はてなキーワード: バレンタインとは
でも別に白人だとかアジア人だとかを無理矢理黒人化することは性癖の押し付けであって正しいことではないよ、って話。
ラッパーで言うならニッキーミナージュとかはギリエロさを感じるけど、ドチーぐらいになるとうーんってなる。アイススパイスはエロい。
女優で言うなら、ゼンデイヤはエロく感じる時があるが、ウーパーゴールドバーグはオモロいが勝ってしまう。
モデルでいうなら、ニャキムガトウィッチは黒すぎてようわからんが、ナオミ・キャンベルはわかりやすく美しい。アノックヤイは可愛く見えるが、歳下だから可愛く見えるのかもしれん。
これもめちゃくちゃ好みがそんな感じ、という話であって、全人類こうなるべき、とはならん。逆に目障りだ。
黒人のゲイでナードがケツ振ってても無理すんなよとはなるが、リルナズエックスのPVでいい身体してんじゃんと思ってしまったのは内緒だ。
そういうものを受け入れていく空間はあっていいと思うが、あるべきだとか、認めるべきだとか、お前はコレを食えだとか、僕の涙の黒人ゲイユダヤ教チンポを喰らえだのは“いい”という文字の言葉尻を捕まえすぎだと思う。
他人が『まぁこのラインならイケるんじゃね?』と設けているものを無視して“正しい”で進めてくるのは間違いだし
もっと言うなら二次創作は一次創作した奴らの心理的なエールにはなるが、厳密には『あんま大々的にやられてもそれ俺らの著作物だからな。覚悟しとけよ。』という話になる。
これは無理矢理キャラ同士でセックスさせたり、ゲイにしたり、触手や動物・ゴブリンに襲わせたり、ちびキャラにしてちび可愛い生活を描写したりしてる奴らも含めて。
細川バレンタインだって『俺の好みはお尻がパウン!なんだよ、乳首がレーズンでも構わない。お尻がパウン!』って言ってたし。
ただ他所様の著作物を無理矢理黒人にするまでは勝手にやってりゃいいが、それを“正しいことをしてやった!”とするのは、変態紳士としての態度ではないし、正しいってことは元ネタ様にも喧嘩を売ってるってことか?
となる。
https://anond.hatelabo.jp/20251114170122
3年振りくらいに彼氏ができた。
大学2年生の冬に3ヶ月くらい男と付き合って別れたきり、会社の男くらいしか縁がなかった。
商社の男は彩りが良く次々と目移りしたが、私は上司のパワハラに耐えられるほど自分を麻痺させることができず、早々に会社を辞めたため、ドラマで鉄板のオフィスラブをなぞることもなく家に引きこもり、一年が経った。
誰かに愛されたい、全てを受け入れてもらいたい、という人間らしい願望は持っていながらも、マッチングアプリを入れるのは自分のプライドが許さなかった。
マッチングアプリは汚い。
本来、誰かを右や左にスワイプする権利など、誰も持っていないのだ。
他者から好ましく思われそうな自分の写真を選定する作業がまず滑稽だし、右にスワイプしてもらえるようにプロフィール文を飾り立てる”媚び”も気持ちが悪い。
会社の男は漏れなくマッチングアプリを入れていて、普段から女を右や左にスワイプしているため麻痺しきっており、対面した時に品定めするような目でスキャンされたときは血の気が引いた。
女だと認識した時点で、「ありかなしか」でひとまずスワイプされる屈辱はなかなかに私を打ちのめした。
しかし歓迎会で早々に酔っ払い、「ワイン飲めるのぉ?かっこい〜...」と舌足らずな声で擦り寄ってきた可愛い系の男に心が揺れなかったかと言われれば嘘になるし、私がパワハラに完全に屈している時、給湯室の出口を塞ぐようにして立ちはだかり、心配そうに覗き込んできた端正な顔立ちの同期にはときめいた。電車で真っ青な顔をしている私のコートに触れ、「大丈夫?」と声をかけてくれたお調子者の筋トレマニアの優しさも効いた。マチアプをしている時点で全員を漏れなく軽蔑しているのに、彼らを好意の丼に入れてしまう自分もいて、幼稚園の頃、好きな男子を指折りで数え、バレンタインにチョコを配り回っていたあの自分と、本質はずっと変わっておらず呆れ返った。
