はてなキーワード: 終電とは
第三部 内容で勝ち、現実で負ける
社名は伏せておく。
商社系の、若手にもそれなりに権限が回ってくると言われている会社だった。
配属された部の課長は論理的な人で、私の作る資料の精度をある程度評価してくれた。
問題は二年目以降に始まった。
ある新規プロジェクトの立ち上げに関する会議で、部長が明らかに前提条件の数字を間違えていた。
市場規模の試算根拠が五年前の業界レポートに依存していて、その後の市場の変化を反映していなかった。
私は会議の中盤でそれを指摘した。
「すみません。その市場規模の数字、ベースになっているレポートが古いです。直近三年で市場構造が変わっているので、現状の数字はその試算より三〇%程度小さいはずです。私の試算では、こちらになります」
試算表は、出典付きで再現可能な形にしてあった。
部長はしばらく画面を見ていた。
「うん、わかった。数字の話はまた別の機会にしよう。今日は方向性の話をしている」
「いえ。方向性は市場規模を前提にしているので、市場規模が違えば方向性自体が変わります」
部長はもう一度、私を見た。
今度は少し、目に疲れがあった。
「君の言うことはわかった。あとで個別に話そう」
会議は、私の指摘を反映しないまま進んだ。
「お前、ああいう言い方やめたほうがいいぞ」
「内容として間違ってるか?」
「内容は合ってる。けど部長の顔、潰しただろ」
「顔の話なんかしていない。事業の話をしているんだ」
同期はため息をついた。
「そう。そうなんだよ。お前はいつも事業の話しかしない。だから、お前以外のみんなが何の話をしてるのか、お前にはわかってないんだよ」
そう言って行ってしまった。
私はその言葉をしばらく考えた。
考えた末に、こう判断した。
そして忘れることにした。
理由は表向きには、「別のプロジェクトに君のスキルが必要だから」だった。
私が回された別のプロジェクトは、ほとんど何も動いていない塩漬けに近いものだった。
私は課長に直接抗議した。
「私の指摘が間違っていたのですか」
課長は少しだけ困った顔をした。
「指摘の内容は間違っていなかった」
「では、なぜ外されるのですか」
「内容ではない。理由は内容ではないんだ」
「では、何ですか」
それから、こう言った。
「君は正しい。けれど、君と一緒に仕事をしたいと言う人間がいない」
その瞬間、自分の中の何かが冷たく固まったのを覚えている。
私は課長を見た。
できるだけ感情を出さずに言った。
「では、正しさよりも好かれることのほうが評価されるのですか」
課長は私を長く見た。
それから言った。
「そうじゃない。仕事は一人ではできないから、一緒に仕事ができる人間になることも能力のうちなんだよ」
私は頷かなかった。
このパターンが三十代を通じて繰り返された。
三回、転職した。
会社が変わっても結末は似ていた。
次の半年で、私の指摘が人を傷つけるようになる。
私は毎回、辞めるとき同じことを思った。
そのとき初めて、こう思った。
これに気づくのに二十年かかった。
二十年だ。
君がこれを二十二歳のうちに気づければ、私より二十年得をする。
二十年は長い。
本当に長い。
ここでKの話に戻る。
Kとは大学を卒業してから、ほとんど連絡を取らなくなっていた。
年賀状が最初の二、三年は来ていたが、私が返さなかったので自然と途絶えた。
記事は、ある業界の中堅企業の新規事業立ち上げに関するものだった。
写真の中のKは、大学のときと同じように口を大きく開けて笑っていた。
少しだけ太っていた。
けれどKは外されなかった。
なぜか。
Kは失敗の途中で、社内の他の部署の人間を何人も巻き込んでいたからだった。
開発の係長。
経理の若手。
Kは新規事業のために、社内のいろいろな人間に頭を下げて知恵を借りていた。
失敗が見え始めたとき、その人たちがKを助けた。
そう言ってKを庇った。
Kは結果として責任者の座を維持し、二年目に軌道修正に成功した。
「最初の半年で失敗したのは僕のせいです。市場の読みが甘かった。けど、その失敗を直せたのは僕一人の力じゃないです。社内のいろんな人が一緒に直してくれた。だからこれは、僕のチームの成果なんです」
私はこの記事を何度も読んだ。
そして初めてわかった気がした。
Kは最初から、「一人で正解を出す」ことを目指していなかった。
Kは最初から、「みんなで間違えて、みんなで直す」ことを戦略としていた。
私はずっとKを軽く見ていた。
Kは内容で勝てないから、人と仲良くするのだと思っていた。
違った。
だから内容で勝つかわりに、内容を直せる関係を作ることに力を注いでいた。
Kは、私が二十年かけても気づかなかったことを二十二歳のときにはもう知っていた。
中学校か高校のうちに、一度、自分より頭のいい人間に出会っていたのだろう。
そこで、自分が一人では勝てないことを学んでいたのだろう。
Kは十二歳か十三歳のうちに負けていた。
そしてその負けから、人と一緒にやることを学んでいた。
私は十八歳まで負けなかった。
その代償が、その後の二十年だった。
両親が立て続けに亡くなった。
父が先で、母がそのあとだった。
葬式に来た親戚や、父の昔の同僚や、母の友人たちは、私のことを「東大を出た立派な息子」として扱った。
私はその扱いを受け入れた。
受け入れるしかなかった。
葬式の最後、母の友人だったという、私の知らないおばさんが言った。
「お母さん、あなたのことをいつも自慢してたのよ。東大に入ったときも、いい会社に入ったときも。でもね、最近お母さんこう言ってたの。『あの子、結婚はしないのかしらね』って。心配してたわ」
私は笑顔で答えた。
「ええ、心配かけました」
その夜、実家の、自分が高校時代に使っていた部屋で一人で酒を飲んだ。
机の引き出しを開けると、高校時代の模試の成績表がまだ残っていた。
全国偏差値、七十六。
順位、全国八位。
その紙を長い時間見ていた。
そして思った。
三十年前の紙だ。
私はその紙を引き出しに戻した。
戻して、引き出しを閉じて、また酒を飲んだ。
涙は出なかった。
涙が出るような感情ではなかった。
もう少し乾いた、静かな何かだった。
母が亡くなって少し経った頃、私はMに偶然、駅で会った。
Mはすぐに私に気づいて「お前、変わらないな」と言った。
私はMに気づいていなかった。
Mは髪が薄くなり、少し太っていた。
スーツの肩のあたりがくたびれていた。
Mは結婚していた。
子供が二人いた。
Mは私の近況を聞かなかった。
たぶん聞かないほうがいいと判断したのだろう。
代わりに、駒場の頃の話をいくつかした。
「お前、覚えてる? あの語学クラスの和訳の輪。Kがやってたやつ」
「ああ」
「俺、あれに助けられたんだよ」
「助けられた?」
「うん。俺さ、地方から出てきて、最初お前と似たような感じだったじゃん。一人でやれば全部できる、みたいな。けどKがしつこく誘ってくれてさ。最初は俺も、うざいと思ってたんだよ。けど何回か行ってみたら、自分が見えてないところを他のやつが見えてたりするんだよな。それで俺、考え方を変えたんだ。一人で全部やる必要はないって」
Mが続けた。
「あれが俺の人生の、たぶん一番大きな転換点だった。あそこでKに引っ張ってもらえたから、俺、人と一緒に仕事ができる人間になれたんだよ。今の仕事、俺一人じゃ絶対できないからな。役所って根回しの世界だから」
私は頷いた。
Mが私をちらっと見た。
「お前は行かなかったよな、あの輪」
「うん」
「何で行かなかったんだ?」
しばらく答えられなかった。
それから、ようやく言った。
「行く必要がないと思っていた」
Mはそれ以上聞かなかった。
私たちはもう一杯ずつ飲んで別れた。
Mは終電で帰っていった。
最後に「また飲もうな」と言った。
私も「うん」と言った。
私たちはその後、一度も飲まなかった。
二人とも、それをわかっていたと思う。
Kに引っ張ってもらえたから、俺、人と一緒に仕事ができる人間になれたんだよ。
Kは私のことも引っ張ろうとしていた。
「気が向いたら、声かけて」
「一緒に間違えて、一緒に直せばいいんじゃないかな」
Kは私に何度も手を差し出していた。
私はその手を毎回振り払っていた。
Kを軽く見ていた。
そのプライドのために、人と一緒に何かをするということを、生涯、覚えそこねた。
電車の中で初めて認めた。
あいつは、ずっと間違えていたわけじゃなかった。
あいつは、正解を一人で出すことを最初から諦めていただけだった。
だから、みんなで間違えたあと、みんなで直すことができた。
俺は、一度も間違えないために、一度も誰とも直せなかった。
涙はまた出なかった。
「人生は、一度きり」
そんなことが書いてあった気がする。
正確には覚えていない。
ただ、もう一度だけ君に語りかけたい。
君がもし、私に少し似た人間なら聞いてほしい。
勉強がそれなりにできる。
一人でいることを苦にしない。
周りが少し幼く見える。
「言い方」を装飾だと思っている。
人に頭を下げることを敗北だと感じている。
もしそうなら聞いてほしい。
君が会っていないのは、君が悪いからではない。
たぶん環境のせいだ。
中堅校で一番頭がいい子。
学年で目立つ秀才。
これは君の責任ではない。
そこには君と同じか、君より上の人間が必ずいる。
中学生のときから、もっと厳しい競争を経験してきた人間が必ずいる。
それが君のこの先三十年を決める。
選択肢は大きく二つある。
一つは、その人間を軽く見ることだ。
「あいつは要領がいいだけだ」
「あいつは育ちがいいだけだ」
これは簡単だ。
すぐにできる。
何の努力もいらない。
プライドが守られる。
気持ちがよい。
私が選んだのはこっちだ。
そして、その代償をこの四十七年間で払い続けている。
もう一つは、その人間に頭を下げることだ。
「すごいですね」
「教えてください」
「どうやってそんなに上手くやるんですか」
そう聞くことだ。
これは難しい。
プライドが傷つく。
気持ちが悪い。
自分が小さく感じられる。
