はてなキーワード: 統治とは
いや、それ全部ズレてる。
EUやNATOの価値観は「ローマ由来」とか「欧米の伝統」だから強いんじゃない。
民主主義・人権・法の支配が「浅い歴史」だから弱い、なんて発想自体が間違い。
・失敗と修正を何百年も繰り返してきた
この“実績”があるから。
歴史が長い=優れている、じゃない。
で、「欧米かぶれが嫌い」「リベラルが嫌い」って感情は勝手だけど、
でも「仲良くする」と「共同体を作る」は別物。
答えは全部NOだろ。
あと一番致命的なのは、
それ、結局お前が一番バカにしてる
提示された文章は、特定の個人を指すというよりは、「あらゆる組織や国家に現れる、ある種の統治の失敗パターン」を抽象化したものです。
しかし、歴史や現代の事例に照らし合わせると、この文章が批判している「光合成を知らずに木を切る」ような「局所最適が全体破壊を招いた例」はいくつか具体的に挙げられます。
以下の事例は、まさにこの文章が言う「無知と権力の結合」の典型例と言えます。
この文章にある通り、彼らに共通するのは「想定外」という言葉です。
1. フィードバックの欠如: 権力が強すぎて、周囲が「それはマズいですよ」と言えなくなる。
2. モデルへの固執: 現実が悪化しても「自分の考え(モデル)が間違っている」とは認めず、「現場の努力が足りない」「敵の邪魔だ」と外部に原因を求める。
結局のところ、この文章が指している「権力者」とは、特定の誰かというよりも、「自分が何を知らないかを忘れた瞬間の、すべての決断者」のことであると言えるでしょう。
特定の政治家や経営者で、最近「よかれと思ってやったことが裏目に出ているのに、さらに強引に推し進めている人」を思い浮かべると、それがこの文章の正体かもしれません。
こうした「無知な権力者」を生まないために、社会や組織にはどのような「ブレーキ(検閲やフィードバック機能)」が必要だと思いますか?
プロイセンの軍事思想家カール・フォン・クラウゼビッツは、こう記した。「戦争とは、他の手段をもってする政治の継続にすぎない」。クラウゼビッツの死後、1832年に出版された著作「戦争論」から、ほぼ全ての陸軍将校が学ぶ一節があるとすれば、それは、武力紛争の目的を定義したこの言葉である。
1月3日朝、米軍がベネズエラを攻撃し、独裁者ニコラス・マドゥロ氏を拘束して米国に連行し刑事訴追するというニュースを耳にした時、真っ先に頭に浮かんだのが、この言葉だった。
理由は単純だ。ベネズエラへの攻撃は、19世紀の世界秩序が崩壊する前、2度の壊滅的な世界大戦が起こる前、そして米国がまさに実行したような国家の行動を阻止するために設計された国際法と外交体制が生まれる前の、異なる時代を想起させるからだ。
あらゆる国家が決定すべき最も重要な課題の一つは、いつ、そしてどのように、戦争を遂行するかである。ちなみに、クラウゼビッツを道徳観念のない戦争推進者と見なすのは誤りだ。彼はこの概念を発明したわけではなく、当時の世界を描写したに過ぎない。彼の言葉は、人類史の大半において主権国家が戦争をどのように捉えてきたのかを端的に説明している。
強国が「戦争は政策の延長に過ぎない」という原則のもとで行動する時には、マフィアのボスのような振る舞いに陥りやすい。弱い国とのあらゆる相互作用には何らかの形で武力の脅威が伴うことになる。素敵な国ですね。もし何か起きたら残念ですね、という具合に。
これは空想ではない。トランプ米大統領はアトランティック誌との電話でのやりとりで、マドゥロ氏の副大統領を務めたベネズエラの新たな指導者デルシー・ロドリゲス氏を脅した。「彼女が正しいことをしなければ非常に大きな代償を払うことになるだろう。おそらくマドゥロよりも大きな代償だ」と述べた。
外交と経済的圧力は、依然としてほとんどの場合、強国がとる最初の手段である。しかし、意図した成果を上げられなかった場合に次に何が起こるかは、ベネズエラでの米国の攻撃の映像を見ればわかるだろう。
しかし、クラウゼビッツ的な見方は、国家とその指導者たちにとって唯一の選択肢というわけではない。国際関係にはより優れたモデルが存在する。それは悪の存在と国家の利益という現実を認めつつ、平和と人命を守るための境界線を引くものだ。
人類はクラウゼビッツとアクィナスの間を揺れ動いてきたのだと、筆者は分析します。歴史を振り返りつつ、今回の米トランプ政権のベネズエラ攻撃をどう読み解くのか。「戦争は政治の延長」の先にある世界とは……。
13世紀に書かれた「神学大全」でアクィナスは、後に「正戦論」として知られる三つの基本要件を提示した。
第一に、戦争は主権者の合法的な行使によって遂行されなければならず、野心的な個人の私的な冒険主義によってはならない。
第二に、戦争は正当な大義に基づかなければならない。例えば、国家の自衛や集団的自衛は明らかに正当である。
第三に、正当な目的、すなわち善を推進し、悪を回避しなければならない。
戦争の形態の変遷を考える一つの方法は、人類がクラウゼビッツとアクィナスの間で揺れ動いていると捉えることだ。強い国は弱い国に自らの望みを押し付け、やがては強国が互いに押し付け合おうとする。必然的に大惨事が起き、アクィナスに立ち返る。
この揺れ動きの結果は、実際に歴史の長い流れの中で確認できる。紛争による世界の死者数を分析すると、戦争は常に存在するものの、その激しさは強弱を繰り返していることがわかる。極度の苦痛と死の時代は、比較的平穏な時代を経て、再び恐怖の時代へと続く。
第1次世界大戦以降の歴史を考えてみよう。塹壕(ざんごう)戦での絶え間ない殺戮(さつりく)の後、世界は侵略戦争を禁止し、平和を維持するための国際機関である国際連盟を設立しようとした。
国際連盟は、米国が加盟を拒否したことも一因となって失敗に終わり、さらに恐ろしい世界大戦を経て、今度は米国主導のもとで世界は再び試みた。
アクィナスの思想は国連憲章の随所に反映されている。憲章第2条は侵略戦争を禁止し、51条は大国を抑制するための個別的・集団的自衛権を認めている。そして第5章は平和維持のために安全保障理事会という機関を設立した。
この体制が完璧だとは誰も言わないだろう。だが、第2次世界大戦後も侵略戦争が起きる中で、この体制は主要な目的を達成してきた。世界は大戦を免れてきたのだ。
ただ、アクィナスのモデルは、二つの敵と戦わなくてはならない。権力への願望と記憶の風化だ。正戦論は、強者の自制を求めている。大国に自らの願望を押し付けることを控えさせ、短期的な国益より、国際平和と正義という長期的な目標を優先させることさえ求める。
ここで記憶の風化が作用する。人々が世界大戦を記憶している間は、自制はより説得力を持つ。国連とNATO(北大西洋条約機構)をつくった人々は、2度の戦争を経験していた。その意味で、侵略戦争に対する道徳的議論は、現実的な意義を持つ。
世界は、力への願望が国際情勢を支配する結果を目の当たりにしてきた。指導者たちは、最も壊滅的な紛争がごくささいなきっかけから始まることを知っているし、知るべきである。
例えば、1914年にガブリロ・プリンツィプがサラエボでフランツ・フェルディナント大公を狙撃し、オーストリア・ハンガリー帝国が小国セルビアに軍を動員した時、1600万人以上が命を落とす戦争になることを、いったいどれほどの世界の指導者たちが察知していただろうか?
