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はてなキーワード: 問題意識とは

2026-04-28

わかるようなわかんないような

Xで「アメリカ日本女子高生使用済みパンツ自販機ネタにされている」というツイートを読んだ。

主はそれに問題意識を持っていて、一時期局所的に存在した自販機についての誤解を解くべきだという主張だった。

でもおれにはよくわからなかった。

アメリカ人に「日本にはそんな自販機があるんだろう!?」と言われたら「昔はあったらしいよ!マジやばいよね。おれは見たことないけど」と返せばいいだけだと思うんだよね。

なぜ個人日本代表して反論すべきだと考えるんだろう。アメリカにはどんなヤバい変態がいるの?と返せば楽しい雑談になるだろうに。

似たような話として、日本人は食に関して強いこだわりを持っていてそれを誇るようなところがある。

生魚を食べることを誇りを持ってるし動物内臓を食べることも面白がり、イルカを食べることも文化だと主張して譲らない。

アメリカ人に「馬を食べるなんて!」と言われれば「いや、食べたら美味しいんだよ」と笑い話にするようなところすらある。

こと食に関しては「日本人が食に対していか変態的か」を誇るような空気すらある。

でもこの食と性の間にどれだけ違いがあるんだろうか。

そりゃ個人として「おまえ女子高生パンツが好きなんだろ?」と言われたら怒って反論するだろう。

でも「日本にそんなものがあるんだろ?」と言われたら、いやあるらしいよ、としか言いようがないと思うんだが。

anond:20260427191520

腐敗によって失われた事項の概要

1. 経済的地位喪失

1990年代日本世界経済において大きな存在感を持っていたが、2024年時点では名目GDP世界GDP比率一人当たりGDP国際競争力ランキングのいずれも大きく低下した、と整理されている。関連する要約記事では、名目GDP2012年の6.27兆ドルから2024年に4.11ドルへ、世界GDP比率1993年17.8%から3.8%へ、一人当たりGDP順位1990年代の5位から52位へ低下したとされている。

失われたもの

国際的経済プレゼンス、成長期待、先進国としての相対的な豊かさ。

2. 賃金上昇と生活実感の喪失

記事では、日本の平均年収1997年の467万円から2024年の462万円へ、約30年にわたりほぼ横ばいだったとされる。一方で、米国ドイツ韓国では同期間に賃金が大きく伸びたと整理されており、日本けが「働いても豊かになりにくい国」になったという問題意識が示されている。

失われたもの

賃金上昇、可処分所得の増加、将来の生活改善への期待。

3. 税金有効性・公共支出への信頼の喪失

サイト側の議論では、特別会計天下り多重下請け中抜き構造が、税金国民のために使う仕組みを弱体化させたとされる。関連要約では、特別会計1990年の85兆円から2024年に238兆円へ拡大し、国民の目が届きにくい巨大予算になっていると説明されている。

また、持続化給付金COCOA電気・ガス補助金などが「中抜き構造」の例として挙げられ、国民に届くはずの支援中間組織委託先・事務費に吸収されたという主張が展開されている。

失われたもの

税金国民還元されるという信頼、行政支出の透明性、公共事業の効率性。

4. 政治代表性と競争原理喪失

記事では、世襲政治政治資金の不透明性、国会活動実績の乏しい議員存在が、日本政治の硬直化を招いたとされる。特に自民党における世襲率の高さや、国会質問議員立法・質問主意書がゼロの「トリプルゼロ議員」が問題視されている。

失われたもの

政治への新規参入機会、政策競争専門性現場感覚に基づく政治

5. 行政制度への信頼の喪失

サイトの論旨では、日本の腐敗は露骨賄賂型というより、天下り外郭団体特別会計記者クラブ世襲政治などを通じて「合法的に見える形」で制度化されている点が問題とされている。関連要約では、これを「制度化された腐敗」と表現している。

失われたもの

行政の公正性、説明責任、国民制度を信頼する前提。

6. 報道の自由情報公開喪失

記事では、日本報道自由度ランキング低下、記者クラブ制度SNS上の削除・開示請求の増加が取り上げられている。特に2024年日本報道自由度指数が70位でG7最下位とされ、情報統制批判報道の弱体化が問題視されている。

失われたもの

権力監視機能自由批判空間国民政策判断するための情報環境

7. 老後の安心社会保障への信頼の喪失

関連要約では、年金受給開始年齢の引き上げ、国民年金・厚生年金の水準、国民負担率の上昇、実質手取り率の低下が挙げられている。1990年の実質手取り率76.5%に対し、2024年は68.6%まで低下したとの整理も示されている。

失われたもの

老後の安心、現役世代手取り社会保険料・税負担への納得感。

8. 食料安全保障喪失

記事では、日本カロリーベース食料自給率1990年の53%から2024年に38%へ低下したとされ、輸入途絶時の脆弱性が指摘されている。小麦大豆トウモロコシへの輸入依存問題視されている。

失われたもの

食料供給の自立性、非常時の耐性、農業政策への信頼。

9. 人口再生産力の喪失

出生率低下も、サイトの主要論点の一つである。関連要約では、合計特殊出生率1990年の1.54から2024年の1.15へ低下し、出生数も1990年の122.2万人から72.1万人へ減少したとされている。

失われたもの

人口維持能力、若年世代の将来展望社会保障制度の持続可能性。

全体像としての要約

このサイトの主張を一文でまとめるなら、次のようになります

日本の「失われた30年」は、単なるバブル崩壊後遺症少子高齢化だけではなく、特別会計天下り中抜き世襲政治情報統制税制不透明性といった制度化された腐敗によって、経済成長・賃金・税の還元政治参加・報道の自由・老後の安心・食料安全保障・出生力が長期的に損なわれた、という構図である

2026-04-13

[] 政治家コメントまとめ[辺野古転覆事故]

以下は、2026年3月辺野古転覆事故平和学習中の同志社国際高校生徒が乗船した抗議船転覆事故)に関する左派政治家とその他の政治家の主なコメント抜粋し、比較したものです。焦点は教育基本法第14条(政治的中立性)や安全管理責任所在に対する姿勢です。

左派政治家コメント

玉城デニー沖縄県知事2026年4月10日 定例記者会見):

「われわれ沖縄県平和学習基本的な考え方と共通している」「安全性を確保した上で、生徒の考えや議論が深まるようさまざまな見解提示し、現地を視察することによって、活動趣旨目的安全性、中立性が確保された上での教育の一環であるという考え方は、共通していると思う」

批判比較中立性を形式的に主張する一方で、反対協運航船の実際のプログラム内容(反対派一方的案内、政府視点の不足)への検証を避けています教育基本法精神多角的視点の確保)を軽視し、県の平和学習理念との「共通性」を優先する姿勢が見られます

服部良一 社民党幹事長2026年3月19日 街頭演説):

平和学習に対するバッシングが来ないよう、力を合わせて、この危機を乗り越えていきたい」「そもそも辺野古の新基地建設いつまでも続けるのが悪い。埋め立てるのが悪い。こんなことをしなかったら、こういう事故も起こり得なかった」

福島瑞穂 社民党党首2026年4月1日 記者会見服部発言について):

コメントする立場にない」「詳細を知らない。報道ベースで分かっているが、それについて議論したりしていないので、コメント差し控える」

批判比較事故原因を辺野古工事転嫁し、教育基本法違反可能性や反対協の安全管理責任スルー党首も党幹部問題発言積極的に訂正せず、責任回避イデオロギー優先が顕著です。

田村智子 日本共産党委員長2026年3月26日・4月2日 記者会見):

平和教育のものはとても大切なものだ」「事故の究明を捜査当局が行っている。究明が求められる以上には、私からコメントのしようがない」「反対協が安全上の不備を認めて謝罪し、事故原因究明への全面協力を表明している」「日本共産党としてもこの立場真摯対応をしていきたい」

批判比較:党が反対協の構成団体である事実事故後2週間以上伏せ、他人事のような「究明待ち」姿勢平和学習偏向性や教育基本法第14条への抵触検証せず、運動擁護責任矮小化が目立ちます

松本洋平 文部科学大臣自民党系)

主なコメント2026年3月24日・4月3日 記者会見など):

特定見方や考え方に偏った取り扱いにより、生徒が主体的に考え判断することを妨げることがないよう留意することが必要」(教育基本法に基づく一般論

一般論として、活動目的政治的意義を持ち、その効果政治に対する援助・助長になるような行為であれば教育基本法第14条第2項の政治的活動に該当し得る」

学校側の対応について安全確保に向けた取り組みの不備(事前の下見欠如、保護者説明不足、引率体制不備など)を把握している」

文科省として全国の教育委員会に対し、校外活動安全確保と政治的中立性を求める通知を発出。

特徴:個別事案への直接コメントは控えつつ、教育基本法政治的中立性と安全管理の徹底を明確に意識左派系が「平和学習の大切さ」を強調するのに対し、多角的視点の確保と生徒の主体的判断を繰り返し指摘し、検証を促す現実的法令遵守姿勢です。

自民党 文部科学部会深澤陽一部会長ら)

2026年4月2日 部会での指摘:

研修旅行特定政治思想に基づく偏向教育ではないか

「生徒を政治活動に動員する目的があったのではないか

責任所在背後関係(反対協との関係など)の究明を」

事故原因や学校外における活動安全確保に向けて、政府連携しながら対応していく」

特徴:左派系が責任転嫁や「究明待ち」に留まるのに対し、偏向教育可能性と背後関係の究明を正面から問題視教育ガバナンス全体の検証を求める積極的姿勢です。

参政党 梅村みずほ 参院議員

2026年4月1日 参院沖縄北方問題特別委員会

過激活動をする人が多いのは沖縄特殊事情問題意識を持ってもらわない限り、一般人が巻き込まれて命が失われるリスクは無くならないのではないか」「希薄安全意識は今回の事故のみならず、辺野古移設反対活動で従前からあった」「一件一件対処するしかない」「どこか仕方ないのでは」と見過ごされたこから若い命が失われたのではないか

特徴:抗議活動安全意識希薄さを「沖縄特殊事情」として指摘し、一般人(生徒)が巻き込まれリスク問題視左派系が運動擁護に傾くのに対し、安全優先の現実的視点を強調しています

その他の識者・政治家寄りの声(参考)

