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はてなキーワード: 邸宅とは

2026-05-14

外国人労働者容認派のワイでもこれは擁護できんわ

平成12年12月東京都世田谷区上祖師谷住宅で、宮沢みきおさん=当時(44)=一家4人が殺害された事件現場に金品を盗む目的侵入したとして、警視庁捜査3課は、窃盗未遂邸宅侵入の疑いで、ベトナム国籍の男2人を再逮捕した。2人は容疑を認めており、「空き家だと思った。生活の足しにするためだった」などと供述しているという。

逮捕されたのは、住所不定建設作業員のルオン・ヴァンハイ被告(32)=入管難民法違反不法残留)罪で起訴=と調布市国領町建設作業員、グエン・マイン・フン被告28)=同=。2人は同居していた時期もあり、同じ日雇い仕事をしていたという。

捜査3課によると、昨年12月13日、捜査1課員が現場住宅を訪れた際に、1階の窓ガラス割れているのを見つけた。今年3月、ルオン容疑者練馬区内の地下鉄の駅にいたところを練馬署員が職務質問し、不法残留の容疑で現行犯逮捕した。その後の捜査窃盗未遂事件への関与が浮上し、認めたという。グエン容疑者4月不法在留の疑いで逮捕され、事件への関与が明らかになった。

逮捕容疑は、令和5年9月~7年12月中旬ごろまでの間、東京都世田谷区空き家に窓ガラスを割って侵入し、金品を盗もうとしたとしている。

呪われろボゲ

2026-04-28

anond:20260428044708

社長の家~日本邸宅写真集から引用」って書かれてるけど、同じ写真孫正義の「カリフォルニアの大豪邸」として紹介されてるじゃねーか

ソフトバンク孫正義社長の3大豪邸(東京アメリカ) | 社長の家~日本の豪邸写真集

https://presidenthouse.net/blog-entry-8.html

日本共産党】不破哲三さんの自宅 | 社長の家~日本の豪邸写真集

https://presidenthouse.net/blog-entry-2333.html

世の中には「バカ勘違いしたデマ」もあるけど、これは明らかに「悪意を持って捏造したデマ」やろ

Utsuke_mono(:)

@AE30glLVaVknvcm

日本ファースト万世一系天皇陛下日本国柄を守り良き日本を次の世代に。🗾日本日本領土日本のもの。🟠伝統を壊す制度や、国力を削ぐ国際勢力侵食には断固反対。真の日本の為に行動する政党政治家を支持・応援します。🦜言論の自由民主主義を守る。

誇り高き日本人がこんなデマ拡散してるだなんて…

日本共産党っつーか共産主義は概ね下は等しく貧しいけど上は際限なく裕福ってイメージ

中間がほぼいない

中国とかすごいじゃん

中国富豪層ってだいたい親が中央地方政府幹部クラスっての多い。企業政府絡みで日本でいう天下りみたいなやつらを受け入れるのが必須状態だし。

というか共産主義のところって基本的独裁寄りだし

2026-03-26

家賃200万円ってどんな場所建物

https://smart-flash.jp/entertainment/entertainment-news/399609/image/1/

家賃200万円は、日本では「最上クラス物件」です。普通の高級マンションというより、富裕層外国人エグゼクティブ芸能人向けの世界になります

■ ① 都内の超高級タワーマンション

7

代表例:

六本木ヒルズレジデンス

虎ノ門ヒルズレジデンス

特徴:

家賃150万〜300万円以上

広さ:100〜300㎡以上(普通の家の2〜5倍)

高層階で東京タワー夜景ビュー

フィットネスプールラウンジ完備

コンシェルジュバレーサービスホテル並み)

👉「ホテル+家」の融合みたいな生活

■ ② 港区渋谷区の高級低層レジデンス

7

エリア例:

南麻布広尾松濤

特徴:

静かな住宅街芸能人経営者が多い)

1フロア1戸や2戸などプライバシー重視

重厚感ある外観(石・大理石

セキュリティが非常に厳重

👉「目立たずに贅沢」タイプ

■ ③ 一戸建て都心の超高級邸宅

7

特徴:

家賃200万〜500万円クラス存在

広さ:200㎡〜500㎡以上

駐車場複数台(高級車)

場所白金松濤など

👉「海外富豪レベルの家」

■ 実際のスペック感(ざっくり)

間取り2LDK〜4LDK(ただし1部屋が異常に広い)

リビング:30〜80畳とか普通

家具付き(外資系向け)も多い

家賃年収1020%が目安 →

 👉 年収1億〜2億クラスターゲット

■ 住んでる人の例

外資系企業の役員会社負担

起業家投資家

芸能人スポーツ選手

海外駐在富裕層ファミリー

一言でいうと

👉「一般人想像する“いい部屋”のさらに上の世界

もし気になるなら、

「実際に借りるとどんな審査?」「港区100万と200万の差」みたいなリアルな違いも解説できます

2026-03-21

プーチン氏に反旗を翻したイリヤ・レメスロ氏の告発文の翻訳

プーチン氏に反旗翻した体制ブロガー精神科病院収容 ロシア 写真3枚 国際ニュースAFPBB News

https://www.afpbb.com/articles/-/3627616

私がウラジーミル・プーチンを支持しなくなった5つの理由

誰かがこれを言わなければならなかった。

1. ウクライナでの戦争

治安維持作戦」として始まったこ戦争は、すでに確実に100万から200万人の犠牲者を出している。

私が2014年クリミア編入を支持したのは、まさにそれが流血を伴わなかったからだった。当時、私たち全員にとって、プーチンは「ロシアの地を統一する者」のように思えた。そして今、私たちがたどり着いたのは――肉弾攻撃契約兵の欺瞞による誘い出し、その他多くのこと。これらは、特殊軍事作戦SVO)の参加者なら誰でも証言してくれるだろう。完全に袋小路戦争、莫大な損失、そしてあと5~10年続く可能性もある――あなたはそれに備えられているか?誰もロシアとの戦争を呼びかけているわけではない。しかし、今、戦争はもっぱらプーチンコンプレックスのために続けられている。私たち一般市民は、そこから何も得ておらず、失うばかりだ。

2. ロシア経済国民福祉への甚大な損害。

制裁破壊されたインフラ貿易パートナー喪失公式統計でさえ、その額は数兆ドル上り、その資金があれば都市学校、小児病院建設し、住宅公共サービス部門全面的に再建できたはずだ。しかし、建設されているのは主に大統領とその仲間たちの宮殿ばかりだ。戦争から経済には問題があった――この最も豊かな国で、数千万もの人々が貧困に陥っているのだ。権力者はあまりにも常軌を逸しており、つい最近ノボシビルスクで起きたように、人々からペットを奪い取っている。(※訳注: 感染症きっかけに家畜強制的没収と大量殺処分が行われたが、透明性・適正性・補償手続きの面から散々な反発を招いた)

3. インターネットメディア自由の抑圧。

皮肉なことに、2017年、ONF(全ロシア国民戦線)のメディアフォーラムで、ロシアにおけるインターネットの発展の道筋についてプーチン質問したのは、まさに私だった。当時、プーチンは「我々は中国の道は歩まない」と答えたが、それは嘘だったプーチン自身インターネットを利用しておらず、国家元首として恥ずべきことだ

ロシア大都市でさえ、モバイルインターネット機能していないのが現状だ。西側ソーシャルネットワークメッセンジャーはすべてブロックされている。テレグラムは80%ブロックされており、4月1日には完全ブロックが予定されている。

体制狂気じみており、SVO特別軍事作戦)の参加者たちが利用しているテレグラムさえも締め上げている。一方で、人々は多国籍キリエンコ式メッセンジャーマックス」へと追い込まれ医療教育を受ける権利を奪われている。(※訳注: ロシアの有力政治家であるキリエンコの息子が新興ネット企業CEOを務めている)

4. プーチン政権任期間。

プーチンは今年で74歳になるが、1999年から政権を握っており、すでに26~27年以上が経過している。そして、あらゆる状況から判断すると、少なくとも150歳になるまで王座に居座るつもりらしい。

周知の通り、絶対的権力は人を完全に堕落させる――ましてやそれが永遠に続くとしたら? たとえ道徳的に非の打ち所のない人間でも、そのような状況下では堕落してしまうだろう。プーチンも常に今のようだったわけではない。2003年までは彼に文句をつけるのは難しかった――だからこそ、私たちの多くは以前、彼を支持していたのだ。しかし、何事にも限界はある。私たちには、新しい現代的な大統領必要だ。

5. プーチン有権者尊重しておらず、彼らの声に耳を傾けるつもりもない。

最近の「直接対話番組を見てみればわかるが、あれはまさにサーカスのものだ!大統領は率直に言って、国内政治有権者問題には全く興味がない。彼はとっくにテレグラムチャンネルを読んでおらず、私たちが日々抱く不満などどうでもいいと思っている。プーチンに求められるのは、インターネット高賃金ではなく、(彼の子供や親族が参加しない)終わりのない戦争なのだ

野党についてはもう言及するまでもない――そもそも存在しないのだプーチン自身、この26年間ずっと、政権への批判野党いか重要かを語ってきた。

だが、プーチン批判する議員社会活動家を一人でも挙げてみろ。そんな者はいない。試みた者たちは、外国代理人として指定されたか国外追放されたか、あるいはもうこの世にはいない。

プーチンは討論や公正な選挙への参加を恐れている。なぜなら、そうなれば王様は裸だ」ということがすぐに明らかになってしまからだ。

結論ウラジーミル・プーチンは正当な大統領ではない。ウラジーミル・プーチンは辞任し、戦争犯罪人および窃盗犯として裁判にかけられるべきだ。

自由万歳くそったれ!


この投稿に、私(そして常識ある市民なら誰でも)がプーチンを支持しない6つ目の理由を付け加えておこう。

6. 病的なほど異常な、贅沢への執着。

以前は、ヨット邸宅に関する「外国エージェント」の調査は、少々こじつけぎみだと思っていた。しか2026年、これを隠し通すことは不可能になった。

プーチンは実際に、全国に約20カ所の宮殿のような邸宅飛行機装甲列車を所有している。プーチンの下で働くのは無能売国奴ばかりなので、そのすべてが外国諜報機関漏れている。

以前、私は世界エリートたちについて書いたことがある。彼らは歴史に何か興味深い功績を残す代わりに、「エプスタインの島」のようなものを仕組んでいるのだ。

ロシアでも状況は同様だろう。プーチンにはすべてが揃っていた――高騰するエネルギー価格、あらゆる資源を擁する広大な国土、そして若き大統領を心から支持する国民何でもできたはずだ。科学的な飛躍を遂げ、世界最高の人工知能を開発し、火星へ飛び立ち、シリウス星を調査することもできた。いや、せめて人々の生活を最大限に改善することくらいはできたはずだ。

しかし、その代わりにプーチンは、自身と「オゼロ協同組合の仲間たちを富ませるという邪道を選んだ。何百億ドルもの巨額が水の泡となった。(※訳注: 「オゼロ」はロシア語で湖を意味し、1996年サンクトペテルブルク近郊の湖にプーチンが親しい仲間8人と共に別荘を建てたことを指している)

考えてみてほしい。ロシア大統領でありながら、自分自身と天から授かった資源を、そんなことに浪費するなんて、どれほど幼稚なことか

プーチンとは、文字通り『黄金の子牛』のシューラ・バラガノフそのものだ。15分前に5万か10万をもらっておきながら、叔母のポケットから13ルーブルを盗み出そうとするあの男だ。

「つい無意識にやってしまった」


DeepL.com(無料版)で翻訳しました。

原文

https://t.me/remeslaw/2869 5つの理由 - 日本時間 3月18日(水) 06:06

https://t.me/remeslaw/2872 6つ目の理由 - 日本時間 3月18日(水) 13:27

原文の太字もできるだけ反映させた。

追記

告発イリヤ・レメスロ氏の、その後の投稿をいくつか抜粋して翻訳しました→ anond:20260321225918

2026-03-01

これ衝撃的だな

以下引用

錦田愛子認証済み

7分前

慶應義塾大学法学部教授

補足昨日の攻撃ではイラン大統領府ハメネイ邸宅攻撃され、先にハメネイの娘と孫の死亡がイラン側で確認されていた。民間人も巻き込む攻撃であり、また他国武力介入政治体制転覆を促すことは国際的に許容されてはならない。

ハメネイ高齢でもあり、ライシ前大統領殺害後も後継者選びが進んでいたようだが、有力な候補者はいないようで、政治的混乱は免れないだろう。

引用終わり

引用

https://news.yahoo.co.jp/articles/2e0b2f9970f12c5056c5a0c3a435ee4c813368c3

家族米軍イランの密告者かどこかの部隊にに殺害されたということ?イランハメネイ氏の支持者はどうなるんだろうな。

2026-01-16

1億円を盗んだ疑いで沖縄中高生16人を書類送検 現金が持ち出された空き家は取り壊しへ

これは沖縄経済を回す行為で悪くないだろ・・・

スタンバイミー」(ドラえもんじゃない方)みたいなもんで・・・

沖縄本島内の空き家で昨年、中高生らが1億円を超える現金発見し、複数回にわたって持ち出した疑いのある事件で、県警が男子中学生12人、男子高校生4人の計16人を邸宅侵入窃盗の疑いで書類送検していたことが15日、関係者への取材で分かった。送検は昨年11月中旬。いずれも容疑を認めているという。


 

土地関係者男性によると、もともと県外出身実業家が所有しており、現在空き家は50年ほど前に建ったとみられる。

男性は「長く空き家にしてしまい、大金が眠っているとは分からず、こういうことが起こるとは思ってもみなかった。先代が築いた立派な建物で、親族たちの思い出もある。少年たちには罪を償い、考えを改めてほしい」と語った。

内田有紀洋館びより」という番組で、島津家邸宅前田家の邸宅ロケをしていた

白くてステンドグラス満載の島津家と暗くて重厚というか圧迫感のある造りの前田

この違い、家風を代弁している気がしてしまう。知らんけど

(というか前田さんは島津さんと同じくらいウェーイ!なイメージだけど、アニメゲームのせいで。でも戦国時代は両者ともウェーイ!だっただろうなと思う)

建物イメージとしては迎賓館国会議事堂って感じだな(迎賓館はまさしく島津邸を作った人の設計か)

というか、建築様式が前者イタリア後者イギリスからな。分かりやす明暗

前田さんちは東大の横にあった時はもっと明るい感じだったのかな?

それはともかく、明治後半や昭和初期にこんだけの家建てられるってさ、戦国武将末裔すげえな

(前田家は「利家出て良かった」って思ってるだろうな。島津も「義久出て良かった」と…は思ってないか。元々領地すげえから第二次大戦後までぶっちぎり富豪)

一体何がどうなったらこんなに栄達するわけ?

