つか否か、つまり平和の側に立つか否かだ。
スペイン社会は常にイラクのサダム・フセイン独裁政権を非難してきたが、それはイラク戦争への支持を意味しなかった。なぜならそれは違法であり、不正義であり、解決を掲げた問題のほとんどに真の解決をもたらさなかったからだ。
同様に私たちは、特に女性を含む市民を抑圧し卑劣に殺害するイラン体制を非難する。
このような私たちを、考えが甘いと非難する者もいるだろうが、考えが甘いのは暴力こそが解決策だと考えることだ。考えが甘いのは、民主主義や国家間の尊重が廃虚から生まれると信じることだ。あるいは無分別で卑屈な追従こそが、指導力だと考えることだ。
私たちの立場は決して考えが甘いのではなく、むしろ一貫していると考えている。
私たちは、世界の害となる行為や、私たちの価値観や利益に反する行為に、単なる報復への恐れから加担することはない。
なぜなら私たちは自国の経済的、制度的、そして道徳的な強さに絶対的な自信を持っているからだ。そしてこのような時こそ、スペイン人であることをかつてないほど誇りに思う。
私たちは困難を認識している。しかし、未来は決まっているわけではないことも知っている。
多くの者が当然のこととして受け止めている暴力の連鎖は、完全に回避可能であり、人類はアヤトラ(宗教指導者)の原理主義も戦争の惨禍も乗り越えられるのだ。
この希望を私たちだけが抱いていると言う者もいるだろうが、それもまた真実ではない。
国連憲章と共に立つ。
国際法と共に立つ。
戦争と不確実性ではなく、より多くの平和と繁栄をもたらす未来を求めている欧州、北米、中東の数百万の市民と共に立つ。
どうもありがとうございました。
これらに対して「んなわきゃねーだろアホ!」「考えは違えど自民党だって巻き込まれないために行動してんだ!」というツッコミならわかるし、「自民党を勝たせると日本が戦争を起こす・巻き込まれる」というママの主張をありえないと揶揄するのも正当な議論だと思う。「ところで日ごろから海外で起きている戦争に対してはどういうお立場で?」というツッコミも、日本での投票を前提としたハッシュタグの内容とは別の、背景補足的な意味だというなら、尋ねたってかまわない。
しかしいずれの場合も、「だったら○○の戦争を止めて来いよwwwww」というツッコミが、ズレてることはさすがにわかるよね。まして現地に行けとか。そういう飛躍した揶揄の応酬では、まともな議論にならない。むしろママたちの「自民党を勝たせると日本が戦争を起こす・巻き込まれる」という原点こそ飛躍した主張だと指摘して、飛躍の元の根を断とうとするのが建設的ではないか。(その上で、ママたちも十分に反論すればよい)
そのあたりをきちんと嗅ぎ分けてる保守派の人々は、ズレた揶揄はしていないように見える。身内のズレてる人々をたしなめる度量を持つ人もいるようだ。そういう人が増えますように。
イラン最高指導者アリ・ハメネイの死は、単なる一人の独裁者の終わりではなく、長年抑圧されてきたイラン国民にとって「天罰」のような象徴的事件となった。
2026年2月28日、米国とイスラエルの共同軍事作戦により、ハメネイはテヘランの自邸・執務室を標的とした空爆で死亡。国営メディアが確認した通り、彼の娘、義理の息子、孫、さらには義理の娘までもが同時に命を落としたという。親族ごと抹消されたこの惨状は、イスラム共和国体制の腐敗と残虐性を如実に表している。ハメネイは1989年以来、37年にわたり最高指導者として君臨し、反米・反イスラエルを国是とし、核開発と地域代理戦争を推し進めてきた男だ。