立川志らく落語家)(2026年4月7日 X投稿):


「この出来事人災です」「教育の歪み、特定思想暴走教師政治家責任。大問題です」「何故学校は生徒を抗議船に乗せたのか?それも親に無断で」「右翼街宣車子供達を乗せていたら世間は怒るだろ。同じだよ」

特徴:左派系が避ける「特定思想暴走」と「教師政治家責任」を直球で批判双方向公平性を求める論点提供

下地幹郎衆院議員事故直後X投稿):


「辺野古という場所が、平和学習の場として本当に安全で適切なのか。高校生を船に乗せて現場の海に連れて行く教育のあり方についても、社会全体で冷静に考える必要がある」

特徴:場所の適正性と教育内容の検証を冷静に求める中立視点

左派系との比較まとめ

左派系(玉城知事社民共産):

哀悼・「平和学習の大切さ」・「デマ反対」を強調し、事故原因を辺野古工事転嫁したり「究明待ち」に留まる。教育基本法中立検証や反対協の安全管理責任に踏み込まず、運動継続を優先する印象。

左派以外:

教育基本法第14条の政治的中立性、安全管理の不備、偏向可能性、背後関係の究明を正面から指摘。文科省自民党法令遵守全国的再検証を促し、参政党などは「一般人が巻き込まれリスク」を現実的問題視立川志らく氏などは「特定思想暴走」として強い危機感を示す。

左派系が「平和」という理念構造問題を覆い隠しやすいのに対し、左派以外のコメント法律遵守・生徒の安全多角的視点の確保を重視する傾向が明確です。

事故から1カ月以上経過した現在も、文科省調査第三者検証が進行中であり、今後の結果がさら議論を深めるでしょう。

2026-04-08

日本にも忍び寄る陰謀論政治 剝奪感の受け皿になれなかった既成政党 2026年4月8日 6時30分

 陰謀論バカげている。そう笑っていられた時代は終わった。

 

 米国では「不正選挙」という虚構群衆議事堂襲撃へと向かわせ、民主政治を内側から掘り崩しつつある。日本は違う――本当にそう言い切れるのか。慶応義塾大の烏谷昌幸教授は、私たちの隣にも「陰謀論政治」が忍び寄っていると指摘する。

 

 人々はなぜ荒唐無稽な「物語」に熱狂するのか。民衆の怒りと敵意をたき付ける「剝奪(はくだつ)感」とは。民主主義腐食させかねない陰謀論という劇物への、有効な解毒剤はあるのか。烏谷教授に尋ねた。


日本大丈夫だろう」 甘かった

 ――なぜ今、陰謀論政治関係に注目するのでしょうか。

 

 「陰謀論に強い問題意識を持つ直接のきっかけは、2021年1月6日米国で起きた連邦議会議事堂襲撃事件です。直前の大統領選での本当の勝者はトランプ氏だったのに民主党バイデン陣営が不当に勝利を盗んだ、という不正選挙陰謀論を信じた人々が、民主主義象徴である議会乱入した。暴力のもの以上に衝撃だったのは、この陰謀論を最も熱心にあおったのが当のトランプ氏だったことです」

 

 「自らの政治的影響力を高めるために、政治家にとって致命的になりかねないウソを平然とつき、支持者を扇動する――この事件は、陰謀論政治的に利用し武器化する『陰謀論政治』が民主主義の基盤そのもの破壊しかねない威力を持つことを、まざまざと見せつけました」

 

 「とはいえ日本では同じことは起きないだろうと思っていました。米国のように社会の分極化が極端に進んでいるとは言えず、強固な政治支持層間の深い対立があるわけでもない。陰謀論政治は生まれにくいだろう、と。しかしその見立ては甘かった」

 

 「昨年の参院選や今年の衆院選で飛び交ったスローガン日本ファースト』や、スパイ防止法国旗損壊罪の成立を熱烈に支持する人々の言説を追っていくと、そこで共有されていたのは『誰かが日本を内側から壊そうとしている』『見えない敵存在する』という典型的陰謀論世界観でした。対岸の火事だと思っていた現象が、気づけば私たちのすぐ隣で生まれていたのです」

 

 

陰謀論と無縁の人はほぼいない

 ――そもそも陰謀論とは何でしょう?

 

 「過去現在未来の世の出来事の原因を、十分な根拠もなく特定の誰かの陰謀と決めつける思考様式のことです。陰謀論本質は、複雑で不確実な世界を単純な図式に物語化する点にあります。内容が荒唐無稽かどうかは重要指標ではありません。強調したいのは、陰謀論の影響を受けていない人はほとんどいないということ。私自身、若い頃は、ケネディ米大統領暗殺単独犯ではなく背後に巨大な陰謀があると、心のどこかで信じていました」

 

 「また、陰謀論右派専売特許でもありません。例えばかつての反原発運動の中にも、『ユダヤ資本世界原発を牛耳っている』『原子力ムラナチスよりひどい』といった根拠薄弱な言説が紛れ込んでいました」

 

 「ただ、陰謀論はこれまでも研究者ジャーナリストの視界に入っていたにもかかわらず、大衆の非合理性を示す一指標に過ぎないと軽視されてきた面があります。私も社会運動研究するにあたって、そうした非合理な主張を本筋とは関係のないノイズと捉え、思考の外側に隔離してしまっていた。しかし今振り返れば、それは陰謀論の持つ力の過小評価につながっていたと、反省しています

 

 「右であれ左であれ、草の根運動情熱や力は、悪い勢力善良な市民生活を脅かしている、という怒りからしかまれ得ない。福島原発事故後の脱原発運動は、『日本エネルギー政策原子力ムラによって支配されてきた』という陰謀論的言説が広く浸透しなければ、あそこまで力強いものにはならなかったはずです」

 

 ――考えてみれば、陰謀論政治運動の結びつきは新しいものではありませんね。

 

 「はいナチス荒唐無稽ユダヤ陰謀論を用いて大衆反ユダヤ主義へと扇動しました。ハンナ・アーレントドイツ全体主義分析する中で『虚構一貫性を持って現実を上書きしていく過程』を見いだしましたが、現在視点から見れば、陰謀論政治研究として捉え直すことも可能でしょう」


常識的政策論の裏の「物語

 ――ただ、自らの政治目的のために陰謀論意図的武器化する「陰謀論政治」が、日本にも広がりつつあるとまで言えるのでしょうか?

 

 「陰謀論政治の特徴は、陰謀論一般的政策論と表裏一体で拡散する点です。議事堂襲撃に直結した米国不正選挙陰謀論も、きっかけは公正な投票制度のあり方をめぐる真っ当な政策論争でした。ただ、トランプ氏の『郵便投票不正が起きやすい』という一見まともな主張は、文字通りの表向きの意味だけでなく、陰謀論を共有する者だけに通じる特殊意味はらんでいました。熱烈な支持者にとっては『民主党選挙を盗んでいる』という裏の物語を共有するための犬笛として機能したのです」

  

 「日本でも直近の参院選衆院選では、国籍取得要件厳格化外国人不動産買収規制スパイ行為を取り締まる法整備必要性をめぐる政策論が飛び交いました。しかし、こうした一般的な訴えの裏で、参政党や日本保守党日本誠真会などの一部支持者の間では『国会議員の65%は帰化人だ』『中国が大量の人間を送り込んで帰化させ、移民受け入れ法を制定し、日本中国の一部にしようとしている』といった陰謀論が熱心に共有されていました」

 

 「参政党の神谷宗幣代表は、選挙ではあからさまな陰謀論過激表現を控えています日本ユダヤ系国際金融資本支配下にあるとか、コロナワクチン接種を『人体実験』と断じた過去発言や主張も修正参院選で『極端な思想公務員を洗い出し辞めさせる』と発言した後にも、言葉足らずだったと釈明しました。ただ、党員や支持者向けの場や動画では相変わらず『(日本で)目立つところにいる人の半分くらいはスパイ』『各分野にディープステート(影の政府)がいる。メディア医療界、農業界、霞が関にも』と語ったり、編著書でマスコミは国際金融資本家によってコントロールされていると主張したりするなど、持論を滑り込ませています政策論と陰謀論言葉を巧みに使い分けているのです」

 

 「確かに日本ではまだ、陰謀論政治資源として大々的に運用したり、敵・味方の線引きや忠誠心の測定に用いたりといったことは起きていません。トランプ氏は22年の中間選挙で、大統領選での不正選挙陰謀論を信じるか否かの踏み絵候補者に迫り、共和党内の反トランプ派を洗い出しました。しか陰謀論は使い方を誤れば、極端な言説が可視化され、かえって政治生命を脅かす両刃の剣です。日本で広い層に訴えるためには、露骨陰謀論は今のところ有効ではない。内向きには陰謀論的なメッセージ動機付けを行い、外部に対しては前向きな国家論と政策論を語る。この使い分けこそ、日本における陰謀論政治スタイルと言えます荒唐無稽な話が飛び交い全面的活用されている米国とは異なりますが、陰謀論政治の動員力として機能している点は同じ。日本は既に陰謀論政治に足を踏み入れつつあると言えると思います


募る剝奪感、進む感情的分極化

 ――陰謀論活性化する要因として、世界シンプルに把握したいという欲求と共に、「剝奪(はくだつ)感」を挙げていますね。

 「陰謀論は、世界を善と悪の二項対立として捉え、様々な出来事を分かりやす勧善懲悪物語として解釈します。『中国日本工作員を大量に送り込んでいる』『野党国会議員スパイばかり』という言説は、『悪事をたくらむ者』と『隠された真実を知り正す者』の対立図式として物語化されています

 「もっとも、勧善懲悪のものは古くからある枠組みです。近年、陰謀論が急速に暴走した背景には、ソーシャルメディアの爆発的な普及に加えて、何か大事ものが奪われるという剝奪感の増加があります

 「剝奪感は、困窮といった客観的な負の境遇だけでなく、期待値とのギャップからまれます。それまで保持していた財産地位などを失いかける時に、人は強い剝奪感を抱く。『失われた30年』で日本国際的地位は否(いや)応(おう)なく低下しました。親世代と同じように、いやそれ以上に働いても、期待していたような人生未来が見えない。人口が減り経済が落ち込み国の借金も膨れあがり、国力がどんどん低下する。一方で隣国中国大国としての存在感を揺るぎないものにしている――。そこに『自分たちは悪くない。姿を見せない敵のせいで日本は弱体化している』という物語が登場し、不安と不満を肯定してくれたのです」