まあね、どっちも「数百年間大金持ちやらせてもろてます!ご主人が将軍から天皇になっても爵位もろて重用されてます!」なんだから別に不思議じゃあないんだけどさ

ショボ華族みたいに斜陽なんてこともないわけだし

そもそも、「城」持ってた人たちなんだからね。城て

将軍様のご機嫌伺いに出向いてくる為の家だって元々凄まじい面積と普請だったわけで

そこに壮麗な邸宅を築いたからって、驚く程のことではないのかもしれないけど

でも、現代感覚で「あの地域にあれだけの敷地を購入して名建築家設計させてあのウワモノを建てる」って考えちゃう

いくら?なんでこんなもん建てられるの?って思っちゃうんだよね

まあ、現代でいうと孫・柳井のツートップと同じ感じ?ソレ以上なのかな?よくわからん

2025-12-26

#GoThereの鹿

とある街の郊外に、名のある豪邸がひっそりと佇んでいた。周囲の高い塀に囲まれたその邸宅は、外の世界とはまるで別次元存在しているかのようだった。中でも最も注目すべきは、豪邸の庭に住む一匹の鹿だ。鹿の名前は「ゴゼアール」。だが、呼ばれているのは「GoThere(ゴーゼア)」であり、その名前に込められた意味は少し皮肉が効いている。

ゴーゼアは、他の鹿とは少し違っていた。彼は決して野生の鹿ではない。豪邸の庭に生まれ、贅沢な生活に慣れ親しんでいた。彼はその豪邸の住人たちにとって、もはや「ペット」のような存在になっていた。鹿がエレガントに庭を歩く様子は、どこか不自然で、どこか滑稽だった。

「GoThere、こっちに来て。」

住人の一人、アリスがゴーゼアを呼ぶ。その呼びかけに、鹿は優雅に歩み寄る。彼の足元には、緑の芝生が整然と敷き詰められ、その上に金色の木製のベンチが置かれている。家の中には、広大なシャンデリアが吊るされ、音楽が常に流れている。そのすべてが、何とも言えぬ虚しさを感じさせる。

「GoThereは、私たちと一緒に食事を取るべきよね。」

アリスはそう言って、ゴーゼアのために皿を準備する。豪華な肉料理サラダ果物が並べられ、鹿はそれを無表情で食べ始める。しかし、その顔には満足感もなければ、喜びも見られなかった。まるで、ただ与えられたものを無機的にこなすだけの存在のようだ。

「彼は本当に幸せなのかしら?」

アリスがふとそんな疑問を抱くのも無理はない。ゴーゼアは、物理的にはすべてが与えられ、必要ものはすべて手に入っている。しかし、どこかで彼自身がこの生活に疑問を抱いていることを、アリスは感じ取っていた。

豪邸の中で過ごす時間は、外の世界と切り離された時間だった。家の周りには、決して交わることのない高い塀が立っており、ゴーゼアはその中で完全に隔絶された生活をしている。ある日、彼は庭の隅に一つの小道を見つけた。塀の隙間を越え、道を進んでいくと、彼は初めて広がる大自然景色を目にする。深い森、広大な草原、そして空に舞う鳥たち。それはまるで、別世界から呼びかけているかのように感じた。

「私、ここに戻らなくてもいいんだろうか?」

ゴーゼアは足を止めて、その問いを自分に投げかけた。しかし、すぐにその考えは頭から追い払われた。彼は振り向き、豪邸の方向に目を向ける。そこには、彼が食べるべき料理、彼が寝るべき豪華なベッド、そして何よりも彼を待つ「飼い主たち」がいる。

「戻るべきだ。」

ゴーゼアは、再び庭の中へと足を踏み入れる。その瞬間、彼は自分運命を悟る。外の世界自由があったとしても、彼はそれを求めることなく、ただ与えられた世界に戻っていく。それが彼の役目だった。

ゴーゼアが豪邸に戻ると、アリスはにこやかに言った。

「おかえり、GoThere。君がいないと、なんだか寂しいわ。」

ゴーゼアは黙って彼女を見つめる。

彼の目には、まるで何も映っていないかのようだった。

2025-09-20

黒澤明の『天国と地獄』を観た

今回初観賞。

非常に面白い。名作。といった声を耳にしていたので期待したものの……

期待しすぎた。

これが観終えてまず思った、素直な感想だった。

自体は確かに面白い

物語構造はわかりやすいし、タイトル意味も掴みやすい。

丘の上の邸宅に住む重役である権藤が天国の住人で、スラム街のような貧民街に住む犯人地獄の住人。

誘拐事件が起きて苦渋の決断を迫られる権藤の姿には迫真ドラマがあったし、犯人がどのような要求をしてどのようにしてお金要求してくるのか等にはドキドキした。

そういったサスペンスのシーンは良かったし、権藤側の人間ドラマが重なるのも良かった。

でもさ、はっきり言うけど犯人生活については、最後までよくわからないままだったんだよね。

後半になって彼は貧しい医学生だということがわかって、最後にようやく動機が語られる。

そこはいいんだよ。最後にようやく動機を語るって言うのはドラマチックだし。

けど、その内面生活ほとんど描かれないから正直共感は出来ない。

というか当時の苦学生がどんな生活をしていたか知らないから、彼の行動一つ一つの意味の重さが伝わってこないんだよな。

そう。犯人側の圧倒的な描写不足が目についた。

それでもこの作品は調べると非常に評価が高くて、尚且つ犯人描写不足を指摘する意見はとても少ない。

犯人人物像の描写。これを省いたのってさ、たぶん時代背景が大きく関係しているんじゃないかって思う。

まり当時(1963年)の観客には、貧しい苦学生がどのようなものか?といった共通イメージ像が社会の中にあったんだよ。

現代にもそうした苦学生ってもちろんいるけど、どうしたって1963年苦学生とは事情が違う。

からこそ「説明しなくても伝わる」前提で人物像を描かれると置いてけぼりになってしまう。

当たり前のことだけど、現代人に当時の文脈はない。

から「どんな部屋に住み、何を食べ、何に絶望したのか?」ってそれなりに描写してくれないと感情移入は無理だった。

その輪郭が与えられないまま物語は進んでいくからまりのめり込めず、ただ犯人が「悪役」っていう存在しか思えなかった。

ここが非常に残念だったといえる。

もちろん、そうは言ってもこの映画に魅力がないかと言われれば当然そんなことはないわけで。

警察捜査なんか、ここまで入念に捜査過程描写するってやっぱりすげぇなって思った。

ピンク煙の演出なんかにも度肝を抜かれたし、最初観た時なんて目が点になったというか…え?えぇ!?みたいな驚きがあった。

それに極めつけは最後の面会シーン。

鉄格子越しに向かい合う権藤と犯人

無言の時間の重さ、空間の冷たさ、そして犯人が発する独白と軋み。

あの演技は本当に凄くて、このシーンだけ思わず何度か観返してしまったほどだ。

正直このラストシーンを観ただけでも元は十分に取れたなってなるぐらい凄かった。

あの演技は感情身体を突き抜けて表出しているような…震えがあった。

黒澤明が描きたかった「人間の内なる地獄」は、あの軋みの中に確かにあったんだと思う。

んー、でもやっぱり…なぁ。

個人的にはこの映画に対して「それほどでも…」という感想を持ってしまった。

それでも観てよかったとは思う。

所々「おっ」となるシーンやカットはあったし、基本的に画が綺麗だったし。

ただ過大評価というか…観る時代によっての加点と減点があるんだなって気付かせてくれた映画であることは確かだ。

2025-09-08

賃貸 vs 持ち家 の話

賃貸vs持ち家論争は絶対結論が出ない議論である。なぜなら、議論参加者それぞれが異なる前提条件で話しているからだ。

賃貸でも契約次第で大きく変わる

普通賃借契約場合

まず、賃貸でも普通賃借と定期借家がある。借地借家法で強く守られているのは普通賃借だ。 こちらは確かに借主側が非常に有利で、更新もできるし家賃を大幅に上げることはできない。 長くデフレが続いた日本においてはあまり気にならない点であるが、インフレ下においては貸主側にとって厳しい契約となる。強制的に追い出すこともできず、契約した時点での家賃基準として契約継続することになる。家賃が上がると言ってもそこまで大幅な上昇はない(たぶん)

定期借家契約場合

しかしながら、定期借家は別である一定以上の高級賃貸などはほぼこちらになっている。定期借家は借りた時点で契約が終わる時点が決まっており、それ以降に住みたい場合は再契約となる。しかもこの再契約保証されておらず、家賃も大幅に変わるし、再契約不可(退去)となることも珍しくない。

定期借家に住む上でのリスク

家賃が大幅に上がることや、再契約できなかった際が問題である。 そうなると改めて新しい住居を探すことになるのだが、同居しているパートナー家族がいる際はそう簡単に近い条件で探すことはできない。

特に都心3区(港区千代田区中央区)において、2LDK3LDK賃貸マンション家賃が急激に高騰しているし、何よりもそれなりに予算を上げても空いている物件がない場合も多い。 そうなると、場所を変えることになるがその際は、自分だけでなく同居している人の仕事子供がいる場合子供学校なども考慮する必要がある。

そう、定期借家で借りている場合は常に引っ越さなければいけないかもしれないというリスクを抱えることになる。これが定期借家問題である。そして今後、新規賃貸に出す場合は定期借家での契約が増えるだろう。

購入におけるリスク

これはよく言われているが、流動性が低いと思われるエリア23区外など)を購入してしまうと売却をしての住み替えが困難になるリスクがある。特に郊外に建てた注文住宅などは、流動性という意味ではかなり難しい。 当然、住み続ける前提で購入するのが持ち家なわけであるが、「もしも」のときのことを考えると流動性の高いマンションということになる。また、隣人問題なども懸念される。

しかしながら、現在都心マンションは非常に高価格帯で推移している。今後値が下がるといった保証もない一方で、買った後、価値一定以上であるといった保証もない。 だからこそ、購入を見送ってしま賃貸になる理由もわかる。

状況別の最適解は何か?

これがとても難しいところである

普通賃借契約可能場合

まず、普通賃借で望ましい物件があれば賃貸でよいのではないだろうか。資産形成にはならないが、定期的に転居しなければいけないというリスクがない。

定期借家契約場合

ある程度引っ越すリスクは許容できる、賃料が上がるリスクが許容できる、不動産会社が貸し出しをしているマンションである、などの条件が必要だろう。 最後の、不動産会社が貸し出ししているマンションに関しては(有名なものだとラ・トゥールシリーズなどである)賃料が上がり続けることは確実だが、引っ越しリスクはほぼないと思われる。金さえ払えば何とかなる。

そしてどちらの賃貸場合も社宅として借り上げることで、半分は損金に算入できる。

購入に向いている人のパターン

さて、購入はどんな人に向いているのか。基本的には3つのパターンの人が購入に向いていると考えられる。

一定以上の資産を持っている人

一定以上の資産(3億以上程度か?)の人は購入の方が向いているケースが多い。さほど給与所得はなくとも、資産背景があるだけで銀行の扱いは変わってくる。 こういったケースは、それほど安い金利は期待できないが頭金なしのフルローンで数億単位融資がおりたりする。

例えば3億の自宅をフルローンで購入したとしよう。 3億で金利1%で35年ローンをフルで組んだとすると、月々の支払いが85万円程度となる。 そして3億をリスク低めの投資商品債券など)で回すと、4%程度の利回りは期待できる。結果として、税引きとでも3億の資産運用の利回りだけで3億の不動産を購入することができる。

ただ、これはかなり限られた人だけが実施可能方法だ。実際、利回りが出る金融商品に3億回せる人は、少なくとも総資産で5億以上の人だろう。所謂、「超富裕層」のみが取ることができる戦略である

購入をして、任意タイミングで住み替え続ける人

恐らく、都心億ション購入者の多くの人が狙っているのはこのパターンだ。しかしながら、これができるのは資産価値が下がらないことを前提として流動性のあるマンションだけであるリスクとしては、買い先行・売り先行どちらもかなり面倒である。こういった手間を惜しまない人ができる手法だ。

永住することを前提として、資産価値としての側面は強く意識しない人

そして、昔ながらの自宅購入者はこのパターンであろう。注文住宅郊外の建て売りがまさにそうだ。 購入したらそこに住み続け子供もそこで育つ。とても思い出にはなるし、注文住宅であれば自分の夢の邸宅をつくることだってできる。 ただし、売却における住み替えはそれなりに困難である。終の住処として考えるか、十分な予算を持っている人向きな選択だと思われる。松濤なんかにたっているバカかい邸宅はまさに「十分な予算の人」である

まとめ

これが現時点での私の整理であるあくまで正解はなく、自分自身のライフスタイル資産状況に合わせて選択すべきだ。 だからこそ、賃貸vs持ち家のようなシンプルな構図で争うのではなく、きちんと向き合って考えるべきである

2025-09-05

『なっくり』考察感想 第2話

これは何ですか?

 

 カクヨムにて7月8日から公開・連載されている『成り上がり炎上配信者だった俺が、最強の女神たちと世界をひっくり返す話~』についての感想考察を書いています

 通称『なっくり』。

 こちらは第2話 天神姉妹 についてです。

 第1話こちら↓

『なっくり』考察感想 第1話

https://anond.hatelabo.jp/20250904223228

第2話 天神姉妹 について

第2話 天神姉妹

https://kakuyomu.jp/works/16818792436194059031/episodes/16818792436315513393

 前回の『転落』では主人公の圭祐が専門学校中退きっかけにレールを外れ、転落していく様が描かれていました。

 これ自体は展開の無理や矛盾は少なく、完璧と言えないまでも、カクヨムの平均からすればまずまずの完成度と言えます。言いたいことはわかるし、これからの展開に期待を持てます

 とはいえ、第1話は作者が何度も修正をかけている部分でもあります。それでも所々に破綻が見えかけているのは、不安が募るところでもあります

 

 というわけで第2話。天神姉妹です。

【取調室】

 今回から各話の中に小見出しがつくようになっています

 カクヨムの連載作品においては、各話の文字数はおおよそ2000字~4000字程度に収める事が多いのですが、第2話に関しては既に6000字を超えています

 正直こういう小見出しをつけるなら話数を分けてしまった方が読みやすいと思うのですが、そこはともかく……

蛍光灯の白い光が、古びた金属製の机と椅子、そして彼の顔を無機質に照らし出していた。徹夜尋問で、彼の思考はすでに霧散寸前だった。乾いた唇はひび割れ、数日髭も剃っていない顔は、まるで廃人のようだった。

 いきなり疲弊している圭祐。

 警察署で長時間わたり取り調べを受けているようです。

 しかし前回のどこを読んでも、圭祐がこんな扱いをされる理由はわかりません。

 というか、前回は圭祐の一人称で書かれていましたが、今回は『圭祐は』とか『彼の』とかで三人称で書かれていますね。

やっていない。だが、証拠はすべて彼が犯人だと示していた。どうして。誰が。思考霧散し、泥のように重い絶望けが、彼の腹の底に澱のように溜まっていく。

 圭祐の自認では『やってない』ことは確実のようです。

 ……修正前のバージョンの話では、圭祐の自宅のPCアンチによるハッキングを受けていました。そしてPC踏み台にされ、市役所爆破予告したことで圭祐が疑われることになってます

 が、これらはもう削除された部分なので、作者にとっては不要な話だったのでしょう。

 じゃあなんで捕まってるのか? どんな証拠があるのか? 読者はずっと置いてけぼりです。

 ともかく圭祐は『やってない』認識なので、ここはじっと耐えるしかありません。そうするべきなのですが……

「…あなたネクタイ、少し曲がってますよ。昨日、家に帰れていないんじゃないですか? 大変ですね、刑事さんも」

 追い詰められた圭祐は、刑事おちょくるような発言をしてしまます

 どうも圭祐は、極度のストレス状態になると自暴自棄になって、言わなくていい事ややらなくていいことをやってしま特性があるようです。

 圭祐のこの特性は、この後の物語でも度々現れます描写的にはここは圭祐の知性や洞察力をアピールしているようですが、それ以上に『空気読めない』感が出てしまっています

 物語的には、状況を動かしやすいので便利な『特性』とも言えるのですが……

 重い鉄の扉が、控えめに、しかし二度、規則的にノックされた。許可を待たず、扉は静かに開かれる。

 そこに立っていたのは、黒縁メガネをかけたスーツ姿の若い男と、その背後に現れた、息を呑むほど美しい少女だった。

 圭祐の態度に激昂しかける刑事

 そこへ突然、二人の人物乱入してきます。一応ノックしましたが、勝手に入ってきてしまっています

年の頃は二十一歳くらいだろうか。シンプルデザインでありながら、上質な仕立てのお嬢様ワンピースプラチナブロンドの髪が、蛍光灯の光を吸い込んで、銀糸のように輝いている。その佇まいだけで、澱んだ取調室の空気が、まるで聖域のように浄化される錯覚を覚えた。その凛とした存在感は、この閉塞した空間に、一筋の清冽な風を吹き込んだようだった。

 先に入ってきたスーツ姿の男より、その後ろの少女に注目し始める圭祐。

 見た目だけでなんで21歳だと一桁目までわかるんだよという突っ込みは野暮でしょう。20歳以上を少女と呼んでいいかも、ちょっと意見が別れる所かも知れませんがここも置いておきます

 

 刑事が色めき立つ。だが、その声は、彼女たちの存在感に弾かれるように、空虚に響いた。別の刑事少女の顔を見て、椅子から転げ落ちんばかりに目を見開く。

「て、天神財閥の……玲奈!? なぜこのような場所に……」

 天神財閥を聞いて『GHQによる財閥解体がなされなかった架空歴史か?』と解釈する人が出てきた問題の部分です。

 とはいえこの『財閥』はほぼ『大企業』と読み替えても差支えないとは思います天神玲奈の顔を見ただけで、ただの刑事すら怯んでしまっていますが。本当に財閥だったとしてもそんなことできないと思うので……

 美少女天神玲奈というそうです。天神が『てんじん』なのか『あまがみ』なのかはルビが無いのであいまいです。

天神玲奈と呼ばれた少女は、刑事たちの動揺など存在しないかのように、ただ冷たい視線で室内を見渡すと、まっすぐに圭佑を見据えた。その琥珀色の瞳は、感情を一切映さず、まるでガラス玉のようだった。

