はてなキーワード: 福岡とは
名古屋を出て都内のベンチャーを転々としながら5年ぐらいふらふらしてたけど結婚を機に地元に戻ることにした。
結果として通勤時間が1時間半から30分になって家賃が2万下がって年収が200万増えた。
都内に比べて土地の値段も半額ぐらいなので、そう遠くないうちに家を買って子供を持とうと思う。
東京に出てみたこと自体は間違いじゃなかったと思うものの、都内に居続けることにこだわる必要もなかったな~とつくづく実感したため、そう感じるに至った経緯を具体的に書いてみる。
まず感じてることとして、東京は仕事は多いがそれ以上に人間が増えすぎて人間の値段がかなり安くなっていると思う。
自分は大まかにはITエンジニアに分類されるキャリアを進んできたものの、世間で言われるほどエンジニアの待遇がいいと感じていない。
(もちろん小規模なベンチャーで働いていたことも理由の大半ではあるんだけど)
独学である程度VagrantだのDockerだのGithubだのAWSだのを覚えながら頑張って仕事をしてはきたものの、東京基準では「そのぐらい今どき新卒でもできる」「誰でもできて当たり前」ぐらいの温度感で、手取りは上がらないのに要求スキルだけが加速度的にガンガン上がっていく。
ところが名古屋で転職してみたところ、それなりの大きなジャパニーズトラディショナルカンパニーで簡単に採用が決まり、「なんでもできるスーパーハイスキル人材」みたいな扱いになってしまった。
おそらく名古屋はそこそこ全国規模のメーカーや商社が多い割に、いわゆるIT人材が根こそぎ東京に流出してしまったことで、ポストはいくらでもあるのに人材が居ないといった空洞化が発生しているのではないかと思う。
もっとも自分が東京に出ていった理由が、ITと呼ばれる仕事が根こそぎ人材派遣だらけになってしまったことや、メーカーの採用が市外の僻地の車通勤しか選択肢がないド田舎ばかりだったため、そりゃ流出するだろうという感想だが。
だがようやく地元企業も自分たちが置かれた状況を理解してきたのか、本社機能をド田舎の工場併設のボロい自社ビルから駅前の高層ビルのフロアに移したり、プロパー人材の確保に必死になってる感が窺える。
もちろん自分が東京で経験を積んだことで転職できる応募のレンジが広がったことも少なからず理由にはあるが。
生まれも育ちも名古屋市の自分にとって名古屋はとにかく「狭くてダサい」という印象しかなかった。
最初は広大なマップと思えたオープンワールドゲームがクリアする頃には狭く感じてしまうように、大学生を過ごすあたりで「もう名古屋は知っている場所しかない」という絶望感を抱き始める。
また、昭和から平成初期に建てられた施設や建物が異様に長く生き延びており、子どもの頃から一度も張り替えられない地下鉄のタイルを見ながら、この街の風景は生まれてから死ぬまで変わらないのではないかという恐怖に駆られたこともあった。
だが東京から戻ってきた結果、この狭さとダサさが結局は暮らしやすさと表裏一体だと気づくことになる。
例えば都内でどこかに出かけようとすると、数日前から予定を立ててあれこれ予約をし、一瞬で埋まるチケットを何とか確保し、満員電車や人混みを掻き分けながら目的地にたどり着くような毎日だった。
ところが名古屋では地下鉄一本で大体市内のどこにでも30分あればたどり着けるし、予約さえしておけばだいたい予定通りに過ごせるどころか、大抵の行列も現実的な待ち時間しか発生しないので最悪予約とかしなくてもどうにかなる。
また、東京や大阪や福岡といった日本の都市群は、近年海外からの観光客による観光公害にも悩まされているそうだが、名古屋は幸いなことにしてそういった被害に全くの無縁である。
以前ためしに海外の日本旅行者向けのコミュニティサイトで「nagoya」で検索してみたところ、「Is Nagoya worth visiting?(名古屋には訪れる価値がありますか?)」というタイトルのスレッドがヒットして苦笑いしてしまった。
いや、都市とはあくまでそこで生活する人々が満足して暮らせることが存在価値であり、決して外貨獲得のために現地民族を展示するテーマパークではない。そういう意味で名古屋はむしろ都市としてはこれ以上なく優れている。