 「『国会議員の6割超が帰化議員』という言説は、もちろん許しがたいデマです。しか国権の最高機関メンバーの大半を『代表』どころか『同胞』とすら感じなくなった層の声が力を持ち始めていることは、憂慮すべきです」


募る剝奪感、進む感情的分極化

 ――陰謀論活性化する要因として、世界シンプルに把握したいという欲求と共に、「剝奪(はくだつ)感」を挙げていますね。

 

 「陰謀論は、世界を善と悪の二項対立として捉え、様々な出来事を分かりやす勧善懲悪物語として解釈します。『中国日本工作員を大量に送り込んでいる』『野党国会議員スパイばかり』という言説は、『悪事をたくらむ者』と『隠された真実を知り正す者』の対立図式として物語化されています

 

 「もっとも、勧善懲悪のものは古くからある枠組みです。近年、陰謀論が急速に暴走した背景には、ソーシャルメディアの爆発的な普及に加えて、何か大事ものが奪われるという剝奪感の増加があります

 

 「剝奪感は、困窮といった客観的な負の境遇だけでなく、期待値とのギャップからまれます。それまで保持していた財産地位などを失いかける時に、人は強い剝奪感を抱く。『失われた30年』で日本国際的地位は否(いや)応(おう)なく低下しました。親世代と同じように、いやそれ以上に働いても、期待していたような人生未来が見えない。人口が減り経済が落ち込み国の借金も膨れあがり、国力がどんどん低下する。一方で隣国中国大国としての存在感を揺るぎないものにしている――。そこに『自分たちは悪くない。姿を見せない敵のせいで日本は弱体化している』という物語が登場し、不安と不満を肯定してくれたのです」

 

 「『国会議員の6割超が帰化議員』という言説は、もちろん許しがたいデマです。しか国権の最高機関メンバーの大半を『代表』どころか『同胞』とすら感じなくなった層の声が力を持ち始めていることは、憂慮すべきです」

 

 ――陰謀論武器化される重要な背景として「政治的分極化」があるとも指摘しています

 

 「ええ。とりわけ重要なのが『感情的分極化』だと思います米国では、自分の子どもが対立政党の支持者と結婚することを『不愉快』と思う人が50%ほどに達しています60年代には数%でした。2020年大統領選をめぐるNBC調査では、異なる候補投票した人とは結婚しないと回答した大学生が6割を超えています

 

 「政策や利害、イデオロギーの違い以上に『相手が嫌いだ』という感情が先鋭化し、政治対立妥協困難なものにしてしまっている。この分極化が進んだ環境では、『敵』である相手陣営悪魔化する陰謀論が極めて有効になりますトランプ氏が陰謀論武器化できた大きな条件でした」

 

 「日本では、まだそこまでの分極化は進んでいないでしょう。ただ、兆しは見え始めています。『リベラル』『エリート』『主要メディア』といった言葉が、単なる立場の違いではなく感情的な敵を指すラベルとして使われるようになってきている。この変化を軽く見るべきではありません」




デマ除去し「民意」を翻訳するのが政党

 ――陰謀論の広がりにどう対処すればよいのでしょう。

 

 「残念ながら特効薬はありません。公共情報空間においてウソは許されない、と粘り強く指摘し続けることは不可欠です。ただ、ネットの偽情報対策メディアリテラシー教育だけで解決できる問題でもありません。米国不正選挙陰謀論は、反証材料が多く示され公的否定されたのに、2年以上経っても共和党支持者の7割がなお信じていました」

 

 「日本でも昨夏、国際協力機構JICA)が進めていたアフリカとの交流事業めぐり政府アフリカから移民の大量受け入れをもくろんでいるとの声がSNS拡散し、JICA解体デモまで起きました。早い段階で誤情報否定されたものの、騒動は1カ月ほど続きました」

 

 「善悪二項対立図式の中で陰謀論を強く信じる人は、自らの正義を疑わず危機に瀕(ひん)した国を救おうとする愛国者を自任しています。米連邦議会議事堂を襲撃した人たちもそうでした。彼らにとっては、政府や主要メディアによる否定情報ファクトチェックこそが、敵対勢力による『偽情報』なのです。事実と虚偽情報をより分け、陰謀論の除去装置として機能してきた既存メディアを、トランプ氏も参政党も敵視しています

 

 「自分たちから奪われたものを取り返すために闘っている政治家の言葉けが信じられる。そう疑いなく考えている人たちを『陰謀論から信じるな』と説得することは容易ではありません。『陰謀論者』とレッテル貼りすることも、逆効果になりかねません」

 

 ――陰謀論政治危機を克服するには、人々の剝奪感を手当てするしかないということでしょうか?

 

 「陰謀論は、政治的に疎外されたと感じる人々にとって、希望と元気を与える物語として機能してしまっています。それに替わる、より建設的で希望の持てる物語私たち社会提示できるか。まずはそれが大きなカギです」

 

 「もう一つ重要処方箋(せん)は、政党政治をきちんと機能させることです。有権者が寄せる陳情や訴えには元来、被害妄想誇大妄想、怪しいデマが含まれているものです。議員たちはそれを丁寧に除去しつつ、言葉の先にある『民意』をうまく翻訳、集約してきました。しか現在政界は全体的に議員世襲化とエリート化が進み、民意から隔たることで、そうした広範な民衆の利害集約機能を低下させてしまった感があります

 

 「グローバリズムによって日本の国力が低下し続ける中、蓄積する剝奪感の受け皿がなくなった。その政治真空に登場したのが参政党でした。ただ、民意の中にある誤謬(ごびゅう)や偏見もそのまま丸ごと受け止めてしまっている。それが日本右派ポピュリズム政党としての参政党の強みであり、危険な面でもあります陰謀論抜きにはいかなる問題意識も語れない集団になっていないか心配です」

 

 「さらPermalink | 記事への反応(1) | 21:19

2026-04-06

anond:20260406123451

そら買春男みたいなチンカス相手にしてたらミサンドリーにもなるわな

そこに問題意識を持てない所がチンカスミソジニーだよねっ

2026-03-23

アポトーシせ

習慣付けサービスは「習慣付けなきゃ!」という問題意識を持った人が参加し、付けさせ、付いたら「卒業」さすのが理想のあり方。

でもそうはならない。サービスチャリティではない。

某ドコードの普及で、個人趣味でそういうのやりだしたら風潮がかわるかもね。いい感じのコミュニティ作りたいだけ(ブログの延長位になる?)かもだし。事業ごと売るなら細々と「卒業者」が出ていってもあまり気にならないかもしれないにし

2026/3月3週LINEオープンチャットはてなブックマーカー」1週間のまとめ

これは何?

LINEオープンチャットはてなブックマーカー」の1週間分の要約を、さらAI使用し、試験的にまとめまています

要約内容

🍽️ 飲食料理食文化

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🩺 健康・体調・ストレス管理

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💼 仕事キャリアIT業界

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🌍 社会経済制度への視点

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🎮 娯楽・エンタメ趣味

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🌸 季節・天候・生活

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🧠 ネット文化AI言語感覚

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🚶 日常雑談人間関係

---

🧾 1週間分の総括

そこに食事・娯楽・軽口が重なり、重さと軽さが共存する会話構造になっている。

関連記事

https://anond.hatelabo.jp/20240722084249

オープンチャットの参加URL

LINEオープンチャットはてなブックマーカー」の参加はこちから

https://line.me/ti/g2/MFSXhTJoO_pLfrfds1LpyJ0OlBgcPJSqHoRbBg?utm_source=invitation&utm_medium=link_copy&utm_campaign=default