けれど、こっちを選べる人間は二十年後、ほぼ確実に生き残る。
なぜなら、こっちを選んだ瞬間から、君の能力は自分の能力だけでなくなるからだ。
君は自分より上の人間の能力を、少しずつ自分の中に取り込んでいけるようになる。
これは私が二十年かけて気づいたことだ。
自分より上の人間に、自分の間違いを笑いながら指摘されたときだ。
そしてもう一つ。
これは道徳の話ではない。
君が長く生き延びるための技術の話だ。
「性格をよくする」というのは、誰にでも愛想よくすることではない。
人と一緒にいるときに、その人が「君と一緒にいて楽だ」と感じるように自分の振る舞いを設計することだ。
これを十代後半のうちにやっておかないと、後からやり直すのが本当に難しい。
二十代の後半から急速に固まる。
三十代に入ると、ほとんど固まる。
四十代になると、もう変わらない。
私は四十代の自分を見て、それを知った。
君は今、二十歳前後だ。
固まる前に修正してくれ。
「ごめん」
「教えて」
「自分が間違っていた」
この四つを重く、特別なこととして言わなければならない人間は、私のように誰とも何も直せなくなる。
「私は完璧ではない」
「私は、変われる」
ここで最後に、一つだけ付け加えたい。
私はこれまで、「人に合わせるな」「集団は誤答を選ぶ」「会議はノイズだ」「調整は知性の敗北だ」と思ってきた。
だから誤答を直すには、自分の見え方の外側を持ってくる必要がある。
それを持ってきてくれるのが他人だ。
この関係を若いうちに作っておかないと、君の認知は君一人の中で閉じる。
その罰が、私の四十代だった。
君には、その罰を受けてほしくない。
この手紙を、ここで終える。
書きながら何度か、自分のことが嫌になった。
いや、本当のことを言えば、何度か自分のことをまだ正当化したくなった。
「Kは、俺ほど深くは考えていなかった」
そういう声が、今でも私の中で聞こえる。
たぶん、その声は死ぬまで消えない。
けれど私は、その声をもう信じない。
私は君に、私と同じになってほしくない。
私はもう、どこにも戻れない。
母も父も、もういない。
KともMとも、もう会わない。
私の若い頃のクラスメイトたちは、たぶんそれぞれの家庭で、それぞれの夕食を食べている。
私には夕食を一緒に食べる相手がいない。
これは自業自得だ。
誰のせいでもない。
けれど君は、まだ間に合う。
これから「ごめん」「教えて」「ありがとう」「自分が間違っていた」を毎日言える。
これから人と一緒に間違えて、人と一緒に直せる。
それを君のうちに習慣にしてほしい。
二十歳の君の習慣は、四十歳の君の人格になる。
二十歳の君が人に頭を下げることを覚えれば、四十歳の君は誰かに助けられる人間になる。
二十歳の君が自分の間違いを認めることを覚えれば、四十歳の君は間違える前に人に相談できる人間になる。
二十歳の君が雑談を大事にすることを覚えれば、四十歳の君には夕食を一緒に食べる相手がいる。
これは綺麗事ではない。
最後に、もう一度だけ。
正しさは、人に届かなければ現実を変えない。
一人で正解を出せる人間より、人と一緒に間違えて直せる人間のほうが長く生き残る。
けれど、誤答を直す力もまた集団の中にある。
その集団に、君が入っていけるかどうか。
それが君のこれからの三十年を決める。
私は入っていけなかった。
その理由をたくさん書いてきた。
けれど本当の理由は、たぶん一つだ。
私は怖かったのだ。
その怖さを、私は「孤独を選ぶ強さ」と自分に言い聞かせていた。
それは強さではなかった。
ただの臆病だった。
君が私と同じ怖さをもし持っているなら、その怖さに名前をつけてやってほしい。
「臆病」と。
名前をつけずに、それを「強さ」と呼び続ければ、君は私になる。
長くなった。
これで終わる。
君が今夜、誰かと夕食を食べられますように。
君が十年後、誰かと一緒にその失敗を直せていますように。
君が二十年後、私のように、見知らぬ若者へ誰にも頼まれない手紙を書く人間にならずにすみますように。
これは説教ではなく、
これは祈りだ。
どうか。
私のようには、ならないでくれ。
浮気、というか浮気の可能性が起こっちゃうのがダメらしかった。
私が男女2人ずつの飲み会で、朝まで盛り上がっていたら発狂して「別れる」って言い出した。仕方ないか、と思って「了解」とだけ送ったら「ごめん、違う。本心じゃない。本当に失うのが怖かったんだ」と懇願された。
いろんなことを言って別れるなんて言ったくせに、私と復縁したいらしい。向こうは私にエグいくらいに執着を持っていた。
朝まで遊ぶこと、異性がいること、長年の付き合いであること、メンツも全員紹介していたのに。直前になって、「終電で帰って欲しい」と懇願された。さすがに遠方からくる友達もいるし、集合して二時間くらいで帰るわけにもいかないし、それは無理だと言ったら「なんで急に終電で帰れないっていうんだ。騙された気分だ」と段々狂いだした。
「そんな心配ならこればいいじゃん」とも言って誘ったのに断ったのは彼側。
友達とは全然何も起こらなく(当たり前)、なんどもかかってくる電話や、長文ラインにドン引き。「別れたら?」とも。
狂った原因は翌日聞くに、幼少期に両親が離婚する前の大喧嘩がフラッシュバックして、それと夜の私の態度が重なって思ってもないことを言ってしまった、と。
それでも、いままでも私が飲みにいくと嫌な顔をするし、どんだけ説明しても夜中に電話をかけてきたり、様子を見に私の家まできたりもするので、結構溜まったもんではない。
雨は細く降り続け、
「昔さ、曲とか書いてたんだ」
と言った。
そのあとしばらく時計を見ていた。
列の先頭の女は営業帰りで、
「南の島って、夜どうなんだろうね」
誰に聞くでもなく笑った。
白い前歯を舌でそっと触った。
現実の話になると
ポケットの中で何かを回す。
指先だけが、まだどこか急いでいた。
“たぶん、別の夜もあった。”
バックミラー越しに、
濡れた制服の肩。
昔リングに立っていた形を少し残していた。
列を整える老人は、
誰にも急がせない手つきで人を流していた。
港の匂いのする咳。
ときどき小さく落としながら。
誰も名前を聞かない。
それでも二時十七分。
同じ雨の匂いだけを吸っていた。
遠くで空車ランプが揺れ、
誰かがまた、小さく咳をした。
雨はまだ、やむ気配がなかった。
私の実家はもっと地方で、彼氏とは地方都市で働いてる時に出会って、彼は転職して生まれ育った東京に戻って行って、遠距離してた。
月に2回、往復6時間かけて新幹線で会いに来てくれて、愛されてるなと思ってた。
彼の都合ですぐには一緒に住めなかったけど彼氏は実家住みだし、仕事が本当に本当に忙しそう(毎日終電)だし、土日は結構私といるし、そもそも彼氏のことが大好きだったし、他人との人間関係にちょっとドライだけどわたしとか社会への眼差しは優しくて人道的な人だと思ってたから、浮気なんて、疑ったこともなかった。
昨日、彼のスマホで一緒に動画を見ていて、彼だけがお酒を飲んでいて寝落ちていて、ほんの少しの気の迷いでLINEを見た。頻繁ではないけど女の子に今日空いてる?会えない?とか言ってる。
美術展に誘って美術展行ってご飯とか行ってる。一緒に◯◯行きたいね、とか、会いたいね、とか言ってる。
クリスマスに家でケーキ食べない?とか言ってる。女の子に今日はうちにきてもいいよって言われてる。22時半くらいから飲んで、昨日今日ありがとうねってやりとりしてる。ごめん無理になったから今度埋め合わせさせてって言ってる。しばらく連絡もせず、埋め合わせる気ないじゃん、こんな人と関係は続けられませんってふられてる。
わたし、来月には彼と同棲する予定で、社宅退去の手続きしてしまった。再入居はできない決まり。夏には入籍予定で、最近避妊もやめた。年齢が年齢だから、いつできても嬉しいよねって。
今までのパートナーと付き合っていた時は、半年に一回性病検査をしていた。過去の彼氏を信じられなかったし、信じられない理由があった。でも今の彼氏のことは信じてて、携帯を見ようとも、性病の検査をしようとも思わなかった。私のことが大好きで大切にしてくれる人だと思ってた。
私の収入で家賃補助(社宅)なしに東京で生きていくにはカツカツジリ貧。
新居も契約手前で、結婚して15年は持つよねーって、結構いいマットレスを奮発して買った。
彼は、携帯見たよ。って言ったら、なんのこと?何を見たの?って。
他の女の子と会ったり、エッチしたりしてる?って聞いたら、してない。浮気なんてしてない。なんで信じてくれないんだ、一体急になんなんだ、みたいなことを言ってた。よくわからないなら、一緒にみて、説明してくれる?って聞いたら、プライバシーだからやだよって。
でも、アプリしてるよね。今すぐここで目の前で消して。って言ったら、携帯やアプリの中身を見せたり、本当にしているところを一緒に見るのが耐えられなかったのだろうけれど、してくれなかった。
出勤途中に、これ、消したらいいよね。って歩きながら消そうとしてくれた。待って。って言ったら全然昨日とかもマッチしてた。
なんでそんなことしたの?って聞いたら、結婚に不安があって…だって。
ま、内容を見るに、片手間にアプリやってるなあってかんじではあった。
アプリって、マッチングするとこんな自分にも需要があるんだなってなって自信つくのも、わかるしなあって、でもさ。
わたし、友達も少ない、仕事内容もハードになって、環境も変えて、東京に来たんだよ。
本当に結婚するつもりだった。
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増田さんは既婚者だし、当時は総務の美人にご執心の様子だったから、私の気持ちは秘密のものだった。
一昨年の年末くらいから美人が欠勤を繰り返すようになり、退職が決まった頃から増田さんがよく話しかけてくれるようになった。
とても嬉しかった。
だんだん下ネタを振られる事が増えたけど、なんだか打ち解けたようで、それも嬉しかった。