また、名古屋に戻ってきてから嫁と一緒に三重の伊勢志摩や岐阜の中津川に旅行に行ってみたが、子供の頃漠然と「ダサい」と感じていた観光地の数々が、程々の行きやすさと気軽さでかなり満足感があった。
ダサさの局地とすら思っていた志摩スペイン村の「♪デデデデデン!エスパーニャー」のCMも、実際に自分の足で行ってみると結構いい場所だったように思う。
東京にはディズニーランドもピューロランドもあるが、人が多すぎる。でも名古屋にはスペイン村がある。いや、伊勢志摩は名古屋ではないのだが、三重と岐阜があることが名古屋のいいところなのだ。
東京から名古屋に戻って感じていることの一つに、「道行く全ての人々が自分と同じぐらいの生活レベルに見える」「街中にあるあらゆる店が自分が入ろうと思えば入れる店しかない」という感覚がある。
逆にいうと東京は「一体どんな人生を生きたらこんな生活ができるかわからない」「一生縁がなさそうな高級な店ばかりで疎外感ばかりがある」という感覚が漠然とあった。
たしかに手の届かないぐらい高い店や高い品があることが向上心や刺激を与えることもあるのだろうが、過度な競争を煽られて疲弊している部分も大きいと思う。
東京に住んでる間はそれらが都市の当たり前だと思っていたが、今はむしろ「東京だけが日本の中で過剰に資本主義を内面化した特殊な都市でしかなかった」と思う部分がある。
名古屋は良くも悪くも平成初期の一億総中流社会の余韻を色濃く残していて、保守的な中流層がちょうどよく生きやすい地方都市を維持しているのではないかと思う。
土地も家賃も物価もそこそこのレベルでありながら、都内と変わらないぐらいの条件の仕事があちこちにあるため、中流がちょうど生きやすい都市設計になっているのではないだろうか。
(国の統計データで可処分所得は名古屋の方が東京に比べて高いみたいなデータも見たことある気がする)
前回の選挙でも、愛知県内では河村たかしや国民民主の候補が多く勝っていた印象があるが、あれらの「現役の中流層を大事にする」という政党の方針と名古屋の中流層の厚さが合致した結果だと思うと納得が行く結果だった。
もちろん都内にだって中流の生活をしている人たちはたくさんいるだろうが、彼らは結局のところ立川や武蔵浦和や船橋といった東京の衛星都市にしか住めておらず、一時間以上の長い通勤時間をかけて都内の一員になったと思い込んでいるだけではなかろうか。
越谷のレイクタウンで週末を過ごして1時間半かけて通勤している人たちは、千種のイオンモールで買い物をして名駅のオフィスで仕事をしたほうが幸せになれるのではないだろうか。
もちろん名古屋が全てにおいていいと思っているわけではない。
例えば飲食店のレパートリーや、ちょっと尖った趣味の店や、チェーン店に押し流されず地元の顧客を掴んだ老舗の個人経営店とかは、やっぱり東京にしかない独特の良さだったと思う。
ただ、そういった場所の知識と思い出は残っているので、たまに東京に出張に行ったときとかに立ち寄ってみるぐらいでちょうどいい。
平成29年の東京高裁も昔は、任介がいたけど、その任介が5月27日にどこか行って、吉崎佳弥は、写真のような普通の男だと思ったら、最近、あわれな姿で見つかった。
え?これが吉崎佳弥だったの?という感じ。薄井真由子は当時からいるし、今もまだいる。最高裁長官に8月10日からかわいいのがなったために、刑事6部の矢野と
石村智も、高裁民事にきたらしい。可愛いのが二人そろっているというような感じになったのではないかと思う。但し高裁民事は、1件しかないときと、63件あるときがあるので、
逆に延岡とか福岡は駄目だな。若くて悪人しかいない。近寄りたくない。基本的にどこも行くようなところじゃないからな。そもそも護送されないし。
福岡は女あまりだからってのを信じて2週間くらい仕事休んでバカンスに行って街コンと飲み会とアプリでひたすら探したことある
その結果やけど福岡に残ってる女はほとんどが福岡最高だと思って残ってるから地元を離れたたがらんというか、東京についてきてくれん
元増田が試した記録を本かnoteか漫画かなにかにしたらちょっとバズりそうだ
うーんじゃあ昔の「女は家で男を支える!」という感性が残ってそうな九州の女なら
まさかそれも試してる?