2026-03-20

anond:20260320124238

哲学心理学末端の実学としての問題意識のなさ加減は異常だろ。

お前が勉強した心理学の内容を厳密に証明し実社会適用する方法がありますか?という話なのだが。

まだましな行動心理学系も追試の件でボロボロだし終わってんだよ。

哲学心理学学問からアートに移行してんだよ

2026-03-17

anond:20260317165624

問題意識を持つことやね。

教養が身に付く!みたいな本や、雑学沢山知っているマンは、その取っ掛かりに過ぎない。

歴史哲学文学、いろんな分野の知識を学び、それぞれ独立した知識の点を

問題意識によって結びつける。

自分なりに問いを考え、自分なりの答えを導き出す。

その果てしない繰り返しの延長線上に教養がある。

2026-03-15

子ども不登校で離職しかけてわかった。日本に足りないのは「経済成長」「弱者救済」よりも「普通の人が転落しない制度」だと思う

日本の政治の話を見ていると、いつも少しずつずれているなと思う。

経済成長必要だ」という話はわかる。

「困っている人を支えよう」という話ももちろんわかる。

でも、自分の実感にいちばん近いのは、そのどちらでもない。

必要なのはたぶん、

普通に働いている人が、人生で一度つまずいたくらいでは転落しきらない制度

なんじゃないかと思う。

なぜそう思うかというと、私は「そういうことは一部の弱い人にだけ起きる」とは全然思えないからだ。

若いころ、メンタルを崩して長く休職したことがある。

今は普通に働いているし、外から見ればそこまで大きな傷には見えないと思う。

でも、あの時にもし勤め先がもっと手薄い会社だったら、たぶんそのまま職歴お金も自信も崩れていた。

復帰できたのは、自分特別強かったからというより、たまたま制度会社に助けられた面が大きい。

最近も、自分の子もの不登校のことで、現実に「このままだと仕事を続けられないかもしれない」と思う場面があった。

実際、似たような状況で離職した知人もいる。

能力が足りないとか、努力が足りないとか、そういう話ではない。

家庭の側で何かが起きた時に、仕事と両立できる余白が制度職場にないと、人はあっさり仕事から落ちる。

こういう経験をすると、つくづく思う。

人生って、本人の怠慢や失敗だけで壊れるわけじゃない。

病気

介護

子ども不登校

家族トラブル

会社の都合。

離婚

自分スキル時代遅れになること。

こういうのは、誰にでも起こりうる。

しかも、むしろ真面目に生きている普通中間層普通に起こる。

なのに日本の政治って、そこをあまり真正から扱わない。

立憲っぽい話になると「弱い人を守る」というトーンが強くなる。

でも、それだと多くの中間層はどこかで「それは自分の話ではない」と感じてしまう。

国民民主っぽい話は「手取りを増やす」方向に行くけど、それは今月少し楽になる話であって、5年後10年後の転落防止とはちょっと違う。

自民は幅広い政策を持っているけれど、結局は「成長」が先に来て、安心はその結果としてついてくるもの、という発想に見える。

維新もっと違っていて、「競争機能する社会」に近い。

でも、多くの人が本当に怖いのは、もっとかになれないことそのものではなく、

今ある生活が、何か一つで壊れること

なんじゃないか

ここ、日本の政治がずっと取りこぼしているところだと思う。

弱者救済」という言葉になると、自分とは少し距離があるように聞こえる。

成長戦略」という言葉になると、またその話か、と思う。

でも、その間にかなり大きな空白がある。

それが、

普通に働いている人が、人生事故で下まで落ち切らないようにする

という発想だ。

たとえば、正規非正規かで安心が違いすぎるのをやめる。

たとえば、失業した時に生活と再訓練をちゃんと支える。

たとえば、40代でも50代でも学び直せるようにする。

たとえば、教育費や住居費や子育て費で中間層が詰まないようにする。

たとえば、制度があっても申請が面倒で使えない、をやめる。

これって別に「弱い人を甘やかせ」という話じゃない。

努力しなくていい社会しろ」という話でもない。

しろ逆で、

ちゃんと働く人が安心して働き続けられるようにするための制度

だと思う。

だって、いつ転ぶかわからない社会で、転んだら終わりなら、人は挑戦しない。

転職もしない。

学び直しもしない。

子どもを持つことにも慎重になる。

少しでも危ない橋を避けるようになる。

その結果、閉塞感だけが強くなる。

日本って「希望がない」と言われがちだけど、あれは精神論というよりかなり制度問題なんじゃないか

「頑張れば上に行ける」という希望より先に、

何かあっても人生が壊れない

という安心がない。

しか日本は、この点で妙に中途半端だ。

治安はいい。

医療も皆保険がある。

最低限の秩序もある。

から一見すると、十分に安心な国に見える。

でも、人生の大きなイベントが起きた時のしんどさはかなり大きい。

会社を外れると急に不安定になる。

非正規になると将来設計が急に苦しくなる。

子育て介護が乗ると仕事との両立がしんどい

学び直しのルートは細い。

中間層向けの支援は弱い。

制度があっても使いにくい。

から日本の閉塞感って、単に経済成長率が低いからではなくて、

普通の人でも落ちる時代なのに、落ちた時に戻る仕組みが弱い

からなんじゃないかと思う。

そして、いまの日本政治にはこれを正面から言う勢力があまりない。

「弱い人を守ります」でもない。

「成長で豊かにします」でもない。

手取りを増やします」だけでもない。

そうじゃなくて、

転んでも終わらない日本しま

と言う政治必要なんじゃないか

かなりの人が支持すると思う。

少なくとも私はする。

自分明日いきなり大成功することを約束してほしいわけじゃない。

ただ、自分家族に何かあった時に、生活全部が崩れないでいてほしい。

たぶん多くの中間層が本当にほしいのは、その程度の、でも切実な安心なんじゃないか

成長はもちろん大事だと思う。

でも、順番が逆なんじゃないか

「成長すれば安心になる」ではなく、

安心があるから、人は動ける。

安心して働ける。

安心して学び直せる。

安心して子どもを育てられる。

安心して転職できる。

その結果として、社会も少しずつ前に進む。

日本必要なのは弱者救済国家でも成長至上国家でもなく、

普通の人が人生事故で転落しきらない国家

なんじゃないかと思う。

以下追記:

ちなみにこれは特定政策提案しているというより、「こういうテーマを正面から掲げる政党が出てきたら、かなりの支持を集めるのではないか」という意味で書いた。

日本の政治って「弱者救済」と「成長戦略」の間にある大きなテーマ普通の人の転落防止)を代表する勢力ほとんどない。その空白は実はかなり大きい気がする。

追記:

一部で「それは弱者救済の話では」「生活保護があるのでは」という反応があったけれど、私が書きたかったのはそこではない。

生活保護のような最後安全網が必要ないと言いたいわけではなく、そこに至る前に、働いていた人が家族事情病気メンタル不調、介護会社都合などで簡単に壊れてしま社会になっているのではないか、ということを書きたかった。日本は長く、大企業正社員を中心に、休職復職・手当・短時間勤務などを企業内の制度が支えてきたので、社会全体の転落防止制度が弱くても見えにくかった。

まり、「弱者をどう救うか」というより、弱者/非弱者という分け方自体が、もう現実に合わなくなっているのではないかという問題意識。昨日まで何の問題もなく働いていた人が、何か一つの出来事で離職しかけたり、キャリアが途切れたり、家計不安定になったりする。そういうことが珍しくないのに、社会の側はまだ「落ちた人は特殊な人で、ある程度は自己責任」という見方をかなり強く残しているように思う。

私がほしいのは「夢の国」の話ではなく、転落した後の救済だけでなく、転落しきらないための制度です。

そして、そういう発想を正面から掲げる政党日本にはまだあまり見当たらない、ということも書きたかった。

2026-03-09

スピリチュアルとか反ワクとかQアノンとか雑にまとめると寂しがり屋の1人ゴチの集合体なんよなぁ。

かぐや姫とは芯が違う。

単純にスピ系は宇宙の有限性を忘れてるところが当事者性のある問題意識なさ過ぎるし、かといって誠実過ぎる人は宇宙の外側まであと一歩のイカロスまりになる。難しい。

その点、超かぐや姫は明るい菩薩になれた作品だなぁ。

ストーリーに目新しいこと何にもないのに斜め真正からぶん殴られた気持ち

宇宙の有限性すらある視点では否定されつつある現代認識世界は何処まで更新され続けるだろう。俺の生きている間、見届けられるのは何処までなのか。期待と不安でないまぜだ。

追記:日を跨いで気づいたんだけど、この増田を書いたのがたまたまミクの日だったことが嬉しい。今年もミクの日に具体的なアクション残せなかったなぁと思ったけど、ホントたまたまミクの日増田というスケールの小さい形で軌跡を残せたのは幸福かもしれない。

2026-03-05

バーベンハイマーの時も言ったけど

暴力によるアジア教化白人本音だよね

フェミニズムはとくに武力行使正当化に使われやす

当人たちは全く問題意識を持ってないけど

2026-02-26

女子枠の効果をざっくり試算してみる

私はこの分野の門外漢で,加えて生成AI計算してもらってるので話半分でお願いしま

tex記法全然できなくて読みにくいのもご勘弁ください

結論だけ先に
  • 成績や向学心が高いが,環境要因によって進学を阻まれている女子学生を確実に拾い上げることができるならば,3%くらいなら女子枠があったほうがいいかもしれない

前提

近年増えている「女子枠」は本当に逆差別?

そうした意味で、入学試験得点だけを意識した、視野の狭い受験勉強のみに意を注ぐ人よりも、学校の授業の内外で、自らの興味・関心を生かして幅広く学び、その過程で見出されるに違いない諸問題を関連づける広い視野、あるいは自らの問題意識を掘り下げて追究するための深い洞察力を真剣に獲得しようとする人を東京大学は歓迎します。

受験行動モデル
合格ルール
計算
結果
所感

2026-02-24

anond:20260224123236

基礎分野である哲学の方が議論が先行してるのは当然というかそれはそうでしょて思うけど

そんな問題意識に上がるようなことなのか

今はすでに哲学議論されたことを、社会学などの応用分野に適応していく段階ってことでは?

2026-02-21

リベラルは終わるが仏教も終わりそう

最近リベラルの死、左翼終焉話題になっているが、仏教に対する批判構造が同じであることにふと気がついた。

リベラルとか言っておいて、リベラリズムと逆のことばっかりやってる

ポリコレフェミニズム解釈ご都合主義

批判されたら話題を逸らすし国民が納得できない反論ばかり

話が長く中身がない

言うことがお花畑机上の空論

傲慢大衆を導く存在という自認

国民負託要望に応えるつもりがなく言い訳ばかり

共産主義なのに幹部外車と豪邸

現実に困っている国民に対する処方箋は「お前の考えを変えろ」

そもそも国民問題意識世界観が違いすぎて話が通じない、お前の問題些末な問題で、我々の問題に目を向けろ言われる

宗教法人課税仏教から反論見てて「あ、ほぼ一緒だ」って気づいちゃった

なんかリベラルと同じ末路になりそうだな

たかだかナケナシのロンクハラライスへの仕打ちは消えない

https://b.hatena.ne.jp/entry/4783487577400527170/comment/Gl17

◎何というか自称リアリストの「ひたすら眼前の問題を無かったことにする姿勢」は

色々なことで悪い意味一貫性が強く、ハサウェイ作中で一般人

閉塞感だけは強いが問題に目を背ける、という問題意識にやたら近い。

https://b.hatena.ne.jp/entry/4783446057389733154/comment/Gl17

◎逃げ上手と言うよりは、どれだけ露骨に逃げて批判されても一向に取り合わない、

逆に被害者ツラする、支持層紅衛兵化して庇う、等、開き直りと逆キレに躊躇が無い。

ファイッ…

https://b.hatena.ne.jp/entry/4742477410485629295/comment/worris

最近は法華狼さんがエントリを上げると即座にブコメを付けに来る

ratepuroika さんの仲間がずいぶん増えたな。

そのうちロンクハラライスがどうのこうのと書くようになるのだろう。

高市ガー」「ハサウェイ作中出羽ー」とやらで

隙自語は消せないうわあああ

まずロンクハラライスより始めよこそが本来の…が…

十年単位で蕩尽ダァオ界隈だがミラーテストにだけは費やしませぇぇぇぇぇぇんて

腹筋動かしても動いてほしい部分はう~ん

2026-02-20

[]の値上げに反対#4

私の主張の趣旨

値上げの必要性理解するが,重大な問題があり,令和8年4月1日からの値上げは凍結するべきである。そのうえで,改めて学生特に居住学生)と大学との間で協議体を設置し,十分に議論を行ったうえで妥結した額を改定額と決定するべきである