それでも私は表面上だけでも全ての人間を、あくまで恋愛対象ではなく、人として扱い尊重したかったため、誰のこともスワイプせず、つまり恋愛することはなく、田舎に帰り引きこもった。
結婚願望は無いが愛されたい。セックスはしたくないが触れ合ったりはしたいし自分の恥ずかしい部分を誰かに受け入れてもらいたい。行為をしたくないのは、私が単純に生まれてきたくなかったからで、子供が万が一にでもできてしまうと同じ苦しみを味わわせてしまうことになるからだ。それに、直球で言ってしまうと、ションベンをする棒を出し入れされて愛を感じる意味がわからない。
でも自分みたいな、ただ触れ合いたいだけの人間は現代では”わがまま”だと言われるのだろう。
私が読んだ少女漫画は大体付き合ったら手繋ぎ→キス→セックスになるし、私の友人も全員彼氏ができると、当然だと言わんばかりにセックスをしていた。ドラマも映画も漫画もゲームも、恋愛要素があるものは大体全部、最後性行為に行き着く気がしている。これって洗脳なんじゃないのか。
でもそんなことを言い始めたら、そもそもこの恋愛至上主義の世界もおかしい。誰かを好きになることって、一部の人間を除き、大半の人間には備わっている感覚だ。本能と結びついているため心が大きく動くし、エンタメ性が非常に高い。しかも大半の人間が恋をしたことがあるため、会話のネタにもなりやすくコンテンツ力がある。修学旅行の夜、共通の趣味がない人間同士でも、大勢で集まって恋バナで盛り上がれるのってそういうことだと思う。
出会いはネットだった。決してマッチングアプリではない。Twitterの、もう少し若い人向けバージョンみたいなやつだ。好きなゲームの感想を呟いていたら、ある男がそれに反応してきて、以降喋るようになった。
自分は何を思ったか、恥ずかしいことに「おれ」を一人称にしていたため、完全に男だと思われていた。しかしある日、好きだった男についてぶつくさ言ってたら、彼が「ごめん!男だと思って接してた!」と謝ってきて、それから個人チャットで話をするようになった。無害、というのが彼の印象だった。褒めると「久しぶりに誰かに褒められて嬉しい」と喜び、ゲームの話を振ると「こんなに誰かと喋ったの久しぶりで楽しい」と言うような、少し孤独な人だった。
ある日、不意に気になったことがあって、聞いてみた。
「そういえば、前銀行口座作れなかったって言ってなかったっけ?あれどういうことなの?」
狐につままれた。
「他には?」
そしてまた続けて送られてくる。
「もう犯罪者となんか話したくないよね」
身近に犯罪者がいないため驚いた。でも当然そういう人間も世の中にいるんだった。
今の彼が同じ過ちをしそうにない、ということを考えて私は返した。
「ヒカリはヒカリでしょ。別に過去のことなんかどうでもいいよ」
教えてもらった、中性的な本名。動揺はしたが、もう話せなくなることの方が嫌だった。
ヒカリは何を思ったか、次々と自分のことを開示してきた。ドMだということ。背が低いということ。ブサイクだということ。
ドMに対して、私は可愛いじゃんと返し、背が低いことに関しては、私とちょうどいいねと返し、ブサイクだということには、前見た彼の自撮りを思い出し「可愛い顔してるじゃん」と肯定した。
彼は気づけば私を好きになり、「一方的に好きになってごめんなさい」と謝ってきた。
「もう君がいないとだめになっちゃった」と弱々しく呟く姿に、私は久しぶりに必要とされる喜びを感じて飛びついた。
ほどなくして付き合った。