 「この男、私が引き取ります

 琥珀色の瞳。プラチナブロンドの髪と合わせると、日本人離れした容姿のようです。こういうのはファンタジーでありますから、非現実的なモノも悪くは無いでしょう。

 玲奈はいきなり現れて、いきなり圭祐を連れて行こうとします。

隣の弁護士が黒縁メガネをくいと上げ、冷静に告げる。

「不当な取り調べは即刻中止してください。証拠不十分なままの拘束は人権侵害にあたります。これ以上の異議は、我々天神法律事務所正式申し立てます

 黒縁メガネの男は弁護士だったようです。

 そして名前からして天神財閥法律事務所にも関わっている様子。暗黒メガコーポ。

 刑事の口ぶりと圭祐の認識では『証拠は圭祐が犯人であることを示している』とのことでしたが、実際には証拠は不十分であり、圭祐の自白を無理矢理待っていた話であるようです。

 そうなってるってんだからそうなんでしょう。知らんけど。

【偽りの日常

 ここから二つ目パートになります

 圭祐は天神玲奈によって救い出されましたが、そのまま家に帰れるわけでもないようで。

 目の前には、一台の黒塗りのセダン。その傍らに、石像のように佇む初老の男。完璧に仕立てられた燕尾服を身につけたその姿は、まるで絵画のようだった。

 圭佑たちの姿を認めると、男は滑らかな動作完璧お辞儀をし、後部座席のドアを音もなく開けた。

 「執事柏木と申します。圭佑様、どうぞ」

 弁護士の桐島とは別れ、玲奈と共に車に乗り込む圭祐。

 状況の変化に頭が追いついておらず、今だ混乱状態です。

 

彼女は慣れた手つきでロックを解除すると、圭佑に何も言わずに、その画面をこちらに向けた。画面に表示されていたのは、美しい彼女アイコンと、その横に並ぶ、信じられない数字だった。

 『天神玲奈 フォロワー 1.2M』

 そして唐突玲奈自身SNSを圭祐に見せます

 まあ。大企業セレブというのなら、単にSNSアカウントがあるだけでもフォロワーは相当になるでしょう。そういう人なら普段の買い物や着てる服を投稿するだけで数千はバズるでしょうし。

 圭祐では太刀打ちできない人気の差に、彼はすっかり委縮してしまます

 「どうぞ。その汚れた服で、容疑者のまま、あの地獄へお帰りなさい」

 車を降りようとする圭祐に玲奈はそう告げます

 弁護士が来てくれたんだから面倒を見てくれるんじゃ……とも思いかますが、ここはまあパフォーマンスだと考えましょう。

 実際圭祐の服は相当にボロボロでみじめな有様です。玲奈によれば、圭祐の実家殺害予告をするアンチもいるようです。当然元の製氷工場でも噂は届いていて、居場所はありません。

 ……圭祐は何をしたのでしょうか? そんな大事になるほどの動画をどうして投稿してしまったのでしょうか? 結果だけが描写されていて、理由とか経緯は一切明かされていません。

 会計前のパック寿司をその場で食べるくらいの迷惑行為をしていたのでしょうか? さっぱりわかりません。わかりませんが炎上しているし、炎上しても本物の人気者には遠く及ばないことは確かなようです。

「私はあなたガチ恋リスナーよ。あなたには才能がある。私にあなたの夢を見させて」

 問題のシーンです。

 お嬢様で、明らかに人気者のセレブが。零細のゲーム実況動画投稿者でしかない圭祐に興味を抱き、あまつさ『ガチ恋』という俗っぽい言葉を使っています

 本来ガチ恋とは『芸能人二次元キャラクターに対し本当に恋をしてしまっている状態、またはそのような人を指すスラング』とされており、あまりにも熱心過ぎて他のファン関係者迷惑がかかりそうな人というネガティブ意味も含まれます

 ですか『なっくり』世界観においては、このガチ恋は『真実の愛』と同義です。移行ガチ恋という単語が出ても、戸惑わず真実の愛』と読み替えていきましょう。

 車が向かったのは、高級レストランではなく、どこにでもあるファミリーレストランだった。店内は、昼時を過ぎた時間帯で、家族連れの楽しそうな声が響いていた。その、あまりにも日常的な喧騒が、圭佑には酷く場違いに感じられた。

ステーキです。一番大きいの」

 メニューを渡された圭佑は、何かに憑かれたように注文した。一番大きいものを。

 圭祐に無用な緊張をさせないためか、玲奈は圭祐をファミレスに連れてきます

 そして圭祐が注文したのが『一番大きいステーキ』。

 注文するにしてももう少し言い方あるだろとか、イマドキならタブレットで注文だろとか少々のツッコミがありますが、落ち着きましょう。取り調べを受けていたし、お腹が空いていたのでしょう。

「……あの弁護士、腕いいのか?」

「桐島のこと? 彼は天神が抱える中でも最高の駒よ。負けを知らない」

 数時間前まで爆破予告犯として詰問されていた男が、財閥令嬢とファミレスにいる。あまりの非現実眩暈がした。

 ここでようやく。ようやく。圭祐が『爆破予告犯』として取り調べを受けていたことが明かされます。おっそーい!

 でも圭祐は『やってない』認識なので、自分から爆破予告動画投稿したとかそういう話ではないでしょう。じゃあなんなんだよお前マジで。というかシンプルにこれは修正前の部分の残骸にも見えます

その時、店の入り口から金髪ツインテール制服少女が、弾けるような笑顔で駆け寄ってきた。天神莉愛。その明るさは、部屋の澱んだ空気を一瞬で吹き飛ばす。

 そして現れるさらなる美少女。今度は制服姿であり、学生であるようです。

 姉はプラチナブロンド銀髪)ですが妹の方は金髪な様子。

 この莉愛に関しては作者のお気に入りらしく、XでもAI生成のイラスト掲載しています

https://x.com/KyakerobyaSyamu/status/1951467840772653519

 

 彼女も席に着くなり、姉と同じパフェを注文する。そして、圭佑の隣に座ると、キラキラした目でスマホの画面を見せてきた。

「Kくんのガチ恋リスナー天神莉愛だよ!」

 彼女もまた、百万フォロワーを超えるアカウントを圭佑に見せつけた。「Kくん大変だったね! でもも大丈夫私たちがKくんの女神だもん!」

 妹もまたパフェを注文し、そして自身の百万アカウントを圭祐に見せてきます

 ところでそのアカウントってYouTubeでしょうか? どっちかというとInstagramとかTikTokとかやってそうなものですが。

 曲がりなりにも年上の圭祐に対し『Kくん』呼びで懐いてきます

 そして気になるのが『女神』という単語

車が向かったのは、都心にあるシネマコンプレックスだった。エントランスに足を踏み入れるなり、女性スタッフが駆け寄り、深々と頭を下げた。

 ファミレスを出て、天神姉妹と圭祐が次に向かったのは映画館でした。

 そういう予定だったのか、スクリーンは貸し切りにしてあって、上映作品天神姉妹がしていしたアクション映画

 圭祐は状況が飲み込めないまま、二人に挟まれ映画館デートします。

 巨大なスクリーンに派手な爆発シーンが映し出される。その轟音に、莉愛が大げさに肩をすくめ、圭佑の腕にぎゅっと抱きついてきた。

「きゃーっ! こ、怖くなんてないんだからねっ!」

そのあからさまなアピールに、反対隣に座っていた玲奈の眉がピクリと動く。その表情は、僅かながら嫉妬の色を帯びていた。

 彼女は何でもない素振りを装いながら、そっと圭佑の手に自分の指を絡ませてきた。その指は、映画の迫力に偽装された、圭佑への牽制、あるいは甘えのようにも感じられた。

 この辺りは天神姉妹の甘え上手な妹と、嫉妬深くもちょっぴり不器用な姉の対比ができていて良い感じの描写と思いました。

 タイプの違う美少女に同時に好かれて両手に花。まさしくラノベ的なロマンです。

 ただそれでも圭祐はどこか上の空で、後に誘われたゲームセンターでも調子が出ません。

 ゲーム実況動画投稿者ではありますが、やり込み系の動画ではないようです。リアクションも薄いようですが。まあ零細動画投稿者なんでそういうものかもしれません。

 

 車は、夜景の美しい高台にあるモダン邸宅に着いた。ガラス張りの壁が特徴的な、まるで建築雑誌から抜け出してきたような、非現実的な家だった。

「ここが、あなた物語舞台よ」

 ついに圭祐は天神姉妹の自宅にまで招待されます

 そしてようやく明かされる姉妹が圭祐の前に現れた理由

「正直に言うと、妹に布教されるまで、あなたことなど全く興味がなかったわ。でも…見なければ分からないこともあるものね」

 その言葉は、圭佑の心を深く抉った。彼の存在価値は、彼女にとって、たかが「コンテンツ」に過ぎなかったのか。

あなたの才能は音楽だけではないわ。あなたの『自宅紹介』の切り抜き動画、見たわよ」

 音楽の話なんて出てたか? と首をかしげる人は正しい人です。

 修正前のバージョンでは圭祐はオリジナル楽曲を作ってゲーム実況動画のオープニングに使っていたという話があります。でも現在修正バージョンにはそんな文言はありません。

 とはいえ工場で圭祐の『耳』が良いことは描写されてますし、それ故に彼に作曲の才能があることは示唆されています玲奈が言ってるのはそう言うことだと思われますが……

動画の中で、妹さんにお給料ゲーム機を買ってあげたと話していたでしょう? ふふっ、優しいのね」

 彼女は圭佑の全てを知っていた。彼の才能も、惨めな過去も、そして誰にも気づかれていないと思っていた不器用な優しさも。その事実に、圭佑の背筋に冷たいものが走った。まるで、魂の奥底まで見透かされているかのようだった。

あなたの作る音楽、書く言葉、そしてその不器用な優しさ。そのすべてを最初享受するのは私たちあなた時間も、音楽も、未来も、全て私たちのもの

 しゃらくさい言い方してますね。

 要するに玲奈は圭祐の才能のみならず、人間性も含めて、それら全部を所有し支配したいと考えたようです。圭祐自体は平凡な、どこにでもいるような『ただの男』であるように見えますが、本人にもわからない魅力や才能が、天神姉妹琴線に触れたのでしょう。

 いいんじゃないでしょうか。ヒトの趣味はそれぞれなので。

 助けられたのではない。捕らえられたのだ。その言葉は、圭佑の心を完全に支配する、絶対的な宣告だった。

 これが成り上がり炎上配信者だった俺が、最強の女神たちと世界をひっくり返す話~ 第2話 天神姉妹 でした。

 無実の罪によって社会的な死を迎えた圭祐は、今度は天神姉妹によるミザリー的な軟禁生活を強いられることになりました。

 鳥籠の中で彼は『成り上がり』できるのか? というところで次回へ続きます

『なっくり』考察感想 第3話 https://anond.hatelabo.jp/20250905141623

2025-08-08

anond:20250806212051

>もし現代の話だとエリートで高給取りの鬼殺隊員に感情移入できず感動できなくなる。

 

待てそいつ鬼滅エアプだぞ!

まず鬼殺隊は「エリート」でもなんでもない

しろ逆の存在

鬼の存在人間社会ほとんど知らないため、謎の組織しかないうえ

政府非公認なので刀を持ち歩いているところを警官(正確には鉄道警察と思われる)に見つかり追われそうになってって逃げるシーンまである

 

給与比較的高い、それも剣士最高位の柱ともなれば「望むだけもらえる+邸宅個別に与えられる」という好待遇だが

異様に高い殉死率を考えると、給与目当てではまったく務まらない

そもそも入社試験」を突破できる人間が少数派という体たらく(数十人いたうち5人突破すれば「多い」というほど)

 

あれは

だいじな人を鬼に殺された、もう生きていけない、

鬼が憎い鬼舞辻が憎い、なんとしても鬼舞辻に一矢報いたい、

人の大事存在をなんだと思っているのか、せめて他の人には同じような思いをさせたくない…

という思いから逃れられない者が集まって作られた、いわば

鬼舞辻の被害者遺族一堂による再発防止会というのが近い

 

ただ、だからこそぶっささるというのはあると思う

理不尽に踏みにじられて傷ついた人」は現代にもたくさんいるか

そういう人は炭治郎が怒り狂って「お前の悪行の責任を取れ!罪を償え!」と叫ぶ姿に癒される

2025-07-19

レクサスも堕ちたなあって歩いてて思った。

レクサスも堕ちたなあって歩いてて思った。レクサスLMで1500万〜

見た感じがそのままアルファードボリューム感というかなぜ安っぽさを感じるのか

やはり元のアルファードの外板をちょっといじったぐらいの外観がやられてる

LBXでも同じ感覚なのだが、実物を見てこれが700万というふうにはとても感じない

LMであればサババンを倒すぐらいのパンチがないと。バンではあるんだけど

レクサスミニバン出すのかよ、そこまで下々になびいたかとなってしま

レクサス日本が出たときワゴンボデイですら出さなかったのに

当時は道具感が出るのは出さないという戦略だったんだろう

本チャンの富裕層ディーラーなんかには来ないわけで

外商営業が家まで行って話を振られてくるという形式なので

結局は富裕層ではない人を目当てに売りに出すようになった

レクサスレクサスカンパニーみたいになってるんだろう

自分たち部門部門だけで考えて、売れるものは出して売るという形態

こういうのは昔は都心にそれほどタワマン、と言っても億ションは前からあったけど

問題は2億ション以降のものがなかなかなかった

海外ビルの数フロアーぶち抜いて邸宅になってると言うのは前からあったが

日本では今頃そういう感じになってきた

都心ビルにかなり広めのタワマンマンションに数億する感じのもの

家賃なら数百万円払ってという感じのものが普及して

そこにあてがう車が出てきて

2025-06-23

anond:20250623202707

 また、犯人意識、という言葉もあります自分は、この人間の世の中に於いて、一生その意識に苦しめられながらも、しかし、それは自分の糟糠そうこうの妻の如き好伴侶はんりょで、そいつと二人きりで侘わびしく遊びたわむれているというのも、自分の生きている姿勢の一つだったかも知れないし、また、俗に、脛すねに傷持つ身、という言葉もあるようですが、その傷は、自分赤ん坊の時から自然に片方の脛にあらわれて、長ずるに及んで治癒するどころか、いよいよ深くなるばかりで、骨にまで達し、夜々の痛苦は千変万化の地獄とは言いながら、しかし、(これは、たいへん奇妙な言い方ですけど)その傷は、次第に自分の血肉よりも親しくなり、その傷の痛みは、すなわち傷の生きている感情、または愛情の囁ささやきのようにさえ思われる、そんな男にとって、れいの地下運動グルウプの雰囲気が、へんに安心で、居心地がよく、つまり、その運動本来目的よりも、その運動の肌が、自分に合った感じなのでした。堀木の場合は、ただもう阿呆のひやかしで、いちど自分を紹介しにその会合へ行ったきりで、マルキシストは、生産面の研究と同時に、消費面の視察も必要だなどと下手な洒落しゃれを言って、その会合には寄りつかず、とかく自分を、その消費面の視察のほうにばかり誘いたがるのでした。思えば、当時は、さまざまの型のマルキシストがいたものです。堀木のように、虚栄のモダニティから、それを自称する者もあり、また自分のように、ただ非合法匂いが気にいって、そこに坐り込んでいる者もあり、もしもこれらの実体が、マルキシズムの真の信奉者に見破られたら、堀木も自分も、烈火の如く怒られ、卑劣なる裏切者として、たちどころに追い払われた事でしょう。しかし、自分も、また、堀木でさえも、なかなか除名の処分に遭わず殊に自分は、その非合法世界於いては、合法紳士たちの世界に於けるよりも、かえってのびのびと、所謂健康」に振舞う事が出来ましたので、見込みのある「同志」として、噴き出したくなるほど過度に秘密めかした、さまざまの用事をたのまれるほどになったのです。また、事実自分は、そんな用事をいちども断ったことは無く、平気でなんでも引受け、へんにぎくしゃくして、犬(同志は、ポリスをそう呼んでいました)にあやしまれ不審訊問じんもんなどを受けてしくじるような事も無かったし、笑いながら、また、ひとを笑わせながら、そのあぶない(その運動の連中は、一大事の如く緊張し、探偵小説の下手な真似みたいな事までして、極度の警戒を用い、そうして自分にたのむ仕事は、まことに、あっけにとられるくらい、つまらないものでしたが、それでも、彼等は、その用事を、さかんに、あぶながって力んでいるのでした)と、彼等の称する仕事を、とにかく正確にやってのけていました。自分のその当時の気持としては、党員になって捕えられ、たとい終身、刑務所で暮すようになったとしても、平気だったのです。世の中の人間の「実生活」というものを恐怖しながら、毎夜の不眠の地獄で呻うめいているよりは、いっそ牢屋ろうやのほうが、楽かも知れないとさえ考えていました。