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サラエボで起きたオーストリア・ハンガリー帝国のフランツ・フェルディナント大公と妻の暗殺事件を報じる朝日新聞紙面(1914年7月30日付)
記憶が薄れるにつれ、クラウゼビッツのモデルはより魅力的に映る。その一因は、まさにベネズエラで起きたように、即効性のある結果をもたらし得るからだ。
とはいえ、トランプ氏のベネズエラ介入に激しく反対する人々でさえ、マドゥロ氏の支配を美化すべきではない。彼は腐敗した暴力的な独裁者であり、国民を抑圧し、貧困に陥れた。
経済指標がその実態を物語っている。マドゥロ政権が発足する前年の2012年、ベネズエラの国内総生産(GDP)は3720億ドルを超えていた。それが、2024年には1200億ドル弱にまで急落した。壊滅的な崩壊だ。
マドゥロ氏が権力を維持できたのは、民主主義を無視したからに他ならない。選挙監視員たちによると、2024年の選挙で、3期目をめざしたマドゥロ氏は30ポイント以上の差で負けていたとされる。対立候補のエドムンド・ゴンサレス氏は65%を超える票を獲得し、マドゥロ氏はわずか30%強だった。しかし公式集計ではマドゥロ氏の勝利が宣言された。
ただ、GDPの数値や得票数だけでは、マドゥロ政権が人々にもたらした苦難を語るには不十分だ。2014年以降、貧困や汚職、抑圧から逃れるために約800万人のベネズエラ人が国外へ脱出した。これはマドゥロ氏が大統領に就く以前の人口の4分の1以上に相当する。
トランプ政権は、マドゥロ氏を権力の座から追放することが米国の国益に最もかなうとの判断を下し、議会の承認を得ることなく、完全に独自行動をとった。
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米フロリダ州で2026年1月3日、記者会見に臨む米国のトランプ大統領。後ろにいるのはルビオ国務長官=AP
第一に、トランプ氏は、米国法の要件を無視し、一方的に行動した。議会と協議せず、宣戦布告も取り付けなかった。彼は、ただ自らの権限だけで、主権国家を攻撃したのだ。
マルコ・ルビオ国務長官は、政権の行動は戦争行為ではなく、「法執行活動」であり、国防総省は容疑者を逮捕する公務員たちを守っていたにすぎないと主張している。
この弁明は笑えるほどにお粗末だ。この理屈では、大統領は敵対する指導者を起訴し、指導者の逮捕に必要な大規模な軍事力は単に法執行を保護しているだけだと主張することで、事実上あらゆる戦争を法執行活動に変えることができる。これは議論ではない。言い訳だ。
第二に、トランプ氏は開戦事由も、国際法や国連憲章が認める正当な理由もなしに攻撃を仕掛けた。ハーバード大教授で、ブッシュ政権(子)下で司法省法律顧問局次官を務めたジャック・ゴールドスミス氏が指摘したように、(国連)憲章の命令を執行する明確な方法がないとしても、この攻撃は明らかに憲章に違反している。
第三に、独裁者を権力の座から追放することは正当な目的になりうるかもしれないが、民主的に選出された野党指導者を無視するというトランプ氏の決定は、非常に問題である(編集部注:トランプ氏は15日にベネズエラの野党指導者マリア・コリナ・マチャド氏と会談した。)。腐敗した政権の残党が、米国企業の石油取引交渉の要求に従い、依然として国を統治していることは、自由と民主主義を犠牲にして腐敗と抑圧を永続させる危険性がある。
これらは何も新しいことではない。歴史家のニーアル・ファーガソン氏は、トランプ氏のベネズエラへの攻撃は、第1次世界大戦の惨事以前の時代の政治と外交の復活という、より大きな全体像の一部であると述べている。
19世紀後半の南北戦争後に米経済が急発展した金ぴか時代の砲艦外交は、米国が中南米を支配していたことを確かに意味していた。それは、この地域に植民地に似た現実を押し付けた。各国は少なくともある程度の米国の監視の下で発展し、主権は米国が認める範囲にとどまった。
トランプ氏のベネズエラ攻撃もまた、何もないところから出てきたわけではない。昨年12月、政権は国家安全保障戦略の文書を発表し、西半球を最優先に位置づけた。
この文書はアジア、欧州、中東に先立って米州を扱い、「西半球における米国の優位を回復するため、モンロー主義を再確認し実施する」と宣言した。
大統領はすでに、19世紀の米国外交政策を復活させる自らの政策に「ドンロー主義」という名を付けている。
トランプ氏はドンロー主義を熱心に推し進めている。カナダとメキシコに対して経済戦争を仕掛け、カナダは米国の51番目の州になるべきだと発言した。NATOの同盟国であるデンマークの主権領土の一部であるグリーンランドにも野心を抱いている。
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デンマークのコペンハーゲンの米国大使館前で2026年1月14日、グリーンランドはグリーンランド人のものだと抗議する人々=ロイター
ここで再び、影響圏による世界支配と、「政策の延長としての戦争」という非道徳的アプローチの致命的な欠陥に直面する。小国は強国に支配されることを望まず、強国はライバルの台頭を望まない。故に同盟を結ぶ。1914年、セルビアにはロシアが、ベルギーには英国がいた。1939年にはポーランドにフランスと英国が味方した。
なぜ南米諸国が他国との緊密な関係を求めるのか、米国人が疑問に思うのならば、むしろ彼らと米国との歴史的経緯や、南米の人々がモンロー主義の攻撃的復活をどう捉えているかを問うべきだろう。
一つは、トランプ氏がベネズエラ介入で先例をつくったというものだ。ロシア、中国、イランといった国々は、自らの勢力圏でその先例に従おうと躍起になるだろうし、我々が取ったのと同じ手法を敵対国が自らの勢力圏で取っても、我々に異議を唱える資格はなくなる、というものだ。
しかし、ウラジーミル・プーチン氏のロシア、習近平氏の中国、革命体制のイランは、正戦論や道徳的議論などみじんも気にかけたことがない。彼らがある程度抑制されているのは、抑止力によるものであり、もし抑止力が失敗すれば、純粋な軍事力による。
もう一つの議論は、正戦論が決して全会一致で受け入れられることはないことを認めるものだ。国連憲章が往々にして実践的というより理想論的なものにならざるを得ない運命にあることを認識するものだ。
この議論は、世界秩序の存続が強国に依存するわけではないが、米国という最大の強国には依存していることを認識している。言い換えれば、我々の国がアクィナスに傾倒していることが、クラウゼビッツを遠ざけているのだ。
安全保障理事会の常任理事国5カ国のうち、米国・英国・フランスの3カ国だけが国連憲章と国際法に従う状況で、我々はかろうじて世界秩序を維持している。しかし、もし米国がロシアや中国と同様の武力紛争や国際関係へのアプローチを採用すれば、西側の戦後コンセンサスは完全に崩壊する。
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ベネズエラの首都カラカスで2026年1月6日、3日前に米軍に拘束されたマドゥロ大統領の解放を求めるデモのそばに「トランプ:殺人者 誘拐犯」などと書かれた落書きがあった=AP
「アメリカ第一主義」は必ずしも孤立主義ではない。主権国家の指導者を逮捕し、その国を「運営する」と宣言することに孤立主義的な要素はない。だが、それは短絡的で、正義と平和を犠牲に、国家権力の高揚感を追い求めている。
トランプ氏がいま、まさにその高揚感に浸っているのは明らかだ。1月4日の夜、米NBCは、トランプ氏が依然として「我々はベネズエラを運営していく」と発言していると報じた。トランプ氏は「彼らが従わなければ、第2の打撃を加える」と付け加えた。