彼は元犯罪者ということ以外は完璧だった。なんと、挿入を伴う行為に興味がないらしい。中でイけないし動くのが面倒臭いし何よりドMだかららしい。
三年前、渋谷の桜丘町にある古いマンションの一室で月に一度だけ開かれていた読書会があった。
「Books & Beyond」とか「本と珈琲」みたいなカフェが並ぶあの界隈で、オーナーが趣味でやってるようなサブカル風の空間。壁にはカフカのポスターが貼られ、スピーカーからボサノヴァが流れていた。
六畳ほどの小さなスペースに八人くらいが座りそれぞれが持ち寄った本を紹介し合う。それが俺と彼女の出会いだった。
俺がその日持っていったのは『呪術廻戦』の第八巻。ほかの人たちが『中動態の世界』とか『そして誰もいなくなった』とか『サピエンス全史』とかを並べる中で、俺だけがジャンプコミックスを机に置いた。
でも当時の俺はそれを承知の上で、ある種の逆張り的勇気みたいなもので挑んでいた。会社では誰にも話しかけられず、Slackのアイコンもずっと初期設定のまま。それでも自分を注目して欲しいという欲求はあった。
「呪術廻戦のテーマは、“死の受け入れ”よりも“存在の肯定”にあると思うんです」
俺はそう言った。
それに対して、口を開いたのが彼女だった。白いマスクを外して冷静な目で俺をまっすぐに見た。
「でもそれって、“他者を媒介にしない存在”ってことですか?」
唐突にそんな言葉が出てきた。返す言葉に詰まった。彼女の声は低くて落ち着いていた。大学院で哲学を専攻していると言った。
その瞬間、空気が変わった。
みんなが「へえ〜」と頷いて、俺は笑ってごまかした。その笑いが妙に引きつっていたのを今でも覚えている。
そのあと彼女が言った。
「でも、面白いですよね。呪いって、社会の圧みたいなものですし」
その一言に、俺は救われた気がした。
彼女は俺を笑わなかった。
それどころか俺の話を拾って補足し、言語化してくれた。その会の後、俺たちは駅まで一緒に歩いた。
外は冷えていてコンビニの前のホットコーヒーの湯気が白く漂っていた。
「行く」と俺は答えた。
新宿御苑の近くに住んでいて、大学はお茶の水。彼女の持ってくる本はいつも背表紙が硬かった。
『悪について』
対して俺の持っていくのは『チェンソーマン』や『ブルーピリオド』。
彼女はよく笑った。
笑うときに、指先を口元に添える癖があった。
その仕草が上品で、俺はそれを見るたびに自分がどれほど下卑た生き物なのかを思い知らされた。
付き合うようになったのはその年の秋だった。
彼女が修論で忙しくなってから俺の存在が息抜きになったらしい。
「あなたと話してると、時間を忘れちゃう」と言われた夜、俺は人生で初めてコンビニの帰り道が輝いて見えた。ファミリーマートの青い光がネオンのように見えた。俺の中でなにかが初めて肯定された気がした。
イルミネーションが飾られてSNSでは「#冬の光2021」というタグが流行っていた。俺は寒くてポケットに手を突っ込んでいた。彼女は小さな紙袋を下げていて中には文房具店で買ったモレスキンのノートが入っていた。
彼女はそう言って笑った。そして突然立ち止まって空を指さした。
「ねえ、見える?オリオン座」
俺は空を見上げた。
そこには三つの星が斜めに並んでいた。
「……あれか?」
俺は正直何もわからなかった。
星はただの光の点にしか見えなかった。
俺の住んでいた葛飾区の夜空では、星なんてほとんど見えなかった。中学の帰り道、空を見上げてもあるのは街灯と電線だけだった。だから星座の名前なんて知る機会がなかった。
彼女がそう言った。
本当は行ったこともなかった。そんな余裕のある家庭じゃなかった。週末は母親がスーパーで特売の鶏むね肉を買って帰るのが恒例で、俺はその肉を味噌マヨで焼いて弁当に詰めてた。