戦後の資料。"帰国したばかりのある復員兵が、米兵といちゃつくパンパンに憤り彼女らの頭を片端からぶん殴って回った後、故郷に帰って最初に行ったのが貸席で、そこで15、6の娘のひもときをやって「生きてて良かった」と終戦の喜びを噛み締めた。"という誇らしげな記述。こんなゲンナリが多いです。
日本の総人口の約1割りが入植した満州で、軍部に捨てられて自力帰国する時、まさに「いざという時」に日本の男どもがやったことは、襲い掛かるロシア兵に「どうぞどうぞ」と、女達を差し出して物陰に隠れ、帰国後は福岡に堕胎専門所を作り、女に泣き寝入りを強制したこと。
早く寝られるようにと思ってるのよ。
ついつい夜ご飯を食べちゃったりすると
遅くなりがち。
とはいえ、
食べないわけにもいかずー
そんでさ、
気が付いたんだけど
何時間後に入れておいた洗濯物が開始される時間か終了する時間かは定かではないけれど、
だから
帰ってから洗濯物をすぐに干せる体制にタイマー運用しちゃおうか!ってところに気付いたの!
私って賢くない?
まだ試してないけれどどうなるかは分かんないわ。
全てを全部任せてしまって自分の担当作業時間をいかに短くタスキに長くしたいのよね。
だからこないだ寝不足気味だったシーズンは日中眠たくって眠たくって。
何度もアルプス山脈で活躍している救助犬に助けられそうになったことか。
まさにそんな感じなのよ。
私の目標としている6時間を切り出している平均値を叩き出していて
私は今シーズンなのかしら?ちょっと落ち着いた頃に食べても美味しい鰹のタタキに舌鼓を打ちながら
今日こそは!って寝るつもりでいるんだけど
ついついそこは遅くなりがち。
なんで遅くなってるかってのを自分で分析しないと分析できないわよね。
なんかついにHDDレコーダーが特定のチャンネルが映らなくなったので、
いや間違えた!
今さら新しいHDDレコーダー買うのもどうかしら?って思うし、
家電量販店で聞くところによると、
私の雰囲気イキフン調べなんだけど
そんな声も聞くし、
そうそうテレビってもう見ている暇がない!ってちょっと格好をつけているわけでも無いんだけれど、
『おむすび』ね!
麦わら帽子みたいなことを言い出すもんだからビックリしたところよ。
てっきりお腹を空かせたギャルにおにぎりを振る舞って助ける令和版アンパンマン物語おむすび編かと思っていたけど、
ちょっと違うみたい。
でもさ、
その時助けられた橋本環奈ちゃん主人公演じる「むすびん」が助けたギャルの仲間の「すずりん」が社会人になっても都合つけて「むすびん」の気になる高校野球球児の最後の試合に駆けつけてくれるのには胸熱だわ!
いつ行われてるか分からない昼間の高校生の甲子園出場を掛けた試合に駆けつけてくれるぐらいきっと麦わら帽子の物語熱いことがあって、
その恩義を多分「すずりん」は忘れずにいて
たぶん有給休暇を取ってきてくれたんだと思う!
泣けるー!
誰もそんなこと気にしてないわよ!って思うけれどたぶんそんな設定よ。
そんで、
いきなり今度は栄養士になる!って
多分これから私が予想するに主人公の橋本環奈ちゃん演じる「むすびん」が
そうよ!
あの糸島らへんの「むすびん」が暮らしていた故郷をモチーフにした駅弁を作ってプロデュースして、
そのお弁当に巻かれる紙の包みの
お弁当のタイトルと書道の力をここで発揮させる伏線回収の超展開!
これだわ!