 

大学側の主張⑥:学生宿舎は行政財産であり,それを使用する契約を1年単位で行っている。国立大学法人法借地借家法特別法であるから学生大学の間での契約借地借家法適用されない。

1.私の主張の趣旨

大学による今回の値上げの決定には違法な点があり,不当なものであって,取消されなければならない。

2.借地借家法適用可能性についての検討

前提として,学生宿舎が行政財産であるか,とか,国立大学法人法借地借家法特別法であるかは,争点ではない。

学生宿舎は国立大学法人筑波大学法人化する際に国から現物出資されており,国有財産ではなく,国有財産法にいう行政財産でもない。

後段の指摘についてはもはや議論するまでもない。

最初の争点は以下の通り,公法上の契約となるかである

公法上の契約となるか

学群学則§65および大学院学則§71では,学生宿舎は「学生の円滑な修学を支援するため」という目的を有していることが明らかにされている。

続けて,管理および運営に関し必要な事項は法人規程で定めるとしており,筑波大学学生居住施設規程において管理及び運営の基本として


学生宿舎は、学生に良好な勉学の環境提供し、自律的市民生活体験させるとともに、異文化交流を通じた国際性の日常化によりグローバル人材の育成に資することを管理及び運営の基本とする。」

としている。

公法上の契約であるかは,公法上の法的効果をもたらすかによって判断されるところ,今回の場合学生宿舎は国立大学法人筑波大学が設置するものであるため、これが教育目的を達成しているか重要となる。

そこで検討すると,少なくとも,「学生の円滑な修学を支援するため」は教育上の目的であるし,居住施設規程上は「自律的市民生活体験させる」「グローバル人材の育成」のような教育効果を及ぼすことを意図している。

そこで,これらの実態について検討し,現実教育目的を達しているか検討する必要がある。

ざっと検討するだけでも宿舎祭や留学生との混住(特にグローバルヴィレッジ)など,具体的施策して実態を有しており,実際にその効果を及ぼしているといえる。

また,大学側は自らの調査結果(卒後アンケートやOBOGとの対話など)から,宿舎は学生自律性や社会性の涵養に生かされていると考えているようである

そうすると,国立大学法人教育目的とし,実際にそれを果たしているといえるならば,公法上の法的効果をもたらしていると評することができるから国立大学法人学生との間で結ばれる宿舎入居契約公法上の契約である判断されると考えられる。

法的な問題意識を有する学生もいたところ,学生を煽るような言い方ではなく,わかりやすく丁寧に説明しなければならなかった部分であると考える。
3.類推される大学側の道義的責任

今回学生との間で争いとなった借地借家法が,借主に有利な規定であるのは,借主は貸主に対して圧倒的に弱い立場に置かれるからである

貸主は借主の住という人間生活根本を握っているから,たとえ納得していないとしても住を守るために不利益を受け入れざるを得ない例は枚挙にいとまがない。

そういった趣旨から類推すれば,教育効果意図していたとしても国立大学法人筑波大学学生との間にはそもそも権力関係があるうえに,国立大学法人筑波大学は貸主でもあるから学生は通常の借地借家法適用を受ける借主よりもさらに弱い立場にあって,特に保護される必要がある。

たとえば親元を離れて学生生活を送る者など一定の者のうち,学生宿舎に住むほかない者は,今回の値上げによって修学を諦めざるを得ないだろう。

さらに,そういった学生への支援制度を一切公開しておらず,説明会で数分程度触れたのみで,基幹サイトへの掲載などを行わなければ,教育目的は達成されない。

従って,大学側は値上げを回避するよう最大限努力し,やむを得ず値上げする場合には対話説明の機会を設け,十分な納得が得られるまでは値上げを保留する道義的責任があることは明白である

4.違法性の検討

そもそも国立大学等の授業料その他の費用に関する省令には以下の規定がある。

第9条(寄宿料の額及び徴収方法)宿舎の寄宿料の額及び徴収方法は,当該寄宿舎の居室の面積,建築後の経過年数,構造その他の事情考慮して,各国立大学法人規則で定める。
2 前項の寄宿料の額を定めるに当たっては,学生又は生徒等の経済的負担を勘案した適正な額とするよう配慮しなければならない。

前提として,寄宿料の額を定めるには,国立大学法人裁量権をみとめることができる。

この裁量権行使にあたっては,第1項に列挙される通り,居室の面積・築年数・構造・その他の事情考慮することが求められており,これらが行政法上の考慮義務要素であるといえる。

その上で,第2項は,寄宿料の額が学生経済的負担を勘案した適正な額となるよう配慮することを求めている。

従って,第1項に列挙される各点に基づく市況と,大学が設定する額が乖離する場合は,考慮義務要素について,考慮を尽くさないまま値上げを決定していると判断できる。

学生宿舎(たとえば一般単身改修棟は築50年超・5畳程度・風呂トイレ台所共用・シャワー風呂洗濯機が有料等)の現況から,現行の19,410円は周辺の市況と変わらない。

値上げ後は市況とは乖離することになるから考慮義務要素を考慮していないとみられる。

少なくとも配慮義務果たしていないことは明白である

以上より,寄宿料改定に係る役員会決定は違法となり,取り消されなければならないと考えられる。

2026-02-17

anond:20260217182629

安倍擁護ばかりじゃないか。もう読んでいられないので購読をやめます」と。すごくショックでした。「私もそう思っているんです」と言いたいけれど、社員としては言えなかった。悔しくて、泣きました。

■発信と応答 SNSAI時代

 【宇野】 雑誌編集者として、喜びの最頂点と、矛盾というか違和感と、両方を経験されたということですね。雑誌文化醍醐(だいご)味を感じます。私も論壇時評を2年間やってきて、うまく書けたときも、結論がまとまらないこともありましたが、でもいつも何かの手応えがあった。自分の持っている何とも言い難い問題意識がどこかの誰かに届いたかな、という瞬間が。

 ただ、いま発信の場は、SNS動画が中心になっていますよね。私はSNSでは、あまりパーソナルなことは書きません。けれど、ついつい何か言いたくなる瞬間もある。結果として過剰に反応されたり、ブーメランのように返ってきたりして、戸惑うこともある。ひどい目に遭っていたりするけど、どこかに届いてほしいというナイーブ感覚もあるんです。

 【梶原】 人格否定とかは論外ですけど、やっぱり応答してほしい。なるべく意見の違う人にも、応答してほしい。自分が気付かない観点を持っているからこそ。

 【宇野】 私たちはどんどんバラバラになっていっている。けれど、やっぱり誰かに応答してほしいという願望もある。「対話」というと、ちょっとうそくさいというか白々しいと思ってしまうけど、傷つくことを恐れながらも、少しずつでも誰かの応答を期待して、メッセージを出す意味はある。

 ただ、右と左の輪郭が失われつつも、Xでは激しい罵倒殺伐とした感がむしろ加速している。本当に何を言っても恐ろしい、という感じで……。

 【梶原】 宇野先生が書いたフランス思想家トクヴィルの本の文庫版『トクヴィル 平等と不平等理論家』(講談社学術文庫、19年)の補章では、21世紀現代トクヴィルを読む意味として、SNSポピュリズムトクヴィルから読み解いています。論壇時評の2411月記事でもトクヴィルの「自分で考えようとするほど、他人に動かされやすくなる」との言を引用されていましたよね。また、本書にあったヨーロッパ政治結社を「説得しようとはせず、戦闘しようとする」、とトクヴィル分析しているとの一文が印象的でした。まさに今のSNSがそうではないでしょうか。意見が違う人に分かってもらおうとするのではなく、とにかく「お前は間違っている」と戦闘を仕掛けて、相手殲滅(せんめつ)しようとしているように見える。

 でも、たとえそこで一時的SNS上で相手の息の根を止めたとしても、リアルではその人たちと一緒に暮らしいかなければならない状況は続く。激しく攻撃された方には恨みが生じて、やがて再び激しい戦闘になる。だから相手自分意見を聞いてもらい、この日本で一緒に暮らしていくためには、戦闘ではなく説得するしかないんじゃないか、と思いました。

 【宇野】 「説得」は、相手存在があってそれを認めることが前提になる。ただ、ネットではそれよりも自己承認欲求が先にきてしまう。自分存在を認めてほしいために、人を斬って、その斬り方が抜群にうまい人たちがカリスマとなり、皆がまねをする。でもこれだといつまで経っても対話相手を見つけられない。

 【梶原】 さら最近はそこに収益化のプログラムが導入され、インプレゾンビ(閲覧数増による収益目的迷惑投稿を行うアカウント)なども増えたために、2000年代初頭のネット右翼が出てきた頃とはまたもう一段変わってきた。もちろん以前から批判されたり過剰なことを書き込んだりする人はいたけど、一応本人の動機に基づいて本当に自分が言いたいことを書いていた。でも今はそれが収益や何らかの商売につながっているので、「事実を元にした誰かの意見なのか、それとも収益狙いのトンデモなのか」をどう見分けるか、というのも難しいところです。

 【宇野】 そういう意味でも、ネットだけでなく、やっぱりリアル対話がないとダメだと思う。

 ただ、未来予測としては、たぶん世の中はそっちに向かっていない。ますますAI対話して、「チャッピー(ChatGPT)」と深い関係になっていく。人間ではなくAIのほうが分かりあえる未来図のほうが現実味を帯びている。

 それでもやっぱり、こうやってお話しできてすごく良かった。正直ここに来るまで、梶原さんってどういう人かな、話が合うかな、全然合わなくて反撃されたら……と色々ドキドキ感があったんです。でも、きょうのやりとりを通じて、人間人間対話をやっぱり求めているんだなというのが自分でもよく分かりました。

 【梶原】 私も保守雑誌にいたときフリーライターになった今とでは、仕事をする相手も読者も全然違って、新しい発見がすごくあるんです。そもそも朝日新聞ツッコミを入れていた「築地をどり」の担当者がここに来る世界線はなかった。予想外の展開です。

 【宇野】 そんな可能から背を向けちゃうのはもったいないですよね。「フィルターバブル」や「エコーチェンバー」という言葉で語られるように、SNSでは同じ意見ばかりが増幅されていくと言われます。でも、今日のように一見つながりのなさそうな2人が対話することで、お互いの考え方の背景や、予想もしなかった共通点が見えてきました。そうした驚きや発見こそが、人間同士の対話が持つ力なのではないかと実感しました。