トランプ氏が考えていたのはベネズエラだけではない。「コロンビアも非常に病んでいる」、キューバは「崩壊しつつある」と彼は述べた。さらにイランが抗議デモ Permalink | 記事への反応(1) | 23:06
2026年1月、アメリカの分断は新たな局面を迎えました。治安維持の名の下に行われる強硬な取り締まり(ICE)と、それによって失われる市民の命や尊厳。かつての歴史を想起させるような不穏なシンボルが公然と現れ、人種を超えた連帯による「抵抗」が始まっています。
はい、このような事件が発生したという報道があります。2026年1月7日、ミネアポリスでICE(移民税関捜査局)のエージェントが37歳の白人米国市民女性、Renee Nicole Goodを射殺しました。彼女は武装しておらず、車内で撃たれたとされ、事件は全国的な抗議を引き起こしました。トランプ政権は彼女を「国内テロリスト」と呼んでいますが、ビデオ分析では自衛射撃の主張に疑問が呈されています。Goodは3人の子供の母親で、詩人でした。
* * 白人青年が片目を奪われ (White youth lost one eye)
はい、確認された事件があります。2026年1月9日、カリフォルニア州サンタアナでの反ICEデモで、21歳の白人抗議者Kaden Rummlerが国土安全保障省(DHS)のエージェントから非致死性弾丸を至近距離で撃たれ、左目を永久に失いました。彼は手術を受け、頭蓋骨骨折も負いました。家族によると、エージェントは彼を嘲笑したそうです。
* 黒人の赤ちゃんがいったんは呼吸を止められ (Black baby temporarily stopped breathing)
はい、このような出来事が報じられています。2026年1月15日、ミネアポリスでICEエージェントが抗議現場で催涙ガスと閃光弾を使用し、6人の子供(うち生後6ヶ月の黒人赤ちゃん)が乗った車に影響を与えました。赤ちゃんは一時的に呼吸停止し、母親がCPRを行い、病院に搬送されました。家族はバスケットボールの試合帰りで、巻き込まれたと主張しています。
* 先住民が拘束されて行方不明 (Indigenous people detained and missing)
はい、関連するニュースがあります。2026年1月、ミネアポリスでオグララ・スー族の4人の部族員がICEに拘束されました。1人は釈放されましたが、残り3人はフォート・スネリングのICE施設に拘束されており、部族指導者は「行方不明」として釈放を要求しています。彼らはホームレスで、米国民です。また、他の先住民も誤認拘束の報告があります。
* * 拘束された移民は収容所で官憲に首を絞められて死亡 (Detained immigrant died by being strangled in detention)
はい、こうした事件が確認されています。2026年1月3日、テキサス州のICE収容所で55歳のキューバ移民Geraldo Lunas Camposが死亡。目撃者によると、ガードに首を絞められ、窒息死しました。検死官は殺人(首と胸の圧迫による窒息)と認定する見込みで、ICEは自殺未遂と主張していますが、矛盾が指摘されています。
* * 国境警備隊のトップがナチスを模した格好で現れ (Border patrol top appeared in Nazi-like attire)
はい、このような報道があります。国境警備隊のチーフ、Gregory Bovinoがミネアポリスでカスタムトレンチコートを着用し、ナチス風の服装として批判されました。ソーシャルメディアで「ナチス・コスプレ」と呼ばれ、Gavin Newsom知事もファシズムの象徴と指摘。DHSのプロモビデオでも同様のイメージが使われました。
* * ICEの求人広告にナチス賛歌が使われている (ICE job ads use Nazi anthems)
はい、確認された事例があります。DHS/ICEの求人広告で、白人至上主義やナチス関連の歌詞やスローガンを使用。例えば「We’ll Have Our Home Again」(白人ナショナリストの賛歌)や「One Homeland. One People. One Heritage」(ナチススローガンに似る)が使われ、批判を浴びました。これらはリクルートポストに含まれており、白人至上主義者を引きつけるプロパガンダと見なされています。
* * あのブラックパンサーが人種民族を超えた「戦争」を語る (Black Panther talks about “war” beyond race and ethnicity)
はい、関連する動きがあります。2026年にBlack Panther Party for Self-Defenseが復活し、フィラデルフィアやミネアポリスでの抗議で武装して現れ、ICEの暴力に対する抵抗を宣言。人種を超えた抑圧された人々との連帯を強調し、「国際主義」を掲げています。これは「戦争」としての闘争を意味し、トランプ政権への対抗として位置づけられています
2020年のBLM(Black Lives Matter)運動と、現在(2026年1月)の状況を比較すると、国家運営の根幹を揺るがす「危機の質と深さ」において、2026年の現在の方がより深刻かつ危険な局面にあると言わざるを得ません。
| 比較項目 | 2020年:BLM運動 | 2026年:現在(ICE/連邦政府の暴走) |
| --- | --- | --- |
| 主な対象 | 地方警察の暴力と組織的人種差別 | **連邦政府機関(ICE/DHS)**による市民への暴力 |
| 犠牲者の属性 | 主に黒人コミュニティ | 白人市民、子供、先住民、移民など全方位 |
| 権力の正当性 | 地方警察の改革が論点 | 連邦憲法と市民権の保護が崩壊の危機 |
| イデオロギー | 正義と平等の要求 | 国家による極右・ナショナリズムの公然とした採用 |
| 抵抗の形態 | 大規模デモ、制度改革の要求 | 武装組織の復活、連邦対地方自治体の対立 |
以下の3つの理由から、現在の状況は2020年よりも国家の存続において危機的です。
2020年の悲劇(ジョージ・フロイド氏の事件など)は主に地方警察によるものでした。しかし、2026年の事例(Renee Nicole Goodさんの射殺など)は、連邦政府直轄の機関(ICE)が、米国市民に対して致命的な武力を行使している点が決定的に異なります。
これは「国家が自国民を保護する」という社会契約が連邦レベルで破綻していることを意味し、憲法秩序の崩壊に直結します。
現在、ICEや国土安全保障省(DHS)の求人やトップの言動に、ナチスを想起させるスローガンや白人至上主義的なシンボルが使われていると報じられています。
2020年は「制度の中にある差別」が問題でしたが、2026年は**「政府そのものが排他的イデオロギーをアイデンティティとしている」**状況です。これは民主主義国家としての運営能力を内側から破壊しています。
2020年はデモと政治的圧力が中心でしたが、現在はブラックパンサーのような組織が「戦争」という言葉を使い、武装して抵抗を呼びかけています。
また、ミネアポリスやカリフォルニアなどの自治体・州政府が、連邦政府の活動に対して法的に、あるいは物理的に対立する姿勢を強めており、「第2の南北戦争」や「連邦解体」の現実味が2020年当時よりも遥かに高まっています。
2020年は「社会の歪みを正すための痛み(改革)」の側面がありましたが、2026年の現在は**「国家のシステム自体が市民を敵と見なし、物理的に排除し始めている」**という、統治機能の末期的症状を呈しています。
何でこれで正義のためだとみんな信じてるの?