 父は、桜木町の別荘では、来客やら外出やら、同じ家にいても、三日も四日も自分と顔を合せる事が無いほどでしたが、しかし、どうにも、父がけむったく、おそろしく、この家を出て、どこか下宿でも、と考えながらもそれを言い出せずにいた矢先に、父がその家を売払うつもりらしいという事を別荘番の老爺ろうやから聞きました。

 父の議員任期もそろそろ満期に近づき、いろいろ理由のあった事に違いありませんが、もうこれきり選挙に出る意志も無い様子で、それに、故郷に一棟、隠居所など建てたりして、東京に未練も無いらしく、たかが、高等学校の一生徒に過ぎない自分のために、邸宅召使い提供して置くのも、むだな事だとでも考えたのか、(父の心もまた、世間の人たちの気持ちと同様に、自分にはよくわかりません)とにかく、その家は、間も無く人手にわたり自分は、本郷森川町の仙遊館という古い下宿の、薄暗い部屋に引越して、そうして、たちまち金に困りました。

 それまで、父から月々、きまった額の小遣いを手渡され、それはもう、二、三日で無くなっても、しかし、煙草も、酒も、チイズも、くだものも、いつでも家にあったし、本や文房具やその他、服装に関するものなど一切、いつでも、近所の店から所謂「ツケ」で求められたし、堀木におそば天丼などをごちそうしても、父のひいきの町内の店だったら、自分は黙ってその店を出てもかまわなかったのでした。

 それが急に、下宿のひとり住いになり、何もかも、月々の定額の送金で間に合わせなければならなくなって、自分は、まごつきました。送金は、やはり、二、三日で消えてしまい、自分は慄然りつぜんとし、心細さのために狂うようになり、父、兄、姉などへ交互にお金を頼む電報と、イサイフミの手紙(その手紙於いて訴えている事情は、ことごとく、お道化虚構でした。人にものを頼むのに、まず、その人を笑わせるのが上策と考えていたのです)を連発する一方、また、堀木に教えられ、せっせと質屋がよいをはじめ、それでも、いつもお金不自由をしていました。

 所詮自分には、何の縁故も無い下宿に、ひとりで「生活」して行く能力が無かったのです。自分は、下宿のその部屋に、ひとりでじっとしているのが、おそろしく、いまにも誰かに襲われ、一撃せられるような気がして来て、街に飛び出しては、れい運動の手伝いをしたり、或いは堀木と一緒に安い酒を飲み廻ったりして、ほとんど学業も、また画の勉強放棄し、高等学校入学して、二年目の十一月、自分より年上の有夫の婦人と情死事件などを起し、自分の身の上は、一変しました。

 学校は欠席するし、学科勉強も、すこしもしなかったのに、それでも、妙に試験の答案に要領のいいところがあるようで、どうやらそれまでは、故郷の肉親をあざむき通して来たのですが、しかし、もうそろそろ、出席日数の不足など、学校のほうから内密故郷の父へ報告が行っているらしく、父の代理として長兄が、いかめし文章の長い手紙を、自分に寄こすようになっていたのでした。けれども、それよりも、自分の直接の苦痛は、金の無い事と、それかられい運動用事が、とても遊び半分の気持では出来ないくらい、はげしく、いそがしくなって来た事でした。中央地区と言ったか、何地区と言ったか、とにかく本郷小石川下谷神田、あの辺の学校全部の、マルクス学生の行動隊々長というものに、自分はなっていたのでした。武装蜂起ほうき、と聞き、小さいナイフを買い(いま思えば、それは鉛筆をけずるにも足りない、きゃしゃなナイフでした)それを、レンコオトのポケットにいれ、あちこち飛び廻って、所謂いわゆる「聯絡れんらく」をつけるのでした。お酒を飲んで、ぐっすり眠りたい、しかし、お金がありません。しかも、P(党の事を、そういう隠語で呼んでいたと記憶していますが、或いは、違っているかも知れません)のほうからは、次々と息をつくひまも無いくらい、用事の依頼がまいります自分の病弱のからだでは、とても勤まりそうも無くなりました。もともと、非合法の興味だけから、そのグルウプの手伝いをしていたのですし、こんなに、それこそ冗談から駒が出たように、いやにいそがしくなって来ると、自分は、ひそかにPのひとたちに、それはお門かどちがいでしょう、あなたたちの直系のものたちにやらせたらどうですか、というようないまいましい感を抱くのを禁ずる事が出来ず、逃げました。逃げて、さすがに、いい気持はせず、死ぬ事にしました。

 その頃、自分特別好意を寄せている女が、三人いました。ひとりは、自分下宿している仙遊館の娘でした。この娘は、自分れい運動の手伝いでへとへとになって帰り、ごはんも食べずに寝てしまってから、必ず用箋ようせんと万年筆を持って自分の部屋にやって来て、

「ごめんなさい。下では、妹や弟がうるさくて、ゆっくり手紙も書けないのです」

 と言って、何やら自分の机に向って一時間以上も書いているのです。

 自分もまた、知らん振りをして寝ておればいいのに、いかにもその娘が何か自分に言ってもらいたげの様子なので、れい受け身奉仕精神を発揮して、実に一言も口をききたくない気持なのだけれども、くたくたに疲れ切っているからだに、ウムと気合いをかけて腹這はらばいになり、煙草を吸い、

「女から来たラヴ・レターで、風呂をわかしてはいった男があるそうですよ」

「あら、いやだ。あなたでしょう?」

ミルクをわかして飲んだ事はあるんです」

光栄だわ、飲んでよ」

 早くこのひと、帰らねえかなあ、手紙だなんて、見えすいているのに。へへののもへじでも書いているのに違いないんです。

「見せてよ」

 と死んでも見たくない思いでそう言えば、あら、いやよ、あら、いやよ、と言って、そのうれしがる事、ひどくみっともなく、興が覚めるばかりなのです。そこで自分は、用事でも言いつけてやれ、と思うんです。

「すまないけどね、電車通りの薬屋に行って、カルモチンを買って来てくれない? あんまり疲れすぎて、顔がほてって、かえって眠れないんだ。すまないねお金は、……」

「いいわよ、お金なんか」

 よろこんで立ちます。用を言いつけるというのは、決して女をしょげさせる事ではなく、かえって女は、男に用事をたのまれると喜ぶものだという事も、自分ちゃんと知っているのでした。

 もうひとりは、女子高等師範の文科生の所謂「同志」でした。このひととは、れい運動用事で、いやでも毎日、顔を合せなければならなかったのです。打ち合せがすんでからも、その女は、いつまでも自分について歩いて、そうして、やたらに自分に、ものを買ってくれるのでした。

「私を本当の姉だと思っていてくれていいわ」

 そのキザに身震いしながら、自分は、

「そのつもりでいるんです」

 と、愁うれえを含んだ微笑の表情を作って答えます。とにかく、怒らせては、こわい、何とかして、ごまさなければならぬ、という思い一つのために、自分はいよいよその醜い、いやな女に奉仕をして、そうして、ものを買ってもらっては、(その買い物は、実に趣味の悪い品ばかりで、自分はたいてい、すぐにそれを、焼きとり屋の親爺おやじなどにやってしまいました)うれしそうな顔をして、冗談を言っては笑わせ、或る夏の夜、どうしても離れないので、街の暗いところで、そのひとに帰ってもらいたいばかりに、キスをしてやりましたら、あさましく狂乱の如く興奮し、自動車を呼んで、そのひとたちの運動のために秘密に借りてあるらしいビル事務所みたいな狭い洋室に連れて行き、朝まで大騒ぎという事になり、とんでもない姉だ、と自分はひそかに苦笑しました。

 下宿屋の娘と言い、またこの「同志」と言い、どうしたって毎日、顔を合せなければならぬ具合になっていますので、これまでの、さまざまの女のひとのように、うまく避けられず、つい、ずるずるに、れい不安の心から、この二人のご機嫌をただ懸命に取り結び、もはや自分は、金縛り同様の形になっていました。

 同じ頃また自分は、銀座の或る大カフエの女給から、思いがけぬ恩を受け、たったいちど逢っただけなのに、それでも、その恩にこだわり、やはり身動き出来ないほどの、心配やら、空そらおそろしさを感じていたのでした。その頃になると、自分も、敢えて堀木の案内に頼らずとも、ひとりで電車にも乗れるし、また、歌舞伎座にも行けるし、または、絣かすりの着物を着て、カフエにだってはいれるくらいの、多少の図々しさを装えるようになっていたのです。心では、相変らず、人間の自信と暴力とを怪しみ、恐れ、悩みながら、うわべだけは、少しずつ、他人と真顔の挨拶、いや、ちがう、自分はやはり敗北のお道化の苦しい笑いを伴わずには、挨拶できないたちなのですが、とにかく、無我夢中のへどもどの挨拶でも、どうやら出来るくらいの「伎倆ぎりょう」を、れい運動で走り廻ったおかげ? または、女の? または、酒? けれども、おもに金銭不自由のおかげで修得しかけていたのです。どこにいても、おそろしく、かえって大カフエでたくさんの酔客または女給、ボーイたちにもまれ、まぎれ込む事が出来たら、自分のこの絶えず追われているような心も落ちつくのではなかろうか、と十円持って、銀座のその大カフエに、ひとりではいって、笑いながら相手の女給に、

「十円しか無いんだからね、そのつもりで」

 と言いました。

心配要りません」

 どこかに関西の訛なまりがありました。そうして、その一言が、奇妙に自分の、震えおののいている心をしずめてくれました。いいえ、お金心配が要らなくなったからではありません、そのひとの傍にいる事に心配が要らないような気がしたのです。

 自分は、お酒を飲みました。そのひとに安心しているので、かえってお道化など演じる気持も起らず、自分の地金じがねの無口で陰惨なところを隠さず見せて、黙ってお酒を飲みました。

「こんなの、おすきか?」

 女は、さまざまの料理自分の前に並べました。自分は首を振りました。

お酒だけか? うちも飲もう」

 秋の、寒い夜でした。自分は、ツネ子(といったと覚えていますが、記憶が薄れ、たしかではありません。情死の相手名前をさえ忘れているような自分なのです)に言いつけられたとおりに、銀座裏の、或る屋台のお鮨すしやで、少しもおいしくない鮨を食べながら、(そのひとの名前は忘れても、その時の鮨のまずさだけは、どうした事か、はっきり記憶に残っています。そうして、青大将の顔に似た顔つきの、丸坊主おやじが、首を振り振り、いかにも上手みたいにごまかしながら鮨を握っている様も、眼前に見るように鮮明に思い出され、後年、電車などで、はて見た顔だ、といろいろ考え、なんだ、あの時の鮨やの親爺に似ているんだ、と気が附き苦笑した事も再三あったほどでした。あのひとの名前も、また、顔かたちさえ記憶から遠ざかっている現在なお、あの鮨やの親爺の顔だけは絵にかけるほど正確に覚えているとは、よっぽどあの時の鮨がまずく、自分に寒さと苦痛を与えたものと思われます。もともと、自分は、うまい鮨を食わせる店というところに、ひとに連れられて行って食っても、うまいと思った事は、いちどもありませんでした。大き過ぎるのです。親指くらいの大きさにキチッと握れないものかしら、といつも考えていました)そのひとを、待っていました。

 本所大工さんの二階を、そのひとが借りていました。自分は、その二階で、日頃の自分陰鬱な心を少しもかくさず、ひどい歯痛に襲われてでもいるように、片手で頬をおさえながら、お茶を飲みました。そうして、自分のそんな姿態が、かえって、そのひとには、気にいったようでした。そのひとも、身のまわりに冷たい木枯しが吹いて、落葉だけが舞い狂い、完全に孤立している感じの女でした。

 一緒にやすみながらそのひとは、自分より二つ年上であること、故郷広島、あたしには主人があるのよ、広島床屋さんをしていたの、昨年の春、一緒に東京家出して逃げて来たのだけれども、主人は、東京で、まともな仕事をせずそのうちに詐欺罪に問われ、刑務所にいるのよ、あたしは毎日、何やらかやら差し入れしに、刑務所へかよっていたのだけれども、あすから、やめます、などと物語るのでしたが、自分は、どういうものか、女の身の上噺ばなしというものには、少しも興味を持てないたちで、それは女の語り方の下手なせいか、つまり、話の重点の置き方を間違っているせいなのか、とにかく、自分には、つねに、馬耳東風なのでありました。

 侘びしい。

 自分には、女の千万言の身の上噺よりも、その一言の呟つぶやきのほうに、共感をそそられるに違いないと期待していても、この世の中の女から、ついにいちども自分は、その言葉を聞いた事がないのを、奇怪とも不思議とも感じております。けれども、そのひとは、言葉で「侘びしい」とは言いませんでしたが、無言のひどい侘びしさを、からだの外郭に、一寸くらいの幅の気流みたいに持っていて、そのひとに寄り添うと、こちらのからだもその気流に包まれ自分の持っている多少トゲトゲした陰鬱の気流と程よく溶け合い、「水底の岩に落ち附く枯葉」のように、わが身は、恐怖から不安からも、離れる事が出来るのでした。

 あの白痴淫売婦たちのふところの中で、安心してぐっすり眠る思いとは、また、全く異って、(だいいち、あのプロステチュウトたちは、陽気でした)その詐欺罪犯人の妻と過した一夜は、自分にとって、幸福な(こんな大それた言葉を、なんの躊躇ちゅうちょも無く、肯定して使用する事は、自分のこの全手記に於いて、再び無いつもりです)解放せられた夜でした。

 しかし、ただ一夜でした。朝、眼が覚めて、はね起き、自分はもとの軽薄な、装えるお道化者になっていました。弱虫は、幸福をさえおそれるものです。綿で怪我をするんです。幸福に傷つけられる事もあるんです。傷つけられないうちに、早く、このまま、わかれたいとあせり、れいのお道化煙幕を張りめぐらすのでした。

「金の切れめが縁の切れめ、ってのはね、あれはね、解釈が逆なんだ。金が無くなると女にふられるって意味、じゃあ無いんだ。男に金が無くなると、男は、ただおのずから意気銷沈しょうちんして、ダメになり、笑う声にも力が無く、そうして、妙にひがんだりなんかしてね、ついには破れかぶれになり、男のほうから女を振る、半狂乱になって振って振って振り抜くという意味なんだね、金沢大辞林という本に依ればね、可哀そうに。僕にも、その気持わかるがね」

 たしか、そんなふうの馬鹿げた事を言って、ツネ子を噴き出させたような記憶があります長居無用、おそれありと、顔も洗わずに素早く引上げたのですが、その時の自分の、「金の切れめが縁の切れめ」という出鱈目でたらめの放言が、のちに到って、意外のひっかかりを生じたのです。

 それからひとつき、自分は、その夜の恩人とは逢いませんでした。別れて、日が経つにつれて、よろこびは薄れ、かりそめの恩を受けた事がかえってそらおそろしく、自分勝手にひどい束縛を感じて来て、あのカフエのお勘定を、あの時、全部ツネ子の負担にさせてしまったという俗事さえ、次第に気になりはじめて、ツネ子もやはり、下宿の娘や、あの女子高等師範と同じく、自分脅迫するだけの女のように思われ、遠く離れていながらも、絶えずツネ子におびえていて、その上に自分は、一緒に休んだ事のある女に、また逢うと、その時にいきなり何か烈火の如く怒られそうな気がしてたまらず、逢うのに頗すこぶるおっくうがる性質でしたので、いよいよ、銀座敬遠の形でしたが、しかし、そのおっくうがるという性質は、決して自分狡猾こうかつさではなく、女性というものは、休んでからの事と、朝、起きてからの事との間に、一つの、塵ちりほどの、つながりをも持たせず、完全の忘却の如く、見事に二つの世界を切断させて生きているという不思議現象を、まだよく呑みこんでいなかったからなのでした。

 十一月の末、自分は、堀木と神田屋台で安酒を飲み、この悪友は、その屋台を出てからも、さらにどこかで飲もうと主張し、もう自分たちにはお金が無いのに、それでも、飲もう、飲もうよ、とねばるのです。その時、自分は、酔って大胆になっているからでもありましたが、