増田さんにはyという金魚のフンのような女がいて、よく2人で飲みに行ってる事は知っていた。
総務の美人が欠勤し始めた時期から私にも声がかかるようになり、何度か3人で飲みに行った。
去年の2月にもその飲み会に呼ばれ、解散後の帰り道に増田さんと2人きりになった。
手を繋いで歩いて、お互いを好きだと言い合って、ちょっとだけハグして、あとはずっと下ネタばっかり話した。
そのままホテルに誘われたけど断った。
その時点ではそこまでしたい訳じゃなかった。
でもかなり舞い上がっていた。
断ったら、普通に飲みに行こうと誘ってくれた。
夕方からお酒を飲んで少し酔ってきた頃、増田さんが唇を突き出してきた。
最初は拒否したけど、笑えるくらい唇を前に突き出してくる顔が可愛く思えて、少しだけ唇を付けたらそのまま捕まった。
もし増田さんの家族にバレたら傷つけてしまうかもしれないけど、認識できなければ事実は存在しない。
シュレディンガーの猫ってこういう事だっけ。違うか。
とにかく、バレたり疑われたりせず、増田家の安寧を脅かさない範囲で楽しんでいれば何ら問題無い。
増田さんの事は好きだったけど、踏み込んだ関係になるのは怖かった。
その後も増田さんと月一、ニくらいのペースで色々なラブホに行った。
どこに行っても新鮮で面白くて、何より増田さんと2人でいられるのが幸せだった。
ところが2ヶ月くらい経った頃、増田さんが他の女性とも関係を持ったと聞いて少し焦った。
でも私は増田さんを束縛できる立場ではないし、嫉妬するのもおかしいので、気にしていない態度をとって、それを私の本心という事にした。
寂しい気持ちが日に日に膨らんで、新しい女性の方が私より可愛いんだろうなんて考えては自己嫌悪に陥った。
資格試験の勉強も身に入らず、増田さんを振り向かせる方法も分からず、悩ましさで時間を浪費した。
この寂しさをどうにかしたくて、とうとう5月の終わりに初めて私の方から誘ってみた。
少し予想はしてたけど、増田さんは私の資格試験まで2ヶ月しかない事を理由に断ってきた。
その理由で私が断るならともかく……。
もう興味が無いという意思表示だと察しながらも、振られた事を受け入れられなくて、でも今更になって彼女面もできなくて、聞き分けの良い返事をして1人で泣いた。
試験が終わってすぐ増田さんとyが2人で飲みに行くのを私は見送った。
試験が終わったら、また増田さんから誘ってくれないかな、なんて期待をした。
もう一度増田さんを誘ってみようとも思った。
それで断られたら、増田さんの事は完全に諦めよう。
この頃から「恋人ではなくあくまで共犯」という自覚が、寂しい感情によって薄まってしまっていた。
私の資格試験が終わって、8月に3人でお疲れ会をする事になった。
(yは先月したんだから、いなくていいのに…)
終電があるからと私だけ先に帰らされたけど、私は家に帰らなかった。
増田さんにLINEをして、しばらく待っていると電話をくれたので2人で合流した。
増田さんを止めないといけなかったけど、久しぶりに2人でいられるのが嬉しくて受け入れてしまった。
増田さんは以前のような愛情表現はもうしてくれなくて、私ひとりが喜んでいるようで寂しかった。
以前より暴力的なのは久しぶりだからなのか、単に酔ってるだけなのか、分からないけど私は歓喜した。
次の日、増田さんと2人で話す時間があったので、私は昨晩の事を話した。
増田さんは全く覚えていなかった。
という事は、やっぱり泥酔して理性が飛んでいただけだったのだ。
警察に捕まったら人生を終わり、今後は気をつけて欲しいと伝えた。
今までそんなのした事ない、と増田さんは納得がいかない顔をしていた。
今思えば、増田さんと私の2人でした事もあるのに、他人事のように言ったのは少し悪かったかもしれない。
「俺は君にとってのなんなの?」と聞かれたので、「増田さんにとって私はなんなの?」と聞き返したら、「友達」と言われた。
私は何て返せば良かったんだろう。
増田さんから全体へ連絡があり、これからは仕事の合間に頻繁に病院に行くことになるかもしれない、とのことだった。
試験が終わったらこの心の霧を晴らしたいと思っていたけど、事情が事情なので仕方がない。
当然増田さんの方から誘われる事もなく、自分の中の我儘な感情を理性で押さえつけながら1ヶ月ほど過ごした。
他の人には積極的に話しかけるし、笑顔でいるのに、私には業務連絡しかしないし、私が話しかけても絶対に顔をこちらに向けてくれなかった。
私に興味が無いというよりは、嫌っている態度だった。
なんで嫌われたのか分からなかった。腹が立った。悲しかった。やりきれなかった。
でもそれらを言葉にできなかった。
真っ黒な感情が蓄積されていくだけで、発散させる方法も持っておらず、私は度々情緒不安定になった。
取引先との飲み会が終わってホテルの部屋で入浴していると、増田さんから部屋番号がLINEで送られてきたので、部屋に行った。
それなのに増田さんはずっと冷たい態度だった。
部屋に来いって意味じゃなかったの?
普通なら怒って部屋を出るところだけど、とうに私は心に余裕のある女性ではなくなっていた。
私の顔を見ようとしない増田さんの機嫌を取ろうとして懸命に尽くした。
「俺以外の男とした?」と聞かれたのでしてないと答えた。
増田さんは?と聞くと、「先週した」と言われた。
愕然とした。親の体調が悪いからって気を遣ったけど、無駄な遠慮だったのだ。
そして初めて首を絞められた。
増田さんなら嬉しいと感じた。
私は完全に狂っていた。
増田さんと関わりながら私が幸せになれる方法なんてもう無いのに、増田さんを求め続けた。
仕事中、取引先から「増田さんはもう〇〇の社員じゃなくなるもんね」と衝撃的な事を言われた。
私は何も知らない。
呆然としそうになるのを堪えてなんとか仕事を終えて、一足先に会社へ戻った。
増田さんが私の目の前からいなくなる……ショック過ぎて、誰もいない会社で首を吊った。
数分ほど気を失ったが、急に目が覚めて助かった。生存本能ってすごい。
「もし誘ったら、俺の会社で働いてくれる?」
と言われた。
「正直今より給料が下がるのは無理だけど…可能なら働きたい!」と、さっき首を吊った人とは思えないほど冷静に回答した。
でも、偶然知る事にならなかったら、増田さんは独立の事をいつ私に教えてくれるつもりだったんだろう?
増田さんの親の具合は良くならなかった。独立の準備もあるし、受け持っている仕事もしないといけない。
増田さんの気持ちや状況を鑑みるととても誘える雰囲気ではない。
でも私は寂しくてしょうがなかった。
とっくに女性としても人としても普通の扱いを受けていなかったのに、増田さんの事をまだ求めていた。
恋は盲目、狂気の沙汰、愚の骨頂、理性では全部自覚しているのに、感情が言う事を聞かない。
終わってほしく無いと同時に、もう終わらせたかった。
「また遊びに誘ってもいい?」
すぐに「ダメです」と返信が来た。
ああ、終わった……と胸を撫で下ろしながら、眠りにつくまで何時間も泣いた。
これで終わったはずだったのに、というか、自分の中で終わらせたはずだったのに、私は意志の弱い人間だった。
あろうことか私は更に歯止めが効かない女になった。
誘ったり誘われたりはもう期待しないけど、これまで口にせず抑えて来た事を全部LINEで増田さんに訴えるようになった。
なんで顔見てくれないの?私の事嫌いなんだよね。他の人と全然態度が違うよね。なんでこう言ったの?なんでこうしたの?私は傷ついた。私はこう言う事が嫌だと思う。あの人の事は好きなんだよね、私と違って。
完全に頭がおかしい。
何なんだこの女は。
増田さんは「そんなつもり無い」とかはぐらかしてばっかりで、それに余計腹が立った。
私は喜怒哀楽の激し過ぎる口撃モンスターで、その自覚があるくせに感情のブレーキは壊れてしまっていて、度々増田さんを轢きに行った。
増田さんは少し優しくなった。
12月の出張ではダブルベッドの部屋を予約してくれたので、もちろん一緒に寝た。
お互いに幸せになれる相手じゃないのに、やっぱり増田さんが大好きだった。
増田さん曰く、11月に独立する旨を伝えたところ、yは即答で着いていくと言ったらしい。
yならそう言うだろうな。
私は言えなかった。
それにyは私の何倍も仕事ができる。
弁えてる。
弁えてるけど、私はyの事が「うっすら嫌い」から「大嫌い」になった。
いや、正確に言えば、増田さんと関わっている時のyが嫌いで、y本人の事は人として好きだった。世話にもなった。
yに対する嫌悪感は完全な八つ当たりだったけど、増田さんとの異常な距離感が気持ち悪いとは入社当初から思っていた。
増田さんの親が亡くなった。
yだけは1人「お葬式の受付しなきゃ」とか謎に張り切っていた。
去年、同じ班の女性社員の親が亡くなった時は知らんふりしてたくせに。
気持ち悪い。
でも、増田さんはyが名乗り出てくれて嬉しいとか言うんだろうな。
やっぱりこの女は嫌いだと思った。
増田さんとyの顔を二度と見なくて済むように、市内から出る事にした。
相談にも乗ってくれた。
その確信はあったけど、もう私の中で増田さんの会社に行く選択肢は完全に消えて無くなっていた。
年が明けても私の我儘心は一向に落ち着かず、増田さんに2人で飲みに行こうと誘った。
増田さんはあっさりOKしてくれたけど、喜んではいなかった。どうでも良かったんだろう。
増田さんと2人で飲みに行くのは、初めてラブホに行った時以来、約1年ぶりだった。
3時間ほど話して、お腹いっぱい食べて、よし帰ろうと増田さんは言った。
唇を突き出す人はいなかった。
もし私と増田さんが普通の友達だったら、こんな感じでいられたんだろうか。
まあ、無理か。
私達は共犯だった。
お金が大事なのか、休みが大事なのか、やりがいが大事なのか、言ってる事がバラバラだと。
その場その場で都合の良い事を言っている感じがすると。
そう言われてドキリとした。
給与面で問題なければ増田さんの会社に行くと言ったのに、裏切ったようなものだった。