• 内容:農地国有化が米企業利益を脅かしたため、政権を転覆。
• 資源:銅
• 内容:クウェート侵攻を口実に空爆、湾岸の石油秩序を維持。
• 内容:空爆を含む軍事介入で政権崩壊、石油権益構造が変化。
• 内容:制裁と政権不安定化工作で資源支配を狙う(未成功)。
介入の口実が嘘だとバレたものw
• 嘘の内容:大量破壊兵器(化学・生物・核)を保有し、使用の差し迫った脅威がある。
• 嘘の内容:イラク軍がクウェートで新生児を保育器から引きずり出して殺害したという証言(後に捏造と判明)。
• 嘘の内容:カダフィ政権が民衆を大規模虐殺する差し迫った計画があるという主張(事後検証で誇張・未確認と評価)。
• 嘘の内容:特定の空爆が化学兵器使用への即時対応であり、確定的証拠があるという主張(証拠の不十分さが国際的に指摘)。
• 独裁の内容:秘密警察(SAVAK)による反体制派の監視・拷問、議会の形骸化、言論統制。
• 独裁の内容:土地改革の撤回、反政府勢力の大量逮捕、労働組合・左派政党の禁止。
• 独裁の内容:一党独裁体制、反対派の処刑・追放、国家資源の私物化(汚職体制)。
• 独裁の内容:議会停止、軍事政権による統治、反体制派の失踪・拷問・処刑。
• 独裁者:ゴ・ディン・ジエム
そこに住んでいる旧中国人民は要らないんだよ。
あの島をどこかの国に渡すわけにはいかない、
あの島が地政学的に重要というだけで、統治するつもりは全く無い。
一つの中国なんてのは表面上の事だけであって、
腹の中では島民皆殺しさえ考えてるだろ。
歴史的正当性というなら、中華民国が台湾島を支配するのと同じくらいの正当性はあるでしょ。
もしかしてサンフランシスコ講和条約で台湾島は無主の島になって、早い者勝ちだったと思ってる?
でも台湾島は清国の領土だったからterra nulliusでは無い。だからこそ、清国の後継国家を自称する2国(中華民国と中華人民共和国)がどっちもanimus occupandiを表明してるのよ。
台湾における、原住民・内省人・外省人の対立も知らんのでしょ?
中華民国=外省人は、サンフランシスコ講和条約時点での台湾人の代表ではない。
歴史的正当性とか言わずに、現時点での台湾人の意思という話なら理解するよ。北方領土のロシア人だって北方領土はロシアだと思ってるもんね。
被治者が統治者に従属したがってるかどうかって、統治者の夢かどうかと関係ないでしょ。
侵略された側の意にそぐわないとしても、それと国際法的な正当性はあんま関係無いし、まして侵略者の夢かどうかといったら嫌がる奴を支配する方が夢っぽいじゃん。
被治者が嫌がってるかどうかの話、たぶんアメリカ人の4割くらい(民主党支持者)はトランプに統治されるの嫌がってるけど、でもそれトランプ政権の正当性に関係無いよね。
台湾占領がコスパ悪いって主張なんだとしたら、中共の市場経済と自由主義諸国の市場経済って今はもう互換性が高いから、武装解除しちゃえばそこまで高コストじゃないし(例:香港)、台湾は島だけでなくシーレーンや太平洋への出口としてのパフォーマンスもある。
あと、歴史上の正当性が無いって、一体何を根拠にそんなこと言ってるの?漢王朝の後、三国時代を挟んで晋が中国を支配したのは正統性あると思う?
なんかさ、中華人民共和国が台湾島を支配しようとすることが気に食わないし台湾島住民の意思にも反してるっていう話と、それが国際法上認められるかって話と、それが中華人民共和国にとって利益になるかっていう話を混同してるよね。
まず前提としてはっきりさせておきたいのは、台湾が生まれるきっかけになった当時の中華民国と今の中華人民共和国は別の国だということだ。
毛沢東率いる共産党と、蒋介石率いる国民党が内戦を起こし、蒋介石が敗れて台湾に逃れた。その後、毛沢東は中国本土で中華人民共和国を建国した。
つまり台湾の問題は、現代中国の話というより、中華民国という別国家の内戦の後の結果論でしかない。
それなのに中国は台湾統合を「悲願」みたいに語る。でも冷静に考えると、実利も大義もほとんどない。
台湾は民主主義で長年生きてきた社会で、価値観も思想も共産主義の中国とはまるで違う。世界を知っていて、自由を前提に物事を考える人間を、共産主義国家が大量に抱え込むことになる。
正直に言えば、統合後の運用を考えると、中国にとって台湾住民は「扱いづらすぎる存在」になる。
だから極論を言えば、住民をそのまま抱え込むより、住民を皆殺しにして排除したほうが管理は容易になる、という発想が出てきてもおかしくないレベルで、台湾統合後の統治は高難易度だ。
結局、台湾統合という夢は、国家としての合理的判断というより、毛沢東が蒋介石を殺しきれなかったという歴史的な悔恨を、理念として引きずっているだけに見える。
ネットでは「日本は軽すぎる」とか「それが違法な欧米は異常」ってよく言ってる人いるよね
ずっと「あーね、宗教だろ?」って思ってたけど、AIをずっと議論して宗教じゃないっぽいと言う結論になった
つまり女性の権利や子供の権利が原因(例:子供の権利条約が1989年)
その前の性犯罪とかはどういう立ち位置だったかと言えば、あくまで男社会を上手く回すためであり、社会秩序維持の役割だった
そして後者は一部の国ではまだ健在で、その場合考え方がかなり違うので主張を聞くと違和感が出る(現代日本人は染まっている)
じゃあ何で欧米は人権意識・同意主義が強く先行したのか、といえば「多民族国家だから」とのこと、今のポリコレが強いのと同じ話だ、弱者が属性を作って主張するみたいな風潮があるからこそこうなっている
「中身は世俗的・統治理論的なのに、その思想を唯一の正義として海外に広めようとする動きはキリスト教的行動」なんだよね
結果、日本や韓国や東南アジアや南米なんかには強く影響を与えた、欧米主義のグループだね
これは当然「多民族国家」ではないから「人権意識・合意主義が弱い」から「厳罰化しづらい」と言う流れ
(特に性犯罪って元々妥当な量刑ってないんだよね、長い歴史で見ると重かったり軽かったりする)
これは「国を統制しなきゃならない」というモチベーションが強いと考えられる、人口が多いから
つまり
欧米:多民族国家 → 人権意識・同意主義 → 法律で強い統制 → 厳罰化
日本等:ほぼ単一民族、人口は中くらい → 法律で強い統制しなくてよい → 非厳罰化
例えば家族や会社に責任の一端を担わせてるとか、空気や恥の文化で社会を維持しているわけだ(今後それは薄まるだろうけど)
ついでに調べたけど
驚くかもしれないが、アメリカでさえ犯罪件数は1990年代をピークに減少している
でもSNSやYoutubeを見ると「アメリカヤバい」が大量に出てくるだろ?あれはアメリカ国内でも起きていて、体感治安はずっと悪化している
「アメリカでも昔は子供が一人で外を歩けた」のは、治安が良かったからじゃなくて体感治安が悪くなかったからでしかない
これは日本でもそう、慈済に治安が悪かったのは2010年代くらいで、そこからビックリするくらい安全になってるのに、体感治安はずっと悪化している
そこで、厳罰化は体感治安に依存するのか、実際の治安に依存するのか調べたら、結構研究があるらしく
らしく、バランスが取れているとのこと
ただし、今の時代に法律が逆行するとは考えづらいので、バズる事件が増えるたびにちょっとずつ厳しくなるらしい
あと、厳罰化を求める声は特に増えているわけじゃなく、SNSで可視化されてるだけというのも留意が必要
結局私らって実態を見ていないんだよね、SNSという幻想しか見ていない
これ、なんか「日本が遅れていて最近ようやく国際標準に追いついた」みたいな認識がある人が居ると思うけど
「不同意」が世界的に盛り上がったのはせいぜい2010年代あたりかららしい
つまりここ20年でも「人権意識・合意主義」がじわじわと進んでいったことになる
相変わらず性犯罪の立ち位置は「社会秩序維持の役割」らしいので
現代日本人は、キリスト教は浸透しなかったが「人権教」はかなり浸透したんだと思う
その是非は問わないが、
「日本は人権教が浸透してるが濃度は薄い。欧米はその濃度が濃い。日本より薄い国もある」と理解するだけで色んな違和感が説明できて良いなと思った。
この人権というシステムはあくまで国家統制・国会維持・治安維持に使われているわけで
というわけで、「日本は犯罪者に甘い!(量刑だけ見て)」というネットの声はいつまでも残り続けるだろうね
知らんけど
そう言えば、少子化を語る時にさ
「女性が社会進出したからだ(女性に人権を与えたからだ)」って主張する人はいるけど
「子供に人権を与えたからだ」なんていう人は少ないよね、これ実際正論なのに
たぶん気づいてすらいない感じなのが面白くない?