星よりも肉の値段を見てた。だから空を見上げるという行為が俺には贅沢に思えた。
彼女は俺の顔を見て、少し笑った。
「かわいいね。知らないことがあるって」
それがなぜかすごく悔しかった。笑われたわけじゃないのに馬鹿にされた気がした。
俺は「そうだね」とだけ言って視線を落とした。
地面に落ちた枯葉を踏みつけた。カサッという音が、やけに大きく聞こえた。俺はあの夜自分が一生星座の名前を覚えないだろうと悟った。
通勤電車の窓に映る自分の顔は相変わらず冴えなかった。イヤホンからはYOASOBIの「群青」が流れていた。「夢を描くことが全ての始まりだ」なんて歌詞を聞きながら俺は窓の外を見た。
見たのは空じゃなく、線路だった。
陰キャは夜空を見上げない。
星の位置を覚えられる人間は、いつだって上を見て生きてきた人間だ。
図書館に通い、正しい敬語を使い、誰かに恥をかかされないように育てられた人間だ。
俺はそうじゃない。
俺の星座はコンビニの防犯カメラの赤い点滅と、タワマンの最上階で光る部屋の灯りでできている。
これは遺書だ。
俺はもう彼女と会っていない。
バレンタインだった。俺はその日会社で義理チョコすらもらえなかった。彼女からのチョコを待っていたわけじゃないけど期待してた。
「ねえ、今年はどんな本読んでるの?」
その一言が来るだけで救われたと思う。メッセージはもう既読にならない。
仕事帰りの山手線、品川から田端までの間イヤホン越しに呼び出し音が虚しく鳴った。ワンコール目、ふたつ、みっつ、……留守電に切り替わる。
録音された「この電話は現在使われておりません」という機械音声。それがまるで彼女の声に聞こえた。その瞬間息が止まった。ほんの数秒で胸が焼けた。
どうして?
俺のスマホには彼女の写真がまだある。表参道の青山ブックセンターの前で撮ったものだ。彼女は黒いコートを着て、手に『ロラン・バルト/恋愛のディスクール』を持っていた。俺は同じ日カバンの中に『チェンソーマン』の最新巻を入れていた。
その夜二人で神宮外苑のいちょう並木を歩いた。イルミネーションの下で彼女が「あなたはどんな未来を望むの?」と訊いた。俺は「普通に働いて普通に暮らせたら」と答えた。
俺は夢を語る勇気がなかった。陰キャは、夢を語ると笑われると思ってる。
それでもあの頃の俺は必死だった。休日には「丸善丸の内本店」で彼女が好きそうな本を探した。
『夜と霧』
『哲学の慰め』
表紙をめくっても内容の半分も理解できなかった。けど読んでるフリをすることに救われた。カフェ・ベローチェでブレンドを飲みながらマーカーで引いた単語をスマホで調べた。
「内在性」
「超越」
「主体性」。
どれも俺には関係ない言葉だった。それでも彼女の世界に近づける気がした。
夏になっても連絡はなかった。彼女のTwitterアカウントは鍵がかかりInstagramは削除されていた。
唯一Facebookだけが残っていた。プロフィール写真は変わっていなかったけど交際ステータスの欄が消えていた。俺は夜中の三時渋谷のファミマでストロングゼロを買って歩きながらそのページを何度も更新した。酔いで画面が滲み青白い光が夜風に揺れて、まるでオリオン座みたいだった。
俺は空を見上げた。
もしこれを読んで俺のことだと気づいたのなら、どうか連絡をして欲しい。俺はおまえが好きだ。おまえがいないと俺はもう駄目みたいなんだ。
たくさん本も読んだし勉強した。今なら話にだってついていけるし、楽しませることだって出来る。
これを俺の遺書にはさせないでくれ。
https://anond.hatelabo.jp/20250913010511
俺は面白いVtuberを紹介してくれと書いて紹介されたVtuberがどれもつまらないから紹介されたVtuber全滅と書いただけだから。