「よし、そんなら、夢の国に連れて行く。おどろくな、酒池肉林という、……」

「カフエか?」

「そう」

「行こう!」

 というような事になって二人、市電に乗り、堀木は、はしゃいで、

「おれは、今夜は、女に飢え渇いているんだ。女給にキスしてもいいか

 自分は、堀木がそんな酔態を演じる事を、あまり好んでいないのでした。堀木も、それを知っているので、自分にそんな念を押すのでした。

「いいかキスするぜ。おれの傍に坐った女給に、きっとキスして見せる。いいか

「かまわんだろう」

「ありがたい! おれは女に飢え渇いているんだ」

 銀座四丁目で降りて、その所謂酒池肉林の大カフエに、ツネ子をたのみの綱としてほとんど無一文ではいり、あいているボックスに堀木と向い合って腰をおろしたとたんに、ツネ子ともう一人の女給が走り寄って来て、そのもう一人の女給が自分の傍に、そうしてツネ子は、堀木の傍に、ドサン腰かけたので、自分は、ハッとしました。ツネ子は、いまにキスされる。

 惜しいという気持ではありませんでした。自分には、もともと所有慾というものは薄く、また、たまに幽かに惜しむ気持はあっても、その所有権を敢然と主張し、人と争うほどの気力が無いのでした。のちに、自分は、自分内縁の妻が犯されるのを、黙って見ていた事さえあったほどなのです。

 自分は、人間のいざこざに出来るだけ触りたくないのでした。その渦に巻き込まれるのが、おそろしいのでした。ツネ子と自分とは、一夜だけの間柄です。ツネ子は、自分のものではありません。惜しい、など思い上った慾は、自分に持てる筈はありません。けれども、自分は、ハッとしました。

 自分の眼の前で、堀木の猛烈なキスを受ける、そのツネ子の身の上を、ふびんに思ったからでした。堀木によごされたツネ子は、自分とわかれなければならなくなるだろう、しか自分にも、ツネ子を引き留める程のポジティヴな熱は無い、ああ、もう、これでおしまいなのだ、とツネ子の不幸に一瞬ハッとしたものの、すぐに自分は水のように素直にあきらめ、堀木とツネ子の顔を見較べ、にやにやと笑いました。

 しかし、事態は、実に思いがけなく、 Permalink | 記事への反応(1) | 20:29

anond:20250623202511

お化けの絵だよ」

 いつか竹一が、自分の二階へ遊びに来た時、ご持参の、一枚の原色版の口絵を得意そうに自分に見せて、そう説明しました。

 おや? と思いました。その瞬間、自分の落ち行く道が決定せられたように、後年に到って、そんな気がしてなりません。自分は、知っていました。それは、ゴッホの例の自画像に過ぎないのを知っていました。自分たちの少年の頃には、日本ではフランス所謂印象派の画が大流行していて、洋画鑑賞の第一歩を、たいていこのあたりからはじめたもので、ゴッホゴーギャンセザンヌルナアルなどというひとの絵は、田舎中学生でも、たいていその写真版を見て知っていたのでした。自分なども、ゴッホ原色版をかなりたくさん見て、タッチ面白さ、色彩の鮮やかさに興趣を覚えてはいたのですが、しかし、お化けの絵、だとは、いちども考えた事が無かったのでした。

「では、こんなのは、どうかしら。やっぱり、お化けかしら」

 自分本棚から、モジリアニの画集を出し、焼けた赤銅のような肌の、れいの裸婦の像を竹一に見せました。

「すげえなあ」

 竹一は眼を丸くして感嘆しました。

地獄の馬みたい」

「やっぱり、お化けかね」

「おれも、こんなお化けの絵がかきたいよ」

 あまり人間を恐怖している人たちは、かえって、もっともっと、おそろしい妖怪うかいを確実にこの眼で見たいと願望するに到る心理、神経質な、ものにおびえ易い人ほど、暴風雨の更に強からん事を祈る心理、ああ、この一群の画家たちは、人間という化け物に傷いためつけられ、おびやかされた揚句の果、ついに幻影を信じ、白昼の自然の中に、ありありと妖怪を見たのだ、しかも彼等は、それを道化などでごまかさず、見えたままの表現努力したのだ、竹一の言うように、敢然と「お化けの絵」をかいしまったのだ、ここに将来の自分の、仲間がいる、と自分は、涙が出たほどに興奮し、

「僕も画くよ。お化けの絵を画くよ。地獄の馬を、画くよ」

 と、なぜだか、ひどく声をひそめて、竹一に言ったのでした。

 自分は、小学校の頃から、絵はかくのも、見るのも好きでした。けれども、自分かいた絵は、自分綴り方ほどには、周囲の評判が、よくありませんでした。自分は、どだい人間言葉を一向に信用していませんでしたので、綴り方などは、自分にとって、ただお道化の御挨拶みたいなもので、小学校中学校、と続いて先生たちを狂喜させて来ましたが、しかし、自分では、さっぱり面白くなく、絵だけは、(漫画などは別ですけれども)その対象表現に、幼い我流ながら、多少の苦心を払っていました。学校の図画のお手本はつまらないし、先生の絵は下手くそだし、自分は、全く出鱈目にさまざまの表現法を自分で工夫して試みなければならないのでした。中学校はいって、自分油絵の道具も一揃そろい持っていましたが、しかし、そのタッチの手本を、印象派の画風に求めても、自分の画いたものは、まるで千代紙細工のようにのっぺりして、ものになりそうもありませんでした。けれども自分は、竹一の言葉に依って、自分のそれまでの絵画に対する心構えが、まるで間違っていた事に気が附きました。美しいと感じたものを、そのまま美しく表現しようと努力する甘さ、おろかしさ。マイスターたちは、何でも無いものを、主観に依って美しく創造し、或いは醜いもの嘔吐おうとをもよおしながらも、それに対する興味を隠さず、表現のよろこびにひたっている、つまり、人の思惑に少しもたよっていないらしいという、画法のプリミチヴな虎の巻を、竹一から、さずけられて、れいの女の来客たちには隠して、少しずつ、自画像制作に取りかかってみました。

 自分でも、ぎょっとしたほど、陰惨な絵が出来上りました。しかし、これこそ胸底にひた隠しに隠している自分の正体なのだ、おもては陽気に笑い、また人を笑わせているけれども、実は、こんな陰鬱な心を自分は持っているのだ、仕方が無い、とひそかに肯定し、けれどもその絵は、竹一以外の人には、さすがに誰にも見せませんでした。自分のお道化の底の陰惨を見破られ、急にケチくさく警戒せられるのもいやでしたし、また、これを自分の正体とも気づかず、やっぱり新趣向のお道化と見なされ、大笑いの種にせられるかも知れぬという懸念もあり、それは何よりもつらい事でしたので、その絵はすぐに押入れの奥深くしまい込みました。

 また、学校の図画の時間にも、自分はあの「お化け手法」は秘めて、いままでどおりの美しいものを美しく画く式の凡庸タッチで画いていました。

 自分は竹一にだけは、前から自分の傷み易い神経を平気で見せていましたし、こんどの自画像安心して竹一に見せ、たいへんほめられ、さらに二枚三枚と、お化けの絵を画きつづけ、竹一からもう一つの

「お前は、偉い絵画きになる」

 という予言を得たのでした。

 惚れられるという予言と、偉い絵画きになるという予言と、この二つの予言馬鹿の竹一に依って額に刻印せられて、やがて、自分東京へ出て来ました。

 自分は、美術学校はいたかったのですが、父は、前から自分高等学校にいれて、末は官吏にするつもりで、自分にもそれを言い渡してあったので、口応え一つ出来ないたちの自分は、ぼんやりそれに従ったのでした。四年から受けて見よ、と言われたので、自分も桜と海の中学はもういい加減あきていましたし、五年に進級せず、四年修了のままで、東京高等学校受験して合格し、すぐに寮生活はいりましたが、その不潔と粗暴に辟易へきえきして、道化どころではなく、医師に肺浸潤診断書を書いてもらい、寮から出て、上野桜木町の父の別荘に移りました。自分には、団体生活というものが、どうしても出来ません。それにまた、青春の感激だとか、若人の誇りだとかい言葉は、聞いて寒気がして来て、とても、あの、ハイスクールスピリットかいものには、ついて行けなかったのです。教室も寮も、ゆがめられた性慾の、はきだめみたいな気さえして、自分完璧かんぺきに近いお道化も、そこでは何の役にも立ちませんでした。

 父は議会の無い時は、月に一週間か二週間しかその家に滞在していませんでしたので、父の留守の時は、かなり広いその家に、別荘番の老夫婦自分と三人だけで、自分は、ちょいちょい学校を休んで、さりとて東京見物などをする気も起らず(自分はとうとう、明治神宮も、楠正成くすのきまさしげの銅像も、泉岳寺の四十七士の墓も見ずに終りそうです)家で一日中、本を読んだり、絵をかいたりしていました。父が上京して来ると、自分は、毎朝そそくさと登校するのでしたが、しかし、本郷千駄木町の洋画家、安田太郎氏の画塾に行き、三時間も四時間も、デッサン練習をしている事もあったのです。高等学校の寮から脱けたら、学校の授業に出ても、自分はまるで聴講生みたいな特別位置にいるような、それは自分のひがみかも知れなかったのですが、何とも自分自身で白々しい気持がして来て、いっそう学校へ行くのが、おっくうになったのでした。自分には、小学校中学校高等学校を通じて、ついに愛校心というもの理解できずに終りました。校歌などというものも、いちども覚えようとした事がありません。

 自分は、やがて画塾で、或る画学生から、酒と煙草淫売婦いんばいふと質屋左翼思想とを知らされました。妙な取合せでしたが、しかし、それは事実でした。

 その画学生は、堀木正雄といって、東京下町に生れ、自分より六つ年長者で、私立美術学校卒業して、家にアトリエが無いので、この画塾に通い、洋画勉強をつづけているのだそうです。

「五円、貸してくれないか

 お互いただ顔を見知っているだけで、それまで一言も話合った事が無かったのです。自分は、へどもどして五円差ししました。

「よし、飲もう。おれが、お前におごるんだ。よかチゴじゃのう」

 自分拒否し切れず、その画塾の近くの、蓬莱ほうらい町のカフエに引っぱって行かれたのが、彼との交友のはじまりでした。

「前から、お前に眼をつけていたんだ。それそれ、そのはにかむような微笑、それが見込みのある芸術家特有の表情なんだ。お近づきのしるしに、乾杯! キヌさん、こいつは美男子だろう? 惚れちゃいけないぜ。こいつが塾へ来たおかげで、残念ながらおれは、第二番の美男子という事になった」

 堀木は、色が浅黒く端正な顔をしていて、画学生には珍らしく、ちゃんとした脊広せびろを着て、ネクタイの好みも地味で、そうして頭髪もポマードをつけてまん中からぺったりとわけていました。

 自分は馴れぬ場所でもあり、ただもうおそろしく、腕を組んだりほどいたりして、それこそ、はにかむような微笑ばかりしていましたが、ビイルを二、三杯飲んでいるうちに、妙に解放せられたような軽さを感じて来たのです。

「僕は、美術学校はいろうと思っていたんですけど、……」

「いや、つまらん。あんなところは、つまらん。学校は、つまらん。われらの教師は、自然の中にあり! 自然に対するパアトス!」

 しかし、自分は、彼の言う事に一向に敬意を感じませんでした。馬鹿なひとだ、絵も下手にちがいない、しかし、遊ぶのには、いい相手かも知れないと考えました。つまり自分はその時、生れてはじめて、ほんものの都会の与太者を見たのでした。それは、自分と形は違っていても、やはり、この世の人間の営みから完全に遊離してしまって、戸迷いしている点に於いてだけは、たしか同類なのでした。そうして、彼はそのお道化意識せずに行い、しかも、そのお道化悲惨に全く気がついていないのが、自分本質的に異色のところでした。

 ただ遊ぶだけだ、遊びの相手として附合っているだけだ、とつねに彼を軽蔑けいべつし、時には彼との交友を恥ずかしくさえ思いながら、彼と連れ立って歩いているうちに、結局、自分は、この男にさえ打ち破られました。

 しかし、はじめは、この男を好人物まれに見る好人物とばかり思い込み、さすが人間恐怖の自分も全く油断をして、東京のよい案内者が出来た、くらいに思っていました。自分は、実は、ひとりでは、電車に乗ると車掌がおそろしく、歌舞伎座はいりたくても、あの正面玄関の緋ひの絨緞じゅうたんが敷かれてある階段の両側に並んで立っている案内嬢たちがおそろしく、レストランはいると、自分の背後にひっそり立って、皿のあくのを待っている給仕のボーイがおそろしく、殊に勘定を払う時、ああ、ぎごちない自分の手つき、自分は買い物をしてお金を手渡す時には、吝嗇りんしょくゆえでなく、あまりの緊張、あまりの恥ずかしさ、あまり不安、恐怖に、くらくら目まいして、世界が真暗になり、ほとんど半狂乱の気持になってしまって、値切るどころか、お釣を受け取るのを忘れるばかりでなく、買った品物を持ち帰るのを忘れた事さえ、しばしばあったほどなので、とても、ひとりで東京のまちを歩けず、それで仕方なく、一日一ぱい家の中で、ごろごろしていたという内情もあったのでした。

 それが、堀木に財布を渡して一緒に歩くと、堀木は大いに値切って、しかも遊び上手というのか、わずかなお金で最大の効果のあるような支払い振りを発揮し、また、高い円タクは敬遠して、電車バスポンポン蒸気など、それぞれ利用し分けて、最短時間目的地へ着くという手腕をも示し、淫売婦のところから朝帰る途中には、何々という料亭に立ち寄って朝風呂はいり、湯豆腐で軽くお酒を飲むのが、安い割に、ぜいたくな気分になれるものだと実地教育をしてくれたり、その他、屋台牛めし焼とりの安価にして滋養に富むものたる事を説き、酔いの早く発するのは、電気ブランの右に出るものはないと保証し、とにかくそ勘定に就いては自分に、一つも不安、恐怖を覚えさせた事がありませんでした。

 さらにまた、堀木と附合って救われるのは、堀木が聞き手の思惑などをてんで無視して、その所謂情熱パトスの噴出するがままに、(或いは、情熱とは、相手立場無視する事かも知れませんが)四六時中、くだらないおしゃべりを続け、あの、二人で歩いて疲れ、気まずい沈黙におちいる危懼きくが、全く無いという事でした。人に接し、あのおそろしい沈黙がその場にあらわれる事を警戒して、もともと口の重い自分が、ここを先途せんどと必死のお道化を言って来たものですが、いまこの堀木の馬鹿が、意識せずに、そのお道化役をみずからすすんでやってくれているので、自分は、返事もろくにせずに、ただ聞き流し、時折、まさか、などと言って笑っておれば、いいのでした。

 酒、煙草淫売婦、それは皆、人間恐怖を、たとい一時でも、まぎらす事の出来るずいぶんよい手段である事が、やがて自分にもわかって来ました。それらの手段を求めるためには、自分の持ち物全部を売却しても悔いない気持さえ、抱くようになりました。

 自分には、淫売婦というものが、人間でも、女性でもない、白痴狂人のように見え、そのふところの中で、自分はかえって全く安心して、ぐっすり眠る事が出来ました。みんな、哀しいくらい、実にみじんも慾というものが無いのでした。そうして、自分に、同類の親和感とでもいったようなものを覚えるのか、自分は、いつも、その淫売婦たちから、窮屈でない程度の自然好意を示されました。何の打算も無い好意押し売りでは無い好意、二度と来ないかも知れぬひとへの好意自分には、その白痴狂人淫売婦たちに、マリヤ円光現実に見た夜もあったのです。

 しかし、自分は、人間への恐怖からのがれ、幽かな一夜の休養を求めるために、そこへ行き、それこそ自分と「同類」の淫売婦たちと遊んでいるうちに、いつのまにやら無意識の、或るいまわしい雰囲気を身辺にいつもただよわせるようになった様子で、これは自分にも全く思い設けなかった所謂「おまけの附録」でしたが、次第にその「附録」が、鮮明に表面に浮き上って来て、堀木にそれを指摘せられ、愕然がくぜんとして、そうして、いやな気が致しました。はたから見て、俗な言い方をすれば、自分は、淫売婦に依って女の修行をして、しかも、最近めっきり腕をあげ、女の修行は、淫売婦に依るのが一ばん厳しく、またそれだけに効果のあがるものだそうで、既に自分には、あの、「女達者」という匂いがつきまとい、女性は、(淫売婦に限らず)本能に依ってそれを嗅ぎ当て寄り添って来る、そのような、卑猥ひわい不名誉雰囲気を、「おまけの附録」としてもらって、そうしてそのほうが、自分の休養などよりも、ひどく目立ってしまっているらしいのでした。