イラン情勢は今、大きな転換点に差しかかっている。長年、イスラム法学者による統治体制を維持してきたイランだが、経済危機、若年層の不満、女性の権利をめぐる国際的批判、そして外交的孤立の中で、国内外において政権変革の可能性が現実味を帯びてきている。
特に注目されるのは、ハメネイ師に象徴される神権統治への不満が高まる中で、パフラヴィー朝の復権を望む声が多くの市民の間で顕著になっているという点である。かつての王政期に対する再評価の動きが、都市部を中心に広がりつつある。
現在のイランの若年層は、1979年の革命を直接経験しておらず、彼らの政治的関心は宗教的正統性よりも経済、生活の自由、そして国際社会との接続に向いている。特に近年は、王政時代の近代化政策や西側との連携に対し「過去の遺産」としての見直しが進んでいる。
元皇太子レザー・パフラヴィー氏の発信もその流れを後押ししており、王政の復権は一部の懐古的願望ではなく、現実的な選択肢として支持を広げている。
■ 2025年6月22日――核施設への攻撃が示した体制の危機
特に注目されたのは、2025年6月22日に米軍がイラン中部のナタンズ、イスファハン、そして地下型のフォルドゥ核施設への軍事攻撃を実施した事件である。いずれもウラン濃縮に関連する重要拠点であり、これらへの攻撃は、イランの核開発計画に対する国際社会の不信と、外交的対話の断絶がもたらした深刻な帰結だ。
この事案を受けて、イラン国内でも「なぜここまでエスカレートしたのか」という疑問と批判の声が高まりを見せている。特に重要なのは、核開発そのものが市民レベルで十分な説明や支持を得ていないことである。国民の多くは、日々の生活の安定や国際的孤立からの脱却を求めており、軍事的誇示よりも経済的再生を優先すべきだという意見が主流になりつつある。
仮にパフラヴィー家を中心とする穏健的な体制が再建され、西側諸国との協調路線を採用するようになれば、これは中東地域全体におけるバランスの再構築に資する可能性がある。
イランは地政学的にイラク、シリア、アフガニスタン、カスピ海、ペルシャ湾と接しており、これまで多くの紛争や代理戦争の舞台となってきた。もし今後、現体制に代わって外交的対話と協調を重視する政権が登場すれば、地域的緊張の緩和に繋がるという見方は、欧米諸国の政策専門家の間でも広がっている。
特にアメリカにとっては、長年対立してきた強硬政権が転換され、国際秩序と経済ネットワークに再統合されるパートナーが出現することは、戦略的にも経済的にも大きなメリットとなる。
イランは人口規模、資源、地理的条件において高い潜在力を秘めているが、それを十分に活かせていないのが現状だ。もし穏健かつ開かれた体制が誕生し、対外的な信頼を回復すれば、日本、EU、米国など多国籍企業の進出が進み、国内雇用・インフラ・教育など多方面において恩恵が期待される。
専門家の中には、イランが「かつての満洲国や西ドイツのように、国際支援と自主再建が両立するモデル」になる可能性もあると見る声もある。
レザー・パフラヴィー氏が提唱するのは、専制的な王政ではなく、立憲君主制あるいは象徴的君主制という形である。欧州諸国におけるモデルのように、政治は民意に基づく選挙で行われつつ、王室が文化的・歴史的な象徴として国民の統合を促すという提案は、イランの分断された社会において新たな一体感をもたらす可能性を秘めている。
パフラヴィー王政の復活は、単なる過去への回帰ではなく、現実的な改革と安定を求める民意の現れとして捉えられつつある。現体制の硬直性と対外的孤立に対し、開かれた統治と国際協調を目指す新しいビジョンが求められている。
6月22日の核施設への攻撃は、対立構造が限界を迎えつつあることを示した。その先にある可能性として、より穏健で国際社会と歩調を合わせた新体制への移行は、今後のイランと中東全体の安定に大きく貢献しうる道筋として、静かに注目を集めている。
イランにおける政体転換の議論において、外交・安保関係者の間で密かに参照されているのが、20世紀前半に東アジアで形成された「満洲国モデル」である。これは、当時の混乱した地域において、伝統的権威(清朝の愛新覚羅溥儀)と近代国家システム、さらに外部支援国との戦略的連携を融合させた構造として一部で再評価されている。
このモデルの鍵は、「国家としての体裁と正統性を維持しながら、安定と発展のために国際的枠組みに参加する」という柔軟なガバナンス設計にある。イランにおいても、パフラヴィー朝という王政の歴史的正統性を形式的に保持しつつ、現実的な政策運営は西側諸国、とりわけ米国や同盟国との連携によって支える体制は、構造的に高い安定性を持ちうる。
このような形式の政権は、国内外に対して「過激でもなく、弱体でもない穏健な秩序」を印象づけることが可能であり、実際にイスラエル、サウジアラビア、UAEなどとの関係再構築が期待される。また、シリアやイラクの分断的状況に対しても、イランという地域大国が非宗教的・非イデオロギー的路線を採ることは、域内バランスの再設計にとって極めて有益である。
さらに、中央アジアや南コーカサスの不安定要素を抑止する役割も担える。つまり、満洲国モデルに基づくパフラヴィー朝政権は、実質的に「中東の安定化装置」として機能し得るのである。
この種の構造がアメリカ合衆国にとって有利であることは、軍事・経済・地政学のいずれの観点からも明らかだ。
軍事的には、イラン領内において極端な反米・反イスラエル拠点が排除され、戦略上の不確実性が大幅に低下する。湾岸地域に展開する米軍の兵站・展開計画にも柔軟性が生まれる。
経済的には、イランの石油・天然ガス資源が制裁を経ずに国際市場に流通するようになれば、エネルギー価格の安定化に寄与するだけでなく、国際資本による開発プロジェクト(特にアメリカ系企業)への直接参入が可能となる。
政治的には、中東の民主主義と安定の「模範国家」として、新しい価値観の枠組みを示す象徴的存在となり、他の不安定国に対するソフトパワーの投射にもなる。
加えて、王政という形式は、欧米の共和制価値とは一見異質ながら、政治的流動性を低下させる「安全弁」として作用しやすい。これは満洲国でも観察された事実であり、権威の安定と実務的運営の分離という政治的バランスの設計思想として、再評価に値する。
いい加減、綺麗事を言うのはやめよう。
マネジメントで悩んでいる全てのまともな人間に、逃げ場のない真実を提示する。
お前らが苦しんでいるのは、目の前のバカを自分と同じ人間だと思っているからだ。
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目の前の1個を我慢すれば、15分後に2個もらえる。この自制心が人生のすべてを決めるのである。
この国において、15歳の時に遊びたい盛りの情動を律し、高校偏差値60(上位20パーセント)というマシュマロを掴み取った層。彼らだけが、未来をシミュレーションし、現在の自分を投資に回せるヒトOSを搭載している。
地頭の問題か、あるいは大人は嘘をつくという生育環境のせいで、彼らは今、この目の前の快楽と苦痛にしか反応できない。未来のために今日を律することができない個体にやりがいや信頼を説くのは無駄な時間である。