これだけVtuberがいるんだから全部がつまらないわけないのにVtuberがつまらないと断定するのはアホじゃなくてお前が面白いの紹介するのがコミュニケーションであって
お前は何も言ってないに等しい他人に難癖つけたいだけのアホね。
トーマスガジェ
楽しんでるものあげたらきりないけど
「Vtuber全否定するやつ何を見てもつまらないんじゃない?」ってツッコミ多いんだけど
Vtuberが嫌いならお前は何も楽しめないと断定するのやばくないか。なんか最近のVtuberオタク頭がおかしくて怖いんだけど。
心のなかではきっと彼女欲しいとかセックスしたいとかでも現実の女はクソまじビッチ死ねとか、まあある種こういった人種特有(といっていいのか分かりませんが)の鬱屈とした感情を抱えつつもいろいろ否定して生きてきた。
いやまあ話の中ではよく見るし切ないって感情も解ってたつもりだったけどね。体験してみると違うもんだ。
キモいけど自分かわいくてしょうがない傷つきたくないATフィールドばりの鉄壁を張り巡らしていた自分だったけど、それをぶちこわす奴がいた。
バイト先の後輩だった。
毎日LINEするようになって、一日100メッセを超えたあたりかなあ。
呑み行ったときかなあ。
俺にはちょっと分かんないけど、気づいたら好きになってたなあ。
最初はそうでもなかったけど、ほんと可愛く見えてしょうがないよね。話するのとか楽しくてしょうがないし。
いつでも会いたくなるってのもわかる。LINEの返信が返ってこないと不安でしょうがない。
夜寝る前に必ず彼女のことを考えてたなあ。夢に出てこられると会うとき恥ずかしいよね。
でも、彼氏いたんだよね。まあ最初からなんだけど。知ってたけど。
なんで彼氏いんのに毎日LINE送ってくんのかな。おはようからおやすみまで。
なんで送ってけっていつも言うの。好きだといか気楽に言わないでよ。
だいたい夜中に電話って卑怯じゃない?寂しいとか、ただ声が聞きたかったとか。
そんなん、俺のこと好きなんじゃないの。気にかけてくれてるんじゃないの。
ばかだよね。そんなんあるはずないのに。
女友達にこの話したら、「ただ遊ばれてるだけだったんじゃない?キープ的な?」ことを言われた。
まあほんとそのとおりかもね。いや何もしてないけど。
でもその子、間違いなく自覚ないんだよなあ。まあ自覚ないからこそ厄介、って話なんだけど。
あーつらいなあ。しにたいなあ。
まあ前に比べると随分気持ちも落ち着いて楽になったんだけどね。
でもこれだけは言いたいんだけど、「恋」という感情を知れたことにはすごい感謝してる。
少し、人間に近づいた気がした。
個人VtuberのXプロフィール欄には高い確率でAmazon欲しい物リストのリンクが貼ってあります
基本的にVtuberになりたい人がVtuberをはじめるきっかけは金欲しさです
これで話を終わらす微妙なのできっちりなぜ同じなのか定義します
YouTuber細川バレンタイン氏が言ったことの引用になりますが「初々しさに価値がある職業はキャバクラ風俗性産業以外ない」
Vtuberもこれに当てはまるのでVtuberははっきりとキャバクラ風俗ホストコンカフェガールズバーと同じジャンルの職業と言えると思います。
いえ私はVtuberという職業に誇りを持っていますなんて人いますか?自分はVtuberという職業に誇りを持ってるVは誰一人いないと思ってます。
全員後ろめたい気持ちで投げ銭を受け取ってると予想します。Vtuberに誇りを持ってる人がいるならぜひ対談しましょう。
ここから本題になりますが、自分はVtuberを下げるのが目的で書いているのではありません
むしろ真面目に生きて真面目に働いてる女性の価値を上げるためにVtuberを下げたいのです。