 堀木はそれを半分はお世辞で言ったのでしょうがしかし、自分にも、重苦しく思い当る事があり、たとえば、喫茶店の女から稚拙手紙をもらった覚えもあるし、桜木町の家の隣りの将軍のはたちくらいの娘が、毎朝、自分の登校の時刻には、用も無さそうなのに、ご自分の家の門を薄化粧して出たりはいったりしていたし、牛肉を食いに行くと、自分が黙っていても、そこの女中が、……また、いつも買いつけの煙草屋の娘から手渡された煙草の箱の中に、……また、歌舞伎を見に行って隣りの席のひとに、……また、深夜の市電自分が酔って眠っていて、……また、思いがけなく故郷の親戚の娘から、思いつめたような手紙が来て、……また、誰かわからぬ娘が、自分の留守中にお手製らしい人形を、……自分が極度に消極的なので、いずれも、それっきりの話で、ただ断片、それ以上の進展は一つもありませんでしたが、何か女に夢を見させる雰囲気が、自分のどこかにつきまとっている事は、それは、のろけだの何だのといういい加減な冗談でなく、否定できないのでありました。自分は、それを堀木ごとき者に指摘せられ、屈辱に似た苦にがさを感ずると共に、淫売婦と遊ぶ事にも、にわかに興が覚めました。

 堀木は、また、その見栄坊みえぼうのモダニティから、(堀木の場合、それ以外の理由は、自分には今もって考えられませんのですが)或る日、自分共産主義読書会かいう(R・Sとかいっていたか記憶がはっきり致しません)そんな、秘密研究会に連れて行きました。堀木などという人物にとっては、共産主義秘密会合も、れいの「東京案内」の一つくらいのものだったのかも知れません。自分所謂「同志」に紹介せられ、パンフレットを一部買わされ、そうして上座のひどい醜い顔の青年からマルクス経済学講義を受けました。しかし、自分には、それはわかり切っている事のように思われました。それは、そうに違いないだろうけれども、人間の心には、もっとわけのわからない、おそろしいものがある。慾、と言っても、言いたりない、ヴァニティ、と言っても、言いたりない、色と慾、とこう二つ並べても、言いたりない、何だか自分にもわからぬが、人間の世の底に、経済だけでない、へんに怪談じみたものがあるような気がして、その怪談におびえ切っている自分には、所謂唯物論を、水の低きに流れるように自然肯定しながらも、しかし、それに依って、人間に対する恐怖から解放せられ、青葉に向って眼をひらき、希望のよろこびを感ずるなどという事は出来ないのでした。けれども、自分は、いちども欠席せずに、そのR・S(と言ったかと思いますが、間違っているかも知れません)なるものに出席し、「同志」たちが、いやに一大事の如く、こわばった顔をして、一プラス一は二、というような、ほとんど初等の算術めいた理論研究にふけっているのが滑稽に見えてたまらず、れい自分のお道化で、会合をくつろがせる事に努め、そのためか、次第に研究会の窮屈な気配もほぐれ、自分はその会合に無くてかなわぬ人気者という形にさえなって来たようでした。この、単純そうな人たちは、自分の事を、やはりこの人たちと同じ様に単純で、そうして、楽天的なおどけ者の「同志」くらいに考えていたかも知れませんが、もし、そうだったら、自分は、この人たちを一から十まで、あざむいていたわけです。自分は、同志では無かったんです。けれども、その会合に、いつも欠かさず出席して、皆にお道化のサーヴィスをして来ました。

 好きだったからなのです。自分には、その人たちが、気にいっていたからなのです。しかし、それは必ずしも、マルクスに依って結ばれた親愛感では無かったのです。

 非合法自分には、それが幽かにしかったのです。むしろ、居心地がよかったのです。世の中の合法というもののほうが、かえっておそろしく、(それには、底知れず強いものが予感せられます)そのからくりが不可解で、とてもその窓の無い、底冷えのする部屋には坐っておられず、外は非合法の海であっても、それに飛び込んで泳いで、やがて死に到るほうが、自分には、いっそ気楽のようでした。

 日蔭者ひかげもの、という言葉があります人間の世に於いて、みじめな、敗者、悪徳者を指差していう言葉のようですが、自分は、自分を生れた時からの日蔭者のような気がしていて、世間から、あれは日蔭者だと指差されている程のひとと逢うと、自分は、必ず、優しい心になるのです。そうして、その自分の「優しい心」は、自身でうっとりするくらい優しい心でした。

 また、犯人意識、という言葉もあります自分は、この人間の世の中に於いて、一生その意識に苦しめられながらも、しかし、それは自分の糟糠そうこうの妻の如き好伴侶はんりょで、そいつと二人きりで侘わびしく遊びたわむれているというのも、自分の生きている Permalink | 記事への反応(1) | 20:27

anond:20250623202234

 自分は、金持ちの家に生れたという事よりも、俗にいう「できる」事に依って、学校中の尊敬を得そうになりました。自分は、子供の頃から病弱で、よく一つき二つき、また一学年ちかくも寝込んで学校を休んだ事さえあったのですが、それでも、病み上りからだで人力車に乗って学校へ行き、学年末試験を受けてみると、クラスの誰よりも所謂「できて」いるようでした。からだ具合いのよい時でも、自分は、さっぱり勉強せず、学校へ行っても授業時間漫画などを書き、休憩時間にはそれをクラスの者たちに説明して聞かせて、笑わせてやりました。また、綴り方には、滑稽噺こっけいばなしばかり書き、先生から注意されても、しかし、自分は、やめませんでした。先生は、実はこっそり自分のその滑稽噺を楽しみにしている事を自分は、知っていたからでした。或る日、自分は、れいに依って、自分が母に連れられて上京の途中の汽車で、おしっこ客車通路にある痰壺たんつぼにしてしまった失敗談(しかし、その上京の時に、自分は痰壺と知らずにしたのではありませんでした。子供の無邪気をてらって、わざと、そうしたのでした)を、ことさらに悲しそうな筆致で書いて提出し、先生は、きっと笑うという自信がありましたので、職員室に引き揚げて行く先生のあとを、そっとつけて行きましたら、先生は、教室を出るとすぐ、自分のその綴り方を、他のクラスの者たちの綴り方の中から選び出し、廊下を歩きながら読みはじめて、クスクス笑い、やがて職員室にはいって読み終えたのか、顔を真赤にして大声を挙げて笑い、他の先生に、さっそくそれを読ませているのを見とどけ、自分は、たいへん満足でした。

 お茶目

 自分は、所謂お茶目に見られる事に成功しました。尊敬される事から、のがれる事に成功しました。通信簿は全学科とも十点でしたが、操行というものだけは、七点だったり、六点だったりして、それもまた家中の大笑いの種でした。

 けれども自分の本性は、そんなお茶目さんなどとは、凡およそ対蹠たいせき的なものでした。その頃、既に自分は、女中下男から、哀かなしい事を教えられ、犯されていました。幼少の者に対して、そのような事を行うのは、人間の行い得る犯罪の中で最も醜悪で下等で、残酷犯罪だと、自分はいまでは思っていますしかし、自分は、忍びました。これでまた一つ、人間特質を見たというような気持さえして、そうして、力無く笑っていました。もし自分に、本当の事を言う習慣がついていたなら、悪びれず、彼等の犯罪を父や母に訴える事が出来たのかも知れませんが、しかし、自分は、その父や母をも全部は理解する事が出来なかったのです。人間に訴える、自分は、その手段には少しも期待できませんでした。父に訴えても、母に訴えても、お巡まわりに訴えても、政府に訴えても、結局は世渡りに強い人の、世間に通りのいい言いぶんに言いまくられるだけの事では無いかしら。

 必ず片手落のあるのが、わかり切っている、所詮しょせん、人間に訴えるのは無駄である自分はやはり、本当の事は何も言わず、忍んで、そうしてお道化をつづけているより他、無い気持なのでした。

 なんだ、人間への不信を言っているのか? へえ? お前はいクリスチャンになったんだい、と嘲笑ちょうしょうする人も或いはあるかも知れませんが、しかし、人間への不信は、必ずしもすぐに宗教の道に通じているとは限らないと、自分には思われるのですけど。現にその嘲笑する人をも含めて、人間は、お互いの不信の中で、エホバも何も念頭に置かず、平気で生きているではありませんか。やはり、自分の幼少の頃の事でありましたが、父の属していた或る政党有名人が、この町に演説に来て、自分下男たちに連れられて劇場に聞きに行きました。満員で、そうして、この町の特に父と親しくしている人たちの顔は皆、見えて、大いに拍手などしていました。演説がすんで、聴衆は雪の夜道を三々五々かたまって家路に就き、クソミソに今夜の演説会の悪口を言っているのでした。中には、父と特に親しい人の声もまじっていました。父の開会の辞も下手、れい有名人演説も何が何やら、わけがからぬ、とその所謂父の「同志たち」が怒声に似た口調で言っているのです。そうしてそのひとたちは、自分の家に立ち寄って客間に上り込み、今夜の演説会は大成功だったと、しんから嬉しそうな顔をして父に言っていました。下男たちまで、今夜の演説会はどうだったと母に聞かれ、とても面白かった、と言ってけろりとしているのです。演説会ほど面白くないものはない、と帰る途々みちみち、下男たちが嘆き合っていたのです。

 しかし、こんなのは、ほんのささやかな一例に過ぎません。互いにあざむき合って、しかもいずれも不思議に何の傷もつかず、あざむき合っている事にさえ気がついていないみたいな、実にあざやかな、それこそ清く明るくほがらかな不信の例が、人間生活に充満しているように思われます。けれども、自分には、あざむき合っているという事には、さして特別の興味もありません。自分だって、お道化に依って、朝から晩まで人間をあざむいているのです。自分は、修身教科書的な正義とか何とかい道徳には、あまり関心を持てないのです。自分には、あざむき合っていながら、清く明るく朗らかに生きている、或いは生き得る自信を持っているみたいな人間難解なのです。人間は、ついに自分にその妙諦みょうていを教えてはくれませんでした。それさえわかったら、自分は、人間をこんなに恐怖し、また、必死のサーヴィスなどしなくて、すんだのでしょう。人間生活対立してしまって、夜々の地獄のこれほどの苦しみを嘗なめずにすんだのでしょう。つまり自分下男下女たちの憎むべきあの犯罪をさえ、誰にも訴えなかったのは、人間への不信からではなく、また勿論クリス主義のためでもなく、人間が、葉蔵という自分に対して信用の殻を固く閉じていたからだったと思います。父母でさえ、自分にとって難解なものを、時折、見せる事があったのですから

 そうして、その、誰にも訴えない、自分孤独匂いが、多くの女性に、本能に依って嗅かぎ当てられ、後年さまざま、自分がつけ込まれる誘因の一つになったような気もするのです。

 つまり自分は、女性にとって、恋の秘密を守れる男であったというわけなのでした。

[#改頁]

第二の手記

 海の、波打際、といってもいいくらいに海にちかい岸辺に、真黒い樹肌の山桜の、かなり大きいのが二十本以上も立ちならび、新学年がはじまると、山桜は、褐色のねばっこいような嫩葉わかばと共に、青い海を背景にして、その絢爛けんらんたる花をひらき、やがて、花吹雪の時には、花びらがおびただしく海に散り込み、海面を鏤ちりばめて漂い、波に乗せられ再び波打際に打ちかえされる、その桜の砂浜が、そのまま校庭として使用せられている東北の或る中学校に、自分受験勉強もろくにしなかったのに、どうやら無事に入学できました。そうして、その中学制帽の徽章きしょうにも、制服ボタンにも、桜の花が図案化せられて咲いていました。

 その中学校のすぐ近くに、自分の家と遠い親戚に当る者の家がありましたので、その理由もあって、父がその海と桜の中学校自分に選んでくれたのでした。自分は、その家にあずけられ、何せ学校のすぐ近くなので、朝礼の鐘の鳴るのを聞いてから、走って登校するというような、かなり怠惰中学生でしたが、それでも、れいのお道化に依って、日一日とクラスの人気を得ていました。

 生れてはじめて、謂わば他郷へ出たわけなのですが、自分には、その他郷のほうが、自分の生れ故郷よりも、ずっと気楽な場所のように思われました。それは、自分のお道化もその頃にはいよいよぴったり身について来て、人をあざむくのに以前ほどの苦労を必要としなくなっていたかである、と解説してもいいでしょうがしかし、それよりも、肉親と他人故郷と他郷、そこには抜くべからざる演技の難易の差が、どのような天才にとっても、たとい神の子イエスにとっても、存在しているものなのではないでしょうか。俳優にとって、最も演じにくい場所は、故郷劇場であって、しかも六親眷属けんぞく全部そろって坐っている一部屋の中に在っては、いかな名優も演技どころでは無くなるのではないでしょうか。けれども自分は演じて来ました。しかも、それが、かなりの成功を収めたのです。それほどの曲者くせものが、他郷に出て、万が一にも演じ損ねるなどという事は無いわけでした。

 自分人間恐怖は、それは以前にまさるとも劣らぬくらい烈しく胸の底で蠕動ぜんどうしていましたが、しかし、演技は実にのびのびとして来て、教室にあっては、いつもクラスの者たちを笑わせ、教師も、このクラス大庭さえいないと、とてもいいクラスなんだが、と言葉では嘆じながら、手で口を覆って笑っていました。自分は、あの雷の如き蛮声を張り上げる配属将校をさえ、実に容易に噴き出させる事が出来たのです。

 もはや、自分の正体を完全に隠蔽いんぺいし得たのではあるまいか、とほっとしかけた矢先に、自分は実に意外にも背後から突き刺されました。それは、背後から突き刺す男のごたぶんにもれず、クラスで最も貧弱な肉体をして、顔も青ぶくれで、そうしてたしか父兄のお古と思われる袖が聖徳太子の袖みたいに長すぎる上衣うわぎを着て、学課は少しも出来ず、教練や体操はいつも見学という白痴に似た生徒でした。自分もさすがに、その生徒にさえ警戒する必要は認めていなかったのでした。

 その日、体操時間に、その生徒(姓はい記憶していませんが、名は竹一といったかと覚えています)その竹一は、れいに依って見学自分たちは鉄棒練習をさせられていました。自分は、わざと出来るだけ厳粛な顔をして、鉄棒めがけて、えいっと叫んで飛び、そのまま幅飛びのように前方へ飛んでしまって、砂地にドスンと尻餅をつきました。すべて、計画的な失敗でした。果して皆の大笑いになり、自分も苦笑しながら起き上ってズボンの砂を払っていると、いつそこへ来ていたのか、竹一が自分背中をつつき、低い声でこう囁ささやきました。

「ワザ。ワザ」

 自分震撼しんかんしました。ワザと失敗したという事を、人もあろうに、竹一に見破られるとは全く思いも掛けない事でした。自分は、世界が一瞬にして地獄業火に包まれ燃え上るのを眼前に見るような心地がして、わあっ! と叫んで発狂しそうな気配を必死の力で抑えました。

 それからの日々の、自分不安と恐怖。

 表面は相変らず哀しいお道化を演じて皆を笑わせていましたが、ふっと思わず重苦しい溜息ためいきが出て、何をしたってすべて竹一に木っ葉みじんに見破られていて、そうしてあれは、そのうちにきっと誰かれとなく、それを言いふらして歩くに違いないのだ、と考えると、額にじっとり油汗がわいて来て、狂人みたいに妙な眼つきで、あたりをキョロキョロむなしく見廻したりしました。できる事なら、朝、昼、晩、四六時中、竹一の傍そばから離れず彼が秘密を口走らないように監視していたい気持でした。そうして、自分が、彼にまつわりついている間に、自分のお道化は、所謂「ワザ」では無くて、ほんものであったというよう思い込ませるようにあらゆる努力を払い、あわよくば、彼と無二の親友になってしまいたいものだ、もし、その事が皆、不可能なら、もはや、彼の死を祈るより他は無い、とさえ思いつめました。しかし、さすがに、彼を殺そうという気だけは起りませんでした。自分は、これまでの生涯に於おいて、人に殺されたいと願望した事は幾度となくありましたが、人を殺したいと思った事は、いちどもありませんでした。それは、おそるべき相手に、かえって幸福を与えるだけの事だと考えていたからです。