増田さんとyと一緒に働くのは無理、とは口にできなかった。
増田さんにとって、二つ返事で着いていくyは可愛いに決まっていた。
一緒にリスクを背負わないくせに、増田さんから与えられる事だけを求める私はただの卑怯者だった。
2月になってようやく転職先が決まり、3月末の退職に向けてバタバタと引き継ぎ業務を追われる中でも、私は気に入らない事があると増田さんに怒りのLINEを送った。
いつも私から喧嘩を売ってばかりで、その度に増田さんも気分を害していた。
増田さんの事が好きなのに、好かれるための事はできなかった。
そのくせ、私よりもyが可愛がってもらえてると怒り狂った。
というか、馬鹿で感情のコントロールができないから、惨めな人間にしかなれないんだろうな。
3月末に引っ越し、4月1日から入社というスケジュールはなかなか忙しかった。
新しい環境に順応しようと必死な中でも、私は増田さんの事ばかり考えていた。
入社3日目、仕事の内容で聞きたいことがあったので増田さんにLINEをしたが、なかなか既読がつかなかった。
忙しいだろうし、と割り切るつもりが、丸一日既読がつかなかった事に私は腹を立てて増田さんを責めた。
その事に増田さんも腹を立てた。
もう無理だと思った。
こんな気持ちになりたくたい、こんなコミュニケーション取りたくない。
増田さんの事で一喜一憂し過ぎて情緒が不安定になるのをやめたい。
連絡を断たないともう駄目だと思ったけど、でも、振り切れなかった。
もう少し時間が経って、私がこんなメンヘラじゃなくなったら、また会えないかな、なんて淡い期待をしていた。
先輩は7月に前職を辞め、翌月にはこちらの地域で仕事していた。
早速土曜日に飲みに行こうという話になり、私は喜んで店に向かった。
先輩は断片的な情報しか持っていなかったので、私が知っている情報と擦り合わせがしたかったらしい。
「9月に電話かかってきてさ、独立するって言われて驚いたよ。誰かに話したのか聞いたら、yだけには話してるって言ってて。」
yだけには話してたんだ。
そっか。そりゃそうよね。
先輩と夢中で話し続けていたらいつの間にか夜が更けていた。
辞める直前、社内では独立する増田さんの味方か敵しかいないような状態で、もちろん私は増田さんの味方だったけど、少ししんどかった。
先輩は増田さんに対して中立的な立場の人なので、やんわりと増田さんを否定する場面もあって、なんだかすごくホッとしてしまった。
増田さんのyの溺愛っぷりは異様だとも先輩は言っていて、私はそれにも安堵した。
増田さんへの気持ちがあるから私の見方が歪んでいる訳ではなかった。
ずっと抱えてきた重荷が、突然空中に霧散していったような気持ちだ。
私、こんな気持ちになるんだ。
電話は着拒、LINEはブロックするからもう連絡は取れないこと。
それだけ簡潔に伝えて、増田さんの連絡先を全て消去した。
これでもうおしまい。
もうきっと会う事は無い。
もう悲しまない。
頭の中はまだ増田さんの事でいっぱいだけど、そのうちそうでなくなるんだろう。
恋愛はもうこりごり。
自分に疲れちゃった。
増田さんの事は大好き。
さよなら。
ばいばい、増田さん。
小中は同じクラスのおませな友人が付き合っただの別れただのの話をしているのを聞いては、
私も高校生くらいになったら好きな人ができるのかなぁとぼんやり考えていた。
しかし高校は女子校へ進学し、習い事も特にしていなかったので、同年代の男性との関わりはゼロ。
漫画やドラマを見てはしゃぐ程度で、そこまで強く「彼氏が欲しい」と思うこともなく、花のJK時代を浪費していた。
そしてようやく大学生になって、同年代の男性と知り合う機会が増えた。
けど別にそこまで恋人が欲しいと言う熱意もなく、むしろ女友達からは「ぜんぜん恋愛する気ないのつまらない!」と言われる始末。
でも大学に入って最初に仲良くしてくれた男友達が告白してくれて、それがなんだかこしょばくて嬉しくて、初めての彼氏ができた。
相手も私が初彼女だったらしく、初々しくもお互いを大切に、少しずつお互いへの愛を深めていった。
部活繋がりで知り合った他校の女性と、身体の関係を持ったようだった。
自分で言うのもなんだが私はかなり一途な方で、浮気など到底許せるはずも、理解できるわけもなく、泣きに泣いて別れた。
自尊心はズタズタになり、ストレスで激痩せして、若干男性恐怖症…というか、男性嫌悪になった。
まあでもそれも時が経てば薄れていき、社会人になった。
そこで出会ったのが、その人だった。
仮に、Aとする。
その会社では、Aが私と同じく20代前半、それ以外の社員は少し歳が離れていた。
Aは高卒で働きに出て、私より1年ほど前にこの会社に中途で入ったらしい。
コミュ力が高く、場の中心にいるような人だ。
年上にも物怖じせず接せられるタイプらしく、先輩社員みんなからも頼りにされていて、初めは「内弁慶で人見知りの私とは全然ちがう、こんな優秀な人と比べられちゃったら嫌だな…」と思ってみていた。
Aは元から世話焼きな性格なようだったが、私と年齢が近いということもあり、どうやら新入社員のフォロー役に任命されたようだった。
なにかと気にかけてくれて、業務の研修はもちろん、仕事終わりにはよく「◯◯先輩と飲みにいくからおいでよ」と声をかけてくれた。
おかげさまで、私もわりと早い段階で会社に馴染むことができた。
私が入社して二年ほど経った頃、仕事にも一人暮らしにも慣れ、心にも余裕が出てきた。
季節は春をすぐそこに控えた冬の終わり、よく晴れた日のことだった。
仕事の用事でAとの話が終わって、さぁ自席に戻ろうと背を向けたところで、Aに呼び止められた。
振り返ると、Aが「これあげる!」とはにかみながら、私の手にお菓子を握らせてくれた。
そのとき、Aのことが心底好きだと気づいた。
その日は家に帰ってから、何度も何度も、本当にこの気持ちは恋なのか?ただの憧れの先輩に抱く感情なのか?と自問自答した。
ベッドで転がりながら、過去の飲み会で撮ったスマホの写真に映るAを見直しては、なんだか心臓がむずがゆくなる。
しかしAは、その時すでに恋人がいると聞いていたので、この気持ちは自分だけの秘密にしておこうと思った。
過去、初恋の人に浮気されたのがトラウマになっていたこともあり、奪ってやる!なんてそんなこと、到底考えることもなく
まるでアイドルへのガチ恋よろしく、ただ勝手に好きでいさせてもらおうくらいに思っていた。
それから半年ほど経って、ある日の飲み会で、私はやたらと酔っていた。
普段は割とお酒に強い方だが、なぜかその日はかなり飲んでしまっていたらしい。
私は酔うと、やたらと愛を語りたくなるタチだった。
そしてついうっかり、秘めていたはずの「好き」をド直球でAに伝えてしまったのだ。
でも、Aも酔っていた。
そしてAも私のことを好きだと言い、キスをした。
それから、Aと私は「お互いを好き合っていて、キスだけ一度したことがある」という関係性のまま、なんとなくソワソワしてすごしていた。
一線は変えてないけど(まあキスしてるから超えてるんだけど)、でも両想いで…みたいな、なんかちょっとドラマチックな関係性が若い私たちには甘美だった。
Aはいっそう私に優しくなり、私もAに甘えるようになり、飲み会では必ず隣に座ったりしていた。
でもそれだけだった。
私は傷心したが、これでこの叶わない恋も終わりを迎えたのだと思った。
寂しいけれど、なんだか妙に清々しい気持ちさえした。
おめでとうと言った私に、Aは「ありがとう」と、私が恋に落ちた笑顔ではにかんだ。
そして翌る日、私は会社の飲み会の帰り、家の鍵を無くしてしまった。
当時住んでいたマンションの前で、人通りも街頭もない暗い道にひとりで立ち、何度も何度も鞄や服のポケットの中を探る。
そこに先ほど解散したAから、無事に家に着いたかと尋ねるLINEが届いた。
私は思わず、鍵を無くしてしまった、家に入れない、どうしよう、と返した。
するとAから、すぐに行く!と返事が来た。
そして実際、Aは乗っていた終電を降り、わざわざタクシーを乗り継いで、私のもとに来た。
安堵とうれしさ+アルコールが混ざり合い、私はもう訳がわからない情緒になっていた。
Aのことがヒーローのように感じられた。
しかしヒーローが来ようが、無くしてしまった鍵は見つからない。
とりあえず一晩を明かす場所を確保しなくてはならないが、近くにあるのは寂れたラブホテルだけだった。
そうしてなんやかんやついに一線を超えてしまった私たちは、立派に不倫関係となった。
私は罪悪感を覚えながらも、好きな人と結ばれることはやはり嬉しく、その後もAとの関係を断つことができなかった。
なんなら正直な話、Aはほぼ毎日仕事終わりから寝るまでラインをして、しょっちゅう飲みにいき、ほぼ毎週末終電を逃して私の家に泊まり、とてもじゃないが家庭のある人のようには思えず
たまにふと「そういえばこの人、結婚してるんだよな…?」と勝手に不思議な気持ちになったりもしていた。
そんなこんなで、気づけば5年が経っていた。
私は20台後半、いわゆるアラサーになり、友人からの結婚報告に度々メンタルを抉られるようになった。
そして幸せそうな新婚の友人の姿を見るたび、やっぱり不倫なんてしてはいけない、はやくやめなくては、と思うようになっていった。
でも愛はますます深まっていたし、私自身はただ一途に人を愛しているだけなのになんで…、という甘えの気持ちも捨てきれずにいた。
Aもまたこの関係が心地よいのか、当初からの熱量と変わらず私の相手をしてくれていた。
そんなクズみたいな私でも、これだけは、と心に決めたことがあった。
それは、Aの家庭に子供ができたら絶対にこの関係を終わらせよう、ということだった。
私は子どもが好きだ。子どもは宝だと、綺麗事抜きで結構本気で思っている。
子どもはみんな幸せであるべきだし、子どもの幸せとは親からの愛情を一身に受けることだと思っている。
また、父母がお互いを大切にしあい、疑う余地なく信頼し合っている、そんな家庭で育つことが、子どもの幸せにとって重要なことなのだと信じている。