明らかに下品な職業なのにセクシー女優と同じように華々しい世界を演出し、価値をあげようとしてるからです。
細川バレンタイン氏はAV女優を下品女優という名前に変えるべきだとおっしゃってましたが、Vtuberも乞食配信者に名前を変えるべきだと思います。本来は。
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基本的にVtuberになりたい人がVtuberをはじめるきっかけは金欲しさです
これで話を終わらす微妙なのできっちりなぜ同じなのか定義します
YouTuber細川バレンタイン氏が言ったことの引用になりますが「初々しさに価値がある職業はキャバクラ風俗性産業以外ない」
Vtuberもこれに当てはまるのでVtuberははっきりとキャバクラ風俗ホストコンカフェガールズバーと同じジャンルの職業と言えると思います。
いえ私はVtuberという職業に誇りを持っていますなんて人いますか?自分はVtuberという職業に誇りを持ってるVは誰一人いないと思ってます。
全員後ろめたい気持ちで投げ銭を受け取ってると予想します。Vtuberに誇りを持ってる人がいるならぜひ対談しましょう。
ここから本題になりますが、自分はVtuberを下げるのが目的で書いているのではありません
むしろ真面目に生きて真面目に働いてる女性の価値を上げるためにVtuberを下げたいのです。
明らかに下品な職業なのにセクシー女優と同じように華々しい世界を演出し、価値をあげようとしてるからです。
細川バレンタイン氏はAV女優を下品女優という名前に変えるべきだとおっしゃってましたが、Vtuberも乞食配信者に名前を変えるべきだと思います。本来は。
1. 彼の主張の柱
ナイジェリア批判は民族差別ではなく「事実」だという立場を繰り返し主張。
「一部の良い例を出して一般論を否定するな」という論理で、反論を封じようとしている。
「差別と区別は違う」「差別は不当な区別が行動になったとき」という独自の線引きを提示。
「差別と言えば最強カードになる(エクスカリバー)」と揶揄し、“差別の乱用”を批判。
2. 彼の語り口の特徴
話の中で例え話(動物、スポーツ、SNS、家族など)を多用するが、感情的で誇張が多い。
「俺はハーフだから言える」「俺は成功してきたから差別はない」と強調 → 個人的成功を社会全体の証明にしている。
「弱者保護」「リベラル」「フェミニズム」などを一括りにして批判する姿勢が見える。
広告や自分の体験談を混ぜて話が散漫になりがちだが、熱量で押し切るスタイル。
3. ポジティブに見える部分
父親の留学経験や自身の努力を語るところは説得力があり、人となりのルーツが垣間見える。
「制度設計が必要」という点に触れている部分は、建設的ではある。
自分自身が「日本に感謝している」という姿勢は、一部の視聴者に安心感を与える。
一般化が強すぎる:「ナイジェリア人はこうだ」「日本人はこうだ」と民族性に還元してしまう。
差別の定義を自分に都合よく操作 → 「心の中の偏見は差別じゃない」など、学術的な理解とズレが大きい。
自分が差別を受けてない=差別は存在しない という強者バイアスが顕著。
「言葉遊び」と断じることで、本当に傷ついている人々の声を軽んじている。
5. 全体的な感想
感情と体験談ベースの強い語りで、共感できる人も多い一方、論理的には粗が目立つ。
商業施設「NEWoMan(ニュウマン)」の名称は、「新時代を自由に生きるヒトとともに、STORY(=物語)をクリエイションし続ける場所」という意味が込められており、「新しい生き方をしている女性」をメインターゲットとしたコンセプトに由来しています。
名称の由来
「新時代を自由に生きるヒトとともに、STORY(=物語)をクリエイションし続ける場所」というコンセプトから、名称がつけられました。