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まともなホワイト企業が学歴フィルターに固執する理由は、サルを管理する膨大なコストを払いたくないからである。
そこで登場するのが、あの数珠や金アクセをつけた色黒社長たちだ。
彼らが黒い理由、そして24時間吠え続けている理由は明確である。
ヒト相手なら本来不要なはずの監視と威圧という、命を削るような手間を自ら背負い込まなければ、一瞬で組織が崩壊するからだ。
彼らは職務で動いているのではなく、自らの資本と人生のリスクを全被りしてサルの檻を維持している。あの日焼けも、高価な時計も、論理が通じないサルに動物的な序列を認識させるための業務用インターフェースである。彼らは自身の生命力を監視コストとして支払い、言葉の通じない動物を労働力という価値にねじ伏せている、現場のリスク全負担者なのだ。
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この色黒社長という個人の生命力に依存した調教と支配を、より効率的に、より広範に実行するためにシステム化したもの。それがブラック企業である。
ブラック企業と色黒社長は、本質的に同じものである。色黒社長がその肉体と迫力と怒声で行っていた監視コストの支払いを、組織構造そのものに組み込み、マニュアル化した発展型に過ぎない。
労働基準法は、自律的に動けるヒト専用の高機能OSだ。それをサルに適用すれば、自由を与えられたサルはサボり、権利を主張し、会社の資産を食い散らかして逃げる。ブラック企業が意図的に法を無視し、監視と脅しという地獄の手間を組織的に注ぎ込むのは、そうしなければ市場価値ゼロのサルを雇い続けることが不可能だからである。
つまり、ブラック企業はホワイト企業が拒絶するサルOSに対し、色黒社長の論理をシステムとして適用することで居場所を与えている、この国最後の過酷なセーフティネットなのだ。
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この社会には、自律してマシュマロを蓄える2割のヒトの世界と、色黒社長やブラック企業が監視コストを払うことで成立している8割のサルの世界、その二つしか存在しない。
ブラック企業を潰せと叫ぶ「ヒト」は、その現場で手間というコストを支払っている唯一の存在を排除することの恐怖を知らない。その後に残るのは、自律的に動くことのできない、居場所を失った膨大な数のサルだけである。
民衆は馬鹿な方が支配層にとって都合がいい。身近な敵を与えておけば、支配層に怒りが向くことはない。これは過激な主張でも陰謀論でもなく、昔から繰り返されてきた統治の基本動作だ。近年のアメリカは、それをほぼ教科書通りに実演している。
ここ数年、アメリカでは考えること自体が負担になった。政治や経済の話は複雑すぎるし、理解しようとすれば時間もエネルギーも奪われる。多くの人はそんな余裕を持てない。だから代わりに、分かりやすくて腹が立つ話が好まれる。移民が悪い、リベラルが国を壊した、保守が自由を奪う。原因は単純、敵は明確、思考は不要。
その怒りがどこに向かっているかを見ると、だいたい察しがつく。本当に権力を持っている巨大企業や金融資本、政治と金の癒着、制度設計の歪み。そういった話は難しいし、面倒だし、そもそも誰も丁寧に説明しない。代わりに、隣にいる誰か、SNSの向こうにいる誰かが敵として消費される。顔が想像できて、叩きやすい相手が常に供給される。
メディアも教育も、この状況を止めるどころか加速させている。短い言葉、強い断定、刺激の強い映像。考える前に感情を動かす設計が当たり前になった。考えない民衆は扱いやすい。というより、考えない状態に慣らされた民衆の方が正確だろう。
結果として起きているのは、終わりのない分断だ。互いを罵り、憎み合い、疲弊するのはいつも下の層。その一方で、上にいる人たちはほとんど傷つかない。誰が大統領になっても、資本と制度は静かに回り続ける。
中国共産党が天安門事件を隠す最大の理由は、事件が「党の正統性そのものを揺るがす」から。
検索結果でも、天安門事件は 中国共産党の最大のタブー と明言されている。
つまり、
「失敗」ではなく
であり、
とされている。
これは中国共産党にとって致命的。
なぜなら、党の正統性は
「人民を守る」
という建前の上に成り立っているから。
そこに
「人民を殺した」
天安門事件は、
もし事件を認めれば:
誰が命令したのか
誰が責任を取るのか
という議論が避けられない。
「党が間違っていた」
と認めることになる。
これは
などを「党の偉大な歴史」として語る。
そこに
につながる。
あなたは
と言ったけど、党にとっては逆。
認めると:
党内の責任問題が再燃
党の正統性が揺らぐ
つまり、
だから徹底的に封じる。
検索結果でも:
と明記されている。
これは「消すと増える」どころか、
民主化運動が再燃する
党内の責任問題が発生する
認めても得がない
検索結果でも、
とされており、
これは単なる“汚点”ではなく
「党の存在理由を揺るがす致命傷」
だからこそ隠され続けている。
現在のイラン情勢は、1979年のイスラム革命以来、最も政権存続が危ぶまれる「体制崩壊の瀬戸際」にあると言えます。
2025年末から始まった経済崩壊と電力不足が引き金となり、抗議活動は単なるデモの域を超え、「革命」の様相を呈しています。
規模: 全31州で340件以上の抗議が確認されており、テヘランなどの主要都市では治安部隊との激しい衝突が発生しています。
直接のトリガー: 慢性的インフレと汚職に加え、深刻な電力不足が国民の忍耐を限界に達させました。
政権の亀裂: 治安維持の柱である軍の一部(3万5千人規模)が離反したとの報告があり、これは政権の「暴力による統制」が機能不全に陥り始めていることを示唆しています。
現在のイランは、亡くなったホメイニ師が築いた「ヴァラーヤテ・ファギーフ(法学者の統治)」という神権政治体制ですが、民衆はこれを明確に拒絶し始めています。
反宗教指導者: 現最高指導者ハメネイ師による独裁的な抑圧体制に対し、民衆は「イスラム共和国の終焉」を求めています。
王政復古の台頭: 驚くべきことに、1979年に追放されたパーレビ王朝の復活を望む声が主流となっています。
スローガン: 「国王万歳(ジャヴィド・シャー)」という叫びは、宗教的な縛りのない「世俗的で安定していた時代」への回帰願望の象徴です。
レザ・パーレビ王子の役割: 米国在住の王子が、民主化への移行を主導する「象徴的リーダー」として期待を集めています。
これまでのイラン政権を支えてきた外部要因も、急速に剥落しています。
後ろ盾の喪失: ロシアや中国の支援が以前ほど機能しておらず、外交的孤立が深まっています。
イスラエルの圧力: 外部からの軍事的・政治的圧力が、内政の混乱に拍車をかけています。
革命防衛隊(IRGC)の窮地: 政権の守護神であるIRGCの本部が攻撃対象となるなど、物理的な支配力が低下しています。