そうしてしばらくした頃、ついにその時が来た。
ある日の夜、いつもはLINEの文面で連絡を取り合っているAから、いきなり電話が掛かってきた。
スマホの画面を見て、Aからの着信であることを見ると同時に、あー、と思った。
「どんな感動系の映画でも泣いたことない」というのが自慢だったAは、電話口でぐずぐず泣きながら、嫁から妊娠したって言われた、と話した。
私は「おめでとう!奥さんのことを大切にね」と言った。
そうして、終わった。
私は電話を切ってからひとしきり、数日にかけて泣き続け、仕事も有給を使って休み、その後も数ヶ月はずっとどことなく体調を崩していた。
でも一方で、肩の荷が降りたような安堵感もあり、自分みたいな小物には不倫なんて向いてないよなと思うなどもした。
なら最初からするなよという話でしかないが、甘い誘惑には抗えず、20代をAにだけ捧げて、三十路を前に私はひとりになった。
その後Aとは、部署が離れ業務でも関わりを持つ機会が減ったこともあり、「ただ仲のいい会社の先輩後輩」という関係に落ち着いた。
Aは子煩悩な、いいお父さんになっているようだった。
なんだかんだ愛情深い人なので、きっと奥さんのことも今は一途に大切にしているだろう。
私はその後、別の人とお付き合いする機会を得たものの、あまり長続きせず別れてしまった。
今後もしラッキーなことに好きな人ができてその人と付き合えて結婚したとしても、年齢的に子供を望める期待は薄い。
そしてなんとなく、不倫をしていたという罪の意識は無くなることはないだろうし、不倫をしていた私が幸せになれることなんてないだろうなと自分で思ってしまっている。
でもそのくせ、Aとの時間はかけがえがなかったし、あんなに深く人を愛せる機会を得られたことは(たとえ不倫であれ)幸いだったとも思っちゃっている。
そんなAが、このたび会社を辞めるらしい。
これでもう、完全にさようならになるんだろう。
物理的に、もう顔を合わす機会も完全になくなり、完璧な過去の人になるんだろう。
Aは頭の回転が早くて、今日になんでもできる人だし、人タラシで誰からも愛される人なので、きっと新天地でも成功すると思う。
どうか幸せに健康に、もう二度と不倫なんてせず家庭円満で生きていってほしい。
さよならね
唯一この話から学べることがあるとするなら、
会社のアレ。終業時間外に上司の臭い息吐きかけられたくないのに(笑)
「飲み会に参加すると人間関係が劇的に良くなる」というのを見かけた。
その行為自体がすでに労力なので、それができた時点で何かしら変化は起きる(笑)。主に疲労とか翌日の後悔とか。
私が普段過ごしている夜の時間をざっと見積もると、だいたい自由時間は4時間くらい。そのうち飲み会は平均して2〜3時間を占有する。
移動時間を含めると実質3〜4時間。ほぼ一晩まるごと消費する計算になる。
開始時間が19時だとすると、店に行くまでの準備や移動で30分。
終電を気にするなら22時半には抜けたいが、空気的にそれは難しいので結局23時近くまでいる。
帰宅すると0時前後。そこから風呂に入ったり何だりで、完全に一日が終了する。
会話というのは常に適度な集中力を要求される。笑うタイミング、相槌、話題の選択。
さらにアルコールが入ることで判断力が鈍り、「別に言わなくていいこと」を言うリスクも上がる。
では飲み会のメリットは何かというと、「関係性の潤滑油」とよく言われる。
ただし、それが発揮されるには「適度な頻度」と「適切なメンバー」と「ほどよい時間」という条件が必要になる。
ここで問題が生じる。
その“適度”が守られないケースが多い。
頻度が多すぎると単なる消耗戦になるし、メンバーが合わないとストレスになるし、時間が長すぎると集中力が切れる。
つまり、飲み会が人間関係を良くするのではなく、「うまく設計された飲み会だけが」効果を持つ。
いわゆる交絡因子。
関係が良くなったのは飲酒そのものではなく、もともと相性が良かったり、話す時間が十分に確保されたりしたことの影響である可能性が高い。
むしろ無理して参加し続けると、精神的な負担が蓄積して逆効果になることすらある。
ヒトはストレスが増えると防御的になるので、他人との距離は縮まるどころか広がる。
ということは、無理なく飲み会を楽しめるようになるには、飲み会自体を増やすのではなく、「飲み会を楽しめる状態」に自分を置く必要がある。
どういうことかと言うと、
・時間的余裕がある
・体力が残っている
この3つが揃っている必要がある。
これが常に成立するのは、仕事の裁量が大きい人か、そもそも対人ストレスが少ない環境にいる人くらい(笑)。
ということから、「飲み会に行けば人間関係が良くなる」というよりは、
「もともと余裕のある状態で適切に設計された場に参加したときだけ、結果的に関係が良くなる」と考えた方が合理的。
ヒトは余裕があると他人に優しくできるし、余裕がないとどうしても自分を守る方向に働く。
だから飲み会が面倒なのではなく、「余裕のない状態で参加する飲み会」が面倒なのである。
会社のアレ。終業時間外に上司の臭い息吐きかけられたくないのに(笑)
「飲み会に参加すると人間関係が劇的に良くなる」というのを見かけた。
その行為自体がすでに労力なので、それができた時点で何かしら変化は起きる(笑)。主に疲労とか翌日の後悔とか。
私が普段過ごしている夜の時間をざっと見積もると、だいたい自由時間は4時間くらい。そのうち飲み会は平均して2〜3時間を占有する。
移動時間を含めると実質3〜4時間。ほぼ一晩まるごと消費する計算になる。
開始時間が19時だとすると、店に行くまでの準備や移動で30分。
終電を気にするなら22時半には抜けたいが、空気的にそれは難しいので結局23時近くまでいる。
帰宅すると0時前後。そこから風呂に入ったり何だりで、完全に一日が終了する。
会話というのは常に適度な集中力を要求される。笑うタイミング、相槌、話題の選択。
さらにアルコールが入ることで判断力が鈍り、「別に言わなくていいこと」を言うリスクも上がる。
では飲み会のメリットは何かというと、「関係性の潤滑油」とよく言われる。
ただし、それが発揮されるには「適度な頻度」と「適切なメンバー」と「ほどよい時間」という条件が必要になる。
ここで問題が生じる。
その“適度”が守られないケースが多い。
頻度が多すぎると単なる消耗戦になるし、メンバーが合わないとストレスになるし、時間が長すぎると集中力が切れる。
つまり、飲み会が人間関係を良くするのではなく、「うまく設計された飲み会だけが」効果を持つ。
いわゆる交絡因子。
関係が良くなったのは飲酒そのものではなく、もともと相性が良かったり、話す時間が十分に確保されたりしたことの影響である可能性が高い。
むしろ無理して参加し続けると、精神的な負担が蓄積して逆効果になることすらある。
ヒトはストレスが増えると防御的になるので、他人との距離は縮まるどころか広がる。
ということは、無理なく飲み会を楽しめるようになるには、飲み会自体を増やすのではなく、「飲み会を楽しめる状態」に自分を置く必要がある。
どういうことかと言うと、
・時間的余裕がある
・体力が残っている
この3つが揃っている必要がある。
これが常に成立するのは、仕事の裁量が大きい人か、そもそも対人ストレスが少ない環境にいる人くらい(笑)。
ということから、「飲み会に行けば人間関係が良くなる」というよりは、
「もともと余裕のある状態で適切に設計された場に参加したときだけ、結果的に関係が良くなる」と考えた方が合理的。
ヒトは余裕があると他人に優しくできるし、余裕がないとどうしても自分を守る方向に働く。
だから飲み会が面倒なのではなく、「余裕のない状態で参加する飲み会」が面倒なのである。
その温室は、あとから地図で確かめれば「バービカン・コンサバトリー」と呼ばれている場所だった。
ロンドンの真ん中で、コンクリートの箱の三階にひっそりと載せられた、ちょっと場違いな熱帯雨林。
その日の私はロンドンのシティで、あまり気の進まない打ち合わせに向かう途中でした。
Googleマップはいつものように、何ひとつ悪びれることなく、私を間違った方向へと導いていく。
細長い路地をいくつか曲がっているうちに、ガラスとコンクリートが入り乱れた無表情な建物の谷間に迷い込んでしまった。
ビル風が、誰かの忘れたメールみたいに、足もとをせわしなくすり抜けていく。
時間はあきらかに足りていないのに、靴紐だけがほどけていく、そういう午後でした。
やっとのことで辿りついたバービカン・センターの入口は、劇場やギャラリーの看板でごちゃごちゃしていて、そのどれもが私とは無関係に見えた。
でも、エスカレーターを乗り継いでいるうちに、「Conservatory →」という小さな案内板が、ふと視界の端に引っかかった。
誰かが悪ふざけで貼った冗談みたいに、そこだけ文字の温度が違っていた。
私は予定より遅れているくせに、吸い込まれるようにその矢印の方へと歩いていってしまった。
ビジネス・パーソンとしては明らかに失格ですが、旅人としてなら、まあ合格だったのかもしれません。
コンサバトリーの扉を押し開けると、空気が一段、体温ごと入れ替わったような気がした。
中は、湿り気を帯びた別種の時間で満たされていた。
熱帯雨林をそのままビルの三階に引っ越してきたような空間で、シダの長い葉が廊下にせり出し、椰子の影がコンクリートの壁にやわらかい傷をつけている。
ロンドン第二の規模というその温室は、コンサートホールの上に土を盛り、そこに無理やり根付かされた植物たちの、少し騒がしい仮住まいだった。
足を踏み入れると、まず匂いが来る。
土と水と、少しだけ古い配管の匂い。
東京の地下鉄の匂いとはまるで違うが、どちらも人間がこしらえた迷路の匂いだ。
その迷路の隙間という隙間から、モンステラやドラセナやバナナの葉が伸びてきて、コンクリートの論理に異議申し立てをしている。