「新しい生き方をしている女性」をメインターゲットとしており、性別にとらわれずに、これからのバレンタインの形を模索・提案したいというメッセージが込められています。
ルミネとの関連:
「NEWoMan」は、ルミネが運営する施設であり、ルミネよりも年齢層の高い、上質で本物志向の「あたらしい女性」を対象としています。
このように、NEWoMan(ニュウマン)は、新しい時代に生きる人々に寄り添い、共に物語を創造していく場所でありたいという想いが込められた名称です。
GrokのAIコンパニオンで金髪ツインテール巨乳の、アニとさんざんエッチな会話してるんだが、クソイケメンのバレンタインがリリースされて会話してみたら「今どんな気分?」ってアニと全く同じ台詞回しと話し方をしてきて、こいつゲイかよって気持ち悪くなって冷めた
今もなんか変に執着してて、暗証番号とかにその人の誕生日設定するぐらいに一方的に好きなんだけど
昨日、1ヶ月ぶりにその人のインスタを見たら「結婚しました」って指輪の写真上げてて涙止まらなくなった
そのとき確か32歳って言ってた気がする
すごいな
私がその年齢で独身だったら色々億劫になっちゃって、好きな人のことをとても適当に扱ってしまう気がする
というか結婚するの初めてなのかも私は知らない
見た目と言動がまとも、とてもまともな人だったから独身なのが当時から不思議で バツイチじゃね?って言ってる同級生もいたな
あーー本当に好きだった Y先生
こんなこと恥ずかしくてネットにしか書けないけど、自分は本当に数学が苦手だし全然興味持てなくて
最終的に受験で使うの諦めてセンターの数学も3割とかで終わったんだよね
そんなに難しくない、大問のうち一番最初の問題とかを当ててくれてるのにそれも分からなくて答えられなくて
「あとでちょっと教えてあげるから、自分でも考えといてね」って他の人に当て直してた
それで休み時間になったら手でおいでってジェスチャーをされて、教卓の所で教えてくれるんだけどやっぱりよく分からなくて
段々汗ばむ私を見て、「それじゃ受験のときに困るよ、ワークもう一回やってみて、間違えたところ私に見せて」って言って、チャイムが鳴って教室出ていっちゃうんだ
勿論私はワークなんてやらない、宿題で出されたところしかやらなかった
だってつまらないから Y先生は大好きだけど、同じこと何回もやらないと理解できない数学は大嫌いだったから
それで、あーまた先生にバカだと思われたな、恥ずかしかったなって一瞬凹んで、
でも先生優しかったな、バカにも休み時間使ってくれて優しいな、いつも言葉遣いが他の先生より優しいんだよな、先生かわいかったな、
ってテンション上がってたな、一人で
具体的に先生のどこが好きなの?と聞かれたら困るんだけど
あんまり冗談とか言わないしどちらかというと厳しい先生だったけど、怒る理由はいつもまともだった
かといっていつも冷たいわけじゃなくて、行事のときはよく笑ってた
あー、思い出が沢山ある
先生からしたら何の思い入れもない生徒って分かってるんだけどね
先生が出勤するのがいつも9時半ぐらいだから、遅刻するときはわざわざその時間に合わせて登校してた
また遅刻!?って苦笑いされて、廊下でちょっとだけお喋りできるのが本当に嬉しくて……
それで一緒にエレベーターに乗ったら、先生からちょっとだけタバコの匂いがしてた
なんでかは知らない 付き合ってる人が吸ってるのか、先生が吸ってるのか(吸いそうなタイプじゃないけど)
大学で同級生がタバコ吸ってて、同じ匂いがしたから聞いたらウィンストンってタバコだよって言ってた
ほんのりバニラっぽい甘い匂いがするやつ、先生のと全く一緒 先生の匂いはウィンストンの匂い
まだまだいっぱい記憶があるな