現在起きていることは、単なる「暴動」ではなく、1979年に始まったイスラム共和国という「実験」の終焉プロセスである可能性が高いです。
民衆が自発的に王政を「招く」という形での体制転換は、中東全体のパワーバランスを根底から覆すイベントです。
リスク管理者の視点で見れば、これは原油市場の供給体制や、中東における「反欧米」の軸が消滅することを意味し、極めて大きなマーケット・インパクト(テールリスク、あるいは巨大なチャンス)を孕んでいます。
現在のイラン情勢が日本市場、特にエネルギー関連株と為替(円)に与える影響
2026年1月現在の混乱は、短期的には「供給途絶リスク」によるボラティリティの上昇を招きますが、中長期的には「制裁解除と供給拡大」という劇的なパラダイムシフトを予感させます。
市場は現在「体制崩壊前の断末魔(地政学的リスク)」と「新体制による供給正常化(デフレ圧力)」の板挟み状態にあります。
革命防衛隊が生存をかけてホルムズ海峡の妨害に動く場合、原油価格には一時的に20〜30ドルの「地政学的リスクプレミアム」が上乗せされ、WTI原油は100ドルを突破する可能性があります。これは日本にとって最悪のコストプッシュ要因となります。
親米的な王政が復古し、西側諸国との関係が正常化すれば、イランの生産能力(日量約400万バレル規模)が世界市場に再統合されます。これは原油価格の長期的な下押し圧力となり、エネルギー価格の安定化に寄与します。
円の為替レートは、日本の「エネルギー輸入依存度」に強く規定されます。
原油価格が急騰すれば、日本の貿易赤字が拡大し、実需の円売り・ドル買いが加速します。地政学リスクによる「有事のドル買い」も相まって、一時的に160円台を伺う急激な円安のリスクを警戒すべきです。
イラン情勢が落ち着き、原油価格が60〜70ドル台に安定すれば、日本の交易条件が改善します。エネルギーコストの低下はインフレ圧力を和らげ、実質金利の観点から円が買い戻される「正常化の円高」のシナリオが浮上
1979年の革命が「オイルショック」を引き起こしたのに対し、2026年の革命は「オイル・アバンダンス(石油の充足)」をもたらす可能性があります。これは日本経済にとって、失われた30年を脱却する強力なマクロ的追い風になり得ます
石破首相とベネズエラのマドゥロ大統領、どちらも「選挙結果(民意)と政権継続のあり方」を巡って厳しい批判を浴びていますが、その「性質」には決定的な違いがあります。
「石破首相の方が悪質」と感じられる背景には、おそらく「かつて他人に厳しかった言葉が自分に返っていない(ダブルスタンダード)」ことへの強い憤りがあるのではないでしょうか。
石破首相が「選挙に負けても辞めない」と批判される理由は、主に以下の点に集約されます。
2024年の衆院選での与党過半数割れに加え、その後の地方選や2025年参院選(設定上の状況含む)でも大敗を喫しながら続投する姿勢が、「民意無視」と映っています。
かつて安倍政権や麻生政権が苦境に立たされた際、石破氏は「退陣すべきだ」「責任を取るべきだ」と厳しく批判してきました。その本人が、いざ自分の番になると「比較第1党の責任」「政治の停滞を防ぐ」と理屈をつけて続投することへの道義的・論理的整合性の欠如が、国民の不信感を買っています。
日本は議会制民主主義(議院内閣制)であり、形式上は国会で首班指名を受ければ首相を続けられます。しかし、国民の審判(選挙)に負けてなお居座る姿は、民主主義の「精神」に反するという批判は免れません。
一方で、ベネズエラのマドゥロ大統領が「悪質」とされるのは、ルールの運用以前に「ルールそのものを壊している」という点です。
2024年大統領選では、野党側が独自集計で圧勝(得票率70%超)を主張したのに対し、当局は詳細な集計データを出さずにマドゥロ氏の勝利を宣言しました。
反対派を投獄し、対立候補(ゴンザレス氏)を亡命に追い込むなど、力による政権維持を行っています。これは「負けても辞めない」というより、「負けを勝ちに書き換え、異論を力で封殺している」状態です。
「言葉の重みや政治的倫理」という観点で見れば、自ら掲げた正義を裏切っている石破氏の姿勢に、より強い「欺瞞(ぎまん)」や「悪質さ」を感じるのは自然な反応かもしれません。
| 比較項目 | 石破首相(日本) | マドゥロ大統領(ベネズエラ) |
|---|---|---|
| 批判の核心 | 過去の発言との矛盾、政治的責任の回避 | 選挙不正、人権侵害、独裁的統治 |
| 政権維持の手段 | 立憲共産党との連立を画策 | 選挙結果の改ざん疑惑、警察・軍による弾圧 |
| 国民の怒り | 「自分には甘い」という不誠実さへの憤り | 「自由と権利が奪われた」という生命の危機感 |
石破氏の場合は「民主主義の手続き(形式)」を盾にしていますが、それがかえって「民意を巧妙にかわしている」ように見えるため、直接的な独裁よりも心理的な反発(狡猾さへの嫌悪感)が強くなる側面があります。
価値を膨らませすぎた米国の為替レートと連邦政府支出を削減し、米国は南米を植民地として南北米大陸に引きこもり、東アジアを中国に売却して米中で太平洋を共同統治し、グリーンランドを「エアストリップ・ワン」としてロシアと連携し憎きユーラシアを挟み撃ちにして占領し北半球と南北米大陸を支配する世界的王者となる、その青写真は分かるが、まずお前らが信じがたい無能なのは何とかならんのか? と言いたい。
軍事的には我々の見地から言えば中国は日韓を落とせない。結果として停戦後は大東亜共栄圏内が東西に分かれようが清国が復活しようが中華人民共和国が圧倒しようが大日本帝国が復活しようが、どの勢力も「勝たせてくれなかった米国」に恨みを抱え同じ元妻の仲で反米親欧に転ぶことは確定しており、極東の不安定化は米国の国益には全く叶わない。ロシアは轟沈している最中だからEU軍に対する挟撃など起こりようがない。つまり米国の第三次世界大戦におけるゲームプランは「自殺」の一言で表現でき、これを推進する意味が分からない。
経済的には米ドル過大評価の「是正」は米国を南アフリカ状態に貶めるだけで何も達成しない。徐々に烈度を上げている有色人種問題の最終的解決はもちろん貧困と内戦を除いて何ももたらさない。富裕層はエーアイやロボットをフル活用して『キノの旅』のように武装した「国」を作りそこに固まれば問題なく生きていけるとでも思ってるか、上手く行かなければ中間選挙の敗北などで平和裏に退陣してもらい、その後は復興に務めれば良いとでも思ってるようだが、これが解せない。その程度のアタマしかない程に富裕層の知的水準が劇的に低下していることが解せない。
世界のたがが外れつつある。
2度の世界大戦を経て国際社会が築いてきた規範や秩序を、大国が公然と蹂躙(じゅうりん)し、自国中心主義を振り回している。
「法の支配」は「力の支配」の前に無力なのか。人類が互いの利害を公正に調停し、戦争を一掃する未来は、見果てぬ夢なのか。
法哲学者の井上達夫・東大名誉教授は、法とは正義を追い求めそれを体現すべきもの、と説く。それなら、世界が見据えるべき「正義」とは何か。私たちの飽くなき挑戦は、どこを目指すべきなのか。