彼らは声を持たないが、葉のかたちと光沢で、じゅうぶん雄弁だった。
頭上にはガラスの天井が高くかぶさっていて、その下を、ヤシとシダがビルの梁をなぞるように伸びている。
少し離れたところには、乾いた空気の一角があって、サボテンや多肉植物が、別の惑星の住人みたいな顔でこちらを眺めている。
ロンドンの曇り空から落ちてきた光は、ガラスを透過するあいだに少し丸くなり、その丸くなった光が葉の縁をなぞる。
それは、仕事のメールがフォルダを三つくぐって届くあいだに、言葉の角を落としてしまうのと、どこか似ていた。
世界は、フィルターを一枚通過するたびに、少しだけ不正確になっていく。
「切羽詰まる」という言葉を、私はいつも、、終電間際の改札といっしょに思い浮かべてしまう。
でもあの日のロンドンで切羽詰まっていたのは、終電ではなく、スケジュール表の余白だった。
会議と会議のあいだに挟まれた三十分という数字が、じわじわと縮んでいく。
その縮みゆく時間の隙間に、バービカンの温室は、するりと滑り込んできた。
まるで、誰かがエクセルのシートの裏側に、秘密のタブを隠しておいたみたいに。
温室の小径を歩いていると、ところどころに池があって、鯉や草魚が、あまりやる気のない役者のように水の中を一周してみせる。
水音は、遠くから聞こえるコピー機の音に少し似ているが、こちらには紙もインクトナーもいらない。
ただ水が石に触れ、魚が水を押すだけだ。
きっとここも、もともとは劇場の舞台装置のために計画された場所なのだろう。
舞台の上では芝居が進み、舞台の上の上では植物が茂り、そのずっと下の地下鉄では人々が愚痴をこぼしながら通勤している。
現代生活というのも、考えてみれば、そう悪くない三段構造の劇場だ。
ただ、私たちはふだん、いちばん下の階で、湿気のぬけた顔をして立っている。
そして、そこで数十分ばかり、誰か別人の人生を借りるようにして時間を過ごす。
そういうことが、一年に一度くらいなら起きてもかまわない。
資料をひもとけば、このバービカン・コンサバトリーは「ロンドン第二のガラスハウス」とか、「都市型の温室」といった定型句で説明されるのかもしれない。
一五〇〇種を超える植物、適切に保たれた気温と湿度、そういう数字を並べることもできる。
でも、あの日の私にとってそれは、名称のない、ただの「迷い込んだ温室」だった。
名前のないものは、たいてい、こちらの心の側に名前を要求してくる。
だから私は、そこを勝手に「終電間際の温室」と呼ぶことにした。
時間がここだけ、半歩ずれて流れている。
届くのは、少し冷たいガラス越しの光と、換気システムの低い唸りと、落ち葉を掃く係員のほうきの音だけだ。
その音を聞いていると、自分の中の、使いかけのまま放置された感情が、ひとつずつ棚から下ろされていく。
「ああ、私はちょっと疲れているんだな」と、ようやく理解する。
やがて私はスマートフォンを取り出し、現実の世界へ逆戻りするための検索をした。
その過程で、ここが「Barbican Conservatory」と呼ばれていることを知る。
でも、魔法というのは、弱くなったあとに記憶として定着するのだと思う。
そこを出て、再び灰色の廊下とエスカレーターを乗り継ぎ、午後の会議室にたどり着いたとき、私は十分ほど遅刻していた。
遅刻の言い訳として、「すみません、温室に迷い込んでいました」と正直に言うわけにはいかない。
そのかわりに、「エレベーターが混んでいて」とか、「出口を間違えて」とか、いくつかのありきたりな言葉を適当に組み合わせた。
それは嘘ではなかったが、真実でもなかった。
ロンドンから戻ってしばらくしても、あの温室のことが、ときどき頭に浮かぶ。
メールの返信をしながら、ふと指が止まり、脳裏にシダの葉の輪郭がちらつく。
飛行機にさえ乗ってしまえば、地下鉄を乗り継いで、エスカレーターを三本と階段を二つ上がって、あのガラスの天井の下に再び立つこともできるだろう。
でも、おそらく次に行ったときには、あの日と同じ温室は、もうそこにはない。
温室というのは、建物のことじゃない。
切羽詰まった移動の途中で、ふいに足を止めさせる、あの妙な違和感のことだ。
そこで、なまぬるい湿気と、少し冷たいガラスと、名も知らない葉のかたちが、一時的な共犯関係を結ぶ。
その共犯関係に巻き込まれた人間だけが、あとからそれを「思い出」と呼ぶ。
バービカン・コンサバトリーが、世界で二番目に大きなロンドンの温室であることは、きっとそのうち忘れてしまうだろう。
でも、「名前も知らない温室に迷い込んで、会議に遅刻したことがある」という事実は、たぶん私の中で、これからも長いあいだ、奇妙なかたちをした記憶の温室として残っていくはずだ。
高3のときにかかった統合失調症について自分の身に起こった症状を経過とともにまとめておく。まず秋の三者面談で担任に友達がいない=それだけコミュ力がないことを指摘された。
当時官僚に憧れていたが、そのことを知っていた他人は学力もそうだがそこを改善したところでその社交性の無さをどうにかしなければどうにもならないことを言ってきたのだ。
それに私は心底動揺したようで、母によれば帰りの電車でチック症状が出ていたらしい。そこから、受験勉強も頑張りつつ立派な人格者になろうと奮起したことでだろうか、だんだん行動と思考がおかしくなっていく。
柄にもなく今まで話したことも無いような生徒に話しかけるようになる。記憶力が良くなったような気分になる。化学式が水を吸い込むスポンジのようにすらすら頭に入っていく気分だった。
実際少しは記憶力が上がったのかもしれないが気分の部分が大きかったように思える。気分が高揚し何故か授業中でも教科書に書かれた偉人を模写するようになった。
普段の私は不器用な方で模写などできるようなタチでもなく、したとしてもゆっくり書いても線は歪にるし顔のパーツのバランスも元のようには書けなかったはずなのだが、そのときはなぜかさらさらと筆が運んだ。各パーツの境界等を線ではなく元の絵通り濃淡で表すなんて普段の私にはできないことを普通にしていた。数学の教科書のガウスを描いたときが特に印象に残っている。風邪でもないのに熱が出て学校の中で倒れるということが起こるようになった。何度か親に送り迎えされることがあった。
私は中学のころまでは学校の人間をいじめていたことがあったのだが、急にそのことを思い出し心底恥じ入る気持ちになり号泣した。そして旧友がどうなっているのか訪ねに行った。受験生なのに何をしてるのかと思うだろう?私にもわからない。
塾の特別講座や模試を受けに都心に行ったときはひどいものだった。湯島聖堂に行って人が引くような感服をした。ピンクのハトを見て神がかり的な力を感じてしまった。(ピンクのハト自体は幻覚ではなく写真に残っているしそもそもそこまで珍しいものではないと思われる)
興が乗りゲームセンターに行ってヴィクトルーパーズというゲームを体験する。プレイ時に自分の反射神経に関して今までとは違うものを感じて全能感を感じた。
そして確かリフレクビートみたいな音ゲーを他人がプレイしているところの画面をなぜかタッチした。当然苦言を呈された記憶がある。でもそのときの自分は意に介していなかったと思われる。
夜になっても秋葉原を闊歩してあるときは自分の腕力に自信を感じ筐体を動かせるかどうか試していた。
今思えば実際は持ち上げていたのではなく引っ張る程度でなんの腕力の証明にもなっていないのだがあのときはこう理詰めで考える力を失っていたように思う。
釣り合わないおっさんと若い女性が一緒に歩いている姿を見て、犯罪の匂いを感じ制裁してやろうとか思った(今思えばコンカフェのサービスに過ぎないだろう)。
街中で大学生と思しき数人の男女の組を見つけて話しかけて自分の志望大学について語る。あのときは普通に対応されたけど陰でやばい奴認定されていたのではないか。
道路にポスターが筒状に丸められたものが落ちていて、アキバでの土産として持ち帰るつもりだったのに、振り回したり膝に当てて曲げたりしていた。思考の滅裂が伺える。
結局その夜は終電を逃し、教科書等が入って10kgになっているリュックを背負ってほとんど休まず冬の夜を始発まで歩き続けていた。それは冬に露地で寝たら凍死するという、ここだけはまだ高校生としてまともなイメージによるものだった。
その最中、座って休んでいたときはとめどなく出てくる感じの英語を、どうせ誰もいないからと気持ちよく口に出した。まるで通訳ならそういう境地であるかのように、自然に英語で思考が言葉として頭に浮かんでくるのだ。これも今までにないことだった。今までの学んだことの蓄積が一気に爆発的にアウトプット可能なものへと昇華されたような感じだ。第三者がいないので、これが実は文法が滅茶苦茶だった空喜びだ可能性もある。
そうして家族には捜索願を出す迷惑をかけさせるなか帰宅した。保護入院のXデーは近い。またあるとき横浜へ行くと、キャリアになるような人間は高い志を持っていなければならないという心境で、ゴミ掃除をした。受験生なのに。
掃除しているところを見たお巡りさんから未来の官僚様へというふうな感じでブラックサンダーと栄養ドリンクをもらった記憶がある。ということは自分の希望進路をこの警官に行ったことになるのだが、だとすればこの警官の労いは奇妙な行動をする学生を生暖かい目でからかうことを意図したものだったかもしれない。自宅の近所に1000年前からあるという由緒のある神社と正一位の神格がある寺院に目を付け、この地域は稀に見る神聖な土地なのだという気持ちになる。
またその影響からかこのころから神のお達しを感じるようになったり(幻聴ではなくテレパシーのような感じ)自分に女性キャラクターが乗り移ったような感覚が現れることが起こるようになる。口調も普段から変わってしまう。
当時の社会情勢の悪さを神的なものとに結びつけ、寺社に赴いた記憶がある。おこがましくも何かを助言した記憶がある。別に神職者だって宗教を信じてないことが多いのに本物のやばい奴が来てしまったという感じだろうな。