そんでお弁当のタイトルは「松阪牛特製弁当」ってぜんぜん糸島も福岡も関係ないじゃん!ってさりげなく輝く松阪牛!ってジワるわ!
たぶんそうなると思う。
そんでさ、
橋本環奈ちゃん演じる主人公の「むすびん」がプロデュースするそのお弁当は、
今でもまだ間に合う駅のホームでまだやっている駅弁の立ち売りでやんの!
それで糸島どころか、
まあそもそもとしてナレーションのリリーフランキーさんも北九州っちゃ北九州だけど。
どちらかというと福岡県北部が盛り上がりそうな気配でこれからの展開が楽しみなのよ。
そして福岡も糸島もなにもぜんぜん関係ない上等な松阪牛を使った「松阪牛特製弁当」
いや「松阪牛・幻の極上霜降り炭火焼きと十二種の宝石食材が織りなす贅沢絢爛究極弁当~至高のひととき和風トリュフ仕立て~」ってなるの!
そしてそのお弁当のタイトルと書道の伏線回収で書く筆で書くんだけど
それぐらいの書き切れない勢いの長さのタイトルで
もうぜんぜん福岡名物とか入れるつもりないじゃん!って思うほど
それはなぜか松阪牛なのに折尾駅の駅弁の立ち売りで売られる爆売れして人気出るの!
それが私のこれからの展開だと思うわ。
私的にはぜんぜん福岡名物関係ないもはやトリュフが入っているところがどうしてもジワるわ。
でも福岡県の松阪さんが丹精込めて育てた松阪さんの育てた牛弁当って言ったら通用するかも知れないしきっとセーフだわ。
分からないけれど、
まだまだ先は分からないわね!
うふふ。
最高にネバネバ!
そうこなくっちゃ!って感じよ。
まあ、
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
EPUBをこしらえている中のデータ回収の副産物で生まれた、アトランダムで5つの増田をまとめたPlaceholder Version第2号よ!
地味に作業を進めてるけれど、たくさんありすぎて途方もないわ。
まあそのお茶をヘソで沸かして濁して淹れた急須の綾鷹よりかはどうか分からないけど、お茶を濁せるかも!
こっちは適当にまた5つ集めてみたわよ。
https://lite-ra.com/2019/06/post-4759_2.html
ブレーキトラブルの報告が突出して多いプリウス
実際、国土交通省の「自動車リコール・不具合情報」サイトで報告されているプリウスおよびプリウスα、プリウスPHVの「ブレーキ装置」の不具合情報を2014年から2019年4月30日現在で調べると、実に75件もヒットする。そのなかには以下のように大惨事を引き起こしかねないケースもあった。
〈ブレーキアクチュエーターの不良により、高速道路を走行中に突然メーターに赤いランプが5つ点灯し、ピピピという警告音が鳴ってブレーキが効かなくなったため、エンジンブレーキで減速しつつ、最後はブレーキペダルを目一杯踏みながらパーキングボタンを使って避難帯へ停車した。〉(2019年4月、大阪)
〈走行中に突然警告音が鳴り、ブレーキが効かなくなった。運よく30km/hで走行していたのと、前車との距離がかなり空いていたので、ブレーキペダルを思いっきり踏み込んだら、横滑りしながら辛うじて前車と僅か2~3cmのところで停車した。〉(2018年6月、福岡)
〈公共施設の駐車場から発進して反対車線に出るべく転回中、切り返すためブレーキを踏んだが車両は停止せず、その後強くブレーキを踏み続けたにもかかわらず、反対側の角の生け垣に突っ込んで、ようやく停車した。結果、バンパー他車両前面が破損した。低速にも拘らず、プリクラッシュセーフティシステムは作動せず衝突後に「ブレーキ」という警告表示が運転パネル上に現れた。障害物センサーの警告音は衝突前に間欠音が1回鳴ったのみで、衝突して停車後に連続音が鳴った。〉(2017年10月、神奈川)
あるインディーズバンドの追っかけをしていて、追っかけているバンド以外もほぼ毎週末ライブハウスに通っている者ですが、結婚のため地方から首都圏(都外)へ引っ越すことになりました。
現在、引越し後のライブ予定を入れ始めているのですが、とにかく!!都内で土日のライブがない!!!