 自分は、彼を手なずけるため、まず、顔に偽クリスチャンのような「優しい」媚笑びしょうを湛たたえ、首を三十度くらい左に曲げて、彼の小さい肩を軽く抱き、そうして猫撫ねこなで声に似た甘ったるい声で、彼を自分の寄宿している家に遊びに来るようしばしば誘いましたが、彼は、いつも、ぼんやりした眼つきをして、黙っていました。しかし、自分は、或る日の放課後、たしか初夏の頃の事でした、夕立ちが白く降って、生徒たちは帰宅に困っていたようでしたが、自分は家がすぐ近くなので平気で外へ飛び出そうとして、ふと下駄箱のかげに、竹一がしょんぼり立っているのを見つけ、行こう、傘を貸してあげる、と言い、臆する竹一の手を引っぱって、一緒に夕立ちの中を走り、家に着いて、二人の上衣を小母さんに乾かしてもらうようにたのみ、竹一を二階の自分の部屋に誘い込むのに成功しました。

 その家には、五十すぎの小母さんと、三十くらいの、眼鏡をかけて、病身らしい背の高い姉娘(この娘は、いちどよそへお嫁に行って、それからまた、家へ帰っているひとでした。自分は、このひとを、ここの家のひとたちにならって、アネサと呼んでいました)それと、最近女学校卒業したばかりらしい、セッちゃんという姉に似ず背が低く丸顔の妹娘と、三人だけの家族で、下の店には、文房具やら運動用具を少々並べていましたが、主な収入は、なくなった主人が建てて残して行った五六棟の長屋家賃のようでした。

「耳が痛い」

 竹一は、立ったままでそう言いました。

「雨に濡れたら、痛くなったよ」

 自分が、見てみると、両方の耳が、ひどい耳だれでした。膿うみが、いまにも耳殻の外に流れ出ようとしていました。

「これは、いけない。痛いだろう」

 と自分大袈裟おおげさにおどろいて見せて、

「雨の中を、引っぱり出したりして、ごめんね」

 と女の言葉みたいな言葉を遣って「優しく」謝り、それから、下へ行って綿とアルコールをもらって来て、竹一を自分の膝ひざを枕にして寝かせ、念入りに耳の掃除をしてやりました。竹一も、さすがに、これが偽善の悪計であることには気附かなかったようで、

「お前は、きっと、女に惚ほれられるよ」

 と自分の膝枕で寝ながら、無智なお世辞を言ったくらいでした。

 しかしこれは、おそらく、あの竹一も意識しなかったほどの、おそろしい悪魔予言のようなものだったという事を、自分は後年に到って思い知りました。惚れると言い、惚れられると言い、その言葉はひどく下品で、ふざけて、いかにも、やにさがったものの感じで、どんなに所謂「厳粛」の場であっても、そこへこの言葉一言でもひょいと顔を出すと、みるみる憂鬱伽藍がらんが崩壊し、ただのっぺらぼうになってしまうような心地がするものですけれども、惚れられるつらさ、などという俗語でなく、愛せられる不安、とでもいう文学語を用いると、あながち憂鬱伽藍をぶちこわす事にはならないようですから、奇妙なものだと思います

 竹一が、自分に耳だれの膿の仕末をしてもらって、お前は惚れられるという馬鹿なお世辞を言い、自分はその時、ただ顔を赤らめて笑って、何も答えませんでしたけれども、しかし、実は、幽かすかに思い当るところもあったのでした。でも、「惚れられる」というような野卑な言葉に依って生じるやにさがった雰囲気ふんいきに対して、そう言われると、思い当るところもある、などと書くのは、ほとんど落語若旦那のせりふにさえならぬくらい、おろかしい感懐を示すようなもので、まさか自分は、そんなふざけた、やにさがった気持で、「思い当るところもあった」わけでは無いのです。

 自分には、人間女性のほうが、男性よりもさらに数倍難解でした。自分家族は、女性のほうが男性よりも数が多く、また親戚にも、女の子がたくさんあり、またれいの「犯罪」の女中などもいまして、自分は幼い時から、女とばかり遊んで育ったといっても過言ではないと思っていますが、それは、また、しかし、実に、薄氷を踏む思いで、その女のひとたちと附合って来たのです。ほとんど、まるで見当が、つかないのです。五里霧中で、そうして時たま、虎の尾を踏む失敗をして、ひどい痛手を負い、それがまた、男性から受ける笞むちとちがって、内出血みたいに極度に不快に内攻して、なかなか治癒ちゆし難い傷でした。

 女は引き寄せて、つっ放す、或いはまた、女は、人のいるところでは自分をさげすみ、邪慳じゃけんにし、誰もいなくなると、ひしと抱きしめる、女は死んだように深く眠る、女は眠るために生きているのではないかしら、その他、女に就いてのさまざまの観察を、すでに自分は、幼年時代から得ていたのですが、同じ人類のようでありながら、男とはまた、全く異った生きもののような感じで、そうしてまた、この不可解で油断のならぬ生きものは、奇妙に自分をかまうのでした。「惚れられる」なんていう言葉も、また「好かれる」という言葉も、自分場合にはちっとも、ふさわしくなく、「かまわれる」とでも言ったほうが、まだしも実状の説明に適しているかも知れません。

 女は、男よりも更に、道化には、くつろぐようでした。自分がお道化を演じ、男はさすがにいつまでもゲラゲラ笑ってもいませんし、それに自分も男のひとに対し、調子に乗ってあまり道化を演じすぎると失敗するという事を知っていましたので、必ず適当のところで切り上げるように心掛けていましたが、女は適度という事を知らず、いつまでもいつまでも自分にお道化要求し、自分はその限りないアンコールに応じて、へとへとになるのでした。実に、よく笑うのです。いったいに、女は、男よりも快楽をよけいに頬張る事が出来るようです。

 自分中学時代に世話になったその家の姉娘も、妹娘も、ひまさえあれば、二階の自分の部屋にやって来て、自分はその度毎に飛び上らんばかりにぎょっとして、そうして、ひたすらおびえ、

「御勉強?」

「いいえ」

 と微笑して本を閉じ、

「きょうね、学校でね、コンボウという地理先生がね」

 とするする口から流れ出るものは、心にも無い滑稽噺でした。

「葉ちゃん眼鏡をかけてごらん」

 或る晩、妹娘のセッちゃんが、アネサと一緒に自分の部屋へ遊びに来て、さんざん自分にお道化を演じさせた揚句の果に、そんな事を言い出しました。

「なぜ?」

「いいから、かけてごらん。アネサの眼鏡を借りなさい」

 いつでも、こんな乱暴命令口調で言うのでした。道化師は、素直にアネサの眼鏡をかけました。とたんに、二人の娘は、笑いころげました。

そっくりロイドに、そっくり

 当時、ハロルド・ロイドかい外国映画喜劇役者が、日本で人気がありました。

 自分は立って片手を挙げ、

諸君

 と言い、

「このたび、日本ファンの皆様がたに、……」

 と一場挨拶を試み、さらに大笑いさせて、それからロイド映画がそのまちの劇場に来るたび毎に見に行って、ひそかに彼の表情などを研究しました。

 また、或る秋の夜、自分が寝ながら本を読んでいると、アネサが鳥のように素早く部屋へはいって来て、いきなり自分の掛蒲団の上に倒れて泣き、

「葉ちゃんが、あたしを助けてくれるのだわね。そうだわね。こんな家、一緒に出てしまったほうがいいのだわ。助けてね。助けて」

 などと、はげしい事を口走っては、また泣くのでした。けれども、自分には、女から、こんな態度を見せつけられるのは、これが最初ではありませんでしたので、アネサの過激言葉にも、さして驚かず、かえってその陳腐、無内容に興が覚めた心地で、そっと蒲団から脱け出し、机の上の柿をむいて、その一きれをアネサに手渡してやりました。すると、アネサは、しゃくり上げながらその柿を食べ、

「何か面白い本が無い? 貸してよ」

 と言いました。

 自分漱石の「吾輩は猫である」という本を、本棚から選んであげました。

「ごちそうさま」

 アネサは、恥ずかしそうに笑って部屋から出て行きましたが、このアネサに限らず、いったい女は、どんな気持で生きているのかを考える事は、自分にとって、蚯蚓みみずの思いをさぐるよりも、ややこしく、わずらわしく、薄気味の悪いものに感ぜられていました。ただ、自分は、女があんなに急に泣き出したりした場合、何か甘いものを手渡してやると、それを食べて機嫌を直すという事だけは、幼い時から自分経験に依って知っていました。

 また、妹娘のセッちゃんは、その友だちまで自分の部屋に連れて来て、自分れいに依って公平に皆を笑わせ、友だちが帰ると、セッちゃんは、必ずその友だちの悪口を言うのでした。あのひとは不良少女から、気をつけるように、ときまって言うのでした。そんなら、わざわざ連れて来なければ、よいのに、おかげで自分の部屋の来客の、ほとんど全部が女、という事になってしまいました。

 しかし、それは、竹一のお世辞の「惚れられる」事の実現では未だ決して無かったのでした。つまり自分は、日本東北ハロルド・ロイドに過ぎなかったのです。竹一の無智なお世辞が、いまわしい予言として、なまなまと生きて来て、不吉な形貌を呈するようになったのは、更にそれから、数年経った後の事でありました。

 竹一は、また、自分にもう一つ、重大な贈り物をしていました。

お化けの絵だよ」

 いつか竹一が、自分の二階へ遊びに来た時、ご持参の、一枚の原色版の口絵を得意そうに自分に見せて、そう説明しました。

 おや? と思いました。その瞬間、自分の落ち行く道が決定せられたように、後年に到って、そんな気がしてなりません。自分は、知っていました。それは、ゴッホの例のPermalink | 記事への反応(1) | 20:25

2025-06-22

足利義政無能さはこうだ

足利義政は、政治家としては「無能」と評価されることが多いです。その主な理由は以下の通りです。

応仁の乱の勃発と収拾の失敗: 義政の治世に、細川勝元山名宗全対立に端を発する応仁の乱が勃発し、京都焼け野原となり、戦乱は10年以上続きました。この大乱を止めることができなかったこと、またその後の社会の混乱を収拾できなかったことが、政治家としての最大の失策とされています

後継者問題: 実子(足利義尚)と弟(足利義視)の間で後継者争いが起こり、これが応仁の乱の一因となったとされています。義政自身がこの問題に対して明確な態度を示さず、優柔不断であったことも批判対象となっています

財政の窮乏と奢侈: 飢饉土一揆が頻発し、幕府財政が窮乏する中で、義政自身邸宅の造営(銀閣寺など)や美術品の収集に多額の費用を費やしました。このため、民衆の苦境を顧みない奢侈な生活を送っていたと批判されています

政治への意欲喪失: 政治現実から目を背け、「文化芸術世界」に傾倒していったとされています。真面目に政治をするのが馬鹿らしくなった、というような記述も見られます

2025-05-15

初めて東京の友人から「僕のマンションに来てよ」と言われたとき、私の心は高鳴った。

パリ郊外コンドミニアムのようなものだろうと期待していたからだ。

靴を脱がなければ玄関にすら立てないような細い廊下と、立てれば頭が天井につくような天井高。私は最初、それが冗談だと思った。「で、本当のマンションはどこだい?」と聞いたが、彼は困ったように笑うだけだった。

ベランダ洗濯物でいっぱいで、見渡す限りのコンクリート電線。窓の外には、同じような“マンション”が蜂の巣のように連なりしかも、それぞれが誇らしげに「〇〇マンション」と名乗っている。日本人は“団地”にロマンチック仏語香りふりかけるのが好きらしい。

彼らは本気でその小さな箱を「マンション」と呼ぶ。しかも誇らしげに。まるでそれが、パリオスマン様式邸宅と肩を並べるかのように。

ああ、日本人よ。君たちのその絶望的に愛おしい“見栄”と言葉魔法に、フレンチワイン乾杯しようじゃないか

年上の方の軽微な下ネタに関する所感

前提だが、私は現実での会話中における下ネタが苦手だ。

知り合いと繋がっていないSNSアカウントで陰茎だおっぱいだと独り言のように呟いたり、フォロワーなどが呟いているのを見る分には全く抵抗がないのだが、猥談だったりお互いの身体的特徴に関する会話などは嫌悪感があり、明確に拒否こそはしないものの毎度とてつもない不快感を覚えがちであった。

それどころか自分の口からウンチおしっこなどのもはや下ネタの域ではない言葉もかなり抵抗がある。



本題に移るが、様々な人間コミュニケーションを取っていると私のように完全に下ネタを発したがらない人間もいれば、日常生活の会話の中に自然下ネタが入っていることになんの違和感も感じない人もいる。育ってきた環境によってそれは違うからどちらがいいとか悪いとかはここでは述べない。

仲のいい人間だったり家族なら会話中に下ネタが出てきても軽く諌めたり受け流すことができるが、年上の人間だったり関係の浅い人間から下ネタが発された際、完全にどうしていいかからなくなる。

特に1番困るのが、言葉を選ばずに言ってしまうが親世代のおば様が言う下ネタだ。

女性男性よりも下ネタを使ったコミュニケーションは少ないように感じるし、歳を重ねた人間なら尚少ないと感じる(経験範疇なので身の回り女性結構下ネタばっかりだけど!?と思う人もいるかもしれない)。だが、私の人生では2度ほどおば様から下ネタで反応に困った経験がある。

1度目は私が小学校低学年の時、兄の友人のお宅に兄と遊びに行った際、兄が友人達と遊んでいたので自然と幼い私は友人のお母様と一緒に絵を描いていた。

当時の絵が描いてあるノートがなぜかまだ家に残されているので、新鮮に思い出すことができるが私が謎のオリジナルキャラクター大量生産していた横で、お母様も一緒にオリジナルキャラクターを描いてくださっていた。

ふとお母様のイラストを見てみるとほとんどのキャラクター陰毛を生やしていた。もちろん、私も幼かったので見てすぐ陰毛だ!と思った訳ではない。お母様に「おまたの毛」と言われたのである

衝撃だった。近所でもかなり美人のお母様が、穏やかでやさしいお母様が、そんな堂々と。

幼稚園児の段階で既に潔癖のきらいがあったので、陰部の話をこんな小さい子の前で?という気持ちや、陰毛を生やされているキャラクター果たしてかわいいなどと堂々と言うのは、いかがなものか?という複雑な感情が絡み合い、何も言えなかった。

ガキなのだから多少の失礼はいいだろうと思い、そのまま黙々と絵を描き続けていた記憶はある。

母親は決して上品人間ではなかったが、私が成人するまでの間に排泄物以外の下ネタは発することがなかったので自分母親と同じ立場人間が、幼い子の前で下ネタを言うということが信じられなかったのだろう。これ以降そのご家庭ではお絵描きをやめて兄の遊びに積極的に交ざりに行くようになった。

2度目は大学1年生の頃、高校部活の恩師(女性)のお宅に同期の部員達とお呼ばれした時だ。

恩師は邸宅と呼ぶほどでは無いが成人した男女を数人招待できる程度の立派なお家に住んでいた。

数ヶ月ぶりに恩師や同期を近況報告をし合ったり、恩師宅の庭を見せていただいたりして穏やかな時間を過ごしていた。

落ち着いた頃、私は恩師にとある部屋に呼ばれた。そこには大きな本棚があり、長年人体に興味を持っていた私はそこで海外の人体解剖図鑑を見せていただくことができた。全てのイラストが手描きで描かれており、全ての文字理解することはできないがとても興味深い本で恩師と共にパラパラと読んでいた。

めくっていくと、陰茎に特化したページにたどり着いた。人体の図鑑から当たり前だ。思春期を引き摺ったままの大学とはいえ、やはり気まずい。さっさとめくってしまおう。と思った矢先、「ふふ、かわいいわね」と恩師が陰茎を指差して言った。

少しえっち団地妻セリフを恩師が発したので、固まってしまった。

やはり半世紀近く生きると陰茎すらかわいくみえしまうのか?陰茎にかわいさを感じたことが人生で1度もないのでなんと反応すべきか一切わからない。

そうですね。と言っても少し変態ぽいしそんなことないですよ。と相手感性否定するのはあまりいい気がしない。結局、そっすか。みたいな曖昧な感じで切りあげた記憶がある。

同期達は部屋に呼ばれていなかったのでこの会話は私しか知らない。恩師の株を下げる行為もしたくないので何も話してはいない。

やはりお歳を重ねたおば様はそういった会話に寛容になるのだろうか。おじ様に下ネタを言われたら軽く受け流すか、セクハラですよー笑と返すくらいならできるかもしれないが、母と同じくらいのの年齢の人間下ネタを言われてしまうと反応に困ってしまう。陰部がカワイイものという扱いを、感性否定することはしないが、会話を振られてしまうとどうにも難しい。