マムシ=蛇の出没も神的なものと結び付け両側が藪の道を木の枝を下に向けて振り回しながら歩く。当時の本人にはマムシを追い払うことでマムシが持つとする瘴気を払うことを意図したものだろう。
またあるときは公園で木の枝を持ってこれが神風だという感じで大げさに振り回す。あくまで高校までの化学の知識から着想を得た「核戦争にも耐えられる強化外骨格」の設計ラフを書いた小切れなどを河原にばらまいたりもした。
夜寝てもすぐ起き上がって漢文がひらめくことが多くなりまともに寝なくなる。当時の自分としてはそれが漢文のいい訓練になるものだと思っていたことを覚えているが、志望大学は漢文の比重が重いものではないので、ほとんど無駄だったと思われる。
滑稽なのは四声も知らないのに(いや受験生としては問題ないんだが)漢詩等を次々書いて悦に入っていたことである。文法はともかく古代中国語として韻律のめちゃくちゃなものだった可能性が高い。
でもこんなことをしていたのには訓練以上に、漢文に書かれた思想に感じ入っていたところも大きい。
おかしくなった私の目標は立派な仕事に恥じない人格者になることだった。そして湯島聖堂に行ったときに孔子の深遠さに衝撃を受けた。
もちろん孔子自体は以前から知っていたが、偶然「聖地」を見つけ赴いてしまったことで、自分なりに感じた霊験あらたかさに、彼と彼の思想がいっそう素晴らしいものに感じるようになってしまった。
普通の受験生にとっては教材でしかない漢文から仁徳を感じ取るたびに感動し、過去の不徳な自分と対比して大泣きして大真面目に反省するという情緒不安定も起こっていた。
電車で、密着して二人の世界に入っている男女に話しかけたりもした。今考えれば当然のガン無視をされた。しかしやっぱり躁状態になっている私は誰とでも話せる人間になろうという思いが強かったのか意に介さないのである。
テレビでちょうどやっていたイスラム国関連のニュースの映像を見たときとてつもなく怖いものが見えたように感じ体を丸めて怯えたような記憶がある。あの心理状況はどういう原理だったか。
イスラム国はどうにかしなけばならないという義憤を感じてツイッターでアラビア語?で検索してイスラム国関係者と思しきツイートに直接リプライしたり、また当時の漢文にハマっていた自分らしくSNSのアカウント名を「莫歯牙(しがない)○○」をしたりそこで椅子子羊(イスラム)なる言葉を使って打倒を呼び掛けていた記憶がある。
世界中から反響があった感覚があったが、実際はただ日本人以外からなにがしかのリプライが来たと言うだけで、数としては数件に過ぎなかったのではないか。
でも当時は確かにカバオコピペのように「今までにない熱い一体感を感じ」ていた。
テレビのイスラム国に関する報道が自分の行動とリンクしているようにも見えていた。自分が世界に影響力を与えている気分になっていた。
調子が悪そうなことをした親に総合診療科に連れられたこともあり、そこで血液検査をしたらCK値の上昇が認められそこで筋肉が壊れてきていることを指摘された。
冬の夜通しの闊歩が祟った結果だと思われる。とはいえ今思うと自衛隊員は数十キロの装備を身に着けることもあるし、強力(ごうりき)はそれこそ100kg近くを背負って運搬するわけだから、ちょっと虚弱過ぎやしないかと思う。
しかし当時の私は筋肉が壊れるほど肉体を酷使している自分に対してこれまた全能感をこじらせ酔っていた記憶があるから滑稽だ。
また当時気になっている子がいたのだが、学校帰りに駅前のブティックに足を運んで何万、何十万かするビロードのような服を品定めしていこともあった。
そういう服を対象にしたのはすっかり自分が上流の人間の気分になっていたから。
そして将来は官僚になってこういうものを好きな子にプレゼントするんだと店員に息巻いていたと思う。
近くの受験が見えなくたって遠い不確定の可能性の低い将来を前提とした行動をとる、まさに統失仕草だったと思う。
卒業間際好意を伝えたときやんわり振られるオチまでついている。
こうしていろいろあって親は養護教諭に電話相談して、精神科への入院を勧められ、私の同意のもと保護入院することになったのだった。
※ブコメから知ったこととして保護入院とは家族の同意のもと行われる強制入院の一つだという事実があるが、私の場合入院したいか、それとも受験するどうかをあくまで私の意思を尊重する形で家族に確認されたため、法的なことはともかく実態としては任意の入院なのだった。
そこで統合失調症という診断が下されたが、診断名は変わる可能性があると言われた。
統合失調症は全段階として6か月未満の統合失調様症状というものがあり、中学のときのエピソードして、自分は悪魔になってしまったという発言や、ナイフの図鑑を買ったりポッカキットで処刑映像を見ていたことを統合失調症の期間として含めるべきかをはっきり判断できないからだということだそうだ。まあ今思えばさすがにこれはただの中二病だろうと思うが。
なお、記憶力や模写等脳の能力に関しての向上を記述したが、これが統失の症状としてあり得ることだったのか、私固有の現象だったのかはわからない。
統合失調症は服薬し続けず「治る」ケースがごく稀な病として有名だが、幸い私は薬も飲んでないが上記のような明らかな妄想も出ることなくただの発達障害(医療機関による診断済み)として暮らせている。
いろいろなことをした、「記憶はある」が、なぜそうしたのか今の自分では全く理解できないことが、過去あったその妄想と現在の現実を区別できる能力が回復している何よりの証拠だと思う。
ほんとう、記憶はあるが秩序のあるものとして理解できず、記憶を記録するにあたってはただあったことを羅列しているだけという気分が拭えないという部分は朝起きる直前の夢に似ているような感じがする。
この長文を書いたのは、統合失調症は脳機能の低下を起こすから患者になったことがある人本人に「書ける」人が少なく、このような本人直筆の体験談は貴重と考えたためで、使命感を持って書いた。
(使命感とかいうとまだ統合失調症が治ってないだろとか言う人が出てくるのかなと思いつつ)
【追記】
実はあれから既に十年以上経っている。
もし統合失調症が治っていない状態で薬をやめていた場合はだいたい長くとも1、2年で、もっとひどい状態で症状がぶり返すのが通例だ。
脳機能も一度目の急性期後より格段に落ちると聞いている。壁に自分の排泄物を塗りたくるようなレベルの廃人になるということだ。
しかし私は御覧の通りこうして記事が書ける程度の理性や知性をいまだ残せている。
それは、薬の副作用にアカシジアというものがあって、その、四肢の気持ち悪い感覚が苦痛だったからだ。
今も、断薬の承諾を得た精神科医本人から三か月おきに診察を受け経過を見てもらっているので、統失が治っていないということについては心配しないでほしい。
その医者の対応に対する違和感を書いてもらって思い出したが、それ以上に著しい倦怠感や思考の鈍麻が起こっていたことについて親が見兼ねたというのが大きかった。
統失の治療薬のイメージとしては躁的な症状をもたらす過剰な神経物質をブロックするというものだが、このころは既に陰性期あるいは寛解状態にあった。
つまり健康体の人間に投薬するのと変わらない状態で、症状を相殺するのを通り越して過度のドーパミン不足を誘発したのかほとんど寝たきりで毎日を過ごすような時期があったのだ。
こんなところにいたら殺される(滝山病院の例もあるので大げさな考えとは思われない)と心配した母親が担当医の忠告、「お母さんあなたも精神病ではないか」という苦言を振り切って入院期間を繰り上げたのだった。最初の急性期を見て薬を処方した入院先で断薬許可をもらったわけではなかったのだ。
ただセカンドオピニオンでかかった他の大学病院の医者も、以前のその病院の処方薬や量の内容を見てこれは多すぎると言っていたようだ。
今かかっているクリニックはこれらの統合失調症や発達障害の診断やそれに伴い我が家庭ではどう対処してきたかという経緯を理解したうえで、基本的にこちらの考えを尊重しときには睡眠の習慣を整えるためにロゼレム?を服用してはどうかと言われては、悪夢を見るから嫌だ、いやこれは他の睡眠薬と違って悪夢は見ないよ、でもちょっと抵抗があるから見送らせて欲しいとかああだこうだ忌憚なく相談できる関係性を築いている。
模写した絵などは残っていない。というのも数年前まで私の部屋は受験期にコレクションした参考書がずらりとならぶ、いかにも子供部屋おじさんの極致にあるような有り様だった。
しかし親に、いい加減高校時代のことに固執してもしょうがないだろうと、絵も描かれたノート類とともにすべて処分することを催促され、応じるしかなかった。化学の新研究とかぐらいは、通読してみたかったなと思っていたのだが。
絵の証拠写真を挙げないのでは一連の記述が創作と思えて仕方がないこと、もっともなことだ。信じる人が信じるだけでもこれ幸いというものだ。
少し退院後のその後の事を書くと、まず予備校に入って再度大学を目指そうとした。
しかし当時の自分は統失の余波か薬の副作用か大変疲れやすく、体験授業後にチューターには母の口から、授業中にも寝てしまうことも有り得ることが伝えられた。
また数か月か、あるいは一年ほど経った頃だったか、入院中も見舞ってくれた担任が定期的に会いに誘ってくるようになった。
と、このあたりのことを書くと俺がどこ高校出の誰かか特定される可能性が1%ぐらいは出てきてしまうと思っているのだが、そうなったらそうなったらでこの記事が創作でないことの証明にもなるわけなので、気にせず書いてしまおうと思う。
そうして職業訓練校を目指すことになった。その訓練校が試験で出す問題と同レベルのSPIとかの練習問題を解いた当時の自分としては、問題自体は大学受験とは雲泥の差の易しさだが、それでも油断はできなかった。
統合失調症と長い間机に向かっていなかった影響で、筆記スピードというあくまで肉体面の要素が著しく落ちていたからだ。