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インタビュー

「右」と「左」の対立はもういらない? 対話で見えた予想外の世界線

2026年2月12日

https://digital.asahi.com/articles/ASV1G2HJNV1GULLI003M.html

 

Re:Ron対話 宇野重規×梶原麻衣子

 【宇野】 朝日新聞で論壇時評を2025年3月まで2年間担当し、そのとき梶原さんの『「“右翼雑誌」の舞台裏』(星海社新書24年)を読みました。

 論壇とは何なのか、いつも考えていて、論壇時評といっても取り上げる雑誌はやっぱり朝日新聞っぽいものを選んでいるんじゃないのか、と感じることがある。「WiLL」や「Hanada」も時々読んでいたけど、取り上げることは限られていた。一方で本屋さんに行くと、論壇時評で取り上げるような雑誌は1、2冊くらいで、「WiLL」「Hanada」がずらっと山積みになっていて。ただ正直に言うと、熟読するのはやや抵抗あるな、とも。

 そんななかで梶原さんの本を読んで、面白いと思いました。現場学園祭のノリで編集していく様子が楽しそうで、何より梶原さんがちゃん対話しようとしていたのが印象的だった。まずは自分たちが考えていることを知ってもらい、そして相手がどう思うかも聞いて話し合おうという企画を色々と練っている。うまくいかなかったものも含めて、いわゆる「左」とか「右」というのを超えた対話を実現しようとする努力が伝わってきました。

 【梶原】 実は「WiLL」編集部にいたときコラムニスト勝谷誠彦さんの「あっぱれ!築地をどり」という連載を、入社当時から19年に退社するまで13年近く担当していました。

 朝日新聞論調を、東京本社所在地にちなんで「築地をどり」という流派になぞらえ、いわばおちょくるものです。とにかく朝日新聞を隅から隅まで毎日読んで、ネタを探す。細かい記事読者投稿まで読んで、今月はこれにツッコミを入れるぞ!というのを勝谷さんと相談して作っていく。

 たぶん朝日新聞の人はあまりきじゃなかったと思うし、応答が返ってくることはほとんどなかったんですけど、日々の紙面に対してツッコミを入れることで、一つのやりとりが成立していたと思う。私にとっても鍛錬になりました。

 24年の論壇時評(7月25日朝日新聞)で「Hanada」の記事石丸伸二・前広島県安芸高田市長についての地元の人たちによる座談会)を取り上げてもらったときは、編集部内がどよめいていたそうです。読んでくれている、というのは編集者としてすごくうれしいと思います

 【宇野】 実際読んでみると面白い記事もあるわけで、それを雑誌に対する一方的思い込みでこれはダメだっていうのはおかしいですよね。

 ただ、いまどきのネット空間では、見出しすら半分くらいしか見ずに、とりあえず相手にかみつく。批判する対象も丁寧に読むというのは、それだけで誠実かもしれません。

 具体的にはどういうのがありましたか? 梶原さんが見た「朝日新聞っぽさ」というのが浮かび上がってくるかと。



 【梶原】 衝撃だったのは連載初回で、04年11月中国の原潜とおぼしき船が日本領海内を航行した際の記事です。朝日新聞の社説(同11日付)で小見出しに「中国潜水艦?」って書いているんですけど「?」の級数ものすごく小さいんです。他のメディアはもう「ほぼ中国船」といった形で報じているけど、まだ違う可能性があるからなのか、あるいは中国に対して気を使っているからじゃないか、と。

 他にも、旭日(きょくじつ)旗に対して韓国から批判的な声が高まるなかで、朝日新聞夏の甲子園大会開会式で、毎回、旭日旗を元にしたような社旗ボールにくっつけてヘリから落とす。それに対してここでは言えないような下品ないじり方をしていたんですけど、客観的には面白い意見は違うけど存在否定しているわけではなく、風刺というか笑いにしてしまおう、という精神は良かったのではないかと思うんです。

 連載のネタにはならないけれど、朝日新聞を読んでいて説得されるようなこともありました。読み続けることで変化も分かるし、相変わらず、というところもあって、定点で見ていくことに意味があったと思います

 【宇野】 立場が違うとどうしても殺伐としたやりとりになって、特に今のネットでは相手を斬らなかったら自分が斬られるというか、どちらが先に相手ののしり倒すかみたいな感じがある。それに比べると、笑い、ユーモアからかいを含めた風刺は大切ですね。雑誌という媒体性質なのか、あの時期はまだそういう対話が成り立ったのか……。

 【梶原】 編集長の花田紀凱さんの方針で、雑誌新聞に対して批判の目を向けなければ、というスタンスで、朝日新聞特集を何号もやっていました。

 【宇野】 花田さんが週刊文春などで鍛えたジャーナリズム感覚のようなものでしょうか。ただ、その大前提には、朝日新聞というのは権威であって、それをたたいたり、ちょっとおちょくったり、それ自身面白い、というのがあったわけですよね。

 【梶原】 論調の違いや歴史認識に関して言えば、非常にシビア批判もたくさんあった。でも、そうじゃない視点から面白くいじり倒すというのもあって、「品はないけど愛はあった」というか。


 たとえば、朝日新聞記者年末年始ホームレスの人たちと寝袋で寝たという記事があって、もちろんその動機とかそこで見えてくるものは当然あると思うけど、ちょっと離れたところから見ると、「朝日記者は高給取りなのに、それは偽善では……」みたいな。そんな視点です。

 【宇野】 権威とされているものツッコミを入れたりひっくり返したりするのは、ジャーナリズムメディアの基本でもありますね。

■「敵」がいなくなった保守

 【梶原】 でも、権威があってそれをたたく構図、「革新」と「保守」というか、「左」と「右」といった構図がずっとあったけれど、徐々に「保守」のほうが強くなってきた。第2次安倍政権になってさらにそれが見るも明らかな状態になっているにもかかわらず、まだ左派カウンターを打つだけでやっていこうとしてしまった。本来保守側が論を立てなければならない側になったのに、保守側の意識が変わらなかった。ここが雑誌を作っていて難しかったところです。

 【宇野】 まさに朝日新聞というのが批判する側の言説の権威としてあるのが大前提で、逆に言うと、朝日新聞権威の座から転げ落ちてしまうと今度は敵がいなくなってしまう。ということで今度は、裏側から朝日新聞頑張れ!とエールを送っているところもある。

 加えて、保守なかにも「正論」や「諸君!」(09年休刊)といった既存の「ガチ論壇誌」があって、「WiLL」「Hanada」はそれともまた少し距離を置いた媒体で、面白くなきゃ、読者を楽しませなきゃ、という感覚がすごくある。でも、これも保守の“正規軍”があってこそ。それもだんだん力がなくなっていくんですよね。



 そんななかで、雑誌は売れるけど、自分たちが対抗する相手保守の牙城(がじょう)みたいなものが弱くなって、何に向かって茶々を入れていけばいいのか見えにくくなってきた。メディア政治の潮流がどんどん変わっていくなかで、梶原さんは居心地が悪くなって、結局飛び出した。何が一番大きなきっかけだったのですか?

 【梶原】 やっぱり第2次安倍政権の時期に抱いた違和感がすごく強くて。政権朝日新聞をはじめメディアからたかれるなか、こちらがそれを押し返すという構図がありました。でも本来は、保守からできる保守派の政治批判というのも当然あって、安倍政権にまだできていないこと、もっとやってもらわなければということが結構残っていたんです。実際、あそこまで政権が続いても憲法改正はできていません。

 なぜそれができないのか、を突きつけていかないといけない。岩盤支持層であればあるほど、その人たちがグラグラすることによって政治危機感を覚えるし、支持が離れることになって初めて本気になる。何をしても応援しています、できないことはやらなくていいよ、という状態が続いてしまうと、政治の側の「現状を変えよう」という動機けが希薄になる。

 だからこそ、保守から批判ちゃんとしないと、自分たちが思い描くような政治にはならないんじゃないか、という思いがありました。

 ところが実際には、北方領土返還をめぐる日ロ交渉が失敗し、四島返還事実上遠のいたにもかかわらず、「安倍さんは頑張ったからいいじゃないか」といった意見や、「モリカケ問題」の文書改ざん擁護する声も出てきた。最終的に、やっぱり憲法改正を言わないほうが正しいという意見まで雑誌に載るようになって、そうすると一体何のために雑誌をやってきたのか、安倍政権擁護するあまり今までずっと訴えてきた保守側の意見とも違うものまで雑誌掲載されたことで、これはさすがに許容できないと思った。葛藤がどんどん大きくなっていって、体調も崩してしまいました。

 【宇野】 ある意味で筋を通そうとしたわけですね。保守の原点、特に安倍政権本来の志は憲法改正であったとすると、それは置いておいて、むしろ政権を続けること自体目的化しているとしたら、それは本来めざしていたものからそれているんじゃないのかと。当然これは保守の側から出てきてしかるべき疑問だと思いますが、右派系の月刊誌を含めたメディアの多くも安倍さんの人気に乗っかって応援団のようになってしまった。おかしければおかしいと言うのがむしろ筋なのではというのは、本当にそう思います


本来の「保守」とは?