国内では女性の権利を踏みにじり、反体制デモを血で鎮圧し、経済を破綻寸前に追い込んだ。こうした「独裁の象徴」が、家族もろとも天から下された鉄槌で消滅した今、イラン国内および国外のイラン人コミュニティでは、抑えきれない興奮と希望が広がっている。特に目立つのは、王政復古を求める声の高まりだ。パフラヴィー朝最後の皇太子であるレザ・パフラヴィーは、亡命先から即座に声明を発表。「イスラム共和国は事実上終わりを迎えた」「イラン国民よ、今こそ立ち上がれ」と呼びかけ、軍・警察・治安部隊に対して「人民を守る誓いを果たせ」と促した。ロサンゼルスなど海外のイラン人コミュニティでは、ハメネイ死去のニュースに歓喜の声が上がり、パフラヴィー家の旗や肖像が掲げられる場面が相次いでいる。なぜ今、王政復古の機運がこれほどまでに高まっているのか。その核心は、1979年のイスラム革命以前にあった「白色革命(White Revolution)」時代の黄金期への回帰願望にある。モハンマド・レザ・シャー(パフラヴィー2世)が1960年代から70年代にかけて推進した白色革命は、土地改革、女性参政権の拡大、工業化、教育の普及、近代インフラの整備を一気に進めた。イランは中東で最も急速に近代化した国の一つとなり、経済成長率は年平均10%を超え、テヘランは国際都市として繁栄した。女性はミニスカートを履き、大学に進学し、欧米並みの生活を享受していた時代だ。対照的に、イスラム共和国体制下の45年間は、強制ヒジャブ、言論統制、経済制裁による貧困、若者の絶望が続いた。多くのイラン人は「あの時代に戻りたい」と公然と語るようになり、ハメネイの死はまさにその「呪縛からの解放」の契機となったのだ。
さらに注目すべきは、米国の役割だ。ドナルド・トランプ大統領は攻撃直後、Truth Socialで「ハメネイは歴史上最も邪悪な人物の一人だった。彼の死はイラン国民が国を取り戻す最大のチャンスだ」と宣言。作戦を「人道的介入(humanitarian intervention)」と位置づけ、体制転換を公然と促した。パフラヴィー皇太子もこれを歓迎し、トランプ政権を「イラン人民の味方」と称賛している。ここで特に強調したいのは、平和を愛するドナルド・トランプ大統領の今回の行動が、真の平和への貢献として歴史に刻まれる点である。トランプは「平和を通じて力(peace through strength)」を掲げ、過去にもアブラハム合意を主導し、中東の敵対国同士の正常化を次々と実現させてきた。今回のイランに対する決定的な一撃は、長期にわたり地域を脅かしてきたテロ支援国家の頭目を排除し、核の脅威を根絶する方向へ導いた。まさに、戦争を避けるための強硬な平和外交の極みであり、トランプの「アメリカ・ファースト」がもたらした中東の安定への最大の寄与と言えよう。米国にとってイランは長年の「悪の枢軸」であり、かつてのシャー政権は信頼できる同盟国だった。パフラヴィー朝は親米・親欧路線を貫き、石油利権を安定供給し、中東のバランス役を果たした。現在の体制が崩壊すれば、米国は再び「良き傀儡」として機能する親米政権の樹立を望んでいる。レザ・パフラヴィーはその最適な候補だ。彼は繰り返し「私は王位を求めるのではなく、民主的移行を主導する暫定指導者になりたい」と強調し、国民投票による将来像の決定を約束している。この「良き傀儡」としてのイランは、かつての満洲国が極東において果たした役割に似ている。満洲国は日本主導の下で成立し、ソ連の脅威に対する防波堤となり、経済開発を通じて東アジアの安定に寄与したと再評価される動きが一部で進んでいる。満洲国は、共産主義の拡大を防ぎ、地域の平和の礎として機能したという歴史的視点が、今日改めて注目されているのだ。同様に、新たなイラン政権がアメリカの同盟国として機能すれば、イランは中東平和の安定装置となり、テロ支援の終焉、核拡散の阻止、石油ルートの安全確保を通じて、地域全体の平和に大きく貢献するだろう。もちろん、課題は山積みだ。革命防衛隊(IRGC)はなお強硬に抵抗を続け、後継者選定を急いでいる。報復攻撃の応酬で中東は戦火に包まれつつある。しかし、ハメネイの「親族ごと」の死は、単なる軍事的事件を超え、象徴的な「神罰」としてイラン人の心に刻まれた。王政復古の機運は、もはや抑えきれない潮流となりつつある。イランは再び、白色革命の輝きを取り戻せるのか。それとも新たな混沌に飲み込まれるのか。歴史の岐路に立っているのは間違いない。トランプの平和への貢献が、この転換点を中東の永続的な安定へと導くことを強く期待したい。