20年かそこらしか生きていないが、おじ様の言う下ネタは気にならないけどおば様の言う下ネタは考えてしまうという自分の小さな偏見にも嫌気はさすが、どうにかいいかわし方を身につけたいものである

2025-01-10

anond:20250110212810

ざまぁwwwwと言いたいところだけど残念ながら困るのはまともな人で

ハリウッドセレブ保険金でまた豪華な邸宅をどっかに建てるだけでノーダメージなんだよね。

そして、そこでまた同じ犯罪をする

世界的な左翼の動きとおなじ

まさにシロアリ

2024-12-11

THE NORTH FACEって北面武士(ほくめんのぶし)のことじゃなかったんだな

上皇陛下邸宅北側を守ってる公務員らの制服じゃなかったんだな。

2024-09-10

anond:20240910155517

うざっ。こんな場末掲示板金持ち自慢とか
いやみかよ。賃貸住宅ならばこその間取りカスタマイズに加えて
ビルドイン食洗器もあるのかよ。金持っててうらやまし
いね。でもせっかく立派なご邸宅も、自慢する相手匿名有象無象相手ってのも
むなしいな。

2024-08-23

チー扶余書よりタケ記

1:1 田舎の道にて、重き車輪が轍を刻みつつ、老女を静かに揺り動かしける。

1:2 老女は声を上げて言ひける、「何と感謝すべきことか。歩くこともままならぬ我を、助けていただき、その上治療まで施してくださるとは。これも全能の主が、汝の如き慈悲深き方を、我がもとに遣わしたまへればこそ…」

1:3 老人は黙し、言葉を発することなく、ただ前を見据えける。

1:4 老女はなお問いける、「汝もまた、主を信じ奉る者なるか…そのようにお見受け致し候ふが」

1:5 老女の眼差しは、無言の老人の背に移り、さらには荷台に置かれし古びた聖書に止まりぬ。それは時の流れを刻む如く使ひ込まれけるものなり。

1:6 老人は静かに言葉を紡ぎける、「然り…信じておる」

1:7 彼はさらに続けて言ひける、「されど、主は唯…人の運命を弄びたまふのみ」

1:8 老女は穏やかに微笑み、「それは、まさしく深遠なる教理解釈に相違なし」と応じける。

2:1 馬車は進み行きける中、突如、道を塞ぐ巨木現れけり。老人は馬車を止めたり。

2:2 老女は言ひける、「あら、これは如何に。厄介なる事態なり」

2:3 老人は馬車より降り、黙して巨木に手をかけたり。

2:4 その時、巨木は静かにしかして確かにその姿を消し去りけり。

2:5 老女は驚きの声を上げ、「何たる奇跡ぞ、大木が忽然と消え失せり」と驚きけり。

2:6 老人は冷ややかに答へける、「ただ木を取り除きしのみなり」

2:7 老女は感嘆し、「我には到底、成し得ぬことと存ずる」と述べ、

2:8 さらには、「若き頃、汝は冒険者でありしに違ひなき事と存ずる。さなり。わが直感は、往々にして外れざるものなれば」と付け加えけり。

3:1 若かりし頃、タケと呼ばれしその老人は、邪悪なる徒党の中に身を置き、暗き道を歩みたり。

3:2 その仲間たちは、ハンブン、ミノル、コゲ、そしてエンディといふ者たちにてありける。

4:1 静まり返りし夜に、ただ水の流るる音のみ響き渡り

4:2 タケは、神の御姿に対し冒涜的なる行為を行ひたり。

4:3 仲間の一人驚きの声を上げ、「タケよ、何といふことを為すのぞ!これは神聖なる御姿にあらざるか!」

4:4 タケは厳しき口調にて、「黙れ、その如きことは構はぬ」と返しける。

4:5 エンディは怒りの声を上げ、「お前の行ひにより、この場は汚されしぞ!」と言ひける。

4:6 タケは冷たく、「然らば、主に抗議せよ」と言ひ放ちける。

4:7 エンディはさらに憤り、「何を言ふておるのぞ!」と反論しける。

4:8 仲間の一人言ひける、「タケよ、その如き行為は、天罰を招くものに候」

4:9 タケは嘲笑する如く答へける、「天罰など、あり得ぬ事なり」

4:10 仲間問いける、「なぜ、その如く断言するや?」

4:11 タケは苦々しげに語りける、「幼き日の友は、主に祈り、糧を乞ひ求めたり。されど、彼は飢えに苦しみ、命を落としけり。もし主が存在すれば、なぜ彼を救はざりしや?」

4:12 タケは激しく言葉を続けける、「故に、我は主を信じず」

4:13 エンディは困惑し、「然らば、なぜ主に抗議せよと言ひしぞ?」

4:14 タケは嘲る如く、「主が存在せぬならば、誰に抗議するや?」と応じける。

4:15 さらに仲間の一人声を上げ、「ミノルよ、汝の信ずる神が侮辱され候ているぞ。正義のために戦はざるや?」

4:16 ミノルは静かに言ひける、「あれは我が信ずる神とは異なり。戦ふ理由など無し」

4:17 仲間は嘲笑し、「つまらぬ事なり」と言ひ捨てけり。

4:18 コゲはハンブンに向かひ、「如何せむ?」と問いかけける。

4:19 ハンブンは悠然と答へける、「もう行かむ、タケよ」

4:20 タケは無念そうに、「もう行くや」と言ひける。

4:21 ハンブンは叱責する如く、「汝は何時までその如き行為を続けるつもりや!」と言ひ放ち、

4:22 ハンブンはさらに、聖書に手をかけながら言ひける、「タケ、その神は、祈りや崇拝にて救ひを与ふるものにあらず」

4:23 タケは驚き、「如何なる事ぞ?」と問い返しける。

4:24 ハンブンは静かに語りける、「神は、人を見守りつつも、助けを与へず。その者に応じた苦難を与ふるのみなり」

4:25 タケは憤然として言ひける、「何故ぞ!」

4:26 仲間の一人問いける、「ハンブン、それは信じていることや?」

4:27 ハンブンは嘲笑し、「信じざるなり。唯、賢き学者たちが長きにわたり、神を正当化するために編み出した理屈面白きのみなり。それにより、人々は真面目に生き、支配者は楽となるなり」

4:28 タケは納得しがたげに、「何と理不尽なる事ぞ!」と叫びける。

4:29 ハンブンはタケを見据へ言ひける、「タケよ、何時までその愚かな行為を続けるつもりぞ。無意味なる行ひに過ぎざるなり」

4:30 タケはなおも続けんとしたれど、ハンブンの言葉に従ひ、やがてその行為を止めたり。

4:31 その後、彼らは行動を共にし、暗き時代を生き抜きたり。然れど、彼の一団が国王軍に対し反乱を起こさんと企てしその時、運命は彼らに牙をむきぬ

4:32 タケを含む仲間たちは、勇敢に戦ひ抜きしが、一団は壊滅し、多くの者が命を落としけり。

4:33 唯一生き残りしは、タケただ一人なり。

5:1 風が激しく吹きつけし夜、タケは一人、廃墟となりし塔の上に立ち尽くしけり。

5:2 彼は静かに言ひける、「ああ、皆死に果てしや。あの激戦の中にて、ただ我一人が生き残りしとは…」

5:3 その時、かつての仲間の言葉脳裏をよぎりける。「タケ、汝が皆の中にて最初に命を落とすべし」と。

5:4 さらに別の仲間が言ひける、「その如き無茶を続けていては、長生きなどできぬぞ」と。

5:5 タケは嘆息し、塔を立ち去りけり。彼はあてもなく歩き続け、そしてある時、豪奢なる邸宅の前に辿り着きける。

5:6 邸宅の門の前に立ちし番人は、厳しく問い詰めける、「何用ぞ。この地はホドギャ様の邸宅にござ候。許し無くして立ち入ること許されざるなり」

5:7 タケは冷ややかに、「ホドギャとは誰なるぞ。そ奴が何者であれ、我には関係なし」と答へける。

5:8 そして、タケは躊躇することなく、番人を斬り伏せ、そのまま邸宅の中に入り込みける。

5:9 邸宅の主たるホドギャは、その状況を見て、家来たちに叫びける、「殺せ、殺せ!この侵入者を始末せよ!」

5:10 タケは冷静に、次々と襲ひかかる者たちを打ち倒し、

5:11 その後、邸宅の中の財宝を手に入れ、そして瞬く間に姿を消しける。

5:12 タケは独白しける、「若き頃、冒険の旅にては、怪物たちを相手に思ふ存分戦ひたり。国王軍との戦ひも同様なりし。彼らが人間であれ、怪物であれ、我には関係無き事。唯戦ひに身を投じること楽しきなり」

5:13 然れど、タケは寂しげに、「されど、一人で戦ふことには何の意味も無し。仲間たちが在りしゆゑ、戦ひも人生も楽しきなりし」と述べける。

5:14 その時、タケは自らの手の中に在る宝物を見つめ、そしてそれを地にばら撒きける。

5:15 彼は虚ろな目にて言ひける、「今、何もかも虚しきなり。仲間たちが無くば、我が生きる意味も無し」

5:16 彼はその場に座り込み孤独を感じつつ、過ぎ去りし日々を思ひ返しける。

6:1 翌朝、タケは再び立ち上がり、手にした宝物を見つめける。彼はこれを手放すことに決め、再び歩み出しける。

6:2 やがてタケは、国王軍の基地の前に立ち、つぶやきける、「最後は派手に行かむ。国王相手に死することで、あの世にて仲間たちに会ひ得るやも知れぬ」

6:3 彼はリンゴをかじりつつ、基地への攻撃を決意しける。

6:4 然れど、突如としてタケは腹痛に襲はれ、地に倒れ込みける。彼はリンゴを手放し、呻き声を上げける、「腹が…痛し…」

6:5 その時、近くを通りかかりし農夫がタケを見て、無事なるかと驚きて声をかけたり、

6:6 タケは弱々しく、「黙りけれ」と返しけれど、農夫は構はず近づききたり。

6:7 農夫はタケを見下ろし、そして近くに落ちし宝物に気付きける。「こ奴はすごきお宝なり!されど」

6:8 農夫はタケを車に乗せ、町へと向かひたり。

6:9 農夫は言ひける、「なに、心配するな。我が町には名医が居り。犬の便秘さへ治ししほどの腕前なり」

6:10 タケは苦しみつつ、「なぜ金を取って逃げざりしや?盗むべかりしものを…汝は一体、何処へ我を連れて行くぞ?」と尋ねける。

6:11 農夫は笑ひつつ答へける、「神の前にて、病人から金を盗みて逃げたりと言へたら、如何に良きか!然れど、神に会ひし時、その如き理由を聞かるるは困りしことなり」

6:12 タケはぼんやりと、「ああ、さうか…」と呟きける。

6:13 農夫は聖書を取り出し、タケに向かひて言ひける、「汝にはこれが必要なり。持ちいけ」

6:14 タケは驚きて言ひける、「何を言ふぞ?」

6:15 農夫は微笑みつつ、「汝よりも、我よりも、汝にこそ必要なるものなり」と言ひ、聖書をタケに渡しける。

7:1 その後、タケは幾度も国王軍の基地を襲撃せむと試みたりれど、天候や体調、あるいは人の干渉により、ことごとく阻まれたり。

7:2 タケはつひに自ら命を絶つことを決意し、木に縄を吊るし、その下に佇みたり。

7:3 彼は独り言の如く呟きける、「自らの首を吊る者の気持ちなど、今まで理解できざりしが、今ならば分かりぬ…」

7:4 然れど、タケは首を吊らむとしたその瞬間、崖の上より石が転がり落ち、木を折りきたり。

7:5 タケは驚きて息を飲み、咳き込みつつ呟きける、「何故、またしても我を阻むぞ…」

7:6 彼は倒れし木を見つめ、そして、かつて農夫より受け取りし聖書に手を伸ばしける。

7:7 タケは叫びける、「神よ、汝は真に存在するや?何故、我をこの世より解き放たざるぞ!」

7:8 彼は聖書を開きけれど、その中より何の答へも聞こえて来ざりき。

7:9 唯、頁をめくる音のみ響き渡りたり。

8:1 その時、タケの脳裏にハンブンの言葉蘇りける。「神は人を見守りつつも、助けを与へず。その者に応じた苦難を与ふるのみ」と。

8:2 また、農夫の言葉も浮かびたり。「あれは試練なりき。神は見守りたまへり」と。

8:3 タケは何かを悟りたる如く、「然り…さういふことか…」と呟きける。

8:4 彼は聖書を抱へつつ、しばし黙して考へ込むことありき。

8:5 タケは続けて言ひける、「再び会ふべからざりし仲間たちが、今ここに居る如き気がする…彼らと話すことができた如く思ひ候ふ」

8:6 タケはその後も聖書を読み続け、かつての仲間たちの教へを思ひ出さんと努めたり。

8:7 彼は植物に詳しき仲間のために、植物図鑑を手に入れ、学者たちの論文を読み漁りけり。

8:8 タケは言ひける、「皆、それぞれ何かに通じたりし。彼らと共に過ごせし日々を思ひ出すため、必死に関連するものを探し出し、読み耽りたり」

9:1 斯くして現在に至る。タケは老人となり、独り言の如く呟きける、「仲間たちに再び会ひたし。それのみが生きる希望なりきが、さうせざるほか無かりき」

9:2 然れど、タケは続けて言ひける、「されど、今や誰にも会ふことあたはず。記憶は薄れ、顔も思ひ出せず…夢にも出で来ず。誰一人として」

9:3 タケは嘆息し、「死して会ふことも、記憶の中にて会ふことも、もはや許されざるなり」と語りたり。

10:1 突如、老女がタケに銃を突きつけたり。彼女はかつて、タケにより恋人を殺されし者なりけり。

10:2 老女は冷たく言ひける、「我は今もなお、毎日思ひ出す。汝らに殺されし恋人のことを」

10:3 彼女は続けて言ひける、「顔の形も、息遣ひも、声も、昨日の如く覚え候ふ」

10:4 タケは静かに応じける、「確と行へ。我、抗ふことなし。この暗き人生を終らしめよ。」

10:5 老女は震へる手にて引き金を引きたりれど、銃は発砲されざりき。

10:6 タケは言ひける、「やはり、さうか…」

10:7 老女は驚愕し、タケを見つめたり。

10:8 タケは静かに語りける、「汝のみならず。常なり。我が一人になりてより、ずつとさうなりし」

10:9 タケは続けて言ひける、「我を殺さんとする者は、剣が鞘より抜けず、弓の弦が切れたり。すべてが阻まれたり」

10:10 彼は重々しく言ひける、「神はまだ我が人生を終はらせむ気なきや」

10:11 老女は絶望に打ちひしがれたり。

10:12 タケは締めくくる如く言ひける、「今もまた、汝の復讐よりも我への罰を選びたり。これが、神の思し召しなるか…」

2024-08-04

anond:20240803233453

当方競馬歴30年超。

角田大河がどうこうの前に「ターフは神聖場所から」と言い出すことに違和感がある。

たとえばホワイトワーカーの諸君自分オフィス伊集院光企画よろしくバイク失踪されてタイヤ跡をつけられたからといって「神聖職場が汚された!許せん!」といきり立つのか?むしろ原状復帰が入れば仕事休めてラッキーと思うような奴らばかりだろ。特にはてなの人々は。

ブルーワーカーの諸君個人邸宅を立てている敷地立小便されたとして「我々が立てる個人様の御宅の土地を汚された!許せん!」と拳を突き上げるのか?やらんだろ。

いわんや自分たちの職場でもない競馬をや。今までテキトースタンドから芝生をポンポンするおじいちゃんおばあちゃんを眺めている程度で、ここぞとばかりに神聖場所呼ばわりするのはさすがに草(芝生だけに)。

他の業種(スポーツ)でいえば、何となく甲子園とかだったら神聖場所な気もするけど、あれだって阪神主催試合ブルペンカーで荒らしまくっとるやん。

以上から、今回の事件でターフは神聖場所とか言い出してる奴らは相手にする必要ないと思うね。

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