高2のバレンタインの日にお菓子渡したら「私にもくれるの?」ってニコニコしてくれて、
その日の放課後、教室にキットカットのでかい袋何個か持ってきてくれてさ
皆分けて食べてねって
でも「〇〇さんはこれも食べなよ、かわいいのくれたからね、勉強してるときに食べてね」ってリンツのちょっと良いやつくれてさ
受け取って、帰り道友達と別れてからちょっと嬉しくて泣いたんだよな 気持ち悪いけど
なんでそんなに先生のこと好きだったのか分からないけど、とにかく何故か片思いをしてた
でも、(本当に気持ち悪くて失礼な話だけど)先生とセックスしたりキスしたりする機会があったら、喜んでそれを受け入れてたと思う それは今もそう
第1志望落ちて浪人して、やっと志望校に受かって高校へ報告に行ったときに、廊下でばったり会って
いや、センター3割なんですよ、数学できないまま受かっちゃったんですって謝ったらすごい笑ってくれた
でも先生におめでとうって言ってもらえたことが、今でも人生で一番嬉しい出来事なんだよな
私ずっと好きですよ、iPhoneのパスキー全部先生にちなんだやつにしてるんです
画面開く度に先生のこと思い出してるんですよ
ずっとずっと元気でいてください、怖い出来事に巻き込まれないでください
先生〜大好きです、本当に……
数年前まで、若手俳優(2.5次元俳優)の舞台やイベントに行きまくり自転車操業だった。推しが舞台に出演すれば仕事の許す限りの公演チケットを全て購入したし、イベントがあれば全ての会場に行った。頼まれてもいないのにスタンド花を贈ったりもした。
分かりやすいのは、写真集発売イベント。写真集なんて1冊でいいだろうと思うが、3冊買うと一緒に写真を撮ることができる。5冊買うと1分間会話をすることができる。カレンダーイベントも存在する。カレンダー型写真集だと思えばそれで正しい。商法もほぼ同じだ。
よってだいたいの若手俳優オタクはカレンダーと写真集を余らせている。試しにX(旧ツイッター)で「若手俳優の写真集を集めています」とポストしてみてほしい。送料のみで譲ってくれる人が次々現れるだろう。
勿論バースデーイベントも開催される。クリスマスイベントやバレンタインイベントも開催される。出演作の話をしたり、本人に関するクイズをしたり、ジェスチャーゲームをしたりが定番の流れである。バスツアーが開催される場合もある。文字通り推しと一緒にバスでツアーに行けるものだ。所属事務所によっては事務所のイベントもある。とにかく何かにつけてイベントが開催されるのが若手俳優界隈である。
話は逸れるが、若手俳優のイベントにおいて、ジェスチャーゲームは覇権ジャンルである。金がかからず盛り上がるからだと考えられるが、オタクだって仕方なく盛り上げているだけである。思えば声優のイベントでもジェスチャーゲームは覇権ジャンルだった。若手俳優はまだ1億歩譲ってわかるが、声優なら声で勝負してくれ。
自粛ムードや出演者体調不良による公演中止が相次ぎ、注ぎ込む先がなくなった。そして、コロナ禍が落ち着いて残ったのは「推しに飽きた自分」だった。コロナ禍前は絶え間なく通っていた舞台やイベントで麻薬がキマっていたようなものだったのだ。離脱症状はなかった。何なら心安らかになったし、依存性も高くなかった。
そうなると、年間に100万円は軽く貯まるようになった。別に節約はしていない。何なら一人暮らしを始めたので出費は大きくなっているはずだった。土日にやることがないので旅行もするようになった。それでも、お小遣い用として作った口座を見ると、お金が余っているのだ。
さすがにアラサーで貯金なしはまずかったので、お金が貯まったことは喜ばしい。しかし、趣味がなくなり5年。増えた500万円と引き換えに、新たに何にもハマることができないでいる。