私は土日祝休みでフルリモなので、都外の自宅から新宿渋谷下北へ向かう必要があるのですが、定時ダッシュでも開演に間に合わないのです。
大体開場18時、開演19時なんですが、土日祝休みの普通の社会人だと近隣勤めじゃないとライブ行けなくない?誰なら平日のライブ行けるの!?
自宅から新宿渋谷下北まで1時間はかかるので、早退しないと間に合いません…涙…。
「でも地方だとライブ自体少ないでしょ?」と言われてしまいそうですが、地方だとそもそも公演がないからまだ諦めがつくのです。近くでライブあるのに行けないのつらいです。
あと地方は公演があると8割週末開催だから、気軽に行けますね…地元で週末公演のツアーでも都内公演だと9割平日です…本当に悲しい。
平日しかライブしてくれない問題はインディーズだけではなく売れてるバンドも該当します。
先日先行受付始まった結成15周年の某バンドのツアーすら首都圏では土日祝公演0でした。
「音楽趣味なら首都圏住みになってよかったじゃん!」と周りに言われるたび悲しくなります。
確かにフェスは行きやすくなりますが、限界インディーズバンド追っかけ女としてはあまり嬉しくありません…ロッキンなんて箱大きすぎてメンバーと目が合わせられないじゃん。
あと東京公演はチケットの倍率が高いなど、他にもバンドの追っかけをしにくい要素はたくさんあります。
「強制性の有無を直接に示す物的証拠はないこと」の確認とあるよな?
ここでいう「直接に示す」とは、「直接証拠」のことを指すとみて間違いないだろう。
ほんでな、今回の件の「直接証拠」って何だと思う?
小沢の「携帯は邪魔だからここに置いておいてね」という発言の録音?
「松本さんが、また会いたいと言っています。ハイアットに来てくれませんか」「食事後、その先までのお付き合いを希望してます」、「男女の関係を求めていらっしゃるのであれば、私は難しいです」のメール?
小沢の「失礼があったら、この辺りを歩けなくなっちゃうかもしれないからね」という発言録音?
「ここだけの話だけど昨日の会はマジ◯◯ちゃん(友人の名前)は来なくて良かったよ!危なかったよ」 「強制的にそういう流れになって私はやんわり対応して最後のところはギリギリ守れたけど、断れなくて最後までって人もいたから」のLINEデータ?
後輩芸人の「松本さんが福岡に来るたび“接待”をしなきゃいけない。しかも、毎回新しい女の子を集めなくちゃいけないんだけど、正直もう呼べる女の子いないよ」発言の録音?そのLINEやメールのデータ?
残念、ぜーんぶこれらは仮に存在したとしても「間接証拠」なんだな、これが。
性行為の存在自体は争っていないんだろうから、この件の「直接証拠」は、強要の言動を直接録画した映像か、その様子を示した写真くらいしか想定できないんだ。
だから、この件は「直接に示す物的証拠」なんて基本的に想定されない話なんだよ?
もちろん、俺は現場にいたわけじゃないのでそういう映像がこの世に存在している可能性はゼロではないけどな。
文春側としても、「直接証拠」は持っていないのは事実なんだから、吉本側の声明に異議が言えないのは当たり前だ。
盗まれた物と同じ物を被害直後に持っている奴を見かけたらどう思う?
「盗んだ物をアイツが持っているから直接の証拠に決まっているだろ!」って思わない?
とーこーろーがー、これも「間接証拠」なんだなあ、残念ながら。専門用語では「近接所持」という問題だな。
何故なら、相手は、たまたま同じものを中古屋で買ったかもしれないし、誰かから預かっているだけかもしれない。
「直接証拠」は、窃盗そのものの場面が映っている監視カメラ映像(物的証拠)、窃盗そのものの目撃証言(人的証拠)だな。
この事件で、吉本側が、「強制性の有無を直接に示す物的証拠はないこと」を確認した、逆にそれ以上のこと、たとえば、「一切の物的証拠がなかったこと」の確認までできなかったのは何故だと思う?
あとは自分の頭で考えような!!