 私は『保守主義とは何か』(中公新書、16年)という本も書きましたが、保守って、自分たちの大切にしている価値があって、それが絶対だとか、一切変えちゃいけないとまでは言わない。でも大切なもの放置しておくとだんだん失われていくので、必要な変化は認めた上で、でも大切な価値はこれだ、とそれを守り抜いていく。それが保守保守たるゆえんだと思う。

 でも現代保守は何を守ろうとしているのか。あいつはおかしいというカウンターははっきりしているけれど、肝心の自分たちが守ろうとしているものがよく分からなくなってきているのではないでしょうか。

 【梶原】 保守の側にもそういうことを言う人は出てきてはいますが、大勢ではありません。今は良い意味でも悪い意味でも右とか左とかではない時代になってきています

 まだちゃんとあったほうが良かったと思うのは、自分が何に立脚してものを考えているのかがあった上で、あなたはそういう価値観だから私とは意見が違いますね、とある程度分かったほうがまだ話はできると思うからです。

 【宇野】 確かに保守主義って生まれときから明確な敵があったんですよね。フランス革命20世紀社会主義アメリカ流の「大きな政府」(ニューディール政策)と対象は変わったが、常に敵があるときに元気が良くて論理も鋭い。だけど21世紀になったぐらいから、だんだん明確な敵が分からなくなっていった。

 【梶原】 今は私も、保守派の人と話していても話が通じないことがありますネットの言説の影響が大きいと思うけれど、とても変わってきています

 たとえばLGBT問題で、本来日本の文化で言えば西洋の男女二元論のような捉え方とは違うはず。ところが保守派は、性別絶対的なものであると主張し、LGBTを許容する発想を危険視するようになっています。「女のふりをした男が女湯に入ってくる」というようなレアケースを持ち出すことで危険性を訴え、「LGBT思想蔓延(まんえん)すると女性を守れない」と印象付けようとしていました。

 そういう時だけ「女性を守れ」と言いますが、日ごろ「痴漢撲滅、女性を守れ」などとは言っていない。LGBTを推進する左派に対抗したいというイデオロギーのために「女性を守れ」の方便が持ち出されているだけです。また、「LGBTを許容することで性別不明の人間同性愛者が増える」とも言うのですが、保守派が認めようが認めまいが、当事者はすでにこの社会暮らしているわけで、「認めなければ存在しない」かのような言い方には違和感しかありませんでした。

 【宇野】 今の保守右翼を論ずる上でのポイントで、かつてのようなイデオロギーに基づくような明確な敵はいない。

 むしろもっと素朴な違和感、何か嫌だという感覚がある。そこからスタートするのは議論の仕方としてはありだとは思う。ただ、お互いになぜ嫌なのか、考えてみると自分のこういうものを脅かすと感じるから嫌なんだ、くらいまでいけば、それならお互いの大切な部分をなるべく傷つけないように、どうしたら共存が図れるか、といった議論もできる。けれど、たぶんそこまでいっていない。

 【梶原】 移民などに対してもそうですが、海外で起きている事例とか、嫌悪をあおるような動画を見聞きして、それをそのまま取り込んで日本でも近い将来こうなる、といった言い方がすごく増えています防衛本能みたいなところから出てくるのは分かるけど、社会の違いがあるのでそのままそうなるわけじゃない。これも保守の人には分かるはずと思っていたんですが……。

 【宇野】 もちろん、地域によっては外国人労働者が増えて、住んでいる人との間に摩擦やトラブルが起きることもある。そのとき、お互いに反発があるなかで、どう一緒にやっていくのか、どうルールを決めていくか、という議論ならいいけれど、今あるのは「なんちゃって排外主義」というか、漠然とした排外主義的な気分。本来自分たちのものであるものが、いつの間にか外国人に奪われているのではないか、という不安感だと思います。そうした不安自体否定しないけれど、相手存在否定する、いなかったことにする、というのは違う。

 そもそも梶原さんは最初から自分右派的な意見を持って雑誌に行ったときも「最右翼」と自認されていましたけど、何かきっかけがあったんですか?


■なぜ保守右派的な思想に?

 【梶原】 さかのぼってみると、父が自衛官で、小学校時代に父の仕事について担任先生から、「あなたのお父さんの仕事って嫌われてるよ」と言われたり、PKO派遣1991年議論になったときに、父は行きたいと言ったけど母がそれを止めて、「あなた正義心で世界のために命をかけようとしているんだろうけど、死んでも誰も感謝しない、この国は」という言い方をしていたり。実は母も自衛官の娘で、そういう立場の人がそんな風に言うこの国とは一体なんなのだろう、とすごく疑問に思ったんです。

 父の仕事が他の仕事と比べて特別すごいとは思っていないけれど、でも誇りを持ってやっていることだし、自分観閲式に行ったりして親しみもあったので、なんでそんなことを言われるんだろう、という思いがありました。大学に行ってからいろいろ雑誌を読んだりするなかで、それって憲法の話からきていたのか、それで存在否定されてこうなっちゃうのか、と。そのあたりからだんだん保守系の雑誌を読むようになって、自分にはしっくりくるなと思った。

 そして2002年北朝鮮による拉致問題の大きな進展があったとき、こんなことが起きていると知らなくて、それを解決できずにきていたんだとショックを受けて。そこから保守派の考えになったのが大きかったと思います

 【宇野】 お母様の言葉が重たいですね。もちろん個人意見として、憲法9条についての考えが多様なこと、自衛隊という存在に対して否定的な考えがあるのはしょうがない。でも実際問題として、この国のために働いて亡くなったところで、誰もそれを嘆いてくれないというのはおかしいんじゃないか、というのはそう思います。国のあり方としてどこかおかしいっていうのは、非常によく分かる感覚です。

 拉致問題にしても、この国のあり方とか外交とか特定の国に対する姿勢とかを考えるとき、決定的に重要事実を知らなかったのはショックですよね。大切な事実や前提が分からなければ対話も始められない。

 その後も、お父様やお母様とはそういう話はしていますか?

 【梶原】 憲法の話とかをするようになったのは編集部に入ってからでした。雑誌も購読してくれて、感想も聞かせてくれました。母方の祖父仏壇雑誌を供えることもあって、軍に入って終戦を迎えた後に警察予備隊にも入隊していましたから、戦後の風潮に対する何らかの思いがありながらも言えないこともあったんだろうな、と感じました。あまり多くを語らない人だったのですが、もうちょっと聞いておけば良かったと思います

 私自身も編集部に入る前から「WiLL」の読者だったので、編集者になっても雑誌を読んで毎月楽しみにしている気持ちは読者と共有できている、という感覚がありました。

 【宇野】 思いがある問題意識を書いて、それが読み手に届いて共有され、一緒にやっている感覚ジャーナリストとして幸せですね。

 【梶原】 読者から電話やお手紙などのリアクションもすごく多くて。批判ももちろんありましたが、でもそこでまたコミュニケーションが生まれた。

 ただ、第2次安倍政権期に入って私自身も疑問を持つようになったとき、読者から手紙いただきました。「保守雑誌は本当のことを書いてくれるから読んでいた。リベラル媒体と違ってちゃんとフェアにやってくれると思っていたのに、安倍擁護ばかり

anond:20260217091954

世間問題意識が高まってくれれば、みたいなプラス意識はあってもいいんじゃないかと思うわね

収益は、もともとが人気漫画だったから、これによるブーストなんてイメージ的には +20% とかそんなもんじゃいかなぁ

2026-02-16

2026/2月2週LINEオープンチャットはてなブックマーカー」1週間のまとめ

これは何?

LINEオープンチャットはてなブックマーカー」の1週間分の要約を、さらAI使用し、試験的にまとめまています

要約内容

🗳️ 政治社会リテラシー

🤖 AIテクノロジー通信
  • AIに興味を持つ人が周囲に増えており、部署全体にツールを普及させた経験が語られるなど、実務レベルでの活用が進んでいる様子が見られた。

💼 仕事資格キャリア

🏥 健康保険生活不安

✈️ 旅行・街歩き・移動

🚗 車・建築都市への関心

🍜 食・飲酒外食体験

🎵 趣味カルチャー言語

🎉 季節行事時事ネタ

😕 日常もやもや人間関係

  • 久々の再会を楽しむなど、対人交流ポジティブな側面も同時に表れている。

1週間分の総括

この1週間は、政治社会への真面目な議論と、食事旅行といった軽い雑談バランスよく混在し、知的関心の高さと生活感のリアルが同時に感じられるログだった。

AI資格取得など「未来への備え」を意識する発言が目立つ一方、健康奨学金仕事といった不安も共有され、全体としては変化の大きい時代を堅実に乗り切ろうとする姿勢が読み取れる。

また、コロナ後の再会や旅行計画象徴されるように、人々の行動が再び活発化しており、**社会回復個人生活の再拡張**を感じさせる1週間だった。

関連記事

https://anond.hatelabo.jp/20240722084249

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2026-02-13

有川浩って『図書館戦争』が表現規制抗うような内容だったので、どちらかというとリベラル派なのかと思っていたんだが、それ以降の発言を見るにどうも右寄りぽいんだよな…

#ママ戦争止めてくるわタグ批判する事自体全然良いと思うんだけど、批判の内容が

戦争したがっている人なんか誰もいないのに」なので呆れた。


えー?どうして他人内面が全部分かるの?小説家なのに想像力無さすぎなのでは?

ていうか戦争したがってる人がいないなら、どうして戦争は起こるの?戦争したがってる人がいなくても起こるって事なの?現に戦争は起こってるよね?

戦争したがってる人がいなくても戦争は起こるなら、戦争したがってる人がいないと反論する事自体無意味じゃない?

戦争反対している人達は、法律制度の改変を問題視しているのであって、人の心がどうこうの話ではない。

でも、#ママ戦争止めてくるわというクソタグでは、その辺の問題意識が伝わりにくいのが悪いですね!あの変なタグを作り、拡散した人達が悪いです!それはその通りです!