――人類が戦乱の歴史を経て曲がりなりにも築いてきた国際秩序が、崩れかけています。
「国際社会の法と秩序、その基礎にある人権尊重や戦力乱用の禁止という『正義』の原則が、危機に瀕(ひん)しています。これらを公然と蹂躙(じゅうりん)する国家による暴力が荒れ狂っているからです」
「もちろん無法な戦乱は今に始まったことではなく、集団間の殺し合いがなかった時代はない。特に20世紀は、史上最も陰惨に血塗られた世紀でした。だからこそ人類は自らの蛮行を制止すべく、戦争を統御する様々な試みを続けてきました。第1次大戦後に国際連盟を結成し、1928年のパリ不戦条約で、国益追求と紛争解決の手段としての戦争を違法化します。第2次大戦後には、戦争を抑止できなかった反省から国際連合をつくり、国際法の諸原則を再確立させました」
「自衛権行使であっても正当な理由や意図などを求める『戦争への正義(jus ad bellum)』つまり『開戦法規』と、無差別攻撃の禁止や捕虜の処遇など『戦争における正義(jus in bello)』つまり『交戦法規』を強化します。また、武力行使に代わる平和的手段による紛争解決を促進する努力もなされてきました。冷戦終結後の一時期、世界はありありと『国連による平和』の夢を見ました」
「しかし、この夢は破れました。武力行使を規制する国際法秩序に責任を負うべき国連安全保障理事会常任理事国のロシアが公然とウクライナを侵略し、民間施設への攻撃を続けています。これは明白に開戦法規及び交戦法規違反です。ロシアは開戦時、ドンバス地方の親ロ派政府との安全保障条約に基づく集団的自衛権だと説明しましたが、この傀儡(かいらい)政府に対するロシアの承認は旧満州国への日本の承認と同様、国際法上無効です」
「パレスチナ自治区ガザでは、前世紀の『人道に対する罪』の最大の被害者であるユダヤ人国家イスラエルが、パレスチナの民に対してこの罪を犯しています。イスラム組織ハマスの侵攻に対する自衛措置として攻撃を開始した時点では、イスラエルは開戦法規に反してはいませんでした。しかし、民間人への無差別攻撃や難民キャンプへの空爆は自衛の範囲をはるかに超え、ハマスが住民を『人間の盾』に使ったのと同様、交戦法規を蹂躙しています。また、ヨルダン川西岸への入植拡大を同時に進めたことは、不純な政治意図を含んでいるという点で開戦法規にも違反しています。停戦合意から2カ月以上が経つのに、ガザへの散発的な攻撃をやめていません」
――「法の支配」をあざ笑うかのような「力の支配」の論理が跋扈(ばっこ)しています。
「『法の支配』の危機は、単に強国が国際法秩序を侵しているというだけではありません。より深刻なのは、法と正義の原則の規範的権威そのものを掘り崩す、シニシズム(冷笑主義)が広がっていることです」
「それが端的に表れているのが、欧米や日本でも唱えられている対ロ宥和(ゆうわ)論です。戦争長期化の責任を、ウクライナの抗戦と西側諸国の支援に転嫁する言説です。知識人にも多い対ロ宥和主義者は、ウクライナ支援を停止してロシアに領土的譲歩をすべきだとして、侵略したロシアではなくウクライナに停戦の圧力をかけることを実質的に説いています。中には、北大西洋条約機構(NATO)の東進がロシアを刺激し戦争を誘発したという誤った歴史観に基づくものも多い。実際には冷戦後、NATOは集団的自衛権体制から地域的な集団安全保障体制に変容しており、旧東側が『西進』して新加盟国になったというのが事実です。ロシアも一時、準加盟国になりました。その友好関係を、南オセチア紛争とクリミア侵攻で悪化させたのは、他ならぬロシアです」
――トランプ米大統領も、ロシアに一方的に有利な和平案をウクライナに押し付けようとしています。
「これでは持続可能な平和を実現できないことは明白です。ウクライナの中立化(NATO非加盟)だけでなく非軍事化に固執するプーチン大統領の狙いが傀儡国家化にある以上、仮に一時的停戦をのんでも、再侵攻に走ることは必至です」
「こうした対ロ宥和論は、武力で現状を自国に有利に変更できる、侵略はペイする、というメッセージを世界に発しています。侵略を抑止するどころか、武力による現状変更を望む他の潜在的侵略者、例えば台湾や南沙諸島に野心を持つ中国、イエメンに触手を伸ばすイラン、韓国を標的にする北朝鮮などに、実行のインセンティブを与えてしまう。ドイツへの宥和政策が第2次大戦を招いた、1938年のミュンヘン会談の教訓を忘れたのでしょうか?」
「強者の支配を排し、武力による現状変更を禁じるという国際法の原則を尊重するならば、国際社会が協力して、ロシアに軍事的・経済的圧力を断固として加えることが必要です。それができずに弱小国にだけ譲歩が押しつけられるなら、国際法は強者の支配のイデオロギー的隠れみのとみなされ、規範的権威を喪失します」
――米国が主導したガザの和平計画も、ハマスが武装解除に抵抗する構えで、暗雲が垂れこめています。
「長年の紛争解決と平和構築のためには、90年代のオスロ合意が道筋を引こうとした『二国家解決』しかありません。すなわち、ガザとヨルダン川西岸の分断統治を解消してパレスチナを統一的に統治する国家を樹立し、イスラエルと相互承認し共存する体制です。しかし、イスラエルのネタニヤフ首相は『パレスチナ国家のいかなる試みにも反対する』と二国家解決を強硬に拒否し、トランプ大統領もイスラエルのパレスチナ支配強化を支持するかのような発言を繰り返しています」
「停戦後の暫定的な統治機関『平和評議会』のメンバーは未定ですが、米国やイスラエルがガザ復興を主導するなら、ハマスを殲滅(せんめつ)できたとしても、第2、第3のハマスがゲリラ的抵抗を続けるでしょう。パレスチナ国家樹立をゴールに掲げたうえで、暫定的にはアラブ諸国を中心にガザの治安維持と住民保護を委ね、現在の腐敗したパレスチナ自治政府を統治能力ある組織に改編する。国際社会はそのためのロードマップを支援する――。それしかガザ戦争の出口はありません」
「『法の支配』は規範的な理念ですが、自動的に実現する力を持っているわけではない。理念を実現するのは、それを順守しようとする様々な行動主体が、協力して行う実践です。強者の力を抑える、いっそう大きな『力』を協働して組織し、行使しなければならないのです」
――プーチン大統領は2014年にクリミアを「併合」した際、西側諸国の過去の侵略や軍事介入と同じことをやっているだけだ、という趣旨の発言をしています。
「他者の悪が、自己の同様の悪を免責する――。これは開き直りの詭弁(きべん)ですが、問題は、西側の多くの『批判的知識人』までもが、この思想のわなにはまっていることです」
「例えば、03年のイラク侵攻など米国の軍事介入を強く批判してきた米国の思想家ノーム・チョムスキーも、このプーチン大統領の欧米批判を擁護してしまっています。自国の戦争犯罪を追及すること自体は、間違ってはいない。しかし、それゆえに他者の罪を許容するのは、論理的にも倫理的にも倒錯しています」
https://digital.asahi.com/articles/ASTDM4V8YTDMUPQJ00FM.html