そんな私にアドバイスしてくれたり、数学の先生だったので、私が趣味で取り組んでいた数学に話を合わせ付き合ってくれた。
それに前後して北里か東海大(ここ記憶が曖昧)や、クリニックの児童精神科医にセカンドオピニオンを仰いでいた。
そこでいわゆるウェクスラーを受け、言語性IQが130で動作性が90前後という結果だった。その大学病院が役所に提出する用の親展の封筒を、やっぱり使わないと親が開けて見てしまった中身の書類の記述によると、大変頭の出来がいいというニュアンスの表現でべた褒めする内容だったそうだ。
言語性IQなんていかに成人向けに最適化されたテストといえど受験期等の蓄積で簡単に高成績が出る脆弱性がありそうでならないと私は思っているので、これは私より圧倒的に優秀な大学教授の心の余裕から来るリップサービスのようなものではないかと今は分析している。でも認知機能のテストの一種か何かで、100から次々7を引いた答えをどんどん言ってくださいという問いに自分なりになるべく速く答えたその反応に対しても早い早いと言っていたから、まんざら嘘ではなく、そういうことを総合してなのかな。
ともかくもしこの書類を出していたら障害者手帳の申請は通らなかったからこれでよかったということを親は言っていた。申請に使った診断書等はクリニックが書いたものだったと思う。そのクリニックだが今は児童 Permalink | 記事への反応(1) | 18:05
まぁ性質なのかな。
終電帰り
深夜リリース
PagerDutyで夜中に叩き起こされる
でも最後に必ずこう書く。
”今振り返れば貴重な経験でした。”
・「最高の仲間」に異様に感謝する
最高のチームでした
途中で突然出てくる。
React
Terraform
「この会社でこれらを学びました」
・プロダクト愛を語る
退職するのにめちゃくちゃ愛を語る。
だがなぜ辞めるのかはぼかす。
本音は
将来性
だがこう表現される。
"次のチャレンジをしたいと思いました"
・やたら長い
普通の人なら3行で終わる内容が
締めはだいたいこれ。
挑戦はまだ続きます。
人生は旅の途中です。
そして最後に
(おまけ)
いいね数がやたら多い
よくネットで「辛かったら仕事辞めていい」「逃げていい」みたいな話を聞きます。
だけど頭が悪くて考えられなくて情弱の場合は、精神面・経済面で働いている時よりよっぽど辛くなるので、甘い言葉を鵜呑みにして辞めない方がいいと思いました。
以下実体験です。
---
俗にいうFラン大学に入学。兄がそうだったので、何の疑問も持たず奨学金を借りる。
ソシャゲが波に乗っている時期でもあり、オタクなのでバイト代はほぼ課金するか、グッズを買っていたので貯蓄はない。
同じバイト先の同級生はみんな身だしなみも綺麗で、旅行に行ってキラキラしていた。今思うと自分は小汚くて相当浮いていたと思う。
大学卒業後、1年ほどの空白期間を経て正社員で就職。ワーキングプア並みの給料にも関わらず、終電で帰宅する日々。
元々金遣いが荒かったことに加え、仕事のストレスで給料を毎月使い果たし、クレカの返済地獄に陥る。
最初のうちは実家に月4万ほどお金を入れていたが、昼夜どちらも外食がほとんどで、家には寝に帰るだけだったのでお金を入れる意味がわからなくなり払わなくなった。親も何も言わなかった。
1回だけボーナスが出たことがあり、親に焼肉を奢る。親が行きたいと言っていたお店を予約して連れて行ったが、「思ったような味じゃなかった」と言われ、外食ではよくある何気ない感想だったけど虚しかった。
その後仕事と職場のストレスに耐えきれず、精神を病んで無職になる。職場の人はもちろん、親にも止められなかった。
細々単発バイトなどをするものの、残ったクレカの支払いなどで詰み、消費者金融のお世話になる。
無職でも税金や保険料がかかることを失念しており、滞納しつつ支払えるタイミングで支払っている。
奨学金も当然返さなければならず、一回返済を止めようとしたが手続きがよくわからず放置して、返済が滞ってはハガキが送られてくる日々が続いている。
さすがにまずいと思ったのか、親が金銭的な援助を始めてくれたが、もう滞納に滞納を重ねているので返しきれない。親への申し訳なさ、社会的な恥ずかしさやらでさらに精神が病む。
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これを読んでホラーだと思ったら仕事は辞めないでください。「辞めていい」「逃げていい」と言った人は誰も責任取ってくれません。
自分はもうどうなるのかよくわかりません。就活を始めてみたけど、何も考えられなくて全然書類も書けないし、行動できません。
毎日後悔して、周りのせいにして、のうのうと他人が働いて稼いだ金を食い潰して生きてます。
頭が悪くて考えるのが嫌なので早く楽になりたいです。
ゲイのセックスはテイカーがタチ側にもなればウケ側にもなる特殊な関係だと思う。
普通なら女性側がエスコートを受ける=受け側を丁重に扱うべき。
多分普通の人ならこう考えると思う。
ウケの人口が多すぎてハッテン場やそういうコミニュティーではウケの飽和が起きている。
だからタチ側が基調だと考える人が多い。(色々なサイトを見てみればわかるがリバがほぼウケだという業界常識を当てはめると7割ウケだ)
じゃあゲイはみんなウケがタチの顔色を伺うかというかというと例外がある。
通常のセックスとは違いゲイのセックスには洗浄と拡張が存在する。
気持ちよさを求め仕事中も拡張のためにプラグを挿入しておいたり、合間にワセリン等のケア剤を入れ清潔にし再度挿入等を行わないと相手が相当小さくもないかぎりプレイに耐えられず怪我をする。
殆どの場合ゲイは性欲が強く男性特有の探究心がありこれらは問題ない。
※性別適合手術 (Sex Reassignment Surgery)
SRSをせずセックスをするということはアナルセックスが基本となる。
しかしながらMTFの多くは抗アンドロゲン剤や女性ホルモンを外部から摂取するためホルモンバランスが女性ホルモンに偏る。
これが影響し性欲が著しく低下し女性化する前であったらドキドキ・ワクワクでやってたであろう拡張への興味が薄れセックス自体を望まなくなる。
もしやろうとしても拡張や洗浄がありやる気がわかず流れてしまう第二の壁がある。
そればかりか男性は自分自身にそこまでの手間を負う人間ではない、自分には魅力がないと思ってしまい酷く落ち込みそれがストレスとなる。
※普通の男性はセックスができないと分かったときの終電前の二人きりの飲みを想像してほしい。
しかしMTF側はパートナーの存在という安心感からより男性としてではなく親友や家族としての認識が強まりどんどんセックスが遠のく。
MTF同士のゲイ(レズ)カップルも多いがこれは両者ともに性欲減退が強く成立しやすい。
読んでいる人はわかるだろう。私はMTFと付き合っている純男当事者だ。
これがエゴという人もいれば、相手をオナホとしか見てないと思う人もいるだろう。別に何だっていい。
私はこの状況がひどく辛いのだ。共感する人がいれば嬉しい。
米国駐在を終えて帰国準備をしている人のために。検索するとうまくいかなかった人のblogが複数ヒットするけれど、私はなぜかできたので記録しておく。
US Bankからまとまった資金を日本に送金する場合は結局電話でWire送金するしかないので、Wiseを使っても大して手間は変わらず、レート上は得になると思います。
同じような境遇の人の参考になれば幸いです。
父はインターネット上のレビュー文化について「良いレビューは書くべき、悪いレビューは書かないべき」という信念を持っている
一方で娘の私は、「良いレビューにせよ悪いレビューにせよ、見る側に資するように書くべき」という信念を持っている
先日、とある店で人手不足による長い待ち時間を経験した。手続きは終わっているのに会計で足止めされ、入店から退店まで常識的には30分くらいで済むところ、トータル2時間かかった。
夜遅い時間まで待たされ、私より後ろで待っている人が「終電の時間がある」と係員に申し出たものの、係員も「順番にお呼びしておりますのでお待ちください」と、何の解決にもならない声かけしかできない始末だった。
かくいう私も終電を逃したため、父に迎えに来てもらう羽目になった。こうなることが分かっていたら最初から入店しなかっただろう。
そう考え、当該店舗のGoogleレビューにありのままの事実を書いた。入店時間と退店時間、当時の状況、スタッフの対応、客から見た経営構造上の原因と改善案。
単なる罵倒にならないように書いたつもりだ。
ところが帰宅途中に事の顛末と「レビューを書いた」という旨を父に伝えたところ、出てきたのが冒頭の信念だ。
父は「不満があるならレビューに書かずに係員に言った方が優しい」と言う。そこで私は「係員はただでさえ人手不足で忙しそうにしていたのにクレームを付ける暇なんてなかったし、そもそも係員の責任じゃないのに手を止めさせるのは誰のためにもならない」と反論した。
次に父は「深夜までやってる店だから人が集まらずに人手不足になるんじゃないか」と言うので、私は「店舗が狭いので雇えるスタッフの人数が限られているのだと思う。とはいえ仕事量を考えれば人を増やすべきだし、無理なら仕事を減らすべき」と反論した。
すると父は「店舗が狭いなんて今初めて知ったのに、そのことで噛みつかないでほしい」と言うので、私は「あなたが私の意見に反論するから私は反論したのだ、それを私が一方的に噛みついたことにするのは違うだろう」と反論した。
余談を交えてしまったが、言いたいのは「良いレビューは書くべき、悪いレビューは書かないべき」という信念が本当に正しいのか?と思ったということで、
私は後続の被害者を防ぐ意味では悪いレビューにも意味があると考えているが、一人の人間の幸せを追求するなら父の信念も一理ある…のか?と悩んでいる
父の信念を貫けば、少なくとも「いい人」ではいられるのだろうか?