ていうか、今思うと『図書館戦争』における表現規制もけして戦前日本のような政府に都合の悪い言論を取り締まるための規制ではなく、

いわゆる「ポリコレ」的な人権擁護のための規制を想定していたんだろうな…。登場人物の設定からし軍隊賛美っぽいものね。元々分かってはいたんだよ。

でも「戦争したがっている人なんか誰もいないのに」は、人間に対する解像度があまりにも低過ぎて、小説家として駄目じゃんと思って幻滅した。

https://x.com/Kosodate_Ogawa/status/2015717584046522435 記事 新しいポストを表示 会話 小川大介@90タイプ才能診断『コドモトメガネ』開発者 @Kosodate_Ogawa 協力できない社会で、私たちは何を見失ったのか ―子育て現場から考える、個別最適と公共性の再設計

はじめに──違和感の正体を、構造として考えたい

最近教育現場SNSで、ある種の"すれ違い"を目にする機会が増えました。

注意されたり、期待と違うことを言われたりすると、「自分とは合わない」と、そこでの人間関係のものリセットして離れてしまう。自己主張は強いのに、親や社会に支えられている事実への自覚が薄い。大人の側にも、責任を引き受けるより先に「自分権利」だけを語ってしまう振る舞いが見える──。

あなたも、こうした光景に心当たりがあるのではないでしょうか。

もちろん、これは特定世代批判しようとしているのではありません。私が今回考えたいのは、「その振る舞いが"合理的"に見えてしま社会の側の条件」です。なぜ今、対話よりも離脱が、協力よりも防御が選ばれてしまうのか。その背景には、私たち大人が気づかぬうちに変えてしまった「学びの物語」の喪失があるのではないか──。

そんな折、教育者中土井鉄信先生Facebook投稿出会いました。

そこで語られていたのが、「学びは公共財である」という視点です。教科書は、人類が積み上げてきた英知の集積であり、私たちはそれを受け取って生きている。だから学びは「自分のため」だけで終わらない。受け取ったもの社会に返していく視点が欠かせない──。

この言葉に触れたとき、私の中で点が線につながりました。

依存」「消費化」「対価志向」「関係短期解約」──これらは別々の現象ではなく、学びの位置づけの変化と深くつながっているのではないか

本稿は、その問題意識を整理し、立て直しの方向を考える試みです。中土先生問題提起へのリスペクトを込め、私が現場で向き合い続けてきた実践から、その解決の糸口を提示したいと思います

学びが"公共財"として扱われなくなると、何が起きるのか

学びや知識には、個人の便益(成績・進学・仕事)だけでなく、社会的便益があります社会一定ルールを共有できること、言葉が通じること、協力が成立すること。その基盤には、学校教育読書を通じて広がる「共通の知」があります

ところが近年、学びは少しずつ、「社会の基盤」よりも「個人投資」「購買体験」に寄って語られるようになりました。

どれだけ得をするか

どれだけ早く成果が出るか

お金を払っているのだから満足させてほしい

この枠組みが強まると、学びの場は「関係を育てる場」ではなく「サービスの場」に近づきます。すると、注意や指摘は「成長のための調整」ではなく「不快体験」になり、合わなければ話し合うよりも「さっさとその場を去る(離脱する)」ほうが合理的、という判断を招いてしまうのです。

「うるさい!もうやだ!こんな学校(塾)辞めてやる!」──この叫びは、わがままではなく、ある意味消費者としての合理的選択になってしまっているのです。

学びが「買うもの」になったとき私たちは何か大切なものを失いました。それは、学びを通じて人と人がつながり、社会を共につくっていく物語だったのではないでしょうか。

かつての日本が持っていた「学びの回路」

私が子どもの頃、勉強が得意な子に向けて大人が「末は博士大臣か」と声をかけることがありました。実際私も、祖母祖父、近所のおじちゃんたちに、何度となく聞かされたフレーズです。

今振り返ると、そこには単なる出世願望だけではなく、「力を持つなら、社会に役立つ人になってほしい」という期待が含まれていたように思います欧米で言われるノブリス・オブリージュ(地位能力を持つ者の社会責任)も、根は同じです。

かつて学びや能力は、個人利益で完結するのではなく、社会に返していく回路の中に置かれていました。この感覚は、言葉にされなくても、日常の中で自然に共有されていたのです。

この回路が弱まると、学びは単なる「受け取るもの」になりやすく、結果として「対価がなければ動かない」という感覚が広がります。それは個人問題というより、学びの物語社会が共有できなくなったことの反映ではないでしょうか。

私たちは今、この失われた回路を、新しい形で取り戻す必要に迫られています

自分との「不一致感」が、関係を壊していく

人が社会他者と健やかに関わるために、最初必要なのは規範」でも「協調性」でもないと私は考えています

私が多くの親子と向き合う中で、それら以前にもっと手前の問題として感じるようになったのは、「自分自身との一致感を持つことができていない状態」で生きている人が想像以上に多いという現実です。

たとえば、次のような振る舞いが見られるとき私たちはしばしば「甘え」や「依存」として片付けてしまいがちです。

やる気がないように見える

注意されることを極端に嫌がる

関係のものから距離を取ろうとする

しかし、丁寧に話を聞いていくと、その背景には別のものが見えてきます

「どう理解すればいいかからない」

「どんなペースなら続けられるのか分からない」

「何を期待されているのか曖昧なまま、結果だけを求められている」

まり自分特性と、求められている振る舞いとの間に深刻なズレが生じているのです。みんなと同じやり方で学び、同じ基準評価され、同じ反応を期待され続ける環境に長く置かれると、人は次第に「自分はどこかおかしいのではないか」と感じ始めます

この状態こそが、私が「自分との不一致感」と呼んでいるものです。

この不一致感は、単なる自信のなさではありません。それは、自分という存在が、この社会の中でどう機能すればいいのか分からない、という根本的な不安です。この不安を抱えたまま「協力しなさい」「もっと頑張りなさい」と言われても、人は動けないのです。

自分との一致感」こそが、協力の土台になる

人は、不安や恐れが強い状態では、協力よりも「防御」を優先してしまます自分の中が不安定なままでは、注意は攻撃に聞こえ、期待は重荷に感じられ、関係のものを避けることが合理的選択になりやすいのです。

逆に、「このやり方なら理解やすい」「この関わり方なら無理なく動ける」という安心感――すなわち「自分との一致感」があってはじめて、人は心理的に安定し、周囲と関わる余裕が生まれます

自分のやり方や反応を「これでいい」と理解できている人は、常に評価承認を求めて振り回される状態から一歩距離を取り、自分と違う人を「役割が違うのだろう」と捉えられるようになります。この視点の転換が起きたとき、違いは摩擦ではなく、補完関係に変わるのです。

協力とは、目標として押し付けものではなく、自分理解し、無理のない形で力を出せる人が増えた結果として、自然に立ち上がってくる関係性だと私は考えます

「協力できない社会」の問題は、協力を強制することでは解決しません。それよりも、一人ひとりが自分との一致感を取り戻すこと。そこからすべてが始まるのです。

家庭を「才能発揮の中心基地」へアップデートする

この「自分との一致感」を取り戻すために、私が提唱し、社会に先行して取り組んできたのが独自の「才能タイプ理論」による個別最適な子育て実践です。

そして、その実践において最も重要になるのが、家庭を「才能発揮の中心基地」へアップデートすることです。

学校社会が一律の基準を求めがちな外部環境であるからこそ、わが子の「才能の形(遺伝特性認知形成のクセ)」を深く理解し、本人そのものを伸ばしきれるのは、親をおいて他にはないからです。

ここで改めて強調したいのは、個別最適とは、嫌なことを免除したり、好きなことだけを選ばせたりするための考え方ではないということです。むしろ本質は、「どの形なら、その人は役割を引き受けやすいのか」を探るための視点です。

言葉説明するのが得意な人、作業で支えるのが得意な人、全体を見て調整するのが得意な人。同じ「責任」でも、担い方は一つではありません。その違いを前提に役割を考えることが、結果的集団を安定させます

個別最適は、わがままを許すことではなく、それぞれの特性に合った形で、社会役割を引き受けられるようにするための設計思想なのです。

公共性とは、「自分らしい形」で社会に関わること

中土先生の「学びは公共財である」という言葉に立ち返ります

学びが公共財であるとは、個人より社会を優先しなければならないという意味ではありません。そうではなく、「社会から受け取った知や経験を、自分特性に合った形で、社会に返していく」という循環を大切にするということです。

かつての「末は博士大臣か」という言葉根底にあった、能力社会に返していく回路。それを、いま私たちは「個別最適」という新しいアプローチで再構築していく時代の扉の前に立っているのです。

公共性とは、画一的基準に全員を合わせることではありません。むしろ、一人ひとりが自分特性理解し、それを活かして社会と関わること。その多様な関わり方の総体が、本当の意味での豊かな公共性を生み出すのです。

家庭という「中心基地」で、わが子の才能の形を認め、自分との一致感を育むこと。それは、お子さんが「自分に合った形で、社会と良い関係を結べるようになる」ための自立への第一歩です。

おわりに──批判ではなく、再設計のために

この記事を通して、今の社会子どもたちを批判たかったわけではありません。なぜ「対話あきらめ、つながりを断つこと」が合理的に感じられてしまうのか、その背景に私たち大人の側の設計はどう関わっているのかを、一緒に考えてみたかったのです。

私自身、「才能タイプ子育て」という活動を通して、一人ひとりが自分と一致した状態で力を発揮し、その結果として、無理のない形で社会と関われる人が増えることを願っています

違いを前提にした関係の方が、結果的社会は安定し、協力は回りやすくなる。この実感を、現場での実践を通じて、少しずつ社会に返していきたい──そんな立場から問題提起です。

私たちが失ったのは、「協力する力」ではなく、「協力できる条件」だったのかもしれません。

そして、その条件とは、一人ひとりが自分との一致感を持ち、自分らしい形で社会に関われること。学びが公共財であるという物語を、個別最適という新しい形で紡ぎ直すこと。

今回の記事が、ご家庭で、職場で、教育現場で、何かを考え直す小さなきっかけになれば幸いです。

あなたは、どんな形で社会と関わっていきますか?

あなたのお子さんは、どんな才能の形を持っているでしょうか?

その問いから、新しい公共性の物語が始まります

2026-02-12

AIがあっても自由研究すら出来ない奴には猫に小判

発想もAIに頼ってごまかすしか生きるすべはなく全くオリジナリティ新規性もない

頭の中のもやもや自分がそれが何か分からないだけであり、すでに誰かが名前を付けていて解決している

そもそもインスタント食品のように画一化された世界で培われるようなセンサーで感じるもやもや感などは鋭いとは言えず大した問題意識ではない

言葉を多く持ち合わせているとしてもそれは第一段階に過ぎない

足るを知るとは自分新規性を生み出すのをあきらめるということ

資本主義社会プラスアルファが消えることは許されない

欲望にまみれた汚い言葉言霊をいとわずに頭に反響させることでハングリーになり結果問題意識が生まれ

戦勝国なら無意識に当然行っている発想力

プラスアルファが要らない世界共産主義となり特定人間が上に立つ必要はない

それに抵抗するための新規性を生み出し構成の子孫にプラスアルファ余地を残し余計な仕事でも増やし、資本主義延命させるサステナビリティが求められる

受験オタクつくば市小学生自由研究にも劣る

令和6年度 科学研究作品展 金賞受賞作品をごらん

受験オタクでは一生思いつかないような問題意識

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